* n o v e l *
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
3/6
「…………ッ!!」
シンタローは声にならない声を上げてバッと跳ね起きた。
心臓が激しく鼓動を刻み、じっとりとした嫌な汗が背中に浮く。
「……ぁ……?」
カラカラに乾いた喉から、寝起き特有のかすれた声がもれる。
シンタローは混乱しながらも、状況を把握する為に辺りを見回した。
綺麗に片付けられ、整頓された部屋。机の上にある時計の秒針。見慣れた靴。枕元にある弟の写真。そして、壁にかけられた赤い総帥服――。
ガンマ団内にある、シンタロー専用の私室だ。
それらが意味するものは。
「………………夢?」
ぼーぜん、と呟き。
シンタローはキツク握り締めていたシーツを離した。
いまだにバクバクしている胸に手を当てて、はぁ~……と大きく息をついた。
「何だよ夢かよ!……くそぉ、せっかくの睡眠が台無しだぜ。親父、ぶっ殺す」
完全に八つ当たりな事を呟いて、シンタローはがしがしと頭をかいた。
総帥としてガンマ団を継いでからというもの、シンタローはその激務故にほとんど休みを取っていなかった。流石にこれ以上は無理だと判断したキンタローによって、ムリヤリ与えられた休息の時間。
その僅かな時間を利用して身体を休める筈だったのだが……。
「何かムダに疲れたな……コタローの夢なら大歓迎だったのによォ。まぁ美少年の俺はイイ感じだったが、親父本気でいらん」
チッ、と舌打ちをして、それでも何故か記憶を追ってしまう。
ハロウィンでの出来事。まだコタローはいなくて、自分もまだ(不本意ながら)マジックを父親として慕っていた頃の思い出。
「……あの後、結局親父がクッションになってくれたんだっけ……?」
間一髪我が子を腕の中に抱き込んだマジックだったが、そのまま階段を転げ落ちた。
シンタローはかすり傷一つ負わなかったが、目を開けて事態を把握すると火がついたように泣き出した。
「パパっ、パパ!目を開けてよ、パパ……!」
マジックは軽い脳震盪を起こしただけだったが、幼いシンタローには分からない。すぐに騒ぎに気付いた者達が駆けつけシンタローはマジックから引き離されたが、シンタローは泣きながら父を呼び続けた。
「やだよパパ!パパっ、パパぁ……!!」
ごめんなさい、と泣きながら謝っていると、マジックが僅かに身じろぎをした。
「……しん、ちゃん……?」
「パパ!パパ!?」
「マジック総帥っ、まだ動かれては……」
案じる部下に緩く手を振って「大丈夫だ……」と告げると、マジックはゆっくりと上体を起こした。
シンタローは自分を父から引き離した者の手を振り切って、マジックに抱きつく。
「ごめ、なさいパパ……!オレが、階段から落ちたりした、からっ」
「……いいんだよシンちゃん。……それより……どこも怪我は無いかい?」
だいじょうぶ、と頷くシンタローに、マジックは心底ほっとしたように微笑んだ。
「そうか……。お前が無事なら、私は構わないよ」
頬に伝う涙を優しく指で拭われて、ますます涙が止まらなくなる。
シンタローはごしごしと乱暴に目を擦って、ごめん、とまた謝った。
「……おじさんがすきって、うそだよ。いや、うそじゃなくてホントにすきだけど……でもオレ、やっぱりパパがすき。パパが一番だいす」
き、と言い終わる前に。
大好きなパパの鼻腔から滝のように噴出した鼻血で、親子は真紅に染まった。
「うわぁ、奈落」
その後、阿鼻叫喚の地獄絵図と化したパーティー会場の惨状まで思い出し、現在のシンタローはげんなりと肩を落とした。途中まではいい話だったのに。
父親の鼻血で溺れかけたというある意味マジカル・トリップな出来事は幼いシンタローのトラウマとなり、美貌のおじさまへの傾倒はこの時確実となった。
トラウマな過去を思い出して朝からブルーな気持ちになったが、それ以上に、いくらまだ幼かったとはいえあのマジックに向かって「パパ大好き!」なんて言っていたとは――あまりにも恥ずかしすぎて、シンタローはその場で壁に頭を打ち付けたくなった。
「えぇいっ、今すぐ消えろ忌まわしい思い出めッ!親父も夢ん中にまで出張してくんじゃねーよ!!」
かなり無理のある八つ当たりをしつつ、シンタローは枕元にある写真立てを引き寄せる。
「ッたく、とんでもねー親父だぜ。あんな危険人物にだけはなりたくねーな。……なぁコタロー」
デレデレと締まりの無い顔で最愛の弟の写真に語りかけ、シンタローは漸くベッドを降りた。ちなみに彼に、自分のブラコンっぷりは父親にそっくりであるという自覚は無い。
床に立って「んーっ」と伸びをすると、シンタローは頭の中で今日一日の予定を組み立て、それを実行するべく動き出した。
* n o v e l *
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
4/6
自室を出ると、そこはトリップ地帯でした。
「なっ……何だこりゃあぁぁぁー!?」
カボチャのランタン、魔法のステッキ、黒いマントにトンガリ帽子――。
甘ったるいお菓子の匂いをプンプンさせて、魔法使いの仮装をした従兄弟が壁に色とりどりの飾り付けをしていた。
「あ、シンちゃん!起きたんだね、おはよー」
「おはようじゃねーよグンマ!おまっ、何やってんだよコレ!?……ああああ、スプレーなんか使ってヘタクソな落書きすんな!オメーはどっかのヤンキーか!?暴走族か!?そういう汚れは落とすの大変なんだぞッ!」
「あはは、早速お母さんみたいな事言ってるね」
「うむ、少し落ち着けシンタロー。このスプレーは俺が、いいか、俺が開発した特製スプレーだ。濡らしたスポンジで軽く擦るだけですぐに文字や絵が消えるという優れものだ。安心しろ」
「ちっとも安心じゃねーよ、つかお前もなに混ざってンだ!止めろよこの馬鹿の暴走をっ!」
紙で作ったお花を丁寧に丁寧に壁に貼り付けていたキンタローは、ふう、と息をついた。
お花の列はきっちりと横一列に並んでいて、一ミリの狂いも無い。
手に定規を持ったままキンタローは満足気に口元を緩めた。
「……どうだシンタロー。これならお前も文句はあるまい」
「大有りだこの天然ボケ」
会話のキャッチボールをしてくれ、と思いながらシンタローはうんざりと頭を押さえた。
キンタローはいつものスーツ姿だが、グンマの格好はどこからどう見てもハロウィンの仮装だとしか思えない。
ごてごてと飾り付けられた団内の壁もよくよく見ると、程よくデフォルメされたコウモリや三日月、定番のカボチャの絵と、ハロウィンらしいものが目立つ。
グンマが描いたカオスな絵や、キンタローの描いた無駄にリアルなドラキュラの絵なども多数存在したが、まぁそこら辺は目を瞑ろう。
「……今日ってハロウィンだったか?」
「ううん、違うよ?でももう10月になったから、待ちきれずに用意しちゃったんだ」
悪びれた様子も無くあっさりと答えられたのでは、怒る気も失せる。
チラリとキンタローの方を見やると、彼は真剣な面持ちで定規を手に、新しく花を貼る場所を検討していた。
「……そういや、キンタローにとっちゃ初めてのハロウィンか」
思い当たって呟くと、グンマは何も言わずにただ微笑んだ。
シンタローは暫し思案してから……仕方ねぇなー、というように苦笑してみせる。
真剣そのもののキンタローは、初めてのハロウィンというイベントに心弾ませているようだ。自分達の子どもの頃を思い出し、シンタローとグンマは思わず顔を見合わせて、小さく笑った。
ガンマ団総帥としてやる事はまだまだ山のようにある。本当はハロウィンに浮かれている場合などではないが――たまにはこんなのも良いだろう。大切な家族の為に。
「うんうん、仲良き事は美しきかな、だね。微笑ましい光景だなぁ、ねぇシンちゃん」
「脈絡も無く現われるな、そして俺の背後に立つな」
お手製のシンタロー人形を抱いてニッコリ笑うマジックに、シンタローは振り向きざまに眼魔砲を放った。
だがあっさりそれは避けられ「シンちゃんは本当に恥ずかしがり屋さんだね」と動じずにコメントまでされて、シンタローのこめかみに青筋が浮く。
先程見た夢まで思い出してしまい、余計にささくれた気分になった。
「ちくしょー、昔も今も奈落だぜ。早く殺るしかない!」
「ハッハッハ、シンちゃんの事は愛してるけど、パパもそう簡単には殺られてあげないぞー」
「テメーの存在そのものがバッド・トリップ……!」
一瞬、まだ見ぬ毒キノコ(背中にしねじと書いてある)がシンタローの脳裏を駆け抜けた。
「え、なに今の不吉な予知夢。久しぶりにナマモノの予感?」
「どうしたシンタロー。何か嫌な夢でも見たのか?」
「うん、何か近い将来に嫌なキノコとお知り合いになる予感がする」
「えっ!?スゴイやシンちゃん!ボクもキノコと友達になりたいな~」
「菌類と友情を育むな。アラシヤマみたいになりてーのかグンマ!?」
「ほう。キノコが食べたいのなら、パパが最高級のキノコを取り寄せてあげようか?シンちゃん」
「よぉーし、一口で致死量に達する最凶のキノコ持ってこい親父」
「ハッハッハ!そんな禍々しいキノコ何に使う気なのかな~?」
暫く和やかに(?)親族で語り合っていたが、シンタローはグンマの関心がまたハロウィンの飾り付けに向いているのに気付いた。
「……おい。グンマ、キンタロー。今日の昼までにキリがいい所まで終わらせろよ」
「なに?だが、俺はお前の補佐という仕事が……」
「いーからいーから。俺はゆっくり休ませて貰った事だし、オメーらも息抜きしろよ。……飾りつけすんの、楽しいんだろ?」
図星をつかれたらしく黙りこんだキンタローに、シンタローは可笑しそうに笑った。
