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 ぺたり…ぺたぺた…ぺたり。
「……何やってるだ、キンタロー」
 そんな奇妙な音を背中で聞かせられ、我慢できずにシンタローは、そう訊ねた。
 ぺたっぺたっぺたっ…。
 それでもまだ背中から音はする。
 というか、先ほどから背中を無遠慮に触られまくりだった。
 一体、何事だろうか。キンタローは、人の着替えている姿をじーと見ていたかと思うと、行き成り背中を触りだしたのである。
 溜まらずに、振り返ってみれば、そこには奇妙なほど真面目な顔をしたキンタローがいた。そうしてぽつりと言葉を漏らした。
「違う…」
「は? 何がだよ」
 どういう意味だろうか。
 先ほどからのキンタローの言動は、さっぱりわからない。
 仕事の話があるからと言うから、私室に招きいれたまではよかった。丁度、着替え中だったが、別段躊躇わずに着替えを続行していたが、シャツを脱いだところで、先ほどのあれが始まったのである。
 人の背中をぺたぺたと無遠慮に触りだしたのだ。しかも、難しい顔をしてだ。それに一体どんな理由があるのかと思えば、キンタローは、ギュッと握りこぶしを作って語りだした。
「違っているんだ、シンタロー。いいか、お前の背中が、俺よりも0.5ミリほど小さくなっているんだぞ。なんてことだッ!」
 さらにキンタローは、重大事件が発生したとばかりに、シンタローに詰め寄った。その肩をがっしりと両手で掴む。そうして、前後に揺さぶる。
「大変だぞ、シンタロー! お前の背中が縮んだのだ。いいか、お前の背中が、0.5ミリも縮んだのだぞ!」
「はぁぁあ?」
 思わぬ発言に、シンタローはどう対応していいか分からない。その間も、キンタローの言動はさらにエスカレートしていた。
「恐らく筋肉が減ってきたせいだろうが……なんてことだ。これは、由々しき事態だぞ、シンタロー!!」
 ついには、泣きそうな顔をして抱きついてくる。
 えーと、もしもし、キンタローさん? 
(それのどこが重大問題なんだろうか…)
 哀しいかな、シンタローにはそれがわからない。
 キンタローの言いたいことは理解できた。最近デスクワークでの仕事が忙しくて、トレーニングを少しさぼりがちだったのだ。そのせいで、キンタローの言う通り、筋肉が衰えて、幾分背中辺りが縮んだのだろう。……信じるならば、0.5ミリ。
 しかし、それでなぜ、あれほど大騒ぎになるのだろうか。それがまったくもって分からない。
「んなのは、ちょっと筋トレすれば、すぐつくだろうが。心配するほどのもんじゃ――」
 ない、と言おうとして、それは止められた。再び前後に身体が大きく揺さぶられたせいだ。
「何を言っているんだ、シンタロー! 今、今お前の背中は縮んでいるんだぞ。俺とどこまでも一緒の均一な身体だったにも拘らず。いいか、この俺と同じ身体だったのが、そうではなくなったんだぞ。これが、許される事態だとでも、思っているのかッ!!」
 …マジですか?
 そんなはずはないとは思うのだが……キンタローの真剣な眼差しをみていると、一概に否定は出来ないものがあった。しかし――。
「体重とかは違うじゃねぇかよ…」
 確か、この間のガンマ団身体測定をした時、高松が言っていた気がする。
「それは、お前の髪の重さだぁ!!」
 それは確かにそうかもしれないが、そこまで力いっぱい、血管が切れそうなほど力んで言わなくてもいい気がするのは、自分だけだろうか……。
 大体、キンタローと体型が違ったぐらいで、そこまで大げさになる必要はないはずである……たぶん。違っただけで、お互い支障があるわけでもなければ、当然死ぬようなこともないのだ……おそらく。
 なのに、この大騒ぎは一体なんなのだろうか―――全然分からない。
「あーそれじゃあ、まあ……大変だな。一大事だな。どうしようかなぁ」
 分からないために、抑揚のない声、虚ろな眼差でのお義理ですという態度満載でそう言ってあげれば、あちらはそれでも満足したのか、うんうんと力強く頷いていた。
