9.おそろい ※『2.初めての』の後日談です。
――時々アイツが何を考えているのか、本当に分からなくなる時がある。
ピアス騒動から二週間程経ったある日のことだった。
ピアスの変わりだと渡された箱を、表面には出さずに内心喜びながら開けた。
紙の箱を開けると中からもう一つ箱が出てきた。
ビロード調の白い布が張り込んである上品な箱だ。
ピアスの時の箱とは違い、随分と重厚な感じになっているその箱を見て、ピアスよりも高いものを買ってきたんだと思った。
(別に安モンだっていーのに)
キンタローから貰えるものなら、自分は何でも喜んで受け取る自信があった。
自分の為にキンタローが用意したものなのだから、それがどんなものだって嬉しいのだ。
俺はどこかワクワクしながら箱に手を添えた。
ピアスの時でキンタローのセンスが良いことは分かったから、今度はどんなものなのだろうと期待もあったのかもしれない。
――ぱか。
良い音がして蓋が開く。
そして中に入っていた物を見て――俺は固まった。
入っていたのは、中にダイヤが埋め込まれている綺麗なプラチナリングだったのだ。
「良いデザインだろう。お前には絶対に似合う」
悪びれもなくキンタローが真顔でそう言ってくる。
「………」
そんなキンタローの意見には返事を返さずに、俺は黙り込んだ。
機嫌の良さそうな顔のキンタローとは逆に、俺の頭の上に暗雲が立ち込め始める。
確かにデザインは良い。
そして埋め込まれているダイヤが安物ではないことも分かる。
しかし――。
しかし、だ!!!
これはどう見ても――…。
その事実を受け止め難く、わなわなと肩が震える俺に気付きもしないで、キンタローはさらに衝撃的な事を告げてきた。
「どうやらこれはペアリングらしい。だから俺も同じものを持っている」
ゴ――ン。
決定打。
「……キンタロー……」
「何だ?」
「お前…コレ買う時何て言って買った…?」
思わず声が低くなってしまう。
「特に何も。ピアスと交換してくれとは言ったがな。――あぁ、丁度ピアスを買った次の日からフェアが始まっていたらしくて、コレが必要だったのなら先に聞いておけば良かったと言われた」
「…そのフェアのタイトルは?」
駄目だ――声が震える。
落ち着け…落ち着け俺ッ!!!
「ああそういえば見てなかったな。ただ――」
「『ただ』?」
「サイズを聞かれて、両方同じでいいと答えたら妙に変な顔をされた」
「―――――ッツ!!」
よく見ると、リングの内側には俺の名前が彫ってある。
そして見せなくてもいいのに、キンタローが自分の分だと言って見せてきたキンタローのリングには、勿論の事キンタローの名前が彫ってあった。
――はっはっは!
そりゃー、店員も妙な顔くらいするだろーナ!
同じサイズだと言われてどんなデカイ女だよ!?と思えば男の名前を言われてよ!
しかもコイツ、その店員にご丁寧に名刺を渡してきたらしい。
『ガンマ団』のネーム入りの名刺をな。
『キンタロー』も『シンタロー』もそうそうよくある名前じゃない。
しかも泣く子も黙ると言われているガンマ団の人間で、その名前と言えば当てはまるのは一人ずつしかいないことくらい、一般人でも分かるだろう。
こりゃー吃驚☆だ!!!
ガンマ団の総帥様ったら、男相手に凄いもの贈られちゃってるネ♪あっはっは!!
ブチン!!
――俺の中の何かがブチ切れた。
「こォの馬鹿キンタローーーッ!!!間違いなくエンゲージリングじゃねーかーーーーッ!!!」
団内に悲痛な叫びが響き渡る中、当のキンタローだけが「何だそれは?」という顔をしていて――。
酷く泣きたくなった俺を、その場に居たティラミスが温かい(哀れむとも言う)目で見ていた…。
END
2006.05.07
2006.08.21サイトUP
――時々アイツが何を考えているのか、本当に分からなくなる時がある。
ピアス騒動から二週間程経ったある日のことだった。
ピアスの変わりだと渡された箱を、表面には出さずに内心喜びながら開けた。
紙の箱を開けると中からもう一つ箱が出てきた。
ビロード調の白い布が張り込んである上品な箱だ。
ピアスの時の箱とは違い、随分と重厚な感じになっているその箱を見て、ピアスよりも高いものを買ってきたんだと思った。
(別に安モンだっていーのに)
キンタローから貰えるものなら、自分は何でも喜んで受け取る自信があった。
自分の為にキンタローが用意したものなのだから、それがどんなものだって嬉しいのだ。
俺はどこかワクワクしながら箱に手を添えた。
ピアスの時でキンタローのセンスが良いことは分かったから、今度はどんなものなのだろうと期待もあったのかもしれない。
――ぱか。
良い音がして蓋が開く。
そして中に入っていた物を見て――俺は固まった。
入っていたのは、中にダイヤが埋め込まれている綺麗なプラチナリングだったのだ。
「良いデザインだろう。お前には絶対に似合う」
悪びれもなくキンタローが真顔でそう言ってくる。
「………」
そんなキンタローの意見には返事を返さずに、俺は黙り込んだ。
機嫌の良さそうな顔のキンタローとは逆に、俺の頭の上に暗雲が立ち込め始める。
確かにデザインは良い。
そして埋め込まれているダイヤが安物ではないことも分かる。
しかし――。
しかし、だ!!!
これはどう見ても――…。
その事実を受け止め難く、わなわなと肩が震える俺に気付きもしないで、キンタローはさらに衝撃的な事を告げてきた。
「どうやらこれはペアリングらしい。だから俺も同じものを持っている」
ゴ――ン。
決定打。
「……キンタロー……」
「何だ?」
「お前…コレ買う時何て言って買った…?」
思わず声が低くなってしまう。
「特に何も。ピアスと交換してくれとは言ったがな。――あぁ、丁度ピアスを買った次の日からフェアが始まっていたらしくて、コレが必要だったのなら先に聞いておけば良かったと言われた」
「…そのフェアのタイトルは?」
駄目だ――声が震える。
落ち着け…落ち着け俺ッ!!!
「ああそういえば見てなかったな。ただ――」
「『ただ』?」
「サイズを聞かれて、両方同じでいいと答えたら妙に変な顔をされた」
「―――――ッツ!!」
よく見ると、リングの内側には俺の名前が彫ってある。
そして見せなくてもいいのに、キンタローが自分の分だと言って見せてきたキンタローのリングには、勿論の事キンタローの名前が彫ってあった。
――はっはっは!
そりゃー、店員も妙な顔くらいするだろーナ!
同じサイズだと言われてどんなデカイ女だよ!?と思えば男の名前を言われてよ!
しかもコイツ、その店員にご丁寧に名刺を渡してきたらしい。
『ガンマ団』のネーム入りの名刺をな。
『キンタロー』も『シンタロー』もそうそうよくある名前じゃない。
しかも泣く子も黙ると言われているガンマ団の人間で、その名前と言えば当てはまるのは一人ずつしかいないことくらい、一般人でも分かるだろう。
こりゃー吃驚☆だ!!!
ガンマ団の総帥様ったら、男相手に凄いもの贈られちゃってるネ♪あっはっは!!
ブチン!!
――俺の中の何かがブチ切れた。
「こォの馬鹿キンタローーーッ!!!間違いなくエンゲージリングじゃねーかーーーーッ!!!」
団内に悲痛な叫びが響き渡る中、当のキンタローだけが「何だそれは?」という顔をしていて――。
酷く泣きたくなった俺を、その場に居たティラミスが温かい(哀れむとも言う)目で見ていた…。
END
2006.05.07
2006.08.21サイトUP
PR
6.ケンカ ※『5.約束』の続きです。
お互いがお互いを気にしてるのに、どうしてそれを見せないのかな?
言葉にするとか、態度に表すとか――凄く簡単なことだと僕は思うんだけどな。
+++
「グンマー、仕方がねぇから差し入れに来てやったゾ」
シュン、と自動ドアが開いて、赤い総帥服を着た俺様なシンちゃんが現れた。
真っ白な箱を片手に、研究室内をキョロキョロと見渡してる。
「シンちゃんありがと~~vv」
箱の中身が間違いなくリクエストしたものだと確信している僕は、これでもかというくらいの笑顔でシンちゃんを出迎えた。
「何か相変わらずごちゃごちゃしてんなココ。ちゃんと掃除してんのかよ?」
色々な資料や機具が散乱しているのはいつものことで、シンちゃんは研究室に来るたびに必ず今の言葉を口にする。シンちゃんはもともと綺麗好きだし片付け魔だから、どうやらこの散らかりまくっている研究室の状態が気に入らないらしい。
「あはは~、してるヨ!その為にちゃんとお掃除用具買ったんだし」
本当はお掃除ロボットを開発したかったんだけど、皆で反対するもんだから作れなかったんだ。
「…それはあの片隅で埃を被っているもののことか?」
シンちゃんが部屋の隅っこを指差した。
「え~と、一ヶ月前くらいに…した、かな?」
「…その後はしてねぇのかよ!?」
――汚ねェ!!とシンちゃんはあからさまに嫌そうな顔をした。
「そ、それよりも!シンちゃんの差し入れ、早く食べたいなぁ~v」
これ以上突っ込まれないように話を誤魔化して手を差し出すと、シンちゃんは「ああ」と言って箱を手渡してくれた。
「わ~~いvプリンだ~~~ッvvvありがとうシンちゃん!大好きッvvv」
早速箱を開けて、中身がリクエスト通りな事を確認して喜んだ。
「もっと人数居んのかと思って多めに作ったんだけどな」
「うん、今日はね皆出払ってて少ないんだ~。いいよ、僕が全部食べるから」
「ばーか、太んぞ。二、三個にしとけ。後は持って帰ってコージ達にでもやるよ」
確か今日の夕方に戻ってくる筈…と、シンちゃんが言うのに対してすぐに反論した。
「えー、じゃあキンちゃんと半分こするから全部置いて行ってよ~」
「ばーか、お前しかいねーじゃん」
何処にキンタローが居んだよと、シンちゃんが僕を睨んだ。
「え?居るよキンちゃん。ホラ」
沢山の本の山に埋もれるようにして座っているキンちゃんに、シンちゃんは気付いていなかったようで。
僕が指差した方を見て、少し驚いていた。
「なんだ…居たのかよ」
ボソっと呟いたシンちゃんの声に、キンちゃんが反応した。
「俺は此処の研究員だ。居て何が悪い」
「別に悪いなんて――」
ジロリとシンちゃんを一睨みした後、すぐに本に視線を戻してしまったキンちゃんに、シンちゃんは困ったような顔をして、言おうとした言葉を飲み込んだ。
「キンちゃん、シンちゃんが差し入れ持ってきてくれたよ。一緒に食べようよ」
室内に気まずい空気が流れてしまい、僕はそれを何とかする為に殊更明るい声でキンちゃんを誘った。
でもキンちゃんからの答えはある程度予想できていたもので――。
「後でいい」
此方の方を見向きもしないでそう言ったっきり、邪魔するなと言わんばかりの顔をして本に意識を戻してしまった。
「あ――…グンマ」
「…なに?」
シンちゃんはそんなキンちゃんに怒るわけでもなく、ポリポリと頭を掻いて溜息を一つ零して――。
「俺、戻るわ。…邪魔して悪かったナ」
何処か寂しそうな目を見せながら苦笑いした。
「シンちゃん…」
一緒に食べていかないの?とは聞けなかった。
シンちゃんが傷付いているのが分かったから。
本当は差し入れは口実で、キンちゃんと少しでも喋れたらと思って来たに違いないシンちゃんに、キンちゃんのとった態度はあまりにも冷たくて――歩み寄る隙すらもないと諦めてしまっている。
「じゃ、な」
「あ…」
何か言葉をかけなくちゃと、思案していた僕を置いてシンちゃんはあっさりと部屋を出て行った。
持って帰ると言っていたプリンは全て置いたまま――。
「シンちゃん…」
僕は溜息を付いた。
折角お喋りする機会を作れたと思っていたのに、それが失敗に終わってしまった。
それどころかシンちゃんに哀しい顔をさせてしまった。
喧嘩どころか会話の余地すらない――これは全く持って不本意な事だ。
(どうしたら二人とも仲良くしてくれるかなー…って言うか、キンちゃんが見るからにシンちゃんを警戒してるんだよね。…ほんとはすっごく気にしてるくせに…)
――本当にどうしよう?
そう思っていた時だった。
「グンマ」
「ほぇッ!?」
不意に声をかけられて驚いて顔を上げれば、先ほどシンちゃんを睨んだ時以上の不機嫌さを面に出しているキンちゃんが、いつの間にか目の前に立っていた。
「キ、キンちゃんいつの間に…」
気配を待ったく感じていなかったせいか、心臓がバクバク言っている。
対するキンちゃんはとても真面目な深刻そうな顔で、言い難そうに一言呟いた。
「お前に聞きたいことがある」と。
「…聞きたいこと?」
いきなりどうしたの?と此方から聞くよりも先に、キンちゃんは答えた。
「お前はどうして簡単に『好き』と口に出せるんだ?」
「――へ?」
キンちゃんの思わぬ言葉に、僕は固まってしまった。
「…キンちゃん?」
ゆっくりと顔を上げてまじまじとキンちゃんの顔色を伺うと、質問をしたキンちゃんの瞳はどこか苦しげで、僕に縋っているようにも見えた。
あまりにもらしくないキンちゃんのその瞳に、先ほどシンちゃんの寂しそうな顔が浮かんできて――慌てて首を振った。
なんとか安心さえてあげたくて、僕は「あのね」と言ってニコリと微笑んだ。
「『好き』って言って貰えるとキンちゃんは嬉しくない?」
「…それは…」
僕の問いかけにキンちゃんは眉を寄せながらも、戸惑った様子で頷いた。
「シンちゃんに『大好き』って言っても、シンちゃんは僕にスキってって言ってくれないよ。でも、シンちゃんが僕の事を好きでいてくれてるのは分かってるんだ…シンちゃん照れ屋さんだから」
「…!」
あえてシンちゃんの名前を出すと、キンちゃんの目付きが変わった。
ポーカーフェイスをしているつもりなんだろうけど、シンちゃんが関わるとキンちゃんのそれは見事に崩れてしまう。
「確かに何も言わなくても伝わることもあるよね。そういう言葉が苦手な人だっているし。でも僕は口にするのが好きだから。――だから好きな人には好きって言うようにしてるだけだよ」
そう言って笑顔をキンちゃんに向けると、キンちゃんの顔が困惑していた。
何かを考えているように難しい顔をするキンちゃんに苦笑する。
「ねぇキンちゃん、言葉は別に惜しむ必要なんてないって思わない?」
確かにそれが苦手な人はいるけれど。
確かにそれを聞かなくても分かってくれる人はいるけれど。
中にはそうじゃない人もいるから。
言わないままで誤解されるより、言って気持ちを分かって貰えるほうがいいでしょ?
