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PAPUWA~YOUR SMILE~
3/4




「――で、シンちゃんは確かにお家にいるんだね?キンタロー」
「家にいるとは言っていません。ただ、シンタローは料理をするのが好きだと」
「ああ、そうだったね。ゴメンゴメン」

マジックとキンタローは自宅へと向かう車の中にいた。
あの後、「シンちゃんがどこにいるのか教えて!」と迫るマジックにキンタローは彼なりに奮闘したのだが、

『じゃあヒントをくれないかな』
『ヒント……?』
『そうだよ。答えは言わなくてもいいからヒント』

という子ども騙しなマジックの誘いにあっさり乗ってしまった。

『……。シンタローは』


料理好き、というヒントにマジックは迷わず自宅のキッチンを思い浮かべた。
シンタローは口では面倒だ何だとぶつぶつ言うが、料理も掃除も実はそう嫌いな方ではない。
単純に、人が喜ぶ顔を見るのが好きなのだろう。
料理を作る事が気分転換になる事も多いらしく、たまに凝った料理を作ってはマジックやキンタロー、グンマ達に振る舞っていた。
流石に総帥を継いでからは忙しくてそんな機会もめっきり減ってしまったが、自宅のキッチンはシンタローがいつでも好きなように使えるように、キチンと整えてある。
喜ぶ息子の顔が見たくてマジックは、キッチンを三ツ星レストラン並に使いやすさを極限まで追求した本格志向のデザインに造り直し、道具も世界中から取り寄せた最高級の品で固めた。
無駄に広いキッチンはどう見ても個人の家にあるものとは思えない。
初めて見た時、唖然としていたシンタローにマジックは「どう?どう!?気に入ってくれたかなシンちゃんッ!!」とはしゃぎまくって感想を求めた。
愛する息子からの返答は「無駄遣いすンなッッツ!!」という厳しいお怒りの言葉と眼魔砲だったわけだが。
それでもキッチンを気に入ってくれたらしい、という事はシンタローを見ていれば分かった。
比較的時間に余裕があって家に帰れた時は、キッチンで簡単な料理をしたり、道具の手入れをしたりしているのをマジックは知っている。
そうする事で多少ストレスが軽減され、落ち着けるらしい。
家の中でもお気に入りの場所になっているようだ。

「ハァ~……シンちゃんってば、ほんっっっとに可愛いなァ~。パパはメロメロだよ」

うっとりと呟くマジックの隣で、キンタローは「何故あのヒントだけでバレたのだろう……」とちょっとだけヘコんでいた。

「でもわざわざ仕事を早く切り上げて、キッチン……?例のブツというのも分からないが……シンタローはお料理教室でも開いているのかい?」

マジックは独り言のように呟いた。
無論冗談だが、マジック自身も料理は好きなので2割くらいはもしかして……?と思ってしまった。
だが考えても有力な答えは出ず、マジックは不思議そうに首を捻った。

「ねぇキンタロー。いったい……――と、どうやら着いたようだね」

車が速度を落としたのに気付き外へ視線を向ければ、見慣れた我が家に明かりがついているのが見えた。
予想が当たった事にマジックはパッと顔を輝かせた。
早く車を下りたそうに組んでいた足を崩し、ワクワクした様子で身を乗り出すその姿はどこからどう見ても無邪気な子どものものだ。
車が静かに音も無く家の前に止まると、マジックは運転手がドアを開ける前に飛び出した。
もう先刻まで抱いていた疑問は吹っ飛び、とにかくシンタローに会いたくて仕方ないらしい。

家のドアをぶち破る勢いで中に入ると、マジックは

「ただいまシンちゃーーんッ!!」

と喜色満面で叫んだ。少しの間があってから、パタパタと玄関へやってくる誰かの足音がし――。
ひょい、と顔を覗かせたのは

「お帰りなさ~い。おとーさま」

へらり、と気が抜ける笑顔を浮かべた金髪の息子の方であった。
マジックは「ただいまグンちゃん!」と応えながら家に上がる。キンタローもそれに続いた。

「あ、キンちゃんもおかえり。二人とも早かったねぇ~」
「すまん、叔父上には勝てなかった」
「うん、僕は元々あんまり期待してなかったから。気にしなくていいよォ~キンちゃん」
「……何!?俺に、いいか、この俺に期待していなかったというのかお前は!?」
「キンちゃん、わざわざ二回言って自分でダメージ増やす事ないのに……」

悄然として肩を落としたキンタローの背中をグンマはぽんぽんと叩いてやった。

マジックはキョロキョロと辺りを見回したが、シンタローが出てくる気配は無い。

「グンちゃん、シンちゃんはキッチンかい?」
「あれ?キンちゃんそんな事も教えちゃったの?もうッ、ダメじゃないかー」

ぷんぷんと怒る従兄弟(20代も後半戦に突入済みの成人男子)の言葉にキンタローはますます落ち込んだ。

「シンタローが何をしているのかは言っていない。だが事が露見するのは最早時間の問題だ。……グンマ、俺はシンタローに申し訳が立たん。これでアイツからの信頼を失ってしまったら……ッ、俺はスーツを脱いでトックブランシェを被る!!」
「トックブランシェ……コック帽?落ち着いてキンちゃん!シェフはシンちゃんとおとーさまがいるからもう十分だよ!!」
「何!?俺は必要ない子なのか!?」
「そんな家なき子みたいな事言わないでよキンちゃん!」

「こらこら、パパを無視するんじゃありません。……ていうかお前達、どさくさまぎれに時間稼ぎして私をシンちゃんのところへ行かせないつもりだね?」

冷静にツッコミを入れられてグンマは「あ、バレちゃった」とあっさり認め、キンタローは「時間稼ぎだったのか!?」と驚愕した。
マジックはそんな二人を見てやれやれ、と苦笑いする。

「じゃ、私はシンちゃんに会いに行って来るよ。三人で一体何を企んでいたのか知らないが……グンちゃんもキンちゃんも邪魔しちゃ嫌だよ?」
「……」
「は~い、おとーさま」
「うん、グンちゃんイイ子のお返事だね!」

マジックは手を伸ばして、腰を屈めたグンマの頭をエライエライと撫でてやった。傍から見ると異様な光景だがグンマは素直に「わ~い、褒められちゃった」と喜んでいる。
キンタローは一瞬返事に詰まったが、ココで無理に止めてももう意味が無いだろうと判断し、「はい、分かりました」と頷いた。
マジックはその返答に満足そうにニッコリと笑い、うきうきとスキップするような足取りでキッチンへ消えていった。

「……シンちゃん、怒るだろうね~」
「ああ。後のフォローが大変だ」
「様子見に行く?」
「……」

グンマとキンタローは顔を見合わせ。
二人同時にうん、と頷き合った。









「シンちゃんただいま~~~ッッ!」

子どもの姿になると中身まで退行してしまうのか、マジックは理性も何もかもかなぐり捨てて「会いたかったよ!!」と叫びながらキッチンに入るなりシンタローの背中へ飛びかかるように抱きついた。

「うおッ!?…っぶねッッ!」

いきなり抱きつかれた方は堪ったものではない。子どもにぶち当たられた程度でシンタローがバランスを崩すはずもないが、手に持っていたボウルを取り落としそうになって慌てて腕の中に抱き込む。

「あっぶね~!落としたらやり直しになるとこだった……オイっ、いきなり何しやがンだよ!」
「あ、ゴメンねシンちゃん。何か作ってるところだったんだね?パパ、お前を見たら我慢できなくてつい……奥底からわきあがってくる衝動というか本能に従っちゃったよ」
「んな怖えぇモンは今すぐ捨てろ!」

シンタローはボウルを台の上に置いて怒鳴ったが、身をよじってマジックの方を見ると――腰に抱きついている美少年が上目遣いに自分を見上げて「……ゴメンね?」と申し訳無さそうに謝っている。
不覚にも一気に血圧が上がった。ぶーーー、と勢い良く鼻血が噴き出す。

「大丈夫かいシンちゃん!?ホラ、ちょっと屈んで。パパが拭いてあげるから」
「うう……見た目は美少年でも中身はオッサン、変態親父、騙されンな俺……ッ」
「シンちゃん、こんな時でもパパに精神攻撃するの?」

必死に自分に言い聞かせるが身体は言う事を聞かないらしく、シンタローは素直に身を屈めた。
マジックは上機嫌でシンタローの鼻血を取り出したハンカチで拭ってやり、

「……フフ、子どもの頃に戻ったみたいだねぇ~。シンちゃん可愛いッ!」

とデレデレと相好を崩した。
中身が50代のナイスミドルとは思えないほど隙だらけの姿だが、そうしている方が今はむしろ歳相応に見えて可愛らしい。
ブラコン・ビジョンではますますコタローに似て見えて、シンタローの鼻血噴出量は増加した。

「シンちゃん、後で増血剤飲んでおこうね」
「親父もナ」

どっちもどっちの親子であった。


* n o v e l *





PAPUWA~YOUR SMILE~
4/4




「シンちゃんの鼻血付き!記念に……」と持ち帰ろうとするマジックから「ンなもん持ち帰ってどーするつもりだ!」とハンカチを強引に奪い取った辺りで、シンタローは漸くハッとした。

「ッつか、何で親父がココにいンだよ!?場所教えてもねーのに」
「フフ、パパから逃げられるとでも思ったのかい?やだな~シンちゃん、パパはお前のいるところならどこへでも駆けつけるよッ」
「トラウマになっからサラリとストーカー発言しないで下さい」
「今更だろう?」
「テメーが言うなッ!!」

会話を交わしながらもシンタローはどこか落ち着かない様子だ。
マジックの正面に立って台の上を見せないようにし、「用がねーンならとっとと帰れヨ!」と言ってマジックを追い返そうとする。
何か料理をしていたのは間違いないが、何故隠そうとするのかが分からない。マジックはキョトンとしてシンタローを見上げる。

「?一体何をそんなに…………ん?」

甘い香りがするのに気付き、マジックはおや、と眉を上げた。
そういえば先程抱きついた時に、シンタローが持っていたボウルの中がチラリと見えたがあれは真っ白の生クリームだったはずだ。

「お菓子を作っていたのかい?でも生クリームを使うお菓子とは、コッテリしているなぁ。夜食なら消化のいいあっさりしたものの方が」
「だぁぁッ!うっせーよ!いいから親父は出てけってば!!」

シンタローは何故か赤くなって、マジックの身体を強引にくるりと反転させるとその背中を押して無理矢理キッチンから追い出そうとした。

「ちょっ、ちょっとちょっと!シンちゃん!?パパ何か気に障る事でも言った!?」
「オメーの存在そのものが気に障るわッ!」
「またしても全否定!?それは本気で傷つく……」

ちーん。

マジックが何か言いかけた時。
それを遮るように、オーブンが軽やかな音を上げた。
シンタローはびくっと立ち止まり、「げッ、何でこのタイミングで……!」と顔をしかめた。
先にマジックを追い出すべきかどうか一瞬迷ったが、出来上がったものをオーブンから取り出す方が先決!という結論に達したらしく、仕方なくシンタローはマジックから離れてオーブンの前へ向かった。
慣れた手つきでオーブンの中から何かを取り出すシンタローの後ろ姿を、マジックは興味をひかれて見つめる。
マジックが近づいてくる気配を感じ取ったシンタローはますます不機嫌そうにぶすくれたが、もう諦めたらしくハァ~、と嘆息するだけで何も言わなかった。
シンタローの手元を覗き込み、マジックは小さく息をのんだ。
綺麗に焼けたふわふわのスポンジ。
それが意味するところは一つしかない。

「シンちゃん……もしかして、ケーキ作ってたの?」
「……他に何があンだよ」
「じゃ、じゃあそれパパのバースデイケーキだったりする!?」

思わずどもったマジックにシンタローは不機嫌そうな顔を崩さないままプイとそっぽを向いた。
怒っているように見えるが、それがただのポーズである事はその微かに赤くなった頬を見れば明らかである。