「そうだ。一大事なのだ、シンタロー。これからどうすればいいかだと? もちろん、元の身体に戻すのだ。俺とお前は、同じ肉体を持つ者だからな!」
 暑苦しいほどの使命感を持って、高らかにそう宣言をするキンタローに、勝手にしてください、とぼんやりとその姿を見つめていれば、行き成り横から誰かが割り込んできた。
「えー、違ってば、キンタロー。シンタローと同じ体は、俺♪ そっちは、青の一族の身体でしょ。全然違うよv」
「ジャン…」
 いったいどこから湧いて出たのだろうか。そこには、いつのまにかちゃっかりとガンマ団に居座っているジャンがひょっこり部屋に現れて、そう言い放つ。さらに、こちらの隣に立つと、自分の顔とこちらの顔を指差した。
「ほーら、見てよ。顔とかそっくりだろv だからね君とシンタローとは別の肉体だから安心しなよ★」
 何を言うかと思えば、そんなくだらないことである。しかし、この発言に確実にダメージを与えられたものがいた。
「そんなことは……そんなことは――」
 それを目の前にして、キンタローは愕然とした顔をしていた。なにやら、目尻に涙が浮かんで見えるのは気のせいだろうか。
 それなのに、ジャンはさらに楽しげに言葉を紡いだ。
「あるんだよv というか、事実だからね。残念でした~♪」
 にこやかにそう告げる、元赤の番人に、シンタローはその場で眼魔砲をぶつけたかった。とてもぶつけたかったが、我慢したのは、ここが自分の私室だからだ。代わりに拳でも見舞ってやろうかと思ったが、気配を察したのか、空振りしてしまった。腐っても元番人ということだろうか。まったくもって腹正しい。
 何より、ジャンの存在に怒りを覚えるのは、その発言によって、全てのものに敗北したと言わんばかりに膝と肘をつき、苦悩の表情を浮かべた従兄弟を見せられたせいだ。すっかりと傷心している様子である。
 この状況を、自分はどうすればいいのだろうか。誰か教えてくれ、といいたいところである。
「くっ……それでは…俺とシンタローには、もう何のつながりもないのか……。かつては同じ体を共有していたというのに」
「キンタロー……」
 その言葉に、シンタローは、うっと胸を詰まらせた。どうすればいいか分からぬままに、そのままキンタローの傍に駆け寄った。
 ジャンの方は、自分の出番がなくなったことを察したのか、さっさと出て行ってしまったが、それはどうでもいいことである。むしろ、最初から来るな、といいたいが、来てしまったものは仕方がない。それよりも、落ち込んだキンタローを慰める方が大事だった。
 その肩に手を置けば、キンタローがゆるゆるとこちらの方へ顔を向けた。
「シンタロー……。お前と俺の身体が、別々のものになってしまうなんて……そんなことがなければずっと…」
「キンタロー…だがな」
 身体が別々であろうとも、いつも一緒に――傍にいれば、なんの問題もない。そう言おうとしたシンタローの視界がくるりと一回転した。
「へっ?」
 仰向けにされたシンタローの真上に、キンタローの顔があった。その状態のまま、キンタローは決意を固めた表情で、シンタローの身体をさらに拘束した。
「こうなったら、お互いの身体を繋げて一つにするしか、手段はないッ!!」
「はっ?」
 まだ状況がわからぬまま、逃げ場はどんどん塞がれていく。
「お前の中にまた、俺が一部分でも入り込んでいれば、きっと俺は安心できるはずだ」
「えっ?」
(一部分?)
 ってどこですか、と聞くのは、あまりにも野暮だろうか。いや、そんなことをつらつらと考えている暇はない。
(つーか俺、上半身裸じゃねぇかよッ!!)
 気がついてみれば、着替えを邪魔されたおかげで、上は何も着ていない状況である。そんなシンタローの身体にのしかかるように、キンタローが身体を重ねてくる。真剣な表情で、じっとこちらを見つめていた。
「また、一つになろう――シンタロー」
 その意味は――ひとつ。
「い~やぁ~だぁ~!」
 っていうか、それ、絶対間違いですからッ! 
 シンタローの空しい響きは、聞き届けられることなく散っていった。
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aiu



