* n o v e l *
PAPUWA~俺達類友!~
1/4
その日、アラシヤマは朝から浮かれていた。
およそ二ヶ月に及ぶ遠征から帰還し、報告書を持ってウキウキと限られた者しか入る事の許されない総帥室へ向かう。
「フフフフフ…シンタローはんに会うのも66日と13時間ぶりどすなぁ~。
ああっ、心友との再会はわての胸をこないにも熱く狂おしく燃え上がらしますえ!」
興奮しすぎてうっかり本当に炎を出してしまい、報告書の端が少し焦げた。
だがアラシヤマは慌てず騒がず炎を消して、笑顔で自分を迎えてくれるであろう友の事を思った。
きっと彼は自分の無事に安堵し、再会を喜んで、
「疲れただろう?ご苦労だったな、久しぶりに会えて嬉しいぜ心友。今日はお前の為に時間を割くよ」
と優しく労ってくれるだろう。
想像(妄想)しただけでまた燃えてきた。
「あんさんの心友アラシヤマ!今すぐ行きますえ……!!待ってておくれやすシンタローはん!!!」
今、会いにゆきます。
一方的な愛を燃え上がらせて、アラシヤマは友のもとへと駆け出した。
一方その頃、総帥室。
シンタローは猛烈な悪寒に襲われて、思わず口にしていたコーヒーを口の端からだぁっとこぼした。
即座にハンカチで口の周りを拭きつつも突然顔面蒼白になっているシンタローを見て、キンタローは怪訝そうに首を傾げた。
「どうした、シンタロー。冷房が強すぎるのか?」
「いや、そうじゃねーけど……何か今すぐこの場所から逃げるべきだって俺の第6感が叫んでる」
「シックスセンスか」
「ああ、エマージェンシーだ」
緊急事態発生を告げるサイレンが鳴り響き、「逃げて下さい逃げて下さい!」と頭の中でしきりにもう一人の自分が叫んでいる。
切羽詰ったその魂の叫びにシンタローは迷わず従う事にした。
ガン!とイスを蹴り倒すように立ち上がり、ドアの方へ足早に向かう。
「逃げるぞキンタロー。ここは危険だ」
「なに?もしや……敵襲か?」
鋭い眼で此方を見、自分の後をついてくるキンタローにシンタローは苦々しく顔をしかめて首を横に振った。
「多分ちげーよ。だがもっとタチが悪そ……」
言いながらドアを開け――その先に立っていたモノとバッチリ目が合ってしまい、シンタローは硬直した。
アラシヤマはその瞬間、息をするのも忘れた。
ドアをノックしようとする手が震えて、心臓が口から飛び出しそうな程にバックンバックン鳴り、
極度の緊張で身体はスーッと冷えて顔色は今にも倒れそうなブルー。この状態で彼に会ったら、自分は心臓発作を起こして死んでしまうのでは?
という妙にリアリティー溢れる未来予想図まで浮かんでいた。
だがそれでも会いたい。
例え鼻血をふこうとも心臓が外へ飛び出ようとも興奮のあまり声が裏返ってセリフを噛んでしまおうとも……シンタローに会いたい!
意を決してノックしようとした瞬間、ドアが先に開いた。
声にならない声を上げて、アラシヤマは目前に立つ男を見つめた。
凝視されている。
見つめる、などという生易しいものではない。ガンをつけているのとも違う。
ただひたすらに凝視されている。
「……あ、アラシ…ヤマ……」
しまった、今日はこいつが帰ってくる日だったか!!
思わず呻くように相手の名前を呼んで、シンタローは心の中で思いっきり舌打ちする。
そうこうしている間に、アラシヤマは喜色満面になって叫んだ。
「しっ、シンタローはぁぁぁぁぁん!!!会いたかったどすえぇぇ!?
心友の帰りを喜んでおくれやすっ、労っておくれやすっ、熱く抱き締めておくれや……」
バン!!
皆まで言わせずにシンタローはドアを閉めた。
「さ~あ、今日も張り切って仕事するぞぉキンタロー」
「シンタロー、今ドアの外に何か」
「ん!?何言ってんのオメー。何にもねーよ、やだな~」
「爽やかにわての存在無かった事にせんといておくやすっ!」
即座にドアを突き破ってムリヤリ中に入ってくるアラシヤマに、シンタローはチッ……!と舌打ちした。
「顔見るなり舌打ちどすかシンタローはん!?やっぱりわての存在に気ぃついとるんやないどすか!」
「あ~、今日は疲れてんのかなぁ俺。根暗で友達いなくてしかもストーカーのニッキ臭漂う幽霊が見えたような気がしちまったよ」
「あんさんの中でわての存在既に過去のもの!?……いやいや、わては騙されまへんえシンタローはん!あんさん今嘘つきましたな?
さっきバッチリ目が合いましたやないの。シンタローはんの瞳の中にわてが映り、わての瞳の中にあんさんがおりましたえ!?」
これでどうだ!と言わんばかりに存在を主張するが、シンタローはアラシヤマに背を向けて耳を塞いでいる。
「俺はなぁーんも見てねーし聞こえてねーぞぉ~」
「シンタロー……聞こえていないのなら返事をするのはおかしいぞ。いいか、今のお前の発言は返事をしていると受け取れるわけで」
「えぇい、二度言うな!いいからさっさとそこの亡霊追い出して、ドア閉めやがれキンタロー」
キンタローはやれやれ、というように一つ溜息をつくと、失意のアラシヤマの手から報告書を奪い取り、その背中を押してムリヤリ部屋から追い出した。
閉めたドアの向こうで呪詛の声が響き渡っていたが、二人は無論、黙殺した。
* n o v e l *
PAPUWA~俺達類友!~
2/4
「うう、キンタローめ……わてとシンタローはんの熱い友情に嫉妬しとるんどすな?
死線を潜り抜けて育んだわてらの友情をぶち壊そうやなんて、おこがましい事どす……!」
見当違いな恨み言をぶつぶつ呟きながら、アラシヤマは悄然として廊下を歩いていた。
遠征帰りで今日は一日、空いている。だからこそ久々の休暇に友と過ごしたかったのだが、会いに行く口実となる報告書は、キンタローに奪われてしまった。
本当に友達であるのなら何もわざわざ口実を作る必要は無いのだが、変な所でもじもじと躊躇してしまうアラシヤマは、もうシンタローに会いに行けそうになかった。
そして実際、用も無いのに会いに行けばシンタローは間違いなくアラシヤマの事を無視するだろう。
正式な用があってもあの仕打ちだ(アラシヤマの自業自得とも言えるが)。
「はぁ~……仕方ありまへんな。まぁシンタローはんの顔は見れた事やし、わての無事な顔も見せれたわ。……今日はわてのシンタローはんとゆっくり語り合って過ごす事にしまひょ」
フフフ……と暗く笑いながら、アラシヤマは懐から藁人形を取り出した。
よく見れば、その人形は白いシャツと黒いズボンのようなものをはいており、長い髪の毛のようなものも生えている。髪の毛は緩く結ばれていた。
「シンタローはん、今日はこれから何しますぅ?やっとゆっくりできますえ。あ、何ならこれからカフェへ行って、お茶しまへん?わてのオゴリどす!
……え?何言うてはりますのんシンタローはん!いやどすな~、そない遠慮しはらんでも!わてらの仲やないどすか!……フフフ、シンタローはんはほんまにシャイどすなぁ~」
「気持ち悪いわ馬鹿弟子が」
不意に響いた冷ややかな声と同時に、ボウッ!と一気にアラシヤマの手の中にあった人形が火をふいた。
「だっはーーーん!?わ、わわわわてが精魂込めて作ったシンタローはん人形があぁぁぁ!!?」
「作るな込めるな泣き縋るな!!……私は貴様の師である事を心の底から恥に思うぞ、アラシヤマ」
床に落ちて一瞬で灰になった人形に取り縋って泣くアラシヤマを、マーカーは心底嫌そうに見下ろして言い放った。
「私を不快にした罪は重いぞ。今すぐ逝け」
「あんた鬼や師匠!!まぎれもない鬼畜どすわッ!!!……ちゅーか、いつの間に現われましたん?」
うっうっ……と嗚咽を漏らして集めた灰を胸に掻き抱きながら恨めしそうに見上げてくる自分の弟子を睥睨し、マーカーはフン、と不機嫌そうに鼻をならした。
「私の気配も感じ取れなかったのか、この馬鹿弟子が。――大方、あの方にまた拒絶されて落ち込んででもいたのだろう。
一方的に心友などというふざけた呼び方をしてストーキング行為まで働いているのだからな……当然と言えば当然だが」
無様な奴め、という侮蔑の視線をありありと注がれて、アラシヤマは「あんたかて友達おらへんやないどすかこの冷血漢!!」と心の中で思い切り叫んだ。
声に出せば間違いなく殺されるので、心の中だけに留めておいた。
……もう一人の自分が「わての弱虫……!!」とも叫んでいたが、その声には聞こえないフリをした。
「ところで師匠、こないな所で何してはりますのん?どこかへ行く途中どすか?」
「私は今から休憩を取りに行くところだ」
「もしかしてわざわざ外に?特戦部隊なら部屋も広うおますし、休憩室も別に用意されてますやろ」
「あそこに居ては気が休まらん」
その言葉に瞬時に獅子舞とイタリア人の顔が浮かび、なるほど、とアラシヤマは納得した。
他人から見れば、この目の前の中国人も一緒にいて気が休まらない相手であるが。
どっちもどっちや!と思いながら、アラシヤマは漸く立ち上がり、不器用な愛想笑い(マーカーは気色悪い笑顔だと思った)を浮かべて師匠に一礼をした。
「休憩の邪魔したらあかんし、わてもう行きますわ。さいなら、お師匠はん!」
そそくさと立ち去ろうとするが、背を向けた途端、頭をぐわしっと掴まれた。
「ほう……お前も漸く気遣いというものを覚えたか。良い傾向だな」
「お、おおきに……せやけど師匠、何で手に力が入ってますのん!?」
頭を掴む手に徐々に力を加えられて、握り潰されるのでは!?とアラシヤマは顔を引きつらせた。
マーカーは酷薄な笑みを浮かべて厳かに告げた。
「愚かな弟子だが、成長が見られて嬉しいぞ。では、感心な弟子に、私からのプレゼントだ。
――その相も変わらず腐って歪んでどうしようもない性根を、私が直々に鍛え直してやろう」
「全然プレゼントと違いますやん!!?ほんまは褒めてもおらんやろ師匠ーー!!!」
当たり前だ、と呟いて、マーカーは嫌がるアラシヤマを引きずって訓練所へ向かい歩き出した。
「はぁい、シンちゃん。大好きなパパが会いに来たよ~!」
「……今日は厄日か?」
新たな客にシンタローは脱力して机に突っ伏した。
「何言ってるんだい。最近シンちゃんったら忙しくて、あんまりパパを構ってくれなかったろう?我慢できなくて私から会いに来ちゃったよ」
語尾にハートでも付きそうなウキウキした声音で話しかけられ、シンタローは不機嫌に眉を寄せてケッ、と吐き捨てるように言った。
「そういうセリフは女が言うもんだろが。いや、コタローなら許せるっつーかめちゃくちゃ言って欲しいけど!アンタに言われても気色悪いだけなんだよ。
どこの世界にいちいち息子の仕事場に押しかけて邪魔する父親がいるんだよ!?」
「やだなぁ~邪魔なんかしないよ、私は久しぶりに親子水入らずで過ごしたいだけさ。仕事の話なんて野暮だよシンちゃん」
「自分の発言の矛盾に気付いてるかオッサン?」
殺気を込めて睨みつけても、マジックはどこ吹く風でニコニコと上機嫌にシンタローを見つめている。
「やっぱり可愛いなぁシンちゃんは。写真やビデオじゃない、本物にやっと会えてパパとっても嬉しいよ!」
「俺はどこぞのアイドルか!?」
父親が息子に向かって言うセリフとは到底思えない。だがシンタローの隣に立つキンタローにも優しい笑顔を向けて、
「いつもシンちゃんの補佐、ありがとう。この子の世話は大変だろう?キンタローもちゃんと休みは取れているかい?」
と労わりの言葉をかけているのを見ると、至極マトモな人物に見えてしまう。
「ああ……暴走するシンタローを止めるのは大変だが、俺にしかできないからな。休みは今のままで満足している」
「そうか。二人が仲良しさんみたいで私も嬉しいよ。でもシンちゃんが暴走したらパパも止めてあげるからね!」
「むしろアンタが暴走してんだろ!!」
愛する息子のツッコミを優雅にスルーし、マジックは勝手にソファに腰を下ろした。
キンタローが秘書に持ってこさせたコーヒーを機嫌良く受け取り、さぁ今日は何をしようか!と完全に居座る気のようだ。
「何もしねーよ、つか何もすンな。今すぐ帰って風呂入って寝ろ」
「こんなに早くベッドに入っても眠れないよ、まだお昼じゃないか。……ハッ、そうか!シンちゃん!!
それはパパとおよそ20年ぶりに一緒にお風呂に入って同じベッドで眠りたいという遠回しなおねだ――」
「眼魔砲!!!」
溜めナシで必殺技を放ち見事にそれは当たったが、マジックは不屈の闘志で立ち上がった。
「ハッハッハ、シンちゃんは照れ屋さんだなぁ~」
「うっわ、すっげー殺してぇ。つーかどっかの根暗ストーカーを彷彿とさせる発言に俺、理性ブチ切れそうなんデスが」
「耐えろシンタロー。あれでも前総帥、お前が手を下したとあっては色々厄介だ」
キンタローが労わるようにシンタローの肩をポンポンと叩いた。
シンタローはイライラした様子を隠そうともせず、貧乏ゆすりをするように不機嫌に床を足で何度も蹴りながら、さっさと帰れよ!と言った。
だがマジックは心得たもので、ニッコリと爽やかに笑いながらパチン!と指を鳴らした。
「……?ティラミス?チョコレートロマンス?何やってんだよオメーら」
どうやら合図があるまで部屋の外で待機していたらしい。マジックの側近であるティラミスとチョコレートロマンスが失礼致します、と礼をして中に入ってきた。
ガラガラと押している台の上には白いシーツが掛けられている。きょとんとするシンタローとキンタローの二人だが、辺りに漂い始めた香りに「っあ……」とシンタローが反応する。
「フフ、そうだよシンちゃん。今日はシンちゃんのだぁーい好きなカレーライスを作ってきたんだよ!もちろんパパの手作りだからね!」
シンタローはさっきまでの威勢はどこへやら、ぐっと言葉に詰まった。
何だかんだ言っても、自分の好みを最もよく把握しているマジックの作るカレーは、文句無しに美味い。材料選びの段階から何日もかけて、吟味に吟味を重ねた上で作られたまさに神の一皿、THE・親父の料理。
この歳にもなって親の作ったカレーが好きです、などと言うのは死んでも嫌だったが、目の前に置かれると誘惑には勝てない。
「…………よぉし、よく分かった。オイ、親父」
息子に呼ばれて、マジックは弾んだ声で応えた。
「何だい!?Dear my son!!」
「痛い目見たくなかったら、そこのカレー置いてとっとと失せな」
「――――――シンちゃん」
「今なら命だけは勘弁してやるよ<」
爽やかな笑顔でチンピラまがいの脅しをかけられ、マジックはハンカチをきつく噛み締めながら本気で泣いた。
「うっまそうだなぁ~。よう、お前も食うかキンタロー?!」
マジックを追い出した後、ウキウキしてカレーをよそうシンタローの姿がそこにあった。
PAPUWA~俺達類友!~
1/4
その日、アラシヤマは朝から浮かれていた。
およそ二ヶ月に及ぶ遠征から帰還し、報告書を持ってウキウキと限られた者しか入る事の許されない総帥室へ向かう。
「フフフフフ…シンタローはんに会うのも66日と13時間ぶりどすなぁ~。
ああっ、心友との再会はわての胸をこないにも熱く狂おしく燃え上がらしますえ!」
興奮しすぎてうっかり本当に炎を出してしまい、報告書の端が少し焦げた。
だがアラシヤマは慌てず騒がず炎を消して、笑顔で自分を迎えてくれるであろう友の事を思った。
きっと彼は自分の無事に安堵し、再会を喜んで、
「疲れただろう?ご苦労だったな、久しぶりに会えて嬉しいぜ心友。今日はお前の為に時間を割くよ」
と優しく労ってくれるだろう。
想像(妄想)しただけでまた燃えてきた。
「あんさんの心友アラシヤマ!今すぐ行きますえ……!!待ってておくれやすシンタローはん!!!」
今、会いにゆきます。
一方的な愛を燃え上がらせて、アラシヤマは友のもとへと駆け出した。
一方その頃、総帥室。
シンタローは猛烈な悪寒に襲われて、思わず口にしていたコーヒーを口の端からだぁっとこぼした。
即座にハンカチで口の周りを拭きつつも突然顔面蒼白になっているシンタローを見て、キンタローは怪訝そうに首を傾げた。
「どうした、シンタロー。冷房が強すぎるのか?」
「いや、そうじゃねーけど……何か今すぐこの場所から逃げるべきだって俺の第6感が叫んでる」
「シックスセンスか」
「ああ、エマージェンシーだ」
緊急事態発生を告げるサイレンが鳴り響き、「逃げて下さい逃げて下さい!」と頭の中でしきりにもう一人の自分が叫んでいる。
切羽詰ったその魂の叫びにシンタローは迷わず従う事にした。
ガン!とイスを蹴り倒すように立ち上がり、ドアの方へ足早に向かう。
「逃げるぞキンタロー。ここは危険だ」
「なに?もしや……敵襲か?」
鋭い眼で此方を見、自分の後をついてくるキンタローにシンタローは苦々しく顔をしかめて首を横に振った。
「多分ちげーよ。だがもっとタチが悪そ……」
言いながらドアを開け――その先に立っていたモノとバッチリ目が合ってしまい、シンタローは硬直した。
アラシヤマはその瞬間、息をするのも忘れた。
ドアをノックしようとする手が震えて、心臓が口から飛び出しそうな程にバックンバックン鳴り、
極度の緊張で身体はスーッと冷えて顔色は今にも倒れそうなブルー。この状態で彼に会ったら、自分は心臓発作を起こして死んでしまうのでは?
という妙にリアリティー溢れる未来予想図まで浮かんでいた。
だがそれでも会いたい。
例え鼻血をふこうとも心臓が外へ飛び出ようとも興奮のあまり声が裏返ってセリフを噛んでしまおうとも……シンタローに会いたい!
意を決してノックしようとした瞬間、ドアが先に開いた。
声にならない声を上げて、アラシヤマは目前に立つ男を見つめた。
凝視されている。
見つめる、などという生易しいものではない。ガンをつけているのとも違う。
ただひたすらに凝視されている。
「……あ、アラシ…ヤマ……」
しまった、今日はこいつが帰ってくる日だったか!!
思わず呻くように相手の名前を呼んで、シンタローは心の中で思いっきり舌打ちする。
そうこうしている間に、アラシヤマは喜色満面になって叫んだ。
「しっ、シンタローはぁぁぁぁぁん!!!会いたかったどすえぇぇ!?
心友の帰りを喜んでおくれやすっ、労っておくれやすっ、熱く抱き締めておくれや……」
バン!!
皆まで言わせずにシンタローはドアを閉めた。
「さ~あ、今日も張り切って仕事するぞぉキンタロー」
「シンタロー、今ドアの外に何か」
「ん!?何言ってんのオメー。何にもねーよ、やだな~」
「爽やかにわての存在無かった事にせんといておくやすっ!」
即座にドアを突き破ってムリヤリ中に入ってくるアラシヤマに、シンタローはチッ……!と舌打ちした。
「顔見るなり舌打ちどすかシンタローはん!?やっぱりわての存在に気ぃついとるんやないどすか!」
「あ~、今日は疲れてんのかなぁ俺。根暗で友達いなくてしかもストーカーのニッキ臭漂う幽霊が見えたような気がしちまったよ」
「あんさんの中でわての存在既に過去のもの!?……いやいや、わては騙されまへんえシンタローはん!あんさん今嘘つきましたな?
さっきバッチリ目が合いましたやないの。シンタローはんの瞳の中にわてが映り、わての瞳の中にあんさんがおりましたえ!?」
これでどうだ!と言わんばかりに存在を主張するが、シンタローはアラシヤマに背を向けて耳を塞いでいる。
「俺はなぁーんも見てねーし聞こえてねーぞぉ~」
「シンタロー……聞こえていないのなら返事をするのはおかしいぞ。いいか、今のお前の発言は返事をしていると受け取れるわけで」
「えぇい、二度言うな!いいからさっさとそこの亡霊追い出して、ドア閉めやがれキンタロー」
キンタローはやれやれ、というように一つ溜息をつくと、失意のアラシヤマの手から報告書を奪い取り、その背中を押してムリヤリ部屋から追い出した。
閉めたドアの向こうで呪詛の声が響き渡っていたが、二人は無論、黙殺した。
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2/4
「うう、キンタローめ……わてとシンタローはんの熱い友情に嫉妬しとるんどすな?
死線を潜り抜けて育んだわてらの友情をぶち壊そうやなんて、おこがましい事どす……!」
見当違いな恨み言をぶつぶつ呟きながら、アラシヤマは悄然として廊下を歩いていた。
遠征帰りで今日は一日、空いている。だからこそ久々の休暇に友と過ごしたかったのだが、会いに行く口実となる報告書は、キンタローに奪われてしまった。
本当に友達であるのなら何もわざわざ口実を作る必要は無いのだが、変な所でもじもじと躊躇してしまうアラシヤマは、もうシンタローに会いに行けそうになかった。
そして実際、用も無いのに会いに行けばシンタローは間違いなくアラシヤマの事を無視するだろう。
正式な用があってもあの仕打ちだ(アラシヤマの自業自得とも言えるが)。
「はぁ~……仕方ありまへんな。まぁシンタローはんの顔は見れた事やし、わての無事な顔も見せれたわ。……今日はわてのシンタローはんとゆっくり語り合って過ごす事にしまひょ」
フフフ……と暗く笑いながら、アラシヤマは懐から藁人形を取り出した。
よく見れば、その人形は白いシャツと黒いズボンのようなものをはいており、長い髪の毛のようなものも生えている。髪の毛は緩く結ばれていた。
「シンタローはん、今日はこれから何しますぅ?やっとゆっくりできますえ。あ、何ならこれからカフェへ行って、お茶しまへん?わてのオゴリどす!
