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  あなたに届くまで


青の一族は人工授精で生まれてくる。

夕闇に包まれた、マジック伯父の書斎。
いつもより小さく見える伯父の背中。

明かされた事実に、俺は思ったよりも動揺していたらしい。
電気を点けるのも忘れていた。
「じゃあ、シンタローの『母さん』は…?」
声も掠れている気がする。
伯父は何も言わない。背中が返答を拒否している。

(まだ何か隠している)

眉がいつもよりきつく寄るのが自分でも分かった。
だが伯父は、俺などの追及に口を割る人ではない。
案の定、話し始めたのは別のことだった。

「ルーザーも」
思わずはっと目を上げた。
それは―――俺の父の名前だ。
「思えば、このシステムの犠牲者だったのかもしれないね。両親も揃わずに生まれたせいで、あんな…善悪も知らない人間になったのかもしれない」
「伯父上…」
喉まで出かかった言葉を、俺はかろうじて飲み込んだ。
なるべく明るい声を作ったつもりだ。
「でもそうすると、父さんは俺を望んで命をくれたんですね。もしかして予定外に出来たから、仕方なく産ませたのかと…」
たとえそうであっても、最後に俺を息子としてちゃんと愛してくれた人だから、別に不満はなかったけれど。
「勿論だ。どうしてそんなことを考えたんだい?」
「長兄以外は子孫を残してはいけないのかと思っていたから。だって一族には、ほとんど直系しかいな―――」

その瞬間、俺は激しく後悔した。
話題が変わってあからさまに安堵していた伯父が、急に振り向いたのだ。

「…いない訳じゃないよ、キンタロー。みんな亡くなっただけだ」
視線だけで人を殺せる男。
それは青の一族に限っていえば、比喩でも何でもない。
一瞬、本気で身の危険を感じた視線を緩ませて、伯父は微笑んだ。
「ああ、シンちゃんとグンちゃんが帰ってきたみたいだね」
扉の外が急に騒がしくなって、俺はそっと詰めていた息を吐いた。
2人は仲良く言い争っては笑っている。
「きっと大量に買い込んできたんだろう。キンちゃんも手伝いに行ってきたらどうだい?」
「そうします」
いつもなら真っ先に行って手伝おうとし、シンタローと揉めたに違いないのに。
マジック伯父は俺を追い出せるなら何でも良かったのだろう。
俺も出て行けるなら何でも良かった。

「あっキンちゃん、ただいま~」
「おういいとこに来た、手伝え」
大きな買い物袋を抱えたグンマが笑い、1つずつ取り出して冷蔵庫にしまっていたシンタローが顔を上げる。
「多過ぎだ。賞味期限が切れたらどうするんだ」
「だーいじょーぶだって、ちゃんと使い切れるよう計算して買ってきたんだから」
「シンちゃん食べもの捨てるの大っ嫌いだもんねー」
「当たり前だろ、もったいないオバケが出んぞ」
賑やかな会話と弾ける笑い声。
俺の大切な従兄弟たち。

シンタローが母と呼んだ女性の真実は分からない。
伯父が掟を破ったのかもしれないし、両親を揃えたくて用意したのかもしれない。

(ルーザーも、このシステムの)
違う、伯父上、それは違う。
飲み込んだ言葉を心の中で呟いて、俺はグンマから買い込んできた食料を受け取り、シンタローと一緒に冷蔵庫へ移す。

世間にだってよくあることだ。死別や離別によって親を失っても、人間は真っ当に育つのだ。
善悪の区別なんて、誰だって生まれたときは知らない。
そうだ、俺だって。

親も、子どもの時間も、成長期も思春期も―――何もかもを欠いていた俺だって、こうやって笑っていられるのだから。

信頼し、協力してくれる団員たち。
俺のために泣いてくれた高松。
何も言わないけれど見守っていてくれる2人の叔父。
伯父上、あなたもだ。

みんなに学んだ。その姿が教えてくれた。

(そして)
「わあ、美味しそう」
昼食にとシンタローがホワイトソースの缶を開け、パスタを茹で始める。
グンマがグリーンアスパラを指で摘み、シンタローに叱られる。
「こら、つまみ食いすんな」
「これホワイトソースと合うね」
「だろ?」
俺はカウンターにもたれて、従兄弟たちを眺める。
(グンマに受け入れられ、シンタローに導かれて)
「そこの味見係、ちょっと来い」
「キンちゃんこれ美味しいよ~」
計ったようなタイミングで2つの笑顔が振り向いた。