「―――…」
僕の言葉にキンちゃんは何かを感じたらしい。
すっかりと押し黙ってしまった。
多分――いや、おそらく絶対、今キンちゃんの頭の中はシンちゃんのことでいっぱいなんだろう。
先程の冷たい態度も、きっとどうしたらいいのかわからなかっただけなのだ。
それを証拠に、シンちゃんの名前に反応を示し――僕が『大好き』と言った事をとても気にしている。
誰よりも気にしている存在なのに、お互いがお互いをどう扱ったらいいのか分からずに、ひどく回りくどい事ばかりしている。
キンちゃんとシンちゃんは本当に似たもの同士で、それが少し羨ましい。
でも、そんなキンちゃんはシンちゃんに素直に好きと言える僕が羨ましいんだろうね。
シンちゃんは敵意はすぐに察してくれるけど、遠回りな好意には疎いから。
それはシンちゃんに好意を示している人間の殆どが、激しい意思表示をしているから。
だからシンちゃんは奥ゆかしいと言える好意には慣れてなくて、極端にそれに気付かない。
ねぇキンちゃん、僕はやっぱり二人に仲良くして欲しいよ。
二人がお互いに気にし合ってるならなおのこと。
「キンちゃんはシンちゃんのこと、どう思ってるの?」
「………アイツは…俺の獲物だ」
僕の問いかけにキンちゃんは暫く考え込んだ後、ボソリとそう呟いた。
――違うでしょ、キンちゃん。
不器用なんだなぁと思う。
僕は仕方がないと苦笑して、シンちゃんの持ってきた差し入れの一つを取り出した。
「じゃあキンちゃんはシンちゃんが作ってくれたお菓子、要らないね?」
全部僕のー♪と笑うと、キンちゃんがハッとなって「駄目だ」と言う。
「駄目?どうして?キンちゃん、シンちゃんのこと殺したいくらいにキライなんデショ?」
前に『殺す』って言ってたじゃない――だったらキライなシンちゃんが作ったお菓子なんて食べたくないでしょう?
そう言ったら、キンちゃんの顔が泣きそうに歪んでしまった。
意地悪しすぎたかなと思ったけど、キンちゃん自身が自覚してくれないと、いつまでたってもシンちゃんとキンちゃんは仲良しにならないし。
「別に…嫌いなわけじゃ…」
キンちゃんが顔を歪ませたまま、シンちゃんの作ったお菓子を見つめている。
「だって『獲物』だって言ってるじゃない」
「それは…ッ」
必死な様子で何かを言おうとしているキンちゃんは、続く言葉が出て来ずにもどかしそうに唇を噛んだ。
これが限界かな?そう判断して、僕は立ち上がって腕を伸ばし、キンちゃんの頭をヨシヨシと撫でた。
「…グンマ?」
「キンちゃん、シンちゃんは『モノ』じゃないよ?キンちゃんの言う『獲物』って、キンちゃんがシンちゃんを独り占めしたいってことじゃないの?」
訝しげな顔をしたキンちゃんに、優しく伝える。
「ねぇキンちゃん、キンちゃんはシンちゃんのこと嫌いじゃないなら、どう思ってるの?」
「それは…ッ」
「どうして僕に『好き』って言う言葉を簡単に口に出すんだ?って聞いたの?」
「グンマ…」
「キンちゃんが簡単に言えないことを僕が言って、それが羨ましかったからじゃないの?」
僕はキンちゃんの頭を引き寄せて、そっと抱き締めた。
キンちゃんは僕よりも大きいから、ちょっと背伸びをしなくちゃいけなくて大変だったけど、大人しくされるがままにしててくれたから、ちゃんと抱き締めてあげれた。
抱き締めているとキンちゃんの戸惑いが伝わってくる。
本当は簡単なのにね。
今のこの姿を、僕じゃなくてシンちゃんに見せればいいだけなのに。
でも多分、これが最後だと思うから。
キンちゃんが僕に弱みを見せるのは。
これからはきっと―――。
僕は抱き締める手に少しだけ力を入れて、優しくキンちゃんに囁いた。
キンちゃんがシンちゃんに本当に伝えたい言葉は何?
『獲物』や『殺す』――そんな言葉じゃないはずでしょう?
冷たい態度をとることでもないでしょう?
キンちゃんはシンちゃんにどうして欲しい?
「…グンマ…」
「ね、キンちゃん…それが答えだよ」
キンちゃんの声がなんだか泣きそうに聞こえた。
「一回でいいからシンちゃんに『殺す』じゃなくて『好き』って言ってみてよ。そうしたら全部がいい方に向くよ」
「…シンタローは…俺の話を聞いてくれるだろうか?」
不安そうな声。
「大丈夫でしょ。ホラ見て」
シンちゃんの持ってきたプリンの箱を指差した。
本当は今日だってシンちゃんはキンちゃんの様子を見に来たようなものだし――口にするのはちょっと悔しかったのでそれは言わないでおく。
「プリンがどうか――…一つだけ違うものが入ってるな」
キンちゃんの言うとおり、箱の中には沢山のプリンの中に一つだけ違うものが入っていた。
「コーヒーゼリーみたいだね。キンちゃん用でしょ」
「…何故?」
それが俺のだと言い切るんだと、キンちゃんが不思議そうな顔をする。
「シンちゃん、キンちゃんが甘いもの好きじゃないって知ってたよ。僕がプリンおねだりした時に言ってたもん」
「それがどうしたというんだ?」
首を捻るキンちゃんに『わからないの?』と少し呆れてしまった。
「甘いものが苦手なキンちゃんのためだけに、シンちゃんがわざわざ一つだけコーヒーゼリーを作ってくれたんだよ?」
「――!」
僕の言葉にキンちゃんが目を見開いた。
「シンちゃんがキンちゃんのこと嫌いだったらそんなこと絶対にしないでしょ?」
もう!言われなくても分かってよと、キンちゃんを睨むと、驚いた事にキンちゃんの頬が少しだけ赤くなっていた。
「……キンちゃん、もしかして嬉しいの?」
じっと顔を見つめると、キンちゃんは同じように僕をじっと見た後に、面白いくらいに素直に頷いた。
「そうらしい…」
ボソッと呟いて徐にコーヒーゼリーを手に取って、それを見つめるキンちゃんの姿は何処か異様だ。
「…そのコーヒーゼリーをきっかけに、シンちゃんに話しかけてみたら?」
大事そうにコーヒーゼリーを手に持つ、今のキンちゃんならきっとシンちゃんと話が出来るだろう。
「そう、だな」
何かを決意したように、キンちゃんが力強く頷いた。
「膳は急げダヨ!頑張って。――出来ればケンカしないようにね?」
僕は促すようにバンっとキンちゃんの背中を叩いた。
「ああ…」
今までに見たことのないような清々しい笑顔を浮かべて、キンちゃんはコーヒーゼリーを机の上に置いた。
「いいな、これは俺のだ。シンタローが俺の為に作った、俺のためのものだ。何があっても食うなよ?」
「あはは~、二度言わなくても食べないよ。それにそのコーヒーゼリー甘くないんでしょ?」
僕にはあま~いプリンがたっくさんあるから大丈夫だよと、笑うとキンちゃんは安心したようにコクンと頷いて部屋を出て行った――そう、出て行く間際に「ありがとうグンマ」と一言残して。
「ほんとに世話のやける弟達なんだから~」
僕はクスクスと笑って、キンちゃんが置いて行ったコーヒーゼリーを見た。
「次に三人揃う時は、仲良くお話出来るかな?」
キンちゃんから歩み寄ってくれれば、絶対にシンちゃんはそれを拒否しないから。
「さてと、僕は一人でさみし~くシンちゃんの作ったプリンでも食~べよっと♪」
言った内容とは裏腹に、僕の心は温かかった。
思いも口に出来ないまま、喧嘩にもならない関係なんて悲しいと思う。
少しずつでもいい――二人が本当に仲良くなって、僕達が誰にも負けないくらいの仲良し家族になれれば、それでもう何も怖い事はない。
その日が一分でも早く来る事を願って、僕は白い生クリームにスプーンを入れた。
――余談だけど、この時は本当にただ仲良しになればそれで良いって思ってたんだよ?
まさか、ねぇ?
キンちゃんの言う『好き』が、僕の言う『好き』と違った意味を持ってるなんて誰が思うのさ。
あー…でも僕達の一族ならそれも有かぁ。
そんな風に妙に納得しちゃう自分がちょっと悲しかったりした。
ま、お互いが幸せならそれでいいんだけどね!
今度から僕は痴話喧嘩に巻き込まれるのかな?
…そう思ったら少しだけ、げんなりした。
END
2006.05.12
2007.08.サイトUP
…書いた日の日付見て吃驚です(笑)。
お題5の続きになるようにちょびっとだけ修正入れた記憶はあったのですが…。
何気にサイト内の確認をしていて、「あれ…?お題⑤の続き、書いてなかったっけ??」とファイルを探したら出てきました。
何でかは覚えてませんがUPするのを綺麗さっぱりと忘れていたようです…。
お互いがお互いを気にしてるのに、どうしてそれを見せないのかな?
言葉にするとか、態度に表すとか――凄く簡単なことだと僕は思うんだけどな。
+++
「グンマー、仕方がねぇから差し入れに来てやったゾ」
シュン、と自動ドアが開いて、赤い総帥服を着た俺様なシンちゃんが現れた。
真っ白な箱を片手に、研究室内をキョロキョロと見渡してる。
「シンちゃんありがと~~vv」
箱の中身が間違いなくリクエストしたものだと確信している僕は、これでもかというくらいの笑顔でシンちゃんを出迎えた。
「何か相変わらずごちゃごちゃしてんなココ。ちゃんと掃除してんのかよ?」
色々な資料や機具が散乱しているのはいつものことで、シンちゃんは研究室に来るたびに必ず今の言葉を口にする。シンちゃんはもともと綺麗好きだし片付け魔だから、どうやらこの散らかりまくっている研究室の状態が気に入らないらしい。
「あはは~、してるヨ!その為にちゃんとお掃除用具買ったんだし」
本当はお掃除ロボットを開発したかったんだけど、皆で反対するもんだから作れなかったんだ。
「…それはあの片隅で埃を被っているもののことか?」
シンちゃんが部屋の隅っこを指差した。
「え~と、一ヶ月前くらいに…した、かな?」
「…その後はしてねぇのかよ!?」
――汚ねェ!!とシンちゃんはあからさまに嫌そうな顔をした。
「そ、それよりも!シンちゃんの差し入れ、早く食べたいなぁ~v」
これ以上突っ込まれないように話を誤魔化して手を差し出すと、シンちゃんは「ああ」と言って箱を手渡してくれた。
「わ~~いvプリンだ~~~ッvvvありがとうシンちゃん!大好きッvvv」
早速箱を開けて、中身がリクエスト通りな事を確認して喜んだ。
「もっと人数居んのかと思って多めに作ったんだけどな」
「うん、今日はね皆出払ってて少ないんだ~。いいよ、僕が全部食べるから」
「ばーか、太んぞ。二、三個にしとけ。後は持って帰ってコージ達にでもやるよ」
確か今日の夕方に戻ってくる筈…と、シンちゃんが言うのに対してすぐに反論した。
「えー、じゃあキンちゃんと半分こするから全部置いて行ってよ~」
「ばーか、お前しかいねーじゃん」
何処にキンタローが居んだよと、シンちゃんが僕を睨んだ。
「え?居るよキンちゃん。ホラ」
沢山の本の山に埋もれるようにして座っているキンちゃんに、シンちゃんは気付いていなかったようで。
僕が指差した方を見て、少し驚いていた。
「なんだ…居たのかよ」
ボソっと呟いたシンちゃんの声に、キンちゃんが反応した。
「俺は此処の研究員だ。居て何が悪い」
「別に悪いなんて――」
ジロリとシンちゃんを一睨みした後、すぐに本に視線を戻してしまったキンちゃんに、シンちゃんは困ったような顔をして、言おうとした言葉を飲み込んだ。
「キンちゃん、シンちゃんが差し入れ持ってきてくれたよ。一緒に食べようよ」
室内に気まずい空気が流れてしまい、僕はそれを何とかする為に殊更明るい声でキンちゃんを誘った。
でもキンちゃんからの答えはある程度予想できていたもので――。
「後でいい」
此方の方を見向きもしないでそう言ったっきり、邪魔するなと言わんばかりの顔をして本に意識を戻してしまった。
「あ――…グンマ」
「…なに?」
シンちゃんはそんなキンちゃんに怒るわけでもなく、ポリポリと頭を掻いて溜息を一つ零して――。
「俺、戻るわ。…邪魔して悪かったナ」
何処か寂しそうな目を見せながら苦笑いした。
「シンちゃん…」
一緒に食べていかないの?とは聞けなかった。
シンちゃんが傷付いているのが分かったから。
本当は差し入れは口実で、キンちゃんと少しでも喋れたらと思って来たに違いないシンちゃんに、キンちゃんのとった態度はあまりにも冷たくて――歩み寄る隙すらもないと諦めてしまっている。
「じゃ、な」
「あ…」
何か言葉をかけなくちゃと、思案していた僕を置いてシンちゃんはあっさりと部屋を出て行った。
持って帰ると言っていたプリンは全て置いたまま――。
「シンちゃん…」
僕は溜息を付いた。
折角お喋りする機会を作れたと思っていたのに、それが失敗に終わってしまった。
それどころかシンちゃんに哀しい顔をさせてしまった。
喧嘩どころか会話の余地すらない――これは全く持って不本意な事だ。
(どうしたら二人とも仲良くしてくれるかなー…って言うか、キンちゃんが見るからにシンちゃんを警戒してるんだよね。…ほんとはすっごく気にしてるくせに…)
――本当にどうしよう?