「シンちゃん……ッッツ!!!」


感激してマジックが目を潤ませていると、背後からキンタローの声がした。

「シンタローは初めからケーキを作るつもりで昨日の内に材料も全部用意していた。仕事の調整もしていて本当は今日の昼過ぎにケーキ作りを開始、夜には皆でそのケーキを食べながら叔父上の生誕を祝う予定だった。しかし叔父上に付き纏われたせいで、途中でガンマ団を抜け出してケーキを作っておくという事ができず夕方にはあらかた終了するはずだった仕事もプレッシャーの為か思いの外長引いてしまい、予定は大幅に狂う事に。結局強引に叔父上をまいて何とか12時を過ぎる前にと焦ってケーキ作りをしていた訳だが、何故か驚異的な叔父上の勘によってシンタローの居場所はバレてしまい現在に至る」
「ハッハッハ、長ゼリフで説明ありがとう」
「てンめぇッ!キンタロー!」

裏切り者ー!と怒り狂うシンタローをマジックはまぁまぁと宥める。
結果としてはキンタローのおかげでシンタローの気持ちが分かったので、随分寛大な気分になっているらしい。
怒られてヘコんでいるへたれな紳士は、グンマが「はいはいキンちゃんも頑張ったんだよね~」とテキトーに慰めた。
いつの間にかキッチンに全員集合してしまい、シンタローは赤くなって「ちっくしょぉ~~」と悔しそうに唸った。

「何でこの俺がこんな羞恥プレイ受けなきゃなんねーンだよッ」
「えッ、シンちゃんはそういうマニアックなプレイがお好き!?」

つい過剰反応したマジックにシンタローはデコピンを食らわせた(かなり手加減はしたが)。

「ッたく……見た目はせっかくコタローにちょーーーっとだけ似てる美少年だっつーのに。中身は普段のまんまだナ!」
「そんなパパが大好きなんだよね、シンちゃんは!」
「ハァ?頭腐ってンのかテメーは!」
「だってケーキ作ってくれたじゃない」
「……ッ」

痛いところをつかれてシンタローはぐっと言葉に詰まった。

「あっ、シンちゃん赤くなってる!かわい~」

余計なツッコミをしたグンマにシンタローは「うっせー!泣かすぞグンマッ!」と子どもの頃からのお決まりのセリフを吐いた。
だが子どもの頃と違い、グンマは怯えた様子も無く「やっぱり仲良しさんだね~シンちゃんとおとーさま」とのほほんと笑っている。
その隣でキンタローが少しだけ複雑そうな顔をして「……」と黙り込んでいた。
キンタローの表情は、ちょうど母親(この場合シンタローの事である)を取られてムッとしている子どものそれとよく似ていた。
俺の周りはガキばっかか!とシンタローは思わず脱力した。


その力が抜けた時を見計らったように、

「ありがとうシンちゃん。大好きだよ」

本当に嬉しく嬉しくて仕方ないという顔をして、マジックが笑った。
油断したところをつかれて、シンタローはますます赤くなってしまい悔しそうに「くそ……」と呟いて顔を背けた。

「ねぇシンちゃん!せっかくだから、一緒にケーキ作りしよう?」
「……ハァ?何でだよ、今日はアンタの誕生日なんだから大人しく待っとけ」
「子どもの時は毎年一緒に作ったじゃない」
「そりゃ……でも、ガキの頃の俺はほとんど何もできなかったから、結局親父が一人で作ってたようなもんじゃねーか」
「違うよ。二人で作ったからあんなに美味しかったんだよ?あのケーキは」
「……」

優しい笑顔で言われて、シンタローは黙り込んだ。
ね?と顔を覗き込まれてしまっては逃げ場も無い。
この歳になって息子と父親が一緒にケーキ作り……想像すると鳥肌が立つ。
だが、そんな顔を見せられてしまっては、抵抗などできるはずもなく。

「…………あと残ってる作業なんて、デコレーションくらいのもんだぞ」

ぽそ、と呟くように言うシンタローに、マジックは満面の笑みで「うん!」と頷いた。


「――キンちゃん、僕らはもう行こ」
「……なに?だが俺はまだ」
「いーからいーから!二人っきりにしてあげようよ。今日はおとーさまの誕生日なんだよ?」

渋るキンタローの背を強引にグイグイ押して、グンマはキッチンを出る間際に一度だけ振り向くと、マジックに向かってイタズラっぽくウインクしてみせた。
バイバイ、と手を振ってキンタローと共にキッチンを出て行く。
マジックは小さく苦笑して、心の中でグンマに礼を言った。
そのやり取りに気付かなかったのかそれとも気付かないフリをしているのか、シンタローは腕まくりをすると「親父!早く手ぇ洗ってコッチ来いよ!」とぶっきら棒に呼びかけた。
マジックは飼い主に呼ばれた犬のように、「はいはいシンちゃーん!」とご機嫌で駆け寄った。


綺麗に石鹸で手を洗い、シンタローと同じように腕まくりをする。
マジック専用のピンクのエプロンはサイズがかなり大きかったが、まぁ着れない事はないだろう。戸棚から出してしっかりと身につける。
ぶかぶかのエプロンをつけたマジック少年の姿にシンタローがまた鼻血をふいたりもしたが、和やかに親子のケーキ作りは進んだ。
フルーツを切る為にマジックが包丁を握ると、シンタローは心配そうにチラチラと視線を送る。
中身はマジックだと分かってはいても、子どもに刃物を握らせる事に抵抗があるのだろう。

「……オイ、指切ったりすンなよ?」
「大丈夫だよ。パパがお料理上手だって事、シンちゃんが一番よく知ってるだろう?」
「そりゃまぁそーだけど……って、包丁持ってる時はよそ見禁止ッ!」

過保護とも言えるシンタローの言葉に、マジックは堪えきれなくなってくっくっ、と笑いをもらした。
シンタローはムッとして口をとがらせる。

「あンだよ。何か文句でもあンの?」
「いや、そうじゃないけど。――何だか立場が逆転したみたいだね。昔はパパがハラハラしながらシンちゃんを見てたんだよ?」

懐かしいなぁ、とマジックは目を細めた。
シンタローは子どもの時から手先が器用だったが(よくお手製の殺傷力抜群の罠でマジックを翻弄してくれたものだ)、どうも向こう見ずなところがある。
しかも筋金入りの負けず嫌いだから、「お前にはまだ無理だよ。パパがやってあげるから、貸してごらん」などと言おうものなら「いーよ、俺がやるッ!」とムキになって絶対に包丁を渡そうとしなかった。
その結果、楽しいはずの親子の料理教室が危険な流血ショーになってしまった事も幾度かある。
怪我そのものは毎回そう大したものではなかったのだが、まだまだ甘えん坊だったシンタローは怪我をする度に泣いたので、それを見たマジックが鼻血をふいて被害が拡大――というのがパターンだったのだ。
その後はしょんぼりしているシンタローをマジックが抱き上げて散々甘やかし――――と、そこまで思い出したところで現在のマジックはシンタローの方を見た。
シンタローも子どもの頃の事を思い出していたのか、バツが悪そうな、照れ臭いような表情を浮かべている。
マジックがこちらを見ているのに気付くと、フンッとそっぽを向いた。

「今はアンタがガキだろ。せいぜい怪我しねーように気ぃつけるンだな」
「心配してくれてありがと、シンちゃん」
「だ~れが心配なんかすっか!」

ケッ、と悪態をつき、シンタローはスポンジに生クリームを塗る作業を始めた。
綺麗に塗れたらマジックが切ったフルーツを乗せて、また上からクリームを乗せていく。
何段か重ねて、最後に丁寧にデコレーションを済ませれば立派なバースデイケーキが出来上がった。

「――おしッ、完璧!どーだよ親父、うまそーだろ!?」

自慢げに言うシンタローに、マジックはニコニコして頷いた。

「ああ、とっても美味しそうだね。流石シンちゃん!」
「今回は親父にも手伝わせてやったけどナ。俺一人でもちゃんと出来ンだぜ?」
「もちろん!シンちゃんの腕はパパもよく知ってるよ」
「……まぁ、二人で作ンのも悪くはねーよな」

小さく呟かれた言葉にマジックは「えッ」と反応する。
だがシンタローは何事も無かったかのように「さぁ~て、片付け片付け!」とマジックに背を向けてしまった。

「シンちゃん……」

マジックは聞き返そうかとも思ったが――クスッと笑って、それ以上追求するのはやめた。
意地っ張りなこの息子は、二度は言ってくれないだろう。


「あ、ちょっと生クリーム余っちまったなー。全部使い切るかと思ったンだけど、焦ってたから分量間違ったみてぇだな」

もったいねぇ、と独り言を言って、シンタローはボウルの中の生クリームをどうしたものかと眺める。
それを聞いたマジックはシンタローの隣に並んで弾んだ声で提案した。

「シンちゃん、ちょっとつまみ食いしちゃおうよ二人で!」
「は?つまみ食い?」
「そう。ケーキは後で皆で食べるからまだ手はつけないとして……この余った生クリームくらいなら、今食べちゃってもいいんじゃない?」
「って……クリームだけを?」

シンタローは釈然としない様子で僅かに眉を寄せた。
味見ならまだしも、生クリームだけをつまみ食いしてどうするんだ。
どうせ今夜か明日は嫌ってほどケーキを食うハメになるのに、と。
しかしマジックは「ね?そうしようよ!」とやたら上機嫌で勧めてくる。
シンタローもそこまで反対する理由は特に見つからなかったので、「……ま、いっか。コイツ一応誕生日だし」とマジックに対して寛容な気持ちになり、「わぁったよ」と頷いた。
スプーンを取ってこようとするシンタローをマジックが止める。

「わざわざそんなもの使わなくても、指ですくい取って舐めればいいだろう?」
「あ?……珍しーな、親父がそういう事するなンて」
「たまには、ね」

腐っても英国紳士と言うべきか、マジックはそこら辺のマナーにはそれなりに厳しい。
らしくないマジックの提案にシンタローはいささか驚いて目を瞬かせた。
が、「この量ならどうせ全部食べきっちまうんだし……ま、たまにはいいだろ」と思い直し、スプーンを取ってくるのはやめた。
マジックが先にクリームをすくい取り、ペロ、と一口舐める。

「……うん!甘さ控えめだね。美味しいよ」

シンタローは「とーぜんだろ」と偉そうに返すが、褒められて悪い気はしない。
自分も一すくいして口に運ぶと、上品な甘さが口内に広がった。

――あまり認めたくはないが、自分の作るケーキはマジックの作るケーキとよく似た味がする。
無意識の内に同じ味を再現しようとしてしまっているのか、それともマジックの作るケーキが自分の好みにムカつくくらいにピッタリなのか。

どちらかは分からないが、どちらにしろ、マジックの影響を色んな意味で強く受けてしまっているのは間違いない。
幼い頃のあの優しい思い出は、結局二人で共有しているのだ。


シンタローはほんの少しの間、昔を思い出してぼんやりとした。
くすぐったくて照れ臭い、が、悪くはない。

「シンちゃん?どうしたの、ぼーっとして」
「……ン?ああ、いや……何でもねーよ」

顔を覗き込まれて、シンタローは珍しく穏やかな口調で答えた。

「……あ。シンちゃん、生クリームがついてるよ?」
「え、マジ?どこ?」
「拭いてあげるから、ちょっとしゃがんで」
「ん」

シンタローは素直にしゃがんだ。
マジックの両手が伸びて、シンタローの頬を優しく撫でる。そのままサイドの髪を愛おしむように梳いた。
生クリームを拭う仕草ではない。
きょとんとするシンタローに、マジックは微笑みかけた。

