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。■SSS.31「タイ」 キンタロー×シンタロータイを直してやるとリキッドは短く礼を言った。
別段、どうということもない。
曲がっていたのがなんとなく気になって直したまでだ。
眼前で繰り広げられる結婚式は、今までシンタローが見たものとは違ってナマモノ同士のものだったが、それでもやはり微笑ましく心が洗われる光景のものだった。

突然の式に朝から追われていた所為で少し眠い。
新婦が気恥ずかしげに目を伏せたのを見ながら、シンタローはこっそりとあくびをする。
目ざとく見つけたリキッドにここぞとばかりにじっと見られたが何も言わずに蹴ってやった。

(俺に文句言おうなんざ10年早いんだよ)



***



時代錯誤な重たい引き出物をパプワの分も運んで、家に帰るとすぐさまリキッドがジャケットを脱いだ。
日頃の肩の凝らない服装と違って疲れたのだろう。
それでも脱ぎ散らかしはせずに皺にならないようにきちんと畳んでいる。
式場で簡単なものを摘んだとはいえ、育ち盛りのパプワがアレで満足するとは思えない。
早く夕メシにとりかからねえと、とシンタローもジャケットを脱ごうとボタンに手をかけた。

「あ。シンタローさん、脱いだらこっちに掛けてください」
一応、洗っておきますんで、とリキッドがズボンを脱ぎながら言った。
おう、と返事をしてシンタローはジャケットを脱ぐと、とりあえずその場に軽く畳んでおいた。
いつものランニングを引き寄せておいて、タイごとシャツを取り払おうと首元を緩めると、シンタローの目に下だけ着替え終わったリキッドが目に入った。

タイとシャツの間を指先で強引に緩めている。

(おいおい。それじゃシャツもタイも傷むだろうが……)

ああいう形のタイはアイロンかけるのが面倒なんだよな、とシンタローは自分のことを棚に上げてそう思った。
キンタローだったらきちんと順序良く着替えるだろう・
それこそ横着して、シャツと一緒に脱ごうとしてる俺を怒るんだろうな、と脱いだシャツを足元に放りながら思う。
ランニングを被り、結んだ髪を左右に振りながら頭を出すと、ちょうどリキッドがほどいたタイを手に取ったままシャツを脱ぎかけているのが見えた。


(キンタロー……)


その仕草はキンタローとは似ていない。
従兄弟のようにしゅるりと小気味よい音を響かせて首元からタイを抜き取ったわけでもない。
滑らかな指先でもない。着替える時にボタンを外しながら俯いた顔も似ているわけでもない。

だが一瞬、リキッドがタイを持ったままでいる手を見たとき、シンタローはそこにキンタローがいるかのような錯覚に囚われた。■SSS.35「続きは後で」 キンタロー×シンタロー「昨日は結局どうなったんだ?」

開口一番、朝の挨拶もそこそこに従兄弟は切り出した。
寝過ごしたためか、髪が跳ねている。
朝食の席に現れなかった彼を伯父が心配していた。

「おまえが酔いつぶれたと連絡を受けたので俺が迎えに行った」

連絡を受けて迎えに行くと、くたっと力を抜いてソファに体を投げ出している従兄弟がいた。
他にも何人か潰れていたヤツラがいたが酒瓶を抱えて豪快に笑うコージに任せてきた。
俺はシンタロー以外の面倒を見るつもりはない。


「あー、なんだ。車に乗せてくれたのおまえだったのか」
よかった、よかったと従兄弟は髪を掻きまわしながら呟いた。

「よかった?」
なにがだ、と傍らの彼に視線を向けるとシンタローは髪を弄りながら言う。

「誰かが……っていうか金髪の男が車に乗せてくれたのは覚えてるんだけどよ。
親父かおまえか分からなかったんだよ。酔っ払ってて眠かったから」
あ~、親父じゃなくてスッキリした、とシンタローが伸びをしながら言う。


「グンマは俺を抱えていけるわけねえだろ?朝起きてどっちだか分かんなくってさ。
前に親父が迎えに来たとき、あのヤロウ、イイトシした息子を抱っこした写真を取りやがって。
おまけに朝起きたらアイツのベッドで寝てたんだぜ」

今朝は自分の部屋だったからおまえだと思ってたけど、とシンタローは付け加えた。

「でも万が一、親父だったら朝会いたくねえからさあ。酔いつぶれるまで飲むなとかぐだぐだウルセエし」
「それで朝食に来なかったんだな」
そうか、とシンタローの横顔を覗くと彼はああと頷いた。



カツカツ、と廊下にシンタローのブーツの音が響く。
しん、と冷えた空気が肌を刺すが、それでもまだ季節は秋だ。
冬物のスーツに袖を通しているため、指先や顔など露出している部分以外は寒くない。
傍らで歩むシンタローもとくに空気の冷たさに堪えた様子はなかった。



「キンタロー」
三叉路へと出るとシンタローがいつもとは違い俺を呼び止めた。
左に進もうとしていた足を止め、彼のところへ戻る。
シンタローのいた数歩先では総帥室へと直結するエレベーターのランプが点滅していた。

故障か、いやまだ乗っていないのだからなにか言い忘れでも、と従兄弟を見る。
どうした、と口が動く前にシンタローが動いた。


「昨日は面倒かけちまって悪かったな」


立ち止まったまま動かないでいた俺にシンタローが手を伸ばした。
頤に添えられた指は空気にさらされているというのに冷たくない。

ゆっくりと、指が頬を撫で、口唇をなぞってくる。
朝に似つかぬその動きにどきりとする。


シンタロー、と言うよりも早く彼が口唇を合わせてきた。


頭の後ろに回されたシンタローの手が俺の髪を掴む。
酔ったシンタローは俺が抱き上げても抵抗せずにいた。
とりたてて暴れることもなく、車に乗せたときも大人しくしていた。彼の手は首に回されていたが髪を掴むことはない。
部屋に運ぶときも、ガンマ団のエントランスから戻ったというのに文句は出なかった。


夢中になって舌を絡めるシンタローの指先は俺の髪を放さない。
昨夜は赤く染まっていた目元は今は元通りである。
絡める舌を離して、シンタローが角度を変えるたびに彼の睫は震えた。

シンタローの味は酒の名残が微かにあった。
歯磨きをした後に残るわずかなミントの辛さの中に微かに残っている。
垂らされたままの髪も密着した状態では酒の残り香が染み付いているのがよく分かった。

昨夜の、酔い潰れて視線も口調も覚束なく、頬を染めたシンタローの姿がフラッシュバックする。
昨夜は従兄弟が今着ている総帥服が乱れていた。
帰りたくねえよ、と駄々を捏ねる彼を車に乗せ、部屋へと運び入れるとおやすみのキスをねだってきた。
子どもがえりした酔っ払いのたわいない頼み事は勿論聞いた。
でも、それはこんなキスではない。




「……シンタロー」
彼の舌が離れたときに思わず名を呼ぶと、従兄弟は不敵な笑みを浮かべた。


「続きは……後でな」
体を離す間際にシンタローが俺へと囁く。
熱い息が耳朶に掠り、それから彼はキスの後の濃密な空気を払うように駆けて行った。



(……なにもそんな礼をとらなくてもいいだろう)

言葉だけでなく、唐突に行動に現したシンタローに心臓が早鐘を打っている。
引き止める暇もなく、それよりもどうしていいのか分からない。
スーツの皺を払って、当初の通り研究室へと向かおうとする。
  
