作・斯波
きっとどこにいてもすぐ分かる。
この人を、見間違えたりはしない。
FACE
シンタローさんの指が好き。
俺よりちょっと大きな掌からすっと伸びた指は、長くて細くて器用で。
だけど俺を殴る時その指は、涙が出るほど容赦ない凶器に変わるんだ。
シンタローさんの髪が好き。
真っ黒でさらさらの髪は、手入れをしている様子もないのにとても綺麗だ。
少しの風で揺れる様は、まるで俺を誘ってるみたいだといつも思う。
シンタローさんの唇が好き。
綺麗な弧を描くそれは、いったん口を開くと罰当たりな言葉を吐き散らすのだけれど、それでも月明かりの下では切なく俺の名前を呼び続ける。
シンタローさんの眼が好き。
いつも真っ直ぐ相手を凝視めるその瞳は、黒曜石より強く輝いている。
この人には、秘石眼なんか必要ない。
―――なあんだ。結局俺、シンタローさんの全部が好きなんだ。
「何じろじろ見てんだよヤンキー。喧嘩売ってんのか、ああ?」
「ちっ違いますよ! 何でそう好戦的なんすかアンタ!」
さっきまでその手で俺にすがりついていたくせに。
その髪を白いシーツの上に乱していたくせに。
その唇で俺の欲望を呑み込んだくせに。
その眼で俺を散々煽り立てたくせに。
「俺だけなのかな」
「ん?」
「アンタを見てるとキスしたくなんのは」
「さあ・・・して欲しいのは、おまえだけだけど。―――」
耳許で囁かれたかすれ声に不意打ちを食らってノックアウト。
―――今夜もこの人から、目が離せない。
--------------------------------------------------------------------------------
大人向けマークをつけるには温すぎだろうと思ったんですが、
純情リキシン派の皆様にはギリギリなんでしょうか?
リキッドはシンタローさんに振り回されていれば良いのだというお話。
リキシン一覧に戻る
PR
作・渡井
金魚の泳ぐ場所
去年の夏、まだ暑さの残る夕方。
神社の鳥居の下で、リキッドはシンタローを待っていた。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう)
さっきまで同じ人待ち顔で、リキッドと並ぶように立っていた女の子は、どうやら連れが来たらしい。急に笑顔になって走っていってしまった。
目も合わせず会話も交わした訳ではないが、心細さが増してくる。
―――あの、シンタローさん、あの、あの、お祭りに行きませんか!?
緊張のあまり上擦っていたに違いない昨夜の電話に、シンタローは簡潔に「行く」と答えた。
嬉しくて嬉しくて待ち合わせの時間より随分と前に来てしまったら、どんどん不安になってきた。
彼は約束は必ず守る人だから、きっと来てくれるだろう。しかし。
何を話せば喜んでくれるだろうか。
何をすれば喜んでくれるだろうか。
自分は、あの人を喜ばせることなど出来るのだろうか。
「あ」
シンタローを見つけた。
最寄りの駅に電車が着いたのであろう、神社へと向かってくる人波は一気に膨らんだが、そんな中でも彼を見つけるのは容易い。
どんなに多くの人がいても、シンタローは埋もれたりしない。
藍色の浴衣に和風のサンダルをつっかけ、長い黒髪は首のところで一つに束ねられている。俯いていた目が上がって、リキッドを捉えた。
―――この瞬間がたまらなく好きだ。
「シンタローさん!」
大きく手を振ると、顔をしかめられた。恥ずかしいことしてんじゃねえよ、というところだろう。
意志の強さをはっきりと示した黒い目に、自分が映っている。それだけで先ほどまでの不安も吹き飛んでしまうくらい幸せになる。
約束の時間ぴったりに鳥居について、シンタローはリキッドをじろじろと見た。
「…へえ。思ったよりサマになってるじゃねえか」
