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波音






 透明な包装を破り開いて、ピンク色をした球状を湯の満ちたバスタブへと放り込むと、大きな水音と波を立てて、ゆっくり落ちていってはごとんと鈍い音をたてて底に転がった。
 続いてふわりと濃厚な香りと、固形が融け、しゅわしゅわ小さな気泡がはじける音が間断なく続き透明な湯水を染めあげ、幾重もの薔薇の花弁が広がっていく。
 それを満足そうに眺めながら、これから始まる楽しい時間を思い描いてうきうきとマジックは振り向くと、居間にいるシンタローに声を掛けた。
「はーいシンちゃん準備できたよ~v」
「………ぉぅ」
 のろのろと脱衣所までやってきたシンタローに対して、マジックは嬉々とした表情でその着衣に手をかける。
「っやめろよ! 自分で脱げるっつーの!」
「いいじゃない」
「良くねェッ。たくガキじゃねーんだから…」
 ぶちぶちといつもと似たような愚痴をこぼしながらシンタローはぞんざいに服を脱ぎ捨て大股で浴室へ進入すると、さっさと身体を洗ってざぷんと湯に身を沈めた。
「色気な~い」
「るせっ! あってたまるか!」
「そんなことないよシンちゃん自身はセクシーの塊だよフェロモンだだ漏れだよ」
「…んな褒め方ちっっっとも嬉しくねェ。むしろ嫌な言葉だぜ」
「あっははは。そうだなァ褒めてるっていうより、惚れてるんだよ」
「オマエは馬鹿か」
 後に続いてシンタローの入っているバスタブに喜色満面で、シンタローが足を上げて阻止しようとしているのを躱して無理に侵入してくるマジックを、渋面をつくってなじった。
 本当にもう毎度のことだが、呆れる。
 呆れてモノも言えないというが、モノが言えるだけ自分はコイツに狎れてしまったということだろうかと思うと、シンタローは情けなくなってくる。
「ああ、でも、」
 蹴ってきたシンタローの踵を掴むと、マジックはそれをそのまま自分の肩に乗せてシンタローの身体に割り入る。
「こうしてみると、やらしい体位みたいだねえ」
「…アンタの頭はそればっかりか」
「それしかないよ」
 当然、とばかりに言い切ってにやにやするマジックに、シンタローはああもう、と天を仰ぐ。
 顎を上向けても、湯煙に霞む自然光に近いライトの光がぼんやり見えるだけだ。
「シンちゃん…」
 すぐ近くで深い余韻とともに名前を呼ばれたと思ったら、マジックが首筋にキスをしてくる。大きな手が腰骨をじっくりと撫で上げてきた。
「う・あっ…!」
 水中、ということもあるが、オリーブオイルの融けた湯はいつもされている行為を違うものにする。触り心地も違うだろうが、触られ心地が、違う。
 反射的に声を抑えようと腕をあげたが、口元に届く前にマジックに捉えられる。
「くッ…そ! ィやめろっ…ての!」
「ダメ。聴かせて」
 濡れて滑る腕を無理矢理に掴まれるのと抵抗するのとで、結局、喘ぎ声どころかバシャバシャと派手な水音しか聞こえない。
「ン    …」
 最後は覆い被さるように上からマジックに強いられた長いキスで、力が抜けた。
「選ばせてあげる。二択だよ」
「…なにを……」
 すぐ近くで晴れやかに笑うマジックに、シンタローは胡乱な視線を向ける。
「ここでオリーブオイルの感触を楽しみながらするか、ベッドにいってパパに身体の隅々を拭かれながら楽しむか。どう?」
「………あー…それじゃ、三番目の独りで風呂から出て寝るってのに……」
「それで独りで手慰み? それもいいなァ。見せてねv」
「うっ。…嫌なこと言うな…」
 シンタローは言葉に詰まる。
「だってそうじゃない? こんなになっておいて、何もしないで眠れはしないよねぇ」
「くぅッ…」
 マジックがこわばりかけたシンタロー自身に手をやると、耐え切れぬ切ない息が漏れた。その耳元にそっと囁く。
「今夜もイイ声聴かせてね、シンちゃんv」
 返事の代わりに、つよく首筋に噛みつかれた。
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零れる







