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SSS.68「前言撤回」 キンタロー×シンタローああ、なんでこうなってんだっけ、と俺は考えた。いつのまにか2人の間が縮まっている。
ゆっくりと顎の輪郭をなぞる指の感触に気をやりつつ、思い出してみたが「夕飯何する?」と聞いた後に二言三言会話しただけで取り立てて思い当たる節はない。
顎をなぞっていた指が耳の後ろへと這わされて、髪が引っ張られる。痛くはないけれど少しだけ引き攣れた感触に俺は目を閉じた。

青い目がゆっくり近づく。キスされる。

(なんでコイツそんな気になったんだ……?)

分かんねえ、と歯列に感じたくすぐったさに伏せていた目を明けると端の方でちらりとしたひかりがあった。
キスを受け止めながらひかりの先に目を凝らす。
その行動を助けるわけではないだろうけれど、キンタローは俺の口腔から撤退した。
口唇に与えられたものとは違う、触れるか触れないか分からないほど軽いキスを目元にされて、俺はため息を吐いた。
ひかりの正体は鏡だ。
亡き叔父、ルーザーの部屋には大きな姿見がある。なぜだかキンタローはそれを気に入っていた。

「……メシどうするか聞きに来ただけだぜ」
「ああ、そうだったな。で、どうする?」
キンタローは帯びれずにそう返してきた。たまには俺が作ってもいい、と話すキンタローに俺は内心、「そうじゃなくてなんで急にキスしてきたんだよ」と再び思う。
唐突過ぎてワケが分からない。煽るようなこともなにも言っていない。

(……コイツってホント分かんねえよ)

2人きりの密室だからいいものの出入りの激しい総帥室だったらと考えるとぞっとする。
そんな無防備なことをするわけないが、それでも衝動的にされるキスは心臓に悪い。
この部屋だってグンマや父がいつ訪ねてくるかわかったもんじゃない。

(バレたらどうすんだ。バレたら)
ああ、ちくしょうと髪をかきながら、それでも惚れた弱みで咎めることはせずに俺は壁に寄りかかった。
ひやっとした感触が背に伝わる。俺の部屋ともキンタローの部屋とも違う温度だ。
この部屋は何故だか他のどこよりも温度が低い。

背に伝わった感触から俺は随分前のことを思い出した。
帰ってきたばかりの頃、この壁に押し付けられて殺してやるといわれたことを……。


「なあ、そういえばさ」
なんとなく思いついたことを俺は聞いてみることにした。

「おまえってこの部屋で俺のこと殺すって言ってたよな」
痛いくらい壁に押し付けやがって、と笑いながら言うとキンタローはわずかに目を見張った。
それから数年前のことを思い出してああと頷いた。

「お前を……引き裂いて殺してやりたかった」
「で、今はどうなんだよ」
意地の悪い質問だなと思いながら俺は尋ねてみた。どう答えてくるのか興味がある。
歯の浮くような科白は勘弁してもらいたいけど。

「今……?」
「ああ」

なんて答えるつもりだよ、と俺はキンタローをじっと見た。


「そうだな。殺したいとは思わないが、お前の服を引き裂いてやりたいときはある」


「……」
前言撤回。歯の浮くような科白の方がマシだ。■SSS.70「心臓に悪い」 キンタロー×シンタロー総帥を継いだシンタローが激務の毎日を送るようになったのは当然だったが、引退したとはいえ、父であるマジックももそれなりに忙しい日を送っていた。
マジックが多忙である理由はおよそシンタローの理解の範囲を超えたファンクラブのための活動であったが、たいていは日帰りのもので今日のようにわざわざ泊りがけて他国へと行くのはめずらしかった。
いつもなら分担して行う夕食の準備も残った家族は食器を出すだとか洗い物をするくらいしか期待が出来ないので、シンタローは早くから台所に立った。残った家族、グンマは家事を高松に任せきりの生活をしていたし、キンタローは料理どころかに日常の雑事すべてがやることなすこと初めての男だ。はっきり言って期待以前の問題である。ところが。

(コイツも家事にハマるタイプだったのかよ)

シンタローの横では今、キンタローが真剣な面持ちで小鯵を開きにしている。
手伝ってやる、と尊大に言われたときシンタローはこいつの面倒も見なきゃいけねえなんてかったりぃなあと思った。
グンマと手分けして食器を出してくれれば、後は大人しく席に着いて待っていてほしいとも思った。
包丁を持つのも初めてだ、と感想を持つだろう男にいちいちレクチャーしてまで手伝ってもらうのは気が進まない。
だが、シンタローの意に反してキンタローは料理でも器用なところを見せた。
おまえがいつもやっているやつだろう、とみじん切りも教えることなくできたし、飾り切りだって手馴れたように作って見せた。
見れば分かる、と得意そうに胸を張る従兄弟のおかげで父親と分担しているときと同じスピードで調理が進むのはよかったけれども。
でも。

(なんつーか話しかけても答えてくれねえしなあ)

今ちょっと取り込んでいるんだ、と研究室に訪ねてみたときと同じ口調でキンタローはすっぱりとシンタローの口にしたくだらない話を一蹴した。集中しているキンタローにそれ以上何を言うことも出来ず、シンタローはコンソメジュレに取り掛かった。