「ただし、オメーらは加減てもんを知らねーからな。息抜きで疲れちまったら意味ねーし、一応昼までを区切りにしろ。で、続きはまた明日。――OK?」
「うんっ、ありがとうシンちゃん!」
「……了解した、シンタロー」
小さい子どもを見るような目でグンマとキンタローを眺め、シンタローはおう、と頷いてニッと笑った。
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
3/6
「…………ッ!!」
シンタローは声にならない声を上げてバッと跳ね起きた。
心臓が激しく鼓動を刻み、じっとりとした嫌な汗が背中に浮く。
「……ぁ……?」
カラカラに乾いた喉から、寝起き特有のかすれた声がもれる。
シンタローは混乱しながらも、状況を把握する為に辺りを見回した。
綺麗に片付けられ、整頓された部屋。机の上にある時計の秒針。見慣れた靴。枕元にある弟の写真。そして、壁にかけられた赤い総帥服――。
ガンマ団内にある、シンタロー専用の私室だ。
それらが意味するものは。
「………………夢?」
ぼーぜん、と呟き。
シンタローはキツク握り締めていたシーツを離した。
いまだにバクバクしている胸に手を当てて、はぁ~……と大きく息をついた。
「何だよ夢かよ!……くそぉ、せっかくの睡眠が台無しだぜ。親父、ぶっ殺す」
完全に八つ当たりな事を呟いて、シンタローはがしがしと頭をかいた。
総帥としてガンマ団を継いでからというもの、シンタローはその激務故にほとんど休みを取っていなかった。流石にこれ以上は無理だと判断したキンタローによって、ムリヤリ与えられた休息の時間。
その僅かな時間を利用して身体を休める筈だったのだが……。
「何かムダに疲れたな……コタローの夢なら大歓迎だったのによォ。まぁ美少年の俺はイイ感じだったが、親父本気でいらん」
チッ、と舌打ちをして、それでも何故か記憶を追ってしまう。
ハロウィンでの出来事。まだコタローはいなくて、自分もまだ(不本意ながら)マジックを父親として慕っていた頃の思い出。
「……あの後、結局親父がクッションになってくれたんだっけ……?」
間一髪我が子を腕の中に抱き込んだマジックだったが、そのまま階段を転げ落ちた。
シンタローはかすり傷一つ負わなかったが、目を開けて事態を把握すると火がついたように泣き出した。
「パパっ、パパ!目を開けてよ、パパ……!」
マジックは軽い脳震盪を起こしただけだったが、幼いシンタローには分からない。すぐに騒ぎに気付いた者達が駆けつけシンタローはマジックから引き離されたが、シンタローは泣きながら父を呼び続けた。
「やだよパパ!パパっ、パパぁ……!!」
ごめんなさい、と泣きながら謝っていると、マジックが僅かに身じろぎをした。
「……しん、ちゃん……?」
「パパ!パパ!?」
「マジック総帥っ、まだ動かれては……」
案じる部下に緩く手を振って「大丈夫だ……」と告げると、マジックはゆっくりと上体を起こした。
シンタローは自分を父から引き離した者の手を振り切って、マジックに抱きつく。
「ごめ、なさいパパ……!オレが、階段から落ちたりした、からっ」
「……いいんだよシンちゃん。……それより……どこも怪我は無いかい?」
だいじょうぶ、と頷くシンタローに、マジックは心底ほっとしたように微笑んだ。
「そうか……。お前が無事なら、私は構わないよ」
頬に伝う涙を優しく指で拭われて、ますます涙が止まらなくなる。
シンタローはごしごしと乱暴に目を擦って、ごめん、とまた謝った。
「……おじさんがすきって、うそだよ。いや、うそじゃなくてホントにすきだけど……でもオレ、やっぱりパパがすき。パパが一番だいす」
き、と言い終わる前に。
大好きなパパの鼻腔から滝のように噴出した鼻血で、親子は真紅に染まった。
「うわぁ、奈落」
その後、阿鼻叫喚の地獄絵図と化したパーティー会場の惨状まで思い出し、現在のシンタローはげんなりと肩を落とした。途中まではいい話だったのに。
父親の鼻血で溺れかけたというある意味マジカル・トリップな出来事は幼いシンタローのトラウマとなり、美貌のおじさまへの傾倒はこの時確実となった。
トラウマな過去を思い出して朝からブルーな気持ちになったが、それ以上に、いくらまだ幼かったとはいえあのマジックに向かって「パパ大好き!」なんて言っていたとは――あまりにも恥ずかしすぎて、シンタローはその場で壁に頭を打ち付けたくなった。
「えぇいっ、今すぐ消えろ忌まわしい思い出めッ!親父も夢ん中にまで出張してくんじゃねーよ!!」
かなり無理のある八つ当たりをしつつ、シンタローは枕元にある写真立てを引き寄せる。
「ッたく、とんでもねー親父だぜ。あんな危険人物にだけはなりたくねーな。……なぁコタロー」
デレデレと締まりの無い顔で最愛の弟の写真に語りかけ、シンタローは漸くベッドを降りた。ちなみに彼に、自分のブラコンっぷりは父親にそっくりであるという自覚は無い。
床に立って「んーっ」と伸びをすると、シンタローは頭の中で今日一日の予定を組み立て、それを実行するべく動き出した。
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PAPUWA~やっぱりパパが好き~
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自室を出ると、そこはトリップ地帯でした。
「なっ……何だこりゃあぁぁぁー!?」
カボチャのランタン、魔法のステッキ、黒いマントにトンガリ帽子――。
甘ったるいお菓子の匂いをプンプンさせて、魔法使いの仮装をした従兄弟が壁に色とりどりの飾り付けをしていた。
「あ、シンちゃん!起きたんだね、おはよー」
「おはようじゃねーよグンマ!おまっ、何やってんだよコレ!?……ああああ、スプレーなんか使ってヘタクソな落書きすんな!オメーはどっかのヤンキーか!?暴走族か!?そういう汚れは落とすの大変なんだぞッ!」
「あはは、早速お母さんみたいな事言ってるね」
「うむ、少し落ち着けシンタロー。このスプレーは俺が、いいか、俺が開発した特製スプレーだ。濡らしたスポンジで軽く擦るだけですぐに文字や絵が消えるという優れものだ。安心しろ」
「ちっとも安心じゃねーよ、つかお前もなに混ざってンだ!止めろよこの馬鹿の暴走をっ!」
紙で作ったお花を丁寧に丁寧に壁に貼り付けていたキンタローは、ふう、と息をついた。
お花の列はきっちりと横一列に並んでいて、一ミリの狂いも無い。
手に定規を持ったままキンタローは満足気に口元を緩めた。
「……どうだシンタロー。これならお前も文句はあるまい」
「大有りだこの天然ボケ」
会話のキャッチボールをしてくれ、と思いながらシンタローはうんざりと頭を押さえた。
キンタローはいつものスーツ姿だが、グンマの格好はどこからどう見てもハロウィンの仮装だとしか思えない。
ごてごてと飾り付けられた団内の壁もよくよく見ると、程よくデフォルメされたコウモリや三日月、定番のカボチャの絵と、ハロウィンらしいものが目立つ。
グンマが描いたカオスな絵や、キンタローの描いた無駄にリアルなドラキュラの絵なども多数存在したが、まぁそこら辺は目を瞑ろう。
「……今日ってハロウィンだったか?」
「ううん、違うよ?でももう10月になったから、待ちきれずに用意しちゃったんだ」
悪びれた様子も無くあっさりと答えられたのでは、怒る気も失せる。
チラリとキンタローの方を見やると、彼は真剣な面持ちで定規を手に、新しく花を貼る場所を検討していた。
「……そういや、キンタローにとっちゃ初めてのハロウィンか」
思い当たって呟くと、グンマは何も言わずにただ微笑んだ。
シンタローは暫し思案してから……仕方ねぇなー、というように苦笑してみせる。
真剣そのもののキンタローは、初めてのハロウィンというイベントに心弾ませているようだ。自分達の子どもの頃を思い出し、シンタローとグンマは思わず顔を見合わせて、小さく笑った。
ガンマ団総帥としてやる事はまだまだ山のようにある。本当はハロウィンに浮かれている場合などではないが――たまにはこんなのも良いだろう。大切な家族の為に。
「うんうん、仲良き事は美しきかな、だね。微笑ましい光景だなぁ、ねぇシンちゃん」
「脈絡も無く現われるな、そして俺の背後に立つな」
お手製のシンタロー人形を抱いてニッコリ笑うマジックに、シンタローは振り向きざまに眼魔砲を放った。
だがあっさりそれは避けられ「シンちゃんは本当に恥ずかしがり屋さんだね」と動じずにコメントまでされて、シンタローのこめかみに青筋が浮く。
先程見た夢まで思い出してしまい、余計にささくれた気分になった。
「ちくしょー、昔も今も奈落だぜ。早く殺るしかない!」
「ハッハッハ、シンちゃんの事は愛してるけど、パパもそう簡単には殺られてあげないぞー」
「テメーの存在そのものがバッド・トリップ……!」
一瞬、まだ見ぬ毒キノコ(背中にしねじと書いてある)がシンタローの脳裏を駆け抜けた。
「え、なに今の不吉な予知夢。久しぶりにナマモノの予感?」
「どうしたシンタロー。何か嫌な夢でも見たのか?」
「うん、何か近い将来に嫌なキノコとお知り合いになる予感がする」
「えっ!?スゴイやシンちゃん!ボクもキノコと友達になりたいな~」
「菌類と友情を育むな。アラシヤマみたいになりてーのかグンマ!?」
「ほう。キノコが食べたいのなら、パパが最高級のキノコを取り寄せてあげようか?シンちゃん」
「よぉーし、一口で致死量に達する最凶のキノコ持ってこい親父」
「ハッハッハ!そんな禍々しいキノコ何に使う気なのかな~?」
