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 漆黒の帳に隠されたもの。それを見れる特権は限られた者だけ――それが、喜ばしいことかどうかは置いておき、シンタローは、久しぶりに露になったそれを、しみじみと眺めた。
「やっぱ、両目を晒すと違和感ありまくりだな」
「へえ」
 自分の顔にいちゃもんをつけられたというのに、気のない返事が帰ってくる。それも仕方ないだろう。毎回、自分の両目を眺めるたびに言われているのだ。
 書類を持って、総帥室へ入ると、珍しく秘書官達の姿はなかった。そのせいか、退屈しのぎとばかりに、普段は前髪で隠れている右目を露わにされてしまった。
 たまにやられることがある。もちろん、誰もいないことが大前提だ。それゆえにアラシヤマの方も抵抗しなかった。
 両の目に愛する人の姿が映るが、どことなくぶれて見えてしまう。普段は使わない右目もその姿を映そうとしているせいだ。
 だから嫌なのだ、この右目でものを見る行為が。
(ほんま、使えへんわ)
 折角愛しい人を間近で拝めるチャンスだというのに、この目は正しく像を結んではくれない。
 それに苛立っていると、ふっと左方面から影が生まれた。
「ッ!」
 行き成り左目が、シンタローの手に塞がれる。わずかながらも狼狽してしまったことに羞恥を覚えつつ、アラシヤマは、ぼやけた視界で、シンタローを見上げた。
「何しますのん?」
「いや、こうするとほとんど見えねぇのかなぁと思ってな」
「ほんまにほとんど見えまへんで? けど、そないなことあんさんには分かりまへんやろ」
 右目の視力は、ほとんどなかった。それは昔の自分の愚かな行動の罰である。生み出した炎の強い光で、右目だけが焼かれてしまったのだ。それから、ほとんど右目はものをよく映さなくなり、強い光にもダメになった。だからこそ、普段は前髪で覆っているのだ。
「ん~。確かにそうだよなぁ」
「ッ!?」
 シンタローの顔が近づき、吐息が触れるほどの距離になる。
 しかし、それもわずかの間だけだった。すぐに、その顔は去っていく。
「わかるぜ。見えてねぇのはよ」
 そう言うと、可笑しそうにくすくすと身体を揺すって笑いだす。左目を覆っていた右手も、するりと自分からはずれた。
「見えてる状態のお前だったら、この状況で何もしないわけがないだろ?」
 そう断言されて、アラシヤマは、思わずはあ、と溜息をついた。
 確かにそうかもしれない。あの美味しい状況ならば、自分も唇を近づけただろう。だが、先ほどは出来なかった。像が上手く結ばれないから、シンタローとの距離も唇の位置もきちんと把握できなかったのだ。
 それでも、外さないという気持ちもあったが、それで万が一外してしまった時が怖かった。
 まだ可笑しそうに笑うシンタローがすぐ傍にいる。アラシヤマは、乱れていた前髪を直した。再び、右目に漆黒の壁が作られる。
 これで元通り。
「ほなら、今はされて当然ということどすな」
「ッ!?」
 しっかりと愛しい人の距離と位置を掴んだアラシヤマは、遠慮なくシンタローに口付けた。
「てめッ!」
「ほな、ごちそうはん♪」
 当然のごとく、眼魔砲を打つ動作を始めた可愛い人に、アラシヤマはそう言うと、さっさと退出した。長居は無用。というよりも、素早く退出しなければ命の危険である。
 その直後に、ドアが爆発音とともに盛り上がったのが見えたが、もちろん、その原因は言わずもがなである。けれど、先に悪戯をしかけたのは、あちらの方なのだから、こちらは謝る言われはない。
「けど…あんさんだけでっせ」
 自分の右目は、認めたくない自分の中の弱み。けれど、それをさらけ出しても怒らないのは、シンタロー限定である。
 気付いているのだろうか――気付いているに違いない。だからこそ誰もいない場所で、自分の右目を眺めるのだ。その特権に愉悦を覚えるために。
「ほんま、可愛いお人どすなぁ」
 漆黒の髪の上から役に立たない右目を撫でる。だがそれを見れのが、これのおかげだとすれば十分存在価値があった

