書斎で、残っていた仕事を片付けていれば、躊躇いがちなノック音が聞こえてきた。かすかなそれは、シンとした静寂が支配する部屋でなければ、拾うことも出来なかっただろう。ひとつ音立てて、一拍置いた後、みっつ、それは続いた。
それを耳にしたとたん、マジックは、壁にかけられていた時計を見やり首を傾げ、それから外にいる相手に聞こえるように声を出した。
「入っていいよ、シンちゃん」
そう告げると、オーク材の重厚な扉がゆっくりと開いた。扉の向こう側から感じた気配は間違いはなく、そこからちょこんと顔を出したのは、マイスイートハニー――もとい、愛息シンタローであった。
こっちへおいで、というようにマジックは手招きしてあげる。お許しをもらったため、マジック手製の黒ねこさんパジャマ姿で、とてとてと傍へと近づいてきた。
「どうしたんだい? シンちゃん」
ここへ来ているシンタローは、けれど二時間も前にベッドの上でマジック自身が寝かしつかせたはずであった。ぐっすり寝ているのを確認してから、ここへ戻ってきたのだ。しかし、どうやらあれから起きてしまったようである。
寂しくないように、という思いで作った、マジック人形を腕にしっかり抱いて、愛らしい黒ねこさんが、じっとマジックを見つめたまま、ことりと首を傾げて問いかけた。
「パパは、まだ寝ないの?」
「ん?」
それはどういう意味だろうか。時計の針は、深夜0時をそろそろ指す時刻である。しかし、マジックにとってはこの時間帯は、まだ眠り時刻ではない。もちろん、10時就寝のシンタローは、知らないだろうが、それでも父親が夜遅くまで起きていることは分かっているはずである。
とりあえず、マジックは椅子から立ち上がると、息子の前へとしゃがみこんだ。しっかりと目線を合わせると、綺麗な漆黒の瞳が、こちらの様子を伺うように見ていた。
何か言いたいことがあるのだろう。
それを言わせるために、柔らかく微笑んで見せれば、シンタローは、おずおずと言葉を紡いだ。
「あのね………パパ。僕と一緒に寝て?」
「ッ!」
その言葉を聞いた瞬間、マジックは大量の鼻血を噴出しかけたか、そこは、さり気なく鼻を摘んで――さり気なくなっていたかどうかは突っ込んではいけない――ごくりと飲み込んだ。
「一緒に…かい?」
思いがけない言葉に震えた声で訊ね返せば、
「……うん」
作り物の猫ミミが上下にゆれ、躊躇いがちに頷かれた。その恥らう姿は、あまりにも初々しく、マジックは再び鼻を摘んで、鼻血を飲み込んだ。
(シンちゃんからお誘いなんて、なんて大胆なんだい、シンちゃん!! パパ、信じられないよッ!)
信じられないのは、マジックの思考回路である。どこでどう接続されると、そういう解釈ができるのだろうか。しかし、今更そこを指摘したところで、どーしようもないことである。
表面上は優しい父親の顔を見せながら、内では大興奮なパパを前に、シンタローは、甘えるように父親の服の一部をそっと掴んだ。
「怖い夢見たの…だから、一緒に寝て欲しいの」
その言葉と仕草に、さらに妄想の高みへとトリップしてしまったマジックだったが、怯えたシンタローの顔に、すぐさま現の世界へと戻ってきた。
妄想パパでも、息子第一には変わりないのである。
(シンちゃんの大胆発言は、怖い夢を見たせいか…)
なるほど、そういう理由があれば、先ほどの言葉も頷けた。シンタローは、怖い話や本というのがとても苦手なのだ。それなのに、そんなものを夢で見てしまえば、怯えるのも無理はなかった。
しっかりとパパ人形を抱きしめているのも、夢の怖さを紛らわすためなのである。だが、それがさらに息子の可愛さを強調させてて、パパに強烈パンチを食らわせていることは、もちろん本人は永遠に知らなくてもいいことであった。
「そっか。怖い夢見ちゃったんだね」
安心させるように優しい笑みで、そう告げれば、こくりと可愛く頷かれる。同時に抱いていたマジック人形をさらにギュッと強く抱きしめる仕草に、思わず、脳天を貫かれたようにのけぞってしまった。
(ああ、なんて可愛いんだい、君は。私を悩殺させられるのは、君だけだよ!)
まことにもって、迷惑極まりない事実である。
その海老反りになった背中は、シンタローが顔を上げる前に、常に鍛え上げられている――当然シンタローがらみで――背筋によって元に戻された。そうして、何事もなかったかのような顔をしてマジックは、シンタローを見つめた。
「それで、おねしょはしなかったかい?」
そういうこともよくあるから、ちょっとばかりからかい口調で訊ねてみれば、とたんにシンタローはむっと口元をへの字に曲げた。
「しなかったもん! 僕は、もう6歳だよ!」
きっと鋭い視線を投げつけられるが、マジックにとっては、流し目や上目遣いと同じぐらい、誘っているような視線に見えて仕方がなかった。もちろん、シンタローにそのつもりは、欠片もないのは、地球が丸いのと同じくらい当然のことである。網膜にあるマジックフィルターが、勝手にそう改変するだけだ。仕方がないというものである。
「そっか、ごめんね。シンちゃんは、もう赤ちゃんじゃないもんね」
二週間ほど前に、おねしょを一回してしまったのは、言ってはいけないことだ。案の定、そんなことは忘れているシンタローは、両手に拳を作って力いっぱい否定してくれた。
「違うもん!」
その仕草も、とても可愛らしく、パパはまたしても鼻血である。すでに総帥服の袖は、色は変わっていないにもかかわらず、ぐっしょりと濡れていた。
「うん。ごめんごめん。パパが悪かったよ……それじゃあ、一人でも寝れるよね?」
息子があんまりにも可愛くて、ついつい悪戯心が湧き上がり、そんなことを言ってしまえば、とたんにその顔が泣く一歩手前にように、くしゃくしゃに歪んでしまった。
「………パパぁ」
すがり付くような声と眼差し。うるっと涙を溜めた瞳で、一心に自分を求めるその姿に、マジックはぐらりと傾ぎ、がくりと両膝を床につけた。そのまま、床をバンバンと叩く。
(くぅ~~~~!! どーして、君はこんなに可愛いんだい? この地球上で…いや、宇宙の中でも君ほど可愛い子はいないよッ!! パパ、保障するからねッ!)
