生命を維持する為に睡眠は不可欠だという。
一日の疲労を心身共に無くし、活力を蓄え、次の日へと繋ぐ重要な行為。
ならば、それを行っても鋭気を養えないのなら、眠る必要なんてないのではないだろうか。
ましてや、それによって、一層酷くなるのなら――。
眠れぬ子のための子守唄
幾つもの高層建築物が集まり構成されるここは、一体どれ程の人間が稼動していることだろう。
自然と生まれる日中の喧騒も、この時間になれば嘘のように静まりかえる。
ほとんどの者が就寝する時刻、活動しているのは24時間体制の警備員の他は、数えるくらい。
その少数派のひとりが、軽やかに弾いていたキータッチを止め、密やかに宣言した。
「でーきたっ。今日は終わりー。」
声だけ聞くとハスキーな女性と判断しがちだが、容姿もそれに見合い、ただ性別だけ立派な成人男子が、ふっと息を吐くとPCの電源を落とした。
すると、すかさず、
「終わったのか。」
隣席の、こちらは疑いようのない男声がした。
「うん。とりあえずはね。」
「では、送っていこう。」
がたりと椅子が鳴る。然程大きな音でなかったのに、この静寂な空間では響く。
尤も、現在自分たちしかいないのだから、気遣う必要もないが。
さも当然だと言わんばかりに立ち上がった長身に、グンマは僅かに苦笑した。
『送る』という発想を、何でまた自己に持つのか。
一般的にそれは、子供か女性、または高齢者が対象だろう。それの、どれにも属さない己がこういう扱いを受けるのは、とにかく気恥ずかしい。
だが、その心情を察しているので、無下に断ることもできない。
――元々彼は、そういったことをしなかった。
やり始めたのは最近。切欠は――『彼』がいなくなってからだ――。
本当は同じではないけれども、4年前と変らぬあの島へ向かった目的は果たされた。大きな代償と引き換えに。
それからキンタローとグンマは、再び島への道標を摸索している。
グンマはずっと研究員として所属しているのでともかく、キンタローは研究員と総帥補佐官の二足わらじだ。
いや、『だった』。
解任されていないとはいえ、実質、補佐の任には就かず、研究員のみに従事している。
「お父様のお手伝いをしなくていいの? キンちゃん、補佐官でしょ?」
現在、団に総帥は不在であり、前総帥が代行を務めている。
そうなれば、補佐官も代行に従ずるのではないかという、至極当然の質問を、
「・・・俺の総帥は、シンタローだけだ。」
短い返答に全てが込められていた。
グンマも、それ以上は言わなかった。
それに彼が専属となってくれれば、こちらとしても有難い。無作為に異次元空間を彷徨う彼の地を捉えることは、そうそう容易でないからだ。
彼の頭脳は強力な助けとなる。
目下ふたりは、総帥帰還という団最優先事項を任されている。
そうなると、ほぼ一緒に行動することとなったのだが、さすがに四六時中、共にいるわけではない。
ある日、所用で席を外したグンマは、それに思ったより時間を取られてしまった。
ラボに戻る途中、進行方向から見慣れた金の短髪が現れた。
「あ、キンちゃ~ん・・・。」
「グンマ! 何処へ行っていた!」
上げた手が半ばで固まった。
言葉を遮られ、それが滅多に見られない――というより、初めてではないだろうか。
何かこちらが事を起こす度に、時には真剣に、時には呆れながらの対応ならば日常なのだが、こんなに怒気を孕んだ彼は見たことがない。
驚愕に、ただただ双眸を見開き沈黙する従兄弟から、キンタローは、しまった、と失態を悔やむ貌で目を逸らした。
「・・・あ、ごめんっ。何かあったの?」
留守の間に非常事態が起こったのだろうか。だから、呑気に外出していた自分を怒鳴ったのだろう。
真顔で尋ねるグンマに、しかし、目の前の人物は目線を逸らしたままで、答えようとしない。
「キンちゃん・・・?」
常の彼らしくない態度に、少々不安になる。一体、何が起きたというのか?
じぃっと食い入るように見つめれば、やっと、訥々と喋り出した。
「・・・すまん・・・今のは八つ当たりだ・・・。」
「八つ当たり?」
「・・・オマエの帰りが遅いから・・・心配になって・・・。」
「え? ええ!? もしかして、探してくれていたの!?」
こくんと首肯する仕草が幼くて、外見とのミスマッチに可笑しくなる。
「やだなあ。僕、子供じゃないんだよ?
