忍者ブログ
* admin *
[259]  [260]  [261]  [262]  [263]  [264]  [265]  [266]  [267]  [268]  [269
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

tra





作・斯波



俺はシンタローさんの仕事については何も知らない。
知ろうともしないし、知る必要もない。
シンタローさんがそう思っている事を、俺は知っている。



STAND BY ME



玄関が開いたのはいつもよりちょっと早い時間だった。
お帰りなさい、と言う間もなく温かい身体がすとんと俺の背中にぶちあたってくる。
「・・・ガスの火止めろ、ヤンキー」
「えっ?」
「したいんだ。今すぐ」

―――ああ、そういうことか。

作りかけの夕食もそのままで、俺たちは寝室に転がり込んだ。
その日のシンタローさんはいつもとまるで違っていた。
狂ったように俺を求めて、何度も何度も俺の名を呼んで。
それはまるで何かを忘れるための儀式みたいだった。
だけど俺は何も言わずにシンタローさんを抱いた。

今この人が求めているのはただ、何も訊かずに抱きしめてくれる存在だったから。


俺は暗闇の中で眼を開いて、天井を眺めていた。
リビングで物音がするのは、シンタローさんが一人で酒を飲んでいるのだ。
(今日は何があったんだろう)
シンタローさんがこんなふうになるのは今日が初めてのことじゃない。
今は家政夫だが少し前まで俺はガンマ団特戦部隊の一員だった。その記憶がまだ失せてはいないように、俺とガンマ団との繋がりだってまだ完全に無くなった訳じゃない。
きっとシンタローさんが思っている以上に、俺はシンタローさんの仕事について知っている。
今抱えている任務。
遠征の行き先と規模。
そして、それがどんな結果に終わったかということも。
いくら方向転換をしたところでガンマ団はただの仲良し倶楽部じゃない。
戦闘になる事もあるし、そうなれば死者がゼロでは済まない時もある。
だけどシンタローさんが仕事について俺に何か言ったことは一度もなかった。
自分の組織について誇りもしないかわり、泣き言も言わない。
その悲しみも苦しみも、胸の裡ひとつにおさめて黙っている。
(だけど心の中では嵐が吹き荒れてるから)

それを鎮めるために、シンタローさんは俺を求めるんだ。

扉が開いた。
シンタローさんが俺の隣に滑り込む。俺はわざと眠そうな声を出した。
「んー・・・今何時っすか」
「あ、悪い、起こしちまったか。今十二時を過ぎたところ」
「晩飯、食いはぐっちまいましたね」
「そういや今日何だったの?」
「や、トンカツだったんで明日に回します。節約しねーと」
「そーか。今からじゃちょっとな・・・」
「俺はトンカツよりシンタローさんをもっかい食いたいっすv」
「調子に乗んな、バカ!」
拳骨が落ちてくる。俺は大袈裟に痛がりながら内心ほっとしていた。

―――・・・やっと、笑ってくれた。

シンタローさんはきっと、今日何かとても悲しいことがあったんだろう。
そしてそれは自分の中でどうにか決着をつけなければならないことだったんだろう。
気にならないといえば嘘になるけど、シンタローさんが言い出さない限り俺は黙っている。
だって俺は、マジック様でもキンタローさんでも、グンマさんでもアラシヤマでもないから。
(それでも俺のところへ帰ってきてくれた)

寝返りを打った俺の背中をぎゅうっと抱きしめられて心臓が止まりそうになる。
「なあ、リキッド」
「はい?」
「おまえがここにいてくれて、良かった」

(それはどういう意味なのか)

「えっ、それってもっかいしてもい」
「あーん? 殺されてーのオメー」
「ううん・・(涙)」

振り向いちゃいけない。
何も訊いちゃいけない。

だって今、この人はきっと泣いている。

「シンタローさん」
「・・・ん?」
「俺は、いなくなったりしませんから。―――」

(あなたが俺を必要としなくなるまで、ずっとあなたの側にいる)


だから、あなたはいつも笑っていて欲しい。



--------------------------------------------------------------------------------

前回のシンタローさんの惚気(でしかないだろう、あれは)に対する、
リッちゃんの惚気(でしかないだろう、これは)。


リキシン一覧に戻る

PR
rea





作・斯波



俺んちの家政夫は、俺の仕事のことは殆ど何も知らない。
こいつは掃除と洗濯と飯を作ることくらいしか出来ないのだ。
下手をするとそれだって俺の方が上手い。
つまり俺にとってこいつは、躾のいい犬みたいなもんだ。