伯父がどんな重い過去を背負っているのかは分からない。
けれど重過ぎる荷物はみんなで担ぐ方が楽だと、そう教えてくれたのは、他ならぬ彼とその家族だったから。

「ね、美味しいでしょっ?」
「グンマ、親父呼んで来い。さっさとメシにするぞ」
「はーい」
(俺はこうやって、ちゃんと立っていられる)
「キンタロー、テーブルの用意してくれよ。あ、皿そこに伏せてあるやつ使えよ、しまってあるのは洗いにくいから」
―――お前は敗北者になるな。
(父の最期の言葉を今の出発点に)
4枚の皿を並べ、俺は最上階へと目を向けた。
味見をした昼食は本当に美味しかったから、早く皿が1枚増えればいいと思う。
(眠り続ける小さな従兄弟を今の目標点にして)

まだ知らぬ世界が目の前に広がっている。
一人じゃないから、俺は歩いていける。

「洗い物は俺がする」
「お、悪ィ、頼む」
鍋を受け取り、熱いうちに洗っていく。
シンタローが作ったから、食卓の準備と片付けは俺がやる。食後の洗い物はきっとグンマが立候補するだろう。
一人で何もかもすることはない。

(伯父上)
あなたも、一人じゃない。もう一人で背負うことはないんだ。

彼の心の奥まで届いたら、いつか話してくれるだろうか。
それまでは呼び続けるだけだと決めたら急に気持ちが軽くなって、俺は水を止めると晴れ晴れと食卓を点検した。

(みんなの声は聴こえていますか?)

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君は僕の太陽
僕を幸せにしてくれる
たったひとつの



MY ONLY SUNSHINE



総帥室の扉を開けた途端に耳に飛び込んできた怒鳴り声に、思わずコージは足を止めた。
「何だよコレ! 書き方間違ってんだろーが! おいチョコロマ、誰が作った書類だ」
「は、これはミヤ」
「あの顔だけ男、三ヶ月減給。すぐやり直させろ!」
「はいっ!」
「伝言が一つか・・・『シンちゃん、今日のご飯は何がいい?v』―――ティラミス、馬鹿親父の部屋に催涙弾ぶちこんどけ」
激昂した言葉に、沈着冷静で鳴らした秘書が睫毛一本動かさずに答えている声が聞こえる。
「生憎催涙弾は在庫を切らしております」
「じゃあ核弾頭用意」
「ビルが壊れます。管理課の苦情を受けるのも、ついでに補佐官のお説教を聞くのも私です」
「知るか! それからチョコ、茶がぬるい、淹れ直し!!」
「は、はいっ!」
やれやれ、と溜息をついて足を踏み入れる。
時刻は午後四時。