暫く和やかに(?)親族で語り合っていたが、シンタローはグンマの関心がまたハロウィンの飾り付けに向いているのに気付いた。
「……おい。グンマ、キンタロー。今日の昼までにキリがいい所まで終わらせろよ」
「なに?だが、俺はお前の補佐という仕事が……」
「いーからいーから。俺はゆっくり休ませて貰った事だし、オメーらも息抜きしろよ。……飾りつけすんの、楽しいんだろ?」
図星をつかれたらしく黙りこんだキンタローに、シンタローは可笑しそうに笑った。
「ただし、オメーらは加減てもんを知らねーからな。息抜きで疲れちまったら意味ねーし、一応昼までを区切りにしろ。で、続きはまた明日。――OK?」
「うんっ、ありがとうシンちゃん!」
「……了解した、シンタロー」
小さい子どもを見るような目でグンマとキンタローを眺め、シンタローはおう、と頷いてニッと笑った。
PR
* n o v e l *
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
1/6
カボチャのランタン、魔法のステッキ、黒いマントにトンガリ帽子。
戦利品を腕いっぱいに抱いて駆け寄れば、世界一のパパが最高の笑顔で迎えてくれる。
「やぁシンちゃん、お菓子はいっぱい貰えたかな?」
「うん!もちろんだよパパ。ほら見て、オレが一番だよ!」
持ちきれないお菓子は他の子にあげてきた、と答えると、大きな手で優しく頬を撫でられる。
そのまま抱き上げられて、ポケットに入れていた幾つかのキャンディが足元に転がり落ちた。
カラフルな色彩の包み紙は、見ているだけで心が弾んでくる。
「パパのシンちゃんが一番可愛いからね!パパもシンちゃんの為に、た~くさん甘くて美味しいお菓子を用意したんだよ」
それこそとろけるように甘い声と笑顔で告げ、マジックは最愛の息子に頬ずりをした。
シンタローの小さな手はお菓子で塞がっているので、仕方なく肘で父親の顔を押し退け牽制する。
「ありがとうパパ。でもうっとーしーよ。それにお菓子いっぱいあるから、もういらない」
「しっ、シンちゃん……!鬱陶しいってパパの事が嫌いになったのかい!?」
「ううん、キライじゃないよ。でもくっつかれるとジャマだもん」
邪気の無い笑顔でさらりとマジックの心にナイフを突き刺すと、シンタローの興味はもう他へ移ってしまったのか、辺りをキョロキョロと見回し出す。
ただ戦利品を父親に自慢しに来ただけらしい。
少し離れた場所に従兄弟の姿を見つけ、「パパ!オレ、グンマのとこ行って来る」と言ってマジックの腕の中から飛び降りようとする。
身体を屈めてそんな息子をそっと床に降ろしてやり、マジックは「いいかいシンちゃん?」と言い含めるようにシンタローと目を合わす。
「絶対パパの所へ帰って来るんだよ!知らない人にお菓子貰ってもついて行っちゃダメだからね?というかパパが作ったお菓子以外は食べちゃダメだ、後でパパとお菓子を食べるんだよ!」
「お菓子もらってきた意味ないじゃん。ていうかパパ、このパーティー会場は貸し切りってやつなんでしょ?知らないヤツはそもそもいないよ」
シンタローが退屈しないように、そして華やかなパーティーを楽しめるように、会場は多くの大人と子ども達で溢れかえっている。
だが彼らは皆、マジックが手配して連れてきた信頼のおける者達だ。シンタローにとっても、今まで会った事のある見知った顔ばかりだ。
もっともな事を言うシンタローにマジックはそれでもダメ!と念を押す。
「だってシンちゃんはこんなに可愛いんだもん!しかも今日はいつにも増して可愛い姿なんだから……いつ誰に誘拐されるか分からないだろう!?」
黒い服をズルズルと引きずって、頭には大きなトンガリ帽子。魔法のステッキは今は邪魔だから一旦パパに預けて……いわゆる魔法使いの格好だ。
「こんなシンちゃんに上目遣いで見つめられて『Trick or Treat!』なんて言われてごらん!お菓子をあげるどころかパパの方がシンちゃんを貰いたくなっちゃうよ!!」
「うわぁ、パパ誘拐犯の素質ありだね」
「ハッハッハ、じゃあシンちゃんは魔法使い見習いさんだよ。パパのハートはいつでもシンちゃんにマジカル・トリップしてるからね」
「それってバッドトリップ?」
誰が教えたんだいそんな事!?と取り乱すマジックに、「びぼーのオジサマと高松!」という非常に分かり易い答えを返して、小さな魔法使いは従兄弟のもとへと駆け出した。
後ろで世界一(親バカ)のパパが「シンちゃんカムバック……!」とか何とか叫んでいたが、シンタローは甘いお菓子の匂いだけを残して、軽やかに立ち去った。
「よォ、グンマ!お前も来てたんだな」
声を掛けると、白いシーツのようなものを頭からすっぽり被っている従兄弟が「ん?」と振り向いた。
定番のオバケの仮装らしい。シンタローと同じように裾を引きずっているが、グンマの方は今にも転んでしまいそうな危なっかしさがある。
シンタローの姿を認めると、グンマは嬉しそうに笑ってパタパタと寄ってきた。
「わーい、シンちゃんだ!シンちゃんはマホーつかいさんなんだね。ボクはオバケなんだよ~」
屈託のない笑顔で言うと、ふと何かを思い出したように立ち止まって困ったように眉を寄せる。
「――あ、え~っとえーと……おまねき、ありがとーございます。それと、ハロウィンおめでとー!……だよね、高松?」」
「ええ、そうですよグンマ様。よく言えましたねぇ~」
どうやらあらかじめ挨拶を仕込まれていたらしい。隣に立つ高松が鼻血を垂らしながら褒めてやると、グンマは得意そうに胸を張った。
「うん、こちらこそ。来てくれてサンキュー!でもハロウィンおめでとうってのは変じゃねぇ?」
「そんな事ないよー。だって楽しいもんハロウィン!楽しい事はみんなおめでとーで合ってるんだよっ」
「えー、そういうもん?」
「そーゆーもん!!」
「フーン……」
笑顔で断言されると、首を傾げていたシンタローも「ま、いっか」と笑い返す。
「ほら、見てみろよグンマ!オレが他のヤツらからもらったお菓子。いっぱいあるだろー?」
「わ~っ!すごいねシンちゃん!ボクももらったけど、シンちゃんの方が多いや」
「グンマのどれ?」
あれ、と指差されたお菓子は全て高松が持っている。
グンマを恍惚とした表情で見つめて鼻血を垂らしているやたらガタイのいい男――お菓子で子どもを誘い出そうとする誘拐犯に見えなくもない。
そしてその隣で能天気に笑っている美少年(グンマ)。
パパが心配しているのはこういう事か、とシンタローは深く納得した。
「じゃ、オレの分も持ってろよ高松。動くのにジャマだからさ」
「ハイハイ。……まったく、ワガママなお子様ですねぇ~。親の顔が見たいですよ」
ブツブツとぼやく変態はとりあえず無視してお菓子を預けると、シンタローはグンマと一緒に「Trick or Treat!」と魔法の呪文を楽しげに唱えて、会場中をねり歩いた。
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PAPUWA~やっぱりパパが好き~
2/6
「パパただいまー」
「おかえりシンちゃんッッ!!!」
更に増えた戦利品を大きな袋に詰めて引きずるようにしながら戻ってきた息子を、マジックは熱烈に歓迎した。
ダバダバと滝のような涙を流しながらキツク抱きしめ、嫌がるシンタローにしつこく頬ずりをする。
「待ってたよシンちゃんッ!あと一秒遅かったらパパ捜索隊組んでたかもしれない!!」
「オオゲサだよパパー。サービスおじさんみたいにユーガに待っててよ」
「……それは……パパが優雅じゃないって事かい?」
ガッチリと拘束する腕は外さないまま少しだけ顔を離して訊ねると、シンタローはあっさり頷いた。
「うん。しつこいオトコは嫌われる、パパみたいなヨユーのない大人になっちゃダメだよってこの前サービスおじさんが言ってた」
「さり気なく父親不信になるような事を吹き込まれてるねシンちゃん」
ハハハ、とあくまで爽やかに笑いつつ「素直なのはお前のいい所だけど今すぐ忘れなさい」とやわらかく注意をしてマジックはシンタローを放した。
なんで?と首を傾げているシンタローに「純粋なシンちゃんが汚されるからだよ」と答えながら懐から「悪い子の記録(双子のモンチッチ編)」と書かれたノートを取り出し、ササッと何やら書き込む。
「サービス、おこづかいダウン……と」
「何してるのパパ?」
「ハハハ、何でもないよシンちゃん。ところで……」
ノートをしまいながらコホン、と咳払いをし、さり気なさを装って話を振る。
「し、シンちゃんはサービスを気に入ってるようだねぇ。ずいぶん懐いちゃって、パパちょっとだけ寂しいな~なんて……」
ドキドキしながらチラリチラリ、とシンタローを横目で窺う。
シンタローはそんなマジックを不思議そうに眺めている。
マジックはごくり、と唾を飲み込むと、意を決してその問いを口にした。
きっと大丈夫、息子の愛情を信じ・ろ☆と自分に言い聞かせて。
「でもどんなにアイツに懐いたとしてもっ、シンちゃんが世界で一番だ~い好きvなのはとーーーぜんこのパ」
「サービスおじさん!」
――――――迷い無く答えたシンタローに、一瞬で空気が凍る。
遠くの方で、高松がグンマを連れてさり気なく場所を移動した(「さぁグンマ様、あちらの方へ行きましょうねぇ~」「えー?どうして高松?」「大人気ない親父に八つ当たりされるかもしれないからですよ」)。
だがマジックは何とか持ち直し、
「……ハハハ、やだなぁパパとした事が。今幻聴が聞こえちゃったよ。さぁシンちゃん!教えておくれッ、お前が一番好きなのは……」
「びぼーのオジサマ!」
――One more please?