ちょっとね、打ち合わせが長引いちゃって――。」
と、笑い説明しながら、ふと、従兄弟の様子が何処となく異なることに気づいた。
明確な変化ではないのだが、例えれば泣きたいのを耐えているような――。
見上げる顔は、前髪に隠れてよくわからない。
「キンちゃん? どうしたの?」
小首を傾げた途端、上空から降ってきた逞しい両腕に抱えられていた。
「キ、キンちゃん?」
「――まで――。」
「え?」
「・・・オマエまで・・・いなくなったと・・・。」
後は感極まったのか、最後まで発されることはなかったが、それだけで充分グンマは理解できた。
傍から見れば、体格の差でキンタローがグンマを抱き締めているようだ。しかしながら、これは違う。怯え慄く子が親に縋りついているのだ。
考えてみれば、従兄弟はまだ実体験は、僅か4年。如何に優秀な頭脳の持ち主であろうと、それと情緒が比例するわけではないのだ。
こういうことは知能よりも経験の比が高い。そしてそれは、時間の長さが、ものを言う。
(心細かったんだ・・・。)
『彼』が取り残されたとわかったときも、団に戻ってからも、この従兄弟は取り乱さなかった。
ひたすら探索に打ち込む姿も、立派な『博士』にしか映らなかった。
全て『彼』を失った恐怖と不安と焦燥が、突き動かしていたのだろう。 見た目に惑わされて、彼の中を読もうとしなかった。
まだこんなに幼い心を抱えて――。
「・・・気づいてあげられなくて、ごめんね。僕はいなくなったりなんか、絶対しないから。」
ね?と、あやすように背中を叩く。出来れば頭を撫でてあげたかったが、残念ながらそこまで手が届かない、相手は大きな子供だった。
これ以来、グンマは可能な限りキンタローと行動を共にしている。それに安心したのか、キンタローも、以前よりもますます作業に専念しているようだった。
(専念――じゃないね。没頭している。)
一心不乱に座標を追う男には、鬼気迫るものさえ感じられる。不眠不休で、それこそ寝食もまともに取っていない。
「キンちゃん、少し休んだほうがいいよ。後は僕がやっておくから。」
そう進言しても、
「いや、俺は大丈夫だから。」
と、まるでそれが彼に与えられた唯一絶対の使命であるかのように、頑として譲らないのである。
このままでは、そう遠くないうちに倒れるだろうと容易に推し量れる日々の中、今夜も終了を告げたグンマに連れ添って退室する彼の、しかしその机上は雑然としたまま、機械も電源は入ったままである。
再び戻って続行することは明白。一日の終わりのいつもの光景に、グンマは、そっと溜息を吐いた。
人気の無い廊下は、いやに足音が木霊する。日中は多くの人間が行き交うこの場所も、今はふたりきりだ。
「・・・ね、キンちゃん。」
「何だ?」
律動的な歩調を崩さず、ただ前だけを見つめ進む、険しい横顔を見上げる。そこに宿っている瞳の強い光が、今は悲哀を湛えていると感じるのは何故だろう。
「・・・ちゃんと寝てるの?」
「ああ。」
即答が逆に不審を呼ぶ。
しかしながら、頭ごなしに否定することもできない。彼に、それこそ24時間付きっきりなわけではないのだから。
黙って凝視していると、幾分眉間の皺が薄れ、柔らかな表情を従兄弟は向けた。
「何か言いたそうだな。」
「だって・・・。」
夜はこうして毎日送ってくれる。朝、ラボに向かうと、既に彼は居るのだ。
自身もそんなに睡眠時間は長くはない。今も、とっくに日付は変って数時間だ。
ということは、本人の言い分を信じたとて、一体如何ほど眠っているというのか。
時に、『目は口ほどに物を言い』と例えられるように、グンマの思考は相手に届いた。
小さく息を吐きながら、微笑するキンタロー。
「・・・寝ているさ。残念ながらな。」
(・・・え?)
『残念』――その発言は何を意味するのか。僅かに顰めた従兄弟に気づくことなく、キンタローは続ける。
「こんなとき、人間であることが悔やまれる。機械ならば、疲労も空腹も感じることなく作業を続けられるというのにな。
今は一分一秒でも惜しい。心戦組が動いている。
早く助けに行かなければ、こうしている間も、アイツの身に危険が迫っているかもしれないんだ。
それなのに、のうのうと眠ってしまう自分が恨めしい。」
「キンちゃん!!」
何と恐ろしく哀しい考え方なのだろうか。
睡眠を罪だと言う。そこまで彼は追い詰められていたのかと愕然とした。
『彼』だけが残されたあのとき、従兄弟は先に艦橋へ赴いた。
それを悔いていることは知っている。時々覗く自嘲を、今も見せた乾いた笑いも知っている。
だがしかし、ここまで自責の念が強かったとは――!
