SSS.68「前言撤回」 キンタロー×シンタローああ、なんでこうなってんだっけ、と俺は考えた。いつのまにか2人の間が縮まっている。
ゆっくりと顎の輪郭をなぞる指の感触に気をやりつつ、思い出してみたが「夕飯何する?」と聞いた後に二言三言会話しただけで取り立てて思い当たる節はない。
顎をなぞっていた指が耳の後ろへと這わされて、髪が引っ張られる。痛くはないけれど少しだけ引き攣れた感触に俺は目を閉じた。
青い目がゆっくり近づく。キスされる。
(なんでコイツそんな気になったんだ……?)
分かんねえ、と歯列に感じたくすぐったさに伏せていた目を明けると端の方でちらりとしたひかりがあった。
キスを受け止めながらひかりの先に目を凝らす。
その行動を助けるわけではないだろうけれど、キンタローは俺の口腔から撤退した。
口唇に与えられたものとは違う、触れるか触れないか分からないほど軽いキスを目元にされて、俺はため息を吐いた。
ひかりの正体は鏡だ。
亡き叔父、ルーザーの部屋には大きな姿見がある。なぜだかキンタローはそれを気に入っていた。
「……メシどうするか聞きに来ただけだぜ」
「ああ、そうだったな。で、どうする?」
キンタローは帯びれずにそう返してきた。たまには俺が作ってもいい、と話すキンタローに俺は内心、「そうじゃなくてなんで急にキスしてきたんだよ」と再び思う。
唐突過ぎてワケが分からない。煽るようなこともなにも言っていない。
(……コイツってホント分かんねえよ)
2人きりの密室だからいいものの出入りの激しい総帥室だったらと考えるとぞっとする。
そんな無防備なことをするわけないが、それでも衝動的にされるキスは心臓に悪い。
この部屋だってグンマや父がいつ訪ねてくるかわかったもんじゃない。
(バレたらどうすんだ。バレたら)
ああ、ちくしょうと髪をかきながら、それでも惚れた弱みで咎めることはせずに俺は壁に寄りかかった。
ひやっとした感触が背に伝わる。俺の部屋ともキンタローの部屋とも違う温度だ。
この部屋は何故だか他のどこよりも温度が低い。
背に伝わった感触から俺は随分前のことを思い出した。
帰ってきたばかりの頃、この壁に押し付けられて殺してやるといわれたことを……。
「なあ、そういえばさ」
なんとなく思いついたことを俺は聞いてみることにした。
「おまえってこの部屋で俺のこと殺すって言ってたよな」
痛いくらい壁に押し付けやがって、と笑いながら言うとキンタローはわずかに目を見張った。
それから数年前のことを思い出してああと頷いた。
「お前を……引き裂いて殺してやりたかった」
「で、今はどうなんだよ」
意地の悪い質問だなと思いながら俺は尋ねてみた。どう答えてくるのか興味がある。
歯の浮くような科白は勘弁してもらいたいけど。
「今……?」
「ああ」
なんて答えるつもりだよ、と俺はキンタローをじっと見た。
「そうだな。殺したいとは思わないが、お前の服を引き裂いてやりたいときはある」
「……」
前言撤回。歯の浮くような科白の方がマシだ。■SSS.70「心臓に悪い」 キンタロー×シンタロー総帥を継いだシンタローが激務の毎日を送るようになったのは当然だったが、引退したとはいえ、父であるマジックももそれなりに忙しい日を送っていた。
マジックが多忙である理由はおよそシンタローの理解の範囲を超えたファンクラブのための活動であったが、たいていは日帰りのもので今日のようにわざわざ泊りがけて他国へと行くのはめずらしかった。
いつもなら分担して行う夕食の準備も残った家族は食器を出すだとか洗い物をするくらいしか期待が出来ないので、シンタローは早くから台所に立った。残った家族、グンマは家事を高松に任せきりの生活をしていたし、キンタローは料理どころかに日常の雑事すべてがやることなすこと初めての男だ。はっきり言って期待以前の問題である。ところが。
(コイツも家事にハマるタイプだったのかよ)
シンタローの横では今、キンタローが真剣な面持ちで小鯵を開きにしている。
