……全く、番人のくせに転んで手首捻るなんざ、身体鈍ってる証拠じゃねぇのか?
利き手おかしくしたんじゃあ、家事もろくに出来ねぇだろうに。
「痛っ! ちょっ……! 優しくしてくださいよ! 怪我人なんっスから!」
「なぁにが怪我人だ。捻っただけだろ。」
この前包帯の礼だ。せいぜい痛がってろ馬鹿野郎。
この俺が直々に手当てしてやってるだけ、有難いと思え。
つーか、治るまで俺が家事受け持ちかよ。
嫌いじゃねぇけど……、こいつが休んでるってのが勘に障るな。
働けよ家政夫。
「酷いッス……。」
「ばぁーか、甘えてんじゃねぇ。」
掃除、洗濯、飯の仕度……やる事は山ほどあるんだ。
お前に構ってやる暇はねぇよ。
だからそういう目で見んな。……無視だ無視。
そりゃ、右手ギブスしてた時は俺も世話になったとは思ってるけどよ。
……まぁ言ってやる気はねぇ。
こいつ妙に嬉しそうだったし。
……なんか腹立つ。
「だいたい、こんな事くらいで負傷するなんざ、てめぇ、俺がいなかったらどうする気だよ。」
左手で包丁持つのか? 危なっかしい。
つーかそんな料理をパプワに出してみろ、どうなるかわかったもんじゃねぇ。
「あ……その、俺、手伝いますから。」
……あー、もう、そういうことじゃねぇんだよ。
「シンタローさん?」
「……治るまでだからな」
それ以降は知らねーぞ、俺は。
「へ……」
『へ』じゃねぇよ。分かれよ! ったく……。
「いいから座ってろ、ウロチョロすんなよ。邪魔だ」
「え、はぁ……」
何だその煮えきらねぇ返事は。
「あの……」
「ああ?」
文句でもあんのかコラ。
「その……すんませ……いえ、ありがとうございます」
…………別に。
「仕方なく、だっての」
お前の為とか、そんなじゃねぇし。
「はい」
だから嬉しそうに笑うんじゃねぇ。
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前髪をかきあげられて、額に柔らかな感触。
口付けだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
恥ずかしいから止めろと言っても聞きやしねぇ。
普段へらへら笑ってるくせに、たまに真剣な顔をしたかと思えば、こんな事しかしない。
全く、何考えてやがるんだか……いや、それは前に聞いたな。
しかもこいつ「貴方の事です」とかなんとか、馬鹿正直に答えやがった。
馬鹿だこいつ。
馬鹿ヤンキー。
「シンタローさん……」
ああ、まただよ。
こいつがこんな風に名前を呼ぶ時は、決まって俺を困らせる。
声が震えるほど思い詰めて、そうしてやっと吐き出すんだ。
「誰にも、渡したくないんです」
はぁ?
何だそりゃ?
俺のことか?
「けど、俺は貴方を縛ることなんか出来ないから」
当たり前だ馬鹿が。
第一、俺はものじゃねぇ。
「ずっと、”貴方”でいて下さい」
「…………」
「…………」
何言ってんだこいつは。
「……我侭言ってんじゃねぇ」
「……そうっすよね……スンマセン」
……そうやって、無理してへらへら笑うな。
お前のそういうところが嫌いだ。
そうやって無自覚に他人を傷つける、性質の悪い奴。
だから俺が悪いみたいだろーが。ふざけんなよ。
「俺はてめぇになんか従わねぇよ」
我侭なんて、絶対きいてやんねー。
「……その、今の、忘れてくださいね! どうかしてたっすよ俺っ……」
……だから、これは俺の意思。
別に絆されたわけじゃねぇからな。
そこんとこよく覚えとけ。
「俺は俺にしか従わねぇよ」
俺の意思は俺のもんだ。
お前に声をかけんのも、
こうやって触れんのも――――。
まさか、文句はねぇだろ?
「痛っ……! 痛いって! ふっざけんな、てめぇ!」
「す、すんませんっ……」
痛みに耐えかねて声を上げると、触れていた手が慌てて離れた。
腕を自分のほうに引き戻して、巻かれたそれを一気に解く。
「痛っ……血ィ止まるだろうが!」
「だ、だって、シンタローさんがきつめにしろって……」
「馬鹿か! 加減しろ加減!」
だってじゃねぇよ!
