―――消えろ―――
―――偽者―――
―――殺してやる……ッ!―――
「……!」
視界が何も無い漆黒の暗闇から、淡い薄暗闇に変わる。
体を伏せたまま周囲を見渡して、あの暗闇が夢だと認識した。
正確には夢でもあるが現実でもあった。
遠くない過去の―――…。
「殺してやる…か」
腕を真横に伸ばす。
指に当たるシーツの冷たい感触に、隣に居る筈だった彼を思い出された。
少し前は結構な頻度でシンタローと、どちらかの自室で夜を共にしていたが、今シンタローは隣にも同じ地上にすら居ない。
彼と異次元に仮移住地として造られた第二のパプワ島で別離してから一週間が経っていた。
未だに第二のパプワ島への出陣する事も、生死すらも知る事が出来ずにいる。
不安は当然ある。
けれど彼は絶対生きていると確信も持っている。
第三者にそれを提示出来る根拠も証拠も無いが、信じられた。
信じてはいるがキンタローに余裕は持てなかった。
シンタローが生きていると確実に分かったとしても同じだろう。
今まで当たり前のように、遠征先でもプライベートでも常に近くに居た存在が今は居ない。
今までも何日か離れた事はある。
けれど。
傍に居ない事にこんなにも苦痛を感じるとは思わなかった。
今直ぐにでも彼を確かめたい想いが膨れ上がっていく。
その為に無茶と周囲に咎められるまで彼を迎えに行く手段を探していた。
当然安眠などは無縁。
元々寝つきの悪いキンタローだが、余計に酷くなっていく。
やっとついた眠りも長くて二時間で覚めてしまうのだ。
ふ、と短く漏れた溜息は明らかな疲労を表していた。
―――消えろ―――
―――偽者―――
―――殺してやる……ッ!―――
「あの頃のオレが今のオレを見たなら、自分だとも気付かないだろうな…」
シンタローの存在が消えてしまう事は誰であろうと、自分であろうと今のキンタローは許さない。
全力を持って彼を害するモノ全てを取り除く最大限の努力を惜しもうとは思わない。
今別離したシンタローを彼は求める。
初めから、シンタローは彼にとって無くてはならない存在で、
それを自覚したのは行動を共にしてどれくらい経った頃か覚えていないけれど。
貴方がいなきゃ生きていけない、なんて、下手な恋愛ドラマにでも使い古されていそうな台詞も鼻で笑えない。
今はまだ大丈夫。
根拠は無くてもシンタローは生きている自信がある。
けれど、もし。
もし彼が完全に居なくなってしまったら――…?
もし彼と二度と会えないと決定付けられたら――…?
「生きていけない事はないだろうが………オレの存在する理由も意義も目的も価値も全て失うのだろうな…」
キンタローにとってシンタローが己の存在理由。
キンタローという一固体を占めるパーツの半数を占める存在、いや、それ以上かもしれなかった。
「いや、シンタローの万が一は考えまい。アイツは必ず生きている」
それを確実の物とする為に、一刻も早くと気持ちが募る。
焦りは禁物だと分かっていても抑えきれない熱情。
消滅を願った相手を、今ではこんなにも、強く強く欲していた――…。
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この世界にこれほど鮮やかな色彩がある事、
空気の匂い、
快晴の空の色、
太陽の熱、
雨の感触、
犬の毛並み、
全てが目新しかった。
自分の行動一つに課せられる責任の重さ、
他人の目から受ける感情、
触れ合う温度の温かさ、
世界の誰もが全く同じ者は存在せず皆が完全に別個の存在である事を、今まで知らなかった。
アイツから送り届けられるこの身体の記憶は、封じ込められ身動きを許されないオレにも自然と流れ込んできた。
アイツの経験はオレの蓄積となる。
だが、アイツの感情は朧気で微々たる単純な情報しか流れてこなかった。
アイツが怒る・哀しむ・喜ぶ・楽しむそれらはオレにも伝わってきた。
しかし、喜怒哀楽の度合いは伝わらない。
アイツが哀しい思いをしたという情報だけが伝わり、哀しみの深さは届かない。
アイツの存在を憎み、偽者と決め付けていたあの時のオレは、アイツが哀しもうが喜ぼうが怒ろうがどうでも良かった。
身体は一つの者だったが、心は二つの者だったんだ。
24年の月日を経て、外の世界に解放されたオレは、初めて自分で経験を積む事が許された。
感じるものはアイツを通してではなく、自分自身で確かめられるものとなる。
当時はオレの体を長い月日所有していたアイツへの殺意で膨れ上がっていたが、それでも自分で感じる事の出来る感動も味合った。
そして今、アイツへの殺意が摩り替わると、受け止める喜怒哀楽の深さはより濃くなっていった。
全てが感動の対象。
知らなかった。
閉じ込められていたあの頃は知らなかった。
犬の温かさ柔らかさ、
昆虫の小さくも精密な身体とメカニズム、
知識を増やす充実感、
…………………誰かを愛する想い。
愛する対象がオマエで良かったよ、シンタロー……。
知らなかった。
憎いだけの存在であったオマエが、こんなにも愛しく感じるとは知らなかった。
だから、シンタロー、もっとオレに教えてくれ。
深くオマエを抱き締めながら願う。
喜びも哀しみも全てオマエがオレに教えてくれないか―――…?
