SSS.67「Chupa Chups 」 キンタロー×シンタローコーヒーを淹れ替え、席に戻ってくると隣でレポートを書いていた従兄弟がにこにことバッグに手を入れているところだった。
ガンマ団のエンブレムが付いたスポーティなバッグは見かけとは違って中身はジムに行くための運動着でもなく、色とりどりな菓子がいつも入っていた。軽い休憩や食事の時間になると従兄弟のグンマはそこから気に入りの菓子を取り出す。
「今日は何だ?」
カップをデスクに置くとグンマは俺を見上げた。
今日はね、と笑顔を浮かべて従兄弟は選んだ菓子を見せびらかすように上へと向けた。
白い短い棒に丸い玉。形状からキャディの類だと見て取れる。
「……ずいぶんカラフルな包装だ」
キャンディのヘッドは花形をくりぬいたような形を黄色で塗りつぶされている。下の方は紺色だ。赤いラインがうねうねと走っている。
思わずそんな感想を呟くとグンマは「きれいでしょ」と笑った。
「これはグレープ味で、こっちはプリン!グレープは今日初めて食べるんだ~」
「そうか」
それは楽しみだな、と答えるとグンマは頷いた。
「キンちゃんにもあげようか?コーヒー味はないけどね、キャラメルならあるよ」
「キャラメル?いや……」
「ミルクより甘くはないけど」
首を傾げるとグンマはバッグを漁りはじめた。俺はあわてて断ろうとグンマの手を引く。
「グンマ。俺は……」
別にいらないんだが、と断る前にグンマは目当てのキャンディを見つけ出してしまった。
「はい、これあげるね」
「……ああ」
すっごくおいしいよ。ハマる味だから、とにっこり笑うグンマに退路を立たれて俺はキャンディを受け取った。
いらないと断るのは簡単だけれどもグンマがむくれるのは面倒だ。
もう一人の従兄弟にでもやろう、と思いながら俺は席に着く。グンマはカラフルな包み紙を外してキャンディを口に入れた。
今日初めて食べるというグレープ味のキャンディ。
「うまいか?」
なんとなく感想を聞くとグンマは満面の笑みを浮かべた。
「もちろん!すっごい幸せな気分だよ~」
甘くておいしい、とグンマはふわふわと夢見るような顔で答えた。
キンちゃんも食べたら、と微笑まれて俺は「……後で」と返事するに留めた。咎められないうちにキャンディをそそくさと上着のポケットへと仕舞いこんだ。
机の上には淹れたてのコーヒーがある。それに。
グンマの持っている菓子はたいてい歯の浮くような甘さのものばかりだから性質が悪い。
*
日が沈むのがだんだん遅くなってきた気がする。
研究室から総帥室へと移動するとき窓の外を見て俺はそう思った。夏が近づいている。
今年もシンタローはあの島での夏を思い出すんだろうか。
そんなことを考えながら俺はドアをノックした。
「入れ」
ノブを回すといつも控えている秘書たちがいなかった。
デスクワークに勤しむ従兄弟は口にペンを咥え、頬杖を付いていた。
「行儀が悪いぞ、シンタロー」
従兄弟の口からペンを取り上げると彼はうるせえなあという表情を浮かべた。
「ちょっと煮詰まってるんだよ」
きしっと椅子の背をしならせてシンタローは伸びをした。背もたれがぐっと角度を広げている。
伸びをするのをやめてシンタローの体勢が元に戻ると椅子はまた軋んだ音を立てた。
「コーヒーでも淹れるか」
立ち上がり、シンタローは読んでいた書類をばさっとひとつに重ねた。
「俺がやる」
「来たばっかだろ。いいって」
座ってろと、シンタローは俺にソファを勧めた。
「いや。だが、おまえは休憩した方がいいだろう。俺が」
「いいって」
ひらひらと手を振りながらシンタローは俺の横をすり抜けようとした。
すっと給湯室まで行くのか、と思っていたがシンタローが不意に足を止めた。
「なんだ?」
「いや……それなんだよ?」
車のキーじゃねえよな、結構膨らんでるし、とシンタローは呟いた。
「膨らんでる?」
「ああ、ほら。それだよ。ジャケットの。何入れてるんだ?」
実験器具なら戻しとかねえといけねえんじゃねえの、とシンタローは指差した。
「ジャケット……ああ、これか」
ほら、と俺はポケットから取り出したものをシンタローに渡した。グンマから貰ったキャラメル味のキャンディだ。
