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鳥籠<前編>







「約束したのに。…ずっと、傍にいるって。」

病院の霊安室のなか、ベットの横の椅子に腰掛けながら、
そう呟いたのは黒髪の美しい女性。

そして、今は永遠の眠りについたその人は、
見目奪われるような金髪の美しい男性。
けれど、生前見られていたその見事な碧眼はもう二度とその光を
映すことはない。

二人は夫婦だった。

夫がキンタロー、妻がシンタローという名前だ。

シンタローは、夫と出会った時、記憶喪失だった。
今もそれ以前の記憶は無くしたままだ。

シンタローには理由はわからなかったが、
キンタローは彼女をつれてまるで何かから逃げるように生活していた。

ひとつの場所には留まらず、転々と住居を移しながら。

けれど、シンタローはそれでもかまわなかった。

感情を表すのが苦手な夫だったけれど、
やさしく、穏やかに自分を愛してくれた。
何より大切にしてくれていた。

彼がいてくれればそれでいいと、そう思っていた。

けれど、別れは突然やってきた。

彼は、銃殺された。

犯人はいまだに不明。

どうしようもない喪失感がシンタローを襲った。


「愛してるって、言ったじゃないか。俺を、守ってくって、言ってくれたじゃない…っか!」

感情を表すのが苦手な彼だったけれど、
大切なことは確かな言葉でくれた。

けれど、もう彼は二度と、自分を愛してると、言ってはくれない。

そのたくましく、暖かい腕で、自分を抱いてはくれない。

穏やかに見つめてくれたその碧い瞳が開かれることも、もう永遠に無い。


思い出すのは優しく愛されたその記憶ばかり。

何よりも大切なそれが、もう二度とくることの無い思い出だと思うと、
自然に彼女の目から涙が溢れだす。


「愛してる…っ!お前のことを、誰よりも…!!!!」

彼女は冷たくなってしまった夫の体にすがりついていつまでも泣いていた。









翌朝、シンタローは夫の事件を担当している刑事に聞いた。

現場に、ある暴力団のタイピンが落ちていたということを。

そして、なるべく下手に事件に首を突っ込むことのないようにと注意を受けた。





火葬を終え、今は小さな箱の中に入って帰宅をしたキンタローを
呆然と見つめながら、シンタローは呟いた。

「…お前を撃ち殺したのは、眼魔組っていう暴力団かもしれないんだって…。」

「刑事さんは下手に首を突っ込むなって言ってやがったけど……。」

「どう気持ちを切り替えようとしても、許せそうに無いんだ。お前を奪った奴のことを。」


「お前はきっと反対するだろうけど、でも、俺はやる。」


「お前のカタキは必ず討つ…!」




シンタローはそう言うと、二人が幸せな生活を送った最後の家を出た。

それが、すべての始まりだった。














二人の側近を連れ、眼魔組組長マジックは久しぶりに自分のシマの
クラブに来ていた。


「あらまぁ、随分ご無沙汰じゃない、旦那」

店のママとおぼしき着物を着た女性が、しなを作り、マジックに寄り添う。

「ああ、調子はどうだい?相変わらず君は美しいが。」

それに、笑顔で答えながら、マジックはその女性の肩を引き寄せる。

「相変わらず上手なんだから。ああ、そう言えば最近入った新入りの子が
なかなかの器量良しでねぇ。評判になってここ最近繁盛させてもらってます。
紹介してませんでしたわね?シンちゃん、ちょっといらっしゃい!」

ママがそう呼ぶと、他の客の接客をしていた長い黒髪の女性が
二人の傍へ来る。
真っ赤なスーツに身を包み、スラリとした長く白い足を短めのタイトスカートから
惜しげも無く見せている。
その美しい女性に、不覚にもマジックは見とれていた。