必要ない保障である。
床も、あまりに力いっぱい叩いたために、わずかながらだが凹んでしまった。普段ならば、ここまでの力は出せないだろうが、シンタローの威力は絶大である。
まったく必要ないところで出る力である。
「パパ? どうしたの」
「いや、茶色の虫がいたんだよ」
さすがに、その突然の奇行に息子が突っ込めば、爽やかに誤魔化して、マジックは一呼吸つき内なる興奮を宥めた。
真夜中でも、シンちゃんのためなら一気にボルテージが上がるパパなために、静めるのも大変である。
ようやく落ち着きを取り戻すと、マジックは、ぽふっと愛息の形のいい頭に手を乗せた。猫耳の間を、ひと撫ぜする。
「それよりも、さっきの言葉は冗談だからね? シンちゃん。パパも、シンちゃんと一緒に寝たいよ。今日は、一緒に寝てもいいかな?」
片付けるべき仕事は残っていたが、そんなものはどうでもいいことである。シンタローと共寝の前にそれは瑣末な事柄でしかなかった。
「うん!」
潤んだ瞳と薔薇色に上気させた頬で、嬉しそうに頷くその姿に、マジックは決意を固めた。
(シンちゃん……今夜、お互いひとつになろうね。そして、夜明けのコーヒーを一緒に飲もう――)
本当に、どーしようもないパパである。
再びあっさりと妄想世界へ行ってしまった父親は、今回はなかなか戻ってくる気配はなかった。
「ふふっ…初夜か――」
すっかり遠くまで行ってしまったようである。
(今晩は優しくするよ、シンちゃん)
めくるめく薔薇色の世界を夢見ているマジックを前に、幸いというべきか、その妄想世界を見ることが出来ないシンタローは、素朴な疑問を口にした。
「パパ、『しょや』って何?」
子供は知らなくてもいい言葉である。しかし、マジックにとっては重要な言葉だった。
「ん? それは、後でじっくりと教えてあげるからね、シンちゃんv」
そう焦らずとも、まだ夜はたっぷりと残っている。にこやかに笑みを浮かべつつ、今夜の花嫁を抱き上げようとしたマジックだが、その手は空気を抱くだけだった。
「ぬぉッ!?」
驚くマジックの前で、美貌の主がシンタローを抱き上げていた。
「それはね、『しょーがない奴』の略だよ、シンタロー」
「サービス叔父さん! こんばんわ」
突然現れた叔父を前に、シンタローは満面の笑みを浮かべた。さらに嬉しそうにキュッとその首に抱きついくシンタローに、サービスもやんわりと笑みを浮かべた。
「こんばんわ、シンタロー」
マジックから、シンタローを攫ったのはサービスだった。さらに、仲の良い様子を見せ付けられたマジックは、ジェラシーで悶えつつ、末の弟に言い放つ。
「サービス、一体いつからここに! 入る時はノックしなさい!」
せっかくの親子団欒(?)を邪魔されて、憤慨を露にすれば、呆れた顔のサービスが言葉を返した。
「したけど、兄さんが気付かなかっただけだろ。随分前から僕はここにいたよ」
その通りである。もう五分ほど前からここにいるのだが、頻繁に妄想の世界へ飛んで行っていたマジックが、気付かなかっただけだ。シンタローが気付かなかったのは、背後に立っていたためである。
「仕方がないじゃないか! シンちゃんの可愛さにメロメロになっていたんだからな。―――それで、何しに来たんだ」
本当に呆れるしかない理由を告げて、当たり前の質問をしてみれば、サービスは、やれやれと言わんばかりの溜息をひとつ落として、言った。
「いや、シンタローがこの部屋に入っていったのが見えたからね。何か起こるだろうと思って不安にね――案の定だし――ついでに、お休みを言いにきたんだ。―――お休み、兄さん」
すっと持ち上げられる右手。即座にその手の中心に集まる膨大な熱量。
「眼魔砲」
ちゅどーんッ!!
「お前は、永遠に私を眠らせる気かぁ~~~~~~~!!」
タメ無しMAX眼魔砲を放ったサービスのそれをまともに受けたマジックは、部屋の壁もろとも、錐もみ状態で外へと飛んで行った。
「叔父さん。また、パパを飛ばしたの?」
もうもうと立ち上がっていた砂煙も落ち着き、あたりに静寂が取り戻されると、シンタローはぴょんと、猫のようにサービスの腕から飛び降りた。それから、ぽっかり空いた書斎の穴を眺める。そこはすっかり風通しのいい部屋になっていた。
しかし、シンタローの顔に驚きはない。それは、別に珍しいことではないせいだった。週一ぐらいで、起こっていることなのだ。心配することはなかった。
「ああ。必要だからね」
さらりと恐ろしいことを告げるサービスだが、否定する相手がいないので、問題はない。もちろん、シンタローは、それを素直に受け入れた。
心残りは、吹き飛ばされる前に、パパにお休みなさいを言い損ねたことだが、一度、怖い夢で起きる前に言ったので、諦めることにした。それに、朝になってから改めて「おはよう」の挨拶をすればいい。今は、いないけれど、すぐに復活してくる不死身のパパなのである。シンタローにとっては、それも自慢のひとつだ。
「そっか! パパには必要なことなんだね。だったら、早く僕も出来ないかなぁ」
サービスの放つ『眼魔砲』というのは、蒼白い光を放っていて、とても綺麗なのである。自分の手からそれを出せれば、とても気持ちいいに違いなかった。それに何よりも、『マジックに必要』という部分が重要だった。
「大きくなったら、君も打てるようになるよ」
その言葉に、シンタローは、顔を輝かせた。
「ほんと? そうしたら、今度は僕がパパにそうしてあげたいな」
パパには『眼魔砲』が必要なのだと、サービスが言うのならば、きっとそうなのだろう。そう信じ込んでいるシンタローが、嬉しそうにそう言えば、サービスもうっすらと笑みを浮かべて頷いた。
「そうだね。そうしてあげるといい」
無責任な言葉を言い放つサービスに、シンタローは大きくしっかりと頷いた。
「うん♪」
絶対に、大きくなったらパパに眼魔砲を打つことを決めたシンタローである。本当に十数年後には、全然違う意味で、眼魔砲を父親に放つことになるとは―――もちろん知る由もないことである。
「早く眼魔砲を打てないかな!」
はしゃぐように、そう言うシンタローの肩をぽんと叩いた。
「そうだね。すぐ打てるようになるよ。でも、今晩はもう遅いから、寝ようかシンタロー。今晩は、叔父さんが付き添ってあげるよ」
「うわぁ~い。ありがとう、サービス叔父さん!」
大好きな叔父さんと寝れば、今度こそ悪夢などは見なくてすむだろう。
シンタローは、サービスと手をつなぎながら、大きな穴の開いた書斎を後にした。
一方、マジックは―――。
「ふふっ……ああ、私を迎えに来た天使が見えるよ。……でも、シンちゃんの方が何倍も…いや、何万倍も可愛いよ。っていうか、シンちゃん…お願い、パパを迎えに来て――しくしくしく」
どこぞの木の枝に引っかかったまま、朝露よりも先に緑の葉に塩辛い雫を落としていたのだった。
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澄んだ青空に燦々と輝く太陽。秋も深まるこの季節には珍しい、穏やかな陽気で包まれている中、仲睦まじげな親子が、白い玉砂利を踏みしめながら歩いていた。大きく見上げなければ天辺が見えないほど高い朱色の鳥居の下を行く。
子供の方は五歳ぐらいだった。
凛々しげな羽織袴姿。けれど、着慣れていないせいか、時折ギクシャクした様子を見せていた。それでも、楽しそうに玉砂利を草履で踏みしめ、楽しげな音立てさせている。
よくよく周りを見れば、その子供と似たような格好の男の子達や綺麗な着物に身を包んだ女の子達がいた。
今日は、十一月十五日。
七五三と言われる行事の日だ。そのために、子供の健やかな成長を祝って、晴れ着を着た子供達やその家族達が、続々とこの神社に集まってきているのであった。
左右には赤く色付いた紅葉が並び、今日のこの日を祝っているかのようである。その紅葉と同じように頬を真っ赤にさせた子供達が笑い合いながら行く。
もちろん、この親子も同様だった。
「いい天気でよかったね、シンちゃんv」
そう息子に話かけたのは、『息子命』を日々モットーに大量出血大判ぶるまいしているガンマ団総帥、マジックである。
本日の出で立ちは、息子と同じように和服――と言いたいところだが準備が間に合わず、愛息とペアルック★という美味しい(何が?)チャンスを諦めて、落ち着いた色合いのスーツ姿で決めていた。今日の主役は息子のため、いつものど派手な総帥服やピンク色のスーツはご法度なのである。
「うん♪ そうだね、パパv」
そう言って、シンタローは嬉しそうに頷いて、ぴょんと石段を駆け上った。
初めての羽織袴姿が嬉しいのか、先ほどから大はしゃぎで、まるで仔兎のように跳ね回っている。
こけるのが心配で、父親の方はその姿を常に追っていたのが、それと同時に、ちらりと袴の裾から覗ける白い足首に、父親はしっかりと握りこぶしを作っていた。
(ふふっ。ナイス★チラリズム!)
