月の雫
不意に止まった、ガンボット。
まさかコントローラーが壊されるという事態を想定していなかったため、稼働時間のことを忘れていた。
「コンセント貸して~」
朗らかなその声に対し、帰ってきたのはドスの聞いた声と拳だった。
「もう来んじゃねえよ」
泣きながら帰ってゆくその背中に、シンタローはやれやれとため息をついた。
親父も何考えているのだか。
グンマがやってくるとは、考えていなかったため些か驚いたのは確かだ。しかし、いくらなんでも従兄弟が来たくらいで帰るつもりなど毛頭無い。
「仲が良かったのか?」
いつものようにチャッピーの背中に乗りながら、こちらを見上げる視線に少しだけ考え込む。
「ま、昔はな」
14のときに士官学校に行ったシンタローと同じく14のときに研究施設を廻るようになったグンマとはそのときから徐々に距離が出来ていた。
そういえば、誕生日でもないのに時々、怪しげな包みが届いていたことを思い出す。
開ける気がなかったため放置していたもの。
自分より屋敷に戻る機会があったグンマはそのことも根に持っているかもしれない。
「ったく、仕方ねぇな」
こうして会うのも久し振りなのに、話さなかったことを少しばかり気にかけている自分に苦笑する。
「また来るといいな」
ガンボットが暴れた跡がそこらにあるというのに、無表情に見上げながらそんなことを言う。
「また壊されるかもしれねぇのによく言えんな」
呆れながらもその頭を撫でてやる。
そんなことをいいつつも、気になっていると分かっているパプワは口端を少しだけ持ち上げた。
「賑やかなのは好きだぞ」
率直なその意見に、困ったような顔でシンタローは笑った。
賑やか、を通り過ぎていると思うのだがこの島ではまだ許容範囲内らしい。
「時々ならいいかもな」
そういいながら、最後に喧嘩したのはいつだったかとふと思い出してみた。
ぼろぼろになりながらも、早速無事に残った日記に先程の勝敗について書き込む。
シンタローに負けたわけではないが、負けは負けだ。
「シンちゃんのバーカ」
負けた悔しさはあるものの、不思議と心が温かかった。顔が綻ぶのを止める事が出来ない。
「いばりんぼー、自己チュー」
残さず書いてしまえば、残るのはすがすがしい気持ちのみ。
まるで、昔のようだった。
くだらない発明を、と呆れていた。少し前までは一瞥するだけで何の反応も示さなかったというのに。
元気になってもらおうと送った何種類もの曲を詰めた目覚まし時計も、スイッチを押せばくるくると回り出すガンボットも、総て包みを開けられることも無く放置されていたことをグンマは知っている。
久し振りに怒られた。昔はおっかなくって仕方が無かったのに、今はそこに嬉しさが加わった。
きっと、この島がシンタローを変えてくれたのだろう。
そう思うと、心の中でなにかがちくりと痛んだが、気が付かない振りをする。
ぼこぼこに殴っておいて、座り込んで盛大に泣いていると手を差し伸べられた。
『ほらよ』
ぶっきらぼうなその言葉。
いつも、そうだった。喧嘩した後はそうして立ち上がるのを助けてくれた。
暖かい手は優しさを象徴しているようで嬉しかった。
「――お帰りなさい」
悔しくって、言えなかった言葉。
大切なものをその手に掴むことがきっと出来たのであろう彼に伝えたかった言葉。
総帥であり、父親であるマジックは、秘石眼を持って生まれなかったものの、眼魔砲を撃つことの出来るシンタローに多大なる期待とを背負わた。
そのことがシンタローに抜けることの無い迷路に閉じ込めた。
もがきながら傷ついて、そんな姿は見ていられないものがあった。決して超える必要の無いその壁を、皆が当然のように押し付けた。
その筆頭がここ数年姿を現さない二人の叔父、サービス。
シンタローに眼魔砲を教えた、シンタローが尊敬する人。修行中に何を告げたのかは知らない。しかし、そのことがより一層シンタローの退路を断ってしまったことだけは解っていた。
背負わされたシンタローには関係ない夢を、各々ぶつけていった。