ぐっと掴まれた二の腕に構うことなく、キンタローは、きょとんと青を見開き、
「・・・深夜だぞ。」
見れば、一族のプライベートゾーンに入っていた。この時間帯では好ましくない音量であると、暗に示唆している。
グンマの自室は目の前だった。
「それじゃ、おやすみ。」
踵を返し翻る白衣の行き先は、彼の私室ではなく復路へと続こうとしている。グンマは唇を噛み締めると、手に力を込めた。
「グンマ?」
訝しい声音を無視し、自室へ引き込む。
「お、おいっ!?」
この小柄な従兄弟が、実はとんでもない怪力の持ち主であることは記憶に新しい。
為すがままにキンタローは、とうとう彼の寝室まで連行された。
「何のつもりだ――。」
当人に断りもなく白衣を脱がせられ、
「いいから!」
と、肩口を押さえつけられて寝台に鎮座するはめになった。
「キンちゃん、今夜はここで寝ていいよ。」
「何を言っている――。」
「僕のことは気にしないでいいよ。このベッド、結構広いからふたりでも充分だし。」
「そういうことでは――。」
「それじゃ眠れないっていうなら、僕はソファで寝るよ。あれ、簡易ベッドにもなるんだよ。」
(話が噛みあっていない・・・。)
にこにこと、いつも絶えない笑顔で事を進める従兄弟に、キンタローは嘆息するしかない。
「・・・いいか、俺はまだ寝るつもりはない――。」
「寝るんだよ!!」
それまでと一転して、グンマは強い口調で叱りつけた。この4年間、窘められはしたものの、ここまで激怒した彼は初めてだ。
「グンマ・・・。」
「寝なきゃ・・・ダメだよ。キンちゃん、自分の顔、見てる?
そんなに疲れきった顔しているのに、それじゃ倒れちゃうよ・・・シンちゃんを迎えに行く前にさ・・・。」
そのやつれ憔悴しきった様は、偏に『彼』の為。『彼』を取り戻そうと、それだけがキンタローの原動力になっている。
ならば、力の源を引き合いに出せば、納得するであろうか。
――果たして、従兄弟は沈黙してしまった。俯く姿は、かなりの体躯の良さのはずが、脆弱に思えた。
グンマは隣に腰掛け、窺い見やる。
「・・・寝よう。キンちゃんの焦る気持ちもわかるけど、身体がもたないよ。」
今夜は何が何でも眠らせようと再度促すが、キンタローは、ゆるゆると力なく首を左右に振った。
「キンちゃん――!」
「・・・違う・・・。」
「え?」
「違うんだ・・・。」
「違うって・・・何が?」
4年前、この世に出現したての頃の従兄弟は、幼子のそれと同じで、感情を上手く表現できなかった。
そんな彼を根気強く引き出していったのは、グンマだ。
その時分に戻ったかのような錯覚を感じながら、優しく問う。
それに、ぽつりと。
「・・・怖いんだ・・・。」
「怖い・・・。」
反芻すると、従兄弟はこくりと小さく頷いた。
(怖いって・・・どういうこと?)
従兄弟の意図がわからない。ここは下手に質問するより、自発的に喋らせたほうが良いと判断し、グンマは耳を傾けた。
暫く無音が流れたが、その間に思考を組み立てたらしいキンタローが、やがて、ぼつぼつと途切れがちに話し出した。
「眠ろうとすると・・・嫌なことばかり浮かんでくる・・・。
もう・・・パプワ島を捉えることができないかもしれない・・・シンタローには、もう会えないかもしれない・・・。
・・・シンタローは・・・もう・・・。」
ぎゅ、と膝に乗せていた両手を組み握り締める。そして、気持ちを搾り出すような吐露があった。
「もう・・・生きていないかもしれない・・・!!」
「! そんなこと、あるわけないよ!」
「わかっている! アイツは何があっても死なない。それは、俺が良く知っているんだ!!」
勢いよく上げた顔は、切羽詰った悲壮感に溢れている。叩きつけた声音も余裕が無い。
それが、見る間にくしゃりと歪む。不安に怯える子供の貌へと変化する。
グンマは息を呑むしかなかった。
「わかっているんだ・・・どんなに馬鹿げた考えかということは・・・。
だけど、何かをしていないと、悪いほうへと考えてしまう・・・。」
両手で顔を覆い隠し、気持ちを代弁する重苦しい息がそこから生まれた。
「キンちゃん・・・。」
彼は幾度となく、現在この場にいない彼の人の無事を、確信を持った響きで言い放っていた。
ふたりの間には稀有な絆がある。
それは互いの出生に、そして4年前の死闘に根付いているもので、彼がそう宣言するのであれば間違いないであろうと、根拠のない安堵を周囲にもたらしていた。
だがしかし、それは誰よりも、自分自身に言い聞かせていたものだと知る。
「・・・眠れば夢を見る・・・やっと辿りついた島に・・・もう・・シンタローはいない・・・。
・・・シンタローだけじゃない。パプワも、ナマモノたちも、一緒に行ったはずのオマエもいないんだ!