 聞こえるは遥か――久遠の音色。




 
 乾いた大地。
 黄土色の荒野が広がるそこには、まだらに赤が混じっていた。
 鼻に纏わりつくように漂うその匂い。嗅ぎ取った瞬間、不快を示すシワを寄せるよりも先に、シンタローは嘔吐していた。
(なんで今頃…)
 黄褐色に混じる赤。そこから立ち上る匂いは、もう随分と前から噎せ返るほどの濃密さで、そこにあった。それなのに、それに反応しているのは、今である。
「……ぐッ」
 胃がひっくり返るような感触。 傍にあった岩に、とっさに縋るように手をのばした。
 屈みこむ身体を支えるために、無意識にそれに手をつけば、手袋のないそれを熱せられた石が焼く。それに意識を向ける余裕もなく、腰を屈めて、喉を開いた。そこから吐き出されるゲル状の物質。
 傍にいた壮年の兵士が、呆れた顔をわずかに見せた後、思い切りそれをしかめて、ツバを吐き捨てた。
 もどしたばかりの汚物の上に、それが混ざる。視界に入り込み、再びこみ上げる嘔吐感。
 生理的にこみ上げる涙は、頬を伝うこともできずに、目尻の上で乾いていく。
 日差しが容赦なく上から降り注いでいるのだ。
 黒い髪。熱をよく吸収するのか、頭の奥の方から鈍い痛みとなって鳴り響く。
 グラグラする。
 目を開けることも辛く、固く瞑られた瞼の上を、涙と汗が混じる液体に濡れる。
 座り込むことはできなかった。そうすれば、楽だとわかっていても、その後、自分が立てる自身がなかった。
 今、かろうじてこうして立っていられるのは、自分が総帥の息子であるというプライド。そうしてプレッシャー。背中にかかる重みを支えようと、それだけに意識を向けるだけに立っていられる。
 それに屈して座り込んだ時は、自分は二度とこの場所には―――戦場には立てないという恐れがあった。否、自分自身がどこにも存在できぬだろう絶望に駆られた。
 そう、ここは戦場だった。
 今は――そうではない。
 戦いは、数分前に終えた。否、あれが戦いと呼べればだが……。
 初の実践的な戦闘。参加したシンタロー側は、圧倒的な人数と武力を誇っていた。命の心配などするヒマなどないほどに、予定通りの地区を制圧し終えた。
 最後に残ったのは、赤く染まった物体。そこから漏れ出す嘔吐を誘う臭気。
 戦闘中は、それすら気にする余裕などなかったのに、敵側を殲滅し、一応の終結を迎え、辺りが静かになったとたん、それは鼻にきた。
 それを自覚したとたん、堪え切れなかった。
 血の香をかぐのが初めてなわけではない。だが、辺りの大気を赤く染め上げるほどの血の匂いは、初めてだった。何よりも目の前に横たわるぬくもりのない人の身体。それを与えたのが自分でもあるという事実。
 一気に背筋が震え、冷水を浴びたように身体が冷え、胃が縮まり、そうして吐き気を覚えた。
 人の命を奪うという初めての行為。それに目を背けるようにして、こみ上げる嘔吐感とともにシンタローは、腰を深く折り曲げていた。
(それでも…俺は間違ってない)
 必死でいい聞かさなければ、自分を保てぬほど疲労している心。そうだとしても……だからこそ、強く自分に言い聞かせる。
(間違ってない)
 これは、必然の出来事である。
 自分の手で、人を殺す。
 それは自分の人生には、避けて通ることのできないことなのだ。少なくとも―――あの親父の背中を追うのだと決意した時から。
 辺りは、静かだった。 