「忙しそうじゃの」
声を掛けると、シンタローは吃驚したように顔を上げた。
「何だコージか。ノックくらいしろっていつも言ってんだろ」
「次の遠征の部隊編成の事で話があったんじゃが―――」
言葉を切ってシンタローの顔を見つめる。
何だよ、と聞き返したそうに眉を上げる恋人の顔には隠しきれない疲れが滲んでいた。
「部隊編成ならキンタローに任してるから」
「飯は食うたか」
「あいつと相談して・・・は?」
「昼飯はちゃんと食うたかと訊いちょるんじゃ」
「おまえは俺の母親か! 話が違うだろ、おまえの用事は部隊」
「食うておらんのじゃな。そげなことじゃ身体を壊すぞ。ちょっとは休め」
「んな時間はねェ。今日中にこんだけの書類を処理しねえと」
「部下に回せば良かろうが。キンタローもアラシヤマも、今日はそげに忙しゅうはない筈じゃ」
「普段からあいつらには負担かけてるからな、内勤の日くらい俺が―――ギャッ!」
独り言のような言葉が悲鳴に変わったのは、突然ふわりと足が宙に浮いたからだった。
景色がぐらりと揺れて、床の絨毯が視界に入る。
「ちょ、何・・・ええええ!?」
新しい茶を持ってきたチョコレートロマンスが目を丸くする。
「こらコージ! 離せエェ!!」
「聞けんのぉ」
よっ、とコージが身体を揺すって姿勢を整える。
シンタローは、コージの肩の上に担ぎ上げられていた。

そのまますたすたと歩き出すコージにシンタローは本気で慌てた。
「ちょっコラ何処行くんだテメー!」
「休憩じゃ」
「はあ!? だからそんな時間はねェって・・とにかく下ろせ! 俺を下ろせ!」
「全く、聞き分けの無い上司を持つと苦労するのぉ」
「何言ってんだコラ! とりあえず下ろせっつの!」
ギャアギャア喚く声に何事かと顔を覗かせたティラミスに、チョコレートロマンスが振り返る。
「ティラ、コージさんが総帥を拉致しちゃったんだけど」
秘書官は既決ファイルのボックスを見た。
「達成率92%というところか」
「はっ? ああ・・・今日は総帥、意外と真面目に仕事したな」
「まあこれだけ終わっていれば儲けものだ。後は我々で処理しよう」
「そうだな。コレ総帥用の高級茶葉だけど、俺たちで飲んじゃう?」
主の消えた総帥室で、二人の秘書は何事もなかったかのようににっこり笑いあった。


コージは本部の廊下をエレベーターに向かって大股で歩いていた。
彼の身長は2メートルを軽く超えている。ガンマ団ではおそらく一番の大男だろう。
その肩の上からの眺めは最高の筈だが、後ろ向きに担がれているシンタローにその絶景を楽しむ余裕は露ほども無かった。
「下ろせー! てめこれは立派な犯罪だぞこの人さらいー!」
誰も居ない場所でもこの体勢は恥ずかしいのに、廊下を行く団員達が驚愕の目で見ていくのがイヤというほど分かるだけに、今すぐこの厚顔無恥な恋人を殴り飛ばしたくなる。
「まっことウルサイ奴じゃの。下ろせばぬし、またすぐに仕事に戻るんじゃろうが」
「たりめーだろ! 俺は忙しいんだアアァ!」
「ほいじゃあ、聞けんな」
あっさり異議を却下してコージはエレベーターの前に立った。ちょうど扉が開いたところで、下りてきたのはシンタローの従兄弟であるグンマだった。
「あ、コージ―――とシンちゃん、元気~?」
「おお、明日はわしもお茶会に行けそうじゃぞ」
「わーい良かった~、いい玉露が入ったんだよ~v。ミヤギもお菓子持ってくるって」
「どうせ萩の月じゃろ」
「僕も何か甘くないケーキ持っていくね~v」
「ちょっと待てグンマ!」
コージの肩の上からシンタローが怒鳴る。
「おまえ、お茶会の話する前に何かツッコむところがあんだろーが!!」
真っ赤な顔で喚くシンタローに、グンマはちょっと考えていたがすぐにっこりと笑った。
「ああ、忘れてた。シンちゃんの好きなスコーンも焼いとくから、コージと一緒に来てね~」
じゃあねえ、と手を振り合う従兄弟と恋人に、シンタローは心底脱力したのだった―――。

