「…食わねぇの?」
難しい顔をして考え込む男の前に置かれたトレーを示して聞けば、うんとかああとか、要領を得ない言葉が返ってくる。トレーの上には一口だけかじられたバーガーと、ほとんど手のつけられていないポテト、紙コップに入ったドリンクが置かれてある。自分の目の前のトレーには、同じものの空き容器だけが載っていた。
「冷めちまうぜ」
不味くならないうちに食べてしまえ、と声をかけても男はなにやら考え込んだまま、視線は周りの座席に座るサラリーマン風の男たちを追っている。
注目されるのが嫌いな従兄弟のために、せっかく学生の少ないオフィス街に近い立地の店を選んだのに、いったい何なのだとしびれを切らす直前に、キンタローがぼそりと呟いた。
「――この国の大人はこんなものばかり食べているのか?」
「は?」
なんだそりゃ、と返せば、まじめくさった顔でまた新しい疑問を投げかけてくる。
「食事としては糖分と塩分と油分が多すぎだ。それにこのオモチャ……」
指摘されて、そりゃそうだと頷く。彼の注文したセットは子供向けの商品だし、このチェーンの商品は一般的に若い世代に人気があるものだ。この店にサラリーマン風のいい年をした男性客が多いのは、オフィス街で他に食事ができるところが少ないうえに、今がちょうど昼休みの時間帯だからだ。
簡潔に説明してやると、男は頭を捻った。
「…だがグンマはこのセットが好きだと言ってた」
「お前、グンマを一般の成人男性と同じように考えるなよ」
三十路も目前になって、まだ恐い話をすると一人で眠れなくなるようなやつといっしょにされては、世間の男どももたまったものではないだろう。それに、グンマが好きなのは商品そのものではなくおまけのオモチャだ。
「……そうなのか?」
首をかしげる姿を見て、やはりグンマに一般常識を教え込ませたのは失敗だっただろうか、と思いながらストローに口を付ける。氷が溶けて薄まった炭酸飲料が不快でなく、どこか懐かしい気さえするのは幼い頃に何度か父親に連れてきて貰ったことがあるからだろうか。食品添加物やら栄養の偏りやらを理由に普段は許してくれなかったが、ねだれば時折、グンマもつれて3人で出かけることがあった。――ということは。
「――お前、来たことあるだろ? ガキの頃…」
つい先日まで同じ身体に同居していたのだ、覚えているだろう、と問えばそんな古い記憶はもう曖昧だと言いながら、キンタローはバーガーにかじりついた。
無表情で咀嚼し嚥下しポテトを口に運ぶのを、ジュースを飲みながら眺めていると、突然キンタローが静止した。なにやら考えているらしい視線は、トレーの上を見つめている。
「どうした?」
「これ、グンマの土産にしてもいいだろうか」
「――いいんじゃねぇの。アイツこういうの好きだし、喜ぶと思うぜ」
そうでなくても、キンタローの選んだものならグンマは何でも喜ぶだろうが。
「そうか」
ほっとしたように笑って、いきなり席を立とうとしたキンタローのコートの裾を、テーブル越しに慌ててつかむ。
「待て待て、どこ行くつもりだ」
「グンマの土産にするぶんを、追加するだけだが…」
「追加って、おい待て!」
己の手を振り払ってカウンターに向かおうとするキンタローを語気荒く呼び止める。口論とでも間違えたか、客の何人かが振り返った。
「お前、こんなもの本部まで持って帰るつもりか!?」
「…そうだが、なんだ。どうせもう一時間もすれば日本を離れるのだろう?」
訝しげにこちらを伺う男を怒鳴りつけたくなるのを、必死で理性で押しとどめる。端から見れば単なる諍いごとにしか見えないだろうし、警察なんぞ呼ばれるのも困る。この国では我々は異邦人だ。厄介ごとは極力避けたい。ややこしいのは御免だ。
「いいから、座れ。グンマへの土産はそれだけでいい」
絶対に喜ぶから、とたたみかけるように告げれば、キンタローは釈然としない様子を見せながらも大人しく席へ戻った。
「本当か?」
「ああ。俺が保証するから」
少なくとも冷え切ったバーガーとポテト、温くなって炭酸の抜けたジュースよりは犬のぬいぐるみ二つの方が良いに決まっている。このメニューが食べたかったのだ、と言われれば本部近くの店舗に連れて行ってやればいい。なにせこのチェーンは世界の約2/3の国に存在しているのだ。
「……よくわからんな、お前は」
それはこっちのセリフだ、と半ば呆れながら、シンタローは次の教育要員を誰にしようか、と思案をはじめていた。
