■SSS.18「if」 キンタロー+コタロー「ボクでよかったの?」
会うなり、コタローはそう口にした。
いや、一族の人間だけで顔をあわせた時はそんなことをおくびにも出さなかった。
眠る前のひととき、俺が一人でいるのを見計らうようにこの子どもは話しかけてきたのだ。
「…よかったとは」
どういうことだ、と口にする前に子どもはまっすぐに見つめたままもう一度問いを発した。
「パパが助けたのがボクでよかったの?お兄ちゃんじゃなくてさ」
お兄ちゃんと、ここにはいない従兄弟のことを言及した時、子どもの瞳は揺れていた。
「シンタローは…よかったと思っているだろうな」
グンマも伯父も、とわずかに視線を落として口にするとコタローは些か強い口調で再び問うた。
「あなたはよかったの?」
「ああ」
シンタローがよかれと思ったことだから。
彼が選ばれていたのなら、きっと誰もが傷つくことになっただろうから。
伯父は後悔を、シンタローは罪悪感を、グンマは愛情のもたらす理不尽さによって。
「お前はどうなんだ」
「どうって?ボクは…パパがボクを優先したのは嬉しかったけれど、でも…」
お兄ちゃんはボクのせいで、と揺れた目で語った。
「シンタローは大丈夫だ。アイツは何度でも生き返る。島で仲良くやってるさ」
心にもない言葉を安心させるように口にするとコタローはほっとしたような顔をした。
「…ねえ」
「なんだ?」
「ボクの力が安定したら迎えに行こうね」
お兄ちゃんを、と少し照れた顔で口にすると「オヤスミっ」とぱたぱたと足音を立ててコタローは帰った。
よかったかだって?
そんなことを俺に聞かないでくれ。
どうしてそんな残酷な質問を口にするんだ。
あのとき、俺が先に行かなければシンタローではなく俺が島へと取り残されたかもしれない。
そうなっていれば、きっと皆幸せだった。単なる従兄弟の俺を迎えに行くのは焦らなくてもいい。
父と二人の兄に囲まれて、おまえはもっと幸せを感じたはずだ。
友との別れも消し飛ぶくらいに、家族から愛情をもらえただろう。
きっと、今頃幸せな家族ができていたんだ。あのとき、俺が先に行かなければ。
会うなり、コタローはそう口にした。
いや、一族の人間だけで顔をあわせた時はそんなことをおくびにも出さなかった。
眠る前のひととき、俺が一人でいるのを見計らうようにこの子どもは話しかけてきたのだ。
「…よかったとは」
どういうことだ、と口にする前に子どもはまっすぐに見つめたままもう一度問いを発した。
「パパが助けたのがボクでよかったの?お兄ちゃんじゃなくてさ」
お兄ちゃんと、ここにはいない従兄弟のことを言及した時、子どもの瞳は揺れていた。
「シンタローは…よかったと思っているだろうな」
グンマも伯父も、とわずかに視線を落として口にするとコタローは些か強い口調で再び問うた。
「あなたはよかったの?」
「ああ」
シンタローがよかれと思ったことだから。
彼が選ばれていたのなら、きっと誰もが傷つくことになっただろうから。
伯父は後悔を、シンタローは罪悪感を、グンマは愛情のもたらす理不尽さによって。
「お前はどうなんだ」
「どうって?ボクは…パパがボクを優先したのは嬉しかったけれど、でも…」
お兄ちゃんはボクのせいで、と揺れた目で語った。
「シンタローは大丈夫だ。アイツは何度でも生き返る。島で仲良くやってるさ」
心にもない言葉を安心させるように口にするとコタローはほっとしたような顔をした。
「…ねえ」
「なんだ?」
「ボクの力が安定したら迎えに行こうね」
お兄ちゃんを、と少し照れた顔で口にすると「オヤスミっ」とぱたぱたと足音を立ててコタローは帰った。
よかったかだって?
そんなことを俺に聞かないでくれ。
どうしてそんな残酷な質問を口にするんだ。
あのとき、俺が先に行かなければシンタローではなく俺が島へと取り残されたかもしれない。
そうなっていれば、きっと皆幸せだった。単なる従兄弟の俺を迎えに行くのは焦らなくてもいい。
父と二人の兄に囲まれて、おまえはもっと幸せを感じたはずだ。
友との別れも消し飛ぶくらいに、家族から愛情をもらえただろう。
きっと、今頃幸せな家族ができていたんだ。あのとき、俺が先に行かなければ。
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■SSS.13「ガラスのシャワー」 キンタロー×シンタロー何かが頬を掠めた。その瞬間、焼け付くような熱と圧し掛かる力を感じた。
「シン…」
俺に圧し掛かかり床へと押さえつける従兄弟は名を呼ばせなかった。
「黙れよ」
起き上がるな、と声を潜めて言う。
頬はいまだ熱を持っている。じくじくとした熱とわずかな痒みに眉を顰めてしまう。
状況はまだつかめていない。
此処へは商談で赴いたのだ。
「大統領は所要で席を外している、しばらくそこでお待ちください」
と案内役の軍人に言われ、ガラス張りの執務室へと従兄弟と二人通されたのだ。
部下達は皆、此処に辿り着くまでに体よく追い払われている。
この部屋に通されるまでの様子もそもそもおかしかった。
ぎらついた殺気を隠しきれない軍人や不穏な目つきの秘書官たち。
人払いを望んでいると言われて、SPまでもが追い払われたのだ。
壁へと目を向けると蜘蛛の巣のように割れたガラスが目に付いた。
高層ビルが林立したこの地区においてガラス張りの部屋を狙い済ますことなど容易いことだろう。
クリーンな政治をアピールしたこの部屋が仇となった。
四方八方がガラス張りのこの部屋では俺と従兄弟は格好の標的だ。
折り重なって伏せたまま、神経を研ぎ澄ませ、敵の気配に集中する。
きらりと白いひかりが前方で光った。肩越しに従兄弟に「眼魔砲を撃つ」と囁く。
同意ととともに俺の上に乗る従兄弟も手を構えるのが見て取れた。
左右には敵の気配は感じられない。周囲をすべて囲むのではなく、挟み撃ちにしようと考えたのだろう。
俺と従兄弟の二人だけを始末すればいいのだから、その分待機している部下たちへと暗殺者が殺到しているに違いない。
再び、視界にきらめきが映った。
間髪いれずに意識を掌へと向ける。片方の瞳に力が漲るのを感じる。
「「眼魔砲」」
呼吸を合わせた訳でもないのに、声が重なる。
まるで双子のように、いや従兄弟は俺にとってそれ以上の絆を持った存在なのだ。
俺たち二人の体を包み込むように青白いひかりが辺りを照らす。
爆発音とともにガラスが盛大に割れる音が響いた。
ぱらぱらと天井のタイルが落ちてくる。室内の状況は惨々たる物だった。
同じタイミングで眼魔砲を撃ったこともあるのだろう。
あまりの衝撃に狙ってもいない左右のガラスまでもがひび割れている。
爆風によってガラスの破片もそこらじゅうに落ちていた。
上体を起こし、従兄弟を抱えなおす。
向かい合った形で俺の胸へともたれる姿勢になった従兄弟がそっと俺の頬を撫でた。
「弾、掠っただけだったな…」
銃弾は頬を掠めるだけで皮膚の下の血管までは切り裂かなかったようだ。
忘れていた頬の痛痒さが従兄弟の指によって甦ってくる。
手を伸ばし、指をそっとそこから外させる。
従兄弟の温かみが離れると、外気の冷たさを強く感じた。
「おまえに怪我がなければいい」
目の前の従兄弟の皮膚を裂いていたのなら、自分は眼魔砲の威力を容赦しなかっただろう。
隣のビルから狙った射撃犯の周囲だけでなく、ビルのすべてを瓦礫へと変えていただろうと思う。
温かな指を握り締めたまま、そう口にすると従兄弟は「馬鹿じゃねぇの」と言った。
「ガラス吹き飛んじまったな」
残念そうに従兄弟が呟いた。だが、それは仕方がないだろう。
襲撃されるまでの間、この部屋で従兄弟はしきりに展望台みたいだとはしゃいでいた。
よほどガラス張りの部屋が気に入っていたのだろうか。
「ガンマ団にも作るか?」
景色が一望できていい、と言っていた。そんなに気に入ったのならば、作らせればいいのにと思っていたのだ。
総帥である従兄弟が命じれば、すぐにでもそんな部屋はできるのだから。
「いらねぇよ」
狙われやすいし、こういうことできないだろ?
にやっと笑って従兄弟は俺の口を塞いできた。
いくらか長めのくちづけを楽しんでいると、ふいにジャケットの内側が震えた。
名残惜しげに離れ、携帯電話を取り出す。着信は部下からだった。
奇襲してきた敵は壊滅したと報告され、そちらはと振られたときには二人とも無事だとだけ言った。
従兄弟は立ち上がり、服の埃を払っていた。
部下からは、「すぐに車を回します。警察が動いたようですから」と電話越しに伝えられる。
短い通話を切り、俺も立ち上がる。
報告どおり警察が動いたようだ。遠くにサイレンとなにかをスピーカーで叫ぶ声が聞こえてくる。
「真下を歩いているヤツは何かと思っているだろうな~」
サイレンを耳にしながら従兄弟が言う。
大量のガラスが落ちてくるんだぜ?シャワーみたく。
きらきらして綺麗だっただろうな。
他愛のない彼の想像に俺は何も言わない。
ガラスのシャワーなど痛いだけだろうが、従兄弟が言うのならそれは綺麗な光景だったのだろう。
最後に部屋を振り返ると、ガラスがぽっかりとなくなってがらんどうの部屋が目についた。
どうかしたか?と怪訝そうに聞いてくる従兄弟にはなんでもないと答える。
「シンタロー、ガラスの破片に気をつけろ」
子ども扱いするなと、ふくれる従兄弟の前を俺は歩いていく。
俺が通った道ならば、安全だから。
部屋を出て、階段へと向かっていくと銃を構えた刺客が見えた。
狙うのなら、シンタローよりも俺を先に狙えばいい。俺は従兄弟のために傷つくことは厭わないのだから。
「シン…」
俺に圧し掛かかり床へと押さえつける従兄弟は名を呼ばせなかった。
「黙れよ」
起き上がるな、と声を潜めて言う。
頬はいまだ熱を持っている。じくじくとした熱とわずかな痒みに眉を顰めてしまう。
状況はまだつかめていない。
此処へは商談で赴いたのだ。
「大統領は所要で席を外している、しばらくそこでお待ちください」
と案内役の軍人に言われ、ガラス張りの執務室へと従兄弟と二人通されたのだ。
部下達は皆、此処に辿り着くまでに体よく追い払われている。
この部屋に通されるまでの様子もそもそもおかしかった。
ぎらついた殺気を隠しきれない軍人や不穏な目つきの秘書官たち。
人払いを望んでいると言われて、SPまでもが追い払われたのだ。
壁へと目を向けると蜘蛛の巣のように割れたガラスが目に付いた。
高層ビルが林立したこの地区においてガラス張りの部屋を狙い済ますことなど容易いことだろう。
クリーンな政治をアピールしたこの部屋が仇となった。
四方八方がガラス張りのこの部屋では俺と従兄弟は格好の標的だ。
折り重なって伏せたまま、神経を研ぎ澄ませ、敵の気配に集中する。
きらりと白いひかりが前方で光った。肩越しに従兄弟に「眼魔砲を撃つ」と囁く。
同意ととともに俺の上に乗る従兄弟も手を構えるのが見て取れた。
左右には敵の気配は感じられない。周囲をすべて囲むのではなく、挟み撃ちにしようと考えたのだろう。
俺と従兄弟の二人だけを始末すればいいのだから、その分待機している部下たちへと暗殺者が殺到しているに違いない。
再び、視界にきらめきが映った。
間髪いれずに意識を掌へと向ける。片方の瞳に力が漲るのを感じる。
「「眼魔砲」」
呼吸を合わせた訳でもないのに、声が重なる。
まるで双子のように、いや従兄弟は俺にとってそれ以上の絆を持った存在なのだ。
俺たち二人の体を包み込むように青白いひかりが辺りを照らす。
爆発音とともにガラスが盛大に割れる音が響いた。
ぱらぱらと天井のタイルが落ちてくる。室内の状況は惨々たる物だった。
同じタイミングで眼魔砲を撃ったこともあるのだろう。
あまりの衝撃に狙ってもいない左右のガラスまでもがひび割れている。
爆風によってガラスの破片もそこらじゅうに落ちていた。
上体を起こし、従兄弟を抱えなおす。
向かい合った形で俺の胸へともたれる姿勢になった従兄弟がそっと俺の頬を撫でた。
「弾、掠っただけだったな…」
銃弾は頬を掠めるだけで皮膚の下の血管までは切り裂かなかったようだ。
忘れていた頬の痛痒さが従兄弟の指によって甦ってくる。
手を伸ばし、指をそっとそこから外させる。
従兄弟の温かみが離れると、外気の冷たさを強く感じた。
「おまえに怪我がなければいい」
目の前の従兄弟の皮膚を裂いていたのなら、自分は眼魔砲の威力を容赦しなかっただろう。
隣のビルから狙った射撃犯の周囲だけでなく、ビルのすべてを瓦礫へと変えていただろうと思う。
温かな指を握り締めたまま、そう口にすると従兄弟は「馬鹿じゃねぇの」と言った。
「ガラス吹き飛んじまったな」
残念そうに従兄弟が呟いた。だが、それは仕方がないだろう。
襲撃されるまでの間、この部屋で従兄弟はしきりに展望台みたいだとはしゃいでいた。
よほどガラス張りの部屋が気に入っていたのだろうか。
「ガンマ団にも作るか?」
景色が一望できていい、と言っていた。そんなに気に入ったのならば、作らせればいいのにと思っていたのだ。
総帥である従兄弟が命じれば、すぐにでもそんな部屋はできるのだから。
「いらねぇよ」
狙われやすいし、こういうことできないだろ?