「これ、グンマのヤツか?」
「ああ」
「懐かしいな」
甘いんだよな、これ、としげしげと黄色いパッケージをシンタローは覗き込んだ。
「おまえにやろうと思って」
「俺に?おまえ舐めねえの?」
「ああ」
ほら、とシンタローの手の中に俺はキャンディを渡した。
「それでも舐めて待っていろ。コーヒーは俺が淹れてくる」
俺の言葉にシンタローは頷くとソファへと足を引き返した。歩きながら従兄弟の指はパッケージをはがすのに苦心していた。
カップを2つ抱えて戻ってくるとシンタローはソファから慌てて足を下ろした。
寝そべってキャンディを舐めているとはこれもまた行儀が悪い。
ため息を吐きたくなったが、俺は大目に見ることにした。
「時間かかったな」
「ああ。新しい豆を探すのに苦労した」
誰か場所を移動させていた、と答えながら俺はテーブルにトレイを置く。
「キャンディはどうだ?うまいか」
白い棒を咥えたままのシンタローに尋ねると彼は「まあ。普通だな」と答える。
顔を顰めないところを見るとどうやら糖度は一般的なものらしい。グンマの気に入る菓子にしてはめずらしいことだ。
「それとは違う味だが、グンマは幸せな気分だといっていた」
「ふ~ん。幸せな気分ねえ」
アイツらしいぜ、とシンタローは肩を竦める。シンタローの横に座りながら俺は従兄弟のそんな仕草に笑った。
「おまえにも幸せをお裾分けしてやろうか?」
にやっと笑うシンタローの言葉に俺は首を傾げた。
「どうやって?」
「こうやってだよ」
笑いながらシンタローがキャンディをがじっと音を立てて噛み砕く。
「ほら」
腰を浮かせたシンタローは俺に口唇を合わせてきた。
何の行動を取るまもなくするりと砂糖で漬けたような舌が侵入してきた。
僅かなかけらが舌の上に乗せられるとシンタローは体を離した。それから口から離していた棒を従兄弟は咥えなおした。
白い棒には噛み砕かれた後のキャンディの残骸がまだある。
「どうだよ?幸せか」
にやっと笑ったシンタローに俺は口中の甘いかけらを舌で転がしながら眉を顰めた。
「……甘い」
俺の言葉にシンタローはキャンディを離して笑った。
ガンマ団のエンブレムが付いたスポーティなバッグは見かけとは違って中身はジムに行くための運動着でもなく、色とりどりな菓子がいつも入っていた。軽い休憩や食事の時間になると従兄弟のグンマはそこから気に入りの菓子を取り出す。
「今日は何だ?」
カップをデスクに置くとグンマは俺を見上げた。
今日はね、と笑顔を浮かべて従兄弟は選んだ菓子を見せびらかすように上へと向けた。
白い短い棒に丸い玉。形状からキャディの類だと見て取れる。
「……ずいぶんカラフルな包装だ」
キャンディのヘッドは花形をくりぬいたような形を黄色で塗りつぶされている。下の方は紺色だ。赤いラインがうねうねと走っている。
思わずそんな感想を呟くとグンマは「きれいでしょ」と笑った。
「これはグレープ味で、こっちはプリン!グレープは今日初めて食べるんだ~」
「そうか」
それは楽しみだな、と答えるとグンマは頷いた。
「キンちゃんにもあげようか?コーヒー味はないけどね、キャラメルならあるよ」
「キャラメル?いや……」
「ミルクより甘くはないけど」
首を傾げるとグンマはバッグを漁りはじめた。俺はあわてて断ろうとグンマの手を引く。
「グンマ。俺は……」
別にいらないんだが、と断る前にグンマは目当てのキャンディを見つけ出してしまった。
「はい、これあげるね」
「……ああ」
すっごくおいしいよ。ハマる味だから、とにっこり笑うグンマに退路を立たれて俺はキャンディを受け取った。
いらないと断るのは簡単だけれどもグンマがむくれるのは面倒だ。
もう一人の従兄弟にでもやろう、と思いながら俺は席に着く。グンマはカラフルな包み紙を外してキャンディを口に入れた。
今日初めて食べるというグレープ味のキャンディ。
「うまいか?」
なんとなく感想を聞くとグンマは満面の笑みを浮かべた。
「もちろん!すっごい幸せな気分だよ~」
甘くておいしい、とグンマはふわふわと夢見るような顔で答えた。
キンちゃんも食べたら、と微笑まれて俺は「……後で」と返事するに留めた。咎められないうちにキャンディをそそくさと上着のポケットへと仕舞いこんだ。