しかしエレベーターを下りる頃にはもうシンタローも消耗してすっかり大人しくなっていた。
そこまで計算するような男ではないと思いながらも平然と歩いているコージが恨めしい。
だがこれではちっとも休憩にはならないと揺れる肩の上で思わず溜息が零れる。
(もういいや、どうでも・・・)
そう思った時、不意にコージの足が止まった。
今まで見えていた地面がくるっと回ったかと思うと大きな手に抱きかかえられ、シンタローはそのまますとんと地面に下ろされていた。
「ったくテメーは―――」
頭を掻き回しながら文句を言ってやろうと開いた唇がそのまま動きを止める。
目の前には、息を呑むような夕焼けが広がっていた。


コージがシンタローを連れてきたのは本部最上階のそのまた上の屋上だった。
風もない穏やかな夕暮れで、西の空に今にも沈もうとしている太陽は名残惜しげに最後の光を薔薇色の空に投げかけている。
「すっげェ・・・」
称賛が自然と口を衝いて出て、隣に立つコージがほっとしたように笑うのが分かった。
「のう、綺麗じゃろ」
「もしかして、これを俺に見せようと思ってあんな」
「無茶して済まんかったのう。じゃがこれくらいせんと、ぬしはわしの言うことなんぞ聞いてくれんじゃろうが」
ちょっと照れたようにぶっきらぼうな声が、切ないほど胸に沁みた。

(ずっと忘れてた)
ビルの外には、大きな空が広がっていること。
頭上にはいつも、太陽が照っていること。

そして、自分が独りではないということも。


突然、言葉を失ったまま薔薇色の空を凝視めているシンタローの背中が暖かくなった。
コージが、その広い胸の中にふわりとシンタローを抱きこんだのだ。
「寒うはないか?」
優しい温もりにほうっと力を抜いたシンタローの耳許で穏やかな声が囁く。
シンタローは凄まじいほどの夕焼けに横顔を赤く染めている年上の恋人を見上げた。
「・・・コージ」
「うん?」
今なら素直に言えるような気がした。
「ありがとな。―――」

ついと背伸びして、嬉しそうに破顔した男の暖かい唇にキスをする。
強い力で抱きしめられ、そのままシンタローは目を閉じた。

空の向こうで、太陽も一緒になって笑っているような気がした。

sko
あの人の
何処がいいかと尋ねられ
何処が悪いと問い返す



YOU’RE MY SUNSHINE



「―――しかし、少々意外だった」
補佐官を務める従兄弟の言葉に、シンタローがくすぐったそうに笑う。
「そうか?」
「理解に苦しんだ、という方が正確かな」
「どういう意味だそりゃ」
「だってそうだろう」
シンタローにグラスを渡し、キンタローはその正面に腰を下ろした。
「何で、コージなんだ?」


「―――僕ちょっと吃驚しちゃった」
「何でじゃ?」
紅茶を飲まないコージにグンマが宇治の緑茶を手渡す。
「おっ、茶柱が立っとるぞ」
「良かったね。だけどさ、コージ」
「うん?」
「何で、シンちゃんなの?」


シンタローが伊達衆の武者のコージとつき合い始めた時、従兄弟であるキンタローとグンマは心の底から仰天した。
何しろシンタローは全団員の尊敬と憧れを一身に受けているカリスマ総帥であり、彼のためなら命も要らないと決めているのは何も親馬鹿な前総帥だけでは無かったからだ。
シンタローが選んだ相手に不足があるというわけではない。
伊達衆最年長のコージは、どんな時にもゆったりと落ち着いていて、時にはキンタローにさえささやかな劣等感を抱かせるほどの包容力を持った男だった。
―――シンタローがいいならそれでいい。
キンタローもグンマもそう思っている。
だが、青の一族の血をひく二人にとっては、掌中の珠を奪われたような気になったのも事実で。


何故と訊かれ、唇に指を当てて考えこむシンタローを複雑な思いで凝視める。
見慣れた癖が、わけもなく眩しかった。
(俺では駄目だったのだろうか)
その肩には重すぎる荷を背負い、全ての過去を受け入れて歩き出し始めた彼の、自分は支えにはなれなかったのだろうか。

