* n o v e l *
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
5/6
早速飾り付けを再開した二人を置いて、シンタローは総帥室へと歩き出す。
――キンタローの手が無い分、シンタローにかかる仕事の負担は確かに増える。だが別段それを苦には思わなかったし、自分だけでも何とかなるだろうと思っていた。
どうしても今日中に仕上げなければならないという仕事は今のところ無かった筈、だがアレとコレは近日中に片をつける必要があるから先に手をつけて……とブツブツ口にしながら考えをまとめていると、突然肩を叩かれた。
「……あンだよ、親父。今忙しいから、他のヤツに構ってもらえよ」
自分と並んで歩くマジックを意図的に無視していたシンタローは、肩にかかった手を面倒臭そうに払った。
だがマジックはその言葉に反応せず、今度はシンタローの手を掴んで引き止めるような動きを見せた。
流石に不審に思って立ち止まり、シンタローはマジックの方へ視線を向けた。
「な、何だよ。俺マジで忙しいんだけど」
「シンタロー、ちゃんと休みは取っているのか」
「……っ?」
不意を突かれてシンタローは言葉に詰まった。
マジックは真剣な顔をしてシンタローを見つめ、掴んだ手に僅かに力をこめる。
そういや親父の手に触れたのって、すげー久しぶりな気がする……とシンタローは思った。
記憶の中ではもっと、マジックの手は大きくて。自分の手はもっと小さかった。
だが手は大きくなっても、取りこぼしてしまったものは沢山ある。
子どもの頃、絶対の存在だと思っていたマジックもきっと――沢山のものを掴み損なってきたのだろう。
感傷にも似たそんな思いに束の間浸っていると、マジックは焦れたようにシンちゃん、と呼びかけてきた。
「答えなさい、十分に睡眠は取れているのか?……お前は頑張り屋さんだから、パパは心配だよ。シンちゃんの気持ちも分かるが、全部を一人で背負う必要は無いし、そもそもそんな事は不可能だ」
「……アンタは背負ってたじゃねーか、ガンマ団元総帥」
「そう見せていただけだ、人は偶像を欲する生き物だからね。……私も昔はシンちゃんのように考えていたよ。だが、一人でやれる事には限界がある」
掴んでいた手を放し、マジックはそっとシンタローの頬を撫でた。
夢で見たのと変わらない、昔と同じ――暖かく優しい手。
父親の手。
いつもなら即座に振り払って気持ちワリー、と悪態をつくところだが、シンタローは逆らわなかった。
真摯な眼差しを向けられて、どう反応すれば良いのかわからず居心地が悪そうにマジックを見つめ返す。
それはまるでイタズラを見つかった子どものようにも見える、どこか幼い表情だった。
マジックは微かに笑みを浮かべて、頬に触れていた手をゆっくりと離す。
「何の為に仲間や部下がいると思う?」
「……」
「信頼の無い関係ほど、虚しいものは無いよシンタロー」
覚えておきなさい、と穏やかに告げられ、シンタローは僅かに俯き――やがて、小さく、だがはっきりと頷いた。
マジックは嬉しそうに笑って、シンタローの頭をよしよしと撫でた。
「それでこそパパのシンちゃんだよ!ああっ、素直で可愛いシンちゃんを見るのは何年ぶりだろうねぇ~!」
「てめッ、気色悪い事ぬかすな!つーかガキじゃねーんだから気安く頭触んじゃねーよ!!」
今度こそバシッと容赦なくマジックの手を叩き落し、シンタローはズンズンと肩を怒らせて歩く。
「おや、怒っているのかい?シンちゃん」
「……」
当たりめぇだろ、という黒いオーラを漂わせる。何だか妙に懐かしさを感じる光景だが、後ろから追ってくるマジックは昔と違って早歩きだ。
背が伸びたシンタローは、もうあっさり追いつかれて悔しい思いをする事はない。
だがマジックのしつこさは昔とちっとも変わっていなかった。
「シンちゃん、パパの部屋でお茶でもしないかい?お仕事ばっかりじゃ身体を壊しちゃうよ」
「下手なナンパに付き合う気はありません」
「ハハハ、偉いなぁシンちゃんは。悪い虫がつかなくて安心だね!」
「そうだな害虫」
「シンちゃん、パパの部屋で一緒にアルバムを見ないかい?美味しいお菓子も用意しているよ」
「拉致監禁されたくないから怪しいオッサンには近づきません」
「ハハハ、流石だなぁシンちゃん。自分の身は自分で守らなくちゃね!」
「そうだな誘拐犯」
「シンちゃん」
「ヤラれる前に殺れ」
眼魔砲で威嚇(当たってもいいや、位のノリで)までしたが、マジックは全く動じずにシンタローの後をついてきている。
「やはり奈落……!」
シンタローはギリギリと歯噛みした。
――マジックの言いたい事は分かる。一人で何もかもをやろうとせずに、身近な人間を信頼して任せてみろ、と言いたいのだろう。
今のお前は肩に力が入り過ぎだ、という元総帥としての忠告、助言でもある。
……自分の身体を大切にしてくれ、という親としての願いもあるのだろう。
だがそうと分かっていても、なかなかその通りに出来るものでもない。
「シンちゃーん」
「~~~っ。えぇい、しつけーンだよ親父!いい加減に諦め……!」
振り返って怒鳴ろうとした瞬間。
唐突に、膝から下の力が抜けた。
え、と思う間もなく身体が宙に浮く。
「マジかよ……」
ちょうどここは階段の上。
視界に映るマジックの顔が凍りつく。
こんなとこまで同じじゃなくていい……と思いながらも自分で思っていた以上に疲労していた身体は言う事を聞かず。
シンタローは成す術もなく落下――
「シンタローッ!!!」
落下――――――しなかった。
「……親父ッ!?」
間一髪、我が子を腕の中に引き寄せたマジックは、階段から落ちる事は免れたがその勢いまでは殺せず、シンタローを抱き締めたまま廊下に二人もつれるようにして倒れこんだ。
マジックを下敷きにした格好になったのでシンタローはさして痛くなかったが、身体の下でマジックが微かに呻いた。
二人分の体重と勢いを受けて硬い廊下に倒れこんだのだ、それも当然だろう。
「オイっ、大丈夫かよ親父!?」
シンタローは即座に身体を起こし、マジックの上からどいた。
幼い頃と違い、パニックになったりはしないが……今朝の夢が蘇って、声に焦りが滲む。
「オイ!親父!意識はあるか、頭打ってねーかっ?」
「あ、ああ……大丈夫だよ、シンちゃん。キラキラ輝くシンちゃんの瞳みたいに綺麗なお星さまが、パパの周りを回っているだけさ」
「よぉーし、普段通りのトリップ具合だな。異常なし!」
むしろ普段が異常だらけな父親の返答にシンタローは満足して力強く頷いた。
「あ~、ビビった。また昔の再現になるかと思ったぜ」
「……再現?」
「覚えてねーだろうけど。ガキの頃ハロウィンの会場でさ、俺が階段から落ちた事あったじゃん。あの時、親父も一緒に落ちて……まぁ細かい事はどうでもいーけど、今の状況ってその時とそっくりだなぁと思ってさ」
マジックは身体を起こして廊下の壁に背中を預ける。大した事は無いだろうが、一応確認の為にシンタローもその隣に腰を下ろした。
マジックの顔を覗き込み、「よし、瞳孔は開いてねーな。別にどこからも出血してねーみたいだし」とチェックを入れる。
マジックはそんな息子を見て苦笑した。
「これ位の事でいちいち異常をきたしたりしないよ。現役を退いたとは言え、私は元ガンマ団総帥だ」
「……わぁってるよ、念の為だ念の為!」
心配性、と指摘されたような気がしてシンタローはフンッとそっぽを向いた。耳が熱い。
あの夢のせいで、何だか調子が狂う。
しかもこの歳になってまで、マジックに助けられるとは。
悔しそうなシンタローとは対照的に、マジックは何やら嬉しそうに口元を緩ませている。
「……何だよ、ニヤニヤしやがって。気持ちワリーな」
「いや、シンちゃんに心配されたのが嬉しくてね。……それに、シンちゃんがあの事を覚えていてくれた事も、パパとっても嬉しいよ」
「え……」
ギクリとするシンタローに、マジックは少しだけ意地の悪い笑みを浮かべてみせた。
「――今回は、『パパ大好き!』とは言ってくれないのかな?シンちゃん」
「……!!!」
からかうような言葉に、一気にシンタローの顔が紅潮した。
今では絶対言えない(というかそもそも言う気が無い)子どもの頃の恥ずかし過ぎるセリフをリピートされ、羞恥なんだか怒りなんだかで思わず握った拳がぶるぶる震える。
「お、覚えてたのかよ、あんな昔の話」
「とーーーぜんさ!シンちゃんとの思い出は全て私の頭の中に入っているよ。写真やビデオにも残ってるけどね!」
「残すなそんなもん!」
「シンちゃんだってコタローの写真を大量に持ってるじゃないか」
「俺はいいんだッ!」
俺様思考で返すと、パパもいいんだよ、と同じく俺様思考で返された。やはり似ているが、本人達はそこら辺を自覚していない。
「~~~~っ……」
動揺のあまり、それ以上返す言葉が思いつかず赤くなったまま黙り込んだシンタローに、マジックはニコニコと上機嫌でとどめをさす。
「シンちゃんっ!シンちゃんが世界で一番だ~い好きvなのはもちろんサービスなんかじゃなくて今も昔もパ」
「美貌のおじさまに決まってンだろ寝ぼけんなクソ親父!!!」
眼魔砲!!!
今度こそ一切の容赦なくマジックを吹き飛ばし。
シンタローは「美少年時代の俺のバカっ!」と叫びながらその場を走り去った。
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PAPUWA~やっぱりパパが好き~
6/6
「ね~ね~、シンちゃーん。おとーさまからシンちゃん宛てに郵便物が届いてるよー」
「そんな不吉なもんは焼却して捨てちまえ」
「あ、ゴメン。もう開けちゃった」
「……グ~ン~マ~?」
「ごっ、ごめんシンちゃん!目がマジだよ、怒らないで!」
シンタローは書類から目を離さないまま、こっそり溜息をついた。
――あれから一週間経つが、マジックとはその間一度も会っていない。正確に言うとマジックは幾度となく会いにやって来たが、シンタローがことごとく追い返したのだ。
もちろんシンタローは直接顔を合わせず、秘書に対応させたワケだが。……盾代わりにされた彼らとしては、たまったものではなかっただろう。
新総帥と元総帥との親子喧嘩なぞ、誰も関わりたい筈がない。
まぁそれはともかくとして。
直接会えないのであれば、と贈り物で機嫌をとる作戦に出たか。
シンタローは鬱陶しいと思いつつも、まぁ送ってきたもんをわざわざ送り返すのも大人気ないか、と考え直した。
……天真爛漫なアホの子が、既に開封してしまったようだし。
それに、今のシンタローは大分体調が戻ってきており、前程ピリピリしていない。
この前の騒動は結局、体調管理が上手くできていない自分のせいだった。
余裕が無くてマジックに過剰に反応してしまったのも。階段から落ちそうになった時、自分でどうにかする事ができなかったのも。
……悔しいが、マジックの助言は確かにきちんと聞くべきだった。
あの時マジックがやけに心配して絡んできたのは、シンタローの不調に気付いていたからだろう。きっと本人以上に。
もしマジックがいなければ、シンタローは階段から落ちていた。
それでどうにかなる程、やわな自分ではないと思うが……何せあの時は本調子でなかったし、まともに受け身も取れないような状態であの高さの階段から落ちるというのは……流石にぞっとしない。
一応少しは反省したシンタローは、あの後信頼のおける者達に幾つか仕事を回し、激務の合間をぬって可能な限り休息をとるよう心がける事にした。
その甲斐あってか、忙しい事に変わりは無いが以前よりは人心地つけるようになった気がする。
「すっげー癪だしムカつくし嫌で嫌でしょーがねーけど……一応あの馬鹿親父に感謝すべきなのか?これって……」
苦虫を噛み潰したような顔をしながらもシンタローはあの時のマジックの事を思い出して、ふう……と嘆息した。
不本意極まりないが、認めざるをえないだろう。
普段は決して人に見せる事の無い必死の形相で、自分を助けたマジック。強く掴まれ、引き寄せられた腕は後で見たら少しだけその部分が鬱血していた。
「……」
シンタローは無意識に、その腕を服の上からそっとさする。
自分はマジックと血の繋がりが無いのに。
本当の息子じゃないと知った今でも、昔と変わらずマジックは真っ直ぐに腕を伸ばす。シンタローの方へと。
「……ムカつく」
心のどこかでそれを、まぁ悪くはないと思っている自分がいるのに気付いてしまい、シンタローは小さく呟いて机に突っ伏した。
いつまで経っても子離れ出来ないマジックにうんざりしていた筈なのに、これでは自分も親離れ出来ていないように感じられる。
それだけは絶っっっ対イヤだ!と思って、シンタローは「あ~もう、サイアクだ!俺も奈落!?」と愚痴りながら長い髪をヤケになったようにくしゃくしゃと掻き乱した。
キンタローはそんなシンタローを不思議そうに眺めていたが、グンマが件の郵便物を開いて中をゴソゴソと漁っているのに気付き、そちらの方へ注意を向ける。
「――で、結局叔父上は何を送ってきたんだ?」
「んーとね、今見るとこ!何か色々入ってるみたいだよ?」
二人で大きな箱の中を覗き込み――数秒後、グンマの歓声が上がった。
「わぁ、すっごーい!」
「ほう……なるほど、叔父上もあれでなかなかタイミングを読んでいるな」
「ねっ、キンちゃんはどれにする?やっぱりコレ?それともコッチ?」
楽しそうに盛り上がっている二人に、流石に箱の中身が気になってシンタローは顔を上げた。
「……何だよ、何送ってきやがったんだー?あの親父」
えへへ、とグンマは嬉しそうに笑って、シンタローの前に「じゃーん!!コレだよっ」と箱を置いた。
思わず仰け反ったシンタローだが、好奇心に勝てず箱の中を覗き込む。
そして見た事を心底後悔して、「げっ……!」と呻き声を上げた。
「ほらぁ、すごいよね!ハロウィンの仮装セットだよ!魔法使いにドラキュラに、オバケに妖精、フランケンシュタイン……他にもたくさん!これでハロウィンの衣装の心配はしなくてもいいねっ」
グンマは無邪気に喜んで「わ~い!」とバンザイまでし。
キンタローはその隣で「ドラキュラとは人の血を吸う化け物と言われているが、そもそもはヴラド・ツェペシュという実在の人物で、彼をモデルに作家ブラム・ストーカーが……」云々と細かく解説を付け加えている。
シンタローはそんな二人を前に頭痛を覚えながらも「あンの馬鹿親父……」と低く呟いてギリギリと歯軋りをした。。
マジックは純粋にこのお子様二人を喜ばせたいだけなのかもしれないが、過去の赤っ恥体験を思い起こさせるこのプレゼントはシンタローにとっては嫌がらせ以外の何物でもない。
「そぉ~んなにぶっ殺して欲しいのかあのオッサンは。そこまでMに目覚めてたとは知らなかったぜ。……じゃ、今すぐこの俺が思い出さえ残らなくなるまできっっっちり存在を消してあげましょうかねェ~」
「シンタロー、隠蔽工作はお前に向いていないぞ」
「んじゃ派手に殺ってくるから、後の事はオメーがやっといて」
「分かった、それならいい」
「えっ、全然良くないよそれ。キンちゃん、衣装選ぶのは後にして!」
どうやらドラキュラの仮装が気になるらしく、マントの裾をメジャーで測ったりしていたキンタローに珍しくグンマがツッコミを入れた。
そのまま本当にマジックの元へ乗り込みに行きそうなシンタローを一応止めなければ、と思ったグンマはシンタローの興味をひけそうなものを探してキョロキョロと辺りを見回し――ふと、箱に入っている一枚の手紙に気付いた。
「あれ?……ねぇねぇシンちゃんっ、手紙がついてるよー。これって、おとーさまからシンちゃんへなんじゃないかな?」
「ハァ?手紙ぃ?……どれだよ、早くよこせ」
「うん、はいコレ」
「フン……どーせ、くっだらね~内容なんだろうけどな」
読む前から既に嫌な予感がしていたが、シンタローはグンマから手渡された手紙に目を通した。
『――愛するシンちゃんへ。
もうすぐハロウィンだね。
グンちゃんとキンちゃん、そしてもちろんお前の為に、今年はいつにもまして盛大なパーティーを開こうと思っているよ。
シンちゃんとは不幸な事にもう一週間も会えていないけど(シンちゃんの顔を見れなくてパパとっても寂しいよ!)、人づてに聞いたところによると、どうやらもう体調は悪くないらしいね。
安心したよ。これからも無理のし過ぎには注意するんだよ?