そう思っていた時だった。
「グンマ」
「ほぇッ!?」
不意に声をかけられて驚いて顔を上げれば、先ほどシンちゃんを睨んだ時以上の不機嫌さを面に出しているキンちゃんが、いつの間にか目の前に立っていた。
「キ、キンちゃんいつの間に…」
気配を待ったく感じていなかったせいか、心臓がバクバク言っている。
対するキンちゃんはとても真面目な深刻そうな顔で、言い難そうに一言呟いた。
「お前に聞きたいことがある」と。
「…聞きたいこと?」
いきなりどうしたの?と此方から聞くよりも先に、キンちゃんは答えた。
「お前はどうして簡単に『好き』と口に出せるんだ?」
「――へ?」
キンちゃんの思わぬ言葉に、僕は固まってしまった。
「…キンちゃん?」
ゆっくりと顔を上げてまじまじとキンちゃんの顔色を伺うと、質問をしたキンちゃんの瞳はどこか苦しげで、僕に縋っているようにも見えた。
あまりにもらしくないキンちゃんのその瞳に、先ほどシンちゃんの寂しそうな顔が浮かんできて――慌てて首を振った。
なんとか安心さえてあげたくて、僕は「あのね」と言ってニコリと微笑んだ。
「『好き』って言って貰えるとキンちゃんは嬉しくない?」
「…それは…」
僕の問いかけにキンちゃんは眉を寄せながらも、戸惑った様子で頷いた。
「シンちゃんに『大好き』って言っても、シンちゃんは僕にスキってって言ってくれないよ。でも、シンちゃんが僕の事を好きでいてくれてるのは分かってるんだ…シンちゃん照れ屋さんだから」
「…!」
あえてシンちゃんの名前を出すと、キンちゃんの目付きが変わった。
ポーカーフェイスをしているつもりなんだろうけど、シンちゃんが関わるとキンちゃんのそれは見事に崩れてしまう。
「確かに何も言わなくても伝わることもあるよね。そういう言葉が苦手な人だっているし。でも僕は口にするのが好きだから。――だから好きな人には好きって言うようにしてるだけだよ」
そう言って笑顔をキンちゃんに向けると、キンちゃんの顔が困惑していた。
何かを考えているように難しい顔をするキンちゃんに苦笑する。
「ねぇキンちゃん、言葉は別に惜しむ必要なんてないって思わない?」
確かにそれが苦手な人はいるけれど。
確かにそれを聞かなくても分かってくれる人はいるけれど。
中にはそうじゃない人もいるから。
言わないままで誤解されるより、言って気持ちを分かって貰えるほうがいいでしょ?
「―――…」
僕の言葉にキンちゃんは何かを感じたらしい。
すっかりと押し黙ってしまった。
多分――いや、おそらく絶対、今キンちゃんの頭の中はシンちゃんのことでいっぱいなんだろう。
先程の冷たい態度も、きっとどうしたらいいのかわからなかっただけなのだ。
それを証拠に、シンちゃんの名前に反応を示し――僕が『大好き』と言った事をとても気にしている。
誰よりも気にしている存在なのに、お互いがお互いをどう扱ったらいいのか分からずに、ひどく回りくどい事ばかりしている。
キンちゃんとシンちゃんは本当に似たもの同士で、それが少し羨ましい。
でも、そんなキンちゃんはシンちゃんに素直に好きと言える僕が羨ましいんだろうね。
シンちゃんは敵意はすぐに察してくれるけど、遠回りな好意には疎いから。
それはシンちゃんに好意を示している人間の殆どが、激しい意思表示をしているから。
だからシンちゃんは奥ゆかしいと言える好意には慣れてなくて、極端にそれに気付かない。
ねぇキンちゃん、僕はやっぱり二人に仲良くして欲しいよ。
二人がお互いに気にし合ってるならなおのこと。
「キンちゃんはシンちゃんのこと、どう思ってるの?」
「………アイツは…俺の獲物だ」
僕の問いかけにキンちゃんは暫く考え込んだ後、ボソリとそう呟いた。
――違うでしょ、キンちゃん。
不器用なんだなぁと思う。
僕は仕方がないと苦笑して、シンちゃんの持ってきた差し入れの一つを取り出した。
「じゃあキンちゃんはシンちゃんが作ってくれたお菓子、要らないね?」
全部僕のー♪と笑うと、キンちゃんがハッとなって「駄目だ」と言う。
「駄目?どうして?キンちゃん、シンちゃんのこと殺したいくらいにキライなんデショ?」
前に『殺す』って言ってたじゃない――だったらキライなシンちゃんが作ったお菓子なんて食べたくないでしょう?
そう言ったら、キンちゃんの顔が泣きそうに歪んでしまった。
意地悪しすぎたかなと思ったけど、キンちゃん自身が自覚してくれないと、いつまでたってもシンちゃんとキンちゃんは仲良しにならないし。
「別に…嫌いなわけじゃ…」
キンちゃんが顔を歪ませたまま、シンちゃんの作ったお菓子を見つめている。
「だって『獲物』だって言ってるじゃない」
「それは…ッ」
必死な様子で何かを言おうとしているキンちゃんは、続く言葉が出て来ずにもどかしそうに唇を噛んだ。
これが限界かな?そう判断して、僕は立ち上がって腕を伸ばし、キンちゃんの頭をヨシヨシと撫でた。
「…グンマ?」
「キンちゃん、シンちゃんは『モノ』じゃないよ?キンちゃんの言う『獲物』って、キンちゃんがシンちゃんを独り占めしたいってことじゃないの?」
訝しげな顔をしたキンちゃんに、優しく伝える。
「ねぇキンちゃん、キンちゃんはシンちゃんのこと嫌いじゃないなら、どう思ってるの?」
「それは…ッ」
「どうして僕に『好き』って言う言葉を簡単に口に出すんだ?って聞いたの?」
「グンマ…」
「キンちゃんが簡単に言えないことを僕が言って、それが羨ましかったからじゃないの?」
僕はキンちゃんの頭を引き寄せて、そっと抱き締めた。
キンちゃんは僕よりも大きいから、ちょっと背伸びをしなくちゃいけなくて大変だったけど、大人しくされるがままにしててくれたから、ちゃんと抱き締めてあげれた。
抱き締めているとキンちゃんの戸惑いが伝わってくる。
本当は簡単なのにね。
今のこの姿を、僕じゃなくてシンちゃんに見せればいいだけなのに。
でも多分、これが最後だと思うから。
キンちゃんが僕に弱みを見せるのは。
これからはきっと―――。
僕は抱き締める手に少しだけ力を入れて、優しくキンちゃんに囁いた。
キンちゃんがシンちゃんに本当に伝えたい言葉は何?
『獲物』や『殺す』――そんな言葉じゃないはずでしょう?
冷たい態度をとることでもないでしょう?
キンちゃんはシンちゃんにどうして欲しい?
「…グンマ…」
「ね、キンちゃん…それが答えだよ」
キンちゃんの声がなんだか泣きそうに聞こえた。
「一回でいいからシンちゃんに『殺す』じゃなくて『好き』って言ってみてよ。そうしたら全部がいい方に向くよ」
「…シンタローは…俺の話を聞いてくれるだろうか?」
不安そうな声。
「大丈夫でしょ。ホラ見て」
シンちゃんの持ってきたプリンの箱を指差した。
本当は今日だってシンちゃんはキンちゃんの様子を見に来たようなものだし――口にするのはちょっと悔しかったのでそれは言わないでおく。
「プリンがどうか――…一つだけ違うものが入ってるな」
キンちゃんの言うとおり、箱の中には沢山のプリンの中に一つだけ違うものが入っていた。
「コーヒーゼリーみたいだね。キンちゃん用でしょ」
「…何故?」
それが俺のだと言い切るんだと、キンちゃんが不思議そうな顔をする。
「シンちゃん、キンちゃんが甘いもの好きじゃないって知ってたよ。僕がプリンおねだりした時に言ってたもん」
「それがどうしたというんだ?」
首を捻るキンちゃんに『わからないの?』と少し呆れてしまった。
「甘いものが苦手なキンちゃんのためだけに、シンちゃんがわざわざ一つだけコーヒーゼリーを作ってくれたんだよ?」
「――!」
僕の言葉にキンちゃんが目を見開いた。
「シンちゃんがキンちゃんのこと嫌いだったらそんなこと絶対にしないでしょ?」
もう!言われなくても分かってよと、キンちゃんを睨むと、驚いた事にキンちゃんの頬が少しだけ赤くなっていた。
「……キンちゃん、もしかして嬉しいの?」
じっと顔を見つめると、キンちゃんは同じように僕をじっと見た後に、面白いくらいに素直に頷いた。
「そうらしい…」
ボソッと呟いて徐にコーヒーゼリーを手に取って、それを見つめるキンちゃんの姿は何処か異様だ。
「…そのコーヒーゼリーをきっかけに、シンちゃんに話しかけてみたら?」
大事そうにコーヒーゼリーを手に持つ、今のキンちゃんならきっとシンちゃんと話が出来るだろう。
「そう、だな」
何かを決意したように、キンちゃんが力強く頷いた。
「膳は急げダヨ!頑張って。――出来ればケンカしないようにね?」
僕は促すようにバンっとキンちゃんの背中を叩いた。
「ああ…」
今までに見たことのないような清々しい笑顔を浮かべて、キンちゃんはコーヒーゼリーを机の上に置いた。
「いいな、これは俺のだ。シンタローが俺の為に作った、俺のためのものだ。何があっても食うなよ?」
「あはは~、二度言わなくても食べないよ。それにそのコーヒーゼリー甘くないんでしょ?」
僕にはあま~いプリンがたっくさんあるから大丈夫だよと、笑うとキンちゃんは安心したようにコクンと頷いて部屋を出て行った――そう、出て行く間際に「ありがとうグンマ」と一言残して。
「ほんとに世話のやける弟達なんだから~」
僕はクスクスと笑って、キンちゃんが置いて行ったコーヒーゼリーを見た。
「次に三人揃う時は、仲良くお話出来るかな?」
キンちゃんから歩み寄ってくれれば、絶対にシンちゃんはそれを拒否しないから。
「さてと、僕は一人でさみし~くシンちゃんの作ったプリンでも食~べよっと♪」
言った内容とは裏腹に、僕の心は温かかった。
思いも口に出来ないまま、喧嘩にもならない関係なんて悲しいと思う。
少しずつでもいい――二人が本当に仲良くなって、僕達が誰にも負けないくらいの仲良し家族になれれば、それでもう何も怖い事はない。
その日が一分でも早く来る事を願って、僕は白い生クリームにスプーンを入れた。
――余談だけど、この時は本当にただ仲良しになればそれで良いって思ってたんだよ?
まさか、ねぇ?
キンちゃんの言う『好き』が、僕の言う『好き』と違った意味を持ってるなんて誰が思うのさ。
あー…でも僕達の一族ならそれも有かぁ。
そんな風に妙に納得しちゃう自分がちょっと悲しかったりした。
ま、お互いが幸せならそれでいいんだけどね!
今度から僕は痴話喧嘩に巻き込まれるのかな?
…そう思ったら少しだけ、げんなりした。
END
2006.05.12
2007.08.サイトUP
…書いた日の日付見て吃驚です(笑)。
お題5の続きになるようにちょびっとだけ修正入れた記憶はあったのですが…。
何気にサイト内の確認をしていて、「あれ…?お題⑤の続き、書いてなかったっけ??」とファイルを探したら出てきました。
何でかは覚えてませんがUPするのを綺麗さっぱりと忘れていたようです…。
5.約束
「あれ、シンちゃんどうしたの~?」
「よ、よォ!」
研究室へと続く通路に、見慣れた黒髪を見つけた。
嬉しくなって足早に近付けば、何処かぎこちない様子でシンちゃんは軽く手を上げた。
「珍しいね、シンちゃんがこっちに来るなんて。何かあったの?」
「え…――あ、い、いや…別に…」
「?」
シンちゃんらしくない態度に首を傾げる。
――本当に何かあったのかな?
「シンちゃん、何か困った事でもあった?僕で良かったら聞くよ?」
いつもと様子の違うシンちゃんが本当に心配でそう言ったら、シンちゃんはますます困ったような顔をした。
「シンちゃん?」
先を促すようにもう一度名前を呼んでみる。
するとシンちゃんはポリポリと頬を掻きながら、言い難そうに口を開いた。
「あー…いや、グンマ、ほんとに何でもねェんだけど…」
期待に添えなくて悪いなと、申し訳なさそうに謝るシンちゃんの言葉に嘘は感じなかった。
――なんだ、勘違いかぁ。
ホッとする。
シンちゃんに何かあったのかと思ったから、そうじゃなくて良かったと心から思った。
でも、それなら何故いつもと様子が違うのだろう?
「あー…、その、よぉ…グンマ」
う~んと考え込んでいると、今度はシンちゃんが話しかけてきた。
「なぁに?」
「えとさ、ホラ、その…最近、どうだ?」
唐突の質問。
「?」
シンちゃんの質問の意味がよく分からなくて首を捻った。
「あ、いや、だからさ」
シンちゃんの顔をじっと見ると、シンちゃんはどこか慌てた様子になった。
サッと僕から視線を外して、何かを言い表したいのか手のひらを握ったり開いたりしている。
「シンちゃん?」
――どうしたの?