にやっと笑って従兄弟は俺の口を塞いできた。
いくらか長めのくちづけを楽しんでいると、ふいにジャケットの内側が震えた。
名残惜しげに離れ、携帯電話を取り出す。着信は部下からだった。
奇襲してきた敵は壊滅したと報告され、そちらはと振られたときには二人とも無事だとだけ言った。
従兄弟は立ち上がり、服の埃を払っていた。
部下からは、「すぐに車を回します。警察が動いたようですから」と電話越しに伝えられる。
短い通話を切り、俺も立ち上がる。
報告どおり警察が動いたようだ。遠くにサイレンとなにかをスピーカーで叫ぶ声が聞こえてくる。
「真下を歩いているヤツは何かと思っているだろうな~」
サイレンを耳にしながら従兄弟が言う。
大量のガラスが落ちてくるんだぜ?シャワーみたく。
きらきらして綺麗だっただろうな。
他愛のない彼の想像に俺は何も言わない。
ガラスのシャワーなど痛いだけだろうが、従兄弟が言うのならそれは綺麗な光景だったのだろう。
最後に部屋を振り返ると、ガラスがぽっかりとなくなってがらんどうの部屋が目についた。
どうかしたか?と怪訝そうに聞いてくる従兄弟にはなんでもないと答える。
「シンタロー、ガラスの破片に気をつけろ」
子ども扱いするなと、ふくれる従兄弟の前を俺は歩いていく。
俺が通った道ならば、安全だから。
部屋を出て、階段へと向かっていくと銃を構えた刺客が見えた。
狙うのなら、シンタローよりも俺を先に狙えばいい。俺は従兄弟のために傷つくことは厭わないのだから。
■SSS.4「shampoo hat」 キンタロー×シンタローバスタブには湯がなみなみと張っている。
従兄弟が浸かると湯は溢れ、俺の足や服を濡らした。
「腕は濡らすなよ」
「分かっている」
従兄弟は目を瞑りながら答えた。温かい湯が心地よいようだ。
従兄弟の長い髪をひとまずゴムで括る。
遠征先で廃墟から崩れ落ちてきた瓦礫が左腕を直撃し、従兄弟は負傷した。
感染を避けるためしばらく濡らしてはいけないらしい。
風呂に浸かるには手当てをし、ビニールで腕を包まなくてはいけない。
利き腕ではないのでとくに支障はないと思っていたが、洗髪には不自由だと気付いた。
髪を洗うのにはどうするんだ?と聞くと従兄弟は一瞬考え込んで、俺を指名してきた。
親父にバレると毎日うるさい。ただでさえ、メシの時間に食べさせてあげるってしつこいんだ。
マジック伯父の従兄弟への溺愛ぶりは珍しくない。しかし、従兄弟は照れくさいのか拒絶する。
食事のときの伯父と従兄弟の騒ぎを思い出すと苦笑してしまう。
従兄弟に睨まれ、悪かったなと口にした後、俺は従兄弟の髪を洗うことを承諾した。
とくに異存はなかったのだ。
勝手が分かる俺の部屋で行うことにした。
熱すぎずぬるすぎない程度の湯をバスタブに溜め、従兄弟が温まっているうちに洗ってしまうという方法だ。
最期にシャワーを浴びればいいし、風邪をひかなくてよい。
従兄弟はただバスタブに浸かっていれさえすればいいのだ。
あったかいなぁ、と従兄弟はくつろいでいた。足も手も力を抜いて伸ばしている。
遠征に行くとゆっくり風呂に入ることもできない。こんなにリラックスしている従兄弟ははじめてだ。
「髪、結ぶからな」
「ああ」
眼を閉じて、俺が髪をまとめやすいように従兄弟は顔を下に向ける。
長い髪。黒い糸のような髪の奔流。裸の背とあらわになったうなじは白。
コントラストのような美しさ。
従兄弟の髪は長い。背を流れる髪は滝のようだ。
括っていくらかすっきりとした髪に引っかからないように慎重にシャンプーハットを被せる。
「おまえ、そんなもん使ってんのか?」
被せた途端に見上げるように聞いてきた。
「便利だからな。眼に沁みなくていい」
括っていたゴムを解きながら答える。シャワーの湯をかけると黒い髪はしっとりと濡れた。
子どもが使うもの、といった先入観があるのだろう。そうだなぁ、と従兄弟は呟いている。
意外と便利なんだぞ、コレは。
そう思いつつ、掌にシャンプーを出す。
とろりとした乳白色の冷たい液。従兄弟の髪にもみこむように泡立てていく。
爪を立てないように指の腹で擦っていく。あまり力を入れていないのと他人に弄られる感触がくすぐったいらしい。
従兄弟は身を捩る。
「大人しくしろ」
くすぐったいのならば、と今度は指先に力を込めた。
がしがしと泡立てると、小さな飛沫とともに泡が浮かんだ。
ふわりふわり。
ふわりふわり。
まるい乳白色のような虹色のような泡。
ふわふわと浮かんではバスルームの壁に消えていく。
「シャボン玉みたいだな」
飛んできたまるい泡をつつきながら従兄弟が言う。
「ああ、そうだな」
ふわりふわり。
ふわりふわり。
はじけて消えるシャボンの泡は、ふわりふわりと飛んでは宙に消えていく。
従兄弟は泡に夢中で。
俺は従兄弟に夢中で。
シャボンの香りに包まれながら俺たちは束の間のやすらぎを得る。
従兄弟の傍はたとえ戦場でも心地よいけれども、こんなふうに穏やかに過ごすのも悪くないと思った。
■SSS.2「嫉妬」 キンタロー×シンタロー+マーカー×アラシヤマ叔父が訪れるたびに従兄弟は彼と派手な喧嘩をする。
掴みあいは勿論のこと、ときには眼魔砲を繰り出して建物を破損することもある。
そのたびに自分と四人組と叔父の部下達とで二人をなだめすかすのだ。
今日も久しぶりに訪れた叔父と従兄弟はやりあっていた。総帥室の扉は半壊。調度品も荒らされている。
(窓が吹き飛ばなかっただけましか…)
後片付けをしなければと考えているときに、室内にきんきんとした声が響いた。
従兄弟の方を見やると、彼のところにアラシヤマがいた。
怪我は無いのかと聞く彼に従兄弟はぞんざいな口調で答えている。
あの島から帰ってきて、従兄弟の一番近くにいるのは俺だ。
だが、従兄弟はときに俺よりもアラシヤマといる時がある。
もっとも、それは今のように従兄弟がしつこく纏わりつくアラシヤマに怒鳴り返している関係でしかないが。
不愉快なのだ。アラシヤマの存在が。
向こうは向こうでシンタローに一番近い俺を煙たがっている。
俺は俺でシンタローに近づくヤツが気に入らない。
大体にして方便でも友人関係をシンタローが結んだのが悪い。その事実がアラシヤマを調子付かせている。
「随分と不機嫌そうですね」
気配を感じさせない足取りで近づくなり声をかけてくる。
この男はマーカーだ。アラシヤマの師匠。叔父の部下だ。あの島では行動を共にしていたこともある。
「ああ」
不機嫌なんてものじゃない。
憮然とした表情で答えると彼は少し笑った。
「貴方がそのような表情をしているのは珍しい。まるで隊長のようですよ」
細い目をより細めて彼は言う。口には笑みが浮かんだままだ。
叔父に似ているといわれたのは初めてだ。
俺が不愉快そうな表情をしているとき、たいてい高松やマジック伯父は父に似ていると言う。
細い目と同じように細い指で彼は煙草を取り出していた。
器用に指先に小さな炎を灯し、火を点けている。
「お前の弟子は不愉快だ」
どうにかしろ、と言外に滲ませて訴えかけると、彼は「馬鹿弟子が…」と低く呟いた。
まったくそのとおりだ。師匠なら何とかしてほしい。
「アイツがシンタロー以外に執着するのならかまわない。
誰か他に友達になりそうなのはいなかったのか」
この男がアラシヤマを育てていたと聞いている。アラシヤマを一番知っているのはこの男だろう。
口に咥えていた煙草を外すなり、彼はそんなもの…と吐き捨てる。
そして、彼は歪んだ愛情を瞳に宿しながら言葉を続けた。
「いませんよ」
あれを友人にしたい人間なんていません。いるわけがないのです。
あれに友人ができないように躾けたのは他ならぬこの私なのですから。
キンタロー様には申し訳ありませんが、新総帥をしっかり掴まえていただくしかありませんね。
紫色の煙を吐き出しながら彼は嘲笑った。
「なら、おまえはシンタローがヤツの友達になるのは認めていないんだな」
この中国人がヤツにどう躾けたのかなんて興味はない。
俺の興味はシンタローだけだ。俺のものだ。他のヤツに手出しは許さない。
「ええ。私はそもそもあれに近しい人間は私だけでいいと思っているのですから」
ガンマ団にいるのも許せないくらいなのです。士官学校に入るまでは、あれは私と二人だけでいたのですから。
二人だけ、と口にしたときこの男は懐かしむように一瞬目を細めた。
「私のあれに対する感情は独占欲で占められているのですよ。貴方もお分かりでしょう」
独占欲と目の前の中国人は言った。
ああ、そんな感情くらい分かっている。
「あれが私以外の誰かに目を向けるのは我慢がならないのですよ」
貴方もお分かりでしょうと再び彼は口にする。
ああ、分かるさ。俺は分かっている。
俺もこいつと同じように相手に独占欲を感じていることも。
俺がアラシヤマに嫉妬を抱いたように、マーカーもまたシンタローに嫉妬を抱いていることなど。
そんなこと分かっている。
だけど、どうしようもないじゃないか。この苛立たしい気持ちは。■SSS.6「a secret operation room」 キンタロー×シンタロー「口唇が荒れている」
軍用艦のコックピットで顔を合わせるなりヤツはそう言った。
しばらくは安全な空域であることと乗組員の疲労を取るために自動操縦にしてある。
エマージェンシーコールが響かない限り此処には誰も来ない。
ゆっくりと休養をとって新たな戦場に行くために室内は快適な温度に保たれている。
決して乾燥しているわけじゃない。
「痛くはないのか」
手を伸ばして触れてきた。
ささくれだった下唇をなぞられると少し痛い。
目の前の男が触れたところがジンジンとする。
俺の体温よりも低いひやりとした指先。
口唇の輪郭をなぞるような動きに思わず昨晩のことを思い出してしまう。
口唇が荒れてるのなんてあたりまえだろ。お前が昨日舐めてばかりいたからじゃねぇか。
あちこち痕つけやがって。ブレザーの下のシャツ、きっちり釦留めるハメになっちまったんだぞ。
ったく、体が重てぇ。
休むどころかかえって疲れちまっただろうが。しつこくしやがって。
じっと睨むとどうしたと聞かれる。
どうしたじゃねぇよ、おまえが悪いんだよ。
涼しい顔しやがって。
だいたい、ヤってる最中もその表情はねぇだろうよ。俺だけ気持ちよくなってるみたいじゃねぇか。
考えるな。
思い出すな。
火照ってくる頬を冷まさせようと必死に違うことを考えようとする。
考えるな。
思い出すな。
頭の中で言い聞かせるようにしても、それでも目の前の男が、情事の最中が甦ってくる。
だいたい、二人だけでいるのがいけねぇんだ。
へんに意識しちまうじゃないか。
明け方に部屋に戻ったんなら、時間ずらして来いよな。
もっとも、それはあと何分かで破られる。
そろそろ依頼された893国の領空内に近づくのだ。
あと少しで集合時間になるからどん太たちもここに来るだろう。
あーはやく来ねぇかな。
ぐしゃぐしゃと髪をかき回すと、キンタローが眉を顰めた。
すぐさま絡まった髪を手櫛で梳きはじめる。
「ずいぶんと機嫌が悪いようだな」
至近距離で話しかけてくる。
ああ、もうお前は口を開くなよ。
髪の毛いじんのはかまわねぇけど、息が当たるんだよ。
「お前がこんなに早くに集合するのは珍しいな」
だが、五分前ならともかくまだ時間には早いぞ。当分、他のヤツラも来ない。
「じゃ、なんでお前は来てるんだよ」
お前が時間にうるさいのは知ってるけどよ。お前こそ五分前に来ればいいじゃねぇか。
「俺は、自動操縦を切り替えたり本部で起こったことをチェックしなくてはならないからな」
ああ、そうですか。俺が早く来すぎたのがいけなかったわけね。
しばらく互いに無言のままでいる。
絡まった長い髪を梳くのにキンタローは夢中になっていた。
いったん、集中すると手に負えない。
やめろといってもやめない。昨夜がそうだ。嫌だといっているのに口唇ばかり舐めやがって。
ああ、もう考えるなと思ってても駄目だ。
こんな近くにいたらついつい考えちまう。
くすぐったい。熱い息が耳朶をかすめる。
「できたぞ」
ふっと息をついてキンタローが言った。
俺は絡まっててもかまわなかったんだがな。
ある意味拷問だったぞ。
一応、ああと答えるとキンタローが感嘆したように続ける。
「やっぱりお前の髪は綺麗だな。綺麗だし指に吸いつくようだ。
俺は自分の髪よりもお前の髪を触っているのが好きだな」
本当に綺麗だ、とキンタローは繰り返す。
「そういうことは今じゃなくて夜言え。夜だ!今は朝だろーが」
「綺麗なものを綺麗と言って何が悪い」
ああ、こいつは。そういう問題じゃねぇんだよ。
恥ずかしいだろうが。
真っ赤になって怒鳴ってやると、キンタローはさらに俺の怒りに油を注ぐようなことを言い出した。
「ああ、そうか。昨夜言い足りなかったのか」
悪かったな。次はもっとちゃんとおまえのこと褒めてやるから。
「っば、馬鹿!ちげぇよ。どうしたらそういう考えになるんだよ」
言うな。あれ以上、ヤりながらなんか言うのは止めろ。
大体、お前はヤってるとき人のことグダグダ言うなよ。
ぎゃあぎゃあ喚いて訴えると、こいつは目を見開いた。
「それは集中しろ、ということか」
だから違うって言ってんだろーが!!
精神的に疲労を感じて脱力してしまう。
なんでわかんねぇんだよ。頭いいわりに馬鹿じゃねぇのか、おまえ。
はぁっと深く溜息をつくと、
「シンタロー」
と呼ばれる。はいはい、今度はなんだよ。
視線を合わせると思ったよりもずっと近くにキンタローがいた。
あ、と思った瞬間にはするりとヤツの舌が入ってくる。
口腔内を探るようになぞり、逃げようとする俺の舌を絡めとる。
互いに相手の首に手を回して角度を変えて何度も舌を絡めた。
気持ちいい。
夢中になって続けていると耳に電子音が短く響いた。
キンタローの腕時計だ。セットしていたのかと思っていたが、はっと気がつく。
集合の五分前かよ!
瞑っていた眼を開いて我に返る。こんなことしてる場合じゃない。
急いで口を離すとつぅっと唾液が糸のように引いた。
それを断ち切るように今度はちゅっと音を立てて啄ばむようにキスされる。
昨夜のように濃密な口づけをされて頭がどこかぼぉっとする。
ああ、まだ朝だっていうのに。
今日一日、お前のことで頭いっぱいになっちまうじゃねぇか。
なんてことしてくれたんだよと思っていると、キンタローはまた余計な一言を口にした。
「機嫌は直ったか」
「お、おまえな!他のヤツラに見られたらどうするんだよ」
一気に眼が覚めるような感じがする。
「こんなこと誰かに見せる必要なんてないだろう」
お前が見られたいのなら別だが?
口角を上げて言うコイツが憎らしい。
ああ、むかつく。少しはその表情くずせよ。
■SSS.8「おいしい生活」 キンタロー×シンタローブラインドを上げると朝の光が目にしみた。
昨夜一緒に過ごした相手はいくつも取り寄せている新聞をめくっていた。
「もう起きていたのかよ」
起こしてくれればよかったのに、口を尖らせて文句を言うと、
「よく眠っていたようだったからな」
と返ってくる。
そりゃそうだ。お前がなかなか離さねぇからぐっすり眠っていたんだ。
「コーヒー入っているぞ」
活字に目を向けたまま、コーヒーメーカーの方角を指差す。
こいつはコーヒーが好きだ。朝は当然飲むし、研究の合間やおやつの時間にも飲んでいる。
そんなに飲んで胃が痛くなんねぇのかな。
わずかに飲み残して冷め切ったキンタローのカップを取り上げると嫌そうに眉を顰めた。
時計の針は10時を過ぎていた。
朝食というより昼に近い。
「なんか作るけどおまえも食うだろ」
「トーストだけでいい」
間髪いれずに答えが返ってくる。相変わらず目は活字を見ているままだ。
冷蔵庫を開けるとそこそこ食材は入っている。
パンや出来合いのつまみ、飲料類以外は全部俺が入れておいたものだ。
朝はコーヒーとトーストだけ、自炊するよりも外食で済ませがちな生活を心配して勝手に入れたのだったが。
まったく手付かずの状態で入れっぱなしの食材を一つずつ賞味期限を確かめていく。
卵とベーコンとレタス、トマト、ヨーグルト、使えそうなものをどんどんテーブルに出していく。
一瞬、活字を追っていた視線がこっちを見たが気にせずに調理に取り掛かる。
***
「できたぞ」
テーブルに湯気の立つ皿を置く。
俺専用のマグカップに熱い液体を注ぎ、ついでに空になっていたキンタローのカップにも注ぐ。
六分目程度に注いで、小鍋に沸かしておいたホットミルクを足した。
向かい合わせに席に着くと、ばさりと紙をたたむ音がした。
「シンタロー」
いただきますと箸を持ったとたんに、不可解な顔をしているキンタローが尋ねてきた。
「なんだよ」
冷めるから早く食えよ。
テーブルの上には、しゃきしゃきのサラダが置かれ、ベーコンエッグとインスタントのスープが湯気を立てている。
皿の上のトーストにはバターがすでに塗られていた。それを眺めながら、
「俺は朝はコーヒーとトーストだけでいいんだが…」
聞いていなかったのかという表情で問う。無視したに決まってるだろ。健康に悪い。
「もうブランチだけど、朝はしっかり食えよ」
「コーヒーがブラックじゃないのはどういうことなんだ」
「牛乳も飲め」
「…スープは必要ないんじゃないのか」
「賞味期限ぎりぎりだったんだよ」
「…そうか」
カチャカチャと食器が鳴る音と互いに咀嚼する音しか聞こえない。
この男は食事中はそれほど話さない。
黙々と口に運ぶ様子を見ながら、少しはうまいとかなんとか言えよと思う。
「シンタロー」
今度はなんだよ。またなんか文句つけるのか。
そりゃ、俺が勝手に作ったのが悪いんだろうけど、癪に障る。
食事中もベッドの中と同じくらい口を動かせっつうの。
「おいしかったぞ。ごちそうさま」
従兄弟が浸かると湯は溢れ、俺の足や服を濡らした。
「腕は濡らすなよ」
「分かっている」
従兄弟は目を瞑りながら答えた。温かい湯が心地よいようだ。
従兄弟の長い髪をひとまずゴムで括る。
遠征先で廃墟から崩れ落ちてきた瓦礫が左腕を直撃し、従兄弟は負傷した。
感染を避けるためしばらく濡らしてはいけないらしい。
風呂に浸かるには手当てをし、ビニールで腕を包まなくてはいけない。
利き腕ではないのでとくに支障はないと思っていたが、洗髪には不自由だと気付いた。
髪を洗うのにはどうするんだ?と聞くと従兄弟は一瞬考え込んで、俺を指名してきた。
親父にバレると毎日うるさい。ただでさえ、メシの時間に食べさせてあげるってしつこいんだ。
マジック伯父の従兄弟への溺愛ぶりは珍しくない。しかし、従兄弟は照れくさいのか拒絶する。
食事のときの伯父と従兄弟の騒ぎを思い出すと苦笑してしまう。
従兄弟に睨まれ、悪かったなと口にした後、俺は従兄弟の髪を洗うことを承諾した。
とくに異存はなかったのだ。
勝手が分かる俺の部屋で行うことにした。
熱すぎずぬるすぎない程度の湯をバスタブに溜め、従兄弟が温まっているうちに洗ってしまうという方法だ。
最期にシャワーを浴びればいいし、風邪をひかなくてよい。
従兄弟はただバスタブに浸かっていれさえすればいいのだ。
あったかいなぁ、と従兄弟はくつろいでいた。足も手も力を抜いて伸ばしている。
遠征に行くとゆっくり風呂に入ることもできない。こんなにリラックスしている従兄弟ははじめてだ。
「髪、結ぶからな」
「ああ」
眼を閉じて、俺が髪をまとめやすいように従兄弟は顔を下に向ける。
長い髪。黒い糸のような髪の奔流。裸の背とあらわになったうなじは白。
コントラストのような美しさ。
従兄弟の髪は長い。背を流れる髪は滝のようだ。
括っていくらかすっきりとした髪に引っかからないように慎重にシャンプーハットを被せる。
「おまえ、そんなもん使ってんのか?」
被せた途端に見上げるように聞いてきた。
「便利だからな。眼に沁みなくていい」
括っていたゴムを解きながら答える。シャワーの湯をかけると黒い髪はしっとりと濡れた。
子どもが使うもの、といった先入観があるのだろう。そうだなぁ、と従兄弟は呟いている。
意外と便利なんだぞ、コレは。
そう思いつつ、掌にシャンプーを出す。
とろりとした乳白色の冷たい液。従兄弟の髪にもみこむように泡立てていく。
爪を立てないように指の腹で擦っていく。あまり力を入れていないのと他人に弄られる感触がくすぐったいらしい。
従兄弟は身を捩る。
「大人しくしろ」
くすぐったいのならば、と今度は指先に力を込めた。
がしがしと泡立てると、小さな飛沫とともに泡が浮かんだ。
ふわりふわり。
ふわりふわり。
まるい乳白色のような虹色のような泡。
ふわふわと浮かんではバスルームの壁に消えていく。