「こちら、最近入った子でシンタローって言うの。男名でびっくりしちゃうでしょ?
だから源氏名つけなさいって言ってるんだけどこの子聞かなくて。」

苦笑いを浮かべながらママはそう言った。

「ということは、本名なのかい?」

驚いた顔をしながらマジックがシンタローに問いかける。

「…ええ、そうです。シンタローといいます。以後お見知り置きを。」

そう言ってシンタローは深ぶかと頭を下げた。
けれど、その手は血がにじむほどキツク握りしめられていた。

『この男がキンタローを殺した組のボス…っ!』


「こちらこそよろしく。…いきなりこんなこと言うとびっくりされるだろうけど、
君のことが気に入ったよ。よかったら私の専属になってもらえないかな?」

シンタローの肩に手を置きながら、マジックは何食わぬ顔でそう言った。

「ちょっ…!旦那、いくらなんでもそんな急に…!」

マジックのその申し出に、慌ててママが口を挟む。

「…俺でよければ喜んで。」

それを遮るように、シンタローはそう言った。

見るものすべてを惹きつけるような妖艶な微笑みで。


シンタローにとってそれは願っても無い申し出だった。
元より眼魔組の縄張の店に入ればいつか、彼に近づくチャンスが
あると思っていた。

それがこんなに早く思惑通りに進むとは思っても見なかった。





















「………っ!…好き勝手に使いやがって…。」

眼魔組組長、マジックに見染められ彼の邸宅で愛人として暮らすようになった
シンタロー。
ここに連れてこられてもうひと月ほどになっていた。

マジックのシンタローに対する愛情は異常なほどであった。

邸内から出ることを禁じられ、毎夜夜伽をさせられる。
他にも自分と同じような愛人がいるかと思えば、
彼の傍にいるのはちょっと変わった美青年ばかりだった。

しかも、その夜の生活がまた異常だった。

夫のキンタロー以外と関係を持ったことが無いシンタローだったから
なおさらだったのだろうが、マジックの性癖はある種恐ろしいものがあった。

気を失うまで抱かれたり、見たことも無いような性具で一晩中弄ばれたりした。

それでもシンタローはマジックの異常な行為に耐え、チャンスを伺っていた。

その日も、朝まで離してもらえず、目を覚ましたらすでに日が上っていた。


「シンちゃん、起きてる?」

ノックもせずに彼女が寝ている寝室に入ってきたのは、
マジックの息子だというグンマだった。

「ああ、今起きた。」

「そっか、丁度良かった。食事持ってきたんだけど、食べられる?」

ベットの上でぐったりしていたシンタローに、ガウンを手渡すと、
グンマはベットサイドのテーブルに食事を並べた。
(作ったのは組の舎弟の者だが。)

グンマはシンタローがこの邸宅に連れたこられた頃から
事あるごとに彼女を気遣い、いろいろと良くしてくれていた。
マジックの息子でありながら、気性が穏やかなためか、
家業とはあまり関係無いらしい。
一度、自分は科学者だと言っていたが。