お前達にはまだまだ先があるんだからね――』
そこまで読んで、シンタローは少しバツが悪そうに眉を寄せた。
子ども扱いされるのは気に食わないが、マジックの言っている事はもっともだ。
焦っても良い結果はついてこないと先回りして言われたような気がして、また反発したくなったが……それこそ、図星をつかれた子どもの行動だとシンタロー自身ももう分かっている。
親に注意される照れ臭さもあいまって、「はーいはいはい、分かってるっつーの」とわざとぞんざいに頷きながら続きを読む。
『シンちゃんが元気になった事だし、皆で存分にパーティーを楽しもう!
グンちゃんもキンちゃんも張り切っているようだから、ささやかなプレゼントを送るね。
ハロウィンに使う仮装セットさ!もちろん全て私の手作りだよ!
種類豊富だから、好きなものを選びなさい。
子どもの時のようにまた魔法使いさんでもいいよ。あのシンちゃんは可愛かったなぁ~。
格好もそうだけど、とっても素直で純粋でね。本当に魔法をかけられた気分だったよ、パパは(マジカル・トリップさ)。
……でも今のシンちゃんはいわゆる「ツンデレ」とかいうものなのかい?
この前アラシヤマが言っていたんだが(「シンタローはんはツンデレってやつなんどすぅ~。ほんまはわてを大切な、し、心友やって思うてくれはっとるんどすえ!」とか何とか頬を染めながら。パパちょっとイヤな気分になったから、軽くオシオキしといたけどね)。
生憎私にはそのツンデレというものがよく分からないが、シャイで気まぐれでちょーっとワガママな可愛い今のシンちゃんなら…………そうだね、黒猫さんの仮装なんてど』
グシャッ……!!!
最後まで読まずに、シンタローは力いっぱい手紙を握り潰した。
「あ・の・変態親父めぇ~……ちょっと見直したらすぐコレかよっ!?」
憤怒の表情を浮かべ、手紙をビリビリに破いてゴミ箱にきちんと捨てる(几帳面)シンタローの後ろで、グンマがまた新しい仮装を箱から取り出している。
「わ、可愛いなぁ。ほら見て見てシンちゃん、キンちゃん!黒猫さんの仮装セットだよー」
「……?どうやって使うんだ、コレは」
「あはは、じゃあ試しに猫の耳着けてあげるね。キンちゃんちょっと屈んで。……あ、似合う似合う!可愛いよー」
「そうか……だが黒猫なら、黒髪のシンタローの方が映えるだろう」
「それもそうだね。じゃあ次はシンちゃ……」
「断固拒否する。――俺ちょっと野暮用で席外すから、その化け猫セットだけは燃やしておいてくれ」
和やかにじゃれ合っている二人に背を向け、シンタローは過激な愛情表現(という名の壮絶な親子喧嘩)をしに、パパのところへと旅立った。
「フフフ、シンちゃん気に入ってくれたかなぁ~パパからのプレゼント」
「マジック様……今すぐお逃げになられた方がよろしいかと存じますが」
優秀な側近の忠告も聞かず、マジックはウキウキしてハロウィンまでの日数を指折り数えた。
「ハッハッハ!何を心配しているのか知らないが、大丈夫だよ。
だってあの子は――――」
~やっぱりパパが好き~end
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
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早速飾り付けを再開した二人を置いて、シンタローは総帥室へと歩き出す。
――キンタローの手が無い分、シンタローにかかる仕事の負担は確かに増える。だが別段それを苦には思わなかったし、自分だけでも何とかなるだろうと思っていた。
どうしても今日中に仕上げなければならないという仕事は今のところ無かった筈、だがアレとコレは近日中に片をつける必要があるから先に手をつけて……とブツブツ口にしながら考えをまとめていると、突然肩を叩かれた。
「……あンだよ、親父。今忙しいから、他のヤツに構ってもらえよ」
自分と並んで歩くマジックを意図的に無視していたシンタローは、肩にかかった手を面倒臭そうに払った。
だがマジックはその言葉に反応せず、今度はシンタローの手を掴んで引き止めるような動きを見せた。
流石に不審に思って立ち止まり、シンタローはマジックの方へ視線を向けた。
「な、何だよ。俺マジで忙しいんだけど」
「シンタロー、ちゃんと休みは取っているのか」
「……っ?」
不意を突かれてシンタローは言葉に詰まった。
マジックは真剣な顔をしてシンタローを見つめ、掴んだ手に僅かに力をこめる。
そういや親父の手に触れたのって、すげー久しぶりな気がする……とシンタローは思った。
記憶の中ではもっと、マジックの手は大きくて。自分の手はもっと小さかった。
だが手は大きくなっても、取りこぼしてしまったものは沢山ある。
子どもの頃、絶対の存在だと思っていたマジックもきっと――沢山のものを掴み損なってきたのだろう。
感傷にも似たそんな思いに束の間浸っていると、マジックは焦れたようにシンちゃん、と呼びかけてきた。
「答えなさい、十分に睡眠は取れているのか?……お前は頑張り屋さんだから、パパは心配だよ。シンちゃんの気持ちも分かるが、全部を一人で背負う必要は無いし、そもそもそんな事は不可能だ」
「……アンタは背負ってたじゃねーか、ガンマ団元総帥」
「そう見せていただけだ、人は偶像を欲する生き物だからね。……私も昔はシンちゃんのように考えていたよ。だが、一人でやれる事には限界がある」
掴んでいた手を放し、マジックはそっとシンタローの頬を撫でた。
夢で見たのと変わらない、昔と同じ――暖かく優しい手。
父親の手。
いつもなら即座に振り払って気持ちワリー、と悪態をつくところだが、シンタローは逆らわなかった。
真摯な眼差しを向けられて、どう反応すれば良いのかわからず居心地が悪そうにマジックを見つめ返す。
それはまるでイタズラを見つかった子どものようにも見える、どこか幼い表情だった。
マジックは微かに笑みを浮かべて、頬に触れていた手をゆっくりと離す。
「何の為に仲間や部下がいると思う?」
「……」
「信頼の無い関係ほど、虚しいものは無いよシンタロー」
覚えておきなさい、と穏やかに告げられ、シンタローは僅かに俯き――やがて、小さく、だがはっきりと頷いた。
マジックは嬉しそうに笑って、シンタローの頭をよしよしと撫でた。
「それでこそパパのシンちゃんだよ!ああっ、素直で可愛いシンちゃんを見るのは何年ぶりだろうねぇ~!」
「てめッ、気色悪い事ぬかすな!つーかガキじゃねーんだから気安く頭触んじゃねーよ!!」
今度こそバシッと容赦なくマジックの手を叩き落し、シンタローはズンズンと肩を怒らせて歩く。
「おや、怒っているのかい?シンちゃん」
「……」
当たりめぇだろ、という黒いオーラを漂わせる。何だか妙に懐かしさを感じる光景だが、後ろから追ってくるマジックは昔と違って早歩きだ。
背が伸びたシンタローは、もうあっさり追いつかれて悔しい思いをする事はない。
だがマジックのしつこさは昔とちっとも変わっていなかった。
「シンちゃん、パパの部屋でお茶でもしないかい?お仕事ばっかりじゃ身体を壊しちゃうよ」
「下手なナンパに付き合う気はありません」
「ハハハ、偉いなぁシンちゃんは。悪い虫がつかなくて安心だね!」
「そうだな害虫」
「シンちゃん、パパの部屋で一緒にアルバムを見ないかい?美味しいお菓子も用意しているよ」
「拉致監禁されたくないから怪しいオッサンには近づきません」
「ハハハ、流石だなぁシンちゃん。自分の身は自分で守らなくちゃね!」
「そうだな誘拐犯」
「シンちゃん」
「ヤラれる前に殺れ」
眼魔砲で威嚇(当たってもいいや、位のノリで)までしたが、マジックは全く動じずにシンタローの後をついてきている。
「やはり奈落……!」
シンタローはギリギリと歯噛みした。
――マジックの言いたい事は分かる。一人で何もかもをやろうとせずに、身近な人間を信頼して任せてみろ、と言いたいのだろう。
今のお前は肩に力が入り過ぎだ、という元総帥としての忠告、助言でもある。
……自分の身体を大切にしてくれ、という親としての願いもあるのだろう。
だがそうと分かっていても、なかなかその通りに出来るものでもない。
「シンちゃーん」
「~~~っ。えぇい、しつけーンだよ親父!いい加減に諦め……!」
振り返って怒鳴ろうとした瞬間。
唐突に、膝から下の力が抜けた。
え、と思う間もなく身体が宙に浮く。
「マジかよ……」
ちょうどここは階段の上。
視界に映るマジックの顔が凍りつく。
こんなとこまで同じじゃなくていい……と思いながらも自分で思っていた以上に疲労していた身体は言う事を聞かず。
シンタローは成す術もなく落下――
「シンタローッ!!!」
落下――――――しなかった。
「……親父ッ!?」
間一髪、我が子を腕の中に引き寄せたマジックは、階段から落ちる事は免れたがその勢いまでは殺せず、シンタローを抱き締めたまま廊下に二人もつれるようにして倒れこんだ。
マジックを下敷きにした格好になったのでシンタローはさして痛くなかったが、身体の下でマジックが微かに呻いた。
二人分の体重と勢いを受けて硬い廊下に倒れこんだのだ、それも当然だろう。
「オイっ、大丈夫かよ親父!?」
シンタローは即座に身体を起こし、マジックの上からどいた。
幼い頃と違い、パニックになったりはしないが……今朝の夢が蘇って、声に焦りが滲む。
「オイ!親父!意識はあるか、頭打ってねーかっ?」
「あ、ああ……大丈夫だよ、シンちゃん。キラキラ輝くシンちゃんの瞳みたいに綺麗なお星さまが、パパの周りを回っているだけさ」
「よぉーし、普段通りのトリップ具合だな。異常なし!」
むしろ普段が異常だらけな父親の返答にシンタローは満足して力強く頷いた。
「あ~、ビビった。また昔の再現になるかと思ったぜ」
「……再現?」
「覚えてねーだろうけど。ガキの頃ハロウィンの会場でさ、俺が階段から落ちた事あったじゃん。あの時、親父も一緒に落ちて……まぁ細かい事はどうでもいーけど、今の状況ってその時とそっくりだなぁと思ってさ」
マジックは身体を起こして廊下の壁に背中を預ける。大した事は無いだろうが、一応確認の為にシンタローもその隣に腰を下ろした。
マジックの顔を覗き込み、「よし、瞳孔は開いてねーな。別にどこからも出血してねーみたいだし」とチェックを入れる。
マジックはそんな息子を見て苦笑した。
「これ位の事でいちいち異常をきたしたりしないよ。現役を退いたとは言え、私は元ガンマ団総帥だ」
「……わぁってるよ、念の為だ念の為!」
心配性、と指摘されたような気がしてシンタローはフンッとそっぽを向いた。耳が熱い。
あの夢のせいで、何だか調子が狂う。
しかもこの歳になってまで、マジックに助けられるとは。
悔しそうなシンタローとは対照的に、マジックは何やら嬉しそうに口元を緩ませている。
「……何だよ、ニヤニヤしやがって。気持ちワリーな」
「いや、シンちゃんに心配されたのが嬉しくてね。……それに、シンちゃんがあの事を覚えていてくれた事も、パパとっても嬉しいよ」
「え……」
ギクリとするシンタローに、マジックは少しだけ意地の悪い笑みを浮かべてみせた。
「――今回は、『パパ大好き!』とは言ってくれないのかな?シンちゃん」
「……!!!」
からかうような言葉に、一気にシンタローの顔が紅潮した。
今では絶対言えない(というかそもそも言う気が無い)子どもの頃の恥ずかし過ぎるセリフをリピートされ、羞恥なんだか怒りなんだかで思わず握った拳がぶるぶる震える。
「お、覚えてたのかよ、あんな昔の話」
「とーーーぜんさ!シンちゃんとの思い出は全て私の頭の中に入っているよ。写真やビデオにも残ってるけどね!」
「残すなそんなもん!」
「シンちゃんだってコタローの写真を大量に持ってるじゃないか」
「俺はいいんだッ!」
俺様思考で返すと、パパもいいんだよ、と同じく俺様思考で返された。やはり似ているが、本人達はそこら辺を自覚していない。
「~~~~っ……」
動揺のあまり、それ以上返す言葉が思いつかず赤くなったまま黙り込んだシンタローに、マジックはニコニコと上機嫌でとどめをさす。
「シンちゃんっ!シンちゃんが世界で一番だ~い好きvなのはもちろんサービスなんかじゃなくて今も昔もパ」
「美貌のおじさまに決まってンだろ寝ぼけんなクソ親父!!!」
眼魔砲!!!