……え?何言うてはりますのんシンタローはん!いやどすな~、そない遠慮しはらんでも!わてらの仲やないどすか!……フフフ、シンタローはんはほんまにシャイどすなぁ~」
「気持ち悪いわ馬鹿弟子が」
不意に響いた冷ややかな声と同時に、ボウッ!と一気にアラシヤマの手の中にあった人形が火をふいた。
「だっはーーーん!?わ、わわわわてが精魂込めて作ったシンタローはん人形があぁぁぁ!!?」
「作るな込めるな泣き縋るな!!……私は貴様の師である事を心の底から恥に思うぞ、アラシヤマ」
床に落ちて一瞬で灰になった人形に取り縋って泣くアラシヤマを、マーカーは心底嫌そうに見下ろして言い放った。
「私を不快にした罪は重いぞ。今すぐ逝け」
「あんた鬼や師匠!!まぎれもない鬼畜どすわッ!!!……ちゅーか、いつの間に現われましたん?」
うっうっ……と嗚咽を漏らして集めた灰を胸に掻き抱きながら恨めしそうに見上げてくる自分の弟子を睥睨し、マーカーはフン、と不機嫌そうに鼻をならした。
「私の気配も感じ取れなかったのか、この馬鹿弟子が。――大方、あの方にまた拒絶されて落ち込んででもいたのだろう。
一方的に心友などというふざけた呼び方をしてストーキング行為まで働いているのだからな……当然と言えば当然だが」
無様な奴め、という侮蔑の視線をありありと注がれて、アラシヤマは「あんたかて友達おらへんやないどすかこの冷血漢!!」と心の中で思い切り叫んだ。
声に出せば間違いなく殺されるので、心の中だけに留めておいた。
……もう一人の自分が「わての弱虫……!!」とも叫んでいたが、その声には聞こえないフリをした。
「ところで師匠、こないな所で何してはりますのん?どこかへ行く途中どすか?」
「私は今から休憩を取りに行くところだ」
「もしかしてわざわざ外に?特戦部隊なら部屋も広うおますし、休憩室も別に用意されてますやろ」
「あそこに居ては気が休まらん」
その言葉に瞬時に獅子舞とイタリア人の顔が浮かび、なるほど、とアラシヤマは納得した。
他人から見れば、この目の前の中国人も一緒にいて気が休まらない相手であるが。
どっちもどっちや!と思いながら、アラシヤマは漸く立ち上がり、不器用な愛想笑い(マーカーは気色悪い笑顔だと思った)を浮かべて師匠に一礼をした。
「休憩の邪魔したらあかんし、わてもう行きますわ。さいなら、お師匠はん!」
そそくさと立ち去ろうとするが、背を向けた途端、頭をぐわしっと掴まれた。
「ほう……お前も漸く気遣いというものを覚えたか。良い傾向だな」
「お、おおきに……せやけど師匠、何で手に力が入ってますのん!?」
頭を掴む手に徐々に力を加えられて、握り潰されるのでは!?とアラシヤマは顔を引きつらせた。
マーカーは酷薄な笑みを浮かべて厳かに告げた。
「愚かな弟子だが、成長が見られて嬉しいぞ。では、感心な弟子に、私からのプレゼントだ。
――その相も変わらず腐って歪んでどうしようもない性根を、私が直々に鍛え直してやろう」
「全然プレゼントと違いますやん!!?ほんまは褒めてもおらんやろ師匠ーー!!!」
当たり前だ、と呟いて、マーカーは嫌がるアラシヤマを引きずって訓練所へ向かい歩き出した。
「はぁい、シンちゃん。大好きなパパが会いに来たよ~!」
「……今日は厄日か?」
新たな客にシンタローは脱力して机に突っ伏した。
「何言ってるんだい。最近シンちゃんったら忙しくて、あんまりパパを構ってくれなかったろう?我慢できなくて私から会いに来ちゃったよ」
語尾にハートでも付きそうなウキウキした声音で話しかけられ、シンタローは不機嫌に眉を寄せてケッ、と吐き捨てるように言った。
「そういうセリフは女が言うもんだろが。いや、コタローなら許せるっつーかめちゃくちゃ言って欲しいけど!アンタに言われても気色悪いだけなんだよ。
どこの世界にいちいち息子の仕事場に押しかけて邪魔する父親がいるんだよ!?」
「やだなぁ~邪魔なんかしないよ、私は久しぶりに親子水入らずで過ごしたいだけさ。仕事の話なんて野暮だよシンちゃん」
「自分の発言の矛盾に気付いてるかオッサン?」
殺気を込めて睨みつけても、マジックはどこ吹く風でニコニコと上機嫌にシンタローを見つめている。
「やっぱり可愛いなぁシンちゃんは。写真やビデオじゃない、本物にやっと会えてパパとっても嬉しいよ!」
「俺はどこぞのアイドルか!?」
父親が息子に向かって言うセリフとは到底思えない。だがシンタローの隣に立つキンタローにも優しい笑顔を向けて、
「いつもシンちゃんの補佐、ありがとう。この子の世話は大変だろう?キンタローもちゃんと休みは取れているかい?」
と労わりの言葉をかけているのを見ると、至極マトモな人物に見えてしまう。
「ああ……暴走するシンタローを止めるのは大変だが、俺にしかできないからな。休みは今のままで満足している」
「そうか。二人が仲良しさんみたいで私も嬉しいよ。でもシンちゃんが暴走したらパパも止めてあげるからね!」
「むしろアンタが暴走してんだろ!!」
愛する息子のツッコミを優雅にスルーし、マジックは勝手にソファに腰を下ろした。
キンタローが秘書に持ってこさせたコーヒーを機嫌良く受け取り、さぁ今日は何をしようか!と完全に居座る気のようだ。
「何もしねーよ、つか何もすンな。今すぐ帰って風呂入って寝ろ」
「こんなに早くベッドに入っても眠れないよ、まだお昼じゃないか。……ハッ、そうか!シンちゃん!!
それはパパとおよそ20年ぶりに一緒にお風呂に入って同じベッドで眠りたいという遠回しなおねだ――」
「眼魔砲!!!」
溜めナシで必殺技を放ち見事にそれは当たったが、マジックは不屈の闘志で立ち上がった。
「ハッハッハ、シンちゃんは照れ屋さんだなぁ~」
「うっわ、すっげー殺してぇ。つーかどっかの根暗ストーカーを彷彿とさせる発言に俺、理性ブチ切れそうなんデスが」
「耐えろシンタロー。あれでも前総帥、お前が手を下したとあっては色々厄介だ」
キンタローが労わるようにシンタローの肩をポンポンと叩いた。
シンタローはイライラした様子を隠そうともせず、貧乏ゆすりをするように不機嫌に床を足で何度も蹴りながら、さっさと帰れよ!と言った。
だがマジックは心得たもので、ニッコリと爽やかに笑いながらパチン!と指を鳴らした。
「……?ティラミス?チョコレートロマンス?何やってんだよオメーら」
どうやら合図があるまで部屋の外で待機していたらしい。マジックの側近であるティラミスとチョコレートロマンスが失礼致します、と礼をして中に入ってきた。
ガラガラと押している台の上には白いシーツが掛けられている。きょとんとするシンタローとキンタローの二人だが、辺りに漂い始めた香りに「っあ……」とシンタローが反応する。
「フフ、そうだよシンちゃん。今日はシンちゃんのだぁーい好きなカレーライスを作ってきたんだよ!もちろんパパの手作りだからね!」
シンタローはさっきまでの威勢はどこへやら、ぐっと言葉に詰まった。
何だかんだ言っても、自分の好みを最もよく把握しているマジックの作るカレーは、文句無しに美味い。材料選びの段階から何日もかけて、吟味に吟味を重ねた上で作られたまさに神の一皿、THE・親父の料理。
この歳にもなって親の作ったカレーが好きです、などと言うのは死んでも嫌だったが、目の前に置かれると誘惑には勝てない。
「…………よぉし、よく分かった。オイ、親父」
息子に呼ばれて、マジックは弾んだ声で応えた。
「何だい!?Dear my son!!」
「痛い目見たくなかったら、そこのカレー置いてとっとと失せな」
「――――――シンちゃん」
「今なら命だけは勘弁してやるよ<」
爽やかな笑顔でチンピラまがいの脅しをかけられ、マジックはハンカチをきつく噛み締めながら本気で泣いた。
「うっまそうだなぁ~。よう、お前も食うかキンタロー?!」
マジックを追い出した後、ウキウキしてカレーをよそうシンタローの姿がそこにあった。
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PAPUWA~らぶメモ~
3/5
次は誰を訪ねようと思案しながら団内の廊下を歩いていると、突然肩に重みがかかった。
「……!?」
「よォ~、久しぶりじゃねーかキンタロー。オメー真剣な面して何やってんだァ?」
「叔父貴!」
後ろから気配を消して近づいてきたらしい、キンタローの肩に腕を回したハーレムがニヤッと笑いかけた。
「……戻っていたのか。特戦部隊には確かM国での任務があった筈だが」「ンなもん、とぉ~っくに終わったっつーの。あっさりし過ぎててつまんねー任務だったが……M国なだけにMなヤツが多くてな~、ホントはもっと早くに帰れたけど、ちょっと派手に遊んで来ちまったぜぇ」
「また無駄に暴れてきたのか……シンタローが荒れるぞ」
「はっ、そうなったら可愛い甥っ子と軽~く遊んでやるまでだな」
シンタローの怒り狂う様がいとも容易く想像できてしまい、キンタローは嘆息した。
そんなキンタローを見て、何を考えているのか分かったらしくハーレムは可笑しそうに笑った。
「オメーも変わったなぁキンタロー。あんなにキレやすかったお子様が、今は子守りする側の立場か」
「……暴走したシンタローを止められるのは俺だけだ。変わらざるをえんだろう」
「オメーが止めてくれるって分かってるから、シンタローは安心して暴走すンだろ?……いつの間にか、いいコンビになっちまったなオメーら」
相変わらずからかうような口調だったが、珍しく穏やかな表情を浮かべてそう言うとハーレムはキンタローから離れて彼に背を向けた。
「ま、仲良くやれよ。甥っ子ども。じゃあな~」
「――待て、叔父貴」
「あァん?何だよ」
「今俺の懐からかすめ取って行った財布を返してもらおう」
肩を抱いた際にさり気なく抜き取っていたらしい。
あっさりバレてハーレムは「チィッ……!気付いてやがったか!」と舌打ちした。
「微笑ましい話に持っていって誤魔化そうとしていたようだが、俺の眼は誤魔化せん」
「リキッドのヤローなら超簡単に誤魔化せンのにな~。……なァ、ほんのちょぉ~っとでいいから金貸して。次のレースではきっとヤツが来るんだよ、俺の勘が告げてるぜッ」
「今までの統計からいって、叔父貴が競馬で勝つ確率は限りなくゼロに近い」
「馬鹿ヤロー!!散っていく勇者(馬)達に賭ける金を惜しむんじゃねーよ!てめェも男なら何も言わずにドーンと金貸しやがれ」
「散る事が前提の勇者(馬)にか!?」
絶対断る、と答えるとハーレムは暫し激しくブーイングをしていたが、キンタローが折れそうにないのを見て取って、彼の方へと財布を投げて返した。
この叔父の性格からして、実力行使にくらい出てくるかもしれないと予想していたキンタローは、意外に思ってハーレムを見る。ハーレムはやや不機嫌そうな顔をしながらタバコをくわえてそれに火をつけた。
深く吸い込み、溜息と共に盛大に煙りを吐き出す。
「……あ~あ、面白くねぇなー。どいつもこいつもささやかな金を出し渋りやがって」
「ささやかとは到底思えない額が毎月団員達の給料から勝手に差っ引かれているようだが」
「いーんだよ、俺はアイツらの上司なんだから」
特戦部隊の面々が聞けば血の涙を流すであろう非道なセリフを堂々と吐き、ハーレムは口の端を僅かに歪めた。
「……ま、唯一出し渋らずに貸してくれた超男前なヤツぁ、もうココにはいねーからな」
「……」
それが誰を指しているのかを悟り、キンタローは口を噤んだ。
あの青年も決して快く貸していたわけではないのだろうが(むしろ横暴な上司に搾取されていたのだろうが)、彼らの間にあった絆はまがい物などでは無かった。
あの青年の事をほとんど知らないキンタローでさえそう思うのだ、共に戦ってきた特戦部隊の者達は彼が隊を抜けた後、色々と思う事もあるのだろう。
隊長であるハーレムなら、尚更に。
「で、キンタロー。第二の男前になって俺に金を貸す気は」
「毛頭無い」
「ケッ!やっぱ財布代わりにリキッド銀行は手元に置いとくべきだったぜ」
くわえタバコをしぎしぎと噛んでペッとそこらの床に捨て、元部下の人権を完全に踏みにじった発言をしつつ、ハーレムは懐から一冊のファイルを取り出した。
「叔父貴、タバコはきちんと火を消してからしかるべき場所へ捨てろ。
いいか、灰皿へ捨てるのが原則だ」
「あー、分かった分かった」
キンタローはハーレムが捨てたタバコをわざわざ拾い上げると、近くにあった休憩所に備え付けてある灰皿のところまで行き、きちんと火を消してから捨てた。
ハーレムはこれが手本だ、と真面目な顔をして言うキンタローを綺麗にスルーしてファイルをバサバサとめくっている。
「?……叔父貴、それは何の資料だ?」
「ん~?オメーも見るか?リッちゃんと俺らのお・も・い・で」
子どもが見たらトラウマになって三日はうなされそうな凶悪な笑みを浮かべ、ハーレムは「ほらよ」とキンタローにも見えるようにファイルを広げた。
ファイルの中身はリキッドと特戦部隊の写真ばかりで埋められている ――つまり、早い話がただのアルバムだ。
キンタローは沢山貼り付けてある写真にざっと目を通し――。
「虐待の記録か」
スパッと真実を突いた。
そこには禍々しい笑みを浮かべた特戦部隊の面々と、ありとあらゆるイジメ(拷問)を受けて半死半生のリキッド坊やが映っていた。
膨大な記録の中で、リキッドが笑っている写真は一枚も無い。
「やっだな~何言ってやがんだキンタロー。オラ、このソウルフルな写真を見ろ。笑顔のリッちゃんと俺サマが映ってんだろ」
「どこからどう見ても強制された笑顔……いや、これは昇天する間際の天使の笑みなんじゃないか?」
写真には此方に向かって笑顔でピースしているハーレムと、そのハーレムにもう片方の手で首を鷲掴みにされ青い顔をしたリキッドの二人が映っていた。
リキッドの口元は確かに穏やかに緩められている。だがそれは空へ還っていく前の最後の笑みに見えた。
「こんなに儚い笑顔を見たのは生まれて初めてだ」
「そーか、そりゃ良かったな」
ハーレムはフンフン、と鼻歌まで歌いながら上機嫌でアルバムをめくる。
「で、こんなものを突然取り出してどうする気なんだ?」
「バーカ、売りつけるに決まってんだろ。……リッちゃんのこの恥ずかし~い写真集をバラまかれたくなけりゃ、金よこせってな」
「――もしや、リキッドの父親である大統領を脅す気か!?そんな事をすれば戦争になるぞ」
友好国が一転、敵対国になってしまう。
流石に顔色を変えたキンタローにハーレムは楽しそうに笑った。
「とーーーぜん、そう思うよな~?じゃあ大統領と関係が悪化して困るのは誰だ?」
投げ掛けられた質問に、キンタローはそういう事か……とハーレムの意図を察して眉間にしわを寄せた。
「マジック叔父上か」
「正解。シンタローでもいいけどな」
「脅す標的を身内に定めるな!」
「金ぶん奪るのにいちいち手段なんか選んでられっかー!近くに金持ってる奴がいんならそっから攻めンのは常識だろ!!」
「くッ……獅子身中の虫め。なんて厄介な親戚なんだ」
リキッドの人権やら名誉やらはどうでもいいとしても。何とかこの写真集は秘密裏に始末してしまいたいところだ。
ハーレムの手から何とかそれを奪おうとタイミングを計るが、流石にそこまで甘い相手ではない。
さっさと懐にしまってしまい、後はもう隙一つ無い。
後で何かしら手段を講じるしかないだろう、とキンタローは仕方なくこの場は諦める事にした。
――と、そこまで考えて。ふとキンタローは気付いた。
この目の前にいる傍若無人な叔父も、ある意味では写真好きと言えるのではないか?
