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一人の彼ら



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 もともと一つだった彼らは、二つに分かれた。



 広々とした窓から入る月明かりだけが、今、この部屋唯一の光だった。
 その薄い光りの中で、部屋の中央に置かれたやたら大きなデスクに凭れるようにして座り込んだ男は、その大きな手を額において、ただ黙り込んでいる。
 疲れからか目の下には薄く隈が見え、顔色は良くない。
 不意に目の端から落ちそうになったものを拭って、男は舌打ちした。
 何を弱気になっているのだと。
「何をしている」
 突如扉が開いて、廊下の人工的な光りが部屋に差し込む。
 何の遠慮もなくかけられた声に、男は振り返りもせず、吐き捨てるように短く答えた。
「なんでもねぇよ」
「そうか」
 声をかけた方の男は、室内に一歩だけ入ったところで、それ以上踏み入れようとはせずに立ち止まる。
 数秒して、機械仕掛けの扉は閉まり、部屋にはまた、月明かりのみが残った。
「何か用かよ」
 出て行こうとも、何かを言い出すでもない彼に苛立ちを覚え、口調を強くして言う。
 目線は、決して合わせない。
「いや……」
「じゃあ、もう行けよ」
 否定を受け取り、そのまま退室を促しながら男は立ち上がり、窓の方へと歩み寄る。
 窓際の小さなスイッチを押すと、開閉式の窓がほんの少し開く。
 落下防止のため全開にはならないのだ。
「そうもいくまい」
 夜風を受けてたなびく相手の黒髪とコートを見つめながら、扉側の男はそれに首を振る。
「はぁ?」
「なんでもないのに大の男が泣いているのを、放っていけというのか」
「…………」
 黒髪の男は言い訳はしなかった。
 この男にそんなことを言っても無駄だと思ったのだ。
 大概の事は素直に受け止める彼だが、妙なところで鋭い。
「シンタロー」
「…………」
 男は……、シンタローは答えない。
 ただ、風を体全体で受けるように窓に向かって立ち尽くす。
「呼ばれたら返事をしないか」
「……お前にそう呼ばれるべきじゃねぇよ。俺は」
 本物は『彼』だから。
 透けるような金の髪と、空と海の中間の青い目を持った彼こそが本物の『シンタロー』だ。
 自分の生きた二十と余年は決して偽りではないのだけれど……。
 けれど自分は『シンタロー』であり、『シンタロー』ではない。
 少なくとも、彼にそう呼ばれるべきではない。
「ならばどう呼べばいい」
「好きなように呼べばいいさ」
 どうせ向こうからは見えないのだからと自嘲する。
「俺にふさわしい名前は、お前が決めればいい」
 わざわざ言わずとも良い事を口に出す。
 自分の存在を否定されたいのだろうか、とシンタローは頭の隅で思った。
「それでは同じだろう」
 しかし、聞きえたのは予想された答え。
 その名以外でなど、呼べはしないと。
 誰もがそう言う。
「もういいだろう? 出て行けよ、もう平気だ『シンタロー』」
 途端、何故か裏切られた気分になって、彼に当たるようにその名で呼んだ。
 他の誰もが、自分を『シンタロー』だと言うから……。
 彼だけは、否定してくれる気がしたのだ。
 それでどうなるかなんて考えずに。
「お前こそ……その名で俺を呼ぶな」
 声は明らかに不機嫌そうだった。
 近づいてくる気配がしたが、気付かない振りをする。
 真後ろに立たれても尚、顔をあわせることなく、シンタローは窓の外を見つめ続けた。
