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いつ果てるか知れないデスクワークに、いい加減嫌気が差し、小休止を入れた。

椅子を半回転させると、眼前に広がる、吸い込まれそうな青と、その合間を縫う白が酷使した目に沁みる。

それらをぼんやりと眺めているうちに、いつの間にか現実世界から意識が離れていたらしい。



『シンちゃん、――しよう!』

『うわーいっ! 僕が勝ったー!』




「ありえねえっ!! 俺は認めねーぞっ!」

焦って叫んだ先に、訝しく眉を顰める碧眼があった。







兄と弟  ―シンタロー編―








「・・・何を認めないんだ?」

「・・・あー・・・俺、寝てた?」

薄靄が掛かっている脳でも、目の前の従兄弟兼補佐官の手にある毛布と、背もたれから勢いつけて起こした上半身の体勢から、先程まで眠っていたと推測する。

「ああ、寝ていた。――で、何を認めないんだ?」

補佐官は律儀に質問に応じてから、また同じ問いを投げた。それに総帥は、苦虫を噛む貌を作る。

答の内容が自尊心に強く根付いている為、出来ることならスルーを願う。

しかし、それが通じる相手ではないことは充分承知している。

(こういう生真面目なところ、子供だよな。空気を読めよ。)

幼子が何でも知りたがる、『どうして?』攻撃が、この28歳男にあるのだ。まあ、中身4歳児だから仕方のないことなのかもしれない。

正真正銘子供にも、実質子供にも、とにかく年下に甘い自覚はある。そんな己を呪いながら、シンタローは徐に利き腕側の肘を机についた。

「・・・これ、覚えてねえか?」

軽く手首を振る。この動作で示唆する事柄を自発的に気づいて欲しい。

言葉で回答するのは簡単だが、それが『認める』ことになりそうで、自然と口は重くなる。

じっとその腕を見つめ、眉根を寄せる従兄弟は記憶の引網漁中だろう。

暫くした後、ゆっくりとした返答があった。

「――いや、残念ながら。」

「そうか・・・。」



ふたりは24年間を共有している。なので、基本的にそれまでの記憶も同一なのだ。

ただ、このように特殊な生い立ちでなくとも、人間は記憶を全て引き出せるわけではない。

同じものを所有していても、それが個々別に忘却の彼方となっていることは、別段おかしくはない。逆にシンタローが忘れ去ってしまっているそれを、キンタローは覚えている場合もある。