そのことが、どうしてもグンマには赦せなかった。
何も知らされずに、ただ背負うことだけを望まれた従兄弟――
そんな彼に、グンマは知って欲しかったことがある。
完璧である必要は、どこにも無いということ。
一人である必要は無いということ。
きちんと彼を受け止めてくれる人がいるということ。完璧でなくとも、誰も責めたりしないということ。
最後の一言を書き終え、そっと日記を抱き締める。
シンタローがいなくなった日に書いた日記よりも長くて、楽しいことの書いてある日記。
彼を受け止め、彼がありのままでいられる場所が出来たこと。
「寂しいけど、仕方ないよね」
ちょっと笑いながら、先程走ってきた方向を見つめる。
そろそろ、帰らないと高松が帰ってくるまでに間に合わない。
不幸な助手に命の危険が迫る前に帰ってやらなくては。
大急ぎで船に乗り込むと指示を出す。
先程のように複雑な笑みではなく、零れるような笑みを浮かべながら。
きっと彼が自分の意志で、呪縛から逃れようとするだろう。それは、確かな予感。
証拠は、彼の表情。たったそれだけの証拠だがグンマを信じさせるには十分すぎるモノ。
その結果がどうなろうがグンマには関係ない。
ただ、シンタローさえ真っ直ぐに生きて行ければいいのだ。
それが、グンマの望み。
「あ」
島から離れて暫くしてからグンマはあることを思い出した。
しかし、直にどうでもいいと思い直す。
たったひとこと、伝え忘れたというただそれだけ。
“また来るね”
それだけのことだから。
<後書>
シンタローさんさえ幸せならばそれでいい、グンマさん。
まだまだ問題が山済みだと知っていても、とりあえずシンタローさんが笑っているならいっか、とか思っていそうです。
一族のしらがみから何とか助けたいと思っていても、弱気になっていたのと、シンタローさんに意地を張られると思って何も出来なかったんじゃないかなと。
ではでは、次は近いうちに~。
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月の雫
最後のねじを締め、ほっと一息ついた。
2ヶ月前に大爆発を起こしてしまったが、そんな些細なことを気にしていては成功することも出来ない。
数ヶ月前にシステム点検に借り出され、一時ガンボットの製作を中断せざるを得なかった。
システム点検の際にはまさか自分がちょくちょくマザ・コンに介入していることがばれたのかと思ったが、シンタローが逃げたことが噛んでいたらしい。
マジックもシンタローがコタローの行方を知らぬまま逃げたとは考えなかったらしい。そのため何らかの方法でマザ・コンに侵入して情報を得たのではないかと踏んだらしい。
しかし、事実を知っているグンマにしてみれば見当違いもいいところだということを知っている。だからといって教えてしまえば高松の身に何が起きるかは想像が出来るため、その命令に従い、丁寧に調べた。
流石に心臓部ともいえるマザ・コンを任せられる人間は限られており、そのためグンマ一人で行うことになった今回の作業。それでもその間、外からの情報は滞ることなくグンマの耳に届いていた。
そして、ハッキングされた形跡が無いこと、セキュリティの強化が終了したことを報告したときには、送られた刺客――ミヤギとトットリという名前らしい――が帰ってきていないという事態にマジックが荒れているという話も聞いた。
それでもそんなことを気にせずに、ガンボットの製作に取り掛かった。
久し振りすぎて、配線を繋ぎ間違えてショートしたことを除けば、順調であったといえるだろう。
南の島にいるというシンタロー。コタローの居場所がわかっているというのに、何故そんなところにいるのかがグンマには理解できなかった。もしかしたらその情報は偽者で、南の島に向かった刺客は帰ってこないのではなく、帰ってくることが出来ない状態なのかもしれない。シンタロー自体は別の場所でコタローを救出するための準備を図っている可能性もあるのではないのか?
