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mmm




「シーーンちゃん☆パパだよーーーーー♪」





;プレゼント





ここはガンマ団総帥執務室。
一般団員はおろか、トップクラスの者でも、限られたものしか入室は許可されない。

しかし、そんな部屋だということもお構いなしに、今日だけでもすでに6回は訪れている人物がいた。

「・・・・・・・いい加減にしろよ、親父ィ・・・。」

そう、現総帥シンタローの父親でもあり、ガンマ団前総帥のマジックである。

「てめえ、今日だけで何回この部屋に来てんだ、あああああん!?人の仕事の邪魔するのもたいがいにしやがれ!!!!!!」

「これで7回目だよ、シンちゃん☆そんなにカリカリしてたら、お仕事の能率が下がるよ?」

律儀に質問に答えながら、マジックはにっこりと最愛の息子に笑いかけた。

「お前がその能率をさげとんじゃ、ボケーーーーーーーーーーーー!!!!!」

「こらこら、そんなに大声でさけんじゃダメだよ、シンちゃん♪」

自分の度重なる出現が、息子の仕事の能率を下げている最たる原因であるとはあくまでも認めないようである。

「だいたいなあ、何しに来たんだよ!!さっきから何回も来て、
用件も言わずにニヤニヤしただけで帰っていきやがって!!!!今度こそ用件を言え、用件を!!!」

「うふふ、知りたい?知りたい?でもきっとシンちゃんもう知ってるもんなー☆」

「お前の考えてる事なんか知るか。さっさと言え!!!」

いいかげん、シンタローもイライラしてきた。
それもそうだ、これで過去6回は答えをはぐらかされて、思わせぶりのまま帰って行かれたのだから。
今度こそは眼魔砲ぶっ放しても聞き出してやる!!!
そんなオーラがシンタローのまわりに出ていた。

しかし、そんな殺気じみたオーラも、マジックの目からすれば、
『焦らさないで早く教えてよ、パパ☆』
といったほのぼのオーラに見えてしまうらしい。
恐るべきは愛の力か。

「実はねー、パパ、明日誕生日なんだよvvv」

ま、シンちゃん知ってただろうけどvvv
ニコニコ続けるマジックとは裏腹に、シンタローは思わず眼魔砲を撃とうとした動きを止めた。

「え、そうなの?」

ピシリ。
とたん、部屋の空気が摂氏3度は下がった。

いやー、そういえばアンタ今月誕生日だったなー。すっかり忘れてたぜ。
などと続けるシンタローだったが、対してマジックはショックのあまりに固まっていた。
「・・・いよ、シンちゃん・・・・・・。」

「あ?なんか言ったか親父?」

「非道いよシンちゃーーーーーーーーん!!!!!(号泣)」

そう言って、マジックはシンタローの机に両手をバンッと叩きつけた。
両目からは涙が滝のように流れている。
「パパ、シンちゃんからの誕生日プレゼント楽しみにしてたんだよーーーー!!??」

「あ・・・悪ぃ・・・。」

流石に、その迫力と勢いに押され、普段かまってやってない分の良心も痛んだのだろう。
シンタローも少し、ばつの悪そうな顔をした。
そして、しばらく考えて、

「んじゃ、今日の分の仕事は終わり!!!!」

「総帥!?」

「シンちゃん?」

急に思い立ったようにシンタローが言い放った。
しかし、シンタローの目の前には書類の山が未だ鎮座している。
もちろんそれを見逃す秘書ではない。

「総帥!しかしまだこれらの書類が・・・!!」

「特に急いでるって訳でもねえだろ。明日にまわせ。」

「しかし・・・!」

「うっせーな、総帥命令だ。わかったな。」

シンタローは有無を言わさない態度で席を立った。

「シンちゃん、一体どうしたんだい?」

あまりの豹変ぶりに、マジックも心配して声をかける。

「んあ?まだ12日になるまで時間あるからな。気分転換も兼ねて、テメーの誕生日プレゼント買ってきてやらあ。」

すでに時計は夜の9時をまわっている。

「今はどこもクリスマス商戦の時期だからな。11時ぐらいまでなら店も開いてるだろ。」

そう言って、シンタローは着替える為に自分の部屋に戻ろうとしていた。

「シンちゃん・・・、そこまでパパのことを・・・!!」

マジックは、先ほどとは違った涙をまたしても滝のように流している。

「ただし!!!プレゼントやるだけだからな!明日テメーの為に割く時間は1秒たりともねえ!!!
ただでさえ年末で忙しいんだからな!!」

ビシィッとマジックを指差して宣言したシンタローだったが、マジックはそんな事どうでも良かった。
わざわざこんな時間に、自分の誕生日に間に合うようにプレゼントを買ってきてくれると言っているのだ。
これ以上の幸せはない。

「それでは、お車の準備を・・・」

「いや、俺が運転していくからいいわ。車だけ用意しといてくれ。運転手は無しな。」

秘書の声をさえぎってシンタローは言った。
なにか続けたそうな秘書に、そのままシンタローが続けた。

「気分転換も兼ねてって言ったろ?久しぶりに夜のドライブってもの悪くないよな。」

そう言って、シンタローは笑った。

「シンちゃん。」

「ん?なんだよ?なんかリクエストあんのか?」

「いや・・・、気をつけて行っておいで。」

「おう。」

「それと・・・、ありがとう。」

マジックの優しく微笑んだ顔にシンタローは一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐに笑いながらこう返した。

「そりゃ普通プレゼント貰ってから言うセリフだろ~?もうモウロクしたのかよ、親父。」

そう言って、シンタローは自室へと戻っていった。

そしてそれから約15分後、シンタローを見送る為にマジックと数名の団員が裏口に集まっていた。
シンタローはガンマ団現総帥。本来ならば、このような外出は許されないのだが、本人の強い希望と、
急に決定したスケジュールの為、外部にも漏れていないだろうという諜報部の判断により、シンタロー1人での車での外出となった。
しかし、一応用心の為、裏口からの外出である。

「いってらっしゃい、シンちゃん。遅くなるようだったら連絡入れるんだよ?」

「んーだよ、ガキじゃねーんだから、それぐらい分かってるって。」

「総帥、お気をつけて行ってらっしゃいませ。」

「おう!日付が変わる前には帰っから。んじゃ、いってきます!」

そう言って、シンタローは冬の夜へと車を走らせた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



おかしい。

マジックがそう思い始めたのは、時計が12時をまわり日付が変わる頃だった。

シンタローは確かに、日付が変わる前には戻ると言った。
遅くなるなら連絡も入れると。
ガンマ団の総帥として、それぐらいの責任感は持ち合わせている息子である。

ひょっとしたらもう下の駐車場に着いているかもしれない。
きっともうすぐそこまで来ているのだ。

そう思ってはみるものの、やはり不安はぬぐいきれない。
それに、なにやら感じるのだ。
父親としての勘なのだろうか。
『嫌な予感』
というものが先ほどからマジックを襲っていた。

そして、当たって欲しくない時ほど、それは的中するものである。

マジックの自室の内線がけたたましく鳴った。
緊急事態専用の呼び出し音である。

緊急事態こそ落ち着いて行動しなさい。

そう自らの息子に教え込んだが、内線の呼び出し音を聞いたマジックの心臓は早鐘のように打っていた。
落ち着け、落ち着け。
まだ決まったわけじゃない。

そう自分に言い聞かせながらマジックは内線のボタンを押した。

「どうした。」

以外にも自分の声は落ち着いている。
そう思うマジックの心は、どこか別のところにあった。

「こんな時間に申し訳ありません!緊急事態です!!」

「何があった、報告しろ。」

「シンタロー総帥が乗った車が敵襲を受け炎上、そのまま海へと転落した模様です!!」

・・・・・・・・!!!!なんという事だろう!!!!!