「……恥ずかしがらなくていいんだよシンちゃん、素直に」
「素直におじさん」
現実見ろよ、と真顔で答えた息子に、マジックは心が折れて泣き崩れた。
だがマジックの発した次の言葉に、シンタローは「ええーっ!?」と不満の声を上げた。
「シンちゃんの11月のおこづかい、大幅カット!」
「何でだよパパ!?」
「パパの深い愛情を受け取ってくれない悪い子のシンちゃんには、オシオキが必要だからさ」
「ゼンゼン関係ねーじゃん!そういうの、シットに駆られた男のリフジンな仕打ちって言うんだろっ」
「ハッハッハ、まぁ~たあの愚弟と変態ドクターの入れ知恵か。双子のモンチッチ、おこづかい無し。高松、減給」
さり気なくハーレムが巻き添えを食ったが、親子は気にも留めなかった。
シンタローは不満いっぱいの顔でマジックを睨みつけるが、当のマジックは「あぁ、シンちゃんのそんな顔も可愛いなぁ~」と呑気に悦っている。
らちがあかない事に気付き、シンタローはクルッとマジックに背を向けてスタスタと歩き出した。
駄々をこねるか怒って向かってくるか――と考えていたマジックは予想外の息子の行動に驚き、慌てて後を追った。
「シンちゃん、怒っているのかい?」
「……」
当たりめぇだろ、という黒いオーラが漂う。
シンタローは懸命にマジックを引き離そうとするが、大人と子ども……それもかなりの長身の部類に入るマジックとでは、歩幅が違いすぎる。
マジックの方もシンタローの意地が分かるので簡単に追いついて捕まえるには気が引けてしまい、どうしたものか……と思案しながら少し遅れて後をついていく。
だがその行為が余計にシンタローの感情を逆撫でする。しかもずるずると引きずっているマントの裾が時折足元に絡みついて、油断すると転びそうになる。
広い会場を一周したところでシンタローはついに我慢できなくなって振り返った。
「~~~っ、もう!ついてくンなよパ……!」
パパ、と続けようとして。
不意に足元が滑った。
え、と思う間もなく身体が宙に浮く。そこがちょうど運悪く階段の上だったと気付いたのは、追いかけて来た父親の形相を見てからだ。
「……っ、シンタローッ!!!」
伸ばされる腕。驚愕したマジックの表情。切羽詰った叫び。一瞬の浮遊感。――そして、こんな状況にはひどく不似合いな、甘いお菓子の香り。
――――パパ――――
応えるようにマジックを呼んで。
シンタローは、目を覚ました。
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
1/6
カボチャのランタン、魔法のステッキ、黒いマントにトンガリ帽子。
戦利品を腕いっぱいに抱いて駆け寄れば、世界一のパパが最高の笑顔で迎えてくれる。
「やぁシンちゃん、お菓子はいっぱい貰えたかな?」
「うん!もちろんだよパパ。ほら見て、オレが一番だよ!」
持ちきれないお菓子は他の子にあげてきた、と答えると、大きな手で優しく頬を撫でられる。
そのまま抱き上げられて、ポケットに入れていた幾つかのキャンディが足元に転がり落ちた。
カラフルな色彩の包み紙は、見ているだけで心が弾んでくる。
「パパのシンちゃんが一番可愛いからね!パパもシンちゃんの為に、た~くさん甘くて美味しいお菓子を用意したんだよ」
それこそとろけるように甘い声と笑顔で告げ、マジックは最愛の息子に頬ずりをした。
シンタローの小さな手はお菓子で塞がっているので、仕方なく肘で父親の顔を押し退け牽制する。
「ありがとうパパ。でもうっとーしーよ。それにお菓子いっぱいあるから、もういらない」
「しっ、シンちゃん……!鬱陶しいってパパの事が嫌いになったのかい!?」
「ううん、キライじゃないよ。でもくっつかれるとジャマだもん」
邪気の無い笑顔でさらりとマジックの心にナイフを突き刺すと、シンタローの興味はもう他へ移ってしまったのか、辺りをキョロキョロと見回し出す。
ただ戦利品を父親に自慢しに来ただけらしい。
少し離れた場所に従兄弟の姿を見つけ、「パパ!オレ、グンマのとこ行って来る」と言ってマジックの腕の中から飛び降りようとする。
身体を屈めてそんな息子をそっと床に降ろしてやり、マジックは「いいかいシンちゃん?」と言い含めるようにシンタローと目を合わす。
「絶対パパの所へ帰って来るんだよ!知らない人にお菓子貰ってもついて行っちゃダメだからね?というかパパが作ったお菓子以外は食べちゃダメだ、後でパパとお菓子を食べるんだよ!」
「お菓子もらってきた意味ないじゃん。ていうかパパ、このパーティー会場は貸し切りってやつなんでしょ?知らないヤツはそもそもいないよ」
シンタローが退屈しないように、そして華やかなパーティーを楽しめるように、会場は多くの大人と子ども達で溢れかえっている。
だが彼らは皆、マジックが手配して連れてきた信頼のおける者達だ。シンタローにとっても、今まで会った事のある見知った顔ばかりだ。
もっともな事を言うシンタローにマジックはそれでもダメ!と念を押す。
「だってシンちゃんはこんなに可愛いんだもん!しかも今日はいつにも増して可愛い姿なんだから……いつ誰に誘拐されるか分からないだろう!?」
黒い服をズルズルと引きずって、頭には大きなトンガリ帽子。魔法のステッキは今は邪魔だから一旦パパに預けて……いわゆる魔法使いの格好だ。
「こんなシンちゃんに上目遣いで見つめられて『Trick or Treat!』なんて言われてごらん!お菓子をあげるどころかパパの方がシンちゃんを貰いたくなっちゃうよ!!」
「うわぁ、パパ誘拐犯の素質ありだね」
「ハッハッハ、じゃあシンちゃんは魔法使い見習いさんだよ。パパのハートはいつでもシンちゃんにマジカル・トリップしてるからね」
「それってバッドトリップ?」
誰が教えたんだいそんな事!?と取り乱すマジックに、「びぼーのオジサマと高松!」という非常に分かり易い答えを返して、小さな魔法使いは従兄弟のもとへと駆け出した。
後ろで世界一(親バカ)のパパが「シンちゃんカムバック……!」とか何とか叫んでいたが、シンタローは甘いお菓子の匂いだけを残して、軽やかに立ち去った。
「よォ、グンマ!お前も来てたんだな」
声を掛けると、白いシーツのようなものを頭からすっぽり被っている従兄弟が「ん?」と振り向いた。
定番のオバケの仮装らしい。シンタローと同じように裾を引きずっているが、グンマの方は今にも転んでしまいそうな危なっかしさがある。
シンタローの姿を認めると、グンマは嬉しそうに笑ってパタパタと寄ってきた。
「わーい、シンちゃんだ!シンちゃんはマホーつかいさんなんだね。ボクはオバケなんだよ~」
屈託のない笑顔で言うと、ふと何かを思い出したように立ち止まって困ったように眉を寄せる。
「――あ、え~っとえーと……おまねき、ありがとーございます。それと、ハロウィンおめでとー!……だよね、高松?」」
「ええ、そうですよグンマ様。よく言えましたねぇ~」
どうやらあらかじめ挨拶を仕込まれていたらしい。隣に立つ高松が鼻血を垂らしながら褒めてやると、グンマは得意そうに胸を張った。
「うん、こちらこそ。来てくれてサンキュー!でもハロウィンおめでとうってのは変じゃねぇ?」
「そんな事ないよー。だって楽しいもんハロウィン!楽しい事はみんなおめでとーで合ってるんだよっ」
「えー、そういうもん?」
「そーゆーもん!!」
「フーン……」
笑顔で断言されると、首を傾げていたシンタローも「ま、いっか」と笑い返す。
「ほら、見てみろよグンマ!オレが他のヤツらからもらったお菓子。いっぱいあるだろー?」
「わ~っ!すごいねシンちゃん!ボクももらったけど、シンちゃんの方が多いや」
「グンマのどれ?」
あれ、と指差されたお菓子は全て高松が持っている。
グンマを恍惚とした表情で見つめて鼻血を垂らしているやたらガタイのいい男――お菓子で子どもを誘い出そうとする誘拐犯に見えなくもない。
そしてその隣で能天気に笑っている美少年(グンマ)。
パパが心配しているのはこういう事か、とシンタローは深く納得した。
「じゃ、オレの分も持ってろよ高松。動くのにジャマだからさ」
「ハイハイ。……まったく、ワガママなお子様ですねぇ~。親の顔が見たいですよ」
ブツブツとぼやく変態はとりあえず無視してお菓子を預けると、シンタローはグンマと一緒に「Trick or Treat!」と魔法の呪文を楽しげに唱えて、会場中をねり歩いた。
* n o v e l *
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
2/6
「パパただいまー」
「おかえりシンちゃんッッ!!!」
更に増えた戦利品を大きな袋に詰めて引きずるようにしながら戻ってきた息子を、マジックは熱烈に歓迎した。
ダバダバと滝のような涙を流しながらキツク抱きしめ、嫌がるシンタローにしつこく頬ずりをする。
「待ってたよシンちゃんッ!あと一秒遅かったらパパ捜索隊組んでたかもしれない!!」
「オオゲサだよパパー。サービスおじさんみたいにユーガに待っててよ」
「……それは……パパが優雅じゃないって事かい?」
ガッチリと拘束する腕は外さないまま少しだけ顔を離して訊ねると、シンタローはあっさり頷いた。
「うん。しつこいオトコは嫌われる、パパみたいなヨユーのない大人になっちゃダメだよってこの前サービスおじさんが言ってた」
「さり気なく父親不信になるような事を吹き込まれてるねシンちゃん」
ハハハ、とあくまで爽やかに笑いつつ「素直なのはお前のいい所だけど今すぐ忘れなさい」とやわらかく注意をしてマジックはシンタローを放した。
なんで?と首を傾げているシンタローに「純粋なシンちゃんが汚されるからだよ」と答えながら懐から「悪い子の記録(双子のモンチッチ編)」と書かれたノートを取り出し、ササッと何やら書き込む。
「サービス、おこづかいダウン……と」
「何してるのパパ?」
「ハハハ、何でもないよシンちゃん。ところで……」
ノートをしまいながらコホン、と咳払いをし、さり気なさを装って話を振る。
「し、シンちゃんはサービスを気に入ってるようだねぇ。ずいぶん懐いちゃって、パパちょっとだけ寂しいな~なんて……」
ドキドキしながらチラリチラリ、とシンタローを横目で窺う。
シンタローはそんなマジックを不思議そうに眺めている。
マジックはごくり、と唾を飲み込むと、意を決してその問いを口にした。
きっと大丈夫、息子の愛情を信じ・ろ☆と自分に言い聞かせて。
「でもどんなにアイツに懐いたとしてもっ、シンちゃんが世界で一番だ~い好きvなのはとーーーぜんこのパ」
「サービスおじさん!」
――――――迷い無く答えたシンタローに、一瞬で空気が凍る。
遠くの方で、高松がグンマを連れてさり気なく場所を移動した(「さぁグンマ様、あちらの方へ行きましょうねぇ~」「えー?どうして高松?」「大人気ない親父に八つ当たりされるかもしれないからですよ」)。
だがマジックは何とか持ち直し、
「……ハハハ、やだなぁパパとした事が。今幻聴が聞こえちゃったよ。さぁシンちゃん!教えておくれッ、お前が一番好きなのは……」
「びぼーのオジサマ!」
――One more please?