そんな疑問も、このガンボットが完成するころにはわかることだろう。
先日、マジックがシンタローを迎えに行った際にグンマも同行する様に言われたのだが、ガンボットが後一歩で完成するということを言い訳に残った。
最新の情報では団内ではシンタローの次に強いというアラシヤマという刺客を送ったらしいが、彼からの連絡も無い。
「まだ、大丈夫」
グンマは信じていた。
抜け出したシンタローは、自らの幸せを掴むことが出来ると。ここに、ガンマ団に戻ってくるときは、コタローの傍にいると。
刺客からの連絡が無いのは、総帥が怖いからだろうと安易に予想された。
失敗は赦されない以上、連れ戻すことが出来ないのにも関わらず、連絡を入れるという命知らずなことはしないだろう。
大体、シンタローの同期である以上敵うはずが無い。
そして、全くの連絡が無いことに苛立った総帥自らが出向いたのだ。
良くも悪くも、父親であり総帥であるマジックが出向いたのならば詳しい詳細がわかるだろう。力の差は圧倒的であるからこそ、もしそこにシンタローがいるのならば連れ戻されるのだろうから。
必要最低限の物以外置いていないこの部屋は無機質で、壁にぶら下がっているコルクボートだけが色彩を放っている。
昔のものから最近のものまで無秩序に写真が貼られている。その中にはシンタローと一緒に何枚もある。
幼い頃に一緒にとった写真は二人でにっこりと笑っていて、高松とマジックが鼻血を流していたことを憶えている。
そのときのような笑顔を取り戻して欲しいと願いながら、グンマはガンボットの起動スイッチを入れる。
とたんに眼のところに設置したランプが灯る。
一先ずは起動したことにほっとしつつ、動作確認を行う。
左右の腕を動かすたびに、ギギギ、という機械音が響く。音の割にはスムーズに動くことに満足すると次は左右の足を動かしてその場で足踏みをさせる。これもこちらが指示したように動くことを確認すると電源を再び落とした。
「とりあえず、充電しておかないとね」
コンセントに充電コードを差込んでおく。動ける時間はただ動かすだけならば1時間程。この後でテストを重ねて正確に測る必要があるだろう。
と、そこでアラームが最新の情報が入ってきたことを報せた。
慌てて端末を立ち上げ、手馴れた仕種で易々と介入する。どうやら南国へと向かった総帥の戦艦が数日中に帰還するとのこと。
そして、シンタローがその島にいること。
グンマは十分過ぎる事実を手に入れたことをほっとすると、ガンボットを動かす手はずを整えた。
帰還早々、マジックはグンマを呼び出した。
手が届く位置にあったものを逃がしてしまったことが応えており、すぐさま仕事をする気になれなかった。そこにグンマが新作ロボットが完成したという報告がなされていたので、休憩がてらに聞いてみようと思ったのだ。
「お久し振りです」
ティラミスにこの部屋に通されると、開口一番に挨拶をしてグンマはマジックに会釈をした。
「元気にやっていたかい?」
いつもの優しいマジックであることにほっとしつつ、グンマは頷く。
ある程度、恐れていたこととして以前のように威圧感で圧倒されているのではないかと思っていたのだが、そのような事態に陥らずにすんだことに緊張が解れる。
「これが今回開発したガンボットです」
この数日で一生懸命纏めた報告書には詳しい数字が記載されている。寝る暇を惜しんで取られたデータは完璧に近いといえるだろう。
それもこれも、目的のため。
「ふ~ん、ならこのロボットは完璧なんだね」
「はい」
2,3質問をされ、資料と照らし合わせながら答えると、マジックはおもむろに一枚の書類を取り出した。
「じゃあ、グンちゃんにはシンタローを連れ戻してもらおうかな」
「わかりました」
さらりと重要なことを言ったというのに、グンマは驚くこともせず、はっきりと頷いた。
こうなることを、予期していたかのように。
「今度こそ、シンちゃんに勝ってみせます」
一枚の通達書と共に研究室に帰ってくると、早速準備を進めた。
ガンボットのメンテナンスをするために必要な道具を纏めていると、インターフォンが鳴った。
まだなにかあったのかと思い、ドアの鍵を開けると、そこには見覚えのある顔があった。
「私、Dr高松の研究室にて助手を務めているものです」
敬礼と共に自己紹介する彼は、現在、研究室に不在の高松の変わりに留守を預かっているものだった。
「なに?どうかしたの?」
高松からなにか連絡があったのかと首を傾げる。
「シンタロー様を連れ戻しに行かれるというのは本当でしょうか?」
「うん、そうだよ」
にっこりと笑ってそう答えるとさっさと部屋の中に戻ってゆく。
その様に慌てた彼は、そのまま研究室内に入ってゆくと、荷物の整理に追われているグンマの説得を開始した。
「せ、せめてDr高松がお帰りになってからでも遅くないのではないのでしょうか?」
「駄目だよ、叔父様から直接受けた命令だし」
暗に、逆らったらどうなるか解るでしょ、と匂わすと流石に彼も押し黙る。
命令を破ったものへの厳しい処罰は有名であるため、いくら高松が恐ろしかろうと思わず躊躇してしまうほどだ。
「大丈夫。ただシンちゃんに会いに行くだけだし」
ガンボットを積んでゆくということはおくびにも出さずに朗らかに答える。
元々、ここには資料などが置いてあるだけなので、ただシンタローを追いかけていくということしか聞いていない彼はしぶしぶ引き下がった。
大体、青の一族であるグンマに逆らうことなど、一介の研究員が出来るわけではない。
「それに、なにかあったらちゃんと僕から高松に言うよ」
それでは遅いのだが、結局、彼は自分の研究室に帰っていった。
なんとか説得できたことに安堵すると、申し訳なさそうに去っていった彼に頭を下げる。たとえ、どう言おうとも保護者である高松は彼に酷い仕打ちをすることだろう。しかし、それでもグンマはその島に行かなければならない。
今回、連れてゆくガンボットは、3年前とはパワーもスピードも段違いだ。きっといい勝負が出来るだろう。
しかし、そんなことはグンマには関係なかった。
さあ、望むものは見れるだろうか?