はっきり言ってくれないとわかんないよと、そう言おうとして僕はシンちゃんの顔が少しだけ赤くなっている事に気が付いた。
――あ。
ピンときた。
シンちゃんの聞きたいことが何か分かってしまった。
なーんだ、そういうことか。
「シンちゃんって相変わらず心配性だね」
シンちゃんには聞こえないくらいの声でそっと呟いた。
「え?」
「ううん、なんでもないヨvそれよりもシンちゃん、キンちゃんって凄いんだよ~」
「へ?」
突然キンちゃんの名前を出した僕に、シンちゃんの目がきょとんとした。
でも僕はそれに気付かないふりをして話を続ける。
「昨日もね、本を読んでてね――」
――キンちゃんは一度読んだらその殆どを覚えちゃってるんだよ。
そんな内容から始まって、僕は色んなことをシンちゃんに話した。
キンちゃんが新しい機械を発明したことや、それに至るまでの経緯。時には失敗談も含めて、シンちゃんの知らないキンちゃんのことを、聞かれもしないのにぺらぺらといっぱい話した。
そんな僕にシンちゃんはと言うと――。
『へー、アイツらしいな』
『…そんな事も出来るのか!』
『他には?』
『そっか…楽しんでやってるか』
――こんなふうに一つ一つ感想を述べては、本当に楽しそうに話を聞いていた。
話を聞いている間のシンちゃんは、子供のように表情がころころと変わって面白い。
多分シンちゃん自身は無自覚なんだろうけど、今のこんな顔をおとーさまが見たら、きっと物凄いヤキモチを妬くだろう。
それくらいにシンちゃんの顔は楽しそうだった。
――そんなに心配なんだったら、直接会いにこればいいのに。
シンちゃんとキンちゃんの間には二人にしか見えない壁があるらしい。
…僕にはそんなの見えないけどね。
僕を通してキンちゃんの事を知るんじゃなくて、キンちゃん自身を直接見てキンちゃんの事を知ればいいのにね――僕は心の中でこっそりとそう思った。
でも、二人の関係が特殊すぎると言えば特殊で――僕には分からないわだかまりが二人の間にあるのだとしたら、出来ることならそれをなくしてあげたいと思う。
だって折角の従兄弟だよ?
以前ならともかく、今は仲良しになってもおかしくないでしょ?
僕は皆が仲良しなのが嬉しいから、シンちゃんもキンちゃんも仲良しでいて欲しい。
だからそのきっかけを作ってあげる。
一度で駄目なら何度でも。
「ねぇシンちゃん、僕ねー最近研究で疲れてて、あま~~いモノが食べたいな~」
「あぁん?」
「生クリームがた~っぷりのったプリン、食べたいなv市販のじゃなくってシンちゃんお手製のvv」
「何言ってやがる。俺のどこにそんなヒマがあると思う」
スケジュール帳は真っ黒だと、シンちゃんは暢気な提案をする僕を呆れた顔で見る。
でも僕はあきらめないでおねだりをした。
「え~~、だってシンちゃんの作るお菓子美味しいもん~。キンちゃんも疲れが溜まってるみたいだし、ゆっくりお茶したいな~って思ったんだけどなぁ」
「……」
ピクリとシンちゃんが反応した。
もう、キンちゃんの名前には反応するんだから――少々不満に思ったけど…仕方ないか。
「ね、シンちゃ~ん」
もう一度甘えるように言ってみると、シンちゃんがわざとらしく溜息を付いた。
「…ったく、仕方ねーな!今度ヒマがあったら作ってやるよ」
「え、本当!?約束ダヨ!わ~~い、ありがと~~vvv」
恩着せがましいとも言える態度のシンちゃんに、それでも純粋に喜ぶふりをした。
――ほんとは作る気満々のくせに。…僕のためじゃなくて、キンちゃんの為にね。
「ま、まぁ早いうちに作ってやるから感謝しろよ」
本当は忙しくてそんなヒマねーんだけどな、とシンちゃんは念を押す。
「うんv楽しみにしてるね」
それに対して僕は素直に頷く。
「…じゃあ俺行くわ。そろそろ会議始まるし」
僕の返事を合図に、シンちゃんの顔が総帥モードに入った。
シンちゃん的には自然に話を逸らしたみたいだけど、物凄くわざとらしい事に気付いてるのかな?
本当にキンちゃんの話だけを聞きにきたんだね。
わかりやすいなぁと思いながらも僕は「頑張ってね」と、シンちゃんを見送る。
「あ、シンちゃん、そう言えばキンちゃんねーあんまり甘いもの好きじゃないみたいだよ~」
言い忘れてたと声を上げた僕に、シンちゃんは振り向きもしないで一言――『知ってる』とそう答えて壁の向こうに消えて行った。
――本当に素直じゃないんだから。
いちいち僕を通すの止めてよね。
でも、まぁ。
そう思いながらも、僕を頼ってくれるシンちゃんに実は嬉しかったりする。
「ま、いっか!シンちゃんのお手製プリン食べれそうだしv」
約束を『理由』に、きっとシンちゃんは作ってくれる。
僕にはあま~いプリンを。
そしてキンちゃんには僕のプリンとは違う、きっとあまり甘くない別のものを。
あの様子だと二、三日以内には食べれるだろうなと、僕はご機嫌で研究室の方へと足を向けた。
END
2006.09.18
「あれ、シンちゃんどうしたの~?」
「よ、よォ!」
研究室へと続く通路に、見慣れた黒髪を見つけた。
嬉しくなって足早に近付けば、何処かぎこちない様子でシンちゃんは軽く手を上げた。
「珍しいね、シンちゃんがこっちに来るなんて。何かあったの?」
「え…――あ、い、いや…別に…」
「?」
シンちゃんらしくない態度に首を傾げる。
――本当に何かあったのかな?
「シンちゃん、何か困った事でもあった?僕で良かったら聞くよ?」
いつもと様子の違うシンちゃんが本当に心配でそう言ったら、シンちゃんはますます困ったような顔をした。
「シンちゃん?」
先を促すようにもう一度名前を呼んでみる。
するとシンちゃんはポリポリと頬を掻きながら、言い難そうに口を開いた。
「あー…いや、グンマ、ほんとに何でもねェんだけど…」
期待に添えなくて悪いなと、申し訳なさそうに謝るシンちゃんの言葉に嘘は感じなかった。
――なんだ、勘違いかぁ。
ホッとする。
シンちゃんに何かあったのかと思ったから、そうじゃなくて良かったと心から思った。
でも、それなら何故いつもと様子が違うのだろう?
「あー…、その、よぉ…グンマ」
う~んと考え込んでいると、今度はシンちゃんが話しかけてきた。
「なぁに?」
「えとさ、ホラ、その…最近、どうだ?」
唐突の質問。
「?」
シンちゃんの質問の意味がよく分からなくて首を捻った。
「あ、いや、だからさ」
シンちゃんの顔をじっと見ると、シンちゃんはどこか慌てた様子になった。
サッと僕から視線を外して、何かを言い表したいのか手のひらを握ったり開いたりしている。
「シンちゃん?」
――どうしたの?
はっきり言ってくれないとわかんないよと、そう言おうとして僕はシンちゃんの顔が少しだけ赤くなっている事に気が付いた。
――あ。
ピンときた。
シンちゃんの聞きたいことが何か分かってしまった。
なーんだ、そういうことか。
「シンちゃんって相変わらず心配性だね」
シンちゃんには聞こえないくらいの声でそっと呟いた。
「え?」
「ううん、なんでもないヨvそれよりもシンちゃん、キンちゃんって凄いんだよ~」
「へ?」
突然キンちゃんの名前を出した僕に、シンちゃんの目がきょとんとした。
でも僕はそれに気付かないふりをして話を続ける。
「昨日もね、本を読んでてね――」
――キンちゃんは一度読んだらその殆どを覚えちゃってるんだよ。
そんな内容から始まって、僕は色んなことをシンちゃんに話した。
キンちゃんが新しい機械を発明したことや、それに至るまでの経緯。時には失敗談も含めて、シンちゃんの知らないキンちゃんのことを、聞かれもしないのにぺらぺらといっぱい話した。
そんな僕にシンちゃんはと言うと――。
『へー、アイツらしいな』
『…そんな事も出来るのか!』
『他には?』
『そっか…楽しんでやってるか』
――こんなふうに一つ一つ感想を述べては、本当に楽しそうに話を聞いていた。
話を聞いている間のシンちゃんは、子供のように表情がころころと変わって面白い。
多分シンちゃん自身は無自覚なんだろうけど、今のこんな顔をおとーさまが見たら、きっと物凄いヤキモチを妬くだろう。
それくらいにシンちゃんの顔は楽しそうだった。
――そんなに心配なんだったら、直接会いにこればいいのに。
シンちゃんとキンちゃんの間には二人にしか見えない壁があるらしい。
…僕にはそんなの見えないけどね。
僕を通してキンちゃんの事を知るんじゃなくて、キンちゃん自身を直接見てキンちゃんの事を知ればいいのにね――僕は心の中でこっそりとそう思った。
でも、二人の関係が特殊すぎると言えば特殊で――僕には分からないわだかまりが二人の間にあるのだとしたら、出来ることならそれをなくしてあげたいと思う。
だって折角の従兄弟だよ?
以前ならともかく、今は仲良しになってもおかしくないでしょ?
僕は皆が仲良しなのが嬉しいから、シンちゃんもキンちゃんも仲良しでいて欲しい。
だからそのきっかけを作ってあげる。
一度で駄目なら何度でも。
「ねぇシンちゃん、僕ねー最近研究で疲れてて、あま~~いモノが食べたいな~」
「あぁん?」
「生クリームがた~っぷりのったプリン、食べたいなv市販のじゃなくってシンちゃんお手製のvv」
「何言ってやがる。俺のどこにそんなヒマがあると思う」
スケジュール帳は真っ黒だと、シンちゃんは暢気な提案をする僕を呆れた顔で見る。
でも僕はあきらめないでおねだりをした。
「え~~、だってシンちゃんの作るお菓子美味しいもん~。キンちゃんも疲れが溜まってるみたいだし、ゆっくりお茶したいな~って思ったんだけどなぁ」
「……」
ピクリとシンちゃんが反応した。
もう、キンちゃんの名前には反応するんだから――少々不満に思ったけど…仕方ないか。
「ね、シンちゃ~ん」
もう一度甘えるように言ってみると、シンちゃんがわざとらしく溜息を付いた。
「…ったく、仕方ねーな!今度ヒマがあったら作ってやるよ」
「え、本当!?約束ダヨ!わ~~い、ありがと~~vvv」
恩着せがましいとも言える態度のシンちゃんに、それでも純粋に喜ぶふりをした。
――ほんとは作る気満々のくせに。…僕のためじゃなくて、キンちゃんの為にね。
「ま、まぁ早いうちに作ってやるから感謝しろよ」
本当は忙しくてそんなヒマねーんだけどな、とシンちゃんは念を押す。
「うんv楽しみにしてるね」
それに対して僕は素直に頷く。
「…じゃあ俺行くわ。そろそろ会議始まるし」
僕の返事を合図に、シンちゃんの顔が総帥モードに入った。
シンちゃん的には自然に話を逸らしたみたいだけど、物凄くわざとらしい事に気付いてるのかな?
本当にキンちゃんの話だけを聞きにきたんだね。
わかりやすいなぁと思いながらも僕は「頑張ってね」と、シンちゃんを見送る。
「あ、シンちゃん、そう言えばキンちゃんねーあんまり甘いもの好きじゃないみたいだよ~」
言い忘れてたと声を上げた僕に、シンちゃんは振り向きもしないで一言――『知ってる』とそう答えて壁の向こうに消えて行った。
――本当に素直じゃないんだから。
いちいち僕を通すの止めてよね。
でも、まぁ。
そう思いながらも、僕を頼ってくれるシンちゃんに実は嬉しかったりする。
「ま、いっか!シンちゃんのお手製プリン食べれそうだしv」
約束を『理由』に、きっとシンちゃんは作ってくれる。
僕にはあま~いプリンを。
そしてキンちゃんには僕のプリンとは違う、きっとあまり甘くない別のものを。
あの様子だと二、三日以内には食べれるだろうなと、僕はご機嫌で研究室の方へと足を向けた。
END
2006.09.18
2.初めての
【Side:キンタロー】
『大切な人との記念日に贈り物としてどうですか?』
ショーウィンドウに飾られていたものに心を惹かれて眺めていると、店員が笑顔でそう言った。
見ていたものは赤い宝石が埋め込まれたピアス。
高価なものとはいえない小さな宝石だったが、シンプルなそのデザインはシンタローに似合うだろうと思って見ていた。
あらためてその従兄弟の顔を思い浮かべた後に、もう一度ピアスを見る。
(やはり似合うな…)
思い浮かべた上で納得した。
そんな思いを読んだのか――。
「如何ですか?」
念を押すように店員がもう一度商品を勧めてきた。
断る理由はない。
「貰おう」
そう答えると、店員は笑顔で「ありがとうございます」と言った。
【Side:シンタロー】
「やる」
そう言われてポンと投げられたものをキャッチした。
「何だコレ?」
手の中の小さな箱を物珍しげに眺めていると、金髪の従兄弟が『開けてみろ』と言う。
細いリボンが掛けられている華奢なつくりの箱を開けると、中にはピアスが入っていた。
「ピアス?」
思わず首を傾げると、キンタローは『お前のだ』とさらりと言った。
「お前が買ったの?」
――今日、何か特別な日だっけか?と尋ねると、キンタローは「いや」と答える。
「偶然見つけて似合うと思った」
「ふーん…」
ふわふわの生地に埋もれるようにして並んでいるピアスを手にとってみる。
綺麗な赤い石だ。派手ではない装飾は確かに嫌ではない。
「気に入ったか?」
そう聞いてくるキンタローの目には、はっきりと『気に入らないはずがない』と書いてある。
相変わらずだなと思いながらも礼を述べた。
「ん、まぁな。サンキュ…でもよォ」
とりあえず貰った事に対する礼をしてみたものの、一つだけ問題点があるのだ。
「何だ?」
真顔で聞き返すキンタローは、はたしてそれに気付いているのか――。
「俺さ、ピアスの穴、開けてねーんだけど」
一番根本的な事だった。
だが、貰ったこれを付ける為には耳に穴を開ければならないだろう。
ホラ、と髪を掻き揚げてキンタローに耳を見せてやる。
今まで特に付ける必要性を感じていなかったので、開けていなかっただけなのだから、これを機に開けてもまぁいいかと考えてもみた。
そんな俺に、キンタローは、「知っている」とたった一言で答えた。
そう答えるということは、準備の良いこの男のことだ、穴を開ける道具も用意してきたのだろう。
「んじゃ、折角貰った事だし付けてみるか」
そう言ってキンタローに手を差し出すと、何故かキンタローは不思議そうな顔をした。
「なんだ?」
「いや、『なんだ?』じゃなくて…穴開けなきゃ付けれねーだろ?だからその道具」
出せよと手をさらに突き出すと、予想外の返事が返ってきた。
「そんなものはないし、あける必要はない」
「―――はぁ!?」
きっぱりと言い切ったキンタローに、思わず間の抜けた声を出してしまった。
「お前の身体の何処であろうと傷付ける事は許さん」
「許さんって…お前ね」
俺は思わずガクリと肩を落としてしまった。
この男は一体何を考えているのだろうと心の底から思う。
「人にピアスを渡しといて、付けるなってか?じゃあ何のためにくれたんだよ」
「お前に似合うと思ったからだ」
「付けねーと似合うもクソもねーだろ?」
――お前、矛盾って言葉知ってるか?