何故と訊かれ、緑茶に視線を落とすコージを複雑な思いで凝視める。
男らしいけれどどこか優しい頬の輪郭が、ちょっとだけ憎らしかった。
(僕やキンちゃんじゃ駄目なのかな)
決して泣き言や愚痴を言わず、どんな重圧も笑ってはね返してしまうシンタローの、自分は心の奥まで理解する事が出来なかったんだろうか。


「理由なんぞ、考えたことはないのぉ」
コージの声は普段と変わらない。
「わしはただ、あいつから眼を離せんかった。ずっと側で見ていたかった」
「・・・」
「じゃけえ本気で口説きたい、そう思うた」


「初めてあいつに―――キスされた時」
シンタローがふいと眼を逸らす。
「どうしてだか分かんねェけど、嫌じゃなかったんだよ」
「・・・」
「本気で口説いていいかってそう言われて・・不覚にも頷いちまった」


「あいつの側に居ると、何だか暖かい気持ちになるんだ」
「―――そうか」
「建物の影から急に日向に出ると、身体中がほっとして力が抜けるだろ、そんな感じなんだ」


「シンタローを見ちょると、元気になれるんじゃ」
「―――ふうん」
「雲が切れて急にお日さんが見えると、思わず手を伸ばしとうなるじゃろ、そげな感じじゃの」


キンタローはグラスの中の酒に見入るシンタローを暫く眺めていた。
(こんなシンタローは初めて見る)
それは物思うような、それでいて深く満ち足りたような柔和な眼差しだった。
シンタローはきっと幸せなのだろうとキンタローは思う。
「・・・安らぎ、か」

コージの羽根の下でなら、シンタローはひっそりと安らかに眠ることが出来る。

愛情が深すぎる自分達にはないもの。
そして、自分達では永遠にシンタローに与えることは出来ないもの。

「コージはおまえの、太陽なんだな。―――」


グンマは微かな笑みを浮かべて窓の外を見ているコージを暫く眺めていた。
(コージがシンちゃんを変えたんだ)
それは何も要求しない、全てを包み込むような優しい眼差しだった。
きっとシンタローのことを考えているのだろうとグンマは思う。
「・・・労り、か」

コージは何も欲しがらない。ただ、水が流れるようにシンタローを愛しているだけ。

シンタローが必要とする唯一のもの。
そして、きっとこの男にとっても。

「シンちゃんはコージの、お日様なんだね。―――」



シンタローの瞳が初めてキンタローに向けられる。
「・・・たぶん、そうかも」

コージが初めて白い歯を見せる。
「・・・そうじゃな、きっと」


それならとても敵わない、そう思った。
けれど口惜しくはない。
もう憎らしいとも思わない。
ひとつの銀河系にはひとつの太陽しか要らないのだ。

(お互いがお互いにとってたったひとつの)


どんなに寒く冷たい空の下でも、希望の光もない冬の最中でも。
いつも頭上に輝く太陽さえ見つけられれば、真っ直ぐに生きていけると思った。

(迷わずにどこまでも)


走り続けることが出来る。

あなたさえいれば、きっと。

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広報課にあったというガンマ団員アンケート結果を持ってきたのは、ロッドだった。
「アンケートなんか採ってやがったのか?」
「それが笑えますよぉ、公表できなくなっちまって」
どういうことだと紙を受け取ったハーレムは、中身に目を走らせて声を殺し俯いて笑った。

総帥がカッコいい、とか。
総帥がシンタローだからここにいる、とか。
総帥が本部に全然戻らないのが不満だ、とか。

「シンタローのことしか書いてねーじゃねえか」
「ね? こんなもん、前総帥やキンタロー様には見せらんねえって、広報の奴ら青くなってましたよ」
「言えるな」
青の一族は愛情も独占欲もその表現方法も桁外れだ。
特戦部隊はさっそく、彼らがこれを見たら何発の眼魔砲が飛ぶか、賭けを始めている。