マジックの予感は当たってしまったのだ。
ざわざわと騒ぎ出す心に、マジックは報告に返事をするのも忘れていた。

「現在、総帥の安否の確認は取れていません。すでに救出隊及び諜報部が出動しています。」

「・・・・・・・そうか。」

マジックは声を絞り出すように言った。

「正確な安否の確認が取れるまで、このことは外部に悟られるな。」

「はッ!了解しました!!」

「現在、指揮は誰が取っている。」

「キンタロー様が率先して部隊をまとめ、現地にもすでに赴かれました。」

「そうか、そのまま指揮権はキンタローに委ねよう。なにかあれば、随時報告を頼む。」

そう言って、マジックは内線を切った。



『テメーの誕生日プレゼント買ってきてやらあ。』

ああ・・・・・・・・

『なんかリクエストあんのか?』

あああ・・・・・・・・

『んじゃ、いってきます!』

ああああ・・・・・・・・・!!!!!



マジックは深く椅子にすわり、そのまま天井を仰ぎ見た。

そのまま目を瞑り、深く息を吸い込んだ。

そして息をゆっくり、ゆっくりと吐き出し・・・、

ダンッ!!!!!

力の限り、机を叩いた。

彼の閉じられた目からはとどめなく涙があふれていた。

私が、あの子に言ったから・・・
私があの子に誕生日プレゼントなんて強請ったから・・・・・・!!
私があんな下らない我侭を言わなければ、あの子は・・・・・・・!!

襲ってくるのは強い自責の念ばかり。

自分の為の誕生日プレゼントなんていらない。
そんな物はいらないから、どうか、どうか・・・・・・・!!!!!

「なーんて顔してんだ、親父。」

!!!!!!!!!

マジックが顔を上げれば、自室の入り口に立っていた。
生きている、最愛の息子、シンタローが。
椅子を倒すようにして立ち上がったマジックは、そのまま机をも飛び越えて息子のもとに走り寄った。
そしてそのまま、外傷がないか確かめて、抱きしめた。
その存在を確かめるかのように、強く、強く。

「・・・・・・っ良かった・・・・!!!」

マジックの目からは新たな涙が流れていた。
これは、歓喜の涙。
愛する息子が無事だったことに感謝する涙。

「っちょ、親父、苦しいって!!」

あまりにも強く抱きしめていたのだろう。
シンタローが腕の中で息苦しさを訴えた。
あわてて抱きしめた腕を緩めたマジックだったが、その時初めてシンタローがずぶ濡れである事に気がついた。
その視線に気付いたシンタローが続けた。

「ああ、これな?報告入ってねえ?なんか敵襲受けて、車ごと海に落っこっちまってよー。
んで、水圧でドアが開かなくなっちまったんだけど、眼魔砲ぶっ放して出てきた。」

いやー、俺あの時ほど眼魔砲使えて良かったって思った事なかったぜーvv
まるで軽口をたたくかのように言うシンタローを、改めて優しく抱きしめるマジック。
だが、シンタローの胸の辺りでごそごそ動く何かを感じ、一度体を離してみる。

「あーー、こいつな、店の近くで捨てられてたんだよ。酷くねえ?こんな冬の寒い時にさー。
んで、車から脱出する時に、包んで服の中に入れといたんだけど、良かった。生きてるみてーだな。」

そういってシンタローは胸元からビニール袋を取り出し、さらにその中から丸まったセーターを出し、さらにその中からは・・・

みぁぁう。

「子猫??」

なんとも可愛らしい子猫が出てきた。
多少汚れてはいるが、洗ってあげれば綺麗になるだろう。
先ほどまで、息子の命を心配していたのに、新たに可愛い命の存在を目の前に見て、マジックの顔が自然とほころぶ。

「あ。」

急に、しまった!といった感じでシンタローが声をあげた。

「悪ぃ親父、このセーター、プレゼントだったんだけど、汚れちまったな・・・。」

セーターは子猫を守るために使ったせいか、少し海水に濡れ、子猫がひっかいてしまったのだろう。すっかりボロボロになっていた。

少しうつむいてしまったシンタローの頬に優しく手を沿え、マジックは言った。

「シンちゃん・・・、シンちゃんが無事に生きてくれてる事が何よりの誕生日プレゼントだよ・・・。」

マジックは、シンタローの目を見て、ふわりと微笑んだ。
こんなに心穏やかになった事が最近あっただろうか。
最愛の息子を前に、マジックはあふれる程の幸せを感じていた。

「ありがとう、シンタロー。最高の誕生日プレゼントだよ。」

「・・・父さん・・・。」

そしてそのままマジックの顔がシンタローに近づいていき、シンタローもまた、素直に目を閉じた。

みぁぁう。

子猫さえも、マジックの誕生日を祝い、二人を祝福しているかのようだった。



―――――――Happy Birthday Magic...

End.


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ほみうとこ。様より頂きました!
素敵マジシン小説を12/12にくださり有難うございます~~~vvv
最後ラブラブですね!ラブラブは大好物ですよ!(愛)
そしてやっぱりシンタローの『父さん』は必殺技ですなァ・・・(しみじみ)
【from K♪】
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hhh












09:臆病イカロス












「おい」
「・・・・・」
「・・・・鼓膜でも破れたか、クソ餓鬼」
「んなワケねーだろ。獅子舞」


小さい湖の傍らで、木の根に寄りかかるようにしていた黒い頭がこちらも見ずに声を返す。
ざわざわと風が木々を嬲り、さほど距離のない野営地の声を掻き消していた。
熱帯に近い気候のためもあり、夜だというのに空気が粘つくように重い。


「どうだったよ、初の激戦区は」
「・・・・・寄るんじゃねぇよ、酒クセェ」


近寄り、傍らに腰を下ろす。人工の明かりのない中でも甥っ子のひどく汚れた横顔が見えた。
眉間に皺を寄せながらも動こうとはせず、草臥れた戦闘服の裾を強く握り締めながら苦しげに表情を歪めるばかりだ。


「酒の楽しみも知らねぇガキが云うじゃねーか」
「さっさと肝臓やられちまえ」
「へ、そんなヤワに出来ちゃいねぇっつーの」
「・・・・・・」
「で、どうなんだ」


金属製の水筒を取り出し、喉を潤す。
度数の高いアルコールはすぐに熱を発していく。
戦場の熱も入り組んで、どちらに酩酊しているのかを曖昧にするかのように。











「初めて人を殺した感想はどうだ?」











びくり、と隣で肩が大きく動いた。
強張りの解けない身体とカタカタと小刻みに震えている指先。
過ぎた興奮と恐怖が綯い混ぜとなったのか、悲愴なほど青褪めている。

既に訓練で血を流すことも、流させることも学んでいた筈。
けれど、相手の息の根を止めるという生々しさの前にはそんなもの無意味だ。
殺し殺される―――――死は、五感そのものを貫く。

たとえ遠距離から狙撃しても、慄かざるを得ない。
まして浴びるほどの至近距離から相手の喉を掻き切れば、より一層に。


血を洗い流しにいくと野営地から離れて随分と経っていた。
案の定、様子を見に来れば未だ手すらも血塗れのままの放心状態だ。

現実逃避など当の昔に捨て去った自分からすれば、やはり子供なのだと強く実感する。
弟は確かに強くなる術を授けたのかもしれない。
しかし、身体が如何に強靭になろうとも実戦の重みは大きく圧し掛かる。
戦線に出ない限り、このクソ忌々しいほどの重圧をどうして教えられようか。






「団にいる限り、兄貴の下にいるってことはそういうことだ」



「甘っちょろい授業だとはいえ、お前が教えられてきたのは人を殺す術だ」



「何夢見てやがった、お前がなりたかったのは人殺しなんだぜ?」






弟の不手際を拭う思いで、ぐい、と顎を掴んでこちらを向かせる。
血糊の散った顔に浮かぶ空ろな視線が疎ましい。殴り飛ばしてくれと声高に主張する表情だ。
叱咤激昂し、上官に従って私情を捨てろと突きつけて貰いたがっていた。
そうしてしまった方がこれからの作戦でこいつを有用に動かせるのは確実だ。