 物音がしない。いや、遠くの方では人の声がちらほらと聞こえてくる。たぶん引き上げていっているのだ。総帥の息子である自分をここにおいていくことはありえないが、それでも、最後に合流するのは、彼らの好奇の視線にさらされることとなる。
 早く行かなければ。
 そう思うものの、岩にかけられた手がはずせない。足が思うように動かない。
(情けねぇ――――ん?)
 自分の情けなさに、先ほどの生理的な涙とは違うものが、目尻にこみ上げてきだしたその時、耳元で柔らかな音色が聞こえてきた。
「さくら~さくら~…」
 それは日本の歌。
 春を代表する優しい曲調の唄。
 遠く久しく聞いてない音。
 誰が歌っている?
(――アラシヤマ)
 それを口ずさんでいたのは、同じ部隊に配属されていた、アラシヤマだった。
 自分と同じように、今日が実践としての初の戦場にもかかわらず、見た目は平然としている。同じ体験をしたはずなのに、この違い。
 不意に羞恥を覚え、シンタローは、胃液で濡れた口元をすぐさま拭った。
 アラシヤマは、東の方へと顔を向け、こちらには背を見せていた。振り返ることなく、アラシヤマは、唄を止めると声をかける。
「行きますえ、シンタローはん。はよう帰らんと、桜の花を見逃しますわ」
 そう言えば、日本は丁度桜の花咲く時期だ。
 日本にある士官学校にも桜並木がある。そこでよくこっそり酒を持ち合い花見をやった。もっとも目の前の男は、その性格ゆえに、その仲間に加わったことはないが。それでも、一人桜の下で佇み、花見をしている姿は何度もみかけていた。
(ああ、そうだな)
 アラシヤマの言葉で思い出す。
 ここへ来たのはまだようやく梅が綻ぶころだった。けれど、もう日本では春爛漫の季節が訪れているのだ。
(見たいな……桜)
 あの淡い薄紅色の艶やかな姿。盛りを過ぎれば、ひらりと舞い散るその潔くも儚げな姿。
 思い出せば出すほど、その目で見たくなる。
(帰らないとな…)
 帰ると誓ったことを思い出す。
 戦場へ赴くと決まった時から、この結末は予期していたことのはずだった。それなのに、今の自分の醜態はどうだろうか。
 風が吹く、赤く濡れた大地を覆い隠すように、黄土色の風が巻き起こる。そこに含まれる匂いが、鼻腔をくすぐった。けれど、もう嘔吐することはなかった。
 目の前の現実から逃れるために、吐き出されたそれは、けれど自分が飲み込んでいかなければいけないことだと気付いたからだ。
「さくら~さくら~…」
 またアラシヤマが、歌いだす。けれど、その唄は、徐々に遠く遥かから聞こえてきだす。
 自分を置いて、部隊の方へと戻っていっているのだ。ただ、一言声をかけただけで、また戻っていく。
 だが、それでありがたかった。
 下手に手を出されれば、自分はその手にすがっていたかもしれない。一時ではなく、ずっとだ。
 そんなことは、自分は望まない。そして、相手も望んでいないのだろう。
「……行くか」
 嘔吐のおかげですっぱくなってしまった喉をいやすように、何度もツバを呑みこみ、シンタローは立ち上がった。
 立ち篭る血の香も、吹き荒ぶ風に薄れ、赤く染められた大地も巻き上がる砂煙によって消えかかっている。
 けれど、自分の手にはまだ、べったりとこびりついた血が残っていた。
 シンタローは、それを握り締める。
 恐れ、それを拭おうとした自分はもういない。
(これは、俺の血だ)
 その赤い血とともに、自分は生きていくと決めたのだ。それならば、もう目をそむけることはない。
「帰ったら、まずは花見に行こうか」
 日本へと続く青空をみあげ、シンタローは一歩前に歩きだした。
  