参考にはなるだろうと、キンタローはノートとペンを取り出した。
「時に叔父貴、訊ねたい事があるのだが」
「あ?ンだよ突然。俺の隠し財宝の在り処なら教えねーぞ」
「あるのか財宝」
「俺のヒミツのプライベート写真や勝負服、勝負下着、愛用してる枕とかが置いてある」
「それはただの私物だ。……もう財宝の在り処は分かった、叔父貴の部屋だろう」
心配せずとも誰も狙わん、と太鼓判を押してやり、キンタローは漸く本題を切り出した。
何故写真を撮るのか、写真を撮るという行為はハーレムにとってどのような意味があるのか、と。
ハーレムは怪訝そうな表情でキンタローを見つめたが、すぐにまたいつものようにニヤリと笑った。
「まぁ俺が写真なんか撮るのは、大概目的がある時だな。今回みてぇに写真で人を脅すとか、からかうネタにするとか」
「……なるほど。その目的の内容はともかくとして、利益を得る為に写真を撮るというのなら確かに理解しやすいな」
「写真は形になって残るからな~。残したい思い出も残したくない思い出も、全部そのまんま残りやがる。……その時の一場面を切り取って、な」
「ああ、そうなるな」
「……。ッたく、キンタロー。頭かてぇな~オメーは」
生真面目にメモを取っているキンタローの頭を、ハーレムは唐突に撫でた。いや、それは撫でるというよりも頭を掴むような乱暴な仕草だ。
髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。
キンタローは突然の事に驚いて顔を上げ、何かの嫌がらせか?と眉を寄せる。
――キンタローは知らないが、それはハーレムがシンタローやグンマ、リキッドなど、彼が近しく思っている相手に対して稀に見せる行動だった。
ハーレムはイタズラをした悪ガキのような顔で、ニッと笑う。
「いちいち頭で考えてンじゃねーよ、見えるモンも見えなくなっちまうぜェ~?。……オメーはまだまだ知らねー事や気付いてねー事がたくさんあるみてぇだしな」
「……どういう意味だ?」
「さぁな~。まァ別に悪い事じゃねーよ。これからゆっくり知っていけ。……おら、一緒に歩いてくれる奴らがいんだろ?」
見てみろ、と顎で示された方に視線を向けると、そこにはシンタローがいた。
誰かを探しているらしく、時折周囲に視線を飛ばしながら通路を歩い
ている。
「シンタロー?何故ココに……」
「さーな。オメーを探してんじゃねぇか~?見つかったら色々うるさそうだし、俺はもう戻るぜ。一眠りしてぇしな」
「仲良くやれや」ともう一度言うと、ハーレムは豪快に欠伸をしてその場を立ち去った。
一方シンタローはというと、どうやらあまり機嫌がよろしくないらしく、眉間にシワを寄せてずんずんと歩を進めている。
シンタローは普段、遠征で外に出ている事が多く、ガンマ団に戻ってきても総帥室で仕事をしている時間が圧倒的に長い。よって、ヒラの団員達はあまり総帥の姿を見る機会がない。
偶然そこを通りかかった団員達は、何故シンタロー総帥がこんなところに……と驚いて暫し呆然としていたが、ハッと我に返ると慌てて通路の端に寄ってシンタローに敬礼した。
シンタローはそんな団員達に「おう」と軽く声をかけながら堂々と(見ようによっては偉そうに)歩いていたが、少し離れた場所にいるキンタローに気付くと、僅かに表情を和らげた。
「ンだよ、オメーこんなとこにいやがったのか。探しちまったじゃん」
「どうしたシンタロー。何かあったのか?」
互いに歩み寄り、返された言葉にシンタローは少し居心地が悪そうに鼻の頭をかいた。
「いや、別にそういうワケじゃねーんだけど……あー、ところで写真がどうのって話はどうなったんだ?調査、上手くいってンの?」
「順調、とは言い難いな。高松とアラシヤマとハーレム叔父貴からデータを採ったが、これだけでは足りん」
「げっ、サイアクの人選!つーか獅子舞戻ってきてンのか?」
嫌そうに顔を歪めたシンタローに、キンタローは「ああ」と頷いた。
先程予想した通り、シンタローの機嫌がやや下降したのが分かり、思わず微苦笑を浮かべる。
「後で報告書が届くだろう。怒鳴り込むのはそれを見てからにしてくれ」
「見るまでもねーけどな。…………で、大丈夫か?お前」
「何がだ?」
唐突な問い掛けに怪訝そうな顔をするキンタローから僅かに視線を外しつつ、シンタローは「だーかーら」ともどかしげに言った。
「調査……つって、変なヤツにばっか話聞いてんじゃんオメー。しっかりしてるくせに変なとこで騙されやすいしよォ。……で、今そのノートどんな事になってんだよ。見せてみな」
ほれ、とあくまでも偉そうに手を差し出してくるシンタローに、キンタローはノートを渡した。
……どうやらキンタローを心配して様子を見に来たらしいが、照れ臭くて言えないようだ。
シンタローは几帳面さを窺わせる綺麗な字体で書かれたキンタローのノートに目を通し――うんざりした顔をして肩を落とした。
「みごっっっとに、イヤな方向に偏ったデータが出てンじゃねーか!何だよ、この悦に入る為とか愛と友情のストーリーとか人を陥れる手段とかいう回答者の人格疑うような答えはッ」
「回答者の人格が歪んでいるのだろう」
「オメーも分かってんならこんなヤツら対象にしてんじゃねーよ!」
もっともな反応を示し、シンタローは「やっぱ様子見に来てやって正解だったぜ」とぶつぶつ怒りながら呟いた。
「もしや、俺を心配して見に来たのか?」
思い当たって訊ねると、シンタローはバツが悪そうに顔をしかめて「… …まーな」と小さく肯定した。
「過保護かとも思ったけど、ちょうど仕事が一区切りついたし……暇つぶしも兼ねて見に来てやったんだよ。感謝しろよナ」
面倒見が良いのはシンタローの元からの性格だ、だがその対象を弟以外の者へと向ける時、それを照れ臭く思うのもまた彼の性格だった。
「シンタロー……」
「……ンだよ」
二人は見つめ合った。
胸を満たす家族愛が暖かく彼らを包み込み――。
「そういうところがお前の美徳だが、余計なものにな憑かれる可能性もあるぞ。注意しろ。いいか、具体的に言えばナマモノとか粘着質なストーカーとかだ」
「具体的過ぎて泣きそうだよ馬鹿ヤロー」
夢も希望も無いキンタローの一言で一瞬の内に散っていった。
キンタローはコホン、と軽く咳払いをし「話を戻すが」と前置きをしてから本題に入った。
「そういえばシンタロー、お前も無類の写真好きだったな」
「んあ?別に好きってほどでもねーけど……普通じゃねー?」
「いや、そんな事はないぞ。お前の作ったコタローのアルバムは先日100巻を突破した。これは常識で考えて並大抵のものではない」
「……数えてたのか、俺のコタロー・コレクション」
「100巻突破を記念して何か催し物でも開くか?」
素で訊ねるキンタローにシンタローは黙って首を横に振った。
何だか自分がマジック似のダメ人間になってしまったような気がして、少し切ない気分になった。
「そうか。……では改めて問おう。何故お前は写真を撮るんだ?」
「ん~……何故って言われてもなぁー」
シンタローは困ったように眉を寄せ、がしがしと頭をかいた。
自分が写真を撮る理由……コタローの写真を撮る理由……。
100巻突破……可愛いコタロー……可愛い可愛い俺の弟……。
「シンタロー、鼻血を拭け。赤い総帥服が更に真紅に染まるぞ」
「あ、ホントだ」
いつの間にかダクダクと溢れていた鼻血で足元に血だまりが出来ていた。
キンタローに借りたハンカチで鼻血を拭いながら、「うーーーん」とシンタローは唸り……結局、シンプルな回答をした。
「コタローは俺の大切な弟だから」
「…………。そうか」
キンタローは暫しの間、考え込むように目を伏せ――短く相槌を打つと、「分かった、協力感謝する」と言った。
シンタローはそんなキンタローの様子を黙って眺めていたが、ふと何かを思いついたように「……あ」と呟いた。
ん?と怪訝そうに此方を見るキンタローにシンタローは誤魔化すように「いや、何でもねーよ」と軽く手を振る。
「で、調査はもう終わったのか?」
「……何となくだが、答えが分かってきたような気がする。だがもう少しだけ――そうだな、マジック叔父上にも訊ねてみるとしよう。叔父上と会えるだろうか」
「またサイアクの人選しやがって……。ま、行って来いよ。俺が繋ぎ取っといてやるから」
珍しく、さして反対もせずにそう応えるとシンタローは特注で作らせた自分専用の携帯電話を取り出して、直接マジックへとかけた。
「もしもーし。親父?俺だけど。これからそっち行くから、時間あけといてくれよ。……あ~、いちいち過剰に反応すんじゃねーよ鬱陶しい!用があんのは俺じゃなくてキンタローだ!……いや、そうじゃねーけど聞きてぇ事があンだってさ。とにかく部屋から出ずに待ってろよ、いいな?」
かなり一方的に予約を取ると、シンタローは返事も聞かずにブチッ!と電話を切った。
「よしっ、これでいいだろキンタロー」
「……?ああ、助かった」
「いいって。んじゃまた後でなー」
妙に協力的な態度を取って、シンタローはニッと笑うとどこかいそいそとした足取りでその場を去っていく。
後に残されたキンタローはやや不審そうにそんな彼を見送ったが、考えてもシンタローの意図は読めなかった。
首を傾げながらも、キンタローはマジックの部屋へと歩き出した。
* n o v e l *
PAPUWA~らぶメモ~
4/5
「やあ、待っていたよキンタロー」
イスにゆったりと腰掛けて、相も変わらずシンタローの人形を抱いたまま、マジックはにこやかにキンタローを迎え入れた。
「何か私に聞きたい事があるそうだね?珍しいな」
そう言いながら軽く手を振って、側に控えていた二人の側近を下がらせる。
話し易いようにとの配慮だろう。
人払いが済んで二人きりになると、キンタローはマジックの前へと歩み寄った。
「その……わざわざ時間を割いて頂いて申し訳ありません。大した事ではないのですが、叔父上に訊ねたい事があります」
「何だい?キンタロー。……フフ、そう緊張しなくてもいい。総帥職を退いてからというもの、私は暇を持て余しているからね」
何でも聞きなさい、と鷹揚に頷いて見せるマジックに、キンタローは幾分肩の力を抜いた。
――この叔父を前にすると、ハーレムに対する時とは違い、キンタローはつい身構えてしまう自分を感じていた。
自分達は同じ青の一族ではあるが、共に過ごした時間はあまりにも短く、また状況が特殊すぎた。ぎこちなさを感じてしまうのも無理は無いだろう。
……ちなみにハーレムはあのような性格なので互いに気を遣い合う必要は皆無である。
「――俺は、最近疑問に思う事がありました。人は何故写真を撮り… …記録を残そうとするのかと」
静かに語り始めたキンタローに、マジックは黙って耳を傾ける。
「研究対象としてデータを集める為だというのなら、俺も納得できる。
しかしマジック叔父上やシンタロー、高松、ハーレム叔父貴を見ていると……それだけではないような気がしてきました」
「……うん、そうだね」
「だから俺は、人が記録を残そうとするその理由を、その行為の意味を知りたくて彼らから話を聞きました」
自分の中で答えを模索するように目を伏せ、キンタローは一度深く呼吸をした。
マジックはそんな彼を穏やかな光を宿した目で見つめる。
「答えは、見つかったのかい?」
「――よく、分かりません。何かに気付きかけているような気もするが……まだ確かではない」
独白するように呟いて、キンタローはギュッと拳を握ると視線を上げてマジックを見た。
何かを訴えかけるその眼差しにマジックはふっと微苦笑をこぼした。
「まったく……お前は素直で真面目な子だな。シンタローが心配するわけだよ」
抱いている人形の頭を一撫ですると、マジックはおもむろに机の引き出しを開けて一冊の分厚いアルバムを取り出した。
机に置かれたそのアルバムの表紙には、「I LOVE シンちゃん【シンタロー5歳の記録《下巻》】」と書かれている。
「……。叔父上、これは?」
「シンちゃんとパパのラブラブな思い出が詰まったアルバムだよ。シンちゃん5歳編は上・中・下巻に分かれていてね、これは冬から春にかけての思い出が詰まっているのさ!」
張りのある声でそう言うと、マジックは「見てごらん」と笑顔でキンタローにアルバムを差し出した。
受け取ると、ズシリと腕に重みがかかる。キンタローの筋力を以ってしても片手では持てずプルプルと腕が震えた。
「叔父上、腕が攣りそうなんですが」
「頑張れキンちゃん」
サラリと笑顔で流されたので、キンタローは仕方なく頑張ってみる事にした。
素直にページをめくると、そこにはシンタローの笑顔が溢れていた。
まだあどけない表情。カメラを構えているのは父であるマジックなのか、何の陰りも無い全開の笑顔を此方に向けている。
オモチャを持ってはしゃぐ姿、無防備な寝顔、信頼に満ちた眼差し、屈託の無い笑み――中には駄々をこねて泣いているような写真や、頬を膨らませてそっぽを向いている写真もある。
だが全てに共通して言えるのは……そこにある暖かな空気であった。
「撮る側の愛情と、撮られる側の愛情……その両方が伝わってくるだろう?」
かけられた声にハッとして顔を上げると、マジックは微笑んで彼を見ていた。
「お前が聞きたいのは写真を撮る理由、だったね。
私は形に残しておきたいんだよ。いつかこの手から離れていく、大切な者達の姿を。想いは消える事は無い、だが思い出は知らず知らずの内にぼやけて輪郭が不鮮明になっていくものだ……でもこうして形に残しておけば、いつでも愛する者の姿と、共に在ったその時の事を再現する事ができるだろう?」
息子の姿に似せて作った人形を慈しむように撫でるマジックのその姿は、ガンマ団の非情な元総帥などではなく――ただの普通の、子を愛する親のものだった。
「感傷だと思われるかもしれないね。だが私はシンタローを……可愛い子ども達を、心の底から愛している。いつか別れが来ると知っているからこそ共に過ごす時間、その一瞬一瞬が愛おしくて仕方ないのだよ」
「叔父上……」
キンタローはアルバムに目を落とした。
冬から春へと移り変わっていく親子の記録――最後の写真は、満開の桜の木の下。息子を抱き上げて笑うマジックと、父親に抱き上げられて楽しそうな笑顔で応えるシンタローの姿だ。
シンタローへと注ぐマジックの視線には確かな愛情が溢れていて。
シンタローもまた、曇りの無い目でマジックを見ている。
幸せな親子の写真。
「……」
それを見つめるキンタローの表情からも、険が取れて自然と口元が笑みの形を刻んだ。
そんなキンタローを見てマジックは満足気に一つ頷くと、「それにね」とイタズラっぽく付け加えた。
「写真を見れば自分がいかに愛されて、大切にされていたのかを知る事ができる。いわば写真とは愛の証であり愛の記録――ラブ・メモリー略してらぶメモってところだね!」
「叔父上、その略し方はいかがなものかと」
「ハッハッハッ、聞こえないぞ~キンタロー」
アルバムを閉じてそっと机の上に戻すキンタローに、マジックは柔らかな声音で続けた。
「――忘れてはいけないよ。キンタロー、お前も皆に愛されているんだという事をね」
「……俺が、ですか?」
意味が分からず戸惑うキンタローを前に、マジックは楽しげに笑った。
そして――キンタローの背後で勢い良く扉が開いた。
* n o v e l *
PAPUWA~らぶメモ~
5/5
「よォ、キンタロー。変態親父に毒されてねぇか~?」
「やっほー。おとーさま、キンちゃん!」
「シンタロー!グンマ!?」
突然の闖入者に驚いて声を上げるキンタローをよそに、二人は何の遠慮も無くズカズカと部屋に入ってきた。
「どうしたんだ、お前ら」
「バーカ、オメーの様子見に来たに決まってンだろ。親父に変な事吹き込まれたりしてねーだろうな?」
「らぶメモ……」
「あァん?」
「いや、何でもない。それより……ン?何だそれは、グンマ」
何か分厚い本のような物を持ってフラフラしているグンマに気付き、キンタローは声をかけた。
するとグンマは嬉しそうにニッコリと笑い、その分厚い本――写真の詰まったアルバムをキンタローの腕にドサッと預けた。
「はいキンちゃん!キンちゃんのアルバムだよ~」
「なに!?俺のアルバムだと……?」
「大変だったんだよー。写真集めて一枚一枚丁寧に張って、しかもすっごく重かったんだから」
困惑しているキンタローの疑問には一切答えず、褒めて褒めて!と要求するグンマの頭を、シンタローは呆れたように軽く叩いた。
「あいた!……シンちゃんひどいよ~!」
「うっせ、キンタローが混乱してっだろ。……大体グンマ、お前アルバム作るの楽しんでただろ」
グンマは叩かれた頭を押さえてシンタローに非難がましい目を向けていたが、その言葉にすぐにまた笑顔に戻った。
「そうだね、大変だったけど楽しかったね!キンちゃんのアルバム作ってる間、シンちゃんもずぅ~っと楽しそうに笑ってたもんね~」
「それは言わなくてよろしい」
即座にまたグンマの頭を叩き落す。照れ隠しもあってか先程よりも威力が上がっていた。
「ぶぇ~~ん!たかま……」
「ば、バカっ、変態ドクターなんか呼ぶんじゃねーよ!ココで鼻血ふかれたらアルバム汚れっだろ!」
いささか慌ててシンタローが止めると、グンマもその可能性に行き当たったのかピタリと泣くのをやめた。
一方、話の主役であるキンタローは渡されたアルバムを持ったまま、どう反応すればいいのか分からずそんな二人の漫才めいたやり取りをただ見つめていた。
それに気付いた二人は漸く言い合いをやめ、改めてキンタローの方を向く。
「あ~……まァ、そういう事だ。それ、俺とグンマが作ったオメーのアルバム」
「一生懸命作ったんだよ!」
「俺の、アルバム……?」
シンタローとグンマの顔を順に見回すキンタローの肩を、誰かがポンと叩いた。
振り返るとマジックが立っており、「さあ、開けてごらんキンタロー」
と優しく言った。
「……」
キンタローは頷いて、アルバムの表紙を開きページをめくった。
そこには――穏やかな表情を浮かべたキンタロー自身が映っていた。シンタローやグンマと共に、時に笑って時に喧嘩をして――そんなごくごく当たり前の日常が、幸せな時間が、そこに映っていた。
「これは……」
目を見張り、言葉を失うキンタローの横にグンマが並ぶ。キンタローの顔を覗き込んで、裏表の無い澄んだ瞳で笑いかけた。
「キンちゃんも、自分の写真が欲しかったんだよね?」と。
「――俺は………っ?」
呆然としているキンタローの肩に、突然ガッと腕が回された。
そのまま肩を組まれて、もう片方の手で頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。ハーレムとよく似た仕草だ。
驚いて横を見ると、シンタローが可笑しそうにクックック、と笑っていた。
「シンタロー……」
「ンだよ?まぁ~だ気付いてなかったのかオメー?……ほんっとキンタローらしいよな~」
「なぁ?」とシンタローがキンタローを挟んで反対側にいるグンマに同意を求めると、彼もまた可笑しそうに笑って「だよね!」と頷いた。
「俺は別にそこまで形にこだわんねーけど。ま、いいんじゃねーの?
たくさんバカらしい写真撮って、ジジイになった時みんなでそれを肴に酒でも呑もうぜ」
仕草は乱暴だが温かみのある口調でそう言うと、シンタローはニッと人懐こく笑った。
「え~?シンちゃん、僕お酒はヤダよ!ココアがいいな」
キンタローが何か言葉を返す前に、グンマが横から口を挟んだ。
「あ~?ジジイになっても味覚はお子様か?グンマらしいけどよ~」
「好物がカレーライスのシンちゃんに言われたくないもん」
「テメ、カレーをバカにすっと総帥権限でオヤツの時間無くすぞグンマっ」
「うぇ~ん!シンちゃんがイジメるよー!おとーさまァ~~!」
「イイ歳して親父にチクんな!!」
「ハッハッハ、ケンカはおやめ子ども達」
低レベルなケンカを始めるシンタローとグンマ、そして幸せそうに鼻血を垂らしながらそんな彼らを見守るマジック。
「……」
当たり前の日常が。笑ってしまうくらい、バカバカしいこの日常が。
日常として、当たり前に今ここに存在するという事を彼らは幸せだと感じている。
それが決して「当たり前」では無いという事を、彼らはよく知っているから。
キンタローは腕の中にあるアルバムに目を落とした。
写真の中で自分は彼らに――大切な家族に、囲まれていて。
その表情は自分自身でもハッとさせられる程に、穏やかな、無防備なものだった。
「キンタロー」
不意に名前を呼ばれて顔を上げると、マジックが此方を見ていた。
「これからは、みんなと一緒に思い出を作っていこう」
「――……ああ。そうですね、叔父上」
応えて、キンタローは柔らかな笑みを浮かべた。
「はいキンちゃん、高松からのプレゼント!」
「……?何だこれは。百科事典か?随分と分厚いな」
「アハハ、違うよ~アルバムだよ。キンちゃんが写真欲しがってるって教えてあげたら、高松が送ってきたんだ。これぜぇーんぶキンちゃんの写真だって」
「この量がか!?」
驚愕するキンタローに、グンマは「うん、そう」と何も考えてなさそうな笑顔であっさりと頷いた。
キンタローの机の上には百科事典ほどの厚さがあるアルバムが20~30 冊積み上げられている。のーーーん、とそびえ立つアルバムからは並々ならぬ執念のようなものが感じられた。
「一体いつの間にこんなに撮ったというんだ」
「えーっと……隠し撮り?キンちゃんがお風呂上りにバスローブ姿でくつろいでる写真とかあるし。高松のコレクションの一部らしいよ」
「グンマ、警備室を呼べ」
まさか自分にもストーカーがついていたとは、と慄然とするキンタローの後ろで、「だあぁぁぁッ!鬱陶しいッッッ!!」というシンタローのキレた叫び声と眼魔砲が壁をぶち破る音が轟きと共に響き渡る。
振り返ると、カメラらしき物を持ったアラシヤマがちょうど吹き飛ばされていくところだった。
そしてそんなシンタローを少し離れた場所から、「シンちゃん、こっち見て見て!ほら、チーズ!!」とマジックが撮影してたりした。
「………………」
「愛され過ぎるのも大変だよね」
妙に冷静な口調で、グンマがぽつりと呟いた。
「よう、キンタロー……あんま思い出思い出ってこだわり過ぎンのも、アレだよな……問題ありだよな?」
マジックとアラシヤマに付き纏われてぐったりしているシンタローと、高松が仕掛けた盗聴器及び盗撮に使われたカメラ探しで同じくぐったりしているキンタロー。
二人は崩れ落ちるようにソファに座り込んで、胡乱な目で天井を睨み付けている。
「ああ、その通りだな……シンタロー、お前も弟可愛さで犯罪を犯さないように気をつけろ。いいか、弟相手でも犯罪は犯罪だ……」
「分かったから二度言うな……」
疲れ切った声で会話を交わすと、二人はそれからハァ~~……と重い溜息をついて目を閉じた。
……日頃の疲れもあってか、間もなく二人分の小さな寝息が聞こえ始めた。
――そして、そっと二人に近づく影。
普段であれば人の気配に気付かぬ筈はない二人だが、余程疲れているのか――それとも接近してくるその気配が二人にとって馴染み深いものであった為か――ピクリともせずに眠っている。
二人の寝顔を息を殺してそうっと覗き込むと、僅かな間があってからパシャッと小さな音を響かせる。それは写真を撮った際に漏れる、シャッターを切る音だ。
二人はその音に微かに眉を寄せたが、目を覚ます気配は無い。
写真を撮った人物は彼らの寝顔を眺めて、くすりと笑った。
「……無防備な顔してるなぁ二人共……ふふ、こうしてると双子の兄弟みたいにそっくりだね」
微笑ましげに呟いて、カメラを持ったグンマは部屋の照明を落とすとそっとその場を立ち去った。
「おやすみ、シンちゃんキンちゃん」と囁いて。
後にこの時撮られた写真を見たシンタローとキンタローの二人は、少しバツが悪そうに、少し照れ臭そうに顔を見合わせ。
グンマは「いい写真でしょ?」と得意げに胸を張った。
キンタローは生真面目に頷いてシンタローを呆れさせ、グンマは明るい声を響かせて笑った。
そんな日常を過ごしながら――キンタローは、「今度は俺が写真を撮ってみよう」と思った。
END
PAPUWA~らぶメモ~
3/5
次は誰を訪ねようと思案しながら団内の廊下を歩いていると、突然肩に重みがかかった。
「……!?」
「よォ~、久しぶりじゃねーかキンタロー。オメー真剣な面して何やってんだァ?」
「叔父貴!」
後ろから気配を消して近づいてきたらしい、キンタローの肩に腕を回したハーレムがニヤッと笑いかけた。
「……戻っていたのか。特戦部隊には確かM国での任務があった筈だが」「ンなもん、とぉ~っくに終わったっつーの。あっさりし過ぎててつまんねー任務だったが……M国なだけにMなヤツが多くてな~、ホントはもっと早くに帰れたけど、ちょっと派手に遊んで来ちまったぜぇ」
「また無駄に暴れてきたのか……シンタローが荒れるぞ」
「はっ、そうなったら可愛い甥っ子と軽~く遊んでやるまでだな」
シンタローの怒り狂う様がいとも容易く想像できてしまい、キンタローは嘆息した。
そんなキンタローを見て、何を考えているのか分かったらしくハーレムは可笑しそうに笑った。
「オメーも変わったなぁキンタロー。あんなにキレやすかったお子様が、今は子守りする側の立場か」
「……暴走したシンタローを止められるのは俺だけだ。変わらざるをえんだろう」
「オメーが止めてくれるって分かってるから、シンタローは安心して暴走すンだろ?……いつの間にか、いいコンビになっちまったなオメーら」
相変わらずからかうような口調だったが、珍しく穏やかな表情を浮かべてそう言うとハーレムはキンタローから離れて彼に背を向けた。
「ま、仲良くやれよ。甥っ子ども。じゃあな~」
「――待て、叔父貴」
「あァん?何だよ」
「今俺の懐からかすめ取って行った財布を返してもらおう」
肩を抱いた際にさり気なく抜き取っていたらしい。
あっさりバレてハーレムは「チィッ……!気付いてやがったか!」と舌打ちした。
「微笑ましい話に持っていって誤魔化そうとしていたようだが、俺の眼は誤魔化せん」
「リキッドのヤローなら超簡単に誤魔化せンのにな~。……なァ、ほんのちょぉ~っとでいいから金貸して。次のレースではきっとヤツが来るんだよ、俺の勘が告げてるぜッ」
「今までの統計からいって、叔父貴が競馬で勝つ確率は限りなくゼロに近い」
「馬鹿ヤロー!!散っていく勇者(馬)達に賭ける金を惜しむんじゃねーよ!てめェも男なら何も言わずにドーンと金貸しやがれ」
「散る事が前提の勇者(馬)にか!?」
絶対断る、と答えるとハーレムは暫し激しくブーイングをしていたが、キンタローが折れそうにないのを見て取って、彼の方へと財布を投げて返した。
この叔父の性格からして、実力行使にくらい出てくるかもしれないと予想していたキンタローは、意外に思ってハーレムを見る。ハーレムはやや不機嫌そうな顔をしながらタバコをくわえてそれに火をつけた。
深く吸い込み、溜息と共に盛大に煙りを吐き出す。
「……あ~あ、面白くねぇなー。どいつもこいつもささやかな金を出し渋りやがって」
「ささやかとは到底思えない額が毎月団員達の給料から勝手に差っ引かれているようだが」
「いーんだよ、俺はアイツらの上司なんだから」
特戦部隊の面々が聞けば血の涙を流すであろう非道なセリフを堂々と吐き、ハーレムは口の端を僅かに歪めた。
「……ま、唯一出し渋らずに貸してくれた超男前なヤツぁ、もうココにはいねーからな」
「……」
それが誰を指しているのかを悟り、キンタローは口を噤んだ。
あの青年も決して快く貸していたわけではないのだろうが(むしろ横暴な上司に搾取されていたのだろうが)、彼らの間にあった絆はまがい物などでは無かった。
あの青年の事をほとんど知らないキンタローでさえそう思うのだ、共に戦ってきた特戦部隊の者達は彼が隊を抜けた後、色々と思う事もあるのだろう。
隊長であるハーレムなら、尚更に。
「で、キンタロー。第二の男前になって俺に金を貸す気は」
「毛頭無い」
「ケッ!やっぱ財布代わりにリキッド銀行は手元に置いとくべきだったぜ」
くわえタバコをしぎしぎと噛んでペッとそこらの床に捨て、元部下の人権を完全に踏みにじった発言をしつつ、ハーレムは懐から一冊のファイルを取り出した。
「叔父貴、タバコはきちんと火を消してからしかるべき場所へ捨てろ。
いいか、灰皿へ捨てるのが原則だ」
「あー、分かった分かった」
キンタローはハーレムが捨てたタバコをわざわざ拾い上げると、近くにあった休憩所に備え付けてある灰皿のところまで行き、きちんと火を消してから捨てた。
ハーレムはこれが手本だ、と真面目な顔をして言うキンタローを綺麗にスルーしてファイルをバサバサとめくっている。
「?……叔父貴、それは何の資料だ?」
「ん~?オメーも見るか?リッちゃんと俺らのお・も・い・で」
子どもが見たらトラウマになって三日はうなされそうな凶悪な笑みを浮かべ、ハーレムは「ほらよ」とキンタローにも見えるようにファイルを広げた。
ファイルの中身はリキッドと特戦部隊の写真ばかりで埋められている ――つまり、早い話がただのアルバムだ。
キンタローは沢山貼り付けてある写真にざっと目を通し――。
「虐待の記録か」
スパッと真実を突いた。
そこには禍々しい笑みを浮かべた特戦部隊の面々と、ありとあらゆるイジメ(拷問)を受けて半死半生のリキッド坊やが映っていた。
膨大な記録の中で、リキッドが笑っている写真は一枚も無い。
「やっだな~何言ってやがんだキンタロー。オラ、このソウルフルな写真を見ろ。笑顔のリッちゃんと俺サマが映ってんだろ」
「どこからどう見ても強制された笑顔……いや、これは昇天する間際の天使の笑みなんじゃないか?」
写真には此方に向かって笑顔でピースしているハーレムと、そのハーレムにもう片方の手で首を鷲掴みにされ青い顔をしたリキッドの二人が映っていた。
リキッドの口元は確かに穏やかに緩められている。だがそれは空へ還っていく前の最後の笑みに見えた。
「こんなに儚い笑顔を見たのは生まれて初めてだ」
「そーか、そりゃ良かったな」
ハーレムはフンフン、と鼻歌まで歌いながら上機嫌でアルバムをめくる。
「で、こんなものを突然取り出してどうする気なんだ?」
「バーカ、売りつけるに決まってんだろ。……リッちゃんのこの恥ずかし~い写真集をバラまかれたくなけりゃ、金よこせってな」
「――もしや、リキッドの父親である大統領を脅す気か!?そんな事をすれば戦争になるぞ」
友好国が一転、敵対国になってしまう。
流石に顔色を変えたキンタローにハーレムは楽しそうに笑った。
「とーーーぜん、そう思うよな~?じゃあ大統領と関係が悪化して困るのは誰だ?」
投げ掛けられた質問に、キンタローはそういう事か……とハーレムの意図を察して眉間にしわを寄せた。
「マジック叔父上か」
「正解。シンタローでもいいけどな」
「脅す標的を身内に定めるな!」
「金ぶん奪るのにいちいち手段なんか選んでられっかー!近くに金持ってる奴がいんならそっから攻めンのは常識だろ!!」
「くッ……獅子身中の虫め。なんて厄介な親戚なんだ」
リキッドの人権やら名誉やらはどうでもいいとしても。何とかこの写真集は秘密裏に始末してしまいたいところだ。
ハーレムの手から何とかそれを奪おうとタイミングを計るが、流石にそこまで甘い相手ではない。
さっさと懐にしまってしまい、後はもう隙一つ無い。
後で何かしら手段を講じるしかないだろう、とキンタローは仕方なくこの場は諦める事にした。
――と、そこまで考えて。ふとキンタローは気付いた。
この目の前にいる傍若無人な叔父も、ある意味では写真好きと言えるのではないか?