<後書>
まだまだ、先は長いと見せかけて、実は短い(かな?)
マジックさんはきっと、久し振りにシンちゃんとスキンシップが取れたからそんなに怒ってないじゃないかなと。しかも久し振りにご飯も食べれたことだしね。
つーか、絶対このグンマさん強いって(パプワ島に行って変わったんじゃなくって、元の素がでてきたってことですか?)
さてはて、ようやく、ようやく次はシンタローさんとグンマさんのツーショットになるか?
月の雫
その様子をグンマがリアルタイムで知ることが出来たのは、一重に実力から。
システムの拡張を行った際に、密かに優先コードを作り変えておいたことがどうやら功を奏したようだ。
あの日以来、誰にも内緒にしていることがたくさんある。
まず自分の知らないところで物事がどれだけ動いているか把握することは出来ないと考え、自分に必要な事項のみを集めるようにになった。
一番最初に、グンマは初めてマザ・コンに対してハッキングを行った。
いや、正確にはハッキングとは違うかもしれない。
製作者コードを使って入った以上、コンピュータはグンマのことを侵入者とは思わない。故に、侵入した形跡も無く堂々とアクセスすることが出来た。
そしてそこからいろいろと探っていった。それこそ、重要機密事項ですら覗くことが出来るグンマの前にはパスワードの壁など無いも同然で、何でも閲覧することが可能だ。
そしてどこにコタローが幽閉されているのかがわかった。
この大掛かりな計画に関わった者達も…
調べてゆくうちに、自分が何をするべきなのかわからなくなった。
いや、手段だけならば幾通りも浮かんだ。コタローを助ける方法も、シンタローに誰にも悟られず、総てを教える方法も。
養い人の高松に復讐する方法も、一瞬だけ浮かんだ。流石にその時は、自分がそんなことを考えたことが怖くなり、背筋に冷たいものが走った。
しかし、グンマにはどれも実行に移すことは出来なかった。
最後の一歩を踏み出す勇気が無く、そのままただ時間だけが過ぎていった。
そしてその日、時計のアラームが始まりを教えてくれた。
ただのアラームではなく、ガンマ団本部において何らかの変化があったときに報せるようにと命じておいたプログラムのひとつ。
慌ててグンマは今までの作業を中断し、本部の管理システムに潜り込んで詳細を掴もうとした。
この研究室にはガンマ団のシステム総てを掌握出来るように組み替えてあるため、直にどこに異常が起きたのかがわかった。
総帥室に何者かが侵入した。それまでに何の反応も無いことから、内部の特に幹部クラスの犯行。
ひとつの予感が、グンマの胸に過ぎった。はやる気持ちを抑えて、侵入者の逃走ルートを予測しながらカメラからの映像をチェックしていく。
やがて、ひとつの映像が眼に飛び込んできた。
侵入者として判断された一人の青年。長い黒髪をなびかせ、大事そうになにかを抱えている。
監視カメラから彼の様子を追う一方で、グンマは彼が何をしたのかを調べた。彼を逃がすために、監視カメラに偽の映像を流すことも忘れずに。
彼が建物から飛び出した瞬間、ようやく知ることが出来た。
「行ってらっしゃい。シンちゃん」
『シンちゃんは、何になるのさ』
『俺はそうだな~』
『早く教えてよ~!』
『パパみたいに強くなるんだ』
『強くなってどうするの?』
『そりゃぁ…そうだ』
『なぁに?』
『お前が苛められないように守ってやるよ』
『ホント?約束だよ!』
『ああ、約束だ』
きっと、忘れられている約束。
でもそれはシンタローだけのせいではない。
期待の大きかったシンタローはいつしか目的だけが圧し掛かり、なぜ強くなろうとしたのか忘れてしまったのだ。
単純な父親への羨望が重圧に変わったとき、ただ強く、総帥の息子としての自分に囚われてしまった。
強くなっていく従兄弟をみて、グンマは嬉しい反面、怖かった。
負けるを知らないシンタローが、敵わない壁を知ったときにどうなるのか予測できなかったから。
やがて、シンタローに弟が出来た。年の離れた、小さな赤ん坊。
直になくなった母親の代わりのように、シンタローは愛情を注いでいた。