ここが、肉体はひとつでも人格はふたつ備わっていたのだと実感する。



このことで落胆はしないが、それにより説明をしなくてはならない状態に気が滅入る。

盛大な溜息で踏ん切りをつけ、シンタローは貝の口を開けた。

「いくつだったかな・・・かなりガキの頃だと思うが、グンマと――。」

と、ここまで切り出したが、またしても閉ざす。

への字に曲げる総帥に構うことなく、

「グンマと?」

先を促す補佐官。やはり空気が読めない。

「~~~、あーもう、あのバカ!! バカなのは頭ン中だけにしろっ!」

忌々しげにガシガシと頭を掻き毟り、ここに不在の博士を扱き下ろす。半分冗談の親愛表現ではあるが、結構な言われようだ。

ちなみに半分は本気である。それは件の人の日常行動を慮れば、至極当然の感想だろう。

「何で、あんなバカ力なんだか――。」



「悪かったね。そんなにバカバカ言わなくてもいいじゃない。」

入り口から男にしては高い、ハスキーな女声に近い、第三者の受け答えが割って入る。

驚いて目を向ける先には、(団内に於いては)小柄な白衣の人物が膨れ面で扉にもたれていた。

「グンマ!? オマエ、いつの間に!?」

「これ。」

驚愕の問いには答えず、グンマは持参した紙の小箱を持ち上げ見せる。

「ケーキ貰ったから皆で食べようと思って来たのにさ。」

ぷくりと頬を膨らませる表情は、普段の幼さに拍車を掛けた。

「――にしても、一言声を掛けるくらい――。」

「掛けました! でもふたりとも何か話してて気づかないし、シンちゃんは僕をバカって言うし。」

じとっとねめつける視線に、シンタローは気まずそうに咳払いひとつ。

「バカをバカと言って、何が悪い。」

全く悪びれることなく却って開き直る。まさしく俺様体質である。それに、『バカ』とランク付けされた者は、ますます怒りを露わにし河豚の頬になった。

ずかずかと大股で部屋の主へと突進する。

だん、と手荷物を机に押し付け置く様に、傍らに佇む補佐官は、中身が崩れたのではないかと案じた。

「なっ、何だよ・・・。」

さすがに言い過ぎた感のある総帥は、反抗の態度を見せはしても、それは虚勢に過ぎない。憤慨する相手に対する負い目から、口とは裏腹に身体が引いている。

大きな双眸を吊り上げ、ありありと怒りの形相を表したグンマは、だかしかし、シンタローの顔を睨みつけたかと思うと、いきなり両手でその頬を挟みこみ、力任せに引き寄せた。

「いてっ!!」

「顔色が悪い。」

「は?」

てっきり罵声が飛んでくるものだと想定していたシンタローは、そしてキンタローも、見事に予想が外れ、間抜けな声と表情しか反応できなかった。

そんなふたりに構うことなくグンマは続ける。

「ちゃんと寝てるの? 昨夜は部屋に戻った?」

「――ンな、ヤワじゃねえよ。」

実は急ぎの処理があって、昨夜は執務室泊りだった。漸く明け方に、この部屋の応接ソファで数時間の仮眠を摂ったくらいだ。

詰問への返事が肯定していることに、この総帥は気づいていない。善意にはとことん無防備になることを自覚していないようだ。

間近にある碧眼が険しくなる。

「寝てないんだ。」

「完徹ってワケじゃねえ。少しは寝たぜ!」

「それは認めていることと同じだぞ。シンタロー。」

子供じみた言い訳にすかさず突っ込みが入る。鋭いんだか鈍いんだか、妙なところで天然な補佐官に舌打ちする。

詰問者は、その天然従兄弟が未だ携えている毛布を一瞥した。

「――察するに、昼寝したんだね? きちんと睡眠を摂らないから、身体がもてなくなっているんだよ!」

ぎゃんぎゃんと、母親の小言のような叱咤に、思わずシンタローも喧嘩腰になってしまった。

「るせえなっ! ほんのちょっとだよ! そんなに騒ぐほどじゃねえぞっ!」

「いや、結構――。」

またしても空気の読めない横槍の介入を、シンタローはギロリと目線で制する。

「どっちでもいいよ。疲れているのは間違いないんだから、もう今日は寝なよ。」

やや呆れ気味に申し渡されたそれが、プライド高いシンタローの勘に障った。

「うるせえっ!! 俺はそんなに暇じゃねえんだ! 寝ねえと言ったら寝ねえっ!!」

最早駄々っ子の域になった意固地さに、グンマは、ぺち、と掴んでいた頬を軽く叩いて手を離した。

そして、律動的な歩調で机を迂回し、子供な総帥に歩み寄る。

「グンマ・・・?」

静かに、明らかに怒っている。再び説教が始まるかと、不貞腐れた貌で迎え撃つシンタローは、この後、過去に味わった屈辱以上のものが待ち構えているなどと、露程も思っていなかった。