   
 





 ああ、今日だ………。


 9月12日。朝一番に確認したのは、その日付で、カレンダーを見ても、テレビを見ても、それは揺ぎ無かった。後、一ヶ月ぐらい後に、それがくればよかったのに、というのは正直な感想だったが、けれど、今日と言う日は、今日来るのは、当然のことで、今更、変更などきくはずもなかった。
 それならば、今日をどうすればいいのか―――。
「シンタロー、今日は何かあるのか?」
 ふっと視線を書類以外の場所へ向けたとたん、問いかけられたその言葉に、シンタローは、相手が驚くほどびくりと肩を震わせた。
「え? は?」
 ガンマ団総帥として部下には見せられないほどのうろたえぶりである。補佐をしているキンタローも、呆れた顔で、そんな総帥を見ていた。
「……何をそんなに驚いているんだ」
「べ、別に」
 平素を装うとしたはずなのに、思わずどもってしまい、『しまった』と心中で舌打ちするものの、そこはもう取り返しのつかないことである。どう誤魔化そうかと思考を必死にめぐらせるが、こういう時に限っていい案など浮かびはしなかった。
 さらに慌てふためく相手に、
「今日はやけに、日付や時間を気にしているみたいだが、何かあるのか?」
 キンタローは的確な質問をしてくれるが、シンタローは、グッと息を飲むものの、正直な答えを口にすることはできなかった。できるはずがない。今日、確かに『何か』はあるが、それは自分にとって大事なことであり、他者には決して知られたくないことなのである。
「なんでもねぇよ。さ、仕事仕事!」
 これ以上追求されないように、わざとらしく大声を出しながら、まだ未決済の書類を、シンタローは握り締めた。
 



 ああ、どうしようか……。

 
 チチチチッ。時計の秒針は止まらずに動いている。なんて規則正しいのだろうか。少しばかりとまってくれればいいものを。その融通のなさが、苛立ったしまう。
「シンちゃん、どうしたの? じっと時計なんか見つめて。カップラーメンでも作ってる?」
 その能天気な言葉に、胡乱な表情を浮かべたシンタローはゆっくりと顔をあげて、グンマに視線を向けた。
「カップラーメンなんてどこにあるんだよ、グンマ」
 昼食が片付けられたダイニングテーブルの上には、それらしきものは、一切見当たらない。
「だって、それ以外に、そんなに真剣に時計を見る必要ってある?」
 なくはないだろう、とは思うものの、具体的な例をあげることが出来なかったため、口を噤んだ。
 もちろん、自分が時計を見つめる理由など教えられるはずもない。
「確かにないな。なんでもない。気にするな」
 誤魔化すように、そう言い放って、シンタローは、立ち上がった。




 ああ、決まらない……。


 うろうろうろうろ。挙動不審極まりなく、あてもなく廊下を歩く。どこへ行けばいいのか、定めることができないまま、波間をたゆとうクラゲのごとく、ふらふらと歩き回る。
「シンちゃんv どうしたんだい? ヒマならパパと午後のお茶でもー――」
「眼魔砲ッ!」
 駆け寄ってきたピンクスーツの男に、シンタローは、すっと右手を前に突き出して、必殺技を繰り出した。
 暇などない。むしろ、焦りばかりが生まれて、どうしようもなくて、一箇所でじっとしていることもできずに、うろついてしまうのだ。
 眼魔砲を放ったばかりの手を、シンタローは、じっと見つめた。その手には何も無い。今日、持つべきものが一つも無い。
「くそっ」
 自分の手を握り締め、腹立ち紛れに、いつの間にか復活して忍び寄ってきた父親の顔を殴った。