それにしても、とハーレムは会話を耳にしながら紙を指で弾いた。
シンタローというのは、つくづく不思議な男だ。

南の島から戻って以来、総帥代行をしている長兄は、シンタローが実の息子でないと分かってからも、団員一同にウザがられる程の溺愛っぷりである。
シンタローの命を狙ったことのあるミヤギ・トットリ・アラシヤマ・コージは新総帥の側近になった。
一度は辞めた津軽ジョッカーや博多どん太も、シンタローの総帥着任と同時に舞い戻ってきた。
グンマだって出生の秘密を知っていろいろと思うことはあるだろうに、いまだにシンちゃんシンちゃんとうるさい。
そして何と言ってもキンタローだ、と、かつて自分が擁立しようとした甥っ子を思い、ハーレムは笑いを堪えた。
シンタローへの殺意だけで立っていた男が、いま彼を救うために徹夜を続けている。
まったくたいしたもんだ。
周りから見れば、シンタローはもうすっかり新生ガンマ団の総帥なのだろう。

―――目を背けているのは自分だけだ。

別にシンタローに不満がある訳ではない。
ガンマ団に留まって自分らしく生きることも、やろうと思えば出来たかもしれない。
けれどハーレムは故意にでも新総帥に逆らわずにはいられなかった。

理由は分かっている。
自分は、シンタローを子どもだと信じたいのだ。


青の一族に黒眼黒髪の子が生まれたときは驚いたが、ハーレムはハーレムなりにシンタローを可愛がった。
精神的に幼さ(というよりガキっぽさ)の残る彼は、子ども扱いされたくない気の強いちみっ子と合っていたらしい。
可愛くないガキだ、ムカつくナマハゲだと言い争う姿は、周りから見ればどちらが子どもか分からず、また周りから見れば楽しそうだった。

なのに、久しぶりに兄に会いに行ったとき。
「ハーレム叔父さん!」
駆け寄ってきたシンタローは思ったより成長していて、そして、
―――あの男に似ていた。

マズいと思ったときにはもう遅かった。
ハーレムはシンタローの腕を振り払い、体を嫌悪に震わせていた。
今も忘れない。
シンタローのひどく驚いた―――傷ついた顔を。


ちょうどあの頃から、シンタローはさまざまなことを知り始めていた。
父親のやっている仕事。総帥の長男という言葉の持つ意味。一族の異端である自分。
団員たちはマジックにおもねり、シンタローに媚びを含んだ笑顔を向けた。そして彼が去るとささやくのだ。
(成長すればもしかしたらって思っていたが)
(駄目だな)
(あれは秘石眼じゃない)
実力があれば良いのかと、シンタローは士官学校に進んで優秀な成績を取り、戦闘試合があれば必ず優勝してみせた。
それでも声は止まない。
(決勝の相手はグンマ様の作ったロボットだって)
(八百長じゃないの?)
眼魔砲を撃てるようになってさえ、誰かが言うのだ。

(だってシンタローは総帥の息子だから)

失望や嫉妬や敵意の視線のなか、彼は一刻も早く大人になろうとしていた。
弟の誕生をあんなに喜んだのも、守るべき誰かが欲しかったせいかもしれない。
けれどあのとき、シンタローがもっとも助けを必要としていたとき、ハーレムはその手を振り払ったのだ。


今になれば分かる。
体を取り戻したキンタローを手元に置いたのも、彼をシンタローと呼んだのも、すべて自分の罪悪感から来ている。
ジャンに似ていなければ、シンタローを受け入れられた。あんな顔をさせずに済んだ。
だからジャンに似ていないシンタローを求めたのだ。
そうしてあの島で皆がそれぞれの真実を知り、戦いの末に運命を乗り越えていった。
ハーレムもそうした。
長兄の、次兄の、末弟の心を抱きしめ、若い甥たちに未来を託した。
なのにシンタローへの気持ちだけは残っていたらしい。