手伝ってやる、と尊大に言われたときシンタローはこいつの面倒も見なきゃいけねえなんてかったりぃなあと思った。
グンマと手分けして食器を出してくれれば、後は大人しく席に着いて待っていてほしいとも思った。
包丁を持つのも初めてだ、と感想を持つだろう男にいちいちレクチャーしてまで手伝ってもらうのは気が進まない。
だが、シンタローの意に反してキンタローは料理でも器用なところを見せた。
おまえがいつもやっているやつだろう、とみじん切りも教えることなくできたし、飾り切りだって手馴れたように作って見せた。
見れば分かる、と得意そうに胸を張る従兄弟のおかげで父親と分担しているときと同じスピードで調理が進むのはよかったけれども。
でも。
(なんつーか話しかけても答えてくれねえしなあ)
今ちょっと取り込んでいるんだ、と研究室に訪ねてみたときと同じ口調でキンタローはすっぱりとシンタローの口にしたくだらない話を一蹴した。集中しているキンタローにそれ以上何を言うことも出来ず、シンタローはコンソメジュレに取り掛かった。
粗熱をとって冷蔵庫にボウルを入れてからふとキンタローを見るとやはり彼は口を引き結んで魚に包丁を入れていた。
バットの上に並べられた小鯵は丁寧に小骨も取り除かれている。
今捌いているもので終わりか、と空になったトレイをシンタローは確認した。やっぱり手際がいい。
まあ、これなら明日も手伝わせて平気だな、とシンタローは思った。
従兄弟に対して過保護な高松を夕食に招待してやるのもいいかもしれない。
そう考えつつ、キンタローを見やると彼は手を動かしつつも前髪が目にかかっているのをうざったそうに目を細めていた。
(払ってやるかな)
一瞬そう考えたが、刃物を持っているときは危ない。それにここまで丁寧に仕事が出来ているのだから放っておいても平気だろう。
長い髪ならシンタローのように後ろでくくることも出来たが、生憎とキンタローは髪が短い。
ああいうのくすぐったいんだよな。痒いような、なんつーか、とシンタローはキンタローの前髪を見ながら思った。
金色の髪が動くたびにさらさらと鼻先にかかる。伏せ気味の目は時折少し開いて青い色を髪の隙間から見せていた。
引き結んでいる口は怒っているときと違って口角が上がっていない。
じっと観察しているとキンタローが手の甲で汗を拭った。
額があらわになるとともに目元がばっちりと見えた。
細めていない目の青い玉が視界に入ってきてシンタローは見惚れた。
(やっぱきれいだよな、コイツの目)
父親もグンマも他の親族も自分とは違う青い目を持っている。
皆、微妙に違った色合いの青だがシンタローは従兄弟のものが一番きれいだと感じた。
子どもの頃とは違って自分の黒い目が嫌だとか青い目になりたいなどとは思わずに、単純に見惚れてしまった。
(親父より薄いかな……)
亡くなったルーザー叔父さんと同じ色なんだよな、とシンタローはぼんやりと思った。
そのまま見つめていると片方だけ見えていた青い目がキンタローが振り返って両方確認できるようになった。
「できたぞ」
どうするんだ揚げるのか、マリネにするのか?とキンタローはシンタローに尋ねた。
「あ?え?ああ……なんか言ったか?」
シンタローははっとした。青い目が怪訝そうに揺れる。
「だからこれだ、魚はどうするんだ」
手を引かれてシンタローは飛び退いた。キンタローの右手は包丁を握ったままだ。
刃物を持つ手に驚いたわけではない。いきなり手を握られたことが原因だったのだけれども。
「し、心臓に悪いんだよ!お前!」
キンタローの手を乱暴に振り払うとシンタローは包丁を指差した
ゆっくりと顎の輪郭をなぞる指の感触に気をやりつつ、思い出してみたが「夕飯何する?」と聞いた後に二言三言会話しただけで取り立てて思い当たる節はない。
顎をなぞっていた指が耳の後ろへと這わされて、髪が引っ張られる。痛くはないけれど少しだけ引き攣れた感触に俺は目を閉じた。
青い目がゆっくり近づく。キスされる。
(なんでコイツそんな気になったんだ……?)