そう尋ねれば、キンタローはムッと顔を顰めて『馬鹿にするな』と怒った。
「今のお前の発言が矛盾してるって言ってんだよ。わかれよな」
「そうかもしれんが駄目だ」
「――ナニが?」
「穴を開けることだ」
「………」
――本当はコイツ、阿呆なんじゃねーの?と思ってしまった。
口に出して言えば余計に煩くなりそうなので言わないが、正直呆れてしまっている。
「お前、俺にコレ付けてほしくねーの?」
ピアスを目前に翳して見せてやると、キンタローは暫く考えた後に頷いた。
「確かにこれはお前に似合うと思ったから買った。いいか、この俺がわざわざ宝石店で立ち止まってまで、お前に似合うと思ったんだ」
「二度言うな」
相変わらずな言いぶりに、とりあえずツッコミを入れる。
「だからお前がコレを付けている姿は見たい」
「なら穴は開けていーんだな?」
キンタローのその答えに念を押してみたら、キンタローはやはり駄目だと言った。
「お前の身体が傷付く事は許さんと言った。誰であろうとお前には傷付けさせん。それがお前自身であったとしてもだ」
キンタローは本心でそう思っているらしく、頑として譲ろうとしない。
「だーかーらーーッ」
堂々巡りだと脱力する。
キンタローは頭がいいくせに、時々本当に理屈の通らない事をムキになって言う。
自分としてはせっかく貰ったのだからそれを身に付けて、『見たい』と言ったこの男にその姿をみせてやりたいのだが――。
何かいい解決策はないのかと思案してみると、一つだけ思い当たるものが出てきた。
「なぁキンタロー、それじゃあお前が開けてくれよ」
「―――何!?」
俺の提案に、キンタローがおかしな顔をした。
意味が分からなかったのだろう。ならばきちんと説明してやればいいだけのこと。
「その『傷付けるのは駄目』ってやつは、どーせお前だけは『例外』なんだろ?」
俺の身体に傷付けるのは誰であっても許さないとキンタローは言ったが、南国から此処へ戻ってきた当初はそのキンタローに、幾度となく命を狙われ傷付けられた。――勿論同じだけやり返しはしたが。
「だからさ、お前が俺の耳に穴を開けてくれりゃーそれでいいじゃんか」
――我ながら良い案だと、俺はニヤリと笑ってキンタローを見た。
【Side:キンタロー】
シンタローが心底困っているのは分かった。
自分でも無理を言っていることくらいはわかっていたが、理屈ではないのだ。
渡した赤い石は確実にシンタローに似合うだろうから付けて欲しいと思っている。
しかしながらそれを付けるためにはシンタローの耳に穴を開けなければならないというのだ。
――それだけは絶対に嫌だった。
総帥という立場になってもシンタローと言う男は、率先して戦場へ出向く事が多かった。
誰一人死なせないという信条を掲げるのが悪い事だとは思わない。
ただ、その為に誰かを庇ったりすることで、アイツは身体に傷を増やしていった。
正直俺はその傷を見る度に腹を立てていた。
シンタローを傷付けていいのは自分だけだと思っていたからだ。
だから傷を見る度に苛々して、つい喧嘩を売ってしまっていた。
口に出しては一度も言わなかったが、俺以外の誰かに付けられた傷をいつまでも残しておくなと言いたかった。
今思えばそれは『嫉妬』と言える感情で――。
誰が付けても――誰が触れても嫌なのだ。
シンタローという男の身体にも心にも残るのは俺だけでいいと、今ははっきりとそう思っている。
だからそれがシンタロー自身であったとしても、耳に穴を開けるのは許せない。
赤い石は必ずシンタローに似合う。
何せ俺が見立てたのだから。
自分が選んだものをシンタローが身に付けるのだと思うと嬉しくなる。
だが――その所為でその身体に傷が付くとわかり、自分は見立てを誤ったのだと知った。
シンタロー自身はどうやら気に入ってくれたらしく、今すぐにでも穴をあけようとしているのが分かる。
『駄目だ』と言った俺に対しとても不満そうだ。
けれど譲るわけにはいかなかった。
ピアスを渡す前にどうしてこのことに気付かなかったのだろうと後悔している。
こうなれば無理矢理にでも取り返して、別のものを贈ればいいと思っていた時だった。
「なぁキンタロー、それじゃあお前が開けてくれよ」
暢気な声でシンタローがそう言った。
『お前は例外なんだろ?』――そう言って顔を覗き込まれて、一瞬だけ固まってしまった。
――この男は突然の行動が多すぎる。
人の気も知らないで嬉しそうにニコニコしながら覗き込んでくる姿にくらりときた。
『可愛いから止めてくれ』と、俺の口からでも言わせたいのかと思う。
勿論本人は無意識の行動なのだから、余計にタチが悪い。
「キンタロー?」
「ッ!」
どうしたんだ?と言うシンタローの声で我に返った。
「…いや、何でもない。気にするな」
さりげなく身体を離すように一歩だけ下がる。
「――で、開けてくんねーの?」
人の気も知らないで、ピアスを片手に耳を見せるシンタローに溜息が零れた。
(コイツは本当にわかっていない…)
頭痛すら覚えると文句を言いたくなるほどだ。
「駄目だと言っている」
きっぱりと言い切ってやった。
確かにコイツに傷を付けていいのは俺だけだが、それとこれとは話が違う。
「なんでだよ?」
返答が不満だったのだろう。
だが自分はどうやってもコイツが望む返事はやれない。
眉を顰めているシンタローに無言のまま手を伸ばし、髪を払って隠れていた耳に触れた。
「ッ!」
不意打ちの行動にシンタローはビクッと肩を竦めたが、お構いなしでその耳たぶをやんわりと撫で上げる。
そして――ひんやりとして柔らかな、この触り心地のいい耳に穴が開くことを想像して、やはり駄目だと実感して念を押す。
「いいな、穴を開けることは許さん。ピアスは別のものと交換してくる」
呆然とするシンタローの頭を引き寄せて、その耳元に息を吹きかけるようにして囁く。
「―――ッ!!」
ビクリとまたシンタローが揺れた。
この反応は好ましいと思いながら手を離すと、シンタローは弾かれたように素早く離れて行った。
「てめ…ッ!何しやがる!?」
「ただ話をしただけだが?」
――何か問題でもあったか?と、何もなかったような顔でそう言ってやると、シンタローは『グッ』と言葉を詰まらせた。
本当に分かりやすいヤツだ――思わず苦笑する。
こんな反応をされるものだから、必要以上に構いたくなるのだと――俺がそう思っていることなど、コイツは知らないのだろうなと、口には出さずにそう思った。
【Side:シンタロー】
…結局ピアスの穴は開けないままになった。
キンタローの人を喰った態度にだんだんムカついてきて、意地でも開けてやると宣言したのだが、それがどうやら拙かったらしく、何故かそのまま押し倒される羽目にあってしまった。
そしてそのまま――ま、まぁ、その、なんだ…い、色々あって――///、とッ、とにかく!!うやむやにされてしまったのだ。
「ちくしょー…」
口からは文句しか出てこない。
今思い出しても腹が立つ。
キンタローはクールに見えて内面は俺よりもねちっこいと思う。
さんざん弄られて焦らされて、『絶対に開けない』と誓うまで解放されないままひたすら責め続けられて――最終的には意識が朦朧とする中、誓約書まで書かされてしまった。
たかだかピアスの穴一つで大袈裟すぎるにも程があるだろーが。
呆れて物も言えやしない。
「ぜってーに納得いかねぇゾ…」
俺は今、ベットの中から抜け出せない状態でいる。
さっさと素直にピアスを諦めれば良かったのだが、意地もあって抵抗しまくったのが悪かった。
朝まで続いた責め苦に(朝まで抵抗した自分も偉いと思う)、身体が全く言う事を聞いてくれない状態だ。
腰は痛いし頭は重いし身体はだるいしで散々だ。
「元はと言えばピアスなんか買ってきやがるから…ッ」
キンタローがピアスではなく他のものを買ってきていれば、おそらくこんなことにはならなかった筈だと恨み言を述べた所でもう遅いのは分かっているのだが――。
「クソッたれ…」
どうしても文句を言いたかった。
――本人の前でそれを言えば、また酷い目に合わされそうなので、本人がいない今しか言えないが…。
そして今回の原因たるその当人はと言うと――朝起きて俺の身を綺麗にした後に、ピアスを持ってさっさと部屋を出て行ってしまった。
今頃はピアスの石と同じ石をあしらった、別の商品を物色しているだろう。
そう思うと胸がモヤモヤとした。
「…別にピアスはピアスで貰っといたのに…」
キンタローが初めて自分に買ってきたものだった。
ただ似合うと思ったからと、そんな理由で。
その気持ちは本当に嬉しかったから、例え身に付けないとしてもあのピアスは手に持っていたかった。
こういうところは本当に気が回らないと思う。
もう少し此方の感情を読み取ってくれてもいいだろうに――そこまで考えて、ふと我に返り顔が熱くなった。
「うわ…ッ、なんだコレ…!めちゃくちゃ恥ずいじゃねーかよッ!!クソッ!!キンタローの野郎ッ!!」
――何でこの俺様が乙女思考に走らなきゃならんのだ!!
苛立ち紛れに枕をドアへとぶん投げた。
ボスッと鈍い音を立ててドアにぶつかる枕に、少しだけ鬱憤が晴れた気がした。
「…帰ってきたら絶対一発ぶん殴ってやっからなッ!!」
心にそう誓う俺は、その時はまだ知らなかった。
キンタローが交換してきた品物に、また頭を悩ませる羽目になるなど――。
【Side:キンタロー】
「――ッくしゅ!!」
「風邪ですか?最近流行っていますからねぇ」
妙にむず痒くなってくしゃみをした俺に、昨日の店員が苦笑した。
「――いや、そういうわけではないのだが…」
「それでは誰かに噂をされているのかもしれませんね」
そう言われて瞬時に思い浮かんだのは、先程まで共に居た従兄弟の姿。
「…そうかもしれんな」
昨日(というか今日の朝まで)散々なことをしてやった自覚は充分にあった。
素直に諦めればいいのに、意地でもピアスを付けると言い張るものだから、此方もついムキになってしまった。
結果的には諦めさせる事が出来たのだから、自分としては全く問題ないのだが、おそらく当人はそうではないだろう。
今頃、自分に対する恨み言でも吐いていることは安易に想像出来た。
意地っ張りで素直ではなが、それでも自分の心を占めている従兄弟の、その拗ねた顔を思い出していると自然と口元が緩む。
あの赤い石を付けさせる事が出来ずに残念だったが、それと同等に似合うものを探せばそれでいいと、ショーケースを眺めていると――ある一角に目が留まった。
じぃっと眺めていると、店員が「あぁ」と笑顔になる。
「本日からのフェアなんですよ」
――デザイナーが一つずつ丁寧に作った、当店オリジナルの自慢の商品です。
そう言われてますます興味を持った。
ショーケースの中には数は多くないが、何種類かの指輪が並んでいた。
中に埋め込まれた石は、あの気に入った赤い石ではなかったが、指輪に合った品の良い形をしていてどの商品も目を引く。
指輪も悪くない――そう思った。
あまり大きな石でなければ邪魔にはならないだろう。
指輪を付けている姿を見たことはないが、これならばきっと似合う。
そう考えて店員を呼んだ。
「なんでございましょう?」
「悪いが昨日買ったピアスとこれを交換してくれ。勿論追銭はする」
ケースの中の指輪を指差して言うと、店員は「あぁ、そういうことですか」とよくわからないことを言った。
「此方がご入用だったのでしたら、昨日のうちにお伺いしておけば良かったですね。申し訳ございません」
「?…いや、それは別に構わんが」
「サイズは如何致しますか?」
「サイズ?」
サイズと聞かれて一瞬何のことだと思ったが、すぐに指に合ったサイズが必要だと言う事に気付いた。
アイツと俺とはほぼ同体型であるから、俺の指に合わせればいいと思う。
「ああ、このサイズにしてくれ」
そう言って指を差し出すと、店員は「サイズを測らせて頂きますね」と俺の指に触れる。
「もう一つのサイズは如何しましょう?それと内側にお名前を彫る事も出来ますが」
「?」
俺の指のサイズを測った後、店員がにっこりと笑って言う。
どういうことだと思ったが、あらためてショーケースを眺めると、どうやらケース内の商品は全てペアリングであることが分かった。
シンタローに贈る分だけで良かったのだが、ペアのものを一つだけくれと言うのも気が引ける。
「サイズは同じにしてくれ」
揃いで同じものを持つ事に子供じゃあるまいしと、抵抗を感じないわけでもなかったが、相手がシンタローならばいいかと思い店員にそう告げると、何故か店員は酷く驚いた顔をした。
「お、同じサイズで?」
目をぱちぱちさせながら確認されて、不審に思いながらも頷く。
「ああそうだ。それと名前は――『キンタロー』と『シンタロー』だ」
「…『キンタロー』様と…『シンタロー』様…ですか?あの…『シンタロー』様は…男性の方で…?」
「――何か問題でも?」
睨んだつもりはなかったが、店員にはそう見えたのかもしれない。
「いッ、いえ!畏まりました!!そ、それでは『キンタロー』様と『シンタロー』様でお名前を入れさせて頂きます!」
ビクリと怯えた様子でそう言うと、慌てて奥へと引っ込んで行ってしまった。
「……?」
同じサイズであることに何故あんな顔をされなければならないのかと、少々不満に思いながらももう一度ショーケースを見る。
たった今選んだこの指輪を、シンタローは喜んでくれるだろうか?