気がつくと、俺だけがあの島に、あの破壊された島に!!」
「キンちゃん!! 落ち着いて!!」
しがみ付き恐怖を訴える――吼え吐き出す幼子をグンマは抱き締めた。
そう、彼はまだ子供だ。4年前にあの島で生まれ、あの場所から彼の人生は始まった。
そのときに父親を喪ったが、代わりに大切な言葉を貰った。
あれから4年、本人の意思に沿おうが反しようが、キンタローは様々なものを得た。――手に入ることばかりで、失うことを知らなかった――。
得たものを初めて失ったのは、皮肉にも、父を喪った場所。厳密に言えば同一ではないが、同じと見なして良いだろう。
しかも、失ったものが、あまりにも大きい。
彼の心は、あの破壊された光景が、虚無の象徴と捉えてしまったのだろう。
「眠りたくない・・・あんなものを見るくらいなら、俺は寝なくていい!」
『彼』から離れたことへの自責、悪夢からの強迫観念。それらがキンタローを不眠へと追い込んでいる。
「キンちゃん、大丈夫だよ! 僕はここにいる。
シンちゃんだって、きっと元気だよ。僕たちを――キンちゃんを待ってるよ!」
とにかく落ち着かせなければと、抱える腕に力を込める。心音を聞かせると子供は落ち着くと聞いたことがある。
「大丈夫。皆、いるよ。」と繰り返し囁けば、震え怯えていた身体が徐々に緩まっていくのがわかった。
「・・・落ち着いた?」
「・・・ああ・・・見苦しいところを見せたな。」
羞恥の色は滲ませていても普段の口調に戻っていることに、一先ず安心する。
「そんなことないよ。キンちゃん、疲れているんだよ。
今日はもう休んで、また明日から頑張ろうよ。」
『明日』は数時間後に迫っている。と心内で苦笑してしまうが、ここは言葉のアヤだ。
ところが、やはりキンタローは首を振った。
「キンちゃ・・・!」
「限界まで起きていれば、自ずと眠気は来る。いくら俺でも、何日も眠らずにいることは出来ないさ。
そうやっていつも寝ているから、安心しろ。」
そう、事も無げに言った後、
「これならギリギリまで作業はできるし・・・何より、あの夢を見ることもない・・・。」
何も考えず、ただ生存本能としてだけの睡眠を求める。その哀しいまでの心情が、グンマは遣る瀬無かった。
(そんなんじゃ、疲れは取れないよ・・・。)
寧ろ疲労は蓄積しているであろうに、それさえも感じなくなっているのだろうか。
どうにか彼を安眠に導きたい。頑なな心をほどく手立てはないものか――と、ふと懐かしい音律が頭を過ぎった。
『彼』の記憶を持つのならば、或いは――。
唐突に流れ出した歌に、深い青が大きく開く。
「その歌は――。」
「キンちゃんも覚えていたんだね。」
ふふ、と微笑する従兄弟に、記憶の中の人が重なった。
自分にも『彼』にも忘れられない、温もりを与えてくれた人――。
「静養していたから滅多に会えなかったけど、会えば歌ってくれたよね。この歌。」
「ああ・・・母さんだ・・・。」
「僕も、シンちゃんと一緒に伯母様に会うのが楽しみだった。
僕のお母様は、僕を産んでから直ぐに亡くなったって聞かされていたから、伯母様が母親のように思えたよ。――まあ、本当に母親だったんだけどね。」
悪戯っぽく笑うと、グンマは再びキンタローを抱き寄せた。
「こうしてさ――僕とシンちゃんを抱き締めて、歌ってくれた。
それでいつの間にか、僕たちは眠っていたんだよね――。」
思い出を再現するように、従兄弟がまた歌いだす。低く、密やかに。
『彼』を通して見上げた、穏やかな白い顔と流れる長い黒髪。柔らかな日差しと花の芳香。
そして、眠りへと誘う静かな歌声。
(母さん・・・。)
ゆるりと閉じた瞼の裏に、遠い記憶と共に、あの頃の温かな幸福が蘇ってくる。
心に沁み入る旋律に、いつしか恐怖も不安も姿を消していた。
胸に掛かる重みが増したことで、一旦口ずさみを止めると、微かな寝息が部屋を支配した。
