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 彼がドアを開けた時、部屋の主である子供は子供ながらに真剣な顔で腕組みをしてじっとテーブルにあるものを見つめていた。あまりに真剣になりすぎていたために彼が部屋にドアを開けたことすら気がつかないらしい。わずかに苦笑して開いたドアを改めてノックした。
「シンタロー、入ってもいいかな?」
「叔父さん!」
 シンタローは目を輝かして椅子から飛び降りると転がるようにしてサービスの足元へ駆け寄って彼を見上げた。
「いつ帰ってきたの?」
「ついさっきさ。シンタローはノックも聞こえないほど、なにに夢中になっていたんだい?」
 シンタローはちょっとはにかんで笑うと叔父の手を引いてテーブルへと誘った。
「これ見てよ、叔父さん」
 テーブルの上には完成した飛行機の模型が置かれていた。ずいぶん苦労して組み立てたらしく、説明書にシワが目立つ。
「上手に出来ているじゃないか」
 褒めてほしいのだと思ってサービスはそう言ったのだが、シンタローは腕組みをして子供ながらに難しい顔をしながら言う。
「だけど見てよ、これ」
 シンタローが指差した先には小さなネジが一つ転がっていた。
「ちゃんと出来上がったのにさ、ネジが一個余っちゃったんだ。作り直してもどうしても余るんだよ。なんでだろ?」
「予備の部品じゃないのか?」
「ちがうよ! だって僕、組み立てる前に部品の数を数えたんだもん。余りなんてなかったよ」
「へえ」
 サービスは少し意外そうな顔をしてシンタローを見た。
「ちゃんと数を確認するなんて、シンタローはえらいね」
「前に部品が足りなかったことがあったんだ。それからちゃんと数えるようにしてるんだよ。今度はネジが余ったから一度組み立てなおしてみたんだけど、やっぱり余っちゃうんだ」
 シンタローは小さな指先でネジを転がしながら不思議そうに首をかしげる。その姿を微笑ましく見ながらサービスはシンタローの頭を撫でた。
「でも、とても上手に出来ているよ。組み立て直しても余ったのなら、きっと予備の部品なんだろう」
「そうかな?」
「きっとそうさ」
 サービスが確信をもって肯くのでシンタローもやっと納得したのか、幼い顔いっぱいに笑顔を浮かべる。
「叔父さんがそういうんなら、きっとそうなんだね! 出来上がったらグンマに見せてあげるって約束してたんだ」
「じゃあ、行ってたくさん自慢しておいで」
「叔父さんも一緒に来てくれる?」
 愛らしいおねだりにサービスは優しく微笑む。
「兄さんにまだ挨拶していないからね。先に行っておいで。あとから必ず行くから」
「うん。きっとだよ!」
 シンタローは完成したての模型を大事そうに抱えて部屋を飛び出していった。
 あとに残されたのは模型の残骸と一つ余ったというネジ。サービスは小さなネジを手のひらで転がしてクスリと笑う。
 手のひらのネジはおそらく予備などではないのだろう。子供のおもちゃ程度の模型に予備の部品などあろうはずがない。そうするとシンタロー自身がどこかのネジを締め忘れたのだ。これがもし、本物の飛行機であったらどうなるであろう。最悪、飛行中にトラブルを起こし、墜落してしまうかもしれない。たった一つのネジのために運命が変わる――。
 サービスは喉で低く笑う。
 数年前、自分が抜いた一本のネジがどのような結果をもたらすのか。あとはただ座して待てばいい。どんな終末であったとしても、きっと冷たく笑っていられる。
 たとえそれが、全ての崩壊であったとしても――。







END。。。。。






『ネジ』












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『螺旋』に『ネジ』。そのまんまですね。
初め高松と子グンマでいこうと思っていましたが、ちょっと方向変えてみました。
まさかサービスもあんな結末が待っているとは思わなかったに違いない。
外れてしまったのはサービス自身のネジだったのかも……。


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 いつも勝気でまっすぐな瞳をした彼が、そのときはまるで何かを堪えるような顔で俯いていた。
 ちょっといいかな、と幼い顔に不似合いな暗い声で断って入室してから、勧めた椅子にも座らず入り口でただ立ち尽くしている。せっかく入れた紅茶も大分温んでいた。
 私はなにも言わず、なにも探らず、また促すこともしなかった。わかっているのだ。彼がなにをしに来たのか。なにを聞きに来たのか。この瞬間をもうずっと以前から覚悟していたから。
 どれくらいたった頃だろう。彼が引き結んだ唇から震える声を絞り出す。
「ねぇ、ドクター…」
「はい?」
 カルテを書き付けながら私は顔も上げずに返事を返す。このままなにも言わずに、なにも聞かずに帰ってくれればいいのに、なんて虫のいいことを考えながら。
 けれども無情にも彼はその重い口を開く。
「僕は…本当に父さんの子なの?」
「どうしてそんなことを聞くんです?」
「みんなが、いうんだ。一族に黒髪の子が生まれるわけがない。父さんの子じゃないって…」
 私は手を止めペンを置いてゆっくりと彼の方を向いた。静かな部屋に椅子の軋む音がずいぶん重く響いた。
「ソレ、母君にも聞かれましたか?」
「そんなこと……!」
 彼は俯いていた顔を勢いよく上げて、そう怒鳴った。だがその声とは裏腹に瞳は今にも泣き出しそうだ。
 そう、聞けるわけがない。わかっている。真実を知るのはたった一人だと理解していても、聞けるわけがないのだ。だから私の許にきた。全ては彼の予想通り。
「ひとつだけ聞きたいんですがね」
「…なに?」
「どうして私のところにきたんです」
 訊ねると彼は初めて戸惑いの色を見せた。言われてみれば確かにどうして、なのだ。ほかに聞く相手がいないわけではない。二人の叔父たちに聞いてたってよかったはずだ。だが彼は私のところにきた。一族に近しくあっても、赤の他人の私のところに。
「わからない…」
 彼はまるで迷子のように不安げな顔で、けれどまっすぐに私を見た。
「けど、ドクターはつまらない嘘をつかないと思うから」