 ああ、情けない……。


 9月12日。カレンダーがその日を示すのは、後わずか。
 チチチチッ。時計が、明日を示すのは、ほんの数分後。
 うろうろうろ。それでも目的地に足を止めることがなく、うろつきまわる足。
「……いい加減にしろよ、俺」
 今日一日の行動を思い返して、自己嫌悪に陥ってしまう。

 本当は、何をしたいのか。
 最初から、分かっていたというのに―――――会いに行けばいいのだ。

 それでも、決心はつかないために、揺れ動く心に身体が反応する。いい加減タイムリミットは近づいているというのに、いったいどうすればいいものか。

 ガチャッ。
 だが、不意に目の前のドアが開いた。

 ビクッ!
 盛大に戦慄く身体。とっさに逃げ出そうとしたが、けれど、すぐさまそこから覗かれた顔に、かろうじて留まった。
「シンタローはん?」
 相手の心底驚いた顔に、シンタローはバツが悪げにふいっと顔をそらした。それでも逃げ出すことはなく、その場に留まったままでいられたのは、我ながら重畳といったところである。まだ、逃げたい気持ちがあるものの、それは必死に押さえ込んでいた。
「どないしはったん? こんな夜更けに」
 人の気配がすると思い、気のせいかと思ったが、外へ出て見て驚いた。
 思わぬ人が、そこにいたのだ。
「……………」
 沈黙を保つ相手に、どういう言葉を告げればいいか迷ってしまう。いつもならば、こちらが何か言う前に、彼の方から自分を吹っ飛ばすのが常なのだ。もちろん手加減はしてくれるし、何よりそれが、彼の照れ隠しであることが分かっているのだが、今日は様子が少し違う。
「シンタローはん……?」
 いったいどうしたというのだろうか。
 首を傾げて考えてみるものの、理由が見当たらない。けれど、彼がそこにいつまでもいていいはずはないことは、理解していた。彼は、ガンマ団総帥である。誰よりも重い責任を持ち、そして、常に気を張って仕事に励んでいるのだ。その疲れは、自分の想像にも想像つかないもので、こんな場所で、無為に時間を過ごさせるわけにはいかなかった。それよりも、一時でもいい。彼には休んで欲しかった。
 そのために、アラシヤマは口を開いた。
「もうすぐ、日付も変わる時間帯やし……何の用かわかりまへんが、大した用やなかったら帰りはった方が―――」
 そう言った瞬間、自分の身体が大きく傾いたのを、アラシヤマは自覚した。とっさに体勢を元に戻そうとするが、それよりも早く、自分の顔目掛けて、何かがぶつかってきた。
 チュッ。
 小さく音立てたのは、自分の唇。
 驚いて、目を丸くする自分の瞳に映ったのは、これ以上ないほど真っ赤な顔をした―――愛しい人の姿だった。
「―――誕生日おめでとう。アラシヤマ」
 ようやく耳に届くほど、か細い声で告げられた言葉。
 信じられないと一瞬脳裏で否定するが、けれど、耳に届いたのは紛れもなく、自分の誕生日を祝福する言葉だった。
 そうだ。今日は9月12日―――自分の誕生日だった。
 気付いたのは、彼の言葉を耳にした後だった。
「シ、シンタローはん………その言葉をわてに?」
 頬を紅潮させたまま、仏頂面した様子の相手に、恐る恐るアラシヤマが訊ねれば、キッと睨みつけるような鋭い視線をもらった。
「プレゼントとか……わかんねぇし。お前、何も欲しがらねぇし―――でも、前に言ってただろ……だからだッ!」
 そう怒鳴るように言い放つと、そのまま、くるりと回れ右をして、肩を怒らすようにして、ずんずんと遠ざかったっていった。その恋人の背中を茫然と見つめ、そして、その姿が消えたとたん、アラシヤマは、手近な壁に、とんと背中を預けた。
 一気に気が抜けたのだ。
「なんですのん……」
 そのまま、ずるりと座りこむ。それほど、自分は驚いていた。
 恐る恐る自分の唇に触れる。
 先ほど、ここに、初めて彼から口付けをしてもらった。いつもは、自分から。それも騙したり、不意打ちだったり、あるいはムードに酔わせて口付けしているばかりである。恥かしがりやな恋人は、自分かそうすることを、嫌がってばかりだったのだ。もちろん、相手からキスをしてもらいたいという願いは、持っていて、時折、ぽつりとそうして欲しいことは漏らしたことはあるが、期待などはしていなかった。
 自分からのキスを拒まれさえしなければ、それでいいと納得していたのだ。
 それなのに、まさか――――。
「あれは……わてのことを思ってのもんでっしゃろ?」
 先ほどのキス。
 それは、紛れもなく自分への誕生日プレゼントである。
 自分が何を一番欲しているのか―――きっと一生懸命考えたゆえのプレゼント。
 自然と綻ぶ顔。しまりのない笑みは、きっと見るものがいれば、喜色悪く感じるだろうが、かまわなかった。今、周りには誰もいないのだ。
 だから―――。

