「総帥、そろそろご休息なされてはいかがですか?」
書類をシンタローに手渡したティラミスは、時計に目をやった。
「ん?そうだナ、そんじゃ、ちょっと休憩させてもらうわ」
仕事の手を止めたシンタローが大きくひとつのびをすると、
「コーヒーをお持ちします」
すかさずティラミスがそういって背を向けたが、
「あ、自分で缶コーヒーを買って飲んでくるからいい!」
シンタローは急いで立ち上がった。
振り向いたティラミスは、苦笑しながら、
「わかりました」
と答えた。
まだ午後だというのに休憩室にはめずらしくひと気がなかった。
(なんか、あいつらにまでちょっと子ども扱いされてる気がすんだよナ…)
少しむくれながらシンタローは自動販売機のボタンを押し、取り出し口に手をやると、後ろのほうで
「あっ、せっかくのシャッターチャンスやのに、フラッシュがッツ…!」
という声がした。
シンタローが振り向くと、仕切りの上に置かれた観葉植物が少し揺れていた。
目をすがめ、一瞬の動作で取り出したナイフを投げつけると、向こう側でドサリ、と何か重いものが倒れる音がした。
(眼魔砲を撃つまでもねーよなぁ)
シンタローは確認する気にもなれず、そのまま休憩室を後にすると、
「うわっ、何だこの血だまり!?」
「おい、絶対関わり合いにならないほうがいいって!だってこの人って…」
「そうだな。やっぱり見なかったことにして戻ろう」
「…あんたはんらなぁ、今なんて言わはりました?怪我人を介抱するとかいう親切心はこれっぽっちもないんどすかッ?」
「うぎゃーッツ!起き上がったー!!」
と騒ぐ声がかすかに聞こえた。
(ったく、落ち着いてコーヒーも飲めやしねぇ)
階段に腰を下ろし、フタをあけた缶をあおると口中に渋みが広がった。
(そういやアイツ、いつ遠征から帰ってきやがったんだ?)
しばらく顔を見ていなかった男の顔を脳裏に思い浮かべた瞬間、渋みが苦味へと変わったような気がした。
何やら視線を感じたので入り口へと目をやると、たった今思い浮かべていた人物と目があったのでシンタローは一瞬息をのんだ。
「あああああのっ、ただいまどすえvシンタローはん」
「―――なんだテメェ、生きてやがったのか」
「ひどうおます~、『おかえりアラシヤマ。よく帰ってきたナ!さみしかったゼ俺の心友v』とか、言ってくれはりませんのー!?」
「本気で死ぬか?オマエ…」
「いやあの、さっき出血多量状態どしたし、ナイフも眼魔砲もちょっと今は堪忍しておくれやす…」
「ッたく」
シンタローが掌の中の光球を消すと、アラシヤマは嬉しげに階段を上がってきた。
そして、シンタローの隣に腰を下ろした。
「ひさしぶりに本物のシンタローはんどす~vvv」
どうやら笑顔のつもりらしい表情を浮かべ、アラシヤマはしばらく黙って座っていたが、
「き、緊張しすぎて何を話したらええのかわからへん…」
と、情けなさそうにいった。
シンタローも自分から何か話し出すというわけでもなかったので、並んだまま、ただ時間だけが過ぎた。
「あの!今回任務の際ジャングルを通過したんどすが」
突然のアラシヤマの声に少し驚いたシンタローが彼の方を見ると、
「その時えらい大きい樹がありまして、シンタローはんみたいやなぁって思いました」
気がつかなかったものか、そのままアラシヤマは前を向いたままであった。
「根がしっかりとしていて天まで届くような背の高い大きい樹で、小動物やら小鳥やら小さい花やらがそこで暮らしてはるんや。いろんな小さい命を守って凛と立っていはる姿が、あんさんに似てる、と思うたんどす」
アラシヤマは愛しそうに目を細めた。
シンタローはアラシヤマから目線をそらし、下唇を噛んだ。
「―――てめぇ、もっとマシな話をしやがれ。たまには、ウィットに富んだジョークとか言えヨ?」
「ええっ?ウィットに富んだジョーク、どすかぁ!?」
アラシヤマは悩みながらしばらく何事か考えていたが、
「あの…」
と口を開いた。
「何だヨ?」
「今あんさんが飲んでるコーヒーの缶、飲み終わったらわてにくれまへん?わ、わてのシンタローはんベストコレクションに加えようかと…」