粗熱をとって冷蔵庫にボウルを入れてからふとキンタローを見るとやはり彼は口を引き結んで魚に包丁を入れていた。
バットの上に並べられた小鯵は丁寧に小骨も取り除かれている。
今捌いているもので終わりか、と空になったトレイをシンタローは確認した。やっぱり手際がいい。
まあ、これなら明日も手伝わせて平気だな、とシンタローは思った。
従兄弟に対して過保護な高松を夕食に招待してやるのもいいかもしれない。
そう考えつつ、キンタローを見やると彼は手を動かしつつも前髪が目にかかっているのをうざったそうに目を細めていた。

(払ってやるかな)

一瞬そう考えたが、刃物を持っているときは危ない。それにここまで丁寧に仕事が出来ているのだから放っておいても平気だろう。
長い髪ならシンタローのように後ろでくくることも出来たが、生憎とキンタローは髪が短い。
ああいうのくすぐったいんだよな。痒いような、なんつーか、とシンタローはキンタローの前髪を見ながら思った。
金色の髪が動くたびにさらさらと鼻先にかかる。伏せ気味の目は時折少し開いて青い色を髪の隙間から見せていた。
引き結んでいる口は怒っているときと違って口角が上がっていない。
じっと観察しているとキンタローが手の甲で汗を拭った。
額があらわになるとともに目元がばっちりと見えた。
細めていない目の青い玉が視界に入ってきてシンタローは見惚れた。

(やっぱきれいだよな、コイツの目)

父親もグンマも他の親族も自分とは違う青い目を持っている。
皆、微妙に違った色合いの青だがシンタローは従兄弟のものが一番きれいだと感じた。
子どもの頃とは違って自分の黒い目が嫌だとか青い目になりたいなどとは思わずに、単純に見惚れてしまった。

(親父より薄いかな……)

亡くなったルーザー叔父さんと同じ色なんだよな、とシンタローはぼんやりと思った。
そのまま見つめていると片方だけ見えていた青い目がキンタローが振り返って両方確認できるようになった。

「できたぞ」
どうするんだ揚げるのか、マリネにするのか?とキンタローはシンタローに尋ねた。
「あ?え?ああ……なんか言ったか?」
シンタローははっとした。青い目が怪訝そうに揺れる。

「だからこれだ、魚はどうするんだ」
手を引かれてシンタローは飛び退いた。キンタローの右手は包丁を握ったままだ。
刃物を持つ手に驚いたわけではない。いきなり手を握られたことが原因だったのだけれども。

「し、心臓に悪いんだよ!お前!」
キンタローの手を乱暴に振り払うとシンタローは包丁を指差した
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ks
SSS.67「Chupa Chups 」 キンタロー×シンタローコーヒーを淹れ替え、席に戻ってくると隣でレポートを書いていた従兄弟がにこにことバッグに手を入れているところだった。
ガンマ団のエンブレムが付いたスポーティなバッグは見かけとは違って中身はジムに行くための運動着でもなく、色とりどりな菓子がいつも入っていた。軽い休憩や食事の時間になると従兄弟のグンマはそこから気に入りの菓子を取り出す。

「今日は何だ?」
カップをデスクに置くとグンマは俺を見上げた。
今日はね、と笑顔を浮かべて従兄弟は選んだ菓子を見せびらかすように上へと向けた。
白い短い棒に丸い玉。形状からキャディの類だと見て取れる。

「……ずいぶんカラフルな包装だ」
キャンディのヘッドは花形をくりぬいたような形を黄色で塗りつぶされている。下の方は紺色だ。赤いラインがうねうねと走っている。
思わずそんな感想を呟くとグンマは「きれいでしょ」と笑った。

「これはグレープ味で、こっちはプリン!グレープは今日初めて食べるんだ~」
「そうか」
それは楽しみだな、と答えるとグンマは頷いた。

「キンちゃんにもあげようか?コーヒー味はないけどね、キャラメルならあるよ」
「キャラメル?いや……」
「ミルクより甘くはないけど」
首を傾げるとグンマはバッグを漁りはじめた。俺はあわてて断ろうとグンマの手を引く。

「グンマ。俺は……」
別にいらないんだが、と断る前にグンマは目当てのキャンディを見つけ出してしまった。
「はい、これあげるね」
「……ああ」
すっごくおいしいよ。ハマる味だから、とにっこり笑うグンマに退路を立たれて俺はキャンディを受け取った。
いらないと断るのは簡単だけれどもグンマがむくれるのは面倒だ。
もう一人の従兄弟にでもやろう、と思いながら俺は席に着く。グンマはカラフルな包み紙を外してキャンディを口に入れた。
今日初めて食べるというグレープ味のキャンディ。
「うまいか?」
なんとなく感想を聞くとグンマは満面の笑みを浮かべた。

「もちろん!すっごい幸せな気分だよ~」
甘くておいしい、とグンマはふわふわと夢見るような顔で答えた。
キンちゃんも食べたら、と微笑まれて俺は「……後で」と返事するに留めた。咎められないうちにキャンディをそそくさと上着のポケットへと仕舞いこんだ。
机の上には淹れたてのコーヒーがある。それに。