「……恥ずかしがらなくていいんだよシンちゃん、素直に」
「素直におじさん」
現実見ろよ、と真顔で答えた息子に、マジックは心が折れて泣き崩れた。
だがマジックの発した次の言葉に、シンタローは「ええーっ!?」と不満の声を上げた。
「シンちゃんの11月のおこづかい、大幅カット!」
「何でだよパパ!?」
「パパの深い愛情を受け取ってくれない悪い子のシンちゃんには、オシオキが必要だからさ」
「ゼンゼン関係ねーじゃん!そういうの、シットに駆られた男のリフジンな仕打ちって言うんだろっ」
「ハッハッハ、まぁ~たあの愚弟と変態ドクターの入れ知恵か。双子のモンチッチ、おこづかい無し。高松、減給」
さり気なくハーレムが巻き添えを食ったが、親子は気にも留めなかった。
シンタローは不満いっぱいの顔でマジックを睨みつけるが、当のマジックは「あぁ、シンちゃんのそんな顔も可愛いなぁ~」と呑気に悦っている。
らちがあかない事に気付き、シンタローはクルッとマジックに背を向けてスタスタと歩き出した。
駄々をこねるか怒って向かってくるか――と考えていたマジックは予想外の息子の行動に驚き、慌てて後を追った。
「シンちゃん、怒っているのかい?」
「……」
当たりめぇだろ、という黒いオーラが漂う。
シンタローは懸命にマジックを引き離そうとするが、大人と子ども……それもかなりの長身の部類に入るマジックとでは、歩幅が違いすぎる。
マジックの方もシンタローの意地が分かるので簡単に追いついて捕まえるには気が引けてしまい、どうしたものか……と思案しながら少し遅れて後をついていく。
だがその行為が余計にシンタローの感情を逆撫でする。しかもずるずると引きずっているマントの裾が時折足元に絡みついて、油断すると転びそうになる。
広い会場を一周したところでシンタローはついに我慢できなくなって振り返った。
「~~~っ、もう!ついてくンなよパ……!」
パパ、と続けようとして。
不意に足元が滑った。
え、と思う間もなく身体が宙に浮く。そこがちょうど運悪く階段の上だったと気付いたのは、追いかけて来た父親の形相を見てからだ。
「……っ、シンタローッ!!!」
伸ばされる腕。驚愕したマジックの表情。切羽詰った叫び。一瞬の浮遊感。――そして、こんな状況にはひどく不似合いな、甘いお菓子の香り。
――――パパ――――
応えるようにマジックを呼んで。
シンタローは、目を覚ました。
PAPUWA~道標~
白く輝く月は あなたを照らす
薄いカーテンを通して、柔らかな月の光がベッドに横たわる彼らの姿を照らし出す。
「――」
照明を消した部屋の中、シンタローはゆっくりと息をひそめるように、音を立てる事を恐れるように、静かな動きで身体を起こした。
だが酷使されたベッドは、彼のそんな動きにもスプリングを軋ませて不満げな鳴き声を上げる。
僅かに汗ばんだ素肌の上を、白いシーツが滑り落ちた。
暗い部屋の中で、微かな月光を浴びる彼の肌は白く浮かび上がる。
逞しい腕、しかし不思議と無骨な印象は与えない。しなやかに伸びた身体のあちこちに散った紅い痕は、彼の隣でいまだ夢の縁に沈んでいるマジックに付けられたものだ。
シンタローはちらりと彼に視線を向ける。
日の光の下では眩い輝きを放つ金糸の髪も、今は夜の闇にたゆたっていた。閉じられた目蓋の裏で、あの青い瞳は何を見ているのだろう。
「――……」
シンタローは無意識に口を開いて何か言葉を紡ごうとしたが――それは音になって彼の中から滑り落ちる前に、虚しく宙に消えていった。
無意識に起こしかけた行動でさえも、躊躇いの中に消えていく。
俺はいつからこんなに臆病になったんだろうと、シンタローは自嘲気味に口元を歪ませた。
俯くと、肩にかかっていた髪がさらりと胸に落ちる。
月の光の下で、シンタローの身体を覆う長い黒髪は烏の濡れ羽のような光沢を見せていた。
視界に入るそれは、否が応でも彼に真実を突き付け続ける。
シンタローはきつく目を閉じた。
噛み締めた唇から微かに血が滲んだが、そんな事どうでもよかった。
「…………父さん……ッ」
堪え切れずに零れ落ちた声は、情けないくらいに震えて。みっともなくかすれている。それは情事の名残からではなかった。
いっそ、彼に啼かされたせいであればよかったのに。
そうであれば、こんなにも胸は苦しくはならなかった。
全てをマジックのせいにして、自分は違うんだと言い訳を続けられた。
鏡を見る度に思い出す。
彼の瞳を見る度に思い知らされる。
血の繋がりさえ無かったのだと。
どんなに苦しくても、どんなに窮屈でも、自分は彼の息子で彼は自分の父だからと思えば、全てが許される気がした。
どうしようもない苛立ちと絶望的なまでの無力感に苛まれながら、あんたみたいにはなれないと叫んだあの時も。
泣きたくなるような想いで、それでも必死にマジックを睨みつけていたあの時も。
彼は自分の父親だからと、血の繋がりがあるのだからと、まるで免罪符のように。
それだけの事にすがり付いて、そんな軽い安心感で自分は――マジックに甘えてもいいのだと無意識の内に、自分自身に許していた。
それに気付いたのは、真実を知らされて――繋がりを否定された時だった。
「……馬鹿みてぇ、俺」
くっくっ、と喉をならしてひきつるように笑う。
歪んだ視界の中に映るマジックに身を寄せて、その乾いた頬にそっと掌を押し当てる。
マジックはそれでも目覚めなかった。仮初めの父の顔を見つめるシンタローの頬、睫を震わせて涙が一筋、伝い落ちた。
――歳を取ったな、と思う。
記憶の中のマジックは、いつでも自分を子ども扱いして……そのくせ自分の方が子どもみたいに、シンちゃんシンちゃんと鬱陶しく纏わりついてくる。
いつでも楽しそうに。いつでも幸せそうに……シンタローを慈しんでくれた。
はっとシンタローは短く息を吐き出す。
似合わない皮肉げな笑みを浮かべてマジックから手を離し、自分の髪をかき上げる。
そして、一瞬だけの。触れるだけの、幼い口付けをマジックの唇に落とした。
先刻強く噛み締めたせいで微かに滲んでいた血が、マジックの唇に色を残す。
それに気付いて指先で拭おうとしたが……シンタローは結局、そのままにしておく事にした。
マジックの髪を優しく梳く。
指の間を通り抜けていく金の糸に、シンタローは目を細める。
静かなその時間を刻み込むように。切ない別れの言葉は、口には出さず。
シンタローはベッドから降りた。
床に着いた足から寒気が伝わって、ぶるりと身を震わす。
身体のあちこちに鈍い痛みがあった。だるい腰を軽く拳で叩いて、シンタローはくっと笑う。
愛された証に何が欲しいかと問われれば、今のシンタローなら迷わず痛みと答える。酷ければ酷いほど、醜ければ醜いほど、それはいつまでも消えずに残るだろう。
だがマジックが自分に残した痛みは、あまりにも深くて。
あまりにも綺麗で。
余計残酷じゃねーか、とシンタローはぼやくように呟く。
窓に近づいてカーテンをシャッ……と開ける。
白く輝く月が、静かに彼を見下ろした。
「――……俺は、あんたの跡を継ぐよ。マジック。今日から俺が、ガンマ団総帥だ」
本当はとっくに目覚めていたくせに。
最後まで目を開けずにいてくれたマジックに、シンタローは笑った。
ほんの少しの物哀しさと、自分の足で立つんだという決意を持って。
その笑顔は、泣き笑いのようにも喜びの笑みのようにも見えた。
白く輝く月になって あなたの夜を照らしたい
END
* n o v e l *
PAPUWA~IFシリーズ①彼がキス魔だったら・マジック&シンタローver~
【Caution!】
この話は御法度要素が含まれております。
そういうのが苦手な方や、「こンの御法度野郎があぁぁぁぁッッ!!!」とUMA子化してしまうという方は全力回避の方向でお願い致します。
「バッチ来ーい」な方はそのまま画面をスクロールしてお読み下さい。
窓際に立ち、夜景を眼下に見下ろしてグラスを傾けているシンタローを、マジックはソファでくつろぎながら飽きもせずに眺めていた。
こうして二人で酒を飲み交わすのは、随分久しぶりだ。
先程まではこのマジックの部屋にキンタローとグンマの二人もいて、四人で和やかな時を過ごしていたのだが……途中でグンマが酔いつぶれてしまい、キンタローもうとうとと船をこぎ始めたので、一度解散となった。
しかしまだ飲み足りなさそうな顔をしていたシンタローに気付き、マジックは「シンちゃんはもう少しココでパパと一緒にいようね」と誘いをかけた。
嫌そうに顔をしかめたシンタローだったがマジックが秘蔵のワインを取り出して見せると、渋々という態度を装いながらも部屋に残ってくれた。
それから特に会話を交わすでもなく(マジックは頻繁に話しかけたが、シンタローは「ああ」か「いや」しか答えなかった。もしくはシカト)、ただ静かに杯を重ね続ける。
そんな時間も悪くない、どころか最高に幸せだったが、マジックとしてはもっとシンタローの体温を近くで感じたい。
「シンちゃん、そんなところに立っていては寒いだろう?パパの隣においで」
「……」
呼びかけると、暫し間が空いてからシンタローがこちらへと歩み寄ってきた。
その素直な様子に少し驚かされて、マジックは軽く目をみはる。
珍しいな、と思うが、嬉しくて口元が緩んだ。
「どうしたの、今夜はやけに素直だね」
「……」
「さ、おいでシンタロー」
シンタローはまだ酒の入ったグラスを手に持ったまま、マジックの隣に腰を下ろした。
赤ワインの甘い香りがほのかに漂う。
今日はいつもと雰囲気が違う、もしかしたら少しくらいは触ったりしても怒られないかな?と僅かな期待とイタズラ心がわき起こり、マジックはシンタローの髪に手を伸ばした。