それだけでグンマは喜びを感じている自分を知った。忘れられていた約束が実った気がしたからだ。
呪縛から抜け出せたのだとほっとした束の間、またしても父親の、総帥の影に囚われてしまった従兄弟と、変わらず何も出来ないままの自分。
そして今。
シンタローの、眼には強い光が宿っていた。
果たして、今度はどうなるのだろうか?
<後書>
エンジンが掛かってきた二人。
シンタローさんはまだ逃げることしか考えていないけれども、今のレールから外れようと頑張っていて、グンマさんはシンタローさんが自分以外の人間にだけれども約束を果たそうとしているのが嬉しいということで。
次は…パプワ島?
月の雫
コタローが幽閉されてから、早くも数日が過ぎた。
グンマは日に日にやつれてゆく。
高松はそのことが自分のせいであるとわかっているから胸が痛い。
『ねえ、高松ならなにか知っているんでしょう?』
皮肉なものだった。
まさか、幽閉されたその日にグンマがシンタローと、そしてマジックに会うことになるとは…
釘をきちんと刺しておくべきたっだと思うも、いつかはわかってしまうことだったのだからと諦めにも似た感情があった。
夕飯の時間になっても連絡がこないことに不審に思った高松が、グンマの研究室に行くとドアは硬くロックされたまま。
屋敷のほうに戻ったのかと思ったが、その形跡は無い。
しかし、代わりに数時間前に司令塔へと向かったことがわかった。
その時間は奇しくも、マジックがシンタローを呼び出したときだった。
もしかしたら、いつものように研究に没頭しているのかもしれない。ガンボットの研究がようやくできるようになったのだからと高松は自分を納得させようとした。
だが、昨日まで苦手分野の研究に取り組んでいたグンマが、いくら自分の好きな研究だからといってすぐに取り掛かるだろうか?
一抹の不安を抱きながらも、高松は翌日になっからもう一度グンマの研究室を訪れた。
すると、うんともすんとも言わなかったドアが開いた。
そのまま中に入ると、涙によって目を腫らしたグンマが椅子に座ったままこちらを見ていた。
そして言われた台詞が核心を突いたもので、思わず高松は黙ってしまった。
しかし、グンマはそれ以上何も言わない。
ただ、そのまま高松から視線を外して一言呟いただけだった。
『もう、僕には何も残ってないや』
高松がその計画を聞いたのは、ずいぶん前のことだった。
「コタローを幽閉する」
極秘に呼び出された高松は、マジックが苦渋に満ちた顔でそう切り出されても、ただ頷いただけだった。
ただ、喜劇が目の前で起きていることだけはわかった。
実の息子より、偽者の息子を取るという、その行動にただ笑ってしまった。
その任務は誰にも知られないように、高松が日本支部に向かったときに直接指示を出して、行われた。
出来上がるまで、いや、完成してからもコタローがその部屋に幽閉されるまで誰もその部屋を何に使うかを知らなかった。
シンタローがk-3地区に向かったと聞き、高松は計画が遂行されると思った。
しかし、その報せは一向に来ない。
不審に思って、直接問いかけたところ一冊の書類を渡された。
そこには具体的の指示が記されており、これさえあれば今すぐにでも決行できるだろう。
「未だに迷っているんですか?」
平常よりも深い皺を刻んだ眉間が、表情を更に険しくさせている。
「シンタロー様に嫌われることが嫌なのですか」
覇王とも謳われてるマジックに歯に衣を着せぬ物言いが出来るものはそうそういない。
しかし、それぐらい出なければ若くしてガンマ団の幹部にはなれなかったであろう。たとえ、ルーザーの秘蔵っ子であったとしても。
「……計画はシンタローが帰ってきてから行う」
あまりの言葉に、一瞬高松は言葉を失う。
それは、つまり。
「目の前で、引き離されるのですか」
いまさらながらに、自分の認識が甘かったのかと心の中で舌打ちをする。
あれほど溺愛していた息子よりも、ガンマ団を取るとは予想できない事態だ。
一度、そのような行動を取るのならば今後も同じような事態が起こると考えられる。
一番安全な場所に避難させたと思ったのだが、それは間違いだったのだろうか?