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「ハーレム♪」
 そんな弾んだ声が、すぐ耳元で聞こえた。
 聞きなれた声。 
 いつもよりも少し高めだったが、それでもそれが誰の声だが聞き間違うことはない。
 その声と同時に、するりと手が肩から滑り落ちてきた。腕が軽く首に絡まる。
 見慣れた赤が目についた。
 そうして、背後にいるその人物は、こちらの背中に体重を全て預けるように、寄りかかってきた。
 重たいというほどでもない。
 密着した身体から熱が伝わるのがわかる。室内は丁度過ごし易いように空調完備されているため、そうされると少し暑さを感じる。
 それでも、それを振り払う気はなかった。
 さらりと頬に、自分の髪以外のものが撫でていった。
 黒い糸の束。
 艶やかな漆黒のそれは、自分の金色の髪に絡まるように頬をかすめ落ちていく。
 少し視線をさげれば、ゆらゆらと黒髪が波打つのが見えた。
「なあ、チューしよv」
 先ほどよりもさらに近く、吐息とともにその言葉が押し込められる。
 鼻にかかる甘えた声。
 そこでようやくハーレムは、動いた。
 右手を持ち上げ、その手のひらを広げる。
 そして、それを肩より上に向けた。

「眼魔砲っ」

 同時にそこに収束した青白い光は、あっという間に手から離れ、ハーレムの肩上を掠めていった。
 後方に爆発音。
「危ねぇだろ、ハーレム!」
 その声にハーレムは振り返った。
 視線の先にいた人物に、眉間のシワがよる。
 やはりというべきか、それは生きてそこにいた。
 真っ赤な総帥服に身を包んだ長髪の男。
 だが、ハーレムは、その存在を一瞥すると、嫌悪した。
「行き成りなにしやがるっ! 俺のことが嫌いなのか」
 抗議の声をあげるその男に、ハーレムは、もう一度、手のひらをそちらへ向けた。
 今度こそはずさない、と狙いを定める。
「嫌いじゃねぇよ。その存在が許せねぇだけだ―――――ジャン」
 押し殺すように呟かれた言葉は、相手の耳にも届いたようで、性懲りも無くこちらに近づいてきていた足が止まった。
 きょとんとした顔。それが、あちゃーと言葉を漏らし、その頭に手を置いた。ずるりと髪が動く。その下から、同じ漆黒の、けれど明らかに短い髪が出てきた。 
「なぁんだ、バレてたわけね。でも、おっかしいな。なんでバレるわけ?」
 謎だね。と、呟く相手に、こちらは悠長に疑問に答えてやるほど、親切な解説者ではない。
「それは、あの世でたっぷり考えな」 
 もう一度その手に力を込める。だが、相手の方がすばやかった。
 逃げ足だけは、相変わらず天下一品である。
「んじゃね!」
 そんな明るい声とともに、こちらに向かってかつらが投げつけられた。
 目隠しだ。
「ざけんなっ」
 飛んできたそれをハーレムは、即行で腕を使って払い落とし、まだ狙いをつけていた右手を背中を向けて逃げ出すそれに向かって放った。
「眼魔砲っっっ!!!」 
 もうもうと立ち込める煙。
 視界が一気に悪くなり、見通しが全然きかない。
 しかし、ハーレムには分かっていた。
「チッ。仕留めそこねたか」 
 手ごたえのなさに、心底残念な気持ちが湧き上がる。
 折角のチャンスだったのだが。惜しいことをした。
 こういうことは、めったに無い。
 わざわざ殺しに行く気はないのが、そちらから出向いてくれるならついでだから殺す程度の感情である。眼の前にうろつかれなければ、全然問題はないのだが、しとめそこなうのはやはり悔しい。
「しっかし、なにしにきたんだか」
 それが謎。
 あちらだって、姿をみせれば、自分がどんな行動をとるかなど、知っているはずである。
 それでもわざわざあんな格好をして―――シンタローの変装までしてやってきたのはなぜだろうか。
 たぶん単なるからかいかもしれないが―――昔からくだらないことをよくする男であったし―――もしかしたら…というか、それが一番可能性が高いのだが―――頼まれたのかもしれない。こちらが何度本心を紡いでも、不安げな顔を時折見せる、臆病な恋人に。
 真実は、たぶんもうすぐここへ訪れるだろう、その恋人に尋ねればいい。
 そうしたら、こちらも言ってやれる。
「なんでバレるかだって? 愚問だろうが」
 愛だよ、愛。
 ただ、それだけだ。




 ―――――自分が誰を愛しているのかなんて分からない奴なんているのか?