背を向ける前になんとなく視線を上へと向けると、ちょうどエレベーターのドアが閉まるところだった。
ドアが閉まる間際に視線がかち合う。 

にやり、と悪戯が成功したような顔でシンタローが俺を見ていた。
さっきまで冷たかった頬が熱く、体から熱が引いていかないでいる。
早く来いよ、と笑いながら手招きしたシンタローの姿がドアによって遮られて、そしてもう一度エレベーターのランプが灯るまで俺はそこから動けずにいた。■SSS.37「エプロン」 キンタロー×シンタロー俺にだって料理くらいできる、と新しくできた従兄弟が言い出した。
え~!ほんとに?ひとりで大丈夫なのキンちゃん!ともうひとりの従兄弟が言ったのが彼にとって不満だったらしい。
来週末に俺もグンマも親父も、そして高松ですら出かける日程が重なることに、皆、不安を覚えていた。
姿こそ20代の青年とはいえ従兄弟のキンタローは今まで現実を経験したことがなかった。
はじめてのお留守番にヤキモキするのは当たり前だ。


「料理って言ったってトーストとコーヒーとかカップ麺にお湯を注ぐのはなしだよ?」
従兄弟のグンマがキンタローに言う。それに対してキンタローは眉を寄せて「当たり前だろう」と言った。

「本当に?本当に出来るの、キンちゃん。シンちゃんが作ったごはんをレンジでチンする方がいいかもよ」
美味しく出来るか分からないじゃない、とグンマは言う。
けれどもキンタローは、
  
「下ごしらえも片付けも自分で出来る。俺のことは放っておいて出かければいいだろう」
と言った。

「店屋物とか外食でもいいんだよ?」
「くどい」
 
しつこいグンマにキンタローが切れた。が、グンマは黙る様子はない。
初めてのお留守番をする従兄弟がよっぽど心配なのか、そんなこと言ったって!と喚きはじめる。
同席していたドクターが仕方なく宥めるべく口を開いた。

「まあまあ、グンマ様。
キンタロー様もおできになると言っているんですし、ここはひとつ、なにか作っていただいたらどうでしょう?その結果を見て来週のことは考えたらいかがですか?」

「高松。それは俺に嘘じゃないか証明しろということだな」 
キンタローは憮然とした表情で口を開いた。

「いえいえ!キンタロー様。めっそうもない。この高松、キンタロー様のことは疑ってなどいませんとも!
ただ、やはり何事も備えあれば憂いなしということで……キンタロー様の予行練習にもなりますし」
おろおろと二人の従兄弟の顔色を伺うようにドクターが言う。

「ふん。まあいい。そうだな、伯父貴がよく作るカレーでも作ることにしよう。
ちゃんと作れたらこれ以上がたがた騒ぐなよ、グンマ」

きっと睨みつつキンタローが立ち上がる。
楽しみだねえ、と暢気な口調で言った父親にシンタローはげんなりした。
楽しみってあのなあ、ガキの喧嘩でまずいもん食わされたらたまんねえぞ。
アイツ、本当に料理できんのかよ。

キッチンに向かうキンタローを見ながらシンタローはこっそりとため息を吐いた。
  


***



「シンタロー」
手招きされてシンタローは立ち上がった。やっぱり、ダメかと思いつつキッチンに行く。
背後でグンマが忍び笑いをするのが聞こえた。

ったく。しょうがねえ、従兄弟どもだよ。

けれどもキッチンにはシンタローが想像した惨状は広がっていなかった。
俎板には丁寧に切られた野菜が乗っていて、ガラスの皿には飴色に炒められたタマネギのみじん切りがあった。

「どうしたんだよ、キンタロー」

ちゃんと料理できるじゃねえか、と見回しつつ尋ねると従兄弟はばつの悪そうな顔で切り出す。


「始めてしばらくしたら気づいたんだが、料理をしているというのにエプロンをするのを忘れてしまった」
「別にしなくても……」
いいじゃねえか、とシンタローは言おうとした。けれどもキンタローがダメだと頭を振る。

「それで?エプロンなら戸棚の左から2番目にあるぞ」
場所が分かんなかったのか、と思いシンタローが言うとキンタローは「違う」と言った。
そして、テーブルに置いてあった布を広げる。

「なんだ分かってんじゃねえか。それじゃなんの用だよ?」


「背中の紐がうまく結べないから結んでくれ」


エプロンを着込みつつ、少し照れた顔でキンタローはシンタローに背を向けた。■SSS.38「馬子にも衣装」 キンタロー×シンタロー朝食の席に向かおうとシンタローが廊下に出ると、新しくできた従兄弟のキンタローに出くわした。
彼の部屋の扉が開いた拍子にあくびを堪えつつ、目を擦りながらおはようと声をかけたが返事は返らない。
まあ、いつものことだしな、と思いつつシンタローはすたすたと先に行こうとするキンタローに目を向けた。

(え!?)

「お、おい。ちょっと待てよ。キンタロー」

いつもとは違う装いの従兄弟にシンタローは思わず目を疑った。
島から帰ってきても好んで着ていたレザースーツは彼の身を包んでいない。
おまけにざんばらだった長い髪の毛も短く揃えられていて、きれいに撫で付けられていた。
昨日とはまるっきり、百八十度違う姿だ。

「キンタロー、おまえ、どうしたんだよ!?それ!!」  

地味なダークスーツに身を包み、髪も整えた姿はどこかの名家の子弟のようにさえ見える。
ぎらぎらとした眼差しも口角を上げた不適な口元もその姿では乱暴者というより切れ者補佐官と言った感じだった。

「朝からぎゃあぎゃあと煩いヤツだ。少しは声を抑えろ。
高松が父さんのような格好でないと学会には相応しくないと言ったからそうしただけだ」

何かおまえに不都合があるのか、と横を歩くシンタローに彼は冷たく言い放つ。
それに一瞬、シンタローはムッとしたがいつものことだと思い直した。
この新しい従兄弟が自分に突っかかるのはいつものことなのだ。

シンタローは昨日までの姿を思い浮かべながら、ふんと鼻を鳴らすキンタローを見る。

(たしかになあ。あれじゃ特戦部隊だもんな)

血生臭い世界とは無縁の科学者の勉強会には相応しくない。
場違いなだけでなく、バックにガンマ団が控えていることと合わせていい印象なども持たれはしないだろう。


「ふ~ん。そんでなのか。まあ似合ってんじゃねえの」

ルーザー叔父さんに似てるなあ、ともシンタローは思った。
写真の中の姿や話に聞いた叔父のやわらかな物腰には及ばないが、以前とは違ってこのごろは落ち着きが見られてきた。
スーツ姿もなかなか様になっている。

ドクターのヤツ、こいつにこういう格好勧めたけど見たのかなあ。
きっと鼻血出すぞ、2リットルくらい、と亡き叔父を信奉していて現在はこの従兄弟に無償の愛を捧げる科学者をシンタローは思い浮かべた。今日のガンマ団は大変なことになるだろう。
そのまえに食卓で親父もグンマもビックリするだろうけど。



