作・斯波
大事なものはいつだって
たった一つしかなかった
おまえをこの手に抱けるなら
他に何も要らないんだ
ONLY YOU
―――その日、キンタローと何度目かの喧嘩をした。
「だから、何で俺に隠し事すんだよ!?」
「別に隠している事など無い」
「だったらちゃんと俺を納得させろよ。おまえがアラシヤマを自分の部屋に呼びつけてるなんて、どう考えたっておかしいだろ?」
そう、事の発端は俺のことを心友だと言い張る根暗な№2のせいだった。
あいつは伊達衆の筆頭で、形の上では俺直属になっている。そのアラシヤマを、最近ちょくちょくキンタローが自分の部屋に呼んでいるという話が俺の耳に入ってきたのだ。
キンタローは俺の補佐官だが本業は開発で、実戦部隊のアラシヤマとは関わりがない筈だ。
それも就業時間ならともかく、夜遅くなってからだというから俺の心中は荒れ狂っていた。
「アラシヤマは何の用事でおまえの部屋に来るんだ」
冷静に、冷静に。
必死で自分に言い聞かせながらデスクの前に立つキンタローを見据える。
嫉妬するなんてみっともないと自分では分かっているからだ。
なのにキンタローの奴は、眉一つ動かさずしゃあしゃあと言いやがったのだ。
「それはおまえには関係ない」
その一言でブチ切れた。
「・・・あーそお。俺には関係無いんだ?」
「おい」
「じゃあ俺はもう何にも訊かねェよ」
「おい、シンタロー! 落ち着け、冷静に―――」
「今日からもう俺の部屋には来るな」
「・・・!」
「俺とおまえは従兄弟同士、仕事では総帥とその補佐官。それで文句ねえよな?」
初めてキンタローの顔色が変わる。
(もう遅ェよ)
いつだって俺が一方的におまえを好きなんだ。
おまえには俺の知らないことがありすぎて、それが悲しい。
「俺はもうおまえに疲れたよ、キンタロー。―――」
(対等じゃない恋人なんか、俺は要らないから)
零れ落ちた最後の言葉は、あっけないほど穏やかだった。
総帥室に軽いノックの音がする。
返事も待たずに入ってきた男を見て、俺は思わず手の中の万年筆を折っていた。
涼しい顔で俺の前に立ったのは、今一番見たくない顔だった。
「この書類、今日中に決裁して欲しいのどすけど」
「―――出ていけ。首の骨折られたくなかったらな」
「へえ、その万年筆みたいにどすか?」
「そうだ。出ていけ、アラシヤマ」
「八つ当たりはみっともないどすえ、シンタローはん」
「てめえ・・・!」
「良かったやないどすか、男同士の恋愛なんて非生産的やし」
「・・・おまえ、キンタローの部屋で何を」
「キンタローに訊かはったら宜しいやろ」
「・・・」
「あんさんには関係無いとでも言われたんどすか」
「!」
「ほなら関係ないことなんどす」
―――あんさん、よっぽどキンタローを信用してはらへんのどすなあ―――
躊躇無く放った眼魔砲を、アラシヤマは身体の周りに渦巻いた炎で難なく相殺した。
呆然とする俺に、炎の中からニッと笑ってみせる。
「そんな揺らいだ目ェしたお人には、わては殺れまへんよ?」
「アラシヤマ・・・」
「あんさんはわての大事な心友どすさかい、ここでとどめ刺すんは止めときましょ」
「―――!!」
「ああそや、キンタローから伝言どす」
「・・・なっ」
普段決して目を合わさないアラシヤマの瞳に初めて真っ直ぐ見据えられて凍りつく。
だが両手が小刻みに震えているのは、こいつのせいじゃない。
「今までおおきに、て言うてましたわ。―――」
それは、キンタローから伝えられた訣別の言葉のせいだった。
シンタローはん、とアラシヤマが囁く。
ちりちりと熱い炎が俺の首筋を焼いている。
「キンタローは、わてが戴いていきます」
俺に口づけたアラシヤマの唇は、ぞっとするほど冷たかった。
グンマは今日何度目になるか分からない溜息をついた。
そっと見遣った視線の先には、同じ開発課の従兄弟の背中。
(・・・またシンちゃんと喧嘩したのか)
キンタローが総帥である従兄弟のシンタローと恋仲になったとき、いちばん喜んだのはグンマだった。グンマはシンタローのこともキンタローのことも大好きだったからだ。
男気があって潔くて、まるで野生の獣のようなシンタロー。
頭が良くて冷静で、完璧な紳士でもあるキンタロー。
その二人がお互い惹かれあうのは、グンマには当然のことのように思えた。
とはいえやはり気性の激しい青の一族であるこのカップルは、まるで呼吸をするように自然に喧嘩をする。根本的にキンタローがシンタローに甘いので、それは大抵シンタローが駄々を捏ねているようにしか見えなかったが、今回のはどうも違うようだと見た目よりも聡明なグンマは感じていた。
普段ならシンタローの我が儘に目を細めて嬉しそうに愚痴をこぼすだけのキンタローが、今日は朝からまるで彫刻のように無表情な顔で仕事をしている。一言も口を利かず、笑いもしない。
(シンちゃんの方も黄色信号か・・・)
いつも鳴りっぱなしの総帥室からの直通電話が、今朝からリンとも言わず沈黙している。
おかげで朝から開発課の空気はこれでもかといわんばかりに重苦しい。
グンマは仕方なく立ち上がった。
「―――えっ、そんなこと言ったの!?」
「・・・・」
最初頑強に黙秘を貫いたシンタローだったが、グンマの果てしない『ねえどうしたのシンちゃんキンちゃんが怖いよう僕のことも考えてよシンちゃんシンちゃん』攻撃についに口を割った。