――ああ。




 私は心の中でため息をつく。




 この子は一族としてはたしかに奇異な存在だ。
 その色ではなく、その心が。
 一族はみな、冷酷で冷淡で。誰かを信頼する事を知らない。私が養育する子ですらそんなきらいがある。だがこの子はまっすぐが瞳で私を見ながら私を心から信頼している。それが彼の強さになるのか、弱さになるのかはまだわからない。だが純粋なこの心が、いつの日か壊れてしまう、壊されてしまうと思うと、ひどく胸が痛んだ。
「ドクター?」
 不安そうに首を傾げる彼。私はいつものように口元を笑いの形にした。
「あなたがあまりに嬉しいことを言ってくださるから、浸ってしまいましたよ」
「からかわないでよ」
「あなたは間違いなくマジックさまのお子様です」
 唐突に答える。
 彼は一瞬、理解できずにただ目を丸くしていた。
「それ、本当?」
「嘘をついても私になんの得もありませんよ」
「絶対に?」
「あなたを取り上げたのは私です。間違いありません」
 そう言いきってもまだ絶対とは思えないのか、彼は探るように私を見る。私はわざとらしくため息をついて、消毒用アルコールを浸した脱脂綿と注射器を取り出した。
「そんなに疑わしければDNA鑑定をしましょう。さ、腕を出して」
 そう言って注射器を構えると彼は思わず後退る。そして大きく息を吐いてようやく笑った。
「ごめん、ドクター。疑って」
「おや、鑑定しないんですか?」
「うん。ドクターがそこまで言うんなら、きっと嘘じゃないと思う」
「それは残念。今、血液サンプルを採っている最中だったのに」
「もう!」
 愛らしい頬を膨らまし、それから彼は明るく笑った。私も笑いながらすっかり冷めてしまった紅茶に口をつけた。
「でもね」
 彼がイタズラっぽく笑う。
「ドクターが僕の父さんなら、僕、それでもいいって思ったんだ」
 思いがけないセリフを聞いて口に含んだ紅茶を思い切り吹き出した。
「な、なにを言い出すんです! あなたって人は!」
「知らないの? そういう噂、あるんだよ」
「事実無根です!」
「うん。僕もそう思う」
 そう言って笑うと彼は身を翻し部屋を出ると、ひょい、と顔だけ覗かせて笑った。
「ごめんね、ドクター。ありがとう」
 そして残されたのは紅茶で噎せ返る私と子供の軽い足音。
 とりあえず明日にはとんでもない噂の出所を調査して捻り潰しておかないと。
 そう。彼はこの滑稽な噂の真相を探りにきたのだ。真実はもっと残酷だというのに。




 全ては彼の思惑通り。
 彼はとても純粋に育っている。
 彼は絶望に突き落とすための駒。あの純粋な駒を作るために私は罪を侵し、そしてまた罪を重ねる。
 私もまた、駒なのだ。意思なく罪を侵す『駒』
 だからといってこの罪が許されるわけもないけれど。




「私はあとどれほど罪を侵すのでしょうね」




 そのつぶやきに、答える声はない。







END。。。。。






『神よ、この罪の深さを』












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 高松とシンタロー。シンタローは10歳くらいでしょうか。
 始めは12歳くらいの気持ちで書いていたのですが、あまりにも口調が幼くなったため、一人称を全部「僕」にしてしまいました。
 またしてもマジック←高松前提SSです。
 高松はサービスの全てを理解してルーザーの復讐に手を貸していたのでしょうか。
 そうでなければいいのに。

 この話はいずれ丸々流用予定……。

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 ああ、なんたる不覚―――。

 蒲団で丸まりながらミヤギはわが身を罵った。情けなさでいっぱいになっているところに他の伊達衆が見舞いにやってきたが、連中ときたら見舞いにきたのか見物にきたのかわかりはしない。
 コージは一升瓶を持参して玉子酒を作ろうとしてくれたが玉子がなくて結局燗にした酒を自分で飲んでいるのだから世話はない。アラシヤマも一緒になってコップ酒を飲みながらミヤギの枕元に立ち、熱でうんうん唸っているミヤギを見下ろしている。
「それにしても意外ですなぁ、ミヤギはん」
「………何が……?」
「あんさんがひく風邪は夏風邪だけやとばっかり思ってたんですえ」
「………?」
 頭がボーっとするせいか、何を言われているのかさっぱりわからず不思議そうにアラシヤマのイジワルそうな顔を見上げていると、入り口から下駄が飛んできてアラシヤマの側頭部に直撃した。
「ミヤギくんをバカにするな――!」
 下駄の直撃を受けシューシューと煙を上げるアラシヤマを見て、すっかり出来上がっているコージがゲラゲラ笑う。
「おう、トットリ。遅かったのぉ。まぁ一杯やれや」
「コージ、見舞いに来て酒盛りするんじゃないっちゃ! ミヤギくんの具合が悪くなる!」
 差し出されたコップ酒をくいーっと一気に呷ってからつき返すと側頭部から煙をあげ、幽鬼のようにアラシヤマが起き上がってさっそく嫌味をいう。
「忍者はん、えろ遅おしたなぁ。あんさんはてっきり枕元で愁嘆場やとばっかり思てましたわ」
「シンタローに呼ばれてたんだっちゃ」
 横目でアラシヤマを睨みながらいうトットリをミヤギは朦朧とした意識で見上げた。
「…シンタローに……?」
「うん。ミヤギくんの任務を引き継ぐようにって」
「オラの任務……」
「もともとぼく向きの仕事だっちゃし。ミヤギくんは安心して養生するっちゃ」
「…うん。悪いべな」
 力なく笑うミヤギを安心させるかのようにトットリは満面に笑みを浮かべた。そうしてさっさと立ち上がるとコージとアラシヤマを追い出しにかかった。
「さーさー、二人とももう行くっちゃよ。ぼちぼち次の作戦の準備をせんと!」
「う~ん、そうじゃがめんどくさいのぉ」
「またすぐコージはんはそんな事を…。ちょっとは下のもんの苦労も考えたげなはれ」
 アラシヤマに小姑臭い説教をされながらコージは立ち上がると来た時と同じような賑やかさでミヤギの部屋を出て行った。そのあとをアラシヤマが続く。
「じゃあミヤギくん。お大事に」
「…おう。トットリ、あと頼むべ……」
「任せるっちゃよ!」
 トットリは胸を叩いて見せて部屋を後にした。
 さっきまで賑やかだった部屋が急に静まりかえる。静かな部屋に空調の音と自分の咳だけが虚しく響く。