しかし、次の一言でその考えは打ち消された。
「あの子を私は失うつもりは無い」
声に淀みは無く、淡々と語られる。
「コタローが両目とも秘石眼だと知ったとしたならば、シンタローは絶対に離れようとしないだろう。それこそ自分は傷ついても構わないと」
しかし、その眼はこれから失うであろう家族の、シンタローとの絆に対する想いが浮かんでいた。
「シンタロー様に恨まれても、ですか」
それを知っても、高松は傷を抉るかのように質問を投げかける。
高松にとって大切なのは、ただひとつだけ。
「――ああ」
満足のいく回答をもらい、高松は頷いた。
「なら私は構いませんよ。途中で命令を変更されては困りますから」
相変わらず、人を食ったような答えであったが、マジックは何も言わず退出を促した。
それから高松は、コタローの幽閉をうまく進めるために微調整を行い、そのときを待った。
ことは順調に進んだ。
実の息子だと信じていたものに恨まれ、本当の息子を幽閉する。なんと愚かな行いなのだろう。
その事実だけで、高松の心を愉悦に浸らせるには十分だった。
ただひとつ、いやふたつばかり気になることがあった。
それは、そのことによって傷つくものの存在。
どちらも高松にとっては大切なもの。
しかし、今さら引くことは出来ない。
総てが完了し、あっという間に一年が過ぎた。
初めこそ、何をするでなくぼんやりとしていたグンマだがここ数ヶ月、ガンボットの研究をしていた。
マジックもグンマを気にかけ、多少のことには眼を瞑りそれ程、他の研究を押し付けることは無くなった。
そして、シンタローは。
「ガンマ団日本支部で大爆発があってね」
止まったままの時間が、動き出せばいい。
大切な、者達の…
<後書>
高松がでずっぱり…
月の雫はグンマさんメインなお話のはずなのですがねぇ。
この頃の高松は、シンタローさんもグンマと同じくらい好きなはずだと思い、書いてみました。
日記にも書いたのですが、高松はシンタローさんには実験まがいの事をしたということが漫画には書いてなかったので…
嘘予告はもうやめます、すみません…(パプワ君を出したかったよ…)
月の雫
昨日まで研究室に篭っていたのが嘘のように、グンマはk-3地区の情報を残らず入手した。
大きな遠征であったためか、あちらの様子は逐一とは行かないものの、結構な量の情報が流れてきていた。
日に増えてゆく、負傷者と死亡者の数。
その名前のリストを丹念に調べてゆくうち、グンは何度も吐き気に襲われた。
リストと共に、戦況についても遡っていった。それまで聞いていた情報は大まかなものであり、グンマも詳しくはし知らなかった。
そして、今までどれだけ自分が無関心であったのかを知った。
高々、そう、高々一回分の戦況を活字で追っただけだというのに、動悸を止めることが出来なかった。
ここまでの、犠牲を払っても手に入れたいもの。
そんなものにグンマは興味は無い。
今まであの地域で何人の人が死んだと聞いても、まるで他の次元の話だと思っていた。
なのに、知ってしまった今では、この世界を手に入れようと、多大な犠牲を払って平然としているマジックに恐怖を感じていた。
そして今日、グンマは一冊のファイルを抱え、総帥室に向かっていた。
昨日に一緒に届けようと思っていた、次の研究についての書類。この書類は提出期限は無いのだが、自分があれ程やりたがっていたガンボットの研究を行うためにも一日でも早く渡さなければならない。
しかし、腕に力を入れていなければ震えてしまいそうだった。
顔も自然にこわばり、朝に会った高松に心配されてしまった。
それでも何とか、重い足を引きずってここまで――総帥室へと向かうためのエレベータ前まで――やってきた。
降りてくるエレベータを待ちながら、俯いた。
今は何も見たくなかったから。
いつもならば聞いているだけで嬉しくなる、重々しい機械音も心を晴らしてはくれない。