けれど、出もしない答えなんてテメェで出せばいいと思ってしまう。

どう足掻こうとも朝は来て、作戦は決行されるのだと解りきっている。
だからその僅かな時間にどんな結論を下すのか、興味が湧いたのも確かだ。
興味以上に”これから”も必然的に戦場へ向かうことになる甥の決断が見たかった。


これが甥への甘さなのか、それとも俺自身の逃げなのかなんて知らない。







「もうガキじゃねーんだ、自分の立ち位置くらい見極めろ」






一瞬だけ力を込めて、苦痛に歪められた表情に満足して手を離す。
だらりとさらに虚脱したシンタローは食って掛かることすらせず、こちらを伺いもしない。
情けねぇザマ曝しやがって。



人を殺すことが重い?辛い?
んなコトいってたらテメェが死んじまうのがオチだ。
躊躇して腕を失った男を知っている。敵兵に自分の妻の面影を重ねて動けず、死んだ男もいた。
殺さなきゃ殺される状況下で、確実に生きて帰る術などどこにもなかった。
戦闘能力だけでどうにかなるものではなく、運も私情もすべて飲み込んだ戦場という化け物の腹の中で
いつだってどうにか生き残るのがやっとだった。





幾ら割り切ろうと嘔吐しそうになる上、傷み切った心を押し殺さずにはいられない地獄だ。
俺がそうまでして此処にいるのは家業だから、だなんてつまんねぇ理由じゃねぇ。
マジック兄貴が世界の頂点に立つんなら、その足場を固めてやろうと思ったに過ぎない。
あの男の飛びぬけた強さならば届きようのない高みにも辿り着ける筈だと、期待にも似た高揚が沸いた。
年を重ねるごとに益々人外じみた力をまざまざを見せ付けられ、その都度湧き上がる愉悦にも似たそれは留まることを知らない。


じゃなきゃ、耐え切れるわけがねぇって話でもある。
暴れるのは好きだが嬲り殺すのは趣味じゃねぇし。
今更甘っちょろいとは思わなくもないが、そこは変わりようがない。






最後の一滴が舌に滴り落ちた。物足りなさを誤魔化すように耽っていた回想を振り払い、目線だけで隣を見やる。
こんなに間近な距離でも青味がかった闇に溶ける黒が陰鬱さを際立たせる。
こびり付いた血色も紛れて見えないほどの、暗色。

団員にはさまざまな国籍や人種がいる。今更、色素がどうのこうのという馬鹿はいない。
戦場に立てばどれもこれも、のべつくまなしに使われるだけの代物だ。


ただし、そこに一族が絡めば話は別のものとなる。
特異な能力と色素が常に一体であったが故に。

青の色合いを持ち合わせなかった甥っ子は、いつだって一族の中で異質だった。
面と向かってそれを口にした奴は粛清されてしまったが、それでも耳に入っていく言葉はある。



誰も認めないから、自分さえも相応しくないと感じるから万人に認められようと
強さに拘りを見せていることはよく知っている。でなきゃ、あの性格極悪のサービスの扱きに耐え切れる訳がない。
強くなることだけを求めて、強くなるまでは何の問題もなかっただろうに。

けれど奴は、強さを示す場がどこであり、何のための強さであるのかという結果に今更気づいて動揺をする。
団で強くなる、ということは誰よりも屍の山を築き上げることでしかないのに、だ。




相手は敵なのだから、と殺したことを誉めてやることは出来る。
簡単に通じる言葉だからこそ相手に受け入れられるのだ。
罪悪感を薄めて動揺をこそげ落とすだめに、「自分は間違っていない」のだと思い込ませて。
任務遂行に支障がない一番容易い方法だ。部隊の指揮を務める以上それが最善だと分かっている。


けれども、汚してしまった手に変わりはない。
殺したのはお前で、そう仕向けたのがその父親であることに変わりはないんだ。








大体、生きていくために人を殺さなくちゃなんないなんて現実、放棄したって俺は責めやしねぇさ。
そのときには進む道そのものを放棄するも同然だが、そんなの自分の問題だ。
人を殺すのが絶対こいつじゃなきゃいけない、だなんてことねぇし。

団に必要なのは使いやすい手駒で、誰が殺そうが誰が殺されようがどうでもいいんだ。
結局、結果がきれいに収まりさえすれば文句はない筈で。
実際のところ、こいつが団を抜けたってその代わりなんぞ掃いて捨てるほどいる。
一人の兵士の戦力が抜けたからといって、組織が瓦解するようなものではない。



それなのに兄貴は、敢えてこいつに血に染まる前線を選択させた。



それもこれも、全部こいつが総帥という重責を負うための布石だ。
総帥だけではない。青という象徴を負うために、生臭い血溜まりに身を沈めさせた。
一旦手を浸せば拭い去れないだけの柵(しがらみ)でもって悉く逃げ道を奪う。
青の色合いを、秘石眼を持たないが故に背負わずに済んだ業の代りとばかりに。

そうやって、自分の手元から逃げ出さないよう道を狭めていく手腕が恐ろしくも思えるくらいだ。
(自分を超える者になるだろうと期待しながら、あくまで掌で転がそうとする矛盾など目に入らずにいたが)






人を殺す、というその動作は余りに容易だ。
相手が無抵抗であればそれこそ呆気なさに唖然とせざるを得ないくらいに。
大それたことだと思っていたことが今自らの手で行なわれてしまった恐怖。
そして戦慄くように震えるのだ、罪悪感に悲鳴を上げながら。

自分が飯を食うために、誰かを撫でるためにあった手が。
誰かを慈しんで育んでいた手が、肉や神経の中に沈む感触を知る。
(爪に食い込んだ肉片にぞくりと悪寒を走らせてしまうほどだった)
相手を肉塊にする殺戮の生々しさは中々拭い去れない。


拭い去れないから、もう後戻りはできないことに気づく。
踏み入れてしまった瞬間から後は深みに嵌るばかりだ。

慣れてしまえば廃人にすらなっていない自分が今此処にいるのだから
なんともしぶといものだ、と内心でせせら笑う。

















「・・・・る」
「あ?」


木々のざわめきにすら負けるような声量で、呟きが漏れた。
空ろに近い眼光がやや力を取り戻し始め、伸びた前髪の切れ間から睨まれる。


「・・・・俺はやれる。やれなきゃ、なんねーんだよ・・・・じゃなきゃ、何の為に」
「くだらねぇ意地張ったって続かねぇぞ」
「意地じゃねぇ!俺が、俺が自分で選んだんだ・・・・っ!!もうやっちまったことなんだよっ!!」
「なら震えてんじゃねぇよ、立て。集合は明朝五時だ」
「・・・・・・っ!」


その時刻に敵対する誰かを殺しにいくということだ。
それ以外の意味は存在しないから、こいつは唇を噛み締めて耐えるように苦悶する。
まだ一度きりの殺人に気圧されて戦意喪失などさせてたまるか。
少なくとも今この戦火では。


幾ばくか吐き捨てる思いで、苦々しく内心で呟く。


決断を預けたのは、自分の決意を裏切れないシンタローの性格を見切っていたからだ。
本当は、どの道を取ろうと今このときに戦意の失せた部下を連れていくことは出来ないのが現実。
たとえ何をどう思おうが、受けた以上は、この任務を遂行して成功させる義務がある。
そして義務を大義名分にして皆殺し、焦土を作り上げていかなければならない。

クソみたいな理由で殺そうと、高尚な理由があろうとやることに変わりはねぇのに
誰もがそれに縋ってひたすら無神経になろうと必死になる。
必死になることでしか自分を誤魔化せないのだと知っていて気づかない振りをする。
誰も彼も死にたくなどないのだ。