分かんねえ、と歯列に感じたくすぐったさに伏せていた目を明けると端の方でちらりとしたひかりがあった。
キスを受け止めながらひかりの先に目を凝らす。
その行動を助けるわけではないだろうけれど、キンタローは俺の口腔から撤退した。
口唇に与えられたものとは違う、触れるか触れないか分からないほど軽いキスを目元にされて、俺はため息を吐いた。
ひかりの正体は鏡だ。
亡き叔父、ルーザーの部屋には大きな姿見がある。なぜだかキンタローはそれを気に入っていた。
「……メシどうするか聞きに来ただけだぜ」
「ああ、そうだったな。で、どうする?」
キンタローは帯びれずにそう返してきた。たまには俺が作ってもいい、と話すキンタローに俺は内心、「そうじゃなくてなんで急にキスしてきたんだよ」と再び思う。
唐突過ぎてワケが分からない。煽るようなこともなにも言っていない。
(……コイツってホント分かんねえよ)
2人きりの密室だからいいものの出入りの激しい総帥室だったらと考えるとぞっとする。
そんな無防備なことをするわけないが、それでも衝動的にされるキスは心臓に悪い。
この部屋だってグンマや父がいつ訪ねてくるかわかったもんじゃない。
(バレたらどうすんだ。バレたら)
ああ、ちくしょうと髪をかきながら、それでも惚れた弱みで咎めることはせずに俺は壁に寄りかかった。
ひやっとした感触が背に伝わる。俺の部屋ともキンタローの部屋とも違う温度だ。
この部屋は何故だか他のどこよりも温度が低い。
背に伝わった感触から俺は随分前のことを思い出した。
帰ってきたばかりの頃、この壁に押し付けられて殺してやるといわれたことを……。
「なあ、そういえばさ」
なんとなく思いついたことを俺は聞いてみることにした。
「おまえってこの部屋で俺のこと殺すって言ってたよな」
痛いくらい壁に押し付けやがって、と笑いながら言うとキンタローはわずかに目を見張った。
それから数年前のことを思い出してああと頷いた。
「お前を……引き裂いて殺してやりたかった」
「で、今はどうなんだよ」
意地の悪い質問だなと思いながら俺は尋ねてみた。どう答えてくるのか興味がある。
歯の浮くような科白は勘弁してもらいたいけど。
「今……?」
「ああ」
なんて答えるつもりだよ、と俺はキンタローをじっと見た。
「そうだな。殺したいとは思わないが、お前の服を引き裂いてやりたいときはある」
「……」
前言撤回。歯の浮くような科白の方がマシだ。■SSS.70「心臓に悪い」 キンタロー×シンタロー総帥を継いだシンタローが激務の毎日を送るようになったのは当然だったが、引退したとはいえ、父であるマジックももそれなりに忙しい日を送っていた。
マジックが多忙である理由はおよそシンタローの理解の範囲を超えたファンクラブのための活動であったが、たいていは日帰りのもので今日のようにわざわざ泊りがけて他国へと行くのはめずらしかった。
いつもなら分担して行う夕食の準備も残った家族は食器を出すだとか洗い物をするくらいしか期待が出来ないので、シンタローは早くから台所に立った。残った家族、グンマは家事を高松に任せきりの生活をしていたし、キンタローは料理どころかに日常の雑事すべてがやることなすこと初めての男だ。はっきり言って期待以前の問題である。ところが。
(コイツも家事にハマるタイプだったのかよ)
シンタローの横では今、キンタローが真剣な面持ちで小鯵を開きにしている。
手伝ってやる、と尊大に言われたときシンタローはこいつの面倒も見なきゃいけねえなんてかったりぃなあと思った。