「そりゃキンちゃんショックだよ~・・・」
キンタローにとって、シンタローは全てなのだから。
「仕方がねえよ、隠し事をされるのが俺は一番嫌いなんだ」
「でもきっと何か理由があるんじゃない?」
「アラシヤマに宣言されちまったよ。キンタローは貰っていく、ってな」
「あ、そう・・・」
グンマは言葉もなかった。
何とか仲を取り持とうと思っていた彼を思いとどまらせたのは、意外にも穏やかなシンタローの眼差しだった。
「いいんだよ、グンマ」
それは全てを既に諦めた人の、優しい瞳だった。
「あいつは俺のこと好きなんだろうかとか、将来はどうしたらいいんだろうとか、そんなこと考えてくの、もう疲れたんだ」
「シンちゃん・・・」
「俺は子供だからさ」
半分なら要らない。
俺以外の奴を心に住まわせてるキンタローなんか、最初から要らないんだ。
欲しいのは、あいつの全てだったから。
「―――報告は以上どす」
「分かった」
言葉が途切れ、重い沈黙が落ちる。破ったのは俺の方だった。
「・・シンタローに喧嘩を売ってきたそうだな」
「何や、もう耳に入ったん?」
シンタローと同じ色の瞳をすいと伏せ、薄い唇を邪悪な形につりあげて№2は笑った。
「余計なことをするな」
あれから二週間が過ぎていた。言葉通り、シンタローは完璧に俺を拒絶していた。仕事上では変化は無いが、決して顔を合わさない。電話もなし、メールもなし。
喧嘩をした次の日シンタローを訪ねていったというグンマから話を聞かされた時には、本気でアラシヤマを殺してやろうかと思ったが、そんなことをしても事態が変わる訳ではないと気づいてやっと思いとどまった。
なあ、と物憂い声で呼ばれて視線を上げた。
「何でシンタローはんに言わへんかったんどす? わてがここに来てんのは、純粋に仕事の為やいうこと」
そうだ、シンタローは誤解をしている。
アラシヤマを深夜俺の部屋に呼んでいたのは、極秘の任務を言い渡す為だった。部屋への出入りを見られていたのは迂闊だったが、決してあいつが思っているようなことじゃない。
だが素直にそう言えなかったのには訳がある。
「―――言える訳がないだろう。ガンマ団がまだ暗殺をしているなどと」
新総帥の下でガンマ団は生まれ変わった。しかし、いきなり全ての依頼を中途で断る訳にはいかなかったのだ。引き受けてまだ遂行していない依頼実行のために俺とマジック伯父が選んだのがアラシヤマだった。こいつは腕も確かだし口も堅い。シンタローにも嫌われているから時々本部から姿を消しても支障はないだろう。
そんな訳で順調にその任務は片づいているのだが、それをシンタローに言うことは出来ない。
悲壮なまでの決意に燃え、己の運命を全て潔く受け止めて戦っているあの男に、それを裏切っているのは他でもない自分だと、どうして告げることが出来よう。
「―――あいつには余計な負担を負わせたくない」
あいつがどこまでも真っ直ぐでいられるように。
信じた道をひたすら進むことが出来るように。
その為だけに、俺は居る。
「お優しいことどすなあ」
アラシヤマは目を伏せたまま煙草を咥えた。
「わてには手ェ汚させてるくせに」
「そうだ」
俺はアラシヤマを見返した。
「俺にとって大事なのはシンタローだけだ。守りたいのも泣かせたくないのも、あいつだけだ。おまえの感情などどうでもいい」
「はあ、そこまで言い切られるといっそ清々しいどすな」
アラシヤマは呆れたように言って立ち上がった。
吸いかけの煙草を俺に渡し、入り口のところで振り返る。
「そやったら余計に、シンタローはんに言わなあかんことがあるんちゃうの?」
「貴様、何を―――」
「今頃、きっと一人で泣いたはりますえ」
閉められた扉と一緒に残された言葉が、まるで残光のように俺の心に突き刺さった。
俺は足早に廊下を歩いていた。
途中で秘書課のティラミスに出会った。
「あ、キンタロー補佐官―――」
「シンタローは何処だ」
二週間ぶりにシンタローの名前を口にした俺に戸惑ったのか一瞬言いよどんだ後、ティラミスは背後を振り返った。
「実は―――」
俺はバン、と音を立ててシンタローの部屋の扉を開いた。
二週間振りに見るシンタローの部屋は気味が悪いほど片づいていた。
(いつもあんなに散らかしているのに)
口煩く言ってやっと渋々片づけられる部屋の清潔さは、それ自体が何か不吉なものを思わせる。
ベッドでは、シンタローが眠っていた。
―――総帥は今日の午後倒れられまして。
ティラミスの言葉が甦る。
―――補佐官にはお知らせするなときつく命じられましたので・・・申し訳ありません。
あれからずっと見ていなかった懐かしい顔は疲れ果て、やつれていた。
それは、ずっと眠っていなかったのであろうということが一目で分かる痛々しさだった。
サイドテーブルに置かれたメモがふと目に入る。
『キンちゃんへ』
グンマの字だった。
『取り敢えずベッドへ運びました。高松が言うには睡眠不足と過労と精神の緊張が重なったのだそうです。今は薬で眠っているけど、ずっと寝てなかったみたい。このままだとシンちゃん、本当に倒れちゃうよ』
(シンタロー・・・)
―――俺はもうおまえに疲れたよ、キンタロー。
溜息のように吐かれた言葉に、傷ついたのはおまえの方だったというのか。
おまえを苦しめるくらいなら諦めようと、この二週間ずっと努力していたのに、かえって俺はおまえを追い詰めていたというのか。