グンマの持っている菓子はたいてい歯の浮くような甘さのものばかりだから性質が悪い。



*



日が沈むのがだんだん遅くなってきた気がする。
研究室から総帥室へと移動するとき窓の外を見て俺はそう思った。夏が近づいている。
今年もシンタローはあの島での夏を思い出すんだろうか。
そんなことを考えながら俺はドアをノックした。
「入れ」
ノブを回すといつも控えている秘書たちがいなかった。
デスクワークに勤しむ従兄弟は口にペンを咥え、頬杖を付いていた。

「行儀が悪いぞ、シンタロー」
従兄弟の口からペンを取り上げると彼はうるせえなあという表情を浮かべた。

「ちょっと煮詰まってるんだよ」
きしっと椅子の背をしならせてシンタローは伸びをした。背もたれがぐっと角度を広げている。
伸びをするのをやめてシンタローの体勢が元に戻ると椅子はまた軋んだ音を立てた。

「コーヒーでも淹れるか」
立ち上がり、シンタローは読んでいた書類をばさっとひとつに重ねた。
「俺がやる」
「来たばっかだろ。いいって」
座ってろと、シンタローは俺にソファを勧めた。
「いや。だが、おまえは休憩した方がいいだろう。俺が」
「いいって」
ひらひらと手を振りながらシンタローは俺の横をすり抜けようとした。
すっと給湯室まで行くのか、と思っていたがシンタローが不意に足を止めた。
「なんだ?」
「いや……それなんだよ?」
車のキーじゃねえよな、結構膨らんでるし、とシンタローは呟いた。
「膨らんでる?」
「ああ、ほら。それだよ。ジャケットの。何入れてるんだ?」
実験器具なら戻しとかねえといけねえんじゃねえの、とシンタローは指差した。

「ジャケット……ああ、これか」
ほら、と俺はポケットから取り出したものをシンタローに渡した。グンマから貰ったキャラメル味のキャンディだ。

「これ、グンマのヤツか?」
「ああ」
「懐かしいな」
甘いんだよな、これ、としげしげと黄色いパッケージをシンタローは覗き込んだ。

「おまえにやろうと思って」
「俺に?おまえ舐めねえの?」
「ああ」
ほら、とシンタローの手の中に俺はキャンディを渡した。
「それでも舐めて待っていろ。コーヒーは俺が淹れてくる」
俺の言葉にシンタローは頷くとソファへと足を引き返した。歩きながら従兄弟の指はパッケージをはがすのに苦心していた。




カップを2つ抱えて戻ってくるとシンタローはソファから慌てて足を下ろした。
寝そべってキャンディを舐めているとはこれもまた行儀が悪い。
ため息を吐きたくなったが、俺は大目に見ることにした。

「時間かかったな」
「ああ。新しい豆を探すのに苦労した」
誰か場所を移動させていた、と答えながら俺はテーブルにトレイを置く。

「キャンディはどうだ?うまいか」
白い棒を咥えたままのシンタローに尋ねると彼は「まあ。普通だな」と答える。
顔を顰めないところを見るとどうやら糖度は一般的なものらしい。グンマの気に入る菓子にしてはめずらしいことだ。

「それとは違う味だが、グンマは幸せな気分だといっていた」
「ふ~ん。幸せな気分ねえ」
アイツらしいぜ、とシンタローは肩を竦める。シンタローの横に座りながら俺は従兄弟のそんな仕草に笑った。

「おまえにも幸せをお裾分けしてやろうか?」
にやっと笑うシンタローの言葉に俺は首を傾げた。
「どうやって?」
「こうやってだよ」
笑いながらシンタローがキャンディをがじっと音を立てて噛み砕く。

「ほら」
腰を浮かせたシンタローは俺に口唇を合わせてきた。
何の行動を取るまもなくするりと砂糖で漬けたような舌が侵入してきた。
僅かなかけらが舌の上に乗せられるとシンタローは体を離した。それから口から離していた棒を従兄弟は咥えなおした。
白い棒には噛み砕かれた後のキャンディの残骸がまだある。

「どうだよ?幸せか」
にやっと笑ったシンタローに俺は口中の甘いかけらを舌で転がしながら眉を顰めた。

「……甘い」
俺の言葉にシンタローはキャンディを離して笑った。
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■SSS.66「賭け事」 キンタロー+シンタロー叔父上がお喜びでしたので、とこの国の人間は俺とシンタローを競馬場へと案内して来た。

叔父であるハーレムがガンマ団から離脱してもう数ヶ月余り経つ。
この国はかつて叔父にクーデターを依頼したこともあって有事のたびに本部を介してではなく叔父の部隊に直接依頼していたらしい。
ハーレムの影響下にある国はほかにもいくつかあるようだったが、これは見過ごせない事態だった。
叔父は団からリタイアして悠々自適の生活を送っている、と俺とシンタローはこの国の役人に言った。
以降の依頼は本部で引き継ぐので、と求めたがすでに叔父の方で手回しがしてあったようだ。
ガンマ団を抜けるに当たって用意周到に準備をするのはよく考えれば当たり前だろう。
飛行戦の燃料の補給、食料を行く先々で略奪すればどこからか本部かあるいは敵対組織に依頼が入る。
好戦的な叔父とその部下の性質から考えれば向かってくる敵も大歓迎だろうが、それでは苦労する割合が高くなる。
名の知れた特戦部隊に歯向かうヤツはそうはいないとはいえ、後々の禍根や毒物の混入などのリスクを考えれば縁のある国で出稼ぎした方が楽だ。
この国の要人たちは誰もが曖昧な笑みを浮べるだけで俺とシンタローの要求に回答を出さなかった。
有耶無耶に誤魔化して、俺たちが帰国したらとりあえずハーレムに指示を仰ぐつもりなのかもしれない。
繊維工場の視察も申し入れた俺たちは回答は三日後でよいと告げた。
彼らは一様に微笑を浮べながら頷くとそのうちの1人が俺たちを競馬場に案内してきたのだ。
視察を頼んだ繊維工場ではなくて。