グンマと手分けして食器を出してくれれば、後は大人しく席に着いて待っていてほしいとも思った。
包丁を持つのも初めてだ、と感想を持つだろう男にいちいちレクチャーしてまで手伝ってもらうのは気が進まない。
だが、シンタローの意に反してキンタローは料理でも器用なところを見せた。
おまえがいつもやっているやつだろう、とみじん切りも教えることなくできたし、飾り切りだって手馴れたように作って見せた。
見れば分かる、と得意そうに胸を張る従兄弟のおかげで父親と分担しているときと同じスピードで調理が進むのはよかったけれども。
でも。
(なんつーか話しかけても答えてくれねえしなあ)
今ちょっと取り込んでいるんだ、と研究室に訪ねてみたときと同じ口調でキンタローはすっぱりとシンタローの口にしたくだらない話を一蹴した。集中しているキンタローにそれ以上何を言うことも出来ず、シンタローはコンソメジュレに取り掛かった。
粗熱をとって冷蔵庫にボウルを入れてからふとキンタローを見るとやはり彼は口を引き結んで魚に包丁を入れていた。
バットの上に並べられた小鯵は丁寧に小骨も取り除かれている。
今捌いているもので終わりか、と空になったトレイをシンタローは確認した。やっぱり手際がいい。
まあ、これなら明日も手伝わせて平気だな、とシンタローは思った。
従兄弟に対して過保護な高松を夕食に招待してやるのもいいかもしれない。
そう考えつつ、キンタローを見やると彼は手を動かしつつも前髪が目にかかっているのをうざったそうに目を細めていた。
(払ってやるかな)
一瞬そう考えたが、刃物を持っているときは危ない。それにここまで丁寧に仕事が出来ているのだから放っておいても平気だろう。
長い髪ならシンタローのように後ろでくくることも出来たが、生憎とキンタローは髪が短い。
ああいうのくすぐったいんだよな。痒いような、なんつーか、とシンタローはキンタローの前髪を見ながら思った。
金色の髪が動くたびにさらさらと鼻先にかかる。伏せ気味の目は時折少し開いて青い色を髪の隙間から見せていた。
引き結んでいる口は怒っているときと違って口角が上がっていない。
じっと観察しているとキンタローが手の甲で汗を拭った。
額があらわになるとともに目元がばっちりと見えた。
細めていない目の青い玉が視界に入ってきてシンタローは見惚れた。
(やっぱきれいだよな、コイツの目)
父親もグンマも他の親族も自分とは違う青い目を持っている。
皆、微妙に違った色合いの青だがシンタローは従兄弟のものが一番きれいだと感じた。
子どもの頃とは違って自分の黒い目が嫌だとか青い目になりたいなどとは思わずに、単純に見惚れてしまった。
(親父より薄いかな……)
亡くなったルーザー叔父さんと同じ色なんだよな、とシンタローはぼんやりと思った。
そのまま見つめていると片方だけ見えていた青い目がキンタローが振り返って両方確認できるようになった。
「できたぞ」
どうするんだ揚げるのか、マリネにするのか?とキンタローはシンタローに尋ねた。
「あ?え?ああ……なんか言ったか?」
シンタローははっとした。青い目が怪訝そうに揺れる。
「だからこれだ、魚はどうするんだ」
手を引かれてシンタローは飛び退いた。キンタローの右手は包丁を握ったままだ。
刃物を持つ手に驚いたわけではない。いきなり手を握られたことが原因だったのだけれども。
「し、心臓に悪いんだよ!お前!」
キンタローの手を乱暴に振り払うとシンタローは包丁を指差した
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