「俺は『お前(シンタロー)』ではない」
「なら、何て呼ぶ?」
 引くに引けずに、半ばやけになりながら言う。
 自分でも何に苛ついているか分からずに。
「好きなように呼べばいい。あの男が呼んでいた名もあるだろう?」
 自分の言葉をそっくりそのまま返されたのが気に入らなかったのか、 シンタローの方から小さく舌打ちが聞えた。
「ドクターか?」
 あの名でいいのかと聞き返すと、もうあれで定着しているらしいからいい、と返ってきた。
 名前は一生ものだと言うのに、無頓着なものである。
「『キンタロー』、分かったから出て行けよ」
 いい加減、一人になりたい。
 嗚咽がまた喉元まで込み上げてくる感覚にシンタローは眉をしかめた。
「『シンタロー』」
 真後ろのキンタローに『名前』を呼ばれたかと思うと、彼の腕に思い切り手首を捻り上げられた。
「ってぇな!!」
「何を苛ついている」
「誰がッ……! 放せよ!!」
「どうして泣いていた」
「うるせぇッ」
「何があった」
 矢継ぎ早に続く遠慮のない言葉に、シンタローは彼を敵意も剥き出しに睨みつけた。
「てめぇにゃ関係ねぇよ。放しやがれッ」
 それは残酷な言葉だったのかもしれない。
 けれど逃れたい一心で、考えるまもなく吐き出した。
「確かに、俺とお前に正式な血縁や特別と言える関係はない」
 手首を掴まれたまま、空と海の中間が、しっかりと正面からシンタローを捕えて放さない。
 逸らすこともできずに見つめ返したその中には、彼自身が映りこんでいた。
「――――ッ」
「しかし、俺はお前『だった』」
 もともと一つだった彼らは、二つに分かれた。
「俺たちはもう『一人』じゃないが、共にあった」
 互いに目の前の相手は、『自分だった』者。
 かつての共有者。
「それでも、関係ないと言うのか?」
「…………悪ィ」
 こんなことを言いたかったのではない。
 こんな風に傷つけたいわけではない。
「……どうしたんだ」
 手首を解放し、有無を言わせぬ口調で聞いてくる。
「…………」
「苦しいのか? シンタロー」
「……ああ」
 重圧が、押しつぶしていく。
 それでも耐えなければ、開けていかない。
 これは自分で選んだことだ。
 決して後悔ではない。
 耐えればいいだけのことだから――――。
「苦しいのならば、俺が肩を貸す」
 ふいに振ってきた声に、驚いて顔を上げる。
 自分はおそらく彼にとって、許されない者だと思っていた。
 しかしてキンタローの声は優しい。
「お前は『一人』しかいないが、お前は『一人』じゃない」
 一人で耐える必要はない、と付け足される。
「……誰かに教えられたのか?」
 聞いてしまうのは、嫌味ではなく確かめたいから。
「いや、俺がそう思った。……何か変か?」
 彼だけは、自分を否定してくれるのを期待していたんだと思い込んだ。
 本当は、彼に言って欲しかったのだ。
 もう一人の自分にこそ、自分を認めて欲しかった。
 なんて自分勝手な話だと心の中で笑う。
 それでも言ってくれた彼に感謝しながら。
「いーや、貸してくれるんなら借りとく」
 肩に顔をうずめると、まるで子供をあやすように、背中を優しく叩かれた。
「……オイ?」
「ああ。泣く子を安心させるにはこうしろと本に書いてあった」
「……泣いてねぇよ」
 子供と言われたのが気に入らなかったのか、どんな本を読んでいるんだと呆れたのか、彼はそれだけ言って押し黙る。
 背中の手は温かく、心地良くて、シンタローはゆっくりと目を閉じた。