大切な人につらい思いをさせた。ただそれだけだった。
(どうして一つになれないんだろう)
目の前のやつれた顔が、不意にぼやけた。
ぱたり、とシンタローの顔に滴が落ちる。
―――もう行こう。
(これ以上、シンタローを悲しませる前に)
そう思って立ち上がりかけた俺の上着が、強く引かれた。
よろめいてバランスを崩した俺をもう一度引っ張る。
―――まさか。
振り返った俺の眼に映ったのは、青ざめた顔で俺を見上げているシンタローの顔だった。
「キン・・タロ・・・?」
もつれる舌でそう呼ばれた瞬間、涙が溢れた。
「おまえも・・・泣くんだな」
そう言って懸命に微笑んだシンタローを、俺はきつく抱きしめた。
涙が、どうしても止まらなかった。
何でキンタローは泣いてるんだろう。
まだぼんやりした頭で、そう思った。
これは夢かもしれないと考えた。
だって俺はキンタローにあんな酷いことを言って拒絶してしまったのに、そのキンタローが目の前にいるなんてそんな都合のいい話ないだろう。
だけどキンタローは涙をぽろぽろ流していた。いつも冷静で、喧嘩の時だって表情を変えないキンタローの涙を、俺は初めて見たんだ。
「おまえも・・・泣くんだな」
そう言ったら、キンタローは俺を抱きしめてさらに激しく泣いた。
「シンタロー・・・シンタロー!」
それしか言葉を知らない子供のように、繰り返し俺の名前を呼んで泣く。
俺が金色の頭を撫でると、びくっとして俺の顔を見つめた。
その目がすでに真っ赤になっているのを見て、何だか俺まで泣きたくなった。
好きな男の涙は見たくないと思った。
俺の前では笑顔でいて欲しかった。
だから、もう泣かないでくれ―――。
キンタローから手渡されたカップを、俺はおとなしく受け取った。
中身はミルクがたっぷり入ったカフェオレだった。
「倒れるまで無理をする奴があるか、馬鹿」
キンタローは泣いたことが恥ずかしかったのか、顔を背けてベッドの上に腰を下ろしている。
「ティラミスとグンマが騒ぎすぎなんだよ。―――何でてめえまで来やがった」
つい素っ気無い口調になってしまう。
二週間ぶりに顔を見せたキンタローに、どんな声で話しかけていいのか分からない。
「・・・アラシヤマが、心配してんじゃねえのか」
そう言った瞬間、キンタローが物凄い形相で振り向いた。
声を上げる間もなく喉を掴まれて押し倒される。
「その名前を口にするな」
「ちょ・・・苦し―――」
俺よりも大きな手が、喉を掴んでぎりぎりと締め上げる。
「何故分からない。俺が愛しているのはおまえだけなのに」
「だって・・・アラシヤマが・・・」
「あいつは関係ない。仕事のことで話をしただけだ」
「でも、おまえを貰っていくって」
「そんなのはいつもの嫌がらせに決まっているだろう!」
キンタローは大きくため息をついて俺を抱きしめた。
「嫌がらせ・・・?」
「俺が悪かったんだ。おまえに負担をかけたくなくて黙っていた。それで不安にさせたんだ・・・済まなかった、シンタロー」
「何で謝るんだ」
「え?」
「アラシヤマのことを誤解して突っかかって、勝手にキレて別れるっつったのは俺だぜ。おまえは何も悪くないのに、何でそうやっていつも謝んだよ!?」
「シンタロー・・・」
「おまえはいつもそうだ。俺に優しくして甘やかして、俺に謝らせてもくれない。俺がおまえをどれだけ愛しているか、言わせてもくれない」
俺をまじまじと凝視めていた青い瞳がふっと微笑った。
「そうか、分かった。―――」
俺より大きいのに器用な長い指が、シャツのボタンにかかる。
はだけた胸をその指でつっと撫でられて、それだけで俺は声をあげそうになった。
「ここから先はおまえのせいだからな。俺は謝らないぞ」
「・・・上等だ」
俺は手を伸ばしてキンタローの首を抱いた。
「来やがれ、キンタロー」
「んんっ・・・!」
唇が首筋を舐め上げる。慣れた指に正確に急所を探り当てられ、冷えていた身体が急激に燃え上がり始めていた。
「・・っ・・」
二週間ぶりに触れられた身体は自分でも恥ずかしいほど反応して、思わず零れる声を抑えようと口に当てた手までが無情にひきはがされる。
「駄目だ、声が―――俺、抑える自信なっ・・・」
「抑えなくていい」
耳許で囁く声も熱く濡れていた。
「おまえの声が聞きたいんだ」
いつもより性急な愛撫が、キンタローにも余裕が無いことを教えてくれる。
「あっ・・・はあっ・・・」
呼吸もままならないほどの快楽に身体がびくびくと跳ねる。
いつも大人で自分を見失わなかったキンタローが初めて晒した生身の感情に、俺の気持ちもひきずられるように昂ぶっていた。
「キンタロー・・・も、早く―――」
「まだ駄目だ」
焦らされて、追い上げられて、泣かされて。
この男との恋愛は、セックスとまるきり同じだ。
高みに昇りつめた頃には、もうどうして欲しいのかすら分からなくなっている。
何も解らなくなって見えなくなって、でもこいつが愛おしいという気持ちだけは残っている。
おまえが欲しい、とねだる俺に、キンタローは欲望に揺らめく瞳で笑った。
「独占欲じゃ俺の気持ちは受け止めきれないぞ」
「独占・・欲なんかじゃな・・・」
「俺のすべてをぶつけたら、きっと俺はおまえを壊してしまう」
そんなにやわじゃない。
おまえを受け止めたくらいで壊れたりしない。
その優しさも冷たさもそれは全部俺のためだって、今の俺は知ってるから。