誰が血が止まる程きつくしろって言った?!
少しばかり動いても解けないくらいにしろって言ったろうが!
……ったく、包帯もろくに結べやしねぇのかコイツは。
使えねぇヤンキーだ。
「貸せよ。自分でやっから」
しゅんとした顔で俯いている(俺が悪いみてぇだろうが)馬鹿から、包帯を奪い取って、 ……しかしどうしたもんかと考える。
右手が塞がっている状態で、(だからギブスってのは嫌なんだ。全く面倒くせぇ)
左手にこれを巻いてくのは、容易じゃない。
仕方なく、伸ばした包帯を口で抑えてどうにかそれを巻いていく。
かなり不恰好になるが……。
それも仕方ない。役に立たねぇヤンキーに頼ってられっか。
こっちの方が数倍はマシだ。
「何か……」
「あん?」
「口使うってヤバイっすねー……」
「はぁ?!」
何口走ってやがるこの馬鹿。大体誰せいだと思ってんだ。
「すんません、ちょっと我慢できないっす……」
「な……! 俺が知るかっ! さりげなく上に乗るなー!!!」
■SSS.22「ホンネとタテマエ」 キンタロー×シンタロー DO本ネタです労働者の実情を知ることは、経営者にとって必要なことだ。
とくに従兄弟が後を継いでからは、ガンマ団の方針は百八十度転換している。
不満を持つ人間がいてもおかしくない。
ここらへんでガス抜きがてら調査することにした。
ここで出た意見を全部とはいえないものの参考にし、多少改善すればいいだろう。
シンタローを脅かすような輩が出てこられては困る。
早速、簡単な(3問しかないからどんな馬鹿でも飽きずに答えられるだろう)アンケートを作成し、各課に配布した。
表向きはガンマ団の現状を世間にアピールするためだ、と説明しておいた。
匿名だし、本音で書いてくれとも伝えてある。
どのような結果が出るのだろうか。楽しみだ。
***
あらかじめ期間は1週間とした。
遠征や出張に出ているものもいるし、すぐ書いて出せといったところで聞くようなやつはそんなにいない。
週の半ばからちらほらと提出されていたがそれらは机の上に放って置いた。
こういうのは一気に片付けた方がいい。
最終日の今日はすべての団員のものが揃っている。
さすがにガンマ団の団員全員だけあって量は多いが、徹夜すれば何とかなるだろう。
パソコンの画面は立ち上がった。はじめるか。
いつのまにか朝が明け、太陽のひかりが部屋に差し込んでくる。
一睡もしていない眼には、ちかちかと感じた。
淹れなおしたコーヒーに口をつけるものの、思考はクリアにならない。
戯れに叔父が置きっ放しにしていた煙草を手に取ったが、やめた。
ライターに火を灯した時、あの忌々しい根暗男を思い出したためだ。
いつのまにかスクリーンセーバーが作動していた画面を元に戻すとカラフルなグラフがパッと現れる。
その色とディスプレイのひかりも目にちかちかと沁みた。
設問は3つ設けた。円グラフが2つ、棒グラフが1つ結果として表示されている。
そしてそれらには無視できない回答があった。
改善すべきところ ……「総帥が全然本部にもどらない」12.7%
これは、まあいい。
組織の長たる総帥は本部でどっしりと構えることも必要だ。
シンタローの遠征は伯父貴よりも頻繁だから、そう感じる団員も多いのだろう。
ガンマ団についての見解 ……「総帥がカッコイイ」23.7%
……。
シンタローは仕官学校時代から目立っていた。
この結果は、腕っ節が強いだけでなく、友人も多いし、後輩の面倒を見ていたからだろう。
従兄弟の同窓も多くガンマ団で活躍している。
その積み重ねがこれなんだろう。
ガンマ団の美点 ……「総帥がシンタローさんであること」255人
……。
…………。
これも設問2と同じだろう。
だが……。
255人もの人間がシンタローに心酔してるのはいい。
組織が改革されていく中、彼を支える者は必要だ。
だが、あの根暗と同じ嗜好…いや思考の持ち主が潜在してることも言える。