USELESS



たとえばキンタロー。
仕事の補佐はまさに完璧だ。こいつが側に居てくれるだけで、仕事は普段の倍の早さで進む。
時々こっちが思わずしげしげと顔を見てしまうような間抜けなことを言ったりもするが、頭脳明晰、容姿端麗。おまけにお気遣いもしっかりした、申し分ない紳士だ。
俺が取り零してしまう細かな点も、うっかり見過ごしてしまうミスもキンタローは見逃さない。
こいつが居ないと、俺の仕事は停滞する。


たとえばグンマ。
面倒もしょっちゅう起こすが、それでもこいつの能力はまさに人体の驚異だ。
糖分ばっかり摂取してるその脳の何処にこれほどの閃きと問題処理能力が隠されているのか、きっと俺じゃなくても自然の神秘に思いを馳せる人間は多いだろう。
こいつが居ないと、ガンマ団の科学は衰退する。


たとえば親父。
親馬鹿ではなくむしろ馬鹿親と呼ぶのが相応しいエロ中年だが、それでもガンマ団をこの規模にまで育て上げた。今でも俺が遠征で留守をしている時は総帥代理として個性派揃いの団員達をそのカリスマ的な磁力でまとめあげている。
人間性にさえ目を瞑れば、尊敬できる父親だ。


たとえばハーレム。
こいつとこいつの愉快すぎる仲間達についてはもう今さら説明も不要だと思うが、その統率力と実行力は俺も一目置いている。
使い込んだ経費は返ってきそうにもないが、ハーレムの力と人間的魅力は俺にとってもガンマ団に取っても得難いファクターで、ハーレムにはずっとここに居て貰いたいと思っている。


たとえばアラシヤマ。
人間嫌いで根暗で陰気でそのくせストーカーで―――ああ、こいつの悪口は言い出したらきりがない。おまけに特戦部隊が戦場から帰ってくるとすぐに勝手に休暇を取る悪い癖がある。
それでも俺のために命を捨ててくれた。
そして今でもこいつはきっと、俺が一言死ねと言えば顔色一つ変えずに死ぬだろう。

それに引き換え、と俺は新聞を読みながらちらっとキッチンを見遣った。
「シンタローさぁん・・・シチュー、焦がしちまいました・・」
ああ、溜息が出る。
今月に入ってシチューを作るのはもう三回目なのに、どう作ればこう毎度毎度律儀に失敗することが出来るのか。情けなく眉を下げたヤンキーは、ご主人様に叱られた犬のようだった。
(いや、犬でももうちょっとマシか)
聞けば人間を救助したり介助したりする賢い犬もいるっていうじゃないか。
それほどの働きをこいつに期待するのは―――ちょっと無理そうだ。
「あのなあ、おまえいつになったら上手く作れるようになるんだよ?」
「すいません・・」
「北海道行って緒○直人に教わってこいよ」
「いや―――それはなんか嫌っす・・・」
ヤンキーの隣に立って鍋をかき回すと、焦げているのは底の方だけだと分かったが、
「うわっ、これサービス叔父さんに貰った鍋じゃん! 殺すぞテメー!」
「アンタ、俺より美貌の叔父様が大事なんすね・・・」
「焦げつきは死ぬ気で落とせよ」
「・・・ハイ、お姑さん(涙)」
俺はシチューを違う鍋に移して、スプーンでひとさじすくってみた。
「どうっすか、シンタローさん」
「ん―――・・・味つけはこないだより上手くなってんな。何かコクが出てる」
「でしょっ!?」
大きな瞳をぱっと輝かせてヤンキー家政夫は俺の顔を見上げる。
「隠し味にね、白味噌ちょっと入れてみたんすよ! ヨカッタ~、誉めて貰えて~v」
「そんくらいで喜ぶな、焦がしたくせに」
「すいません。でもやっぱ嬉しいんすよ」
ヤンキーはまるで子供のように、そしてでっかい犬のように笑った。


「だって俺、シンタローさんにちょっとでも美味い飯食って欲しいもん!」


(ああ、そういうことか)
ガンマ団総帥の俺にとって、こいつは何の役にも立たない。
元特戦の癖に仕事の事は何にも知らないし、知ろうともしない。
(掃除をして、洗濯をして、飯を作って失敗して)
いつでもにこにこ笑ってる。
俺がどんなに機嫌が悪くても、どんなに苛々していても、いつでも同じ顔で笑ってるだけ。