「――今日は最高のバースデイだったよ。ありがとう、シンタロー」

避ける間もなく、マジックの顔が近づいて。
頬の――唇に近いぎりぎりの場所にちゅっとキスをされた。
離れる間際にぺろりとそこを舐められる。

「……なッ!?」

驚いてシンタローは口をパクパクさせるが、マジックはそれさえも愛しそうに眺めて微笑んでいる。

「……テメッ、また嘘かよ!」

顔を真っ赤にして昼間の不意打ちのキスを思い出してそう怒鳴るシンタローに、マジックはアハハ、と声に出して笑った。

「今回はホントだよ。唇の横についてたクリーム、甘くてとっても美味しかった」

ごちそーさま、とウインクされてシンタローは拳を握り締める。だが美少年姿のマジックにはどうしても攻撃できない。
タチがワリー……!と忌々しげに呟いた。

「ねぇ、シンちゃんもパパにキスしてよ」
「……はッ!?寝ぼけてンのかクソ親父!?」
「唇にとは言わないから、せめてほっぺたにキスしてほしいな~」
「しねーよ!夢見ンなイイ歳して!」
「子どもの頃はしてくれただろう?」

それに、と続けられた言葉にシンタローは「うっ……」と詰まった。

「今年はまだ、ハッピーバースデイを聞いてないよシンタロー」
「……」


ちくしょう……とシンタローは小さく唸る。
どうして歳を取ってもコイツはコイツのままなのか。
シンタローが大人になっても。シンタローが本当の息子じゃないと分かっても。
向けられる眼差しは変わらない。
鬱陶しいまでに、愛を囁いてくる。

――シンタローは暫し思案してから、「ハァ……」と深く溜息をついた。
じっと自分を見つめる青の瞳。
子どもの姿になっても、感じる気配はマジックのものだ。だからシンタローは、普段ならもっと「コタロー似の美少年!」と過剰に反応するところをギリギリで抑えられていたのだ。
美少年でも。僅かにコタローの面影があっても。コイツはマジックだ、と思う気持ちがどこかでブレーキになっていた。
そうでなければもっとベタベタに甘やかしていたしキスもここまで躊躇しなかっただろう。
マジックだから、ブレーキがかかる。
マジックだから自分はこんなにも特別に感じるのだ。
どんな姿になっても気持ちは変わらない。

表現の仕方は違っても、「変わらない」という点においては同じだ。マジックとシンタローが互いに向ける感情は似通っている。

気付きたくないが薄々気付いてしまって、シンタローは「あーあ……」と天を仰いだ。
しょーがねーか、と男らしく覚悟を決めて。



「――Happy Birthday……父さん」



囁いて、シンタローはマジックの頬にキスをした。





* n o v e l *





PAPUWA~YOUR SMILE~
5/4




~オマケ~



シンタローがキスしたと同時に、突然マジックの身体がぐぐっと膨れ上がる。
シンタローは驚いて「ぅわッ!?」と仰け反った。

「なッ、何だ何だぁッッツ!?」

ビビリまくるシンタローの前で華奢だったマジック少年の身体は見る見る内に成長を遂げ、負荷に耐え切れなくなった真紅のスーツがビリビリと破れていく。
広い肩幅、厚い胸板、美しい筋肉の陰影……子どもらしい柔らかさの残っていた頬はその身体に見合ったシャープな顔立ちへと変貌を遂げる。

「……ッ、う……」

マジックは――元の姿に戻ったマジック(50代も後半戦のナイスミドル)は、低く唸って軽く頭を振った。
急激な身体の変化についていけず苦しそうに荒く息をついていたが、暫くしてふっと身体の力を抜いた。
呼吸も楽になり、いつの間にか瞑っていた目も開けて漸く人心地つく。
目を開けて真っ先に飛び込んできたのは、何故か硬直してこちらを凝視している愛する息子の姿だった。

「……どうしたんだい?シンちゃん」
「…………」
「何をそんなに見つめて――って、おや」

マジックはシンタローの視線を追って自分の姿を見下ろし、事態を悟った。

「そうか、元に戻ってしまったんだね。グンちゃんは明日まではあの姿のままだと言っていたんだがな……」

マジックは少し複雑そうに苦笑いした。元に戻って残念なようなホッとしたような。
だがすぐに笑顔になり、

「でもお姫様のキスで魔法が解けるだなんて、何だか童話みたいだね!」

とメルヘンチックな事を口走った。
呪いを解くのは王子のキスだろーが!と即座にツッコミが入るかと思われたが――シンタローは動かない。
いや、正確に言うと動けないのだ。
何故なら、今シンタローの目の前に広がっている光景はというと――


ビリビリに破けた服の切れ端と、ピンクのエプロンだけを纏った無駄に美形な中年男性


――である。

率直に言って、キモイ。怖い。グロイ。
男のロマン・裸エプロンは可愛い女の子がやるからこそ燃えるのであって、決してこのようなマッチョな英国紳士にしてほしい格好ではない。
しかもシンタローは今さっき、その頬にキスまでしてしまったのだ(しかもしかも、平静を装ってはいたが結構ドキドキしていた)。
ドキドキを返せ、いやむしろ全て忘れさせてくれ、とシンタローは心の底から思った。


苦虫を百匹は噛み潰したような顔をしている息子に、妙なところで空気の読めない父親はニコニコしながら顔を近づけたが、

「……ねぇシンちゃん!やっぱりパパ、キスは唇にしてほし」
「死・ねぇぇぇぇぇぇッッツ!!!」


希望は叶う事無く、遠慮も会釈も無いシンタロー渾身の蹴りが炸裂して彼はキッチンに沈んだ。


「……ばっかじゃねーーーの!?」

シンタローは顔を赤くしてそう吐き捨てると、完成したケーキだけを持ってずんずんと足音も荒くその場を立ち去った。



「ほ、ほんとうに容赦無いなぁシンちゃんは……パパが戻った途端にコレかい?」

ボロボロになりながらも何とか身を起こしたマジックは、「……おかげで可愛くて可愛くて仕方ないよ」とまた懲りない事を呟いて、やれやれ、と笑った。





翌日。マジックのバースデイパーティーがグンマとキンタロー主催で行われ、シンタローがマジックと共に作ったケーキは皆で美味しく食べられる事となった。
シンタローの機嫌はまだ下降したままでマジックの方をろくに見ようともしなかったが。
マジックの、

「コタローのバースデイケーキは、私とお前とグンマ、キンタローの四人で作ろうね」

という一言に、ちらっと彼の方を見やり



「……。もうつまみ食いはナシだかンな」


わざと嫌味っぽく低い声でそう答えた。

「お前が望むのなら」
「しねぇって?」
「ああ、しないよ。お前がしてほしくないと、本当に望むのならね」

からかうような見透かすようなその言葉にシンタローは一瞬ムッとして眉を寄せたが、グンマやキンタローが美味しそうにケーキを食べているのが目に入り、不機嫌な顔を持続させるのは難しくなった。


「……親父」
「何だい?シンタロー」
「コタローのケーキは、世界で一番うまいの作ってやろーぜ」


マジックは「もちろん!」と即答してシンタローにウインクしてみせた。
シンタローはわざと呆れたフリをして「ばーーーか」と悪態をつき



漸くマジックに笑顔を見せた。









~END~










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* n o v e l *





PAPUWA~YOUR SMILE~
1/4




「ねぇねぇシンちゃん!明日は何の日か覚えてる?」
「ああ?明日ぁ~?」
「そう!12月12日だよ」

ニコニコと笑いかけながらも、「……もちろん覚えてるよね?」とマジックは愛する息子にプレッシャーをかけて訊ねた。
だが訊ねられた息子の方はと言うと。

「……さァ?知らねーし興味もねぇな」

と実に素っ気無く答えて淡々と仕事を続ける。
マジックの方には視線の一つも向けてやらず、言外に「邪魔だからどっか行け」アピールをした。

が、その程度でヘコむ親父であるはずも無く。

「シンちゃんってば、いつからそんなに仕事ばかりのお堅い子になっちゃったんだい?もうお昼なんだから一旦手は止めて、パパとお話しようよ」
「あッ、何すンだよ!」

マジックはシンタローの手元からひょいと書類を取り上げてしまう。
ざっと目を通し、その書類が急を要するものではない事を悟ると、シンタローにニッコリと笑いかけた。

「仕事のできる有能な男もいいけど、遊び心を忘れるようではダメだよ。さ、パパとお話しよう!」
「あ・の・なァ~……時間の無駄だからとっとと返せよ!」
「ダーメ。明日が何の日か、言ってごらん?シンタロー」
「……~ッ」

口をへの字に曲げて眉間に深いシワを寄せ、自分をギロッと睨みつけてくるシンタローの視線をマジックは正面から平然と受け止める。
機嫌が悪いシンタローと平気な顔をして向き合える人間は、ごくごく限られている。
しかし父親だからというのもあるのかもしれないが、マジックはシンタローの怒りを恐ろしいと感じた事は今までに一度も無い。
シンタローが本気で怒ってみせても、マジックには子猫が毛を逆立てて威嚇しているようにしか見えないし、可愛らしく爪で引っ掻かれた程度の脅威しか感じない。
――そもそもシンタロー自身が本気で怒る事はあっても、本気でマジックを嫌いになれた事は一度も無いのだから、それも当然かもしれない。

シンタローの喜怒哀楽、自分に向けられる感情の波、些細な反応全てをマジックは喜び、もうガンマ団の総帥として一人前の扱いをしてやらなくてはいけないのだと頭では分かっていても、ついつい子ども扱いをしてしまう。
いささか歪んだ愛の形ではあるが「私のシンちゃんは本当に可愛いなぁ~」とデレデレになって親馬鹿な事を考えてしまう。
彼が本当に恐ろしいと思うのは、シンタローが自分を嫌って、自分の手の届かない場所へ行ってしまう事だ。

――裏を返せば、嫌われる可能性が無いと踏めばグイグイとどこまでも押していくという事でもある。


「シンちゃん、ホントは覚えてるよね?12月12日の事」
「覚えてねーよ。いーからソレ返せ」
「覚えてないって言葉が出てくるという事は、何かがある大切な日だって事は忘れてないって事だよね?」
「ややこしー事言うな。つーかあれのドコが大切な日だっつーンだよ!下らね~ッ」

書類を取り返そうとイスから立ち上がって此方に手を伸ばしてくるシンタローを避けつつ、マジックは満足そうにニッコリした。
その顔を見てシンタローは自分の失言に気付き、「しまった……!」と舌打ちする。

「やっぱり覚えてたんだね!シンちゃんは本当に恥ずかしがり屋さんだなぁ~。照れる事無いのに!」
「照れてねーよ、幸せな妄想に浸ンな!……ッたくよ~、誕生日くらいでいちいちはしゃぐなよな、いい歳して。むしろ歳取った事を嘆け」
「それはいつまでも若々しく、元気なパパでいてほしいというシンちゃんからのお願いかな?」
「前向きに解釈しすぎだぞテメー。つっこむのめんどくせーからポジティブシンキングすンな」

シンタローがいくら悪態をついてもマジックは上機嫌で、その笑顔が崩れる事は無い。
恐らく覚えているだろうとは思っていたが、実際にシンタローの口からそれを聞けると、嬉しさは格別のようだ。

「明日はパパのバースデイを祝ってくれるよね、シンちゃん!パパとっても嬉しいよ」
「何で俺が祝わなきゃなンねーんだよ?調子乗ンな!」
「だってシンちゃんの大好きなパパのバースデイなんだよ!?子どもの頃はよく『パパおめでとー!だいすきッ』って言いながらキスしてくれたじゃ」
「眼魔砲ッッ!!!」