重々しい音が止まり、扉が開く。
顔を上げ、エレベータに乗ろうとしたが、そこである人物と鉢合わせになった。
呼び出しを食らった。
周りはどよめくものの、呼び出されたのが誰であるかを知り、すぐに興味を失った。
その空気を掴み、苦い顔になったがそれも一瞬で消し去り、部隊長に敬礼をするとその場から立ち去った。
向かう先は総帥室。
コタローに一刻も会いたいという気持ちがあるが、一兵士であるシンタローが総帥命令に逆らえるはずが無い。
ティラミスに案内されて、総帥室へと案内される。
これも、指示に含まれていた。
シンタローはここまでの道のりを知っているし、必要な鍵など総て持っている。
それなのに案内をされるということは、身内として呼び出したわけではないのだろう。
些か緊張した面持ちで、無機質な廊下を黙々と歩いてゆく。前を歩くティラミスと自分の靴音のみがただ、冷たく反響する。
ようやく総帥室の前にたどり着いたときに、シンタローは重く息を吐いた。
ただ、呼び出されたというだけで、重圧を感じた。今までのように、何人もの人を介して下された命令を、じかに受けるというただそれだけなのに、呼吸がうまく出来ないでいた。
「連れてまいりました」
いつの間にか開いていた扉からティラミスが先に入り、シンタローの入室を促す。
気合を入れために、一度目を閉じて深く息を吸う。
大きく、一歩踏み出した。
「ただ今、帰還しました」
「久し振り~」
それまでの陰気な気分が一気に吹き飛んでしまった。
その姿を見ただけなのに。
グンマはそんな自分が現金だと思いながらも、下りてきたばかりのシンタローに駆け寄った。
しかしいつものように邪険に扱われると思っていたのに、シンタローは顔を上げることも無く、ただ俯いて歩き始めた。
「シンちゃん?」
暫く止まっていたエレベータは扉が閉まり、上へと登ってゆく。
それに乗るはずだったが、そんなことよりも明らかに様子のおかしいシンタローのほうがグンマにとっては大切だった。
正面に回りこみ、腕を掴んでその顔を見上げる。
自分よりも高い位置にある顔を見るためには見上げるしかない。
それでも、俯いているために眼を見ることは出来ない。
「……叔父様に、なにか言われたの?」
グンマの頭の中でアラームがなった。
聞いてはならないと、どこからか声が聞こえた気がする。
それでも、高松の言葉を信じた。シンタローは大丈夫だといった、その言葉を。
「……コタローが、幽閉された」
その声は弱弱しく、グンマの知っているシンタローの声ではなかった。
シンタローもたった一言、絞り出すことが精一杯で、驚いて眼を丸くしているグンマを振りほどくと、そのまま去っていった。
黙ってシンタローが去っていくのを見送ったグンマがわれに返ったのは、それから暫く経ってからだ。
慌ててエレベータを呼ぶが、その顔は先程以上に緊張していた。
日を改めて提出すればいいのに、なぜかその時はそんなことを考えられなかった。
思考が、麻痺していたのだろう。
ただ、届けなければならないという義務感があった。
総帥室の前に、ティラミス達を通し、部屋に入れてもらう。
あけてもらうまで時間が、とても長く感じた。
「グンマ様が参られました」
声から緊張しているのがわかった。
コワイ、ニゲタイ
なのに、グンマの足は勝手に部屋の中に進んでゆく。
「――お久し振りです。おじ様」
蚊の鳴くような小さな声で挨拶をする。
視線は合わせることが出来ず、俯いたまま。
「シンちゃんに、先程会いました」
「そうか」
おじ様も、会ったのでしょう、とは怖くて聞けなかった。
手に持っていたファイルを渡す際に、マジックの顔が眼に入った。
常ならば、優しそうな表情が浮かんでいるというのに、苦渋に満ちた顔をしていた。
こんな顔を見るのはグンマは初めてだった。