「そ、そっすか!?」
声が裏返った。
知人が作ってくれた白っぽい浴衣を見下ろし、リキッドは頬が緩むのを何とか抑える。
「シンタローさんは似合いますね、浴衣」
「おう」
「親父さんの手作りですか?」
訊ねたらぎろりと睨まれた。
「テメー、俺にハートマークが乱舞するピンクの浴衣を着ろってか?」
―――そんな浴衣、作ってるんだ…。
「だってシンタローさん背が高いから、既製のじゃ合わないでしょ。俺だって探したけどなかったもん」
「今着てんのは?」
「Gが縫ってくれました」
熊柄にしようとするのを泣き落としで説得したことを付け加えたら、シンタローは口端をにやりと上げて笑った。
「どいつもこいつも、だな」
自信に満ちた皮肉っぽい笑みが彼にはよく似合って、リキッドの胸を高鳴らせる。
神社の境内に立ち並ぶ屋台を冷やかして歩く。匂いにつられて焼きもろこしを買ったら、シンタローに「ガキかテメーは」と言われた。
他意はないのだろうが、年下なのが密かにコンプレックスだから、ちょっと辛い。
「…あ、金魚」
端まで歩いていったときに、シンタローがぽつんと呟いた。
もうすぐ近くの海に花火が上がる。この境内からが一番よく見える。ごった返す人波はそれを目当てにしたものだ。
端からは角度の問題で見にくくなるから、自然に人波はそこで途切れていた。
人いきれから解放されて大きく息をつき、リキッドはシンタローに合わせて金魚すくいの前にしゃがみ込んだ。
「やりたいんですか?」
「こういうの、あんま得意じゃねーんだよな…苛々するんだよ」
「屋台の金魚なんて、あんま長生きしませんよ」
つまらなそうに店番をしている若い男に聞こえないようにささやくと、シンタローはしばらく考えてから、財布を取り出した。
「いい。やる」
「あ、お金なら俺が」
「黙って見とけ」
和紙を貼った網を片手に、シンタローは真剣に水の中を覗き込んでいる。
(金魚すくい、いいかもしれない)
何においても負けず嫌いなシンタローのこと、無論こんな遊びでも集中している。横顔をリキッドが見つめていることにも気づかない。
普段はこんな近くで見ることなど出来ないから、存分に目の保養をさせていただくことにした。
告白したのは一ヶ月前のこと。「俺と付き合ってください」という言葉に、シンタローは呆気ないほど簡単に頷いた。しばらくは信じられなかった。
シンタローは多忙だから、なかなか会えない。この前、少しだけ時間が取れて一緒に食事をして、別れ際に短いキスをした。
好きだと言ってもらったことは、まだない。
「取れた!」
網はぼろぼろになっていて、もう止めるよう言うべきかどうかリキッドが迷い始めた頃、シンタローが歓声を上げた。器の中で黒っぽい金魚がひらひらと泳いでいた。
やる気のない店番がビニールの袋に金魚と少しの水草を入れてくれて、シンタローは飽きずに目の前に掲げている。
「すっげー、俺生まれて初めてだ、金魚とったの」
皮肉めいた笑みもいいけれど、子どもみたいな無邪気な笑顔にも惹かれる。一挙一動に目を奪われる。
こんな顔を見ていると、自分の抱えている不安なんてどうでも良くなってしまう。自分という存在が、たとえシンタローにとっては気まぐれだろうと暇つぶしだろうと、そんなのはちっぽけなことだ。
一緒にいられればそれでいいと思う。
「シンタローさん、可愛い」
なんて浮かれていたら、思わず本音が口をついて出た。
やべえ、と口を押さえる暇もない。シンタローは立ち止まって、目を丸くしている。
ふざけんなと怒られる覚悟を決めてぎゅっと目を閉じたが、いつまでたっても怒声は聞こえてこない。
おそるおそる目を開けてみたら、耳を赤くしている想い人がいた。
もしかして、もしかすると。
可愛いって言われて、照れてたりするんだろうか?