 一人きりだった彼らは、今はもう孤独ではない。







END





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ゆるやかな夕べ



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 目の前では何が起こっているのか、眉間に皺が寄るのが自分で分かった。
「何って、料理ですけど?」
 それはわかっている。
 問題としているのはそういうことではない。
「……ああ、これっすか」
 返事を返した人物が、先程からその手で懸命に製作にとりかかっているのは、誕生日ケーキ。
 折角だからと言って、一昨昨日の礼も込めてと作りはじめていたもののはずだが、少し散歩にと目を離した間に、異常な事態を迎えていた。
 ハート型に形どられたそれは、随分と可愛らしいデコレーションが施され、完成も間近というところ。
それだけでも十分頭の痛いところだが、そのふざけた外見を大目に見て尚、呆れて言葉が出ないのは、他の何より突出したそれ自体のサイズのせいだ。
 作っている彼自身の腕を広げても、まだ余るほどの巨大さに、見ているだけで胸焼けがしてくる。
「可愛いでしょう?」
 ここまでの大きさを持ったものを、可愛いかと問われても、そうは頷けない。
 そもそも可愛くする必要も、大きくする必要もなかっただろうに。
 乙女なのか、豪快なのか、どちらかにしてほしい。
 いや、要素としてはどちらもいらない。
「折角だから島のみんなに食べて貰おうと思って……さすがにこれだけ大きいと作りがいがありますよ」
 いったい何のギネスに挑戦しているのかとまで考えはじめたが、どうやら違ったらしい。
 島の住人達に配るとなれば、それでも少ないくらいだろうか。
 そういうことならと、珍しく手伝う気がおきたのだが、飾りつけの苺に手を伸ばしたところで、制止をかけられた。
「いいっすよ。俺やりますから。主役はいつもみたいに休んでてください」
 いつもみたいにはなくてもいいだろう。
 余計な一言を言うそれに拳を落とし、他にやることもないのにどうしたものかと卓袱台の横に腰を下ろす。
 小声で拗ねた声がしたが、聞こえないふりをする。
 構えば調子づかせてしまうだけだろう。
 わざわざ餌を与える必要はない。
 言われた通りというのは癪だが、ゆっくり休ませてもらうとしよう。
 見渡せば、自分の座り込んだ反対側で、子供と犬が珍しく外にも行かず室内で遊んでいる。
 二人ダウトという何ともシュールな遊び方に苦笑し、卓袱台の上に肘をつきながら見物を決め込むことにした。
 これだけの時間、いつもは眠ってしまうことが多いが、何故だか今日はそれがひどく勿体無い。
 この時間を、空気を見ていたい。
 子供と犬が何か言うのに笑って返し、奥のほうで未だ拗ねているのにも一応声をかけてやり、そうやってゆっくりと時間が流れていく。
 嬉しいような、くすぐったいような、あたたかな気分。
 満たされる時間。
 満たされる空気。
 このまま埋もれてしまわぬようにと思いながらも、どうしてもときどき忘れてしまいそうになる。
 帰るべきところを。
 自分を待つ、もう一つの確かなあたたかい場所。
 帰らなくては帰らなくては。
 でなければこの欲深い人間は、選ぶことなどできなくなる。

 『シンタローさん』

 身動き取れないなどごめんだ。
 絶対に。

「シンタローさん。できましたよー!」

 暢気な声に引き戻され、そちらを見れば、巨大なハート型ケーキがすっかり出来上がって、さらには蝋燭までたっている。
 どう見ても異常な光景だ。
「……どうかしました?」
 覗き込んでくる顔をおしのけて、眠くなったのだと言っておく。
 嬉しくて、同時に悲しいと思う。
 二割ほど目の前に居る馬鹿のせいだ。
 悟られたくはない。
 吹き消した蝋燭とともに、それまでの思考も消した。
 何回だって結果は変わらない。
「じゃ、ケーキ入刀ということで……」
 任されたケーキナイフを持つ方とは逆の手で、手刀を入れる。
 結局馬鹿は馬鹿だった。
 とりあえず、まずはこのふざけた形を真っ二つにしておこう。







END





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シンタローさんおめでとう記念!(はしゃぎすぎ)
ふとした瞬間、一番幸せだと思う瞬間に、思い出してしまうこと。
文中の「選ぶ」は「進む道」のことではなく…。(それはもう自分で決めているので)
なんでもないときなら平気な顔で「両方」と言い切ってください。

2006(May)