「役立たず」
 冷ややかな眼差しで、それを数秒じっと眺め。相変わらず、沈黙を保ったままのそれを、シンタローは、勢い良く放り投げた。
 ボスッ。
 滞空時間は、ほんの5秒程度。それでも天井すれすれを飛行したそれは、柔らかなベッドの上に着地した。別に、狙ったわけではなかったけれど、背後で、その音を耳にしたとたん、ほっとしてしまった自分に、シンタローは素直にムカついた。
 壊れちまえ! と思って放り投げたはずなのに、未だにそれに未練を持っていることを気付かせてくれたせいだ。
 役立たずのくせに―――ちっとも鳴らないくせに………声を聞きたい人からの言葉を伝えてくれないくせに…。
「鳴らない携帯なんて、意味ねぇだろ」
 ぽとりと零れた言葉は、自分が思った以上に、拗ねたような、泣き出す寸前の子供のような響きだった。
 あの携帯を手にしたのは、もう半年も前のこと。すでに自分の携帯電話は持っていたが、それとは別に手渡された携帯電話。
 相手も同じ物を握っていて、それを意味することがわからずに、自分に手渡されたそれを弄繰り回していれば、「壊すなよ」と釘を刺された。その後に、告げられたのは、「そいつが、俺を繋ぐ唯一の奴だからな」という言葉。
 それで、ぴたりと動作を止めて、そろりと相手に目線だけ向ければ、ご機嫌な笑みを浮かべる相手が、そこにいた。
「そいつにしか、俺は電話しねぇし、メールもしねぇ。だから、大事に持っとけよ」
「……なんで?」
 至極当然の返しである。
「俺が、その存在を嫌ってるから」
「はあ?」
「うざってぇだろうが、携帯電話なんて。しかも、コイツと来れば、持っていれば、四六時中どこにいてもかかってくると来てやがる。んな面倒臭いもんを、俺が持てるわけねぇだろ」
「まあな」
 縛られることが大嫌いな相手にとっては、確かに鬱陶しいという以外ない代物だろう。
 しかし、未だに、それとこれとの繋がりがもてない。
「んで、これの意味は?」
「わかんねぇのかよ」
 こちらの察しの悪さに、機嫌が下降気味になるのがわかる。しかし、自分にこれを与えた意味がさっぱりわからない。むしろ、このおっさんから、物をもらうなど初めてで、何か裏があるのではないか、手元にあるこれは、実は携帯電話以上の妙な機能がついているのではないだろうかと、勘繰ってしまいたくなる。
 じっと相手を見つめ、説明を促せば、先ほどのご機嫌な顔はなりを潜め、むすっとした獅子舞面で、告げてくれた。
「俺は、誰にも、こいつで見張られたくもないし、縛られたくもねぇ。けどな、こいつがあれば―――お前と話したい時に話せるだろうが」
「なるほど……って、それだけのためにか!?」
 ビックリ仰天の事実である。普通なら、確かにそう思うが、まさか、このおっさんがこんなことを思うとは思わなかったのだ。
「それだけのためにだ。悪いか?」
 開き直りというものだろうか、ふんぞり返って言い放つ相手を、茫然と見つめてしまう。
「悪いって―――」
 基本料金とか、どうなってるんだろうか、と金銭的な問題に思考がいってしまうのを慌ててストップさせて、もっと大事なことにシンタローは、思考を向けた。だが、向けたとたんに、カッと頬が赤くなる。
(……何考えてんだよ)
 もちろん、ハーレムの考えは、先ほど自分の口から言ってくれた。だが、それははっきり言って、羞恥心を沸き起こすものでしかない。
「そいつは、俺専用だ。間違っても、他の奴にはかけるなよ?」
「あ、ああ」
「んじゃ、俺はもう行くぜ。じゃあな!」 
 まだ、事態を上手く把握しきれないこちらに向かって、言いたいことだけ言うと、携帯電話ひとつだけ残して、遠征に出かけていった相手。
 その後交わしたメール・電話は、片手に余るほど。もちろん、これを持ってなかった頃の、連絡ゼロ状態に比べれば、ましなのかもしれないけれど。
「あーーーーーもうッ!」
 そんなにイライラするならば、自分から電話をかけるなり、メールを送るなりすればいいと思う。思うのだが、いざ、それを手に取ると硬直してしまった。なんと書いていいかわからない。なにを話せばいいかわからない。「元気か?」「何してる?」。そんな他愛無い言葉から、発展させればいいのだろうけれど、それはもう、すでに使った手で、何度も使用するのも、なんとなく躊躇われた。
 気にすることはないといえば、それまでだが、気にしてしまうのだから、仕方がない。
 一体、今、どこにいるのだろうか。
 そろそろ予定の帰還日である。状況は、逐一報告書が届いているのだけれど、ここまで回ってくるのは、週に一度。計画通り、何事もなく順調であれば、まとめて報告される。それは、効率の上からみえれば、シンタローにも助かることだが―――いちいち細かな報告書を見ている暇は、シンタローにはない―――まとめられる報告書の中で、彼の無事を確認するたびに、安堵する自分に、溜息が零れる。
 こんな無機質な報告で、なぜ、自分は満足しているのだろう、と。
 もっと確実に、何よりも本人に直接、状況を確かめられる方法があるにもかかわらず、自分はそれをしようとしないのだ。
 意地を張っているわけではない。そうではなくて、ただひたすら―――怖いのだ。
 縛られるのが嫌いだと、豪語する相手に、頻繁に電話をかけるという行為は、相手を束縛してしまう気がして……怖くて電話をかけれなかった。
「なんのための携帯電話だよ……」
 八つ当たりのように、鳴らない携帯を睨みつける。その時だった。
 ピロリロリン♪
 軽快な電子音。
「えッ!?」
 驚いてベッドの方へ視線を走らせれば、先ほどまで、沈黙していた携帯電話が、受信を報せてくる。しかし、シンタローは、それに手を伸ばせなかった。
 そして、唐突の沈黙。それで、ようやくシンタローは、恐る恐るといった様子で、それに手を伸ばした。
「ハーレム……」
 もちろん、相手は彼しかおらず、留守電に伝言が入っていた。もどかしげに指を動かし、伝言を聞く操作をする。
『――元気か? 俺の方は元気でやってる。……お前に会いたい』
 久しぶりの言葉は、他愛のない言葉とストレートな思いを綴られていて、
「……元気だよ。俺もあんたに会いたい」
 繋がってないからこそ、素直に言える言葉が口から零れた。