―――え、ちょ、それ、反則でしょ。我慢できねっつうの。
「あの…シンタローさん」
「…何だよ」
「あの……背中、憑いてます。変なのが」
は? と振り向いたシンタローの目に、今度こそはっきりとした怒気が浮かび上がる。
「アラシヤマーッ!! テメー後ろから人にひっついてんじゃねーよ!!」
「せやかてシンタローはん、浴衣姿も素敵すぎどす~」
邪魔さえ入んなきゃ我慢しねーんだけどなー、と遠い目をするリキッドをよそに、シンタローはアラシヤマにぎゃんぎゃん怒鳴っている。
「だいたい何でテメーがここに居んの!」
「嫌やわあ、お祭りを見に来ただけどすえ。シンタローはんをお見かけしたさかい、ご挨拶をしとこうと思ったんどす」
「背中にべったりくっついて胸撫で回すのがテメーの挨拶か」
「ああん心配しはらんくてもそれはシンタローはん限定v」
「マーカーどこ行った! 居るんだろうテメー、ちゃんと躾しとけっ!」
げ、やっぱ居んのかよ。
悠然とした足取りで歩いてくるマーカーから、思わず目を逸らしてしまうリキッドである。旧知の仲というのは、イコール会えて嬉しい仲とは限らない。
「うちの不出来な弟子が粗相をしたようで」
「引きこもりを祭りに連れてくるんじゃねえ、家で鎖に繋いどけ」
「コレがどうしても花火が見たいと駄々をこねるのですよ。そちらは坊やの子守りですか?」
ここで「誰が坊やだ」なんて言ったら、100倍になって嫌味が返ってくる(身をもって学習している)。リキッドはひたすら遥かな夜空を見つめ続けた。
「シンタローだべ」
「アラシヤマの奴、まーたシンタローを困らせてるっちゃ」
背後からは別の知り合いが声をかけてくる。こちらにはシンタローも愛想よく手を挙げていた。
「おお、シンタロー、浴衣がよう似合うとるの」
「ようコージ、お前は一人かよ」
「妹と来とるんじゃが、はぐれてしもうたんじゃ」
「どっちもデカいからすぐ見つかるっちゃ」
「よーうリッちゃん、おにーさんとナンパしに行かねー!?」
「………うむ」
「あっマジック先生のバカ息子!」
「位置が違ェよ、バカマジックの息子と言え」
えーと、俺は今日大好きなシンタローさんとお祭りに来てるんだよな? もうこれ以上の幸運は人生においてないかもしれないってくらい素晴らしい日なんだよな?
わらわらと人が増えていく中で、リキッドは必死で自分に問いかけていた。
史上最高に幸せな日だってのに、何でこんなに邪魔されるんだ!? デカゴツい男どもが揃って花火なんか見に来てんじゃねーよ!!
ちなみにこの場合、自分とシンタローだって十分にデカゴツい男であることは範囲に入っていない。
「あーっシンちゃんだ!!」
極め付けがこれだ、と既に諦めきった表情で振り向く。
予想通り、そこにはグンマとキンタローの姿があった。
「何だ、お前らも来たのか?」
「えへへ、高松にお小遣い貰っちゃった」
彼らはシンタローの従兄弟である。家族を大切にしている(一部例外を除く)シンタローにとっては、親友でもあるらしい。
だがグンマはいつでも柔和な笑顔でいるわりに掴みどころがなく、キンタローはいつでも無表情に近い。リキッドにとってはどちらも近寄りがたい人物である。
シンタローと待ち合わせて、一緒に金魚すくいをしたところで、自分の運は使い果たしてしまったのかもしれない。それでもお釣りが来るくらい幸せだったけど。
と、総論をまとめに入りつつあるリキッドだった。
「んーやっぱりその浴衣、すっごく似合うよ。間に合って良かったね!」
「…おう」
「でも帰ったらシンちゃんが引っ張り出してきた家中の浴衣、ちゃんと片付けてね」
「………」
「ね、ね、リキッドくん」
「あーッ! ちょっと待て、グンマ!!」
名前を呼ばれたと思ったら急にシンタローが叫んで、リキッドはクエスチョンマークを顔に浮かべたまま固まる。
「大変だったんだよー、シンちゃんたら昨日の夜からありったけの浴衣を並べて、あれでもないこれでもないってさぁ」
「グンマ! てめ余計なこと言ってんじゃねえ!!」
掴みかかろうとしてキンタローに宥められているシンタローは気づいていない。
自分の大声で思い切り注目を集めていることも、それに負けじと張り上げるグンマの声がよく通ることも。
「結局朝イチでデパートに行って浴衣選んだんだよ、それも丈が合わないから今日中に直せって無理言って。うちがお得意さんだから向こうも何とかしてくれたんだけど、頼んだときの台詞、何だと思う?」
「グンマ!!」
「『大事なデートなんだから、死んでも間に合わせろ』だよ!?」
気づいたら、みんなニヤニヤした顔でこっちを見ていた。マーカーやキンタローでさえ。
隣でシンタローも固まっていると思うのだが、ちょっと今は顔を見ることが出来ない。見たら何を言ってしまうか分からない。
「えーと、そういう訳で、リキッドくんて一人暮らしだよね」
「は、あ」
「僕たち先帰るけど、面倒だから鍵閉めちゃうねー、シンちゃん帰ってこないでねー」