今度こそ一切の容赦なくマジックを吹き飛ばし。
シンタローは「美少年時代の俺のバカっ!」と叫びながらその場を走り去った。
* n o v e l *
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
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「ね~ね~、シンちゃーん。おとーさまからシンちゃん宛てに郵便物が届いてるよー」
「そんな不吉なもんは焼却して捨てちまえ」
「あ、ゴメン。もう開けちゃった」
「……グ~ン~マ~?」
「ごっ、ごめんシンちゃん!目がマジだよ、怒らないで!」
シンタローは書類から目を離さないまま、こっそり溜息をついた。
――あれから一週間経つが、マジックとはその間一度も会っていない。正確に言うとマジックは幾度となく会いにやって来たが、シンタローがことごとく追い返したのだ。
もちろんシンタローは直接顔を合わせず、秘書に対応させたワケだが。……盾代わりにされた彼らとしては、たまったものではなかっただろう。
新総帥と元総帥との親子喧嘩なぞ、誰も関わりたい筈がない。
まぁそれはともかくとして。
直接会えないのであれば、と贈り物で機嫌をとる作戦に出たか。
シンタローは鬱陶しいと思いつつも、まぁ送ってきたもんをわざわざ送り返すのも大人気ないか、と考え直した。
……天真爛漫なアホの子が、既に開封してしまったようだし。
それに、今のシンタローは大分体調が戻ってきており、前程ピリピリしていない。
この前の騒動は結局、体調管理が上手くできていない自分のせいだった。
余裕が無くてマジックに過剰に反応してしまったのも。階段から落ちそうになった時、自分でどうにかする事ができなかったのも。
……悔しいが、マジックの助言は確かにきちんと聞くべきだった。
あの時マジックがやけに心配して絡んできたのは、シンタローの不調に気付いていたからだろう。きっと本人以上に。
もしマジックがいなければ、シンタローは階段から落ちていた。
それでどうにかなる程、やわな自分ではないと思うが……何せあの時は本調子でなかったし、まともに受け身も取れないような状態であの高さの階段から落ちるというのは……流石にぞっとしない。
一応少しは反省したシンタローは、あの後信頼のおける者達に幾つか仕事を回し、激務の合間をぬって可能な限り休息をとるよう心がける事にした。
その甲斐あってか、忙しい事に変わりは無いが以前よりは人心地つけるようになった気がする。
「すっげー癪だしムカつくし嫌で嫌でしょーがねーけど……一応あの馬鹿親父に感謝すべきなのか?これって……」
苦虫を噛み潰したような顔をしながらもシンタローはあの時のマジックの事を思い出して、ふう……と嘆息した。
不本意極まりないが、認めざるをえないだろう。
普段は決して人に見せる事の無い必死の形相で、自分を助けたマジック。強く掴まれ、引き寄せられた腕は後で見たら少しだけその部分が鬱血していた。
「……」
シンタローは無意識に、その腕を服の上からそっとさする。
自分はマジックと血の繋がりが無いのに。
本当の息子じゃないと知った今でも、昔と変わらずマジックは真っ直ぐに腕を伸ばす。シンタローの方へと。
「……ムカつく」
心のどこかでそれを、まぁ悪くはないと思っている自分がいるのに気付いてしまい、シンタローは小さく呟いて机に突っ伏した。
いつまで経っても子離れ出来ないマジックにうんざりしていた筈なのに、これでは自分も親離れ出来ていないように感じられる。
それだけは絶っっっ対イヤだ!と思って、シンタローは「あ~もう、サイアクだ!俺も奈落!?」と愚痴りながら長い髪をヤケになったようにくしゃくしゃと掻き乱した。
キンタローはそんなシンタローを不思議そうに眺めていたが、グンマが件の郵便物を開いて中をゴソゴソと漁っているのに気付き、そちらの方へ注意を向ける。
「――で、結局叔父上は何を送ってきたんだ?」
「んーとね、今見るとこ!何か色々入ってるみたいだよ?」
二人で大きな箱の中を覗き込み――数秒後、グンマの歓声が上がった。
「わぁ、すっごーい!」
「ほう……なるほど、叔父上もあれでなかなかタイミングを読んでいるな」
「ねっ、キンちゃんはどれにする?やっぱりコレ?それともコッチ?」
楽しそうに盛り上がっている二人に、流石に箱の中身が気になってシンタローは顔を上げた。
「……何だよ、何送ってきやがったんだー?あの親父」
えへへ、とグンマは嬉しそうに笑って、シンタローの前に「じゃーん!!コレだよっ」と箱を置いた。
思わず仰け反ったシンタローだが、好奇心に勝てず箱の中を覗き込む。
そして見た事を心底後悔して、「げっ……!」と呻き声を上げた。
「ほらぁ、すごいよね!ハロウィンの仮装セットだよ!魔法使いにドラキュラに、オバケに妖精、フランケンシュタイン……他にもたくさん!これでハロウィンの衣装の心配はしなくてもいいねっ」
グンマは無邪気に喜んで「わ~い!」とバンザイまでし。
キンタローはその隣で「ドラキュラとは人の血を吸う化け物と言われているが、そもそもはヴラド・ツェペシュという実在の人物で、彼をモデルに作家ブラム・ストーカーが……」云々と細かく解説を付け加えている。
シンタローはそんな二人を前に頭痛を覚えながらも「あンの馬鹿親父……」と低く呟いてギリギリと歯軋りをした。。
マジックは純粋にこのお子様二人を喜ばせたいだけなのかもしれないが、過去の赤っ恥体験を思い起こさせるこのプレゼントはシンタローにとっては嫌がらせ以外の何物でもない。
「そぉ~んなにぶっ殺して欲しいのかあのオッサンは。そこまでMに目覚めてたとは知らなかったぜ。……じゃ、今すぐこの俺が思い出さえ残らなくなるまできっっっちり存在を消してあげましょうかねェ~」
「シンタロー、隠蔽工作はお前に向いていないぞ」
「んじゃ派手に殺ってくるから、後の事はオメーがやっといて」
「分かった、それならいい」
「えっ、全然良くないよそれ。キンちゃん、衣装選ぶのは後にして!」
どうやらドラキュラの仮装が気になるらしく、マントの裾をメジャーで測ったりしていたキンタローに珍しくグンマがツッコミを入れた。
そのまま本当にマジックの元へ乗り込みに行きそうなシンタローを一応止めなければ、と思ったグンマはシンタローの興味をひけそうなものを探してキョロキョロと辺りを見回し――ふと、箱に入っている一枚の手紙に気付いた。
「あれ?……ねぇねぇシンちゃんっ、手紙がついてるよー。これって、おとーさまからシンちゃんへなんじゃないかな?」
「ハァ?手紙ぃ?……どれだよ、早くよこせ」
「うん、はいコレ」
「フン……どーせ、くっだらね~内容なんだろうけどな」
読む前から既に嫌な予感がしていたが、シンタローはグンマから手渡された手紙に目を通した。
『――愛するシンちゃんへ。
もうすぐハロウィンだね。
グンちゃんとキンちゃん、そしてもちろんお前の為に、今年はいつにもまして盛大なパーティーを開こうと思っているよ。
シンちゃんとは不幸な事にもう一週間も会えていないけど(シンちゃんの顔を見れなくてパパとっても寂しいよ!)、人づてに聞いたところによると、どうやらもう体調は悪くないらしいね。
安心したよ。これからも無理のし過ぎには注意するんだよ?
お前達にはまだまだ先があるんだからね――』
そこまで読んで、シンタローは少しバツが悪そうに眉を寄せた。
子ども扱いされるのは気に食わないが、マジックの言っている事はもっともだ。
焦っても良い結果はついてこないと先回りして言われたような気がして、また反発したくなったが……それこそ、図星をつかれた子どもの行動だとシンタロー自身ももう分かっている。
親に注意される照れ臭さもあいまって、「はーいはいはい、分かってるっつーの」とわざとぞんざいに頷きながら続きを読む。
『シンちゃんが元気になった事だし、皆で存分にパーティーを楽しもう!
グンちゃんもキンちゃんも張り切っているようだから、ささやかなプレゼントを送るね。
ハロウィンに使う仮装セットさ!もちろん全て私の手作りだよ!
種類豊富だから、好きなものを選びなさい。
子どもの時のようにまた魔法使いさんでもいいよ。あのシンちゃんは可愛かったなぁ~。
格好もそうだけど、とっても素直で純粋でね。本当に魔法をかけられた気分だったよ、パパは(マジカル・トリップさ)。
……でも今のシンちゃんはいわゆる「ツンデレ」とかいうものなのかい?
この前アラシヤマが言っていたんだが(「シンタローはんはツンデレってやつなんどすぅ~。ほんまはわてを大切な、し、心友やって思うてくれはっとるんどすえ!」とか何とか頬を染めながら。パパちょっとイヤな気分になったから、軽くオシオキしといたけどね)。
生憎私にはそのツンデレというものがよく分からないが、シャイで気まぐれでちょーっとワガママな可愛い今のシンちゃんなら…………そうだね、黒猫さんの仮装なんてど』
グシャッ……!!!