ちゅどーーんッ!!!と爆音と共に吹き飛ばされながらもマジックは

「お祝いしてくれないとパパ拗ねちゃうからねーーッッ!!」

と叫び、シンタローは

「勝手に拗ねてやがれ馬鹿親父ーーーッッ!!」

とこれまた叫び返した。
ある意味微笑ましい親子の交流。
だが部屋の隅に控えていたチョコレートロマンスとティラミスは、

「今月も工事費がかさむなァ……」
「クリスマス前だっつーのに、殺伐としてるな相変わらず」

と諦め混じりに嘆息した。








所々ススだらけになりながらマジックがとぼとぼとガンマ団内の廊下を歩いていると、突然後ろから「おとーさまぁ~!!」と能天気な声で呼びかけられた。
足を止めて振り返ると、グンマが笑顔でパタパタと駆けてくるところであった。

「おや、どうしたんだいグンちゃん。ご機嫌だね」
「うんッ、よかったぁ~おとーさまに会えて。僕探してたんだよ!」
「私を?」
「うん。自分のお部屋にいなかったからきっとシンちゃんのところにいるんだろうと思って、さっき総帥室に行ったんだけど……シンちゃんは機嫌が悪いし、もう眼魔砲で壁に穴が開いてたから、今日はおとーさまどこまで飛ばされちゃったのかな~と思って今まで探してたんだ」

えへへ、と笑うグンマの発言は色々ツッコミどころ満載だったが、マジックはさらりと流す事にして微笑み返した。

「そうか、すまなかったね。それで、私に何の用なんだい?グンちゃん」
「あ、はい!あのね、コレをおとーさまに渡しに来たんだよ~」

差し出された物は、口のところにブルーのリボンが巻かれた可愛らしい小瓶だった。
中には得体の知れないピンクの液体が入っている。

――何やらデンジャラスな気配を感じたが、息子から差し出された物をマジックは拒否しなかった。
受け取って光に透かすように翳してみると、透明なピンクの液体がちゃぷんと揺れる。

「何かな?コレは。香水……というワケではないよね?」
「うん、一応飲み物だよ!」
「一応?」
「キンちゃんと一緒に作ったんだ。人体に害は無いはずだから、おとーさま飲んでみて!」

一応、という枕詞が気になって仕方が無い。
だが無邪気に「早く早く!」と促すグンマに、マジックは進退窮まって苦笑いを浮かべた。
グンマの事を信用しないわけでは無論ないが、得体の知れぬものを口に運ぶ事はできない。
それは今までの人生の中でマジックが必然的に身に付けて来たものだった。

「グンちゃん、飲む前にコレが何なのか詳しく説明を」
「それ飲んだらシンちゃんが優しくなるよ」

グビッ!!!


用心深く、慎重に生きるべし――という今までの人生の中で培ってきた教訓を速攻で捨て去り一瞬の早業で瓶の蓋を開けると、マジックは怪しい薬を躊躇う事無く一気に飲み干した。
甘いイチゴシロップにも似た味が口内に広がる。

飲んだ後で我に返り、一瞬ハッとしたが――特に変化は見られない。
遅効性の薬なのか?それとも……と考えに沈みかけたマジックだったが、グンマの歓声でそちらに意識を戻させられる。

「わぁ~い!おとーさま潔いね!コレで明日はシンちゃんと仲良しさんだよ」

仲良しさん、の言葉にマジックはブッと鼻血をふいた。

「何が何だか分からないけど、ありがとうグンちゃん。この薬の効果は明日出るのかい?」
「うんっ、そうだよ。楽しみにしててねおとーさま!人体実験はしてないからどうなるか分からないけど」
「え、私が実験台?」

結局最後まで何の説明もせず、グンマは「じゃあね~おとーさま!」と呑気に手を振って去っていった。
残されたマジックはちょっぴり後悔しないでもなかったが、あそこで躊躇おうが躊躇うまいが、最終的には飲んだだろうと思い直して空になった小瓶をポケットにしまった。

「まぁ、パパとシンちゃんはいつでも仲良しさんだけどね」

そう嘯くと、マジックは自室に戻っていった。







PM11:37――マジックはいつもよりも少し早めにベッドに入った。
あと20数分で自分の誕生日である。
グンマの薬を飲んでから既に10時間近くが経つが、今のところ異変は現われていない。

(何の薬だったんだろう……もしや精力剤の類!?パパまだそんな歳じゃないよグンちゃん!パパはまだまだ現役さ!!)
シンタローに聞かれたらまた眼魔砲で吹っ飛ばされそうな事を考えつつ、マジックは天井を見上げてフゥ、と溜息をついた。
昼間のシンタローとの会話を思い出す。
あの子は情の深い子だから、きっと忘れてはいないだろうと思っていた。
案の定、しっかりパパの誕生日を覚えていた(スルーしようとはしていたが)。
いくつになっても可愛い息子だ。だが、果たして昔のように祝ってくれるのだろうか?

「小さい頃は、二人で一緒にバースデイケーキを作ったのになぁ……。私の膝の上に乗って、出来上がったケーキを『パパおめでとー。ハイ、あーんして』ってサイコーの笑顔で言いながら食べさせてくれたのに」

おいしい?って聞くから、もちろんおいしいよ!と答えると、シンタローは嬉しそうに笑ってパパだいすき!と言いながら抱きついてきたものだ。

思い出してまたダクダクと鼻血が溢れてきたので、マジックはティッシュの箱を手元に引き寄せてそっと鼻血を拭った。

だが、興味が無いと言い切った昼間のシンタローを思い出し、「シンちゃんホントにお祝いしてくれないつもりかな……」と小さく独りごちる。
くすん、と少し寂しくなりながら、マジックは眠りについた。







翌朝。目を覚ましたマジックはベッドの中で軽く伸びをし、

(おや……?今日は何だかいつもよりも身体が軽い気がするな)

と妙な違和感を覚えた。
寝起きであるにも関わらず、マジックは素早く意識を切り替えて状況を把握する為に身を起こした。

するとパジャマがスルリとずり落ちて、華奢な両肩が露になる。
寝る前はジャストフィットしていたはずの服が、ダボダボになっていた。


「……」


マジックは一秒だけ呼吸を止める。
頭の中でシンちゃんとのラブメモリーが走馬灯のように駆け抜けた。

(シ・ン・ちゃん……)

現実逃避気味に愛らしい息子の姿を思い浮かべる。
クールダウンするどころかそのままトリップしてしまいそうになったが、ついでに不吉な愚弟達との記憶までうっかり思い出してしまい、一気にテンションが下降した。
だがそのおかげで冷静さを取り戻し、マジックはなるほど、と小さく頷いた。

「コレが薬の効果か」

自分の口からもれたその少年特有の高い声に、分かってはいてもいささかぎょっとした。
いつもの自分の声ではない。声変わりする前の、子どもの頃の自分の声だ。
サイズが違いすぎて最早衣服としての役割を果たしていないパジャマを脱ぎ捨て、身体を丁寧にチェックする。
まだ発展途上の身体――しかし、しなやかで筋肉もそれなりに付いている。
ベッドを下りて全身を映す鏡の前に立つと、マジックはほう、と感嘆の声を上げた。

「まさか若返りの薬とはね……グンちゃんとキンちゃんもとんでもないものを作ったな」

歳の頃、10歳前後といったところだろうか?
幼いながらも鍛えられた身体に、キツイ眼差し。
青く輝く両の眼は、鏡に映った自分を真っ直ぐに見据えている。
面白がるように口の端を上げてみると、少年のマジックは皮肉げにニヤリと笑った。

「……今の私より、子どもの時の私の方が目付き悪いんだなぁ~」

やはり歳を取って少しは丸くなったという事だろうか(一応外見上は)。
ニッコリと笑顔を作ってみると、鏡の中の少年マジックも笑い返してくる。
うん、可愛い。金髪碧眼の天使のような美少年だ。
とりあえずマジックは素肌の上にガウンを羽織ると、机に置いてあった携帯でグンマの番号をコールした。

『はいはーい。おはようおとーさま!薬の効果どうだった?』

すぐに弾けるような明るい声が返ってくる。
薬の効果が知りたくて、朝早くからワクワクして待っていたのだろう。

「おはようグンちゃん。バッチリみたいだよ」
『わッ、おとーさまの声じゃないみたい!……ちゃんと若返ったんだね~。よかった、成功して!失敗したらどうしようかと思ったよぉ~』
「ハッハッハ、失敗したらどうなっていたのかちょっとだけ知りたいような知りたくないような」
「知らない方がいいと思うよォ~」

あはは、と能天気に笑うグンマにマジックは「ドクターの教育が悪かったのかな……?」と一瞬だけマッドサイエンティストな育ての親を疑った。
しかし自分に一服持ったのが高松であれば容赦はしなかったが、グンマは愛すべき息子である。基本的に身内に甘い青の一族であるマジックは、深く追求しない事にした。

「念の為に聞いておくけど、副作用は無いんだね?」
『体質にもよるけど多分大丈夫のはずだよ』
「体質っていうのが少し気にかかるが……で、効果はどれくらいなんだい?」
『う~ん、今日一日はそのままなんじゃないかなァ。キンちゃんは正しい用量であれば明日には戻る、って断言してたけど』
「正しい用量?でもそんなの聞いてないし、もう全部飲んじゃったよ?」
『うん、ゴメンねおとーさま。伝え忘れちゃった。でも量はその小瓶一本で大体合ってるはずだよぉ~』「グンちゃん……」

何ともアバウトな答えだったが、マジックはグンマを信用する事にした。
電話の向こうから聞こえてきた言葉に、自然とマジックは柔らかな笑みを浮かべる。

『シンちゃんは小さい子に優しいでしょ?だからコレは、僕とキンちゃんからおとーさまへのプレゼントだよ』

歌うような声で、ハッピーバースデイ、と告げられた。









朝早くから黙々と仕事を片付けていたシンタローは、不意に鳴った来客を告げる電子音にハッとして顔を上げた。
途中で集中力が切れてしまい少しムッとしたが、ちょうど書類を書き終えてひと段落ついたところだったので中断するには悪くないタイミングだ。
ずっと下を向いていたせいで肩がこっている。
一旦休憩してもいいかな……と思いながら軽く伸びをすると、シンタローは机の上のボタンをピッと押して内線を開いた。

「ダレ?」

簡潔に訊ねると、いつもは淀みなく即答する秘書が電話の向こうで何故か躊躇っている気配が伝わってきた。

「……?オイ、どーした?誰が来たンだよ」

怪訝に思って再度訊ねると、秘書は言いにくそうに

『あの……マジック様が、おいでです』

とたっぷり間を開けてから答えた。

「親父?まァ~た意味も無く来たのかヨあの馬鹿」

うぜぇな~とシンタローはぼやいて特大の溜息をついた。
マジックは特別な用が無くとも、「シンちゃんの顔が見たかったんだ」と言っては毎日毎日シンタローの部屋へと押しかけてくる。
ムカつくくらいに最高の笑顔で、「シンちゃん、今日も可愛いね!!」と言うのだ。
――とっくに二十歳を過ぎた息子に言う事なのか?それって。
いつまで経ってもガキ扱いされて腹が立つやら照れ臭いやらで、シンタローはマジックのその顔を見るとどうしても問答無用で殴り飛ばしたくなる。

いそいそと部屋にやってきてはシンタローを情熱的にかき口説き、その度に邪険にはね除けられて泣く泣く帰っていく(もしくは強制的に退場させられる)マジックなワケだが……何故今日に限って秘書の口がこうも重いのだろう?
既に日常茶飯事ではないか。

シンタローはふと疑問に思ったが、

(今日はアイツ、誕生日だかンな……ど~せ年甲斐も無くはしゃいで、周りを思いっきり引かせてンだろ)

と結論付けた。
だがそれにしても、いつもは何のアポも取らずにズカズカと入ってくるマジックが、わざわざ秘書を通すとは。
秘書もいつもならマジックに強引に押し通されてしまうのに、今日は何故か頑張っているようだ。
シンタローは不審に思って首を傾げた。

「?…………ま、いっか。いいぜ、通せよ」
『お、お通ししてもよろしいのですかッ?』
「おう、ウゼーけどちょっとだけ気ィ向いた。さっさと来いっつっとけ」

秘書は何か言いたげであったが、結局『了解しましたシンタロー総帥』と答えて、内線はプツリと切れた。

「……まさか、そんなに警戒されっほど大はしゃぎしてンのか?アイツは……」

普段は顔パスのマジックが警備室に止められて、シンタローに通してもいいかと秘書が許可を求めてくるほどのはしゃぎっぷり……?