ひらひらと金魚のように手を振って、グンマが踵を返す。
すぐ後をキンタローが、こちらはさすがに小声で「伯父貴には俺が上手く言っておく」とリキッドに囁いていった。
「アラシヤマ、花火が始まるぞ」
「へえ、楽しみどすなあ」
「ミヤギくん、場所が埋まるとまずいわいや」
「だべ。花火は場所取りが肝心だかんな」
「お、ウマ子じゃ、ウマ子ー!」
「あっ浴衣がめちゃめちゃ似合うバンビーナ発見。行くぞG!」
「山崎くん、マジック先生の新刊を探しに本屋に寄ってもいいかな」
口々に理由を(それも相当にわざとらしい理由を)つけて、みんながくるりと背中を向ける。
彼らが歩き去り、静かになったところでちらっと横を窺うと、案の定シンタローが赤くなったり青くなったりしていた。
「…シンタローさん」
「うるさい!」
勇気を出して声をかけたら、怒鳴られた。
わっと歓声が上がったので上を見たら、花火が上がり始めた。花火の明るさを利用して顔を見てやろうと思ったのに、シンタローは空に背を向けてしまう。
背中は神社の方へずんずん歩き出した。歩き方に混乱と怒りと羞恥が現れている。
「シンタローさん、そっち行ったら花火見えないっすよ、木の陰になって」
「うるさいっ」
「シンタローさん、振り回したら駄目ですよ、金魚」
「うるさいっ」
「シンタローさん、好きです」
「………」
太い幹を背中にしたシンタローの前に回りこみ、屈むようにして下から覗き込む。
「怒んないで下さいよ、大事なデートなんだから」
「…調子乗りすぎ。お前」
拗ねた声で言われたって、ちっとも怖くない。
「今夜締め出される予定らしいっすよ、どうします?」
「ふん。夏なんだから一晩くらい外にいたってどうってことねえよ」
派手な音がするたび、拍手が聞こえてくる。ここの花火の上げ方は豪快らしかった。
「そりゃ、風邪ひいたりはしないだろうけど、徹夜すんですか?」
随分と長い間、シンタローは黙っていた。
悔しそうに唇を噛みしめた顔があまりに愛しくて、リキッドは時間も忘れて見つめていた。
ようやく開いた唇は、少しだけ笑っていた。
「俺は別に行きたかねーけど、こいつが―――こんなビニール袋じゃ、可哀想だから」
視線が落ちるビニール袋の中で、金魚が揺らめいている。
「んじゃ風呂に冷水、張ります。そこなら広々と泳げますよね、こいつ」
「広すぎだろバカ」
境内が明るく光った。一瞬遅れて、太い音が腹に響く。
大きな花火が幾つも空に咲く。どよめきが起きる。
後で聞いたことだが、天候が怪しくなってきたため、間を置いて上げていた花火を連続して一気に打ち上げたらしい。何とも迫力満点で、みんな大歓声で騒いでいたのだとか。
リキッドとシンタローは知らない。
今にも崩れそうな天気に負けずに最後の花火が打ち上がるまで、目は閉じていたし唇は塞がっていたから。
もうすぐ、また夏祭りが来る。
リキッドは朝顔型の金魚鉢を買った。黒い金魚は、元気に泳いでいる。
年下の恋人が次は赤い金魚が欲しいと言うので、シンタローは今年も金魚すくいをするつもりでいる。
--------------------------------------------------------------------------------
「リキシンと愉快な仲間たち」が書きたかっただけの設定なしパラレル。
なぜか山南さんつき。
ちなみにギャラリーの中でカップルなのはマカアラとミヤトリです。
リキシン一覧に戻る
作・斯波
太陽が眩しいくらい照りつけてた。
青い空は何処までも高く澄んで、何処か近くで笑い声が響いていた。
それも気にならないくらい、こいつに溺れていた。
キンイロノユメ
「ちょ、ヤバイって・・っ」
「いいから、黙って」
「やめろっつってんだろ!」
「駄目。もう退けない」
陽光が凝って形を成したような金色の髪がふわりと目の前に落ちてきた。
「―――シンタローさんだって、今更やめらんないでしょ?」
普段ヘタレなくせに、腹を据えた時のこいつは人が変わったように強引になる。
(ああ パプワの声がする)
水飛沫を跳ね上げて遊んでいる声は意外に近くて、俺は思わずヤンキーを押し返した。
「すぐそこにパプワ達がいんだぞ!」
「じゃあこのままで戻ります?」
ぐいと掴まれて腰が砕けた。
「・・や、あっ」
「シンタローさん、俺のこと好き?」
「何言って・・っ・・んっ」
「声、もう少し抑えないと聞こえちまいますよ」
「誰のせい―――・・っあ!」
侵入してきた指に思わずあげかけた悲鳴を必死で噛み殺した。
「もうちょっとかがんでくれません? じゃないとつらいのはアンタっすよ」
「てめ」
ふざけんな、と言おうとした瞬間、俺の内部でヤンキーの長い指が動いた。
「う・・あっ・・」
がくりと膝が折れる。肩に縋りつく俺の脇に手を回して抱き上げながら、ヤンキーは人の悪い笑みを浮かべた。
「あれェ珍しく素直っすね、シンタローさん」
「や・・っ」
「それとも」
―――・・・これだけでもう、感じちまったの?