普段、息子には半ズボンをはかせて、ピチピチツルツルの可愛い足を堪能しているにも関わらず、本日は、踝がちらりと見えるだけで、すでに鼻血である。もちろん、0.3秒という早業で、それはぬぐっている。鮮やかな赤い色のハンカチは、元は別の色だったという噂だが、そんなことは気にしてはいけない。代えはいくらでも持っているのだ。
「やはり和服は最高だな」
うんうんと頷き、しみじみと納得である。
こんなところで賞賛されても和服も嬉しくはないだろうが、とにもかくにも、本日の目的である七五三参りへと突入であった。
外国人がいてもおかしくない京都という場所柄のせいか、マジックの姿はあまり浮いてはいなかった。ガンマ団トップの証である真っ赤な総帥服は脱ぎ、大人しいグレーのスーツのせいもあるせいだろう。
しかし、視線はどこからともビシバシと飛んでくきていた。大概が、女性である。マジックの行く先々で、わざわざ足を止めて、その姿を眺める女性の姿が後を絶たない。中には図々しくも携帯・デジカメでその姿を映す人達もいる始末だが、もちろんマジックは欠片も気にはしなかった。
そんなことは外へ出かければいつものこと、何よりも、マジックの目はいつだって、可愛い息子へと一身に注がれているのである。瑣末なことなどは綺麗さっぱり無視だ。
それよりも大事なのは、愛息シンタローを常に視界に納めておくことだった。
(今日も可愛いよ、シンちゃん! 和服が良く似合って。イイ! イイよ、着物は!――あ、着物姿と言えば、『あ~れ~お代官様おたわむれを~』が定番だろうか……でも、男物では出来ないか。やはり帰ってから女物も着せるべきだな。そして脱がす時には、帯を引っ張って…そうしてくるくると回るシンちゃん…もちろんそこには布団があって…フフっ)
いったい何を考えているのだろうか、というより、どこまで行くのだろうか。頭の中ゆえに、突っ込むものがいないので、幸いというか最悪というべきかは、各々の判断に負かすしかなかった。
「パパぁ~v 早くぅ!」
「シンちゃ~ん。今行くよぉ~vvv」
そんな風に、うっかり妄想世界にトリップしていれば、シンタローは随分と上の方へと昇っていた。その石段の上から、前かがみになるようにして、自分へのお誘いである。
周りの紅葉をさらに赤く染め上げながら――当然鼻血で――ハイスピードでスキップしていく、ナイスミドルの姿に、その場にいた女性の全ての表情が凍りついたのは言うまでもなかった。
すでに事前にお願いしてあったため、速やかに神官に出迎えられ、本殿に上げられた。そこでお祓いと祝詞をあげてもらい、子供の無事の成長を願うのだ。それが終われば、恒例の千歳飴を手渡される。
「ありがとうございました」
他の子同様に、神官から千歳飴を受け取り、それをぎゅっと大切そうに握り締めて、シンタローはぺこり、と礼儀正しく頭を下げる。特別教育しているわけではないが、大人たちに囲まれて生活しているせいだろう。目上に対する礼儀は、しっかりと理解していた。
「良い子ですな」
にこにこ顔の神官に、こちらも親として鼻が高い。だが、内心シンちゃんの可愛い姿を見たという時点で、ちょっぴり抹殺したくなるパパであったが、やはりそれはいけないことだろう。(十分いけません)
とはいえ、これ以上息子の愛らしい姿をどこぞの誰とも知らぬやからに、見せ続けるのも気に食わないマジックは、早々にここからお暇することに決めた。
「さ、シンちゃん。お家に帰ろうね」
「うんv」
いそいそとマジックが手を差し伸べれば、きゅっと握ってくれる小さな手。至福を味わいつつ、鼻血も流しながら、息子とともの来た道を戻る。
しかし、シンタローの視線は、前よりも受け取ったばかりの千歳飴ばかりを見ていた。どうやら、初めてもらったそれが、よほど気になるらしい。
「……パパぁ。飴さん、食べてもいいかな?」
そっと上目遣いで、遠慮がちに訊ねる息子に、当然のごとく『おねだり』に瞬殺されたパパは、一瞬天国を垣間見る。しかし、神業的に舞い戻ったマジックは、何事もなかったかのように、にこりと笑って見せた。
「いいよv」
本当は食べ歩きは行儀が悪いので、いつもならば許可しないのだが、ここで駄目だと言えば、余計に飴に視線が集中する気がして、今日は特別に許可してあげた。
それに、初めてもらったそれに、こちらを見てくれないのが悔しかったのである。千歳飴にまで嫉妬できる器用なパパなのだ。
「うわぁ~い♪」
お許しを頂き、シンタローは嬉しそうに、袋の中から、長くて白い棒を取り出した。それにぺろりと舌を這わせる。赤い舌がちろちろと扇情的に動く。
ごくり。
(こ…これは、かなりクるな)
何が? とは、聞いてはいけない。それを眺めるために高まっていく熱は、一箇所に集中しだしていた。ドキドキと動悸も早まってくる。
(いかん……)
ちょっとピンチなパパである。
「シ、シンちゃん……美味しいかい?」
意識をどこかへ向けようと、そんなことを訊ねれば、
「うんv とっても甘いよ、パパ★」
素敵な笑顔で、再びぱくっと飴を口いっぱい頬張る息子。唾液がツッと口の端や飴を伝っていくのが見える。
ドキン! と心臓が大きく音をたてた。同時に、プツッと何かが音を立てて切れる。何が切れたのかは、言うまでも無い。
(パパ……もう限界だよ――シンちゃん)
いつの間にか、シンタローの前に回り込み、その肩をしっかりと掴んだ。偶然なのか、計画的なのか、周りには人気はなかった。
「………シンちゃん。もっと別のものを頬張ってみないかな?」
「なぁに?」
無邪気な息子の問いかけ。赤い舌が、誘うように口の端から覗く。
「パパの―――」
「兄さん。真昼間からいい加減にしてくださいね――眼魔砲!」
チュドーン★
「どわぁ~~~~~~~ッ!」
聞きなれた爆発音と同時に青い空に吸い込まれていく鳥――いや、パパは、綺麗な放物線を描き、その場から速やかに――強制的に退場された。
「パパ?」
その場にひとり残されたシンタローは、最初はきょとんとしていながらも、そこに美貌の叔父を見つけるとパァと輝いた笑顔を見せた。
「あ、サービス叔父さん♪」
その姿に、先ほど飛んでいった父親のこともすっかり忘れ、とてとてと嬉しそうにシンタローは近づいていけば、サービスは、腰を屈め、可愛い甥の頭を撫ぜてあげた。
「やあ、シンタロー。袴姿似合ってるよ」
「えへへ。ありがとうv」
大好きな叔父さんに褒められれば、シンタローは嬉しい限りである。テレながらも、くるりとその場で一周回ってみせれば、もう一度「よく似合う」と褒められた。