普段は少しでも触ると眉間にしわを寄せて容赦なく眼魔砲を撃つシンタローだが、頭を撫でられるのも髪を梳かれるのも、本当は嫌いではないのだとマジックは知っている。
これでもかと言わんばかりに、与えられる当人がうんざりするほどの愛情を与えまくって育てたのだ、何だかんだ言ってもシンタローは甘えん坊なところがあるし、甘え上手でもある。
スキンシップ過多な父親の下で育てられた分、シンタロー本人も実はそうしたコミュニケーションの取り方を好む傾向がある。
本人は自覚していないのだろうが、彼がコタローへ向ける行き過ぎた愛情表現や過保護なところは、実はマジックの影響が大きい。
艶やかな髪に指を絡ませ、緩く梳いてやるとシンタローはちらりとマジックへ視線を向けた。
だが不快を示す眉間のしわは無く、嫌がる様子も無い。
調子に乗って子ども相手にするように頭を撫でてやると、シンタローは心地良さそうに目を細めた。
マジックの掌に軽く頭を押し付けて、無言で「もっと撫でろ」と要求する。
それは日向ぼっこをしていた猫が、不意に飼い主に撫でられて「もっとして」と甘えている時のような仕草だった。
「しッ、シンちゃん……ッ!!」
普段は絶対に見られないその姿に、マジックは思わずブッと鼻血をふいてしまう。
慌てて撫でる手を止めてハンカチを取り出し、鮮血をふき取っていると――シンタローがムッとした顔をしてこちらを見ている。
「あ、ゴメンねシンちゃん!もう大丈夫だよ、何とか鼻血止まったからね」
「……」
ニッコリと笑顔を向けるが、シンタローの機嫌は直りそうにない。
ケッ、とそっぽを向いてしまったので、マジックは慌ててシンタローの肩を抱き寄せた。
が、その拍子にシンタローの持っていたグラスが揺れてワインがマジックの手を濡らした。
「おっと……零してしまったね」
マジックはゴメンね、ともう一度謝り、シンタローの手から空になったグラスを取り上げテーブルの上に置く。
シンタローまで濡らしてしまってはマズイ、と肩に回していた腕を外し、何かふく物は……と周囲に目を向けた瞬間。
濡れた指先に、何か柔らかいものが触れた。
「――っ?」
「……」
「……シンタロー?」
マジックの腕を取り、その濡れた手に舌を這わせているシンタローがいた。
ゆっくりと指先から滴るワインを唇に受け取り、舌を伸ばして雫を舐め取る。
その度に微かな音が部屋に響き、視覚と聴覚を刺激する。そして清められている手から伝わる艶かしい感覚に、マジックは目をみはった。
鼓動が速くなり、指先が微かに震えた。
シンタローはほのかに頬を朱に染め、目を伏せてこくりと喉をならし、赤い雫を嚥下する。
最後に指先を含んでちゅっと軽く吸うと、シンタローは漸く口を離した。
「……甘い」
「シンタロー……」
シンタローは低くかすれた声で呟き、マジックの顔を見る。
マジックの熱を帯びた青い目を暫くじっと見つめ。
シンタローは不意に微笑んだ。
――――いつもだったら「シンちゃんが笑ってくれた!!」と大喜びするマジックだが……何故かイヤ~な予感がした。
その笑顔は、男が「大丈夫。優しくするよ。だから力抜いててね」と彼女に向かって語りかけている時の宥めるような表情だ。
しかも微妙にこちらへとにじり寄ってくるシンタローに、激烈に嫌な予感が加速した。
「しッ、シンちゃん?ちょっと待って!」
「あ~……?だいじょーぶ、だいじょーぶ。痛くしねーから」
「やっぱりそっち!?ていうか、酔ってるでしょシンちゃん!」
「酔ってねーよ」
いいや酔ってる!確信してマジックは頭を抱えた。
シンタローはそんなマジックを不思議そうに眺めていたが、まぁいっか、という結論に達したようだ。
甘えるようにマジックの肩へ額をすり付け、「なァ~、イイだろ?」と許可を求めている。まさしく猫撫で声。
それはまた鼻血をふきそうになるほど可愛らしい姿だったが、どうもマジックが思い描いていたような展開とは違う。
だが状況としては美味し過ぎる。利用しない手は無い。
どうやって自分主導に持っていこうかな~とマジックは考えを巡らしたが、なかなか答えが返ってこない事に焦れたのか、シンタローは強引にマジックを押し倒した。
「あ。こらこら、シンちゃん。ムリヤリはいけないよ」
「だってガマンできねーもん」
拗ねたような言い方に、マジックはグッと拳を握った。
萌え過ぎて血管が切れそうだ。
それなりに大きさのあるソファだが、長身のマジックとシンタローが横になるには少し狭い。
足がはみ出してしまったが、シンタローは特に気にしないようだ。
マジックの上に馬乗りになり、口の端を楽しそうに引き上げて長い髪をかき上げる仕草は、妙に色気が溢れている。
これは誰にも見せたくないな……とシンタローに見惚れてしまいながらマジックは思った。
「なに考えてンの?」
「……お前の事だよ、シンタロー」
「マジで?嬉しいな」
シンタローはまたニッと笑いかけ、マジックの額にキスを落とした。
その様子にマジックは少しだけ違和感を感じたが、シンタローの方からキスをしてくれるなんて何年ぶりだろう!と思うとついついどうでもよくなってしまった。
子どもの頃は「パパだいすき!」って言いながらいっぱいキスしてくれたのになぁ~と思いながらシンタローの背中に腕を回して更に身体を密着させ、こちらからも彼の頬にキスを返してやる。
「積極的だな」
シンタローはくすぐったそうにしながらそう笑った。
その言葉に「……おや?」とまた違和感を覚えたが、襟元を緩められて鎖骨の辺りにキスされると、そちらの方へ意識がいってしまう。
どうやらシンタローは噛み癖があるらしい、と新たな発見をして心が弾む。
心の中の「シンちゃん観察ノート」に新しく書き込んでおく。
頬をほんのり赤くして、一生懸命こちらをソノ気にさせようとする様子がマジックには堪らなく可愛く見えた。
だがマジックの胸元に服の上から手を這わせた時――シンタローはピタリと動きを止めた。
「………………」
「…………?どうしたの、シンちゃん」
マジックの問い掛けには答えず、シンタローは暫く動きを停止していたが。
再びさわさわと胸を探る。
厚い胸板がそこにあった。
シンタローは呆然とした様子で呟いた。
「胸が……ねぇ」
そのまま再度停止状態。
酔っているせいで上手く回らない頭を必死に回転させようとしているのが、見ているマジックにも分かる。
だが答えが出なかったのだろう、「んー……?」と唸って首を傾げている。
一方マジックはというと、先程までの違和感の正体に気付いて思わず苦笑した。
「パパを女の子と間違うなんて、ひどいんじゃないの?シンちゃん」
シンタローの後頭部に手を回して、ぐっと引き寄せる。
不意をつかれてバランスを崩し、倒れ掛かってきたシンタローをしっかりと抱き留め、唇を合わせた。
女と間違っていたからこそ、マジックに対して先程のような態度になっていたのだろう。
何ともマヌケな話で脱力してしまったが、イイ体験をさせてもらったといえば確かにそうだ。
シンタローの方から積極的に迫ってくる事なんて恐らくもう無いであろうし、普段とは違う顔が見られてマジックは得をした気分になった。
ついついキスにも力が入ってしまう。
「っ……ぅ、ン……」
シンタローは苦しそうに声を漏らした。
最初はまだ混乱が続いていたらしく、されるがままだったが、キスが深くなるにつれてそんな事はどうでもよくなったらしく、積極的に応えるようになった。
夢中になってキスを返してくるシンタローに、マジックは自分の熱も上昇してくるのを感じたが…………
息継ぎをする為に一旦唇を離すと、シンタローは乱れた呼吸を整えながらぼんやりとマジックを見つめ。
急にくたりと力を抜き、マジックの上で顔を伏せてしまった。
「……え、シンちゃん?」
まさか。まさかまさか。
まさかのまさか。
恐る恐る呼びかけてポンポンと背中を叩いてみたが、反応は無い。
耳元で、すーすーと安らかな寝息が聞こえてきた。
……ここまでやっておいて、酔いつぶれて寝てしまったらしい。
「ひどいなァ~シンちゃん。パパの事、ほったらかし?」
返事は無い。
マジックは天井を仰いで「はぁ~……」と深く溜息をついた。
……残念。
だが、怒りなんてちっともわいて来なくて。
「……まったく。幾つになっても手がかかる子だな、お前は」
シンタローの寝顔を見て、どこか嬉しそうに呟く。
くすくすと笑って、「おやすみ、私のシンタロー」と耳元で囁き、頬にちゅっとキスをしてやった。
翌朝。
昨夜の記憶が全く無いシンタローは、二日酔いでガンガンと痛む頭を抱えながら、自分の現状を見て真っ白になった。
いつの間にかパジャマに着替えていて(しかも自分はブルーのハート柄、マジックはピンクのハート柄、というどこからどう見てもおそろいの、趣味が悪いパジャマ)、何故かマジックと同じベッドで抱き合って眠っていて、その上マジックに腕枕なんかされちゃってた自分。
一瞬で恐慌状態に陥った。
(待て待て待て。コレってどういう状況だよ!?ああぁ、昨日の記憶が全くねぇマジかよありえねー何で俺ってばそんな無防備な事を!?つーか親父も何でわざわざ一緒に寝たり……ハッ、しかもコイツ首元ンとこにキスマーク付けてやがる!誰が付けたんだコレってもしかして俺だったりすンのかああマジかよちっくしょう奈落だ)
ぐるぐる頭の中で「サイアクの事態」が回る。
(どうしよ俺どーする俺!?これで腰まで痛かったりしたら……って何だよ腰って!?ンなとこ痛くてたまっか!!ああもうッ助けてくれよパプワぁ~~ッ!!!!)
