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作・斯波

鏡の中から俺を見つめる
あれは一体誰だろう



姿 見



戦場で、部下が死んだ。
その報告を、総帥室で聞いた。


報告を持ってきた秘書官を下がらせて、俺は椅子を立った。
ガラス窓から見下ろした風景はいつもと同じ夕暮れ時で、不思議なほどに美しかった。
―――いい奴だったのに。
何度か一緒に遠征に出たことがある。入団して数年経っていると言っていた。早く伊達衆のように自分の部隊を持ちたいと笑っていたのが昨日のことのように甦る。
「何シケた面してんだよ、総帥さんよ」
突然声をかけられて吃驚して振り向くと、ハーレムが居た。
そういえば特戦部隊が帰還したとさっきチョコレートロマンスが言っていたような気がする。
「・・・黙って入ってくんな」
「声はかけたぜ。返事がねえから入らせて貰った」
ハーレムは俺の隣に立って同じようにガラス窓に額をくっつけた。
「死人が、出たそうだな」
「・・・・」
「その不景気な面の原因はそれか。・・・下らねェ」
「―――下らねェだと?」
「オメーが持ってんのは何だ、仲良しサークルか?」
ハーレムはガラスから顔を離して真っ直ぐ俺を見た。
「軍隊なんだぜ、総帥。戦場が俺たちの職場なんだ」

そんなこと、分かってる。
今までだって死人が出ていなかった訳じゃない。
今日死んだ男は階級がかなり上だったから、だから俺のところまで報告が上がってきた。
それだけのことだ。
分かっちゃいるが、しかし。


「下らねェなんて言うな!!」
「てめえは総帥だろーが!」
声を荒げた俺に、ハーレムの声も高くなる。
「死んだ男のために悲しむことなんざ誰だって、それこそ士官学校のガキにだって出来らあ。けどな、それを全部ひっかぶって前に進むことは、トップに立つ奴しか出来ねーんだよ。出来ねえとは言わさねえぞシンタロー、兄貴がずっとやってきたことなんだからな!」
言い返したいことは山ほどあった。
俺の考えていることとか、目指しているものとか。
おまえが率いてる特戦部隊のやり方がどれだけそれを阻害しているかということも。
けれどそうしなかったのは、ハーレムの眼がいつになく真剣だったからだった。
秘石眼である青い瞳は真面目な色を湛えている。その色は、
(・・悲しみ・・・?)
いつも傲岸なこの男が普段は決して他人に見せない何かを今俺に晒していた。
「俺はな、シンタロー」
「・・・」
「マジックを尊敬してるぜ。兄貴のやり方には問題もあったろうが、それでも俺にはあいつの真似は出来ねえ。殺した相手や殉職した部下の命の重さを全部自分の肩に乗っけて、それでもいつも笑ってた。俺には出来ねえ芸当だ。だから俺は、あいつを総帥と認めた」
「・・・俺は」
「その覚悟のねえ俺にはトップに立つのは無理だったんだ」
ハーレムの声は静かだった。
「なあ、何で特戦部隊は俺を含めて四人しかいないと思う」
「何でって・・・」
「確かにあいつらの能力なら部下は三人で十分だ。だが昔は結構いたんだぜ」
―――知らなかった。
「俺はもう嫌になっちまったんだよ。部下の葬式を出すのも、泣き崩れる親に会うのもな」
俺はマジック兄貴ほど強くねえからと呟くハーレムの口許は苦笑いしているようで、その声はまるで苦いものでも飲み下したように掠れていた。
「今いるあいつらなら、きっと大丈夫だ。あいつらの墓参りをする羽目にはならねえだろう。だからそういう意味じゃ、リキッドがあの島に残ってくれてよかったと今じゃ思ってる」
「ハーレム・・・」
「だがオメーは違うだろ。このでっかい軍隊にゃ伊達衆みてえな野郎ばっかがいる訳じゃねえ。強い奴がいりゃあ弱えのもいるんだ。オメーはそいつら全部の墓を建てる覚悟があるのか?
殺さねえっつうオメーの方針は、部下の命を担保にしたでっかい借金なんだぜ」


「夢を見てるってのは分かってる」
俺は、心の底まで見通すような青い瞳を見据えた。

「だけど負けねえよ。だって俺は、独りじゃないから。―――」


共に命を賭けてくれる奴らが、俺の側にはいる。
今も戦場で戦っている仲間、そして散っていった仲間も。
そいつらが背中を守ってくれてるから、俺は前だけ見て走ることが出来るんだ。