「愛してますえ、シンタローはん。―――おおきに」

 素敵な誕生日を届けるために、ここまで来てくれた恋人に、甘く囁くように言葉を捧げた。

aj[

 泣けばいい―――そう思う



 他者を拒絶する冷たい背中に、躊躇いがちに、それでも確かに感じるほどに触れる。
 ぴくりとも動かぬ背中。自分が触れることなど、とおにわかっていたというように、静かに滑らかに振り返られた。
「シンタローはん」
 わずかに下瞼を持ち上げるようにして、ゆるりとした笑みを浮かべる。嬉しそうに声は少し弾ませて、触れてくれた相手に喜びを見せる。
 逆にこちらは、眦を吊り上げ、への字に口をへし曲げる。眉間に皺を何重も作り、不機嫌さも露わな表情を見せる。
「………どないしはりましたん? なんぞ、わてがあんさんの機嫌を損ねるようなことしはったんやろか」
 気遣うような眼差し。こちらの心情を慮る様子に嘘はなく、だからこそ、腹立たしい。
「シンタローはん?」
 一言も発しない自分に、訝しげな表情が強くなる。
(泣けばいい)
 何があったのかは知らない。けれど、全身から悲哀を滲み出していた背中を見れば、泣きたくなるほどのことがあったことは想像がつく。それでも、その顔に涙がひとつも浮かんでないことはわかっていた。いや、おそらくそうであろうと予想していた。実際、彼の顔を見るまで、泣いていたかどうか、明確な判断は出来なかった。
 そして、今は、その予想が当たっていたことがわかった。
(なぜ、泣かない?)
 泣けないほど哀しいことがあったのだろうか。
 確かに、限界以上の哀しさに襲われると人は泣けなくなる。泣くことすら忘れてしまうのだ。
 アラシヤマもそうなのだろうか。
 だが、我を忘れるほどの哀しみの中にいるようには見えない。自分を前にして、気遣うように様子を伺う様は、深い哀しみに囚われているようには見えなかった。
 だから、きっと彼の持つ哀しみは、泣ける哀しみなのだ。
 けれど、涙は見当たらない。
(なぜ、泣けない?)
 自分がいるせいだろうか。いいや、自分がいない時にも、彼は泣いている様子はなかった。ならば―――それは。
「シンタローはん」
 優しく名前を呼んでくれる相手の瞳を見つめる。やんわりと笑み形作るその瞳は、いつもと変わらぬままで―――泣くことなど忘れているようで―――けれど、そうではないのだ。
(ああ、こいつは泣き方を知らないんだ)
 それは、確かな真実であることを確信し。
「シンタローはん、わてがなんかしましたやろか?」
 何かしたのではなく、何も―――泣くことをしない相手に、シンタローは沈黙を保ったまま、一粒涙を流した