参考にはなるだろうと、キンタローはノートとペンを取り出した。
「時に叔父貴、訊ねたい事があるのだが」
「あ?ンだよ突然。俺の隠し財宝の在り処なら教えねーぞ」
「あるのか財宝」
「俺のヒミツのプライベート写真や勝負服、勝負下着、愛用してる枕とかが置いてある」
「それはただの私物だ。……もう財宝の在り処は分かった、叔父貴の部屋だろう」
心配せずとも誰も狙わん、と太鼓判を押してやり、キンタローは漸く本題を切り出した。
何故写真を撮るのか、写真を撮るという行為はハーレムにとってどのような意味があるのか、と。
ハーレムは怪訝そうな表情でキンタローを見つめたが、すぐにまたいつものようにニヤリと笑った。
「まぁ俺が写真なんか撮るのは、大概目的がある時だな。今回みてぇに写真で人を脅すとか、からかうネタにするとか」
「……なるほど。その目的の内容はともかくとして、利益を得る為に写真を撮るというのなら確かに理解しやすいな」
「写真は形になって残るからな~。残したい思い出も残したくない思い出も、全部そのまんま残りやがる。……その時の一場面を切り取って、な」
「ああ、そうなるな」
「……。ッたく、キンタロー。頭かてぇな~オメーは」
生真面目にメモを取っているキンタローの頭を、ハーレムは唐突に撫でた。いや、それは撫でるというよりも頭を掴むような乱暴な仕草だ。
髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。
キンタローは突然の事に驚いて顔を上げ、何かの嫌がらせか?と眉を寄せる。
――キンタローは知らないが、それはハーレムがシンタローやグンマ、リキッドなど、彼が近しく思っている相手に対して稀に見せる行動だった。
ハーレムはイタズラをした悪ガキのような顔で、ニッと笑う。
「いちいち頭で考えてンじゃねーよ、見えるモンも見えなくなっちまうぜェ~?。……オメーはまだまだ知らねー事や気付いてねー事がたくさんあるみてぇだしな」
「……どういう意味だ?」
「さぁな~。まァ別に悪い事じゃねーよ。これからゆっくり知っていけ。……おら、一緒に歩いてくれる奴らがいんだろ?」
見てみろ、と顎で示された方に視線を向けると、そこにはシンタローがいた。
誰かを探しているらしく、時折周囲に視線を飛ばしながら通路を歩い
ている。
「シンタロー?何故ココに……」
「さーな。オメーを探してんじゃねぇか~?見つかったら色々うるさそうだし、俺はもう戻るぜ。一眠りしてぇしな」
「仲良くやれや」ともう一度言うと、ハーレムは豪快に欠伸をしてその場を立ち去った。
一方シンタローはというと、どうやらあまり機嫌がよろしくないらしく、眉間にシワを寄せてずんずんと歩を進めている。
シンタローは普段、遠征で外に出ている事が多く、ガンマ団に戻ってきても総帥室で仕事をしている時間が圧倒的に長い。よって、ヒラの団員達はあまり総帥の姿を見る機会がない。
偶然そこを通りかかった団員達は、何故シンタロー総帥がこんなところに……と驚いて暫し呆然としていたが、ハッと我に返ると慌てて通路の端に寄ってシンタローに敬礼した。
シンタローはそんな団員達に「おう」と軽く声をかけながら堂々と(見ようによっては偉そうに)歩いていたが、少し離れた場所にいるキンタローに気付くと、僅かに表情を和らげた。
「ンだよ、オメーこんなとこにいやがったのか。探しちまったじゃん」
「どうしたシンタロー。何かあったのか?」
互いに歩み寄り、返された言葉にシンタローは少し居心地が悪そうに鼻の頭をかいた。
「いや、別にそういうワケじゃねーんだけど……あー、ところで写真がどうのって話はどうなったんだ?調査、上手くいってンの?」
「順調、とは言い難いな。高松とアラシヤマとハーレム叔父貴からデータを採ったが、これだけでは足りん」
「げっ、サイアクの人選!つーか獅子舞戻ってきてンのか?」
嫌そうに顔を歪めたシンタローに、キンタローは「ああ」と頷いた。
先程予想した通り、シンタローの機嫌がやや下降したのが分かり、思わず微苦笑を浮かべる。
「後で報告書が届くだろう。怒鳴り込むのはそれを見てからにしてくれ」
「見るまでもねーけどな。…………で、大丈夫か?お前」
「何がだ?」
唐突な問い掛けに怪訝そうな顔をするキンタローから僅かに視線を外しつつ、シンタローは「だーかーら」ともどかしげに言った。
「調査……つって、変なヤツにばっか話聞いてんじゃんオメー。しっかりしてるくせに変なとこで騙されやすいしよォ。……で、今そのノートどんな事になってんだよ。見せてみな」
ほれ、とあくまでも偉そうに手を差し出してくるシンタローに、キンタローはノートを渡した。
……どうやらキンタローを心配して様子を見に来たらしいが、照れ臭くて言えないようだ。
シンタローは几帳面さを窺わせる綺麗な字体で書かれたキンタローのノートに目を通し――うんざりした顔をして肩を落とした。
「みごっっっとに、イヤな方向に偏ったデータが出てンじゃねーか!何だよ、この悦に入る為とか愛と友情のストーリーとか人を陥れる手段とかいう回答者の人格疑うような答えはッ」
「回答者の人格が歪んでいるのだろう」
「オメーも分かってんならこんなヤツら対象にしてんじゃねーよ!」
もっともな反応を示し、シンタローは「やっぱ様子見に来てやって正解だったぜ」とぶつぶつ怒りながら呟いた。
「もしや、俺を心配して見に来たのか?」
思い当たって訊ねると、シンタローはバツが悪そうに顔をしかめて「… …まーな」と小さく肯定した。
「過保護かとも思ったけど、ちょうど仕事が一区切りついたし……暇つぶしも兼ねて見に来てやったんだよ。感謝しろよナ」
面倒見が良いのはシンタローの元からの性格だ、だがその対象を弟以外の者へと向ける時、それを照れ臭く思うのもまた彼の性格だった。
「シンタロー……」
「……ンだよ」
二人は見つめ合った。
胸を満たす家族愛が暖かく彼らを包み込み――。
「そういうところがお前の美徳だが、余計なものにな憑かれる可能性もあるぞ。注意しろ。いいか、具体的に言えばナマモノとか粘着質なストーカーとかだ」
「具体的過ぎて泣きそうだよ馬鹿ヤロー」
夢も希望も無いキンタローの一言で一瞬の内に散っていった。
キンタローはコホン、と軽く咳払いをし「話を戻すが」と前置きをしてから本題に入った。
「そういえばシンタロー、お前も無類の写真好きだったな」
「んあ?別に好きってほどでもねーけど……普通じゃねー?」
「いや、そんな事はないぞ。お前の作ったコタローのアルバムは先日100巻を突破した。これは常識で考えて並大抵のものではない」
「……数えてたのか、俺のコタロー・コレクション」
「100巻突破を記念して何か催し物でも開くか?」
素で訊ねるキンタローにシンタローは黙って首を横に振った。
何だか自分がマジック似のダメ人間になってしまったような気がして、少し切ない気分になった。
「そうか。……では改めて問おう。何故お前は写真を撮るんだ?」
「ん~……何故って言われてもなぁー」
シンタローは困ったように眉を寄せ、がしがしと頭をかいた。
自分が写真を撮る理由……コタローの写真を撮る理由……。
100巻突破……可愛いコタロー……可愛い可愛い俺の弟……。
「シンタロー、鼻血を拭け。赤い総帥服が更に真紅に染まるぞ」
「あ、ホントだ」
いつの間にかダクダクと溢れていた鼻血で足元に血だまりが出来ていた。
キンタローに借りたハンカチで鼻血を拭いながら、「うーーーん」とシンタローは唸り……結局、シンプルな回答をした。
「コタローは俺の大切な弟だから」
「…………。そうか」
キンタローは暫しの間、考え込むように目を伏せ――短く相槌を打つと、「分かった、協力感謝する」と言った。
シンタローはそんなキンタローの様子を黙って眺めていたが、ふと何かを思いついたように「……あ」と呟いた。
ん?と怪訝そうに此方を見るキンタローにシンタローは誤魔化すように「いや、何でもねーよ」と軽く手を振る。
「で、調査はもう終わったのか?」
「……何となくだが、答えが分かってきたような気がする。だがもう少しだけ――そうだな、マジック叔父上にも訊ねてみるとしよう。叔父上と会えるだろうか」
「またサイアクの人選しやがって……。ま、行って来いよ。俺が繋ぎ取っといてやるから」
珍しく、さして反対もせずにそう応えるとシンタローは特注で作らせた自分専用の携帯電話を取り出して、直接マジックへとかけた。
「もしもーし。親父?俺だけど。これからそっち行くから、時間あけといてくれよ。……あ~、いちいち過剰に反応すんじゃねーよ鬱陶しい!用があんのは俺じゃなくてキンタローだ!……いや、そうじゃねーけど聞きてぇ事があンだってさ。とにかく部屋から出ずに待ってろよ、いいな?」
かなり一方的に予約を取ると、シンタローは返事も聞かずにブチッ!と電話を切った。
「よしっ、これでいいだろキンタロー」
「……?ああ、助かった」
「いいって。んじゃまた後でなー」
妙に協力的な態度を取って、シンタローはニッと笑うとどこかいそいそとした足取りでその場を去っていく。
後に残されたキンタローはやや不審そうにそんな彼を見送ったが、考えてもシンタローの意図は読めなかった。
首を傾げながらも、キンタローはマジックの部屋へと歩き出した。
* n o v e l *
PAPUWA~らぶメモ~
4/5
「やあ、待っていたよキンタロー」
イスにゆったりと腰掛けて、相も変わらずシンタローの人形を抱いたまま、マジックはにこやかにキンタローを迎え入れた。
「何か私に聞きたい事があるそうだね?珍しいな」
そう言いながら軽く手を振って、側に控えていた二人の側近を下がらせる。
話し易いようにとの配慮だろう。
人払いが済んで二人きりになると、キンタローはマジックの前へと歩み寄った。
「その……わざわざ時間を割いて頂いて申し訳ありません。大した事ではないのですが、叔父上に訊ねたい事があります」
「何だい?キンタロー。……フフ、そう緊張しなくてもいい。総帥職を退いてからというもの、私は暇を持て余しているからね」
何でも聞きなさい、と鷹揚に頷いて見せるマジックに、キンタローは幾分肩の力を抜いた。
――この叔父を前にすると、ハーレムに対する時とは違い、キンタローはつい身構えてしまう自分を感じていた。
自分達は同じ青の一族ではあるが、共に過ごした時間はあまりにも短く、また状況が特殊すぎた。ぎこちなさを感じてしまうのも無理は無いだろう。
……ちなみにハーレムはあのような性格なので互いに気を遣い合う必要は皆無である。
「――俺は、最近疑問に思う事がありました。人は何故写真を撮り… …記録を残そうとするのかと」
静かに語り始めたキンタローに、マジックは黙って耳を傾ける。
「研究対象としてデータを集める為だというのなら、俺も納得できる。
しかしマジック叔父上やシンタロー、高松、ハーレム叔父貴を見ていると……それだけではないような気がしてきました」
「……うん、そうだね」
「だから俺は、人が記録を残そうとするその理由を、その行為の意味を知りたくて彼らから話を聞きました」
自分の中で答えを模索するように目を伏せ、キンタローは一度深く呼吸をした。
マジックはそんな彼を穏やかな光を宿した目で見つめる。
「答えは、見つかったのかい?」
「――よく、分かりません。何かに気付きかけているような気もするが……まだ確かではない」
独白するように呟いて、キンタローはギュッと拳を握ると視線を上げてマジックを見た。
何かを訴えかけるその眼差しにマジックはふっと微苦笑をこぼした。
「まったく……お前は素直で真面目な子だな。シンタローが心配するわけだよ」
抱いている人形の頭を一撫ですると、マジックはおもむろに机の引き出しを開けて一冊の分厚いアルバムを取り出した。
机に置かれたそのアルバムの表紙には、「I LOVE シンちゃん【シンタロー5歳の記録《下巻》】」と書かれている。
「……。叔父上、これは?」
「シンちゃんとパパのラブラブな思い出が詰まったアルバムだよ。シンちゃん5歳編は上・中・下巻に分かれていてね、これは冬から春にかけての思い出が詰まっているのさ!」
張りのある声でそう言うと、マジックは「見てごらん」と笑顔でキンタローにアルバムを差し出した。
受け取ると、ズシリと腕に重みがかかる。キンタローの筋力を以ってしても片手では持てずプルプルと腕が震えた。
「叔父上、腕が攣りそうなんですが」
「頑張れキンちゃん」
サラリと笑顔で流されたので、キンタローは仕方なく頑張ってみる事にした。
素直にページをめくると、そこにはシンタローの笑顔が溢れていた。
まだあどけない表情。カメラを構えているのは父であるマジックなのか、何の陰りも無い全開の笑顔を此方に向けている。
オモチャを持ってはしゃぐ姿、無防備な寝顔、信頼に満ちた眼差し、屈託の無い笑み――中には駄々をこねて泣いているような写真や、頬を膨らませてそっぽを向いている写真もある。
だが全てに共通して言えるのは……そこにある暖かな空気であった。
「撮る側の愛情と、撮られる側の愛情……その両方が伝わってくるだろう?」
かけられた声にハッとして顔を上げると、マジックは微笑んで彼を見ていた。
「お前が聞きたいのは写真を撮る理由、だったね。
私は形に残しておきたいんだよ。いつかこの手から離れていく、大切な者達の姿を。想いは消える事は無い、だが思い出は知らず知らずの内にぼやけて輪郭が不鮮明になっていくものだ……でもこうして形に残しておけば、いつでも愛する者の姿と、共に在ったその時の事を再現する事ができるだろう?」
息子の姿に似せて作った人形を慈しむように撫でるマジックのその姿は、ガンマ団の非情な元総帥などではなく――ただの普通の、子を愛する親のものだった。
「感傷だと思われるかもしれないね。だが私はシンタローを……可愛い子ども達を、心の底から愛している。いつか別れが来ると知っているからこそ共に過ごす時間、その一瞬一瞬が愛おしくて仕方ないのだよ」
「叔父上……」
キンタローはアルバムに目を落とした。
冬から春へと移り変わっていく親子の記録――最後の写真は、満開の桜の木の下。息子を抱き上げて笑うマジックと、父親に抱き上げられて楽しそうな笑顔で応えるシンタローの姿だ。
シンタローへと注ぐマジックの視線には確かな愛情が溢れていて。
シンタローもまた、曇りの無い目でマジックを見ている。
幸せな親子の写真。
「……」
それを見つめるキンタローの表情からも、険が取れて自然と口元が笑みの形を刻んだ。
そんなキンタローを見てマジックは満足気に一つ頷くと、「それにね」とイタズラっぽく付け加えた。
「写真を見れば自分がいかに愛されて、大切にされていたのかを知る事ができる。いわば写真とは愛の証であり愛の記録――ラブ・メモリー略してらぶメモってところだね!」
「叔父上、その略し方はいかがなものかと」
「ハッハッハッ、聞こえないぞ~キンタロー」
アルバムを閉じてそっと机の上に戻すキンタローに、マジックは柔らかな声音で続けた。
「――忘れてはいけないよ。キンタロー、お前も皆に愛されているんだという事をね」
「……俺が、ですか?」
意味が分からず戸惑うキンタローを前に、マジックは楽しげに笑った。
そして――キンタローの背後で勢い良く扉が開いた。
* n o v e l *
PAPUWA~らぶメモ~
5/5
「よォ、キンタロー。変態親父に毒されてねぇか~?」
「やっほー。おとーさま、キンちゃん!」
「シンタロー!グンマ!?」
突然の闖入者に驚いて声を上げるキンタローをよそに、二人は何の遠慮も無くズカズカと部屋に入ってきた。
「どうしたんだ、お前ら」
「バーカ、オメーの様子見に来たに決まってンだろ。親父に変な事吹き込まれたりしてねーだろうな?」
「らぶメモ……」
「あァん?」
「いや、何でもない。それより……ン?何だそれは、グンマ」
何か分厚い本のような物を持ってフラフラしているグンマに気付き、キンタローは声をかけた。
するとグンマは嬉しそうにニッコリと笑い、その分厚い本――写真の詰まったアルバムをキンタローの腕にドサッと預けた。
「はいキンちゃん!キンちゃんのアルバムだよ~」
「なに!?俺のアルバムだと……?」
「大変だったんだよー。写真集めて一枚一枚丁寧に張って、しかもすっごく重かったんだから」
困惑しているキンタローの疑問には一切答えず、褒めて褒めて!と要求するグンマの頭を、シンタローは呆れたように軽く叩いた。
「あいた!……シンちゃんひどいよ~!」
「うっせ、キンタローが混乱してっだろ。……大体グンマ、お前アルバム作るの楽しんでただろ」
グンマは叩かれた頭を押さえてシンタローに非難がましい目を向けていたが、その言葉にすぐにまた笑顔に戻った。
「そうだね、大変だったけど楽しかったね!キンちゃんのアルバム作ってる間、シンちゃんもずぅ~っと楽しそうに笑ってたもんね~」
「それは言わなくてよろしい」
即座にまたグンマの頭を叩き落す。照れ隠しもあってか先程よりも威力が上がっていた。
「ぶぇ~~ん!たかま……」
「ば、バカっ、変態ドクターなんか呼ぶんじゃねーよ!ココで鼻血ふかれたらアルバム汚れっだろ!」
いささか慌ててシンタローが止めると、グンマもその可能性に行き当たったのかピタリと泣くのをやめた。
一方、話の主役であるキンタローは渡されたアルバムを持ったまま、どう反応すればいいのか分からずそんな二人の漫才めいたやり取りをただ見つめていた。
それに気付いた二人は漸く言い合いをやめ、改めてキンタローの方を向く。
「あ~……まァ、そういう事だ。それ、俺とグンマが作ったオメーのアルバム」
「一生懸命作ったんだよ!」
「俺の、アルバム……?」
シンタローとグンマの顔を順に見回すキンタローの肩を、誰かがポンと叩いた。
振り返るとマジックが立っており、「さあ、開けてごらんキンタロー」
と優しく言った。
「……」
キンタローは頷いて、アルバムの表紙を開きページをめくった。
そこには――穏やかな表情を浮かべたキンタロー自身が映っていた。シンタローやグンマと共に、時に笑って時に喧嘩をして――そんなごくごく当たり前の日常が、幸せな時間が、そこに映っていた。
「これは……」
目を見張り、言葉を失うキンタローの横にグンマが並ぶ。キンタローの顔を覗き込んで、裏表の無い澄んだ瞳で笑いかけた。
「キンちゃんも、自分の写真が欲しかったんだよね?」と。
「――俺は………っ?」
呆然としているキンタローの肩に、突然ガッと腕が回された。
そのまま肩を組まれて、もう片方の手で頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。ハーレムとよく似た仕草だ。
驚いて横を見ると、シンタローが可笑しそうにクックック、と笑っていた。
「シンタロー……」
「ンだよ?まぁ~だ気付いてなかったのかオメー?……ほんっとキンタローらしいよな~」
「なぁ?」とシンタローがキンタローを挟んで反対側にいるグンマに同意を求めると、彼もまた可笑しそうに笑って「だよね!」と頷いた。
「俺は別にそこまで形にこだわんねーけど。ま、いいんじゃねーの?