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「なぁ~に、湿気た顔してんだよ」
 くしゃっと頭上で髪を掴まれる。そのまま、小さな子供にするように、わしゃわしゃとかき乱されて、シンタローは、その手を勢い良く払いのけた。
「何しやがる、おっさん!」
 背後からこっそり忍び寄り、あまつさえも自分の髪を盛大に崩してくれた相手を、不機嫌極まりなく睨みつければ、しまりのない笑みを浮かべて、こちらを面白そうに見ていた。
「また、いらんこと考えてただろうが」
 ぐいっと顔を近づけての台詞。それに反発するように、シンタローは、出来うる限り後方に顔を仰け反らせた。
「酒臭ぇ」
 相手から、言葉とともに吐き出された呼気は、大量に酒気を帯びていた。相変わらず、昼間であろうとどこであろうと酒を手放せずにはいられないようで、手には、一升瓶が握られていた。いったい、いつから、どのくらいの量を飲んでいるのか、馬鹿馬鹿しくて訊ねたことはない。
「飲むか?」
「誰が! ――仕事中だ」
 そう告げつつも、シンタローはバツの悪そうな表情を浮かべていた。そういうには、いささか説得力がなかったせいである。シンタローの前には、書類もなく――端には山のように積み重なっていたが――周囲にも人影がなかった。少なくても、ハーレムが来る直前には、仕事をしている気配はなかったのだ。
 だが、それに気付いているだろうハーレムは、指摘などしなかった。代わりに、酒をシンタローの机の上に置き、こちらの顔を無遠慮に、のぞきこんできた。
「今度は、何人死んだ?」
 その言葉に、ドキリと胸が跳ね上がる。一瞬強張った顔は、すぐに平素へと戻したが、たぶん気付かれた。
 なぜ、知っているのだ。このおっさんは、意外にガンマ団内部に精通している。おそらく、部下を使って傍聴盗聴の類をしているのだろう。職務規定違反だが、注意しても聞きはしないだろう。やっかいな親戚だ。
 そして、先ほど、ハーレムが口にした言葉が、何を示すのか、シンタローは分かっていた。
 そう。まさに、シンタローが、ハーレムの言う『湿気た顔』をしている原因だった。
「……死んでねぇよ。ただ、二名重体の奴がいる。こいつらは……もう、現場復帰は不可能だ」
 それは、つい一時間前に、連絡が入ったものだった。それから後の記憶は、曖昧である。報告にきた部下を下がらせ、傍にいたキンタローはいつの間にか消えていた。部屋にはシンタローひとりで、仕事はたまっていることはわかっていたのに、新たな書類に手を伸ばす力がなかった。そうしていれば、ハーレムがやってきたのだ。
 礼儀も遠慮もなく入り込んだ相手は、神聖なるデスクの上にどっかりと座り込んでいた。
「死ななかったんなら、いいじゃねぇか。この間の依頼は、随分と制限があって、難しかったんだろ」 
 確かに、地理的要因、政府からの身勝手な要望、無茶な任務遂行期間と色々重なった結果、ここ最近では、一番の難物だった。ハーレムの言う通り、かなりの制限はあった。
「それでも!」
 シンタローは、バンと机を叩いて、立ち上がった。つられて見上げたハーレムの青い瞳が自分を貫く。それに、視線をふいっとそらし、ぼそぼそと言葉を紡いだ。