工場どころかたいていこういうときに案内される公共機関ではなく競馬場に連れてこられたことにシンタローは最初、腹を立てていた。
「そりゃあ、この国のレースは観光資源だし、王族も来るから変じゃねえけどよ」
と従兄弟は俺に囁く。俺もシンタローの言いたいことは分かる。
この国の人間は日程を調整する時間を作るためと少しでも俺たちの機嫌が良くなるよう接待のつもりでここへ連れてきたのだろう。
けれど、「叔父上がお喜び」はない。
あのアル中でギャンブル狂いのハーレムと一緒くたにされるとは……。

「ハーレムと一緒にされてもな」
肩を竦めてみせるとシンタローは俺に「まったくだ」とため息を吐いた。
ブザーが鳴り、馬たちが位置に着く。きっとハーレムはこの状態からも大騒ぎしていただろう。
それに金も賭けていたはずだ。部下の小遣いも巻き上げて大分注ぎ込んでいたに違いない。


一斉にスタートする馬はVIP席からだと小さく見える。
シンタローははじめから用意されていたオペラグラスを手にした。
なんだかんだ言って彼も興味があるらしい。手を握りしめて芝を駆ける馬に熱中し始めたシンタローに俺は心の中で「似たもの同士じゃないか」と思った。
ハーレムが離脱したのは他国にも知れている通り、新総帥であるシンタローとの確執が原因だ。
確執と言っても戦闘におけるスタンスの違いから生じた口喧嘩の応酬で伯父貴が出て行ったというのが正しいかもしれない。
アイツの邪魔をしてやる、とシンタローはさっきまで意気込んでいた。けれども。

「よっしゃあ!行け!まくれ!まくれ!抜いちまえ!」
従兄弟の頭の中はハーレムの顔がすっぱりと消え去っているらしい。
他の客はいないから興奮したシンタローが多少騒いだところで恥をかく心配はない。しかし……。

「あー!ちくしょう!馬券買えばよかったぜ!」
黒毛の馬がゴールするなりシンタローは髪を掻き毟った。
どうやら目をつけていた馬が1着のようだ。VIP席にいる俺たちに飲み物を給仕した後も控えていた係員をシンタローが手招きする。

「なあ、次のレースあの茶色いヤツに賭けたいんだけどさ」
金ならあるけどどうすりゃいいんだよ、と生真面目に係員に尋ねるシンタローに俺はため息を吐いた。
……きっとこの国の人間は青の一族は競馬が好きだと思うだろう。



*



オペラグラスを片手にしたシンタローが片手に握っていた馬券を放り投げる。
外れたことに悔しがるシンタローに俺は散らばった馬券を拾い集めてから渡した。

「外れたからといって放り捨てるのは止めろ」
ハーレムと同じで行儀が悪い、と俺が忠告するとシンタローは眉を顰めた。
「ついやっちまっただけだ」
ちゃんと拾うつもりだった、と弁解するシンタローは本部の家でマジックに「吸殻と空になったお酒は片づけなさい」と怒られたときのハーレムと同じ表情だった。

「それに賭け事は叔父貴と同じで向いていないようだな」
ハーレムの横領した金のほとんどがなんとかホイミという馬に注ぎ込んだ裏づけがあったな、と俺は従兄弟に言った。
「……ツいてなかっただけだ!」
おまえだってやってみりゃ当たるのが難しいの分かるぜ。そりゃハーレムは行き過ぎだけどな、とシンタローは口を尖らせる。

「俺は別に団の金まで賭ける気はねえよ。ただゲームをおもしろくするスパイスみたいなもんだろ」
せっかくここへ案内されたのに昼寝を決め込むわけにもいかねえし、とシンタローが言う。

「何も賭けなくても」
いいだろう、大人しく見ていればと俺が言い返そうとするとシンタローが遮った。

「賭けでもしねえと馬が走ってるの何回も見たってつまらねえだけだろ」
あんまりうるさく言うなって、とシンタローは言った。

「おまえだってあと2回もレースを見れば退屈になるぜ」
にやっとシンタローは笑った。
だが、そういわれても俺は賭ける気にはならない。プライベートで来たならともかく来賓なんだから大人しくするべきじゃないのか、とシンタローに言うと従兄弟は「つまんねえヤツ」と鼻を鳴らした。

「……馬に賭ける気はないが」
「なんだよ」

「おまえがあと3回とも予想を外すのは賭けてもいい」
認めたがらないだろうがこの従兄弟はハーレムに似ている。きっと外す。ビギナーズラックなんて言葉も無縁に決まっている。
いやビギナーズラックは金の賭けていない最初のレースだっただろう。きっと。
俺の言葉にシンタローは立ち上がり「言ったな!」と人差し指を突きつけてきた。

