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 夜明けの静寂を打ち破る爆音を響かせながら、一機のヘリが西の空から現れた。屋上のヘリポートで、それを出迎える人影は、ひとり。正装の軍服に身を包み、風に髪が乱れるのも気にした様子はない。
 着陸した機体のローターが止まり、降りてきた人影を認めて、男は挙手の礼をとった。


「遠征お疲れ様どした、総帥閣下」
 黒髪を風になびかせ、赤いブレザーをまとった年若き総帥は、苦笑でその言葉に応える。
「『総帥閣下』はやめてくれって言ったろ」
「へぇ。せやけど、わてらがいつまでも昔と同じ接し方しとったら、あんさんはいつまで経っても『前総帥の坊ちゃん』のままどすえ?」
 それが、この若き総帥が最も嫌う言葉だと知った上で、男はそう告げる。そして青年は憮然としながらも、それをしぶしぶ受け入れる。数年前、彼が総帥職を父親から譲られた頃から、何度となく繰り返されたやりとりが、また繰り返される。
 屋上に設置された二機のエレベータのうち、総帥専用の一機に自分のIDカードを読み込ませながら、男は思い出したように告げた。
「せや、お帰りにならはった早々申し訳あらへんのどすけど、開発課の方から、新しい実験に関して承認求められとるんどす。早めに審査お願いできますやろか」
「へ? そんなの開発課内で審議させればいいじゃねぇか」
 同じように自分のIDカードをカードリーダーに通しながら、青年が返す。幾度となく改革を繰り返すうちに、業務の徹底的な合理化が図られ、現在は専門の部門で審議を行い、それぞれの課の責任者が認めさえすれば、総帥の許可なしにプロジェクトを進行させられるようなシステムが導入されている。責任者の手にあまる問題の場合だけは総帥の決裁が必要になるが、この遠征中は全権を補佐官であり、彼が最も信頼を寄せる人間に任せてきている。


「普通のプロジェクトと違いますよって」
 乗り込んだエレベータのドアが閉まるのを確認して、男は耳打ちした。
「プロジェクトナンバー537ST、Dプランの実験の実行許可どす」
 青年の顔色が変わった。口元を引き結び、長い黒髪をかきあげ呟いた。
「…実験…か」
 プロジェクト537ST、通称“ノア計画”と呼ばれるそれは、研究員の一人が提唱した、宇宙開発計画とそれに付随する様々な機器や薬品の開発計画の総称だ。理論上では既に実現可能なレベルまで研究が進んでいる。周辺国との兼ね合いもあって、今までに行われた実験は全て研究室で行える小規模なものばかりだった。だがついに今回初めて、実際に衛星を打ち上げるのだ。プロジェクトの最終段階が大規模有人宇宙探査船の実用化であることを考えれば、初歩的な実験に過ぎないが、周辺国にとっては十分な脅威になる。
 責任者が指示を仰ぎたがるのも当然か、と降りてゆくエレベータの表示板を見上げながら、青年は思う。研究者と総帥補佐官を兼ねる彼の従兄弟であっても、まず間違いなく彼の意を確認しただろう。
「アラシヤマ、機器の準備状況はどうなってる? 用地と日時、それから各国への根回しは?」
「へぇ、執務室に資料を用意させとります。根回しの方は、前々から前総帥とキンタローはんにお任せしとりますさかい、心配あらしまへん。日時と用地の方は、候補がいくつかあがっとりますよって、プロジェクトの責任者と話しおぉて決定しておくれやす」
 一瞬、重力が強くなったような感覚がして、エレベータの下降が止まる。開いたドアの向こうに歩き出す男の後を、青年は追った。
「プロジェクトの責任者って、マスターJだろ? 嫌だぜ、俺は。グンマとでも決めさせて、結果だけ書類にしてよこしてくれよ」
「グンマ博士はご多忙どす。いつまでもそないなわがまま言わはったらあきまへん。あんさんらお二人だけで決められることに、余分な人手と書面にまとめる手間かけられるほどの余裕はあらへんのや」
「けどよォ…」
 不満げに呟く青年に、男は立ち止まり、苦笑して見せた。彼の一族がその研究員に関して並々ならぬ因縁を持っていることは、ほとんど周知の事実だ。それでも、ここまで似た二人が、互いに反発し合うのも珍しい。
「それと、その呼び方は避けはった方がよろしおすな」
「なんで? あいつがマスターなのも頭文字がJなのも、事実じゃねぇか」
 ドクター、博士と肩書きをつけて呼ぶのと同じだ、と青年は嘯いた。こういうところは父親によく似ている。立ち止まらず、ずんずん歩いてゆく青年の後を、今度は男が追った。
「本人が嫌がらはることをわざわざ言わはらんでよろしおすやろ?」
「だって、あいつからかってると楽しいし」
 青年が通したIDカードを読み込み、執務室のドアが開く。一歩先を行く背中に、男は呟いた。
「ほんま、お父上とよぉ似てはりますわぁ、あんさん」
「げ。俺をあの変態オヤジと一緒にするのやめてくれよ」
 その瞳も髪も、心底嫌そうな表情すらそっくりなのだから、説得力がない、と男は思う。
「せやかて、そっくりなのは事実どすえ」
「うわ、やめろって! あー、なんかトリハダ立ってきた!」
 自分の両肩を抱くような仕草で、大げさに身を震わせる青年を見ながら、男はため息をついた。ここまで言われると、さすがに本人が可哀想になってくる。
「まぁ、同族嫌悪て、言いますさかいなぁ…」
 呟いた一言は、青年の耳には届かなかったようで、青年はまだ「嫌だ」だの「気持ち悪い」だのと喚いている。


 さて、この件は本人に報告すべきだろうか。自分によく似た息子を授かって以来、すっかり親馬鹿になってしまったかつての同僚を思いながら、男はもう一度ひっそりとため息をついた。


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