「あ、ちょっと待てよ」

リビングのドアを開けようとするキンタローをシンタローは止めた。

「まだなにか言いたいことがあるのか?」
ぎらっとひかったキンタローの目を見てシンタローは頭を抱えたくなった。

ったく。なんでコイツは俺に突っかかってばっかいるんだよ。
仲良くしろとは言わねえけど、少しは気を許してくれてもいいじゃねえか。ドクターには懐いているくせに。


「こっち向けよ。ネクタイが曲がってるぞ」
直してやる、とシンタローはキンタローの肩を掴む。だが、

「俺に触るな」

肩口に置いた手はばしっと払われた。
どけ、とリビングのドアを開けてキンタローが食卓に着く。
装いは変わってもいつもどおりシンタローに牙を剥く彼に、ドアの前に立ち尽くしながらシンタローはため息を吐いた。■SSS.43「口の減らない」 高松×サービス久しぶりに友人の研究室を訪ねると、相変わらず室内に染みついていた薬品臭が鼻をついた。
眉を顰めて、手近な椅子に座ると友人がいつもどおりペンを止めて立ち上がる。
すぐに淹れてきてくれたコーヒーで薬品のにおいは幾分和らいだ。

「相変わらず不味いものを飲んでいるね」
一口啜るとドリップ式特有の紙の味がした。
「口が肥えた貴方にとってはそうでしょうけどね。私はコレでいいんですよ」
そうにべなく言って高松は己のカップにミルクを注いだ。
マーブルを描くコーヒーを楽しげにスプーンでかき混ぜている。
ふうん、といつもどおり気のない返事をして、ふと殺風景な部屋に視線を走らせると場違いなものがあった。

「高松、あれは?」
視線で尋ねるとカフェ・オ・レに口をつけていた友人がああ、と口元を緩めた。

「プレゼントですよ」
「誰に?」
そんなこと決まってるじゃないですか、と友人は私を一瞥した。

「グンマ様とキンタロー様にですよ。私はあの方たちのサンタクロースなんですから」
「……」
うっとりと話した友人を冷たい目で見ると彼は別にいいでしょう、といってカップに口をつける。
プレゼントの横の写真立てを見て懐かしげに目を細めた高松に私はふとルーザー兄さんのことを思った。


兄さんが生きていたら私にしてくれたようにあの子たちにも贈り物をしていたんだろうか。
高松は兄さんの代わりをしている、だとかキンタローがクリスマスを迎えるのは初めてだとか、いろいろなことが頭の中に駆け巡った。



「……高松」
「コーヒーが冷めますよ」

さりげなく高松は目をそらした。
それから白衣へと手を入れて彼は煙草を取り出した。

「吸いますか?サービス」
いつもの人をくったような笑みではない、穏やかなものを口元に浮かべて彼は言った。
「ああ。もらうよ」
指を伸ばして一本掴み取り、火を分けてもらう。
吸い込むときつい苦味が喉に沁みた。


「高松」
いつものようにからかってやろうと声をかけると紫煙を吐き出していた彼が「なんですか?」と片眉を上げて応じた。

「あの子たちにプレゼントを買う金があるのなら私に4万円を返してくれてもいいんじゃないか?」
ふふ、と笑うと高松が目を見張る。
いつものように慌てて私を褒めて矛先をかわすのかと思ったら今日ばかりは違った。


「返してしまってもいいんですか?私に会う口実がなくなりますよ、サービス」

煙草の灰を落として友人がにやりと笑う。
思わぬ切り替えしに煙草から口を離す。すると高松はそんな私を、
「貴方のそんな顔を見るのは初めてですよ」
とからかいの滲んだ口調で言った。

「うるさいよ」
きっと睨んで煙草を吸い込むと友人がくつくつと笑う。

まったく。どうしてこの男はこんなに口が悪いんだか。
ジャンもハーレムも私には口で勝てないのに、とここにはいない同い年の二人を思い浮かべながら私は紫煙を吐いた。
苦い煙を高松に吹きかけてやっても旧知の友人は動じずに人の悪い笑みを浮かべるのみだった。   ■SSS.44「お願い」 コタロー出してよ、出してよ。
お願い。誰かぼくをここから出して!

何度そう叫んだのかぼくは分からない。
喉ががらがらですぐ近くにはぼくのために用意された食事とジュースとが置いてある。
ジュースはとっくにぬるくなっているし、チキンもすっかり冷めていた。
冷めたチキンを口に運ぶと今日はテーブルにもうひとつお皿があったのに気がついた。
  
ケーキ!ぼくの大好きな甘いケーキだ。イチゴが乗っている。真っ白なクリームがふわふわのっているケーキ!

ぼくのお誕生日、覚えてたのかな?パパ?ううん、パパはぼくのこと興味ないもん。
お兄ちゃん?ううん。お兄ちゃんは遠くの学校へ行ってるってパパが言ってた。
でもパパはくれないと思うし。やっぱりお兄ちゃんなの?

ドキドキしながらケーキのお皿を引き寄せる。
小さな丸いケーキの上にはプレートが乗っていたから。ぼくの位置からはちょうど裏側だった。

きっとお誕生日おめでとうって書いてある。
コタローって名前だって入ってる。だって、お兄ちゃんが前に買ってくれたのはそうだったもん。
このケーキ、ぼくにお兄ちゃんがプレゼントしてくれたのかな?
  

ワクワクしながらお皿を反対にすると白いチョコレートのプレートに赤い字が書かれている。

Merry Christmas!

ただそれだけ。
今日はクリスマスじゃないよ。それは明日だもん。今日はぼくの誕生日……ぼくの誕生日なのに。


チキンが刺さったフォークを投げつけるとからんと床に落ちた。
でも誰もぼくを叱らない。
ここには誰もいない。パパは帰っちゃったし、他の人間は誰も来ない。

もうやだ。ひとりはやだよ。
パパ、戻ってきて。いい子にするから。お願い、お願い、お願い……。






ぼくの前には誰も座っていない。
少し前にいた家ではお兄ちゃんがいた。ぼくにおいしいご飯を作ってくれたし、お菓子もくれた。
  
でも、今はいない。
毎日毎日、ぼくが呼んでもお兄ちゃんはここへは来ない。

ここに来ていたのはご飯を持ってくる人。でもその人もぼくが泣いたら壊れちゃった。だから今ではパパだけだ。
ぼくのご飯は眠っている間にいつの間にか用意されている。
ぼくはいつもご飯のまえに眠っちゃう。お兄ちゃんとはよくお昼寝をしていたからだと思う。

たまに知らないおにいちゃんの声がスピーカーで聞こえると扉が開く。
扉が開くのはそのときだけ。
  
ぼくのパパが来る、そのときだけ。


出してよ!パパ!
ひとりはいやだよ!パパ!