 この恋は禁じないでよ。

 思ったより、   ずっと思い描いていたよりもその肌はひやりとしていた。
 ぎこちなく行き違うキスの後に、拗ねたように視線をあわせず、

「…なんか、欲しいもん、あんの? 誕生日」

 と、尋ねると、シンタローは様子を窺うようにチラリとこちらを見た。
 それにいつものように、笑み返すことすらできなかった。

「…ああ、」

 言うと大きく瞠目したこの漆黒の瞳は今、私のどんな感情を見ているのだろう。

「ごめんね、シンタロー」

 やわらかい頬を包むようにして、両手を伸ばして、逸らすことさえ出来なくした。
 臆した色を浮かべぬ瞳。その中で映え融ける青は己自身か。
 ひやりと吸いつくような肌膚の触感に眩暈を覚える。
 耳元の髪を梳きあげて。
 愛しい。愛しい。
 さらさらと髪をくしけずられるのが気持ちいいのか悪いのか、シンタローは目を細めて、ん、と言葉にならない吐息を零した。
 愛しい。
 自然と重ねたくちびるは化粧気もなく艶やかで、それが心を煽ってやまない。
    怖いな。
 心の中だけで、自戒を込めて苦く笑った。
 なんて酷い恋だろう。
 この身打ちふるえるような歓びが、この子の恐れに繋がるものを。
 それでも、この恋は禁じないで。

「シンちゃんの、ぜんぶが欲しいんだよ」

 愛してる。




































2003.12.10.BGM*オブラート
たぎってます。

オチ。↓
























 12月12日、当日。

「いいよ、やるよ」
「え? ナニ投げやりにそんな。え?」
「    仕っ方ねえだろ。今までモノ指定で言われた事なかったからほかに思いつかねぇんだヨ。ていうかもう考えすぎて頭痛ぇ」
「シンちゃん…!」
「まて。それにリビングでゴロゴロのたうち回る父親なんて持ちたくないんでな」
「だってシンちゃんにずーっと口きいてもらえなかったんだもん。もう禁断の、否禁欲の日々! これからどうなっちゃうんだろうパパとシンちゃんはッてすっごーく悩んでたんだから!」
「とりあえずどうにもならない事だけはたしかだ」
「え、でもくれるって。言ったね今。聴いたよパパは」
「フン。言ったさ、」
「むしろ録音したよ焼き付いたよ私の心のハードディスクにガリガリとッ!」
「…聞いとけヨ人の話を。つーか、で、何?」
「聞いてるともっ! 何って何だい?」
「だから、やったら何だってぇの。あ。…先に言っとくけど俺はやっても俺の貯金はやんねーぞ」
「…………!! 神様ありがとうこんな何も知らないシンちゃんにパパが初雪を踏破できるような歓びを与えてくれてッ。ビバ誕生日!」
「あんたが神様信じてるとは初耳だ。つかそのたとえ話わかんねぇし」
「え、ああ! じゃあわかるように! ええとね?」
「ンだよ」
「ちょっとこっちに来て?」
「で?」
「ちょっとベッドに座っておいて?」
「ふん?」
「いただきます」
「……………ッツ!!!」


 ボグッ。


「…はー……はー…、っ…誕生日おめでとう変態オヤジ。おまけのボディブローだ。そして永遠にサヨウナラ」
「ゴフっ…いい入りだったよシンちゃん…」


mas




ぼくのものになれば良いのに







「こうやって、家族みんなで夕食っていうのも久しぶりだね。高松もいるけど」
「そうだな。高松もいるがな」
「これでおじ様方がいないのは残念だねー! 高松はいるけど」
「キンタローもグンマもここん所いっそがしそうだったもんな。ドクターはいてもなァ」
「どんな家族の絆ですかそれは」

 なにはともあれ晩餐会。
 こうして5人で進めてました。

「まったく…グンマ様のおっしゃる事しか嬉しくありませんよ」
「まーまー。   それで、最近の目玉はナニよ? おまえら共同でなんかやってたんだろ?」
「んとねェ、固形のモノから抽出してー、液状化してるのをいっぺん粉末ゲル化してみたりしたんだけど、」
「それで思うようにいかなかったので霧状にしてみたり凝固させてみたり、また戻したり。色々だ。素地は出来ても加工に手間取っていた」
「……随分主語の見えない話だね。通じてるの?」
「さーあ? 一応毎回訊くことは訊くんだけどよ。研究組の遣り取りなんか分かった試しがねェ」
「それは好都合」
「あ?」
「いいえ。…今夜は随分と皆様、ご機嫌宜しいようですね。弁舌が冗長なのに諍いもなく。私を貶す程度で済んでいる」
「根に持つなー」
「いいえ? 喜ばしい事だと言ってるんです。マジック様も御誕生日を迎えて更にご健勝でいらっしゃる。御酒も最高。良い事づくめじゃありませんか」
「ああ、コレ美味いよな。なんて銘柄   …丸に…六芒星、中に…G印??」
「良い事づくめで  そろそろ思わぬ方向に向かった方が、均衡とれるでしょう?」