熱い声に耳を犯されて、ぽろりと涙が零れた。
「ね、シンタローさん」
ぐいぐいと突き上げてくるリキッドの息が荒い。
「俺のこと好きっすか? 答えて下さいよ、シンタローさん」
訊きながらリキッドはキスの雨を降らせる。
こいつはセックスの時にはキス魔になる癖があって、顔でも髪でも首筋でも、とにかく何処にでもキスをしたがる。だが今日はいつになく執拗で、唇が押し当てられるたびに俺は焼けつくような痛みを感じた。
「んん・・んんっ・・」
(んなこと言われたって答えようがないだろーが!)
声が洩れないように大きな掌で俺の唇を塞いでいるのは訊いている当人なのだ。
リキッドが動くたび、水に濡れた金髪が目の前で揺れる。
きらきら輝くその髪からは水滴と一緒に金色の粉が散るようで、
(綺麗だ)
眩しくて眩しくて思わず眼を閉じたその時。
「リキッドくーん」
思いがけないほど近くで聞こえた声に愕然と目を見開いた。
「どーしたのー?」
「一緒に遊ぼうよー」
狼狽えまくる俺と対照的に、リキッドの声はいつもとまるで変わらない。
「ああ、もうすぐ行くから」
「シンタローさんはー?」
「ちょっと虫に噛まれちゃってさ、手当したらすぐ行くよ」
「手伝おうかー?」
エグチくんの邪気のない声にぎくりと身を竦ませる俺の腰をぐっと引き寄せて、リキッドは顔だけ岩陰から出して振り向きながら笑った。
「大丈夫だよ、すぐに行くから向こうで遊んでていいよ」
「はーい」
「早く来てねー」
ほてほてという足音が遠ざかっていく。
全身から力が抜けるのが自分で分かった。そこをすぐに突き上げられて悲鳴を上げる。
「もー、集中して下さいよ」
「ばっ・・も、やめろって・・!」
「こんな状態で? ソレ無理でしょ」
ね、と一番深いところを一突きされて思わず艶めいた喘ぎが洩れた。
リキッドの手は俺自身を強く握りしめたままだ。
「も・・駄目だって・・」
「イキたい?」
くすりと笑ってリキッドは俺の耳にキスをした。それだけでぞくりとする。
「俺のこと好きっすか、シンタローさん。―――」
「答えてくれたらイカせてあげます」
「なっ・・・!」
(ああ 内緒にしておきたかったのに)
おまえのことが好きで好きでたまらない。
このまま死んでしまってもいいくらい、俺はきっとおまえに溺れてる。
「・・・良かった」
リキッドがニッと笑った。
少年のように無邪気で嬉しそうな、素直な笑みだった。
「俺もあんたを離しませんから」
「んっ・・んあっ!!」
リキッドの手の中で俺の欲望が弾け、一瞬遅れて俺の中でもリキッドが達する。
「愛してます、シンタローさん」
大きな瞳を伏せて囁くリキッドの顔は、怖いくらい真剣だった。
瞬きするたびに金色の睫毛からも太陽の破片がきらきらと零れ落ちるのをうっとりと眺めた。
それは、俺の心の中まで明るくしてくれるような眩しさだった。
「だから謝ってるじゃないですか~・・・」
「誰が許すかボケェ!!」
晩飯の支度のためにパプワ達より早く湖を後にした俺は後ろも見ずに足早に歩いていた。
少し遅れて半泣き顔のヤンキーがついてくる。
眼魔砲を食らわせた顔は例によって例の如く血まみれになっていた。
「やめろって言ったのに無茶しやがって」
「アンタが色っぽすぎるのが悪いっす」
「・・・あァん? この上さらに口答えですかー?」
「すいませんお姑さん・・気持ち良くなかったすか・・・」
「そういう問題じゃありません!!」
俺はちみっ子たちと楽しく遊ぼうと思ってたのに、結局ヤンキーがつけたキスマークのせいでタンクトップも脱げずに寂しく浜辺で見学になってしまったのだ。
「当分てめえとはしねェ」
「ええええ! そんなぁ!!」
漸く陽が傾き始めた夏の空を見上げて残照の眩しさに眼を細める。
(髪と眼からきらきら零れ落ちていた太陽の結晶)
「あれは・・悪くなかったんだけどな。―――」
「でしょっ!? 俺もマジ燃えたっす!」
ぬけぬけと言いくさるヤンキーに躊躇無く本日2発目の眼魔砲を放った。
(どんなにおまえに溺れているか、どれほどおまえに焦がれているか)
譫言のように言い募った台詞が記憶から飛ぶまでブチのめしてやるからな。