「俺が当てたら吠え面かくんじゃねえぞ!」
「それはおまえの方だ」
「俺が勝ったら親父がファンに貰ったとかいう勝負パンツを履いてもらうからな!」
高松の鼻血で溺れてもらうぜ!とシンタローが背を逸らす。

「そっちがその気なら俺は……」
そうだな、と考えて俺はマジック伯父が片時も離さないシンタロー人形の存在を思い出した。

「マジック伯父貴の人形をリビングで作ってもらおう」
見られた瞬間、伯父貴の熱い抱擁が待ってるぞ、と俺が言うとシンタローは「やったろうじゃねえか」と乱暴に椅子に座りなおす。
次のレースを賭けようと係員を呼んだ従兄弟に俺はどうせ外れる、とほくそ笑んだ。

シンタローとハーレムはよく似ている。
いくら馬に注ぎ込んだところで……当たるわけがない。
■SSS.64「独占欲」 キンタロー→シンタロー遅咲きの桜が緑色の芝を埋め尽くそうとはらはらと花びらを風とともに落としていく。
花びらを落とす風はまだ春が本格的に訪れていないことを示すかのようにキンタローの首筋をひんやりと撫でるようにそよぐ。
木陰をゆっくりと抜けて、やわらかい日差しが注ぐテラスへと着くと車椅子を押していた黒髪の同行者がほうっとため息を吐いた。

「きれいだろ?コタロー」
シンタローは車椅子に座らせた子どもにそう問いかけた。
問われた子ども、シンタローの弟のコタローは何も答えない。
当然だ。この子どもが意識を手放し深い眠りに着いてからすでに1年が経つ。
方々手を尽くして最新の医療を注ぎ込んでもコタローは目覚めてはくれなかった。
病棟の最上階に隔離したこの子を兄のシンタローは暇をみては見舞った。玩具や花、ぬいぐるみを携えたシンタローと同行する度にキンタローは兄馬鹿振りを微笑ましいと思うよりも痛ましい気持ちを感じていた。
今だってそうだ。
患者の脳波に刺激を与えるのによいと聞いて散歩に連れ出した従兄弟にキンタローはやりきれない気持ちを感じている。

「いい天気だよ。目が覚めたらお弁当作ってくればよかったって思うぞ」
絶好の花見日和だ、とシンタローは弟へと微笑みかけた。
お兄ちゃんなんでも作ってあげるよ。ケーキでもハンバーグでも、とシンタローは弟の淡い金髪を梳きながら口にする。
目が覚めたら何をしてあげようか、とシンタローが口にするのはいつものことだ。
はらはらと落ちるピンク色の小片を手のひらに受けながらキンタローは眉を寄せた。
緑の芝を隠すのを飽きない桜は立ち止まる兄弟にもゆっくりと落ちていく。
淡い金色の髪に落ちた花びらをつまみあげるとシンタローは顔を上げた。弟の洋服を払いながらシンタローは笑う。

「本当、すげえよなあ。おまえにもついてるぜ、キンタロー」
くすりと笑いながらシンタローは指差した。指摘されてキンタローはスーツの肩を払う。
髪にもついてるぜ、と言われて頭を振ると噴出す声が聞こえた。

「なんか、おまえ犬みてえ」
笑うシンタローにキンタローはムッとした。
自然と歪む口元にシンタローはますます笑う。ほころびる花のように笑うシンタローの目には間近の弟は映っていない。
黒い目に揺らぐ金色がコタローのものではなく自分の髪であることにキンタローは安堵した。
髪が乱れるのにもかまわずに手でかき上げる。その仕草を「ムキになんなよなあ」とシンタローは呆れた様に言った。
キンタローを見る彼の表情はいつもどおりで、さっきまでのコタローを見つめるやわらかで切ない顔ではない。

きっと他愛無いこの会話が途切れれば、散歩を切り上げて病室へと戻ればまたシンタローは胸が締め付けられる様な顔をする。
そう思うとキンタローはもう少しだけ彼の視線を自分へと止めておきたかった。
従兄弟が愛する弟と過ごす時間は自分といるときよりもずっと少ないというのに。

「うるさい。おまえにも付いてるぞ、シンタロー」
ほら、とキンタローは躊躇いつつも手を伸ばした。

大人気ないかもしれない。
従兄弟の視線を小さな弟から奪ってしまうのは。
ただの自己満足だ。俺が目覚めないコタローに話しかけるシンタローを見たくないからというのは。


けれど。


黒い瞳が映す存在は他の誰よりも自分だけであってほしいとキンタローは思った。
性質の悪い独占欲だと感じてはいたけれど触れた指を引っ込めることは出来なかった。

「ああ……ここにもあるぞ」
うすいピンクの花びらは払い落としてもまた振ってきてきりがない。
どこだよ、と髪に手をやろうとする従兄弟をキンタローは押し止める。

「片手で車椅子を支えるわけにいかないだろう。じっとしてろ、俺が取ってやる」
おまえもすごいぜ、と散らばる花びらを見ながらシンタローはキンタローに言った。
そうか、と答えながらキンタローはゆっくりと長い髪から花びらを掬い取る。
悪いな、適当でいいからさ、と振り散る花を見上げながらシンタローは肩を竦めた。