「………俺の計画では、全員無傷で帰還する予定だった」
 予定は未定。一言で言い切って、割り切れるほど、自分はまだ、強くない。現場は常に不確定要素が含まれる。小さなきっかけや不運な巡り合せで、当初の予定など容易く瓦解する。それをどう建て直し、再度構築しなおすのかは、指揮官の手腕であり、現場の兵士達の技量が必須である。予定に乱れが入った時点で、すぐにそれを始めた。
「手を抜いたのか?」
「そんなことはないッ」
 即座に否定する。
 大切な団員が命を賭けて任務を遂行してくれることを知っているからこそ、自分もまた、最大限に出来うる限りの手は打ったつもりだった。 
「なら、受け入れろよ」
「何、を……?」
「この結果に決まっているだろ。後から考えれば、ああすればよかった。あの時あんなことがなければ、よかったのに―――誰だってそう思うさ。それで気に病む奴もいるし、落ち込む奴もいる。けど、結果は、もう出ちまってるだろ。反省は必要だが、後悔はほどほどにしてろ。いつまでも後ろ向いて、行けるほど、お前の行く道は、甘くねぇぞ」
「……………」
 単純明快でわかりやすい言葉。誰でも言える言葉だ。言われたことのある言葉だ。
 そんなことはわかっている。
 それを察したように、ドンと胸をつくように拳を叩きつけられた。
「お前だって、わかってるんだろ? 優しさと逃げを一緒くたにするんじゃねぇよ、ガンマ団総帥」
 ズキリと胸が痛んだのは、ハーレムの拳のせいではない。『逃げ』という言葉が痛かった。気付かないうちに、自分は逃げ出していたのだろうか。そうかもしれない。団員達が傷ついたのは、自分が未熟なためだと、自分が弱いせいだと、あっさりと決め付けて悲観していた。しかし、ハーレムは、それを許さない。
「お前が、お前こそが、新たにあいつらへ道を示さなきゃいけない立場であることを忘れるな。元の現場復帰が駄目でも、あいつらには、まだ未来がある。お前がやることは、そいつらと過去を後悔するより、そいつらを未来に生かせることだろうが。優秀な団員だ、こんなことで逃すなよ。まだまだ使い道があるんだからな」
 その通りだ。
 言われなくてもわかっている。そう思っていたけれど―――言われて気付く。見失いそうになっていた、最善の道。
「―――あんたのように、使い道がほとんどねぇってわけじゃないからな」
 ぼそっと漏れた言葉に、にやりと不適な笑みが浮かべられた。
「俺様は、ここぞという時の切り札だろ? そういうもんは、大切にしとくべきだぜ」
「ふざけんな」
 そう言い放ちながらも、その唇には、いつのまにか笑みが浮かんでいた。それに気付いたのは、ハーレムだけだったが、もちろんそれを告げることはなかった。
「あんたにも、相応しい仕事をすぐに見つけてやるよ。使わねぇのは、確かにもったいないからな」
 凛然と顔をあげ、そこに生き生きとした黒曜石の輝きを放つ眼差しを受け、ハーレムはそっと瞳を揺るませ、そして、まっすぐ拳を相手につきつけた。
「手ごわい相手を頼むぜ。最近、体がなまっちまってるからな」
「善処してやろう」
 その拳を受けて笑う相手に、もう一度、頭をくしゃくしゃに混ぜてやった。