泣き喚いて、パパが持ってきてくれた新しいおもちゃに力をぶつけるとパパは冷たい目でぼくを見た。

駄目だよ。コタロー。
おまえはここから出てはいけない。

パパはそう言っていつも帰っていっちゃう。
いつもいつも。ぼくがどんなに頼んでも泣いても言うことを聞いてくれない。
お兄ちゃんはぼくの言うことを聞いてくれたのに。
りんごのお菓子が食べたいってねだったらすぐに用意してくれたのに。
遊んでっていったら木馬に乗せてくれたし、抱っこもしてくれた。
ぼくのお願いは全部聞いてくれたのにパパは違う。

パパはぼくのお願いをひとつも叶えてくれない。
きらいだ。パパなんか。大きらい。
パパなんかいなくていいのに。大きらいだ。きらいきらいきらい……。
パパなんてきらいだ。パパだけじゃないもん。お兄ちゃんもだ。ちっとも迎えに来てくれないお兄ちゃんもきらい。
お兄ちゃんもきらい。きらい。きらい。きらい。みんなきらい。





はぁはぁっ、と息を切らす。暗いテントの中でも僕の目が覚める。
喉が渇いて、なんだか口が重たい。
水を飲もう、と寝袋から出ると横で同じように眠っている叔父さんが寝返りを打った。
暗闇の中でもサービス叔父さんの髪はきらきらして見えた。

起こさないように、目を擦りながら静かに歩く。すると、

「コタロー?」

サービス叔父さんが僕に声をかけた。見ると、ぼんやりとした目で僕のほうを見つめている。

「お水が飲みたいから起きただけだよ」
「……そう」

サービス叔父さんは目を閉じた。
あまり音を立てないようにテントの中のリュックからペットボトルを取り出す。
かちっとキャップを回して、喉が鳴らないように気をつけて口に運ぶとぬるい水が流れ込んできた。

あんまり、おいしくないや。

冷やしてないから当たり前だよね、とため息をついて元に戻す。
まあ、いっか。すこしは口の中がさっぱりしたし。
ごそごそと寝袋に戻ると今度は叔父さんが起き上がった。


「叔父さん?」
「なんでもないよ。おやすみ」

ぽんぽんと頭を撫でられて僕の心がすーっと軽くなった。
もしかしてサービス叔父さん、僕が嫌な夢見たの分かってるの?


「ちゃんと寝ないと疲れは取れないよ、コタロー」
目を丸くして見上げていると、叔父さんがふふと笑って僕の額にキスを落としてくれた。

「眠れないのなら私が傍にいてあげるよ」
私が起きていたらサンタクロースは来ないだろうけどね、と叔父さんが笑いながら言う。

「ひとりで寝れるよ!それに、僕、サンタクロースはここに来れないんだから」
ぷーっと膨れると叔父さんはおやと目を見張る。

「どうして、ここには来れないのかい?」

どうしてってそんなの……。

「だってパプワ島で見たんだもん。夜、トイレに起きたら島のみんなにリキッドがプレゼント配ってたんだからね。サンタクロースはリキッドだったもん。ここには来れないよ」

「パプワ島ね……。それならコタロー、ガンマ団ではどうだった?」
サンタクロース来てただろう?と叔父さんが僕の髪を撫でる。

「……たしか朝起きたらプレゼントの傍に鼻血が落ちてたよ。あれはお兄ちゃんだよ。僕、悪い子だったし……」
そう言うと叔父さんは悲しそうな顔をした。
でも、本当だもん。昔の僕は悪い子だったからサンタさんは来なかった。
プレゼントがあったのはお兄ちゃんと暮らしてたときだけ。
悪い子の僕をお兄ちゃんがかわいそうに思ってくれたんだよ、きっと。

「今はいい子だよ。コタロー」
叔父さんが優しく僕の髪を撫でながら言った。

「ううん。今夜だって多分来ないよ。僕がいい子になったの、サンタさん知らないもん。
僕、ずっとパプワ島にいたんだから」

そうかな、と叔父さんは考え込むように言った。

「そうだよ。それに僕のサンタクロースはリキッドだから来ないでしょ。プレゼント2個貰っちゃうことになっちゃうもん」
「リキッドはおまえのプレゼントを用意しているの?」
「そんなの当たり前だよ。リキッドだもん」

パプワくんに会いに行ったらついでに貰うもん、と口を尖らせると叔父さんは笑った。

「それじゃあ、修行を早く終えないといけないな」
「……うん」

寝袋の端を握り締めると叔父さんが僕の頭を撫でる。

「明日の修行のためにはもう寝ないといけないよ。おやすみ」
「うん。おやすみ、サービス叔父さん」

おやすみ、を言うと叔父さんが目元をほころばせた。
目を閉じて、でもやっぱり気になってそっと瞼を開けるとサービス叔父さんが僕の顔を覗き込んでくれている。
ちゃんと寝るまで見てくれるの?


なんだか、くすぐったいや。


おやすみ、サービス叔父さん、と心の中でもう一度呟いて、僕は目を閉じる。
なんとなく今度はいい夢が見れるような気がした。


どうせならパプワくんやリキッド、島のみんなの夢がいいなあ。
リキッドはここには来れないけど、こっちの世界のサンタさんもそれくらいならお願い聞いてくれるよね?

お願い、サンタさん。今度は僕にいい夢見させてよ。■SSS.45「リップクリーム」 キンタロー×シンタローただいま、と軽いキスを額に落として、それから口唇へと移行する。
ちゅ、と軽く落とした額とは違って少し長めのキスで従兄弟を味わうとかすかにミントの香りがした。


「シンタロー」
「なんだよ?今、コーヒー淹れてやるから待ってろよな」


キスを終えて、俺がジャケットを脱いでいる間にキッチンへと移動していた従兄弟がカップを片手に返事をする。
ネクタイを緩めて、ソファで待っているとしばらくしてシンタローは二人分のカップを携えてきた。
 

「寝る前だからな。薄めに淹れたぞ」
ほら、とテーブルに従兄弟がカップを置く。俺の隣に座ると彼は早速コーヒーに口をつけた。

「シンタロー。もう歯を磨いたんじゃないのか?」
一口飲んでから、先程尋ねようと思ったことを切り出す。
砂糖が少しとはいえ入ったコーヒーなど飲んでいいものなのか。
いや、また歯を磨けばいいことだが、と首を傾げるとシンタローは目を見張った。

「夕飯の後には一応磨いたけど、俺、まだ風呂も入ってないぜ?」
寝る前に磨くつもりだ、と俺を見て従兄弟が答える。
言われてみれば従兄弟はまだパジャマを着ていなかった。
  
「そうか。そういえばそうだな」
夕食の後に磨いたといったからその残り香か、とコーヒーを飲みながら思う。

「何で急にそんなこと聞いてきたんだよ」
すると今度はシンタローが不思議そうな面持ちで俺に尋ねてきた。

「何で……って、さっきキスしたときになんとなくミントの香りがしたからだが」
ただ聞いてみただけだ、と従兄弟に答える。シンタローは俺の答えにミント?と考えこんだ。

「歯磨きのじゃないのか」
たしかすっきりするものを使っていただろう、と言うとシンタローはあ!と声を上げた。

「違う違う。今日、歯磨き粉切れててグンマの借りたんだよ。アイツのイチゴ味のヤツ。
おまえが言うミントみたいな香りってこれだぜ」

ごそごそとポケットを探るとシンタローは少し細めの小さな筒を見せてきた。

「リップクリーム?」
「ああ。メンソレータム配合ってなってるからこれだろ?たぶん」
さっき塗ったから、と言ってシンタローはリップクリームの蓋を開けた。
軽くひと塗りするなり、俺の口唇にちゅ、と軽く合わせる。

「な?これだろ」

ポケットへとリップクリームを戻しながらシンタローは笑った。

「ああ、これだ。この香りだな。シンタロー、おまえ口唇が荒れているのか」
口唇を合わせてみてもそんな感じはしなかった。
少しべたつく下唇に指を這わしてみてもささくれ立ったところはとりたててない。

「団内どこいっても暖房つけてて空気が乾燥しているだろ。ひび割れないうちに予防でしてるだけだぜ。
もう何日も前から塗ってるぞ」

意外と気づかなかったんだな、とカップの縁を弄りながらシンタローが言う。

「キンタロー、おまえも使うか?放っておいて口唇荒れたら痛いだろ」
研究室だって暖房はつけているわけだし、とシンタローが再び内ポケットを探り始める。

「いや。いい。もう寝る前だしな」

そういって俺は従兄弟の申し出を断った。
シンタローはふうんと気にも留めていない返事をするとソーサーにカップを置く。
俺が片付ける、と腰を上げるとシンタローは中腰になった俺の額へ少し背伸びをしてキスをする。

お礼のつもりなのか、と思わず頬が緩む。
風呂は沸かしておいたから一緒に入ろうな、と囁かれてカップを手にしたまま俺もシンタローにキスをした。
  
彼と違って、額ではなく口唇だったけれども。



口唇のむちっとした感触に俺はふと思い立った。
俺の口唇が荒れないのはもしかしてリップクリームを塗ったシンタローにキスをしているからか?