自分が見て趣味の良いデザインだと思ったのだから、おそらくシンタローから見てもそう思うはずだ。
指に付けたその様子を思い浮かべると胸が温かくなる。
――きっと気に入ってくれるだろう。
誰かに物を贈る事がこんなに楽しいとは思ってはいなかった。
勿論贈る相手にもよるのだろうが、自分は今確実に満足している。
早く渡したいと、心からそう思っている。
「あ、あの…お客様申し訳ございません」
先程の店員がおずおずとやってきた。
言い難そうに口を濁らせる店員に話を促す。
話を聞くと、同じサイズのものはすぐには揃わないといった内容だった。
受注生産のような形になるから少し時間がかかるのだと言う。
小さいサイズであればすぐに渡せると言われたが、それは断ることにした。
「揃った時点で引き取りに来るから連絡してくれ」
そう答えて名刺を渡すと店員はもう一度『申し訳ございません』と言って頭を下げた。
仕上がり予定日を聞いて店を出ると、日が大分高い位置へと来ていた。
もうそろそろ昼食時だろう。
シンタローは今起き上がれない状態なので、早く戻って昼食を作ってやらねばと思う。
指輪の事は内緒にしておいた方がいいだろう。
どうせならば現物を見せて驚かせたい。
代わりの商品を取り寄せてもらったとでも言えば、すぐに渡せなくとも納得するはずだ。一月まではかからないと言われたから、来月に遠征の予定が入っているがその前には渡せそうだ。
もう一度シンタローがあの指輪を付けている様子を思い浮かべて見る。
「…うむ」
――間違いなく似合うな。
我ながらいい見立てをしたと満足する。
そうしてシンタローのことを思い出していると、無性に本人に会いたくなって――俺は岐路を急ぐ事にした。
誰かに物を贈るなど初めてで、俺は何処か浮かれていた。
それが大切な相手へのものだから尚更嬉しくて。
だから―――。
宝石店のショーケースに貼られていたポップには全く気付いていなかったのだ。
そう――後日その指輪を渡した時に、シンタローに怒鳴られることになるとは、その時は夢にも思っていなかった――。
END
2006.05.07
2006.08.20サイトUP
【Side:キンタロー】
『大切な人との記念日に贈り物としてどうですか?』
ショーウィンドウに飾られていたものに心を惹かれて眺めていると、店員が笑顔でそう言った。
見ていたものは赤い宝石が埋め込まれたピアス。
高価なものとはいえない小さな宝石だったが、シンプルなそのデザインはシンタローに似合うだろうと思って見ていた。
あらためてその従兄弟の顔を思い浮かべた後に、もう一度ピアスを見る。
(やはり似合うな…)
思い浮かべた上で納得した。
そんな思いを読んだのか――。
「如何ですか?」
念を押すように店員がもう一度商品を勧めてきた。
断る理由はない。
「貰おう」
そう答えると、店員は笑顔で「ありがとうございます」と言った。
【Side:シンタロー】
「やる」
そう言われてポンと投げられたものをキャッチした。
「何だコレ?」
手の中の小さな箱を物珍しげに眺めていると、金髪の従兄弟が『開けてみろ』と言う。
細いリボンが掛けられている華奢なつくりの箱を開けると、中にはピアスが入っていた。
「ピアス?」
思わず首を傾げると、キンタローは『お前のだ』とさらりと言った。
「お前が買ったの?」
――今日、何か特別な日だっけか?と尋ねると、キンタローは「いや」と答える。
「偶然見つけて似合うと思った」
「ふーん…」
ふわふわの生地に埋もれるようにして並んでいるピアスを手にとってみる。
綺麗な赤い石だ。派手ではない装飾は確かに嫌ではない。
「気に入ったか?」
そう聞いてくるキンタローの目には、はっきりと『気に入らないはずがない』と書いてある。
相変わらずだなと思いながらも礼を述べた。
「ん、まぁな。サンキュ…でもよォ」
とりあえず貰った事に対する礼をしてみたものの、一つだけ問題点があるのだ。
「何だ?」
真顔で聞き返すキンタローは、はたしてそれに気付いているのか――。
「俺さ、ピアスの穴、開けてねーんだけど」
一番根本的な事だった。
だが、貰ったこれを付ける為には耳に穴を開ければならないだろう。
ホラ、と髪を掻き揚げてキンタローに耳を見せてやる。
今まで特に付ける必要性を感じていなかったので、開けていなかっただけなのだから、これを機に開けてもまぁいいかと考えてもみた。
そんな俺に、キンタローは、「知っている」とたった一言で答えた。
そう答えるということは、準備の良いこの男のことだ、穴を開ける道具も用意してきたのだろう。
「んじゃ、折角貰った事だし付けてみるか」
そう言ってキンタローに手を差し出すと、何故かキンタローは不思議そうな顔をした。
「なんだ?」
「いや、『なんだ?』じゃなくて…穴開けなきゃ付けれねーだろ?だからその道具」
出せよと手をさらに突き出すと、予想外の返事が返ってきた。
「そんなものはないし、あける必要はない」
「―――はぁ!?」
きっぱりと言い切ったキンタローに、思わず間の抜けた声を出してしまった。
「お前の身体の何処であろうと傷付ける事は許さん」
「許さんって…お前ね」
俺は思わずガクリと肩を落としてしまった。
この男は一体何を考えているのだろうと心の底から思う。
「人にピアスを渡しといて、付けるなってか?じゃあ何のためにくれたんだよ」
「お前に似合うと思ったからだ」
「付けねーと似合うもクソもねーだろ?」
――お前、矛盾って言葉知ってるか?
そう尋ねれば、キンタローはムッと顔を顰めて『馬鹿にするな』と怒った。
「今のお前の発言が矛盾してるって言ってんだよ。わかれよな」
「そうかもしれんが駄目だ」
「――ナニが?」
「穴を開けることだ」
「………」
――本当はコイツ、阿呆なんじゃねーの?と思ってしまった。
口に出して言えば余計に煩くなりそうなので言わないが、正直呆れてしまっている。
「お前、俺にコレ付けてほしくねーの?」
ピアスを目前に翳して見せてやると、キンタローは暫く考えた後に頷いた。
「確かにこれはお前に似合うと思ったから買った。いいか、この俺がわざわざ宝石店で立ち止まってまで、お前に似合うと思ったんだ」
「二度言うな」
相変わらずな言いぶりに、とりあえずツッコミを入れる。
「だからお前がコレを付けている姿は見たい」
「なら穴は開けていーんだな?」
キンタローのその答えに念を押してみたら、キンタローはやはり駄目だと言った。
「お前の身体が傷付く事は許さんと言った。誰であろうとお前には傷付けさせん。それがお前自身であったとしてもだ」
キンタローは本心でそう思っているらしく、頑として譲ろうとしない。
「だーかーらーーッ」
堂々巡りだと脱力する。
キンタローは頭がいいくせに、時々本当に理屈の通らない事をムキになって言う。
自分としてはせっかく貰ったのだからそれを身に付けて、『見たい』と言ったこの男にその姿をみせてやりたいのだが――。
何かいい解決策はないのかと思案してみると、一つだけ思い当たるものが出てきた。
「なぁキンタロー、それじゃあお前が開けてくれよ」
「―――何!?」
俺の提案に、キンタローがおかしな顔をした。
意味が分からなかったのだろう。ならばきちんと説明してやればいいだけのこと。
「その『傷付けるのは駄目』ってやつは、どーせお前だけは『例外』なんだろ?」
俺の身体に傷付けるのは誰であっても許さないとキンタローは言ったが、南国から此処へ戻ってきた当初はそのキンタローに、幾度となく命を狙われ傷付けられた。――勿論同じだけやり返しはしたが。
「だからさ、お前が俺の耳に穴を開けてくれりゃーそれでいいじゃんか」
――我ながら良い案だと、俺はニヤリと笑ってキンタローを見た。
【Side:キンタロー】
シンタローが心底困っているのは分かった。
自分でも無理を言っていることくらいはわかっていたが、理屈ではないのだ。
渡した赤い石は確実にシンタローに似合うだろうから付けて欲しいと思っている。
しかしながらそれを付けるためにはシンタローの耳に穴を開けなければならないというのだ。
――それだけは絶対に嫌だった。
総帥という立場になってもシンタローと言う男は、率先して戦場へ出向く事が多かった。
誰一人死なせないという信条を掲げるのが悪い事だとは思わない。
ただ、その為に誰かを庇ったりすることで、アイツは身体に傷を増やしていった。
正直俺はその傷を見る度に腹を立てていた。
シンタローを傷付けていいのは自分だけだと思っていたからだ。
だから傷を見る度に苛々して、つい喧嘩を売ってしまっていた。
口に出しては一度も言わなかったが、俺以外の誰かに付けられた傷をいつまでも残しておくなと言いたかった。
今思えばそれは『嫉妬』と言える感情で――。
誰が付けても――誰が触れても嫌なのだ。
シンタローという男の身体にも心にも残るのは俺だけでいいと、今ははっきりとそう思っている。
だからそれがシンタロー自身であったとしても、耳に穴を開けるのは許せない。
赤い石は必ずシンタローに似合う。
何せ俺が見立てたのだから。
自分が選んだものをシンタローが身に付けるのだと思うと嬉しくなる。
だが――その所為でその身体に傷が付くとわかり、自分は見立てを誤ったのだと知った。
シンタロー自身はどうやら気に入ってくれたらしく、今すぐにでも穴をあけようとしているのが分かる。
『駄目だ』と言った俺に対しとても不満そうだ。
けれど譲るわけにはいかなかった。
ピアスを渡す前にどうしてこのことに気付かなかったのだろうと後悔している。
こうなれば無理矢理にでも取り返して、別のものを贈ればいいと思っていた時だった。
「なぁキンタロー、それじゃあお前が開けてくれよ」
暢気な声でシンタローがそう言った。
『お前は例外なんだろ?』――そう言って顔を覗き込まれて、一瞬だけ固まってしまった。
――この男は突然の行動が多すぎる。
人の気も知らないで嬉しそうにニコニコしながら覗き込んでくる姿にくらりときた。
『可愛いから止めてくれ』と、俺の口からでも言わせたいのかと思う。
勿論本人は無意識の行動なのだから、余計にタチが悪い。
「キンタロー?」
「ッ!」
どうしたんだ?と言うシンタローの声で我に返った。
「…いや、何でもない。気にするな」
さりげなく身体を離すように一歩だけ下がる。
「――で、開けてくんねーの?」
人の気も知らないで、ピアスを片手に耳を見せるシンタローに溜息が零れた。
(コイツは本当にわかっていない…)
頭痛すら覚えると文句を言いたくなるほどだ。
「駄目だと言っている」
きっぱりと言い切ってやった。
確かにコイツに傷を付けていいのは俺だけだが、それとこれとは話が違う。
「なんでだよ?」
返答が不満だったのだろう。
だが自分はどうやってもコイツが望む返事はやれない。
眉を顰めているシンタローに無言のまま手を伸ばし、髪を払って隠れていた耳に触れた。
「ッ!」
不意打ちの行動にシンタローはビクッと肩を竦めたが、お構いなしでその耳たぶをやんわりと撫で上げる。
そして――ひんやりとして柔らかな、この触り心地のいい耳に穴が開くことを想像して、やはり駄目だと実感して念を押す。
「いいな、穴を開けることは許さん。ピアスは別のものと交換してくる」
呆然とするシンタローの頭を引き寄せて、その耳元に息を吹きかけるようにして囁く。
「―――ッ!!」
ビクリとまたシンタローが揺れた。
この反応は好ましいと思いながら手を離すと、シンタローは弾かれたように素早く離れて行った。
「てめ…ッ!何しやがる!?」
「ただ話をしただけだが?」
――何か問題でもあったか?と、何もなかったような顔でそう言ってやると、シンタローは『グッ』と言葉を詰まらせた。
本当に分かりやすいヤツだ――思わず苦笑する。
こんな反応をされるものだから、必要以上に構いたくなるのだと――俺がそう思っていることなど、コイツは知らないのだろうなと、口には出さずにそう思った。
【Side:シンタロー】
…結局ピアスの穴は開けないままになった。
キンタローの人を喰った態度にだんだんムカついてきて、意地でも開けてやると宣言したのだが、それがどうやら拙かったらしく、何故かそのまま押し倒される羽目にあってしまった。
そしてそのまま――ま、まぁ、その、なんだ…い、色々あって――///、とッ、とにかく!!うやむやにされてしまったのだ。
「ちくしょー…」
口からは文句しか出てこない。
今思い出しても腹が立つ。
キンタローはクールに見えて内面は俺よりもねちっこいと思う。
さんざん弄られて焦らされて、『絶対に開けない』と誓うまで解放されないままひたすら責め続けられて――最終的には意識が朦朧とする中、誓約書まで書かされてしまった。
たかだかピアスの穴一つで大袈裟すぎるにも程があるだろーが。
呆れて物も言えやしない。
「ぜってーに納得いかねぇゾ…」
俺は今、ベットの中から抜け出せない状態でいる。
さっさと素直にピアスを諦めれば良かったのだが、意地もあって抵抗しまくったのが悪かった。
朝まで続いた責め苦に(朝まで抵抗した自分も偉いと思う)、身体が全く言う事を聞いてくれない状態だ。
腰は痛いし頭は重いし身体はだるいしで散々だ。
「元はと言えばピアスなんか買ってきやがるから…ッ」
キンタローがピアスではなく他のものを買ってきていれば、おそらくこんなことにはならなかった筈だと恨み言を述べた所でもう遅いのは分かっているのだが――。
「クソッたれ…」
どうしても文句を言いたかった。
――本人の前でそれを言えば、また酷い目に合わされそうなので、本人がいない今しか言えないが…。
そして今回の原因たるその当人はと言うと――朝起きて俺の身を綺麗にした後に、ピアスを持ってさっさと部屋を出て行ってしまった。
今頃はピアスの石と同じ石をあしらった、別の商品を物色しているだろう。
そう思うと胸がモヤモヤとした。
「…別にピアスはピアスで貰っといたのに…」
キンタローが初めて自分に買ってきたものだった。
ただ似合うと思ったからと、そんな理由で。
その気持ちは本当に嬉しかったから、例え身に付けないとしてもあのピアスは手に持っていたかった。
こういうところは本当に気が回らないと思う。
もう少し此方の感情を読み取ってくれてもいいだろうに――そこまで考えて、ふと我に返り顔が熱くなった。
「うわ…ッ、なんだコレ…!めちゃくちゃ恥ずいじゃねーかよッ!!クソッ!!キンタローの野郎ッ!!」
――何でこの俺様が乙女思考に走らなきゃならんのだ!!