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まどろむ真昼



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 泡立て器がカシカシと、ボウルと擦れる音を半ば意識を沈ませたままで聞いていた。
 いつものように天気は良好。湿気がなければ暑さも慣れたもの。
 壁を背に、膝を抱えて丸まった格好は多少窮屈だったが、たいした問題ではない。
 微睡みから抜け出せぬまま、かろうじて機能している聴覚が拾ってくる音は決してうるさくはないし、むしろ一定のリズムが心地よく、子守歌のようにさえ聴こえはじめた。
 家事も一段落はしているし、このまま寝入ってしまおうかと思い始めた時になって、ようやく違和感に気付く。
 ……家人は今自分一人ではなかっただろうか。
 他は皆外に出ているはずだ。
 今日の家事当番は自分なのだから、台所の使用者がいるのはおかしい。
 ならばこの音を奏でるのは誰だ?
 浮上しきらない意識で辿り着いたのは、最も苦手とする人物。
 この島唯一の同種の女性の存在である。
 なるべくならば至りたくなかった結果に、一気に頭がクリアになっていく。
 途端に背中を流れだしたいやな汗を、否定するかのように懸命に考えを振り払って、相手に聞こえないよう息を吐き出す。
 可能性はそれだけではないはずだ。
 すっかり覚醒した意識に対し、体は硬直させたまま、全神経を使って、いないはずの人物の様子をうかがった。
 相変わらず音は絶えない。
 かすかに聞こえる機嫌良く口づさまれる鼻歌だけでは判断しきれず、不安は大きくなる。
 仮定が当たっていたとしても、待っているのは当選おめでとう地獄へご招待ツアーだ。
 全く嬉しくない。
 そんな様子を知ってか知らずか、音の主はようやく声を発した。

「ん……こんなもんか」

 一瞬、それが誰のものなのか分かりかねた。
 それほどまでに頭からはすっかり抜け出た人物。
 即座に否定がよぎるが、彼の人の声を聞き違うはずもない。
 同居人で、俺様で、お姑様で、今は外出しているはずの、その人。
 同時に強ばっていた体から力が抜けていく。
 いくら彼女でも家人の許可もなく台所に立つことなどしないだろう。
 心中でこっそりと謝罪をし、また新たな疑問にぶつかる。
 彼の人は確かに子供と犬とともに出掛けたはずだ。
 帰りの時間まで聞いていたわけではないが、一人での帰宅とはどういうことなのか腑に落ちない。
 更に言えばいったい何を作っているというのか。
 甘い匂いから、菓子類だということは分かる。ただ理由が思い当たらない。
 いや、一つだけある。
 あるが、しかし……。
 しかし期待はするだけ裏切られる方が多い。
 自分の生まれた日にケーキといえば、普通は誕生日ケーキなのだろうが……。
 果たして子供らより先に帰宅し、その支度を始めるほど気にかけられているのだろうかと問えば、イエスとは言いづらい。
 気にかけているのはこちらばかりだ。
 未だ楽しそうに菓子作りを続ける人物には、届いていないだろう。
 自分が寝ている(正確には意識はあるが)というだけで、ここまで態度が違うのだから。
 今ならば、自分の前ではほとんどとれることのない眉間の皺 (そうさせてしまっている原因は自分な訳だが)も、消えているのかもしれない。
 気づかれないよう見ることも、今なら可能だ。
 実際警戒するようなことは何もないのだから、普通に起きればいいだけだが、自分は何かと彼の機嫌を損ねるし、今更起きづらい。
 それでも。
 少しでいい。
 そう思いながらゆっくりと目蓋を開こうとして、上に影が落ちてきたのを感じた。
 するりと指先が髪を梳いて、余韻を残して離れていく。

「寝たふり、いい加減にしとけよ」

 気づかれていたのかと、思うより先に、なら何故と疑問の方が早かった。
「様子窺いなんかしなくても、お前んだから安心しとけ」
 子供に言って聞かせるような、けれども意外な言葉に考える。
 一人での帰宅も、作りかけのケーキも、自分の為なのだとしたら……。
 それはどこまで本気で、どこまで照れ隠しだったのか。
 どっちにしても、喜んでいいことなのだろう。
 戻っていく人の後姿だけを見て、幸せな気持ちを抱いたまま今度こそ眠りについた。