「何だよ。何言っても寝ねえからな!」

先制攻撃の威嚇。しかしながら相手は口頭での応戦ではなく、実力行使に出た。

「へ?」

一瞬、シンタローは、何が何だか状況が掴めなかった。

顔に金糸が掛かったと認識した直後、全身に浮遊感が襲った。

グンマは椅子に腰掛けているシンタローの背と膝裏に素早く腕を滑り込ませ、

「よっ、と。」

そのまま抱き上げたのである。

これには傍観するキンタローも言葉が出ない。グンマがシンタローを、所謂お姫様抱きしているのである。



ふたりは体格の違いが歴然としている。

192㎝のシンタローに、174㎝のグンマ。しかもシンタローは体術に長けているので、相応の体躯を持つ。

反して研究員のグンマは、貧弱とは言わないが、シンタローとは明確に身体の作りが違う。

そんな彼が軽々と、自分より体格の有利な者を担いでいるのだ。

これが反対ならば、何の驚きもないが――。



「――っ、ちょ、降ろせよ、グンマっ!!」

自身のおかれた状態に、手足をじたばたと暴れさせるシンタロー。焦りに顔中真っ赤に染めている。

それを、涼しい顔でグンマは却下した。

「だーめ。シンちゃん、言うこと聞かないもん。」

「聞くっ! 聞きます! だから、降ろせっ!!」

「そう言って、聞かないからね。シンちゃんは。

なので、今日はこのまま部屋に連れて行きます。」

その宣言は、俺様総帥を青褪めさせるに充分な威力を持つ。

「冗談じゃないぞっ!! 降ろしやがれっ、バカグンマ!」

傍からでも必死さが窺える暴れっぷりなのだが、それを、ものともしない博士。

「バカで結構ですぅ。シンちゃんよりはマシだよ。」

しれっと192㎝・83㎏を抱え、グンマは出口へと向かった。

途中、

「後の仕事、キンちゃんにお願いしていい?」

「あ、ああ・・・。」

「そ。よかった。よろしくね。」

いつもと変らない、少女めいた笑顔。

違うと言えば――腕の中に総帥がいることだ――。

「よろしくじゃないっ! おい、キンタロー!! オマエも見てないで止めろっ!」

唖然と見送る補佐官に助けを求める怒声が投げられるが、彼には届いていなかった。目の前で繰り広げられる光景に、度肝を抜かれてしまっている。

「はーなーせー!! この、バカ力―!!」

諦め悪い抵抗が尾を引いて去っていく。



「・・・! ああ!」

数分後、ひとり残された補佐官が、ぽんと手を打った。












自室に辿りついた頃には、もう抵抗する気力は残っていなかった。

総帥室から一族のプライベートゾーンは直通している。が、それでも全く誰にも出会わないということは稀である。

先ず秘書官の前を通らずにはいられない。



「・・・グンマ博士、これは・・・?」

「うん。シンちゃん、お疲れ気味だから部屋に連れて行くよ。」

「・・・そうですか・・・お大事に・・・。」




「そっ、総帥にグンマ博士――!」

「あー、お疲れ様―。」



あのときの秘書官たちや団員の、奇異な眼差しは本当に居た堪れなかった。穴があったら、いや掘ってでも入りたい衝動に駆られた。

飄々と歩むグンマと対照的に、シンタローは声も出せず、羞恥に火照った顔を俯かせるしかなかった。

それでも、父親に出会わなかっただけでも良しとしよう。

次男(ということで)に異常な愛情を注ぐ彼である。こんな姿を見られたら、どんな騒動になるか、想像もつかない。



ぐったりと気疲れしたシンタローを、

「だから言ったでしょ。人間、寝ないといけないんだよ?」

と見当違いの窘めに悪態をつくことさえ、もうどうでもよかった。

とすん、と丁寧に寝台に降ろされ、最後のお小言がある。

「はい、ちゃんと着替えて。今日はもう何もしないように。」

「へーい・・・。」

こうなりゃ自棄で、シンタローは素直に従った。

眠るまで見張ると主張する博士に、仕方なくベッドに潜り込む。枕元に鎮座する元従兄弟・現兄の腕が目に入った。

彼は、自身が持つ穏やかな気質をそのまま表出した、柔和な顔立ちをしている。女顔の部類に入るだろう。

しかし、白衣に隠された腕は、女性のように細いわけではなく立派に筋肉のついた男のそれだ。

けれども、自分自身と比べれば、やはり細い。

「・・・なのに、何であんな力があるんだろうな・・・。」