そうなれば、すっかりご機嫌である。父親のことなど、欠片も頭には残っていない。
頬を真っ赤にさせながら、誰にもあげないつもりだった千歳飴を叔父に差し出してみせた。
「叔父さんも飴食べる? とっても美味しいよ!」
「そうだな。兄さんがいないところで、それを食べようか」
「パパ? ここにはいないよ?」
先ほど景気よく叔父が飛ばしてくれたのだ。
もちろん、どこへ行ったのかは知らない。知らないが、父親ならばすぐに自分のところに戻ってくるので心配はなかった。
こういうことは、いつものことなのだ。
「そうだね。じゃあ、頂こうか」
「うん♪」
そうして、二人は何事もなかったかのように、仲良く千歳飴を頬張りながら、帰っていったのだった。
「もしもし?」
先ほど帰ったばかりの七五三参りの保護者が一体何があったのか、本殿の前に戻ってきて、あげくに瀕死の状態である。そんな相手に、神官は恐る恐る声をかけてみた。
「あの……申し訳ないですが、うちは葬式出せませんが…?」
「出されてたまるかッ!」
即座に突っ込むその叫びは、赤い鳥居を飛び越え、蒼天へと響き渡った。
「うわぁ~」
零れる愛らしい歓声に、その小さな身体を背中から抱き上げていたマジックは、すでに大量の鼻血を垂らしていた……。
本日、マジック・シンタロー親子が訪れた場所は、ガンマ団の敷地の中でも一族のものにしか入ることが許されていない、プライベートエリアである。誰にも邪魔されない、二人っきりの世界を築ける場所に、それはあった。
満開の桜の木々。
「パパ~! ピンク色がとってもきれぇ~」
「そうだね、シンちゃんv」
艶やかな薄紅色が視界を埋め尽くすほど広がっている姿は、まさに壮観である。
(でも、君のほっぺのピンク色の方が綺麗だよ。その艶やかさにパパはクラクラさ!)
そんな目の前の美しい光景を純粋に喜ぶ息子を前に、父親は相変わらず腐れた思考をめぐらせていた。
しかし、同時につまらなくも感じているマジックであった。なぜなら、愛しい我が息子は、先ほどから桜の木ばかりに視線を向けているのである。自分がこんなにも傍にいるにも拘らず、先ほどから見ているのは、桜ばかり。こちらには、見向きもしてくれないのだ。
(キィーーッ! 桜ごときがッ)
本気で桜の嫉妬しているのだから、嫉妬される桜もいい迷惑である。
大体、ここへ来たのも息子がせがんだせいであった。
そろそろ桜が見頃だと、使用人に聞いたらしく、久しぶりの休日にシンちゃんと二人っきりでラブラブしてすごそう★と計画していたマジックに、桜を見に行こうとねだったのだ。
その仕草があまりにも可愛くて…可愛くて…可愛くて(以下エンドレス)仕方なかったので、つい聞き届けてしまったのは失敗だった。
(シンちゃん……パパちょっぴり寂しいよ)
哀愁漂う背中。寂寥感漂うかすかに虚ろな表情。
その程度で寂しがるのは人としてどうなのだろうか? と疑問を抱かないわけにはいかないが、そんなことを気にする相手ではない。
どうすれば、その視線を自分に向けさせることが出来るのか。まったくもって大人気ないマジックは、愛息を肩の上に置きながら、そんなくだらないことをしばし思案し、そうしてイイコトを思いついた。
「あのね、シンちゃん。知ってるかい?」
「なぁに、パパ?」
どこまでも可愛らしく尋ねかえす息子に、うっかり止まりかけていた鼻血を流しかけたが、ずずいっと吸い込んでそれを押さえつつ、マジックは愛息をそっと地面へと降ろした。それでも、シンタローの視線は桜に注がれたままである。
(クゥ~~~~~! 桜メッ!!)
と、相変わらずの桜へのひがみは、どこからともなく取り出したハンカチの角をそっと食むことで押し流し、そうして再び何事もなかったかのように語りだした。
「この木がこんなに美しく咲くのは、人の血を吸い上げているからなんだよ」
「…ち?」
その単語にピンとこなかったのだろう。きょとんとした顔を向けてきた息子に、マジックはにっこりと微笑んで頷いて見せた。
目の前にある鮮やかな薄紅色に染まった花。その色に染まるのは、理由がある。
「そう、人の流した血を吸い上げることで、こんなにも綺麗なピンク色に染まるんだよ。だから桜の木にあまり傍に行ってはいけないよ。シンちゃんの血も吸われてしまうからね」
「……う、そ?」
ようやく言葉の意味がわかったようである。先ほどまでうっとりと見つめていた桜の木を、今は不気味なものを見るように、表情を歪ませた。ちらりと桜に視線を向けるが、怖いものをみてしまったかのように、慌ててその視線を逸らし、父親へと大きな瞳を向ける。
(くすっ。もう一息だのようだな)
怯える息子に対して、マジックは内心ほくそえみながら、腰を軽くかがめて、その耳元に囁いた。
「ホントだよ、シンちゃん。桜は、人に血を流させて、その血を吸って養分にしちゃうからね。シンちゃんは、大丈夫かなぁ?」
「やッ!」
そういい終わった瞬間、ギュッと息子が足にすがりついてきた。そのままズボンをキツく握り締め、顔をそこに埋める。その手がぷるぷると小刻みに震えていた。
(……すっごく可愛い! OK! OK! シンちゃん★)
思惑通りである。
怯えながら自分に必死に縋り付く息子の愛らしさに、ますますマジックはヒートアップし、調子に乗った。
いつもの笑顔をすっと消して、思いつめたような表情に、低めの声で息子に語る。
「だからね。そんなに桜の木を見つめていたら、シンちゃんも桜に魅入られて血を――」
「やぁ~!!」
その言葉に、シンタローは、とたんに地面からび跳ねると、父親へとますますすがりついた。
「パパ! パパ、抱っこ、抱っこ!!」
そうして普段は、あまり自分から抱っこをせがまないシンタローは、両腕を万歳するように持ち上げて、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。そこにいれば、桜の木の根元から死体が這い出し、足を引っ張られるのだと信じ込んでいるようで、必死である。
「抱っこなんて赤ちゃんみたいだよ? シンちゃん」
それをわかっていても、意地悪げにそう問い返せば、シンタローの瞳には、父親だけを映していた。
「ヤダヤダ! パパぁ~~抱っこ~~~!!」
先ほどの話がよほど怖かったのだろう。すでに大きな眼には、涙がいっぱいに浮かんでいる。うるうると潤んだ眼は、かろうじて泣く一歩手前といったところだ。ほっぺはすでに真っ赤に紅潮しており、売れた果実のような唇がへの字に曲げられていた。
(可愛い! すっごく可愛いよ、シンちゃんッッ!!!)