「シャボン玉みたいだな」
飛んできたまるい泡をつつきながら従兄弟が言う。
「ああ、そうだな」
ふわりふわり。
ふわりふわり。
はじけて消えるシャボンの泡は、ふわりふわりと飛んでは宙に消えていく。
従兄弟は泡に夢中で。
俺は従兄弟に夢中で。
シャボンの香りに包まれながら俺たちは束の間のやすらぎを得る。
従兄弟の傍はたとえ戦場でも心地よいけれども、こんなふうに穏やかに過ごすのも悪くないと思った。
■SSS.2「嫉妬」 キンタロー×シンタロー+マーカー×アラシヤマ叔父が訪れるたびに従兄弟は彼と派手な喧嘩をする。
掴みあいは勿論のこと、ときには眼魔砲を繰り出して建物を破損することもある。
そのたびに自分と四人組と叔父の部下達とで二人をなだめすかすのだ。
今日も久しぶりに訪れた叔父と従兄弟はやりあっていた。総帥室の扉は半壊。調度品も荒らされている。
(窓が吹き飛ばなかっただけましか…)
後片付けをしなければと考えているときに、室内にきんきんとした声が響いた。
従兄弟の方を見やると、彼のところにアラシヤマがいた。
怪我は無いのかと聞く彼に従兄弟はぞんざいな口調で答えている。
あの島から帰ってきて、従兄弟の一番近くにいるのは俺だ。
だが、従兄弟はときに俺よりもアラシヤマといる時がある。
もっとも、それは今のように従兄弟がしつこく纏わりつくアラシヤマに怒鳴り返している関係でしかないが。
不愉快なのだ。アラシヤマの存在が。
向こうは向こうでシンタローに一番近い俺を煙たがっている。
俺は俺でシンタローに近づくヤツが気に入らない。
大体にして方便でも友人関係をシンタローが結んだのが悪い。その事実がアラシヤマを調子付かせている。
「随分と不機嫌そうですね」
気配を感じさせない足取りで近づくなり声をかけてくる。
この男はマーカーだ。アラシヤマの師匠。叔父の部下だ。あの島では行動を共にしていたこともある。
「ああ」
不機嫌なんてものじゃない。
憮然とした表情で答えると彼は少し笑った。
「貴方がそのような表情をしているのは珍しい。まるで隊長のようですよ」
細い目をより細めて彼は言う。口には笑みが浮かんだままだ。
叔父に似ているといわれたのは初めてだ。
俺が不愉快そうな表情をしているとき、たいてい高松やマジック伯父は父に似ていると言う。
細い目と同じように細い指で彼は煙草を取り出していた。
器用に指先に小さな炎を灯し、火を点けている。
「お前の弟子は不愉快だ」
どうにかしろ、と言外に滲ませて訴えかけると、彼は「馬鹿弟子が…」と低く呟いた。
まったくそのとおりだ。師匠なら何とかしてほしい。
「アイツがシンタロー以外に執着するのならかまわない。
誰か他に友達になりそうなのはいなかったのか」
この男がアラシヤマを育てていたと聞いている。アラシヤマを一番知っているのはこの男だろう。
口に咥えていた煙草を外すなり、彼はそんなもの…と吐き捨てる。
そして、彼は歪んだ愛情を瞳に宿しながら言葉を続けた。
「いませんよ」
あれを友人にしたい人間なんていません。いるわけがないのです。
あれに友人ができないように躾けたのは他ならぬこの私なのですから。
キンタロー様には申し訳ありませんが、新総帥をしっかり掴まえていただくしかありませんね。
紫色の煙を吐き出しながら彼は嘲笑った。
「なら、おまえはシンタローがヤツの友達になるのは認めていないんだな」
この中国人がヤツにどう躾けたのかなんて興味はない。
俺の興味はシンタローだけだ。俺のものだ。他のヤツに手出しは許さない。
「ええ。私はそもそもあれに近しい人間は私だけでいいと思っているのですから」
ガンマ団にいるのも許せないくらいなのです。士官学校に入るまでは、あれは私と二人だけでいたのですから。
二人だけ、と口にしたときこの男は懐かしむように一瞬目を細めた。
「私のあれに対する感情は独占欲で占められているのですよ。貴方もお分かりでしょう」
独占欲と目の前の中国人は言った。
ああ、そんな感情くらい分かっている。
「あれが私以外の誰かに目を向けるのは我慢がならないのですよ」
貴方もお分かりでしょうと再び彼は口にする。
ああ、分かるさ。俺は分かっている。
俺もこいつと同じように相手に独占欲を感じていることも。
俺がアラシヤマに嫉妬を抱いたように、マーカーもまたシンタローに嫉妬を抱いていることなど。
そんなこと分かっている。
だけど、どうしようもないじゃないか。この苛立たしい気持ちは。■SSS.6「a secret operation room」 キンタロー×シンタロー「口唇が荒れている」
軍用艦のコックピットで顔を合わせるなりヤツはそう言った。
しばらくは安全な空域であることと乗組員の疲労を取るために自動操縦にしてある。
エマージェンシーコールが響かない限り此処には誰も来ない。
ゆっくりと休養をとって新たな戦場に行くために室内は快適な温度に保たれている。
決して乾燥しているわけじゃない。
「痛くはないのか」
手を伸ばして触れてきた。
ささくれだった下唇をなぞられると少し痛い。
目の前の男が触れたところがジンジンとする。
俺の体温よりも低いひやりとした指先。
口唇の輪郭をなぞるような動きに思わず昨晩のことを思い出してしまう。
口唇が荒れてるのなんてあたりまえだろ。お前が昨日舐めてばかりいたからじゃねぇか。
あちこち痕つけやがって。ブレザーの下のシャツ、きっちり釦留めるハメになっちまったんだぞ。
ったく、体が重てぇ。
休むどころかかえって疲れちまっただろうが。しつこくしやがって。
じっと睨むとどうしたと聞かれる。
どうしたじゃねぇよ、おまえが悪いんだよ。
涼しい顔しやがって。
だいたい、ヤってる最中もその表情はねぇだろうよ。俺だけ気持ちよくなってるみたいじゃねぇか。
考えるな。
思い出すな。
火照ってくる頬を冷まさせようと必死に違うことを考えようとする。
考えるな。
思い出すな。
頭の中で言い聞かせるようにしても、それでも目の前の男が、情事の最中が甦ってくる。
だいたい、二人だけでいるのがいけねぇんだ。
へんに意識しちまうじゃないか。
明け方に部屋に戻ったんなら、時間ずらして来いよな。
もっとも、それはあと何分かで破られる。
そろそろ依頼された893国の領空内に近づくのだ。
あと少しで集合時間になるからどん太たちもここに来るだろう。
あーはやく来ねぇかな。
ぐしゃぐしゃと髪をかき回すと、キンタローが眉を顰めた。
すぐさま絡まった髪を手櫛で梳きはじめる。
「ずいぶんと機嫌が悪いようだな」
至近距離で話しかけてくる。
ああ、もうお前は口を開くなよ。
髪の毛いじんのはかまわねぇけど、息が当たるんだよ。
「お前がこんなに早くに集合するのは珍しいな」
だが、五分前ならともかくまだ時間には早いぞ。当分、他のヤツラも来ない。
「じゃ、なんでお前は来てるんだよ」
お前が時間にうるさいのは知ってるけどよ。お前こそ五分前に来ればいいじゃねぇか。
「俺は、自動操縦を切り替えたり本部で起こったことをチェックしなくてはならないからな」
ああ、そうですか。俺が早く来すぎたのがいけなかったわけね。
しばらく互いに無言のままでいる。
絡まった長い髪を梳くのにキンタローは夢中になっていた。
いったん、集中すると手に負えない。
やめろといってもやめない。昨夜がそうだ。嫌だといっているのに口唇ばかり舐めやがって。
ああ、もう考えるなと思ってても駄目だ。
こんな近くにいたらついつい考えちまう。
くすぐったい。熱い息が耳朶をかすめる。
「できたぞ」
ふっと息をついてキンタローが言った。
俺は絡まっててもかまわなかったんだがな。
ある意味拷問だったぞ。
一応、ああと答えるとキンタローが感嘆したように続ける。
「やっぱりお前の髪は綺麗だな。綺麗だし指に吸いつくようだ。
俺は自分の髪よりもお前の髪を触っているのが好きだな」
本当に綺麗だ、とキンタローは繰り返す。
「そういうことは今じゃなくて夜言え。夜だ!今は朝だろーが」
「綺麗なものを綺麗と言って何が悪い」
ああ、こいつは。そういう問題じゃねぇんだよ。
恥ずかしいだろうが。
真っ赤になって怒鳴ってやると、キンタローはさらに俺の怒りに油を注ぐようなことを言い出した。
「ああ、そうか。昨夜言い足りなかったのか」
悪かったな。次はもっとちゃんとおまえのこと褒めてやるから。
「っば、馬鹿!ちげぇよ。どうしたらそういう考えになるんだよ」
言うな。あれ以上、ヤりながらなんか言うのは止めろ。
大体、お前はヤってるとき人のことグダグダ言うなよ。
ぎゃあぎゃあ喚いて訴えると、こいつは目を見開いた。
「それは集中しろ、ということか」
だから違うって言ってんだろーが!!
精神的に疲労を感じて脱力してしまう。
なんでわかんねぇんだよ。頭いいわりに馬鹿じゃねぇのか、おまえ。
はぁっと深く溜息をつくと、
「シンタロー」
と呼ばれる。はいはい、今度はなんだよ。
視線を合わせると思ったよりもずっと近くにキンタローがいた。
あ、と思った瞬間にはするりとヤツの舌が入ってくる。
口腔内を探るようになぞり、逃げようとする俺の舌を絡めとる。
互いに相手の首に手を回して角度を変えて何度も舌を絡めた。
気持ちいい。
夢中になって続けていると耳に電子音が短く響いた。
キンタローの腕時計だ。セットしていたのかと思っていたが、はっと気がつく。
集合の五分前かよ!
瞑っていた眼を開いて我に返る。こんなことしてる場合じゃない。
急いで口を離すとつぅっと唾液が糸のように引いた。
それを断ち切るように今度はちゅっと音を立てて啄ばむようにキスされる。
昨夜のように濃密な口づけをされて頭がどこかぼぉっとする。
ああ、まだ朝だっていうのに。
今日一日、お前のことで頭いっぱいになっちまうじゃねぇか。
なんてことしてくれたんだよと思っていると、キンタローはまた余計な一言を口にした。
「機嫌は直ったか」
「お、おまえな!他のヤツラに見られたらどうするんだよ」
一気に眼が覚めるような感じがする。
「こんなこと誰かに見せる必要なんてないだろう」
お前が見られたいのなら別だが?
口角を上げて言うコイツが憎らしい。
ああ、むかつく。少しはその表情くずせよ。
■SSS.8「おいしい生活」 キンタロー×シンタローブラインドを上げると朝の光が目にしみた。
昨夜一緒に過ごした相手はいくつも取り寄せている新聞をめくっていた。
「もう起きていたのかよ」
起こしてくれればよかったのに、口を尖らせて文句を言うと、
「よく眠っていたようだったからな」
と返ってくる。
そりゃそうだ。お前がなかなか離さねぇからぐっすり眠っていたんだ。
「コーヒー入っているぞ」
活字に目を向けたまま、コーヒーメーカーの方角を指差す。
こいつはコーヒーが好きだ。朝は当然飲むし、研究の合間やおやつの時間にも飲んでいる。
そんなに飲んで胃が痛くなんねぇのかな。
わずかに飲み残して冷め切ったキンタローのカップを取り上げると嫌そうに眉を顰めた。
時計の針は10時を過ぎていた。
朝食というより昼に近い。
「なんか作るけどおまえも食うだろ」
「トーストだけでいい」
間髪いれずに答えが返ってくる。相変わらず目は活字を見ているままだ。
冷蔵庫を開けるとそこそこ食材は入っている。
パンや出来合いのつまみ、飲料類以外は全部俺が入れておいたものだ。
朝はコーヒーとトーストだけ、自炊するよりも外食で済ませがちな生活を心配して勝手に入れたのだったが。
まったく手付かずの状態で入れっぱなしの食材を一つずつ賞味期限を確かめていく。
卵とベーコンとレタス、トマト、ヨーグルト、使えそうなものをどんどんテーブルに出していく。
一瞬、活字を追っていた視線がこっちを見たが気にせずに調理に取り掛かる。
***
「できたぞ」
テーブルに湯気の立つ皿を置く。
俺専用のマグカップに熱い液体を注ぎ、ついでに空になっていたキンタローのカップにも注ぐ。
六分目程度に注いで、小鍋に沸かしておいたホットミルクを足した。
向かい合わせに席に着くと、ばさりと紙をたたむ音がした。
「シンタロー」
いただきますと箸を持ったとたんに、不可解な顔をしているキンタローが尋ねてきた。
「なんだよ」
冷めるから早く食えよ。
テーブルの上には、しゃきしゃきのサラダが置かれ、ベーコンエッグとインスタントのスープが湯気を立てている。
皿の上のトーストにはバターがすでに塗られていた。それを眺めながら、
「俺は朝はコーヒーとトーストだけでいいんだが…」
聞いていなかったのかという表情で問う。無視したに決まってるだろ。健康に悪い。
「もうブランチだけど、朝はしっかり食えよ」
「コーヒーがブラックじゃないのはどういうことなんだ」
「牛乳も飲め」
「…スープは必要ないんじゃないのか」
「賞味期限ぎりぎりだったんだよ」
「…そうか」
カチャカチャと食器が鳴る音と互いに咀嚼する音しか聞こえない。
この男は食事中はそれほど話さない。
黙々と口に運ぶ様子を見ながら、少しはうまいとかなんとか言えよと思う。
「シンタロー」
今度はなんだよ。またなんか文句つけるのか。
そりゃ、俺が勝手に作ったのが悪いんだろうけど、癪に障る。
食事中もベッドの中と同じくらい口を動かせっつうの。
「おいしかったぞ。ごちそうさま」
そっと足音を立てぬように廊下に敷き詰められた絨毯を歩く。
商談先の国に招待されキンタローと来たのはいいものの、毎夜のような夜会とつまらない視察にシンタローは辟易していた。
昼は総帥服でなくガンマ団色を廃して地味目のスーツを、夜はというときっちりとした礼服での毎日に疲れきっている。
そんな折に昔馴染みの仲間が補給ついでに近くまで来たのはシンタローにとって僥倖だった。
軽くて口当たりのよい飲み物を会話の端々に口をつけるのもよいが、やっぱり酒は気の合うヤツと自分のペースで飲む方がいい。
幸いなことに今回はキンタローと別々の部屋だった。
壁に耳を当ててアイツがシャワーを浴びているのを確認してから、こっそりと部屋を抜け出すことにした。
どうせ、アイツのことだ。俺がとっくに寝ていると思って部屋に電話をかけることもないと思う。
今朝だって昨日の夜会で睡眠時間が削られたのを心配していたから俺の部屋に訪ねるわけがない。
アイツだって疲れてるし、そのまま寝ちまうだろう。
(バレねえよな……たぶん)
総帥服じゃねえし、とシンタローは己の格好を見て笑った。
念のため、アラシヤマから勝手にSP専用の黒いスーツを取り上げて着ている。
親友の頼み、を口にすると快く貸してくれた。
勿論、寄ると触ると煩い自称親友はここにはいない。
なんとか丸め込んで飲ませた睡眠薬入りのジュースで今頃はベッドの中だ。
万が一、起きたとしても、あるいはキンタローに気づかれても犬猿の中ゆえに俺の不在はばれないだろう。
(いい夢見ろよ。キンタロー)
夜目にもはっきりと分かるホテルのひかりを見ながらシンタローはタクシーを捕まえた。
このときはバレやしないと思って勝手に飛び出して行ったのだ。
キンタローに言えば勝手なことをするなと怒られるし、絶対部屋から出してもらえなくなると思ったから。
ただ、軽い気持ちで行動しただけだったんだ。
***
久しぶりに気持ちのよい飲み会だった。
旧交も温めることが出来たし、なにより地酒がうまかった。
旬の野菜を刺身と和えてカルパッチョ風に仕上げたものも洋風串焼きも酒にあって美味かった。
ほろ酔いのいい気分でホテルへ戻ると出迎えたのはベルボーイだけで部下達はいなかった。
よし!気づかれないでうまくいったぜ!とシンタローはほくそ笑んだ。
(キンタローのヤツ、今頃ぐっすりだな)
勿論、アラシヤマも夢の中だろう。
シンタローの行動に聡い二人に気づかれなかったのだから他の団員は言わずもがな、である。
深夜はエレベーターの止まる音も小さい。
敷き詰められた絨毯の上をそっと歩き、部屋の前のドアに立つとシンタローは安堵のため息を吐いた。
あとはこのまま眠って、キンタローが起こしに来る前にシャワーを浴びればいい。
朝になれば酒も抜けるだろう。明日の予定は確かたいしたことのないものだった。
夜に招待での観劇があったと思ったがごねれば断れるものだ。
ノブを回す音にも気遣い、薄暗い部屋に入る。
ぱちりと電気をつけるとシンタローは思わず声を上げた。
「キンタロー!」
叫ぶシンタローにキンタローは冴えた眼差しのまま近づいた。
そしていきなり抱きすくめられる。
「シンタロー」
低い声がシンタローの耳朶を這う。
「どこへ行っていた」
かり、と耳翼を噛まれシンタローはその刺激と刺すようなキンタロー声に背筋を震わせた。
「えっとな……、その……外で飲んできたんだよ」
吐く息に酒気が混じっている。
それがなくともシンタローのことはすべて分かっているといっても過言でない従兄弟を誤魔化すことは出来ない。
「それで」
一人ではないんだろう、と冷たい声音が耳に吹き込まれる。
誰と行動したのかはとっくに調べがついているぞ。向こう3ヶ月は減給だな。
おまけに大事な総帥をここまで送り届けもしなかったようだ、とキンタローが言う。
そんな仕打ちはねえだろ、と旧友を思ってシンタローが抗議の声を上げると突き飛ばされるようにベッドへと押し付けられた。
「キンタローッ。てめ、なにす……!う、ぐっ」
「ここがどこだかわかっているんだろうな?いいか、ここはガンマ団ではない。勝手な行動は慎むのが当たり前だと思っていたが」
おまえはそんな常識も持ち合わせていないようだな、とキンタローは囁くように言った。
馬乗りに乗り上げられてシンタローは従兄弟の重さに呻く。抗議の声はキンタローによって封じ込められた。
襟首を掴まれて息が苦しい。
そんなシンタローを見ながら、ぎらりとキンタローの目に不穏な色が灯った。
「ガキの頃に伯父貴に知らない土地で一人で出かけるなと注意されただろう?ああ?友達とやらがいたといういいわけは聞かない。
おまえは一人で出かけて一人で戻ってきたんだからな。総帥の自覚が足りなすぎるんじゃないか?
物覚えの悪い総帥閣下には仕置きが必要だな」
口角を上げて、キンタローは嘲笑った。口元を歪めるその仕草は、従兄弟の後見人であるドクター曰く、亡き叔父譲りだという。
「二度とおまえが勝手なことをしないようにその体に刻み付けてやる」
やべえ。コイツぶちきれてやがる。
不敵に笑みながらキスを落とす従兄弟に身を竦ませながら、シンタローはこれからのことを思って己の軽率さを後悔していた。
悪い総帥にはお仕置きをしないとな、と言いながらキンタローはシンタローの眼球を舐めた。
ざらりとした舌の感触と狂気じみた眼差しに背中に汗が伝わっていく。
そして、喉元に指を当てられシンタローは従兄弟の突然の行動に驚愕した。
「答えろ、シンタロー。この服は誰のものだ?」
ぎらつく獰猛な目で問うキンタローの声は冷たい怒りを孕んでいる。
*
「……アラシヤマだよ」
キンタローの指は軽く当てられただけだった。それでも急所を封じる脅しにシンタローの声は乾いたものしか出せなかった。
SP用のスーツの持ち主を告げるとキンタローはやはりなと呟く。
「道理で抹香臭いはずだ。酒のにおいだけでなくこの服から陰気な感じがすると思ったらそういうことか」
言いながら喉元に突きつけた指をキンタローはすべらかに下に下ろしていく。
スーツに何かが憑いているとばかりに忌々しげ呟くキンタローにシンタローはそれはないだろうと思った。
ぶちっと引きちぎるかのようにボタンを弾き飛ばされ、下に着込んだシャツまでもが同じ運命を辿らされる。
(悪ぃ。アラシヤマ……。おまえの服、ダメにしちまった)
無理やり丸め込んで借りたとはいえ、自称親友の煩い部下にどうやって言い訳しようかと思う。
押さえ込まれ、怒り狂った従兄弟にシンタローはなすすべもなくじっとするしかない。
それでも弾き飛ばされたボタンがシーツの上や床に散らばるのを横目に見ながらシンタローはどうやって逃げようかと思案していた。
「逃げようなどという気はおこさないほうがいいぞ」
ぐい、とシンタローの顎を長い指で捉えて、キンタローは酷薄そうに笑った。
喉元を苦しめていた指が離れて、シンタローはようやく息をつく。
ふ~っと肩を揺らしてため息をつくとキンタローはネクタイを緩めていた。
無理やりヤるつもりかよ、と仕置きと言っていた従兄弟に諦めを感じつつそれでも逃げ場を探る。
どうせこのフロアにはガンマ団の連中しかいない。
総帥が半裸で廊下を走りまわっても、皆一様に口を噤むだけだ。
顎にかかっていた指がふ、と離れ、よし!と従兄弟の鳩尾に蹴りを入れようとシンタローは動いた。
(動けなくなっているうちに絶対逃げてやる!)