ゆっくりとだが黙々と食を進めるシンタローを眺めながら、
グンマは口を開いた。

「ねぇ、シンちゃん。今までお父様の手前聞けなかったんだけど、
ひとつ、聞きたいことがあるんだ。」

「…なんだよ?改まって。」

食事している手を止めて、シンタローはグンマを見た。

「…キンちゃんは、どうなったの?」

「お前、キンタローを知ってるのか!?」

沈痛な面持ちで問いかけたグンマに、シンタローは声を荒げた。

「知ってるも何も、キンちゃんは僕たちの従兄弟じゃないか。」

不思議そうにそう言うグンマ。

その言葉に、戸惑いを隠せないシンタロー。

『僕たちの従兄弟』彼は確かにそう言った。

「僕たちって、どういうことだ?俺とアイツは従兄弟同士だったのか?」

「え、シンちゃんもしかして記憶が…?」

シンタローのうろたえ方に、グンマは今更だがうすうすと悟った。

「う…ん。そうだよ。キンちゃんはお父様の弟の息子だよ。」

「…お前は俺のことも知ってるのか?だったら教えてくれ、俺は一体誰なんだ!?」

グンマの肩を掴み、そう問いかけるシンタロー。

「それは…。」

「…よけなことを言ってくれたね、グンちゃん。」

グンマが口を開こうとしたとき、いつの間にそこにいたのか、
マジックがドアの傍から口を挟んだ。

「お…お父様……。」

グンマの顔が青ざめる。

「…いいよ、私が教えてあげよう。シンちゃん、君は私の子供なんだよ。」

「…!?何、言ってやがる、そんな…馬鹿な。」

マジックの言葉に、驚き、うろたえるシンタロー。

「嘘じゃない。お前は私の『息子』だ。」

狼狽しているシンタローに構わず、マジックは続けた。

「息子だと?アンタ俺の体をあれだけ好き勝手に扱っておきながら見てなかったのか!?
この体のどこが男だってんだ!!」

その言葉にシンタローが切れた。

「お前に真実をみせてあげる。…ついてきなさい。ああ、グンちゃんもね。」

そう言うと、マジックは部屋を出た。

グンマにかけてもらったガウンを着なおしてシンタローも彼に続く。

グンマも、うつむきながら二人に続いた。








マジックに案内されたどり着いたのは、この邸宅の地下室だった。
冷たいその部屋の中は薄暗く、とても不気味だった。

シンタローはそこで見てしまった。

自分と同じ顔の男性が、部屋のベットに横たわっているのを。

「…なんなんだよ、こいつは一体……」

恐る恐る後ろについていたマジックに問いかけるシンタロー。

「ただ、寝ているだけみたいだろう?だけどこの子はもう生きてはいない。
この子はね、君の本体なんだよ。」

「どういう…意味だ?」

「君は、この子の細胞から造られたクローン体なんだよ。」



目の前のこの男は今何といった?

俺が、造られたと?

生まれたのではなく。


頭部を鈍器で殴られたような衝撃をシンタローは受けた。

「…じゃあ、なんで、俺は女性としてここにいる?こいつはどう見ても男だろ?」

絞りだすように、どうにかそれだけを彼に問いかける。

「この子が気にしていたからね。親子である上に、同性での行為を。」

いとおしそうに、ベッドに寝ている男の髪をすきながら、シンタローにとっては
虫酸が走るようなことを事もなげにマジックは言い放つ。

「…だから、性別だけはいじらせてもらったんだよ。そこにいるグンちゃんと、
キンちゃんに頼んでね。」

そう言いながら、マジックはついてきていたグンマを見た。
その視線に耐えきれず、視線をそらすグンマ。

「なん…だって?キンタロー…?」

先ほどよりもなおシンタローにとっては衝撃的な事実だった。

「そうだよ。君を造ったのは、グンちゃんとキンちゃんの二人だ。」

その言葉を聞いた途端、シンタローは激しい頭痛に襲われた。

それは立っていられないほどだった。

「いっ…!…ぁっ!!」


痛みに耐えきれず、倒れたシンタローを後ろにいたグンマが支える。

「シンちゃん!!」


激しい痛みの中で、シンタローは思い出していた。
自分が失った、いや、封じ込められていた記憶を。

 

 

 

 
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ks



平凡な日常がとても愛しいと知った。

背後からオレを呼ぶ声がする。
全神経がざわめく。
「キンタロー!」
“シンタロー”と呼ばれる男が、機嫌良い顔で近付いてくる。
「その名で呼ぶな。“シンタロー”はオレの名だ」
本来の“シンタロー”と呼ばれるべきはオレなんだ。
「よく言うぜ。もうキンタローって呼ばれる事に大した抵抗感ねえくせに」
「何を根拠に……」
「高松やグンマにキンタローって呼ばれても、オレをシンタローって言ってても、特に嫌な顔しないって言ってたぜ?」
「グンマが、か…?」
「さァ?」
………くそッ。
誰にしろ余計な事を、寄りにもよってコイツに言ったものだ。
「キンタローも今日はフリーでいいんだろ?出掛けよーぜ!」
「…………何だと?」
出掛ける?
誰と?
………………コイツと…?
「……何故貴様と出掛けなければならない。オレは今でも、オマエを殺してやると思っている…」
本心だった。
あの島での戦は終わり、オレの居場所も家族も出来た。
けれど、“シンタロー”を殺す願望は消えない。
コイツと顔を合わせる度、傍に居ずともその存在を思い出す度、「殺してやる」と頭で思うよりも早く、口にしている事に気付いた。
「オレを殺そうと思うのは、何時でも出来るだろ」
本気と思っていないのか?
“シンタロー”はあっさりとオレの言葉を受け流すと、腕を掴み走り出した。
「何をする!?」
「何時でも出来る喧嘩より、今しか出来ない事に時間を当てよーぜ!」
腕を振りほどこうと思えば何時でも出来た。
なのに、オレは、ただシンタローに腕を引っ張られ共に走り出すだけだった。
シンタローが何をしようとするか、その先が知りたかったのかもしれない――――…。
ガンマ団を離れ、オレ達は客の殆ど居ない古い静かなバスへと乗り込んでいた。