遥か遠く、大切な友達の名まで叫んで。本格的にどうしようも無くなったのでとりあえず幸せそうなマジックの寝顔に向かって掌をかざし、
「証拠隠滅&変態撲滅!!全力眼魔砲ッッッ!!!」
ありったけの力を込めて眼魔砲を叩き込んだ。
今回ばかりは、パパが可哀想だったかもしれない。
~END~
PAPUWA~IFシリーズ①彼がキス魔だったら・マジック&シンタローver~
【Caution!】
この話は御法度要素が含まれております。
そういうのが苦手な方や、「こンの御法度野郎があぁぁぁぁッッ!!!」とUMA子化してしまうという方は全力回避の方向でお願い致します。
「バッチ来ーい」な方はそのまま画面をスクロールしてお読み下さい。
窓際に立ち、夜景を眼下に見下ろしてグラスを傾けているシンタローを、マジックはソファでくつろぎながら飽きもせずに眺めていた。
こうして二人で酒を飲み交わすのは、随分久しぶりだ。
先程まではこのマジックの部屋にキンタローとグンマの二人もいて、四人で和やかな時を過ごしていたのだが……途中でグンマが酔いつぶれてしまい、キンタローもうとうとと船をこぎ始めたので、一度解散となった。
しかしまだ飲み足りなさそうな顔をしていたシンタローに気付き、マジックは「シンちゃんはもう少しココでパパと一緒にいようね」と誘いをかけた。
嫌そうに顔をしかめたシンタローだったがマジックが秘蔵のワインを取り出して見せると、渋々という態度を装いながらも部屋に残ってくれた。
それから特に会話を交わすでもなく(マジックは頻繁に話しかけたが、シンタローは「ああ」か「いや」しか答えなかった。もしくはシカト)、ただ静かに杯を重ね続ける。
そんな時間も悪くない、どころか最高に幸せだったが、マジックとしてはもっとシンタローの体温を近くで感じたい。
「シンちゃん、そんなところに立っていては寒いだろう?パパの隣においで」
「……」
呼びかけると、暫し間が空いてからシンタローがこちらへと歩み寄ってきた。
その素直な様子に少し驚かされて、マジックは軽く目をみはる。
珍しいな、と思うが、嬉しくて口元が緩んだ。
「どうしたの、今夜はやけに素直だね」
「……」
「さ、おいでシンタロー」
シンタローはまだ酒の入ったグラスを手に持ったまま、マジックの隣に腰を下ろした。
赤ワインの甘い香りがほのかに漂う。
今日はいつもと雰囲気が違う、もしかしたら少しくらいは触ったりしても怒られないかな?と僅かな期待とイタズラ心がわき起こり、マジックはシンタローの髪に手を伸ばした。
普段は少しでも触ると眉間にしわを寄せて容赦なく眼魔砲を撃つシンタローだが、頭を撫でられるのも髪を梳かれるのも、本当は嫌いではないのだとマジックは知っている。
これでもかと言わんばかりに、与えられる当人がうんざりするほどの愛情を与えまくって育てたのだ、何だかんだ言ってもシンタローは甘えん坊なところがあるし、甘え上手でもある。
スキンシップ過多な父親の下で育てられた分、シンタロー本人も実はそうしたコミュニケーションの取り方を好む傾向がある。
本人は自覚していないのだろうが、彼がコタローへ向ける行き過ぎた愛情表現や過保護なところは、実はマジックの影響が大きい。
艶やかな髪に指を絡ませ、緩く梳いてやるとシンタローはちらりとマジックへ視線を向けた。
だが不快を示す眉間のしわは無く、嫌がる様子も無い。
調子に乗って子ども相手にするように頭を撫でてやると、シンタローは心地良さそうに目を細めた。
マジックの掌に軽く頭を押し付けて、無言で「もっと撫でろ」と要求する。
それは日向ぼっこをしていた猫が、不意に飼い主に撫でられて「もっとして」と甘えている時のような仕草だった。
「しッ、シンちゃん……ッ!!」
普段は絶対に見られないその姿に、マジックは思わずブッと鼻血をふいてしまう。
慌てて撫でる手を止めてハンカチを取り出し、鮮血をふき取っていると――シンタローがムッとした顔をしてこちらを見ている。
「あ、ゴメンねシンちゃん!もう大丈夫だよ、何とか鼻血止まったからね」
「……」
ニッコリと笑顔を向けるが、シンタローの機嫌は直りそうにない。
ケッ、とそっぽを向いてしまったので、マジックは慌ててシンタローの肩を抱き寄せた。
が、その拍子にシンタローの持っていたグラスが揺れてワインがマジックの手を濡らした。
「おっと……零してしまったね」
マジックはゴメンね、ともう一度謝り、シンタローの手から空になったグラスを取り上げテーブルの上に置く。
シンタローまで濡らしてしまってはマズイ、と肩に回していた腕を外し、何かふく物は……と周囲に目を向けた瞬間。
濡れた指先に、何か柔らかいものが触れた。
「――っ?」
「……」
「……シンタロー?」
マジックの腕を取り、その濡れた手に舌を這わせているシンタローがいた。
ゆっくりと指先から滴るワインを唇に受け取り、舌を伸ばして雫を舐め取る。
その度に微かな音が部屋に響き、視覚と聴覚を刺激する。そして清められている手から伝わる艶かしい感覚に、マジックは目をみはった。
鼓動が速くなり、指先が微かに震えた。
シンタローはほのかに頬を朱に染め、目を伏せてこくりと喉をならし、赤い雫を嚥下する。
最後に指先を含んでちゅっと軽く吸うと、シンタローは漸く口を離した。
「……甘い」
「シンタロー……」
シンタローは低くかすれた声で呟き、マジックの顔を見る。
マジックの熱を帯びた青い目を暫くじっと見つめ。
シンタローは不意に微笑んだ。
――――いつもだったら「シンちゃんが笑ってくれた!!」と大喜びするマジックだが……何故かイヤ~な予感がした。
その笑顔は、男が「大丈夫。優しくするよ。だから力抜いててね」と彼女に向かって語りかけている時の宥めるような表情だ。
しかも微妙にこちらへとにじり寄ってくるシンタローに、激烈に嫌な予感が加速した。
「しッ、シンちゃん?ちょっと待って!」
「あ~……?だいじょーぶ、だいじょーぶ。痛くしねーから」
「やっぱりそっち!?ていうか、酔ってるでしょシンちゃん!」
「酔ってねーよ」
いいや酔ってる!確信してマジックは頭を抱えた。
シンタローはそんなマジックを不思議そうに眺めていたが、まぁいっか、という結論に達したようだ。
甘えるようにマジックの肩へ額をすり付け、「なァ~、イイだろ?」と許可を求めている。まさしく猫撫で声。
それはまた鼻血をふきそうになるほど可愛らしい姿だったが、どうもマジックが思い描いていたような展開とは違う。
だが状況としては美味し過ぎる。利用しない手は無い。
どうやって自分主導に持っていこうかな~とマジックは考えを巡らしたが、なかなか答えが返ってこない事に焦れたのか、シンタローは強引にマジックを押し倒した。
「あ。こらこら、シンちゃん。ムリヤリはいけないよ」
「だってガマンできねーもん」
拗ねたような言い方に、マジックはグッと拳を握った。
萌え過ぎて血管が切れそうだ。
それなりに大きさのあるソファだが、長身のマジックとシンタローが横になるには少し狭い。
足がはみ出してしまったが、シンタローは特に気にしないようだ。
マジックの上に馬乗りになり、口の端を楽しそうに引き上げて長い髪をかき上げる仕草は、妙に色気が溢れている。
これは誰にも見せたくないな……とシンタローに見惚れてしまいながらマジックは思った。
「なに考えてンの?」
「……お前の事だよ、シンタロー」
「マジで?嬉しいな」
シンタローはまたニッと笑いかけ、マジックの額にキスを落とした。
その様子にマジックは少しだけ違和感を感じたが、シンタローの方からキスをしてくれるなんて何年ぶりだろう!と思うとついついどうでもよくなってしまった。
子どもの頃は「パパだいすき!」って言いながらいっぱいキスしてくれたのになぁ~と思いながらシンタローの背中に腕を回して更に身体を密着させ、こちらからも彼の頬にキスを返してやる。
「積極的だな」
シンタローはくすぐったそうにしながらそう笑った。
その言葉に「……おや?」とまた違和感を覚えたが、襟元を緩められて鎖骨の辺りにキスされると、そちらの方へ意識がいってしまう。
どうやらシンタローは噛み癖があるらしい、と新たな発見をして心が弾む。
心の中の「シンちゃん観察ノート」に新しく書き込んでおく。
頬をほんのり赤くして、一生懸命こちらをソノ気にさせようとする様子がマジックには堪らなく可愛く見えた。
だがマジックの胸元に服の上から手を這わせた時――シンタローはピタリと動きを止めた。
「………………」
「…………?どうしたの、シンちゃん」
マジックの問い掛けには答えず、シンタローは暫く動きを停止していたが。
再びさわさわと胸を探る。
厚い胸板がそこにあった。
シンタローは呆然とした様子で呟いた。
「胸が……ねぇ」
そのまま再度停止状態。
酔っているせいで上手く回らない頭を必死に回転させようとしているのが、見ているマジックにも分かる。
だが答えが出なかったのだろう、「んー……?」と唸って首を傾げている。
一方マジックはというと、先程までの違和感の正体に気付いて思わず苦笑した。
「パパを女の子と間違うなんて、ひどいんじゃないの?シンちゃん」
シンタローの後頭部に手を回して、ぐっと引き寄せる。
不意をつかれてバランスを崩し、倒れ掛かってきたシンタローをしっかりと抱き留め、唇を合わせた。
女と間違っていたからこそ、マジックに対して先程のような態度になっていたのだろう。
何ともマヌケな話で脱力してしまったが、イイ体験をさせてもらったといえば確かにそうだ。
シンタローの方から積極的に迫ってくる事なんて恐らくもう無いであろうし、普段とは違う顔が見られてマジックは得をした気分になった。
ついついキスにも力が入ってしまう。
「っ……ぅ、ン……」
シンタローは苦しそうに声を漏らした。
最初はまだ混乱が続いていたらしく、されるがままだったが、キスが深くなるにつれてそんな事はどうでもよくなったらしく、積極的に応えるようになった。
夢中になってキスを返してくるシンタローに、マジックは自分の熱も上昇してくるのを感じたが…………
息継ぎをする為に一旦唇を離すと、シンタローは乱れた呼吸を整えながらぼんやりとマジックを見つめ。
急にくたりと力を抜き、マジックの上で顔を伏せてしまった。
「……え、シンちゃん?」
まさか。まさかまさか。
まさかのまさか。
恐る恐る呼びかけてポンポンと背中を叩いてみたが、反応は無い。
耳元で、すーすーと安らかな寝息が聞こえてきた。
……ここまでやっておいて、酔いつぶれて寝てしまったらしい。
「ひどいなァ~シンちゃん。パパの事、ほったらかし?」
返事は無い。
マジックは天井を仰いで「はぁ~……」と深く溜息をついた。
……残念。
だが、怒りなんてちっともわいて来なくて。
「……まったく。幾つになっても手がかかる子だな、お前は」
シンタローの寝顔を見て、どこか嬉しそうに呟く。
くすくすと笑って、「おやすみ、私のシンタロー」と耳元で囁き、頬にちゅっとキスをしてやった。
翌朝。
昨夜の記憶が全く無いシンタローは、二日酔いでガンガンと痛む頭を抱えながら、自分の現状を見て真っ白になった。
いつの間にかパジャマに着替えていて(しかも自分はブルーのハート柄、マジックはピンクのハート柄、というどこからどう見てもおそろいの、趣味が悪いパジャマ)、何故かマジックと同じベッドで抱き合って眠っていて、その上マジックに腕枕なんかされちゃってた自分。
一瞬で恐慌状態に陥った。
(待て待て待て。コレってどういう状況だよ!?ああぁ、昨日の記憶が全くねぇマジかよありえねー何で俺ってばそんな無防備な事を!?つーか親父も何でわざわざ一緒に寝たり……ハッ、しかもコイツ首元ンとこにキスマーク付けてやがる!誰が付けたんだコレってもしかして俺だったりすンのかああマジかよちっくしょう奈落だ)
ぐるぐる頭の中で「サイアクの事態」が回る。
(どうしよ俺どーする俺!?これで腰まで痛かったりしたら……って何だよ腰って!?ンなとこ痛くてたまっか!!ああもうッ助けてくれよパプワぁ~~ッ!!!!)