そのうち、功を立てたら側近に取り立てるようアピールするものが出てくるに違いない。
昇進や待遇の要求は当然だが、これに関しては不快だ。
シンタロー直属のあの4人のように彼のすぐ傍で活躍できるのは名誉なことだろう。
そうなったら、あいつらのようにシンタローのために体を張って働いてくれるに違いない。
だが、それは喜ばしいことであると同時にあの根暗のように俺がシンタローに近づくのを邪魔をするヤツが増えるとも言える。
そうなったら、今より腹立たしく感じるだろう。
あの根暗一人ならあしらうのも簡単だが、徒党を組まれるとなると……。
ふむ。なるべく早めに手を打たないと。
シンタローに反旗を翻すような輩はいないようだが、これもある意味で困る。どうすればいいか…。
***
いくら考えてもいい案が思いつかない。
睡眠不足でクリアーでない思考では、ますます苛立ちが募るばかりだった。
おまけに部屋に差し込む明るい日差しも気に障る。
ディスプレイに反射して眼が痛くなった。
ちらつく窓からのひかりに焦れてカーテンを閉めようと立ち上がる。
すると、研究室の隅に貼られたガンマ団入団案内のポスターが目に入った。
白い歯を見せて笑うコージを真ん中にミヤギ、アラシヤマが写っている。
誰が貼ったんだ、と苛立ったが、ポスターに写っているのがシンタローでなくてよかった、と思いなおし剥がすのは自制した。
にっこり笑って手を差し出すシンタローが入団を呼びかけるようなものだったら世界各地から集まってしまっただろう。
それこそ彼の信奉者は255人できかなくなる。
カーテンを閉ざした後、ゆっくりと読んでみることにした。
そして、そこには俺の求めていた答えがあった。
◆勤務地/世界中:上司の胸一つで決まります。
これだ、と思った。
目障りなヤツは上司が遠征に召集すればいいのだ。
この場合の上司は俺だ。シンタローは細部は俺に任すことが多い。
シンタローに近づくヤツ、とくに根暗予備軍はこの手で行こう。
シンタローに信頼されていると思わせつつ、接触は低くすればいいのだ。
彼らはシンタローのため、ひいてはガンマ団のために働く。
シンタローはそれに満足する。
俺はシンタローの誰よりも傍で彼を支えることが出来る。
よし。この手で行こう。
それなら現時点での信奉者を確認しておく必要があるな。
まだ先のことだと思っているわけには行かない。
あの根暗男だってもともとはシンタローとは犬猿の中だったのだ。
備えあれば憂いなしだろう。
……。
しまった。匿名が仇となった。
提出日時と大まかな課しか分からない。
だが、まあいい。
それでもだいたいは把握できる。
これから台頭してきたらシンタローと俺にとって有益な人材か、シンタロー個人を崇拝するヤツかを見極めればいいだけだ。
とくに従兄弟が後を継いでからは、ガンマ団の方針は百八十度転換している。
不満を持つ人間がいてもおかしくない。
ここらへんでガス抜きがてら調査することにした。
ここで出た意見を全部とはいえないものの参考にし、多少改善すればいいだろう。
シンタローを脅かすような輩が出てこられては困る。
早速、簡単な(3問しかないからどんな馬鹿でも飽きずに答えられるだろう)アンケートを作成し、各課に配布した。
表向きはガンマ団の現状を世間にアピールするためだ、と説明しておいた。
匿名だし、本音で書いてくれとも伝えてある。
どのような結果が出るのだろうか。楽しみだ。
***
あらかじめ期間は1週間とした。
遠征や出張に出ているものもいるし、すぐ書いて出せといったところで聞くようなやつはそんなにいない。
週の半ばからちらほらと提出されていたがそれらは机の上に放って置いた。
こういうのは一気に片付けた方がいい。
最終日の今日はすべての団員のものが揃っている。
さすがにガンマ団の団員全員だけあって量は多いが、徹夜すれば何とかなるだろう。
パソコンの画面は立ち上がった。はじめるか。