覚悟しとけよ、ヤンキー。
--------------------------------------------------------------------------------
なりきり100の質問にあった「水浴びエッチ」です。
たまには純情じゃないリッちゃんです。
リキシン一覧に戻る
作・渡井
Don't dream, Be it
「あの、シンタローさん」
パプワたちが出かけて静かになった昼下がり、リキッドが妙に気合の入った、それでいて不安そうな声で呼びかけてきた。
ヤバい、とシンタローの直感が告げる。
「あんだよ。つか洗濯は終わったのか?」
「あ、いえ、まだ……」
「とろとろしてねえで手ェ動かせ。そのへん散歩してくるから、片付けとけよ」
「……うす」
顔を見たくなくて、足早にパプワハウスを出る。
リキッドが向けてくる視線の意味を、シンタローは多分気づいている。面倒なことになるのが嫌で今日のように流してしまうけれど――――いつかは向き合わなくてはならないだろう。
足は自然に海岸へと向かっていた。日差しを浴びた熱い砂の上に腰を下ろし、海をぼんやりと眺めた。
風はなく、波は穏やかな表情を見せている。
パプワ島の記憶は海と直結している。シンタローはこの海を何度も夢で見た。
(あのヤンキー、どうしたもんか……)
どうもこうもない。
ふざけたことを言ってねえで家事をしろと、本気にしないでどやしつけてやればいい。しばらくはぎくしゃくするかもしれないが、そのうち彼も諦めるだろうし、諦めなかったところでシンタローはこの島にずっと居るわけではない。
分かっていてもちくりと胸が痛む。
リキッドは思っていることの大半が顔に出る。今日のような返答にだって、まともに傷ついた顔をする。
――――見たくねえな。
ため息が出た。だって、と心の中で言い訳がましく呟く。
あいつは俺の夢なんだから。
ガンマ団を離れること。追われるのではなく自分の意志で、ガンマ団以外に場所を見つけること。
家族と別れること。争ったのではなく成長の証として、絆と愛情に確信を持ち合いながら別々の道を歩き出すこと。
この島を守ること。逃げ込むのではなくこの島の住人として、島と島のみんなを自分の力で守ること。
そして、パプワといること。
4年前ガンマ団に戻り、総帥を継ぐことを決めたのはシンタローだし、後悔したことはない。迷い焦って遠回りをしたこともあるが、パプワ流に言うならば「それもぜーんぶひっくるめて」シンタローの足跡だった。
けれどいつも心のどこかにこの海があった。
リキッドはあのときシンタローが選べなかった、もう一人のシンタローだ。
(だからあいつには――――)
あんな、見ている方が辛くなるような表情はさせたくない。断ると分かっている告白など言わせない。
リキッドの気持ちを聞きたくない理由はそれだけだ。彼はシンタローの夢だから、傷つけたくない―――。
(Don't dream, Be it)
ふいによみがえったのは、ずっと昔ハーレムに教わった言葉だった。
夢見てても駄目だ、夢になれ。――――決断力と行動力の塊である叔父らしい言葉だと思った。
その決断と行動が常に正しいようには見えなかったが(特に競馬のときは)、彼の不器用だけど真っ直ぐな生き方は、一時期のシンタローにとって確かに夢だった。
「……バカみてえ」
どうしようもないじゃないか。俺はあのとき、ガンマ団を選んだ。だから今もガンマ団を選び続けるしかないじゃないか。
掠れた声が誰を罵っているのか自分でも分からない。
リキッドと自分では立場が違う。彼が選んだ道はシンタローには歩けない。けれどそれはシンタローが夢に見るほど夢見た道だから、せめてリキッドにだけは、
(笑っていてほしい)
誰かにそう思ったときから恋は始まっていると、シンタローが気づくのはこれからもっと後のことである。
--------------------------------------------------------------------------------