「……これは油断したね。3人これのグラスにだけ手をつけてないのに気づかないとは」
「何、」
「これが獅子身中の虫というやつだシンタロー。覚えておけ」
「それが陥れた奴の言うセリフかッ!」
「ふぅ……さて、どうなる? 訊いておきたいんだが、これは研究の成果かい? それとも……途上のモルモットかな!?」
「そんなぁ。おとーさままで怒らないでくださいよー。これでも間に合わせようと精一杯頑張ったんですから」
「何をかな」
「だから、言ってたじゃない? 誕生日にはパパ、シンちゃんとラヴラヴな夜が過ごしたいナ。って」
「あ゛?」
「え? そっちの話だったの? なァんだ早く言ってよグンちゃん♪」
「僕ら頑張って誕生日までに完成させようって思ってたんだけど、」
「さっきも言ったように加工に時間がかかってな」
「そー。せめてクリスマスには間に合うようにーってもう皆でずうっと研究してたんだから!」
「うわーグンちゃんキンちゃんありがとうっ! パパ喜びの涙で前が見えないヨ!」
「見事に私は抜け落ちてますねぇ」
「……うるせェ…俺のこの身の不幸をどうしてくれる………」
「おやおや影響が出る前から落ち込んじゃ駄目ですよ。万が一良いように作用したらどうします」
「万分の一より低いだろが…。キンタローが参画している時点で既に」
「シンタロー。どう作用しようとも、気は持ちようという言葉もあるぞ」
「正論ばっかが通る世の中だと思うなよキンタロー」
「んー。でもけっこう時間が必要なんだね。出るの」
「出?」
「ヒトはラットより大きいからな。時間がかかるのは当然だ」
「何が!? つか俺一人にリアクション任せて何のうのうとしてんだヨ親父ッ」
「大丈夫! パパはパパの強運とキンちゃんグンちゃんを信じてるからネー♪」
「そーかテメエが元凶だったナ…!」
「おや。やっと出ましたね」
「だから何がだッ!?」
「耳だ」
「み」
「シンちゃんちょっと後ろ向いてみてー? しっぽも出るハズなんだけど」
「…!!!! ………なん…なん…」
「わーいvvv シンちゃんとおそろーv 色違ーいvv」
「ふたりとも可愛いーv」
「馬鹿やろ! 治せよ! 戻せ!」
「ではシンタロー。伯父貴と向き合え」
「こうか?」
「じゃ、おとーさまはシンちゃんをぎゅっv ってして?」
「はぁいv シンちゃん、パパとハグしようv」
「……戻るんだろうナ!?」
「そして2人とも思い切り深呼吸」
「「…すー…っはー…」」
「…。ハイ、お互いのニオイを覚えましたね。ではこれで、つがいの猫の完成です」
「っな!? ちょ、高……キンタローてめッ、嘘ついたな!」
「いや? 嘘をつくのと無言の否定は違うと思うが?」
「なんだかキンちゃんとシンちゃんが話してると、どうしても目の前の問題が言葉の上での擦れ違いに変わっちゃうよね」
「ああでも、ご覧なさい、口はどうあれシンタロー様の方からマジック様に擦り寄ってます。特性が雌雄それぞれに巧く分かれたようで」
「いや~こんなに熱烈にハグv されたらパパのスーツが皺になっちゃうナv」
「~~~? 違、これッ…何だ……?」
「ニオイに発情する」
「うわ~キスだけで瞳うるうるしてる…vv さあシンちゃん…ベッドに行こうか…? 愛してるよ…v 2人で幸せになろうね?」
「と言いますか、我々の興味の先はこれからなんですよね。ラットじゃ心への影響までは分かりませんから」
「え~? 家族のベッドにまで研究を持ち込む気かい?」
「できれば。そうさせて貰えるととても助かる」
「僕は止めとくよっ♪」
「…よし。グンマ…その調子で、2人も止め…」
「だって、おとーさまにめろめろでうるうるでラヴラヴなシンちゃんのネコ耳プレイなんて見ちゃったらもう、全部日記に書いちゃうもーん」
「…………グンマ、おま、今、…今、誰よりも非道な事、…言って…」
「では改めて。誕生日、おめでとう。伯父貴」
「遅れちゃったけどおめでとーございます!」
「おめでとうございます」