時計を気にしなかった為どれだけの時間かは知らない。
オレの感覚では子一時間程度だったかバスで揺れると、シンタローに手を掴まれここで降りぞと引っ張られた。
怒鳴ってやりたかったが、降りて直ぐに視界全てに飛び込んできた青と言う色彩が、負の感情を忘れさせた。
「ここは……」
「ガンマ団から一番近くの海。まだ泳ぐには早ぇけど、こんな日は海がスゲー綺麗だからさ」
癒されるだろ?とシンタローは白い歯を出して笑った。
答えないオレに気にせず、シンタローが海辺へと進んでいく。
オレも黙って着いて行く。
砂場手前の低いコンクリート塀の上にシンタローが腰を下ろす。
無関心にオレは空と海の境界線を見つめていた。
それ以外、見るものがなかったからだが。



「今朝はちゃんと飯食ったか?」
無言が呼ぶ海の波音だけの音世界を、“シンタロー”の思い掛けない問いかけが打ち破る。
コイツは何を突然言うのだろう。
「………貴様には、関係ないだろう」
目を水平線から逸らさずに、“シンタロー”の好奇心を切り捨てるつもりだったが、コイツはなかなかにしつこい男だ。
「関係はあるだろ。赤の他人って訳じゃねえんだから。で?食ったのか?」
恐らく答えるまでくだらない疑問にしがみつく気だろう。
くだらないと思うものに苛々とするのも自分が馬鹿らしく思える。
だから素っ気無く「食べた」と答えたのだが、この男のくだらない質問はこの一つだけでは終わらなかった。
「で、何食ったよ?」
「だから何故答えなければならない」
不快な感情が渦巻き、横に座る男をキツく睨む。
「別にいいじゃねーか。朝飯は一日の基本だからな。ちゃんとしたモン食ってるか気になる訳」
「…………」
他の者ならば引け越しになるオレの睨みも全く気にしていないと言うように、コイツはただ笑っていた。
無邪気な笑顔とはきっとこの笑みの事をいうのだと、思った。



それからも、シンタローは明日の天気はどうだとか、最近面白いと思うテレビ番組がどうだとか、
マジック………叔父貴とまた大喧嘩してティラミスに怒られたとか、満月まであと何日だとか、
他愛もないお喋りを一方的に続け、オレは完結に聞かれた事だけを答える。
が、途中から、シンタローの片道通行の話題に、短くだか自分から話を繋げていた。


日も西に大分傾き、青の世界が紅に変わる頃、オレ達は帰路に着いた。
今日の一日は、最低限度の生活と“シンタロー”と海に言っての談話のみ。
勉学を学ぶ時間すら様々な要因が絡み合った疲労感から出来なくベッドに潜る羽目になった。
シンタローとの会話には、生きていく上で実になる話題は何一つ無かったと言うのに、
何故か心の奧で満たされる何かを眠りの淵で感じる。
千の知識を学び取るより大切な何か。
その正体とキッカケを認めたくはない。
勘違いも甚だしいと満ちる気持ちと否定の思いの間で、深い眠りにこの身を預けた。
kk