「それまでに立ち直っておけ。じゃなきゃ死ぬぞ」
「・・・・・死なねぇよ」
「終わるまで、生き残ることだけ考えとけ。お前に死なれると兄貴が煩ぇし」




素人同然の新兵に、自立して動けるだけの判断は期待出来はしない。
余計なことなど考えさせずに、こちらの思惑通り動かすことでこそリスクが少ないのだ。
幸い、勝ち急ぐほど馬鹿ではない。ならば見合った位置に放り込んでおくだけだ。
一度の決断に縛られて、迷えなくなったシンタローに僅かな哀れみを感じながらも敢えてそれは黙殺した。







今こうして苦悩してしまおうと、強さを得ようと積み重ねたものが無駄だとは云わねぇ。
そこから得たものは確実にお前をつくっていたし、それ以外の手段はないのだと信じきっていた必死さに声のかけようもなかった。


それでも、こうなる前に。こうしてお前が人を殺す前に。
強くなる以外にもお前が疎外感に苛まれずに済む道は確かにあった筈だ。
それに気づかせないようにとマジックの手の内で育った責任の、何分の一かは俺にもなくはない。

俺はどう足掻いてもマジック兄貴を裏切れない。
だからたとえ、お前に逃げ道を指し示すことは出来ても
その手を引き摺ってそこに投げ入れてしまうことは出来ないんだ。




最早、選ばざるを得なかった道は躊躇すれば死ぬだけの、それだけのシンプルさで出来ている。

だから、せめてそこで生き延びるだけの術を。
これまでの積み重ねが有意義なものとなるだけの、そうした世界に放り込んでやることしか出来ない。
それすらも兄貴の思惑の内であろうとも。







けれど、お前はまだ分かっていない。

生きて帰ることを願う心で、この惨状に耐え切ることは出来たとしても
家に帰り着き最愛の弟に触れる際に、躊躇を憶えずに抱き上げることが出来るのか、と。








それをも見込んで送りこんできたのなら
あまりにも趣味が悪いことだ、と真っ黒な空を仰いだ。

















end
kk







02:ワケありボーダレス








「どうしたよ、お前一人で」


ぼんやりと立ち尽くし、見つめていた緑の群生から意識を引き剥がされる。
気づかぬ間に接近されていたのか、随分と至近距離から声をかけられた。

だいぶ傾いた日に、それでも温室の内部は日当たりの良さから相当明るく
目をやった黒髪の姿も木々の作り出す薄闇に溶けることなく佇んでいる。


「一人だとまずいのか?」


ゆるりと向き直し返した声に硬さが篭る。
目の前の男がそれに気づかないわけもなく、「違う違う」と首を振って否定された。


「そーゆーんじゃねぇけど、お前いっつもグンマかドクターといるだろ?」


今は傍らに付き添うその姿が見えないから、と。
あの島から戻ってきてからここ一ヶ月半というもの
一時でも目を離しておけないと云いたげにそれは確かに日常風景の一部であった。


「・・・研究が詰めに入ったらしい」
「んで、暇でも持て余したのか?」
「・・・・かもしれない」


言葉少なに答えれば、シンタローは縛っていた髪がほつれるのも構わず
頭をがりがりと掻きながらぶちぶちと文句にも似た独り言を呟きだす。


「お前は」
「書類読むスペース探しがてらの散歩だ」


脇に抱えていた黒いブリーフケースを軽く振って見せられた。
おそらく総帥業を継ぐには必要な団内の実情データなどの書類なんだろう。
嵩がある分だけ、振った手元が重たい音を立てている。


「・・・結構すげぇだろ、此処」


自慢げな顔でにっと笑い、ケースを放り出す勢いで木々を披露するように腕を広げる。
傍らにある巨木に凭れるように手を着き、感じる温かみの感触にさらに緩む表情。


「そうだな」
「よく来るのか?」
「いや、初めてきた。・・・・・・お前の中にいた時のことを抜かしてはな」


僅かに顰められた顔を無視して、天井に顔を向けた。
生い茂る濃い緑に硝子越しの夕暮れの赤を照り返し、冴え渡る原色のコントラストが視界に入る。
夕闇が近いことを示すその赤さは、いっそ禍々しいくらいだ。





「・・・・・もう夕暮れか」





その光景にぽつり、と落とすような声が傍らから聞こえた。
寂しげな余韻が翳りのようにそこに含まれている。

脳裏を過ぎるのは、海に溶けるように沈んでいくあの島の夕暮れ。
自分の記憶にはない、目の前の男の感情を多分に交えた美しい色合い。

それを思い出しているのだと容易に分かってしまった自分に内心舌打ちした。


「なぁ、最近どうなんだ?」


感じていた寂寥を誤魔化すように、新たな話題を振られる。
それでも振り切れない寂しさの一端が覗く表情に苛立ちが起こる。
どうしてお前は、こうも分かりやすく俺に隙を見せるのかと。


「・・・・グンマが悲しいような顔をした」
「なんでまた」
「俺が”これはきれいなのか”と聞いたら・・・そんな顔をした」


指し示すのは、咲き乱れる花々。
赤、白、青、紫、橙、緑。温室で育てられたそれらは秋の最中になんとも鮮やかな色で、目を奪う。
訝しげにこちらを見やるシンタローの顔は複雑だ。


「きれいなのか、って」
「そのままだ。これはきれいと思っていいのかと」
「ワケわかんねぇよ、それじゃ」
「・・・・・・色形が鮮やかだとは思うが、きれいには足りない気がしてならない」


この物足りなさがお前なら分かるだろう?
お前だからこそ、分かる筈だ。


「あの島ではあらゆる物が美しかった。・・・これと同じ花であっても違ったんだ」


熱帯の極彩色に劣らぬ花も此処にはあった。
けれど、それすらも霞んで見えるという現実。
何が、そうさせているのかなど分かり易すぎるほどに分かっている。


「島から帰ってきてから、ずっとそうだ」


険のある視線をくれてやれば、僅かに怯んだ様子でたじろぐ。
理由に気づくのは容易い。なぜならそれは全て身体が記憶していた感情だから。
何もかも憶えある感情だから、互いに否が応でも分かってしまう。


「なぜお前の感情に引き摺られなきゃならないんだ」


今もなお、肺をひき潰される様な痛みが鈍く胸を軋ませる。
まだ自分に慣れてくれぬ身体は、シンタローの名残ばかりを強く残す。


「俺には・・・・・・あの島にそこまでの思い入れはない筈なのに」


それなのに、いつまでも引き摺り続けている。
もう別の者なのだと、云い聞かせながら無視しようとも逃げ出せない。
そう思う自分という意識ですらも、かつての男の思考をなぞるように覚えているから
長年の感覚共有がそのまま、これからの俺に影を落とす。

知りたくないことまで、目を逸らしたいことまで分からされてしまう痛さを
どうして俺が味わわなくてはならないんだ。


「歩く傍らを、夜中に温かみを、小さな気配を探すんだ・・・・。俺のものじゃない、こんな感情は」


ふとした時に、傍らを覗き手を伸ばしかける。
空回りした視界と手に寂しさを滲ませていく、いつもいつもいつも。
五感すべてに、自分にはない習慣が染み付いて離れない。
この寂しさももどかしさも辛さも、全て目の前の黒髪の男のものなのに。


「俺に、こんな思いをさせるな・・・・っ!追いかけたいんならそうすればいいだろうっ!!」


分かっている。目の前の男が何処へ行こうとも、この感覚が消えないことは。
それでも問わずにはいられない。何故、そうまでして。





「お前が此処を見捨てさえすれば・・・・それでいい筈だっ!答えろっ!!」





此処に、全てを置いていくことは出来るはずなのに。
それなのに、自分が望んだ結果だと負け惜しみではなく云いきった。
それがあの幼子との残された約束であり、自分が帰るのは此処だとさえ云う男に安堵を憶えた者は多かった。

強いてきた束縛など振り切って、彼が此処から出て行くことを誰もが止められないが故に。
そう、止められるわけがないんだ。











何でもないように行なわれる父の所業を超えるために、どれほどの精神力と時間を要したか知っている。
超えらずともせめて追いつかなければ、父の息子に相応しくないと誰よりも自分が思っていたことも。
それを宥めるように溺愛する父に反発しつつも、抗えない無力さも。