きっと彼はキンタローの行動を親切心から出たものだと思っている。
混じり気のない純粋な気持ちからでなく、あってはならない感情がこもったものだというのに。

触れていたいから、自分を見てほしいからだというのが本当の理由だと知ったら俺たちの関係はどうなるんだろう。
木々がそよぐ音に紛れるようにキンタローはため息を吐いた。

好きだと言ってしまえば、楽だけれど……。

そんなこと言えるわけがない、と黒い髪に触れながらキンタローは眼下の小さな従兄弟を見た。

幼い従兄弟は眠りから醒める様子がまったくない。
子どものやわらかな頬に花びらが落ちるのを認めながらキンタローは従兄弟の髪から指を離した。■SSS.65「サングラス」 キンタロー←シンタロー飛行場の電光掲示板は1時間も前から同じ文字しか表示していない。
秘密裏に入国してくれと頼まれて、観光客を装ってきたのが悔やまれる。
こんなことなら部下たちと同じようにジープで隣国から入ればよかった。
この地域では飛行機だの電車だのの乗り物の時間が正確でないことは理解しているつもりだったけれども、こんなに暇を持て余すなんて思っても見なかった。
飛行場にはこじんまりとした土産物屋が一軒しかない。

「……ちくしょう。暇だー」
暑いしうぜえ、と俺は何度目になるか分からない言葉を吐いた。言いながらさらにこの状況が嫌になってくる。
隣に座っていたキンタローが顔を上げることすらせずに「そうか」と返してきた。

そうか、じゃねえよ。おまえは暇じゃないからいいだろうけどなッ!

時折、外から吹き込んだ熱風が肌を炙るというのにキンタローは涼しい顔をしている。
もちろん、俺と同じように汗をかいているけれどこいつはちっともヘバらない。
キンタロー。おまえ、よく平気だな!馬鹿みたいに体力はあるよなあ、と嫌味を言えば「おまえは髪が長いから余計暑いんじゃないか」とさらっとかわされた。
そのキンタローは、飛行機が来ないと言われても俺と同じように暇を持て余すことはなかった。
俺が暇だと文句を言ってもたまに口を挟むだけでずっと手元の本に集中している。
俺も何か本か携帯ゲームでも持ってくればよかったとキンタローを見るたびに思う。
そうしたら、少なくとも無駄な時間にはならなかった。大体、この空港のヤツらは補給に何時間かけるつもりなんだ。

(……クソッ)

イライラして余計に暑く感じる。水でも飲もうとガンマ団を出るときから携帯してきたペットボトルに手をやる。
触れた瞬間、軽いペットボトルが爪に弾かれて横に転がった。
……どうやらいつのまにか飲みきっていたらしい。
キャップを開けて逆さまにしてみると手のひらにぬるい水滴がふたつばかり落ちた。

「……そこの店で水買ってくる」
おまえもいるだろ、と立ち上がるとキンタローが僅かに顔を上げた。
頼む、と短い返事が返ってきたのを俺は背中で受けた。



*



足音を立てて戻ってきたのにキンタローの姿勢は変わらない。
相変わらず手元の本に集中している。驚かせてやろうと思ってたからちょうどいい。

「買ってきたぞ」
にやけてくる口元を抑え込みながら俺はキンタローの肩を叩いた。
キンタローの目線に合うように膝を少し落とす。伸ばした髪が前へと落ちていくのを片手で押さえながら、俺はペットボトルを突き出した。
読書を邪魔されたキンタローが顔を上げる。

「シンタロー。……なんだ?サングラス?」
どうしたんだ、とキンタローが目を丸くしながら言った。
「そこの土産物屋で買ったんだよ。日差し強いだろ。どうだ?似合うか」
サングラスの縁を指で軽く叩いてみせる。なんか言えよ、とキンタローに重ねて言うと従兄弟は褒めるどころか思いもかけない言葉を口にした。

「……そうだな。似合うというか……ハーレムみたいだな」
「は……」
ハーレム?どういうことだ、それは。
あのアル中の団の金を横領したロクデナシみたいだと?ちょっと待て、キンタロー!

「おい、待てッ!どういうことだよ!ハーレムみたいって!?」
聞き捨てならねえ、と掴みかかるとキンタローは「落ち着け」と手を挙げる。

「どういうことも何も……。単純に叔父貴のような風体というか、一般人には見えないと思っただけだ」
競馬場にいる叔父貴を想像してみろ、とキンタローは言った。おまえはその横にいてもおかしくないぞ、と断言されて俺はキンタローの肩を掴んでいた手を緩める。
「……あ、そう」
つまり俺はそっちの筋の人みたいってことか、と理解する。
それはある意味似合っているということなのか。どうなのか、と考えて俺は混乱した。
俺があのおっさんみたいな危険人物と同類だとするとコイツはどうなんだよ……。

「じゃ、おまえは……」
キンタローをじっと見ると彼は首をかしげた。おまえと同じだと思うが、と淡々と言われて俺は確かめたくなる。

「ちょっとかけてみろよ。おまえ、俺と違って根っからの軍人っつーわけじゃねえし」
白衣着てるとグンマと同じで強そうには見えないしな、と俺はかけていたサングラスを渡した。
キンタローはため息を吐いてしぶしぶサングランスをかける。