そこは重圧に潰されそうな場所。
けれど空に一番近い場所でもあった。

積まれる書類を慎重にこなしていく。
一人きりではない。
秘書の二人が傍で総帥に渡す書類を確認したり、経費の計算と対策、方向性の論議を静かに交わしている。
シンタローの身体は休息を求めているが、知らぬ振りで仕事をこなし続ける。
時々、シンタローの体調を考慮して、秘書二人が休憩を提案するが、シンタローは「必要ない」と、首を縦に振ろうとはしなかった。
その度に小さく吐かれる溜息を、目先の事に手一杯のシンタローは気付けない。
ただ、目の前の“総帥の義務”に神経を集中する。
…………キンタローが入室してきた事にも、気付けないくらいただ真っ直ぐに。
「………はァ…」
「………………………あ……?キンタロー、来てたのかよ」
直ぐ傍まで近付いて一分、彼の一心不乱っぷりに呆れて溜息を小さく洩らすキンタローに、シンタローがようやく気付く。
来訪の用件を聞こうとする前に、キンタローが秘書二人に声を掛けた。
「二人共、仕事中に悪いが少し席を外して貰えるか」
「「え…」」
「はァ!?」
キンタローを除く三名が、どういう事かと目を丸くする。
構わずにキンタローは話を進めていく。
「時間はそれほど取らせないつもりだ。………シンタローが本当に利口な者ならな」
「な…ッ!?」
馬鹿にされたとしか思えないキンタローの言葉に、言葉が一瞬詰まる………が、火山のような速さで頭に血が上昇した。
「何が言いたいんだテメエ!!喧嘩売るなら後に……ッ」
「落ち着け」
詰め寄るシンタローの肩を抑えて、顎で秘書達を外へと促す。
彼らはキンタローの意図を素直に理解し、頼むように頷くと足早に部屋を後にした。
二人きりの部屋に漂う重苦しい空気。
早く終わらせなければと急いでいる仕事に水を差され、強い苛立ちが、シンタローの胸の中でぐるぐると渦を巻く。
ドッカリと椅子に座り、ガシガシと髪の毛をかき上げる。
キンタローの意図が、シンタローには分らない。
時々常人ならぬ天然な言動を取るキンタローだが、理由無くシンタローの仕事の邪魔をする男ではないのはシンタローも分ってはいる。
けれど、突然の来訪突然の小馬鹿とも取れる発言に突然の強制的仕事中断の理由が読めなかった。


沈黙を先に破ったのはキンタローの方から。
「いいか、シンタロー。オマエが休まなければアイツ等も休めないのだぞ。それを分っているか?」
「何でだよ!別にオレはアイツ等に休むなとは言ってないぞ!?前もって休める時には休んでおけとも言っている!!」
キンタローが一歩、一歩とシンタローに近付く。
遂には二人の距離は吐息が絡むほどの。
シンタローの髪の一房を掬い取り、口付けるようにキンタローは自分の唇に近付けた。
「だが、総帥のオマエが休憩も取らずにいて、アイツ等が休めると思うか?逆を考えろ、シンタロー」
「逆?」
「アイツ等が長時間仕事をしている。その時オマエは休息を取る事は出来るか?」
「…………っッ」
「出来る」と言い切るつもりだった。
けれど出来ないとも知った。