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難しい顔をして考え込む男の前に置かれたトレーを示して聞けば、うんとかああとか、要領を得ない言葉が返ってくる。トレーの上には一口だけかじられたバーガーと、ほとんど手のつけられていないポテト、紙コップに入ったドリンクが置かれてある。自分の目の前のトレーには、同じものの空き容器だけが載っていた。
「冷めちまうぜ」
不味くならないうちに食べてしまえ、と声をかけても男はなにやら考え込んだまま、視線は周りの座席に座るサラリーマン風の男たちを追っている。
注目されるのが嫌いな従兄弟のために、せっかく学生の少ないオフィス街に近い立地の店を選んだのに、いったい何なのだとしびれを切らす直前に、キンタローがぼそりと呟いた。
「――この国の大人はこんなものばかり食べているのか?」
「は?」
なんだそりゃ、と返せば、まじめくさった顔でまた新しい疑問を投げかけてくる。
「食事としては糖分と塩分と油分が多すぎだ。それにこのオモチャ……」
指摘されて、そりゃそうだと頷く。彼の注文したセットは子供向けの商品だし、このチェーンの商品は一般的に若い世代に人気があるものだ。この店にサラリーマン風のいい年をした男性客が多いのは、オフィス街で他に食事ができるところが少ないうえに、今がちょうど昼休みの時間帯だからだ。
簡潔に説明してやると、男は頭を捻った。
「…だがグンマはこのセットが好きだと言ってた」
「お前、グンマを一般の成人男性と同じように考えるなよ」
三十路も目前になって、まだ恐い話をすると一人で眠れなくなるようなやつといっしょにされては、世間の男どももたまったものではないだろう。それに、グンマが好きなのは商品そのものではなくおまけのオモチャだ。
「……そうなのか?」
首をかしげる姿を見て、やはりグンマに一般常識を教え込ませたのは失敗だっただろうか、と思いながらストローに口を付ける。氷が溶けて薄まった炭酸飲料が不快でなく、どこか懐かしい気さえするのは幼い頃に何度か父親に連れてきて貰ったことがあるからだろうか。食品添加物やら栄養の偏りやらを理由に普段は許してくれなかったが、ねだれば時折、グンマもつれて3人で出かけることがあった。――ということは。
「――お前、来たことあるだろ? ガキの頃…」
つい先日まで同じ身体に同居していたのだ、覚えているだろう、と問えばそんな古い記憶はもう曖昧だと言いながら、キンタローはバーガーにかじりついた。
無表情で咀嚼し嚥下しポテトを口に運ぶのを、ジュースを飲みながら眺めていると、突然キンタローが静止した。なにやら考えているらしい視線は、トレーの上を見つめている。
「どうした?」
「これ、グンマの土産にしてもいいだろうか」
「――いいんじゃねぇの。アイツこういうの好きだし、喜ぶと思うぜ」
そうでなくても、キンタローの選んだものならグンマは何でも喜ぶだろうが。
「そうか」
ほっとしたように笑って、いきなり席を立とうとしたキンタローのコートの裾を、テーブル越しに慌ててつかむ。
「待て待て、どこ行くつもりだ」
「グンマの土産にするぶんを、追加するだけだが…」
「追加って、おい待て!」
己の手を振り払ってカウンターに向かおうとするキンタローを語気荒く呼び止める。口論とでも間違えたか、客の何人かが振り返った。
「お前、こんなもの本部まで持って帰るつもりか!?」
「…そうだが、なんだ。どうせもう一時間もすれば日本を離れるのだろう?」
訝しげにこちらを伺う男を怒鳴りつけたくなるのを、必死で理性で押しとどめる。端から見れば単なる諍いごとにしか見えないだろうし、警察なんぞ呼ばれるのも困る。この国では我々は異邦人だ。厄介ごとは極力避けたい。ややこしいのは御免だ。
「いいから、座れ。グンマへの土産はそれだけでいい」
絶対に喜ぶから、とたたみかけるように告げれば、キンタローは釈然としない様子を見せながらも大人しく席へ戻った。
「本当か?」
「ああ。俺が保証するから」
少なくとも冷え切ったバーガーとポテト、温くなって炭酸の抜けたジュースよりは犬のぬいぐるみ二つの方が良いに決まっている。このメニューが食べたかったのだ、と言われれば本部近くの店舗に連れて行ってやればいい。なにせこのチェーンは世界の約2/3の国に存在しているのだ。
「……よくわからんな、お前は」
それはこっちのセリフだ、と半ば呆れながら、シンタローは次の教育要員を誰にしようか、と思案をはじめていた。