たくさんバカらしい写真撮って、ジジイになった時みんなでそれを肴に酒でも呑もうぜ」
仕草は乱暴だが温かみのある口調でそう言うと、シンタローはニッと人懐こく笑った。
「え~?シンちゃん、僕お酒はヤダよ!ココアがいいな」
キンタローが何か言葉を返す前に、グンマが横から口を挟んだ。
「あ~?ジジイになっても味覚はお子様か?グンマらしいけどよ~」
「好物がカレーライスのシンちゃんに言われたくないもん」
「テメ、カレーをバカにすっと総帥権限でオヤツの時間無くすぞグンマっ」
「うぇ~ん!シンちゃんがイジメるよー!おとーさまァ~~!」
「イイ歳して親父にチクんな!!」
「ハッハッハ、ケンカはおやめ子ども達」
低レベルなケンカを始めるシンタローとグンマ、そして幸せそうに鼻血を垂らしながらそんな彼らを見守るマジック。
「……」
当たり前の日常が。笑ってしまうくらい、バカバカしいこの日常が。
日常として、当たり前に今ここに存在するという事を彼らは幸せだと感じている。
それが決して「当たり前」では無いという事を、彼らはよく知っているから。
キンタローは腕の中にあるアルバムに目を落とした。
写真の中で自分は彼らに――大切な家族に、囲まれていて。
その表情は自分自身でもハッとさせられる程に、穏やかな、無防備なものだった。
「キンタロー」
不意に名前を呼ばれて顔を上げると、マジックが此方を見ていた。
「これからは、みんなと一緒に思い出を作っていこう」
「――……ああ。そうですね、叔父上」
応えて、キンタローは柔らかな笑みを浮かべた。
「はいキンちゃん、高松からのプレゼント!」
「……?何だこれは。百科事典か?随分と分厚いな」
「アハハ、違うよ~アルバムだよ。キンちゃんが写真欲しがってるって教えてあげたら、高松が送ってきたんだ。これぜぇーんぶキンちゃんの写真だって」
「この量がか!?」
驚愕するキンタローに、グンマは「うん、そう」と何も考えてなさそうな笑顔であっさりと頷いた。
キンタローの机の上には百科事典ほどの厚さがあるアルバムが20~30 冊積み上げられている。のーーーん、とそびえ立つアルバムからは並々ならぬ執念のようなものが感じられた。
「一体いつの間にこんなに撮ったというんだ」
「えーっと……隠し撮り?キンちゃんがお風呂上りにバスローブ姿でくつろいでる写真とかあるし。高松のコレクションの一部らしいよ」
「グンマ、警備室を呼べ」
まさか自分にもストーカーがついていたとは、と慄然とするキンタローの後ろで、「だあぁぁぁッ!鬱陶しいッッッ!!」というシンタローのキレた叫び声と眼魔砲が壁をぶち破る音が轟きと共に響き渡る。
振り返ると、カメラらしき物を持ったアラシヤマがちょうど吹き飛ばされていくところだった。
そしてそんなシンタローを少し離れた場所から、「シンちゃん、こっち見て見て!ほら、チーズ!!」とマジックが撮影してたりした。
「………………」
「愛され過ぎるのも大変だよね」
妙に冷静な口調で、グンマがぽつりと呟いた。
「よう、キンタロー……あんま思い出思い出ってこだわり過ぎンのも、アレだよな……問題ありだよな?」
マジックとアラシヤマに付き纏われてぐったりしているシンタローと、高松が仕掛けた盗聴器及び盗撮に使われたカメラ探しで同じくぐったりしているキンタロー。
二人は崩れ落ちるようにソファに座り込んで、胡乱な目で天井を睨み付けている。
「ああ、その通りだな……シンタロー、お前も弟可愛さで犯罪を犯さないように気をつけろ。いいか、弟相手でも犯罪は犯罪だ……」
「分かったから二度言うな……」
疲れ切った声で会話を交わすと、二人はそれからハァ~~……と重い溜息をついて目を閉じた。
……日頃の疲れもあってか、間もなく二人分の小さな寝息が聞こえ始めた。
――そして、そっと二人に近づく影。
普段であれば人の気配に気付かぬ筈はない二人だが、余程疲れているのか――それとも接近してくるその気配が二人にとって馴染み深いものであった為か――ピクリともせずに眠っている。
二人の寝顔を息を殺してそうっと覗き込むと、僅かな間があってからパシャッと小さな音を響かせる。それは写真を撮った際に漏れる、シャッターを切る音だ。
二人はその音に微かに眉を寄せたが、目を覚ます気配は無い。
写真を撮った人物は彼らの寝顔を眺めて、くすりと笑った。
「……無防備な顔してるなぁ二人共……ふふ、こうしてると双子の兄弟みたいにそっくりだね」
微笑ましげに呟いて、カメラを持ったグンマは部屋の照明を落とすとそっとその場を立ち去った。
「おやすみ、シンちゃんキンちゃん」と囁いて。
後にこの時撮られた写真を見たシンタローとキンタローの二人は、少しバツが悪そうに、少し照れ臭そうに顔を見合わせ。
グンマは「いい写真でしょ?」と得意げに胸を張った。
キンタローは生真面目に頷いてシンタローを呆れさせ、グンマは明るい声を響かせて笑った。
そんな日常を過ごしながら――キンタローは、「今度は俺が写真を撮ってみよう」と思った。
END
* n o v e l *
PAPUWA~らぶメモ~
1/5
キンタローは悩んでいた。
常日頃、「それ」に気付いた時からずっと、彼は考え続けていた。
「何故人は、写真を撮るんだ?」と。
周りを見回してみれば、彼の周囲にはやたら記録を取りたがる人間が多かった。
「ほら、これはシンちゃんが初めてハイハイをした時の写真だよ~。
こっちは掴まり立ちができるようになった時!……いやぁ~、この頃は夜泣きが激しくてねー。思い出すなぁ。
あ、こっちはタマネギを刻んで泣いてるシンちゃん17歳ね!可愛いだろう?隠し撮りするのに苦労したんだよ」
「グンマ様グンマ様グンマ様……ああ、いつ見てもほんっとうに天使のような笑顔ですねぇ。あひるさんボートに乗ってはしゃいでいるこの笑顔がまた……!
観賞用、保存用、引き伸ばしてポスター用、その他と計50枚は焼き増ししておかなければいけませんねぇ……ほんと幾つアルバムがあっても足りませんよ」
「フフ、フフフフフ……!ついに、ついにシンタローはんのお宝写真をゲットしたどすえー!
コタロー様原寸大人形を抱いて幸せそうに眠ってはるこのあどけない表情!まさにレア中のレアどすッ!命がけで部屋に忍び込んだ甲斐がありましたなぁ~」
――今すぐヤツらを警察に突き出した方がいいような気もしたが、とりあえずそれは置いといて。
キンタローは真剣に疑問に思っていた。
研究対象として捉え、記録を取っているというのなら理解できる。キンタロー自身が研究者であるから、『記録を取る』という行為の重要性はよく知っている。
だが彼らはそういう理由で行動している訳ではなさそうだ。
ならば何の為だ?
首を傾げて、キンタローはまた今日もその謎について考えている。
「――で、結論は出たのか?」
「ああ。人が写真を撮るという行動の原理についてはまだ結論は出ていないが、結論を出す為の手段は思いついた」
生真面目な顔をしてメモを取る為のノートとペンを持ってどこかへ出かけようとするキンタローに、シンタローは半ば呆れた顔をしながらも「手段って?」と訊ねた。
「簡単な事だ。彼らが何故写真を撮るのかを彼ら自身に直接訊ねその答えを傾向ごとに分類して表を作成、そこから考察を進め写真を撮るという行為はどのような動機から生じるのかまたその行為が我々にどのような心理的作用をもたらすのかを」
「あ~、細かい事はいいから。要するに、写真好きなヤツらに何で写真撮んの?って聞きに行くって事だな?」
「そういう事だ」
「りょーかい。……ま、今日はもう大した仕事ねーし。いいぜ、行って来いよ。もしオメーの手がいる事があったら、携帯鳴らすか団内放送で呼び出すから」
「分かった。すまないなシンタロー。……では、行ってくる」
「はーいはいはい。気をつけていってらっしゃい」
もはや苦笑いしか出ないらしく、子どもを見送るような表情でシンタローは軽く手を振った。
キンタローはまずは誰から行こう、と考えながら総帥室を後にした。
とりあえず身近な人間から行ってみる事にした。
「おや、どうしたんですかキンタロー様。わざわざ私の元へ来て下さるなんて、珍しいですね。……呼んで下さればこの高松、どこにいても誰を診ていてもどんな人体実験をしていても全て放り出して即座に駆けつけましたのにっ」
「いや、そこまでして来て欲しくない。むしろ来るな」
キンタローは、最高の笑顔で自分を出迎えてくれた高松の好意をバッサリと斬って捨て、彼の仕事場である医務室に足を踏み入れた。
きちんと整頓された部屋は白一色、微かに漂うアルコールの匂い、そこにしっくりと馴染む主の姿――主はキンタローを見て盛大に吹き出した鼻血を白いレースのハンカチで上品に拭った後、イスを引いてどうぞ、と微笑んだ。
見慣れた光景にキンタローはリラックスした様子で、引いてもらったイスに腰を下ろす。
今日はグンマが一緒でないのでまだ鼻血の量はセーブされている方だ。
「で、今日はどういったご用向きですか?――まさか、身体のどこかに不調が?」
机を挟んでキンタローの正面に座った高松が、気遣わしげに訊いてくる。
即座に首を横に振って否定すると、このグンマとキンタロー限定で過保護で心配性なドクターはあからさまにホッとした表情を浮かべた。
では……?と目で話を促してくる高松にキンタローは単刀直入に訊ねる事にした。
「時間が無いので早速本題に入らせてもらう。……高松、お前は何故
グンマの写真を撮るんだ?」
「グンマ様が可愛いからです」
1+1=2、とでもいうかのように一切の迷いの無い即答。
此方の唐突な質問に全く戸惑う様子が無い高松に、逆にキンタローの方が眉を寄せる。
「む……?それはどういう事だ。あいつが可愛いかどうかは置いておくとして、可愛いという事と写真を撮って記録を残すという事に何か因果関係があるのか?」
「とーーーぜんですよキンタロー様。写真を撮るとその時、その瞬間のグンマ様の愛くるしいお姿を留めておく事ができますよね?」
「ああ、形になって残るな」
「そうです。そうするとっ、後でいつでもその写真を見てグンマ様の天使の笑顔に浸れるのですよ!!いつでもどこでもグンマ様のお顔を見て悦に入る事が可能になるのですッ!!」
「…………?」
変態ドクターの言葉がいまいち理解できずキンタローは眉間のしわを深くした。
だが一応、何かの参考になるだろうと取り出したノートに高松の言葉をメモしておく。
「いいですかキンタロー様!写真だけに限らず私はビデオで動画も撮る派ですが、ついでに盗聴器で音声も録っておく完璧派ですがっ、それらの行為は全てグンマ様への愛ゆえ!思い出を残す為なのですッ!そしてその素晴らしい思い出を何度も何度も繰り返し思い起こす事によって更なる境地へと」
「高松、一応何がしかの参考にはなった。礼を言う」
また勢い良く鼻血をふいている高松の熱弁を途中で遮り、キンタローは鼻血を浴びる前に素早く席を立ってドアの方へと避難した。
「おや、キンタロー様。まだお話は終わっておりませんよ?それにお茶の一杯でもいかがですか」
「折角の申し出だが断らせてもらう。まだ他にも回るところがあるのでな。――あと、仕掛けた盗聴器は全て撤去しておけ」
まだ何か言い募ろうとする高松を置いて、キンタローは速やかに医務室から立ち去った。
後でグンマに、身辺に気をつけるようよく言い聞かせておこう、と思いながら。
* n o v e l *
PAPUWA~らぶメモ~
2/5
医務室から出て暫く歩いていると、キンタローは急に辺りの気温が下がったのに気付いて立ち止まった。
気のせいか、照明も薄暗くなった気がする。
この現象に覚えがあるキンタローは、ある男の姿を探して周囲を見回した。
「やはり居たな、アラシヤマ」
「何の用どすの、あんさん……」
廊下の端っこで木製の人形と向かい合って正座をしている暗い男―― 妖気を背負ったアラシヤマが陰鬱に応えた。
「お前こそ何をしている、誰かを呪うのなら丑三つ時に神社へ行け。
いいか、白装束を着て神社だ」
「二度も言わんでええどす!ちゅーか、何でわてが丑の刻参りですのん!?」
「貴様のイメージにピッタリだ」
「……アンタ、さり気にキッツイ事言わはりますなぁ~」
こめかみに青筋を浮かべつつも、流石にやり合う気は無いのかアラシヤマはフン、とそっぽを向いた。
「わてとトージくんのお見合いタイムを邪魔せんといておくれやす。まだ知り合ったばかりなんどすから……最初の印象が重要なんどすえ~」
「そういうのを見合いとは言わん」
「同じようなもんどす」
本気でそう思っているらしく、アラシヤマはどこか緊張した面持ちでトージくん(漫画家が使うデッサン人形)に向かって「と、トージくんのご趣味は何どすか!?」等と聞いている。
キンタローは無視して立ち去ろうとしたが、続いて聞こえてきたアラシヤマの言葉に興味を引かれて足を止めた。
「そうなんどすか~。……え、わて?わての趣味はシンタローはんウォッチングどす!シンタローはんはわての、し、し……心友どしてなぁ!シャイな上にお忙しいお人やからなかなか会う機会はありまへんけど……シンタローはんはわての一番大切な人どすえ!……あ、いやいや勿論トージくんの事も大事に思っとりますわ。まだ会うたばかりどすけど、いいお友達になれたらって……ああっ、大胆な事言うてしもうたわ!いややわ~、わてとした事が。あっ、こないなとこ見られたら……シンタローはんヤキモチ焼かはるかもしれまへんなぁ~!」「それは絶対に無い」
幸せな妄想モードに入ってトリップしているアラシヤマに思わずツッコミを入れると、「何ですのん横から!?」と思いっきり睨まれた。
「人の会話を盗み聞きするやなんて、お里が知れるっちゅーもんどすわ。……シンタローはんはああ見えて独占欲が強いお人どす、わてが新しいお友達と一緒におるとこ見たらきっとヤキモチで大変な事になりますなぁ。可愛いお人や、まったく」
わて困りますわ~、とピンクのオーラを放っているアラシヤマにキンタローは眼魔砲を撃つべきか一瞬迷った。
いつもなら迷わず撃つところだが、今回は一つ気になる事がある。
「貴様とこれ以上会話を続けても得るものは何一つ無いという気がして仕方がないが……ついでに言うとシンタローの為に今すぐ貴様を葬り去るべきだとは思うが――アラシヤマ、お前に訊ねたい事がある」「一言、二言多かった気がしますなぁ~キンタロー。……まぁええわ、何どすのん?」
キンタローとアラシヤマが二人で会話を交わす事は滅多に無い。それだけにアラシヤマは、何か団に関わるような重要な事を聞かれるのかと思い、居住まいを正して話を促した。
「今お前が言った『シンタローうぉっちんぐ』とやらの詳細を聞きたい」
「…………はぁッ?」
予想を思いっきり外してくれた質問に、アラシヤマはガクッと肩をこけさせて呆れたようにキンタローを見た。
「何言うてますの、あんさん」
「至極真面目に聞いている。……今、人が写真を撮る理由について調査中だ。お前はシンタローの写真を撮っているだろう?何故そのような行為に及ぶのかを訊ねている」
「……あんさん、頭はええけどアホどすなぁ~」
トリップ状態から覚めたアラシヤマは案外常識人だ。
呆れ返った目でキンタローを見て冷静につっこむが、キンタローが真面目な顔をしてノートとペンを取り出しているのを見ると、毒気を抜かれたようにやれやれと肩をすくめた。
「図体ばかりデカくて中身はてんでお子様どすな。難儀なお人やわ… …。まぁ仕方ありまへん、シンタローはんもあんさんの事は気にかけとるようどすし、相手してやってもええどすえ?」
「そういう恩着せがましいところが嫌われる一因だな」
「……フフフフフ、黙ンなはれ金髪紳士。いくら温厚なわてでも怒る時は怒りますえ~……?」
アラシヤマはぶすぶすと炎を燻ぶらせながら陰気に怒気を放った。
どうやらキンタローの邪気の無い一言に心を抉られたらしい。
だが当のキンタローは全く頓着せずに、「で」と冷静に続きを促した。
アラシヤマは「いつか燃やす……!」と心に誓いながらも、顔には出さずにはいはい、と頷いた。
「写真を撮る理由、でっしゃろ?そないに深く考えた事はあらしまへんが……単純に考えて、好きやからと違います?」
「写真を撮る行為そのものがか?それとも被写体がか?」
「わての場合は後者どすな。写真そのものには興味ありまへん。わてが興味をひかれるんはあのお人に対してだけどすわ」
――言ってる内容はかなりアレだったが、淡々と語るアラシヤマにキンタローもまた淡々と質問を続けた。
「好きだから、その対象とする人物の姿を写真にして手元に置いておきたい、という事か?」
「単純にそうでっしゃろ。会いたい思うても、そういつもいつも会えるとは限りまへんし。――二度と会えなくなる事もありますわ。なら、残しておきたい思うんは人情と違いますのん。例え紙切れ一枚の写真やとしても」
キンタローは淀みなく動かしていたペンを、一瞬だけ、止めた。
アラシヤマはどこか遠くを見るような目で、どことも知れぬ宙を眺めていた。
「そうか……その気持ちは少し、俺にも分か――」
「とは言ってもシンタローはんの写真はそれだけで価値がありますえー!わてなんかもう30分置きに見てはシンタローはんシンタローはんてハァハァ……ッ!」
「――ったような気がしたがやはり気のせいのようだ」
懐からシンタローの写真を取り出してまた暴走を始めたアラシヤマに、キンタローは冷ややかに告げてノートとペンをしまった。
「ああっ、シンタローはぁぁ~ん!わての心のライブラリーにはあんさんとの愛と友情のストーリーが溢れてますえー!」
「愛と友情に燃え上がるのは勝手だが……デッサン用の木製人形トージくんに引火しかけているぞ」
香ばしい匂いが立ちこみ始めているその場をそっと立ち去るキンタローの後ろで、「がはーーーん!?し、しっかりしておくれやすトージくぅ~~んッ!!!」というアラシヤマの切羽詰った叫びが哀しく響き渡っていた――。
PAPUWA~らぶメモ~
1/5
キンタローは悩んでいた。
常日頃、「それ」に気付いた時からずっと、彼は考え続けていた。
「何故人は、写真を撮るんだ?」と。
周りを見回してみれば、彼の周囲にはやたら記録を取りたがる人間が多かった。
「ほら、これはシンちゃんが初めてハイハイをした時の写真だよ~。
こっちは掴まり立ちができるようになった時!……いやぁ~、この頃は夜泣きが激しくてねー。思い出すなぁ。
あ、こっちはタマネギを刻んで泣いてるシンちゃん17歳ね!可愛いだろう?隠し撮りするのに苦労したんだよ」
「グンマ様グンマ様グンマ様……ああ、いつ見てもほんっとうに天使のような笑顔ですねぇ。あひるさんボートに乗ってはしゃいでいるこの笑顔がまた……!
観賞用、保存用、引き伸ばしてポスター用、その他と計50枚は焼き増ししておかなければいけませんねぇ……ほんと幾つアルバムがあっても足りませんよ」
「フフ、フフフフフ……!ついに、ついにシンタローはんのお宝写真をゲットしたどすえー!
コタロー様原寸大人形を抱いて幸せそうに眠ってはるこのあどけない表情!まさにレア中のレアどすッ!命がけで部屋に忍び込んだ甲斐がありましたなぁ~」
――今すぐヤツらを警察に突き出した方がいいような気もしたが、とりあえずそれは置いといて。
キンタローは真剣に疑問に思っていた。
研究対象として捉え、記録を取っているというのなら理解できる。キンタロー自身が研究者であるから、『記録を取る』という行為の重要性はよく知っている。
だが彼らはそういう理由で行動している訳ではなさそうだ。
ならば何の為だ?