想像すると何やらサムイものを感じる。
やっぱ通したのは間違いだったかも、とシンタローが後悔し始めた頃――扉が開いて件の人物が中に入ってきた。








サラサラの金髪。理知的な光を宿した青い眼。
顔立ちはどちらかと言えば甘く、繊細で整っているが、その表情は年齢にそぐわない落ち着きを持っていて一つ一つの所作が洗練されつくしている。
見る者にひどく大人びた印象を与える少年だった。


シンタローは予想外の人物の登場に、ポカンと口を開けて彼を見つめた。
真紅のパリッとしたスーツに身を包んだ少年は、そんなシンタローを真っ直ぐに見つめ返してニッコリと笑いかける。

文句なしの美少年である。
シンタローは思わず鼻血をふきそうになったが、

「おはよう坊や。パパだよ」
「はァいッッ!?」

少年の口から発せられた言葉にズルッとイスからずり落ちそうになった。


――パパ!?


唖然として思わず素っ頓狂な声を上げるシンタローに、少年――薬で若返ったマジックは、ニコニコと上機嫌で笑いかけながら歩み寄っていく。
机越しに顔を近づけると、シンタローは状況を呑み込めずに盛んに目を瞬かせた。
それが可愛くて、マジックはクスクスと笑ってしまった。

「今日も可愛いね!シンちゃん」
「なッ……!?」

驚いて目を見開き、何か言い返そうと口をパクパクさせるが……子ども相手に怒鳴るのは気が引けたのだろう、シンタローはどう反応すればいいのか判断に窮した。困ったように眉が下がってしまう。
シンタロー本人に自分が今どんな顔をしているのかという自覚は無いのだろうが、あまり見る機会の無いその無防備な表情にマジックは胸がきゅんきゅんしてしまった。ついつい相好を崩してしまう。

「……だ、誰だよお前?気色ワリー冗談言ってンじゃねーよ!」
「冗談なんかじゃないさ、シンタロー。パパだよ、コレはパンダだよ」
「『パ』しか共通点ねーぞ。つーかそのぬいぐるみどっから出した!?」

咄嗟にツッコミを入れて差し出されたパンダのぬいぐるみを壁に向かってブン投げたシンタローだが――このやり取りにデジャビュを感じて「……その下らねーギャグ、どっかで聞いたような……」と眉間にシワを寄せた。

「シンちゃんってば、大好きなパパの事が分からないの?ショックだな~」
「俺は10歳児の父親を持った覚えはねぇ」
「ハッハッハ!シンちゃんはナイスミドルなパパを見慣れているものねぇ~。やはりこの姿の私より、普段のパパの方が好きなんだね!」
「ハリきりムカつくッッツ!!!」

思わず叫んでから、ふと「……って、このムカつき具合も何か覚えがあるような……」と思い、シンタローはまじまじと目前の美少年を見詰める。
信じ難い。信じ難いが、先程の秘書の戸惑った様子を思い出す。
何故秘書が今日に限って自分に連絡をよこしてきたのか。
何故マジックは未だに現われず、代わりにこの少年がいるのか。
――しかもよくよく見れば、この少年は……確かにマジックに似ている。

「まさか……ほんとォ~~に、あの馬鹿親父なのかお前!?」

順応力はピカ一の息子の言葉に、マジックはうん、と大きく頷いて「よくできました」というようにシンタローの頭を撫でてやった。


「シンちゃんのだ~いすきなパパだよ!分かったら、おはようのキスをさせてくれるかな?」


シンタローは反射的に眼魔砲をぶっ放そうとしたが、美少年のマジックにそのような事はできるはずもなく。
妙~な敗北感を味わいながら、この美少年を見つめる事しかできないのであった。


* n o v e l *





PAPUWA~YOUR SMILE~
2/4




「グンマとキンタローが作った若返りの薬ィ~?」

マジックの説明を聞くなり、シンタローは露骨に顔をしかめて「……うさんくせ~な」と言った。

「でも実際に若返っているだろう?ほらほら、シンちゃんの好きな美少年のパパだよ!」
「好きじゃねーよそんなバッタもん」
「……バッタもん!?シンちゃんッ、どゆ事それ!?」

驚愕するマジックに

「そのまんまの意味。本物の美少年っつーのはコタローの事を言うンだよ」

とシンタローは素っ気無く答えた。
だが先程から、シンタローは極力マジックを視界に入れないようにしている。
中身がマジックだと分かってはいても、やはり美少年の威力はなかなかのものらしい。
マトモに見るとその可愛らしさにウッカリ陥落してしまいそうになるので、シンタローはさり気なーく視線をそらすようにしていた。

「ひどいなァ~シンちゃんってば。もっとパパに優しくしてくれてもいいんじゃない?今日はパパ、誕生日なんだし」

そんなシンタローの事情を分かっているのかいないのか、マジックはシンタローの隣に移動して横から顔を覗き込んだ。
サラリと揺れる金髪がシンタローの頬をくすぐり、少し拗ねたようなマジックの眼差しがシンタローを捉えた。

「……ッ!!?バッ、ちけーンだよ顔が!気安く寄るなッ」

シンタローは慌てて身体を引き、マジックの肩をグイッと押した。

マジックとコタローはあまり似ていない。
だがそれは、二人の身に纏う空気や性格の違いからくる表情の差異によるものであって、よく見ればやはりどこか面影がある。
それでなくとも、金髪に青い眼と共通点があるのだ。しかも今は歳も近い。
シンタローは、少しでも「コタローに似てる!」と思ってしまった相手に対しては、底抜けに甘くなってしまうタチだ。
今のマジックには否が応でも反応してしまう。
見た目は子どもでも中身はいつものマジックなのだと頭では分かっているが、油断すると鼻血をふきそうになった。
心臓に悪いので、できればあまり近寄らないで欲しい――マジック相手に鼻血ふくなんて、何か負けたような気になるし。

「シンちゃん?どうしたの?」

いつの間にかまた、シンタローは困ったような顔をしていたらしい。
マジックが小さく首を傾げて不思議そうに訊ねてくる。
その姿にコタローが重なって見えて、シンタローは「やっぱ親子なんだよなぁ……」と思った。
何も答えないシンタローに何を思ったのかマジックは暫し思案していたが、ふっと目を細めて口元を笑みの形に緩めると、シンタローの頭を優しく撫でた。
シンタローは咄嗟にその手を跳ね除けようかとも思ったが、撫でてくれる手は存外心地好く、

「……気安く触ンなよな、若作り親父が」

とそっぽを向いてふて腐れたように悪態をつくに留めておいた。
これは別に、頭を撫でているのがマジックだからではない。コタローにちょっとだけ似てて、俺好みの美少年だから許してやってるだけだ!
と何故か必死に自分に言い訳しながら。

「若作りはヒドイなァ~。そんな事言っちゃって、パパ泣いちゃうよ?」
「おー、泣け泣け。泣きやがれ。うっとーしいから寒空の下で一人寂しく泣いて来い」

シッシッ、と言わんばかりに手を振るシンタローの頭をマジックは未だしつこく撫で続け、

「あ、シンちゃん枝毛」

とさり気なく話題を変えた。

「え、マジ?」

反応してついマジックの方を向いてしまったシンタローの額に、ちゅっと何か暖かいものが触れる。

「…………」
「フフッ、なぁ~んちゃ……」

「って」と言い終わる前にシンタローの放った蹴りが勢い良く机を向こう側の壁まで吹っ飛ばした。
どんがらがっしゃーーーん!!と派手でお約束な音を立てながら壁にぶち当たり、重厚な造りの机が見事に真っ二つに割れる。
シンタローは憤怒の表情で仁王立ちになると、マジックを見下ろしてパキッポキッと指を鳴らした。

「てンめェ~~……気色わりー事してンじゃね~よこの筋金入りの変態親父が!美少年の格好してなかったら、折れてたのはテメーの肋骨だぞコラ」
「あの勢いで蹴られたら折れるのは肋骨だけじゃないと思うんだけど」
「ン~、そうかもナ?気になンなら、何本イクか試してみる?」

俺手伝ってあげる、と額に青筋浮かべながら笑顔で協力を申し出るシンタローの言葉を、マジックは丁重にお断りした。

「シンちゃんは本当に照れ屋さんだなぁ~」
「……照れ屋って言葉の意味、分かってるか?」
「もちろん!辞書を引いたら、パパの可愛いシンちゃんの事って書いてあるよ!あ、ちなみにコレはパパが書いたんだけどね」

どこからともなく取り出したやたら分厚い辞典には「シンタロー辞典:マジック著」と書いてあった。
わざわざ「照れ屋」の項を引いて「ほら見て見て」とシンタローの方へ向けてくる。


てれ-や【照れ屋】:本当はパパの事が大好きなのに、照れてしまって素直にその想いを表現できないシャイで可愛いシンちゃんの事。類義語――ツンデレ。


「コレを世界共通の辞典にする事が今のパパの野望なのだよッ!!」
「眼魔砲」

マジックがこつこつと書き溜めた辞典は一瞬で消し炭になった。

「をおッ!?私のシンちゃん辞典が!!」
「無意味なもん作ってンじゃね~よ、暇人ですかいアンタはッッ!!?」

おぞましい悪の野望を一瞬で消し去り、シンタローは「誰かコイツを止めて……ッ!!!」と本気で願った。

――ちなみに、額に落とされたキスに実はあの時一瞬だけ、心臓が止まりそうになるくらいビックリしていた事はシンタローだけの秘密である。
(誰がツンデレだ、クソ親父……ッ!)








「ねぇねぇシンちゃん、一緒にご飯食べよう!」

「ねぇねぇシンちゃん、一緒にお散歩しよう!」

「ねぇねぇシンちゃん、一緒にお昼寝しよう!」

「ねぇねぇシンちゃん、一緒にお風呂に」

「一人で入っとれ」


ひどーい!と抗議の声を上げるマジックに、シンタローは耳を塞いで聞こえないフリをした。
――マジックが押しかけてきてからもう何時間経っただろうか。外はもうとっくに暗くなっている。

「ああ…今日一日の俺の予定が……」

シンタローはガックリと肩を落とした。
一日中マジックに付き纏われ、精神的にかなりこたえている。
シンタローがコタロー似の美少年に弱いと十分に分かった上で、マジックは子どもの特権をフルに使って攻めてきた。
食事中に「はい、あーん」を強要し、腹ごなしの散歩中には当然のように手を繋いできて、お昼寝と称して布団に枕を二つ並べる。

「えぇいッ、何考えとンじゃおのれはーーーッッツ!!」

フラストレーションが溜まるが少年マジックに攻撃する事はどうしてもできなかったので、明後日の方向に眼魔砲をぶっ放しておく。
偶然(?)何かに当たってしまったらしく、「シンタローはぁぁん……」とお空に向かって遠ざかっていく声が聞こえたような気がしたが、シンタローはストーカーの存在を認めたくなかったので聞かなかった事にした。


見た目が子どもでも中身は所詮マジック、顔を見るからいけないんだッ、と思ってツンとそっぽを向きいつものように拒絶してみたりもしたが――悲しそうな声で「シンタロー……」と名前を呼ばれてしまうと、どうしても冷たくしきれない。
チラリと視線をそちらに向ければ、上目遣いに自分を見つめる青の瞳。

……分かってる。コレは親父。腐っても親父(いやむしろ今は光輝いてるけど)。でも、でも……ッ!