遥か遠く、大切な友達の名まで叫んで。本格的にどうしようも無くなったのでとりあえず幸せそうなマジックの寝顔に向かって掌をかざし、
「証拠隠滅&変態撲滅!!全力眼魔砲ッッッ!!!」
ありったけの力を込めて眼魔砲を叩き込んだ。
今回ばかりは、パパが可哀想だったかもしれない。
~END~
* n o v e l *
PAPUWA~Speed Master~
愛しているよ
愛しているよ
愛しているよ
お前が望むのなら どんな不可能でも可能にしてみせよう
お前が微笑むのなら どんな道化でも演じ続けてあげよう
愛しているよ
愛しているよ
愛しているよ
だからお前は 永遠に私の手の中で
「――――」
青く輝く眼が、鈍く痛んだ。
束の間視界を暗く閉ざして、目蓋の裏に映る残影を追い求める。
ちらちらと瞬いては、揶揄するように消え失せる一瞬の輝き。
忌々しくなって、私は短く息を吐き出した。
眼を開けば大地が大きく口を開けている。
ぶすぶすとあちこちで煙が上がり、鼻をつく異臭がした。
「……秘石が無いだけで、こうもコントロールが狂うとはな」
ここまで派手にやる気はなかったのだが。
眼魔砲で削られ、大きなクレーターが出来た地面を見下ろし私はやれやれと嘆息した。
爆心地にあったものは人間であろうと物であろうと、塵一つ残さず綺麗に消滅している。
そこから遠ざかった場所には、累々と横たわる兵士の亡骸があった。
敵を殲滅する事が今回の目的だ。
だがこうも一瞬で片をつけるつもりは無かったし、こんな乱暴な手段を取る気も無かった。
紳士的じゃないだろう?
「これじゃ、軽い運動にもならないねぇ。折角この私が遊んであげようと思ったのに」
敵の不甲斐無さに失笑し、わざわざ私を出向かせた部下の無能ぶりを皮肉った。
後ろで恐怖に身を竦める部下達の気配を感じながら、私は前髪をかき上げる。
――眼が、じくじくと痛んだ。
ともすれば暴走しようとする力を無理矢理に抑え込むと、私の内深くで何かが不満げに唸り声を上げた。
私はこの身深くに、一匹の獣を飼っている。
誰もが獣を飼っているものだが(逆に獣に飼われている輩もいるが)私の獣は特に業が深い。
破壊しつくせと、いつも私に囁きかけてくる。
壊せ壊せ壊してしまえと、私の中で叫んでいる……いつも何かに飢えている、厄介な獣。
私の愛する者は、その獣を可哀想だと言った。
「いつか食い殺されるのは、アンタだぜ」と。
それも悪くないね。
だけど私が壊して。食らって。全てめちゃくちゃにしてやりたいと望んでいるのは、お前だから。
愛して。慈しんで。何よりも大切にしてやりたい――だがそれと同じだけ、欲望は募る。
生まれてくるはずのない髪と眼の色を持った子ども。
私はお前を、愛している。
お前と、私自身の野望の為なら。私は何だってするよ。
「――――だから、早く……」
早く。
帰っておいで、私のもとへ。
お前を幸せにしてやれるのは、私だけだ。
私の獣を殺せるのは、お前だけだ。
私が欲しいのは――。
「――――」
目の前の光景に興味を失って、私は踵を返した。
誰が死のうと誰が生きようと、それがどうしたんだ?大した事ではない。
世界の人口は多すぎるのだから、意味の無い人間は死んだ方がいい。
その方が世界も綺麗になる、そう思わないかい?
愛しいあの子が生きていく世界は、少しでも美しくあってほしい。
血にまみれ、罪に穢れたこの身で思う事は、お前の事。
綺麗な事だけ見せてあげる。
綺麗なものにだけ触れさせて。
ずっとずっと、せめてお前だけは綺麗でいてほしい。
綺麗な笑顔で、私の傍にいてほしい。
誰よりも穢れた、私の傍に。
「総帥。敵は完全に沈黙、敵兵の生存者はゼロと確認致しました」
「そうか。では全団員を召集、これより撤収作業に取り掛かれ」
「はッ」
敬礼して駆けていく部下を見送り、私は飛行艇へと歩を進める。
眼魔砲で一瞬の内に消し飛ばしたから、きっと血の匂いは付いていないはずだ。
だが、鮮やかな真紅の総帥服が自分は人殺しなのだと、否が応でも突きつけてくる。
今更それくらいの事で揺らいだりはしないが(だって自分とあの子の為なら何を犠牲にしても惜しくない)それでもふと、何か大切なものをどこかに置き去りにしてしまったような……言いようの無い不安と恐怖に駆られる事がある。
「……シンタロー……」
お前がここにいれば、何かが違うのだろうか?
お前なら、私に足りない何かを持っているのだろうか。
答えを探して空を仰いでも。
汚れた世界が見えるだけだった。
愛しているよ
愛しているよ
愛しているよ
お前を守る為ならば 私は何も惜しくはない
お前が傍にいてくれるなら 私は全てを捧げよう
愛しているよ
愛しているよ
愛しているよ
私の世界で綺麗なのは ただ一つお前だけ
どうか 永遠に此処にいて
――それが叶わぬ願いだと 知っていても
私はお前を 愛している
~END~
PAPUWA~Speed Master~
愛しているよ
愛しているよ
愛しているよ
お前が望むのなら どんな不可能でも可能にしてみせよう
お前が微笑むのなら どんな道化でも演じ続けてあげよう
愛しているよ
愛しているよ
愛しているよ
だからお前は 永遠に私の手の中で
「――――」
青く輝く眼が、鈍く痛んだ。
束の間視界を暗く閉ざして、目蓋の裏に映る残影を追い求める。
ちらちらと瞬いては、揶揄するように消え失せる一瞬の輝き。
忌々しくなって、私は短く息を吐き出した。
眼を開けば大地が大きく口を開けている。
ぶすぶすとあちこちで煙が上がり、鼻をつく異臭がした。
「……秘石が無いだけで、こうもコントロールが狂うとはな」
ここまで派手にやる気はなかったのだが。
眼魔砲で削られ、大きなクレーターが出来た地面を見下ろし私はやれやれと嘆息した。
爆心地にあったものは人間であろうと物であろうと、塵一つ残さず綺麗に消滅している。
そこから遠ざかった場所には、累々と横たわる兵士の亡骸があった。
敵を殲滅する事が今回の目的だ。
だがこうも一瞬で片をつけるつもりは無かったし、こんな乱暴な手段を取る気も無かった。
紳士的じゃないだろう?
「これじゃ、軽い運動にもならないねぇ。折角この私が遊んであげようと思ったのに」
敵の不甲斐無さに失笑し、わざわざ私を出向かせた部下の無能ぶりを皮肉った。
後ろで恐怖に身を竦める部下達の気配を感じながら、私は前髪をかき上げる。
――眼が、じくじくと痛んだ。
ともすれば暴走しようとする力を無理矢理に抑え込むと、私の内深くで何かが不満げに唸り声を上げた。
私はこの身深くに、一匹の獣を飼っている。
誰もが獣を飼っているものだが(逆に獣に飼われている輩もいるが)私の獣は特に業が深い。
破壊しつくせと、いつも私に囁きかけてくる。
壊せ壊せ壊してしまえと、私の中で叫んでいる……いつも何かに飢えている、厄介な獣。
私の愛する者は、その獣を可哀想だと言った。
「いつか食い殺されるのは、アンタだぜ」と。
それも悪くないね。
だけど私が壊して。食らって。全てめちゃくちゃにしてやりたいと望んでいるのは、お前だから。
愛して。慈しんで。何よりも大切にしてやりたい――だがそれと同じだけ、欲望は募る。
生まれてくるはずのない髪と眼の色を持った子ども。
私はお前を、愛している。
お前と、私自身の野望の為なら。私は何だってするよ。
「――――だから、早く……」
早く。
帰っておいで、私のもとへ。
お前を幸せにしてやれるのは、私だけだ。
私の獣を殺せるのは、お前だけだ。
私が欲しいのは――。
「――――」
目の前の光景に興味を失って、私は踵を返した。
誰が死のうと誰が生きようと、それがどうしたんだ?大した事ではない。
世界の人口は多すぎるのだから、意味の無い人間は死んだ方がいい。
その方が世界も綺麗になる、そう思わないかい?
愛しいあの子が生きていく世界は、少しでも美しくあってほしい。
血にまみれ、罪に穢れたこの身で思う事は、お前の事。
綺麗な事だけ見せてあげる。
綺麗なものにだけ触れさせて。
ずっとずっと、せめてお前だけは綺麗でいてほしい。
綺麗な笑顔で、私の傍にいてほしい。
誰よりも穢れた、私の傍に。
「総帥。敵は完全に沈黙、敵兵の生存者はゼロと確認致しました」
「そうか。では全団員を召集、これより撤収作業に取り掛かれ」
「はッ」
敬礼して駆けていく部下を見送り、私は飛行艇へと歩を進める。
眼魔砲で一瞬の内に消し飛ばしたから、きっと血の匂いは付いていないはずだ。
だが、鮮やかな真紅の総帥服が自分は人殺しなのだと、否が応でも突きつけてくる。
今更それくらいの事で揺らいだりはしないが(だって自分とあの子の為なら何を犠牲にしても惜しくない)それでもふと、何か大切なものをどこかに置き去りにしてしまったような……言いようの無い不安と恐怖に駆られる事がある。
「……シンタロー……」
お前がここにいれば、何かが違うのだろうか?
お前なら、私に足りない何かを持っているのだろうか。
答えを探して空を仰いでも。
汚れた世界が見えるだけだった。
愛しているよ
愛しているよ
愛しているよ
お前を守る為ならば 私は何も惜しくはない
お前が傍にいてくれるなら 私は全てを捧げよう
愛しているよ
愛しているよ
愛しているよ
私の世界で綺麗なのは ただ一つお前だけ
どうか 永遠に此処にいて
――それが叶わぬ願いだと 知っていても
私はお前を 愛している
~END~