あの日、少年だったシンタローともう一度逢いたい。


「隊長、隊長はどうします? 今んとこ本命はねー、マジック前総帥が10から15発、キンタロー補佐官が5から10発」
シンタローが子どものままであったら、自分たちはあの日からやり直せる。だから大人だなんて思ってやらないし、あいつの命令なんて聞いてやらない。
「えらくおとなしい予想じゃねえか。多分もっと派手にやらかすぜ」
「マジかよ、本部壊れんじゃね?」
俺は訳の分かった大人になんかならない。

だからお前も、どうかそのままで。

痛みが人を大人にするのなら、シンタローは大丈夫だ。あの島は決して彼を傷つけたりはしない。
ストレスが溜まったときは、手近に自分の元部下がいるのだし。
「いつ見せます?」
「シンタローが島から戻ったらだな。あいつがキレた兄貴とキンタローにキレ返して、眼魔砲を何発撃つかも賭け対象にするから覚えとけよ」
ちょうどそこで酒がなくなり、ハーレムは新しい瓶を取りに立ち上がった。
「兄貴がどんな顔すっか楽しみだな」
だから早く戻って来いなんて、そんな甘っちょろいことは思ってやらないけれど。

酒を探して棚の奥に消えた隊長を確認し、特戦部隊は賭けノートに新たな項目を付け足した。

『アンケートを公表できない本当の理由は、自由意見欄のほとんどがシンタロー総帥への愛の告白で埋まっているせいだと知ったとき、キレたハーレム隊長が撃つ眼魔砲の数は?』

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約束だぞ、と甥っ子が言った。
分かった分かった、と叔父は答えた。
その時は、守るつもりの約束だった。



PROMISE



部屋に戻ってきたとき、シンタローはすでにかなり酔っていた。
それでも強気な俺様振りはいつも通りで。
「おいおい大丈夫かよ?」
ふらついたところを抱きとめたハーレムにぴしっと指を突きつける。
「―――俺に触んじゃねェ、いいな!」

眼球すれすれに突きつけられた人差し指を見ながら、ハーレムは思わず溜息をついたのだった。


そもそもシンタローをここまで酔わせた原因はハーレムにあった。
長期の遠征から戻ってきて、今夜は久し振りに暇が出来たから食事でもしようと電話したのはハーレムの方だったのに、すっかり忘れて特戦部隊を連れて飲みに行ってしまったのだ。
携帯に電話がかかってきてハッと思い出したのだが時すでに遅く、勘定をちゃっかり部下達に押しつけて本部に戻った時には若い恋人の不機嫌ボルテージは最高潮に達していた。
慌てて宥めて遅い食事に連れ出したのだが、その席でシンタローはさすがのハーレムが心配になるほど早いピッチで酒を飲み続けた。
そして話は冒頭に戻る―――という訳なのである。


「マジで言ってんの?」
「あったりまえだろ! いいか、絶対触んなよ」
「っておまえ久し振りに逢ったってのに」
「約束すっぽかしたのはどっちだ、ああ?」
睨みつける眼は完全に据わっていて、あんなに飲ませるんじゃなかったとハーレムは今夜二度目の溜息をついた。
「・・・分かったよ」
「約束だからな!」
「ハイハイ」
ふてくされてごろりとベッドに寝転んだハーレムの上にさらりと黒髪が落ちてきた。
「あん?」
腹の上にどさっと重みがかかって思わず呻く。
眼を開けるとシンタローが真上からハーレムを見下ろしていた。
「重えよ」
「うっせ、おまえよりは軽い」
「大体おまえが触るなっつった―――」
ハーレムの言葉は、突然のキスで途切れていた。