シンタローが喘いでいる。引き締まった筋肉や低く掠れたその声は、俺が相手にしているのが男だということを嫌でも思い出させる。
だがそんなことはどうでもいいくらい、俺は興奮していた。
膝を割ると、来るべき痛みを予想してかシンタローがぎゅっと拳を握りしめる。
一気に貫くと、シンタローは背中を反らして俺にしがみついてきた。
俺以外を見るな。
一生俺から離れるな。
切れ切れにそう訴えるシンタローの唇を噛みつくように奪った。
「あ・・ああ・・っあ!」
シンタローはもう声を殺そうとはしない。そんな余裕など無いようだった。
突き入れた時には俺の二の腕を痛いほど掴んでいた両手も、今はシーツの上で揺れている。
ざわざわと締めつける内部の熱さと柔らかさに、俺の脳髄も早や溶けかけていた。
俺の下で乱れるシンタローの艶は、女など較べものにならないほど凄まじいものだった。
「や・・キンタロ・・俺、もう・・・」
目尻から透明な涙が流れている。俺はその涙を吸った。
「―――いいぜ、イッても」
びくびくと身体を震わせ、シンタローは精を吐き出した。その煽りでさらにきつく締めあげられ、危うく俺まで達しそうになる。
「も・・駄目だ・・・っ」
シンタローが懇願する。普段は人を睨み殺しそうな瞳に、霞がかかっていた。
「何を言っている。これからが本番だぞ」
ふっと笑って思い切り突き上げた。シンタローがひっと悲鳴をあげて仰け反った。
自身が吐露したもののせいでシンタローのそこは俺を易々と呑み込んでしまっている。淫らな音を立てながら、もっともっとというようにきつく食い締める。
「ほら・・まだ欲しがっているだろう?」
「や・・もう、堪忍―――」
とうとう泣き出した。ぽろぽろと涙が頬に零れる。
「可愛いな、シンタロー」
さっきはみっともないところを見せたが完全に形勢逆転だ。
しゃくりあげながら俺にしがみつくシンタローの腰を引き寄せると、弾みで結合が深くなり、シンタローががくりと崩折れる。
「シンタロー、俺を見るんだ」
キンタロー、キンタロー、キンタロー。
突き上げるたびに、うわ言のようにシンタローは呼び続けた。
涙と快楽に霞んだ瞳に、たぶん俺はもう映っていなかっただろう。
シンタローの中で、俺のものが震えるのが分かった。
「シンタロー・・・いいか?」
「キン――――――」
どくり、と熱い塊を吐き出す。同時にシンタローも二回目の絶頂を迎えていた。
そのままふっと意識を失っていくシンタローの涙に濡れた頬に俺はキスをした。
「・・・愛している、シンタロー」
この想いが、どうぞあなたに届きますように。
「―――急に呼びつけるから何や思たら」
アラシヤマは腕を組んだまま、呆れたようにため息をついた。
「これはどう見ても見せびらかしどすなあ・・・」
「何か文句でもあるのか?」
全裸のキンタローが煙草を咥え、不敵に笑っている。
鍛え上げられた見事な裸体をさらしているその隣では、精も根も尽き果てたと言わんばかりのシンタローがシーツをかけられて眠り続けていた。
「シンタローはん、大丈夫どすか」
「今日は起きられないだろうから休むとティラミスに伝えてくれ」
「―――・・・鬼畜」
「何か言ったか?」
「別に。―――ま、ええわ。とにかく仲直りしたんやね」
出て行きかけて名前を呼ばれ、アラシヤマは振り返った。
「・・これ以上シンタローにちょっかいをかけるなよ。次は殺すぞ」
俺は本気だぞ。―――アラシヤマを見据える冷たく澄んだ青い瞳はそう言っていた。
陰気な№2は、相変わらず視線を微妙に外したままニッと笑った。
「心配無用どす。わてにかて、大事な御方がおりますさかいになあ」
やや乱暴に扉が閉まった後、キンタローは煙草を揉み消してシンタローの隣に身を横たえた。
やがて静かな寝息が聞こえてきた。
目覚めたときにはもう、いつもどおりの日常が始まっているはずだ。
「―――だけどアラシヤマは何でわざわざ事態をややこしくしてくれたの?」
「まあ別に理由は無いけど」
ここは開発課。クッキーを摘みながら楽しそうに笑うグンマにアラシヤマは投げやりに答えた。
「喧嘩でもしたら面白いかな、て思たから」
「キンちゃんとシンちゃんが?」
「てゆうか世の中のバカップルへの呪いどす。すぐ側に一番大事な人がいてるくせにそれにも気づかんと遠回りするやなんて、わてから見たら贅沢もえとこどすわ」
グンマは紅茶を淹れている。
「優しいんだねー、アラシヤマは」
「はあ? 何言うてはりますのん?」
「だっておかげであの二人、自分の本心に気づけたじゃなーいv」
「あんさん、ほんまは全部お見通しやったんどすやろ。あのバカップルのこと」
「んー、僕はね、キンちゃんもシンちゃんも大好きだから。二人が仲良くしてくれればそれでいいの♪」
「・・・そうどすか」
「特戦部隊も、早くガンマ団に戻ってくればいいのにね」
「―――あんさん、ほんま何処まで見えてはりますの・・・」
「いいからいいから」
(愛している)
―――たった一人、おまえだけを。
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キンちゃんは何だか妙にエロいのが似合う気がします。
…気のせいでしょうか。
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PR
作・渡井
Weak or Strong?