END





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リキ誕おめ文。(略しすぎ)
ゆるやかなかんじに。リキの台詞なしで書きたいなと。
寝ぼけています。
でなければ最後にそのまま眠るはずない。

2006(May)


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傍ら寂し日和続き



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 三人(二人と一匹)は連れだってよく出掛ける。
 毎日忙しく散歩や、遊びに行っては、くたくたになって帰ってくる。
 そんな日常が嬉しいのか、このところパプワは機嫌がいい。
 別に顔に出すわけでも、態度に出るわけでもないんだけど、雰囲気が違う。
 何だかんだ言ってもあいつも子供なんだなとか思ったりして……。
 そうやってみんなが出かけてる間、家事をするのは勿論俺。
 別に文句がある訳ではないけれど(むしろ文句はつけられる側だけど)。
 やっぱり少し寂しい。
 いや、かなり寂しい。
 今日も今日とて朝飯が終わり、パプワとチャッピーが元気良く立ち上がる。
 いつの間にか、それが一人の時間の開始合図みたいなもんになった。
「遊びに行って来るぞー」
「わぅ」
「おぅ、いってらっしゃい」
 家事を一通りってのも、慣れてしまえば結構早く終わるもので、(出来のほうは別として……いや、俺としては良く出来たつもりなんだけど)
 今日はどうしようかと、余計なことを考えないよう、時間を埋めることだけ考える。
 果物でも採ってきて瓶詰めとか作るか?
 パプワとチャッピーはともかく、この人ジャムとか大丈夫かな……。
 俺はそういうの結構甘くするほうだけど。
 砂糖は……確かまだあったはず。
 じゃあ後で材料採りに……。
「気ぃつけて行けよー」
 ……へ?
「……シンタローさん?」
「あぁ?」
 いつもなら「少しは休ませろ」だの何だのと、文句をこぼしつつも一緒に立ち上がる人が、腰をすえて動く気配がない。
「行かないんっスか……?」
 出かける二人を見送ると、かなりキツイ視線で睨まれた。
 怖っ……!!
「悪ぃかよ」
「い、いえっ、すんませんっ」
 たいして悪いとは思ってないけど、謝ってしまうのはもう条件反射のようなもの。
 何も睨まなくても……。
 でも何で今日に限って……俺なんかしたっけか。
 記憶を辿ってみても、せいぜい昨日「味噌汁が濃い」と怒られたくらいだった。
 ……まさかそれなのか?
「あ、あの、味噌汁なら次からは塩分控えめにしますから……」
「はぁ?」
 違ったみたいだ。
 じゃあなんだよ。
 何を言われるのか分からなくて、半分ビクビクしながら洗い物の皿を重ねる。
 この人が島に来た当初みたいな、息の詰まる空気。
「…………」
「…………」
 ひたすら沈黙。
 皿を洗って、置く音だけがやたらに大きい。
 か、神様っ……俺ホントになんかしました?
 二人きりとはいえ、こういう状況は嬉しくないですってば!
「……リキッド」
「は、はいっ?!」
 急に話し掛けられて、危なく皿を落としかけた。
 ここでまたヘマって怒られたくなくて、どうにか持ち直す。
「…………」
 いや、呼んどいて黙られても……!
「シンタロー、さん?」
 どうしたんだろう。
 それからすっかり黙り込んで、返事すら返ってこない。
 ……何かこれ、ちょっと前の俺みたい?