すっかりこちらの思ったとおりの反応と行動してくれた愛息子に、とってもご満悦のパパである。もちろんやってることは、かなりサイテーだ。
(もうそろそろこの辺でいいかな)
後は、ぎゅぅっと抱きしめて、「危ないから、パパからぜーッたいに離れちゃダメだよv」と教訓を付け加えれば、完璧である。もちろん、一番危険なのはその本人だが―――。
しかし、世の中完璧には物事は進まないものである。
「大丈夫だよ、シンちゃん。パパが、ちゃんとシンちゃんを抱っこして、守って――」
「うっ……わぁ~~~~~~~ん。パパが桜に食べられてるぅ~~~~」
しかし、行き成り息子が暴れだした。
その手を伸ばし、抱き上げようとしたのだが、その瞬間思い切り泣き出し、その場から逃走してしまったのである。
「ええッ!? シ…シンちゃん、まって!!」
(いったいどうしたんだい、シンちゃん!………あっ)
そこでようやくマジックは気がついた。自分の足元に溜まっている大量の血を。
あまりの息子の可愛さに涙腺ならぬ鼻血腺が決壊してしまい、大量出血をしてしまったようである。いつものことなので、うっかり気付き損ねたのがまずかった。
「しまった……」
先ほどの話のせいで、鼻血を流しまくるマジックを、どうやら桜に食べられていると勘違いしたようである。
「違うんだよ、シンちゃん! これはッ」
君の愛らしさから流れ出た鼻血だよ!――と、どうしようもない最低な真実を叫んでは見たものの、それを聞いてくれる息子の姿は、そこにはなかった。
策士策におぼれるとはまさにこのことか――。
愛息の視線奪回はこうして大失敗のまま幕を下ろしたのだった。
その後。
五体満足で戻ってきた父親を、ゾンビだと勘違いした息子は数日間必死で逃げ回り、今度は大量の涙を流すはめになったマジックであった。
窓を開けるとそこは雪景色だった。
「どうりで静かだと思った」
自室にしている部屋の窓の向こう側の景色は、一色に染められていた。いつもならば、窓から少し離れた場所にある木々から、小鳥たちの囀る声が聞こえてくるのだが、今日はそれがなかった。雨の日にもそんな時があるが、雨音すらも聞こえずに、もしやと思いカーテンを開いてみれば、案の定である。昨晩は、星の瞬きひとつ見えない空だと思っていたが、朝が来てみれば、思わず感嘆のため息がもれるほど、雪が降り積もっていた。
とはいえ、積もった雪を見て興奮するほど幼い感情は持ち合わさってはいない。それでも、窓の向こうの景色に、マジックは、口元がほころびていた。
もちろん考えているのはただひとつである。
「ふふふっ…雪と戯れるシンちゃん……イイ」
一面の銀世界から連想していき行き着く先は、満面の笑みで雪の中を転げまわる愛息の姿の妄想――もとい想像で、父親らしい(?)笑みをこぼした。
だが、その映像を断ち切るような無粋な音が、部屋に響いた。
ビィービィービィー。
枕元に備え付けられている内線より呼び出しである。
(朝っぱらから何事だ)
素敵な妄想空間から呼び戻されたマジックは、眉間に皺を寄せつつも、通話のために、赤いボタンを押した。味気ないお知らせの電子音が止まり、代わりに聞き覚えのある部下の声が聞こえてきた。
「朝早くから失礼します」
「かまわん。用件はなんだ」
こちらの睡眠を壊したというような謝罪はなしだ。この時間には、すでに自分が目覚めていることは、側近の部下ならば知っていることである。先を促せば、あちらも心得ているもので、即座に用件を口にした。
「はい。マジック総帥がお目覚めの時刻となりましたら伝言して欲しいとご子息より言付かった言葉があり、お知らせに参りました」
「シンタローからだと! なんだ」
シンちゃんからパパへの伝言?
時々、時間の都合で直接会えない息子は、寂しがって部下に言葉を伝えてもらうことがある。
(だってシンちゃんってば、パパが大好きだもんね★)
ウキウキしつつ、部下からの言葉を待っていれば、一拍置いて、その伝言の内容が伝えられた。
「はい。では、読みます―――『パパへ 今日雪が降ったの知ってる? お仕事が空いたら僕と雪だるま作ったりして遊んでね。 パパ大好きなシンタローより』――以上です」
(シ…シンちゃん。それはパパへの愛の告白と思ってもいいんだねッ!)
そんなはずがあるわけない。が、もちろんマジックに突っ込んでくれるような親切な人はどこにもいなかった。息子の伝言にすっかり有頂天のパパである。
(朝からデートのお誘いなんて、パパ嬉しいよ★)
さっそく先ほどの妄想が現実身を帯びてくるというものである。すでに妄想の中の息子は、さながら可愛らしい雪の精。キラキラと白銀の輝きをまといながら、満面の笑顔で父親に向かって「パパ大好きv」と言ってくれている。
当然ながら、鼻血は流れっぱなしだった。
(今日の仕事は……ま、どうでもいいよね)
息子よりも大事なものはない。それならば、考えるだけ無用である。
「総帥……あの……」
トリップしまくっているため、長い沈黙があいたのだが、それに耐え切れなかったのか、躊躇いがちに部下から声がもれる。その声に、即座にマジックはガンマ団総帥の顔へと戻った。
「今日の午前中の仕事は、全てキャンセルだ。いいな」
「は、はいッ!」
有無を言わせぬ迫力を声だけで伝える。緊張した部下の声を聞きながら、マジックは、ふと大事なことを聞き忘れたことを思い出した。
「ところで、シンタローはどこにいるんだ」
それを知らなければ、大切な時間が減ってしまう。できた時間は、午前中まで。そのギリギリまで、愛息との雪の中での戯れについやす心意気なのだ。
「ご子息は、中庭にいらっしゃるようです」
「ご苦労」
それだけ言うと、とっとと通信を切り、マジックはいそいそと愛息の元へ出かけるための準備をいそいそとし始めたのだった。
外へ一歩踏み出れば、即座に冷気が肌を刺す。
「うぅ~~やっぱり寒いねぇ」
厚手のシャツにセーターを着込み、さらにコートを羽織ってみたものの、重たげな灰色の雲がかかった空の下では、ぬくもりは一切期待できず、思わずその場で足ふみをした。とたんにキュッキュッとブーツの底から踏みしめられる雪の音がする。埋まった深さはおよそ5センチほど。一晩にしては、かなり降った方だった。しかし、雪を眺めたのもそれまだった。
「パ~パぁ~! こっちこっち」
その声が聞こえたとたん、マジックの視線はただひとつを映し出す。
「シンちゃぁ~んvvv」
今、行くよ♪
即座に愛息子へターゲット・オンを果たしたマジックは、一直線にそちらへ向かって全力疾走で駆けていった。
雪のための走り辛さなど、ものともしないばく進ぶりである。
猛スピードで駆け抜けたマジックを待ち受けていたのは、冬装備にもこもこ姿が可愛らしい息子のシンタローだった。
ちなみに身に付けている帽子・マフラー・セーター・手袋は、マジックが夜なべして作った自信作である。コンセプトは白ウサギちゃんのため、真っ白の毛糸で織られているが、手袋だけは赤い目の変わりに真っ赤である。もちろん帽子には、可愛らしいウサギ耳つきで、帽子の後方は、三つ編された細い毛糸が伸び、その先に尻尾代わりの白いボンボンがひとつついていた。
そんなシンタローに向かって、怒涛の勢いで近づいてくる父親に、
「パパ。みてみてぇ! ほら、白兎♪」
そう言うと、シンタローは、雪の上で、赤い手袋を目に当て、ぴょこんとその場で飛び跳ねてみせた。尻尾代わりの白い毛玉もポンと跳ねる。その瞬間。
「はうッ!!」
その眩暈がするほどの愛らしさにしっかりとやられてしまい、思わず足元をふらつかせ、マジックは、その場に膝をついた。
ぽとり…。
白い雪が赤く染められる。
(いかん……シンちゃんを抱きしめる前に、すでに血が。くぅ~~~、誰だ、あんなに罪深いものを息子に作ったのはッ! 私だよ。私――グッジョブ!!)