明日からは俺も塗ろう。
シンタローの口唇からみずみずしい潤いを奪わないようにしないと。■SSS.48「心臓」 キンタロー×シンタロー「俺はお前を好きなようだ」

思わず耳を疑った。
幻聴だとか、なんかの罰ゲームだとか思いつく限りのことは想像してみた。
だが、目の前の男のあまりにも真剣すぎる表情に笑い飛ばそうと思った気が萎えていく。

「あの……な、キンタロー」
エイプリルフールまでずいぶん時間があるぜ、と引きつった笑みを浮かべながら言うと従兄弟は眉を顰めた。

「何を言っているんだ、シンタロー。俺は本気だぞ」

いいか、もう一度言う。俺はお前のことが好きだ、などと真剣な表情で従兄弟は俺の肩に手をかけた。

「返事は今でなくてもいい。だが、俺は本気でお前のことを愛してるんだぞ」
寝ても覚めてもおまえのことしか考えられない。仕事も手につかないんだ。
シンタロー、おまえ以外の人間じゃこんな気持ちにならないんだ。俺はおまえが好きでたまらない」

親父じゃないんだ、下手な冗談はよしてくれと俺は言おうとした。だが、キンタローは、

「LIKEでなくLOVEでだ。従兄弟としてでなく、一人の男としてでだ」
と至極真面目な顔で言う。
退路を立たれて俺はぐっと詰まった。
だが、いくらなんでも……。


「おまえ、絶対勘違いしてるぞ!どうせ、ワケわからねえ心理学の本でも読んで影響されただけだ!
本を読んで得ただけの知識で物事を理解しようったって世の中そんなに甘くねぇぞ!
心臓がどきどきするから恋だとか四六時中相手のことが気になるから恋だとか、そんなもんは全部錯覚だ!!
どきどきするのは不整脈だ!親父じゃねえけど、少しおまえは疲れが溜まってるんだよ!
俺が気になるのは俺がひよっこ総帥だからだって!じゃなきゃ、アレだ。
ズボンのチャックが開いてたり、髪が長いのが鬱陶しくて視界に入ってきただけだ。な、そうだろ?
よく、考えてみろよ!!キンタロー!!」


一息に怒鳴るとキンタローは少し考え込んだ。
俺の肩に置いていた手が口元へと持っていかれ、考え込む姿勢を作っている。

爪の先まで調えられた長い指に一瞬見惚れているとキンタローがぼおっと突っ立っていた俺を己のほうへと引き寄せた。

「ッな!おいッ!!」

ぐいっと力任せに引き寄せられ、体のバランスが崩れかける。
支えるキンタローの腕にほっとしつつ、何をするんだと咎める視線を送ってみるとキンタローはすっと指先で俺の顎に手をかけた。


「……俺の心臓はどきどきしているだろう、シンタロー」

おまえはそうでもないようだが、と残念そうにキンタローは口唇を微かに上げた。

「おまえに触れるだけでこんなに心臓が早く動くんだ。錯覚じゃないだろう、シンタロー」

これは絶対に恋だ。おまえを愛している、とキンタローは俺の頬をやさしく撫でながら言った。
そんなわけない、と反論したかったが口が動くよりも先に俺の心臓がどくりと大きな音を立てた。←SSS Top
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 6:キンシン
 8:キンシン
10:キン+ハレ
13:キンシン
18:キン+コタ
19:コタリキ
21:サビ+シン
22:キンシンTop■SSS.4「shampoo hat」 キンタロー×シンタローバスタブには湯がなみなみと張っている。
従兄弟が浸かると湯は溢れ、俺の足や服を濡らした。

「腕は濡らすなよ」
「分かっている」
従兄弟は目を瞑りながら答えた。温かい湯が心地よいようだ。
従兄弟の長い髪をひとまずゴムで括る。
遠征先で廃墟から崩れ落ちてきた瓦礫が左腕を直撃し、従兄弟は負傷した。
感染を避けるためしばらく濡らしてはいけないらしい。
風呂に浸かるには手当てをし、ビニールで腕を包まなくてはいけない。
利き腕ではないのでとくに支障はないと思っていたが、洗髪には不自由だと気付いた。
髪を洗うのにはどうするんだ?と聞くと従兄弟は一瞬考え込んで、俺を指名してきた。
親父にバレると毎日うるさい。ただでさえ、メシの時間に食べさせてあげるってしつこいんだ。
マジック伯父の従兄弟への溺愛ぶりは珍しくない。しかし、従兄弟は照れくさいのか拒絶する。
食事のときの伯父と従兄弟の騒ぎを思い出すと苦笑してしまう。
従兄弟に睨まれ、悪かったなと口にした後、俺は従兄弟の髪を洗うことを承諾した。
とくに異存はなかったのだ。



勝手が分かる俺の部屋で行うことにした。
熱すぎずぬるすぎない程度の湯をバスタブに溜め、従兄弟が温まっているうちに洗ってしまうという方法だ。
最期にシャワーを浴びればいいし、風邪をひかなくてよい。
従兄弟はただバスタブに浸かっていれさえすればいいのだ。
あったかいなぁ、と従兄弟はくつろいでいた。足も手も力を抜いて伸ばしている。
遠征に行くとゆっくり風呂に入ることもできない。こんなにリラックスしている従兄弟ははじめてだ。
「髪、結ぶからな」
「ああ」
眼を閉じて、俺が髪をまとめやすいように従兄弟は顔を下に向ける。
長い髪。黒い糸のような髪の奔流。裸の背とあらわになったうなじは白。
コントラストのような美しさ。
従兄弟の髪は長い。背を流れる髪は滝のようだ。
括っていくらかすっきりとした髪に引っかからないように慎重にシャンプーハットを被せる。

「おまえ、そんなもん使ってんのか?」
被せた途端に見上げるように聞いてきた。
「便利だからな。眼に沁みなくていい」
括っていたゴムを解きながら答える。シャワーの湯をかけると黒い髪はしっとりと濡れた。
子どもが使うもの、といった先入観があるのだろう。そうだなぁ、と従兄弟は呟いている。
意外と便利なんだぞ、コレは。
そう思いつつ、掌にシャンプーを出す。
とろりとした乳白色の冷たい液。従兄弟の髪にもみこむように泡立てていく。
爪を立てないように指の腹で擦っていく。あまり力を入れていないのと他人に弄られる感触がくすぐったいらしい。
従兄弟は身を捩る。
「大人しくしろ」
くすぐったいのならば、と今度は指先に力を込めた。
がしがしと泡立てると、小さな飛沫とともに泡が浮かんだ。