何もかも許されてしまうような愛情ではなく、自分の差異を”普通に”認めて貰いたくて泣いていた子どもが無視されていたことをも。



黒い髪と目を誉めて貰いたかったのではない。
父の子どもであることだけに甘える幼児期ならばそれだけで良かったかもしれない。
けれど、明らかに異なる色相には触れるなと他を粛清するその有り様に追い詰められもしていた。
それこそ、マジックはシンタローが異相であることだけが救いのように云っていたから尚更に。

シンタローは、マジックとは違う「けれども」父に追いつこうと訓練を積んだ。
なのにマジックは、自分とは違う「から」自分を越せると予感していた。


本人の努力よりも資質重視というように、期待される部分が違うだけで
随分と傷ついていたことは多分俺以外に誰も知りようがない。

”特別扱い”も”異質排除”と同等の扱いでしかないことに、マジックもサービスも気づこうとしなかったから。



此処の全てが悪いとは云わない。
家族を愛していたことは分かっている。
けれども、愛していた家族の中でやはり自分だけが異質であった事実はどれほどの嘆きを招いただろう。
そうしたものを分かるが故に、此処にいるその感情が度し難かった。





ましてや、初めてだったのだろう。
他人からああも先入観なしに接せられるのが。
本気を出しても勝てない幼子に、張る意地などありはしなかった。
持っていた矜持もあの島では、意味がなかったのだ。


だからいつまでも燻るように恋しがり、断続的な虚しさが消えない。
強がる裏側で、どうしようもなく求めている思いは誤魔化しようがない。

自分がこれほどまでに悩まされる痛痒に、平気な顔をして見せる男が信じられなかった。











ざぁ、と沈黙を遮るように霧状の水滴が降り注ぐ。
温室内のオートスプリンクラーの作動時刻なんだろう。

細かな水がしとどに髪を、頬を濡らしていく。
濡れそぼっていくシャツの感触に、気持ち悪さを感じつつも
互いにのそんな相手の姿を見据えたまま、動けずに。



「・・・・それでもさ、きれいなんだよ。これも」



静かに、葉にはじく水音に負けるような声量で声が返される。
顔に張り付いた髪を掻き揚げ、強い眼差しが露になる。


「それと同じで、お前から盗っちまった24年間も・・・・・・パプワたちと出会うまでの時間も、大事なんだ」


ゆっくりとこちらに近づき伸ばされた手が、髪を滴る雫を払う感触がした。
間近に迫った顔は僅かに苦笑いを交えつつも、眼差しは意思を固めたままで。


「どういう理由であれ、俺が俺として育ったのは此処なんだから」


根本的な出自が、青の長を倒すためという赤の秘石の思惑によるものだったと後から聞いていた。
知らぬ間に裏切りを重ねていたという恐ろしさ。その対象が何よりも自分に絶対的なものならば尚更で。
そしてそれすらも青のシナリオ上での絶望ならば、なんて悲劇だろうか。


「それに俺は、自分で居場所を決めたんだ」


悲劇的な出自を悔やみ過去を糾弾しても意味がないと、皆に前を向かせたのはこの男だ。
過去を踏みつけることなく本当の意味で、前を向くことを決した。
敢えて見過ごした方が楽に済むことを引き出して、諦めずに耐え抜く姿勢が。
そうした不条理を許さずに歩んでいく様がひどく人を惹きつけてしまうのだと、思わずにいられない。





「なぁ、キンタロー」


戸惑いがちに呼ぶ声。
降り注ぐ霧雨は既に止みかけていて、急に肌寒くなる。
ふるり、と反射的に震えた肩にシンタローの手が食い込む。
彼の緊張そのものを表すかのように、きつく。


「無理に俺と違うものになろうとすんな」


諌言するというよりも、助言する声音だった。
真っ直ぐ射抜く、灰色の目が真摯に訴える。


「実際ひとつだった時間は、お前のものでもあるんだ・・・・・どうしたって被っちまうんだよ、思うところは」


お前は理不尽だっつーかもだけど、と微苦笑いを加えた表情に思わず否定の言葉を上げ掛ける。
理不尽さは、確かにあった。けれど俺はそれを謝って欲しいわけじゃない。
俺はただ、お前がこんな思いをしてまで居残る理由が不可解でならなかっただけだ。

訴えるべき言葉を掛ける前に、それまで合わせていた目を外されて俯かれる。
未だ照らしていた夕陽の色ですら染まらぬ黒髪は、水を吸って重たくしな垂れていた。




「これからお前にとって大事なもんが出来たときに、きっと忘れちまうよ」




俯いたまま吐き出された言葉には、悲涼が微かに滲んでいた。
遠慮なく見せ付けられた自分の思いの残滓に刺激されたのかもしれない。
彼にとって忘れることなど出来ないであろうものを敢えて掘り起こしていたことに、今更気づく。
今更過ぎて、失態を悔やむことすら出来ない。



「悪ぃけど、それまで我慢してくれな」



上げられた顔は、僅かに強張りの解けない笑みを浮かべていた。
そんな顔をするな、と云ってやりたくなった。そうさせたのは自分であったのに。






あぁ、そうか。
この絶えない痛痒から逃れたかったのは事実だった。


けれど、叶うものがそれだけでは最早足りないのだと
願うものの中に、この男の安らかさすら含まなければ済まないのだと、ようやく理解した。
















end
dfs








29:布団を手繰って枕に頬を押し付けて、考える。
  明日が来るのかではなく、未来は輝いているのかと。







「もう休め」
「・・・時間が勿体ねぇだろ」
「お前そういって昨日も一昨日も寝ていないだろう」
「寝たさ」
「二時間睡眠は仮眠としか云わん。いい加減にしておけ」


静かな総帥室に響く声には薄く怒気が滲んでいて、優秀な補佐官に目の前のファイルの山を片されてしまう。
握っていた万年筆をも奪い取られてしまう辺り、やはり疲れが溜まっていたのは認めざるを得ない。
腕時計を見やれば、今日が終わる寸前といっても良かった。


「下手の考え休むに似たり、だ」
「人を馬鹿呼ばわりすんじゃねぇよ・・・」


一旦集中が途切れてしまえば、慣れないデスクワークの疲れがどっと押し寄せてくる。
膜がかった視界に目を擦り、軽く首をぐるりと回すと、こきりと音が鳴った。


「お前はいいのか?研究」
「今日はそっちは非番だ。朝に云っただろう」
「あー、そういや・・・っつーか非番ならお前こそ休めよ」
「心配するな。お前ほど激務ではない、効率のいい休みの取り方は心得ている」
「流石」


世界に放り出されてから二年と経っていないというのに
一般人より遥かに器用に物事をこなしていくそのあり方は、かつて天才と云われた叔父の血を確かに引いている。
それでいて、所々の常識のズレは愛嬌があって嫌味にならない。
・・・時々、物凄い天然ボケをかますが。


「どうした」
「いーや、なんも」
「嘘をつけ。お前はすぐ押し黙って無理をする」
「嘘じゃねぇよ。勘繰ったってしゃーねーぞ、マジなんでもねぇって」


ひらひらと手を振って誤魔化す。
眉間に皺を寄せて、むっとした顔をするキンタローは随分表情豊かになったと思う。


「だったらお前はなにをそんなに急いているんだ」


デスクに手を叩きつけ、静かに苛立ちを露にした声音だった。
叩きつけられた反動で処理済と未処理の書類が混ざっていく。


「別に急いでるわけじゃねぇよ、忙しいのは今に始まったこっちゃねーだろ」
「ここ二週間ほどでこれまでの五割増し程度の量をこなそうとしているのにか?」
「・・・変な監視してんなよ」
「ティラミスとチョコレートロマンスに感謝しておけ。お前の疲弊っぷりを止めてくれと泣きつかれたぞ」
「わーったよ。もう少し仕事配分を考える、それでいいだろ?」