言えないリッちゃんと言われたくないシンタローさん。
私の中でのリキシン一大テーマであります。
リキシン一覧に戻る
Don't dream, Be it
「あの、シンタローさん」
パプワたちが出かけて静かになった昼下がり、リキッドが妙に気合の入った、それでいて不安そうな声で呼びかけてきた。
ヤバい、とシンタローの直感が告げる。
「あんだよ。つか洗濯は終わったのか?」
「あ、いえ、まだ……」
「とろとろしてねえで手ェ動かせ。そのへん散歩してくるから、片付けとけよ」
「……うす」
顔を見たくなくて、足早にパプワハウスを出る。
リキッドが向けてくる視線の意味を、シンタローは多分気づいている。面倒なことになるのが嫌で今日のように流してしまうけれど――――いつかは向き合わなくてはならないだろう。
足は自然に海岸へと向かっていた。日差しを浴びた熱い砂の上に腰を下ろし、海をぼんやりと眺めた。
風はなく、波は穏やかな表情を見せている。
パプワ島の記憶は海と直結している。シンタローはこの海を何度も夢で見た。
(あのヤンキー、どうしたもんか……)
どうもこうもない。
ふざけたことを言ってねえで家事をしろと、本気にしないでどやしつけてやればいい。しばらくはぎくしゃくするかもしれないが、そのうち彼も諦めるだろうし、諦めなかったところでシンタローはこの島にずっと居るわけではない。
分かっていてもちくりと胸が痛む。
リキッドは思っていることの大半が顔に出る。今日のような返答にだって、まともに傷ついた顔をする。
――――見たくねえな。
ため息が出た。だって、と心の中で言い訳がましく呟く。
あいつは俺の夢なんだから。
ガンマ団を離れること。追われるのではなく自分の意志で、ガンマ団以外に場所を見つけること。
家族と別れること。争ったのではなく成長の証として、絆と愛情に確信を持ち合いながら別々の道を歩き出すこと。
この島を守ること。逃げ込むのではなくこの島の住人として、島と島のみんなを自分の力で守ること。
そして、パプワといること。
4年前ガンマ団に戻り、総帥を継ぐことを決めたのはシンタローだし、後悔したことはない。迷い焦って遠回りをしたこともあるが、パプワ流に言うならば「それもぜーんぶひっくるめて」シンタローの足跡だった。
けれどいつも心のどこかにこの海があった。
リキッドはあのときシンタローが選べなかった、もう一人のシンタローだ。
(だからあいつには――――)
あんな、見ている方が辛くなるような表情はさせたくない。断ると分かっている告白など言わせない。
リキッドの気持ちを聞きたくない理由はそれだけだ。彼はシンタローの夢だから、傷つけたくない―――。
(Don't dream, Be it)
ふいによみがえったのは、ずっと昔ハーレムに教わった言葉だった。
夢見てても駄目だ、夢になれ。――――決断力と行動力の塊である叔父らしい言葉だと思った。
その決断と行動が常に正しいようには見えなかったが(特に競馬のときは)、彼の不器用だけど真っ直ぐな生き方は、一時期のシンタローにとって確かに夢だった。
「……バカみてえ」
どうしようもないじゃないか。俺はあのとき、ガンマ団を選んだ。だから今もガンマ団を選び続けるしかないじゃないか。
掠れた声が誰を罵っているのか自分でも分からない。
リキッドと自分では立場が違う。彼が選んだ道はシンタローには歩けない。けれどそれはシンタローが夢に見るほど夢見た道だから、せめてリキッドにだけは、
(笑っていてほしい)
誰かにそう思ったときから恋は始まっていると、シンタローが気づくのはこれからもっと後のことである。
--------------------------------------------------------------------------------
言えないリッちゃんと言われたくないシンタローさん。
私の中でのリキシン一大テーマであります。
リキシン一覧に戻る
作・斯波
見た目と実際が違うなんてよくある話。
だけどこれはそういう問題でも無さそうなんだ。
BODY
ハッキリ言ってシンタローさんはデカい。