考えてみる。
一つの小さな会社があると仮定する。
自分はそこに勤務していて、会社と言ってもオフィス一つだけのこじんまりとしたスペース。
勤務の合間に皆で休憩を取る。
その時に誰か1人がまだ仕事を続けている。
自分が相手に「休みましょう」と声を掛けるも、その相手は「はい」と言うが休む気配はない。
一生懸命作業を続ける相手を残して、自分又は自分達だけはゆったりと休憩を取れるだろうか?
きっとその1人の為にゆっくりと出来ないだろう。
これは仮定世界の話だが、シンタローはこの話の「相手」に当たる。
自分に出来る限りの事を「相手」はしているつもりで、その他大勢又は他の1人かもしれないが、少なからず気を使わせてしまうのだ。
シンタローに情を持つ者なら余計に、自分もシンタローの義務に合わせようと努めようとするだろう。
では、今自分が一途に職務をこなそうと精一杯を尽くすのは、他のものに反する事なのか?
それは恐ろしい想像だった。
総帥として進んだこの月日を丸々否定されるも同然なのだから。
空気が重さを増していく。
苦しかった。
息が出来なくなると思うくらいに。
突然視界が真っ暗になる。
一瞬の戸惑いの後、キンタローに両手で目隠しをされたと理解した。
「今度は一体何の真似だよ!キンタロー!!」
キンタローの来訪からずっと主導権を握られているようで、シンタローの中でちりちりと苛立ちが火の粉のように飛んで散る。
「シンタロー、空は今、何色だ?」
「は?」
今日のキンタローは突然の連続だ。意図を知らせず疑問だけを正面からぶつける。
戸惑うシンタローを他所に、キンタローは彼に問う。
「今、空はどんな風だ?晴れか?雨か?曇りか?夕方か?快晴か?それとも夜か?答えろ、シンタロー」
「……意味分ッかんねえよ!くだらねえ遊びだったら離せ!!」
「空が今、どうなっているのか分からないのか?」
「んな事、ねえ……ケド…」
言葉とは裏腹に声は明らかに動揺に縮こまっているのが知れる。
「なら言ってみろ。そうしたら、解放してやる。約束だ」
「…………」
今日の空は何色だったか?雲は浮いていたか?
「………………………雲が……まばらにある、…晴れ……」
深い溜息が、シンタローの背後から聞こえてきた。シンタローの両目が視界を開放され、空を捉える。
「見てみろ」
「……………っ」
空は、泣きそうな子どもの様子を持った灰色の曇りで覆われていた。
「ガンマ団では、この部屋が空に一番近い場所だ。だが、オマエは空の色にも気付けなかった」
「だから何だってだよ!?空とオレの仕事と何か関係あるってのか!!」
デスクワークが主な最近は、天気が快晴だろうと台風だろうと職務に何も関わりなくいた。
キンタローの回りくどい言い方に腹部のそこがジクジク熱せられるのを感じた。
「近くにあるものに気付けないのはどうかと思っただけだ」
その熱を冷ます冷水のようなキンタローの言葉が、容赦無く核心に迫る。
「こんなにも近い空にも、傍に居た秘書にも、そしてこのオレにも気付けなかっただろう?」
「………それが本音か…」
「………………」
今度はキンタローが沈黙を作った。
「今全てに目を向けろとは言わない。だが、このオレにくらいは気付け。そして頼り切ればいい」
お互いの背に手を回し、身体を預けるような抱擁を交わす。
キンタローの背中越しに見える、近くに感じる錯覚を起す空。
灰色で重く、それはまるでこの部屋のようだったけれど、灰色の中に青の切れ目が走っているのに気付いた。
あの青い切れ目から、きっと青空が広がっていくだろう。
空は解放を称えるだろうか?

手を伸ばせば、空に届く気がした。
kss



外の空気を吸いに、久し振りにお散歩なんてものをしてみた。
当ても無くただ気ままにぶらぶらと歩いていく。
でも一つだけ後悔した。
白衣、脱いでくるんだったよ…。
5月も半ばになると、太陽が出ている時間は夏の気配を感じる熱が空気の中に充満していて暑い。
ここで脱いで簡単に畳んで手に持てばいいかな…なんて思いながら進める足は止めずに散歩を続けていたら、
広大なグラウンドが見えた。
ガンマ団員の運動場……だったっけ?
ボクは使用した事ないけど、確かそう聞いた事あるような気がする。
結構遠くまでお散歩してたみたい。
そろそろ戻ろうかなぁって思ったけど、グラウンドで誰かが居るのに気付いて顔をそっちに向けた。
ランニングシャツに紺色の短パン、それからランニングシューズ姿でストレッチをしている。
小走りで彼の傍に近付いた。