最後まで読まずに、シンタローは力いっぱい手紙を握り潰した。
「あ・の・変態親父めぇ~……ちょっと見直したらすぐコレかよっ!?」
憤怒の表情を浮かべ、手紙をビリビリに破いてゴミ箱にきちんと捨てる(几帳面)シンタローの後ろで、グンマがまた新しい仮装を箱から取り出している。
「わ、可愛いなぁ。ほら見て見てシンちゃん、キンちゃん!黒猫さんの仮装セットだよー」
「……?どうやって使うんだ、コレは」
「あはは、じゃあ試しに猫の耳着けてあげるね。キンちゃんちょっと屈んで。……あ、似合う似合う!可愛いよー」
「そうか……だが黒猫なら、黒髪のシンタローの方が映えるだろう」
「それもそうだね。じゃあ次はシンちゃ……」
「断固拒否する。――俺ちょっと野暮用で席外すから、その化け猫セットだけは燃やしておいてくれ」
和やかにじゃれ合っている二人に背を向け、シンタローは過激な愛情表現(という名の壮絶な親子喧嘩)をしに、パパのところへと旅立った。
「フフフ、シンちゃん気に入ってくれたかなぁ~パパからのプレゼント」
「マジック様……今すぐお逃げになられた方がよろしいかと存じますが」
優秀な側近の忠告も聞かず、マジックはウキウキしてハロウィンまでの日数を指折り数えた。
「ハッハッハ!何を心配しているのか知らないが、大丈夫だよ。
だってあの子は――――」
~やっぱりパパが好き~end
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* n o v e l *
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
3/6
「…………ッ!!」
シンタローは声にならない声を上げてバッと跳ね起きた。
心臓が激しく鼓動を刻み、じっとりとした嫌な汗が背中に浮く。
「……ぁ……?」
カラカラに乾いた喉から、寝起き特有のかすれた声がもれる。
シンタローは混乱しながらも、状況を把握する為に辺りを見回した。
綺麗に片付けられ、整頓された部屋。机の上にある時計の秒針。見慣れた靴。枕元にある弟の写真。そして、壁にかけられた赤い総帥服――。
ガンマ団内にある、シンタロー専用の私室だ。
それらが意味するものは。
「………………夢?」
ぼーぜん、と呟き。
シンタローはキツク握り締めていたシーツを離した。
いまだにバクバクしている胸に手を当てて、はぁ~……と大きく息をついた。
「何だよ夢かよ!……くそぉ、せっかくの睡眠が台無しだぜ。親父、ぶっ殺す」
完全に八つ当たりな事を呟いて、シンタローはがしがしと頭をかいた。
総帥としてガンマ団を継いでからというもの、シンタローはその激務故にほとんど休みを取っていなかった。流石にこれ以上は無理だと判断したキンタローによって、ムリヤリ与えられた休息の時間。
その僅かな時間を利用して身体を休める筈だったのだが……。
「何かムダに疲れたな……コタローの夢なら大歓迎だったのによォ。まぁ美少年の俺はイイ感じだったが、親父本気でいらん」
チッ、と舌打ちをして、それでも何故か記憶を追ってしまう。
ハロウィンでの出来事。まだコタローはいなくて、自分もまだ(不本意ながら)マジックを父親として慕っていた頃の思い出。
「……あの後、結局親父がクッションになってくれたんだっけ……?」
間一髪我が子を腕の中に抱き込んだマジックだったが、そのまま階段を転げ落ちた。
シンタローはかすり傷一つ負わなかったが、目を開けて事態を把握すると火がついたように泣き出した。
「パパっ、パパ!目を開けてよ、パパ……!」
マジックは軽い脳震盪を起こしただけだったが、幼いシンタローには分からない。すぐに騒ぎに気付いた者達が駆けつけシンタローはマジックから引き離されたが、シンタローは泣きながら父を呼び続けた。
「やだよパパ!パパっ、パパぁ……!!」
ごめんなさい、と泣きながら謝っていると、マジックが僅かに身じろぎをした。
「……しん、ちゃん……?」
「パパ!パパ!?」
「マジック総帥っ、まだ動かれては……」
案じる部下に緩く手を振って「大丈夫だ……」と告げると、マジックはゆっくりと上体を起こした。
シンタローは自分を父から引き離した者の手を振り切って、マジックに抱きつく。
「ごめ、なさいパパ……!オレが、階段から落ちたりした、からっ」
「……いいんだよシンちゃん。……それより……どこも怪我は無いかい?」
だいじょうぶ、と頷くシンタローに、マジックは心底ほっとしたように微笑んだ。
「そうか……。お前が無事なら、私は構わないよ」
頬に伝う涙を優しく指で拭われて、ますます涙が止まらなくなる。
シンタローはごしごしと乱暴に目を擦って、ごめん、とまた謝った。
「……おじさんがすきって、うそだよ。いや、うそじゃなくてホントにすきだけど……でもオレ、やっぱりパパがすき。パパが一番だいす」
き、と言い終わる前に。
大好きなパパの鼻腔から滝のように噴出した鼻血で、親子は真紅に染まった。
「うわぁ、奈落」
その後、阿鼻叫喚の地獄絵図と化したパーティー会場の惨状まで思い出し、現在のシンタローはげんなりと肩を落とした。途中まではいい話だったのに。
父親の鼻血で溺れかけたというある意味マジカル・トリップな出来事は幼いシンタローのトラウマとなり、美貌のおじさまへの傾倒はこの時確実となった。
トラウマな過去を思い出して朝からブルーな気持ちになったが、それ以上に、いくらまだ幼かったとはいえあのマジックに向かって「パパ大好き!」なんて言っていたとは――あまりにも恥ずかしすぎて、シンタローはその場で壁に頭を打ち付けたくなった。
「えぇいっ、今すぐ消えろ忌まわしい思い出めッ!親父も夢ん中にまで出張してくんじゃねーよ!!」
かなり無理のある八つ当たりをしつつ、シンタローは枕元にある写真立てを引き寄せる。
「ッたく、とんでもねー親父だぜ。あんな危険人物にだけはなりたくねーな。……なぁコタロー」
デレデレと締まりの無い顔で最愛の弟の写真に語りかけ、シンタローは漸くベッドを降りた。ちなみに彼に、自分のブラコンっぷりは父親にそっくりであるという自覚は無い。
床に立って「んーっ」と伸びをすると、シンタローは頭の中で今日一日の予定を組み立て、それを実行するべく動き出した。
* n o v e l *
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
4/6
自室を出ると、そこはトリップ地帯でした。
「なっ……何だこりゃあぁぁぁー!?」
カボチャのランタン、魔法のステッキ、黒いマントにトンガリ帽子――。
甘ったるいお菓子の匂いをプンプンさせて、魔法使いの仮装をした従兄弟が壁に色とりどりの飾り付けをしていた。
「あ、シンちゃん!起きたんだね、おはよー」
「おはようじゃねーよグンマ!おまっ、何やってんだよコレ!?……ああああ、スプレーなんか使ってヘタクソな落書きすんな!オメーはどっかのヤンキーか!?暴走族か!?そういう汚れは落とすの大変なんだぞッ!」
「あはは、早速お母さんみたいな事言ってるね」
「うむ、少し落ち着けシンタロー。このスプレーは俺が、いいか、俺が開発した特製スプレーだ。濡らしたスポンジで軽く擦るだけですぐに文字や絵が消えるという優れものだ。安心しろ」
「ちっとも安心じゃねーよ、つかお前もなに混ざってンだ!止めろよこの馬鹿の暴走をっ!」
紙で作ったお花を丁寧に丁寧に壁に貼り付けていたキンタローは、ふう、と息をついた。
お花の列はきっちりと横一列に並んでいて、一ミリの狂いも無い。
手に定規を持ったままキンタローは満足気に口元を緩めた。
「……どうだシンタロー。これならお前も文句はあるまい」
「大有りだこの天然ボケ」
会話のキャッチボールをしてくれ、と思いながらシンタローはうんざりと頭を押さえた。
キンタローはいつものスーツ姿だが、グンマの格好はどこからどう見てもハロウィンの仮装だとしか思えない。
ごてごてと飾り付けられた団内の壁もよくよく見ると、程よくデフォルメされたコウモリや三日月、定番のカボチャの絵と、ハロウィンらしいものが目立つ。
グンマが描いたカオスな絵や、キンタローの描いた無駄にリアルなドラキュラの絵なども多数存在したが、まぁそこら辺は目を瞑ろう。
「……今日ってハロウィンだったか?」
「ううん、違うよ?でももう10月になったから、待ちきれずに用意しちゃったんだ」
悪びれた様子も無くあっさりと答えられたのでは、怒る気も失せる。
チラリとキンタローの方を見やると、彼は真剣な面持ちで定規を手に、新しく花を貼る場所を検討していた。
「……そういや、キンタローにとっちゃ初めてのハロウィンか」
思い当たって呟くと、グンマは何も言わずにただ微笑んだ。
シンタローは暫し思案してから……仕方ねぇなー、というように苦笑してみせる。
真剣そのもののキンタローは、初めてのハロウィンというイベントに心弾ませているようだ。自分達の子どもの頃を思い出し、シンタローとグンマは思わず顔を見合わせて、小さく笑った。
ガンマ団総帥としてやる事はまだまだ山のようにある。本当はハロウィンに浮かれている場合などではないが――たまにはこんなのも良いだろう。大切な家族の為に。
「うんうん、仲良き事は美しきかな、だね。微笑ましい光景だなぁ、ねぇシンちゃん」
「脈絡も無く現われるな、そして俺の背後に立つな」
お手製のシンタロー人形を抱いてニッコリ笑うマジックに、シンタローは振り向きざまに眼魔砲を放った。
だがあっさりそれは避けられ「シンちゃんは本当に恥ずかしがり屋さんだね」と動じずにコメントまでされて、シンタローのこめかみに青筋が浮く。
先程見た夢まで思い出してしまい、余計にささくれた気分になった。
「ちくしょー、昔も今も奈落だぜ。早く殺るしかない!」
「ハッハッハ、シンちゃんの事は愛してるけど、パパもそう簡単には殺られてあげないぞー」
「テメーの存在そのものがバッド・トリップ……!」
一瞬、まだ見ぬ毒キノコ(背中にしねじと書いてある)がシンタローの脳裏を駆け抜けた。
「え、なに今の不吉な予知夢。久しぶりにナマモノの予感?」
「どうしたシンタロー。何か嫌な夢でも見たのか?」
「うん、何か近い将来に嫌なキノコとお知り合いになる予感がする」
「えっ!?スゴイやシンちゃん!ボクもキノコと友達になりたいな~」
「菌類と友情を育むな。アラシヤマみたいになりてーのかグンマ!?」
「ほう。キノコが食べたいのなら、パパが最高級のキノコを取り寄せてあげようか?シンちゃん」
「よぉーし、一口で致死量に達する最凶のキノコ持ってこい親父」
「ハッハッハ!そんな禍々しいキノコ何に使う気なのかな~?」
暫く和やかに(?)親族で語り合っていたが、シンタローはグンマの関心がまたハロウィンの飾り付けに向いているのに気付いた。
「……おい。グンマ、キンタロー。今日の昼までにキリがいい所まで終わらせろよ」
「なに?だが、俺はお前の補佐という仕事が……」
「いーからいーから。俺はゆっくり休ませて貰った事だし、オメーらも息抜きしろよ。……飾りつけすんの、楽しいんだろ?」
図星をつかれたらしく黙りこんだキンタローに、シンタローは可笑しそうに笑った。
「ただし、オメーらは加減てもんを知らねーからな。息抜きで疲れちまったら意味ねーし、一応昼までを区切りにしろ。で、続きはまた明日。――OK?」
「うんっ、ありがとうシンちゃん!」
「……了解した、シンタロー」
小さい子どもを見るような目でグンマとキンタローを眺め、シンタローはおう、と頷いてニッと笑った。
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
3/6
「…………ッ!!」
シンタローは声にならない声を上げてバッと跳ね起きた。
心臓が激しく鼓動を刻み、じっとりとした嫌な汗が背中に浮く。
「……ぁ……?」
カラカラに乾いた喉から、寝起き特有のかすれた声がもれる。
シンタローは混乱しながらも、状況を把握する為に辺りを見回した。
綺麗に片付けられ、整頓された部屋。机の上にある時計の秒針。見慣れた靴。枕元にある弟の写真。そして、壁にかけられた赤い総帥服――。
ガンマ団内にある、シンタロー専用の私室だ。
それらが意味するものは。
「………………夢?」
ぼーぜん、と呟き。
シンタローはキツク握り締めていたシーツを離した。
いまだにバクバクしている胸に手を当てて、はぁ~……と大きく息をついた。
「何だよ夢かよ!……くそぉ、せっかくの睡眠が台無しだぜ。親父、ぶっ殺す」
完全に八つ当たりな事を呟いて、シンタローはがしがしと頭をかいた。
総帥としてガンマ団を継いでからというもの、シンタローはその激務故にほとんど休みを取っていなかった。流石にこれ以上は無理だと判断したキンタローによって、ムリヤリ与えられた休息の時間。
その僅かな時間を利用して身体を休める筈だったのだが……。
「何かムダに疲れたな……コタローの夢なら大歓迎だったのによォ。まぁ美少年の俺はイイ感じだったが、親父本気でいらん」
チッ、と舌打ちをして、それでも何故か記憶を追ってしまう。
ハロウィンでの出来事。まだコタローはいなくて、自分もまだ(不本意ながら)マジックを父親として慕っていた頃の思い出。
「……あの後、結局親父がクッションになってくれたんだっけ……?」
間一髪我が子を腕の中に抱き込んだマジックだったが、そのまま階段を転げ落ちた。
シンタローはかすり傷一つ負わなかったが、目を開けて事態を把握すると火がついたように泣き出した。
「パパっ、パパ!目を開けてよ、パパ……!」
マジックは軽い脳震盪を起こしただけだったが、幼いシンタローには分からない。すぐに騒ぎに気付いた者達が駆けつけシンタローはマジックから引き離されたが、シンタローは泣きながら父を呼び続けた。
「やだよパパ!パパっ、パパぁ……!!」
ごめんなさい、と泣きながら謝っていると、マジックが僅かに身じろぎをした。
「……しん、ちゃん……?」
「パパ!パパ!?」
「マジック総帥っ、まだ動かれては……」
案じる部下に緩く手を振って「大丈夫だ……」と告げると、マジックはゆっくりと上体を起こした。
シンタローは自分を父から引き離した者の手を振り切って、マジックに抱きつく。
「ごめ、なさいパパ……!オレが、階段から落ちたりした、からっ」
「……いいんだよシンちゃん。……それより……どこも怪我は無いかい?」
だいじょうぶ、と頷くシンタローに、マジックは心底ほっとしたように微笑んだ。
「そうか……。お前が無事なら、私は構わないよ」
頬に伝う涙を優しく指で拭われて、ますます涙が止まらなくなる。
シンタローはごしごしと乱暴に目を擦って、ごめん、とまた謝った。
「……おじさんがすきって、うそだよ。いや、うそじゃなくてホントにすきだけど……でもオレ、やっぱりパパがすき。パパが一番だいす」
き、と言い終わる前に。
大好きなパパの鼻腔から滝のように噴出した鼻血で、親子は真紅に染まった。
「うわぁ、奈落」
その後、阿鼻叫喚の地獄絵図と化したパーティー会場の惨状まで思い出し、現在のシンタローはげんなりと肩を落とした。途中まではいい話だったのに。