キンタローが部屋に泊まるのは珍しいことではない。
だがシンタローが2人でいる朝にちゃんとした食事を作るのは久しぶりだった。
ベッドに転がり込めば、そこはそれ、恋人同士であるがゆえに色々と体力を消耗したりもする訳で、朝はどうしてもギリギリに起きることになる。
それが今朝は何の拍子かかなり早くに目覚めてしまった。
シンタローは昼からの出勤で時間に余裕もある。開発課の会議に出席するキンタローのために、朝食を作ってやろうと思いついた。
「シャツだけでも着替えてきたいんだが」
用意を整えて席に着いたキンタローに、じろりと目を向ける。
「朝メシは生活の基本だろ。いいから食え」
いつも新聞を読みながらトーストをコーヒーで流し込んで終わり、では体に悪い。
それに糊の利いた真っ白なシャツを着たキンタローはちょっと苦手だ。切れ者の総帥補佐官、冷静な科学者の顔に戻ってしまうから。
(どうせ頭ん中は次の仕事で一杯なんだろうよ)
一度酔ったとき、グンマにそう愚痴を言ってしまったことがある。出来れば忘れていてくれるといいのだが。
塩だけで味をつけたオムレツと特製ドレッシングの野菜のサラダ。焦げ目のついたトーストに溶けかけたバターを塗って、トマトのスープは時間がなかったので缶詰を使った。
「コーヒーがない」
「飲み過ぎだ。胃に悪い」
お前が自重してくれればそれで俺の胃は安泰だ、などとぶつぶつ呟いているのは無視した。心配されているのは分かっているが、自分で戦場に立たねば気が済まない性格なんだから仕方ない。
「そんなに何か飲みたいなら、ホットミルクでも作ってやろうか?」
「……せめて紅茶にしてくれ」
互いの譲歩が成立し、シンタローは紅茶の缶を取り出した。
「薄めがいいか、それとも濃いめか?」
「そうだな、濃い方がいい」
「了解」
まったく癪に障る、と自分の分の紅茶も淹れながらシンタローは顔を背けた。
シャツなんか替えなくたって、キンタローは涼しい顔でいつものお気遣い紳士に戻ってしまった。あんなに情熱的で、野性的で、ただの男だったのに。
そんなことは考えたこともありません、というような生真面目さで日常に還ってしまう恋人を見るのが嫌だった。
―――俺ばっかり振り回されてる。
そんな考えが浮かんでしまう自分も嫌いだ。
熱湯で淹れた紅茶も冷めてしまった頃に、キンタローが立ち上がった。
「もう行くのか?」
「少し早いが、グンマが準備しているだろうから手伝わないと」
「そうか」
優雅な手つきで緩めていたネクタイを締めて、シンタローの目の前で立ち止まる。
何だ、と見上げた先には、キンタローの真剣な表情が待っていた。
「行ってきますのキスは薄めがいいか、それとも濃いめか?」
「遅れてすまない」
資料を手にうろうろしていたグンマは、駆け込んできたキンタローの姿に安堵の息をついた。
「良かったぁ、もう始まるところだよ」
「悪い」
「まあ大丈夫。あれ、キンちゃんフレグランス変えた?」
分厚い資料を手渡す前に、グンマは首を傾げた。
「紅茶みたいな香りだね。どこのブランド?」
「……ああ、いや」
こほんと咳払いを一つして、キンタローは糊の利いた真っ白なシャツの一番上のボタンを外した。
「それよりグンマ。シンタローが怒り狂っているんだが、どうやって宥めたらいいと思う?」
(ああ、また何か余計なこと言ったんだな……)
既に司会者が議題を論じているというのに、キンタローは小声とはいえ、真っ赤になって怒るシンタローがどんなに可愛らしいかを詳細に語り始めた。
(ねえシンちゃん)
格好だけ資料に目を落としながら、グンマはため息を堪えた。
仕事で頭ん中が一杯な冷静な科学者って、誰のこと?