すっとキンタローに押さえ込まれていた体を動かし、シンタローは身を縮めた。
すり抜けるついでに一発お見舞いしてやろうと踵を上げる。けれども、
「馬鹿め。そんなことはお見通しだぞ、シンタロー」
くくっと笑い声が耳に反響したかと思うとシンタローはさっきよりも力強くシーツへと体を押し付けられた。
くそっ、と舌打ちをしてもがこうとすると視界をやわらかなものが遮る。
きっ、と睨みつけて文句のひとつでも言おうと見上げれば目の前が閉ざされている。
しゅるり、と布の擦れる音がして、それから頭の後ろをに引き攣った痛みが走るかと思うとキンタローが、
「おまえのきれいな目が潤む様を見れないのは残念だが」
と囁きながらシンタローの耳朶に噛みついてきた。
ネクタイで閉ざされた視界ではキンタローの隙を窺うことも出来ない。
「てめ、キンタロー!解け!解けよッ!このッ変態ッ!」
なに考えてんだ!とシンタローが噛みつくように叫ぶ。
するとキンタローは半裸のシンタローの喉元へと舌を這わせながら「おとなしくしろ」と低い声音で牽制した。
「暴れると痛い目にあうぞ。俺は、これからおまえの身が無事だったかチェックするんだからな」
この体を俺以外に触らせていないだろうな、とキンタローはシンタローの胸に手を這わせる。
撫で回す手の感触はいつもと同じだ。
けれども閉ざされた視界が刺激を助長してシンタローはうっと息を飲んだ。
「だいぶ酔っていたようだが、酒場でふらついて介抱されたりはしなかったかシンタロー?
背を摩られたり、胸元に手を入れられたりはされていないだろうな」
言いながらキンタローはシンタローの胸の尖りをきゅっと摘む。
薄い色の乳首が従兄弟の指で赤みを帯びはじめているのを想像してシンタローは照れ隠しに
「そっ、そんなことするのはおまえだけだろッ!」
と叫んだ。事実、酔ったときにシンタローは従兄弟にセクハラ紛いの介抱を受けたことがある。
「どうだろうな?この服を貸したアラシヤマあたりなら血迷ってやらないとも限らないだろう?」
忌々しげに"アラシヤマ"と口にするとキンタローはシンタローのズボンに手をかけた。
かちゃかちゃとベルトが音を立てて、それからジッパーが引きおろされる音がシンタローの耳に届く。
足をばたつかせて抵抗しようかと思ったが視界が閉ざされている状況ではどうにもならない。
抵抗しなくてもどうせうまくキンタローにあしらわれて、前戯もそこそこのきついお仕置きを喰らうだけだ。
明日は視察があるというのに、出かける気が起こらないほど攻め立てられることは予想している。
だが、予想以上のことをシンタローはされるつもりはなかった。
(ここはおとなしく我慢だ……我慢)
抵抗してキレたキンタローにとんでもない目に合わされるのは嫌だ。
目隠しくらい受けてたってやろうじゃねえか。周りが見えないくらいどうってことねえよ!
そんな気持ちでシンタローは、ズボンが下肢から引き抜かれるのをなすがままにされていた。
「……抵抗しないんだな」
おとなしいおまえはめずらしい、と下着も抜き取りながらキンタローが言う。
意地悪く囁くその言葉にシンタローはおまえが喜ぶ反応なんかしてやらねえよ!と心の中で舌を出した。
そんなシンタローの考えすらもキンタローにはばれているということも思い至らずに。
***
下肢から下着を引き抜かれ、シンタローの体はキンタローにシーツに縫いとめるように押さえつけられている。
カエルの解剖みたいだな、とキンタローが言った呟きにシンタローはまざまざと己の姿を脳裏に描いてしまった。
(ンなこといちいち言うんじゃねえよ!)
かあぁっと頭に血が上ったが、シンタローは我慢、我慢だと心の中で唱えた。
「少し冷たいだろうが、我慢しろ」
言うなりキンタローはなにやら蓋を開けた。きゅぽん、と小気味のよい音はいつも彼が使うローションのキャップとは違う。
もっとも旅先だから適当に用意したものなんだろうか、とシンタローが考えていると鼻先に甘いにおいが突きつけられた。
「分かるか、シンタロー?」
キンタローの声は楽しげに耳に響いた。
なんだよ、それ?と視界が閉ざされてはいるものの真上にいるだろう従兄弟へとシンタローは視線を向けた。
「リキュールだ。目の覚めるような紫色をしているんだが、おまえには見えないな。
だが、くらくらするほど甘ったるいにおいなのはわかるだろう、シンタロー」?
言うなり、シンタローの頬に冷たくとろりとした液体が塗りつけられる。
くん、と鼻で嗅いだときよりもずっと濃密な香りが鼻腔へと届く。
「おまえはハーレム叔父貴のことを言えないくらい酒が好きなようだしな。たまにはこういうものを使ってやるよ」
どうやって、とシンタローが口を開けるとその隙に乗じてキンタローの指がシンタローの口腔へと進入する。
シンタローに説明している間にリキュールを指の腹に纏わせていたのだろう。
上顎にぬちゃりと当たった粘液をうっかりと舐めてしまいシンタローは眉を顰めた。
(なんだよッ!この甘さ……!)
甘い、とシンタローが顔を顰め身じろいだ拍子に、キンタローの指が歯の裏を擦る。
歯茎に指を軽く引っ掛けた後、長い指が口腔を彷徨った。
口腔を蹂躙する指に刺激された唾液とリキュールとが混ざり合う。
少しずつ嚥下を試みるが喉を焼け付かせるよう酷い甘さにシンタローは咽た。
「っ、けほっ、くっ、っ……ッ」
タイミング悪く甘い唾液が気管に入る。
シンタローが咳こむとキンタローはそのままでいたら指を噛まれることに思い当たったのだろう。
薄紫の唾液が絡みつく指をシンタローの口腔から撤退させた。
「すまない。少し痛い思いをさせてしまったな」
こういった場合は水分をとって落ち着かせたほうがいいんだろう、とキンタローが濡れた指先をシンタローの顎へとかける。
たしか飲みかけのミネラルウォーターがベッドサイドにあったはずだ。
従兄弟の口唇が己のものへと合わさったときに、シンタローはてっきりそれだと思って与えられた液体をごくりと飲んだ。
「――ッ!!」
確かに与えられた液体はリキュールとは違うものだった。
だが、舌先に残る辛さと喉を焼くアルコールのキツさにシンタローは視界を覆うネクタイの下で目を見開いた。
げほげほ、と指を咥えさせられたときよりもさらに咳き込む。口の端には溢れた唾液がつうと首元へと流れようとしていた。
「したたかに酔った体には効くだろう?もう指一本も動かせないはずだ」
ふ、とキンタローが力を抜く気配がする。
膝を割った状態で無理やりにシーツへと縫いとめていた力がなくなったが、シンタローは逃げ出すことも不可能だった。
カエルの解剖、とキンタローが揶揄した姿をとったままシンタローはだらしなく唾液を口唇から溢れさせた。
ぬちゅぬちゅと淫らな音が下肢に響く。
常ならば耳を塞ぎたいはずなのに、指先から直腸へとじわじわと流し込まれたリキュールによってシンタローの思考は低下していた。
だらんと枕に頭を預け、キンタローの目の前にがばっと足を開いたままでシンタローは恍惚のため息を漏らす。
「俺以外のヤツが触れていないか、軽く指でチェックしていただけなのに……。
シンタロー、おまえはもうこんなになっているんだな」
言うなり指を引き抜かれ、シンタローは名残惜しげな声を漏らした。
「おまえの中を弄くっていたのは人差し指だけだというのに……。これでは人間ドックへと入ることも出来ない。
いやらしい体だな、おまえの体は。こんなんじゃ俺でなくても、医者だろうがなんだろうが指を突っ込まれただけで喘いでしまうだろう。
俺が遠征に行っているとき誰に慰めてもらっているんだ?アラシヤマか、それともさっきおまえが会っていたヤツラか?」
自慰ならば死人は出ないが、と笑いながらキンタローは目の前で勃ち上がっているシンタロー自身を指でピンとはじく。
はじかれたシンタローのものがふるんと腹部へと揺れて、シンタローの腿が震えた。
「ッわけ、なっ……ア、ヒイィッ!」
シンタローが首を振り、否定しようとするとキンタローは従兄弟のものをきゅっと掴んだ。
己の中心を握りこまれ、じわじわ嬲るような指での刺激とはちがう直接的な行動に悲鳴を上げる。
きゅっと蛇が獲物を締め付けるようにキンタローはシンタローのものを掴みながら従兄弟の乳首を撫でた。
すう、と乳暈を撫でた後にキンタローがぷっくりと勃ち上がった蕾をぎりと捻る。
胸と下肢への痛い刺激にシンタローは涙を浮かべた。
溢れる涙がネクタイの布地へと吸い込まれ、そして瞼が布地に張り付いていく。
「ここへ来る前に俺は何度もおまえに言ったはずだが」
「っ、な……に、やぁっ、やめッ!ひ……ッ」
胸から引っこ抜くんでないかと思わせるくらいにキンタローは乳首を摘む指に力を込めた。
「治安の悪い場所でひとりで行動するな、と注意したことをおまえは聞いていなかったようだな。
おまえに会ったヤツらがガンマ団のバッジをつけていたからいいものの普通ならばどうなっていたか分かるか」
ぎゅ、ぎゅと左右に乳首を捻られ、そして自身を痛いほどに締め付けられてシンタローは体を強張らせる。
足指は強すぎる刺激にぴんと突っ張り、口元は恐怖でひくひくと震えていた。
「女でなくても、見目のよい若い男は売り物になるそうだ。
酔ったおまえを捕らえるくらい、ずる賢い商人には容易いことだろうな。起きたら、素っ裸で競りにかけられていてもおかしくない」
「ッ、な、わけ……ね……」
「ないとは限らない。人身売買の組織を先ごろ潰したばかりだったな?浪士崩れの男が捉えられていた報告は受けただろう?」
俺は写真を見たが人買いが置いた用心棒ではなかったぞ、とキンタローは口元を歪めて笑った。
「事態に気づいて俺が落札すればいいが、そうでなかったら明日にでもヒヒ爺のハーレムだな。
そうでなかったら……そうだな。あの辺りの歓楽街ではよく××国の組織が談合を行うそうだ。
偶然、おまえを見つけたらどうするだろうな?ガンマ団総帥を捕らえて拷問にかけるのはそう不自然なことではないが」
ここを切り落とされるかもな、と笑いながらキンタローはシンタローのものを扱いた。
きつく握られ、必死で耐えていたというのにいきなり戒めがなくなり、やわやわと快楽が与えられてそのギャップにシンタローが呻く。
すぐさま、キンタローに
「痛いほうがよかったのか?」
と自身を扱かれながら問われ、シンタローは首を振った。
「イッ、アッ……アッ!きんたろ、気持ち、い……ふっ……ん、あ、あぁ」
「素直だな、シンタロー」
気持ちいいほうがいいのか、とキンタローは笑いながら乳首への負荷も解いた。
それから充血したそれに紫色のリキュールを塗りこむ。
そのときに慰めてくれていた手が離れてシンタローはもどかしさに足を揺らした。
「どうしたんだ?シンタロー」
やさしくリキュールを刷り込みながらキンタローは問う。
「やっ、だ……きんたろ、あ、触れ、よッ!」
キンタローへとシンタローは必死で指を伸ばした。
愛撫の途中でベッドから従兄弟が降りないように腕の中に閉じこめようともどかしい体を動かす。
そんなシンタローの行動にキンタローは笑いながら、胸元へと口唇を近づけていった。
「ふッ、ああ……キン、タロ……ッ」
キンタローの舌で紫色の艶を帯びた乳首を舐め上げられシンタローは思わず差し伸べた手をぶれさせた。
ひととおりリキュールを舐め取るとキンタローが今度は吸いつく。
たっぷりの唾液と一緒に口で吸われてシンタローはその刺激に手をシーツへと落とした。
カエルのように上げていた足もいつの間にか軽い膝立ちの状態になってシンタローはキンタローのやわらかな愛撫に身を任せた。
乳首への責めに飽きたキンタローが再び内奥を弄りはじめると、シンタローの脳裏からは我慢という言葉が抜け落ちていった。
キンタローの責めたてへ抵抗の言葉でなく、感じるままに喘ぎ、啜り泣くシンタローにキンタローは満足げに熱いため息を吐いた。
「これから、どうしてほしい?いや……違うな。おまえはどうすればいいんだ、シンタロー?」
汗で湿ったシーツに力なく乗るシンタローの手首をキンタローは掴んだ。
もう片方の手もシンタローの肩口を押さえて、キンタローはシンタローの顔に視線を落とす。
シンタローの顔は涙と唾液でぐちゃぐちゃで、髪もすっかり乱れていた。
「も……おま、えの言いつけやぶんなっ……から許し、てっ……くれよ」
お願いだ、とシンタローは顔を必死に上げてキンタローにキスをした。
見えなくても口唇の位置くらいは分かる。子どものようなたどたどしいキスにキンタローは微笑んだ。
「……今日のところはこれで許してやるが」
そう言ってキンタローはシンタローの足首を掴んだ。
目隠ししたシンタローからは分からなかったが、キンタローはシンタローの淫らな姿にいきり立っていた。
シンタローが喘いでいるうちに脱ぎ捨てた服は床の上で散らばっている。
このまま放置しておいて皺になることくらいすでにどうでもよいことだった。
「次はないぞ、シンタロー」
瞳をぎらつかせて一気に押し入る。
「……ッ!!ア、アアッ……キンタロー!」
指でかき回されたそこはもうぐちゃぐちゃに解れていて、抵抗することもなくキンタローを飲み込んだ。
シンタローの体内で温められたリキュールが押し入ったキンタローに性急にかき混ぜられる。
そのたびにキンタローの熱と内奥の熱さとが摩擦を起こしてさらなる熱の上昇が体の奥で起こった。
熱の進行を食い止めたくてシンタローは下肢に力を入れようとした。
けれどもそれはキンタローのものを締め上げ、むしろ余計な熱を生む。
首を振ったりしていてすでに最初の位置からずれていたネクタイをキンタローはシンタローから引き下ろした。
「見ろ、シンタロー。見えるだろう?俺の目に映るおまえの淫らな姿が」
「っ、な、こと……わかんね……ア、ア、アアアッ!」
がしがしと打ちつけられる腰にシンタローは甲高く泣いた。
視界が開けたというのに彼の目は瞑っている。
「や、あ……イイッ、すご、キンタロー!ア、アアッ!ん、あぁ……」
喘ぎ、髪を振り乱しながらシンタローはキンタローの名を呼ぶ。
瞑った目尻から涙が溢れて、それからそれはキンタローの舌先へと消えていった。
「シンタロー」
愛している、と囁かれシンタローは目を見開いた。
限界を超えた昂ぶりを穿ちながら、キンタローは「心配させるな」と掠れた声で囁く。
首筋に噛みつかれながら、キンタローの爆ぜる熱の本流を受け止めるとシンタローはびくびくと震え、そして意識を手放した。
END
商談先の国に招待されキンタローと来たのはいいものの、毎夜のような夜会とつまらない視察にシンタローは辟易していた。
昼は総帥服でなくガンマ団色を廃して地味目のスーツを、夜はというときっちりとした礼服での毎日に疲れきっている。
そんな折に昔馴染みの仲間が補給ついでに近くまで来たのはシンタローにとって僥倖だった。
軽くて口当たりのよい飲み物を会話の端々に口をつけるのもよいが、やっぱり酒は気の合うヤツと自分のペースで飲む方がいい。
幸いなことに今回はキンタローと別々の部屋だった。
壁に耳を当ててアイツがシャワーを浴びているのを確認してから、こっそりと部屋を抜け出すことにした。
どうせ、アイツのことだ。俺がとっくに寝ていると思って部屋に電話をかけることもないと思う。
今朝だって昨日の夜会で睡眠時間が削られたのを心配していたから俺の部屋に訪ねるわけがない。
アイツだって疲れてるし、そのまま寝ちまうだろう。
(バレねえよな……たぶん)
総帥服じゃねえし、とシンタローは己の格好を見て笑った。
念のため、アラシヤマから勝手にSP専用の黒いスーツを取り上げて着ている。
親友の頼み、を口にすると快く貸してくれた。
勿論、寄ると触ると煩い自称親友はここにはいない。
なんとか丸め込んで飲ませた睡眠薬入りのジュースで今頃はベッドの中だ。
万が一、起きたとしても、あるいはキンタローに気づかれても犬猿の中ゆえに俺の不在はばれないだろう。
(いい夢見ろよ。キンタロー)
夜目にもはっきりと分かるホテルのひかりを見ながらシンタローはタクシーを捕まえた。
このときはバレやしないと思って勝手に飛び出して行ったのだ。
キンタローに言えば勝手なことをするなと怒られるし、絶対部屋から出してもらえなくなると思ったから。
ただ、軽い気持ちで行動しただけだったんだ。
***
久しぶりに気持ちのよい飲み会だった。
旧交も温めることが出来たし、なにより地酒がうまかった。
旬の野菜を刺身と和えてカルパッチョ風に仕上げたものも洋風串焼きも酒にあって美味かった。
ほろ酔いのいい気分でホテルへ戻ると出迎えたのはベルボーイだけで部下達はいなかった。
よし!気づかれないでうまくいったぜ!とシンタローはほくそ笑んだ。
(キンタローのヤツ、今頃ぐっすりだな)
勿論、アラシヤマも夢の中だろう。
シンタローの行動に聡い二人に気づかれなかったのだから他の団員は言わずもがな、である。
深夜はエレベーターの止まる音も小さい。
敷き詰められた絨毯の上をそっと歩き、部屋の前のドアに立つとシンタローは安堵のため息を吐いた。
あとはこのまま眠って、キンタローが起こしに来る前にシャワーを浴びればいい。
朝になれば酒も抜けるだろう。明日の予定は確かたいしたことのないものだった。
夜に招待での観劇があったと思ったがごねれば断れるものだ。
ノブを回す音にも気遣い、薄暗い部屋に入る。
ぱちりと電気をつけるとシンタローは思わず声を上げた。
「キンタロー!」
叫ぶシンタローにキンタローは冴えた眼差しのまま近づいた。
そしていきなり抱きすくめられる。
「シンタロー」
低い声がシンタローの耳朶を這う。
「どこへ行っていた」
かり、と耳翼を噛まれシンタローはその刺激と刺すようなキンタロー声に背筋を震わせた。
「えっとな……、その……外で飲んできたんだよ」
吐く息に酒気が混じっている。
それがなくともシンタローのことはすべて分かっているといっても過言でない従兄弟を誤魔化すことは出来ない。
「それで」
一人ではないんだろう、と冷たい声音が耳に吹き込まれる。
誰と行動したのかはとっくに調べがついているぞ。向こう3ヶ月は減給だな。
おまけに大事な総帥をここまで送り届けもしなかったようだ、とキンタローが言う。
そんな仕打ちはねえだろ、と旧友を思ってシンタローが抗議の声を上げると突き飛ばされるようにベッドへと押し付けられた。
「キンタローッ。てめ、なにす……!う、ぐっ」
「ここがどこだかわかっているんだろうな?いいか、ここはガンマ団ではない。勝手な行動は慎むのが当たり前だと思っていたが」
おまえはそんな常識も持ち合わせていないようだな、とキンタローは囁くように言った。
馬乗りに乗り上げられてシンタローは従兄弟の重さに呻く。抗議の声はキンタローによって封じ込められた。
襟首を掴まれて息が苦しい。
そんなシンタローを見ながら、ぎらりとキンタローの目に不穏な色が灯った。
「ガキの頃に伯父貴に知らない土地で一人で出かけるなと注意されただろう?ああ?友達とやらがいたといういいわけは聞かない。
おまえは一人で出かけて一人で戻ってきたんだからな。総帥の自覚が足りなすぎるんじゃないか?