首を傾げて、キンタローはまた今日もその謎について考えている。
「――で、結論は出たのか?」
「ああ。人が写真を撮るという行動の原理についてはまだ結論は出ていないが、結論を出す為の手段は思いついた」
生真面目な顔をしてメモを取る為のノートとペンを持ってどこかへ出かけようとするキンタローに、シンタローは半ば呆れた顔をしながらも「手段って?」と訊ねた。
「簡単な事だ。彼らが何故写真を撮るのかを彼ら自身に直接訊ねその答えを傾向ごとに分類して表を作成、そこから考察を進め写真を撮るという行為はどのような動機から生じるのかまたその行為が我々にどのような心理的作用をもたらすのかを」
「あ~、細かい事はいいから。要するに、写真好きなヤツらに何で写真撮んの?って聞きに行くって事だな?」
「そういう事だ」
「りょーかい。……ま、今日はもう大した仕事ねーし。いいぜ、行って来いよ。もしオメーの手がいる事があったら、携帯鳴らすか団内放送で呼び出すから」
「分かった。すまないなシンタロー。……では、行ってくる」
「はーいはいはい。気をつけていってらっしゃい」
もはや苦笑いしか出ないらしく、子どもを見送るような表情でシンタローは軽く手を振った。
キンタローはまずは誰から行こう、と考えながら総帥室を後にした。
とりあえず身近な人間から行ってみる事にした。
「おや、どうしたんですかキンタロー様。わざわざ私の元へ来て下さるなんて、珍しいですね。……呼んで下さればこの高松、どこにいても誰を診ていてもどんな人体実験をしていても全て放り出して即座に駆けつけましたのにっ」
「いや、そこまでして来て欲しくない。むしろ来るな」
キンタローは、最高の笑顔で自分を出迎えてくれた高松の好意をバッサリと斬って捨て、彼の仕事場である医務室に足を踏み入れた。
きちんと整頓された部屋は白一色、微かに漂うアルコールの匂い、そこにしっくりと馴染む主の姿――主はキンタローを見て盛大に吹き出した鼻血を白いレースのハンカチで上品に拭った後、イスを引いてどうぞ、と微笑んだ。
見慣れた光景にキンタローはリラックスした様子で、引いてもらったイスに腰を下ろす。
今日はグンマが一緒でないのでまだ鼻血の量はセーブされている方だ。
「で、今日はどういったご用向きですか?――まさか、身体のどこかに不調が?」
机を挟んでキンタローの正面に座った高松が、気遣わしげに訊いてくる。
即座に首を横に振って否定すると、このグンマとキンタロー限定で過保護で心配性なドクターはあからさまにホッとした表情を浮かべた。
では……?と目で話を促してくる高松にキンタローは単刀直入に訊ねる事にした。
「時間が無いので早速本題に入らせてもらう。……高松、お前は何故
グンマの写真を撮るんだ?」
「グンマ様が可愛いからです」
1+1=2、とでもいうかのように一切の迷いの無い即答。
此方の唐突な質問に全く戸惑う様子が無い高松に、逆にキンタローの方が眉を寄せる。
「む……?それはどういう事だ。あいつが可愛いかどうかは置いておくとして、可愛いという事と写真を撮って記録を残すという事に何か因果関係があるのか?」
「とーーーぜんですよキンタロー様。写真を撮るとその時、その瞬間のグンマ様の愛くるしいお姿を留めておく事ができますよね?」
「ああ、形になって残るな」
「そうです。そうするとっ、後でいつでもその写真を見てグンマ様の天使の笑顔に浸れるのですよ!!いつでもどこでもグンマ様のお顔を見て悦に入る事が可能になるのですッ!!」
「…………?」
変態ドクターの言葉がいまいち理解できずキンタローは眉間のしわを深くした。
だが一応、何かの参考になるだろうと取り出したノートに高松の言葉をメモしておく。
「いいですかキンタロー様!写真だけに限らず私はビデオで動画も撮る派ですが、ついでに盗聴器で音声も録っておく完璧派ですがっ、それらの行為は全てグンマ様への愛ゆえ!思い出を残す為なのですッ!そしてその素晴らしい思い出を何度も何度も繰り返し思い起こす事によって更なる境地へと」
「高松、一応何がしかの参考にはなった。礼を言う」
また勢い良く鼻血をふいている高松の熱弁を途中で遮り、キンタローは鼻血を浴びる前に素早く席を立ってドアの方へと避難した。
「おや、キンタロー様。まだお話は終わっておりませんよ?それにお茶の一杯でもいかがですか」
「折角の申し出だが断らせてもらう。まだ他にも回るところがあるのでな。――あと、仕掛けた盗聴器は全て撤去しておけ」
まだ何か言い募ろうとする高松を置いて、キンタローは速やかに医務室から立ち去った。
後でグンマに、身辺に気をつけるようよく言い聞かせておこう、と思いながら。
* n o v e l *
PAPUWA~らぶメモ~
2/5
医務室から出て暫く歩いていると、キンタローは急に辺りの気温が下がったのに気付いて立ち止まった。
気のせいか、照明も薄暗くなった気がする。
この現象に覚えがあるキンタローは、ある男の姿を探して周囲を見回した。
「やはり居たな、アラシヤマ」
「何の用どすの、あんさん……」
廊下の端っこで木製の人形と向かい合って正座をしている暗い男―― 妖気を背負ったアラシヤマが陰鬱に応えた。
「お前こそ何をしている、誰かを呪うのなら丑三つ時に神社へ行け。
いいか、白装束を着て神社だ」
「二度も言わんでええどす!ちゅーか、何でわてが丑の刻参りですのん!?」
「貴様のイメージにピッタリだ」
「……アンタ、さり気にキッツイ事言わはりますなぁ~」
こめかみに青筋を浮かべつつも、流石にやり合う気は無いのかアラシヤマはフン、とそっぽを向いた。
「わてとトージくんのお見合いタイムを邪魔せんといておくれやす。まだ知り合ったばかりなんどすから……最初の印象が重要なんどすえ~」
「そういうのを見合いとは言わん」
「同じようなもんどす」
本気でそう思っているらしく、アラシヤマはどこか緊張した面持ちでトージくん(漫画家が使うデッサン人形)に向かって「と、トージくんのご趣味は何どすか!?」等と聞いている。
キンタローは無視して立ち去ろうとしたが、続いて聞こえてきたアラシヤマの言葉に興味を引かれて足を止めた。
「そうなんどすか~。……え、わて?わての趣味はシンタローはんウォッチングどす!シンタローはんはわての、し、し……心友どしてなぁ!シャイな上にお忙しいお人やからなかなか会う機会はありまへんけど……シンタローはんはわての一番大切な人どすえ!……あ、いやいや勿論トージくんの事も大事に思っとりますわ。まだ会うたばかりどすけど、いいお友達になれたらって……ああっ、大胆な事言うてしもうたわ!いややわ~、わてとした事が。あっ、こないなとこ見られたら……シンタローはんヤキモチ焼かはるかもしれまへんなぁ~!」「それは絶対に無い」
幸せな妄想モードに入ってトリップしているアラシヤマに思わずツッコミを入れると、「何ですのん横から!?」と思いっきり睨まれた。
「人の会話を盗み聞きするやなんて、お里が知れるっちゅーもんどすわ。……シンタローはんはああ見えて独占欲が強いお人どす、わてが新しいお友達と一緒におるとこ見たらきっとヤキモチで大変な事になりますなぁ。可愛いお人や、まったく」
わて困りますわ~、とピンクのオーラを放っているアラシヤマにキンタローは眼魔砲を撃つべきか一瞬迷った。
いつもなら迷わず撃つところだが、今回は一つ気になる事がある。
「貴様とこれ以上会話を続けても得るものは何一つ無いという気がして仕方がないが……ついでに言うとシンタローの為に今すぐ貴様を葬り去るべきだとは思うが――アラシヤマ、お前に訊ねたい事がある」「一言、二言多かった気がしますなぁ~キンタロー。……まぁええわ、何どすのん?」
キンタローとアラシヤマが二人で会話を交わす事は滅多に無い。それだけにアラシヤマは、何か団に関わるような重要な事を聞かれるのかと思い、居住まいを正して話を促した。
「今お前が言った『シンタローうぉっちんぐ』とやらの詳細を聞きたい」
「…………はぁッ?」
予想を思いっきり外してくれた質問に、アラシヤマはガクッと肩をこけさせて呆れたようにキンタローを見た。
「何言うてますの、あんさん」
「至極真面目に聞いている。……今、人が写真を撮る理由について調査中だ。お前はシンタローの写真を撮っているだろう?何故そのような行為に及ぶのかを訊ねている」
「……あんさん、頭はええけどアホどすなぁ~」
トリップ状態から覚めたアラシヤマは案外常識人だ。
呆れ返った目でキンタローを見て冷静につっこむが、キンタローが真面目な顔をしてノートとペンを取り出しているのを見ると、毒気を抜かれたようにやれやれと肩をすくめた。
「図体ばかりデカくて中身はてんでお子様どすな。難儀なお人やわ… …。まぁ仕方ありまへん、シンタローはんもあんさんの事は気にかけとるようどすし、相手してやってもええどすえ?」
「そういう恩着せがましいところが嫌われる一因だな」
「……フフフフフ、黙ンなはれ金髪紳士。いくら温厚なわてでも怒る時は怒りますえ~……?」
アラシヤマはぶすぶすと炎を燻ぶらせながら陰気に怒気を放った。
どうやらキンタローの邪気の無い一言に心を抉られたらしい。
だが当のキンタローは全く頓着せずに、「で」と冷静に続きを促した。
アラシヤマは「いつか燃やす……!」と心に誓いながらも、顔には出さずにはいはい、と頷いた。
「写真を撮る理由、でっしゃろ?そないに深く考えた事はあらしまへんが……単純に考えて、好きやからと違います?」
「写真を撮る行為そのものがか?それとも被写体がか?」
「わての場合は後者どすな。写真そのものには興味ありまへん。わてが興味をひかれるんはあのお人に対してだけどすわ」
――言ってる内容はかなりアレだったが、淡々と語るアラシヤマにキンタローもまた淡々と質問を続けた。
「好きだから、その対象とする人物の姿を写真にして手元に置いておきたい、という事か?」
「単純にそうでっしゃろ。会いたい思うても、そういつもいつも会えるとは限りまへんし。――二度と会えなくなる事もありますわ。なら、残しておきたい思うんは人情と違いますのん。例え紙切れ一枚の写真やとしても」
キンタローは淀みなく動かしていたペンを、一瞬だけ、止めた。
アラシヤマはどこか遠くを見るような目で、どことも知れぬ宙を眺めていた。
「そうか……その気持ちは少し、俺にも分か――」
「とは言ってもシンタローはんの写真はそれだけで価値がありますえー!わてなんかもう30分置きに見てはシンタローはんシンタローはんてハァハァ……ッ!」
「――ったような気がしたがやはり気のせいのようだ」
懐からシンタローの写真を取り出してまた暴走を始めたアラシヤマに、キンタローは冷ややかに告げてノートとペンをしまった。
「ああっ、シンタローはぁぁ~ん!わての心のライブラリーにはあんさんとの愛と友情のストーリーが溢れてますえー!」
「愛と友情に燃え上がるのは勝手だが……デッサン用の木製人形トージくんに引火しかけているぞ」
香ばしい匂いが立ちこみ始めているその場をそっと立ち去るキンタローの後ろで、「がはーーーん!?し、しっかりしておくれやすトージくぅ~~んッ!!!」というアラシヤマの切羽詰った叫びが哀しく響き渡っていた――。
* n o v e l *
PAPUWA~IFシリーズ①彼がキス魔だったら・キンタロー&シンタローver~
「シンタロー」
不意に呼びかけられて、シンタローはグラスを持ったまま彼の方へ視線を向けた。
二人きりの部屋にはアルコールの匂いが漂っていて。
明日の仕事に支障が出てはマズイ、そろそろお開きかな、と思っていたシンタローは、きっとキンタローもそう言うのだろうと思っていた。
だが彼の口から出てきた言葉は
「お前にキスがしたい。これから実行に移そうと思うのだが、構わないか?」
――というものだった。
「…………はァッ!?」
全く予想していなかった言葉に、危うくグラスを落としそうになる。
赤いワインがシンタローの動揺そのままに揺れた。
「何言って……あ、さてはオメー、酔ってンな?」
「酔ってはいない」
「酔っ払いはみんなそう言うンだよ」
「……そうなのか。では、酔っているのかもしれない」
普段と何ら変わった様子は無く、生真面目にこくりと頷くキンタローを見てシンタローは呆れた顔をした。
妙な酔い方をするヤツだ、と思わず苦笑が浮かんだが――キンタローが向かい合っていたソファから立ち上がり、こちらの隣へ移動してくるとシンタローの笑いは引っ込んだ。
ギシリ、とスプリングが軋む音がして、二人目の体重に柔らかなソファが僅かに沈む。
キンタローは真面目な顔を崩さないまま、シンタローへ身体を寄せてきた。
――まさかマジなのか。
冗談、と思いつつもシンタローの口元が引きつる。
「オイ……?キンタロー?」
恐る恐る呼びかけると、キンタローは「何だ?」といつも通りに返してきた。
いつも通り……だが、近くに寄ってよくよく見ると、その青い両の目がトロンとしているような気がする。
焦点が合っているようで合っていない。
白い肌もほんのりと色づいていた。
「……酔ってやがる」
思わずシンタローが呻くように呟くと、キンタローは他人事のように「ほう……」と興味深そうに相槌を打った。
「そうか。これが泥酔というものか」
「泥酔までは行ってねーと思うが――って、オイ!?」
予備動作なしにいきなり右腕を掴まれて、シンタローはギョッとした。隙の無い滑らかな動きはとても酔っているとは思えない。
とは言え、まだ身の危険を感じるほどでは無かった。
相手はキンタローで、ココは自分の部屋(テリトリー)である。それ以前に男同士なのだから、そうそう妙な事になるはずがない。
しかし腕は振り払うべきかどうか、と一瞬迷ったシンタローの顎がキンタローのもう片方の手でくいっと持ち上げられ――そのまま、あっさり唇を奪われた。
「――ッ?」
「…………。ふむ。お前の唇は意外と柔らかいな、シンタロー」
「なッ!?」
ほんの1、2秒の短い接触。
すぐに唇を離したキンタローだったが、その柔らかさを確かめようとするように再び顔を寄せ、シンタローの唇を歯で優しく噛んだ。
くすぐったさの中に、時折チリ、と痛みが混じる。
「ばッ……」
反射的に悪態をつこうとして、シンタローの口が薄く開いた。
するとその隙を逃さずにするりとキンタローの舌が咥内に侵入する。
丁寧に、中をくまなく探るように舌が動く。
上顎をくすぐるように舐められて、シンタローの身体がビクリと跳ねた。
その拍子に脚がガラス製の低いテーブルに当たってゴトッと音を立てる。
我に返って視線をそちらへ向けると、テーブルの上で空になったボトルが転がっていた。
「……~~~ッ」
シンタローはグラスを持っていない方の手でキンタローの額をガッと掴み、強引に自分から引き剥がした。
離れた唇の間で銀糸が伝い、不幸な事にそれをバッチリ見てしまったシンタローは顔を真っ赤にしながらも必死にゴシゴシと手の甲で口を擦る。
突然引き剥がされたキンタローは、キョトンとした表情を浮かべてシンタローを見つめている。
「どうした、シンタロー。何か問題でも」
「……問題、だらけだ馬鹿ヤロー!!何やってンだよテメーは!?」
「キスをした」
「あっさり答えるなッ」
「……キスをしては、いけなかったのか?」
キンタローは不思議そうに首を傾げる。
酔っている為かその仕草はひどく幼く見えて、シンタローは「うっ……」と言葉に詰まった。
もちろんダメだ、と答えたいところだが、そう真っ直ぐに見つめられると何とも居心地が悪く、咄嗟に声が出なかった。
「キスは親愛の証だろう。そう習った。俺はお前が好きなのだから、キスをするには問題が無いはずなのだが……シンタロー、お前は俺が嫌いなのか?」
「……ンな事はねーけど。ああ、つーかキスは親愛の証って誰に習ったんだッ?」
間違いではない、ないが、どーも使い方を間違っているような気がする。
訊ねたシンタローに、キンタローは真顔で答えた。
「ハーレム叔父貴だ。気に入った女がいるのなら酒を飲ませて酔ったところを一気に畳み込め、と言われた」
――あンの獅子舞ッ!!!――
いつかコロス!と誓いを立てながら、シンタローは「今すぐ忘れろ!」とキンタローに説いて聞かせた。
「何故だ?」
「その教えは色々間違って……というか問題が多すぎっからだ!つかキンタロー、オメーも女にやれって言われたンだから俺を実験台にすンのはヤメロよな」
「実験台のつもりなどでは無く、本気だったのだが……シンタローが嫌だと言うのなら、次からはちゃんと了解を取ってからにしよう」
「よし。何か余計な言葉も聞こえたような気がするが、今はあえてつっこまん。分かってくれたならそれでいいぜ」
やれやれ、と嘆息して、まだ持ったままだったグラスを思い出し、ヤケになったように中身を一気に呷る。
上下に動くシンタローの白い喉をキンタローがじーっと見つめていたが、気付くと厄介な事になりそうなのでこれまたあえてスルーした。
グラスをトン、とテーブルに置くと、その手にキンタローの手が重ねられた。
「……っ?」
もしやまたか!?と一瞬警戒したシンタローであったが。
キンタローの目を見て、力を抜いた。
これは、母親に頭を撫でてもらいたがっている時の子どもの目だ。
……主人に甘える子犬の目、とも言えない事もないが。
「ハーレム叔父貴の教えには幾つか問題点があるようだが……キスが親愛の情を伝える肉体的な行為の一つであるという事に違いは無いのだろう?」
「……まーな。流石にそこまでは否定しねーけど」
そこを否定するとコイツはまた違った方向へと走っていきそうだ。
まだまだお子様なキンタローに、シンタローは少しばかり余裕が戻ってきて「仕方ねーなァ~」というように苦笑した。
キンタローは何故笑われたのか分からないのだろう、「ム、何だ?」とまた不思議そうに首を傾げたが……まぁいい、と気を取り直して言葉を続けた。
「お前は俺の事が嫌いではないのだな?」
「そりゃまァ。嫌いだったら一緒に酒飲んだりしねーし」
「では……」
「……」
キンタローが何を望んでいるのかはもう分かっている。
シンタローは躊躇ったものの……自分が子どもの頃、父マジックにされたキスを思い出し、フゥ、と溜息をついた。
シンタロー自身も、幼いコタローの頬に愛情を込めてキスした事がある(というか数え切れない程した)。
つまりはそういう事だ。
「キンタロー」
名前を呼び。
はっとしたようにこちらを見るキンタローに少しだけイタズラっぽい表情を向け。
シンタローはキンタローの頬に、ちゅっと軽い音を立てて口付けた。
顔を離すと、ニッと笑いかける。
親愛を込めて、くしゃくしゃとキンタローの髪をかき混ぜてやる。
「今日はもう寝な、酔っ払い」
「シンタロー……」
「明日の朝、気が向けばまたおはようのキスしてやっから」
半分は冗談の言葉だったが、それを聞いたキンタローが真面目な顔で「分かった、楽しみにしている」と答えたので、シンタローはまた笑った。
もう笑うしかないだろう、こんなに図体のデカイお子様に懐かれてしまったのでは。
サービスにもう一度、今度は額にキスをしてやって「おやすみ」と囁いてやると、キンタローもシンタローの頬にキスをして「おやすみシンタロー」と返した。
それから間もなく、ソファの上で寝てしまったキンタローに毛布をかけてやり、シンタローは一人グラスを片付けた。
「ッたく、ほんっと仕方ねーヤツ。……キスが習慣になったりしねーだろうな」
そうなったら恐ろしい、と一人ごちたが――あながち杞憂とも思えない。
とりあえず、キンタローに酒を飲ませる時は気をつけよう、と思った夜なのであった。
PAPUWA~IFシリーズ①彼がキス魔だったら・キンタロー&シンタローver~
「シンタロー」
不意に呼びかけられて、シンタローはグラスを持ったまま彼の方へ視線を向けた。
二人きりの部屋にはアルコールの匂いが漂っていて。
明日の仕事に支障が出てはマズイ、そろそろお開きかな、と思っていたシンタローは、きっとキンタローもそう言うのだろうと思っていた。
だが彼の口から出てきた言葉は
「お前にキスがしたい。これから実行に移そうと思うのだが、構わないか?」
――というものだった。
「…………はァッ!?」
全く予想していなかった言葉に、危うくグラスを落としそうになる。
赤いワインがシンタローの動揺そのままに揺れた。
「何言って……あ、さてはオメー、酔ってンな?」
「酔ってはいない」
「酔っ払いはみんなそう言うンだよ」
「……そうなのか。では、酔っているのかもしれない」
普段と何ら変わった様子は無く、生真面目にこくりと頷くキンタローを見てシンタローは呆れた顔をした。
妙な酔い方をするヤツだ、と思わず苦笑が浮かんだが――キンタローが向かい合っていたソファから立ち上がり、こちらの隣へ移動してくるとシンタローの笑いは引っ込んだ。
ギシリ、とスプリングが軋む音がして、二人目の体重に柔らかなソファが僅かに沈む。
キンタローは真面目な顔を崩さないまま、シンタローへ身体を寄せてきた。
――まさかマジなのか。
冗談、と思いつつもシンタローの口元が引きつる。
「オイ……?キンタロー?」
恐る恐る呼びかけると、キンタローは「何だ?」といつも通りに返してきた。
いつも通り……だが、近くに寄ってよくよく見ると、その青い両の目がトロンとしているような気がする。
焦点が合っているようで合っていない。
白い肌もほんのりと色づいていた。
「……酔ってやがる」
思わずシンタローが呻くように呟くと、キンタローは他人事のように「ほう……」と興味深そうに相槌を打った。
「そうか。これが泥酔というものか」
「泥酔までは行ってねーと思うが――って、オイ!?」
予備動作なしにいきなり右腕を掴まれて、シンタローはギョッとした。隙の無い滑らかな動きはとても酔っているとは思えない。
とは言え、まだ身の危険を感じるほどでは無かった。
相手はキンタローで、ココは自分の部屋(テリトリー)である。それ以前に男同士なのだから、そうそう妙な事になるはずがない。
しかし腕は振り払うべきかどうか、と一瞬迷ったシンタローの顎がキンタローのもう片方の手でくいっと持ち上げられ――そのまま、あっさり唇を奪われた。
「――ッ?」
「…………。ふむ。お前の唇は意外と柔らかいな、シンタロー」
「なッ!?」
ほんの1、2秒の短い接触。
すぐに唇を離したキンタローだったが、その柔らかさを確かめようとするように再び顔を寄せ、シンタローの唇を歯で優しく噛んだ。
くすぐったさの中に、時折チリ、と痛みが混じる。
「ばッ……」