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お茶を淹れるときの普通の決まり文句から、
走り出した妄想の結果キンシンが出てくる私は、
正しい腐女子だなあと思いました。
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作・斯波
君ゆえに
染める心の
綾錦
雨の日と月曜日は
雨の日と月曜日がずっと嫌いだった。
誰かに呼ばれたような気がしてふっと眼を覚ました。
枕もとの時計を見遣ると針は午前六時を指している。
何でこんなに早く眼が覚めちまったんだろう、と少し考えて思い当たった。
―――・・・雨のせいか。
少し強すぎるほどの音を立てて、大粒の雨が窓を叩いている。
はっきりと目覚めていない頭で、そういえば今日は月曜日だったと思った。
―――・・・月曜日は嫌いだ。
別に理由は無かった。ガンマ団は24時間営業で動いているし、日曜が休みと決まっている訳でも無い。ただ月曜日という響きが憂鬱なだけなのだ。
おまけにそれが雨となると、普段の4割増でベッドから出たくなくなる。
溜息をついて寝返りを打った瞬間、隣にぽっかり空いたスペースを感じて俺は上体を起こした。
昨日この空間を埋めて居た筈の存在が見当たらない。
雨のせいでまだぼんやりと薄暗い部屋の中を見回して、やっと気づいた。
サイドテーブルの上には、昨夜は確かに無かったものが乗っている。
何枚も重ねた新聞紙の上に無造作に置いてあったのは、まだ濡れている紫陽花の花束だった。
紫陽花が好きだとあの男に言ったのは、何の変哲も無い会話の途中だった。
仕事を終えて食事に出たレストランの中庭に見事な紫陽花の株があって、それに目を奪われたので話題にしたのだ。磨きぬかれたガラスの向こうで雨に叩かれている紫陽花を指した俺に、向かいに座る金髪碧眼の恋人は眉根を寄せた。
「だがあれはもう散ってしまっているんじゃないのか?」
「バカだな、違うよ。あれは萼紫陽花つって、あれでちゃんと咲いてんだよ」
「バカ呼ばわりは心外だ。グンマはいつもバカと言う奴がバカだと言っているぞ。いいか他人の無知を笑う者こそが」
「二度言わんでいい。とにかくあれはああいう花なの」
従兄弟でもある恋人は真面目な顔で肯いて、それから柔和に微笑ったんだ。
「おまえによく似ているな」
「ん?」
「清々しくて潔い感じが、よく似ている。―――」
その日の食事は、何だか味がよく分からなかったのを覚えている。
俺はベッドに座ったまま、紫陽花に手を伸ばした。
―――何処まで取りに行ってきたんだろう。
本部ビルの庭にも紫陽花は植わっているが、萼紫陽花は咲いていない。
そのとき俺の背後から聞き慣れた声がした。
「もう起きたのか?」
振り返るとそこにキンタローがいた。
上半身裸で、まだ濡れている髪をタオルでごしごしと拭いている。
「おまえこそこんな朝早くから何処行ってたんだ」
「内緒だ」
タオルを肩にひっかけてキンタローが俺の隣に腰を下ろす。
一瞬だけど、柔らかくて何処か懐かしい雨の匂いがふわりと鼻先をかすめた。
「これ・・おまえが取ってきたのか?」
誰よりも理性的で聡明なくせに、この男は時々こういう無茶をする。
何処まで行ったのか知らないが、きっとずぶ濡れになっただろう。
「風邪ひくだろ・・・バカだな」
「シンタロー、言っておくがバカ呼ばわりは」
「はいはい、心外なんですよね」
「前に言っていただろう。雨の朝と月曜日が嫌いだ、と」
不意にそう言われて、俺は吃驚して紫陽花から顔を上げた。
上げた視線がキンタローの青い瞳と真っ直ぐぶつかる。
その瞳は優しく笑っていた。
「花でもあれば少しは、気分が晴れるかと思って。―――」
キンタローを見て、紫陽花を見て、それからまたキンタローを見て。
数回それを繰り返して、俺は思わずくすりと笑った。
「おまえって・・・ほんと、バカだな」
バカって言うな、と唇を尖らせるキンタローの首に手を回してキスをする。
「おい、シンタロ―――」
「大丈夫・・・まだ時間はたっぷりあるから」
冷えてしまったベッドにキンタローを押し倒すと、金色の髪から微かに雨の匂いがした。
躊躇いがちだった腕に力がこもり、次第に口づけが激しくなる。
俺は眼を閉じて、瞼の裏に淡く滲んだ水色が広がってゆくのを見た。
互いの温もりが一つに溶けあう頃には、雨の音はもう聞こえなくなっていた。
俺の恋人は、俺の言葉を一々真に受ける可愛い男。
そして俺の気持ちを何よりも大事にしてくれる、優しい男。
(雨の月曜日もそう悪くはない)
―――おまえが、側に居てくれるなら。
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紫陽花キンシン編です。
家で本を読んでいるような日には雨もいいのですが。
雨が降ったらお休みな南の島の子どもたちが羨ましい。
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作・渡井
芸術論(あるいは譲れない何か)
「何を見てるんだ?」
僅かな休憩時間、シンタローはデスクに座ったまま本を眺めている。
仕事の続きならとりあげるつもりで覗き込むと、見覚えのある絵が飛び込んできた。
「これは、この前の展覧会の?」
「ああ、画集が出来たからって送ってきた」
先日の遠征の際、某友好国で行われた絵画の展覧会に行ってきた。芸術方面に力を入れているらしく、一般公開される前の内覧会に招待されたのだ。
