勢い良くシンタローの部屋のドアを開ける。
愛息子の姿を両目で捉えて、マジックは飛び切りの笑顔で抱きかかえていたクマのぬいぐるみを差し出した。
「シンちゃんただいま!今日のプレゼントは――…」
シンタローの表情が暗いのに気付いたマジックは言いかけた台詞を途中で切らせて慌ててシンタローの傍へ寄る。
しゃがみ込んで小さな肩に手を掛けようとしたその時、可愛らしい手でピシャリと叩かれた。
いつもは笑顔で『おかえりなさい、パパ!』と言ってくれるのに。
シンちゃんどうしちゃったのかな?と優しく聞くと「そんなものいらない!パパ出てって!」と言われてしまった。
マジックはショックが大きすぎて身動きがとれない。
そんな彼を、シンタローはぐいぐいと部屋の外へ引っ張り完全にそこから追い出すと
バターン!と大げさな程音を立ててドアを閉た。
その音で我に返ったのかマジックは「何で!?どうして!?パパに至らない所があったなら教えてシンタロー!」
とドアにへばり付きながら泣き喚く。
至らない所だらけだったんじゃねーの、と聞き覚えのある声がして涙でぐちゃぐちゃの顔を向けるとそこには
煙草を口の端に咥えながら立つ弟がいた。
「ハーレム!」
名を呼ばれて、‘お~こわッ’とハーレムが肩を竦める。
その仕草が気に食わなかったらしい。
マジックは強い口調で何の用だと尋ねた。
「オレがここに来る用事なんて、一つしかないんじゃねーの?」
「また金か。まったくオマエは幾つになってもそうやって…ちゃんと自立しなさい!」
「冷てぇなぁ兄貴。ま・苛立つ気持ちも解かるけど落ち着けよ。」
「五月蝿い!シンちゃんに‘パパ出てって!’なんて言われた私の気持ちがオマエに解かるか!」
「あーもー全然解からないし解かろうとも思わねーな。」
ボリボリと頭を掻いて、鬱陶しそうにマジックから眼を逸らす。
子供を持つと途端に性格が変わるヤツがいるって話は聞いたことはあるが兄貴のこれは酷すぎる。
ため息をついて視線を落とすと床に転がっている大きなヌイグルミが眼に入り、ハーレムはそれを拾い上げた。
「何だ?このクマ。」
「最近スイスで流行ってるテディベアだよ。可愛いだろう?
シンちゃんにプレゼントしようと思って取り寄せたのが今日届いたんだ。」
「っかー!アンタ、馬鹿じゃねぇの。あんなガキにこんな高価なモン与えて価値が解かるもんかよッ」
「ちょっと!返しなさい。」
「コレはオレがありがたーく貰っておくぜ。
・・・兄貴、言っておくけど向こうが欲しがる前に与えちまうのは優しさでもなけりゃあ愛情でもねぇよ。」
こんなモンよりも、シンタローが欲しいものはもっと他にあるんじゃねーの?
そう言い残して、ハーレムはヌイグルミを小脇に挟んで何処かへ行ってしまった。
暫くしてドアを静かに開けて中を覗くと、シンタローが部屋の真ん中で蹲っていた。
シンちゃん…と呼ぶと、シンタローはマジックの方へ振り返り、
立ち上がって駆け寄ると彼の腰にしがみ付いた。
「シンちゃん、シンちゃん。ごめんね。
パパ、気が付かない内にシンちゃんを怒らせちゃったのかな?」
シンタローの小さな頭を大きな手で撫でながら問いかける。
シンタローはやはり、‘パパの馬鹿!’と言った。
馬鹿、と言われてまた涙が零れそうになるのをマジックは必死で耐えながら‘どうして?’と聞くと
シンタローも目を潤ませながら
「プレゼントなんていらない!いらないから、パパもっと家にいてよ、僕と一緒にいてよ!」
僕、パパがいないと寂しくて泣いちゃうんだ!と叫んだ。
その言葉でマジックの顔がぱぁああと一気に明るくなる。
彼はぎゅう、とシンタローを抱き締めた。
「ごめん!ごめんね!シンちゃん!」
「今日はもうどっか行くの禁止!!パパはここにいなきゃダメなの!」
「解かった!今日はもーずっとシンちゃんの傍にいるよパパは!」
シンタローの隣にいなきゃいけないのは、クマのぬいぐるみよりも『自分』なんだと、それを教えられて
マジックは嬉しさで胸があたたかくなるのを感じたのだった。
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