ふわりふわり。

ふわりふわり。


まるい乳白色のような虹色のような泡。
ふわふわと浮かんではバスルームの壁に消えていく。

「シャボン玉みたいだな」
飛んできたまるい泡をつつきながら従兄弟が言う。
「ああ、そうだな」


ふわりふわり。

ふわりふわり。

はじけて消えるシャボンの泡は、ふわりふわりと飛んでは宙に消えていく。
従兄弟は泡に夢中で。
俺は従兄弟に夢中で。
シャボンの香りに包まれながら俺たちは束の間のやすらぎを得る。


従兄弟の傍はたとえ戦場でも心地よいけれども、こんなふうに穏やかに過ごすのも悪くないと思った。
■SSS.2「嫉妬」 キンタロー×シンタロー+マーカー×アラシヤマ叔父が訪れるたびに従兄弟は彼と派手な喧嘩をする。
掴みあいは勿論のこと、ときには眼魔砲を繰り出して建物を破損することもある。
そのたびに自分と四人組と叔父の部下達とで二人をなだめすかすのだ。

今日も久しぶりに訪れた叔父と従兄弟はやりあっていた。総帥室の扉は半壊。調度品も荒らされている。

(窓が吹き飛ばなかっただけましか…)

後片付けをしなければと考えているときに、室内にきんきんとした声が響いた。
従兄弟の方を見やると、彼のところにアラシヤマがいた。
怪我は無いのかと聞く彼に従兄弟はぞんざいな口調で答えている。
あの島から帰ってきて、従兄弟の一番近くにいるのは俺だ。
だが、従兄弟はときに俺よりもアラシヤマといる時がある。
もっとも、それは今のように従兄弟がしつこく纏わりつくアラシヤマに怒鳴り返している関係でしかないが。
不愉快なのだ。アラシヤマの存在が。
向こうは向こうでシンタローに一番近い俺を煙たがっている。
俺は俺でシンタローに近づくヤツが気に入らない。
大体にして方便でも友人関係をシンタローが結んだのが悪い。その事実がアラシヤマを調子付かせている。

「随分と不機嫌そうですね」
気配を感じさせない足取りで近づくなり声をかけてくる。
この男はマーカーだ。アラシヤマの師匠。叔父の部下だ。あの島では行動を共にしていたこともある。
「ああ」
不機嫌なんてものじゃない。
憮然とした表情で答えると彼は少し笑った。
「貴方がそのような表情をしているのは珍しい。まるで隊長のようですよ」
細い目をより細めて彼は言う。口には笑みが浮かんだままだ。
叔父に似ているといわれたのは初めてだ。
俺が不愉快そうな表情をしているとき、たいてい高松やマジック伯父は父に似ていると言う。
細い目と同じように細い指で彼は煙草を取り出していた。
器用に指先に小さな炎を灯し、火を点けている。

「お前の弟子は不愉快だ」
どうにかしろ、と言外に滲ませて訴えかけると、彼は「馬鹿弟子が…」と低く呟いた。
まったくそのとおりだ。師匠なら何とかしてほしい。

「アイツがシンタロー以外に執着するのならかまわない。
誰か他に友達になりそうなのはいなかったのか」
この男がアラシヤマを育てていたと聞いている。アラシヤマを一番知っているのはこの男だろう。
口に咥えていた煙草を外すなり、彼はそんなもの…と吐き捨てる。
そして、彼は歪んだ愛情を瞳に宿しながら言葉を続けた。
「いませんよ」
あれを友人にしたい人間なんていません。いるわけがないのです。
あれに友人ができないように躾けたのは他ならぬこの私なのですから。
キンタロー様には申し訳ありませんが、新総帥をしっかり掴まえていただくしかありませんね。
紫色の煙を吐き出しながら彼は嘲笑った。

「なら、おまえはシンタローがヤツの友達になるのは認めていないんだな」
この中国人がヤツにどう躾けたのかなんて興味はない。
俺の興味はシンタローだけだ。俺のものだ。他のヤツに手出しは許さない。

「ええ。私はそもそもあれに近しい人間は私だけでいいと思っているのですから」
ガンマ団にいるのも許せないくらいなのです。士官学校に入るまでは、あれは私と二人だけでいたのですから。
二人だけ、と口にしたときこの男は懐かしむように一瞬目を細めた。




「私のあれに対する感情は独占欲で占められているのですよ。貴方もお分かりでしょう」

独占欲と目の前の中国人は言った。
ああ、そんな感情くらい分かっている。

「あれが私以外の誰かに目を向けるのは我慢がならないのですよ」
貴方もお分かりでしょうと再び彼は口にする。


ああ、分かるさ。俺は分かっている。
俺もこいつと同じように相手に独占欲を感じていることも。
俺がアラシヤマに嫉妬を抱いたように、マーカーもまたシンタローに嫉妬を抱いていることなど。

そんなこと分かっている。
だけど、どうしようもないじゃないか。この苛立たしい気持ちは。■SSS.6「a secret operation room」 キンタロー×シンタロー「口唇が荒れている」
軍用艦のコックピットで顔を合わせるなりヤツはそう言った。
しばらくは安全な空域であることと乗組員の疲労を取るために自動操縦にしてある。
エマージェンシーコールが響かない限り此処には誰も来ない。
ゆっくりと休養をとって新たな戦場に行くために室内は快適な温度に保たれている。
決して乾燥しているわけじゃない。
「痛くはないのか」
手を伸ばして触れてきた。
ささくれだった下唇をなぞられると少し痛い。
目の前の男が触れたところがジンジンとする。
俺の体温よりも低いひやりとした指先。
口唇の輪郭をなぞるような動きに思わず昨晩のことを思い出してしまう。

口唇が荒れてるのなんてあたりまえだろ。お前が昨日舐めてばかりいたからじゃねぇか。
あちこち痕つけやがって。ブレザーの下のシャツ、きっちり釦留めるハメになっちまったんだぞ。
ったく、体が重てぇ。
休むどころかかえって疲れちまっただろうが。しつこくしやがって。
じっと睨むとどうしたと聞かれる。
どうしたじゃねぇよ、おまえが悪いんだよ。
涼しい顔しやがって。
だいたい、ヤってる最中もその表情はねぇだろうよ。俺だけ気持ちよくなってるみたいじゃねぇか。


考えるな。
思い出すな。
火照ってくる頬を冷まさせようと必死に違うことを考えようとする。
考えるな。
思い出すな。
頭の中で言い聞かせるようにしても、それでも目の前の男が、情事の最中が甦ってくる。

だいたい、二人だけでいるのがいけねぇんだ。
へんに意識しちまうじゃないか。
明け方に部屋に戻ったんなら、時間ずらして来いよな。
もっとも、それはあと何分かで破られる。
そろそろ依頼された893国の領空内に近づくのだ。
あと少しで集合時間になるからどん太たちもここに来るだろう。