父親の鼻血で溺れかけたというある意味マジカル・トリップな出来事は幼いシンタローのトラウマとなり、美貌のおじさまへの傾倒はこの時確実となった。
トラウマな過去を思い出して朝からブルーな気持ちになったが、それ以上に、いくらまだ幼かったとはいえあのマジックに向かって「パパ大好き!」なんて言っていたとは――あまりにも恥ずかしすぎて、シンタローはその場で壁に頭を打ち付けたくなった。
「えぇいっ、今すぐ消えろ忌まわしい思い出めッ!親父も夢ん中にまで出張してくんじゃねーよ!!」
かなり無理のある八つ当たりをしつつ、シンタローは枕元にある写真立てを引き寄せる。
「ッたく、とんでもねー親父だぜ。あんな危険人物にだけはなりたくねーな。……なぁコタロー」
デレデレと締まりの無い顔で最愛の弟の写真に語りかけ、シンタローは漸くベッドを降りた。ちなみに彼に、自分のブラコンっぷりは父親にそっくりであるという自覚は無い。
床に立って「んーっ」と伸びをすると、シンタローは頭の中で今日一日の予定を組み立て、それを実行するべく動き出した。
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自室を出ると、そこはトリップ地帯でした。
「なっ……何だこりゃあぁぁぁー!?」
カボチャのランタン、魔法のステッキ、黒いマントにトンガリ帽子――。
甘ったるいお菓子の匂いをプンプンさせて、魔法使いの仮装をした従兄弟が壁に色とりどりの飾り付けをしていた。
「あ、シンちゃん!起きたんだね、おはよー」
「おはようじゃねーよグンマ!おまっ、何やってんだよコレ!?……ああああ、スプレーなんか使ってヘタクソな落書きすんな!オメーはどっかのヤンキーか!?暴走族か!?そういう汚れは落とすの大変なんだぞッ!」
「あはは、早速お母さんみたいな事言ってるね」
「うむ、少し落ち着けシンタロー。このスプレーは俺が、いいか、俺が開発した特製スプレーだ。濡らしたスポンジで軽く擦るだけですぐに文字や絵が消えるという優れものだ。安心しろ」
「ちっとも安心じゃねーよ、つかお前もなに混ざってンだ!止めろよこの馬鹿の暴走をっ!」
紙で作ったお花を丁寧に丁寧に壁に貼り付けていたキンタローは、ふう、と息をついた。
お花の列はきっちりと横一列に並んでいて、一ミリの狂いも無い。
手に定規を持ったままキンタローは満足気に口元を緩めた。
「……どうだシンタロー。これならお前も文句はあるまい」
「大有りだこの天然ボケ」
会話のキャッチボールをしてくれ、と思いながらシンタローはうんざりと頭を押さえた。
キンタローはいつものスーツ姿だが、グンマの格好はどこからどう見てもハロウィンの仮装だとしか思えない。
ごてごてと飾り付けられた団内の壁もよくよく見ると、程よくデフォルメされたコウモリや三日月、定番のカボチャの絵と、ハロウィンらしいものが目立つ。
グンマが描いたカオスな絵や、キンタローの描いた無駄にリアルなドラキュラの絵なども多数存在したが、まぁそこら辺は目を瞑ろう。
「……今日ってハロウィンだったか?」
「ううん、違うよ?でももう10月になったから、待ちきれずに用意しちゃったんだ」
悪びれた様子も無くあっさりと答えられたのでは、怒る気も失せる。
チラリとキンタローの方を見やると、彼は真剣な面持ちで定規を手に、新しく花を貼る場所を検討していた。
「……そういや、キンタローにとっちゃ初めてのハロウィンか」
思い当たって呟くと、グンマは何も言わずにただ微笑んだ。
シンタローは暫し思案してから……仕方ねぇなー、というように苦笑してみせる。
真剣そのもののキンタローは、初めてのハロウィンというイベントに心弾ませているようだ。自分達の子どもの頃を思い出し、シンタローとグンマは思わず顔を見合わせて、小さく笑った。
ガンマ団総帥としてやる事はまだまだ山のようにある。本当はハロウィンに浮かれている場合などではないが――たまにはこんなのも良いだろう。大切な家族の為に。
「うんうん、仲良き事は美しきかな、だね。微笑ましい光景だなぁ、ねぇシンちゃん」
「脈絡も無く現われるな、そして俺の背後に立つな」
お手製のシンタロー人形を抱いてニッコリ笑うマジックに、シンタローは振り向きざまに眼魔砲を放った。
だがあっさりそれは避けられ「シンちゃんは本当に恥ずかしがり屋さんだね」と動じずにコメントまでされて、シンタローのこめかみに青筋が浮く。
先程見た夢まで思い出してしまい、余計にささくれた気分になった。
「ちくしょー、昔も今も奈落だぜ。早く殺るしかない!」
「ハッハッハ、シンちゃんの事は愛してるけど、パパもそう簡単には殺られてあげないぞー」
「テメーの存在そのものがバッド・トリップ……!」
一瞬、まだ見ぬ毒キノコ(背中にしねじと書いてある)がシンタローの脳裏を駆け抜けた。
「え、なに今の不吉な予知夢。久しぶりにナマモノの予感?」
「どうしたシンタロー。何か嫌な夢でも見たのか?」
「うん、何か近い将来に嫌なキノコとお知り合いになる予感がする」
「えっ!?スゴイやシンちゃん!ボクもキノコと友達になりたいな~」
「菌類と友情を育むな。アラシヤマみたいになりてーのかグンマ!?」
「ほう。キノコが食べたいのなら、パパが最高級のキノコを取り寄せてあげようか?シンちゃん」
「よぉーし、一口で致死量に達する最凶のキノコ持ってこい親父」
「ハッハッハ!そんな禍々しいキノコ何に使う気なのかな~?」
暫く和やかに(?)親族で語り合っていたが、シンタローはグンマの関心がまたハロウィンの飾り付けに向いているのに気付いた。
「……おい。グンマ、キンタロー。今日の昼までにキリがいい所まで終わらせろよ」
「なに?だが、俺はお前の補佐という仕事が……」
「いーからいーから。俺はゆっくり休ませて貰った事だし、オメーらも息抜きしろよ。……飾りつけすんの、楽しいんだろ?」
図星をつかれたらしく黙りこんだキンタローに、シンタローは可笑しそうに笑った。
「ただし、オメーらは加減てもんを知らねーからな。息抜きで疲れちまったら意味ねーし、一応昼までを区切りにしろ。で、続きはまた明日。――OK?」
「うんっ、ありがとうシンちゃん!」
「……了解した、シンタロー」
小さい子どもを見るような目でグンマとキンタローを眺め、シンタローはおう、と頷いてニッと笑った。
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PAPUWA~やっぱりパパが好き~
1/6
カボチャのランタン、魔法のステッキ、黒いマントにトンガリ帽子。
戦利品を腕いっぱいに抱いて駆け寄れば、世界一のパパが最高の笑顔で迎えてくれる。
「やぁシンちゃん、お菓子はいっぱい貰えたかな?」
「うん!もちろんだよパパ。ほら見て、オレが一番だよ!」
持ちきれないお菓子は他の子にあげてきた、と答えると、大きな手で優しく頬を撫でられる。
そのまま抱き上げられて、ポケットに入れていた幾つかのキャンディが足元に転がり落ちた。
カラフルな色彩の包み紙は、見ているだけで心が弾んでくる。
「パパのシンちゃんが一番可愛いからね!パパもシンちゃんの為に、た~くさん甘くて美味しいお菓子を用意したんだよ」
それこそとろけるように甘い声と笑顔で告げ、マジックは最愛の息子に頬ずりをした。
シンタローの小さな手はお菓子で塞がっているので、仕方なく肘で父親の顔を押し退け牽制する。
「ありがとうパパ。でもうっとーしーよ。それにお菓子いっぱいあるから、もういらない」
「しっ、シンちゃん……!鬱陶しいってパパの事が嫌いになったのかい!?」
「ううん、キライじゃないよ。でもくっつかれるとジャマだもん」
邪気の無い笑顔でさらりとマジックの心にナイフを突き刺すと、シンタローの興味はもう他へ移ってしまったのか、辺りをキョロキョロと見回し出す。
ただ戦利品を父親に自慢しに来ただけらしい。
少し離れた場所に従兄弟の姿を見つけ、「パパ!オレ、グンマのとこ行って来る」と言ってマジックの腕の中から飛び降りようとする。
身体を屈めてそんな息子をそっと床に降ろしてやり、マジックは「いいかいシンちゃん?」と言い含めるようにシンタローと目を合わす。
「絶対パパの所へ帰って来るんだよ!知らない人にお菓子貰ってもついて行っちゃダメだからね?というかパパが作ったお菓子以外は食べちゃダメだ、後でパパとお菓子を食べるんだよ!」
「お菓子もらってきた意味ないじゃん。ていうかパパ、このパーティー会場は貸し切りってやつなんでしょ?知らないヤツはそもそもいないよ」
シンタローが退屈しないように、そして華やかなパーティーを楽しめるように、会場は多くの大人と子ども達で溢れかえっている。
だが彼らは皆、マジックが手配して連れてきた信頼のおける者達だ。シンタローにとっても、今まで会った事のある見知った顔ばかりだ。
もっともな事を言うシンタローにマジックはそれでもダメ!と念を押す。
「だってシンちゃんはこんなに可愛いんだもん!しかも今日はいつにも増して可愛い姿なんだから……いつ誰に誘拐されるか分からないだろう!?」
黒い服をズルズルと引きずって、頭には大きなトンガリ帽子。魔法のステッキは今は邪魔だから一旦パパに預けて……いわゆる魔法使いの格好だ。
「こんなシンちゃんに上目遣いで見つめられて『Trick or Treat!』なんて言われてごらん!お菓子をあげるどころかパパの方がシンちゃんを貰いたくなっちゃうよ!!」
「うわぁ、パパ誘拐犯の素質ありだね」
「ハッハッハ、じゃあシンちゃんは魔法使い見習いさんだよ。パパのハートはいつでもシンちゃんにマジカル・トリップしてるからね」
「それってバッドトリップ?」
誰が教えたんだいそんな事!?と取り乱すマジックに、「びぼーのオジサマと高松!」という非常に分かり易い答えを返して、小さな魔法使いは従兄弟のもとへと駆け出した。
後ろで世界一(親バカ)のパパが「シンちゃんカムバック……!」とか何とか叫んでいたが、シンタローは甘いお菓子の匂いだけを残して、軽やかに立ち去った。
「よォ、グンマ!お前も来てたんだな」
声を掛けると、白いシーツのようなものを頭からすっぽり被っている従兄弟が「ん?」と振り向いた。
定番のオバケの仮装らしい。シンタローと同じように裾を引きずっているが、グンマの方は今にも転んでしまいそうな危なっかしさがある。
シンタローの姿を認めると、グンマは嬉しそうに笑ってパタパタと寄ってきた。
「わーい、シンちゃんだ!シンちゃんはマホーつかいさんなんだね。ボクはオバケなんだよ~」
屈託のない笑顔で言うと、ふと何かを思い出したように立ち止まって困ったように眉を寄せる。
「――あ、え~っとえーと……おまねき、ありがとーございます。それと、ハロウィンおめでとー!……だよね、高松?」」
「ええ、そうですよグンマ様。よく言えましたねぇ~」
どうやらあらかじめ挨拶を仕込まれていたらしい。隣に立つ高松が鼻血を垂らしながら褒めてやると、グンマは得意そうに胸を張った。
「うん、こちらこそ。来てくれてサンキュー!でもハロウィンおめでとうってのは変じゃねぇ?」
「そんな事ないよー。だって楽しいもんハロウィン!楽しい事はみんなおめでとーで合ってるんだよっ」
「えー、そういうもん?」
「そーゆーもん!!」
「フーン……」
笑顔で断言されると、首を傾げていたシンタローも「ま、いっか」と笑い返す。
「ほら、見てみろよグンマ!オレが他のヤツらからもらったお菓子。いっぱいあるだろー?」
「わ~っ!すごいねシンちゃん!ボクももらったけど、シンちゃんの方が多いや」
「グンマのどれ?」
あれ、と指差されたお菓子は全て高松が持っている。
グンマを恍惚とした表情で見つめて鼻血を垂らしているやたらガタイのいい男――お菓子で子どもを誘い出そうとする誘拐犯に見えなくもない。
そしてその隣で能天気に笑っている美少年(グンマ)。
パパが心配しているのはこういう事か、とシンタローは深く納得した。
「じゃ、オレの分も持ってろよ高松。動くのにジャマだからさ」
「ハイハイ。……まったく、ワガママなお子様ですねぇ~。親の顔が見たいですよ」
ブツブツとぼやく変態はとりあえず無視してお菓子を預けると、シンタローはグンマと一緒に「Trick or Treat!」と魔法の呪文を楽しげに唱えて、会場中をねり歩いた。
* n o v e l *
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
2/6
「パパただいまー」
「おかえりシンちゃんッッ!!!」
更に増えた戦利品を大きな袋に詰めて引きずるようにしながら戻ってきた息子を、マジックは熱烈に歓迎した。
ダバダバと滝のような涙を流しながらキツク抱きしめ、嫌がるシンタローにしつこく頬ずりをする。
「待ってたよシンちゃんッ!あと一秒遅かったらパパ捜索隊組んでたかもしれない!!」
「オオゲサだよパパー。サービスおじさんみたいにユーガに待っててよ」
「……それは……パパが優雅じゃないって事かい?」
ガッチリと拘束する腕は外さないまま少しだけ顔を離して訊ねると、シンタローはあっさり頷いた。
「うん。しつこいオトコは嫌われる、パパみたいなヨユーのない大人になっちゃダメだよってこの前サービスおじさんが言ってた」
「さり気なく父親不信になるような事を吹き込まれてるねシンちゃん」
ハハハ、とあくまで爽やかに笑いつつ「素直なのはお前のいい所だけど今すぐ忘れなさい」とやわらかく注意をしてマジックはシンタローを放した。
なんで?と首を傾げているシンタローに「純粋なシンちゃんが汚されるからだよ」と答えながら懐から「悪い子の記録(双子のモンチッチ編)」と書かれたノートを取り出し、ササッと何やら書き込む。
「サービス、おこづかいダウン……と」
「何してるのパパ?」
「ハハハ、何でもないよシンちゃん。ところで……」
ノートをしまいながらコホン、と咳払いをし、さり気なさを装って話を振る。
「し、シンちゃんはサービスを気に入ってるようだねぇ。ずいぶん懐いちゃって、パパちょっとだけ寂しいな~なんて……」
ドキドキしながらチラリチラリ、とシンタローを横目で窺う。
シンタローはそんなマジックを不思議そうに眺めている。
マジックはごくり、と唾を飲み込むと、意を決してその問いを口にした。
きっと大丈夫、息子の愛情を信じ・ろ☆と自分に言い聞かせて。
「でもどんなにアイツに懐いたとしてもっ、シンちゃんが世界で一番だ~い好きvなのはとーーーぜんこのパ」
「サービスおじさん!」
――――――迷い無く答えたシンタローに、一瞬で空気が凍る。
遠くの方で、高松がグンマを連れてさり気なく場所を移動した(「さぁグンマ様、あちらの方へ行きましょうねぇ~」「えー?どうして高松?」「大人気ない親父に八つ当たりされるかもしれないからですよ」)。
だがマジックは何とか持ち直し、
「……ハハハ、やだなぁパパとした事が。今幻聴が聞こえちゃったよ。さぁシンちゃん!教えておくれッ、お前が一番好きなのは……」
「びぼーのオジサマ!」
――One more please?
