遠征先、シンタローが総帥用のテントの中で各地の現在の戦況の報告書に目を通していたところ、
「総帥、A国からの報告が先程解読できました」
外で声が聞こえ、中に入るようにシンタローが促すと手に紙束を持った部下が入ってきた。
「どうやら、A国の状況はかなり厳しい模様ですね」
努めて冷静な口調であったのではっきりとは分からなかったが、初老の団員は心なしか心配そうな様子であった。
「あぁ。でもよく頑張ってくれているな」
シンタローが返事をして、読んでいた報告書をテーブルに置くと、
「こちらは、アラシヤマ指揮官からのお手紙です」
彼は、ガンマ団のマークの透かし模様入りの一通の手紙をシンタローに手渡した。そして、
「失礼します」
と一礼してテントから出て行った。
(アラシヤマから手紙?一体何なんだ?)
不審気にシンタローは手紙を見やったが、ガンマ団で支給されているごく普通の白い封筒で、特に何ら変わった様子は見られなかった。
一瞬読まずに捨てようかという考えが脳裏をよぎったが、いつものように悪趣味な封筒ではなかったので、溜め息を吐くと彼は手紙の封を開けた。
白い便箋には几帳面な文字で、部隊の団員たちの様子やA国の土地の風物などについて記してあった。
(・・・コイツ、手紙でまで“どすえ語”かヨ。何?『先日大雪が降りまして、若い連中が雪合戦をして遊んでたんどすが、わて、このクソ寒いのに阿呆や思いましたわ』・・・相変わらず、根暗な上ひねくれてんなー)
思わず苦笑いし、再び文面に目を落とすと、
(『雪が上から次々に降ってくるのを見てますと、この前シンタローはんと一緒に雪の中を歩いたことを思い出しました。いつもそうなんどすが、離れていると、ますますあんさんのことばかり考えます』?)
「―――ウソくせぇ」
シンタローは、ボソリと呟いた。
(戦場でそんな余裕なんか、あるはずねーダロ。俺は、オマエのことなんか全っ然思い出さなかったし!)
続きを読もうか、読まずに捨てようか迷いつつ、なんとはなしに次の便箋をめくると、そこには一行、
『わては、シンタローはんを』
とあり、そこで手紙は終わっていた。
「・・・こんなもんよこすなッツ!」
シンタローがテーブルの上に手紙を叩きつけると、どういったわけか、手紙はサラサラと溶けるように跡形も無く消えてしまった。シンタローは、しばらく呆然としていた。
ガンマ団にシンタローが帰還した翌日の夜、アラシヤマが部屋を訪ねてきた。
「シンタローはーん!お帰りやす~vvv」
シンタローは嬉しそうなアラシヤマを睨みつけ、
「テメェ、あの手紙は一体何なんだヨ!?」
不機嫌そうに問うと、
「あっ、読んでくれはったんや!嬉しおますvvv」
と非常に浮かれた様子であった。
「眼魔砲ッツ!」
半壊状態になった部屋の中で、腕を組んで立ったシンタローは、
「質問に答えろ」
と短く言った。
「アイタタ・・・。いきなり眼魔砲とは、さすがわての心友どすナ!―――あの手紙は、戦場でみんな手紙を家族や恋人宛てによう書いてますが、わては、シンタローはんに手紙を出したかったんどす。万一敵の手に渡ったら困りますさかい、あの便箋と封筒は、実験に協力するのと交換条件に特別にドクターに造ってもらいましたんや。シンタローはんしか読めまへんし、あんさんが触ってからある程度時間が経つと消えてなくなります」
無言のシンタローに、アラシヤマが
「あの、破って捨てる手間も省けますし、便利でっしゃろ??」
と、おそるおそる声をかけると、
「・・・別に、全部が全部、捨ててるわけじゃねぇし」
シンタローはアラシヤマに背を向け、窓辺に歩んで外を見た。
「降ってくる雪、なんだか虫の大群みたいどすな」
いつの間にか、アラシヤマが背後に立っていた。
「―――もうちょっと、マシな言い方はできねーのかよ?」
「“雪虫”って、これ以上ないほど風流な言葉どすえ~!」
「はーい、はいはい」
「あっ、信じてはらへん・・・!」
しばらく雪を観ていたが、アラシヤマは躊躇いがちにシンタローを抱き寄せ、
「・・・あの手紙の最後どすが、ちゃんと書かへんかったのは、直接シンタローはんに会って言いたかったからなんどす」
と言って、何事かシンタローの耳元で囁いた。
シンタローは顔を顰めたが、二人の影はしばらく重なり合ったままであった。
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