いつのまにか朝が明け、太陽のひかりが部屋に差し込んでくる。
一睡もしていない眼には、ちかちかと感じた。
淹れなおしたコーヒーに口をつけるものの、思考はクリアにならない。
戯れに叔父が置きっ放しにしていた煙草を手に取ったが、やめた。
ライターに火を灯した時、あの忌々しい根暗男を思い出したためだ。
いつのまにかスクリーンセーバーが作動していた画面を元に戻すとカラフルなグラフがパッと現れる。
その色とディスプレイのひかりも目にちかちかと沁みた。
設問は3つ設けた。円グラフが2つ、棒グラフが1つ結果として表示されている。
そしてそれらには無視できない回答があった。
改善すべきところ ……「総帥が全然本部にもどらない」12.7%
これは、まあいい。
組織の長たる総帥は本部でどっしりと構えることも必要だ。
シンタローの遠征は伯父貴よりも頻繁だから、そう感じる団員も多いのだろう。
ガンマ団についての見解 ……「総帥がカッコイイ」23.7%
……。
シンタローは仕官学校時代から目立っていた。
この結果は、腕っ節が強いだけでなく、友人も多いし、後輩の面倒を見ていたからだろう。
従兄弟の同窓も多くガンマ団で活躍している。
その積み重ねがこれなんだろう。
ガンマ団の美点 ……「総帥がシンタローさんであること」255人
……。
…………。
これも設問2と同じだろう。
だが……。
255人もの人間がシンタローに心酔してるのはいい。
組織が改革されていく中、彼を支える者は必要だ。
だが、あの根暗と同じ嗜好…いや思考の持ち主が潜在してることも言える。
そのうち、功を立てたら側近に取り立てるようアピールするものが出てくるに違いない。
昇進や待遇の要求は当然だが、これに関しては不快だ。
シンタロー直属のあの4人のように彼のすぐ傍で活躍できるのは名誉なことだろう。
そうなったら、あいつらのようにシンタローのために体を張って働いてくれるに違いない。
だが、それは喜ばしいことであると同時にあの根暗のように俺がシンタローに近づくのを邪魔をするヤツが増えるとも言える。
そうなったら、今より腹立たしく感じるだろう。
あの根暗一人ならあしらうのも簡単だが、徒党を組まれるとなると……。
ふむ。なるべく早めに手を打たないと。
シンタローに反旗を翻すような輩はいないようだが、これもある意味で困る。どうすればいいか…。
***
いくら考えてもいい案が思いつかない。
睡眠不足でクリアーでない思考では、ますます苛立ちが募るばかりだった。
おまけに部屋に差し込む明るい日差しも気に障る。
ディスプレイに反射して眼が痛くなった。
ちらつく窓からのひかりに焦れてカーテンを閉めようと立ち上がる。
すると、研究室の隅に貼られたガンマ団入団案内のポスターが目に入った。
白い歯を見せて笑うコージを真ん中にミヤギ、アラシヤマが写っている。
誰が貼ったんだ、と苛立ったが、ポスターに写っているのがシンタローでなくてよかった、と思いなおし剥がすのは自制した。
にっこり笑って手を差し出すシンタローが入団を呼びかけるようなものだったら世界各地から集まってしまっただろう。
それこそ彼の信奉者は255人できかなくなる。
カーテンを閉ざした後、ゆっくりと読んでみることにした。
そして、そこには俺の求めていた答えがあった。
◆勤務地/世界中:上司の胸一つで決まります。
これだ、と思った。
目障りなヤツは上司が遠征に召集すればいいのだ。
この場合の上司は俺だ。シンタローは細部は俺に任すことが多い。
シンタローに近づくヤツ、とくに根暗予備軍はこの手で行こう。
シンタローに信頼されていると思わせつつ、接触は低くすればいいのだ。
彼らはシンタローのため、ひいてはガンマ団のために働く。
シンタローはそれに満足する。
俺はシンタローの誰よりも傍で彼を支えることが出来る。
よし。この手で行こう。