決まり悪く、目を合わせずに妥協案を出す。
こいつは相当の頑固者で自分の主張を通すときは、一片の隙もなくゴリ押すのが常だ。
一見して紳士だが、俺にしてみればこういうときには妥協せざるを得ないガキだ。

話は終わった、と思い椅子から腰を上げると腕を掴まれた。
まだなにかあんのか、と問いかけた口を開き終わる前にキンタローはじっとこちらを見つめてきた。
怖いくらい、真剣な色でもって。




「……後悔しているからだろ、あのときの判断を」




それはあまりに淡々とした口調だ。
咎める意志はそこになく、含まれるのは憐憫でもなんでもない。
ひたすらに見透かしている事実だけを露わにする。
事実認識なんてとっくにしていた筈なのに、突きつけられたそれに確かな痛みが伴った。


だからか、気づけば掴まれた手を振り払い駆け出していた。
道順や見張りの人間ですら目には留まらなかったらしい。
息を整えて扉を背にしたと思ったら、既に自室に着いていた。









今の自分は肉体も精神も酷使のあまりを尽くしていた。
だから余計にあんな言葉は聞きたくなかった。
それは甘えだ。身内だという意識があるからこそ見ぬ振りをしてもらいたいという。


「公私混同をするなんて、俺もまだまだか…」


気を取り直し、肩から滑り落ちていく髪を緩く縛り上げて、荒っぽい手つきで洗面所で顔を洗う。
手近にあったタオルで雑に拭き、張り付いた髪を掻きあげた。見上げた鏡の中の顔には濃い隈が目立っている。


本当はいつだって疲れた顔などしてはいけない。弱みなど出してはならない。
総帥は揺るぎなく、威厳を持って立たなくてはならない。
それが腐朽した屍の山の上であったとしても。








「畜生ぅ・・・」








目を閉じて、その間にも世界は止まってくれない。
白紙ではない明日は否応なしにやってくる。
だから許される限り、納得いくまで自らで取り仕切りたかった。


磨耗するほど自分が足掻いたところで、出来ることなど高が知れている。
けれど初っから諦めるような物分りのよさは自分にはない。

結果の見えない日々を不安に思うことは仕方がない。
そして十分な結果が残せないことも。


そんなのは総帥を継ぐと決めた時点で承知していたことだ。
不手際も無作法も形振り構わずに、それこそプライド捻じ曲げて頭下げることもある。
幹部らの中の口さがない者の言葉は止まないが、敢えてそれを止めようとは思わなかった。

それこそ、さまざまな思惑で斑な世界を文字通り塗り替えることを得意としたマジックが先代だ。
ガンマ団よりも、音に聞くマジックの冷酷さと人には過ぎる力に誰もが畏怖するしかなかったのだ。
たった一人の力に世界征服は果たされようとしていた、冗談ではなく。


そんな絶対的な覇王に比べれば、自分はまだ若輩者に過ぎない。


自分だって誰かを糾弾するのも、攻め滅ぼすことも容易く出来てしまうだけのものはある。
力がある、ということは選択肢を広げられることに他ならない。

出来るからこそ、平和を、望んだ。かつての楽園のように。
あの平和とはまた異なる様相でも、皆が平穏さを持てる世界を成したいと思った。


完璧じゃないにしろ出来るだけよい状況を残したい、と。
そのために惜しむものなどないと思いたかった。
思いたかった、けれど。


一から造り直せない世界は、研磨することでしかその様相を変えられない。
自分が壊したものの中に、見捨ててしまったものの中に何があっただろうと惑い出したはある国の視察で、だった。











三ヶ月ほど前、国民に重税と武力による悪政を強いた政府を倒す助力を願う依頼が舞い込んだ。
依頼主の反政府組織は相手を「出来る限り殺さない」ということにやや難色を示したが
独裁君主制で肥え太った高官らの処分は後の政府に任せることでとりあえず契約は成立した。
ガンマ団には武力である政府軍の制圧が要請された。


渡された資料によれば政府軍は、訓練されたとはいえ一般の国民から徴兵されたものが圧倒的大多数だ。

傭兵を主に相手取るつもりであったが、むしろ徴兵された者の抵抗の方が凄まじく
団員も手加減が効かずに予想を上回る死者数を出すことになる。
まして、こちらはこの間まで戦闘と暗殺に明け暮れていたような連中だ。
俺が指揮官として出れなかった以上、どの程度歯止めが利いていたのかすら曖昧だった。


後にそれが最後の抵抗とばかりに過剰投与された薬物による効果と判明し、遣り切れない思いを抱きながら報告書を読んだ。



やがて制圧された軍隊に、武力だけを笠に着ていた政府は大いに慌てて逃亡を図るが
大半はすぐに捕らえられて、結果は反政府側の勝利に終わった。

仮政府がすぐに樹立し、契約は無事履行されたにも関わらず、組織の代表からの連絡が俺の元に届いた。
何事かと構えれば、なんてことはない。復興の手助けのための契約は結べないか、というものだった。

丁度立て込んでいた仕事が一段落着いたためもあって、自分の目で視察をしようと打診すればあっさりと歓迎された。


しかし、キンタローは視察を快く思っていなかった。
まだあの国は落ち着いていない、時期を考えろ、と。
俺だって別に歓迎されるだなんて思っちゃいなかった、そもそもが「元・世界最強の殺し屋集団」だ。

それでも、自分が背負うべきものである以上その重さには甘んじるしかない。
それに復興を助けるには現状を知るしかない。これまで自分の目で視察を出来たことなど幾度もないのだからいい機会だ、と説き伏せた。
結局、キンタローは自分も同行することで妥協をした。









それから数日後、飛空艦から空港に降り立つと組織から遣された案内役に付き添われるまま車に乗せられた。
迎えの車がジープであることに禿頭の男はひどく恐縮していたので、それで十分だと返した。

二台のジープが連なって走り、前車には俺とキンタローと案内役。
後車には前線経験の浅い団員を四人ほど乗せてきた。

三十分ほど走ると空港から整備されていた道路は悪路に変わり、がたがたと不安定にジープを揺らす。


「揺れますので、暫く我慢くださいまし」


運転をする案内役は青ざめた顔で震えている。
こちらの機嫌を損ねたのでは、と思ったらしいと気づいて苦笑うしかなかった。
キンタローも渋い顔をして、腕を組み俯いている。


市内に入り、流れる景色の中に戦況の爪痕がそこかしこに見受けられる。
身体に湧いた蛆をも食う男、放置され腐った死体、骨が浮き腹が迫り出した子ども。
目を背けるわけにはいかないものばかりが、そこにはあった。
知らず、握り締めていた手に爪が食い込んだ。




キキィッ――――――キィッ!