 生まれたという報告を受け、初めて対面した息子。
 その瞬間自分は、確信した。
 この子はいつか私の手元からいなくなると。
 そんな不安に襲われた。
 
 ――――――黒。

 青の一族にはありえない漆黒の色を宿した息子は、その瞳でじっと私を見つめていた。
 冷たいだけの青い秘石眼を。




 カチッコチッ…カチッコチッ……。

「四時か…」

 アナログ時計の音が耳に大きく聞こえ、目をやると、時針は4時を指していた。
 素肌にシーツの温もりが直に伝わる。
 かすかに身体を動かすと、自分ではないものの身体に触れた。
 驚くことはない。
 そこにいるのは、自身の息子としているシンタローだ。もっともこの光景を見られれば、息子というのも危ういだろう。
 共に裸で一つのベットにいれば。

 白い肌に黒髪が覆っている。モノクロームで構築される世界に、マジックは、目を細めた。

 もちろん、息子とはそういう関係をもっている。
 当然だろう。
 愛していれば、その全てを手に入れたくなるものなのだから。
 許されることではない、などという言葉は必要ない。
 そんなものは、もともと自分の中には、存在していない。
 彼の全ては自分のもので、そして自分の全てもまた、彼のものならば。
 それは、当然の行為だ。

 カチッコチッ…カチッコチッ……。

 時計の音が静寂の闇を刻む。
 止まることもせず、前へと刻む時。
 
 その時の怖さを時折、実感する。

 目を横へと移せば、見事な漆黒の髪が視界に飛び込んだ。
 長い髪は、また少しのびたようだった。
 条件反射のように、それに手を伸ばす。
 さらりと指のすり抜ける心地よい感触。逃げだすそれを捕まえるように、指にからめ、そのまま自身の元に引き寄せると、その黒色の絹糸のような髪に口付けを落とした。

 少々無理をさせすぎたようで、このくらいでは、眠りを貪る彼は、目覚めない。

「まだ、私の元にいる」

 それを確かめ安堵の溜息をついた。

 一度、それがこの手から離れた時には、酷く動揺したものだった。
 自分の不安が的中したのだと思った。
 実際、そうなりかけていたのだ。
 彼は、あそこで急激に変化していった。
 様々な出来事がおこり、そして様々な真実が明らかになり、それが、彼を確実に変え、そして私に焦りを与えた。

 その時を止めることは出来なかった。
 その変化を止めることは出来なかった。

 どれほど悔やんでも、あの頃には戻らない。

 髪を掴んでいた手をはなし、その手を彼の頬へと向けた。
 親指を口元に寄せれば、規則正しい呼吸をしているのがわかる。
 確かに、ここに存在する証。
 
「怖かったよ」

 彼が自分の本当の息子ではないことを知り、恐怖を覚えたのは、事実だった。
 彼と自分を繋ぐものが途切れたのだ。

 その恐怖は忘れられない。
 色彩を全て失い、モノクロームの世界に落ちていくような、喪失感。

 カチッコチッ…カチッコチッ……。

 時はとどめる手をすり抜けて行く。
 彼もまた、自分の元から去っていく。

 シーツの上をすべり、彼の手を探り、掴む。
 しっかりとした感触がそこにある。 

 なのに、彼は、それでも自分の元へと戻ってきてくれた。 
 それでも再び、自身の手の中に戻ってきてくれたのだ。

「もう、手放しはしないよ」

 手を掴んだまま、包み込むように胸に抱き込めば、無意識ながらすりよってくる息子に、口元が笑みに変わる。

 青の一族は皆執着心が強いのかもしれない。誰か一人、愛する人を見つければ、それに固執する。
 まだ、グンマやキンタローのような若い者はそれほどでもないようだが、けれど、もう少ししたらわかるだろう。何を捨てても、何を奪っても手放せない存在がいるということを。
 自分にとっては、この息子として育ててきたシンタローだった。 
 なぜ、彼にこんな思いを抱いていてしまったのか。
 それは、分かりやすいものだった。
 この子は、いつか私から離れていってしまう―――確実に。
 それが、わかっていたからこその執着心だった。

 だが、それがなんであれ、大切なことに変わりない。
 愛しくて愛しくて、誰にも触れさずに、自分のエゴで締め付けたい。

 時が許す限り、自分の手は、彼を捕らえ続けるだろう。
 その身に、自分の証を刻み込み、彼を所有し続けるのだ。

 胸に抱いたその身体をさらに抱き寄せると、マジックは、愛しいその黒髪に口付けをもう一度落とした。
 
「お前は私の物だよ――――シンタロー」 







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