――シンタローに呼ばれてたんだっちゃ。ミヤギくんの任務を引き継ぐようにって

 トットリの言葉がいつまでも耳の中で響く。
 ミヤギが遂行するはずだった任務は敵地での潜入捜査。本来なら一番の適任者であるトットリにまわされるはずの仕事だったのだが、ミヤギがどうしても自分がいくといってきかなかったのだ。初めは渋い顔をしていたシンタローだったが結局ミヤギの熱意に負け、任すことにした。


――それなのにこの体たらく……


 ミヤギは自分が情けなくて仕方がなかった。
 シンタローに認めてほしくてどんな任務も厭わなかった。誰よりもシンタローに追いつきたくてがむしゃらに走り続けた。確かに無理をしたかもしれないが、その結果がコレ―――。
 きっとシンタローは今ごろあきれているだろう。きっと役に立たないヤツ、と思っているに違いない。体調管理も出来ない無能な男だと。
 情けなさと熱からくるだるさで体も気持ちも動かない。ミヤギはベッドにうずくまっているうちに、いつのまにか眠ってしまっていた。




 目をあけると窓の外はもうすっかり暗くなっていたが灯りをつけたまま眠ってしまったらしく、部屋は煌々と明るかった。
 ぼんやりと天井を見上げる。
 なにか夢を見ていたような気がするが、どんな夢だったか思い出すことは出来ない。何かひどく遠いものを追いかけていたような気がするのだが――。
 取りとめもなくそんなことを考えていると突然ノックもなしに部屋のドアが開いた。
「なんだ、起きていたのか」
 そう言いながら部屋に入ってきたのはシンタローだった。シンタローはナプキンをかけたお盆を手にずかずかと遠慮なく入っていくと手近なテーブルにそれを置いてベッドのそばにある椅子にドカッと腰をかけた。
「調子はどうだ?」
「え? ああ、大分いいべ」
「ホントか?」
 シンタローは疑わしそうにミヤギを見るとナイトテーブルに置かれていた体温計を突き出した。
「オラ、熱測れ。それと台所借りるぞ」
 そういうとシンタローはミヤギの返事を待たずに持ってきたお盆を持ってさっさと台所に行ってしまった。台所に消えていくシンタローを唖然として見送りながらミヤギは渡された体温計をのそのそと腋の下にはさんだ。




――シンタローはいったい何しに来たんだべか……?




 不思議に思っていると程なくして台所からいい匂いがしてきた。そう言えば朝からろくなものを食べていなかったことに気付き、急に腹が減ってくる。少しするとシンタローがお盆を手に戻ってきた。
「熱測ったか? 見せてみろ」
 ミヤギから体温計を受け取ると目を凝らしてそれを見る。
「37.5℃か。まだ高いな。とりあえずメシ食え。どうせ何にも食ってねーんだろ。風邪の時は食って寝る! それが一番早く治るからな」
 そう言うとシンタローは土鍋から雑炊を盛った椀をミヤギに差し出した。卵と鶏肉と浅葱ネギだけのシンプルな雑炊をまじまじと見つめて呟く。
「…コレ…今作ってたのか…」
「仕上げだけな。卵は食べる直前に入れないと固まっちまうからな。ホレ」
 笑いながら差し出されたレンゲを受け取って雑炊を少し掬いそのまま口に運んだ。
「アチッ」
「あたりまえだ阿呆。冷ましてから食え」
「…………」
「どうだ? うまいか?」
 口の中に入れると薄いがしっかりとした出汁のうまみと浅葱ネギの匂いが口いっぱいに広がる。
「………うめぇ」
「あたりまえだバーカ。不味いなんて行ったら承知しねーぞ」
 そんな口を叩きながら、勢いよく食べるミヤギを見てシンタローはとても嬉しそうだった。
 一人用の土鍋一杯に作ってきた雑炊はまたたく間になくなってミヤギの腹の中におさまった。程よく食欲が満たされたミヤギがお茶を飲んでいるうちに洗い物をしに台所に行っていたシンタローが、デザートのリンゴを手に戻ってきた。椅子に座ると彼は自分の分をひとつつまんで口に咥えながらミヤギに皿を渡した。
 ミヤギは受け取った皿を膝に置いたまま手をつけようとはしなかった。うさぎの形に切られたリンゴをじっと見つめたまま、肩を落としている。
「……んだよ。食わねーのか? それともメシ食って気分悪くなったか?」
 心配そうにシンタローが言うがミヤギはただ力なく首を振った。
「具合悪いんだったら横になったほうがいいぞ」
「………シンタローは……」
 蒲団の端をぎゅっと握りミヤギには不似合いな低い声を絞り出す。
「シンタローはオラのこと情けねーヤツだとか思わないべか?」
「…は?」
「頼りにならねーヤツだと、思わないべか?」
 こぼれ出る言葉が止められなかった。またシンタローも止めようとはしなかった。
「がむしゃらに任務こなして後先考えずに突っ走って、オメが止めるのもきかねーで無理やり請け負った仕事を前にこのザマだべ…。オメにどんな風に思われても仕方ねーけど……」
「…ま、確かに馬鹿だとは思うわな」
 シンタローに言われてミヤギは弾かれたように顔をあげた。どうか自分を見放さないでほしい、そう懇願するつもりでシンタローを見た。シンタローは呆れきっているか怒っているか、どちらかだろうと思っていたのだが、予想に反してシンタローは笑っていた。
「けどよ、これでお前、自分のペースがわかっただろ?」
「…ペース…?」
「お前、最近しゃかりきになっていたじゃねーか。無理して、根つめて、自分を追い詰めてる感じでよ。見ててあぶなっかしーなとは思ってたけど、お前、言っても聞かなねーし。今回のこともある程度予想はついてたよ」
「…シンタロー…」
「どこまでが限界かわかったらこれからは馬鹿はやらねーだろ?」
 にやりと笑うシンタローを見てミヤギは腹の底に重いものを感じた。そんなミヤギの様子に気付きもせずにシンタローはミヤギの皿からリンゴをつまんでいる。ミヤギはリンゴには手をつけず、ただ俯く。気がつけば皿を持った手が震えていた。
「オラは……」
 腹にどんどんイヤなものがたまっていく。それはまるでミヤギの奥深い所で渦巻いて、そして爆発するように噴出した。
「オラはシンタローに近付きてぇ!」
 士官学校でも、旧ガンマ団でも、そして今も。敵うことのない背中を追い続けた。だがもうそんな事はいやだ。気付かれもしないなんて冗談じゃない。
「必ず追いついて、絶対に追い越してやるべ!!」
 目に涙をためながら、それでもまっすぐに自分を見据えてくるミヤギにシンタローはびっくりして目を丸くしたが、すぐに余裕の笑みで立ち上がった。そして睨むように見上げてくるミヤギにゆっくりと拳を突き出す。
「だったらこんな所で休んでんじゃねーよ。俺は容赦なく置いていくぞ」
 にやりと笑うシンタローの拳を見て、ミヤギは自分も同じように拳を握ってシンタローに突きつけた。
「こんなモン、すぐに治してやるべ。首洗って待ってれ」
「待っててもらえるなんて甘いこと考えてんじゃねーぞ」
 お互いに拳をぶつけるとシンタローは颯爽と踵を返してミヤギの部屋を出て行った。
 ミヤギはそのドアが閉まってもしばらくじっとそのドアを見ていた。
 腹の底にたまっていたものは気がつけば今はない。ぼんやりした頭にかかっていた靄のような気持ちも吹っ飛んでしまっている。
 まっすぐに前を向く背中はきっと振り向くことはない。だが必ず追いついてみせる。