「……」
「……どうだ」
似合わないだろう、と言われて俺は沈黙する。
「シンタロー?」
「……まあ、観光客には見えねえな」

俺が答えるとキンタローはそうだろうと頷いてサングラスを外した。
それから、キンタローはペットボトルを取り上げると再び本に向かってしまう。一連の行動を見て、俺は一瞬、もったいないと感じた。


(……さっきの見て科学者だと思うヤツはいねえだろうな)


観光客どころかカタギには見えないタイプだけれど、うさんくささは感じない。
ハーレムと同じタイプの人間には見えなくて、そういうことよりもむしろ。


(……ちょっとカッコイイなんて思っちまったじゃねーか)

ks
■SSS.59「aromatic」 キンタロー×シンタロー軽くタオルドライをしたものの髪はまだ水気を持っている。
パジャマの上からタオルを引っ掛けた状態でとりあえず水分補給をしようと向かったキッチンから水音が聞こえた。

「誰かいんのか?」
ドアを開ける前に呼びかける。いるのが父親だとすると髪を乾かしきっていないことを小うるさく咎められる。
がしがしと拭き取りながら俺は「おーい」と叫んだ。できれば俺が強い態度を取れるグンマであって欲しい。
けれども水音が邪魔をして相手に聞こえなかった。

「親父~ぃ?」
グンマだといいな、と思いつつ室内に踏み入れると短めの金髪が見えた。
髪の長さは父親と同じくらいだけれども微妙に違う。金色だけれども父よりは色合いがうすく、それに空色のスーツを着ていた。
父親はイイ年をして未だにピンク色のジャケットを羽織る男だけれども、この色は着ない。
シンクの前に立っていたのはもう一人の従兄弟、キンタローだった。

「なんだ、おまえか」
タオルから手を離して呟くと背を向けていたキンタローが蛇口を止める。
平たい皿を拭きながら、キンタローは俺に向かって「シンタローか」と言った。

「ナニ?おまえ今メシ食ったのかよ」
「ああ」

夕食の席に着いたときに確かグンマからキンタローは研究室にこもっていると聞いていた。
こんな時間まで、と咎めるような視線を送ると仕方がないだろうとばかりに肩を竦められる。

「今日中に片づけたいことがあったんだ」
そう言いながらキンタローは食器棚に皿を仕舞う。それから、彼は横にある冷蔵庫を開けた。

「これでいいのか?」
炭酸水のボトルを掲げられて俺は頷いた。
「ああ。風呂入ってノド渇いちまったからな」
相変わらず従兄弟は自分のことは何でも分かるらしい。
礼を言いつつ、受け取るとキンタローはパタンと冷蔵庫のドアを閉めた。

「なんだよ?」
キッチンの電気は俺が消すぜ、とスーツのジャケットを着たままでいるキンタローに俺は言った。
ボトルの蓋がきゅぽんと小気味のいい音を立てて、それから炭酸の泡が浮き上がる小さな音が耳に入ってくる。
しゅわっと立った音を楽しみつつ、口をつけると口腔へと気持ちのよい冷たさが満たされた。
寒くなってきたけれども、やはり風呂上りには冷たいもののほうが美味い。

「キンタロー?」
いいんだぜ、とボトルから口を離して部屋に引き上げるよう促す。
だが、彼は俺に従うのではなく違う言葉を口にした。

「何のにおいだ?」
「はあ?」

キンタローは俺に近づいて、ボトルを手にする俺の手首を掴んだ。

「なッ!おい、ちょっと待て!零れるだろッ」
なんなんだよ、とボトルに慌てて蓋をする。
キンタローはといえば、身を屈めて俺の手に鼻を寄せていた。掠めるように吹きかかる息がくすぐったく、変な気分になる。

「レモン……?いや違うな」
石鹸を変えたのか、それともバスオイルかなどとキンタローは考え込みながら呟く。

「レモンって……ああ、分かった。このにおいいは柚子だぜ。冬至だろ」
風呂に柚子を浮かべたんだよ、と掴まれた手を払って説明してやるとキンタローは納得したような顔をした。
「そうだったな。おまえは昔から日本式で過ごすのが習慣だった」
日本支部で暮らしてたからか、とうんうんと頷く従兄弟に俺はそうかもなと投げやりな返事を返す。

「柚子湯に入りてえんなら、まだ何個か冷蔵庫にあるぞ」
キッチンペーパーに包めば掃除も楽だ、と教えてやるとキンタローはそうなのかと感嘆したように言った。





それから俺は炭酸水の残りを飲み干しながらキンタローに柚子の包み方をレクチャーしてやった。
適当にすればいいのに真剣な顔で柚子を包むキンタローの表情は見ていてなんだかくすぐったい気がする。
そのうちコタローが起きたときにはこうやって冬至の日を過ごすのかな。
そんなことを思い描いていると2個目の柚子に切れ込みを入れたキンタローが不意に問いを発した。