あーはやく来ねぇかな。
ぐしゃぐしゃと髪をかき回すと、キンタローが眉を顰めた。
すぐさま絡まった髪を手櫛で梳きはじめる。

「ずいぶんと機嫌が悪いようだな」
至近距離で話しかけてくる。
ああ、もうお前は口を開くなよ。
髪の毛いじんのはかまわねぇけど、息が当たるんだよ。
「お前がこんなに早くに集合するのは珍しいな」
だが、五分前ならともかくまだ時間には早いぞ。当分、他のヤツラも来ない。
「じゃ、なんでお前は来てるんだよ」
お前が時間にうるさいのは知ってるけどよ。お前こそ五分前に来ればいいじゃねぇか。
「俺は、自動操縦を切り替えたり本部で起こったことをチェックしなくてはならないからな」
ああ、そうですか。俺が早く来すぎたのがいけなかったわけね。

しばらく互いに無言のままでいる。
絡まった長い髪を梳くのにキンタローは夢中になっていた。
いったん、集中すると手に負えない。
やめろといってもやめない。昨夜がそうだ。嫌だといっているのに口唇ばかり舐めやがって。
ああ、もう考えるなと思ってても駄目だ。
こんな近くにいたらついつい考えちまう。
くすぐったい。熱い息が耳朶をかすめる。




「できたぞ」
ふっと息をついてキンタローが言った。
俺は絡まっててもかまわなかったんだがな。
ある意味拷問だったぞ。
一応、ああと答えるとキンタローが感嘆したように続ける。
「やっぱりお前の髪は綺麗だな。綺麗だし指に吸いつくようだ。
俺は自分の髪よりもお前の髪を触っているのが好きだな」
本当に綺麗だ、とキンタローは繰り返す。
「そういうことは今じゃなくて夜言え。夜だ!今は朝だろーが」
「綺麗なものを綺麗と言って何が悪い」
ああ、こいつは。そういう問題じゃねぇんだよ。
恥ずかしいだろうが。
真っ赤になって怒鳴ってやると、キンタローはさらに俺の怒りに油を注ぐようなことを言い出した。
「ああ、そうか。昨夜言い足りなかったのか」
悪かったな。次はもっとちゃんとおまえのこと褒めてやるから。
「っば、馬鹿!ちげぇよ。どうしたらそういう考えになるんだよ」
言うな。あれ以上、ヤりながらなんか言うのは止めろ。
大体、お前はヤってるとき人のことグダグダ言うなよ。
ぎゃあぎゃあ喚いて訴えると、こいつは目を見開いた。
「それは集中しろ、ということか」

だから違うって言ってんだろーが!!
精神的に疲労を感じて脱力してしまう。
なんでわかんねぇんだよ。頭いいわりに馬鹿じゃねぇのか、おまえ。
はぁっと深く溜息をつくと、
「シンタロー」
と呼ばれる。はいはい、今度はなんだよ。
視線を合わせると思ったよりもずっと近くにキンタローがいた。
あ、と思った瞬間にはするりとヤツの舌が入ってくる。
口腔内を探るようになぞり、逃げようとする俺の舌を絡めとる。
互いに相手の首に手を回して角度を変えて何度も舌を絡めた。

気持ちいい。

夢中になって続けていると耳に電子音が短く響いた。
キンタローの腕時計だ。セットしていたのかと思っていたが、はっと気がつく。
集合の五分前かよ!
瞑っていた眼を開いて我に返る。こんなことしてる場合じゃない。
急いで口を離すとつぅっと唾液が糸のように引いた。
それを断ち切るように今度はちゅっと音を立てて啄ばむようにキスされる。
昨夜のように濃密な口づけをされて頭がどこかぼぉっとする。
ああ、まだ朝だっていうのに。
今日一日、お前のことで頭いっぱいになっちまうじゃねぇか。
なんてことしてくれたんだよと思っていると、キンタローはまた余計な一言を口にした。
「機嫌は直ったか」
「お、おまえな!他のヤツラに見られたらどうするんだよ」
一気に眼が覚めるような感じがする。
「こんなこと誰かに見せる必要なんてないだろう」
お前が見られたいのなら別だが?
口角を上げて言うコイツが憎らしい。

ああ、むかつく。少しはその表情くずせよ。
■SSS.8「おいしい生活」 キンタロー×シンタローブラインドを上げると朝の光が目にしみた。
昨夜一緒に過ごした相手はいくつも取り寄せている新聞をめくっていた。


「もう起きていたのかよ」
起こしてくれればよかったのに、口を尖らせて文句を言うと、
「よく眠っていたようだったからな」
と返ってくる。
そりゃそうだ。お前がなかなか離さねぇからぐっすり眠っていたんだ。


「コーヒー入っているぞ」
活字に目を向けたまま、コーヒーメーカーの方角を指差す。
こいつはコーヒーが好きだ。朝は当然飲むし、研究の合間やおやつの時間にも飲んでいる。
そんなに飲んで胃が痛くなんねぇのかな。
わずかに飲み残して冷め切ったキンタローのカップを取り上げると嫌そうに眉を顰めた。

時計の針は10時を過ぎていた。
朝食というより昼に近い。
「なんか作るけどおまえも食うだろ」
「トーストだけでいい」
間髪いれずに答えが返ってくる。相変わらず目は活字を見ているままだ。
冷蔵庫を開けるとそこそこ食材は入っている。
パンや出来合いのつまみ、飲料類以外は全部俺が入れておいたものだ。
朝はコーヒーとトーストだけ、自炊するよりも外食で済ませがちな生活を心配して勝手に入れたのだったが。
まったく手付かずの状態で入れっぱなしの食材を一つずつ賞味期限を確かめていく。
卵とベーコンとレタス、トマト、ヨーグルト、使えそうなものをどんどんテーブルに出していく。
一瞬、活字を追っていた視線がこっちを見たが気にせずに調理に取り掛かる。


***

「できたぞ」
テーブルに湯気の立つ皿を置く。
俺専用のマグカップに熱い液体を注ぎ、ついでに空になっていたキンタローのカップにも注ぐ。
六分目程度に注いで、小鍋に沸かしておいたホットミルクを足した。
向かい合わせに席に着くと、ばさりと紙をたたむ音がした。

「シンタロー」
いただきますと箸を持ったとたんに、不可解な顔をしているキンタローが尋ねてきた。
「なんだよ」
冷めるから早く食えよ。
テーブルの上には、しゃきしゃきのサラダが置かれ、ベーコンエッグとインスタントのスープが湯気を立てている。
皿の上のトーストにはバターがすでに塗られていた。それを眺めながら、
「俺は朝はコーヒーとトーストだけでいいんだが…」
聞いていなかったのかという表情で問う。無視したに決まってるだろ。健康に悪い。
「もうブランチだけど、朝はしっかり食えよ」
「コーヒーがブラックじゃないのはどういうことなんだ」
「牛乳も飲め」
「…スープは必要ないんじゃないのか」
「賞味期限ぎりぎりだったんだよ」
「…そうか」



カチャカチャと食器が鳴る音と互いに咀嚼する音しか聞こえない。
この男は食事中はそれほど話さない。
黙々と口に運ぶ様子を見ながら、少しはうまいとかなんとか言えよと思う。




「シンタロー」
今度はなんだよ。またなんか文句つけるのか。
そりゃ、俺が勝手に作ったのが悪いんだろうけど、癪に障る。
食事中もベッドの中と同じくらい口を動かせっつうの。