「寝たんだ・・・。」
ほっと息を吐く。慎重に身体をずらして大柄を横たえさせ、毛布を掛けた。
薄暗い中、従兄弟の口元に浮かぶ笑みを認めて、小さく安堵する。
「皺も消えているしね。」
起こさないよう、そろり触れた眉根。きっと良い夢を見ていることだろう。
「さ、僕も寝なくちゃ。」
時計に目をやれば、夜明けまで幾時間もない。
自分だって慢性睡眠不足になっている。人のことは言えないのだ。
手早く寝巻きに着替え、ベッドの空きスペースに身を滑らせた。
隣では規則正しい寝息が聞こえる。その彼の、恐怖に怯える激白が耳から離れない。
(キンちゃん。僕もね、本当は怖いんだ。)
あの島に行って――『彼』が帰らないと言ったら――。
従兄弟の不安理由である、生死の安否も、もちろん考慮している。だけど、それを上回る恐怖は、『彼』自身の拒否だ。
4年前に彼の島で垣間見た『彼』は、生気に満ち溢れていた。
あの場所での生活を満喫し、その姿を喜ぶと同時に敗北感を味わった。
成長するにつれ、一族と異なる色彩に惑い、秘石眼の無さに悩み、それでも表には出さず、人知れず中傷と悪意と、独り闘っていた『彼』。
弟と引き離され、癒えぬ傷を抱える『彼』が、子供に還ったかのような笑顔を、あの島では浮かべていた。
――『一族』の所為で負傷した『彼』を、『一族』の己が癒し守れるなどと、傲慢な考えはない。
せめて、これ以上、傷を負わないようにと、どうか安寧でいられるようにと、ささやかに願ってきた。
その『彼』を完膚なきまでに蘇生させたのは、あの少年だ。
自分が長年為しえなかったことを――諦めかけていたことを、短期間で遂げた子供に、大人気ないながら密かに嫉妬した。
そんな『彼』が最後に選んだのは、『一族』。もう、しがらみから逃れても構わないはずなのに、敢えて『彼』は帰ってきた。
(それがどんなに嬉しかったか、シンちゃんは知らないでしょう。)
一時は破られ、だけれども、今度は新たな従兄弟が加わり、再び更に、忙しくも賑やかで安穏とした日々が続くと思っていた――。
それは、たった4年で終止符が打たれた。また、あの少年が『彼』を連れて行ってしまった。
末弟が、あの島に居るらしいと判明したときから、警鐘が鳴っていた。
――また、いなくなってしまう。
そんな不安感に苛まれながら、従兄弟たちが向かった後、居てもたってもいられず、自身も発ったのだが――。
(『運命の人』ってヤツなのかな。)
少女めいた発想に、我ながら可笑しくなる。
結局、自分も、誰も、彼らを離すことはできなかった――。
一度離した手を、二度目も離すとは限らない。
あの子供の手を振り切ってまで、『彼』がこちらに来るだけのものが、果たしてあるのか。
ツンと鼻頭が痛い。
(あーもう、ドロ沼だよ。寝よ寝よ。)
ぐい、と毛布を引き上げ、頭からすっぽりと被る。
何も考えたくないから眠らないという従兄弟とは反対に、自分は考えたくないからこそ、眠りに逃避する。
だから、『彼』がいなくなってから、安眠を感じたことは、一度もない。
幸い横で眠る従兄弟は、それを得たようで、安らかな寝顔だ。
(・・・僕にも子守唄が必要だよね。シンちゃんに歌ってもらわなきゃ。)
『彼』が戻ったら、これを最初にお願いすることに決め、グンマは固く目を閉じた。
時を刻む音だけが、やけに響く。
あと数時間で、新しくも変らない1日が始まる。『彼』がいない日の繰り返しが。
本当の夜明けは、まだまだ遠い。
『シンタロー』という名の太陽が昇らないうちは、僕らの心は闇に包まれたままだ。
――オチ
「・・・あ。電気点いたままだ。
消さないと経費が嵩むって、シンちゃんが怒り狂うな。」
グンマはラボに急行した。
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