「伯父貴とグンマは使わなかったのか?」
何でこんなに買っておいたんだ、と不思議そうに聞く。
「残りは明日柚子釜にする……ああ、親父とグンマ?あいつらはやらねえよ」
「柚子釜、か」
「そ。たまには手の込んだもん作ってみたいし。
親父とグンマはバラとかバニラとか甘ったるいもんがすきだろ。柚子はミカンの入浴剤とかよりにおいがキツイからな。
いい柚子だと次の日まで体に香りが染み付いてるし」
だから柚子湯に入るのは俺とおまえだけ、とキンタローが包丁を洗い終わったらボトルを軽く水洗いしようと思いながら答える。
キンタローのほうも俺の行動が分かっていて、洗い終わっても蛇口は閉めなかった。


「そこ閉じたら出来上がりだからな」
ちゃぷちゃぷとボトルを揺すりながら水で洗う。
するとキンタローはできたぞと袋仕立てにしたキッチンペーパー俺に見せながら口を開いた。


「これで今日は俺も柚子湯だ。……そうすると俺とおまえだけが明日同じにおいなんだな」
キンタローの言葉は思いついたまま口にしたものでとくに含むような響きはない。
だから、普通に相槌を打てば言いだけのことなのにそうだな、と答えた俺の声は思いもかけず上ずった。


「シンタロー、それは」
「え、ああ?」
柚子の入った袋を手にしたキンタローが怪訝そうに俺を見る。

「いつまで洗ってるんだ……捨てるぞ」
変なヤツだな、と言いながらキンタローが俺の手からボトルを取り上げる。
一瞬だけ触れた指先が不意に先ほど手首を掴まれたときに感じた呼気を思い出させ、冷めたはずの肌が風呂上がりのように火照り始める。

(ちくしょう。これから寝るのに考えちまうじゃねえかよ)

この後、キンタローの肌が自分と同じ香りがするのだ、と意識して俺はどうしようもなくどきどきした。
誤魔化すようにかき上げた髪の先からも柚子の香りがして、どうしていいのか分からない。■SSS.60「可愛くない」 キンタロー×シンタロー渡された紙は5枚もあって俺はうんざりした。
ターゲットの部隊に潜入するくらい士官学校生の時分からもう何度もやってるのだ。
それでも生真面目にペンを持ってチェックしようとするキンタローには逆らえず、俺はしぶしぶテストを受けるはめになる。
5枚にわたってびっしりと潜入組織のデータやら俺の偽名での設定、この場合はどういう行動をとるべきか、などといった問題が印刷されている。
とっとと終わらせてコタローの顔でも見に行こうと俺は1問目に目を走らせた。


*


「その発音は綺麗過ぎる」

俺だって口に出してから気づいたんだ。
もっと乱暴にクチを聞けって言うんだろ。分かってるっつうの。さっきまで出来てたんだからな。
ちょっと間違っただけじゃねえか、うるせえな。

「俺は指摘をしたまでだ。ボロを出して捕まりたくなかったら気をつけろ」
現地の発音に近づけろ、と笑みを浮かべながらキンタローは俺を見た。
くそっ。むかつくヤローだぜ。
だいたいなんでコイツが監督するんだよ。
他にもいるだろ、他にも。

「そこの発音は正しくはこうするべきだ……分かったか?シンタロー」
ちくしょう!その口、止めろ。自分が優位だからって笑いやがって!!
あーホントむかつくヤツだ!本当になんでコイツなんだよ!!

「……手の開いてるのが俺で残念だったな」
次の問題はまだか、とキンタローはチェック表にバツをつけながら俺を見る。
やってやろうじゃねえか。


「――で、どうだよ?合ってるか?」
間違っていないはずだ。めちゃくちゃ自信がある。ほら、とっとと言えよな。
睨みつけるとキンタローは息を吐いて、
「……正解だ。次もそうだといいな、シンタロー」
と言った。
いちいち気に障るやつだぜ。
まあいい。とっとと終わらせるか。コタローが待ってるんだ。俺の可愛い弟のコタローが。

「顔が緩んでるぞ、シンタロー。コタローのことは後で考えろ」
……うるさい。なんでもかんでも俺のこと分かりやがって。
24年間観察してたからって言われりゃおしまいだけどな、いちいち指摘すんじゃねえよ!
コタローと違って可愛げのないヤツだぜ。

「コタローのことは後にしろ」
次も間違えるつもりなんだな、と笑われて俺は本気で腹が立った。
ああ、ホントうるせえヤツだな!可愛くねえ!

「間違える気なんてねえよ。ほら、次だ。次」
チェックしろと言ってキンタローを睨むと笑った。



「――どうだよ?合ってるだろ。完璧な発音だし、これ以上ない答えだと思うぜ」
正解だという自信はさっきよりある。
得意気にキンタローに宣言すると従兄弟はふっと口元を緩めた。
さっきまでの俺の失敗を指摘するような笑い方とは違う。どちらかといえばやわらかい印象の笑みだ。

「……おまえのそういう、俺に対してむきになるところは可愛いな」
ああ、それは正解だ、と付け加えてキンタローは俺を見た。
次はどうなんだ、と問いかけるキンタローに俺はぐっと詰まる。
慌てて紙を1枚捲ると笑い声を噛み殺す気配が伝わってきて、俺は照れくさいと同時に苛立ちも感じた。
むかつく。ほんとむかつく。
なんでそういうこと言い出すんだよ。

「次は……ちょっと待ってろ」

集中しろ、集中。これが終わったら
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