香ばしいコーヒーの香りが部屋の空気を包み込む。
あまり飲みすぎるなとアイツには言われるが、徹夜作業が続く為に欠かせない。
それにコーヒーの香りは落ち着く。
紅茶よりはオレがコーヒー党な為だろう。
ただインスタントのコーヒーはイマイチ香りが楽しめない。
眠気覚ましの為に飲むのだと思えば問題にする事じゃないが、やはりオレは多少面倒でも一から煎れる。
まぁ、普段はオレが煎れるまでもなく周りの者が気を使っていいタイミングで運んでくれるのだが。
ふと、彼の顔を思い出す。
「アイツも今日は徹夜で作業してるんだろうな…」
近頃お互い仕事が立て込んでいて徹夜状態が続いて一週間くらいは経ったと思う。
仕事以外で残された時間は生活―――生きていく上で必要最低限+身嗜みに消費され、同じ敷地内に職を置き、
共に暮らしている恋人同士だと言うのに仕事以外でまともに言葉を交わす事も出来ていない。
忙殺されながらも、会いたいと思う。
仕事抜きのプライベートで。
酒とつまみを持って語り明かすも良し、ベッドで互いの体温を確かめ合うのも悪くない。
「アイツにも、これを持っていくかな…」
持っていくしかないだろう。
既に二人分のコーヒーはお盆に鎮座しているのだから。
彼の仕事もあともう一頑張りすれば片がつく筈だ。
3時間前に顔を合わせた時に今抱えてる量の残りを聞いて計算してみる。
そろそろ一段落つく頃だろうから、明日には久し振りにお互い時間を持てる筈だ。
誰にも―――アイツにすら言ってないが、彼が仕事を落ち着かせる頃を狙ってスケジュールを組んでいた。
「ならお互い、今日中に仕事を片付けた方がいいな」
自分と彼の気合入れに、二人分のコーヒーと当分補給の為に少量の菓子を添え、小さなお盆に乗せてアイツの元へと向かった。
「「あ」」
2人が声が廊下の曲がり角でぴったりと合わさる。
まず目線はお互いの存在を確認。
それから注がれる先は互いに手に抱えているソレ。
「もしかしてそれってオレに…?」
「シンタローもか」
「ぷ…っ、はは…ッ。そうだよ全く。……クックッ、オマエに差し入れしてやろーと思ってたのにな。……あははッ」
ああ可笑しい。
可笑しくてクックと笑い声がお腹の底から溢れ出す。
お菓子は少量だったからまだいい。保存も利くし問題は無い。
ただ2人が用意したのを合わせて4人分のコーヒーはどうしようか。
お客様用のカップなら小さめでいいが、用意したのは大き目のコーヒーカップなので、
2杯も飲むのは疲れている胃に負担が掛かりそうだ。
冷える夜に温くなる4つの黒い液体。
可笑しくて笑えてしまうほど似通った思考回路。
普段は対極のように周囲からは見られる二人は、実は根本的なところは似ていてる。
以前はそれは元々1人の人物であったからだと思っていた。
でも違うと知ったのは何時だったか。
お互いに対して似通った事をしてしまうのは、それだけ想い合っているから。
何時だって想ってる。何時だって気に掛けている。
出来る限りの時間を共有したいと思っているし実際そうしてきた。
だからこそこうして同じ気遣いまで似てしまうのだ。
「おっかしーの。これで何度目だよ」
「二桁はいった、か…?」
未だお盆を抱えたままクックと笑いを洩らすシンタローに、
どこまでも真剣に眉を寄せて同じ事を互いにして困りながらも喜んだ幸せ数を思い出しているキンタロー。
2人の用意した4人分のコーヒーがほわほわした湯気を消している事も、今の時間帯の廊下の冷えも部屋に残してきた仕事の小山も、
シンタローもそして今まで真剣な顔をしていたキンタローも今は気付かない。
くすぐったい空気のなか小さく笑っていた。
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