「えー!シンちゃん参加してくれないのー!!??」
「あほか。大の男が何が悲しゅうて夜中に甘ったるい菓子に囲まれてお茶会なんぞしなきゃならねえんだよ」
夕方から夜という時間に変わっていく時間帯。
突然元気いい甘ったるい声でグンマが夜中のお茶会っつーモンの誘いにきた。
で、オレは即断ったって訳。
「楽しいのにー!」
そりゃオマエだけな。言うとまたぎゃんぎゃん言われそうだし胸の中だけで。
「毎日仕事仕事でクタクタなんだよ。はしゃぐ気力なんて残ってねぇって」
「わー、シンちゃんオッサンくさーい」
ゴツン!!
「ぶわ~ん!!シンちゃんが殴ったぁ~~~!!!」
「誰がオッサンだ!大体テメエも同い年だろうが!」
グンマは涙目で頭を摩りながら目で軽く睨んでくる。
殴られた痛みより、茶会を断られた事に対しての不満を訴えてるんだろ。
ま、確かに最近グンマともあまり会話らしい会話してねえし、付き合ってやってもいいとは思うが夜はなー…。
「昼なら付き合ってやるよ」
「ホント!?」
さっきまで恨みがましそうだったグンマの目がキラキラと輝く。
「ま、たまにはな。暇が取れたら付き合ってやるよ。コタローとキンタローも呼んで4人でやろうぜ。その方が賑やかで楽しいだろ」
「わーいv有難うー!ぜーったい約束だよシンちゃん!!」
抱きついてくるグンマの頭をぽんぽんと叩いて「ああ」と頷いた。
「でもさ」
あ、また強請る時の面になってやがる。
……嫌~な予感…。
「夜中のお茶会はお昼にするよりわくわくで特別で面白そうだからその内やろーね!」
「あのなー…、だから夜は駄目だっての」
「なんでー!?」
コタローちゃんが夜は参加出来ないから!?とか言ってくるが、そういう問題じゃねえんだよ。
いちいち言い訳考えるのも面倒で適当に受け流してまだやり掛けの仕事が残っている総帥室に足を向ける。
「あー!シンちゃーんー!」
「仕事片付けねえと昼の茶会にも出てやれねけどいいのかよ」
「うー…」
ノルマこなさねぇとグンマに付き合ってもやれないし、それに今夜の予定もお流れになっちまう。
「ぶぅー!シンちゃんにも夜は駄目って断れちゃったよー!!」
頬を膨らませながら………多分自室か開発部に戻っていった。
………あ…?さっきグンマなんて……。
―――シンちゃんに“も”断れちゃったよ―――
「シンタローのトコにも来たのか、アイツは」
散々ベッドの中でいちゃつきまくった後、オレを抱き込みながらキンタローがふぅと溜息を吐いた。
「やっぱりなー。オレ以外でアイツが誘うってったら、オマエしかいねーし」
昼間ならコタローも誘うだろうが、まだ幼い子どもに夜遊びは厳禁って事くらい皆心得ている。
「でも仕方ないよなぁ?夜はさ」
「そうだな」
キンタローがふっと笑って軽く頷いて顔を寄せてくる。
心得てオレも積極的にキンタローの唇に吸い付き、舌を口内へ導いた。
毎夜のようにキンタローとオレはどちらかの部屋で呑んでは他愛ない会話をしてベッドへ縺れ込む。
キンタローがこの世界に出てきて数年。今日から明日へ変わるその変わり目を共に越す瞬間、その僅か前の時を共に迎える。
2人で今日を終わらせ、明日を始めよう。
この熱いキスもあと僅かな時間で昨日になるだろう。
互いに更に深く舌を使い絡め合う。
明日になるまであと何秒―――…?