急ブレーキに激しく車体が前後し、身体が大きく前のめる。
幌がなければ外に放り出されていたような勢いだった。


「な、なんだっ?」
「こ、子どもが。あの、子どもが目の前に・・・っ!ワザとじゃないんですっ!!どうかお許しを・・・っ」


ガタガタ震えながら、俺に向かって頭を下げる男はただ自分が殺されるかもしれないという恐怖にのみ反応していた。


「子ども?ちょっとまて、子ども轢いたのかよっ!俺に謝ってる場合かっ!!」


怒鳴りつけると「ひぃぃ・・・っ!すいませんすいませんっ」と謝るばかりで埒が明かない。
確認に向かおうとすぐさまジープを降りると、当然のようにキンタローもついてきた。

ジープの前方には子どもが一人、うつ伏せに倒れていた。

見たところ外傷はないが頭を打ったのか、ぴくりとも動かない。
ぞっとするような思いで、駆け寄り傍に膝をついて「大丈夫か?」と呼びかけた。
無闇に身体を揺するわけにもいかず、口元に手を翳すと呼吸はしっかりと確認できる。


「シンタロー、動かすなよ」
「分かってる。お前ちょっとあの案内のオッサン呼んで来て、病院に連絡しろ」
「は、はい!」


後続の車から何事かと寄ってきた団員の一人に声をかけると
敬礼をしてから案内の男に詰め寄っていった。


「しかし、さっきの衝撃はブレーキによるものだけで接触した気配はないぞ」
「まぁ、そうだけど・・・」


爛れて潰れた右目に垢に塗れて黒光りした肌とぼさぼさに虱の湧いた黒髪をしているが
未だ眠り続けているコタローと年もそう違わないくらいの子どもだった。
その顔は子どもらしい丸さを失い、鼻を覆いたくなるような異臭を放っている。


「補佐官殿、申し訳ありません。病院に連絡はついたのですが・・・」
「なんだ?」
「現地語の訛りがひどく、我々では通じません」
「・・・分かった」


若干の緊張を交えた声音で呼びかけた団員に、一瞬迷う素振りを見せたが
キンタローは素直に車に付属している電話に向かう。


「お前は余計なことするな、いいか。分かったな?」
「分かってるっつーの。早く行け」
「総帥は我々がお守りいたしますので、どうぞ行ってらしてください」


二名の団員が俺の両脇に立ち、そう云って一礼した。
やや不満げなキンタローが背を向け離れ始めたのを狙ってか、銀のきらめきが視界の端に飛び込んできた。
風を切る音に危なげなく防御をし、相手を見て反射的に反撃しようとした足を無理矢理留めた。


「総帥・・・っ!」
「・・・・・・俺は大丈夫だ」


掴んだか細い腕がぶるぶると力なく震えている。
持っている腕力以上の働きをしようとするほど黒ずんだ顔に血が上り、開いた目はひどく血走っていた。
その両腕は、こちらの片手でも折れそうなほど脆弱だった。


「放せよ・・・っ!!放せっ!」
「分かった。でもナイフは捨てろ」
「ふざけんなっ!殺してやるっ!」


倒れていた筈の少年は、ナイフを握り締めて怨嗟の言葉を吐く。


「お前、総帥になんてことを・・・っ!」


少年の背後に回った団員が、少年の身体を取り押さえる。
再び地に伏せられ、後ろ手にされても凶器は手から離れない。


「シンタロー、傷は?」
「ねぇよ」


不機嫌そうな顔で横に立つキンタローは「・・・気づけなかった」と少しだけ落ち込みを覗かせた。
その間も団員と少年は一触即発の罵り合いを続け、少年は血反吐を吐くように叫んだ。

その言葉は文字通り、凍りつかせるような空気が周囲を包んだ。
騒ぎに、俺たちの周りを取り囲んでいた人々をも。



「兄ちゃんを嬲り殺した癖に生きてんなよ・・・っ!」



甲高い子どもの声には、不釣合いな重さだった。
ざぁっと血が下がる思いがしたのは気のせいじゃない。
ぎらついた片目は、地べたに這い蹲りながらも尚、殺意を薄めはしない。



「お前らが殺したんだ!俺にとって唯一だった兄ちゃんをっ!腐った肉塊にしちまったんだ・・・っ!」

「顔が分かんなくなるほど、グチャグチャにされちまってたんだよっ!」

「ガンマ団が・・・・・・お前が関わんなきゃ兄ちゃん死ななかったのに!」

「今すぐ死ね!!死んじまえよっ!人殺し・・・っ!」



恐らく、少年の兄は徴兵されて死んだのだろう。
たったひとりの兄を奪われた子供に俺からかけられる言葉など、ありはしない。
キンタローは無表情に唇を噛み締めて「戻るぞ」と俺の腕を引いた。


少年を地面に縫いとめていた団員を引き上げさせ、ジープへと踵を返した。
拘束を外す際に団員がナイフを取上げようとするのを押し留める。

返されたナイフに、飛び掛ろうとする少年を周囲の大人が留めた。
お前があんな外道のために死ぬことはないんだ、と小声でいうのが分かった。


少年の言葉に周囲には穏やからしからぬ空気が漂い、口々にぼそぼそと囁かれた呪詛は
やがてざわめきとなりシュプレヒコールが波立った。




『帰れ』『外道』『死ね』『家族を返せ』『人殺し』『悪魔』




黙れ!静まれ!と喚く団員を諌め、投げつけられる石礫を手で受け止めながら急ぐでもなくジープに乗り込んだ。
総帥は懸命に国を救ったのにこの扱いはなんだ、恩知らずめ、と苦々しく年若い団員たちは後に呟いていた。
















無為な諍いがあり争いがあり、どちらか一方を通すことでしか解決されないものもある。
たとえ明らかな悪であっても、悪を排除した末に自分の家族が嬲り殺されたのなら救われたなどと誰が云えるだろうか。


良かれと思って成したことの傍らで泣く子がいる。
けれども、誰も彼も救えるほど、この腕は広くはない。
先代が積み上げてきた過去は否定できず、自分だってかなり人を殺したことに変わりはない。



間違ってない、間違ってはいない。
ただ万人にとってそれが正しいとは限らないだけだ。



自分が動けば、それだけ何かが潰される。
自分が動かなければ、それ以上に亡くされるものがある。
犠牲の大小は仮定でしかない。どちらにしろ失わないものなどない。

だから、どうせ後悔するなら自分の望んだ道を取るしかなかった。
少しでも早く理想に辿り着けるようにするしか、自分の取れる選択肢はなかった。



それは償いですらない。
これからを生きる人間のためのものでしかない。
既に、失われた者へ償うことなど出来るわけがない。
死んだら、それまでなんだ。



だから何度味わっても、後悔は苦く後を引く。



それでも「殺すな」と云った口から、団員にそのために死ね、としか取れない命令を吐き出すしかない。
一つの国を生かすのに、敵対する者が殺されて数十数百の団員もまた死んでいく。

指先一つで幾万の生の行く末が決まるのだと、解らなかったわけじゃない。
総帥と一兵士とでは、その規模があまりに桁外れに違いすぎていて、今更実感を伴って沁みこんできただけだ。


綺麗な願いほど、叶うまでそれと正反対の手段に迫られる。
一から十まで、綺麗なものだけで出来ているのは寝て見る夢だけで
犠牲なく理想を成し遂げられるほど、世界は甘くはない。


そうした願いの足元には、数え切れない屍が泥濘を成して植わる。





「・・・・・・恨めばいいさ、俺を」





きっとこれは強欲なんだろう。
残された者を、死んでいく者を不憫に思う。

けども、叶う願いが先にあるから、突き進む足があるから
振り返る暇などなく忘れていくしかない。

明日がやって来る内はこんな思いは潰えない。








選択の末に、捨てるしかなかった者を振るい落とし
輝くしかない未来への道を造ることで救われる人だけを救うという矛盾に
それこそ、泣きたくなりそうになりながら。
















end


ds







33:見えない世界、見える表情、消える言葉
憎しみの沈殿したこの世の、なんと美しいことか













「診せなさい」



いつものように待ち合わせ場所として使われた医務室。
グンマ様が来られてからの一時を茶会で消費するのが通例だった。
「レポートの質問があって遅れる」との連絡に、既に来ていた彼は準備だけでも済ませようと道具を漁り始める。

けれどもお茶を入れようと屈めた際、その不調に気づけない私ではない。
ポットを背後から取上げて掛けた硬い声に、不機嫌そうに彼の眉がみるみる寄っていった。

ばれないとでも思われていたとしたら随分見縊られたものだ。
表向きにしたって彼方の体調を気に掛けないほどの冷血ではないというのに、これでも。


肩を上から押さえ込んで、患者用の丸椅子に腰掛けさせる。
自分も向かい合う体勢に持っていったところで、目線で促す。
これでも駄目なら、と白衣に仕込んだ注射器を持ち出そうとしたところで観念したらしい。
渋々と捲り上げられた制服の下には拳大の暗赤色が幾班か浮き上がっていた。