いい仕事してますねぇ、と自分で自分を褒め讃え、再び気力で復活したマジックは倒れる前と変わりなく――鼻血は、雪で拭って、赤く染まった雪に白い雪をかぶせ、証拠隠滅完了★――息子のシンタローに向かって歩みを進めた。
ようやくシンタローの元にたどり着くと、相変わらず可愛らしい魅力満点な息子に、マジックは声をかけた。
「シンちゃん。寒くないかい?」
いつから外へ出ていたのだろうか、傍にいけば、真っ赤な頬と鼻をしているのがわかった。手を伸ばして触れてみれば、かなり冷たい。
「ううん。大丈夫だよ。でも、パパのおてて暖かいねv」
「さっきまで部屋の中にいたからね」
まさか、息子の姿に大興奮して体温が上昇しているとはいえないパパである。
冷たくひんやりとした息子の滑らかな頬に思わず、「雪見大福みたいだね。食べちゃいたいよ、パパ」と当然のごとくお馬鹿な発言を心中でしていれば、そんな危険妄想など欠片も気付かない無邪気な天使(パパ談)であるシンタローは、頬をさするその手にくすぐったそうにしながら、言い放った。
「そっか。あのね、パパ。僕の息ね、こんなに真っ白なんだよ」
はぁと大きく息を吐き出せば、言葉どおり大気に白い靄が生まれる。
(シンちゃんの吐息…パパ、全部吸い込んでもいいかいッ!? むしろそのお口に吸い付きたいよ!)
そんなことすれば、変態性がモロバレになるので、とりあえずそこら辺はグッと我慢し、それでも気付かれないように、そそっと深呼吸だけは、しっかりとやった。何分の一かはしっかりと肺に収めてみせたパパである。
「今日は、とっても寒いからね。パパの息も真っ白だよ」
そうして、その場を――というより自分自身を――誤魔化すように、同じように白い息を吐いて見せる。が、もちろん先ほどすった愛息子の吐息とは別の息を吐き出すほどのワザは手に入れているので心配ご無用だ。
「ねえ、パパ。今日のお仕事は大丈夫?」
「大丈夫だよ。午前中は、シンちゃんと遊んでいられるからね」
そう答えれば、パッとシンタローの顔が輝いた。嬉しそうに、帽子につけてあったウサギの耳が魅惑的に揺れる。本当に仔ウサギのように――そんなものとは比べものにならないよッ!(パパ談)――愛らしい。そんな跳ねる元気な仔ウサギを抱きしめれば、弾むような声が耳元ではじけた。
「やったーッ! 僕、パパと雪だるま作りたい。それから雪合戦もッ!」
「いいよ。ぜーんぶパパと一緒にやろうね」
二人っきりでね★
もちろんそれは当然のことだった。
(邪魔する奴はぶっ潰すぞぉ!)
にこやかな笑顔を息子に向けつつ、空恐ろしいことを考えていたマジックに、これまた当然のごとく、いいタイミングで登場してくれる者がいた。
「んな、クソ寒ぃところで、何してんだよ、てめぇら」
声をかけてきたのは、マジックの弟である、ハーレムだった。
とたんに、腕の中にいた息子の温もりが消え去る。
「あー! ハーレム。一緒に遊ぼう」
父親の腕から飛び出したシンタローは、すぐさま中庭に現れたハーレムに向かって駆け寄り、その腰に抱きつくようにしてせがんだ。なんだかんだいいつつ、面倒見のいいこの叔父は、シンタローにとっては、大好きな遊び相手の一人なのである。
「ハーレム叔父様といえ、クソガキ。雪遊びだぁ? まあ、少しぐらいなら付き合って……。つーか兄貴、そのポーズは――」
なんですか?
と、問いたいところだが、それは愚問というものである。
生意気なところも目立つものの可愛い甥っ子の頼みに、しぶしぶながら承諾してやろうかと思っていたハーレムは、けれどすさまじい殺気に声を失った。
気がつけば、マジックは、腕を持ち上げ、こちらに向かって手を広げている。
「ん? 挨拶のポーズだよ、ハーレム」
(どこがだよッ!!)
どう見ても、一族必殺技の眼魔砲の構えである。しかも照準は自分だ。殺気ムンムンで、『挨拶』だの言われても信じられる馬鹿はどこにもいないだろう。
この原因は、もちろん自分の腰にへばりついたままのシンタローである。嫉妬の炎を燃やしまくる兄を前に、ハーレムは、現実から目をそらすように、視線を空高くへと向けた。
(……相変わらず親馬鹿かよ)
しかし、暢気にそんなこともしていられない。自分の命は、今、まさに風前の灯なのである。
そんなことに気づかない甥っ子は、自分を逃さぬように、必死に腰にへばりついている。それが余計父親の嫉妬を煽っていることは、もちろん気づいていなかった。
「おい、ちみっこ。俺とではなくて、マジック兄貴と遊べ。な?」
やはりまだ自分は死にたくはない。
甥っ子の頭を帽子ごしにポンポンと叩いて、そう言えば、不満そうな顔が上を向いた。
「パパと?」
「そうだよ、シンちゃん! パパと二人で遊ぼうよ、ね?」
その言葉に、父親も必死に自分の元へシンタローを引き寄せようと両腕広げて呼びかける。だが、そうそう上手くいくはずもなかった。
「ん~。でも、僕、ハーレムとも遊びたい!」
とたんにその場の空気が一気に絶対零度まで下がる。
「ば、馬鹿!」
んな、爆弾発言するんじゃねぇ。
薄れていた殺気が再び盛り返される。ハーレムの背中は、外気気温とは逆に、すでにじっとりとした汗でぬれていた。
「シンちゃんッ!」
パパよりも、このろくでなしのどーしようもない愚弟を選ぶっていうのかいッ!?