絵なんて分かんねーし、と行く前はさんざん愚痴っていたシンタローは、1枚の絵画で随分と時間を費やしていた。
「気に入ったのなら購入するか?」
「いや……ガンマ団に飾ったって似合わねェだろ。もっと平和な場所の方が絵も喜ぶさ」
確かに似合わない。
夜が明ける直前の海辺の光景。青を多用して清々しく、緊張感を孕んでそのくせどこかのんびりとしている。
「この海の色合いがいいんだよなぁ……」
「色合いと言うと、色彩とは違うのか」
「や、難しいことは分かんねェけど、こう、言葉に出来ない感じってあるだろ」
シンタローは簡単に片付けた。
俺には分からない。
学ぶことならば俺にも出来る。年代順に絵画の発展を追い、技術を知り、画家の名前を覚えることは可能だ。
有名なものなら一般知識として入っている。
けれどそれはあくまで頭で考えたことで、理論を超越して体で感じることとは別だ。
最近同じようなことで悩んだな、と思い出して見れば、誕生日プレゼントだった。
(そうじゃねーんだよ、キンタロー。ただ欲しかったの)
(そうじゃなくってぇ。何となくいいと思っただけだよ、キンちゃん)
シンタローやグンマが買うものの中には、俺には理解できないものがある。必要でもないし、役にも立たない。購入の理由を訊ねると2人とも必ず「理由なんてない」と笑うのだ。
だけどとても楽しそうだから、大切な従兄弟たちには出来れば楽しんでくれるものを贈りたいのに、理屈も根拠もない買い物は俺には難しい。
先日のグンマの誕生日にも、えらく苦労した。結局悩んだ挙げ句に新しいカードケースという、何とも無難な選択になってしまったのだ。
グンマはとても喜んでくれたが、こちらは納得していない。シンタローの誕生日こそと密かに意気込んでいただけに、未だに何を贈っていいのか見当もつかないのが困る。
絵が気に入ったなら、と内心手を打ったが、それも駄目となると何がいいのだろう。
シンタローは飽きずに絵を眺めている。
俺はため息を堪えて天井を睨んだ。
「キンちゃん、おかえり~」
リビングにいたグンマがのほほんとした声で迎えてくれる。
シンタローは少し残業をすると言うので、先に帰ってきた。あまり無理をさせたくないが、残っていた書類は僅かだったので譲歩したのだ。
それにいったん言い出したら聞かない性格は承知している。
「何をしているんだ?」
「こないだカードケース貰ったから、入れ替えてるの」
古いケースは既に形が崩れかけている。クレジットカードやビジネスカードはともかく、あちこちの店のポイントカードを詰め込んでいるせいだと思う。
「見て、これはあと判子1つで一杯になるよ。そしたらケースのお礼にキンちゃんにあげるね」
ケーキが1つ半額になるんだよ、と威張られた。
微笑ましいと言えば微笑ましい光景だ。当人がケーキショップの1つや2つ丸ごと買えるくらいの資産を持つ、四捨五入すれば30になろうかという成人男子であることを除けば、だが。
「せっかく集めたんだからグンマが使うといい」
だがそのへんの基準を彼に適用することは諦めている。世の中には未だにスーパーの特売チラシを熟読する総帥もいるのだから。
「やっぱりキンちゃんの見立ては間違いないよね、革の風合いがすごく綺麗」
俺が贈ったケースに賛辞をくれるグンマに、曖昧に笑みを浮かべた。
理論では説明できない「何か」。
無理に口にすると感性とか情緒とかいう言葉になるのだろうか。
それが俺には決定的に欠けている。
美しいと感じるか。
心を掴んで離さないものがあるか。
ずっと見ていたいと、叶うなら手元に置いて誰にも渡したくないと思わせるか。
―――きっと芸術を芸術たらしめている「何か」が、俺には分からない。
夕食の後も悩んでいたせいで、遠慮がちに俺を呼ぶグンマの声に気づくのが遅れた。
「どうかしたか」
「シンちゃん、ちょっと遅すぎない?」
グンマの視線を追って時計を見、俺は慌てて立ち上がった。
過ぎるようなら無理に連れて帰ろうと思っていたのを、俺としたことがすっかり忘れていた。グンマに断って部屋を出ると真っ直ぐに総帥室へと向かう。
目を離すとあいつはすぐに無茶をする。
「シンタロー、入るぞ」
ノックしても反応のない扉を開け、俺は肩を落とした。
シンタローはデスクに突っ伏して眠っていた。
「起きろ。風邪を引く」
腹立たしいのは忠告に従わないシンタローに対してではなく、ここまで疲れているのを見過ごした自分自身への苛立ちだ。
「起きないと伯父上を呼んでくるぞ」
半ば脅しながら肩を揺すると、シンタローがゆっくり頭を上げた。
髪をかき上げて黒い目があらわれた瞬間、俺は絶句した。
「……あー、寝ちまってたか……」
ぼんやりと呟いた後、きまり悪そうに笑ったシンタローに掛ける言葉が見つからない。
「悪ィ。ちゃんと部屋行って寝るわ」
「ああ」
喉の奥から声を絞り出し、一歩退いてシンタローが立ち上がるのを見守った。
眠気を振り払って歩き出すシンタローの目は、いつも通りに強気な光を湛えている。
何てことだ。どうして今まで分からなかったんだろう。
美しいと感じる。
心を掴んで離さないものがある。
ずっと見ていたいと、叶うなら手元に置いて誰にも渡したくないと思う。
そうだ。根拠も理屈もなく欲しいものなど、俺には1つしかない。
初めて理解した。
いや、思えば最初から俺の心にそれはあったのだ。
気づくのを静かに待って、そして気づいた途端に一気に火をつけた。
「お前、メシ済んだの?」
名前さえ与えられれば、この感情は単純なことだ。