ハーレムは暫く俺を凝視めて、それからふっと微笑った。
「やっぱマジックの息子だな」
「・・・え?」
「おんなじことを言いやがるぜ」


(ハーレム、おまえがいるから)
「あいつが育てただけのことはあるよ」
(私は自分の道を信じていられるのだよ)


「―――・・最後までケツ割んじゃねえぞ、クソガキ」
くしゃくしゃと俺の頭を撫でた手は、小さい頃俺を抱きしめてくれた親父と同じ匂いがした。



「じゃあな、元気出せや」
「おい」
俺は思わずハーレムの腕を掴んでいた。
背中を向けかけていたハーレムは眉根を寄せて振り返った。
「何だよ?」
「―――もう、行くのか」
「んだ、寂しいのか」
ニヤリと笑われ、顔が真っ赤になるのが自分でも分かる。
「んな訳ねーだろ! さっさと行きやがれこのナマハゲ!」
ちっと舌打ちして振り払った手を、今度は逆に掴まれた。
「俺にとってオメーは鏡みてえなもんだ」
「はあ? 何言ってんだオッサン」
「似てるから衝突する。考えてることが分かっちまうから腹が立つ」
「煩え、そんなのテメーだけじゃ―――」
「けどそこに違う姿が映ると不安になる」

(イラつく ムカつく)
「そうだろ、シンタロー?」
(だけど鏡の中ではすべてが逆に映るから)

(―――俺のほんとの気持ちはきっと)
煙草臭い唇が重ねられる一瞬前、俺はきつく目を閉じた。



ガラスの向こうにはあの日と同じ夕暮れが広がっていた。
びりびりと窓を震わせる轟音を聞いている俺の隣には、今は俺の補佐官となった半身がいる。
「ついに行ってしまったな」
「・・・ああ」
特戦部隊の離脱は、避けられないことだった。
遅かれ早かれあの叔父はガンマ団を飛び出していっただろう。
「本当に良かったのか、シンタロー」
「仕方ねえよ。俺が何言ったところで、生き方を変えるようなハーレムじゃねえ」
「俺が言ってるのはハーレムが使いこんだガンマ団の経費三億円のことだが」
「―――はあっ!? さんおくえん!?」


今頃酒を呷って高笑いしているであろう男の名を、心の中で呼んでみる。
俺は親父を超えてみせるぜ。
死んでいった奴ら全ての墓標を背負える男になる。
そしたらおまえをとっ捕まえて、俺から奪っていった金と心を返して貰うからな。


―――覚悟しとけよ、叔父貴。


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いっぱい居たんですよね隊長、熊とか蛇とか。
ハレシン好きです。原作では殆ど顔を合わせてませんが。

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rye







作・斯波


まっしろな
心を染めて
花いちりん



梅雨の晴れ間



「あ、紫陽花。―――」
しゃがみこんだ背中で艶やかな黒髪が揺れている。
数日降り続いた雨が止んで、束の間の晴れ間が広がった午後のことだった。

「こんな南国にも咲くんだなあ・・・」
嬉しそうな声に心がどきんと跳ねる。
「紫陽花が好きなんすか?」
訊いてみると珍しく屈託無い笑顔を見せてその人は頷いた。
「子供ん時からすげェ好きだったんだよ」
「へえ・・・」
「みんな梅雨って嫌がるだろ? けど俺は好きなんだよなあ」
「珍しいっすね」
「だって雨の日のほうが、紫陽花って綺麗じゃん? 何だか悩ましげな感じがしてさ」

―――まるで、あなたみたいだ。

今朝方まで降っていた雨の滴をまだその縁に煌めかせている青い花びらに、そっと触れた。


三日前の夜中、ふっと眼が覚めた。反射的に隣に寝ている筈のあの人を捜した。
親友のちみっ子と一緒に眠りに就いた筈のその人はシーツの上に独り座って、開いたままの窓の向こうをぼんやり眺めていた。
声を掛けようとしてやめた。
昼間はまるで向日葵のように笑っていたその人の瞳には、水滴のような涙がいっぱいたまっていたのだ。

咄嗟に背を向けて目を瞑った。

あの人が見てるのは雨なんかじゃない。
俺なんかの知らない遠い世界なんだ。
あの人が本来育まれるべき土壌はここじゃない。

翌朝眼を覚まして気づいた。

リキッドは、本物の恋に落ちていたのだ。

「紫陽花ってさ」
楽しそうに話す声にはっと我に返る。
「土壌によって花の色が違うだろ?」
「ああ・・・聞いたことありますよ。酸性とアルカリ性で違うらしいっすね」
「そ。俺もどっちがどっちだったか忘れちゃったんだけど。そこが気に入ったんだ」
「へえ・・・意外」
―――土壌で色を変えるなんて潔くない。
てっきり、この男ならそんなふうに怒るのかと思っていた。
だが長い黒髪を払って呟いた声は、まるで独り言のように小さかった。