次の会議に使う資料の一部を探しにキンタローとオレとで入った倉庫は少し埃っぽい狭い部屋。
ガンマ団の隅々まで清掃が行き渡るのは実は無理なんだよな。
重要な資料を保管している場所だとそれを閲覧&持ち出せるだけの人物でなければ入る事が出来ない。
保管部屋の鍵も秘書2人が持っていて、鍵を借りるには二人の許可を取らなくてはならない。
総帥のオレですら理由言わなきゃ借りられねぇし。
ま、他の連中じゃ、理由を言ってからめんどくせェ書類まで書いて許可書貰わなきゃ借りれねえらしいけど。
「あー、これか?」
目当ての資料を棚から引き抜いてキンタローに手渡す。
「ああ、これだな」
パラパラと目を通してふむ、と頷く。
よしこれでOK。
「んじゃ戻るか」
「そうだな。今日のノルマがまだ残っている」
「は~…、そろそろ休暇でも設けてどっかに行きてえよ」
「それはオマエ次第だろう」
「ムカつく~」
倉庫の扉を越える時、くしゃっと笑いながらキンタローに上半身だけ振り向いた。
特に何かを意識しての動きじゃなかったから直ぐに前に向き直ろうとした――――瞬間に。
ぐいっ
「おわッツ!?」
腕を強く引っ張られ、そのままキンタローの肩に額をぶつけた。
額より捻られた腕が痛ェよ…。
「何だよイキナリ!」
直ぐに顔を離して軽く睨んでやれば、キンタローの目がベッドの情交の時に見せる、あの熱っぽさを帯びているのに気付いた。
「…え、何だよ…」
ここは重量資料を保管している倉庫でオレ達はまだ仕事中で、なのにまるで熱い夜の中に置かれているような錯覚を感じた。
こんな目をするキンタローはその時しか見ないから…。
柄にも無く内心狼狽するオレに構わずか、キンタローの手が突然襟を滑って服の中に侵入してきた。
「うわッツ!?」
素っ頓狂な声を上げるオレを無視して、入り込んだ手の平は遠慮を知らず、大胆に這い回る。
「ちょ…待っ…………!何だっつーの!!オイ!キンタロー!!!」
「前から思っていたが、この服は問題だな」
瞳の熱情以外は無表情に脇の辺りに指を滑らせながら言う。
「は!?問題って……」
すっかりキンタローの愛撫を覚えた身体は、あっという間に熱を帯びていき、呼吸も徐々に荒くなっていく。
「正確に言えばここだ」
ここって…、キンタローの手が入り込んだ胸元かよ。
「開き過ぎだ。その気のある者を誘っていると誤解されても仕方が無いぞ。だけではない。
さっき振り向いた時に見え難いところも少しばかりだが見えてしまった。
ただでさえ目立ちすぎる赤い服に胸元を強調するのはどうかと……」
「親父だって、昔これと同じの着てただろうが!」
「マジック叔父貴はいい。別にオレはマジック叔父貴に欲情したりはしないからな」
「は…!?」
論争してる間にもキンタローの手の動きは止まず、無感情を思わせる声色を発していた唇がオレの首筋から鎖骨まで行き来する。
ここまでされると、流石に声も漏れてくる。
「っく…は…」
頭の中がぼんやりと霧がかってくる。
その隅で、倉庫の出口が閉まる音を聞いた。
暗く埃っぽい狭い一室を照らす豆電球で辛うじて互いが見える程度。
―――……ってまさかここでヤる気かよ!?
それは流石に不味ぃだろマジで!!
「本気の本気で待てよキンタロー!今はまだ仕事中だろ!?忘れてんじゃねーーー!!!」
大体何時も仕事中にイチャイチャしようとして「仕事中だ」と一刀両断するヤツは誰だよ!
テメエがその気になりゃあ問題無しか!?
つーか、さっきオレのノルマがどうとかぬかしやがったのはテメエだー!
快楽を感じる半分、怒りの感情も湧き上がってきた。
「オマエが悪い」
「この…ッ、人の所為にすんじゃねーーー!!!」
「正確にはオマエとその服だな」
「ふざけんな馬鹿野郎ッツ!!」
ここまで言われて大人しく抱かれてやるかよ!
抱き込むキンタローの腕から逃れようと、握り拳を振り上げて暴れだす。
けどその時に腰のベルトも外されてしまう。
ズボンまでずり落ちなかったが、入り込む隙間の出来たそこに手を伸ばしてきた。
「……ぐッ!」
男の一番感じ易い部分に触れられると、ずくんとそこに熱が集まる。
乱暴ではなく優しいその動きがどうにももどかしくて仕方が無い。
もっと強くして欲しいと――――
…ってどうするよオレ。
流石にここまでされて途中でお終いは出来ねえよ。
もういっそこのまま抱かれても………とは思っちまうが、流石に場所が場所だけにヤバ過ぎる。
中からも鍵は閉められるし防音対策もしっかりしてるからそれはいいとして、ここで互いにイッちまったら後処理どうするよ。
コイツ、そこまで考えてヤろうとしてんのか?