可愛いもんは仕方ない。
シンタローはぶーーッと鼻血をふいて、結局マジックを甘やかしてしまった。

そうこうしている内に、すっかり夜というわけだ。
一応ギリギリで仕事は終わったが、気疲れが半端でない。
休憩の合間合間にちょっかいをかけてくるものの、マジックが仕事に口を挟む事は無かった(流石にそこら辺はわきまえているらしい)。しかし、マジックに側にいられるだけでシンタローには相当のプレッシャーがかかる。
前総帥であるマジックには負けられねぇ、負けたくねぇ!という思いが焦りとなって表に出てしまい、仕事にいまいち集中できなかった。
それでも意地になって何とか今日の分のノルマは達成したが、そんなシンタローをマジックは一歩下がって見守っており、それが余計にシンタローのプライドを刺激した。
余裕かましやがって……いつまで経っても俺はアンタに敵わねーのかよ?と。
シンタローは新しく用意された机に突っ伏して、ハァ……と嘆息した(朝破壊した机はティラミスとチョコレートロマンスによって手際よく処分されている)。

その時シンタローの頭をいつもよりも小さな手が、ポンポンと軽く励ますように叩いた。
机の上に伸びたまま顔だけを上げると、マジックがこちらを見下ろして微笑んでいた。

「今日もお疲れ様、シンちゃん」
「……」
「ちょっと疲れちゃったかな?」
「別に。大した事ねーよ」

負けず嫌いなシンタローが咄嗟に強がると、マジックは「そっかぁ」と相変わらずの笑顔で頷く。
シンタローは美少年スマイルにまた悩殺された。

「……親父、一生子どものままでいれば?」
「シンちゃん……ナイスミドルなパパの事を全否定かい?」
「だって今の方がぜってぇイイもん」
「ハハハ、パパちょーっと複雑だぞォ~。シンちゃんってば相変わらずつれないね!」

子どもの自分にはこんなにも寛大で無防備なのに……と少しだけマジックは切なくなった。
シンタローは暫くぼんやりとマジックの顔を見つめてその美少年っぷりを堪能していたが、シュン、と扉が開いて誰かが部屋に入ってくると、我に返って身体を起こした。

「おう、キンタローか。どうした?」
「どうした、ではない。シンタロー、お前こそどうしたんだ?今日は早めに仕事を切り上げて、例のブツを」
「ぅわッ!?ちょッ、待て待て!今ココで言うなッ」

慌てて言葉を遮るシンタローに、キンタローは怪訝そうな顔をした。
だがシンタローがマジックの方を気にしているのに気付き、なるほど、と頷く。

「大体の事情は分かった。……ところで叔父上、おめでとうございます。俺達からのプレゼントは無事に届いたようですね。グンマに預けていたので少し心配だったのですが」
「ああ、素敵なプレゼントをありがとうキンタロー。お陰で今日はシンちゃんとずっと一緒にいられたよ」
「喜んで頂けたのなら何よりです」

グンマから既に「成功!」との報せは貰っていたのだろうが、自分達が作った薬の効果を直接目にしてキンタローも満足したようだった。

「どういうプレゼントだよ、まったく」
「シンタローは気に入らなかったのか?案を出したのはグンマだが俺が、いいか、この俺が手を加えたこの薬を」
「ハーイハイハイ、わぁったから強調しなくてよろしい。……ま、確かに眼福だったしオッサンに付き纏われるよりは断然マシだったけどナ」

いっそずっとこのままで……と不穏な事を呟くシンタローにマジックは慌てて「ヒドイよシンちゃんっ」と口を挟んだ。

「パパの事嫌いなの!?」

いつもなら「うん、大ッ嫌い」と即答して悲しみに暮れるマジックを笑ってやるところだが、ウルウルした目で見つめられてシンタローはうっかりときめいてしまった。

「う……。や、そういうワケじゃ……」
「じゃあパパの事好き!?」
「うう」
「……嫌いなの?」
「まさかッ!!!」

シュンとするマジックを反射的に抱き締めてシンタローは思いっきり頬ずりした。
可愛い可愛い可愛い。手触りのいい金髪がコタローを思い起こさせて、大のブラコンであるシンタローはうっとりした。
無論マジックもうっとりした。ああッ、シンちゃんから抱きついて(これは抱き締められてる状態だけど)くれる日が来るなんて!と。

抱き締め合って鼻血をふいているある意味似た者同士な親子を、キンタローは止める事もできずにただ見守っていた。
迂闊に口を挟むと惨劇を起こしかねない。

暫くそのままで放っておいて、そろそろいいか、と頃合を見計らうとキンタローはシンタローに声をかけた。

「シンタロー、時間が押しているぞ」
「ン?……あッ!」

ハッと我に返り、シンタローは「やっべ、今何時だ!?」と聞き返した。

「10時12分を回ったところだ」
「もうそんな時間かよ!」
「いつまでも叔父上と遊んでいるからだ」
「好きで遊んでたワケじゃねーっつのッ!」

慌てた様子で自分から離れようとするシンタローをマジックは残念そうな顔をして見上げた。
もっとくっついてたいのに!と言いたげなその縋る眼差しにシンタローは一瞬後ろ髪を引かれたようにピタッと動きを止めたが、キンタローに再度「時間だぞ」と言われると煩悩を払うようにブンブンと頭を振ってマジックから手を放す。
折角手に入れた至高の時間を奪われてマジックは柳眉を寄せたが、シンタローがそそくさとどこかへ行こうとしているのを見てはっしと愛する息子の服の端を掴んだ。

「な、何だよ親父……」

どさくさにまぎれて立ち去ろうとしていたシンタローは、仕方なく足を止めて振り返った。
マジックはシンタローの服をしっかりと掴んだまま、
「どこへ行くのかな?シンちゃん。……さっきからやたらと時間を気にしているようだが、これから何か予定でも?」

と訊ねた。声音こそいつものように優しげなものだったが、その眼は笑っていない。
嘘を許さない眼でじっと見つめられ、シンタローは微妙に目をそらした。
そらした時点でアウトだと分かってはいたが、これからの「予定」を考えるとマトモにマジックの顔を見る気にならなかった。

「……べ、別にいいだろ?いちいち口挟むなよ」
「プライベートな事なの?」
「だーかーら、口挟むなって!」

シンタローは明らかにそわそわしている。
時折壁にかけられた時計の方を見て、苛立っているような表情も覗かせた。

――誰かとデートの約束でもあるのだろうか?そんなシンタローを見て面白いはずもなく、マジックの声にも僅かに険が混ざる。

「シンタロー」
「……ッ」

低く抑えられた声で名を呼ばれ、シンタローはギクリとして身を強張らせた。
いつもよりもずっと高い幼い子どものものではあるが、その声の発し方はマジックが息子を叱る時のものと同じだ。
条件反射的に身構えてしまう。

「私には言えないような事なのかい?」
「……そ、いうワケじゃねーけど……」
「言いたくない、と?」
「…………」
「そういえばさっき、キンタローが例のブツがどうのって言ってたよねぇ~」

聞こえてたんかい!?とシンタローは心の中でつっこんだ。
反応ゼロだったので聞こえてなかったのだろうと思っていたのに。
やはりコイツは性格が悪い、とシンタローは内心頭をかきむしりたい衝動に駆られた。
シンタローが助けを求めるようにキンタローの方を見て必死に目で合図すると、キンタローは真面目な顔をしてコクリと力強く頷き返してきた。
どうやら思いは通じたらしい。

そうと悟るとシンタローは「ゴメンッ、美少年!」と心の中で謝りながら服を掴んでいるマジックの手を強引に払った。
ちなみに、シンタローが良心の呵責を感じるのはあくまでも美少年のマジックに対してであり、マジックそのものに対しては何ら痛む良心は持ち合わせていない。

「あッ、シンちゃん!?」
「ワリーな親父、野暮用だ。ついてくンじゃねーぞ!?」

後頼むキンタロー!と声を張り上げると、シンタローは素早く身を翻して部屋を出て行った。
即座に追いかけようとしたマジックだが後ろからキンタローに羽交い絞めにされてしまい、身動きが取れない。

「シンちゃーーーーんッッツ!!!」

悲痛な声で名前を呼んだが、彼が戻ってくる事は無かった。

「キンタロー、シンちゃんが汚されちゃうよ!私の知らないところでどこの馬の骨とも分からないヤツに可愛い可愛いシンタローが汚されてしまう……!!」
「むしろ叔父上の頭の中でシンタローが汚されている気がするのだが」

キンタローは冷静ではあるが適切ではないツッコミを入れた。
この場でそのような事を言ってもマジックの暴走が止まろうはずも無い。


「……キンちゃん。今なら私の邪魔をしたのは不問にしてあげるから、シンちゃんが誰とどこへ何をしに行ったのか教えてくれないかな?」
「……それを言ったら、恐らくシンタローが烈火の如く怒るかと」

キンタローの言葉にマジックはますます険しい顔つきになる。
腹立たしいが、先程のシンタローの態度を見れば確かにそうなるであろう事は容易に想像がついた。
シンタローはこの後の「予定」とやらを誤魔化したがっていたし、裏でこそこそと嗅ぎまわるようなマネをすれば間違いなく怒り狂う。
聞きたい事があンなら本人に聞きやがれ!というのがシンタローの流儀だ。まぁ当のシンタローは真正面から聞いても素直に教えてくれる事は滅多に無いが。

「ヒドイよシンちゃん……パパはシンちゃんに隠し事なんて……そりゃあ山のようにたくさんあるけど、でも他の人とデートなんて絶対しないのに!」

マジックは「パパはシンちゃんに隠し事するけどシンちゃんがパパに隠し事するのは嫌なんだ!」と元祖俺様な理論を振りかざした。
ココにシンタローがいれば間違いなく「ガキの理論使ってンじゃねーよオッサン!!!」とつっこんでくれた事だろう(シンタロー本人に、自分もソッチ側の人間であるという自覚はあまり無い)。

シンタローのデートの相手が誰なのかマジックは暫く真剣に考えていたが、あまりピンとくる人物は浮かんでこなかった。
シンタローは確かにモテる。老いも若きも男も女も関係なく引き寄せるその輝きは、天性のものだろう。
だがシンタローはあくまでもノーマルだ。マッチョなアニキ共しかいないこのガンマ団で、どうやって相手を見つけるというのか?
ましてや、新生ガンマ団を背負っていくと決めてからは仕事に忙殺されて休む暇も無いシンタローだ。仕事の上で女性と会う事はあるが、プライベートとなると女性と付き合うどころか知り合う機会すらほとんど無い。
そもそもシンタローに恋人ができれば、このマジックが気付かないはずがない。

「うーん、つい取り乱してしまったが……シンちゃんに恋人がいるワケないか。あの子はパパ大好きっ子だものね!」
「叔父上、願望が入り混じった発言は謹んで下さい」

シンタローが聞けば間違いなく血の雨が降るであろうセリフを平然と吐き、マジックは爽やかに笑った。
シンタローに恋人現る!の可能性を潰してとりあえず多少は冷静さを取り戻したらしい。
それを察したキンタローは、未だ羽交い絞めにしていたマジックの身体を漸く放した。だが警戒は怠らない。
マジックは身体の自由を取り戻して軽く肩を回すと、「さて……」と呟いた。
キンタローの方へ向き直ると、口元に薄っすら微笑を浮かべて彼を見上げる。

「あの子に嫌われるのは嫌だから、ちゃんと本人の口から説明してもらう事にするよ。だがシンタローがどこにいるのかを知らなければ話にならないな。――ところでキンタロー」
「……。はい」
「お前は色々事情を知っているようだったね?私の邪魔をしたのだから、せめて一つくらいは質問に答えてくれてもいいんじゃないかな~」