「何してるの?シンちゃん」
「グンマ?珍しいな。オマエがここら辺にくるなんてよ」
「ちょっと散歩してたの。それでシンちゃんは何してるの?」
汗一つ全くかいてないから、過去形じゃなくて未来系で問いかけた方が良かったかも。
「今度の第七十七回・ガンマ団全員長期リレーの為の特訓しようと思ってさ」
七十七回って言うけど、実際そんなにやってるのかなぁ?
少なくともボクは一度も参加した事がないよ?
やりたくないからもあるけど、リレーって士官学校時代―――ボクとシンちゃんが学部が違ったけど。
シンちゃんは戦闘部隊系でボクは研究・開発部系―――は、体作りの時間………一般の学校でいうところの体育ってのかな?
……の時何度かやらされたけど、最高で1200メートルリレーだった。
今回のは、青の一族主催の元行われる大規模なもので、上位入賞者へのご褒美も凄いらしいけど、走る距離も凄いみたい。
50キロ………って聞いたのは気の所為にしたいよ…。
ボクの記憶だと、青の一族主催のリレー大会は今回が初めてだと思う。
「今年からシンちゃんの意向で全員強制参加になったよね。ボク、走るの苦手なのに~…」
「少しは日を浴びて健康的な事をしろって。いっつも開発部に篭もってたら苔生えてくるぞ苔!」
「こ、苔はないよぉ~!」
言い方ちょっと酷いョシンちゃん~!
「だったら文句言わねえで意欲的に参加しやがれ!コタローだって参加するんだぞ!!」
う…、怒鳴らなくてもいいでしょお~…。
ちょっぴり涙目になりつつ、話しながらストレッチを終えたらしいシンちゃんと、近くに置いてあるアイスボックスやタオルの山とか、
多分リレーの特訓に必要なものが幾つか置かれているのをちらりと見る。
想像するに何時間も特訓する気みたい。
「それにしてもシンちゃんやる気満々だね。シンちゃんなら特に練習しなくても上位に入れると思うけど…」
ボクと違って、昔からシンちゃんは運動神経抜群だから。
総帥に就いてからは昔ほど体を動かす事はなくなったけど、時々キンちゃんやジャンさんと組み手をしてるみたいだし、
総帥自らが戦地に赴いたりもするからそんなに身体が鈍ってもいないと思う。
「一位にならなきゃ意味ねえんだよ」
「それって…、総帥としての威厳をかけて?」
シンちゃんの瞳の色が余りに強くて、ボクは少なからず不安で哀しくなった。
けどそれは殆ど杞憂だったみたい。
「も、あるけど、キンタローと賭けしてるんだよ」
「賭け?」
まさか……、シンちゃんまでハーレム叔父様みたいに賭け事好きになったのかな。
親戚二人が賭け事に夢中になった果てに破産、なんて未来は嫌だよぉ~…。
「一位になった方が負けた方のいう事1つ聞くっていう賭け」
なんだ、金品絡みじゃないんだ。ちょっとほっとした。
「で、二人とも何をお願いするかもう決めてるの?」
「多分ナ」
「多分?」
「オレはもう決めてるけどよ、キンタローのは聞いてねえしオレも自分のを話してない」
「ふーん。当日ゴールした後のお楽しみって事だね」
まァな、とシンちゃんは笑ってつま先で地面を軽く蹴った。
「んじゃ、ちょっくら走ってくるぜ!」
シンちゃん凄いワクワクしてる。
自分が一位になるって信じて疑ってないんだ。
その自信が凄く羨ましくて、眩しい。
信じていてでも自信に溺れる事無く努力も決して怠らない従兄弟を、ボクが密かに誇りに思ってるんだよ、知ってる?
……でも、シンちゃんとキンちゃんの賭けって…………
「意味あるのかなぁ…」
「は?」
走り出そうとするシンちゃんに背を向けての小さな呟きが聞こえたのか、聞き取れなかったのか、
シンちゃんが素っ頓狂な声を出して振り向いた。
ボクも一度だけ振り向いて、「無理しちゃ駄目よ」って声を掛けて、それっきりでその場を後にした。
二人の賭けは無意味じゃないのかな。
だってボクには、シンちゃんとキンちゃんがお互いに何をお願いするのか、分かっちゃてるもん。
言うとシンちゃんきっと怒るから言わないけど、賭けにはならないよ。

どっちが勝っても結果は同じ賭けなんてさ。
ks



悪い事は立て続けに続くと聞くが、迷信だと疑わない。
例えば昨夜の後、シンタローと些細な事で小競り合いになり、シンタローを怒らせたまま睡魔に負けてそのまま寝てしまったのだが、
朝起床してから昼過ぎの今まで特別支障はなかった。
だから…………油断していたのだと思う。