「―――それのどこがジョークだ?笑いどころが全くわかんねぇゾ…」
「あっ、すみまへん間違えました!これって思わず本音どしたえー!わてって、超ウッカリ屋さんv」
小首をかしげ、本人は可愛らしくごまかしたつもりらしかったが、シンタローはアラシヤマを見もせずに、
「眼魔砲」
至近距離から眼魔砲を撃った。壁に大穴を開け、アラシヤマの姿はシンタローの視界から消えた。
「休憩終わり、と」
シンタローは何事もなかったかのように立ち上がった。
ふと、手に持った缶を見て眉をしかめ、
「とんでもねぇバカだな、アイツ」
と呟いた。
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「今回、室内の制圧には6秒かかってます。お手元の資料にありますように、これは団員Cの状況把握が遅れたからどす。以上述べてきた結果から、次回の作戦では配置の再考が求められるのではないかと・・・」
シンタローは黙ってアラシヤマの説明を聞いていたが、資料から顔を上げ、時計の方を一瞬見ると、非常に不機嫌そうな表情となった。
(どないしはったんや?もしかして、わての説明が冗長やったんやろか?いや、でもそんなはずおまへん!簡潔に要領よく話したつもりどす)
アラシヤマは、自分の説明能力不足のせいではないと判断し、すぐにもうひとつの可能性を思いついた。
「シンタローはん、これはそんなに急ぐものでもおまへんし、今日はこの辺で終わりにして、残りは明日にしてもよろしおますか?」
そう言うと、シンタローの不機嫌さの度合いが先程よりも薄れた気がしたので、アラシヤマは自分の考えが正しかったことを確信した。
「お疲れのところ、気ぃつかんでえろうすみまへん。わてはもう帰りますさかい、よろしゅう休んでおくれやす」
「ああ」
と、返事はあったものの、心なしかシンタローの顔が曇ったように彼は感じた。
(あれ?何でそないに喜びはらへんのやろか??まぁ、わての気のせいでっしゃろ)
「ほな、失礼します。シンタローはん、おやすみなさい」
一礼し、部屋を退室しようとすると、ドアの前に立った所で
「アラシヤマ」
呼び止められた。
「な、何かご用どすか?シンタローはんっvvv」
アラシヤマは振り向いたが、それっきりシンタローは何も言わない。アラシヤマが近づいていくと、いつもなら、即、眼魔砲のはずではあるが、何事もおこらなかった。
椅子の傍にアラシヤマが立つと、シンタローはアラシヤマの顔を真意を探るように睨みつけ、
「―――やっぱ、いい」
と、珍しく目を伏せた。
(なっ、なんか、いつもの俺様シンタローはんらしゅうおまへんが、これはこれでめちゃくちゃおぼこすぎどすッツ!もももももしかしてっ、コレって、シンタローはんからの初めての夜のお誘いー!?!?)
アラシヤマは思わず出そうになる鼻血をこらえ、
「シンタローはん・・・」
意を決してキスをすると、拒まれなかったので、夢中でシンタローの頭を引き寄せ、薄く開いた唇を割って舌を絡めた。
少し、シンタローが身じろぎしたが、抵抗といったほどのものではなく、アラシヤマもシンタローを逃がすつもりはまったくといっていいほどなかった。
(わて、幸せどす・・・)
アラシヤマは、少しクッタリと自分にもたれかかってきたシンタローからいったん身を離し、
「あの、わての部屋に行きまへん?」
と上擦ったような声で言った。
その時、時計の時報が12回鳴った。
「―――眼魔砲ッツ!!」
ドウッツ、と、辺りに爆音が響いた。
「・・・・・・シンタローはん。いきなり非道うおます~・・・」
総帥室の片隅、油断しきっていたところに眼魔砲を至近距離でくらったおかげで、いつも以上にぼろぼろになったアラシヤマが、先ほどから体育座りをしつつ涙を流していた。
「―――さっきから超うざってぇ。さっさと自分の部屋に帰れヨ」
「あ、あんさんは!?もちろん、一緒に来てくれはりますやろッツ??」
「何言ってんの、オマエ?行くワケねーダロ!!」
「じ、じゃあっ、さっきのアレは一体何どしたのんッツ!?わて、初めてあんさんから誘うてくれはってえらい嬉しゅうおましたのに・・・!!」