それなら現時点での信奉者を確認しておく必要があるな。
まだ先のことだと思っているわけには行かない。
あの根暗男だってもともとはシンタローとは犬猿の中だったのだ。
備えあれば憂いなしだろう。
……。
しまった。匿名が仇となった。
提出日時と大まかな課しか分からない。
だが、まあいい。
それでもだいたいは把握できる。
これから台頭してきたらシンタローと俺にとって有益な人材か、シンタロー個人を崇拝するヤツかを見極めればいいだけだ。
■SSS.21「ライオンと魔女」 サービス+シンタロー「それでね、おじさん」
私の愛しい甥っ子はハーレムから受けた手荒いスキンシップを一生懸命訴えてくる。
まったく、アイツも困ったヤツだ。子ども相手に本気になることもないだろうに。
「ホントやんなっちゃうよ!すぐぶつし。パパやおじさんと違って獅子舞みたいだしさ」
「獅子舞?」
「うん。そう思わない?ハーレムおじさんと一緒にいたお兄ちゃんたちがこっそり話してたよ。
獅子舞に似てるよね。髪の毛もぼわぼわだし、がーっと口開けるしさ」
くすくすと笑いながらシンタローが言う。
驚いた。
子どもの頃から双子の兄のことは「ナマハゲ」と呼んでからかったりしていたが。
獅子舞、ね。言いえて妙だな。
アイツの部下も面白いことを言う。
「たしかに似ているな」
紅茶に口をつけながら、同意すると甥はそうでしょ、と身を乗り出してきた。
「ああ、シンタロー。そんなに乗り出すんじゃない。お茶がこぼれてしまうよ」
「わ、ごめんなさい」
ぺこり、と首を下げて甥は再び大人しく席に着いた。
兄ではなくともその可愛らしい様子には思わず笑みがこぼれる。
「ふふ。それじゃあ、シンタローは獅子舞が嫌いかなのか?」
正月に見たんだろう、マジック兄さんが撮った写真を見せてもらったよ、と付け加えると彼はパッと顔を輝かせた。
「うん。パパがね。獅子舞呼んでくれたんだ。それでさ、おひねりあげたんだよ。獅子舞が口でくわえてくれた」
「ああ、写真で見たよ。グンマは泣き出していたね」
「グンマは泣き虫だから。僕は平気だったけどさ!」
得意げにシンタローは言った。
「獅子舞を見てハーレムを思い出したのかもしれないね。
グンマはこの前ハーレムにさんざんからかわれたと高松が言っていたよ」
十年来の友人は苦々しく私に話してくれた。
アナタからも言っておいてくださいよ、と眉間に皺を寄せていたが今更止められるような男でない。
甥っ子たちを苛めれば保護者が黙っていないのは重々承知だろうに帰るたびにちょっかいを出しているのだ。
シンタローは私の言葉に頷いた。
「うん。ハーレムおじさん、グンマの服が女みたいだって髪の毛引っ張ったりしたんだよ。
グンマのヤツびいびい泣いてさ、高松が飛んできたもん」
「ハーレムは高松に嫌味を言われただろうね」
「うん。ねちねちいろんなコト言われてたよ。あとさ、高松にヘンなお薬注射されてた 」
「ふ~ん」
なにを打ったんだ、高松のヤツ。
「でも次の日には相変わらず乱暴だったけどね。ホント、おじさんとは双子に見えないよ。ガサツだしさ」
「よく言われるよ」
「お正月だってお酒飲んでイビキかいててさ、パパに怒られたんだよ」
「マジック兄さんに?」
「うん。僕のお肉も勝手に食べたんだ」
「ああ、なるほどね」
長兄はこの子を溺愛しているし、どうせ酔ったアイツはこの子やグンマをさんざんからかったんだろう。
毎年毎年、懲りないヤツだ。
「まあ、楽しい正月だったならいいじゃないか」
「おじさんもいたらもっと楽しかったよ」
「そうは言われても私も都合があるからね」
あまりここには戻ってこないことにしている。
ここは、本部はあまりにも過去の記憶を意識させる。
兄弟の間に過去に起こったことを。
青春時代に起こったこと、死んだジャンのことを……。
「え~。う~ん。じゃあ、おじさん、お願い。来年はおじさんも来てよ!」
「考えておくよ」