 いつの日か肩を並べる日が必ず来るから。




 そう確信している。
 ミヤギは今初めて気付いたように手に持った皿に二つだけ残ったリンゴを見た。
「フツーいい年した男が、それもガンマ団の総帥がリンゴをウサギに切るべか?」
 噴出しながら口に放りこんだリンゴは甘酸っぱかった―――。






END。。。。。






『熱』












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いや……あのはい……。すみません……。なんだかえらい中途半端で……。
ミヤギくんはずーっとシンタローさんの背中を追っかけ続けるんだと思います。
アラシヤマがストーカーならミヤギくんは熱烈な追っかけ?
コージは「よきに計らえ」ってな感じのお大尽でトットリは神出鬼没。(そのまんまやがな…)
でも顔だけのお人は本当に風邪はひかなさそうですねぇ(笑)




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 南国の楽園・パプワ島ー――。

 常夏のこの島では、時おり降るスコールと雨期、それと一部の例外を除けば常に快晴。天気が崩れることはめったにない。
 シンタローは夕飯の食材を求めて籠を片手にパプワハウスを出た。だが、目的の森にたどり着くまでに突然のスコール。傘を用意していなかったシンタローは慌てて近くの木の下に逃げこんだ。
「くっそー、今日は降らねーと思ってたのによ。油断したぜ」
 濡れて額に貼り付く前髪をかき上げながらシンタローは空を見上げた。雨はなかなかやむ気配を見せない。こんな突然の雨の日は絶対に『一部の例外』が雨を降らしているに違いない、と苦々しく呟く。
「ったく。またトットリのヤツがゲタ占いの術を使ってやがるな」
「それは濡れ衣だっちゃ」
 誰もいないと思い込んでいたのに背後から声をかけられ、シンタローは文字通り飛び上がった。
「なにしてんだよ、こんなトコで!」
「なにって、雨宿りだっちゃ」
 見ればトットリもずぶ濡れだ。そんなことにも気付けないほど取り乱していたのかと思うと格好悪くて泣けてくる。
「よく降るっちゃね~」
「…オメーが降らしてんだろーが」
「だから、濡れ衣だっちゃ。ぼくはそんなに簡単に術を使ったりしないっちゃ」
 丸顔の頬を膨らませて抗議する。
「カエルさん達だってどうしても必要な時以外は頼んでこないっちゃよ」
 そう言われてみればトットリがアルバイトをする時は長い間雨が降らない時に限られている。シンタローが思っているほどこの忍者は考えなしではないらしい。
「……悪かったな」
 いろいろな意味をこめてシンタローが謝ると、どこまでわかっているのかトットリが無邪気に笑う。
「別に気にしてないっちゃよ」
 屈託のない笑顔につられてシンタローも笑った。
「シンタローはどこに行く予定だっちゃ?」
「あ? 南の森に食材の調達だ」
「子供を養うのも大変っちゃね~」
「そうでもねーよ。なんだかんだで俺も楽しんでるからな。オメーは?」
「ぼくは海に魚釣りだっちゃ」
「そっちも苦労するな」
「共同生活は士官学校の寮で慣れてるっちゃ」
「士官学校、ね…」
「どうしたっちゃ?」
 トットリが首を傾げる。
「士官学校を出てればガンマ団じゃエリート扱いだ。一般の兵隊に比べれば出世も早い。それがこんな島でキャンプ生活か…」
「それはシンタローのせいだっちゃ。シンタローが秘石を持ってガンマ団を脱走したりしなければぼくもミヤギくんもこんな苦労はなかったっちゃ」
 シンタローとしてはそれをいわれると言葉もない。悪かったな、と吐き捨てるとムッと押し黙って目をそむけた。
「けど――」
 トットリが笑う。
「ぼくはこの島に来てよかったと思ってるっちゃよ」
「なんでだよ。カエルがいるからか?」
「違うっちゃ。だってこの島ではシンタローが笑うから」
 歳に似合わない童顔にいっぱいの笑顔。面食らうシンタローにトットリがさらに笑う。
 トットリはシンタローの笑顔が好きだった。コタローが幽閉されてからは、決して見ることができなくなった笑顔。アラシヤマは、そんな甘いことでどうする、とイヤな顔をしていたが、それでもトットリは彼の笑顔が好きだった。それがこの島では見ることができる。
「ぼくはシンタローの笑ってる顔が好きだっちゃ」
「………アホか……」
「余裕ないっちゃねー」
 照れてそれだけしかいえないシンタローをトットリがからかうとシンタローはさらにそっぽを向いてしまった。その表情はわからないが耳まで赤くなっているのを見て、トットリは嬉しさを隠し切れず愉快そうに笑った。