どうしようもなさは、同レベルな気がするが、もちろんお互いに気付いてないところがいいところである。
(これはもう、作戦変更だな)
シンタロー自身がこちらに来ないのならば、元凶を消すのみである)
マジックは、にこやかに微笑むと、その顔を愚弟へと向けた。
「ハーレム。お前には、仕事が入ってなかったか?」
訳:とっとと消え失せろ★
にこやかに作られたまがい物の笑顔の中にある、どんよりと濁った輝きを放つ瞳が向けられる。
「そ、そうだった。忘れてたぜ」
訳:俺も命が惜しい…。
先ほどから止まらない脂汗。自分自身の健康のためにも、早期撤退が好ましい。
「え~~! なんだよ。もう行くの? ハーレム」
久しぶりに会えたというのに、あまりにもそっけない叔父の態度に意気消沈すれば、ハーレムは、少し屈み込み、その背中を優しく叩いてあげた。
「悪ぃな。また今度遊んでやるよ」
申し訳ないと思うけれど、命あっての物種。大体、生きていなければ、次に遊ぶことも出来ないのだ。
「むぅ~。約束だからね!」
それでもしぶしぶながら、腕を放してくれた。名残惜しげに、視線を向けられる。そんなふくれっ面の甥っ子に申し訳なさを感じつつ、さらに殺気を増した眼前に戦々恐々しつつ、ハーレムは、回れ右をして遁走したのだった。
(まったく、シンちゃんになんて可愛い顔をさせるんだッ!)
邪魔者が消え去るのを確認したマジックは、先ほどの光景に憤慨していた。
ふくれっ面して我侭を言うなど、自分にはめったにしてくれない仕草である。いつもいい子なのは嬉しいけれど、たまには、ああいうこともして欲しいパパだ。
しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。ようやく二人っきりになったのである。
「それじゃあ、シンちゃん。パパと遊ぼうか」
「うん♪」
仕切りなおしとばかりにそう告げる父親に、シンタローは、先ほどのやり取りも忘れて、にっこり笑って頷いた。直後、鼻血を吹き出した父親に、それも一時お預けとなったのは、当然のことであった。
今日は五月五日。端午の節句。こどもの日である。
「ふふふっ。今日という日を一年待ちかねたよ、パパは!」
なにやら怪しげな含み笑いを零し、(きっといらぬ)野望に激しく燃えているマジックだが、それはいつものことのため、午前中に終えた仕事を片付けるためにいた秘書の面々は、遠くからそっと見守ってあげていた。触らぬ神にたたりなし、という言葉はここでは健在なのである。
そんな秘書官らの健気な行動を他所に、すでにテンションは上向きっぱなしのマジックは、いそいそと帰宅の用意をはじめていた。
「ふん。ふふふ~ん♪」
今日は、くどいようだがこどもの日である。だから、当然仕事も半日で終えた。本当は、一日中お休みにしておきたかったのだが、仕事の都合上そうもできずに、泣く泣く半日出勤である。
普通の会社社員なら、この仕打ちに社長を呪って呪い殺してしまえばいいのだが、生憎トップは自分である。当然殺すわけにはいかないし、文句も言えるはずがなく。「マジちゃんったら、頑張りやさんね」と、自分で自分を褒めてあげつつ、誤魔化しつつ、仕事を終えた。
それでも、そんな欺瞞に満ちた、苦痛の時間はもう終わりである。
午後からは愛する息子と楽しく過ごす時間だ。
「シンちゃ~んv パパと一緒に菖蒲湯にはいろっか★」
さっそく愛息子のいる部屋にすっ飛んで行ったマジックは、ドアを全開にあけると同時にそう誘い文句を告げた。
午前中はずっとその台詞が渦巻いていたのだ。
とうとう言えたそのことに感激しつつ、マジックは両手を広げた。
(さあ、カモン!シンちゃん。パパと一緒にバスルームへGO!だよ)
そうして親子で仲良しバスタイム★
最近ちょっと大きくなってきた息子とは、仕事の忙しさもあいまって、一緒に入る機会が減ってきたが、今日は別である。
これもこどもの日だからこその醍醐味だ(違うけど)
しかし、部屋でプラモデルを作っていた息子の言葉は、そっけなかった。
「グンマと入ったから。僕、入んない」
……………え?
「い、いいい今なんて言ったシンちゃん?」
この年で難聴になったのだろうか。今、妙な言葉になって耳に入ってきた気がする。
マジックは、ぐりぐりと小指を耳の穴につっこみ、簡単耳掃除を行ってから、もう一度尋ねた。
「パパ、聞こえなかったからもう一度言ってくれるかな?」
その言葉に愛息は、素直にさきほどよりも大きな声で言ってあげた。
「だからね。さっきグンマが来て『高松が菖蒲湯を入れたから、一緒に入ろうよ』、っていったから入ってきたの」
「高松と?」
「高松もいたよ」
なんの躊躇いもなくそう告げるシンタローを前に、マジックはガーンと大きな文字を背負い、重苦しい背景をバックに、がっくりと両膝を折って床につけた。
前のめりになった身体を両腕で支える。それが、ぷるぷると震えていた。
(な、何てことだ。シンちゃんとバスタイム……それが、それが出来ないなんてッッッ)
床についた手を握り締める。強く、強くだ。
どうしようもない怒りがふつふつと身体の奥底から湧き上がってくるのを、マジックはまざまざと感じた。
「一年に一度の私の楽しみを。しかも……しかも、高松なんぞに奪われるとは…………この恨み末代までたたってやるぅぅぅ~~~~~~!」
許さんッ!