背は俺より高いし、筋肉の付きも俺よりいいと思う。
いつでも人を真っ直ぐ見るから、向かい合って立ってみるといつも見下ろされてる感じ。
腕組みをして突っ立って俺を見ているシンタローさんはエラそうで強そうで格好良くて、たぶん実際の体格以上にこの人に備わっているオーラのようなものがそう見せている。
シンタローさんが放っている光は誰より強くて、見ていると俺は時々立ち眩みがしそうなほど眩しくなる。
この人には絶対敵わないって―――この人の隣を歩くなんて俺に出来るのかなって、そう思わせるほどその光は強い。
なのに何でかなあ。
夜になるとシンタローさんは、少しだけ小さくなるような気がするんだ。
「―――分かんないんす」
「何が」
「絶対シンタローさんの方が俺よりガタイがいいっすよね?」
「?・・・多分な?」
「ねえシンタローさん、物の大きさって日によって変わったりすると思います?」
「すいません話がさっぱり見えません」
俺の腕に抱かれてる時のシンタローさんは、すっぽり包み込んでしまえそうだ。
黒い頭を俺の肩のくぼみにちょこんと乗せて子供みたいに拳を口にあてて眠っている。
安心しきった表情で、何もかも俺に預けて眼を閉じて安らかに呼吸しているシンタローさんがいつもより2割減で小さく見えるのは何故なんだろう。
「んなこと言うけど、おまえだって昼間と今じゃ全然違うぜ。声も表情も、身体の大きさまで違うような気がする」
「え、マジで? それはおっきくなるんすか、それともちっちゃくなるんすか?」
何の気無しに訊いただけなのに、シンタローさんはみるみる赤くなった。
んなこと訊くなバカと怒られておまけに頭をポカリと殴られた挙げ句向こうを向かれてベソをかきそうになった俺に背中を向けたまま、シンタローさんはぽつりと言った。
―――昼間よりずっと、頼れる感じがする・・・ような気がする。
小さな小さな声でそう呟いた人の背中を、思わずぎゅっと抱きしめた。
「アレ? こんなちっちゃかったっけ・・・」
パプワの新しい腰みのを作るために古いので採寸していた俺は、ちょっと驚いた。
「もっと大きいのかと思ってたぜ」
「それは錯覚だ」
「あっさり言い切るのねお坊ちゃま・・・」
「人間の眼が捉えている物の大きさというのは案外不正確なんだ。手で実際に測ってみると思ったよりも小さかったり大きかったりするんだゾ」
「ふーん・・・」
「人と人の距離だってそうだぞ、家政夫」
「は?」
「遠く見えている奴だって、実は意外と近くにいたりする。重すぎる運命を軽々と背負っているように見える強い人間だって、手の中に抱きかかえてみると意外に小さかったりするんだ」
「パプワ・・・」
だからあいつを頼んだぞ。
真顔でそう言った10歳のちみっ子は、俺が知っている誰よりも大人びて見えた。
「おまえ、変わったな」
「そうすか?」
シンタローさんの長い指が飽くことなく俺の髪を梳いている。
「図太くなった。何か図々しくなったし」
「何すかソレ!」
「ほんとのことだもん」
「シンタローさんのせいですよ。あんたが俺を変えたんだ、きっと」
「じゃあテメーも俺を変えてみろよ」
片肘をついて俺の顔を真上から覗きこむ。
(そんな顔、反則だ)
「おまえ好みに、心も身体も。―――」
―――好きなようにしていいんだぜ、なあリキッド―――
きゅっと眼を細めて甘くかすれた声で俺を誘惑するこの人に、俺はまだ全然敵わない。
(だけどきっと)
「―――上等っす」
この人の全部を抱きしめられる俺に、いつか絶対なってやる。
それが昼間でも夜でも、安心して頼って貰える男になってみせるから。
笑みをたたえたままの柔らかい唇をそっと舌でなぞった。
「・・・今の言葉、忘れないで下さいよシンタローさん」
あなたのすべてはもう、俺のもの。
--------------------------------------------------------------------------------
調子乗りっちゃん。
…すみません、言ってみたかっただけです。
160ない私にはシンタローさんは2階の人です。
リキシン一覧に戻る