「……恥ずかしがらなくていいんだよシンちゃん、素直に」
「素直におじさん」
現実見ろよ、と真顔で答えた息子に、マジックは心が折れて泣き崩れた。
だがマジックの発した次の言葉に、シンタローは「ええーっ!?」と不満の声を上げた。
「シンちゃんの11月のおこづかい、大幅カット!」
「何でだよパパ!?」
「パパの深い愛情を受け取ってくれない悪い子のシンちゃんには、オシオキが必要だからさ」
「ゼンゼン関係ねーじゃん!そういうの、シットに駆られた男のリフジンな仕打ちって言うんだろっ」
「ハッハッハ、まぁ~たあの愚弟と変態ドクターの入れ知恵か。双子のモンチッチ、おこづかい無し。高松、減給」
さり気なくハーレムが巻き添えを食ったが、親子は気にも留めなかった。
シンタローは不満いっぱいの顔でマジックを睨みつけるが、当のマジックは「あぁ、シンちゃんのそんな顔も可愛いなぁ~」と呑気に悦っている。
らちがあかない事に気付き、シンタローはクルッとマジックに背を向けてスタスタと歩き出した。
駄々をこねるか怒って向かってくるか――と考えていたマジックは予想外の息子の行動に驚き、慌てて後を追った。
「シンちゃん、怒っているのかい?」
「……」
当たりめぇだろ、という黒いオーラが漂う。
シンタローは懸命にマジックを引き離そうとするが、大人と子ども……それもかなりの長身の部類に入るマジックとでは、歩幅が違いすぎる。
マジックの方もシンタローの意地が分かるので簡単に追いついて捕まえるには気が引けてしまい、どうしたものか……と思案しながら少し遅れて後をついていく。
だがその行為が余計にシンタローの感情を逆撫でする。しかもずるずると引きずっているマントの裾が時折足元に絡みついて、油断すると転びそうになる。
広い会場を一周したところでシンタローはついに我慢できなくなって振り返った。
「~~~っ、もう!ついてくンなよパ……!」
パパ、と続けようとして。
不意に足元が滑った。
え、と思う間もなく身体が宙に浮く。そこがちょうど運悪く階段の上だったと気付いたのは、追いかけて来た父親の形相を見てからだ。
「……っ、シンタローッ!!!」
伸ばされる腕。驚愕したマジックの表情。切羽詰った叫び。一瞬の浮遊感。――そして、こんな状況にはひどく不似合いな、甘いお菓子の香り。
――――パパ――――
応えるようにマジックを呼んで。
シンタローは、目を覚ました。
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
1/6
カボチャのランタン、魔法のステッキ、黒いマントにトンガリ帽子。
戦利品を腕いっぱいに抱いて駆け寄れば、世界一のパパが最高の笑顔で迎えてくれる。
「やぁシンちゃん、お菓子はいっぱい貰えたかな?」
「うん!もちろんだよパパ。ほら見て、オレが一番だよ!」
持ちきれないお菓子は他の子にあげてきた、と答えると、大きな手で優しく頬を撫でられる。
そのまま抱き上げられて、ポケットに入れていた幾つかのキャンディが足元に転がり落ちた。
カラフルな色彩の包み紙は、見ているだけで心が弾んでくる。
「パパのシンちゃんが一番可愛いからね!パパもシンちゃんの為に、た~くさん甘くて美味しいお菓子を用意したんだよ」
それこそとろけるように甘い声と笑顔で告げ、マジックは最愛の息子に頬ずりをした。
シンタローの小さな手はお菓子で塞がっているので、仕方なく肘で父親の顔を押し退け牽制する。
「ありがとうパパ。でもうっとーしーよ。それにお菓子いっぱいあるから、もういらない」
「しっ、シンちゃん……!鬱陶しいってパパの事が嫌いになったのかい!?」
「ううん、キライじゃないよ。でもくっつかれるとジャマだもん」
邪気の無い笑顔でさらりとマジックの心にナイフを突き刺すと、シンタローの興味はもう他へ移ってしまったのか、辺りをキョロキョロと見回し出す。
ただ戦利品を父親に自慢しに来ただけらしい。
少し離れた場所に従兄弟の姿を見つけ、「パパ!オレ、グンマのとこ行って来る」と言ってマジックの腕の中から飛び降りようとする。
身体を屈めてそんな息子をそっと床に降ろしてやり、マジックは「いいかいシンちゃん?」と言い含めるようにシンタローと目を合わす。
「絶対パパの所へ帰って来るんだよ!知らない人にお菓子貰ってもついて行っちゃダメだからね?というかパパが作ったお菓子以外は食べちゃダメだ、後でパパとお菓子を食べるんだよ!」
「お菓子もらってきた意味ないじゃん。ていうかパパ、このパーティー会場は貸し切りってやつなんでしょ?知らないヤツはそもそもいないよ」
シンタローが退屈しないように、そして華やかなパーティーを楽しめるように、会場は多くの大人と子ども達で溢れかえっている。
だが彼らは皆、マジックが手配して連れてきた信頼のおける者達だ。シンタローにとっても、今まで会った事のある見知った顔ばかりだ。
もっともな事を言うシンタローにマジックはそれでもダメ!と念を押す。
「だってシンちゃんはこんなに可愛いんだもん!しかも今日はいつにも増して可愛い姿なんだから……いつ誰に誘拐されるか分からないだろう!?」
黒い服をズルズルと引きずって、頭には大きなトンガリ帽子。魔法のステッキは今は邪魔だから一旦パパに預けて……いわゆる魔法使いの格好だ。
「こんなシンちゃんに上目遣いで見つめられて『Trick or Treat!』なんて言われてごらん!お菓子をあげるどころかパパの方がシンちゃんを貰いたくなっちゃうよ!!」
「うわぁ、パパ誘拐犯の素質ありだね」
「ハッハッハ、じゃあシンちゃんは魔法使い見習いさんだよ。パパのハートはいつでもシンちゃんにマジカル・トリップしてるからね」
「それってバッドトリップ?」
誰が教えたんだいそんな事!?と取り乱すマジックに、「びぼーのオジサマと高松!」という非常に分かり易い答えを返して、小さな魔法使いは従兄弟のもとへと駆け出した。
後ろで世界一(親バカ)のパパが「シンちゃんカムバック……!」とか何とか叫んでいたが、シンタローは甘いお菓子の匂いだけを残して、軽やかに立ち去った。
「よォ、グンマ!お前も来てたんだな」
声を掛けると、白いシーツのようなものを頭からすっぽり被っている従兄弟が「ん?」と振り向いた。
定番のオバケの仮装らしい。シンタローと同じように裾を引きずっているが、グンマの方は今にも転んでしまいそうな危なっかしさがある。
シンタローの姿を認めると、グンマは嬉しそうに笑ってパタパタと寄ってきた。
「わーい、シンちゃんだ!シンちゃんはマホーつかいさんなんだね。ボクはオバケなんだよ~」
屈託のない笑顔で言うと、ふと何かを思い出したように立ち止まって困ったように眉を寄せる。
「――あ、え~っとえーと……おまねき、ありがとーございます。それと、ハロウィンおめでとー!……だよね、高松?」」
「ええ、そうですよグンマ様。よく言えましたねぇ~」
どうやらあらかじめ挨拶を仕込まれていたらしい。隣に立つ高松が鼻血を垂らしながら褒めてやると、グンマは得意そうに胸を張った。
「うん、こちらこそ。来てくれてサンキュー!でもハロウィンおめでとうってのは変じゃねぇ?」
「そんな事ないよー。だって楽しいもんハロウィン!楽しい事はみんなおめでとーで合ってるんだよっ」
「えー、そういうもん?」
「そーゆーもん!!」
「フーン……」
笑顔で断言されると、首を傾げていたシンタローも「ま、いっか」と笑い返す。
「ほら、見てみろよグンマ!オレが他のヤツらからもらったお菓子。いっぱいあるだろー?」
「わ~っ!すごいねシンちゃん!ボクももらったけど、シンちゃんの方が多いや」
「グンマのどれ?」
あれ、と指差されたお菓子は全て高松が持っている。
グンマを恍惚とした表情で見つめて鼻血を垂らしているやたらガタイのいい男――お菓子で子どもを誘い出そうとする誘拐犯に見えなくもない。
そしてその隣で能天気に笑っている美少年(グンマ)。
パパが心配しているのはこういう事か、とシンタローは深く納得した。
「じゃ、オレの分も持ってろよ高松。動くのにジャマだからさ」
「ハイハイ。……まったく、ワガママなお子様ですねぇ~。親の顔が見たいですよ」
ブツブツとぼやく変態はとりあえず無視してお菓子を預けると、シンタローはグンマと一緒に「Trick or Treat!」と魔法の呪文を楽しげに唱えて、会場中をねり歩いた。
* n o v e l *
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
2/6
「パパただいまー」
「おかえりシンちゃんッッ!!!」
更に増えた戦利品を大きな袋に詰めて引きずるようにしながら戻ってきた息子を、マジックは熱烈に歓迎した。
ダバダバと滝のような涙を流しながらキツク抱きしめ、嫌がるシンタローにしつこく頬ずりをする。
「待ってたよシンちゃんッ!あと一秒遅かったらパパ捜索隊組んでたかもしれない!!」
「オオゲサだよパパー。サービスおじさんみたいにユーガに待っててよ」
「……それは……パパが優雅じゃないって事かい?」
ガッチリと拘束する腕は外さないまま少しだけ顔を離して訊ねると、シンタローはあっさり頷いた。
「うん。しつこいオトコは嫌われる、パパみたいなヨユーのない大人になっちゃダメだよってこの前サービスおじさんが言ってた」
「さり気なく父親不信になるような事を吹き込まれてるねシンちゃん」
ハハハ、とあくまで爽やかに笑いつつ「素直なのはお前のいい所だけど今すぐ忘れなさい」とやわらかく注意をしてマジックはシンタローを放した。
なんで?と首を傾げているシンタローに「純粋なシンちゃんが汚されるからだよ」と答えながら懐から「悪い子の記録(双子のモンチッチ編)」と書かれたノートを取り出し、ササッと何やら書き込む。
「サービス、おこづかいダウン……と」
「何してるのパパ?」
「ハハハ、何でもないよシンちゃん。ところで……」
ノートをしまいながらコホン、と咳払いをし、さり気なさを装って話を振る。
「し、シンちゃんはサービスを気に入ってるようだねぇ。ずいぶん懐いちゃって、パパちょっとだけ寂しいな~なんて……」
ドキドキしながらチラリチラリ、とシンタローを横目で窺う。
シンタローはそんなマジックを不思議そうに眺めている。
マジックはごくり、と唾を飲み込むと、意を決してその問いを口にした。
きっと大丈夫、息子の愛情を信じ・ろ☆と自分に言い聞かせて。
「でもどんなにアイツに懐いたとしてもっ、シンちゃんが世界で一番だ~い好きvなのはとーーーぜんこのパ」
「サービスおじさん!」
――――――迷い無く答えたシンタローに、一瞬で空気が凍る。
遠くの方で、高松がグンマを連れてさり気なく場所を移動した(「さぁグンマ様、あちらの方へ行きましょうねぇ~」「えー?どうして高松?」「大人気ない親父に八つ当たりされるかもしれないからですよ」)。
だがマジックは何とか持ち直し、
「……ハハハ、やだなぁパパとした事が。今幻聴が聞こえちゃったよ。さぁシンちゃん!教えておくれッ、お前が一番好きなのは……」
「びぼーのオジサマ!」
――One more please?