 いや、そんな、自分で言っといてなんだけど、シンタローさんが俺みたいだなんて失礼な。
 ……自覚あるところが悲しいよな俺……じゃなくて!
 そもそも相手を前にして竦むとか絶対ないよな。この人の場合。
「……止めた」
「え……?」
 何を?
「止めだ止め! 面倒くせぇ!」
「あ、あの?」
 盛大にため息をついて、またやたら鋭い眼で睨まれる。
 だ、だからっ、何なんっすか!
「るせぇ、気付かないお前が悪い!」
 気付けって……何を。
 全くもって全容が見えてこない。
 ここは……もう直接聞くしかないか? ……怖いけど。
「そのっ、俺っ……何かしましたかっ?」
 精一杯に声を絞り出す。
 何か嫌われるようなことでも?
「ああ? んなこと知るかよ」
 は……?
「じゃ、じゃあっ……」
「……お前、何で俺が残ったと思ってんだ」
 何でって……何で?
「……もういい」
 不機嫌そうな声で、不機嫌そうな顔で、不機嫌そうなため息をついて、最後には背を向けて座り込んでしまった。
「あの……」
「うっせぇ」
「シン……」
「喋んな」
 容赦ねぇよ。
 何なんだよ。
 訳分かんねぇ。
 だから俺が何したってんだ!
「…………」
 沈黙ばかりが支配する。
 衣擦れの音すら、立てちゃいけないよう。
 もう泣きそうになって、縋るように背を向けたその服の裾を握り締めた。
「…………」
 何も言えなくて。
「…………」
 何も、言ってくれなくて。
「…………」
 ――――止めてくれ。
「……シン、タローさん……」
 こんな静けさは嫌だ。
「……シンタローさんっ」
 取り残されるような沈黙は嫌だ。
「喋って……」
 握る手に力をこめる。
 なんでもいい。詰るでも貶すでも。
 お願いだから――――。
「……お前、ほんとタチ悪ィ」
 振り向かないままの、小さなため息と呆れたような台詞。
 でも俺には充分な言葉で……、意味は、正直よく分からなかったけど。
「そうやって顔に出す自覚がないところがタチ悪いんだっての」
「何を」と聞こうとして、喉が震えて声が出ないことに気付いた。
 ……すげぇ情緒不安定みたいじゃんか。格好悪ィ。
「お前な……。寂しいと思ってんなら、ちゃんと言え」
 ……え。
「あ、の……?」
 寂しいって……俺が?
「……違ぇの?」
「あ、いや……その……」
 だからその射るような目で見るのは止めてください。
 そりゃ、最近シンタローさんと一緒にいる時間短いし、寂しいとは思ってましたけど。
 今日に限って残ってくれるなんて思わなかったから――――。
 ――――あ。
「あの……、もしかして」
 まさかとは思うけど。
「俺の為に残ってくれたんっスか……?」
 『気付かないお前が悪い』って、そういうことで……?
「……知るか馬鹿ヤンキー」
 顔だけで振り返っていたのが、言葉と同時にまた逸らされる。
 まあ肯定なんかしてくれないよな……。否定でもないけど。
 相変わらず背を向けたままで、でもどこか優しく見えた。
 自覚した途端に嬉しくなって、そんな見方になるだなんて、そうとう馬鹿だ。俺。
「シンタローさん」
 握り締めていた服の裾を、ゆっくりと離して、そのまま背に顔を埋めるようにして寄りかかる。
 本当は抱きしめるくらいしたいんだけど、多分「調子に乗るな」だとか、殴られるだろうから。
 いい加減俺も学習しました。
「寂しかったです」
「……最初からそう言え」
 自分だって何も言ってくれないくせに。
 そんな言葉を言おうとして飲み込んだ。
 素直じゃないこの人が、ここにいてくれただけで充分だ。