マジックの機嫌が悪いときには、それとなく高松がグンマを近づけないようにしていたし、なによりマジックも優しく振舞っていた。
しかし、今はそんなことを演じることすら出来ないほど、マジックの感情は高ぶっていた。
「グンちゃんは…」
「…何でしょう?」
唐突に話しかけられ、身を硬くする。
互いに視線を合わせようとしない。
「シンちゃんに、なにか聞いたのかい?」
「―――ハイ」
一瞬嘘をついてしまおうかと思ったが、そのようなことをして何になるのかと思い、きちんと答えた。
声は、先程よりもますます小さくなっていたけれども。
喉がからからに渇いていて、このままでは死んでしまいそうだ。
「―――――――――ぅ」
時計の音が大きく響く中、それでもその呟きは発した本人が思った以上に、部屋に響いた。
「なにか言いたいことがあるならいいなさい」
強い重圧を感じて、がたがたと体が震え、瞳からは涙が零れた。
秘石の力が宿っていない、蒼い瞳から。
じっと、ただ見ている―それだけに恐ろしい―そんな重圧に耐えられず、ようやく口を開いた。
「きっと、シンちゃんはもう笑わないと思う」
唐突に、衝撃がグンマの横を走った。
声にならない悲鳴と、爆音。
「下がりなさい。コントロールをするのが難しいみたいだからね」
グンマが振り向くと、そこには貫通こそしなかったものの、深くえ抉れた穴が壁に開いていた。
自分には無い力を眼のあたりにし、こくこくと頷くと力の入らない体をどうにか引きずるようにして部屋を後にした。
グンマが部屋から退出した後、マジックは自分があけてしまった穴の前に立った。
特注で作らせた壁は、どうにか暴走した力を凌ぐことが出来たらしい。
「全く、傷つけずにすんでよかった」
いくら力が暴走したとはいえ、自分の甥を傷つけるつもりなどマジックには無い。
放たれた力事態それほど大きなものではなかったが、直撃すればただでは済まないだろう。
ほっとするものの、どこか釈然としないものが残った。
あの時、間違いなく力の本流はグンマへと向かっていった。しかし、秘石の力はグンマの横を通り過ぎ、後ろの壁に大きな穴を開けたのみ。
それも力の暴走だと片付けてしまってよいものだろうか?
しばしの間、悩んだが結局結論が出るわけでもなく、マジックは再び仕事を開始した。
エレベータに乗り込んだところで、なんとか涙が止まった。
そしてエレベータの扉が開くやいなや、駆け出した。
一刻も早くこの建物から離れたかった。
もう、どんな通路を走ったかなど憶えていない。ただ、早く自分の居場所に戻りたかった。
自分の部屋に戻ると、鍵を掛け、椅子に座った。
「日記…」
引き出しを開け、日記を取り出す。
そして、新しいページを開くと、日付を書こうとペンを握った。
「書かなきゃ」
今までだって、つらいことがあっても日記を書かなかった日は無い。
シンタローに負けた日も、叔母が亡くなった時も。
その日に何があったかを忘れないように。いつか、そんなこともあったと言えるようにと。
それなのにペン先は震え、おかしな曲線を日記に描いてゆく。
不意に、視界がぼやけた。大粒の水がぽたりと日記を濡らす。
「間に、合わなかった」
声が潤んでいるのを、どこか他人事のように聞いていた。
弟が出来たと喜んでいた顔を見てに安心していた。
守るものが出来たシンタローならばきっと大丈夫だとだと思っていた自分がいた。
守りたかったモノは彼のプライド。
たとえ負けたとしても、立ち上がっていけるという希望。
何も出来ずにぼろぼろに引き裂かれてしまった。
彼らの、想いが。
<後書>
ようやく、一区切りついた気がします。
グンマさんがなぜシンタローさんに勝つことをこだわったかを書きたかったのですがいかがなものか。
次は、ようやく彼らの物語の始ったところが書けたらと(といいつつ、お子様は出なさそうですが…)