「……恥ずかしがらなくていいんだよシンちゃん、素直に」
「素直におじさん」
現実見ろよ、と真顔で答えた息子に、マジックは心が折れて泣き崩れた。
だがマジックの発した次の言葉に、シンタローは「ええーっ!?」と不満の声を上げた。
「シンちゃんの11月のおこづかい、大幅カット!」
「何でだよパパ!?」
「パパの深い愛情を受け取ってくれない悪い子のシンちゃんには、オシオキが必要だからさ」
「ゼンゼン関係ねーじゃん!そういうの、シットに駆られた男のリフジンな仕打ちって言うんだろっ」
「ハッハッハ、まぁ~たあの愚弟と変態ドクターの入れ知恵か。双子のモンチッチ、おこづかい無し。高松、減給」
さり気なくハーレムが巻き添えを食ったが、親子は気にも留めなかった。
シンタローは不満いっぱいの顔でマジックを睨みつけるが、当のマジックは「あぁ、シンちゃんのそんな顔も可愛いなぁ~」と呑気に悦っている。
らちがあかない事に気付き、シンタローはクルッとマジックに背を向けてスタスタと歩き出した。
駄々をこねるか怒って向かってくるか――と考えていたマジックは予想外の息子の行動に驚き、慌てて後を追った。
「シンちゃん、怒っているのかい?」
「……」
当たりめぇだろ、という黒いオーラが漂う。
シンタローは懸命にマジックを引き離そうとするが、大人と子ども……それもかなりの長身の部類に入るマジックとでは、歩幅が違いすぎる。
マジックの方もシンタローの意地が分かるので簡単に追いついて捕まえるには気が引けてしまい、どうしたものか……と思案しながら少し遅れて後をついていく。
だがその行為が余計にシンタローの感情を逆撫でする。しかもずるずると引きずっているマントの裾が時折足元に絡みついて、油断すると転びそうになる。
広い会場を一周したところでシンタローはついに我慢できなくなって振り返った。
「~~~っ、もう!ついてくンなよパ……!」
パパ、と続けようとして。
不意に足元が滑った。
え、と思う間もなく身体が宙に浮く。そこがちょうど運悪く階段の上だったと気付いたのは、追いかけて来た父親の形相を見てからだ。
「……っ、シンタローッ!!!」
伸ばされる腕。驚愕したマジックの表情。切羽詰った叫び。一瞬の浮遊感。――そして、こんな状況にはひどく不似合いな、甘いお菓子の香り。
――――パパ――――
応えるようにマジックを呼んで。
シンタローは、目を覚ました。
しらゆきひめ
「白雪姫は、かわいそうね」
僕はシンちゃんと絵本を広げている。
雪がふっている。おにわで小さな雪だるまを作って、そのあと雪がっせんをした。僕はとちゅうで泣いてしまって、シンちゃんはおこったようなこまったような顔で「泣くな」といった。
「ほら、グンマ、行くぞ」
シンちゃんの手をぎゅってにぎったら、なみだがとまった。
きがえてお昼ごはんのあとは、たかまつに「中にいてください」って言われて、絵本のじかん。
シンちゃんは「赤ちゃんみたいだ」ってぶつぶつ言ってたけど、たまにはいいよね。
たかまつがもってきてくれた絵本は、白雪姫だった。
お母さまがいなくなった白雪姫がかわいそうで、僕はため息をつく。
それに、あたらしいお母さまはまじょなんだ。とってもこわい。
「ハーレムおじさんは、サービスおじさんのことまじょっていってる」
「でもサービスおじさまはこわくないよ」
「こわくないね」
「ふしぎだね」
雪がふるお外はしずかだ。絵本をめくる音だけがきこえる。
おきさきさまになったお母さまは、自分がせかいでいちばんきれいだと思ってる。
「ずうずうしいね」
絵を見た僕が思わずいったら、シンちゃんがわらって僕をおした。
だってこの絵で見ると、あんまりきれいじゃないもの。
まほうの鏡だってそう思ったみたい。「せかいでいちばんきれいなのはだぁれ」っていわれて、「白雪姫です」っていっちゃった。
「―――このお姫さまって、シンちゃんみたいだね」
しろいはだ。
くろいかみ。
あかいくちびる。
「僕は男の子だからお姫さまじゃないよ」
「うん、でも」
いおうと思ったけどやめた。シンちゃんはすぐおこるから。
なんかいきかれても、「いちばん白雪姫がきれい」っていっちゃう鏡。
めいれいされても、白雪姫をたすけてあげるかりゅうどさん。
ちいさなからだでも、白雪姫をまもろうとがんばる7にんの小人たち。
みんな白雪姫のことが好きなんだ。
とってもこわいことも、こわくなくなるくらいに。
(やっぱりシンちゃんといっしょだよ)
おもっているうちに、シンちゃんは「めでたし、めでたし」までよみおえる。
僕はぽつんといった。
「白雪姫は、かわいそうね」
「かわいそうくないよ」
ちょっとおかしないいかたで、シンちゃんがわらう。
「王子さまとけっこんして、しあわせにくらしたんだよ」
「だって」
たまたまとおりかかっただけの王子さまだよ。
白雪姫がえらんだわけじゃない。
みんな白雪姫のこと好きなのに、みんなそれでよかったの?
僕なら、いやだ。
シンちゃんをほかのだれかにあげるなんて。
「白雪姫は、おもしろかったですか?」
絵本をかえしにいったら、たかまつにきかれた。
僕は少しかんがえていった。
「僕、大きくなったら白雪姫とけっこんする」
「はっ!?」
白雪姫も王子さまのこと好きなら。
僕が王子さまになればいいんだ。
たかまつは「それは少しむずかしいのではないかと…」とぶつぶついっている。
わかってないみたいだけど、おしえたげない。
しろいはだ。
くろいかみ。
あかいくちびる。
みんなが好きになる人。みんなを好きになる人。
だけどだれにもあげない。まほうをかけて、わたさない。
(きっと、せかいでいちばんきれいになるよ)
僕だけの、しらゆきひめ。
「白雪姫は、かわいそうね」
僕はシンちゃんと絵本を広げている。
雪がふっている。おにわで小さな雪だるまを作って、そのあと雪がっせんをした。僕はとちゅうで泣いてしまって、シンちゃんはおこったようなこまったような顔で「泣くな」といった。
「ほら、グンマ、行くぞ」
シンちゃんの手をぎゅってにぎったら、なみだがとまった。
きがえてお昼ごはんのあとは、たかまつに「中にいてください」って言われて、絵本のじかん。
シンちゃんは「赤ちゃんみたいだ」ってぶつぶつ言ってたけど、たまにはいいよね。
たかまつがもってきてくれた絵本は、白雪姫だった。
お母さまがいなくなった白雪姫がかわいそうで、僕はため息をつく。
それに、あたらしいお母さまはまじょなんだ。とってもこわい。
「ハーレムおじさんは、サービスおじさんのことまじょっていってる」
「でもサービスおじさまはこわくないよ」
「こわくないね」
「ふしぎだね」
雪がふるお外はしずかだ。絵本をめくる音だけがきこえる。
おきさきさまになったお母さまは、自分がせかいでいちばんきれいだと思ってる。
「ずうずうしいね」
絵を見た僕が思わずいったら、シンちゃんがわらって僕をおした。
だってこの絵で見ると、あんまりきれいじゃないもの。
まほうの鏡だってそう思ったみたい。「せかいでいちばんきれいなのはだぁれ」っていわれて、「白雪姫です」っていっちゃった。
「―――このお姫さまって、シンちゃんみたいだね」
しろいはだ。
くろいかみ。
あかいくちびる。
「僕は男の子だからお姫さまじゃないよ」
「うん、でも」
いおうと思ったけどやめた。シンちゃんはすぐおこるから。
なんかいきかれても、「いちばん白雪姫がきれい」っていっちゃう鏡。
めいれいされても、白雪姫をたすけてあげるかりゅうどさん。
ちいさなからだでも、白雪姫をまもろうとがんばる7にんの小人たち。
みんな白雪姫のことが好きなんだ。
とってもこわいことも、こわくなくなるくらいに。
(やっぱりシンちゃんといっしょだよ)
おもっているうちに、シンちゃんは「めでたし、めでたし」までよみおえる。
僕はぽつんといった。
「白雪姫は、かわいそうね」
「かわいそうくないよ」
ちょっとおかしないいかたで、シンちゃんがわらう。
「王子さまとけっこんして、しあわせにくらしたんだよ」
「だって」
たまたまとおりかかっただけの王子さまだよ。
白雪姫がえらんだわけじゃない。
みんな白雪姫のこと好きなのに、みんなそれでよかったの?