「・・おまえって、つくづく使えねーよなあ・・」
「えっ? 今の俺の言葉に対しての感想がそれなんすか!?」

俺の心を癒すこと以外は何にも出来ない、可愛いだけの生きもの。


―――だけど俺にとってはそれで、十分なんだ。




--------------------------------------------------------------------------------

パラレルはいつもよりなおシンリキに見えますがリキシンです。
そしてパラレルはいつもよりなお甘いです。


リキシン一覧に戻る

re




作・渡井




  Lovesize Theater


さっきから横でリキッドがティッシュを握り締めている。
時には大粒の涙までこぼしながら、ぼろぼろ泣いている。
はっきり言って、うっとおしいことこのうえない。

多忙を極めるシンタローを心配して、従兄弟でもある補佐官が2日間の休みをくれた。
特に出かける必要もないし、キンタローのお気遣いを無にするのも悪い。ここは思い切りだらけた休日を満喫してやろうとシンタローは決めた。
夕食後、リキッドがソファーをTVの前に動かしていたから理由を訊ねたら、映画を借りてきたという答えが返ってきた。

―――今夜はのんびり出来るんだし、映画鑑賞しましょう!

気になっていたロードショーが行く暇のないまま終わってしまい、シンタローが残念そうな顔をしていたのを覚えていたのだろう。
珍しく気の利く家政夫の明るい笑顔にほだされて、ソファーに座り込んだのが間違いだった。
シンタローが好きなのはド派手なアクションものや緻密に計算されたサスペンス映画であって断じて、―――いま目の前で流れているような純愛ストーリーではないのだ!

「か、かわいそう…」
不治の病にかかったヒロインが切々と想いを告げている。
鼻をぐずぐず言わせる乙女なヤンキーからなるべく遠く離れて、シンタローは痛み始めた頭を押さえた。
なぜこんなありがちなラブロマンスに感情移入できるのか、理解に苦しむ。
(しかも泣くか、フツー)

特戦部隊に在籍していたこともある、20歳を過ぎた立派な成人男子が。
「ああっそいつを信じちゃ駄目!」
今にもバレそうな嘘をつく頭の悪いライバルと、それにころりと騙されるような間抜けな恋人同士の話に。
「早く電話に出ろよー!」
声に出して応援するほどのめりこむというのは、いかがなものだろうか。
ソファーの端に座り直して、シンタローは欠伸をこらえた。

背が低く落ち着いた深い真紅のソファーは、周りのアジアン家具ともしっくり馴染んでいる。
たまたま立ち寄った店で一目ぼれして買ったのだが、シンタローもリキッドも大柄なので並んで座るには少し狭い。
特にこういう、出来るだけ距離を置きたいときは。

「うっ、うっ…」
泣き声につられて画面を見ると、ようやく誤解に気づいた男が女の臨終に間に合ったところだった。さっきまで呼吸もまともに出来なかったはずの女が、長々と愛の言葉を囁いている。

「ずっと入院してるのに何で完璧に化粧してんだよ」
「なに言ってんすか、お、俺だってシンタローさんに何かあったら…っ」
「勝手に殺すな」

もしかしてこのヒロインに自分を重ねて観ているのだろうか。部屋の中は暖かいが、シンタローの心中は永久凍土と化している。
あと10分でも続いたら俺は1人で寝るぞ、と決意をしたときようやくエンドロールが流れ始めた。
「面白かったっすね」
俺は面白くねえ。
「泣けましたよねー」
だから俺は泣いてねえ。
嬉々としてDVDを取り替えているリキッドに、嫌な予感がした。
「おい、まだ観るのか?」
「だってまだこんな時間ですよ。もう1本行けますよ」
「まさかそれもさっきみたいな…」
「や、全然違います。いろんなジャンルの方が楽しめるかなって」
その言葉に安心して立ち上がらなかったのが、今夜2度目の間違いだった。

