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 翌日、シンタローは、(あんな嫌味で陰気そーなヤツと一緒に通うのはゴメンだナ)と思い、昼九つの時刻になると、表門からは出ずに土蔵の傍の裏門からコッソリと外に出た。
 道に出てみるとやはりアラシヤマは表門の方で待っているらしく、姿が見えなかったので、シンタローは1人神田の方面へと足を運んだ。
 昌平坂を登ると、青緑色で彩色された朱塗りの仰高門が見えてきた。江戸の市街とは違って、中華風の趣である。階段を登った上に、中国風で重厚な造りの杏壇門と大成殿が居を構え、その隣には学舎が建っていた。シンタローが学舎に入ると、中では大勢の上級武家の子弟が机を並べ、儒者が『論語』や『孟子』などを教授していた。いくつかに教室が分かれており、案内された教室の後ろ側の席が空いていたので、シンタローはそこに座った。
 休息時間ともなると、シンタローの周りには取り囲むように人が集まった。そして、そこで争うように自己紹介などが行われた。昼の講義終了時には夕七つの時刻になった。受講生達は、やっと終わったとばかりに一転してガヤガヤと騒がしい雰囲気となった。シンタローは、数名から「一緒に孔子の思想について語ろう」などと誘われたが、彼自身は儒学にたいして興味も関心もなかったので、断ろうと思いつつ、彼らに取り囲まれた状態で部屋の外に出ると、廊下にはアラシヤマが壁に凭れて座って居た。
 アラシヤマはズカズカと近づいて来ると、「邪魔どす」と取り巻き達を押しのけ、シンタローの手首を掴んで集団から引っ張り出し、
 「若様、帰りますえ」
 と言った。
 取り巻き達は、どうするのか、とシンタローの方を見たが、アラシヤマに引っ張られて歩きながらシンタローが、
 「あっ、悪ィ。帰りはコイツと一緒に帰らなきゃなんねーんだ」
 と言うと、彼らは一様にガッカリしたようで、なんとなく鳶に油揚げを攫われたような顔つきをした。
 学舎を出ると、シンタローは、
 「離せヨ!」
 アラシヤマの手を振り払った。アラシヤマは、無言でシンタローの手を離した。


 2人は夕暮れ時で忙しそうな人々が行き交う市中を黙々と歩いて奉行所の方へと戻ったが、裏門を通り過ぎ、表門へと出る直前の路地の曲がり角の手前で、ふと、アラシヤマが、
 「―――何で先に行きましたんや?」
 淡々とシンタローに訊いた。
 「・・・別に。ただ、テメェが気に食わなかっただけだ」
 シンタローがそっぽを向いてそう応じると、アラシヤマは、
 「わてにとっては、あんさんの送り迎えも仕事のうちなんどす。感情のみで行動するとは、お子様どすな」
 馬鹿にしたように言った。
 「何だとッツ、コラ!?」
 シンタローが思わずアラシヤマの胸倉を掴むと、
 「ほな、明日も迎えに来ますさかい。もし、あんさんが居らんかったら、逃げたんや思いますえ?」
 そう言って、シンタローの手を着物の襟から外すと帰っていった。
 シンタローはしばらくアラシヤマの後姿を睨みつけていたが、裏門の方へと引き返すと、鍵を開け、バンッツと思いっきり扉を閉めた。


 次の日、アラシヤマが裏門の方で待っていると、シンタローが門から出てきた。シンタローは、アラシヤマを見ると、嫌そうな顔をした。
 「おはようさんどす。その荷物持ちますわ。若様」
 そう言って、シンタローの荷物を勝手に持つと、黙々と歩き出した。
 学舎に着いたが、アラシヤマが部屋に入らなかったので、シンタローは、
 「何で入んねーんだヨ?」
 と、アラシヤマに言うと、
 「わては、身分が違いますからナ。わてが若様についていったら、昨日の連中が嫌な顔をしますわ。あんさんの立場も悪うなりますえ?」
 と言って、廊下に座した。
 シンタローは何か否定の言葉を言おうとしたが、結局言わず、眉間に皺を寄せると部屋に入っていった。
 アラシヤマが廊下で待っていると、授業の終わりにゾロゾロと生徒たちが出てきた。
 昨日のシンタローの取り巻きたちも出てくると、アラシヤマの目の前で、これ見よがしに
 「シンタロー、こんな奴なんかほっといて、今日は俺らと一緒に帰ろうぜ!」
 その中の1人が言った。
 アラシヤマが立ち上がると、
 「何で、お前がついて来るんだよ?」
 と、彼らの敵意を含んだ視線が集まった。
 「そら、仕事どすからな」
 「お前、仕事だったら、金さえ貰えりゃいいんだろ?それをやるから、どっかへ失せろ」
 と言って、床に財布が投げ出された。
 それを見た、アラシヤマの周りには、殺気が取り巻いた。若者達は、殺気に当てられたのか怯えた様子であった。
 その時、シンタローはいきなりアラシヤマの頭を持っていた本で思いっきり殴った。
 「オラ、とっとと行くぞッツ!」
 そう言って、シンタローはアラシヤマの腕を掴むと引っ張り、そして、
 「これから、行き帰りは、コイツと一緒だから」
 と、取り巻きの方を見てキッパリとそう言った。
 杏壇門を出たところで、アラシヤマは、シンタローの手をそっと外した。前を歩いていたシンタローは、アラシヤマの方を振り向くと、
 「オマエ、素人にあんな殺気をぶつけてんじゃねーヨ。・・・ったく」
 「余計なお世話、と、言いたいところどすが、さっきはあんさんに助けられましたな。ありがとうございます」
 と、アラシヤマは押し殺した声で礼を言った。
 シンタローは目を丸くしたが、何も言わなかった。