ぽつりと零してシンタローが、そっと触れた手を見やり、グンマは微笑した。

「さあ? 僕も、わかんないけどね。でも、こういうときは使えるでしょ?」

「バカヤロー。あんなのは二度と御免だ。ガキのとき以来の屈辱だったぞ。」

つい先刻の悪夢が蘇る。あれは人生最初の汚点だ。

照れ隠しの拗ねた口調と、引き合いに出された懐かしい思い出に笑みが深くなる。

「ああ、あれね。今度また、やってみる? もちろん、僕が勝つつもりだけどね――と?」

触れられていた掌が力なく落ちたかと思うと、寝台からは小さな寝息が立っていた。

微かに苦笑し、はみ出ている手を起こさないよう、蒲団に納める。

「・・・無理しすぎなんだよ。シンちゃんは何でも自分で溜め込んじゃうんだから。

少しは頼ってよね。それぐらいの価値はあると思うよ。」

ぽん、と弟が驚異した腕を叩いた。

「おやすみ、シンちゃん。良い夢を。」

流れる黒髪を掻き分け、露わにした額に口付ける。

心なしか、弟は微笑んでいるようだった。




兄と弟 ―キンタロー編―の、キンシン編









「ご飯は皆で食べたほうが美味しいんだよ。」

常々、そう主張するマジック・グンマ父子。

長年、互いに実親・実子という真実を知らずに過ごしてきたというのに、思考回路は良く似ている。さすが親子だ。

この天下無敵の親子は有言実行する。だからこそ、無敵なのだと言えよう。

一族がフルメンバーで揃うことは稀であるが、大概常駐している者は親子の主張を重んじて、食事時は集まる。半強制的に。

しかしながら、本日はひとり欠けていた。



「おや? シンちゃんは、まだ起きていないのかい?」

エプロンを翻し、朝日に反射するおたまを持つナイスミドル。

爽やかな一日の始まりに、何とも強烈な絵である。

「ああ、珍しいな。呼んでくる。」

欠席者は、あまり寝坊はしない。どちらかというと時間厳守のほうだ。

その彼が、他の者が揃っても姿を現さないとは、確かに珍しい。

「あ、いいよ。キンちゃん。私が行こう。」

立ち去ろうとする背中に、柔らかい制止の声が掛けられた。

だが、いそいそとエプロンを外す笑顔の裏に下心が存在することなど、お見通しだ。



シンちゃんの寝顔を見てー、お目覚めのキスとかー、着替えも手伝ったりしてねv きゃっv

・・・大方、そんなところだろう。



「・・・いい、伯父貴。俺が行く。」

寧ろ、行かないでくれ。彼が出向けば、もっと時間が掛かる+建物が一部崩壊する。

元総帥の反論を待たずして、キンタローは話題の人の私室へ歩を進めた。

背後で、

「キンちゃん、ひどい~。」

と、男の啜り泣きが追いすがる、清々しくて嫌な朝を体験したキンタローだった。












スライドドアの横に設置されている呼鈴を鳴らす。内部から微かに機械音がするので、故障ではない。

それを幾度か試したが、一向に変化はなかった。

(・・・仕方ないな。)

呼鈴と共にあるセキュリティシステムを解除すべく、暗証コードを打つ。

一族内において、互いのコードは知っている。特に現総帥である彼は度々コードを変えているが、その都度知らせてくれる。

これは、団トップの身故の慎重さが理由ではない。彼の父親への対策なのである。

が、何故か父親は毎回侵入を果たすらしい。全くもって、謎だ。

「シンタロー? 入るぞ。」

暗い室内に、さっと廊下の灯りが入る。

電灯のスイッチを入れ、足元を明らかにしてからキンタローは寝室を窺った。

「シンタロー?」

一般男子体型を凌駕する主の為に特別にあつらえた寝台には、しかし、その主は不在だった。

(既に起きたか――? いや、これは――。)

寝具に乱れた形跡がない。

「帰っていない――か?」

ぽつりと零したところで、キンタローは思い当たる事柄があった。



昨日もふたりして書類の山と格闘していたところ、

「げっ。これ、明日必要じゃねーか。」

黒い瞳が忌々しげに見つめる一束を、急遽優先しなくてはならなくなった。

総帥がそちらに専任し、他を自分が受け持ったが、終業時刻を過ぎても彼は机から離れなかった。

ひとりで充分だからと、手伝いの申し出を、やんわりと断られた。

結局彼を残し、退室したわけだが――。



(まだ、終わってないのか?)