 そんなこんなの晩餐会。
 こうして3人と2匹になりました。




おやすみ

 







 み・見なきゃよかった…。
 2時間近い鑑賞の後、やっと訪れたエンドロールに集中していた一同は、ほっと一息ついていた。
 その中で俺はとてつもなく後悔を、そう。とても、思いっきり、後悔、している。
 たかがB級。されどB級。
 さ、最初は。平気だと思ったんだいい加減俺も大人だしグンマが見たいっつーくらいのモンだからよしそれなら高が知れてんだろーと。
 たいして怖く、ないんじゃねェのと。
 俺は忘れていた。
 あまりにも長い年月それから意図的に遠ざかっていたために幼い俺が何をどう、おそれていたのかを。すっかり忘れきっていた。
 俺が必死で逃げ道探してるっていうのになんで正面から飛び出てくんだよさっきまであっちにいたじゃねェかならどっちに行けばいいんだどうやって逃げれば主人公はつまり眼魔砲すら手段にない俺は生き残れるんだヨあッ畜生まただこっちが動けねェ時に追いかけてくるんじゃねえぇ  ッッ!!
 と、ほぼ2時間、心の中で叫びながら敷くはずのクッションを握りしめて抱きしめて、なんとかやり過ごした。終わった今でも心臓は早鐘のようだ。
 なんか、考えすぎてか、ぼんやりしてきた。
「やあ、なかなかに笑える出来だったねぇ。予算がなかったのかな?」
「確かに。ピアノ線で吊っていたのが丸見えだった」
 ピアノ線? ちゃちい小道具? そんなんがどーした!
 マジックとキンタローの会話を横目に俺は黙って心の中で毒づく。
 そんななぁ、つくりモンなのは最初っからわかってんだヨ。映画なんだから。
 馬鹿かテメーらは。問題はそこじゃねェだろ。
 そう、B級ホラーのあの不自然なほど辻褄の合わないストーリー展開が俺を恐怖に陥れるのだ。決して悪くはない頭をフル回転させて俺が納得できる筋書きを考えてる端から話は破綻していく。怖がらせる、を念頭につくられているものだから土台、物語じたいに重点は置かれていない。早打つ心臓に悪い突然の大音響。思わせぶりな演技。来るな来るなと思うところに必ず現れる演出。
 その辻褄のあまりのあわなさにずっと脳内補筆を続けていたら映画の内容より怖い展開が頭の中で繰り広げられている…ような気がする。散々だ。
「そうかなぁ。僕すっごい怖かったけど」
 ああグンマ、オメーはそうだろうな。
 だがグンマの事だ。どうせ、
「でもハッピーエンドで終わって良かった! 最後まで怖いと僕、眠れなくなっちゃうもの。あ、でもキンちゃん今日は一緒に寝よう~?」
 …やっぱな。どうせそれくらいのアタマだろうよ。単純明解馬鹿グンマめ。
「ああ、俺は別に構わない」
 しかもさっさとキンタローっつー都合の良い抱き枕をキープしやがって。
 俺としてはハッピーエンドに終わったからといって、あの話の終わり方がこれまたちっとも納得できないのだ。
 なんでいきなりああなるんだ?!
 それが説明されなきゃこっちは安心できねェんだヨッ!!
 くそう。
 つくづく、見なきゃよかったと、思うのだ。
 加えてド派手な重低音の余韻が身体にまだ残っているのも不安の種だ。
 5.1chサラウンドのハイビジョンプラズマも今回ばかりはその臨場感が恨めしい。
 これは、クる。確実な予感がある。
 絶ッ対うなされる。眼が醒める。二度寝が薄ら怖くなる。
 いや馬鹿言うなヨ俺怖いわけあるかただ怖いような気がするだけだ。
 そう、気が。
「じゃあ、皆明日も早いだろうから、これで解散しようか?」
「あ!? っあ、そうか…もうそんな時間か…」
「はぁい。おやすみなさーい」
「おやすみ」
 う、わ。待て待て。
 ちょっと待てっての、俺にだって心の準備ってモンがッツ。
 うがーっ。行ーくーなーっ!!
 そんな態度は口にも出せず顔にも出さず、俺はグンマとキンタローが部屋を去るのを見送った。