「……ドクター。云っとくけど、別に」
「そうですね、リンチにしては数が少ない。模擬戦かなにかでしょ?」


なんでさっさと此処に来ないんですか、と幾らかの非難を交えて打撲傷に触れた。
熱をまだ持っているのだから冷やしておくくらいすればいいものを。


「シンタローさん。彼方ねぇ、もし内臓に後遺症でも残ってたらどうするんですか」
「大したことねーと思ったし」
「それを決めるのは私です。体痛めつければ強くなるなんてマゾ的に泥臭い根性論は止めときなさい」
「だけど」
「そんなに強くなりたきゃまず身体を育てなさい。彼方まだ成長期でしょ」


非科学的な手法に頼るなど嘆かわしい、と肩を竦める動作をすれば、彼は不貞腐れた仕草で口を尖らせた。
よく似た面差しだった友人にも、あの方にも見られなかった幼さに少しだけ嬉笑する。

頭脳よりも肉体の酷使を望む性格は、環境のせいかもしれない。
類似点がなさ過ぎる、などと嘆く可愛げは自分にはなかった。なにしろ分娩してすぐに取り替えたのだ。
彼が、彼の方の血を受け継ぐことに疑いを差し挟む余地などないに等しい。


空恐ろしいほど大胆な発想や、何もかも見通すだけの思慮が彼から見られなくても自分は落胆しない。
あの方が愛したであろう御子として見ることは出来ても、唯一無二なあの方と同一視しようなどとは思わないからだ。















湿布を強打したであろう腹に貼り付け、内服の消炎鎮痛薬を数回分包む。
カルテを書き込む合間に、彼が言葉を発した。



「ドクターぐれぇだよな」
「なにがです」
「俺に遠慮なく命令口調で物云える外の人間」
「……彼方の立場じゃそれが当然でしょう」


彼に厭われるだけでも文字通り首が飛ぶ。否、煤にしかならないのではとさえ思わさせる。
そうした噂がまことしやかに囁かれ、根付いた。そうしてその噂は限りなく本当に近い。
実際のところ、彼に対して害意さえあれば排除に足りるのだからより恐ろしい。


「士官学校すら出てねぇ俺にどんな立場があるっつーんだよ、クソ」
「嘆いたって生まれについてまわるものを易々と捨てられるわけじゃないでしょ」
「あぁ、そーかよ」


そもそも捨てる気など微塵もない癖に。
結局あの男の所業を許してしまうのだ、彼は。
あの男を超えるべき壁として見据えて、死に物狂いで追いつこうとする。
その過程に疑問など持たず、そうすることが当たり前になってしまった境遇に私が痛苦な思いを抱いているのを彼は知らない。


幾ら年を経ようとも彼の世界の中心は此処にしかないのだと知ったとき、自らを呪わずにいられなかった。

総帥の狂態に潜んだ度を越した執着が、笑い事では済まないと知り背筋が凍りつき
挙句に悪態をつき足蹴にしながらも無下には出来ない彼の精神の有様に、狼狽せざるを得なかった。

望んでいたのは彼方の幸せだった。堅牢な束縛の手に絡め取られるなど、あってはならない。
あってはならない筈だった、なのに。


秘石眼でない彼方ですらも何故あの男に従い、囚われるのか。


道徳の範疇にすら身を置かなかった彼の方でさえ、最終的なボーダーはあの男の言葉であった。
歯止めならばそれらしく止めればいいものを。
相手の足の建を折らずとも、腕を砕かずとも止められる筈の男が制止しなかったのだ。
重んじられた意志は、命よりも重いとでも云いたいのだろうか。
貫かれた意志の末に遺体を弔うことも敵わなかったというのに。



あまりに現実味も生々しさもまるで足りない結末。
思えばあの方は硬質な面持ちでありながらも、特別な別れなどなにひとつくれなかったではないか。
高貴と気品とを備え、大胆な発想を生み出したあの方がグズグズに腐敗した肉塊になっていくさまでも
見ることが出来たなら落胆するくらいは出来たのかもしれないというのに。

日常と戦場とを繋ぐライン上にいながら、拒止しなかったのだ。
常日頃の公私混同ぶりを棚に上げ、総帥の責務だという顔をしていた。


あの男が平然と生きていることが許せない。
否、許す以前に絶対にあってはならないと理性の下で激しく突き上げるものがあった。
誰かを憎悪するという無為で非生産的な行いの原理を、私はあのとき身をもって理解してしまった。



「立場なんてね、利用してやるくらいの気概がなくてどうすんですか」


湧き上がる激情をやり過ごして、平静な態度で口は回る。
まったく年など取るものではない。吐き出せない重みばかりが内に積もっていくばかりだ。
この腹を切り裂けばおぞましいほどの黒さが滲み出すのではないかと錯覚したくもなる。


「品行方正が一番いい、だなんて私は云いませんよ。団には正義なんて題目ありゃしないんですから」
「それが将来有望な団員志望の青年に云う言葉か?」
「軍隊で夢見られても困るでしょ。私は此処に悩み相談に来るような輩は容赦なく切り捨てますよ」
「あんたらしいな、ドクター」


笑う彼は、私にとって救いだった。
庇護下に入ることで私の無為な生に新たな喜びを与えてくれたのとは異なる救い。
総帥の異常ともいえる執着に、必要以上には折れまいとする強い姿が嬉しかったのだ。
彼が、あの方の御子が、あの男の思い通りに動く木偶になるのだけは見たくなかったから。






そうして復讐に憑かれて、それに気づいたのはいつからだったろう。


他の誰でもない、ただひとりだけが許されているものがあるのだと。
未だ人を共に生きるものとしか思えない彼に「それを殺せ」と手を汚させることを。
あの男を超えることを至上とする彼にとって、総帥が父などということは悪夢に等しい。



何かを救うためではなく、大義を成すためのものではない。
総帥が望む形のための一端に過ぎない、ちっぽけな理由で殺さなくてはならない。
理由の大小は意味を成さない。けれど罪悪感を薄めるために欲する殺害理由も、言及を許されない。


父でないのならば、ただの総帥であったならば、彼には逃れることが出来た事態なのだと理解し、思わず青褪めた。
少なくとも選択肢は与えられる筈だ。現にグンマ様は研究者への道を選ばれ、戦線に生身で出ることはまず有りえない。
つまり、彼がその位置にあることが本来の形だったということ。






殺人のタブーは、社会維持のために生まれた必然のマインドコントロールといってもよい。
それを打ち砕くのに相当の訓練と服従を強いても、なお壊れる兵士は後を絶たない。

今更道徳を説く気でも、壊れる者が惜しいわけでもない。
ただ、彼の方の御子である彼はそうなるのが耐えられないのだという、純粋な私情だ。


彼自身を壊すかもしれないトリガーを、彼自らあの非道な男に差し出すのだ。
それはなんと熱烈ではないか、と自嘲したくもなる。







「……ター、寝ぼけてんのか」


ひらひらと目の前で振られる手。
硬化した皮膚は、それだけの訓練を課したことの表れ。
彼方のなにもかもが真っ直ぐにあの男へと向けられている如実な証拠。


「生憎と起きてますよ」
「だったら会話の最中に焦点ボケさせるなよ、怖ぇじゃねーか」
「今思いついた新薬の実験体になりたいですか」
「そーゆーのは俺以外に適役がいんだろ、根暗とかな」
「確かに」







もし彼が壊れれば、私はもう復讐の糸口すら見つけ出せずに立ち尽くすしかないのだ。
何よりも傷つけてはならないものを、壊してはならないものを砕いた最悪な罪と罰とで。




復讐の手管は自らをも飲み込もうと口を広げていたということか。
自分の首を締め上げる縄がゆらゆらと吊り下がり、獲物を待っているさまが脳裏を過ぎる。
私はそれを確信しながら、信じてもいないものに密かに祈った。




裁かれるべき罪にではなく、彼が望む道に幸いがあることを。

















end
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