しかし当座の問題はむしろ難しくなった。
「グンマも食ったのかな」
理論で説明できないものを見つけたからといって、誕生日プレゼントが思いつくというものでもないらしい。
「なあ、聞いてるか?」
これでは「従兄弟を楽しませるプレゼントを探す」ことから「好きな人に喜んでもらえるプレゼントを探す」へと、悩みがより切実になっただけじゃないか。
「おーい、立ったまま寝るな」
けれど嫌な気はしない。悩みすら嬉しく思うのは初めてだ。
「キ、ン、タ、ロ、オ?」
ひらひらと目の前で振られる手に、俺はハッと我に返った。
「大丈夫か?」
「いや、考え事をしていただけだ」
なおも訝しげなシンタローに何でもないと言い張って、俺は歩き出した。
誕生日までの日にちを指折り数え、機嫌よく困りながら。
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作・渡井
名前のない時間
父が残した論文を広げようとしたまさにそのとき、内線が鳴った。
『申し訳ございません、先ほどのデータに予測しなかった数値が』
「すぐに行く」
舌打ちしたいのを堪えた。
戦場からやっと本部に戻ってきたところだ。出発前に見つけた論文に興味を引かれながら、忙しくて読めずにいた。
ただでさえ普段は開発課を留守にしっぱなしなのだから、グンマにすべて押しつける訳にはいかない、と自分に言い聞かせて父の書斎を出る。
開発課に戻ると、部下が騒いでいた数値は単なるミスだと知れた。設定が間違っていただけだ。
「あの、総帥に提出する書類があるのですが」
「来年度の予算についてよろしいですか」
「キンちゃんこの発明どう思う、何でシンちゃん気に入らないんだろ?」
……いつも留守にしているせいだ。煩わしく思ってはならない。
説明を聞き、助言をし、学び、教え、共に考える。繰り返すうちに時刻は夕方を過ぎていた。
ようやく論文を開くと、もう見慣れた筆跡が並んでいる。
正直に言うと、難度が高すぎた。どんなに懸命に文字を追っても、結論の半分も分からない。
手をつけるのが早かったのかもしれない。せめて関連書を理解してから進むべきだったのだろう。
だが論文にたびたび引用されている参考文献は、書斎にはなかった。内線で問い合わせてみたが、資料室にもない。絶版になっているとしたら、どこかで手配して取り寄せなければ。
なおも苦闘してから諦めて論文を閉じた。
苦労して暇を割いたというのに、結局欠片も収穫はなかったことに気づき、虚しさに襲われた。
俺には時間がないのだ。
あの24年間が無駄だったとは思わないけれど、これから身につけなければならないことは山のようにある。
落ち着け、と目を閉じた。
俺は焦っている。早く結果を出さなければと思いつめて、無為なひとときを過ごすのが我慢ならない。
無理をしても何にもならないことは分かっているし、回り道でしか得られないものがあるのも知っている。そんなことは百も承知で、それでも時間が足りない。
疲れている暇などない。疲れることを自分に許してはならない。
俺はガンマ団総帥の補佐官であり、ルーザーの息子なのだ。
それに足ると自分で満足できるだけのものが、一刻も早く欲しい。
夕食のあとでシンタローの自室に寄ってみると、彼はソファーに体を預けてビールの缶を開けていた。手招きされて、隣に座る。
こんな風に二人で過ごすようになったのは、いつからだっただろう。
ごく自然に唇に触れた。シンタローの長い黒髪が首筋に落ちて、少しくすぐったい。けれど体を離す気にはなれない、好ましい感触だった。
「総帥」ではなく「シンタロー」を支えたいと願い、それにふさわしい男になると誓い。
俺はどれだけ実現できているのだろうか?
「……今日は大変だったぜ、休憩する間もなかった」
しばらく黙っていたシンタローが大げさなため息をついた。
「書類は山のように溜まってるし、伊達衆はみんな実戦に出てるし、交渉の日取りは決まんねーし」
ぽす、とシンタローがもたれかかってくる。
その肩を抱いて髪に口づけた。
「もう、総帥業がつくづく嫌んなった」
「そうか」
「おまけに自分が選んだ道だから仕方ねェし」
嘘をつけ。仕方ないなんて顔はしていないくせに。
ガンマ団の総帥であり、マジックの息子であると自分に証明するために、俺よりも焦っているじゃないか。
どんなときも頭を昂然と上げ、足は地につけて、どこまでも真っ直ぐに前を見ているお前の姿勢を愛しているけれど、
「俺がいる」
口に出して「甘えたい」とは言えないシンタローの傍に、いつでもいたいと思う。
「当たり前だ」
照れたようにシンタローが笑った。
「こんな愚痴言えんの、お前だけだ」
―――ああ、そういうことか。
胸にすとんとシンタローの言葉が落ちてきた。
一番格好いいところを見せたい人にこそ、一番格好悪いところも見せられる。
「甘えたい」以上に「甘えてくれ」が言えない、意地っ張りな恋人。
素直じゃないのはお互い様か。
「俺も、今日は疲れた……」
呟いた途端に心が軽くなった。
それはもしかすると、よしよしと頭を撫でてきたシンタローが、ひどく嬉しそうだったからかもしれないけれど。
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書きたかったのはラブラブなキンシンだったのに、
何故かおかーさんと4歳児になりました。
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