苛立ち紛れに枕をドアへとぶん投げた。
ボスッと鈍い音を立ててドアにぶつかる枕に、少しだけ鬱憤が晴れた気がした。
「…帰ってきたら絶対一発ぶん殴ってやっからなッ!!」
心にそう誓う俺は、その時はまだ知らなかった。
キンタローが交換してきた品物に、また頭を悩ませる羽目になるなど――。
【Side:キンタロー】
「――ッくしゅ!!」
「風邪ですか?最近流行っていますからねぇ」
妙にむず痒くなってくしゃみをした俺に、昨日の店員が苦笑した。
「――いや、そういうわけではないのだが…」
「それでは誰かに噂をされているのかもしれませんね」
そう言われて瞬時に思い浮かんだのは、先程まで共に居た従兄弟の姿。
「…そうかもしれんな」
昨日(というか今日の朝まで)散々なことをしてやった自覚は充分にあった。
素直に諦めればいいのに、意地でもピアスを付けると言い張るものだから、此方もついムキになってしまった。
結果的には諦めさせる事が出来たのだから、自分としては全く問題ないのだが、おそらく当人はそうではないだろう。
今頃、自分に対する恨み言でも吐いていることは安易に想像出来た。
意地っ張りで素直ではなが、それでも自分の心を占めている従兄弟の、その拗ねた顔を思い出していると自然と口元が緩む。
あの赤い石を付けさせる事が出来ずに残念だったが、それと同等に似合うものを探せばそれでいいと、ショーケースを眺めていると――ある一角に目が留まった。
じぃっと眺めていると、店員が「あぁ」と笑顔になる。
「本日からのフェアなんですよ」
――デザイナーが一つずつ丁寧に作った、当店オリジナルの自慢の商品です。
そう言われてますます興味を持った。
ショーケースの中には数は多くないが、何種類かの指輪が並んでいた。
中に埋め込まれた石は、あの気に入った赤い石ではなかったが、指輪に合った品の良い形をしていてどの商品も目を引く。
指輪も悪くない――そう思った。
あまり大きな石でなければ邪魔にはならないだろう。
指輪を付けている姿を見たことはないが、これならばきっと似合う。
そう考えて店員を呼んだ。
「なんでございましょう?」
「悪いが昨日買ったピアスとこれを交換してくれ。勿論追銭はする」
ケースの中の指輪を指差して言うと、店員は「あぁ、そういうことですか」とよくわからないことを言った。
「此方がご入用だったのでしたら、昨日のうちにお伺いしておけば良かったですね。申し訳ございません」
「?…いや、それは別に構わんが」
「サイズは如何致しますか?」
「サイズ?」
サイズと聞かれて一瞬何のことだと思ったが、すぐに指に合ったサイズが必要だと言う事に気付いた。
アイツと俺とはほぼ同体型であるから、俺の指に合わせればいいと思う。
「ああ、このサイズにしてくれ」
そう言って指を差し出すと、店員は「サイズを測らせて頂きますね」と俺の指に触れる。
「もう一つのサイズは如何しましょう?それと内側にお名前を彫る事も出来ますが」
「?」
俺の指のサイズを測った後、店員がにっこりと笑って言う。
どういうことだと思ったが、あらためてショーケースを眺めると、どうやらケース内の商品は全てペアリングであることが分かった。
シンタローに贈る分だけで良かったのだが、ペアのものを一つだけくれと言うのも気が引ける。
「サイズは同じにしてくれ」
揃いで同じものを持つ事に子供じゃあるまいしと、抵抗を感じないわけでもなかったが、相手がシンタローならばいいかと思い店員にそう告げると、何故か店員は酷く驚いた顔をした。
「お、同じサイズで?」
目をぱちぱちさせながら確認されて、不審に思いながらも頷く。
「ああそうだ。それと名前は――『キンタロー』と『シンタロー』だ」
「…『キンタロー』様と…『シンタロー』様…ですか?あの…『シンタロー』様は…男性の方で…?」
「――何か問題でも?」
睨んだつもりはなかったが、店員にはそう見えたのかもしれない。
「いッ、いえ!畏まりました!!そ、それでは『キンタロー』様と『シンタロー』様でお名前を入れさせて頂きます!」
ビクリと怯えた様子でそう言うと、慌てて奥へと引っ込んで行ってしまった。
「……?」
同じサイズであることに何故あんな顔をされなければならないのかと、少々不満に思いながらももう一度ショーケースを見る。
たった今選んだこの指輪を、シンタローは喜んでくれるだろうか?
自分が見て趣味の良いデザインだと思ったのだから、おそらくシンタローから見てもそう思うはずだ。
指に付けたその様子を思い浮かべると胸が温かくなる。
――きっと気に入ってくれるだろう。
誰かに物を贈る事がこんなに楽しいとは思ってはいなかった。
勿論贈る相手にもよるのだろうが、自分は今確実に満足している。
早く渡したいと、心からそう思っている。
「あ、あの…お客様申し訳ございません」
先程の店員がおずおずとやってきた。
言い難そうに口を濁らせる店員に話を促す。
話を聞くと、同じサイズのものはすぐには揃わないといった内容だった。
受注生産のような形になるから少し時間がかかるのだと言う。
小さいサイズであればすぐに渡せると言われたが、それは断ることにした。
「揃った時点で引き取りに来るから連絡してくれ」
そう答えて名刺を渡すと店員はもう一度『申し訳ございません』と言って頭を下げた。
仕上がり予定日を聞いて店を出ると、日が大分高い位置へと来ていた。
もうそろそろ昼食時だろう。
シンタローは今起き上がれない状態なので、早く戻って昼食を作ってやらねばと思う。
指輪の事は内緒にしておいた方がいいだろう。
どうせならば現物を見せて驚かせたい。
代わりの商品を取り寄せてもらったとでも言えば、すぐに渡せなくとも納得するはずだ。一月まではかからないと言われたから、来月に遠征の予定が入っているがその前には渡せそうだ。
もう一度シンタローがあの指輪を付けている様子を思い浮かべて見る。
「…うむ」
――間違いなく似合うな。
我ながらいい見立てをしたと満足する。
そうしてシンタローのことを思い出していると、無性に本人に会いたくなって――俺は岐路を急ぐ事にした。
誰かに物を贈るなど初めてで、俺は何処か浮かれていた。
それが大切な相手へのものだから尚更嬉しくて。
だから―――。
宝石店のショーケースに貼られていたポップには全く気付いていなかったのだ。
そう――後日その指輪を渡した時に、シンタローに怒鳴られることになるとは、その時は夢にも思っていなかった――。
END
2006.05.07
2006.08.20サイトUP
君の救いになりたいよ
例えそれが僕の役目ではないと分かっていても――
例えば帰ってきた時に交わされる挨拶。
例えばリビングで寛いでいる時の空気。
今まで何ともなかったことが、そうじゃなくなっていることに気付いた。
いつも通りにじゃれ合う(?)時ですら――何かが違っている。
――どうしたの?
そう聞きたいのに、何故か聞いたら駄目な気がして聞けない。
せっかく帰って来てくれたのに。
あんなに大好きだったあの子の傍ではなく、僕達の元へ。
せっかく元通りになると思っていたのに。
最近やけに不自然な態度。
僕やキンちゃんをはじめ、他の人と接している時は、そんな顔、しないのに。
どうして?
ねぇ、シンちゃん。
どうして――おとーさまと一緒に居る時だけ、あんなに哀しい瞳をしているの?
6.糸
「シンちゃん、大丈夫?」
「何が?」
突然の僕の問いかけに、黒い瞳が此方を向いた。
「うーんと…」
『何が?』と聞かれて戸惑う。
僕自身もよく分かっていないから。
分かっているのは、ある一人を対象にシンちゃんがシンちゃんらしくないということだけ。
今だってそう。僕に対する瞳はいつもと同じなんだ。
だから余計に困ってしまって――。
「えと、ね、大丈夫?」
――それしか言えなかった。
「お前のほうが大丈夫かよ?」
「むぅッ、そんな目で見なくても…」
ジロッと白い目で見られてたじろいでしまう。
見られる要因は分かっていたから、大袈裟な反論は出来なかった。
「へんなやつ」
シンちゃんは苦笑しながらそう言うと、頬を膨らました僕の頭を優しくくしゃりと撫でてくれた。
普段なら『馬鹿じゃねーの』という言葉と共に拳骨の一つでもやってくるけど、僕の態度に何かを思ったのか、シンちゃんの僕を見る目は優しかった。
シンちゃんは人の『本気』を読み取るのが上手だ。
普段は口が悪くってちっとも優しくなくて、短気でいつも暴力を振るったりするくせに、本当に困っている時や本当に辛い時はふざけたりなんかしないで、本気で心配してくれるし、本気で相談に乗ってくれる。
皆はシンちゃんの事を『俺様』とか言っているし、シンちゃん自身もそれを認めているけれど、本当はそうじゃない。
自分自身のことしか考えない人間が、あんなに沢山の人に慕われるわけがないのに。
自分自身のことしか考えない人間が、あんなに沢山の人を救う事なんで出来ないのに。
シンちゃんは沢山の人の心を救ってくれた。
おとーさまをはじめとする僕達青の一族を。
殺し屋と言う殺伐とした団体の中に生きる人達を。
だからシンちゃんは皆に愛されてる。
シンちゃんが一番望んでいるのはあの子の傍だと言うのを分かっていて、総帥という鎖で捉えて離さないくらいに。
シンちゃん自身が今の道は自分で選んだのだと言っていても、僕達は知っている。
時折酷く切なげに遠くを見ていることを。
あの優しさに溢れた島を思い出し、懐かしく思っていることを。
だからシンちゃんが突然いなくならないか、心配でたまらない。
シンちゃんが個人的に何かを望むことは、実は凄く少ない。
『何かをしたい』『何かが欲しい』――そんな欲求を聞くことは殆どない。
シンちゃんはいつも誰かの為に頑張っている。
そんなシンちゃんが望む事があるのなら、僕はそれを出来るだけ叶えてあげたいと思ってる。
――あの子の傍に帰りたいという願い以外なら。
ねぇシンちゃん、どうしておとーさまの目を見て話さないの?
『アイツが真面目に俺に向き合うなんざ、そうそうねーからな』――あの日のシンちゃんの言葉が蘇る。
あの日――シンちゃんの本音を聞いたあの日から、何が変わってしまったの?
『…どんなに本気にさせようとしたって――アイツはすぐに逃げるんだから…』
あんなに哀しい瞳をしたシンちゃんは初めて見た。
あんなに辛そうなシンちゃんの声は初めて聞いた。
大人として自分を見てくれないおとーさまに腹を立てているの?
違う。
違うよね?
そうじゃない。
もっと――もっと何か別のもの。
ねぇシンちゃん、僕はあの後におとーさまに会ったんだよ。
おとーさまは相変わらずふざけた事を言っていたけど、どうしてかな僕にはふざけているようには聞こえなかったんだ。
シンちゃんと向き合ってあげてと言おうとしてたんだ。
でも言えなかった。――言ったら何かが壊れるような気がして、怖かったんだ。
一体何が怖いって言うんだろうね?僕達仲良しな親子なのに。
僕はシンちゃんもおとーさまも大好きだよ。
だからシンちゃんが今辛い想いを隠しているのなら、それを見つけて助けてあげたいって思ってる。
でもシンちゃんはそれを許してくれないでしょう?
シンちゃんは人の心配はするくせに、自分の事になると本気で逃げるから。
心配をかけることが嫌なんじゃなくて――自分の心に踏み込まれる事が怖くて――…。
本当は様子の変だったおとーさまのことも、シンちゃんに教えてあげたいけど。
きっとあの時のことは教えたら駄目なんだと思う。
おとーさまの言っていた『本気』は、シンちゃんの望んでいる『本気』とは違う気がするから。
おとーさまの『本気』はきっとシンちゃんを傷付ける――。
だから言えない。
だから言わない。
でも言わなかったらシンちゃんはきっといつまでも苦しいままなんだよね。
…僕はどうしたらいいかな?