不気味な音楽。
突然、窓に張り付く手のひら。
シャワーを浴びかけたまま恐怖に凍るヒロイン。鏡に映る影。

「あの、シンタローさん」
「なんだよっ!」
リキッドの視線を避けて、ことさら画面を見つめてしまう。
やべえ、見たくねえ。
「あの…怖いんすか?」
「んな訳ねーだろ!」
こんなの、ただの作りもんじゃねえか。
泣く子も黙るガンマ団総帥がホラー映画が怖いなんて、ありえない。
さっきまで端に座っていたのが、肩が触れ合うほど傍にいるのは偶然だ。ついでにリキッドの服の裾をしっかり掴んでいるのもたまたまである。
画面の中の浴槽では、長い黒髪から落ちる滴が波紋を広げている。
―――先に風呂に入っておけば良かった。
「ねえシンタローさん、俺思ったんすけど」
「ああ!?」
思わず声が裏返ったのは、急に声をかけられて驚いたからだ。
いきなり青白い顔の女がアップで映ったからではない。絶対にない。
「こうやってくっついて座ってると」
きゅっと手を握りこまれて、安心するなんて思わない。
「このソファー、案外狭くないですね」


とりあえず殴りつけた後で、シンタローはどうやって年下の恋人を丸め込んで一緒に風呂に入らせるか、真剣に悩み始めた。


--------------------------------------------------------------------------------

毎度のことながら、捏造し倒しております。
そうだったら可愛いなあ、と。

リキシン一覧に戻る

re





作・斯波

「ただいま。これ、今月分」
玄関を開けたリキッドに、一枚の袋が手渡される。
「御苦労様っす!」
リキッドはにこりと笑ってそれを額のところで押し戴いた。
そう―――本日は給料日なのである。



笑って、ダーリン



風呂から上がってきたシンタローがタオルで髪を拭きながら座る頃には、テーブルの上にリキッドの心尽くしの料理が並んでいる。
今日の夕食は秋鮭の蒸し焼きと茸と小松菜のお浸し、それに具沢山の味噌汁。
鼻歌を歌いながらご飯をよそっている家政夫に思わず苦笑する。
「おまえ、給料日になるとやたら機嫌いいな」
「そりゃそーですよ! なーんかね、ちょっと贅沢なご飯にしようかなって思いますもん」
「これが贅沢な飯か?」
「あっ今馬鹿にしたでしょ! 秋鮭はまだ走りなんですからね、凄く高いんですよ!? 猛暑のせいで葉物野菜も高騰してるし米だって今年は不作で」
「分かった分かった、日々の遣り繰り御苦労さん」
これが超高給を誇るガンマ団総帥の家の食卓で交わされる会話だろうか。
だけどほっぺたを膨らませるリキッドが何とも可愛かったので、シンタローはそれ以上逆らわないでやることにした。
いただきます、と律儀に手を合わせて食べ始めるシンタローを見てリキッドも微笑む。
アジアン家具で統一されたリビングダイニングの一隅には、この部屋に似合っているんだか似合っていないんだか分からない神棚があった。
それはいつでも危険と隣り合わせなシンタローのためにリキッドが作ったもので、インテリアにはうるさいシンタローもリキッドの心情を察したのか文句は言わなかった。
今その神棚には、さっきシンタローが持ち帰った給料明細が供えられている。
もともとガンマ団は仕事の性質もあって給料はいい。そのトップを務めるシンタローであれば、特戦部隊の平隊員だったリキッドにとってはまさに天文学的な数字の高給を持って帰ってくる。
一緒に暮らしはじめた頃はその事に劣等感も持っていた。
それが原因で喧嘩してしまった事もある。
(あの時はもう、駄目かと思ったもんなあ・・・)
『喧嘩しても勝手には飛び出さない』という約束をあっさり反古にして飛び出していったシンタローを思い出すと今でも苦笑がこみあげてくる。
結局シンタローはリキッドの迎えを期待してアラシヤマのアパートに転がり込んでいたのだが、しっかり手を握りあってここに帰ってきたことはリキッドの中で暖かい記憶になっていた。
シンタローも同じことを思い出していたらしい。
「そういや最近は拗ねたことを言わなくなったじゃん、家政夫」
味噌汁に七味を振りながらからかうように言われ、リキッドはちょっと笑った。
「全然気にならないって訳じゃないです。俺だって男だから自分の力で稼ぎたいし」
「そうなの?」
ついと立ち上がってお茶を淹れるリキッドをシンタローの視線が追う。
「でも、そんなつまんない事にこだわんのはもう止めようと思って」
「・・・」
「特戦やってた頃も楽しかったけど、俺にはやっぱ家政夫の方が向いてるし」
大ぶりの湯呑みにたっぷり淹れた焙じ茶をシンタローの前に置く。