 とろりと零れる赤い液体。触れればぬるりと肌を滑る。それほどの量が流れていた。
「馬鹿……が」
 罵倒の言葉。けれど、呟かれたそれに力はなかった。赤く濡れた肌に、触れていた指先も小刻みに震えているのが分かる。そのために、そっと表面をなぜるつもりが、軽く皮膚を押してしまった。
「ッ!」
 そのとたん零れた、痛みを堪える音に、慌てて手を離す。
「悪ぃ」
 即座に漏れた謝罪の言葉。だが、受け取った相手は、無理やりだと分かる笑顔を浮かべて、首を横へと小さく振った。
「かましまへん。せやけど……ちょっと…離れてくれまへんか? あんさんが汚れてしまう」
 途切れ途切れに零れる言葉は、そのつど苦しげな吐息が吐かれる。 
 一瞬、泣きそうな表情な表情が浮かぶものの、シンタローは、その言葉を無視して、アラシヤマを抱きかかえた。それで楽になるとは思わないが、不衛生な地面にそのまま寝転がらせるのも躊躇ったのだ。
 アラシヤマを抱きかかえたことで、深緑の制服が、見る間に黒い染みとなる。
「……わての血が」
「煩い、黙ってろ!」
 妙なことを気にする相手に、シンタローは、叱咤するように言い放った。
 じりじりと焦りが内を焦がす。
 自分が、今は役立たずな存在であることは、痛いほどわかっていた。大怪我を負った彼に、早く手当てをするべきなのだろうことはわかっている。けれど、自分が出来る応急処置は、すでに終えてしまっていた。それでも、血が――止まらない。
 医療班が来るのは、もう少し先である。その間に、手遅れになってしまったら―――。
 ぞくり……。
 背筋が凍る。それを想像したとたん、根底から揺さぶられるほどの恐怖を感じた。
「シンタローはん? 寒いんでっか。なんなら、わてが炎を出して…」
「するなッ!」
 震えた自分を気遣ってくれたのだろうが、そんなことをすれば、かろうじて取り留めている命などあっという間に消えてしまう。そんなことは許されるはずがなかった。
「お願いだから…しゃべるな……じっとしておいてくれ」
 その身体を抱き寄せ、覆いかぶさるようにして懇願する。触れた身体は、冷たく感じて、それに直結してしまう『死』という存在が恐ろしかった。
 彼を失うことが、こんなにも怖いこととは思わなかった。自分の身体を制御できないほど震えてしまう。
「アラシヤマ」
 名を呼べば、いつものように笑みを浮かべてくれる。だが、それが酷くぎこちなく弱弱しく見えた。いったい、この身体の中でどれほどの勢いで、生命の灯火が揺らめいているのだろう。容易く消えてしまいそうな、そんな想像をしてしまうほど、急速に力が抜けていく体を、必死で抱きしめる。その命ごと引き止めるように。
「アラシヤマ」
 名を呼んでも、声は返ってこない。
「アラシヤマ」
 抱えた身体の重みが増す。
「神様ッ!」
 シンタローは、天を仰いだ。そこに、何かがいると信じて願う。奇跡を与えてくれる存在があると信じて乞う。
(天に召します神様。どうか、どうかお願いだから、こいつを連れていかないでくれ)
 自分から、彼を奪わないで欲しい。
 そう必死に、希う。何度も何度も同じ言葉を祈り続けた。
 神の存在など、必要な時しか思い出さない。ただ、身勝手な願いを口にするばかりで、叶うことなど期待はしていなかった。
 だが、今は違う。
「神様……神様、お願いだから―――」
 シンタローは、目を瞑り、純粋に神へ祈りを捧げる。
(天に召します神様。どうか、どうかお願いだから、こいつの命を助けてくれ)
 それ以上、他に望みは口にはしない。今、ここにある消え行く命を救ってくれれば、二度と願いはしないから。



 ―――――天に召します神様……どうか救いの手を
 
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