おとーさまもシンちゃんも両方大好きだよ。
でも護りたいのはシンちゃんなんだ。
今まで沢山僕を救ってくれたから。
僕にできる事なんて、些細な事でしかないけれど、少しでも力になりたい。
ねぇシンちゃん。
シンちゃんはどうしたい?
おとーさまと昔のように戻りたいの?
おとーさまに何を望んでいるの?
おとーさまと何があったの?
シンちゃんの為に何かしたいのにしてあげられない――ごめんね、僕は無力だね。
シンちゃんとおとーさまの関係は酷く複雑で、僕にはそこに入る隙間すらない。
ただ見ているだけしか出来ないよ。
二人の間の空気が少しずつ壊れ始めていることに、シンちゃんは気付いている?
そしてその空気を壊しているのがシンちゃん自身だということも――。
シンちゃん。
シンちゃん。
シンちゃん――。
僕はシンちゃんを助けたいよ。
どうしたらいつものシンちゃんに戻ってくれるの――?
「グンマ…?」
「――ッ!」
不意に目の前に現れた、真っ黒な瞳に心臓が止まりそうになった。
「シ、シンちゃん…ッ!?」
慌てて飛び退くと、シンちゃんがホッと息を付いた。
「突然黙り込むから何事かと思ったぜ」
お前やっぱり今日はヘンだと笑いながらも、シンちゃんの瞳は僕の事を心から心配していた。
ほら、こんな時でさえ――自分自身が傷付いている時でさえ、人の心配ばかりしている。
「…ごめんね、何でもないよ。ちょっとぼーっとしちゃった」
へへ、と笑って見せると、シンちゃんは一瞬怪訝そうな顔をして、それでもそれ以上は聞いてこなかった。
言わない事を無理に聞き出さないのもシンちゃんの優しさだ。
「シンちゃん」
「何だヨ」
「んと、ね…」
自分から話し掛けておいて、言葉に詰まってしまう。
何を聞いても駄目なような気がしたし、何を言ってもシンちゃんを傷付けるような気がした。
「今日、夕飯にオムライスが食べたいな~って…」
だからどうでもいい話をした。それ以外に何を言えばいいか分からなくて。
「はぁ!?真面目な顔して言う事かよ」
シンちゃんは呆れた顔をしている。
やっぱり僕とお話する時は『いつも』のシンちゃんだ。
「うん、駄目?」
下から見上げるようにしてシンちゃんを見ると、シンちゃんは大きく溜息を付いた後に「しゃーねーな」と言って頬をぽりぽりと掻いた。
ああ――こんなにも普通なのに。
僕とシンちゃんは本当にいつも通りなのに。
たった一人の存在が現れるだけで、シンちゃんはシンちゃんでなくなる。
シンちゃんの周りにはいつもぐるぐると色んな糸が絡まっていて。
あの子なら――そう、あの子ならそんなシンちゃんの絡まった糸を解くことが出来るんだ。。
僕やキンちゃんや叔父さま達ではなく、南の島のあの子なら。
二人の間に何があったのかと――僕では聞けないことでも、あの子にならシンちゃん自ら話をするのだろう。
それが僕には悔しくて堪らない。
帰ってきてくれたシンちゃんが遠い。
この前、やっと歩み寄れたと思ったのに、また遠ざかってしまった。
ただ見ているだけしか出来ないなんて辛い。
見守る優しさもあるけれど、見守ろうと思うことと、見守るしか出来ないということは違う。
僕はシンちゃんを助けたいんだ。
それでも――やっぱり僕がそれを口にするということは、シンちゃんを傷付けるということで…。
「シンちゃん…」
「どうしたんだよ?お前、今日変だぞ?」
ただ名前を呼ぶことしか出来ない僕に、シンちゃんは困ったような顔をした。
ごめんね、シンちゃんの救いになれなくて。
ごめんね、シンちゃんの支えになれなくて。
ごめんね、シンちゃんを縛る糸を解いてあげられなくて。
「何かあったのか?俺で良かったら話してみろよ。聞いてやるから」
何も言わずに泣きそうになる僕の頭を、シンちゃんがそっと撫でながら言ってくれた。
その手が思った以上に温かくて――僕は胸が詰まって何も言えなくて、ただ俯くしかなかった。
END
2007.03.29
例えそれが僕の役目ではないと分かっていても――
例えば帰ってきた時に交わされる挨拶。
例えばリビングで寛いでいる時の空気。
今まで何ともなかったことが、そうじゃなくなっていることに気付いた。
いつも通りにじゃれ合う(?)時ですら――何かが違っている。
――どうしたの?
そう聞きたいのに、何故か聞いたら駄目な気がして聞けない。
せっかく帰って来てくれたのに。
あんなに大好きだったあの子の傍ではなく、僕達の元へ。
せっかく元通りになると思っていたのに。
最近やけに不自然な態度。
僕やキンちゃんをはじめ、他の人と接している時は、そんな顔、しないのに。
どうして?
ねぇ、シンちゃん。
どうして――おとーさまと一緒に居る時だけ、あんなに哀しい瞳をしているの?
6.糸
「シンちゃん、大丈夫?」
「何が?」
突然の僕の問いかけに、黒い瞳が此方を向いた。
「うーんと…」
『何が?』と聞かれて戸惑う。
僕自身もよく分かっていないから。
分かっているのは、ある一人を対象にシンちゃんがシンちゃんらしくないということだけ。
今だってそう。僕に対する瞳はいつもと同じなんだ。
だから余計に困ってしまって――。
「えと、ね、大丈夫?」
――それしか言えなかった。
「お前のほうが大丈夫かよ?」
「むぅッ、そんな目で見なくても…」
ジロッと白い目で見られてたじろいでしまう。
見られる要因は分かっていたから、大袈裟な反論は出来なかった。
「へんなやつ」
シンちゃんは苦笑しながらそう言うと、頬を膨らました僕の頭を優しくくしゃりと撫でてくれた。
普段なら『馬鹿じゃねーの』という言葉と共に拳骨の一つでもやってくるけど、僕の態度に何かを思ったのか、シンちゃんの僕を見る目は優しかった。
シンちゃんは人の『本気』を読み取るのが上手だ。
普段は口が悪くってちっとも優しくなくて、短気でいつも暴力を振るったりするくせに、本当に困っている時や本当に辛い時はふざけたりなんかしないで、本気で心配してくれるし、本気で相談に乗ってくれる。
皆はシンちゃんの事を『俺様』とか言っているし、シンちゃん自身もそれを認めているけれど、本当はそうじゃない。
自分自身のことしか考えない人間が、あんなに沢山の人に慕われるわけがないのに。
自分自身のことしか考えない人間が、あんなに沢山の人を救う事なんで出来ないのに。
シンちゃんは沢山の人の心を救ってくれた。
おとーさまをはじめとする僕達青の一族を。
殺し屋と言う殺伐とした団体の中に生きる人達を。
だからシンちゃんは皆に愛されてる。
シンちゃんが一番望んでいるのはあの子の傍だと言うのを分かっていて、総帥という鎖で捉えて離さないくらいに。
シンちゃん自身が今の道は自分で選んだのだと言っていても、僕達は知っている。
時折酷く切なげに遠くを見ていることを。
あの優しさに溢れた島を思い出し、懐かしく思っていることを。
だからシンちゃんが突然いなくならないか、心配でたまらない。
シンちゃんが個人的に何かを望むことは、実は凄く少ない。
『何かをしたい』『何かが欲しい』――そんな欲求を聞くことは殆どない。
シンちゃんはいつも誰かの為に頑張っている。
そんなシンちゃんが望む事があるのなら、僕はそれを出来るだけ叶えてあげたいと思ってる。
――あの子の傍に帰りたいという願い以外なら。
ねぇシンちゃん、どうしておとーさまの目を見て話さないの?
『アイツが真面目に俺に向き合うなんざ、そうそうねーからな』――あの日のシンちゃんの言葉が蘇る。
あの日――シンちゃんの本音を聞いたあの日から、何が変わってしまったの?
『…どんなに本気にさせようとしたって――アイツはすぐに逃げるんだから…』
あんなに哀しい瞳をしたシンちゃんは初めて見た。
あんなに辛そうなシンちゃんの声は初めて聞いた。
大人として自分を見てくれないおとーさまに腹を立てているの?
違う。
違うよね?
そうじゃない。
もっと――もっと何か別のもの。
ねぇシンちゃん、僕はあの後におとーさまに会ったんだよ。
おとーさまは相変わらずふざけた事を言っていたけど、どうしてかな僕にはふざけているようには聞こえなかったんだ。
シンちゃんと向き合ってあげてと言おうとしてたんだ。
でも言えなかった。――言ったら何かが壊れるような気がして、怖かったんだ。
一体何が怖いって言うんだろうね?僕達仲良しな親子なのに。
僕はシンちゃんもおとーさまも大好きだよ。
だからシンちゃんが今辛い想いを隠しているのなら、それを見つけて助けてあげたいって思ってる。
でもシンちゃんはそれを許してくれないでしょう?
シンちゃんは人の心配はするくせに、自分の事になると本気で逃げるから。
心配をかけることが嫌なんじゃなくて――自分の心に踏み込まれる事が怖くて――…。
本当は様子の変だったおとーさまのことも、シンちゃんに教えてあげたいけど。
きっとあの時のことは教えたら駄目なんだと思う。
おとーさまの言っていた『本気』は、シンちゃんの望んでいる『本気』とは違う気がするから。
おとーさまの『本気』はきっとシンちゃんを傷付ける――。
だから言えない。
だから言わない。
でも言わなかったらシンちゃんはきっといつまでも苦しいままなんだよね。
…僕はどうしたらいいかな?
おとーさまもシンちゃんも両方大好きだよ。
でも護りたいのはシンちゃんなんだ。
今まで沢山僕を救ってくれたから。
僕にできる事なんて、些細な事でしかないけれど、少しでも力になりたい。
ねぇシンちゃん。
シンちゃんはどうしたい?
おとーさまと昔のように戻りたいの?
おとーさまに何を望んでいるの?
おとーさまと何があったの?
シンちゃんの為に何かしたいのにしてあげられない――ごめんね、僕は無力だね。
シンちゃんとおとーさまの関係は酷く複雑で、僕にはそこに入る隙間すらない。
ただ見ているだけしか出来ないよ。
二人の間の空気が少しずつ壊れ始めていることに、シンちゃんは気付いている?
そしてその空気を壊しているのがシンちゃん自身だということも――。
シンちゃん。
シンちゃん。
シンちゃん――。
僕はシンちゃんを助けたいよ。
どうしたらいつものシンちゃんに戻ってくれるの――?
「グンマ…?」
「――ッ!」
不意に目の前に現れた、真っ黒な瞳に心臓が止まりそうになった。
「シ、シンちゃん…ッ!?」
慌てて飛び退くと、シンちゃんがホッと息を付いた。
「突然黙り込むから何事かと思ったぜ」
お前やっぱり今日はヘンだと笑いながらも、シンちゃんの瞳は僕の事を心から心配していた。
ほら、こんな時でさえ――自分自身が傷付いている時でさえ、人の心配ばかりしている。
「…ごめんね、何でもないよ。ちょっとぼーっとしちゃった」
へへ、と笑って見せると、シンちゃんは一瞬怪訝そうな顔をして、それでもそれ以上は聞いてこなかった。
言わない事を無理に聞き出さないのもシンちゃんの優しさだ。
「シンちゃん」
「何だヨ」
「んと、ね…」
自分から話し掛けておいて、言葉に詰まってしまう。
何を聞いても駄目なような気がしたし、何を言ってもシンちゃんを傷付けるような気がした。
「今日、夕飯にオムライスが食べたいな~って…」
だからどうでもいい話をした。それ以外に何を言えばいいか分からなくて。
「はぁ!?真面目な顔して言う事かよ」
シンちゃんは呆れた顔をしている。
やっぱり僕とお話する時は『いつも』のシンちゃんだ。
「うん、駄目?」
下から見上げるようにしてシンちゃんを見ると、シンちゃんは大きく溜息を付いた後に「しゃーねーな」と言って頬をぽりぽりと掻いた。
ああ――こんなにも普通なのに。
僕とシンちゃんは本当にいつも通りなのに。
たった一人の存在が現れるだけで、シンちゃんはシンちゃんでなくなる。
シンちゃんの周りにはいつもぐるぐると色んな糸が絡まっていて。
あの子なら――そう、あの子ならそんなシンちゃんの絡まった糸を解くことが出来るんだ。。
僕やキンちゃんや叔父さま達ではなく、南の島のあの子なら。
二人の間に何があったのかと――僕では聞けないことでも、あの子にならシンちゃん自ら話をするのだろう。
それが僕には悔しくて堪らない。
帰ってきてくれたシンちゃんが遠い。
この前、やっと歩み寄れたと思ったのに、また遠ざかってしまった。
ただ見ているだけしか出来ないなんて辛い。
見守る優しさもあるけれど、見守ろうと思うことと、見守るしか出来ないということは違う。
僕はシンちゃんを助けたいんだ。
それでも――やっぱり僕がそれを口にするということは、シンちゃんを傷付けるということで…。
「シンちゃん…」
「どうしたんだよ?お前、今日変だぞ?」
ただ名前を呼ぶことしか出来ない僕に、シンちゃんは困ったような顔をした。
ごめんね、シンちゃんの救いになれなくて。
ごめんね、シンちゃんの支えになれなくて。
ごめんね、シンちゃんを縛る糸を解いてあげられなくて。
「何かあったのか?俺で良かったら話してみろよ。聞いてやるから」
何も言わずに泣きそうになる僕の頭を、シンちゃんがそっと撫でながら言ってくれた。
その手が思った以上に温かくて――僕は胸が詰まって何も言えなくて、ただ俯くしかなかった。
END
2007.03.29