ちぇ~、と甥は不満をこぼした。
私がこう口にするとき、たいてい望みが叶えられないのを分かってるからだろう。
ジュースの入ったコップから取り出したストローを小さく横に振りながら、甥は口を尖らせていた。
「そういえば、シンタロー」
「な~に?」
「シンタローはハーレムがライオンに似てると思うかい?」
「ライオン?」
「ああ、獅子舞…獅子はライオンだろう」
「う~ん。ハーレムおじさんは髪の毛もぼわぼわだし、大きい口でがーっと煩くするし、お肉も好きだけど…」
「似ていない、か」
「うん。ライオンとはちょっと違うかな」
「そうか」
ため息のような笑い声をこぼすとシンタローは怪訝そうに私を見る。
「どうかしたの?」
「ああ、実はね。おまえの死んだおじい様はライオンみたいな人だったんだよ」
笑いながらカップをソーサーに置く。
シンタローはストローを口にしたまま、目をまるくしていた。
「ライオンみたいだったの?それってハーレムおじさんよりおっきくて、うるさくて、怖かったの?」
「いや。怖くはなかったさ。
もっとも、私もハーレムも小さかったから叱られたことがなかっただけかもしれないけどね」
「え~。でもライオンみたいって……。パパは叱られたことあるのかなぁ」
ホントに怖くなかったの?とシンタローは尋ねる。
「マジック兄さんはどうだろうね。でも、怖くはなかったよ。滅多に帰ってこなかったから会うのがうれしかった。
大きくて、あたたかい腕で抱きしめてくれた。シンタローも兄さんが抱きしめてもらうだろう」
それと同じだよ、と言うとシンタローはよかったと口にした。
「よかった?」
「うん。パパもおじさんもおじいちゃんが怖い人だったらかわいそうだよ。
あ~あ。僕も会ってみたかったな。ライオンみたいだけどパパみたいに優しいひとなんだよね。」
「……そうだな」
この子を溺愛する長兄とは違った父親であったけれど。
父は、私たち4人を深く愛していた。
「ねえ、おじさん。おじいちゃんってパパみたいに遠くにお仕事しに行ってたの?」
「ああ、そうだよ。兄さんの方が本部にいるのが多いけどね。兄さんはシンタローといつも一緒にいるしね」
「うん!パパは今日も僕の好きなカレーを作ってくれるんだ」
「そうか。それはよかったね」
甥は満面の笑顔を浮かべた。
それから、「そうだ!」といいことを思いついたとばかりに私を見る。
「パパの作るカレーはおいしいんだよ。そうだ!おじさんも一緒に食べようよ。
いつもね、いっぱい作るとグンマと高松も呼ぶんだよ」
ねえ、いいでしょ、おじさん。
たまには皆でご飯食べたいんだ、とシンタローがねだる。
そのかわいらしい様子に、兄ではないが顔をほころばせながら、
「ああ、いいよ。たまには兄さんの料理も食べたいからね」
と言うと甥は歓声を上げた。
食事が終わり、しばらくするとシンタローは兄の膝で舟をこぎ始めた。
少し前にグンマは高松に連れられて帰ってしまっている。
グンマの前では、リードを取りたがり、背伸びをしているこの子もやはり子どもなのだ。
こっくりこっくり、揺れて、仕方がないといった表情の兄が抱きとめていた。
いつだったか、亡き父の部下は私達兄弟が父に抱きしめられている様を犬の親子に喩えていた。
いつだったか、兄は亡き父のことをライオンのようだったと評した。
目の前の兄と甥も同じ。
起きていたときは、甥はきゃんきゃんと吠える子犬のように私や兄に纏わりついていた。
兄と甥はじゃれ合い、駆け回る犬の親子のように仲良くしていた。
そして今。
部下の前ではライオンのように厳しい顔つきを見せる兄は目を細めている。
甥の黒髪をやさしく撫でて愛おしんでいる。
まるで、ライオンが仔をやさしく毛づくろいしているようだ。
シンタローがもぞもぞと兄の膝で動いた。
「眠いんだろう」と兄がやさしく囁く。
もぞもぞと動いていた甥は、目を擦り、こくりと頷いた。