物覚えの悪い総帥閣下には仕置きが必要だな」
口角を上げて、キンタローは嘲笑った。口元を歪めるその仕草は、従兄弟の後見人であるドクター曰く、亡き叔父譲りだという。
「二度とおまえが勝手なことをしないようにその体に刻み付けてやる」
やべえ。コイツぶちきれてやがる。
不敵に笑みながらキスを落とす従兄弟に身を竦ませながら、シンタローはこれからのことを思って己の軽率さを後悔していた。
悪い総帥にはお仕置きをしないとな、と言いながらキンタローはシンタローの眼球を舐めた。
ざらりとした舌の感触と狂気じみた眼差しに背中に汗が伝わっていく。
そして、喉元に指を当てられシンタローは従兄弟の突然の行動に驚愕した。
「答えろ、シンタロー。この服は誰のものだ?」
ぎらつく獰猛な目で問うキンタローの声は冷たい怒りを孕んでいる。
*
「……アラシヤマだよ」
キンタローの指は軽く当てられただけだった。それでも急所を封じる脅しにシンタローの声は乾いたものしか出せなかった。
SP用のスーツの持ち主を告げるとキンタローはやはりなと呟く。
「道理で抹香臭いはずだ。酒のにおいだけでなくこの服から陰気な感じがすると思ったらそういうことか」
言いながら喉元に突きつけた指をキンタローはすべらかに下に下ろしていく。
スーツに何かが憑いているとばかりに忌々しげ呟くキンタローにシンタローはそれはないだろうと思った。
ぶちっと引きちぎるかのようにボタンを弾き飛ばされ、下に着込んだシャツまでもが同じ運命を辿らされる。
(悪ぃ。アラシヤマ……。おまえの服、ダメにしちまった)
無理やり丸め込んで借りたとはいえ、自称親友の煩い部下にどうやって言い訳しようかと思う。
押さえ込まれ、怒り狂った従兄弟にシンタローはなすすべもなくじっとするしかない。
それでも弾き飛ばされたボタンがシーツの上や床に散らばるのを横目に見ながらシンタローはどうやって逃げようかと思案していた。
「逃げようなどという気はおこさないほうがいいぞ」
ぐい、とシンタローの顎を長い指で捉えて、キンタローは酷薄そうに笑った。
喉元を苦しめていた指が離れて、シンタローはようやく息をつく。
ふ~っと肩を揺らしてため息をつくとキンタローはネクタイを緩めていた。
無理やりヤるつもりかよ、と仕置きと言っていた従兄弟に諦めを感じつつそれでも逃げ場を探る。
どうせこのフロアにはガンマ団の連中しかいない。
総帥が半裸で廊下を走りまわっても、皆一様に口を噤むだけだ。
顎にかかっていた指がふ、と離れ、よし!と従兄弟の鳩尾に蹴りを入れようとシンタローは動いた。
(動けなくなっているうちに絶対逃げてやる!)
すっとキンタローに押さえ込まれていた体を動かし、シンタローは身を縮めた。
すり抜けるついでに一発お見舞いしてやろうと踵を上げる。けれども、
「馬鹿め。そんなことはお見通しだぞ、シンタロー」
くくっと笑い声が耳に反響したかと思うとシンタローはさっきよりも力強くシーツへと体を押し付けられた。
くそっ、と舌打ちをしてもがこうとすると視界をやわらかなものが遮る。
きっ、と睨みつけて文句のひとつでも言おうと見上げれば目の前が閉ざされている。
しゅるり、と布の擦れる音がして、それから頭の後ろをに引き攣った痛みが走るかと思うとキンタローが、
「おまえのきれいな目が潤む様を見れないのは残念だが」
と囁きながらシンタローの耳朶に噛みついてきた。
ネクタイで閉ざされた視界ではキンタローの隙を窺うことも出来ない。
「てめ、キンタロー!解け!解けよッ!このッ変態ッ!」
なに考えてんだ!とシンタローが噛みつくように叫ぶ。
するとキンタローは半裸のシンタローの喉元へと舌を這わせながら「おとなしくしろ」と低い声音で牽制した。
「暴れると痛い目にあうぞ。俺は、これからおまえの身が無事だったかチェックするんだからな」
この体を俺以外に触らせていないだろうな、とキンタローはシンタローの胸に手を這わせる。
撫で回す手の感触はいつもと同じだ。
けれども閉ざされた視界が刺激を助長してシンタローはうっと息を飲んだ。
「だいぶ酔っていたようだが、酒場でふらついて介抱されたりはしなかったかシンタロー?
背を摩られたり、胸元に手を入れられたりはされていないだろうな」
言いながらキンタローはシンタローの胸の尖りをきゅっと摘む。
薄い色の乳首が従兄弟の指で赤みを帯びはじめているのを想像してシンタローは照れ隠しに
「そっ、そんなことするのはおまえだけだろッ!」
と叫んだ。事実、酔ったときにシンタローは従兄弟にセクハラ紛いの介抱を受けたことがある。
「どうだろうな?この服を貸したアラシヤマあたりなら血迷ってやらないとも限らないだろう?」
忌々しげに"アラシヤマ"と口にするとキンタローはシンタローのズボンに手をかけた。
かちゃかちゃとベルトが音を立てて、それからジッパーが引きおろされる音がシンタローの耳に届く。
足をばたつかせて抵抗しようかと思ったが視界が閉ざされている状況ではどうにもならない。
抵抗しなくてもどうせうまくキンタローにあしらわれて、前戯もそこそこのきついお仕置きを喰らうだけだ。
明日は視察があるというのに、出かける気が起こらないほど攻め立てられることは予想している。
だが、予想以上のことをシンタローはされるつもりはなかった。
(ここはおとなしく我慢だ……我慢)
抵抗してキレたキンタローにとんでもない目に合わされるのは嫌だ。
目隠しくらい受けてたってやろうじゃねえか。周りが見えないくらいどうってことねえよ!
そんな気持ちでシンタローは、ズボンが下肢から引き抜かれるのをなすがままにされていた。
「……抵抗しないんだな」
おとなしいおまえはめずらしい、と下着も抜き取りながらキンタローが言う。
意地悪く囁くその言葉にシンタローはおまえが喜ぶ反応なんかしてやらねえよ!と心の中で舌を出した。
そんなシンタローの考えすらもキンタローにはばれているということも思い至らずに。
***
下肢から下着を引き抜かれ、シンタローの体はキンタローにシーツに縫いとめるように押さえつけられている。
カエルの解剖みたいだな、とキンタローが言った呟きにシンタローはまざまざと己の姿を脳裏に描いてしまった。
(ンなこといちいち言うんじゃねえよ!)
かあぁっと頭に血が上ったが、シンタローは我慢、我慢だと心の中で唱えた。
「少し冷たいだろうが、我慢しろ」
言うなりキンタローはなにやら蓋を開けた。きゅぽん、と小気味のよい音はいつも彼が使うローションのキャップとは違う。
もっとも旅先だから適当に用意したものなんだろうか、とシンタローが考えていると鼻先に甘いにおいが突きつけられた。
「分かるか、シンタロー?」
キンタローの声は楽しげに耳に響いた。
なんだよ、それ?と視界が閉ざされてはいるものの真上にいるだろう従兄弟へとシンタローは視線を向けた。
「リキュールだ。目の覚めるような紫色をしているんだが、おまえには見えないな。
だが、くらくらするほど甘ったるいにおいなのはわかるだろう、シンタロー」?
言うなり、シンタローの頬に冷たくとろりとした液体が塗りつけられる。
くん、と鼻で嗅いだときよりもずっと濃密な香りが鼻腔へと届く。
「おまえはハーレム叔父貴のことを言えないくらい酒が好きなようだしな。たまにはこういうものを使ってやるよ」
どうやって、とシンタローが口を開けるとその隙に乗じてキンタローの指がシンタローの口腔へと進入する。
シンタローに説明している間にリキュールを指の腹に纏わせていたのだろう。
上顎にぬちゃりと当たった粘液をうっかりと舐めてしまいシンタローは眉を顰めた。
(なんだよッ!この甘さ……!)
甘い、とシンタローが顔を顰め身じろいだ拍子に、キンタローの指が歯の裏を擦る。
歯茎に指を軽く引っ掛けた後、長い指が口腔を彷徨った。
口腔を蹂躙する指に刺激された唾液とリキュールとが混ざり合う。
少しずつ嚥下を試みるが喉を焼け付かせるよう酷い甘さにシンタローは咽た。
「っ、けほっ、くっ、っ……ッ」
タイミング悪く甘い唾液が気管に入る。
シンタローが咳こむとキンタローはそのままでいたら指を噛まれることに思い当たったのだろう。
薄紫の唾液が絡みつく指をシンタローの口腔から撤退させた。
「すまない。少し痛い思いをさせてしまったな」
こういった場合は水分をとって落ち着かせたほうがいいんだろう、とキンタローが濡れた指先をシンタローの顎へとかける。
たしか飲みかけのミネラルウォーターがベッドサイドにあったはずだ。
従兄弟の口唇が己のものへと合わさったときに、シンタローはてっきりそれだと思って与えられた液体をごくりと飲んだ。
「――ッ!!」
確かに与えられた液体はリキュールとは違うものだった。
だが、舌先に残る辛さと喉を焼くアルコールのキツさにシンタローは視界を覆うネクタイの下で目を見開いた。
げほげほ、と指を咥えさせられたときよりもさらに咳き込む。口の端には溢れた唾液がつうと首元へと流れようとしていた。
「したたかに酔った体には効くだろう?もう指一本も動かせないはずだ」
ふ、とキンタローが力を抜く気配がする。
膝を割った状態で無理やりにシーツへと縫いとめていた力がなくなったが、シンタローは逃げ出すことも不可能だった。
カエルの解剖、とキンタローが揶揄した姿をとったままシンタローはだらしなく唾液を口唇から溢れさせた。
ぬちゅぬちゅと淫らな音が下肢に響く。
常ならば耳を塞ぎたいはずなのに、指先から直腸へとじわじわと流し込まれたリキュールによってシンタローの思考は低下していた。
だらんと枕に頭を預け、キンタローの目の前にがばっと足を開いたままでシンタローは恍惚のため息を漏らす。
「俺以外のヤツが触れていないか、軽く指でチェックしていただけなのに……。
シンタロー、おまえはもうこんなになっているんだな」
言うなり指を引き抜かれ、シンタローは名残惜しげな声を漏らした。
「おまえの中を弄くっていたのは人差し指だけだというのに……。これでは人間ドックへと入ることも出来ない。
いやらしい体だな、おまえの体は。こんなんじゃ俺でなくても、医者だろうがなんだろうが指を突っ込まれただけで喘いでしまうだろう。
俺が遠征に行っているとき誰に慰めてもらっているんだ?アラシヤマか、それともさっきおまえが会っていたヤツラか?」
自慰ならば死人は出ないが、と笑いながらキンタローは目の前で勃ち上がっているシンタロー自身を指でピンとはじく。
はじかれたシンタローのものがふるんと腹部へと揺れて、シンタローの腿が震えた。
「ッわけ、なっ……ア、ヒイィッ!」
シンタローが首を振り、否定しようとするとキンタローは従兄弟のものをきゅっと掴んだ。
己の中心を握りこまれ、じわじわ嬲るような指での刺激とはちがう直接的な行動に悲鳴を上げる。
きゅっと蛇が獲物を締め付けるようにキンタローはシンタローのものを掴みながら従兄弟の乳首を撫でた。
すう、と乳暈を撫でた後にキンタローがぷっくりと勃ち上がった蕾をぎりと捻る。
胸と下肢への痛い刺激にシンタローは涙を浮かべた。
溢れる涙がネクタイの布地へと吸い込まれ、そして瞼が布地に張り付いていく。
「ここへ来る前に俺は何度もおまえに言ったはずだが」
「っ、な……に、やぁっ、やめッ!ひ……ッ」
胸から引っこ抜くんでないかと思わせるくらいにキンタローは乳首を摘む指に力を込めた。
「治安の悪い場所でひとりで行動するな、と注意したことをおまえは聞いていなかったようだな。
おまえに会ったヤツらがガンマ団のバッジをつけていたからいいものの普通ならばどうなっていたか分かるか」
ぎゅ、ぎゅと左右に乳首を捻られ、そして自身を痛いほどに締め付けられてシンタローは体を強張らせる。
足指は強すぎる刺激にぴんと突っ張り、口元は恐怖でひくひくと震えていた。
「女でなくても、見目のよい若い男は売り物になるそうだ。
酔ったおまえを捕らえるくらい、ずる賢い商人には容易いことだろうな。起きたら、素っ裸で競りにかけられていてもおかしくない」
「ッ、な、わけ……ね……」
「ないとは限らない。人身売買の組織を先ごろ潰したばかりだったな?浪士崩れの男が捉えられていた報告は受けただろう?」
俺は写真を見たが人買いが置いた用心棒ではなかったぞ、とキンタローは口元を歪めて笑った。
「事態に気づいて俺が落札すればいいが、そうでなかったら明日にでもヒヒ爺のハーレムだな。
そうでなかったら……そうだな。あの辺りの歓楽街ではよく××国の組織が談合を行うそうだ。
偶然、おまえを見つけたらどうするだろうな?ガンマ団総帥を捕らえて拷問にかけるのはそう不自然なことではないが」
ここを切り落とされるかもな、と笑いながらキンタローはシンタローのものを扱いた。
きつく握られ、必死で耐えていたというのにいきなり戒めがなくなり、やわやわと快楽が与えられてそのギャップにシンタローが呻く。
すぐさま、キンタローに
「痛いほうがよかったのか?」
と自身を扱かれながら問われ、シンタローは首を振った。
「イッ、アッ……アッ!きんたろ、気持ち、い……ふっ……ん、あ、あぁ」
「素直だな、シンタロー」
気持ちいいほうがいいのか、とキンタローは笑いながら乳首への負荷も解いた。
それから充血したそれに紫色のリキュールを塗りこむ。
そのときに慰めてくれていた手が離れてシンタローはもどかしさに足を揺らした。
「どうしたんだ?シンタロー」
やさしくリキュールを刷り込みながらキンタローは問う。
「やっ、だ……きんたろ、あ、触れ、よッ!」
キンタローへとシンタローは必死で指を伸ばした。
愛撫の途中でベッドから従兄弟が降りないように腕の中に閉じこめようともどかしい体を動かす。
そんなシンタローの行動にキンタローは笑いながら、胸元へと口唇を近づけていった。
「ふッ、ああ……キン、タロ……ッ」
キンタローの舌で紫色の艶を帯びた乳首を舐め上げられシンタローは思わず差し伸べた手をぶれさせた。
ひととおりリキュールを舐め取るとキンタローが今度は吸いつく。
たっぷりの唾液と一緒に口で吸われてシンタローはその刺激に手をシーツへと落とした。
カエルのように上げていた足もいつの間にか軽い膝立ちの状態になってシンタローはキンタローのやわらかな愛撫に身を任せた。
乳首への責めに飽きたキンタローが再び内奥を弄りはじめると、シンタローの脳裏からは我慢という言葉が抜け落ちていった。
キンタローの責めたてへ抵抗の言葉でなく、感じるままに喘ぎ、啜り泣くシンタローにキンタローは満足げに熱いため息を吐いた。
「これから、どうしてほしい?いや……違うな。おまえはどうすればいいんだ、シンタロー?」
汗で湿ったシーツに力なく乗るシンタローの手首をキンタローは掴んだ。
もう片方の手もシンタローの肩口を押さえて、キンタローはシンタローの顔に視線を落とす。
シンタローの顔は涙と唾液でぐちゃぐちゃで、髪もすっかり乱れていた。
「も……おま、えの言いつけやぶんなっ……から許し、てっ……くれよ」
お願いだ、とシンタローは顔を必死に上げてキンタローにキスをした。
見えなくても口唇の位置くらいは分かる。子どものようなたどたどしいキスにキンタローは微笑んだ。
「……今日のところはこれで許してやるが」
そう言ってキンタローはシンタローの足首を掴んだ。
目隠ししたシンタローからは分からなかったが、キンタローはシンタローの淫らな姿にいきり立っていた。
シンタローが喘いでいるうちに脱ぎ捨てた服は床の上で散らばっている。
このまま放置しておいて皺になることくらいすでにどうでもよいことだった。
「次はないぞ、シンタロー」
瞳をぎらつかせて一気に押し入る。
「……ッ!!ア、アアッ……キンタロー!」
指でかき回されたそこはもうぐちゃぐちゃに解れていて、抵抗することもなくキンタローを飲み込んだ。
シンタローの体内で温められたリキュールが押し入ったキンタローに性急にかき混ぜられる。
そのたびにキンタローの熱と内奥の熱さとが摩擦を起こしてさらなる熱の上昇が体の奥で起こった。
熱の進行を食い止めたくてシンタローは下肢に力を入れようとした。
けれどもそれはキンタローのものを締め上げ、むしろ余計な熱を生む。
首を振ったりしていてすでに最初の位置からずれていたネクタイをキンタローはシンタローから引き下ろした。
「見ろ、シンタロー。見えるだろう?俺の目に映るおまえの淫らな姿が」
「っ、な、こと……わかんね……ア、ア、アアアッ!」
がしがしと打ちつけられる腰にシンタローは甲高く泣いた。
視界が開けたというのに彼の目は瞑っている。
「や、あ……イイッ、すご、キンタロー!ア、アアッ!ん、あぁ……」
喘ぎ、髪を振り乱しながらシンタローはキンタローの名を呼ぶ。
瞑った目尻から涙が溢れて、それからそれはキンタローの舌先へと消えていった。
「シンタロー」
愛している、と囁かれシンタローは目を見開いた。
限界を超えた昂ぶりを穿ちながら、キンタローは「心配させるな」と掠れた声で囁く。
首筋に噛みつかれながら、キンタローの爆ぜる熱の本流を受け止めるとシンタローはびくびくと震え、そして意識を手放した。
END
二人揃って商談に赴くのはめずらしくない。
けれども、ガンマ団から離れて誕生日を迎えるのは初めてのことだった。
*
「あ~!くそっ。値切られるなんてな!!」
シンタローは髪をかき回しながら、ノブを回した。
カード式のキーが蛍光色に点滅しているのが夜目にも分かる。
ドアが開くとすぐにそれは引き抜かれ、色を失ったがそんなことどうだっていい。
「まあ、そういうな。あれ以上請求したら商売敵に持っていかれる」
この国は財政難なんだ、と宥めながら従兄弟のあとに続いて部屋に入る。
ドアを閉めて、内鍵も下ろす。
シンタローは「財政難!俺たちを最上階のスイートに泊めてかよ」とジャケットを乱暴に脱ぎながら言った。
「三ツ星だろうが国と癒着しなければ経営できないだろう。ここは経済統制された国だ」
「せめて、もう少しランク落としていいっていうのになあ」
落ちつかねえよ、とシンタローは言いながら靴を脱いだ。
「そうはいかないだろう。警備に穴があるのは危険だ。おまえに何かあったら困る」