反射的に悪態をつこうとして、シンタローの口が薄く開いた。
するとその隙を逃さずにするりとキンタローの舌が咥内に侵入する。
丁寧に、中をくまなく探るように舌が動く。
上顎をくすぐるように舐められて、シンタローの身体がビクリと跳ねた。
その拍子に脚がガラス製の低いテーブルに当たってゴトッと音を立てる。
我に返って視線をそちらへ向けると、テーブルの上で空になったボトルが転がっていた。
「……~~~ッ」
シンタローはグラスを持っていない方の手でキンタローの額をガッと掴み、強引に自分から引き剥がした。
離れた唇の間で銀糸が伝い、不幸な事にそれをバッチリ見てしまったシンタローは顔を真っ赤にしながらも必死にゴシゴシと手の甲で口を擦る。
突然引き剥がされたキンタローは、キョトンとした表情を浮かべてシンタローを見つめている。
「どうした、シンタロー。何か問題でも」
「……問題、だらけだ馬鹿ヤロー!!何やってンだよテメーは!?」
「キスをした」
「あっさり答えるなッ」
「……キスをしては、いけなかったのか?」
キンタローは不思議そうに首を傾げる。
酔っている為かその仕草はひどく幼く見えて、シンタローは「うっ……」と言葉に詰まった。
もちろんダメだ、と答えたいところだが、そう真っ直ぐに見つめられると何とも居心地が悪く、咄嗟に声が出なかった。
「キスは親愛の証だろう。そう習った。俺はお前が好きなのだから、キスをするには問題が無いはずなのだが……シンタロー、お前は俺が嫌いなのか?」
「……ンな事はねーけど。ああ、つーかキスは親愛の証って誰に習ったんだッ?」
間違いではない、ないが、どーも使い方を間違っているような気がする。
訊ねたシンタローに、キンタローは真顔で答えた。
「ハーレム叔父貴だ。気に入った女がいるのなら酒を飲ませて酔ったところを一気に畳み込め、と言われた」
――あンの獅子舞ッ!!!――
いつかコロス!と誓いを立てながら、シンタローは「今すぐ忘れろ!」とキンタローに説いて聞かせた。
「何故だ?」
「その教えは色々間違って……というか問題が多すぎっからだ!つかキンタロー、オメーも女にやれって言われたンだから俺を実験台にすンのはヤメロよな」
「実験台のつもりなどでは無く、本気だったのだが……シンタローが嫌だと言うのなら、次からはちゃんと了解を取ってからにしよう」
「よし。何か余計な言葉も聞こえたような気がするが、今はあえてつっこまん。分かってくれたならそれでいいぜ」
やれやれ、と嘆息して、まだ持ったままだったグラスを思い出し、ヤケになったように中身を一気に呷る。
上下に動くシンタローの白い喉をキンタローがじーっと見つめていたが、気付くと厄介な事になりそうなのでこれまたあえてスルーした。
グラスをトン、とテーブルに置くと、その手にキンタローの手が重ねられた。
「……っ?」
もしやまたか!?と一瞬警戒したシンタローであったが。
キンタローの目を見て、力を抜いた。
これは、母親に頭を撫でてもらいたがっている時の子どもの目だ。
……主人に甘える子犬の目、とも言えない事もないが。
「ハーレム叔父貴の教えには幾つか問題点があるようだが……キスが親愛の情を伝える肉体的な行為の一つであるという事に違いは無いのだろう?」
「……まーな。流石にそこまでは否定しねーけど」
そこを否定するとコイツはまた違った方向へと走っていきそうだ。
まだまだお子様なキンタローに、シンタローは少しばかり余裕が戻ってきて「仕方ねーなァ~」というように苦笑した。
キンタローは何故笑われたのか分からないのだろう、「ム、何だ?」とまた不思議そうに首を傾げたが……まぁいい、と気を取り直して言葉を続けた。
「お前は俺の事が嫌いではないのだな?」
「そりゃまァ。嫌いだったら一緒に酒飲んだりしねーし」
「では……」
「……」
キンタローが何を望んでいるのかはもう分かっている。
シンタローは躊躇ったものの……自分が子どもの頃、父マジックにされたキスを思い出し、フゥ、と溜息をついた。
シンタロー自身も、幼いコタローの頬に愛情を込めてキスした事がある(というか数え切れない程した)。
つまりはそういう事だ。
「キンタロー」
名前を呼び。
はっとしたようにこちらを見るキンタローに少しだけイタズラっぽい表情を向け。
シンタローはキンタローの頬に、ちゅっと軽い音を立てて口付けた。
顔を離すと、ニッと笑いかける。
親愛を込めて、くしゃくしゃとキンタローの髪をかき混ぜてやる。
「今日はもう寝な、酔っ払い」
「シンタロー……」
「明日の朝、気が向けばまたおはようのキスしてやっから」
半分は冗談の言葉だったが、それを聞いたキンタローが真面目な顔で「分かった、楽しみにしている」と答えたので、シンタローはまた笑った。
もう笑うしかないだろう、こんなに図体のデカイお子様に懐かれてしまったのでは。
サービスにもう一度、今度は額にキスをしてやって「おやすみ」と囁いてやると、キンタローもシンタローの頬にキスをして「おやすみシンタロー」と返した。
それから間もなく、ソファの上で寝てしまったキンタローに毛布をかけてやり、シンタローは一人グラスを片付けた。
「ッたく、ほんっと仕方ねーヤツ。……キスが習慣になったりしねーだろうな」
そうなったら恐ろしい、と一人ごちたが――あながち杞憂とも思えない。
とりあえず、キンタローに酒を飲ませる時は気をつけよう、と思った夜なのであった。
* n o v e l *
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
5/6
早速飾り付けを再開した二人を置いて、シンタローは総帥室へと歩き出す。
――キンタローの手が無い分、シンタローにかかる仕事の負担は確かに増える。だが別段それを苦には思わなかったし、自分だけでも何とかなるだろうと思っていた。
どうしても今日中に仕上げなければならないという仕事は今のところ無かった筈、だがアレとコレは近日中に片をつける必要があるから先に手をつけて……とブツブツ口にしながら考えをまとめていると、突然肩を叩かれた。
「……あンだよ、親父。今忙しいから、他のヤツに構ってもらえよ」
自分と並んで歩くマジックを意図的に無視していたシンタローは、肩にかかった手を面倒臭そうに払った。
だがマジックはその言葉に反応せず、今度はシンタローの手を掴んで引き止めるような動きを見せた。
流石に不審に思って立ち止まり、シンタローはマジックの方へ視線を向けた。
「な、何だよ。俺マジで忙しいんだけど」
「シンタロー、ちゃんと休みは取っているのか」
「……っ?」
不意を突かれてシンタローは言葉に詰まった。
マジックは真剣な顔をしてシンタローを見つめ、掴んだ手に僅かに力をこめる。
そういや親父の手に触れたのって、すげー久しぶりな気がする……とシンタローは思った。
記憶の中ではもっと、マジックの手は大きくて。自分の手はもっと小さかった。
だが手は大きくなっても、取りこぼしてしまったものは沢山ある。
子どもの頃、絶対の存在だと思っていたマジックもきっと――沢山のものを掴み損なってきたのだろう。
感傷にも似たそんな思いに束の間浸っていると、マジックは焦れたようにシンちゃん、と呼びかけてきた。
「答えなさい、十分に睡眠は取れているのか?……お前は頑張り屋さんだから、パパは心配だよ。シンちゃんの気持ちも分かるが、全部を一人で背負う必要は無いし、そもそもそんな事は不可能だ」
「……アンタは背負ってたじゃねーか、ガンマ団元総帥」
「そう見せていただけだ、人は偶像を欲する生き物だからね。……私も昔はシンちゃんのように考えていたよ。だが、一人でやれる事には限界がある」
掴んでいた手を放し、マジックはそっとシンタローの頬を撫でた。
夢で見たのと変わらない、昔と同じ――暖かく優しい手。
父親の手。
いつもなら即座に振り払って気持ちワリー、と悪態をつくところだが、シンタローは逆らわなかった。
真摯な眼差しを向けられて、どう反応すれば良いのかわからず居心地が悪そうにマジックを見つめ返す。
それはまるでイタズラを見つかった子どものようにも見える、どこか幼い表情だった。
マジックは微かに笑みを浮かべて、頬に触れていた手をゆっくりと離す。
「何の為に仲間や部下がいると思う?」
「……」
「信頼の無い関係ほど、虚しいものは無いよシンタロー」
覚えておきなさい、と穏やかに告げられ、シンタローは僅かに俯き――やがて、小さく、だがはっきりと頷いた。
マジックは嬉しそうに笑って、シンタローの頭をよしよしと撫でた。
「それでこそパパのシンちゃんだよ!ああっ、素直で可愛いシンちゃんを見るのは何年ぶりだろうねぇ~!」
「てめッ、気色悪い事ぬかすな!つーかガキじゃねーんだから気安く頭触んじゃねーよ!!」
今度こそバシッと容赦なくマジックの手を叩き落し、シンタローはズンズンと肩を怒らせて歩く。
「おや、怒っているのかい?シンちゃん」
「……」
当たりめぇだろ、という黒いオーラを漂わせる。何だか妙に懐かしさを感じる光景だが、後ろから追ってくるマジックは昔と違って早歩きだ。
背が伸びたシンタローは、もうあっさり追いつかれて悔しい思いをする事はない。
だがマジックのしつこさは昔とちっとも変わっていなかった。
「シンちゃん、パパの部屋でお茶でもしないかい?お仕事ばっかりじゃ身体を壊しちゃうよ」
「下手なナンパに付き合う気はありません」
「ハハハ、偉いなぁシンちゃんは。悪い虫がつかなくて安心だね!」
「そうだな害虫」
「シンちゃん、パパの部屋で一緒にアルバムを見ないかい?美味しいお菓子も用意しているよ」
「拉致監禁されたくないから怪しいオッサンには近づきません」
「ハハハ、流石だなぁシンちゃん。自分の身は自分で守らなくちゃね!」
「そうだな誘拐犯」
「シンちゃん」
「ヤラれる前に殺れ」
眼魔砲で威嚇(当たってもいいや、位のノリで)までしたが、マジックは全く動じずにシンタローの後をついてきている。
「やはり奈落……!」
シンタローはギリギリと歯噛みした。
――マジックの言いたい事は分かる。一人で何もかもをやろうとせずに、身近な人間を信頼して任せてみろ、と言いたいのだろう。
今のお前は肩に力が入り過ぎだ、という元総帥としての忠告、助言でもある。
……自分の身体を大切にしてくれ、という親としての願いもあるのだろう。
だがそうと分かっていても、なかなかその通りに出来るものでもない。
「シンちゃーん」
「~~~っ。えぇい、しつけーンだよ親父!いい加減に諦め……!」
振り返って怒鳴ろうとした瞬間。
唐突に、膝から下の力が抜けた。
え、と思う間もなく身体が宙に浮く。
「マジかよ……」
ちょうどここは階段の上。
視界に映るマジックの顔が凍りつく。
こんなとこまで同じじゃなくていい……と思いながらも自分で思っていた以上に疲労していた身体は言う事を聞かず。
シンタローは成す術もなく落下――
「シンタローッ!!!」
落下――――――しなかった。
「……親父ッ!?」
間一髪、我が子を腕の中に引き寄せたマジックは、階段から落ちる事は免れたがその勢いまでは殺せず、シンタローを抱き締めたまま廊下に二人もつれるようにして倒れこんだ。
マジックを下敷きにした格好になったのでシンタローはさして痛くなかったが、身体の下でマジックが微かに呻いた。
二人分の体重と勢いを受けて硬い廊下に倒れこんだのだ、それも当然だろう。
「オイっ、大丈夫かよ親父!?」
シンタローは即座に身体を起こし、マジックの上からどいた。
幼い頃と違い、パニックになったりはしないが……今朝の夢が蘇って、声に焦りが滲む。
「オイ!親父!意識はあるか、頭打ってねーかっ?」
「あ、ああ……大丈夫だよ、シンちゃん。キラキラ輝くシンちゃんの瞳みたいに綺麗なお星さまが、パパの周りを回っているだけさ」
「よぉーし、普段通りのトリップ具合だな。異常なし!」
むしろ普段が異常だらけな父親の返答にシンタローは満足して力強く頷いた。
「あ~、ビビった。また昔の再現になるかと思ったぜ」
「……再現?」
「覚えてねーだろうけど。ガキの頃ハロウィンの会場でさ、俺が階段から落ちた事あったじゃん。あの時、親父も一緒に落ちて……まぁ細かい事はどうでもいーけど、今の状況ってその時とそっくりだなぁと思ってさ」
マジックは身体を起こして廊下の壁に背中を預ける。大した事は無いだろうが、一応確認の為にシンタローもその隣に腰を下ろした。
マジックの顔を覗き込み、「よし、瞳孔は開いてねーな。別にどこからも出血してねーみたいだし」とチェックを入れる。
マジックはそんな息子を見て苦笑した。
「これ位の事でいちいち異常をきたしたりしないよ。現役を退いたとは言え、私は元ガンマ団総帥だ」
「……わぁってるよ、念の為だ念の為!」
心配性、と指摘されたような気がしてシンタローはフンッとそっぽを向いた。耳が熱い。
あの夢のせいで、何だか調子が狂う。
しかもこの歳になってまで、マジックに助けられるとは。
悔しそうなシンタローとは対照的に、マジックは何やら嬉しそうに口元を緩ませている。
「……何だよ、ニヤニヤしやがって。気持ちワリーな」
「いや、シンちゃんに心配されたのが嬉しくてね。……それに、シンちゃんがあの事を覚えていてくれた事も、パパとっても嬉しいよ」
「え……」
ギクリとするシンタローに、マジックは少しだけ意地の悪い笑みを浮かべてみせた。
「――今回は、『パパ大好き!』とは言ってくれないのかな?シンちゃん」
「……!!!」
からかうような言葉に、一気にシンタローの顔が紅潮した。
今では絶対言えない(というかそもそも言う気が無い)子どもの頃の恥ずかし過ぎるセリフをリピートされ、羞恥なんだか怒りなんだかで思わず握った拳がぶるぶる震える。
「お、覚えてたのかよ、あんな昔の話」
「とーーーぜんさ!シンちゃんとの思い出は全て私の頭の中に入っているよ。写真やビデオにも残ってるけどね!」
「残すなそんなもん!」
「シンちゃんだってコタローの写真を大量に持ってるじゃないか」
「俺はいいんだッ!」
俺様思考で返すと、パパもいいんだよ、と同じく俺様思考で返された。やはり似ているが、本人達はそこら辺を自覚していない。
「~~~~っ……」
動揺のあまり、それ以上返す言葉が思いつかず赤くなったまま黙り込んだシンタローに、マジックはニコニコと上機嫌でとどめをさす。
「シンちゃんっ!シンちゃんが世界で一番だ~い好きvなのはもちろんサービスなんかじゃなくて今も昔もパ」
「美貌のおじさまに決まってンだろ寝ぼけんなクソ親父!!!」
眼魔砲!!!
今度こそ一切の容赦なくマジックを吹き飛ばし。
シンタローは「美少年時代の俺のバカっ!」と叫びながらその場を走り去った。
* n o v e l *
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
6/6
「ね~ね~、シンちゃーん。おとーさまからシンちゃん宛てに郵便物が届いてるよー」
「そんな不吉なもんは焼却して捨てちまえ」
「あ、ゴメン。もう開けちゃった」
「……グ~ン~マ~?」
「ごっ、ごめんシンちゃん!目がマジだよ、怒らないで!」
シンタローは書類から目を離さないまま、こっそり溜息をついた。
――あれから一週間経つが、マジックとはその間一度も会っていない。正確に言うとマジックは幾度となく会いにやって来たが、シンタローがことごとく追い返したのだ。
もちろんシンタローは直接顔を合わせず、秘書に対応させたワケだが。……盾代わりにされた彼らとしては、たまったものではなかっただろう。
新総帥と元総帥との親子喧嘩なぞ、誰も関わりたい筈がない。
まぁそれはともかくとして。
直接会えないのであれば、と贈り物で機嫌をとる作戦に出たか。
シンタローは鬱陶しいと思いつつも、まぁ送ってきたもんをわざわざ送り返すのも大人気ないか、と考え直した。
……天真爛漫なアホの子が、既に開封してしまったようだし。
それに、今のシンタローは大分体調が戻ってきており、前程ピリピリしていない。
この前の騒動は結局、体調管理が上手くできていない自分のせいだった。
余裕が無くてマジックに過剰に反応してしまったのも。階段から落ちそうになった時、自分でどうにかする事ができなかったのも。
……悔しいが、マジックの助言は確かにきちんと聞くべきだった。
あの時マジックがやけに心配して絡んできたのは、シンタローの不調に気付いていたからだろう。きっと本人以上に。
もしマジックがいなければ、シンタローは階段から落ちていた。
それでどうにかなる程、やわな自分ではないと思うが……何せあの時は本調子でなかったし、まともに受け身も取れないような状態であの高さの階段から落ちるというのは……流石にぞっとしない。
一応少しは反省したシンタローは、あの後信頼のおける者達に幾つか仕事を回し、激務の合間をぬって可能な限り休息をとるよう心がける事にした。
その甲斐あってか、忙しい事に変わりは無いが以前よりは人心地つけるようになった気がする。
「すっげー癪だしムカつくし嫌で嫌でしょーがねーけど……一応あの馬鹿親父に感謝すべきなのか?これって……」
苦虫を噛み潰したような顔をしながらもシンタローはあの時のマジックの事を思い出して、ふう……と嘆息した。
不本意極まりないが、認めざるをえないだろう。
普段は決して人に見せる事の無い必死の形相で、自分を助けたマジック。強く掴まれ、引き寄せられた腕は後で見たら少しだけその部分が鬱血していた。
「……」
シンタローは無意識に、その腕を服の上からそっとさする。
自分はマジックと血の繋がりが無いのに。
本当の息子じゃないと知った今でも、昔と変わらずマジックは真っ直ぐに腕を伸ばす。シンタローの方へと。
「……ムカつく」
心のどこかでそれを、まぁ悪くはないと思っている自分がいるのに気付いてしまい、シンタローは小さく呟いて机に突っ伏した。
いつまで経っても子離れ出来ないマジックにうんざりしていた筈なのに、これでは自分も親離れ出来ていないように感じられる。
それだけは絶っっっ対イヤだ!と思って、シンタローは「あ~もう、サイアクだ!俺も奈落!?」と愚痴りながら長い髪をヤケになったようにくしゃくしゃと掻き乱した。
キンタローはそんなシンタローを不思議そうに眺めていたが、グンマが件の郵便物を開いて中をゴソゴソと漁っているのに気付き、そちらの方へ注意を向ける。
「――で、結局叔父上は何を送ってきたんだ?」
「んーとね、今見るとこ!何か色々入ってるみたいだよ?」
二人で大きな箱の中を覗き込み――数秒後、グンマの歓声が上がった。
「わぁ、すっごーい!」
「ほう……なるほど、叔父上もあれでなかなかタイミングを読んでいるな」
「ねっ、キンちゃんはどれにする?やっぱりコレ?それともコッチ?」
楽しそうに盛り上がっている二人に、流石に箱の中身が気になってシンタローは顔を上げた。
「……何だよ、何送ってきやがったんだー?あの親父」
えへへ、とグンマは嬉しそうに笑って、シンタローの前に「じゃーん!!コレだよっ」と箱を置いた。
思わず仰け反ったシンタローだが、好奇心に勝てず箱の中を覗き込む。
そして見た事を心底後悔して、「げっ……!」と呻き声を上げた。
「ほらぁ、すごいよね!ハロウィンの仮装セットだよ!魔法使いにドラキュラに、オバケに妖精、フランケンシュタイン……他にもたくさん!これでハロウィンの衣装の心配はしなくてもいいねっ」
グンマは無邪気に喜んで「わ~い!」とバンザイまでし。
キンタローはその隣で「ドラキュラとは人の血を吸う化け物と言われているが、そもそもはヴラド・ツェペシュという実在の人物で、彼をモデルに作家ブラム・ストーカーが……」云々と細かく解説を付け加えている。
シンタローはそんな二人を前に頭痛を覚えながらも「あンの馬鹿親父……」と低く呟いてギリギリと歯軋りをした。。
マジックは純粋にこのお子様二人を喜ばせたいだけなのかもしれないが、過去の赤っ恥体験を思い起こさせるこのプレゼントはシンタローにとっては嫌がらせ以外の何物でもない。
「そぉ~んなにぶっ殺して欲しいのかあのオッサンは。そこまでMに目覚めてたとは知らなかったぜ。……じゃ、今すぐこの俺が思い出さえ残らなくなるまできっっっちり存在を消してあげましょうかねェ~」
「シンタロー、隠蔽工作はお前に向いていないぞ」
「んじゃ派手に殺ってくるから、後の事はオメーがやっといて」
「分かった、それならいい」
「えっ、全然良くないよそれ。キンちゃん、衣装選ぶのは後にして!」
どうやらドラキュラの仮装が気になるらしく、マントの裾をメジャーで測ったりしていたキンタローに珍しくグンマがツッコミを入れた。
そのまま本当にマジックの元へ乗り込みに行きそうなシンタローを一応止めなければ、と思ったグンマはシンタローの興味をひけそうなものを探してキョロキョロと辺りを見回し――ふと、箱に入っている一枚の手紙に気付いた。
「あれ?……ねぇねぇシンちゃんっ、手紙がついてるよー。これって、おとーさまからシンちゃんへなんじゃないかな?」
「ハァ?手紙ぃ?……どれだよ、早くよこせ」
「うん、はいコレ」
「フン……どーせ、くっだらね~内容なんだろうけどな」
読む前から既に嫌な予感がしていたが、シンタローはグンマから手渡された手紙に目を通した。
『――愛するシンちゃんへ。
もうすぐハロウィンだね。
グンちゃんとキンちゃん、そしてもちろんお前の為に、今年はいつにもまして盛大なパーティーを開こうと思っているよ。
シンちゃんとは不幸な事にもう一週間も会えていないけど(シンちゃんの顔を見れなくてパパとっても寂しいよ!)、人づてに聞いたところによると、どうやらもう体調は悪くないらしいね。
安心したよ。これからも無理のし過ぎには注意するんだよ?
お前達にはまだまだ先があるんだからね――』
そこまで読んで、シンタローは少しバツが悪そうに眉を寄せた。
子ども扱いされるのは気に食わないが、マジックの言っている事はもっともだ。
焦っても良い結果はついてこないと先回りして言われたような気がして、また反発したくなったが……それこそ、図星をつかれた子どもの行動だとシンタロー自身ももう分かっている。
親に注意される照れ臭さもあいまって、「はーいはいはい、分かってるっつーの」とわざとぞんざいに頷きながら続きを読む。
『シンちゃんが元気になった事だし、皆で存分にパーティーを楽しもう!
グンちゃんもキンちゃんも張り切っているようだから、ささやかなプレゼントを送るね。
ハロウィンに使う仮装セットさ!もちろん全て私の手作りだよ!