「それじゃあ、もうオヤスミしようね」と兄が甥を抱き上げる。
シンタローを寝かしつけてくる、と私に言い、兄は抱っこしたまま部屋を出て行く。
立ち上がり、私の前を横切る時、の金色の髪がストーブの灯でちらちらと輝いた。
それは一瞬だけ揺らめいて、まるでライオンの鬣のように見えた。
私の愛しい甥っ子はハーレムから受けた手荒いスキンシップを一生懸命訴えてくる。
まったく、アイツも困ったヤツだ。子ども相手に本気になることもないだろうに。
「ホントやんなっちゃうよ!すぐぶつし。パパやおじさんと違って獅子舞みたいだしさ」
「獅子舞?」
「うん。そう思わない?ハーレムおじさんと一緒にいたお兄ちゃんたちがこっそり話してたよ。
獅子舞に似てるよね。髪の毛もぼわぼわだし、がーっと口開けるしさ」
くすくすと笑いながらシンタローが言う。
驚いた。
子どもの頃から双子の兄のことは「ナマハゲ」と呼んでからかったりしていたが。
獅子舞、ね。言いえて妙だな。
アイツの部下も面白いことを言う。
「たしかに似ているな」
紅茶に口をつけながら、同意すると甥はそうでしょ、と身を乗り出してきた。
「ああ、シンタロー。そんなに乗り出すんじゃない。お茶がこぼれてしまうよ」
「わ、ごめんなさい」
ぺこり、と首を下げて甥は再び大人しく席に着いた。
兄ではなくともその可愛らしい様子には思わず笑みがこぼれる。
「ふふ。それじゃあ、シンタローは獅子舞が嫌いかなのか?」
正月に見たんだろう、マジック兄さんが撮った写真を見せてもらったよ、と付け加えると彼はパッと顔を輝かせた。
「うん。パパがね。獅子舞呼んでくれたんだ。それでさ、おひねりあげたんだよ。獅子舞が口でくわえてくれた」
「ああ、写真で見たよ。グンマは泣き出していたね」
「グンマは泣き虫だから。僕は平気だったけどさ!」
得意げにシンタローは言った。
「獅子舞を見てハーレムを思い出したのかもしれないね。
グンマはこの前ハーレムにさんざんからかわれたと高松が言っていたよ」
十年来の友人は苦々しく私に話してくれた。
アナタからも言っておいてくださいよ、と眉間に皺を寄せていたが今更止められるような男でない。
甥っ子たちを苛めれば保護者が黙っていないのは重々承知だろうに帰るたびにちょっかいを出しているのだ。
シンタローは私の言葉に頷いた。
「うん。ハーレムおじさん、グンマの服が女みたいだって髪の毛引っ張ったりしたんだよ。
グンマのヤツびいびい泣いてさ、高松が飛んできたもん」
「ハーレムは高松に嫌味を言われただろうね」
「うん。ねちねちいろんなコト言われてたよ。あとさ、高松にヘンなお薬注射されてた 」
「ふ~ん」
なにを打ったんだ、高松のヤツ。
「でも次の日には相変わらず乱暴だったけどね。ホント、おじさんとは双子に見えないよ。ガサツだしさ」
「よく言われるよ」
「お正月だってお酒飲んでイビキかいててさ、パパに怒られたんだよ」
「マジック兄さんに?」
「うん。僕のお肉も勝手に食べたんだ」
「ああ、なるほどね」
長兄はこの子を溺愛しているし、どうせ酔ったアイツはこの子やグンマをさんざんからかったんだろう。
毎年毎年、懲りないヤツだ。
「まあ、楽しい正月だったならいいじゃないか」
「おじさんもいたらもっと楽しかったよ」
「そうは言われても私も都合があるからね」
あまりここには戻ってこないことにしている。
ここは、本部はあまりにも過去の記憶を意識させる。
兄弟の間に過去に起こったことを。
青春時代に起こったこと、死んだジャンのことを……。
「え~。う~ん。じゃあ、おじさん、お願い。来年はおじさんも来てよ!」
「考えておくよ」
ちぇ~、と甥は不満をこぼした。
私がこう口にするとき、たいてい望みが叶えられないのを分かってるからだろう。
ジュースの入ったコップから取り出したストローを小さく横に振りながら、甥は口を尖らせていた。
「そういえば、シンタロー」
「な~に?」