「俺もそんなふうにしなやかに生きてみてェなあって、・・・なんか、そう思ってさ」


今朝までの雨が嘘のように晴れ上がった空を見上げた瞳の行先を、同じように追ってみる。
(なんて遠い眼をするんだろう)

二人がそこに見出すものはきっと、まだ同じではないのだろうけれど。


青いインクを滲ませたような優しい色の紫陽花を揺らすと、はらはらと滴が振り零れる。
「・・・ほんとだ」
「あん?」
「綺麗っすね、凄く」
「だろ? おまえも好きか、紫陽花」
苦しい胸の裡も知らず嬉しそうに微笑む想い人に、リキッドもにこりと笑い返した。

「ええ、大好きです。―――」


(あなたが見ているものが今の俺には見えなくても)

俺はこの恋を諦めない。
花でさえ土壌によって色を変える。
(それならきっといつか)

「晴れましたね」
「うん。あ、今の間に洗濯」
「ああ、やっちまいましょうか」
「何言ってんのヤンキー、テメーがやんだよ」
「あ・・・やっぱりそうっすよね」
(雨が止んだらそこには青い空が広がってる)


―――きっといつか、俺の想いであなたの心をも変えてみせますよ、シンタローさん。


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心の中では強気なリッちゃん。
去年はマカアラで紫陽花の土壌ネタだったので、今年はリキシンで。


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作・渡井




  He has no age


「リキッドくーん」
「お誕生日おめでとー」
食材を集めてきた帰り道で、声をかけてきたのはエグチくんとナカムラくんだった。
「ありがと、覚えててくれたんだな」
時に容赦ない突っ込みが入るが、やっぱり可愛い。
リキッドの表情が思わず緩む。

今日は誕生日。
掃除、洗濯、食材集めはきっちりと言い渡されたが、夕食はシンタローが作ってくれるらしい。
パプワやチャッピーや島のみんなから祝われるのはとても嬉しいけれど、本当は怖くて厳しい鬼姑の食事が一番楽しみだったりする。


エグチくんとナカムラくんは、手を振りながら仲良く歩いていった。大きく手を振り返してパプワハウスへと急ぐ。
思えばこの島に来て、初めて会ったのが彼らだった。
あれからいろんなことがあったよなあ、と柄にもなく感傷に浸ってみる。特戦部隊の一員だったはずが、いまや島の番人だ。
古今東西の権力者が夢見た「永遠の命」が自分の体の中にある。
どんなに年月を重ねても、何度誕生日が巡ってきても、もう自分には年齢など何の意味もないものになってしまった。
覚悟は決めていたのにふと寂しくなるのは、シンタローに出逢ってからだった。

いつ帰るか分からない想い人。
胸に秘めた気持ちは秘めっぱなしになるかもしれないけれど、それでもいいと強がりでなく思う。
かつて彼がいた世界で自分は生きる。
かつて自分がいた世界で彼は生きる。
遠く離れていても、確かに刻まれる時間は同じだと信じていられるくらい、何の迷いもなく純粋にひたむきに好きだ。
ただ、それが体に残るものならば、もっと強く信じられるのに。
自分は若いまま、あの人だけが年齢を重ねていくのかと思うとそれが寂しい。
(シンタローさんって、元はジャンさんの体って聞いたけど……)
彼も不老である可能性はあるのだろうか?
けれどそれを望む気にはなれない。シンタローはこの島で生きる自分とは違う。帰るべき存在だ。

家族や友を失いながら、一人だけ生き続けるなんて悲しすぎる。
だからどんなに寂しくても、シンタローの不老を望んだりしない。
ほんの数日後に来る彼の誕生日には、ちゃんとケーキに立てるローソクを1つ増やそうと思う。

足が止まった。
声は聴こえないけれど、パプワが何か言って、シンタローがそれに答えて笑っている。
一つ屋根の下で暮らすようになって知った。
強大な力を持ち、大組織を従え、様々な苦難を乗り越えてきたはずのシンタローの笑顔は、まるで子どものようだ。