机の上には淹れたてのコーヒーがある。それに。
グンマの持っている菓子はたいてい歯の浮くような甘さのものばかりだから性質が悪い。
*
日が沈むのがだんだん遅くなってきた気がする。
研究室から総帥室へと移動するとき窓の外を見て俺はそう思った。夏が近づいている。
今年もシンタローはあの島での夏を思い出すんだろうか。
そんなことを考えながら俺はドアをノックした。
「入れ」
ノブを回すといつも控えている秘書たちがいなかった。
デスクワークに勤しむ従兄弟は口にペンを咥え、頬杖を付いていた。
「行儀が悪いぞ、シンタロー」
従兄弟の口からペンを取り上げると彼はうるせえなあという表情を浮かべた。
「ちょっと煮詰まってるんだよ」
きしっと椅子の背をしならせてシンタローは伸びをした。背もたれがぐっと角度を広げている。
伸びをするのをやめてシンタローの体勢が元に戻ると椅子はまた軋んだ音を立てた。
「コーヒーでも淹れるか」
立ち上がり、シンタローは読んでいた書類をばさっとひとつに重ねた。
「俺がやる」
「来たばっかだろ。いいって」
座ってろと、シンタローは俺にソファを勧めた。
「いや。だが、おまえは休憩した方がいいだろう。俺が」
「いいって」
ひらひらと手を振りながらシンタローは俺の横をすり抜けようとした。
すっと給湯室まで行くのか、と思っていたがシンタローが不意に足を止めた。
「なんだ?」
「いや……それなんだよ?」
車のキーじゃねえよな、結構膨らんでるし、とシンタローは呟いた。
「膨らんでる?」
「ああ、ほら。それだよ。ジャケットの。何入れてるんだ?」
実験器具なら戻しとかねえといけねえんじゃねえの、とシンタローは指差した。
「ジャケット……ああ、これか」
ほら、と俺はポケットから取り出したものをシンタローに渡した。グンマから貰ったキャラメル味のキャンディだ。
「これ、グンマのヤツか?」
「ああ」
「懐かしいな」
甘いんだよな、これ、としげしげと黄色いパッケージをシンタローは覗き込んだ。
「おまえにやろうと思って」
「俺に?おまえ舐めねえの?」
「ああ」
ほら、とシンタローの手の中に俺はキャンディを渡した。
「それでも舐めて待っていろ。コーヒーは俺が淹れてくる」
俺の言葉にシンタローは頷くとソファへと足を引き返した。歩きながら従兄弟の指はパッケージをはがすのに苦心していた。
カップを2つ抱えて戻ってくるとシンタローはソファから慌てて足を下ろした。
寝そべってキャンディを舐めているとはこれもまた行儀が悪い。
ため息を吐きたくなったが、俺は大目に見ることにした。
「時間かかったな」
「ああ。新しい豆を探すのに苦労した」
誰か場所を移動させていた、と答えながら俺はテーブルにトレイを置く。
「キャンディはどうだ?うまいか」
白い棒を咥えたままのシンタローに尋ねると彼は「まあ。普通だな」と答える。
顔を顰めないところを見るとどうやら糖度は一般的なものらしい。グンマの気に入る菓子にしてはめずらしいことだ。
「それとは違う味だが、グンマは幸せな気分だといっていた」
「ふ~ん。幸せな気分ねえ」
アイツらしいぜ、とシンタローは肩を竦める。シンタローの横に座りながら俺は従兄弟のそんな仕草に笑った。
「おまえにも幸せをお裾分けしてやろうか?」
にやっと笑うシンタローの言葉に俺は首を傾げた。
「どうやって?」
「こうやってだよ」
笑いながらシンタローがキャンディをがじっと音を立てて噛み砕く。
「ほら」
腰を浮かせたシンタローは俺に口唇を合わせてきた。
何の行動を取るまもなくするりと砂糖で漬けたような舌が侵入してきた。
僅かなかけらが舌の上に乗せられるとシンタローは体を離した。それから口から離していた棒を従兄弟は咥えなおした。
白い棒には噛み砕かれた後のキャンディの残骸がまだある。
「どうだよ?幸せか」
にやっと笑ったシンタローに俺は口中の甘いかけらを舌で転がしながら眉を顰めた。
「……甘い」
俺の言葉にシンタローはキャンディを離して笑った。
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