「シンタローさんのために家事やってる時が、一番俺、幸せですから。―――」


それは余りにもさらりとこぼれた言葉だったので、自分でも何を言ったか分かっていないようだった。そのまま自分の茶も淹れてシンタローの向かいに腰を下ろす。
「ねえシンタローさん、俺ちょっとは料理上手くなりました?」
屈託無い笑顔を、シンタローは黙って凝視めた。
「あー、だしの取り方はまだまだですかね」
「・・・四、五十万」
「けど今日の味噌汁は我ながら結構イケると―――え?」
「フルタイムで家政婦雇ったら一ヶ月にそんくらいかかるって」
「シンタローさん・・・」
「一流企業の管理職の月給くらいは軽く稼ぐくらいの働きを、おまえはしてんだよ」


リキッドは暫くぽかんとしていた。首筋から、ゆっくりと血の気が昇ってゆく。
それを隠すように慌てて飯茶碗を取り上げ、うろうろと食卓を見回す。
「箸、箸がない」
「左手に持ってんじゃねえか」
「あ・・・そっか」
おかしなくらい狼狽えながら箸を右手に持ちかえ、それからそうっと顔を上げた。
「あの、シンタローさん」

―――・・・ありがとう、ございま・・す。

消え入るような呟きのお返しは、金色の頭をぽんぽんと叩いてくれる温かい手だった。

「そういうことだから」
「ハイ・・」
「だしの取り方も上手くなったみてえだし」
「えっ? マジっすか?」
甲斐性のある奥様はニヤリと笑った。
「今日の味噌汁は、九十五点かな」

リキッドの眼がぱっと輝く。
「シンタローさ―――」
「目ェキラキラさせんな、ウザイ。それよりお代わり」
「はいっv!」

窓の外では、リキッドの笑顔と張り合うように秋の満月が煌々と輝いていた。



--------------------------------------------------------------------------------

ちなみに裏設定では、家計の半分が奥様の小遣いです。
やりくり頑張れ家政夫。

リキシン一覧に戻る

rwe




作・渡井


 キ ラ キ ラ

「うるせえ! だいたい何だってテメーにそんなこと言われなきゃなんねーんだよ!」
「ちょっ…そんな言い方ないでしょ!」
「知るか!」
シンタローが叩きつけるように扉を閉めた。もう少しで顔を挟みかけて、リキッドは深いため息をついた。
分厚い扉を通しても聞こえる荒い足音に、追いかける気力も失せる。
(何で喧嘩になっちゃったんだっけ?)
きっかけは些細な、本当に些細なことだったのに。

シンタローと一緒に暮らし始めた頃は、自分の幸せが信じられなかった。
考え事をしているときは、唇を人差し指で撫でること。
爪を切るのは、風呂上りじゃないと絶対に駄目なこと。
夜遅く帰ってくると、寝ている自分に気を遣って静かに入ってくること。
日々を送る中で見つけたシンタローの癖や行動の一つ一つが新鮮で、そのたびに彼をもっと好きになっていった。
あの頃は毎日がキラキラしていたのだ。

(なのに、何でかなぁ)
喧嘩に紛れて途中になっていた皿洗いを再開しながら、リキッドはまたため息をついた。
シンタローはリキッドのことを、あまり名前で呼ばない。日常生活ではたいてい「ヤンキー」または「家政夫」、それも面倒になると「お前」と化す。
慣れているつもりだった。呼んで欲しいときにはちゃんと名前で呼んでくれたし、さっきまでヤンキー呼ばわりだったのが不意打ちで「リキッド」と言われる喜びは、何にも変えがたかった。
なのに今日に限って、家政夫、という一言にかちんと来た。
「あんのイタリア人…!」
皿を拭きながら元同僚を呪ってみた。

先日、買い物帰りに偶然ロッドに会った。以前は同じ職場で働いていた彼は、いつものように上司の横暴ぶりを陽気に嘆いていた。
何でもまた部下の給料を勝手に競馬につぎ込んで、綺麗にすってしまったらしい。変わらないなあ、と苦笑していると、ロッドが何気なく言った。
―――いいよねリッちゃんは。奥様が超高給取りだから。
悪気がないのは分かっている。どんなに後輩苛めに熱を上げていても、頼れる先輩だった。本当に傷つけるようなことをする人じゃない。
けれど、リキッドのなけなしのプライドは、ずきずきとその言葉を迎えた。

(それって、男としてどうなの?)