 突然の雨はやはり突然にやんだ。もう少しこうしていたかったのでやんでしまったのは本当は残念だが、雲の切れ間から覗く太陽を見てトットリは釣竿と魚篭を拾い上げた。
「じゃあ行くっちゃ。次に会った時は敵同士だっちゃよ」
「ぬかせ。返り討ちにしてやるぜ」
 シンタローは彼らしさを取り戻し、挑戦的に笑いながら拳を突き出した。トットリもそれを受けて同じように拳を突き出し、魚篭を担いで歩き出し、肩越しに笑いかけた。
「大漁だったらおスソワケしたげるっちゃよ」
「期待しねーで待っててやるよ」
 憎まれ口を叩きながら籠を抱えて、シンタローは南の森へ駆けていった。




 さぁ、余計なことを言ってしまった。シンタローはきっと釣果を楽しみにしているに違いない。

 トットリは魚篭を担ぎなおす。

 せいぜいがんばってシンタローを喜ばせてやろう。それでもし、シンタローが笑ってくれるなら、きっと自分も嬉しいから。

「いっちょガンバるかねー」
 一人ごちてトットリは太陽の輝く海に駆け出した。







END。。。。。






『雨宿り』












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憧れの(笑)トットリ×シンタローです。時間軸は南国で。
トットリはガンマ団仕官学校時代にシンタローさんにホレちゃってるということで…。
童顔で男前な忍者トットリ。伊達衆では彼が一番男前だと思います(…え?(・・;)


 夜四つ、濃い藍色の中天に据えられた月が堀の水面を明るく銀色に光らせていた。時折、魚が跳ねているのかささやかな水音が聞こえる以外、寂寂としている。
 よしず張りの居酒屋を出たシンタローとアラシヤマは一石橋を渡り、御堀沿いを南に向かって歩いていた。
 「あんさん、今屋敷に帰ってはるんどすか?」
 「野暮用で2、3日な。でも、親父がうるせーから出てきた」
 「……なんや、えらい愁嘆場やったんちゃいますの?」
 シンタローはひどく嫌そうにアラシヤマを見たが、何も言わなかった。どうやら、図星であったらしい。
 つづけて、アラシヤマは真面目な顔つきのまま、
 「……シンタローはん、わてらさっきからつけられてますえ?えっらい下手な尾行どすけど、心当たりは?」
 と、言った。


 シンタローは、歩を止め、ため息をついた。
 「――また、アンタだろ?出て来い!」
 と、路わきに積まれていた木材の山に向かって声をかけると、いきなり声をかけられ驚いたものか、足をもつれさせるように人影が道にまろびでた。
 中肉中背で、四角い頭の若い武士である。
 「シンタロー殿ッ!」
 そう言って近づいてくる武士を不審そうに見て、アラシヤマは隣のシンタローに
 「なんどすの、このお人??あんさん、『また』ってさっき言わはったけど…」
 と聞いた。
 「いいか、テメェはぜってー、黙ってろよ?何があっても口出しすんじゃねーぞ!」
 シンタローはアラシヤマを一顧だにせず、近づいてくる男を不機嫌そうな表情で睨みつけた。
 「どうか、早苗どのとの御縁談、何とぞご承知下さるわけにはまいりませぬか?先日、拙者が無頼浪人に刀を奪われそうになりました際にも助けてくださったシンタロー殿のお優しさ、この弥之助、これまで以上に貴殿に感服の至りでございます!!」
 「――別にアンタを助けるつもりはなかったんだけど、あれはアンタがあまりにも情けなかったからだ。侍が刀をとられてどうすんだヨ?」
 「面目ない……。ですが、拙者、早苗どのを幸せにできるのは貴公以外ござらぬといよいよ心に決めもうした!」
 「だからっ、何度も言ってんダロ?俺はその早苗どのとやらと見合いをする気はこれっぽっちもねぇ。幾度俺をつけまわそーが、無駄だ。毎度つけてこられてもウザイし、いい加減あきらめてくれッ!!」
 語気荒く言い切ったシンタローであったが、
 「何故ですかッツ!?早苗どのは素晴らしい女性でございます!会えばきっと貴公のお気持ちも変わるはずです!!心に決めた女性はいらっしゃらないと云われたではござらぬか!?それならば、拙者はこの縁談の成就をあきらめきれませぬッツ!!」
 弥之助は、一向にひく気配を見せない。
 (殴っても脅しても駄目だし、何度断っても聞く耳もたねぇし……。一体どうすりゃいいんだ?)
 この先も弥之助に執念深くつきまとわれることを考えると、隣の男とは違ってそれほど実害はなさそうなものの、到底よい心持はしなかった。
 (どうやったらこの野郎、あきらめやがんだ??)
 何度も考えてはみたことだが、うまい回答がみつからない。悩むシンタローに、
 「なんや、えらい修羅場みたいどすな」
 と、傍らからアラシヤマが声を掛けた。
 のんきそうにいうアラシヤマを見て、シンタローは内心ひどく腹が立ったが、ふと、あることを思いついた。
 (アレだったら、いくらなんでもあきらめやがるか?でもなぁ、アラシヤマを相手にすんのもやっぱ気がすすまねーよナ……)
 辺りを見回しても、自分とアラシヤマと弥之助以外の人間がいるわけでもなく、例えいたとしても窮状には変わりは無かった。
 「シンタロー殿ッ!!」
 弥之助が必死な形相で詰め寄ってくる中、シンタローは覚悟を決めた。
 アラシヤマの着物を引っつかんで思い切りよく引き寄せ、
 「オマエ、猿芝居につき合えヨ?」
 と、不測の事態にぼんやりとしているらしいアラシヤマに小声で言うと、アラシヤマに口づけた。