「シンタローはハーレムがライオンに似てると思うかい?」
「ライオン?」
「ああ、獅子舞…獅子はライオンだろう」
「う~ん。ハーレムおじさんは髪の毛もぼわぼわだし、大きい口でがーっと煩くするし、お肉も好きだけど…」
「似ていない、か」
「うん。ライオンとはちょっと違うかな」
「そうか」
ため息のような笑い声をこぼすとシンタローは怪訝そうに私を見る。
「どうかしたの?」
「ああ、実はね。おまえの死んだおじい様はライオンみたいな人だったんだよ」
笑いながらカップをソーサーに置く。
シンタローはストローを口にしたまま、目をまるくしていた。
「ライオンみたいだったの?それってハーレムおじさんよりおっきくて、うるさくて、怖かったの?」
「いや。怖くはなかったさ。
もっとも、私もハーレムも小さかったから叱られたことがなかっただけかもしれないけどね」
「え~。でもライオンみたいって……。パパは叱られたことあるのかなぁ」
ホントに怖くなかったの?とシンタローは尋ねる。
「マジック兄さんはどうだろうね。でも、怖くはなかったよ。滅多に帰ってこなかったから会うのがうれしかった。
大きくて、あたたかい腕で抱きしめてくれた。シンタローも兄さんが抱きしめてもらうだろう」
それと同じだよ、と言うとシンタローはよかったと口にした。
「よかった?」
「うん。パパもおじさんもおじいちゃんが怖い人だったらかわいそうだよ。
あ~あ。僕も会ってみたかったな。ライオンみたいだけどパパみたいに優しいひとなんだよね。」
「……そうだな」
この子を溺愛する長兄とは違った父親であったけれど。
父は、私たち4人を深く愛していた。
「ねえ、おじさん。おじいちゃんってパパみたいに遠くにお仕事しに行ってたの?」
「ああ、そうだよ。兄さんの方が本部にいるのが多いけどね。兄さんはシンタローといつも一緒にいるしね」
「うん!パパは今日も僕の好きなカレーを作ってくれるんだ」
「そうか。それはよかったね」
甥は満面の笑顔を浮かべた。
それから、「そうだ!」といいことを思いついたとばかりに私を見る。
「パパの作るカレーはおいしいんだよ。そうだ!おじさんも一緒に食べようよ。
いつもね、いっぱい作るとグンマと高松も呼ぶんだよ」
ねえ、いいでしょ、おじさん。
たまには皆でご飯食べたいんだ、とシンタローがねだる。
そのかわいらしい様子に、兄ではないが顔をほころばせながら、
「ああ、いいよ。たまには兄さんの料理も食べたいからね」
と言うと甥は歓声を上げた。
食事が終わり、しばらくするとシンタローは兄の膝で舟をこぎ始めた。
少し前にグンマは高松に連れられて帰ってしまっている。
グンマの前では、リードを取りたがり、背伸びをしているこの子もやはり子どもなのだ。
こっくりこっくり、揺れて、仕方がないといった表情の兄が抱きとめていた。
いつだったか、亡き父の部下は私達兄弟が父に抱きしめられている様を犬の親子に喩えていた。
いつだったか、兄は亡き父のことをライオンのようだったと評した。
目の前の兄と甥も同じ。
起きていたときは、甥はきゃんきゃんと吠える子犬のように私や兄に纏わりついていた。
兄と甥はじゃれ合い、駆け回る犬の親子のように仲良くしていた。
そして今。
部下の前ではライオンのように厳しい顔つきを見せる兄は目を細めている。
甥の黒髪をやさしく撫でて愛おしんでいる。
まるで、ライオンが仔をやさしく毛づくろいしているようだ。
シンタローがもぞもぞと兄の膝で動いた。
「眠いんだろう」と兄がやさしく囁く。
もぞもぞと動いていた甥は、目を擦り、こくりと頷いた。
「それじゃあ、もうオヤスミしようね」と兄が甥を抱き上げる。
シンタローを寝かしつけてくる、と私に言い、兄は抱っこしたまま部屋を出て行く。
立ち上がり、私の前を横切る時、の金色の髪がストーブの灯でちらちらと輝いた。
それは一瞬だけ揺らめいて、まるでライオンの鬣のように見えた。