 後日……

「シンタローさん。寂しいんで一緒に寝てください」
「いらん学習機能をつけるんじゃねぇ」







END





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後書き

シンタローさんはリキに自覚させようと言わなかったんですが、途中面倒になりました。(オイ)
まあ結局仕方ねぇなぁ……と。
そしてリキッドは自分で自覚してるつもりで、本当はさっぱり分かってなかった、と。
というか実はシンタローさんも寂しかったという話。
両想いですかこのバカップル…!! 馬鹿ヤンキー!(八つ当たり)
しかし甘い話だ…。甘やかしてはダメだと思います。

2005(November)



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ランナーズハイ



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 ひたすら走った。
 走る、走る走る――――。
 乱立した木々の間をすり抜けるのに、かなり神経を使って、
 日陰のぬかるんだ地面を行くのに、思いのほか体力が奪われて、
 とっくに動きの限度を超えた手足は、ひどく反応が鈍くて、
 ひゅーひゅーと必死で酸素を取り込もうとする音が大きくて、煩い。
 大量の汗が額を流れて目に沁みた。
 痛ぇな、ちくしょう。
 状況も状態も、いいところなんて一つもない。
 酸欠で頭はがんがん痛いし、
 全身は熱いし、
 息が出来ない。
 空気……酸素を――――。
「かっ、ごほっ、かはっ……」
 ゆっくり止まって、深く息を吸い込むと、急激に入ってきた濃い酸素に噎せた。
 やばいって、息できねぇってコレ。
 死ぬっつーの。
 大きく上下する肩をそのままにして、近くの木にもたれかかる。
「……きっつー……」
 マジで限界だ。
 本当に、どうにかなりそうだ。
 いっそこのまま倒れた方が楽なのに……。
 ちらりとよぎったそんな考えを振り払う。
 だめだ。とにかく今は走らないと――――。
 重い身体を叱咤して、眩暈がするのを振り払うように立ち上がる。
 早く逃げなければ。
 追いつかれたらそれまでだ。
 集中しろ。
 神経を尖らせて、油断が命取りになる。
 草木が風に揺れる音。
 動物の声、虫の声。
 ――――足音。
 視界の端に動くものが見えて、無理だと分かっているのにスピードを上げた。
 走る走る。
 気配は遅れることなく、ついてくる。
 酸素を取り込む音が煩い。
 走る走る。
 だんだん苦しさが消えて、視界が明るくなって、音が聞こえなくなって――――。
 何か……俺今時間とか超えられるかも。
 走る走る。
 足元に木の根を見たのと、体が傾くのはほぼ同時だった。
 走って、躓いて、
 あっと思った次の瞬間には、派手な音を立てて転んでいた。
 顔を上げたときにはもう遅い。
 逆光になった影が、上から落ちてくる。
 ――――もう、逃げられない。


「おら、タッチ」


 言葉と同時に、軽く額を小突かれる。
 ああ、捕まった。
「……少しくらい、待って、くださいよ……」
 転倒した相手に対して容赦ないです……。
「んなこと知るか」
 勝手に転んだのはお前だろうがと付け足される。
 それはそうっすけど。
 あんなに走ったってのに相手はすぐ息を整えて……正直悔しい。
「早く起きろよ」
 うつ伏せの状態から転がって見上げると、黒髪の奥に同じ色の目がのぞいていた。
 走っても走っても、この人から逃げられない。
 ――――というか、捕まりたかったのかもしれない。
 ……馬鹿か俺。
 でも手なんか抜いてない。本気で走って逃げたのは事実だ。
「じゃ、昼までに捕まらなきゃ今日のメシ当番お前な」
 にやりと子供のように笑って、走り出す準備なのか大きく伸びをする。
 この人の本気って、どこまでのもんなんだろう。
 考えたら少しゾクリとした。
 見てみたいかもしれない。
「絶対捕まえますから」
 逃げられないなら、追えばいい。
 今も、これからも。
「できるもんならな」
 ほら、今度は俺が追う番。

 走る走る。







END





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後書き

走る、逃げる、追う、捕まえる。本気を見たい。

「あははー待てよー」 「うふふー捕まえてごらんなさーい」
という感じです。嘘です。運動しつつ、罰ゲーム。
以前日記に載せた小話をベースに、全部リキッド脳内なのでただの妄想です。(断言)
色んな意味で本気で相手をして欲しいのだと。
シンタローさんに向かって突っ走っております。止まれよ少しは。

2005(October)



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