 ***





 きっかり三歩、じぶんの先を歩かせる。
 振りむくマジックは隙あらば立ち止まり絡んでくるので、黙々と背後から脚を蹴るようにして、先へ先へと追いやる。
 不機嫌を不器用によそおう俺に何度も促されては、痛いよシンちゃん、とさして痛くもなさそうに、マジックはまだ、笑う。
「いーから黙って歩けっっ」
「ええとシンちゃん。これは何の罰ゲームかな? 今夜はみんなでホラー映画を見ただけで、そういうゲームはちっともしなかったよねえ?」
「何がホラーだ。ったく、ヤローが夜中に集まってパジャマパーティもねェだろが。せーぜー猥談で盛り上がってろってんだヨ」
「シンちゃんこの前は正反対の事言ってたじゃない」
「そりゃテメーが嬉々として俺の性癖語るからだろッ。なーにが悲しくて身内相手に自分の性感帯暴露されなきゃなンねーんだっ!!」
「いやあ。あっはっは~」
「笑って済ますな!」
 苛々とさんざん蹴りこんで寝室まで追いやる。
 部屋に踏み込むとマジックはくるりと振り返り、間をあけずいきおい続いた俺を抱きとめた。
「これ以上はストップ。パパの足、アザだらけになっちゃうよ」
「てめ離っ………!」
 マジックの胸板から剥がれようと腕を伸ばしかけて、やめた。
 疲れきって夢も見ずに眠れるくらい、今日はこのまま流されてしまおうという妥協と思惑と打算が俺の脳裏を走馬燈のように駆け抜けたからだ。
 マジックは俺を抱き込んだまま顎に手をかけ、顔を上向かせると唇を舐めてきた。唇を伝う舌に身体の芯がじくりと融けるような感じがして、思わず声が漏れると、その隙に差し込まれた舌が歯列をなぞった。
「…ぅん…」 
「今日はやけにおとなしいね…そんなにあの映画、怖かった?」
「!」
 がばっと見上げると、青い瞳が笑っている。
「終わってから後悔するなら見なければよかったのに~」
 くつくつと心底愉快そうに喉で笑うマジックを見て、頭に血が上った。
「うるっせー!! グンマが見れるモンが俺に見れねーって道理があるか! それに中座なんかしたら後でナニ言われるか書かれるか判ったもんじゃねえッ」
「逆恨みの優越感云々されたくないんだったら日頃からグンちゃんいじめちゃダメだよ、シンちゃん」
「いーんだよグンマなんだからっ」
 ぶちぶちと文句を言いつつベッドに入った。
「   」
 マジックも同じベッドに滑り込むと、俺の傍らで肩肘をついてこちらを向いた。
 もう一方の腕は俺の胸の上でトン、トンとかるくリズムをとる。
 子供が安まる、心音に似せる動作だ。
 ガキの頃は、よくこうされて眠った覚えがある。
「シンちゃんがちっちゃかった頃を思い出すよ。懐かしいなあ」
 …考える事は同じか。
「ちっちゃい頃のシンちゃんも怖がりでねぇ、ちょっと怖い話するだけですぐおもらししちゃったり、やっぱり今とおんなじで眠れなくなって、パパ、ぜったい起きててねって。泣きべそかいて言ってたよねーvv」
「………あん時は。アンタ絶対寝ないって約束したのに俺が夜中怖い夢見て起きたら完璧寝てたじゃねーか」
 あれで酷くショックを受けたぞ。
「そんで起こそうとしてもちっとも起きねェで…」
「パパのうそつきーっ! て大泣きしてたねえ。その顔が可愛くて可愛くてvv 今でもハッキリ覚えてるよ。狸寝入りしてた甲斐があった」
「何?! …てめぇ…いたずらに子供心にトラウマ作りやがって…!」
「まあまあ。お詫びに今夜は一晩中シンちゃんが怖い夢を見ないように起きていてあげるから」
「……別にンな事、頼んでねー」
「私がそうしたいんだ。大丈夫だよ。安心して」
 そう言って、親父は俺の頬にキスをする。
 それはないだろう子供じゃないんだから。
「明日も仕事だろう? よーくおやすみ、シンちゃん」
「…」
 それもそうだ。とにかく寝よう。
 途中で起きた時には今度こそコイツを叩き起こしてやる。そうしよう。
 もぞもぞと、身じろぎして、俺は自分の眠りやすい体勢を探す。
 ふと思いついて、親父の肩肘をついていた腕を勝手に伸ばして、腕枕にする。
 そうすると、俺としては丁度よく収まった。
 親父は腕が痺れてしまいそうだが。ふん、いい気味だ。
「…おやすみ」
 今まであんなに怖い思いをしてきたんだ。今更そう簡単に眠れるもんかと。
 思い、俺は。
 親父の微笑みを睨んでから、瞳を、閉じた。