確かにシンタローは、薄給に泣いていたリキッドからすれば信じられないような金額を持ち帰ってくる。
甲斐性のない自分が情けなくなっていた時だから、普段なら何とも思わない言葉に声を荒げてしまった。そうなると俺様なシンタローが引くはずもなく、意地が意地を呼んで言い争いになって、結局このざまだ。
本部にはまだシンタローの自室がある。出て行ったところで彼は何も困らない。むしろ通勤の手間が省ける上に、本部には最愛の弟や、同い年の従兄弟や、何だかんだ言って大事な父親がいるのだ。このまま帰らなくても何の不思議もない―――。
(…あ、やべ、泣きそう)
リビングの壁にもたれたまま、ずるずると床に座り込んだ。テーブルにはシンタローが飲みかけていたコーヒーが、すっかり冷めて置かれている。
見ていられなくて、目を逸らした。
逃げ場を作りたくないなんて格好つけてみたところで、部屋を一歩出れば簡単に距離は開く。

あんなに幸せだったのに。魔法をかけられたみたいな毎日だったのに。
このまま本当に夢に終わってしまうんだろうか。

『魔法が解けた王子様は、本当の姿に戻りました―――』

あれは、何の童話の台詞だったっけ。
あの人の本当の姿は、俺には手の届かない高嶺の花。


「うわっ!」
電話の音で、ぼやけかけた視界が急にクリアになった。慌てて走ったらテーブルの角に足をぶつけた。
「もっもしもし!?」
『遅いわヤンキー』
思わず30センチ、耳から電話を離した。不機嫌そうに呼びかける声に、渋々元に戻す。
「何だよアラシヤマ、今ちょっと忙しいんだけど」
『よう言うわ、どうせシンタローはんが出てって茫然自失しとったんやろ』
「…何でお前が知ってんの」
『さっきシンタローはんがうちに来はったから』
―――アラシヤマの家に?
そういえばアラシヤマは本部の近くにアパートを借りていた。友達のいない根暗な幹部は遊びに来てくれとしつこく、最後には師匠のマーカーまで担ぎ出されて、仕方なくシンタローと一緒に行ったことがある。
『少しは頭を使いよし。あんさんの首に乗っかってるんは中身のないカボチャどすか?』
「人をジャック・オ・ランタンみてーに言うな」
『あんさん、ミヤギはんやトットリはんの家を知ったはるの?』
「いや、知らないけど…」
『本部にはマジック様がおいでやし』
「だからそれが何なんだよ」
『知らん場所や本部におったら、あんさんが迎えに来られへんからやんか』

『…もしもし? 聞いとんかカボチャ』
しばらくの沈黙を経て念を押され、取り落としかけた電話を支え直して、リキッドはぼんやりと返事をした。
『ヤンキーが来ても通すな、て3回も言われましたわ。キンタローが2回同じこと言うただけで“うぜェ”って叫んではるのに』
「…うん」
『わてもこの後、師匠と約束があるんどす。早よ迎えに来てや』
「…うん」
『あのなあ、リキッド』
一瞬の間を置いてから、アラシヤマは思いもかけないほど優しい声で言った。

―――あんな可愛らしいお人、泣かしたらあきまへんえ。

今度こそ勢い良く返事して、リキッドは鍵を引っつかんだ。


一緒に暮らして、嫌なことだってたくさんあって、現実が見えてくる。
それでも2人でいたいと思ったとき、初めて本当の夢が始まる。
魔法が解けたあの人の姿は、来たって会わないと何度も言いながら自分を待っている、強気で意地っ張りな可愛い人だった。

彼を泣かすことこそ、いま迎えに行かないことこそ、
(男がすたるってもんだ!)
記憶にある道を走りながら、緩む頬を抑えきれない。


アラシヤマの家の扉は何の変哲もない普通の扉で、なのにキラキラと光って見えて、リキッドは意気揚々とノックした。


--------------------------------------------------------------------------------

何だかどんどん登場人物が増えて…
いや、リキシンと愉快な仲間たちが書きたかったのだから
良いのだけれど。

リキシン一覧に戻る

BACK NEXT
カレンダー
05 2025/06 07
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
最新記事
as
(06/27)
p
(02/26)
pp
(02/26)
mm
(02/26)
s2
(02/26)
ブログ内検索
忍者ブログ // [PR]

template ゆきぱんだ  //  Copyright: ふらいんぐ All Rights Reserved