チャッピーがこちらを見てわおんと吠え、「おお、帰ったか」とパプワが扇子を広げた。
「遅ェぞ、家政夫」
腕を組んだ格好に俺様の威厳が十分に発揮されている。
説教や小言さえ待ちわびるようになったのはいつからだろう。
「すんません。こんなもんでいっすか?」
「ちゃんと揃ってるだろうな」
籠の中身をチェックしている目は主夫のそれだ。
だけど今日は、いつも使っている材料がどんな料理になるのか楽しみで仕方ない。
「あ、コレも採ってきました」
途中で見つけた甘い果実を差し出すと、シンタローはまた笑った。
「おっ、珍しく気が利くな。じゃあデザートに使うか」
「うっす!」
パプワとチャッピーが踊っているのを見ながら、リキッドは張り切って返事した。
多分シンタローは子どもの頃からこの笑顔だったんだろう、と胸が弾んだ途端に気づいた。

多分シンタローはいくつになってもこの笑顔だ。
何度誕生日が来てもキラキラと輝くものが色あせない、とすれば。

(シンタローさんだけが歳を取っても、俺は大丈夫だ)

彼の笑顔にも、きっと年齢はない。


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rt







作・斯波


まったくこの恋というやつは
どんな大きな過ちの
言い訳にもなるんだ



この雨が止んだら



―――後になって思えば、それは凄まじいまでの雨と雷のせいだった。


「おい、リキッド、雨だ!」
姑の慌てたような声に、掃除をしていたパプワハウスの家政夫は顔を上げた。
確かにぱらぱらという音が聞こえる。
「何ボケッとしてんだよ、洗濯物取り入れてこい!」
「うっす!」
夕食の下拵えに手が離せないシンタローに怒鳴られて家の外に飛び出すのと雨が激しさを増すのとはほぼ同時だった。
「ギャーッちょっと待って待って!」
自然相手に文句を言いながら手早く洗濯物をロープから取り込んでいく。
何とか洗濯物を家の中に放りこんだ瞬間、南国特有のスコールが一気に襲ってきた。
「うわ―――・・・」
青い閃光が暗くなった空を裂いて走る。
リキッドはその美しさに、家の中に入るのも忘れて立ちつくした。
数秒で全身はびしょ濡れになったがそんなことも気にならない。
叩きつけるような雨と青黒い雷光と揺れる木々と。
「綺麗だ・・・」
もう見慣れている筈なのに、何度見ても飽きない光景だった。
「あれくらいの電磁波を出せたらなー・・・あの鬼姑に対抗出来るかもしれないのに」
技の前に気迫で負けていることは棚に上げてぼんやり呟く。
その途端、
「ヤンキー!」
腹の底に響くような声で怒鳴られて思わず飛び上がった。
「何してんだコラ!」
シンタローがずかずかと歩いてくる。
雨と稲妻が荒れ狂う真ん中に立って空を眺めていたリキッドの肩をがしっと掴む。
「危ねェだろーが!!」
自分もずぶ濡れになりながら目を吊り上げて怒る顔を見て思った。

―――んなこといったって、もう遅い。

だって綺麗なものを嫌いな奴なんかいないじゃないか。
それがどれだけ危険でも、側に寄って直に触れてみたいじゃないか。

あんたがいい例だよ、シンタローさん。
そうだろう?


「おい、聞いてんのか」
「聞いてますよ」
目が二つ、鼻が一つ、口が一つ。
配置は他の人間とそう変わらない筈なのに、何で結果としてこれほど違ってくるんだろう。
「俺、どっかで計算間違えたのかな・・・」
「は? 何言ってんの?」
「神様ってすげえよな」
「何訳の分からないこと言ってんだよ、いいから早く中に―――」


背を向けかけた人の肩を掴んで抱き寄せた。
「ちょ・・っ」
互い濡れた肌から、温もりと心臓の鼓動が伝わってくる。
大きく見開かれた瞳にシンタローの驚愕が読みとれた。
半開きになった形の良い唇がかすかに動く。
それが罰当たりな言葉を吐き散らす前に、自分の唇で塞いだ。

「んっ・・!」
自分より背の高いシンタローの足許がふらついた。
その身体を強く抱きしめた瞬間、ひときわ凄まじい雷鳴が空を裂いて轟いた。
「ひゃっ」
思わずバランスを崩したリキッドの足がシンタローの足にひっかかる。
「わ、うわわっ」
そのままバシャッと二人して倒れこんだ。
(ヤバイ! 確実に息の根を止められる!)
水溜まりと泥の中にシンタローを押し倒した形になったリキッドは、死を覚悟した。
何しろ相手は泣く子も黙るガンマ団総帥なのだ。
だが、自分を見上げているシンタローの顔を恐る恐る見たリキッドの息は、違う意味で止まりそうになった。

(・・・え、うそッ!!)