「誘ってねーし!!大体、もう誕生日は終わっ」
シンタローは、しまった、といった表情になり言葉を打ち切った。
「はぁ、誕生日。って、誰のどすか??」
アラシヤマは間抜けな顔で、そう問い返した。そして数秒程考え、
「―――ええっ?昨日って、わての誕生日どしたっけ??」
驚いたように叫んだ。
「・・・忘れるか?フツー」
「いや、分析作業が忙しゅうおましたし、誰も何も言わへんかったんで・・・」
そう言うと、アラシヤマは黙り込んでしまった。
「―――どーでもいいけど、とっとと帰れヨ!!俺はもう帰るゾ」
パチリ、とシンタローの指が電気を消すと、部屋は暗くなった。
スイッチから手を離そうとしたシンタローの手の上に、後ろから手が重ねられた。
「あんさんが覚えてくれてはって嬉しおす。それにプレゼントに“シンタローはん”を頂きましたし、わてにとっては最高の誕生日どしたえvvv」
そう言うと、アラシヤマはシンタローを抱きしめた。
「・・・・・・マァ一応、誕生日おめでとう、アラシヤマ」
「・・・ありがとうございます。シンタローはん」
「何だヨ?この手は??」
「いや、その、あのー、一寸お願いがあるんどすが・・・。今から“さっきの続き”をわての部屋で」
「死ね」
どうしたことか、当サイトでアラシヤマの誕生日を祝うのが3回目となりました・・・。
大人の男な誕生日(って何なのか分かりませんが)を一応めざしてはみたのですが、
色んな意味で玉砕です・・・。ちょっとだけ、『シンデレラアラシヤマ』でしょうか?(違)
ある日の穏やかな昼下がり、一見平和そうな家の中は、それほど平和というわけではなかった。
「シンタロー、おやつ!」
「わう!」
台所に立って何やら作業をしている長身の男性に向かって、子どもと犬が何やら抗議していた。
「お前ら、さっき十分おやつを食っただろ?それに今は夕飯前だから、ダーメ!」
「育ちざかりの子どもにむかって何をいう?僕はおやつが食べたいゾ!!」
「ダメなもんは、ダメ!!夕飯ができるまでもうちょっとだけかかるから、それまで外で遊んでこいよ?」
「・・・シンタローはケチだナ!チャッピー」
「わうっ!わうッ!!」
不機嫌な様子の子どもと犬が、戸口に向かおうとすると、ドアが勝手に開いた。
「ただいまっス。って、何?パプワ、チャッピー、お前ら出かけるとこだったの?」
「何だ、リキッドか。僕らはシンタローが、おやつをくれないから家出だ」
「わうッツ!!」
「おいおい、物騒じゃねーな?シンタローさん、コイツらにおやつぐらいあげても・・・」
その時、リキッドの顔から数センチぐらいの距離のドアに何かが鈍い音を立てて刺さった。よく見ると、包丁であった。
「・・・テメェ、俺のやり方に何か文句でもあんのか?」
そう言いながら包丁をドアから引き抜いたシンタローが、かなり怖かったのか、
「いえ、めっそうもないっす!」
油汗を流しながら、無理やり笑顔をつくろったリキッドであったが、話題を変えた方が得策だと思ったようである。背に負ったかごを下ろしながら、
「あ、そうそう、さっき森でテヅカ君に会いましたけど、どうやら、アラシヤマがひどい風邪をひいたらしいですよ」
「あっそう」
リキッドを振り返りもせず、シンタローは野菜を刻んでいた。
「あのー、ちょこっとでも心配じゃないんですか?」
「何で?」
と、シンタローは振り返らずにそう言った。
(“何で?”かぁ・・・。普段あんなにお姑さんにつきまとってるのに、ちょっとだけ気の毒な気もするよなぁ・・・。でも、俺もウマ子が風邪ひいた(って状況ありえないけど)って聞いて、お見舞いに行くかというと悩むか。ま、俺には関係ないし!)
「―――そんなに心配だったら、テメーが見舞いにでも何でも行けば?」
すっかりそのことを頭から追いやって、採ってきた果物や野菜をより分けていたリキッドは、思いがけずシンタローから声をかけられて非常に驚いた。
「ええッ?何でっすかぁ!?だって俺、全然関係ありませんし、アラシヤマの所に行くなんて嫌ですよ!長い付き合いのアンタが行きゃーいいんじゃないスか!?」
「テメー、しばくぞ?ヤンキー・・・」
(こっ、怖っ・・・!!)