種類豊富だから、好きなものを選びなさい。
子どもの時のようにまた魔法使いさんでもいいよ。あのシンちゃんは可愛かったなぁ~。
格好もそうだけど、とっても素直で純粋でね。本当に魔法をかけられた気分だったよ、パパは(マジカル・トリップさ)。
……でも今のシンちゃんはいわゆる「ツンデレ」とかいうものなのかい?
この前アラシヤマが言っていたんだが(「シンタローはんはツンデレってやつなんどすぅ~。ほんまはわてを大切な、し、心友やって思うてくれはっとるんどすえ!」とか何とか頬を染めながら。パパちょっとイヤな気分になったから、軽くオシオキしといたけどね)。
生憎私にはそのツンデレというものがよく分からないが、シャイで気まぐれでちょーっとワガママな可愛い今のシンちゃんなら…………そうだね、黒猫さんの仮装なんてど』
グシャッ……!!!
最後まで読まずに、シンタローは力いっぱい手紙を握り潰した。
「あ・の・変態親父めぇ~……ちょっと見直したらすぐコレかよっ!?」
憤怒の表情を浮かべ、手紙をビリビリに破いてゴミ箱にきちんと捨てる(几帳面)シンタローの後ろで、グンマがまた新しい仮装を箱から取り出している。
「わ、可愛いなぁ。ほら見て見てシンちゃん、キンちゃん!黒猫さんの仮装セットだよー」
「……?どうやって使うんだ、コレは」
「あはは、じゃあ試しに猫の耳着けてあげるね。キンちゃんちょっと屈んで。……あ、似合う似合う!可愛いよー」
「そうか……だが黒猫なら、黒髪のシンタローの方が映えるだろう」
「それもそうだね。じゃあ次はシンちゃ……」
「断固拒否する。――俺ちょっと野暮用で席外すから、その化け猫セットだけは燃やしておいてくれ」
和やかにじゃれ合っている二人に背を向け、シンタローは過激な愛情表現(という名の壮絶な親子喧嘩)をしに、パパのところへと旅立った。
「フフフ、シンちゃん気に入ってくれたかなぁ~パパからのプレゼント」
「マジック様……今すぐお逃げになられた方がよろしいかと存じますが」
優秀な側近の忠告も聞かず、マジックはウキウキしてハロウィンまでの日数を指折り数えた。
「ハッハッハ!何を心配しているのか知らないが、大丈夫だよ。
だってあの子は――――」
~やっぱりパパが好き~end
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
5/6
早速飾り付けを再開した二人を置いて、シンタローは総帥室へと歩き出す。
――キンタローの手が無い分、シンタローにかかる仕事の負担は確かに増える。だが別段それを苦には思わなかったし、自分だけでも何とかなるだろうと思っていた。
どうしても今日中に仕上げなければならないという仕事は今のところ無かった筈、だがアレとコレは近日中に片をつける必要があるから先に手をつけて……とブツブツ口にしながら考えをまとめていると、突然肩を叩かれた。
「……あンだよ、親父。今忙しいから、他のヤツに構ってもらえよ」
自分と並んで歩くマジックを意図的に無視していたシンタローは、肩にかかった手を面倒臭そうに払った。
だがマジックはその言葉に反応せず、今度はシンタローの手を掴んで引き止めるような動きを見せた。
流石に不審に思って立ち止まり、シンタローはマジックの方へ視線を向けた。
「な、何だよ。俺マジで忙しいんだけど」
「シンタロー、ちゃんと休みは取っているのか」
「……っ?」
不意を突かれてシンタローは言葉に詰まった。
マジックは真剣な顔をしてシンタローを見つめ、掴んだ手に僅かに力をこめる。
そういや親父の手に触れたのって、すげー久しぶりな気がする……とシンタローは思った。
記憶の中ではもっと、マジックの手は大きくて。自分の手はもっと小さかった。
だが手は大きくなっても、取りこぼしてしまったものは沢山ある。
子どもの頃、絶対の存在だと思っていたマジックもきっと――沢山のものを掴み損なってきたのだろう。
感傷にも似たそんな思いに束の間浸っていると、マジックは焦れたようにシンちゃん、と呼びかけてきた。
「答えなさい、十分に睡眠は取れているのか?……お前は頑張り屋さんだから、パパは心配だよ。シンちゃんの気持ちも分かるが、全部を一人で背負う必要は無いし、そもそもそんな事は不可能だ」
「……アンタは背負ってたじゃねーか、ガンマ団元総帥」
「そう見せていただけだ、人は偶像を欲する生き物だからね。……私も昔はシンちゃんのように考えていたよ。だが、一人でやれる事には限界がある」
掴んでいた手を放し、マジックはそっとシンタローの頬を撫でた。
夢で見たのと変わらない、昔と同じ――暖かく優しい手。
父親の手。
いつもなら即座に振り払って気持ちワリー、と悪態をつくところだが、シンタローは逆らわなかった。
真摯な眼差しを向けられて、どう反応すれば良いのかわからず居心地が悪そうにマジックを見つめ返す。
それはまるでイタズラを見つかった子どものようにも見える、どこか幼い表情だった。
マジックは微かに笑みを浮かべて、頬に触れていた手をゆっくりと離す。
「何の為に仲間や部下がいると思う?」
「……」
「信頼の無い関係ほど、虚しいものは無いよシンタロー」
覚えておきなさい、と穏やかに告げられ、シンタローは僅かに俯き――やがて、小さく、だがはっきりと頷いた。
マジックは嬉しそうに笑って、シンタローの頭をよしよしと撫でた。
「それでこそパパのシンちゃんだよ!ああっ、素直で可愛いシンちゃんを見るのは何年ぶりだろうねぇ~!」
「てめッ、気色悪い事ぬかすな!つーかガキじゃねーんだから気安く頭触んじゃねーよ!!」
今度こそバシッと容赦なくマジックの手を叩き落し、シンタローはズンズンと肩を怒らせて歩く。
「おや、怒っているのかい?シンちゃん」
「……」
当たりめぇだろ、という黒いオーラを漂わせる。何だか妙に懐かしさを感じる光景だが、後ろから追ってくるマジックは昔と違って早歩きだ。
背が伸びたシンタローは、もうあっさり追いつかれて悔しい思いをする事はない。
だがマジックのしつこさは昔とちっとも変わっていなかった。
「シンちゃん、パパの部屋でお茶でもしないかい?お仕事ばっかりじゃ身体を壊しちゃうよ」
「下手なナンパに付き合う気はありません」
「ハハハ、偉いなぁシンちゃんは。悪い虫がつかなくて安心だね!」
「そうだな害虫」
「シンちゃん、パパの部屋で一緒にアルバムを見ないかい?美味しいお菓子も用意しているよ」
「拉致監禁されたくないから怪しいオッサンには近づきません」
「ハハハ、流石だなぁシンちゃん。自分の身は自分で守らなくちゃね!」
「そうだな誘拐犯」
「シンちゃん」
「ヤラれる前に殺れ」
眼魔砲で威嚇(当たってもいいや、位のノリで)までしたが、マジックは全く動じずにシンタローの後をついてきている。
「やはり奈落……!」
シンタローはギリギリと歯噛みした。
――マジックの言いたい事は分かる。一人で何もかもをやろうとせずに、身近な人間を信頼して任せてみろ、と言いたいのだろう。
今のお前は肩に力が入り過ぎだ、という元総帥としての忠告、助言でもある。
……自分の身体を大切にしてくれ、という親としての願いもあるのだろう。
だがそうと分かっていても、なかなかその通りに出来るものでもない。
「シンちゃーん」
「~~~っ。えぇい、しつけーンだよ親父!いい加減に諦め……!」
振り返って怒鳴ろうとした瞬間。
唐突に、膝から下の力が抜けた。
え、と思う間もなく身体が宙に浮く。
「マジかよ……」
ちょうどここは階段の上。
視界に映るマジックの顔が凍りつく。
こんなとこまで同じじゃなくていい……と思いながらも自分で思っていた以上に疲労していた身体は言う事を聞かず。
シンタローは成す術もなく落下――
「シンタローッ!!!」
落下――――――しなかった。
「……親父ッ!?」
間一髪、我が子を腕の中に引き寄せたマジックは、階段から落ちる事は免れたがその勢いまでは殺せず、シンタローを抱き締めたまま廊下に二人もつれるようにして倒れこんだ。
マジックを下敷きにした格好になったのでシンタローはさして痛くなかったが、身体の下でマジックが微かに呻いた。
二人分の体重と勢いを受けて硬い廊下に倒れこんだのだ、それも当然だろう。
「オイっ、大丈夫かよ親父!?」
シンタローは即座に身体を起こし、マジックの上からどいた。
幼い頃と違い、パニックになったりはしないが……今朝の夢が蘇って、声に焦りが滲む。
「オイ!親父!意識はあるか、頭打ってねーかっ?」
「あ、ああ……大丈夫だよ、シンちゃん。キラキラ輝くシンちゃんの瞳みたいに綺麗なお星さまが、パパの周りを回っているだけさ」
「よぉーし、普段通りのトリップ具合だな。異常なし!」
むしろ普段が異常だらけな父親の返答にシンタローは満足して力強く頷いた。
「あ~、ビビった。また昔の再現になるかと思ったぜ」
「……再現?」
「覚えてねーだろうけど。ガキの頃ハロウィンの会場でさ、俺が階段から落ちた事あったじゃん。あの時、親父も一緒に落ちて……まぁ細かい事はどうでもいーけど、今の状況ってその時とそっくりだなぁと思ってさ」
マジックは身体を起こして廊下の壁に背中を預ける。大した事は無いだろうが、一応確認の為にシンタローもその隣に腰を下ろした。
マジックの顔を覗き込み、「よし、瞳孔は開いてねーな。別にどこからも出血してねーみたいだし」とチェックを入れる。
マジックはそんな息子を見て苦笑した。
「これ位の事でいちいち異常をきたしたりしないよ。現役を退いたとは言え、私は元ガンマ団総帥だ」
「……わぁってるよ、念の為だ念の為!」
心配性、と指摘されたような気がしてシンタローはフンッとそっぽを向いた。耳が熱い。
あの夢のせいで、何だか調子が狂う。
しかもこの歳になってまで、マジックに助けられるとは。
悔しそうなシンタローとは対照的に、マジックは何やら嬉しそうに口元を緩ませている。
「……何だよ、ニヤニヤしやがって。気持ちワリーな」
「いや、シンちゃんに心配されたのが嬉しくてね。……それに、シンちゃんがあの事を覚えていてくれた事も、パパとっても嬉しいよ」
「え……」
ギクリとするシンタローに、マジックは少しだけ意地の悪い笑みを浮かべてみせた。
「――今回は、『パパ大好き!』とは言ってくれないのかな?シンちゃん」
「……!!!」
からかうような言葉に、一気にシンタローの顔が紅潮した。
今では絶対言えない(というかそもそも言う気が無い)子どもの頃の恥ずかし過ぎるセリフをリピートされ、羞恥なんだか怒りなんだかで思わず握った拳がぶるぶる震える。
「お、覚えてたのかよ、あんな昔の話」
「とーーーぜんさ!シンちゃんとの思い出は全て私の頭の中に入っているよ。写真やビデオにも残ってるけどね!」
「残すなそんなもん!」
「シンちゃんだってコタローの写真を大量に持ってるじゃないか」
「俺はいいんだッ!」
俺様思考で返すと、パパもいいんだよ、と同じく俺様思考で返された。やはり似ているが、本人達はそこら辺を自覚していない。
「~~~~っ……」
動揺のあまり、それ以上返す言葉が思いつかず赤くなったまま黙り込んだシンタローに、マジックはニコニコと上機嫌でとどめをさす。
「シンちゃんっ!シンちゃんが世界で一番だ~い好きvなのはもちろんサービスなんかじゃなくて今も昔もパ」
「美貌のおじさまに決まってンだろ寝ぼけんなクソ親父!!!」
眼魔砲!!!
今度こそ一切の容赦なくマジックを吹き飛ばし。
シンタローは「美少年時代の俺のバカっ!」と叫びながらその場を走り去った。
* n o v e l *
PAPUWA~やっぱりパパが好き~
6/6
「ね~ね~、シンちゃーん。おとーさまからシンちゃん宛てに郵便物が届いてるよー」
「そんな不吉なもんは焼却して捨てちまえ」
「あ、ゴメン。もう開けちゃった」
「……グ~ン~マ~?」
「ごっ、ごめんシンちゃん!目がマジだよ、怒らないで!」
シンタローは書類から目を離さないまま、こっそり溜息をついた。
――あれから一週間経つが、マジックとはその間一度も会っていない。正確に言うとマジックは幾度となく会いにやって来たが、シンタローがことごとく追い返したのだ。
もちろんシンタローは直接顔を合わせず、秘書に対応させたワケだが。……盾代わりにされた彼らとしては、たまったものではなかっただろう。
新総帥と元総帥との親子喧嘩なぞ、誰も関わりたい筈がない。
まぁそれはともかくとして。
直接会えないのであれば、と贈り物で機嫌をとる作戦に出たか。
シンタローは鬱陶しいと思いつつも、まぁ送ってきたもんをわざわざ送り返すのも大人気ないか、と考え直した。
……天真爛漫なアホの子が、既に開封してしまったようだし。
それに、今のシンタローは大分体調が戻ってきており、前程ピリピリしていない。
この前の騒動は結局、体調管理が上手くできていない自分のせいだった。
余裕が無くてマジックに過剰に反応してしまったのも。階段から落ちそうになった時、自分でどうにかする事ができなかったのも。
……悔しいが、マジックの助言は確かにきちんと聞くべきだった。
あの時マジックがやけに心配して絡んできたのは、シンタローの不調に気付いていたからだろう。きっと本人以上に。
もしマジックがいなければ、シンタローは階段から落ちていた。
それでどうにかなる程、やわな自分ではないと思うが……何せあの時は本調子でなかったし、まともに受け身も取れないような状態であの高さの階段から落ちるというのは……流石にぞっとしない。
一応少しは反省したシンタローは、あの後信頼のおける者達に幾つか仕事を回し、激務の合間をぬって可能な限り休息をとるよう心がける事にした。
その甲斐あってか、忙しい事に変わりは無いが以前よりは人心地つけるようになった気がする。
「すっげー癪だしムカつくし嫌で嫌でしょーがねーけど……一応あの馬鹿親父に感謝すべきなのか?これって……」
苦虫を噛み潰したような顔をしながらもシンタローはあの時のマジックの事を思い出して、ふう……と嘆息した。
不本意極まりないが、認めざるをえないだろう。
普段は決して人に見せる事の無い必死の形相で、自分を助けたマジック。強く掴まれ、引き寄せられた腕は後で見たら少しだけその部分が鬱血していた。
「……」
シンタローは無意識に、その腕を服の上からそっとさする。
自分はマジックと血の繋がりが無いのに。
本当の息子じゃないと知った今でも、昔と変わらずマジックは真っ直ぐに腕を伸ばす。シンタローの方へと。
「……ムカつく」
心のどこかでそれを、まぁ悪くはないと思っている自分がいるのに気付いてしまい、シンタローは小さく呟いて机に突っ伏した。
いつまで経っても子離れ出来ないマジックにうんざりしていた筈なのに、これでは自分も親離れ出来ていないように感じられる。
それだけは絶っっっ対イヤだ!と思って、シンタローは「あ~もう、サイアクだ!俺も奈落!?」と愚痴りながら長い髪をヤケになったようにくしゃくしゃと掻き乱した。
キンタローはそんなシンタローを不思議そうに眺めていたが、グンマが件の郵便物を開いて中をゴソゴソと漁っているのに気付き、そちらの方へ注意を向ける。
「――で、結局叔父上は何を送ってきたんだ?」
「んーとね、今見るとこ!何か色々入ってるみたいだよ?」
二人で大きな箱の中を覗き込み――数秒後、グンマの歓声が上がった。
「わぁ、すっごーい!」
「ほう……なるほど、叔父上もあれでなかなかタイミングを読んでいるな」
「ねっ、キンちゃんはどれにする?やっぱりコレ?それともコッチ?」
楽しそうに盛り上がっている二人に、流石に箱の中身が気になってシンタローは顔を上げた。
「……何だよ、何送ってきやがったんだー?あの親父」
えへへ、とグンマは嬉しそうに笑って、シンタローの前に「じゃーん!!コレだよっ」と箱を置いた。
思わず仰け反ったシンタローだが、好奇心に勝てず箱の中を覗き込む。
そして見た事を心底後悔して、「げっ……!」と呻き声を上げた。
「ほらぁ、すごいよね!ハロウィンの仮装セットだよ!魔法使いにドラキュラに、オバケに妖精、フランケンシュタイン……他にもたくさん!これでハロウィンの衣装の心配はしなくてもいいねっ」
グンマは無邪気に喜んで「わ~い!」とバンザイまでし。
キンタローはその隣で「ドラキュラとは人の血を吸う化け物と言われているが、そもそもはヴラド・ツェペシュという実在の人物で、彼をモデルに作家ブラム・ストーカーが……」云々と細かく解説を付け加えている。
シンタローはそんな二人を前に頭痛を覚えながらも「あンの馬鹿親父……」と低く呟いてギリギリと歯軋りをした。。
マジックは純粋にこのお子様二人を喜ばせたいだけなのかもしれないが、過去の赤っ恥体験を思い起こさせるこのプレゼントはシンタローにとっては嫌がらせ以外の何物でもない。
「そぉ~んなにぶっ殺して欲しいのかあのオッサンは。そこまでMに目覚めてたとは知らなかったぜ。……じゃ、今すぐこの俺が思い出さえ残らなくなるまできっっっちり存在を消してあげましょうかねェ~」
「シンタロー、隠蔽工作はお前に向いていないぞ」
「んじゃ派手に殺ってくるから、後の事はオメーがやっといて」
「分かった、それならいい」
「えっ、全然良くないよそれ。キンちゃん、衣装選ぶのは後にして!」
どうやらドラキュラの仮装が気になるらしく、マントの裾をメジャーで測ったりしていたキンタローに珍しくグンマがツッコミを入れた。
そのまま本当にマジックの元へ乗り込みに行きそうなシンタローを一応止めなければ、と思ったグンマはシンタローの興味をひけそうなものを探してキョロキョロと辺りを見回し――ふと、箱に入っている一枚の手紙に気付いた。
「あれ?……ねぇねぇシンちゃんっ、手紙がついてるよー。これって、おとーさまからシンちゃんへなんじゃないかな?」
「ハァ?手紙ぃ?……どれだよ、早くよこせ」
「うん、はいコレ」
「フン……どーせ、くっだらね~内容なんだろうけどな」
読む前から既に嫌な予感がしていたが、シンタローはグンマから手渡された手紙に目を通した。
『――愛するシンちゃんへ。
もうすぐハロウィンだね。
グンちゃんとキンちゃん、そしてもちろんお前の為に、今年はいつにもまして盛大なパーティーを開こうと思っているよ。
シンちゃんとは不幸な事にもう一週間も会えていないけど(シンちゃんの顔を見れなくてパパとっても寂しいよ!)、人づてに聞いたところによると、どうやらもう体調は悪くないらしいね。
安心したよ。これからも無理のし過ぎには注意するんだよ?
お前達にはまだまだ先があるんだからね――』
そこまで読んで、シンタローは少しバツが悪そうに眉を寄せた。
子ども扱いされるのは気に食わないが、マジックの言っている事はもっともだ。
焦っても良い結果はついてこないと先回りして言われたような気がして、また反発したくなったが……それこそ、図星をつかれた子どもの行動だとシンタロー自身ももう分かっている。
親に注意される照れ臭さもあいまって、「はーいはいはい、分かってるっつーの」とわざとぞんざいに頷きながら続きを読む。
『シンちゃんが元気になった事だし、皆で存分にパーティーを楽しもう!
グンちゃんもキンちゃんも張り切っているようだから、ささやかなプレゼントを送るね。
ハロウィンに使う仮装セットさ!もちろん全て私の手作りだよ!
種類豊富だから、好きなものを選びなさい。
子どもの時のようにまた魔法使いさんでもいいよ。あのシンちゃんは可愛かったなぁ~。
格好もそうだけど、とっても素直で純粋でね。本当に魔法をかけられた気分だったよ、パパは(マジカル・トリップさ)。
……でも今のシンちゃんはいわゆる「ツンデレ」とかいうものなのかい?
この前アラシヤマが言っていたんだが(「シンタローはんはツンデレってやつなんどすぅ~。ほんまはわてを大切な、し、心友やって思うてくれはっとるんどすえ!」とか何とか頬を染めながら。パパちょっとイヤな気分になったから、軽くオシオキしといたけどね)。
生憎私にはそのツンデレというものがよく分からないが、シャイで気まぐれでちょーっとワガママな可愛い今のシンちゃんなら…………そうだね、黒猫さんの仮装なんてど』
グシャッ……!!!
最後まで読まずに、シンタローは力いっぱい手紙を握り潰した。
「あ・の・変態親父めぇ~……ちょっと見直したらすぐコレかよっ!?」
憤怒の表情を浮かべ、手紙をビリビリに破いてゴミ箱にきちんと捨てる(几帳面)シンタローの後ろで、グンマがまた新しい仮装を箱から取り出している。
「わ、可愛いなぁ。ほら見て見てシンちゃん、キンちゃん!黒猫さんの仮装セットだよー」
「……?どうやって使うんだ、コレは」
「あはは、じゃあ試しに猫の耳着けてあげるね。キンちゃんちょっと屈んで。……あ、似合う似合う!可愛いよー」
「そうか……だが黒猫なら、黒髪のシンタローの方が映えるだろう」
「それもそうだね。じゃあ次はシンちゃ……」
「断固拒否する。――俺ちょっと野暮用で席外すから、その化け猫セットだけは燃やしておいてくれ」
和やかにじゃれ合っている二人に背を向け、シンタローは過激な愛情表現(という名の壮絶な親子喧嘩)をしに、パパのところへと旅立った。
「フフフ、シンちゃん気に入ってくれたかなぁ~パパからのプレゼント」
「マジック様……今すぐお逃げになられた方がよろしいかと存じますが」
優秀な側近の忠告も聞かず、マジックはウキウキしてハロウィンまでの日数を指折り数えた。
「ハッハッハ!何を心配しているのか知らないが、大丈夫だよ。
だってあの子は――――」
~やっぱりパパが好き~end