 数秒のち、シンタローは弥之助を振り返り、
 「って、実はこーいうワケだから。つーことで、心に決めた女がいるわけじゃねーけどアンタの見合い話には乗れねぇんだ」
 と言った。
 いつしか弥之助の顔は青黛をべったりと塗ったような色となり、口では何か言おうとしていたが金魚のように開いたり閉じたりするのみで、どうやら声にはならない様子である。
 (……ちょっと気の毒だけど、まぁ、効果はあったみてーだナ)
 シンタローはアラシヤマから離れようとしたが、どうしたことか体が動かない。手を突っ張ってアラシヤマの体を押しのけようとしたが、一瞬力をゆるめた隙に腰を抱き寄せられ、ますます密着する形となった。
 「テメェ、一体どういうつもりだッ!?」
 と、シンタローがアラシヤマを睨みつけながら弥之助に聞こえないよう声を低めて問うと、
 「芝居なんですやろ?ほな、わても協力しますえ?」
 いうなり、シンタローの頭を引き寄せ、獣じみた勢いで貪るように接吻した。
 歯列を割って入ってきた舌に自分の舌を絡めとられたシンタローは、思わず身をよじって逃れようとした。
 アラシヤマは不承不承いったん口付けを解き、シンタローの下唇を名残惜しげに舐めると
 「あんさん、ここで逃げはると、芝居やてバレるんやおまへんか?」
 と低く笑いを含んだ声で云った。
 腕の中、怒りのためか震えているシンタローの腰の下あたりを撫で、
 「これでもまだ信用ならへんのやったら、この先、見はります?」
 と、アラシヤマは弥之助の方に向きなおったが、当の弥之助は既に気絶していたらしく地面に伸びていた。
 「……これぐらいで、なんとも根性おまへんなぁ。それでも武士どすの?いや、このお人、武士というより豆腐どすな。二本差しの田楽豆腐どす」
 と、呆れたような口調でアラシヤマが言った瞬間、彼の体は数間先まで吹き飛んだ。
 「なっ、なにしはりますのんッツ!?」
 地面にぶつかったアラシヤマが咳き込みながら身を起こすと、鬼のような形相のシンタローが目の前に立っていた。
 「……テメー、芝居とはいえ、あそこまでする必要は、まったくなかったよなぁ?」
 シンタローはアラシヤマの胸倉を掴んで引っ張りあげた。
 「中途半端やと逆に疑われますやん!?わては芝居を完璧にしたげようと思うてのことどす!それにあんさんから接吻してくれはった時、わて、失神するのと鼻血こらえるのにえらい苦労したんどすえー!」
 シンタローは着物を掴んでいた手を離した瞬間、アラシヤマの頬を思いっきり殴った上で蹴り飛ばし、
 「間違ってもテメェに礼なんざいいたかねーし、マジムカつくけど、一応これぐらいで勘弁しといてやる」
 と地面に座り込むアラシヤマを冷たい表情で見下ろして言った。
 (シンタローはん、えらい照れてはって、可愛おす…!さっき鯉口を切ってはったんも、かっ、完全に!照れ隠しどすなvvv)
 アラシヤマは殴られた頬を押さえてしばらくにんまりとしていたが、シンタローが弥之助の様子をみるため戻ったことに気づくと、慌てて立ち上がった。


 「シンタローはーんッ!もう、わてを置き去りにせんといておくれやすぅvvv」
 アラシヤマが傍まで来ると、弥之助のそばに屈みこんでいたシンタローは立ち上がった。
 「こいつ、一応気絶してるだけみたいだけど寒空の下放置してたら死ぬかな?」
 「そうどすなぁ……。あの、それもちょっとだけ困りますけど、もしケンカしたまま屋敷にあんさんが帰らんかったらあの親馬鹿親父は捜索隊を出すんとちがいますの?」
 「テメェ、不吉なこと言ってんじゃねーよ!」
 と、シンタローは思いっきり顔をしかめたが、思い当たる節があるのか否定はしなかった。
 アラシヤマは少し考え、
 「わて、この豆腐とちょっと話したいことがあるんで介抱しときます。シンタローはんは先に帰っておくんなはれ」
 といった。
 「まさかオマエ、こいつを始末するつもりじゃねェだろーな?」
 いかにも疑わしげにシンタローがアラシヤマを見やると、
 「心優しいわてが、そんなことするわけおまへんやん!大丈夫どすってv」
 と、アラシヤマは笑顔を返した。