ね?そう思うよね?と強制的に同意を求めて可愛らしく首を傾げてみせる。
優しげでありながら、有無を言わせぬ強さを込めた声音だった。
見た目は愛らしい子どもの姿なのに、目が笑ってない。
逆に薄ら寒いものを感じる。


「…………」

キンタローは暫し遠い目をしてから、

(――すまない、シンタロー……俺はこの最大の敵に、勝てないかもしれない)

と早くも負け犬な事を思った。
ちったァ根性見せろヨ!!!と怒り狂うシンタローの声が聞こえたような気がした。


a
* n o v e l *

PAPUWA~君に触れる僕の手~
1/2



ポタリ。
――ポタリ。
「…………」
熱い雫が、俺の頬を濡らす。
それを拭いもせず、瞬きもせずに。俺は俺の上で静かに泣く男を見上げる。
「シンタローはん……」
かすれた声で俺の名を呼んで、そいつはまた一つ、雫を落とした。

熱い。

俺に触れる指も、唇から零れる吐息も、その涙も雫も、信じられねぇ程に熱くて。
「……馬鹿じゃねぇの、お前」
嘆息して、俺はそいつ――アラシヤマの髪を、くしゃりと乱暴な仕草でかき混ぜる様に撫でてやった。




「ほんっっっっとに、馬鹿だろてめぇ!!なぁぁんど言ったら分かるんだよ?ああん!?俺の許可無く汚すんじゃねぇーッ!!!」
「ゆ、許しておくれやす~シンタローはん!わ、わても何とか堪えよう思うとるんどすぅ~」
「思うだけじゃ意味ねぇんだよッ!次ふいたらマジ殺す、つーか今すぐ一回殺るから二度殺す」
「そ、そないな殺生な……!ああっ、でもイケズなシンタローはんも大好きどすえ?」
「聞いてねぇよンな事はッ!」
ったく……と呟いて、俺は汚れたシーツを洗う手に力を込めた。
汚れた、と言っても、別に色っぽいもんじゃねぇ。まぁ確かに血痕がついてたりシワが寄ってたりして一見アレした後のシーツっぽくも見えるが……。
「どーしてくれんだよコレ?鼻血は落ちにくいんだぞ!勝手に人が寝てる布団に潜り込んできやがって……鼻血ふいてんじゃねぇよこの引きこもり」
ぶつぶつと愚痴る俺に、アラシヤマは隣で土下座しながら「へぇ…!ほんま、すんまへん!!」と申し訳無さそうに謝っている。
勝手に添い寝した上に、人の上に乗っかって鼻血垂らしてる変態に気付いたのは、昨日の深夜……いや、もうとっくに日付けが変わって今日になった時の事だった。

『…………何やってんの、お前』
『え?!え、えーと……し、シンタローはんと友愛の契りを結びに…』
『キショイ事言ってんじゃねーよ眼魔ほ…ッ!』
『ちょっ、ちょっと待っておくれやすー!!』

いつもならそのまま吹っ飛ばすところだが、隣でパプワとチャッピーが熟睡してんのを思い出して辛うじて踏み止まった。別にそんくらいの事でこのスーパーお子様達が起きるとも思えねぇが、まぁ何となく。いつにも増して挙動不審な目の前の引きこもりに、ふと違和感を感じたというのもある。
『んだよ、何か言い訳でもあんのかぁ?ちょっと待ってやるから言ってみろ。あとその鼻血を拭いてさっさと俺の上から退け』
『へっ?ゆ、許してくれはりますのん?』
『許すなんて一言も言ってねぇよバーカ。パプワ達が起きるかもしんねぇから、眼魔砲は今は勘弁してやってるだけだ』
今は、というところにわざとアクセントを置いて、ケッと嫌そうに顔を背けてやると、アラシヤマは「し、シンタローはぁ~ん!」と情けねぇ声を出した。
『じ、実は……今日来たのはちゃんとした理由があっての事どす。今日は特別な日やから……シンタローはんに一番に会いたかったんどすえ』
アラシヤマの言葉に俺は「はぁ?」と眉をひそめた。
特別な日?確か今日は九月十一日……いや、もう日付け変わってるから十二日か。
『……』
『……』
ドキドキ、と何やら期待してるらしい面持ちで俺を見つめるアラシヤマからさり気に目をそらしつつ、俺は寝起きでまだ上手く回らない頭をぼんやりと働かせる。
何かあったっけか?今日。思い出せねぇなー。
『……つーか、さっさと退けって言わなかったか?俺。鼻血も拭け変態』
『鼻血は気合で止めましたえ!これはもう乾いとるんどす!』
『いやマジでキモイから。なに偉そうにしてんだよ。つか退けってもう三回目だぞテメ』
最終勧告、と付け足して不機嫌に睨んでやったが、アラシヤマは退く様子が無い。妙にきっぱりと「嫌どす、退きまへん」と返して、俺のシャツの胸元をギュッと握り締めた。
その様子に眉間にシワが寄るのを感じながら、俺は低い声で言った。
『いい加減にしとけよアラシヤマ。なに、オメー。俺にぶっ殺されにきたワケ?死ぬ程めんどくせぇけど、そんなに死にてぇなら……』
『そんなんと違いますッ!』
『……っ?』
思わぬ激しさで言葉を遮られ、俺は驚いて目を見開いた。
そんな俺を見て、アラシヤマは一瞬後悔した様に目線をそらしたが、下唇を噛むとすぐにまた俺を真正面から見た。
『ほんまに……分かりまへんの?今日が何の日か』
そっと、躊躇いがちに指先で俺の頬に触れ。
線をなぞる。
唇に親指を当てられて、何故か、ぞくりと背筋が震えた。
『……わかんねぇな。何の日だよ?』
『……ほんまにイケズなお人や。ここまで来ると鈍いんとちゃいます?まぁそないなとこも好きやけど……』
『んだとテメ……っ』
カッとして悪態を吐こうとするが、口を開けるとアラシヤマの指に舌先が触れてしまい、慌てて言葉を飲み込んだ。
アラシヤマはほんのりと頬を紅潮させて、その指で俺の唇をゆっくりとなぞる。
『……ッ』
乾いた指が、妙に艶かしい動きで唇を撫でていく。むず痒い様な気色悪い様な、変な感覚に確かな「色」を感じてしまい、俺は咄嗟にアラシヤマの手を跳ね除けようとした。
『照れ屋どすなぁシンタローはんは』
だが一瞬早く手を引いたアラシヤマは、さっきまで俺の唇に触れていた自分の親指をペロリと舐め、チュッと音を立てて口付けた。赤い舌が挑発する様にひるがえり、嬉しそうに口の端がにんまりと上がる。
『間接チューどす』
『ぶっ殺ぉぉぉーす』
『お、怒らんといておくれやすシンタローはんっ。か、かかか軽いジョークやないどすか!?』
俺の本気の怒気に気付いたのか、アラシヤマは慌てて指を離した。
そのくせ、いまだに俺の上から退く気配は無い。
『~~ッ、あーイライラする!何なんだよマジでオメーは!?用がねぇならとっとと帰れ!眼魔砲食らわすぞ!!』
『せやから用はあるんどす~!心友のシンタローはんならきっと分かってくれると思うとりましたんに!』
『友達は夜這いなんかかけねぇし鼻血はふかねぇ。いい加減目ぇ覚まして現実を見ろニッキ臭い引きこもり。頭の病院紹介してやろうか?』
冷ややか~な目で親切にも指摘してやると、アラシヤマは血の涙を流してどこからともなく取り出したハンカチの端をそっと噛んだ。
『フ、フフフ……シンタローはんの言葉はいつもわての胸深くに突き刺さりますなぁ。これも歯に衣着せぬ真の友達やからやろうか……』
『確実に友情も愛も無いがな。行ったっきり帰ってこれねぇ真の一方通行だ』
つーかハンカチを噛むな。
アラシヤマはふう、と一つ大きく溜息をつくと、恨めしそうな目で俺を見下ろした。
『今日はわての……』

* n o v e l *





PAPUWA~stade dumiroir~








がり。がり、と微かな音を立てて、咥内にある丸い塊を噛み砕く。
小さく顎を動かして。その塊を小さな小さな欠片にすると、漸く嚥下した。
そんな微かな音ですら、目の前にいる男は聞き逃さなかった。
この静かな、静か過ぎる空間では存外響いたのかもしれない。

「何だよ、それ」
「飴玉どす」

本を読んでいたシンタローは、ちらりと視線を上げた。
アラシヤマは口を開けて空になった咥内を見せてやる。
赤い舌が覗いたが、それだけだった。その上に先程まであった飴玉はもう、存在しない。
アラシヤマは小さく笑った。

「薄荷の匂い、します?」
「ハッカ……あれって、美味いか?歯磨き粉みてェな味」

わざわざ好んで食べるようなもんでもない、とシンタローは独り言のように呟いた。
さして興味をひかれた様子は無く、彼の視線はまた本へと戻る。まるでアラシヤマなど存在しないかのように。

夕暮れ時の図書館に、彼ら以外の生徒の姿は無い。
遠くで司書が、退屈そうに欠伸をした。
長テーブルには二人の影が伸びる。
アラシヤマは窓の外へ視線を向けた。

「今日の夕日は、やけに赤いわ。火ぃ見とるようどす」

返事は無い。アラシヤマも、期待してはいなかった。
士官学校で配給される揃いの紺の学生服のポケットから、赤い袋に包まれた薄荷味の飴玉を取り出し、ころりとテーブルに転がす。
彼も普段好んでこういったものを食べる訳ではなかったが、今日は何故かそんな気分だった。
お裾分けどす、と言ってシンタローの方へ転がす。

「……赤い色、嫌いどすか?」
「……別に。でも赤い服は、マジックを思い出すから好きじゃない」

シンタローは本から目を離さずに言った。
どこかつまらなそうな退屈そうな表情を装っているが、父の名を口にした瞬間、何かに激しく苛立っているような、焦っているような光がその眼に宿るのをアラシヤマは見逃さなかった。
アラシヤマはそんなシンタローの姿に満足して、その眼が好きだ、と思った。
何度挑戦しても決して勝てず、常にNo2に甘んじている自分も、きっと今の彼と同じような眼をして、彼を見ているのだろう。自分達は全く似ていないが、届かない相手に屈折した想いを抱いているという点では、結局同じようなものなのかもしれない。
足掻いて、それでも抜け出せずにいるシンタローを見ると、アラシヤマは嬉しくなって口元を笑みの形に歪ませた。


「シンタロー」

「なに?」

「アンタが死んだらその眼、わてが貰いますわ」

そしてこの薄荷味の飴玉のように、粉々に噛み砕いて嚥下してあげよう。


シンタローはアラシヤマを見ないまま、素っ気無く言い放った。

「やらねーよ」



薄荷の匂いが、ほのかに辺りに漂っていた。










END

aas
* n o v e l *





PAPUWA~First…××?~




きっかけは本当に些細な事で。


「だ~から、何だってオメーはいちいち俺に突っ掛かってくンだよッ」

「別に突っ掛かった事なんてありまへんわ。あんた、自意識過剰なんと違います?」


真正面に立って相手を睨みつける黒髪の少年と。
嫌みったらしく毒を吐いてそっぽを向く、片目を長い前髪で覆った少年。
傍から見ればどうでもいいような事で小競り合いを繰り返す二人は、今日もまた、些細な事で言い合いになっていた。

「なぁトットリぃ。今日はあの二人、何で喧嘩してるんだべ?」
「う~ん……あの根暗、シンタローがさっきの組み手の演習の時、教官に褒められたんが気に入らないみたいだっちゃ。『たかだか演習で褒められたんが、そんなに嬉しおますか?いい気なもんどすなぁ~』とか何とか下らん挑発してたっちゃよ」
「あ~、そういやぁアラシヤマのヤツ、組み手の相手が見つからねーで結局最後、教官にシンタローと組まされてたべなー。シンタロー嫌がってたが」
「逆恨みの八つ当たりだっちゃ。あのだらずが」