シンタローの様子にリキッドがすっかり固まっていると、リキッドの作業を手伝っていた子どもが、
「シンタロー、夕飯を食べたら、アラシヤマを見舞いに行け」
と言った。
「何でだよ、パプワ?」
ものすごく不本意そうにシンタローは顔をしかめたが、
「死んでたら厄介だしナ。様子を見てこい」
と、彼はあっさりと言った。
「・・・オメーらは、一緒に行かねーのかよ?」
「僕とチャッピーは、タンノ君やイトウ君と約束している。家政夫は、家の用事が山ほどある」
「あの、おぼっちゃま・・・、ちょっとぐらいお手伝いしてくれないんですか??」
「甘えたことをぬかすな。いいな、シンタロー?」
「わう」
じっと自分を見ている、どうあっても意思を曲げない様子の子どもに溜息をつき、
「―――行きゃいいんダロ?」
仏頂面で、シンタローはそう言った。
(・・・?どれほど眠ってたんやろか)
アラシヤマがぼんやりと目を開けると、それに伴って徐々に他の知覚も戻ってきたように感じたが、どうも完全な状態ではないようであった。
なんとはなしに熱に浮かされたような心もとない感覚がしたが、遠ざかりつつあるひとつの気配だけは、はっきりと感じ取ることができた。
「シンタローはんッツ!」
アラシヤマが布団の上に体を起こして叫ぶと、人影は一瞬立ち止まり、戻ってきた。
「・・・オマエ、寝てたんじゃねーのかヨ?」
「いや、もう目が覚めましたわ。あんさんが来てくれてはるのに、おちおち寝てられまへん!何のおかまいもできまへんが、ゆ、ゆっくり・・・」
何事か言いかけたまま、アラシヤマがバタリ、と布団に倒れてしまったので、シンタローは目を丸くした。
「アラシヤマ?」
と覗き込むと、
「あ、シンタローはんが2人いはる・・・。盆と正月がいっぺんにきたみたいで、嬉しおすぅ~vvv」
シンタローを見上げて、嬉しそうにへらへらと笑ったので、思わずシンタローはアラシヤマを殴った。
「風邪ひきの病人に対してひどいんちゃいます・・・」
「―――オマエ、それ本当に風邪か?」
「心配してくれはりますの?そうどすな、いや、もともとたいしたことはなかったんやけど、テヅカ君が心配してくれまして、“すごく早く治る薬”をくれはったんどすv」
「へー・・・」
「で、飲んでみたんどすけど、やっぱり急によくなるもんでもおまへんし、風邪は油断できまへんナ!あんさんも気をつけておくんなはれ・・・」
どう見ても具合の悪そうなアラシヤマを見て、
(もしかして、タケウチ君が薬を調合したのか?コイツでこのぐらいだったら、普通の人間はきっと死んでるよナ・・・。気をつけよう)
そう結論づけたシンタローが、立ち上がろうとすると、伸びてきた手に手首をつかまれた。
(熱ッ!)