「……にしたってスイートはねえだろうよ」
ジャケットを脱ぎ、ついでにベッドへと放り投げられたシンタローのものも一緒にクローゼットへ仕舞い込む。
彼の方はといえば、スリッパを履かず裸足のまま冷蔵庫を物色していた。
小さな冷蔵庫から飲み物を取り出しているシンタローを置いて、バスルームの扉を開く。
脱衣所と洗面台は朝とは違いきれいに片付いていた。
奥のガラス扉を開き、スリッパを脱いで裸足で進む。
金色の猫足がついたバスタブはなだらかな曲線を描いていて、優雅だった。
バスタブにためられた湯は一定の温度を保ち、いつ入ってもいいように適温が保たれている。
今朝、通訳にバスタブには何も入れるなと頼んだが覗き込むと改善はされていない。
昨夜と同じく、色とりどりの薔薇の花弁が浮いていた。
「シンタロー」
扉を閉めて、彼のほうへと向かうとシンタローはなにかを読んでいた。
ちょうど掌に収まるくらいの小さなカードだ。
「あれほど注意したのに風呂に花があったぞ」
「そうかよ」
ろくに聞いていない。
昨日「甘いにおいがウゼエ!!」と騒いだのはおまえだろう、と言ってやろうと近づくとそれに気づいたシンタローが「ほらよ」とカードを投げて寄越した。
「見てみろよ。俺たち二人に誕生日カードだ」
寄越されたそれは金色の文字で俺たち二人の名前と祝福の言葉が印字されている。
そういえば、誕生日だったなと思いカードを眺めているとシンタローはさらに「ケーキもあるってさ」と言った。
「ケーキ?」
「ああ。冷蔵庫にあるって最後の方に書かれてる」
ああ、本当だ。
少し小さめの文字で書かれている。
わざわざ、そんなサービスはしなくてもいいんだが。
「なあ、食おうぜ。さっきの会食、デザートはシャーベットだったから平気だろ」
「あまり甘いものを夜取るのはよくない」
「誕生日だしいいだろ。今日だけだから太らねえよ」
酒だって同じだろ、とシンタローは言った。
「それはそうだが……」
二人だけの誕生日なんてはじめてだろ。
お祝いしようぜ、とシンタローは口にする。
「少しならいいだろう」
仕方なく譲歩するとシンタローはにやっと笑った。
***
食べる前にとりあえず風呂に入ったほうがいいだろうと提案するとシンタローは承諾した。
彼のことだ。おそらく、ケーキだけじゃなくて酒も開けるに決まっている。
さっき、冷蔵庫を漁っていたときは結局ヴォルビックを開封したようだったが、ここにはなんでも揃っている。
飲み始めたらシンタローも俺も止まらない。
とくに明日は兵器工場の査察だけだった。どうしようもなく気分が悪かったら部下に頼むことも出来る。
久しぶりに彼と飲み明かすのもよいと思った。
「じゃあ、先に入ってきてくれ。俺は今日のことをまとめて本部にメールをしている」
「なんでだよ。一緒に入ろうぜ」
持ってきたノートパソコンと書類の類を用意しようとすると、シンタローはそれに対して怪訝そうな声を上げた。
「別に帰ってからでも間に合うだろう。第一、誕生日だぜ。
しかもここには煩い親父はいない。俺とおまえだけなんだぜ。楽しむにはピッタリだろ?」
ふ、と意味深な笑みを浮かべながらシンタローは言った。
一緒に入ってしまえばそれだけでは収拾がつかなくなる。
艶めいた色を瞳に浮かべたシンタローにそれでも、
「明日も仕事だぞ」
と酒だけならばまだしも、体を重ねてしまえば明日が辛いだろうと言い募っても彼は引き下がったりはしなかった。
「たまには甘い夜も過ごしてみたいんだよ。誕生日だしな、それとも嫌なのかよ?」
そこまで言われてしまえば頷くしかない。
もっとも、こんなチャンスは滅多にないのだ。普段だったら誕生日に二人で過ごすことなど出来ない。
誰かしらが互いの傍にいる。
甘い夜を、と所望されれば叶えるしかなかった。
誕生日のシンタローの望みは叶えてやらなくてはならない。
***
バスルームのドアを開けるとシンタローは服を脱ぐことはせずに、先程の俺と同じようにことバスタブを確認しに行った。
扉を開け、そこを覗き込むと彼は眉を顰めた。
「なんだ、ちっとも変わってねえじゃん。花が入っている」
とバスタブを覗き込みながら文句を言う彼にため息が出る。
さっき言ったじゃないか。聞いていなかったんだな。
言ったじゃないか、と思っているとシンタローはうすい白い紙に包まれた石鹸を手にとっていた。
包みを開け、バスタブの奥の壁についている小物入れに手を伸ばして戻している。
丸めた白い紙を左手に、右手には石鹸を持つ彼は不安定だった。
入るときにやればいいのに、馬鹿なやつだ。
「落ちるぞ」
彼のシャツには湯が少し染みていた。腰を支え、引き戻してやるとシンタローは悪戯っぽく笑った。
「落ちても風呂に入るにはかわりないだろ」
「服が濡れる」
ホテルでクリーニングに出すのは面倒だ、と口にするとシンタローは笑った。
「そうだな。じゃあ、濡れないようにおまえが脱がせろよ」
じゃれ合いながら互いの服を剥ぎ取り、邪魔になったそれらを籠に放り込もうとすぐ隣の脱衣所へと戻る。
シンタローはすでにバスタブの中だ。
二人分の衣料とはいえ、大した嵩ではない。彼の手を煩わす必要はないのだ。
シャツや下着類はそのまま籠に放り込み、ズボンだけは皺にならないように折り目に沿って畳む。
手早く作業を終えて、シンタローの元へと戻ると彼はゆったりとバスタブの縁に足を伸ばしていた。
美しいモザイクのタイルに溢れた湯と花びらが模様を描いている。
「シンタロー、石鹸をくれ」
促すと彼は放り投げて寄越した。
まだ使っていないから手の中で滑らずにきちんとキャッチできる。
彼が温まっている間に適当に洗ってしまおうとシャワーを捻る。
シンタローは機嫌よく鼻歌を歌っていた。
「シンタロー、交代しよう」
香りつきの風呂は好きではないが仕方がない。
シンタローはバスタブから立ち上がった。けれども、そこをどこうとはしない。
「シンタロー?」
「一緒に入ろうって言っただろ。早く来いよ」
仕方がない。今日は徹底的に甘やかすと決めたわけだし、と思いバスタブに足を入れる。
ぬるくも熱くもない。温度はちょうどよかった。
二人分の体積で湯と花びらが流れ出す。
同じようにバスタブの中で立ったままのシンタローを抱き寄せると彼は甘えるように俺の名前を呼んだ。
互いに向かい合いシンタローが上に乗り上げた格好でバスタブの背に凭れかかる。
湯に沈んでいないあらわになった彼の背中に黄色と白の花びらが付着していたのに気づいて指で払ってやるとシンタローはくすぐったそうに身じろいだ。
「なあ。いつもみたいにおまえが洗ってくれよ」
いつも一緒に入ったときは俺が洗ってやると怒るくせに、シンタローはそう言った。
バスタブに浸かるときに戻しておいた石鹸を手に取るとシンタローは俺の額にキスを落とす。
「よく洗えよな。あとで食わせてやるから」
石鹸を泡立てて、鎖骨のラインをなぞり上げるとシンタローはくすぐったいと文句を言った。
取り合わずにそのまま下へと指を滑らして女の胸を揉むようにやわやわと胸を触りながら泡を擦り付けると彼は怒った。
「そういうヤらしい洗い方はやめろよな!すっと洗えばいいんだよ!!」
別に照れることはないじゃないか。
まあ、怒らせるのはよくない。
胸から腰までのラインをごく普通に洗い始めるとシンタローは「それでいいんだよ」とぼそっと言った。
これでは俺としてはあまりおもしろくないんだが、という言葉は飲み込んで鍛えられた腹筋を触るとシンタローの睫が震えた。
くすぐったいんだろう。
臍をやさしく人差し指で撫でたときは睫だけではなく、肩も揺れた。
「次、背中な」
きゅっと首にかじりついてシンタローから注文が入る。
ここからがおもしろいところだったがまあいい。
抱きしめた状態で背中のくぼみをなぞるとシンタローはぴくっと反応した。
もう一度石鹸を軽く泡立てて、首筋へと指を落とし、なだらかな背中を丹念にマッサージをするように擦っていく。
すべすべした腰から尻にかけてを円を描くように擦りながら洗うと、シンタローはじとっとした目つきで「キンタロー」と言った。
それには取り合わず谷間を割って彼の秘所をやさしくプッシュする。
そのまま中も洗ってやろうと指でつつこうとするとシンタローは吠えた。
「キンタロッ!!そこあんまりいじんじゃねよッ」
「どうして」
別にいいじゃないかと言うと彼は「ダメだ。おまえが欲しくなる」と噛み付くようなキスを仕掛けながら言う。
彼の舌に応えようとさらに深くくちづけようとする。
けれども、シンタローはすっと離れた。
「もういい。こっから先は自分でやる」
立ち上がりシンタローはタイルへと足を落とす。
シャワーを捻り、俺から取り上げた石鹸を使う彼に思わず笑いが漏れた。
べつにここでコトに及ぼうとする気はなかったんだが。警戒されたのか。
それとも単なる意地悪なのか。
ふっとため息を吐くとシンタローはべえっと舌を出して笑った。
***
「もう出る、おまえもシャワー浴びろよ。花ついてるぞ」とシンタローは言ってシャワーを俺に寄越した。
彼が石鹸を戻しタオルで顔を拭っている間にさっと体を流す。
花のにおいは湯で流しても体に沁みついてとれなかった。
シンタローに続いて脱衣所へと入り、乾いたタオルで彼を軽くぬぐってやった後、ローブを着せてやろうとしたが拒否されてしまった。
濡れた足でぺたぺたと歩き、シンタローは全裸のまま部屋へと戻る。
体を拭いているのが面倒になってローブを羽織って追いかけていくと彼は冷蔵庫を覗き込んでいた。
全裸のまま、四つ這いのような格好で小さな冷蔵庫からなにかを取り出すシンタローにくらくらした。
そういう格好はやめてくれ。
「お!これだな、多分!!」
あった、あったとウキウキした口調で銀色の包みを取り出し、シンタローは満面の笑みで振り返った。
「キンタロー!!ケーキ食おう」
包みを手にしてはしゃぎながらシンタローはベッドへとダイブした。それから彼は、
「おまえフォーク知らねえ?冷蔵庫になかったから探せよ」
と言いながらうつぶせの姿勢でリボンを解き、包みを開けている。
「シンタロー」
「なんだよ?あったか?」
きれいに包装紙を開き、うすい白いガーゼのような包み紙の端を持ったままシンタローは言う。
俺を見ようともしない。ケーキにすっかり夢中になっている。
だが、ぎしっとベッドを軋ませるとシンタローは体を起こして俺のほうへと向いた。
「なに?フォークなかったのかよ?」
じゃあ、手か。まあレアチーズケーキみたいだしいいよな、とシンタローは俺に包まれたままのケーキを見せる。
「結構うまそうだぜ。ほら、キンタロー、あ~ん」
指に少し掬い取ってシンタローはそう言った。
突きつけられた彼の指をぱくっと口に入れる。
やわらかな酸味と甘さを舐め取るとシンタローはくすぐったそうに笑った。
「ちゃんと舐めろよ。なあ、うまい?」
「ああ」
それじゃ、俺も食おうとケーキを指で掬い舐め取った。ふわと溶ける食感に目を細めている。
半分こにしてやるからな、と小さめのケーキをぱくつきながらシンタローは言った。
その表情はかわいい。
「うまいからグンマに買ってってやるか」
と彼は従兄弟のことを口にした。
至福といった顔でシンタローは蝕している。白い雪のようなレアチーズから赤いジャムが流れた時は歓声を上げて喜んだ。
「シンタロー」
「なんだよ。勝手に掬って食えよ」
ほら、こっから先がおまえの分と指しながらシンタローは言った。
「いや、ケーキじゃない」
「じゃあ、なんだよ」
いらねえんなら俺が食うぞ、と口を尖らせた彼の頬にはクリームがついている。
それを指先で拭ってやると彼は合点した表情を浮かべた。
「なんだ口で言えよ」
ほら、おまえも食えよとシンタローは勧める。けれども首を振ると彼は「甘いのいやか?酒にするか?」と尋ねた。
「ケーキよりも酒よりもおまえが食いたい」
あとで食わせてくれるといっただろう、と手首を掴むとシンタローは「仕方ねえな」と俺に言った。
めずらしい。
彼はいつもより機嫌がいい。いつもだったら「ふざけんな」とか「すぐにサカるな!!少し待てよッ」とか色々と口にする。
だが、別にいい。願ってもなかなか訪れない好機だ。
彼からケーキを取り上げて押し倒すとシンタローは人が悪い笑みを浮かべた。
「そのケーキ食い終わったら突っ込ませてやるよ」
残りはおまえの分だから、と笑いながら言うシンタローが少し憎らしい。
「いいだろう」
承諾してケーキの包みを開けるとシンタローはおや?という顔をした。
「めずらしいな。おまえあんまりそういうの食わないのに。手伝ってやろうか?」
俺の体の下にいたシンタローは上体を起こしながらそう口にした。願ってもないことだ。
「そうしてもらおうか」
手伝ってくれ、と言うとシンタローはぱっと顔を輝かせた。よほど気に入ったのだろう。
帰りにはグンマと彼の分を買うのを忘れないようにしないと。
クリームを掬い取って口に含む。
ほのかな甘みに口腔が満たされているままシンタローに口づけると彼はやられたという顔をした。
「ん……むぅ。ふ……」
クリームを舌で舐めとり、味わうようにシンタローの舌が動き回る。
キスをやめて、瞼にくちづけを落とすと彼はじっと睨んだ。
「ずりぃぞ、キンタロー」
「手伝ってくれるんだろう。それにシンタローの方が食いたい」
「ったく。しょうがねえなぁ」
勝手にしろよ、と照れくさそうにシンタローは吐き捨てた。
お許しが出たのを幸いに、クリームをさらに掬い取って彼の体に塗りつけていく。
シンタローはべたべたとクリームが塗りつけられるのを口を尖らせて見ていた。
「ちゃんと全部舐めろよ」
それとあとで風呂な、と彼は要求を重ねた。そんなことあたりまえじゃないか、と思うも素直に「分かった」と言うと彼はぷいと顔を背けた。
シンタローの上半身はクリームが擦り付けられ、ところどころ白くなっている。
彼の体に乗り上げてふい、と背けた顔を覗き込むと指でクリームを塗りながらやわらかく体をなぞっていたことで目は少し潤んでいた。
「シンタロー。好きだ」
好きだ、愛していると繰り返し黒い目の縁にやさしいキスを落とすと彼は俺の髪を掴んだ。
「ん……。はやく食えよ」
照れくさそうにシンタローは身をよじった。
彼も俺に愛していると言ってくれないのが少し残念だった。
ちゅ、と喉元に齧りついて肩を甘く噛むとシンタローは小さい声を漏らした。
左肩にはクリームが少しついている。
甘く噛みながらぺろぺろと舌で舐め取ると彼の体が揺れた。
くすぐったそうにしている。
そのまま鎖骨をすーっとなぞり、くぼんだ場所のクリームをちゅっちゅっと音を立てて吸い上げた。
「あ、やめ……キンタロー」
「ここはくすぐったくないんだな」
顔を落として滑らかな胸に頬を当てる。
ど、ど、どと速く鼓動を刻むシンタローの心音が耳に響いた。
赤ん坊が母親に抱かれるような体勢で彼の胸の尖りに舌を伸ばすとシンタローはさらに体を揺らした。
クリームに隠されて小さな盛り上がりになっている乳首に吸い付くとシンタローはぎゅっと髪を掴んでくる。
「あ、ん……。う…ふ、やめ」
白いクリームを舐めてぷくっと膨らんでいるそこを吸い付くとシンタローは反応した。
このケーキと同じだ。
白いところからうす赤くはりつめた蕾が舐めるたびにじわじわと現れてくる。
ちゅ、ちゅと音を立てて吸うとシンタローは顔を覆った。
「な!あ、やめ……この…あ、」
頬を寄せていた右の胸もついでにかるく弄ってやると彼は非難の声を上げる。
やだ、と顔を覆って恥ずかしそうにしている彼が愛しい。
クリームを枕元に置いた包みから掬い取り、覆っていた顔から手を引き離させた。彼の指に纏わりつかせる。
そのまま口に含ませてやるとシンタローは目をとろんとさせた。
「甘くてうまいだろう。指でもしゃぶっていろ」
もう一度、クリームを掬い取って彼の胸に擦り付ける。
再び、乳を吸い始めるとシンタローは指をしゃぶりながら喘いだ。
悩ましいため息を吐く彼の全身は熱を帯びている。
腹に塗ったクリームがとろり、と臍に流れ込んでいる。
胸に吸い付くのはやめて、流れ落ちる溶けたクリームを急きとめようと臍の下から舐め上げるとシンタローは悲鳴を上げた。
「アッ、ア……ン!!」
臍のくぼみを舌先でつつくとシンタローは震えた。
その少し下部へと視線を落とすと彼自身はすでに熱を帯び、じわじわと勃ちあがっている。
それをクリームでぬめる手で絡めとると「ひっ」とシンタローが息を呑んだ。
「舐めているだけなのにもうこんなんになっているんだな」
腰を深く割り込ませて、彼の足を俺の背へと掲げる。
ちょうど子どものオムツ替えのような姿勢になった。シンタローは浮いた足をぴくぴくと震わせた。。
もうひとかけらになってしまったクリームを手にとって彼のモノと奥ずく秘所へと塗り込める。
ぬるぬるした手で握り込んだまま、口に含むとシンタローはびくっと大きく反応した。
「んあッ!!キンタロー!」
白いクリームでべたべのシンタロー自身はすでに達してしまったように見える。
ぬるぬると滑る手で押さえながら、先端に吸い付くと甘さとともに滲み出た彼の蜜が口に広がる。
少しの苦味がクリームの味をアンバランスに壊していく。
けれども、それには構わずにぬめりつく指にもたついた愛撫を施す。
シンタローはしゃぶっていた指を噛み締めながら必死で耐えていた。
乳首に与えていた刺激よりも強く吸い付く。
ぬちゃぬちゃと濡れた音を響かせながら揉みしだくとシンタローは涙を流している。
指を口に入れたまま声にならない喘ぎを絶えず零し、彼の口元は唾液ででろでろになっていた。
クリームの味が薄れ、シンタロー本来の味が口腔を満たす頃合になると彼は「もうっ……はやく、もっ…」と泣きながら懇願し始める。
クリームを塗り込んだまま放置していた彼の秘所はぱくぱくと欲しがるようにひくついている。
真っ白いクリームはシンタロー自身がとめどなく流すカウパー液で少しゆるくなっていた。
張り詰めたシンタロー自身を口腔に含んだまま、左手の指をぬぷっと秘所に差し込む。