でもわざわざそんな挑発を買うシンタローもシンタローだ。
ギャラリーに徹しているクラスメイト達は、呆れ半分、面白半分でこの士官学校No.1とNo.2のやり取りを見守っていた。

「~~ッ誰が自意識過剰だよ!そりゃオメーの事なンじゃねーの?このどすえヤロー」
「京都を馬鹿にしなや!……わてはなぁ、シンタロー。あんたみたいに人に囲まれてヘラヘラしとるヤツが一番嫌いなんどす。カンに障ってしゃーないわ」
「俺だってオメーみてぇな根暗だいっ嫌いだよ!……ほんッッッと性格ワリーよなオメー。だから友達できねーンだよ」
「きッ……禁句言いはりましたなシンタローーーッッッ!!骨まで燃やしてやりますえこの坊ちゃんが!!」
「ンな……ッテメーこそ禁句言いやがったなこの引きこもりー!!全力でぶっ潰す……ッ!!」

どうやら互いに触れてはいけないところに触れてしまったらしく、一気に沸点に達する。
シンタローはアラシヤマの胸倉をガッと掴んで引き寄せ、至近距離で睨み付けた。
アラシヤマも険しい表情で負けじと睨み返す。
一触即発のビリビリとした空気が流れるが、生憎止める者は一人もいない。
下手に手を出すと自分が痛い目にあうだけだとその場にいる誰もが知っていたし、血気盛んな少年しかいないという環境の為か、むしろ全員が「もっとやれ~!」と無責任にはやし立てた。
中にはどちらが勝つか賭けている者までいる。


「今日はどっちだと思う~?」
「そりゃシンタローだろ。アイツに敵うヤツなんていねーって」
「でもアラシヤマも毎回いいとこまで行くからな~……よしッ、俺アラシヤマが奇跡起こす方に賭ける!」
「オッケーオッケー!で、もし負けたら何出す?」
「俺様秘蔵のエロビ!」
「中身は?」
「美人女教師27歳の誘惑」
「おっしゃー!商談成立!!」
「あ、じゃあ俺はシンタローが勝つ方ね。『17歳今が旬!幼馴染カヲリちゃん』を出す!」
「おおッ、お前らマニアだな」



「………………」
「………………」



……何ともしょっぱい会話がやたらハイテンションで交わされている。
それに気付いてシンタローとアラシヤマの間に、一瞬にして白けた空気が漂った。

「……アイツら後でシメてやる」

本気の喧嘩を見世物にされて面白くなかったのだろう、シンタローはアラシヤマと顔をつき合わせたままチッ、と舌打ちしてふて腐れたような表情を浮かべた。

「…………」

一方のアラシヤマもすっかり毒気を抜かれ、「あほらし……」と思ってふぅ、と息を吐いた。が。

「――――」

ふと気付く。
近い。
何がって、シンタローとの距離が。


焦点が合わせづらく、僅かにシンタローの顔がぼやけてしまう程に近い、その距離。
先刻までバチバチと火花でも飛ばしそうな勢いで此方を睨みつけていた眼は、今は拗ねたような色を乗せて心持ち、伏せられている。
吐息がかかる程の距離で微かに開けられた口元は「ッたく……仕方ねぇなー」とぼやくように小さな呟きをこぼしており。
その度に、微かに起こる空気の振動にさえ、アラシヤマは心臓が跳ねるのを感じた。


(ちッ、ちかッ……近すぎやおまへんかこれーーーッッッ!!?)


身動き一つできないまま、心の中で絶叫・動揺・大パニック。
普段人との接触が極端に少ないアラシヤマは、こうした状況に対する耐性が全くと言っていい程無かった。


突然ガチガチに固まったアラシヤマに気付いたのか、「……ン?」とシンタローが不思議そうに目を上げた。
当然の事ながらバッチリと視線が合い、アラシヤマの恐慌は更に深まる。
こんなに近くに他人の体温を感じるのも、こんなにじっと見つめられるのも、ましてやいきなりペタッと額を触られたりするのも今までに無い経験で。

「――――ッ!!?」
「あ、別に熱があるワケじゃねーのか」
「な、な、ななな……っ」

胸倉を掴んでいた筈の手がするりと外されて、アラシヤマの額に当てられている。
ごくごく自然な動作で行なわれたそれに、アラシヤマは何のリアクションも返せずただ口をパクパクさせて真っ赤になった。
何をされているのか全く理解できない。
体温が急激に上昇して発火寸前である。

「オメー、さっきから何興奮してンだよ。顔あけーから熱でもあンのかと思ったら、違うみてーだし。何か妙に体温上がって…………あッ、オメーもしかしてホモ?」
「んなッッ!?」
「俺にときめいちゃってンのもしかして~?」
「なっ、なななに阿呆な事言うてますのん!?あるわけ無いでっしゃろそないな事っ!!」

慌てて否定し「わてはホモ違います!!!」とブンブンと物凄い勢いで首を左右に振るアラシヤマ。
無論、シンタローとしては軽く冗談を言っただけのつもりだったのだが、そんなに過剰な反応をされるとついついS心が疼いてしまう。
いたずらっ子というよりもイジメっ子という呼び名がしっくり来る、いかにも意地悪そうな笑みをニヤリと口元に貼り付け、「へぇぇぇぇ~?そうなんだ、フーーーン」と猫がネズミをいたぶる時のような声を出す。
アラシヤマはぞぞっと総毛だった。
マズイ、対応を間違えた、とそれだけが分かった。

「あ……」

何とかコノ場を取り繕うと声をかけようとしたアラシヤマだったが、その一瞬前にシンタローはパッと彼から離れ、どうしたんだ?と様子を窺っていた仲間達に聞こえるように、ハッキリとした大きな声で言った。

「うっわマジかよホモだったのかよアラシヤマ~!いやァ~意外だったな~~」と。

――なんて事言いますのんこの人!?

「せ、せやからホモやないって何べんも言うてるやろシンタロー!あんさんわてに恨みでもあるんどすか!?」
「いやいや恨みなんてそんな。あるワケないだろアラシヤマくん?キミがホモだとしてもボクは気にしないよ」
「嘘やー!めっちゃ気にしてますわッッ」
「気にしない気にしない」
「そないな軽い言葉誰が信じるかッ!ちゅーか気にせん人はわざわざそないなデカイ声で高らかにホモ呼ばわりせんでっしゃろ!!」
「やだね~被害妄想の根暗ホモ引きこもりどすえヤローかよ。肩書き多すぎ、つーか苗字長すぎ」
「語呂わるッ!いやいや、肩書きでも苗字でも無いわ!あんたが勝手に言うてるだけどすぅ~ッ!」

面白がって散々からかいまくるシンタローと、動揺のあまりほとんど否定し切れていないアラシヤマ。
そんな二人のやり取りを見て、周りを囲んでいたギャラリー達はいつの間にか教室の端っこへと波が引くようにざざーっと後退していた。

「……マジ?ホモ!?」
「アラシヤマ、ホモ?」


――どうやらかなり本気にされてしまったようだ。
これでまた、アラシヤマとクラスメイト達との間に、一層深い溝ができたようである。


「ああッ!?わてのお友達候補が!?」
「よかったな~アラシヤマ。これでオメーますます有名人だぜ?」

きっと明日には、学校中に噂が広まっている事だろう。

「おっ、おのれシンタロー……ッッ!!!」

ますますお友達が遠のいた……!
先刻までドキドキしてしまっていた事も忘れて、アラシヤマは改めてシンタローへの恨みを深めた。

そんなアラシヤマを見てシンタローはフフンと鼻をならし、可笑しそうに笑った。





その日、一人でとぼとぼと寮へ戻る途中で。
アラシヤマは自分の額にそっと触れてみた。

「――――」

シンタローの掌の体温が、よみがえる。
熱い。そっと包み込むように触れられた場所。
それと同時に初めて間近で見たシンタローの黒目がちな瞳をも思い出して、アラシヤマの胸はまたとくり、と鳴った。
ガキ大将そのままな笑顔を、頭の中で無意識に反駁する。
ムカつく、が、それ以上に何だかそわそわして。
相当ひどい事をされた筈なのだが、思い浮かぶのは最後に見た笑顔だ。
あんな風に笑顔を向けられたのは、初めての事かもしれない。

思って、また胸がざわめく。

――生まれたばかりのこの感情に、まだ名前をつけられなくて。
それ程まだ、幼くて。


「……なんやろ?これ」


とアラシヤマは一人、首を傾げた。
ほのかに上昇した体温は、そう悪いものではなかった。






――後日、久しぶりの休日にこれまた久しぶりにマーカーと会ったアラシヤマは、苦しそうに胸を押さえて不整脈を起こしかけながら息も絶え絶えに師に訴えた。

「お師匠はん……実はわて、最近おかしいんどす。士官学校にシンタローいうヤツがおりますんや、コイツはマジック総帥の息子なんどすがそりゃあもう嫌なヤツでしてなぁ!士官学校でNo.1とか言われていい気になってますんや。いつも周りに子分みたいに人を仰山引き連れとって、わての邪魔ばかりするしホンマ嫌なヤツなんどす!……なのにわて、最近気ぃ付いたらそいつの事ばっか目で追うとるんどす。目が合うと心臓がドキドキバクバクして止まりそうになって、息もできまへん。落ち着かない気分になるんが嫌で避けたくてたまりまへんが、顔見らんと今度は声が気になるんどすぅ~。どこにおってもヤツの声だけは聞こえてくるんどすえ!とにかくもう全神経使こうてシンタローの一挙手一投足を追うとるんどすが、シンタローは鈍くてなかなかわての事気ぃ付きまへんでなぁ~、すぐ他のヤツとどっか行きよるんどす!それがまた腹立ちまして、何としてでもわての方を向かせたいっちゅーかわてだけを見るようにさせたいっちゅーか届けわてのバーニング野望!?

……ねぇ師匠。これってどういう感情なんでっしゃろか?」


「……………………」





ある意味ピュアな、ピュアすぎる質問を投げ掛けられてマーカーは眉間に深いシワを刻み込んで目を閉じた。
この馬鹿な弟子に対する答えの候補が幾つか脳裏に浮かぶ。
その中の一つ、「気色悪い」の一言と共にアラシヤマを一瞬で燃やし尽くして全て無かった事にする、という選択肢が非常に魅力的でそそられるものを感じたが、マーカーはあえてそれを選ばなかった。
目を開けて、真正面からアラシヤマを見据える。
地を這うような声で答えてやった。


「……アラシヤマ。それは向上心だ、ライバル心だ、対抗意識だ。お前はシンタロー様を好敵手として捉えているのだ」

「へ?」


――好・敵・手――


それは何だか妙にときめく言葉だった。
ほけ、と馬鹿面をさらしている弟子に、マーカーは洗脳するようにもう一度言った。

「いいか、お前達は好敵手だ。技を磨き、己を律し、シンタロー様に勝てアラシヤマ。その時こそ、お前はようやく認められるだろう」

「……そうかっ、シンタローはわてのライバルなんどすなぁ!分かりましたえ師匠!!必ずシンタローを倒して、わてという輝かしい存在をあの阿呆の頭ん中にしっっっっかりと刻み込んでやりますえ~~~ッ!!」


打倒シンタロー!我が永遠のライバル!!

燦然と輝くその言葉を頭に刻み込み、アラシヤマは目をキラキラさせて握った拳を高く突き上げた。
やれやれ、とマーカーは溜息を一つ吐き、

「道を踏み外すなよ、馬鹿弟子が」

と(幾分投げやりではあったが)心温まる忠告をしてやった。



――アラシヤマ、15歳の冬の事。
この約10年後、アラシヤマはきっっっっちりと道を踏み外し。
シンタローの頭には悪い意味で、彼の存在は深く深く刻み込まれる事になるのであった。






END









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