 夏が過ぎ、季節は長月となった。残暑がまだまだ続いてはいたが、時折、朝夕と肌寒く感じる日もあり、季節は秋に移ろうとしていた。
 シンタローとアラシヤマは、相変わらず仲が良いとは言えなかったが、行き帰りに時折会話をする程度にはお互いの存在に慣れたようであった。
 その日は神田明神の秋祭りの日であり、境内や階段の両脇には屋台が立ち並び、その界隈は活気に溢れていた。学問所の生徒たちもどことなく浮き足立った様子である。シンタローとても、例外ではなかった。
 昌平坂学問所からの帰り道、神田神社の前を通りすがりに、シンタローは、
 「ちょっと待て」
 と、アラシヤマの着物の袖を掴み、
 「祭りやってるし、寄ってかねーか?」
 と珍しく嬉しそうに言った。
 「あんさん、道草せんように言われとりますやろ?」
 アラシヤマがそう言うと、
 「オマエって、融通がきかねェな。もういい、俺1人で行くッツ!」
 シンタローは1人でさっさと歩き出したので、アラシヤマは仕方なく後を追った。
 「勝手に1人で行動せんといておくれやす・・・」
 追いついたアラシヤマはシンタローにそう言ったが、シンタローはその言葉を無視した。アラシヤマが、
 「一応賑わってますけど、祇園祭に比べたら、なんや規模が小そうおますな」
 そう感想をもらすと、シンタローはムッとし、
 「今年は本祭りじゃなくて、蔭祭りだから神輿がでねーんだヨ!本当は、江戸の“天下祭”なんだからなッツ!」
 どうにも面白くない様子である。
 再び、アラシヤマを置いて先に歩いて行ってしまったが、アラシヤマがシンタローを見つけると、彼は鹿の子餅の屋台の前で立ち止まっていた。彼は、アラシヤマを見ると餅を指差し、
 「買え!」
 と言った。
 「なっ、なんでわてが!?あんさん、旗本の御子息様ですやろ??わてより金持ってはるんちゃいますのッツ!?」
 「・・・親父が、欲しいものは自分が何でも買ってやるからって、金を持たせてくんねーんだよッツ!!オマエ、給金貰ってんダロ!?奢れ。」
 (あの親馬鹿なら言いそうなことどすな。それにしても、貧乏人にたかるとは一体どういう教育してますんや・・・)
 アラシヤマはそう思ったが、店の親父が「どうするのか」といった顔で2人を見ていたので、なんとなくその場の流れ上、
 「仕方ありまへんな・・・」
 と、餅を2つ買い求め、1つをシンタローに渡すと、
 「悪ィな」
 シンタローは、アラシヤマの前で初めて笑顔を見せた。
 (なななななな、なんどすのんッツ!)
 アラシヤマは、心拍が早くなり、思わず齧りかけていた餅をボトッと地面に落とした。
 「うわっ、もったいねー!!―――何、間抜けな面してんだ?大丈夫か、オマエ??」
 シンタローは、何故か呆けているアラシヤマを不審気に見遣ったが、声をかけても反応がなかったので、アラシヤマの顔をのぞきこむと、
 「だっ、大丈夫どす!だから、あんさん、あまり近づかんといておくれやすっ!!」
 と言って後ろに後退ったので、
 (何だ?コイツ。・・・感じ悪ィな!ったく、ほんのちょっとでもこんなヤツの心配なんかして損したゼ)
 シンタローはそう思いながら、鹿の子餅を頬張った。一通り、境内の屋台などを見てまわり、2人は男坂の階段を下りた。
 辺りは既に暗くなりかけており、街の道沿いの燈篭には灯が灯されていた。アラシヤマは少し離れてシンタローの後ろからついてきていたが、「何かの間違いどす」などとブツブツ呟きながら、ずっと何やらうわの空で考え込んでいる様子であった。
 奉行所の裏門前まで来ると、アラシヤマは、
 「わっ、わては、あんさんなんか全然好きやおまへんからな!」
 そう言って、逃げるように帰って行った。
 いきなりそう宣言されたシンタローは、怒るよりも唖然とし、
 「一体、何なんだよ・・・」
 と、呟いた。

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