 ***





 光を感じて瞳が覚めると、視界に入ったのは、よく知った形をした爪。
 長い指。
 シーツに広がる俺の黒髪の一房を、指の背で愛おしそうに撫でている親父。
 口元。鼻筋。睫毛。
 キス。
「おはようシンちゃん。朝ご飯は何がいい?」
 夢は、見なかった。
「…寝てないのか?」
「ああ、一晩中ずっとシンちゃんの寝顔を月明かりに眺めていたよ。たまにはこんな夜があってもいいね」
「…」
 普段なら怒鳴り散らすところだが、ゆうべ、あんな言葉だけで熟睡しきった自分が恥ずかしくなって、俺は何も言い返す事ができなかった。





かえり道







「おかえり」
 ドアハッチが開き、長い黒髪が見えると、抑えきれずに寸時に声をかけた。
「…ただいま」
 ひとつ、間を空けて言葉が戻ってくるのは一週間ぶりで、懐かしい。
 このこが意地を張る癖だ。
「は、なんだそれ。親父、髪ばっさばさ」
 一報を聞いてヘリポートに来てからずっと、高層の風に嬲られていた私の様態を鼻で笑うと、シンタローは機内からばさりと大きな花束を引きだした。
「行くぜ」
 そしてそのままパイロットを置いて、私のほうへと歩きだす。
 何かを考えている顔で、後ろ手で花束を持って私に視線を投げた。
 ちょうど私も今、思案顔でシンタローを見つめている。
「何だよ」
「パパにくれる花束?」
「違う。これはコタローへのプレゼントだ。やんねーよ!」
 えぇ、と私が声をあげて眉を下げるとそれが可笑しかったのか、飛び切りの笑顔で肩をぶつけてきた。
 いつもと違うスキンシップを受けてそのままエレベーターに乗り込むと、シンタローは機嫌の良い顔で後から続く。
 ああ手がふさがってるから。
 肩をぶつけるしかなかったようだ。
 他愛ない。
 信用がないのか、奪われるのを避けるように花束を持ったまま、シンタローは表情を戻す。
 エレベーターの降下の重力を感じながら、しばらく2人、無言でいたら、珍しいと無表情に呟かれた。
「随分いつもと違うんじゃねェの?」
 黒曜の色をした瞳がこちらに向かう。
 吸い込まれるように冷えた手を伸ばして頬に触れてみる。
「うわ、冷てー」
 でも、逃げられなかったので、そのまま鼻と鼻を擦りつけてみた。
 瞬きの、睫毛も触れる距離だ。
「……クリスマスだからね、今日のパパはカッコ良いんだ」
「は、」
 また薄く笑われた。
 シンタローの顎が上がって、皮膚一枚、唇が掠める。
 それを首を傾いで寄られた分だけ、わずかに退いた。
「シンちゃんは、いつもの可愛いパパが良かった?」
 唇が触れてもキスじゃないような、触れては離れるだけの。くちづけ。
 逃げては追う、そんな事をゆっくりと繰り返す。
「…どっちも、お断りだ」
 意地を張る、癖。
 後ろ手に花束。
 軽い落下感。
「どっちも?」
「…、ン」
 答えず、切なげに瞳が閉じられ。
 それと同時にエレベーターは落ちることをやめ、加重が為され、扉が開いた。
 目的の階に到着したのだ。
「……」
 廊下のまばゆい明るさに、エレベーター内の柔らかな明かりの中での内緒のいたずらのような雰囲気は一気に掻き消されてしまった。
「…ぷッ。あっはははっ」
 乗り気を崩されて、呆気にとられたシンタローの顔に堪らず吹き出すと、私に笑われたシンタローは不機嫌な顔を作る。これは照れ隠しだろうから別段構わない。
「あー…クソッ!」

 他愛のない、キスの話。

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