バランスを崩し、ひざをつくと、
「す、すみまへんッツ!つい・・・」
アラシヤマは焦った様子であったが、手は離さなかった。
「わて、今これ以上ないくらい幸せな状況やいう気がするんどすが・・・」
「馬鹿か?オマエ」
手首をつかまれたまま、呆れたようにシンタローがそう言うと、アラシヤマはシンタローの手を引き寄せて頬に当てた。
「普段、あんさんの方がぬくいのに、今日はひやこうて気持ちようおます~」
しばらく、シンタローはアラシヤマの望むままにさせておいたが、不意に、
「帰る」
と言って手を振り解いた。
しかし、腕を強く引かれ、アラシヤマの上に倒れこむ形となった。
「おまっ」
「帰らんといて」
シンタローを抱え込むと、アラシヤマは彼の束ねられた髪をほどき、大切そうに撫でた。
(―――何か、重うおますけど。何でどっしゃろ?確か、テヅカ君にもらった薬を飲んで寝てたはずどすが。どうやら風邪の方は全快したみたいやナ・・・)
特に心当たりが無かったアラシヤマが身を起こすと、
「しししし、シンタローはんがッツ!!何でここにー!?これってわての夢!?!?」
彼の傍らに、想い人が丸くなって眠っていた。
「うるせぇ」
そう不機嫌に言うと、シンタローは起き上がった。
「わっ、わて、何もしてへんはずどす!だって、あんさん服きてはりますし、何より、わて全然覚えてまへんもん!!だからっ、わては多分無罪どすえー!!」
と、冷や汗を背中に伝わせながら必死で弁解するアラシヤマをシンタローはジロリと見ながら、
「へェー・・・。昨日のことは全く覚えてない、と」
髪をまとめ、紐で結わえた。
「すみまへんッツ!わて、そんなにええ思いをしたんどすか!?じゃあ、今から続きをッツ・・・!!」
「死ね。眼魔砲ッツ!!」
ドウッ、と爆音が響き、アラシヤマは吹き飛ばされた。
PAPUWAハウスに戻ったシンタローであったが、子どもと犬は何処かに遊びに行ったのか不在であり、家政夫が1人、家の中に居た。
「シンタローさん、お帰りなさい」
「ああ、ただいま。って、オマエ洗濯は?」
「あ、ハイ、これからすぐにやります」
リキッドは洗濯をしながら、洗濯物を干しているシンタローの後姿を目で追っていたが、
(やっぱり、教えてあげた方がいいのか?もし知ってたとしたらわざわざ他人に指摘されたくはねーよな・・・。でも、パプワ達に気づかれたらどーすんだろ?この人、そういう説明は不器用そうだし・・・)
シンタローのうなじに付いている薄赤い痕を見て、リキッドはそっと溜め息をついた。
「悪い虫、か、馬の蹴り、か、どっちかなぁ・・・。ま、俺には関係ねーけど」
思わず手を止め、空を見上げると、
「干し終わったゾ!早く次のを寄越せ!!」
という言葉とセットで、空のたらいが飛んできた。
prisoner
「もう訓練終了まで数時間やというのに、マヌケな話や・・・」
まだ少年期にあると思われる若い男が呟いた。彼は、木の根元に座り込んでいた。
先日から、士官学校では捕虜の捕獲と偵察戦術についての訓練を行っている。
その訓練では訓練生を大きく2チームに分け、アラシヤマは偵察側に属していた。一緒に偵察に出た仲間は捕虜となったが、アラシヤマは応戦し、どうにか逃げ延びた。
捕虜にされると言っても訓練なので、むしろ何時間もジャングルに潜伏するよりは数倍楽ではあったが、彼のプライドがそれを許さなかった。
残存部隊組とあらかじめ取り決めておいた合流地点を目指し、ジャングルを移動していた矢先、罠が仕掛けられていた。
クレイモアの警戒線がいくつも張られている中、今までとは系統のちがう圧力発火式地雷が埋められていたので用心し避けて通ったところ、アラシヤマはバランスを崩し、ブービートラップに引っかかった。
板に鋭いスパイクが何本か打ち込まれた古典的な罠であっただけに、彼は痛みよりも悔しさを強く感じた。
しばらく休んだので、アラシヤマがその場から立ちあがろうとすると、不意に目の前のブッシュがガサガサと音を立て、少年が1人、現れた。彼は、座り込んでいるアラシヤマを見ると、目を丸くした。
「なんだ、オメーか」
「ああ、あの罠を全部仕掛けたのは、シンタローどしたか。あんな古くさい罠をしかけるなんてどうかしてるんやないか?」
アラシヤマが小馬鹿にしたようにそう言うと、シンタローは不機嫌になり、
「それにひっかかったバカは、どこのどいつだヨ?」
と言った。
今度はアラシヤマも不機嫌になり、押し黙った。