シンタローの舌がゆるりと入ってくる。
いつもより熱いような気がするのはアルコールのせいだろうか。
思わず伸ばした手は、ぴしゃりと叩かれた。
「触らねェって約束だぞ」
くぐもった声は子供っぽく拗ねていて、ハーレムは苦笑して手を引っ込めた。
その間もシンタローのキスは続いている。
普段は最初からハーレムが主導権を握っているため、そのキスはどこかぎごちなかった。
だがその拙さがかえってハーレムの欲望を煽りたてて、ハーレムは早くもさっきの約束を後悔し始めていた。
―――これァ結構キツイ。
酒と煙草の匂いに混じって鼻先をくすぐるシンタロー自身の匂いは仄かに甘い。
シンタローがすっと唇を離した。天井の照明がシンタローの身体で遮られる。
もともとそんなに酒が強い訳ではないシンタローの目許はうっすらと赤く染まり、ふっくらとした唇は拗ねた子供のように濡れていた。
―――てめェその顔は反則だろうが!
抱きしめて押し倒したくなるのをハーレムは必死で堪えた。
そんな叔父の胸中を知ってか知らずか、小憎らしい甥っ子はニッと笑ってハーレムのシャツのボタンを外し始めた。
「おい、シンタロー」
「触るなよ、約束破ったら眼魔砲だからな」
シンタローの舌がそっと肌に触れる。
いつもハーレムにされている事を思い出しながらなぞっているのだろう。
お世辞にも巧みだとは言えない動きだったが、それでもそれがシンタローの唇だと思うだけでハーレムの身体は自分でも驚くほどに反応していた。
腹の奥から熱い塊が込み上げてきて、今すぐシンタローを滅茶苦茶に貫きたくなる。
「おまえが悪いんだからな」
耳許で囁くシンタローの声は熱く、甘い。
「ハイハイすいませんでした」
「おまえに逢えるのだけを楽しみにしてたのに」
言葉が無防備にぽろぽろと零れてくるのは酔っているからだろうか。
―――随分と可愛いことを言ってくれんじゃねえか。
「なのに忘れるたァどういうことだ。ボケんのはまだ早いだろオッサン」
「だーから謝ってるだろ。・・・触んのも我慢してるしよ」
「俺は待ってたんだぞ」
「分かったって」
「おまえの帰りを、ずっと待ってた」


シンタローの指がハーレムの髪を弄んでいる。
そういえば小さい頃からこの長い金髪を触るのが好きだった、とハーレムは思い出した。
今でもハーレムの髪を指に巻きつけて眠りに就くのがシンタローの癖だ。


(きっと自分じゃ知らないんだろうけどな)

小さな子供みたいにハーレムにしがみついて眠ることも。
そのせいでいつもハーレムが翌朝は筋肉痛になっていることも。

―――そして、自分が今どんなに淫らな顔をしているかということも。


「浮気されたくなかったらさ」
その首筋に触りたい。
抱きしめてキスをして、切ない声をあげさせたい。
「もっとちゃんと俺にかまえよ、ハーレム。―――」

その瞬間、ハーレムの中の何かが音を立ててブチ切れた。


がばっと跳ね起きたハーレムに一瞬シンタローがきょとんとする。
その隙を衝いてハーレムは一気にシンタローを押し倒していた。
「あっオイ何すんだてめェ!」
「うるせェ、坊主」
ハーレムがニヤリと笑い、シンタローは大きく目を見開いた。
「大人をナメんなよコラ」
「なっ・・・」
「人のこと散々挑発しといて今更だっつの」
「触らねェって約束したろーが!」
「約束?・・・あー、したかもなァ」
呼吸すら奪うような荒々しいキスが、抵抗をあっさり封じ込める。
「けどよ、シンタロー」
感じるところを知り尽くした舌に蹂躙され、唇を離したときには漆黒の瞳は涙に洗われたようにしっとりと潤んでいた。

「―――約束なんてのは、破るためにするもんだろ?」

(・・・勝手なこと言うなアアァ!!)
シンタローの心の叫びは、不敵な笑いの前に儚く玉砕したのだった。


翌朝ハーレムを待ち受けていたもの。
それはいつもの筋肉痛と、三人の部下から無情にも突っ返されてきた勘定書の束、そして怒りの大魔神と化した可愛い甥っ子からの眼魔砲だった。


今回のハーレムの教訓。


―――約束は厳守するべし。特に、俺様な恋人が身近にいる場合には。

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