昨夜喧嘩したまま寝別れてしまった為か、総帥室に訪れた際のヤツの態度は傍目からも分かるほどオレに距離感を置いていた。
ただ、どうにもおかしいのだ。
怒っているというよりも、例えるなら何か悪い事でもして何時親にばれるかビクビクしている子ども、又は、
何か伝えたい事があって伝えられないもどかしさを抱えている………そんな風に見えた。
どちらにせよ、シンタローはオレに何かを隠している事だけは確信した。
だが今はまだ問い詰める時期では無いのかもしれない。
昨夜も小さな事で小競り合いになったんだ。
真相を確かめるのは今夜まで待ってみてもいいのかもしれない。
そう一人で結論をつけた時、シンタローに名前を呼ばれた。
「何だ?」
「あ、あの………よ……。あ………え~………と」
シンタローらしからぬ歯切れの悪い反応に眉を顰める。
大の男に使うべき表現ではないだろうが、顔を真っ赤にしてもじもじとしている。
視線はオレを見ず、逸らしてばかりいる。
「だから何だ?」
キツイ口調にならぬよう、出来るだけやんわりと聞いてやる。
シンタローは暫く、あーだとうーだの呻いていたが、やがて小さな声で話し始めた。
「あの……な。落ち着いて聞いて欲しいんだよ…」
「安心しろ。オレは十分落ち着いている」
寧ろお前の方が十分落ち着いていない。
「え………と……、その、ほら、オレ達付き合って…結構経つだろ?で、夜もやる事してるしさ…」
「そうだな。もう年数を数えるほどの付き合いになっているな」
しかしそれがどうしたと言うのだろうか?
今更付き合ってるだの夜はどうだの。
心の片隅で疑問を感じているオレに気付いているのかいないのかシンタローは搾り出すように本題へと近付いていった。
「だから……さ。オレ、………………出来ちゃった、みたいなんだよな」
「?」
ただ“出来た”だけでは分からないぞ。何が“出来た”んだ。

ぎゅむ…ッ

突然シンタローが抱き付いてきた。
一体何なんだ?
「シンタr「子ども」
オレの言葉はシンタローの一言に上書きされてしまった。
…………………………子ども?
子どもがどうしたと…?
「子どもが出来ちまったみたいなんだよ。オマエと、オレの」
「――――――――」
世界が、固まった。

シンタローを身体から離し、肩を掴んで視線を合わせた。
「ちょっと待て、シンタロー。子どもと言うのはその、オレとオマエの…?」
「だからさっきそう言ったじゃねえか」
いや、だが子どもが出来ると言うのは女性の身体のみ行える奇跡の生成で、シンタローは男だ。
確かに夜に行っているソレは本来子孫繁栄の為のものだ。
だが男同士のオレ達には無関係だと思っていたというのに…、シンタローが身篭っただと…?
「産んじゃ、駄目か?」
シンタローの声のトーンが下がる。
瞳は不安の色に沈み、オレに拒否されたと落胆しているようだった。
「確かに男が………しかもガンマ団の長が身篭るなんて世界に知れ渡ったらどれだけ団にマイナスを与えるか知れない。
けど、オレは……」
「シンタロー」
「!?」
もう一度再び、今度はオレから抱き締めた。
「産め。…………いや、産んで欲しい」
「………マジ、で?」
「ああ、オレもそれを望んでいる」
ほっと安堵した溜息が胸の辺りから漏れた。確かにこれからオレ達に起こる障害は山積となるだろう。
だが、それでも守ってみせる。シンタローと、未だ見ぬオレ達の子を。



「という訳で、高松、妊婦……いや、妊夫と言うべきか…?……にシンタローがなったのだが、オレはどうするべきだろうか」
身篭ったシンタローは恐らく通常とは心も身体も変わってしまうのだろう。
しかしその方面の知識が今まで無かったオレが頼る先は、シンタローとキンタローの出産に立ち会った高松。
彼の腰を下ろす医務室にすぐさま駆け込んだ。
シンタローが身篭った話を一通り話し終えるオレに、高松が何故か冷や汗を流して苦笑していた。
「キンタロー様。そのシンタロー君から先程内線がありましてね……」
「シンタローから?高松にか?」
「はい…。あの………非常に質の悪いご冗談を、シンタロー君も思いついたみたいですね…」
何を言っているんだ?高松の言わんとする事が分からない。
「“キンタローに言っておけ。男が孕むか馬―鹿!”
 ……………以上がシンタロー君からの内線内容、です。喧嘩でもしたんですか?お二人共」


……………………………………………………………
…………………………………
……。



「シンタロォォォぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!」
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