行き成り仁王立ちしたマジックは、血の涙をだらだらと流していた。
その形相はまさに悪鬼。
そうしてクワッと開いた口からは、呪詛の言葉が縦糸に水のごとく零れ落ちてきた。
一体いつ、そういうものを覚えてきたのかわからないが、呪うとなれば、余念はない。さすがはマジック総帥! と部下達に崇め奉られる存在である(違うけど)
「パパ? パパ? パパぁー!」
シンタローの呼びかけにも答えずに、マジックは一心不乱に高松を呪っていた。
「もう、パパったら! 僕、グンマのとこに遊び行っておくね」
それをしばらく見物していたシンタローだが、5分もすれば飽きてきた。
こういう父親を見るのが初めてならば、あともう5分ぐらいは我慢して見れたかもしれないが、『いつもじゃないけど、たまにあるんです、こんなパパ』が日常なシンタローは、回りに散らかしていたプラモデルを手早く片付けると、立ち上がった。
本当は、部屋でプラモデル作りを続けたいけれど、父親のせいで怨念がいたるところに漂う部屋に、これ以上いたくもないのである。
「パパ。ちゃんと後で、この部屋をお祓いしておいてね」
そうでないと、父親の呪詛のおかげで、他の妙なものもよってきそうで怖いのである。お祓いをしてもらわない限りは、絶対にこの部屋には戻って来ないぞ! と決めたシンタローは、部屋を出ていこうとしたが、それを止められた。
「シンちゃん!」
肩をがっちりとマジックにつかまれる。
すでにその顔に、血の涙の後はなかった。血まみれの顔を綺麗にするというワザは、シンタローが生まれた時から、身につけたワザである。すでにプロ級。神業的まで磨き上げられたそれに、血のあとは欠片も残された無かった。
それはそれとして、マジックは息子の肩を抱いたまま、言った。
「まだ、パパとやることがあるでしょ」
まだ、先ほどの恨みを引きずっているのか、筋肉がひきつれたような笑みを浮かべる父親に、けれど、毎度のことだと、平然とそれを見返した息子は、可愛く小首を傾げてみせた。
「なぁ~に? パパ」
やることはあるといわれても、こちらは心当たりは無い。
きょとんとした顔を思わずしてしまえば、
「はぅッ! シンちゃん、ラブリ~ぃv」
それにあっさりと悩殺された父親は、ボタボタと今度は鼻から血を流しだした。
至近距離での流血。しかし、そんなことで動じるお子様ではなかった。
「パパ…鼻血ふいて。僕の部屋汚さないで」
注目するのは、そこである。
さきほどからこの父親は、息子の部屋でろくなことをしていない。行き成り血の涙を流すわ、呪詛を呟くわ、怨念を振りまくわ、あげくの果てに鼻血で床を汚し始めた。
こどもの日だし、新しい部屋でもねだろうかな、とちらりと考えたりしている、ちゃっかりものの息子を前に、父親は、取り出したハンカチーフを鼻に押し当てた。
「おっと、ごめんごめん、シンちゃんv」
それを鼻に詰め込む。それでようやく血を止めた。
物凄く間抜け面になっているのだが、だが、やはりこれも見慣れた光景で、シンタローは笑うこともせずに、改めて自分の父親を見上げた。
「で、なに? パパ」
そう尋ねるシンタローに、マジックは別の場所から、また布を取り出した。
「これを見てごらん。シンちゃん! 『ぴらりん♪』」
自分で妙な効果音を出して、内ポケットから取り出したのは、赤い布だった。だが、それはけっして、おのれの鼻血で染め上げたものではない。
ちゃんと染物屋さんが染めた赤い布である。
「さ、シンちゃん。今日は『こどもの日』だからねv パパに、これを着て見せてくれるかな♪」
「これ?」
ひらひらと揺れる、大きな赤い布切れを受け取ったシンタローは、それを広げてみた。
ひし形のような形のそれは、上部には、首にかけるようなヒモが、そして左右の角にも、それぞれ長い紐がついていた。
なによりも特徴的なのは、その中央部には特徴的な文字『金』のひともじ。
「……パパ、これって」
ぱっと見たところ服とは言えないそれは、けれどれっきとした由緒正しい服である。
すでに蕩けきった顔で、マジックはそのただの布としか思えぬ服を息子に押し付けた。
「そっv キンタローさんだよ。さ、シンちゃん。パパにその逞しい姿を見せてちょうだい♪」
「う、うん……」
気は進まないけれど、大好きなパパの頼みなら断れない。
もう5月とはいえまだ半袖には少し早いこの季節。半袖どころか、後ろの布さえないこの服を着るのは、季節柄どうかと思うのだが、一応室内温度は、調節されているために、しばらくの間ならば、その服でも風邪引く問題はない。
シンタローは、キンタローのコスプレをするために、ぽちぽちとシャツの前ボタンをマジックの前で、はずしだした。
(シンちゃんのストリップショー……)
それを素晴しく怪しい目つきで鑑賞しているのが、父親である。
その全てを目に焼き付ける!という勢いで舐めるように見ていたマジックは、そのために忍び寄る危険に気付けなかった。
ひらり…。
シャツのボタンが全て取れ、上着が脱がれる。そこから露になる魅惑の白い肌。胸元の桜色をした―――。
「ッッッッ!」
ハンカチーフはすでに真っ赤に染め上げられ、それすらも一緒に噴出しかけたその時、
「やれやれ。またかい、兄さん―――眼魔砲ッ!」
とっても投げやりで、だが威力は抜群のそれが、放たれたのだった。
ドゴォーーン!!
いつもならば、こんな攻撃さらりと交わすガンマ団総帥だが、今回は、完璧に油断していた。
ど真ん中ヒット。
爆音を当りに轟かせながら、それは部屋を突き破って行った。
「あ! サービスおじさん!」
立ち込める煙。
だが、それも薄れてくると、部屋に一人存在していたシンタローは、にぱっと笑顔を浮かべてドアにいた人物に向かって駆け寄っていった。
視界が戻ってくるとドアの前に佇んでいる美貌の叔父の顔がはっきりと見える。
その前に聞こえてきた声から、来ていたのはわかっていたけれど、やはり顔が見れると嬉しかった。傍までいくと、そこで足を止めて、見上げる。
「どこへ行ってたの?」
シンタローは、そう尋ねた。
いつもふらりと一人どこかへ出かけていっているサービスだが、こどもの日には、シンタローのためか、ガンマ団に戻ってくるのである。だが、一度シンタローに挨拶に来た後、この叔父は、今まで姿を消していたのだ。
それで、どこにいたのかと尋ねると、サービスは、気だるげに視線を揺らしこたえた。
「ん? 高松のとこだよ。でも、行き成りあいつが口から血を噴出してのた打ち回りだしたからね。服が汚れる前に、こっちに戻ってきたんだよ」
「ふ~ん。―――パパの呪いってちゃんときいていたんだ」
どうやらマジックの呪いはしっかりと高松へと届いていたようだった。
「そんなことはどうでもいいから、シンタロー。さ、風邪をひくから、服はちゃんと着てようね」
「でも、パパが、これにお着替えしなさいって」
シンタローは、手にもっていたキンタローの服をサービスに見せた。とたんに、その柳眉が顰められる。
「あの馬鹿親め…」
邪な思いをもって可愛いシンタローにこんな裸同然の服を着せようとしたマジックを罵りつつ、サービスは、そんな暗黒場面は欠片も見せずに、にこりと綺麗に微笑むと、シンタローの手からそれを取り上げた。
「でも、シンタロー。そのパパがいないなら、これは無駄だろ?」
「あ、そっか」
その言葉に、シンタローは、ぽんと手を叩いた。
サービスの言うとおりである。この部屋にはもうマジックは存在していなかった。
パパは、さきほど、この美貌の叔父が放った眼魔砲によって、どこかへと吹き飛ばされてしまったのだ。
部屋にはぽっかりと大きな穴だけが開いている。そこから吹き込む風は、風邪をひきそうなくらい冷たかった。
「くしゅん」
思わずくしゃみが出てしまえば、優雅に、けれど素早くサービスが動いた。
「ほら、これを着なさい」
床に落ちていたシャツを拾われ、シンタローの肩に乗せられる。
「うん」
シンタローは、それを急いで身につけた。きっちりとボタンを上まで留められのを確認すると、サービスは、甥っ子の小さな肩に手を置いた。
「さ、むこうで柏餅が用意されていたから、食べに行こうね」
「はぁーい!」
そう促され、シンタローはいい子の返事をして、サービスとともに部屋を後にしたのだった。
一方、吹き飛ばされたマジックはというと。
「そうすーい! こいのぼりの真似は、危ないからやめてくださぁ~い!!」
「誰が、こいのぼりの真似なぞするか! サービスにここまで吹き飛ばされたのだ!! 早く助けんかぁ~!」
眼魔砲で吹き飛ばされ、外へと放り出されたマジックだが、しかし、しっかりと生きていた。
愛息のために立てたこいのぼりのポールにしがみついたマジックは、大きな真鯉よりも逞しく、父をアピールしていたのだった。