自身の熱で温められ、ひくひくと蠢いていたソコはクリームの滑りもあって楽に進入した。
「あっ…ソコ…ふ、い、い。ああ…キンタロー」
早くとねだるように腰をシンタローは押し付ける。
体などとっくに何度も重ねあっている。
さして抵抗も見られず、にゅぷにゅぷと指を奥へと差込み、かき回す様に動かすとシンタローのモノが口腔で震えた。
指を差し込む動きをやめずに先端の敏感な場所を舌でつつき、歯をやんわりと立てる。
「ひっ!や、アアッ!アッ、ア、ァ……」
その途端、シンタローは刺激に耐えられずに蜜を溢れ出させた。
口腔に流れ込む彼の蜜を余さず喉に流し込む。
「あ、飲む…な、やあ、っつ、ふ、あ…」
シンタローはいやいやをするように首を振り、俺の行動を止めようと拒否した。
けれどもびくびくと震え、放出される蜜の奔流は止められない。
ごきゅ、ごきゅっと喉を鳴らし、最後の一滴まで無駄にしないように飲むとシンタローは俺の背へと掲げられた足を弛緩させ、ばたっと落とした。
足は横に広げられ、ベッドに落としたときの反動で膝が軽く曲がっている。
達したばかりの、けれども差し込んだままの指で再び勢いを取り戻す自身と指に翻弄される秘所を曝け出し、シンタローはふるふると頭を振りながらか細い声で俺を呼んだ。
「も、来いよ……いいから。キンタロー」
「シンタロー」
指を引き抜いて、シンタローが広げている足の、ちょうど腿のあたりを掴む。
腰を深く進めるとシンタローは期待に喘いだ。
ぐっと体を割り込ませて待ち望んでいる場所へと高ぶった自身に手を添えて、侵入を開始する。
クリームを刷り込まれ、ぐちゃぐちゃにやわらかくなったソコは俺を拒みはしなかった。
「シンタロー」
少しだけきつそうに眉をきゅっと顰める彼にキスを落とす。
目元にもキスを落とし、流れていた生理的な涙の痕を舌先で丁寧に舐めるとシンタローの睫が震えた。
塩辛いはずの涙も彼が流したものだというだけで甘く感じる。
ぐっと体をさらに奥へと進めると、シンタローのソコは収縮しながら俺をさらに引き込もうと迎え入れる。
「アッ!ひっ、ああ、あ…ああ」
きゅっと俺を締め付け、捻り込まれる衝撃に耐えようとするシンタローの顔は再び涙に濡れている。
だらしなく唾液も少し口の端から溢れていた。
俺の背へとかじりつき、爪を立てる彼を攻め立てながら顔のそこここにキスを落とす。
がむしゃらに彼が悲鳴を上げるところに突き立てるとシンタローは再び涙を流した。
頬から首の後ろへと流れていく涙を舌で掬う。
腰を揺らし、突きたてる度にシンタローは喉を仰け反る。
ぬるめく熱が俺に絡みつく。
ぐちゅぐちゅとぬめりを捏ねる音が響く。
そのたびに立てられた爪に力がこもり、甘い痛みが断続的に背に与えられえる。
溢れ出す思いと熱が高まり、どうしようもないほど気分が高揚してきた。
疾走する動きは止まらない。とめどなく俺を追い込むシンタローの熱と甘い声とが煽り、高みへと押し上げていく。
「シンタロー」
吐き出す声も熱を帯びている。熱い吐息が声とともに彼の顔を掠めるとシンタローは背に回していた腕を首にずらした。
「シンタロー」
「い、ア…アッ!ああっ。ん…きんたろっ、きんたろっ」
彼がもっとも反応を返す場所を抉るとシンタローはぎゅっと抱きしめる力を強くする。
彼の長い髪を掻き分けて後頭部に手を差し込み、「ソコ、いい……うあ…あ」と喘ぎながらいやいやと顔を振るシンタローの顔を固定する。
「あ、見んな…よ。きんたろっ!ふぅ、ん…い、ああ」
キンタローと呂律の回らない声を出すシンタローに深く口づける。
「ん、ふぅ。ん……むぅ…」
シンタローの舌は甘い。
クリームの味などもう消えているはずなのに甘い。ケーキよりも甘く俺の舌を蕩かす。
熱い口内を蹂躙し、絡み合い、互いに味わう。
彼の目は潤んだ熱で沸いた涙で蕩けそうになっていた。
熱いくちづけを終えて、物足りなそうにしているシンタローの瞳に舌を伸ばす。
黒い目が揺れた。
甘い涙が落ちていく。
髪を分けていた手を下へと落とし、彼の腰を掴むとシンタローの瞳が揺らいだ。
また、甘い涙が零れ落ちていく。
「シンタロー、好きだ」
掴んだ腰をぐっと引き寄せると彼の睫が震えた。睫をくるんでいた涙がほろりと落ちた。
「キンタロッ!アッアッー、やあぁ」
捻り込み、抉る角度を浅く深く急速にチェンジする。
ど、ど、どと合わせられた胸から互いの心音が震える。
深く繋がった場所はどくどくと体中の血液が集まっているかのように感じられる。
熱い快楽が途切れぬ波となって襲ってくる。
シンタローが好きだ。彼を深く愛している。
その気持ちとともに彼と共有する甘い熱が押し寄せ、高波を起こし、引き換えせぬところまで押し上げる。
もう、彼をいたわろうとやんわりと動くことなどできなかった。
打ち付ける腰を、揺さぶる動きをなにもかもがスピードを上げていく。
浅く抉り、じんわりとした悦楽を与えていくことなどできない。
深く、深く、彼のすべてを喰らい尽くそうと情動のまま突き進む。
「ああっ、あっ…きんたろー、きんたろー!!」
がむしゃらに彼を動かし、キスをしかけ、雨のようにシンタローに降らせる。
どこにくちづけてもシンタローは甘かった。
思うが侭に翻弄しても彼は甘く啼き、俺を呼んだ。
「シンタロー、愛している」
好きだ、とか何度も彼の名前を呼んだりしながら腰を打ち付けるとシンタローはがくがくと首を振り、首肯する。
ためられた涙も唾液もなにもかもに構わず、彼は俺を呼ぶ。
「きんたろっ、お、れも……」
愛していると彼が言おうとした言葉は俺の口の中に消えた。
甘い言葉とともに彼の唾液を飲み下すとシンタローは目を閉じた。
眉根を寄せ、震える睫が終息の時を告げている。
「シンタロー」
閉じられた瞼にやさしくキスを落として、一番深く彼の内を抉った。
「あっあっ!あ、い、ああ……」
びくびくと彼の体が弛緩する。
伸びた足もぴくぴくと小刻みに震え、仰け反った喉も胸も上下し、体中を収縮させている。
俺を銜え込んでいた彼の奥づく場所もひくつきを止めなかった。
ぬめった彼自身が何度も震え、甘い彼の熱を放つ。
止められない熱の放出にシンタローの体はびくびくとした反応を返す。
腹と胸を少し白く飾った彼の熱が抱き寄せた俺の体にぬちゅっと広がった。
シンタローの締め付けにもう我慢できずに彼の中へと俺も熱を解放していく。
どく、どく、どく。
体中を流れる血液と心音のように熱い波を起こしながら、彼に注ぎ込む。
すでに達していたというのにシンタローは身の内でそれを感じて再び体を震わせた。
きゅっと窄まる彼の奥に搾り取られ、呻くとシンタローは甘い息を零した。
***
つながりを解いても体を離さずに抱き合っているとシンタローが上体を起こし、俺から離れた。
もう少し余韻を楽しみたいのに、と不満そうな表情を浮かべると彼は笑う。
「今、何時かと思ったんだよ」
近くには時計が見当たらない。
彼は起き上がってしまうのだろうか、と見ていると彼は再び体を横たえる。
「シンタロー?」
「も、少しこのままでもいいよな」
顔を見合わせたまま、互いにふっと口をゆるめる。
なんだ、同じ事を考えていたんだな。
じっと彼を抱いたまま髪を撫でる。彼の髪は長い。それに滑らかで手触りもよかった。
ひと房だけ口に持ってくると甘い香りがした。
ケーキの甘さではない。バスタブに撒かれていた花だろう。
髪の先にくちづけるとシンタローはそれをひったくった。
「おまえ、ホント俺の髪好きだよな」
しょっちゅうやる、クセになってるんじゃねえの、と膨れる彼は可愛い。
「シンタローが甘いから」
どこでも味わってみたくなるんだ、と額にキスをすると彼は不思議そうな顔をした。
「好きだ。シンタロー、誰よりも愛している」
抱きしめる力がぎゅっと強くなる。
照れくさそうな顔をして何も言わない彼に笑みが大きくなる。
「愛している。それから……誕生日おめでとう」
頬にちゅっと軽いキスをして、祝福をすると彼は笑った。
「おまえもだろ。誕生日おめでとう、キンタロー」
彼の声は甘い。
くすくすと笑いながら小さなキスを互いに落としていく。じゃれあい、体の位置を変えてベッドの上を転げ回る。
シンタローはどこも甘い。
キスを降らすたびに甘さと愛しさで幸せな気持ちになる。
「好きだ」と言うとシンタローは「馬ー鹿」と一言言った。そんなこと分かってる、と俺の髪や頬にキスをくれた。
愛している。
それから、誕生日おめでとう、シンタロー。
じゃれあい、ふざけまわったまま甘い夜が更けていく。
シンタローは甘い。
そして、誰よりも愛しかった。
END
けれども、ガンマ団から離れて誕生日を迎えるのは初めてのことだった。
*
「あ~!くそっ。値切られるなんてな!!」
シンタローは髪をかき回しながら、ノブを回した。
カード式のキーが蛍光色に点滅しているのが夜目にも分かる。
ドアが開くとすぐにそれは引き抜かれ、色を失ったがそんなことどうだっていい。
「まあ、そういうな。あれ以上請求したら商売敵に持っていかれる」
この国は財政難なんだ、と宥めながら従兄弟のあとに続いて部屋に入る。
ドアを閉めて、内鍵も下ろす。
シンタローは「財政難!俺たちを最上階のスイートに泊めてかよ」とジャケットを乱暴に脱ぎながら言った。
「三ツ星だろうが国と癒着しなければ経営できないだろう。ここは経済統制された国だ」
「せめて、もう少しランク落としていいっていうのになあ」
落ちつかねえよ、とシンタローは言いながら靴を脱いだ。
「そうはいかないだろう。警備に穴があるのは危険だ。おまえに何かあったら困る」
「……にしたってスイートはねえだろうよ」
ジャケットを脱ぎ、ついでにベッドへと放り投げられたシンタローのものも一緒にクローゼットへ仕舞い込む。
彼の方はといえば、スリッパを履かず裸足のまま冷蔵庫を物色していた。
小さな冷蔵庫から飲み物を取り出しているシンタローを置いて、バスルームの扉を開く。
脱衣所と洗面台は朝とは違いきれいに片付いていた。
奥のガラス扉を開き、スリッパを脱いで裸足で進む。
金色の猫足がついたバスタブはなだらかな曲線を描いていて、優雅だった。
バスタブにためられた湯は一定の温度を保ち、いつ入ってもいいように適温が保たれている。
今朝、通訳にバスタブには何も入れるなと頼んだが覗き込むと改善はされていない。
昨夜と同じく、色とりどりの薔薇の花弁が浮いていた。
「シンタロー」
扉を閉めて、彼のほうへと向かうとシンタローはなにかを読んでいた。
ちょうど掌に収まるくらいの小さなカードだ。
「あれほど注意したのに風呂に花があったぞ」
「そうかよ」
ろくに聞いていない。
昨日「甘いにおいがウゼエ!!」と騒いだのはおまえだろう、と言ってやろうと近づくとそれに気づいたシンタローが「ほらよ」とカードを投げて寄越した。
「見てみろよ。俺たち二人に誕生日カードだ」
寄越されたそれは金色の文字で俺たち二人の名前と祝福の言葉が印字されている。
そういえば、誕生日だったなと思いカードを眺めているとシンタローはさらに「ケーキもあるってさ」と言った。
「ケーキ?」
「ああ。冷蔵庫にあるって最後の方に書かれてる」
ああ、本当だ。
少し小さめの文字で書かれている。
わざわざ、そんなサービスはしなくてもいいんだが。
「なあ、食おうぜ。さっきの会食、デザートはシャーベットだったから平気だろ」
「あまり甘いものを夜取るのはよくない」
「誕生日だしいいだろ。今日だけだから太らねえよ」
酒だって同じだろ、とシンタローは言った。
「それはそうだが……」
二人だけの誕生日なんてはじめてだろ。
お祝いしようぜ、とシンタローは口にする。
「少しならいいだろう」
仕方なく譲歩するとシンタローはにやっと笑った。
***
食べる前にとりあえず風呂に入ったほうがいいだろうと提案するとシンタローは承諾した。
彼のことだ。おそらく、ケーキだけじゃなくて酒も開けるに決まっている。
さっき、冷蔵庫を漁っていたときは結局ヴォルビックを開封したようだったが、ここにはなんでも揃っている。
飲み始めたらシンタローも俺も止まらない。
とくに明日は兵器工場の査察だけだった。どうしようもなく気分が悪かったら部下に頼むことも出来る。
久しぶりに彼と飲み明かすのもよいと思った。
「じゃあ、先に入ってきてくれ。俺は今日のことをまとめて本部にメールをしている」
「なんでだよ。一緒に入ろうぜ」
持ってきたノートパソコンと書類の類を用意しようとすると、シンタローはそれに対して怪訝そうな声を上げた。
「別に帰ってからでも間に合うだろう。第一、誕生日だぜ。
しかもここには煩い親父はいない。俺とおまえだけなんだぜ。楽しむにはピッタリだろ?」
ふ、と意味深な笑みを浮かべながらシンタローは言った。
一緒に入ってしまえばそれだけでは収拾がつかなくなる。
艶めいた色を瞳に浮かべたシンタローにそれでも、
「明日も仕事だぞ」
と酒だけならばまだしも、体を重ねてしまえば明日が辛いだろうと言い募っても彼は引き下がったりはしなかった。
「たまには甘い夜も過ごしてみたいんだよ。誕生日だしな、それとも嫌なのかよ?」
そこまで言われてしまえば頷くしかない。
もっとも、こんなチャンスは滅多にないのだ。普段だったら誕生日に二人で過ごすことなど出来ない。
誰かしらが互いの傍にいる。
甘い夜を、と所望されれば叶えるしかなかった。
誕生日のシンタローの望みは叶えてやらなくてはならない。
***
バスルームのドアを開けるとシンタローは服を脱ぐことはせずに、先程の俺と同じようにことバスタブを確認しに行った。
扉を開け、そこを覗き込むと彼は眉を顰めた。
「なんだ、ちっとも変わってねえじゃん。花が入っている」
とバスタブを覗き込みながら文句を言う彼にため息が出る。
さっき言ったじゃないか。聞いていなかったんだな。
言ったじゃないか、と思っているとシンタローはうすい白い紙に包まれた石鹸を手にとっていた。
包みを開け、バスタブの奥の壁についている小物入れに手を伸ばして戻している。
丸めた白い紙を左手に、右手には石鹸を持つ彼は不安定だった。
入るときにやればいいのに、馬鹿なやつだ。
「落ちるぞ」
彼のシャツには湯が少し染みていた。腰を支え、引き戻してやるとシンタローは悪戯っぽく笑った。
「落ちても風呂に入るにはかわりないだろ」
「服が濡れる」
ホテルでクリーニングに出すのは面倒だ、と口にするとシンタローは笑った。
「そうだな。じゃあ、濡れないようにおまえが脱がせろよ」
じゃれ合いながら互いの服を剥ぎ取り、邪魔になったそれらを籠に放り込もうとすぐ隣の脱衣所へと戻る。
シンタローはすでにバスタブの中だ。
二人分の衣料とはいえ、大した嵩ではない。彼の手を煩わす必要はないのだ。
シャツや下着類はそのまま籠に放り込み、ズボンだけは皺にならないように折り目に沿って畳む。
手早く作業を終えて、シンタローの元へと戻ると彼はゆったりとバスタブの縁に足を伸ばしていた。
美しいモザイクのタイルに溢れた湯と花びらが模様を描いている。
「シンタロー、石鹸をくれ」
促すと彼は放り投げて寄越した。
まだ使っていないから手の中で滑らずにきちんとキャッチできる。
彼が温まっている間に適当に洗ってしまおうとシャワーを捻る。
シンタローは機嫌よく鼻歌を歌っていた。
「シンタロー、交代しよう」
香りつきの風呂は好きではないが仕方がない。
シンタローはバスタブから立ち上がった。けれども、そこをどこうとはしない。
「シンタロー?」
「一緒に入ろうって言っただろ。早く来いよ」
仕方がない。今日は徹底的に甘やかすと決めたわけだし、と思いバスタブに足を入れる。
ぬるくも熱くもない。温度はちょうどよかった。
二人分の体積で湯と花びらが流れ出す。
同じようにバスタブの中で立ったままのシンタローを抱き寄せると彼は甘えるように俺の名前を呼んだ。
互いに向かい合いシンタローが上に乗り上げた格好でバスタブの背に凭れかかる。
湯に沈んでいないあらわになった彼の背中に黄色と白の花びらが付着していたのに気づいて指で払ってやるとシンタローはくすぐったそうに身じろいだ。
「なあ。いつもみたいにおまえが洗ってくれよ」
いつも一緒に入ったときは俺が洗ってやると怒るくせに、シンタローはそう言った。
バスタブに浸かるときに戻しておいた石鹸を手に取るとシンタローは俺の額にキスを落とす。
「よく洗えよな。あとで食わせてやるから」
石鹸を泡立てて、鎖骨のラインをなぞり上げるとシンタローはくすぐったいと文句を言った。
取り合わずにそのまま下へと指を滑らして女の胸を揉むようにやわやわと胸を触りながら泡を擦り付けると彼は怒った。
「そういうヤらしい洗い方はやめろよな!すっと洗えばいいんだよ!!」
別に照れることはないじゃないか。
まあ、怒らせるのはよくない。
胸から腰までのラインをごく普通に洗い始めるとシンタローは「それでいいんだよ」とぼそっと言った。
これでは俺としてはあまりおもしろくないんだが、という言葉は飲み込んで鍛えられた腹筋を触るとシンタローの睫が震えた。
くすぐったいんだろう。
臍をやさしく人差し指で撫でたときは睫だけではなく、肩も揺れた。
「次、背中な」
きゅっと首にかじりついてシンタローから注文が入る。
ここからがおもしろいところだったがまあいい。
抱きしめた状態で背中のくぼみをなぞるとシンタローはぴくっと反応した。
もう一度石鹸を軽く泡立てて、首筋へと指を落とし、なだらかな背中を丹念にマッサージをするように擦っていく。
すべすべした腰から尻にかけてを円を描くように擦りながら洗うと、シンタローはじとっとした目つきで「キンタロー」と言った。
それには取り合わず谷間を割って彼の秘所をやさしくプッシュする。
そのまま中も洗ってやろうと指でつつこうとするとシンタローは吠えた。
「キンタロッ!!そこあんまりいじんじゃねよッ」
「どうして」
別にいいじゃないかと言うと彼は「ダメだ。おまえが欲しくなる」と噛み付くようなキスを仕掛けながら言う。
彼の舌に応えようとさらに深くくちづけようとする。
けれども、シンタローはすっと離れた。
