「シンタローは、死が怖いと思ったことはないのか?」
唐突に、キンタローは尋ねた。それはたまった執務を片付けている最中のことで、普通ならば聞かなかった振りでもしている所だが、今回は人物が人物だった。聞かない振りも無視もすることも心苦しくて、シンタローは書類に向けていた視線をキンタローへと向けた。
「死?」
たった一言だが、それは重い。言葉にした瞬間、どこか息苦しくなったような気がして、シンタローは思わず咳払いをする。
「そうだ。怖くはないか?」
うしろを向いていたキンタローは振り返り、まっすぐにシンタローを見つめる。生まれて、あの島から帰って来てすぐの頃「話す時は、相手の目を見て」ということを習ったらしいキンタローの、それは癖だった。負けじと見つめ返し、視線に視線を重ねる。
「怖くはないな」
それは紛れもない本心だった。士官学校時代も、そのあともずっと、第一に教え込まれたことは、死への恐怖などではなく、それがいかに側にあるかということだった。それは自ら、もしくは誰かの手によって日常化し、まるで最初からそこにあったみたいに存在している。
「本当か?」
言葉と、視線でキンタローは念押しする。シンタローは微笑み、走らせていたペンを休ませる。組んでいた脚も解く。
「ま、職業柄な」
まるで独り言のようにシンタローは誰にともなく言い、執務を再開する。
「・・・俺も、怖くはない」
忘れたころにその言葉は降って来て、シンタローはゆっくりとキンタローを見遣る。
「ま、そうだろうな」
再三、キンタローは「俺はもう死んだ男だから」と言っている。あの島で死を覚悟し、そして死ななかった男の本心に違いない。
「・・・ただ、」
そこで一旦ためらいがちに言葉を区切り、キンタローは天井を仰いだ。なにかを突き止めるようにその視線は真っ直ぐを射抜いていた。言葉が続いたのは、もうすこし後になってから。
「・・・お前や、グンマや、皆と最後の別れだと思うと、それが悲しい」
その声はもしかしたら気づかなかったほどに少しだけ震えていて、シンタローは思わず立ち上がる。背を向けたキンタローがどこか小さく見えて、不安になった。
「・・・キンタロー?」
少しずつ近づき、おそるおそるシンタローはキンタローの顔を覗き込む。けれど目元を拭うような仕草に、予想が確信に変わりシンタローは慌てて、見なかったことに、とキンタローから少し距離をとる。キンタローは何も言わず、シンタローはただそれを見ているだけだった。沈黙が流れて行く。
「・・・すまない、シンタロー」
これで最後だ、とばかりにキンタローは何かを振り払うように頭を振り、振り返る。その目元だけは見ないようにと、シンタローは応える。
「いい。・・・気にしねぇよそんなこと」
せめて笑えれば、その空気を消せたのかもしれない。そこで話を終わらせれば、本当に終わりのはずだった。けれど。
気づけばシンタローはその胸に、キンタローを抱きしめていた。きっと、そうすることでしかキンタローを想えなかった。触れ合った体はまだわずかに震えていて、抱きしめた腕に力を込める事でしか、応えられなかった。
唐突に、キンタローは尋ねた。それはたまった執務を片付けている最中のことで、普通ならば聞かなかった振りでもしている所だが、今回は人物が人物だった。聞かない振りも無視もすることも心苦しくて、シンタローは書類に向けていた視線をキンタローへと向けた。
「死?」
たった一言だが、それは重い。言葉にした瞬間、どこか息苦しくなったような気がして、シンタローは思わず咳払いをする。
「そうだ。怖くはないか?」
うしろを向いていたキンタローは振り返り、まっすぐにシンタローを見つめる。生まれて、あの島から帰って来てすぐの頃「話す時は、相手の目を見て」ということを習ったらしいキンタローの、それは癖だった。負けじと見つめ返し、視線に視線を重ねる。
「怖くはないな」
それは紛れもない本心だった。士官学校時代も、そのあともずっと、第一に教え込まれたことは、死への恐怖などではなく、それがいかに側にあるかということだった。それは自ら、もしくは誰かの手によって日常化し、まるで最初からそこにあったみたいに存在している。
「本当か?」
言葉と、視線でキンタローは念押しする。シンタローは微笑み、走らせていたペンを休ませる。組んでいた脚も解く。
「ま、職業柄な」
まるで独り言のようにシンタローは誰にともなく言い、執務を再開する。
「・・・俺も、怖くはない」
忘れたころにその言葉は降って来て、シンタローはゆっくりとキンタローを見遣る。
「ま、そうだろうな」
再三、キンタローは「俺はもう死んだ男だから」と言っている。あの島で死を覚悟し、そして死ななかった男の本心に違いない。
「・・・ただ、」
そこで一旦ためらいがちに言葉を区切り、キンタローは天井を仰いだ。なにかを突き止めるようにその視線は真っ直ぐを射抜いていた。言葉が続いたのは、もうすこし後になってから。
「・・・お前や、グンマや、皆と最後の別れだと思うと、それが悲しい」
その声はもしかしたら気づかなかったほどに少しだけ震えていて、シンタローは思わず立ち上がる。背を向けたキンタローがどこか小さく見えて、不安になった。
「・・・キンタロー?」
少しずつ近づき、おそるおそるシンタローはキンタローの顔を覗き込む。けれど目元を拭うような仕草に、予想が確信に変わりシンタローは慌てて、見なかったことに、とキンタローから少し距離をとる。キンタローは何も言わず、シンタローはただそれを見ているだけだった。沈黙が流れて行く。
「・・・すまない、シンタロー」
これで最後だ、とばかりにキンタローは何かを振り払うように頭を振り、振り返る。その目元だけは見ないようにと、シンタローは応える。
「いい。・・・気にしねぇよそんなこと」
せめて笑えれば、その空気を消せたのかもしれない。そこで話を終わらせれば、本当に終わりのはずだった。けれど。
気づけばシンタローはその胸に、キンタローを抱きしめていた。きっと、そうすることでしかキンタローを想えなかった。触れ合った体はまだわずかに震えていて、抱きしめた腕に力を込める事でしか、応えられなかった。
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