「テメェ、怪我してんダロ?さっさと自分で手当てしろヨ」
「これぐらいの傷、どうってことあらしまへん」
そう言ってアラシヤマは立ち上がったが、額に油汗が滲んでいた。
アラシヤマは、シンタローが早くこの場から立ち去ればいいと願ったが、あいにくシンタローは彼が何も装備を持っていないことに気づいたようである。
「オマエ、馬鹿か?たいしたことないって思っても、ジャングルの中で消毒もしないまま放っておくと足が腐って使い物にならなくなるんだからな!」
シンタローが怒ったように言いながら近づいてきたので、アラシヤマは彼を睨みつけ、
「ほっといておくれやす」
と憎々しげにいうと、シンタローはアラシヤマを殴り飛ばした。地面に転がったアラシヤマがすぐに身を起こすと、シンタローは仏頂面でアラシヤマの足からブーツと靴下をはぎとり、応急キットの中から取り出した消毒液を直接、傷口に振りかけた。
「いっ、痛うおます!あんさん、手当てが下手クソどすな!?」
「うるせぇッツ!!わざと痛ぇようにしてんだから、当たり前ダロ!?足が腐るよりマシだと有難く思えッツ!!」
「わざと、やて・・・!?」
アラシヤマは、自分の足に包帯を巻いていくシンタローのつむじを睨みつけていたが、不意に、
「―――俺は、あんさんが嫌いどす。あんさんもわてを嫌いでっしゃろ?何で、あんさんはそうおせっかいなんどすか?」
不思議そうに聞いた。
シンタローは顔を上げると不機嫌な様子で、
「怪我をしているヤツがいたら、助けるのがあたりまえだろーが?・・・あと、一応仲間だし」
と言って、包帯をギュッとしばった。アラシヤマは、顔を顰めた。
「よし!完璧!!」
出来ばえに満足したのか、少年らしい無邪気な笑顔で笑ったシンタローの顔を、アラシヤマはあっけにとられたように見つづけていた。
「何だよ?なんか文句あんのか!?」
再び顔を上げたシンタローと至近距離で視線が重なり、アラシヤマは慌ててそっぽを向いた。
「べっ、別におまへん。ただ、巻き方が不器用やと思うただけどす!」
「・・・ったく。助けがいのねーヤツだナ!」
シンタローは立ち上がると、
「じゃあ、俺は戻っから。それとオマエ、逃げる時は血の痕を消せよ?すぐ敵に気づかれるゾ」
再び繁みを掻き分け、姿が見えなくなった。
その場に残されたアラシヤマは、
「余計なお世話や」
などとブツブツ言いながら穴のあいたブーツを履き、立ち上がった。
「―――礼、言いそびれたナ」
聞き取れないようなごく小さな声でそう言って、アラシヤマは歩き出した。
シンタローは籠を背負ってジャングルの中を歩いていた。籠の中には色とりどりの果物や植物が入っていた。晩ご飯のおかずとデザートにするつもりであった。
(雨の後だからか、ちょっと蒸すよナ)
辺りの木々や草は久々に雨を受けたせいか、葉が強い太陽の日差しを弾くようにぴんと張り、濃い植物の香りが森中にたちこめていた。
シンタローは、こめかみを伝わってきた汗を腕で拭った。
しばらく歩くと、そこだけ木が無い開けた場所に出たが、いつも遊んでいるはずの小動物達は居なかった。
かわりに、あまり会いたくない人物がレジャーシートを広げてその上に座っていたので、回れ右をして音を立てないように元来た道を引き返そうとすると、何やら作業中であった相手もシンタローに気づいたようであった。
「シンタローはーん!あんさんから訪ねてくれはるやなんて、嬉しおす~!!やっぱりわてら、赤い糸で固ーく結ばれているんやって確信しましたえー!」
と、大きく手を振りながらアラシヤマが駆け寄ってきたので、
「眼魔砲」
思わず眼魔砲を撃つと、アラシヤマは吹き飛ばされた。
十数メートルほど先に倒れたアラシヤマは動かなかったので、シンタローが路の真ん中に倒れているアラシヤマを避けてそのまま横をすり抜けて行こうとすると、ガシリ、と足首を握られた。
「うわっ!何すんだ!?離せッツ!!」
思わずシンタローが叫ぶと、アラシヤマは彼の足から手を離して起き上がり、
「・・・シンタローはん。わ、わてに、わてに!会いにきてくれはったんどすナvvv」
と、ボロボロの姿でシンタローに抱きついた。
「違うッ!何考えてやがんだテメェ!?今すぐ離れろッツ!!」
「嫌どす~。だって、今あんさんを離したら、このまま帰ってしまいますやろ?」
「あたりまえだッ」
アラシヤマの行動と暑さに、シンタローはますます苛立ちながらもキッパリと答えた。
(何だコイツ?もしかして、わざとやってんのか・・・!?)