「もういい。こっから先は自分でやる」
立ち上がりシンタローはタイルへと足を落とす。
シャワーを捻り、俺から取り上げた石鹸を使う彼に思わず笑いが漏れた。
べつにここでコトに及ぼうとする気はなかったんだが。警戒されたのか。
それとも単なる意地悪なのか。
ふっとため息を吐くとシンタローはべえっと舌を出して笑った。
***
「もう出る、おまえもシャワー浴びろよ。花ついてるぞ」とシンタローは言ってシャワーを俺に寄越した。
彼が石鹸を戻しタオルで顔を拭っている間にさっと体を流す。
花のにおいは湯で流しても体に沁みついてとれなかった。
シンタローに続いて脱衣所へと入り、乾いたタオルで彼を軽くぬぐってやった後、ローブを着せてやろうとしたが拒否されてしまった。
濡れた足でぺたぺたと歩き、シンタローは全裸のまま部屋へと戻る。
体を拭いているのが面倒になってローブを羽織って追いかけていくと彼は冷蔵庫を覗き込んでいた。
全裸のまま、四つ這いのような格好で小さな冷蔵庫からなにかを取り出すシンタローにくらくらした。
そういう格好はやめてくれ。
「お!これだな、多分!!」
あった、あったとウキウキした口調で銀色の包みを取り出し、シンタローは満面の笑みで振り返った。
「キンタロー!!ケーキ食おう」
包みを手にしてはしゃぎながらシンタローはベッドへとダイブした。それから彼は、
「おまえフォーク知らねえ?冷蔵庫になかったから探せよ」
と言いながらうつぶせの姿勢でリボンを解き、包みを開けている。
「シンタロー」
「なんだよ?あったか?」
きれいに包装紙を開き、うすい白いガーゼのような包み紙の端を持ったままシンタローは言う。
俺を見ようともしない。ケーキにすっかり夢中になっている。
だが、ぎしっとベッドを軋ませるとシンタローは体を起こして俺のほうへと向いた。
「なに?フォークなかったのかよ?」
じゃあ、手か。まあレアチーズケーキみたいだしいいよな、とシンタローは俺に包まれたままのケーキを見せる。
「結構うまそうだぜ。ほら、キンタロー、あ~ん」
指に少し掬い取ってシンタローはそう言った。
突きつけられた彼の指をぱくっと口に入れる。
やわらかな酸味と甘さを舐め取るとシンタローはくすぐったそうに笑った。
「ちゃんと舐めろよ。なあ、うまい?」
「ああ」
それじゃ、俺も食おうとケーキを指で掬い舐め取った。ふわと溶ける食感に目を細めている。
半分こにしてやるからな、と小さめのケーキをぱくつきながらシンタローは言った。
その表情はかわいい。
「うまいからグンマに買ってってやるか」
と彼は従兄弟のことを口にした。
至福といった顔でシンタローは蝕している。白い雪のようなレアチーズから赤いジャムが流れた時は歓声を上げて喜んだ。
「シンタロー」
「なんだよ。勝手に掬って食えよ」
ほら、こっから先がおまえの分と指しながらシンタローは言った。
「いや、ケーキじゃない」
「じゃあ、なんだよ」
いらねえんなら俺が食うぞ、と口を尖らせた彼の頬にはクリームがついている。
それを指先で拭ってやると彼は合点した表情を浮かべた。
「なんだ口で言えよ」
ほら、おまえも食えよとシンタローは勧める。けれども首を振ると彼は「甘いのいやか?酒にするか?」と尋ねた。
「ケーキよりも酒よりもおまえが食いたい」
あとで食わせてくれるといっただろう、と手首を掴むとシンタローは「仕方ねえな」と俺に言った。
めずらしい。
彼はいつもより機嫌がいい。いつもだったら「ふざけんな」とか「すぐにサカるな!!少し待てよッ」とか色々と口にする。
だが、別にいい。願ってもなかなか訪れない好機だ。
彼からケーキを取り上げて押し倒すとシンタローは人が悪い笑みを浮かべた。
「そのケーキ食い終わったら突っ込ませてやるよ」
残りはおまえの分だから、と笑いながら言うシンタローが少し憎らしい。
「いいだろう」
承諾してケーキの包みを開けるとシンタローはおや?という顔をした。
「めずらしいな。おまえあんまりそういうの食わないのに。手伝ってやろうか?」
俺の体の下にいたシンタローは上体を起こしながらそう口にした。願ってもないことだ。
「そうしてもらおうか」
手伝ってくれ、と言うとシンタローはぱっと顔を輝かせた。よほど気に入ったのだろう。
帰りにはグンマと彼の分を買うのを忘れないようにしないと。
クリームを掬い取って口に含む。
ほのかな甘みに口腔が満たされているままシンタローに口づけると彼はやられたという顔をした。
「ん……むぅ。ふ……」
クリームを舌で舐めとり、味わうようにシンタローの舌が動き回る。
キスをやめて、瞼にくちづけを落とすと彼はじっと睨んだ。
「ずりぃぞ、キンタロー」
「手伝ってくれるんだろう。それにシンタローの方が食いたい」
「ったく。しょうがねえなぁ」
勝手にしろよ、と照れくさそうにシンタローは吐き捨てた。
お許しが出たのを幸いに、クリームをさらに掬い取って彼の体に塗りつけていく。
シンタローはべたべたとクリームが塗りつけられるのを口を尖らせて見ていた。
「ちゃんと全部舐めろよ」
それとあとで風呂な、と彼は要求を重ねた。そんなことあたりまえじゃないか、と思うも素直に「分かった」と言うと彼はぷいと顔を背けた。
シンタローの上半身はクリームが擦り付けられ、ところどころ白くなっている。
彼の体に乗り上げてふい、と背けた顔を覗き込むと指でクリームを塗りながらやわらかく体をなぞっていたことで目は少し潤んでいた。
「シンタロー。好きだ」
好きだ、愛していると繰り返し黒い目の縁にやさしいキスを落とすと彼は俺の髪を掴んだ。
「ん……。はやく食えよ」
照れくさそうにシンタローは身をよじった。
彼も俺に愛していると言ってくれないのが少し残念だった。
ちゅ、と喉元に齧りついて肩を甘く噛むとシンタローは小さい声を漏らした。
左肩にはクリームが少しついている。
甘く噛みながらぺろぺろと舌で舐め取ると彼の体が揺れた。
くすぐったそうにしている。
そのまま鎖骨をすーっとなぞり、くぼんだ場所のクリームをちゅっちゅっと音を立てて吸い上げた。
「あ、やめ……キンタロー」
「ここはくすぐったくないんだな」
顔を落として滑らかな胸に頬を当てる。
ど、ど、どと速く鼓動を刻むシンタローの心音が耳に響いた。
赤ん坊が母親に抱かれるような体勢で彼の胸の尖りに舌を伸ばすとシンタローはさらに体を揺らした。
クリームに隠されて小さな盛り上がりになっている乳首に吸い付くとシンタローはぎゅっと髪を掴んでくる。
「あ、ん……。う…ふ、やめ」
白いクリームを舐めてぷくっと膨らんでいるそこを吸い付くとシンタローは反応した。
このケーキと同じだ。
白いところからうす赤くはりつめた蕾が舐めるたびにじわじわと現れてくる。
ちゅ、ちゅと音を立てて吸うとシンタローは顔を覆った。
「な!あ、やめ……この…あ、」
頬を寄せていた右の胸もついでにかるく弄ってやると彼は非難の声を上げる。
やだ、と顔を覆って恥ずかしそうにしている彼が愛しい。
クリームを枕元に置いた包みから掬い取り、覆っていた顔から手を引き離させた。彼の指に纏わりつかせる。
そのまま口に含ませてやるとシンタローは目をとろんとさせた。
「甘くてうまいだろう。指でもしゃぶっていろ」
もう一度、クリームを掬い取って彼の胸に擦り付ける。
再び、乳を吸い始めるとシンタローは指をしゃぶりながら喘いだ。
悩ましいため息を吐く彼の全身は熱を帯びている。
腹に塗ったクリームがとろり、と臍に流れ込んでいる。
胸に吸い付くのはやめて、流れ落ちる溶けたクリームを急きとめようと臍の下から舐め上げるとシンタローは悲鳴を上げた。
「アッ、ア……ン!!」
臍のくぼみを舌先でつつくとシンタローは震えた。
その少し下部へと視線を落とすと彼自身はすでに熱を帯び、じわじわと勃ちあがっている。
それをクリームでぬめる手で絡めとると「ひっ」とシンタローが息を呑んだ。
「舐めているだけなのにもうこんなんになっているんだな」
腰を深く割り込ませて、彼の足を俺の背へと掲げる。
ちょうど子どものオムツ替えのような姿勢になった。シンタローは浮いた足をぴくぴくと震わせた。。
もうひとかけらになってしまったクリームを手にとって彼のモノと奥ずく秘所へと塗り込める。
ぬるぬるした手で握り込んだまま、口に含むとシンタローはびくっと大きく反応した。
「んあッ!!キンタロー!」
白いクリームでべたべのシンタロー自身はすでに達してしまったように見える。
ぬるぬると滑る手で押さえながら、先端に吸い付くと甘さとともに滲み出た彼の蜜が口に広がる。
少しの苦味がクリームの味をアンバランスに壊していく。
けれども、それには構わずにぬめりつく指にもたついた愛撫を施す。
シンタローはしゃぶっていた指を噛み締めながら必死で耐えていた。
乳首に与えていた刺激よりも強く吸い付く。
ぬちゃぬちゃと濡れた音を響かせながら揉みしだくとシンタローは涙を流している。
指を口に入れたまま声にならない喘ぎを絶えず零し、彼の口元は唾液ででろでろになっていた。
クリームの味が薄れ、シンタロー本来の味が口腔を満たす頃合になると彼は「もうっ……はやく、もっ…」と泣きながら懇願し始める。
クリームを塗り込んだまま放置していた彼の秘所はぱくぱくと欲しがるようにひくついている。
真っ白いクリームはシンタロー自身がとめどなく流すカウパー液で少しゆるくなっていた。
張り詰めたシンタロー自身を口腔に含んだまま、左手の指をぬぷっと秘所に差し込む。
自身の熱で温められ、ひくひくと蠢いていたソコはクリームの滑りもあって楽に進入した。
「あっ…ソコ…ふ、い、い。ああ…キンタロー」
早くとねだるように腰をシンタローは押し付ける。
体などとっくに何度も重ねあっている。
さして抵抗も見られず、にゅぷにゅぷと指を奥へと差込み、かき回す様に動かすとシンタローのモノが口腔で震えた。
指を差し込む動きをやめずに先端の敏感な場所を舌でつつき、歯をやんわりと立てる。
「ひっ!や、アアッ!アッ、ア、ァ……」
その途端、シンタローは刺激に耐えられずに蜜を溢れ出させた。
口腔に流れ込む彼の蜜を余さず喉に流し込む。
「あ、飲む…な、やあ、っつ、ふ、あ…」
シンタローはいやいやをするように首を振り、俺の行動を止めようと拒否した。
けれどもびくびくと震え、放出される蜜の奔流は止められない。
ごきゅ、ごきゅっと喉を鳴らし、最後の一滴まで無駄にしないように飲むとシンタローは俺の背へと掲げられた足を弛緩させ、ばたっと落とした。
足は横に広げられ、ベッドに落としたときの反動で膝が軽く曲がっている。
達したばかりの、けれども差し込んだままの指で再び勢いを取り戻す自身と指に翻弄される秘所を曝け出し、シンタローはふるふると頭を振りながらか細い声で俺を呼んだ。
「も、来いよ……いいから。キンタロー」
「シンタロー」
指を引き抜いて、シンタローが広げている足の、ちょうど腿のあたりを掴む。
腰を深く進めるとシンタローは期待に喘いだ。
ぐっと体を割り込ませて待ち望んでいる場所へと高ぶった自身に手を添えて、侵入を開始する。
クリームを刷り込まれ、ぐちゃぐちゃにやわらかくなったソコは俺を拒みはしなかった。
「シンタロー」
少しだけきつそうに眉をきゅっと顰める彼にキスを落とす。
目元にもキスを落とし、流れていた生理的な涙の痕を舌先で丁寧に舐めるとシンタローの睫が震えた。
塩辛いはずの涙も彼が流したものだというだけで甘く感じる。
ぐっと体をさらに奥へと進めると、シンタローのソコは収縮しながら俺をさらに引き込もうと迎え入れる。
「アッ!ひっ、ああ、あ…ああ」
きゅっと俺を締め付け、捻り込まれる衝撃に耐えようとするシンタローの顔は再び涙に濡れている。
だらしなく唾液も少し口の端から溢れていた。
俺の背へとかじりつき、爪を立てる彼を攻め立てながら顔のそこここにキスを落とす。
がむしゃらに彼が悲鳴を上げるところに突き立てるとシンタローは再び涙を流した。
頬から首の後ろへと流れていく涙を舌で掬う。
腰を揺らし、突きたてる度にシンタローは喉を仰け反る。
ぬるめく熱が俺に絡みつく。
ぐちゅぐちゅとぬめりを捏ねる音が響く。
そのたびに立てられた爪に力がこもり、甘い痛みが断続的に背に与えられえる。
溢れ出す思いと熱が高まり、どうしようもないほど気分が高揚してきた。
疾走する動きは止まらない。とめどなく俺を追い込むシンタローの熱と甘い声とが煽り、高みへと押し上げていく。
「シンタロー」
吐き出す声も熱を帯びている。熱い吐息が声とともに彼の顔を掠めるとシンタローは背に回していた腕を首にずらした。
「シンタロー」
「い、ア…アッ!ああっ。ん…きんたろっ、きんたろっ」
彼がもっとも反応を返す場所を抉るとシンタローはぎゅっと抱きしめる力を強くする。
彼の長い髪を掻き分けて後頭部に手を差し込み、「ソコ、いい……うあ…あ」と喘ぎながらいやいやと顔を振るシンタローの顔を固定する。
「あ、見んな…よ。きんたろっ!ふぅ、ん…い、ああ」
キンタローと呂律の回らない声を出すシンタローに深く口づける。
「ん、ふぅ。ん……むぅ…」
シンタローの舌は甘い。
クリームの味などもう消えているはずなのに甘い。ケーキよりも甘く俺の舌を蕩かす。
熱い口内を蹂躙し、絡み合い、互いに味わう。
彼の目は潤んだ熱で沸いた涙で蕩けそうになっていた。
熱いくちづけを終えて、物足りなそうにしているシンタローの瞳に舌を伸ばす。
黒い目が揺れた。
甘い涙が落ちていく。
髪を分けていた手を下へと落とし、彼の腰を掴むとシンタローの瞳が揺らいだ。
また、甘い涙が零れ落ちていく。
「シンタロー、好きだ」
掴んだ腰をぐっと引き寄せると彼の睫が震えた。睫をくるんでいた涙がほろりと落ちた。
「キンタロッ!アッアッー、やあぁ」
捻り込み、抉る角度を浅く深く急速にチェンジする。
ど、ど、どと合わせられた胸から互いの心音が震える。
深く繋がった場所はどくどくと体中の血液が集まっているかのように感じられる。
熱い快楽が途切れぬ波となって襲ってくる。
シンタローが好きだ。彼を深く愛している。
その気持ちとともに彼と共有する甘い熱が押し寄せ、高波を起こし、引き換えせぬところまで押し上げる。
もう、彼をいたわろうとやんわりと動くことなどできなかった。
打ち付ける腰を、揺さぶる動きをなにもかもがスピードを上げていく。
浅く抉り、じんわりとした悦楽を与えていくことなどできない。
深く、深く、彼のすべてを喰らい尽くそうと情動のまま突き進む。
「ああっ、あっ…きんたろー、きんたろー!!」
がむしゃらに彼を動かし、キスをしかけ、雨のようにシンタローに降らせる。
どこにくちづけてもシンタローは甘かった。
思うが侭に翻弄しても彼は甘く啼き、俺を呼んだ。
「シンタロー、愛している」
好きだ、とか何度も彼の名前を呼んだりしながら腰を打ち付けるとシンタローはがくがくと首を振り、首肯する。
ためられた涙も唾液もなにもかもに構わず、彼は俺を呼ぶ。
「きんたろっ、お、れも……」
愛していると彼が言おうとした言葉は俺の口の中に消えた。
甘い言葉とともに彼の唾液を飲み下すとシンタローは目を閉じた。
眉根を寄せ、震える睫が終息の時を告げている。
「シンタロー」
閉じられた瞼にやさしくキスを落として、一番深く彼の内を抉った。
「あっあっ!あ、い、ああ……」
びくびくと彼の体が弛緩する。
伸びた足もぴくぴくと小刻みに震え、仰け反った喉も胸も上下し、体中を収縮させている。
俺を銜え込んでいた彼の奥づく場所もひくつきを止めなかった。
ぬめった彼自身が何度も震え、甘い彼の熱を放つ。
止められない熱の放出にシンタローの体はびくびくとした反応を返す。
腹と胸を少し白く飾った彼の熱が抱き寄せた俺の体にぬちゅっと広がった。
シンタローの締め付けにもう我慢できずに彼の中へと俺も熱を解放していく。
どく、どく、どく。
体中を流れる血液と心音のように熱い波を起こしながら、彼に注ぎ込む。
すでに達していたというのにシンタローは身の内でそれを感じて再び体を震わせた。
きゅっと窄まる彼の奥に搾り取られ、呻くとシンタローは甘い息を零した。
***
つながりを解いても体を離さずに抱き合っているとシンタローが上体を起こし、俺から離れた。
もう少し余韻を楽しみたいのに、と不満そうな表情を浮かべると彼は笑う。
「今、何時かと思ったんだよ」
近くには時計が見当たらない。
彼は起き上がってしまうのだろうか、と見ていると彼は再び体を横たえる。
「シンタロー?」
「も、少しこのままでもいいよな」
顔を見合わせたまま、互いにふっと口をゆるめる。
なんだ、同じ事を考えていたんだな。
じっと彼を抱いたまま髪を撫でる。彼の髪は長い。それに滑らかで手触りもよかった。
ひと房だけ口に持ってくると甘い香りがした。
ケーキの甘さではない。バスタブに撒かれていた花だろう。
髪の先にくちづけるとシンタローはそれをひったくった。
「おまえ、ホント俺の髪好きだよな」
しょっちゅうやる、クセになってるんじゃねえの、と膨れる彼は可愛い。
「シンタローが甘いから」
どこでも味わってみたくなるんだ、と額にキスをすると彼は不思議そうな顔をした。
「好きだ。シンタロー、誰よりも愛している」
抱きしめる力がぎゅっと強くなる。
照れくさそうな顔をして何も言わない彼に笑みが大きくなる。
「愛している。それから……誕生日おめでとう」
頬にちゅっと軽いキスをして、祝福をすると彼は笑った。
「おまえもだろ。誕生日おめでとう、キンタロー」
彼の声は甘い。
くすくすと笑いながら小さなキスを互いに落としていく。じゃれあい、体の位置を変えてベッドの上を転げ回る。
シンタローはどこも甘い。
キスを降らすたびに甘さと愛しさで幸せな気持ちになる。
「好きだ」と言うとシンタローは「馬ー鹿」と一言言った。そんなこと分かってる、と俺の髪や頬にキスをくれた。
愛している。
それから、誕生日おめでとう、シンタロー。
じゃれあい、ふざけまわったまま甘い夜が更けていく。
シンタローは甘い。
そして、誰よりも愛しかった。
END