 (――なんだ?頭の後ろが痛い上に、顔中がちくちくするな……)
 ぼんやりとそう思った弥之助はひとまず目を開け、訳がわからないなりに体を起こした。
 月明かりの中、どうやら場所は夜の道であるという事はわかったが、何故自分が道の真ん中に寝ていたのかはすぐには思い出せなかった。
 おそるおそる頭の後ろに手をやってみると、どうやら少しこぶができているらしい。顔や指先が軽く痛むのは、冬の夜気にさらされていたためであろうというところまでは了解できた頃、
 「気ぃ、つかはりました?」
 と、声がした。
 弥之助は、まさか自分以外に人がいるとは思ってもいなかったので肩を揺らして驚いた。振り向くと、前髪が鬱陶しく片目に被さった男がしゃがんでおり、先ほどの声はどうやらこの男が発したもののようであった。
 その男を見た瞬間、先ほどまでの記憶がよみがえり、
 「だっ、男色ッツ!!」
 と、弥之助は思わず叫んだ。すると男は、
 「いきなり人を男色呼ばわりどすか?アンタ、えらい失礼どすな」
 幾分、機嫌を損ねたようである。どうやら武士ではあるらしいものの得体の知れない男が身にまとう雰囲気は、辺りの夜気と同様身を切るように冷たかった。
 弥之助は辺りを見渡したが、目の前の男と自分以外、誰もいない。
 「し、シンタロー殿はッ?」
 状況が把握できず焦る弥之助に男は呆れたようにため息をつき、
 「まぁ、落ち着きなはれ」
 といった。
 「男色なんてそう珍しいもんでもおまへんやろ?あれぐらいで気絶するやなんて、あんさんだらしのうおますえ?」
 薄気味悪そうに男を見た弥之助は、地面に座り込んだまま後ずさった。シンタローが男色であるとは決して信じたくはなかったが、先ほど自ら目の前の男と接吻したうえ、男にから激しく口付けられていたシンタローの表情には、普段の彼からは想像もできないような色香が感じられた。
 「……本当に、シンタロー殿は貴殿と男色関係にあられるのか?」
 「さっきから、その男色いう言い方やめてくれはります?」
 と、男は云った。
 「わては、男が好きというわけやおまへん。ただ、わてにはシンタローはんだけなんどす」
 そう言い切った男に対して、弥之助は悔しさや嫉妬が入り混じったような憎しみに近い思いを抱いた。気がつけば、
 「俺は、男色だけは断じて嫌だッ!! 世の中には早苗どののような愛らしい女性がいるのに、男色なんぞにうつつを抜かすやつらの気が知れんッツ!!」
 と叫んでいた。
 男は弥之助を見て目を細め、
 「おや、あんたはん、縁談相手のいとはんに岡惚れしてはったんどすか?」
 面白がるような口調であった。
 「ほ、惚れているなんてとんでもない!早苗どのに失礼だッツ!!俺は婦女子に好かれるような性格でも面相でもないし、第一、家格が違う…」
 弥之助の声は段々しぼんでいき、最後の方になるとほとんど聞こえなかった。どうやら、自分自身の言った言葉に傷ついたらしい。
 「……アンタも、救いようのない阿呆どすナ」
 「なっ、何をッツ!?」
 男の言葉に気色ばんだ弥之助は、思わず刀の柄に手を掛けた。しかし、思うようには抜けなかった。
 抜けない刀に焦る彼に、男は
 「やめときなはれ。刀を差して腰がふらついてはるようどしたら、剣術は全然できへんのやろ?むやみに抜くと自分が怪我しますえ」
 と、馬鹿にするような口ぶりでもなくそう云った。
 弥之助は、震える両こぶしを握りこんだ。
 「ところで、一つ訊いてもよろしおますか?あんたはんが惚れてるいとはんが、アンタがさっきから云う男色の男のところへ嫁入りしはったら、不幸になるだけとちがいますの?」
 「そ、それはッ……!」
 「あきらめや。縁談はとうの昔にご破算になったんでっしゃろ?アンタの余計なお節介は、単に自分に自信がない男の妄執なだけや」
 「うるさいッツ!!」
 地面にこぶしを叩きつけた弥之助を、男はしばらく黙って見ていたが、
 「なりふりかまわず、頑張ってみはったらどうどすか?ボンヤリしてはると、いとはんは他の男のところへ片付くだけどす。まぁ、その方がお互い幸せかもしれまへんけどナ」
 といった。
 「…………」
 言葉もなく弥之助は首をがっくりと落とし、項垂れた。


 しばらくの間、堀の水音だけが辺りに満ちていた。
 「――それに、シンタローはんは、アンタの自己満足を叶えるために在るわけやないんどすえ?」
 男の声音が、先ほどまでとは一変した。声からは何の感情も読み取れず、白々と温度がない。
 「今後、アンタがシンタローはんにつきまとうのは、わてが許しまへん。あの人を利用するつもりやったら、斬る」
 男が立ち上がりざま、月明かりの中、鈍い光が一閃した。
 弥之助はいったい何が起こったのか了解できなかったが、ふと、下を向くと羽織の紐のみが鋭く断ち切られている。それ以外、どこにも怪我もなく、特に変わったこともない。
 慌てて顔を上げたところ、すでに男の姿はあたりに見あたらなかった。
 弥之助の体は、おこりに罹ったかのように震えはじめた。