しかも脱がせねえままだから、このままされたら下着も汚れちまう。
「キンタ、ロー…ッ!テメ…ッ、後処理とか……どーすんだよッ!!
………っく…ッ………れに、このままだと下着………が汚れ……ち………んくぅッ」
「そうだな」
そうだよ。
内心激しいツッコミを食らわす。
「ならここまで下げるか」
ずるりと膝上まで下着ごとズボンを下ろされる。
……いや、そこまでだとまだヤバくねえか?
香ばしいコーヒーの香りが部屋の空気を包み込む。
あまり飲みすぎるなとアイツには言われるが、徹夜作業が続く為に欠かせない。
それにコーヒーの香りは落ち着く。
紅茶よりはオレがコーヒー党な為だろう。
ただインスタントのコーヒーはイマイチ香りが楽しめない。
眠気覚ましの為に飲むのだと思えば問題にする事じゃないが、やはりオレは多少面倒でも一から煎れる。
まぁ、普段はオレが煎れるまでもなく周りの者が気を使っていいタイミングで運んでくれるのだが。
ふと、彼の顔を思い出す。
「アイツも今日は徹夜で作業してるんだろうな…」
近頃お互い仕事が立て込んでいて徹夜状態が続いて一週間くらいは経ったと思う。
仕事以外で残された時間は生活―――生きていく上で必要最低限+身嗜みに消費され、同じ敷地内に職を置き、
共に暮らしている恋人同士だと言うのに仕事以外でまともに言葉を交わす事も出来ていない。
忙殺されながらも、会いたいと思う。
仕事抜きのプライベートで。
酒とつまみを持って語り明かすも良し、ベッドで互いの体温を確かめ合うのも悪くない。
「アイツにも、これを持っていくかな…」
持っていくしかないだろう。
既に二人分のコーヒーはお盆に鎮座しているのだから。
彼の仕事もあともう一頑張りすれば片がつく筈だ。
3時間前に顔を合わせた時に今抱えてる量の残りを聞いて計算してみる。
そろそろ一段落つく頃だろうから、明日には久し振りにお互い時間を持てる筈だ。
誰にも―――アイツにすら言ってないが、彼が仕事を落ち着かせる頃を狙ってスケジュールを組んでいた。
「ならお互い、今日中に仕事を片付けた方がいいな」
自分と彼の気合入れに、二人分のコーヒーと当分補給の為に少量の菓子を添え、小さなお盆に乗せてアイツの元へと向かった。
「「あ」」
2人が声が廊下の曲がり角でぴったりと合わさる。
まず目線はお互いの存在を確認。
それから注がれる先は互いに手に抱えているソレ。
「もしかしてそれってオレに…?」
「シンタローもか」
「ぷ…っ、はは…ッ。そうだよ全く。……クックッ、オマエに差し入れしてやろーと思ってたのにな。……あははッ」
ああ可笑しい。
可笑しくてクックと笑い声がお腹の底から溢れ出す。
お菓子は少量だったからまだいい。保存も利くし問題は無い。
ただ2人が用意したのを合わせて4人分のコーヒーはどうしようか。
お客様用のカップなら小さめでいいが、用意したのは大き目のコーヒーカップなので、
2杯も飲むのは疲れている胃に負担が掛かりそうだ。
冷える夜に温くなる4つの黒い液体。
可笑しくて笑えてしまうほど似通った思考回路。
普段は対極のように周囲からは見られる二人は、実は根本的なところは似ていてる。
以前はそれは元々1人の人物であったからだと思っていた。
でも違うと知ったのは何時だったか。
お互いに対して似通った事をしてしまうのは、それだけ想い合っているから。
何時だって想ってる。何時だって気に掛けている。
出来る限りの時間を共有したいと思っているし実際そうしてきた。
だからこそこうして同じ気遣いまで似てしまうのだ。
「おっかしーの。これで何度目だよ」
「二桁はいった、か…?」
未だお盆を抱えたままクックと笑いを洩らすシンタローに、
どこまでも真剣に眉を寄せて同じ事を互いにして困りながらも喜んだ幸せ数を思い出しているキンタロー。
2人の用意した4人分のコーヒーがほわほわした湯気を消している事も、今の時間帯の廊下の冷えも部屋に残してきた仕事の小山も、
シンタローもそして今まで真剣な顔をしていたキンタローも今は気付かない。
くすぐったい空気のなか小さく笑っていた。