どうにかして、アラシヤマを引き離そうと試みるが、離れない。
「パプワ達が待ってるから、離せッツ!」
「―――じゃあ、やっぱり離しまへん。シンタローはん、可愛いらしおす~vvv」
アラシヤマは、シンタローを離す気は爪の先程も無いようであり、ますます力を込めてシンタローを抱きしめ、首筋に顔を埋めた。
(うわ、暑苦しい・・・)
シンタローは気が遠くなりそうであったが、ここで倒れるとアラシヤマに一体何をされるかわかったものではなかったので、
「とりあえず、すぐには帰んねぇから、離せ!」
そう言うと、アラシヤマは疑い深げにシンタローを見た。
「や、約束どすな・・・?」
「ああ、約束だ」
声音に嘘が含まれていない、と判断したのかアラシヤマはやっと離れた。
離れた瞬間、シンタローはアラシヤマを右ストレートで殴った。
(何で、こんなことになったんだ?今日は厄日か??)
シンタローは、半分あきらめの気持ちでアラシヤマとレジャーシートの上に座っていた。
「シンタローはんv、お茶はいかがどす??」
「何が入ってるかわかんねーし、いらねぇ。ところでオマエ、さっきまで何やってたんだヨ?」
シートの上に何やら紙の切れ端やらハサミやらが散らばっていたので、
(どうせ、ろくなコトじゃねーだろーケド)
とシンタローが思いながら聞くと、
「あっ、コレどすか?これは、シンタローはん応援グッズの団扇作りどすv苦労の末、やっと9枚完成しましたえー!あと残り1枚なんどすが」
アラシヤマはそう言って、表にシンタローの写真が貼られ、裏に“シンタローはんLOVEv”と文字が書かれた団扇の束を嬉しそうにシンタローに渡した。
シンタローは、団扇を受け取るなり、
「眼魔砲ッツ!!」
団扇に向かって眼魔砲を撃った。紙と竹でできた団扇は粉々になった。
「し、シンタローはんっ!あんさん、何てことしはりますの・・・!!」
アラシヤマは、ショックをうけたような顔で呆然とシンタローを見た。
「何だヨ?文句あっか!?テメェ、俺に無断でこんなキモイもん作ってんじゃねーよ!!」
アラシヤマは、
「わての団扇・・・」
と、ブツブツ呟きながら膝を抱えて落ち込んでいた。
(ウザイ、鬱陶しい。それにしても、あちーな・・・)
シンタローは、アラシヤマに背を向けると、白い無地の団扇が目に留まった。傍に自分の写真が置かれていたので、それはすぐに破り捨てたが。
団扇を手に取り扇ぐと、少し涼しい風が肌に当たった。
「やっぱ、夏は団扇だよナ」
そう呟くと、傍らのアラシヤマが、
「ちょっと貸しておくんなはれ」
と、シンタローの手から団扇を取り上げ、持っていたペンで何やら絵を描いた。
「これ、朝顔か?」
「そうどす、何も描かれてないのも無粋やと思いまして。日本の団扇いうたらこれがつきもんでっしゃろ?」
アラシヤマはシンタローの手に団扇を返した。
「ふーん。オマエ、割と器用だナ」
シンタローが少し感心したように団扇の絵を眺めると、アラシヤマはそれほど嬉しそうでもなかったが、しばらくしてオズオズといった様子で口を開いた。
「あの・・・、裏側に“シンタローはん、バーニング・ラブv”って書いてもよろしおますか?」
「何ほざいてやがんだテメェ?モチロン嫌に決まってんじゃねーか!」
「―――シンタローはんの、イケズ~」
と言って、アラシヤマは頭の後ろで腕を組み、ごろんと仰向けに寝転がった。そして、シンタローが団扇を使う様子を眺めていた。
長い間2人は無言でいたが、空が縹色から菫色に色を変え始めたころ、
「そろそろ、帰んねーと」
ふと、シンタローは立ち上がった。アラシヤマもつられたように身を起こした。
シンタローは団扇を手に持ったままであることに気づいたが、アラシヤマを見て、
「これ、貰ってもいいか?パプワに見せてやりてーんだ」
と聞くと、アラシヤマは目を伏せて少し笑い、
「ええですよ。持っていっておくんなはれ」
座ったまま了承の意を告げた。
「じゃーな!」
シンタローが籠を背負って歩き出すと、
「シンタローはーん、一番星が出てますえ!」
後ろから、アラシヤマの声が追いかけてきた。
立ち止まって上を見上げると、未だ紫がかった青みの残っている空に星が1つ、白々と輝いていた。