 春の彼岸も過ぎた頃、そろそろ彼岸桜が他の桜に先駆けてつぼみを開き始めていた。
 その日は、ここ数日の小春日和がうそのように、冬のような寒さであった。
 シンタローは神田からの帰り道、久しぶりに田楽居酒屋に立ち寄ってみようかと思い立った。
 竜閑橋を過ぎ、堀沿いを歩くうち一石橋に近づくと、風が吹けば倒れそうなほど簡素なよしず張りの店は以前と変わらずたたずんでいた。
 「あっ、シンタローはんv」
 「……何で、下戸のテメーがここにいんだよ?」
 相変わらず客のいない店に一歩入ると、田楽を食べているアラシヤマが座っていた。シンタローを見て嬉しそうなアラシヤマとは対照的に、彼は苦虫を噛み潰したような顔になった。
 「いや、道場の方に訪ねていってもあんさん中々会うてくれまへんし、ここやったら会えるかなと思いまして。相変わらず豆腐と蒟蒻しかおまへんけど、味噌は白味噌に変わってますナ。わて、こっちの味の方が好きどす」
 アラシヤマは床机に置いた田楽の皿をずらし隣を空けたが、シンタローは斜め向かいに座った。
 「そういや、オマエ、吉原の花魁に振られたんだってな」
 豆腐田楽を口に入れようとしていたアラシヤマの表情が凍りついた。
 「ああああああのっ、ソレ、一体誰から何を聞かはったんどすか?まったくの事実無根どすえー!?」
 田楽を皿に戻し、シンタローの手をとらんばかりに詰め寄ったが、足を払われ再び床机に座り込むはめとなった。
 「落ち着け」
 というと、シンタローは一口茶を飲み、湯飲みを置いた。
 「ミヤギから聞いた。『あの根暗、顔はらして超不細工だったっぺ!あれって、絶対野暮なことして花魁に振られたに決まってるべー!!いい気味だべ!』って、大笑いしてたゾ」
 「――あんの顔だけ阿呆、殺してやりまひょか……!」
 「何?言いたいことがあんなら、はっきりしゃべれヨ!聞こえねーだろ?」
 「いえ、今のは単なる独り言どすvいやどすなぁ、シンタローはん。それってこの前あんさんがわてを殴らはった翌日のことどすえ?たまたま朝にあの顔だけ阿呆と奉行所で会うたんやけど、それをあの超頭の悪い粗忽な阿呆が勘違いしただけでっしゃろ?わては吉原へ通うてもおまへんし、無実どすえー!!」
 「ふーん。あ、親爺、熱燗一本頼むわ」
 素っ気ないシンタローの様子を見て、アラシヤマは少し声を大きくした。
 「あの、まったくの誤解どすから!」
 「うるせぇ、酒が不味くなる」
 「シンタローはーん……」
 熱燗を飲み始めたシンタローを見て、アラシヤマは所在無げに田楽の串をいじっていた。
 しかし、シンタローはアラシヤマに話しかけるはずもなく、黙々と猪口を口にしていた。
 「……この前見廻りの途中あの豆腐男を見かけたんどすが、あんさんの元縁談相手のいとはんと祝言をあげたみたいどすえ?」
 と、アラシヤマが小さい声で言うと、
 「へぇ、根性見せやがったな。やるじゃん」
 シンタローは少し口元をあげて笑った。それを見たアラシヤマの表情が、先ほどまでとはうってかわって明るくなった。
 「二人で買いもんしてはったけど、あの御新造さん、なかなか器量良しでかしこうおますわ。豆腐は気づかんうちに上手う料理されてましたな」
 「ふーん、よかったナ」
 「どうなんやろか。わてが見たかぎり、完全に首に縄つけてひっぱられている状態どした……。まぁ、ニヤニヤやにさがってはおりましたけどナ」
 「幸せだったら、いいんじゃねーの?」
 そう言ってシンタローはアラシヤマの皿から蒟蒻田楽を一串とった。
 「――あのぶんやと、一生浮気はできへんのやろなぁ……。少々気の毒な気もしましたえ?」
 「あ、確かに木の芽が入っててうめーな。でも俺はやっぱ赤味噌の方が好きだけど。……別にいいじゃねーかヨ。惚れた相手がいながら浮気するヤツの気が俺にはわかんねーし」
 「あっ、シンタローはん!違うんどすッツ!!わてが浮気したいわけやのうて、例えばの話どすからっ!!そこんところ誤解せんといておくれやすー!!」
 「何慌ててんのオマエ?そもそも、浮気以前にテメーに恋人なんざいねぇだろ?それにテメェが浮気しようがどうしようが、俺には全然関係のねぇ話だし」
 「あ、あのっ、強がりはらんでもええんどすえ?わては誠実な男どすさかい、浮気は絶対しまへんからっ!」
 「さっきから意味わかんねぇ。テメー、もう田楽を食い終わったんだろ?酒飲まねーんならとっとと帰ったら?」
 「……ほな、いただきますけど」
 「言っとくけど、これは俺んだからナ!自分で頼めヨ」
 「ひどうおます~……」


 シンタローとアラシヤマが店を出ると、先ほどよりもさらに辺りの夜気が冷え込んでいた。
 アラシヤマは少し酔いが回ったのか、
 「……シンタローはーん、こんど芝居でも一緒に見に行きまへん?」
 と、シンタローに向かってうれしげに声をかけた。
 「行かねぇ」
 「そ、そない即答しはらんでも。酔い、一気に冷めましたえ!?」
 「……てめぇとの大根芝居の後、俺は大の芝居嫌いになったんだヨ!」
 「いや、あれは芝居ということやのうても、わてはいっこうにかまへんのやけど……」
 「何か言ったか?」
 険のある目つきで睨みつけられ、
 「いえ、何も言うてまへん……」
 と、アラシヤマは肩を落として言った。
 しばらく、ことばもなく二人は歩いていたが、つと、アラシヤマが足を止めたのでシンタローは振り返った。アラシヤマはしばらく何か言いたげなそぶりでありながら、中々言い出せないもようであったが、心を決めたのか、やっと口を開いた。
 「……あの、ちょっと今から行きたいところがあるんどすが、付き合うてもろてもよろしおますか?」
 「どこへだよ?」
 「本所の回向院どす」
 いつのまにか、暗い空からは大きな牡丹雪がほたほたと舞い落ちていた。


 見世物小屋や食べ物屋などがひしめきあう繁華な西広小路を抜け、両国橋を渡るとほどなく回向院に着いた。広い境内までは両国の喧騒は届かず、静閑としていた。
 「つい先にここに入った、不細工で一途な阿呆がおるんどす」
 と、アラシヤマはいった。
 罪人たちの墓が立ち並ぶ一角、真新しい墓の上にもうっすらと雪が積もっていた。
 彼岸に供えられたものなのか、いくつかの墓石の前には花が供えられていたがその上にも雪が綿帽子のようにかぶさっている。
 アラシヤマは真新しい墓石の前まで来ると足を止めた。
 花立には新しい花がたくさん活けられており、アラシヤマはその脇に風呂敷包みから取り出した樒を一本さした。そして、墓の前で手を合わせ目を閉じた。
 シンタローは立ったまま、アラシヤマの後姿を見ていた。
 二人の肩や背には、次々と雪が降り落ちてはくっつき、ゆっくりと溶けてゆく。
 「ほな、行きまひょか」
 ほどなく、アラシヤマは立ち上がった。
 「どうでもいいが、寒い。何かおごれ」
 「桜湯の屋台が、来しなにおましたナ」
 「こーいう場合、フツー酒だろ?ったく、オマエ、気がきかねぇな」
 そういうと、シンタローはさっさと歩き出した。
 しばらくアラシヤマはその場に立ち尽くしていたが、
 「……おおきに、シンタローはん」
 シンタローの姿が雪に煙って見えなくなる前、もういちど墓石を一瞥し、アラシヤマもその場を後にした。

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