八つも年上の俺様総帥の綺麗な顔は、今にも泣きそうに歪んでいた。


「あの、シンタローさ―――」
「・・・冗談か?」
「えっ」
「俺のこと、からかってんのか」
微かに掠れた低い声に、冷えていた身体が一気に燃えあがった。

「・・・俺は」
泥にまみれた手でそっとシンタローの頬を包んだ。
(こんなに綺麗なものを)
「冗談のつもりはないっすよ」
(俺の手で汚せたら)

瞼がゆるりと閉じて漆黒を覆い隠す。
唇が小さくリキッドの名前を形づくる。
はあ、と零れた吐息に理性のたがが一気に外れた。

そこから先を見ていたのは、鳴りやまぬ雷と南国の雨だけだった。


「―――丁寧に洗えよ」
「はい・・・」
湯気が立ちのぼる風呂の中。
シンタローはバスタブに浸かって気持ちよさそうに眼を閉じている。
「終わったら身体もな」
泥と雨水ですっかり汚れたシンタローの髪を洗わされているリキッドは溜息をついた。
(まあ俺が悪いんだからしょうがねえんだけどさあ)
でもこの人だって共犯なんだと思う。
今だって湯の中で揺らめいている白い身体にどれだけ胸と下半身が熱くなっていることか。
それを百も承知でリキッドに髪を預けているこの男の人の悪さを今更ながらに思い知らされる。
「分かってると思うけど二度洗いだぞ」
「はいはい」
「馬鹿、返事は一回でいーんだよ」
「・・・はい」
「雨は上がったか?」
「え?」
開いている窓から見える空に目を遣った。
「あ、はい。もうすっかり」
「んじゃ洗濯物の干し直しだな」
「うっす」
「それから」
ばしゃんと音を立ててシンタローの手が伸び、シャンプーの泡を流していた家政夫の首をぐいと引き寄せた。
(迂闊に触れると怪我をする)
「うわっ」
「こっちの方も、最初からやり直し。―――」

ニッと笑われて、危うく失神しそうになる。

―――それでも俺はアンタに触れずにはいられない。

南国の空は、さっきの豪雨が嘘のように青く晴れ上がっていた。


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とりあえずリッちゃんも風呂に入った方が良いと思います。
さて、「こっちの方」はどこまで行ってどこまでやり直したんだか…


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作・斯波


雨があがれば洗濯日和
まっしろに洗って乾かしたいのは
君のシャツと 僕の心



GREEN GREEN



扉を開いてリキッドは眼を細めた。
木々の緑が眼に沁みるほどに眩しい。
朝早く干した洗濯物はすっかり乾いて、抱え込むと胸がほかほかと暖かかった。
この二、三日雨が続いたので溜まっていた大量の洗濯物を床に放り投げ、仕上がりにうるさいスーパーちみっ子のためにアイロンのスイッチを入れる。
この島に来るまでアイロン掛けなどしたことがなかったリキッドだが、彼はこの仕事が好きだった。手の動きと共に布の皺がぴしっと伸びていく行程がたまらないのである。
鼻歌を歌いながら一枚一枚丁寧に仕上げていくリキッドの動きはリズミカルだった。
かけ終わると綺麗にたたんでいく。
ふと、その手が止まった。
リキッドの視線が手の中のシャツに落ちる。
自分より一回り大きなサイズのその白いシャツに、そうっとリキッドは頬を寄せた。
真っ白に洗い上げてあるのに、シャツからはかすかにその人の匂いがした。
静かに眼を閉じる。そうしていると近くに感じられるような気がした。

いつか去ってゆくあの人に、俺は想いを告げることが出来るだろうか。
見る者を吸い込んでしまいそうなあの黒い瞳が、俺を凝視めてくれる日は来るのだろうか。

きっとこのシャツにアイロンが当たっていることなんて気づきもしない、そんな人だけど。
それでも綺麗好きなあの人に満足して貰いたいから、今日も真剣にアイロンを掛ける。


「・・・あちっ」
アイロンが驚くほど近くにあったのに全然気づかなかった。
慌てて水で冷やし、ふうふうと冷ます。
だがもう指先には水膨れが出来かけていた。


高熱のアイロンも、きっと俺の心ほどには熱くないだろう。
火傷したのは指ではなく、きっと別の場所。

(シンタローさん)


俺の前を、その切ないほど強く広い背中で走り続けていてくださいね。
いつか俺が追いつく日まで、立ち止まらずに。


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洗濯はリキッドの時代。
もうヘタレとかそういう範囲ではなくなっている気がします。


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