足を総帥室に向かわせる。

そこは日中使用を主目的としている為、個人部屋のように完全な遮光は施されていない。

閉ざされたブラインドの隙間から漏れる陽光に薄暗い空間。

「シンタロー・・・。」

応接セットのソファに毛布の小山が出現している。

大柄を窮屈そうに蹲らせ、床まで流れ広がる漆黒の糸に埋もれた顔には、疲労の跡が見てとれた。

この部屋の主である彼の机の上に、きちんと積まれた紙の束。

「・・・意地っ張りなオマエらしいがな、頼りにされないというのも寂しいものだぞ。」

傍らに跪き、梳けばさらりと零れ落ちる、長く真っ直ぐな髪を掃って額同士をくっ付ける。

それは祈るような姿勢で、事実、祈りに似た心情だった。

「いいか。俺はオマエの補佐官なんだ。補佐官なんだぞ・・・。」

未だ眠りの淵に居る彼の人に届けと、密やかにキンタローは吐露した。

一日は始まったばかりだった。












もう日常茶飯事となったデスクワーク。元来活動的なシンタローにしては、よくもっているものだとキンタローは思う。

それだけ彼の中に占める『総帥』が大きいということなのか。

その根底にあるものは、(総帥としては)完璧だった父親へのコンプレックスだろう。

昨夜の無茶も、その父への対抗意識に一因があると推測する。――プライドが高いのも、考えものだ。

思わずついた溜息と共に、ふと主に目線を流すと、彼は欠伸を噛み殺していた。

「・・・充分に休めていないだろう? 少し寝たらどうだ?」

見られていたことに、慌てて平常の顔を作り憮然と反発する。

「何てことねえ。それに、そんな暇ねえよ。」

手元に積み上がった白山を指で叩く動作で、シンタローは自己の立場を強調した。

「――ざっと目を通した限り、緊急の案件はないようだ。

今日必要なものは、オマエが昨夜仕上げただろう?」

ちら、と向けられる青の先には、以前、ひとつの書類があった。今は秘書官を経て担当部署へ行き渡っているはずだ。

「最終判断を下す者の脳が正常に働いていないと、結果として遠回りだ。

全体損失を招きたくないのなら、一時のロスなど比較対象にもなるまい?」

理論武装と、何より今朝、この場所で自分の起床を促した人物が、彼なのである。

分の悪いシンタローは、鼻に皺を寄せた聞かん坊の表情を見せたが、実のところ憔悴している自覚があった。

ある意味、渡りに船を与えてくれた補佐官に従うことにする。

「・・・わかった。ちょっと休ませてもらうわ。」

読みかけの書類を置き、椅子を半回転させる。背もたれに体重を預けたところで、はた、と振り返った。

「言っとくがな、寝るんじゃねえぞ! 休むだけだからな!」

ここまで諭されて、それでも己の言い分を曲げない子供っぽい意地に、呆れると同時に可笑しい。

「わかったから、休め。」

口端に乗せた笑いを、どう受け取ったのか。ふんっと鼻を鳴らして、総帥は椅子の陰に隠れた。











暫くは自身が生み出すペンが走る音と紙を捲る音しかしなかった空間に、キンタローは微妙な変化を感じた。

「――シンタロー?」

遠慮がちに呼び掛けてみるが、返事がない。

「シンタロー?」

再度声を掛けながら近づいた。

かなり接近して気づく、微かな息。

「・・・眠ったのか。」

強情に寝ないと息巻いていたのに、身体は休息を求めていたことは、本人でなくとも明確だった。

空調で制御され、降り注ぐ陽は暖かいといっても、活動しない肉体は発熱力が低下する。

身体を冷やさないようにと、今朝彼が丸まっていた毛布を掛ける。

「大人しく、そうしていろ。」

たまには重圧から逃避することも、長い目で見渡せば必要なのに、この若き総帥はそれをしようとしない。

勤勉が美徳と、東の島国の価値観があるのか。

(・・・いや、違うな。――あの子供との約束を守っているんだ――。)

眩しい光に目を細めて振り仰ぐ。ガラスを隔てて広がる青は、彼を、自分を、本当の意味で解放した彼の地を想起させる。

何処へ旅立ったのか、手掛かりさえも残さなかった友へ、今も想いは向いているのだろう。

それだけ大切な宝の日々だったのだと、嘗ては彼の中に存在していた者だから、わかる。

「・・・あの少年には、何があっても勝てないのだろうな・・・。」

わかりきっている事実を、自嘲の笑いと共に口に出す。

「それでも・・・俺は、俺のやり方で、こいつを守るだけだ。」

静かな決意の後、ひとかぶりする金色が光の雫を弾いた。












総帥が休憩に入ってから小1時間経った頃。

「・・・う・・・。」

消え入るくらいの呻きに頭を上げれば、椅子の陰が僅かに動いた。それに伴い、ぱさりと布が床に落ちる。

「シンタロー? 起きたのか?」

またしても無い返事に、まだ起きてはいないのかと様子を窺うと、案の定、従兄弟は眠りを続けていた。

足元に広がった毛布を拾い上げ、再び掛けようとしたところ、

「ありえねえっ!! 俺は認めねーぞっ!」



目覚めの第一声にしては素っ頓狂な。

そうキンタローは目で訴えた。











グン+キン編

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