僕なら、いやだ。
シンちゃんをほかのだれかにあげるなんて。
「白雪姫は、おもしろかったですか?」
絵本をかえしにいったら、たかまつにきかれた。
僕は少しかんがえていった。
「僕、大きくなったら白雪姫とけっこんする」
「はっ!?」
白雪姫も王子さまのこと好きなら。
僕が王子さまになればいいんだ。
たかまつは「それは少しむずかしいのではないかと…」とぶつぶついっている。
わかってないみたいだけど、おしえたげない。
しろいはだ。
くろいかみ。
あかいくちびる。
みんなが好きになる人。みんなを好きになる人。
だけどだれにもあげない。まほうをかけて、わたさない。
(きっと、せかいでいちばんきれいになるよ)
僕だけの、しらゆきひめ。
■SSS.21「ライオンと魔女」 サービス+シンタロー「それでね、おじさん」
私の愛しい甥っ子はハーレムから受けた手荒いスキンシップを一生懸命訴えてくる。
まったく、アイツも困ったヤツだ。子ども相手に本気になることもないだろうに。
「ホントやんなっちゃうよ!すぐぶつし。パパやおじさんと違って獅子舞みたいだしさ」
「獅子舞?」
「うん。そう思わない?ハーレムおじさんと一緒にいたお兄ちゃんたちがこっそり話してたよ。
獅子舞に似てるよね。髪の毛もぼわぼわだし、がーっと口開けるしさ」
くすくすと笑いながらシンタローが言う。
驚いた。
子どもの頃から双子の兄のことは「ナマハゲ」と呼んでからかったりしていたが。
獅子舞、ね。言いえて妙だな。
アイツの部下も面白いことを言う。
「たしかに似ているな」
紅茶に口をつけながら、同意すると甥はそうでしょ、と身を乗り出してきた。
「ああ、シンタロー。そんなに乗り出すんじゃない。お茶がこぼれてしまうよ」
「わ、ごめんなさい」
ぺこり、と首を下げて甥は再び大人しく席に着いた。
兄ではなくともその可愛らしい様子には思わず笑みがこぼれる。
「ふふ。それじゃあ、シンタローは獅子舞が嫌いかなのか?」
正月に見たんだろう、マジック兄さんが撮った写真を見せてもらったよ、と付け加えると彼はパッと顔を輝かせた。
「うん。パパがね。獅子舞呼んでくれたんだ。それでさ、おひねりあげたんだよ。獅子舞が口でくわえてくれた」
「ああ、写真で見たよ。グンマは泣き出していたね」
「グンマは泣き虫だから。僕は平気だったけどさ!」
得意げにシンタローは言った。
「獅子舞を見てハーレムを思い出したのかもしれないね。
グンマはこの前ハーレムにさんざんからかわれたと高松が言っていたよ」
十年来の友人は苦々しく私に話してくれた。
アナタからも言っておいてくださいよ、と眉間に皺を寄せていたが今更止められるような男でない。
甥っ子たちを苛めれば保護者が黙っていないのは重々承知だろうに帰るたびにちょっかいを出しているのだ。
シンタローは私の言葉に頷いた。
「うん。ハーレムおじさん、グンマの服が女みたいだって髪の毛引っ張ったりしたんだよ。
グンマのヤツびいびい泣いてさ、高松が飛んできたもん」
「ハーレムは高松に嫌味を言われただろうね」
「うん。ねちねちいろんなコト言われてたよ。あとさ、高松にヘンなお薬注射されてた 」
「ふ~ん」
なにを打ったんだ、高松のヤツ。
「でも次の日には相変わらず乱暴だったけどね。ホント、おじさんとは双子に見えないよ。ガサツだしさ」
「よく言われるよ」
「お正月だってお酒飲んでイビキかいててさ、パパに怒られたんだよ」
「マジック兄さんに?」
「うん。僕のお肉も勝手に食べたんだ」
「ああ、なるほどね」
長兄はこの子を溺愛しているし、どうせ酔ったアイツはこの子やグンマをさんざんからかったんだろう。
毎年毎年、懲りないヤツだ。
「まあ、楽しい正月だったならいいじゃないか」
「おじさんもいたらもっと楽しかったよ」
「そうは言われても私も都合があるからね」
あまりここには戻ってこないことにしている。
ここは、本部はあまりにも過去の記憶を意識させる。
兄弟の間に過去に起こったことを。
青春時代に起こったこと、死んだジャンのことを……。
「え~。う~ん。じゃあ、おじさん、お願い。来年はおじさんも来てよ!」
「考えておくよ」
ちぇ~、と甥は不満をこぼした。
私がこう口にするとき、たいてい望みが叶えられないのを分かってるからだろう。
ジュースの入ったコップから取り出したストローを小さく横に振りながら、甥は口を尖らせていた。
「そういえば、シンタロー」
「な~に?」
「シンタローはハーレムがライオンに似てると思うかい?」
「ライオン?」
「ああ、獅子舞…獅子はライオンだろう」
「う~ん。ハーレムおじさんは髪の毛もぼわぼわだし、大きい口でがーっと煩くするし、お肉も好きだけど…」
「似ていない、か」
「うん。ライオンとはちょっと違うかな」
「そうか」
ため息のような笑い声をこぼすとシンタローは怪訝そうに私を見る。
「どうかしたの?」
「ああ、実はね。おまえの死んだおじい様はライオンみたいな人だったんだよ」
笑いながらカップをソーサーに置く。
シンタローはストローを口にしたまま、目をまるくしていた。
「ライオンみたいだったの?それってハーレムおじさんよりおっきくて、うるさくて、怖かったの?」
「いや。怖くはなかったさ。
もっとも、私もハーレムも小さかったから叱られたことがなかっただけかもしれないけどね」
「え~。でもライオンみたいって……。パパは叱られたことあるのかなぁ」
ホントに怖くなかったの?とシンタローは尋ねる。
「マジック兄さんはどうだろうね。でも、怖くはなかったよ。滅多に帰ってこなかったから会うのがうれしかった。
大きくて、あたたかい腕で抱きしめてくれた。シンタローも兄さんが抱きしめてもらうだろう」
それと同じだよ、と言うとシンタローはよかったと口にした。
「よかった?」
「うん。パパもおじさんもおじいちゃんが怖い人だったらかわいそうだよ。
あ~あ。僕も会ってみたかったな。ライオンみたいだけどパパみたいに優しいひとなんだよね。」
「……そうだな」
この子を溺愛する長兄とは違った父親であったけれど。
父は、私たち4人を深く愛していた。
「ねえ、おじさん。おじいちゃんってパパみたいに遠くにお仕事しに行ってたの?」
「ああ、そうだよ。兄さんの方が本部にいるのが多いけどね。兄さんはシンタローといつも一緒にいるしね」
「うん!パパは今日も僕の好きなカレーを作ってくれるんだ」
「そうか。それはよかったね」
甥は満面の笑顔を浮かべた。
それから、「そうだ!」といいことを思いついたとばかりに私を見る。
「パパの作るカレーはおいしいんだよ。そうだ!おじさんも一緒に食べようよ。
いつもね、いっぱい作るとグンマと高松も呼ぶんだよ」
ねえ、いいでしょ、おじさん。
たまには皆でご飯食べたいんだ、とシンタローがねだる。
そのかわいらしい様子に、兄ではないが顔をほころばせながら、
「ああ、いいよ。たまには兄さんの料理も食べたいからね」
と言うと甥は歓声を上げた。
食事が終わり、しばらくするとシンタローは兄の膝で舟をこぎ始めた。
少し前にグンマは高松に連れられて帰ってしまっている。
グンマの前では、リードを取りたがり、背伸びをしているこの子もやはり子どもなのだ。
こっくりこっくり、揺れて、仕方がないといった表情の兄が抱きとめていた。
いつだったか、亡き父の部下は私達兄弟が父に抱きしめられている様を犬の親子に喩えていた。
いつだったか、兄は亡き父のことをライオンのようだったと評した。
目の前の兄と甥も同じ。
起きていたときは、甥はきゃんきゃんと吠える子犬のように私や兄に纏わりついていた。
兄と甥はじゃれ合い、駆け回る犬の親子のように仲良くしていた。
そして今。
部下の前ではライオンのように厳しい顔つきを見せる兄は目を細めている。
甥の黒髪をやさしく撫でて愛おしんでいる。
まるで、ライオンが仔をやさしく毛づくろいしているようだ。
シンタローがもぞもぞと兄の膝で動いた。
「眠いんだろう」と兄がやさしく囁く。
もぞもぞと動いていた甥は、目を擦り、こくりと頷いた。
「それじゃあ、もうオヤスミしようね」と兄が甥を抱き上げる。
シンタローを寝かしつけてくる、と私に言い、兄は抱っこしたまま部屋を出て行く。
立ち上がり、私の前を横切る時、の金色の髪がストーブの灯でちらちらと輝いた。
それは一瞬だけ揺らめいて、まるでライオンの鬣のように見えた。
私の愛しい甥っ子はハーレムから受けた手荒いスキンシップを一生懸命訴えてくる。
まったく、アイツも困ったヤツだ。子ども相手に本気になることもないだろうに。
「ホントやんなっちゃうよ!すぐぶつし。パパやおじさんと違って獅子舞みたいだしさ」
「獅子舞?」
「うん。そう思わない?ハーレムおじさんと一緒にいたお兄ちゃんたちがこっそり話してたよ。
獅子舞に似てるよね。髪の毛もぼわぼわだし、がーっと口開けるしさ」
くすくすと笑いながらシンタローが言う。
驚いた。
子どもの頃から双子の兄のことは「ナマハゲ」と呼んでからかったりしていたが。
獅子舞、ね。言いえて妙だな。
アイツの部下も面白いことを言う。
「たしかに似ているな」
紅茶に口をつけながら、同意すると甥はそうでしょ、と身を乗り出してきた。
「ああ、シンタロー。そんなに乗り出すんじゃない。お茶がこぼれてしまうよ」
「わ、ごめんなさい」
ぺこり、と首を下げて甥は再び大人しく席に着いた。
兄ではなくともその可愛らしい様子には思わず笑みがこぼれる。
「ふふ。それじゃあ、シンタローは獅子舞が嫌いかなのか?」
正月に見たんだろう、マジック兄さんが撮った写真を見せてもらったよ、と付け加えると彼はパッと顔を輝かせた。
「うん。パパがね。獅子舞呼んでくれたんだ。それでさ、おひねりあげたんだよ。獅子舞が口でくわえてくれた」
「ああ、写真で見たよ。グンマは泣き出していたね」
「グンマは泣き虫だから。僕は平気だったけどさ!」
得意げにシンタローは言った。
「獅子舞を見てハーレムを思い出したのかもしれないね。
グンマはこの前ハーレムにさんざんからかわれたと高松が言っていたよ」
十年来の友人は苦々しく私に話してくれた。
アナタからも言っておいてくださいよ、と眉間に皺を寄せていたが今更止められるような男でない。
甥っ子たちを苛めれば保護者が黙っていないのは重々承知だろうに帰るたびにちょっかいを出しているのだ。
シンタローは私の言葉に頷いた。
「うん。ハーレムおじさん、グンマの服が女みたいだって髪の毛引っ張ったりしたんだよ。
グンマのヤツびいびい泣いてさ、高松が飛んできたもん」
「ハーレムは高松に嫌味を言われただろうね」
「うん。ねちねちいろんなコト言われてたよ。あとさ、高松にヘンなお薬注射されてた 」
「ふ~ん」
なにを打ったんだ、高松のヤツ。
「でも次の日には相変わらず乱暴だったけどね。ホント、おじさんとは双子に見えないよ。ガサツだしさ」
「よく言われるよ」
「お正月だってお酒飲んでイビキかいててさ、パパに怒られたんだよ」
「マジック兄さんに?」
「うん。僕のお肉も勝手に食べたんだ」
「ああ、なるほどね」
長兄はこの子を溺愛しているし、どうせ酔ったアイツはこの子やグンマをさんざんからかったんだろう。
毎年毎年、懲りないヤツだ。
「まあ、楽しい正月だったならいいじゃないか」
「おじさんもいたらもっと楽しかったよ」
「そうは言われても私も都合があるからね」
あまりここには戻ってこないことにしている。
ここは、本部はあまりにも過去の記憶を意識させる。
兄弟の間に過去に起こったことを。
青春時代に起こったこと、死んだジャンのことを……。
「え~。う~ん。じゃあ、おじさん、お願い。来年はおじさんも来てよ!」
「考えておくよ」
ちぇ~、と甥は不満をこぼした。
私がこう口にするとき、たいてい望みが叶えられないのを分かってるからだろう。
ジュースの入ったコップから取り出したストローを小さく横に振りながら、甥は口を尖らせていた。
「そういえば、シンタロー」
「な~に?」
「シンタローはハーレムがライオンに似てると思うかい?」
「ライオン?」
「ああ、獅子舞…獅子はライオンだろう」
「う~ん。ハーレムおじさんは髪の毛もぼわぼわだし、大きい口でがーっと煩くするし、お肉も好きだけど…」
「似ていない、か」
「うん。ライオンとはちょっと違うかな」
「そうか」
ため息のような笑い声をこぼすとシンタローは怪訝そうに私を見る。
「どうかしたの?」
「ああ、実はね。おまえの死んだおじい様はライオンみたいな人だったんだよ」
笑いながらカップをソーサーに置く。
シンタローはストローを口にしたまま、目をまるくしていた。
「ライオンみたいだったの?それってハーレムおじさんよりおっきくて、うるさくて、怖かったの?」
「いや。怖くはなかったさ。
もっとも、私もハーレムも小さかったから叱られたことがなかっただけかもしれないけどね」
「え~。でもライオンみたいって……。パパは叱られたことあるのかなぁ」
ホントに怖くなかったの?とシンタローは尋ねる。
「マジック兄さんはどうだろうね。でも、怖くはなかったよ。滅多に帰ってこなかったから会うのがうれしかった。
大きくて、あたたかい腕で抱きしめてくれた。シンタローも兄さんが抱きしめてもらうだろう」
それと同じだよ、と言うとシンタローはよかったと口にした。
「よかった?」
「うん。パパもおじさんもおじいちゃんが怖い人だったらかわいそうだよ。
あ~あ。僕も会ってみたかったな。ライオンみたいだけどパパみたいに優しいひとなんだよね。」
「……そうだな」
この子を溺愛する長兄とは違った父親であったけれど。
父は、私たち4人を深く愛していた。
「ねえ、おじさん。おじいちゃんってパパみたいに遠くにお仕事しに行ってたの?」
「ああ、そうだよ。兄さんの方が本部にいるのが多いけどね。兄さんはシンタローといつも一緒にいるしね」
「うん!パパは今日も僕の好きなカレーを作ってくれるんだ」
「そうか。それはよかったね」
甥は満面の笑顔を浮かべた。
それから、「そうだ!」といいことを思いついたとばかりに私を見る。
「パパの作るカレーはおいしいんだよ。そうだ!おじさんも一緒に食べようよ。
いつもね、いっぱい作るとグンマと高松も呼ぶんだよ」
ねえ、いいでしょ、おじさん。
たまには皆でご飯食べたいんだ、とシンタローがねだる。
そのかわいらしい様子に、兄ではないが顔をほころばせながら、
「ああ、いいよ。たまには兄さんの料理も食べたいからね」
と言うと甥は歓声を上げた。
食事が終わり、しばらくするとシンタローは兄の膝で舟をこぎ始めた。
少し前にグンマは高松に連れられて帰ってしまっている。
グンマの前では、リードを取りたがり、背伸びをしているこの子もやはり子どもなのだ。
こっくりこっくり、揺れて、仕方がないといった表情の兄が抱きとめていた。
いつだったか、亡き父の部下は私達兄弟が父に抱きしめられている様を犬の親子に喩えていた。
いつだったか、兄は亡き父のことをライオンのようだったと評した。
目の前の兄と甥も同じ。
起きていたときは、甥はきゃんきゃんと吠える子犬のように私や兄に纏わりついていた。
兄と甥はじゃれ合い、駆け回る犬の親子のように仲良くしていた。
そして今。
部下の前ではライオンのように厳しい顔つきを見せる兄は目を細めている。
甥の黒髪をやさしく撫でて愛おしんでいる。
まるで、ライオンが仔をやさしく毛づくろいしているようだ。
シンタローがもぞもぞと兄の膝で動いた。
「眠いんだろう」と兄がやさしく囁く。
もぞもぞと動いていた甥は、目を擦り、こくりと頷いた。
「それじゃあ、もうオヤスミしようね」と兄が甥を抱き上げる。
シンタローを寝かしつけてくる、と私に言い、兄は抱っこしたまま部屋を出て行く。
立ち上がり、私の前を横切る時、の金色の髪がストーブの灯でちらちらと輝いた。
それは一瞬だけ揺らめいて、まるでライオンの鬣のように見えた。