「おいしかったぞ。ごちそうさま」

……また作ってやるよ。お前がいらねぇって言っても。
トーストだけじゃ体に悪いしな。



甘いカフェオレがキンタローの喉を通っている。
二人の喉を甘く潤す。たまにはこういうのも悪くないだろ?■SSS.10「おさがり」 キンタロー+ハーレムもう秋だというのに降りしきる雨は温かい。
夏のものよりも幾分ぬるいとはいえ、やはり時間がたつと傘で防げなかった場所を徐々に熱を奪っていく。
うっかりとサンダルで外出してしまった所為か、足の先は冷えはじめている。
雨に降られるたびに買ってしまうビニール傘や隊員から奪い取った傘で玄関は溢れていた。
捨てるのもめんどくさくてそのままになっている。
切れた煙草とアルコール類を手に入れようと外まで買いに行くことにした。
ガンマ団の売店では踏み倒すことが多かった所為か最近では売ってくれないのだ。
たかる相手としてちょうどよい隊員達は帰省したり、島で受けた傷のために入院している。
仕方なしに適当に引き抜いた一本を手にコンビニに向かって、だらだらと時間をつぶしてガンマ団へと戻ってきたのだ。
小雨だった行きとは違い、帰りはシャワーのような雨へと変わっていた。
冷たく冷えた足はサンダルとの間がぐちゃぐちゃと濡れた感触がし、気持ちが悪かった。
部屋に帰ったらすぐに足を洗おうと、急いで歩みを進めると余計に足に雨や泥が入ってくる。
ちっと思わず舌を立てて、それまで足元ばかり見ていた視線をガンマ団の建物へと向けた。

(あと10メートルくらいか)

距離を測った後に金色のかたまりが目の中に飛び込んできた。

(あれは…)

金色のかたまりは、新しくできた甥だった。長兄の息子ではなく、真実は次兄の息子だった男。
シンタローと呼んでいたが、今は周囲にあわせてキンタローと呼んでいる青年。
ぼおっと立って雨を一心に浴びている。
目の前まで歩いていってもとくに反応を返さない。

「なにしてんだ」
声をかけても、しばらくは甥は空を一心に見つめていた。降り注ぐ雨をものともせず突っ立っている。

「…雨を見ていた」
「見るだけなら玄関でも部屋の窓でもいいだろう」
風邪引くぞ、もう中に入れと促しても甥は動こうとしない。
「はじめは窓から見ていたんだ」
だったらそのまま見てればいいじゃねぇか。雨なんて見ていてなにがおもしろいんだか、誰も止めるヤツいなかったのかよ。

「雨は知っていた。アイツの中でも見ていたし、もっと強い雨と風で揺れる日があることも知っている。
雨に濡れるのはどんな感じなのか興味があった」
シャワーとはちょっと違うんだな。

ああ、そうだ。
コイツは今までなにもかも自分自身で感じることがなかったのだ。
つまらないものやくだらないもの、あたりまえのものさえ新鮮なのだろう。
その事実に思い当たった時、少し胸が痛んだ。

甥は空に手をかざし、濡れたてのひらを見つめている。
地面と同じように小さな水たまりができていた。けれど、それはすぐに手首や、指の腹をつたって流れていく。
肌にはりついた金色の髪はじっとりと雨水を吸って、兄の薄い金髪よりも俺のような濃い色になってしまっていた。

こうして見ていると兄貴にあんま似てねぇな。

髪を切ったらどうかは分からないが、濡れる前の長い髪は獅子の鬣のようだ。
サービスのような流れる髪ではない。俺のように癖がある髪質をしている。
手を伸ばすと甥は目をまるくした。触るとすっかり冷たくなっている。
濡れそぼった髪をがしがしと掻き回してやると、嫌がって手を払ってきた。
ぶるぶると頭を振っている。犬のようだ。
おかしさをこらえて、傘に入れてやると不思議な顔をしていた。
「どうした、キンタロー」
「ハーレムが濡れる」
透明なビニールが雨を弾く様子はとくに興味がなかったようだ。
「これなら濡れねぇで雨が見れるだろ」
本当だ、と甥は呟いていた。
「傘はシンタローが貸してくれた」
甥の指差す方向、玄関にはモスグリーンの傘が立てかけてあった。Gのマークが入っているやつだろう。
雨が見れないから差すのを止めたのだ、と続ける。
そりゃそうだな、と返してやるとうすく笑う。その表情は次兄が幼い俺をなだめるときの表情と似ていた。
「あんま兄貴に似るんじゃねぇぞ」
「父さんにか?」
「ルーザー兄貴だけじゃなくて、一族のヤツラに似るなってことだ。不器用な男になるからな」
この傘はおまえにやるよ。好きなだけ雨を見ていろ。風邪引く前に入らねぇと高松に怒られっぞ。
ぽんぽんと頭を叩いて、甥のてのひらに傘を握らす。
甥は目を見開いていた。
「ハーレム?」
「おまえ、傘ねぇんだろ」
シンタローの傘を借りたくらいだから。この甥にはまだ私物というものはないのだ。
「俺は、んなもん部屋にいっぱい転がってるからよ」
おさがりにしてやる。俺も昔は兄貴達のおさがりをもらったもんだ。
「…おさがり」
不思議そうに甥は何度も確かめるように呟いていた。
「おさがりははじめてだろ?それはもうおまえのものだ」
じゃあな、と手をひらひらさせて玄関へと向かう。
礼を言う、という声が後ろから聞こえた。

そういうときはありがとうって言うもんだ。
まあ、俺にはどうだっていいけどよ。
おさがりだろうがなんだろうが、おまえはこれから自分のものを増やしていけばいい。


時間は取り戻せないけれど、思い出を積み立てていくことはできるだろ?■SSS.13「ガラスのシャワー」 キンタロー×シンタロー何かが頬を掠めた。その瞬間、焼け付くような熱と圧し掛かる力を感じた。
「シン…」
俺に圧し掛かかり床へと押さえつける従兄弟は名を呼ばせなかった。
「黙れよ」
起き上がるな、と声を潜めて言う。
頬はいまだ熱を持っている。じくじくとした熱とわずかな痒みに眉を顰めてしまう。
状況はまだつかめていない。
此処へは商談で赴いたのだ。
「大統領は所要で席を外している、しばらくそこでお待ちください」
と案内役の軍人に言われ、ガラス張りの執務室へと従兄弟と二人通されたのだ。
部下達は皆、此処に辿り着くまでに体よく追い払われている。
この部屋に通されるまでの様子もそもそもおかしかった。
ぎらついた殺気を隠しきれない軍人や不穏な目つきの秘書官たち。
人払いを望んでいると言われて、SPまでもが追い払われたのだ。
壁へと目を向けると蜘蛛の巣のように割れたガラスが目に付いた。
高層ビルが林立したこの地区においてガラス張りの部屋を狙い済ますことなど容易いことだろう。
クリーンな政治をアピールしたこの部屋が仇となった。
四方八方がガラス張りのこの部屋では俺と従兄弟は格好の標的だ。
折り重なって伏せたまま、神経を研ぎ澄ませ、敵の気配に集中する。

きらりと白いひかりが前方で光った。肩越しに従兄弟に「眼魔砲を撃つ」と囁く。
同意ととともに俺の上に乗る従兄弟も手を構えるのが見て取れた。

左右には敵の気配は感じられない。周囲をすべて囲むのではなく、挟み撃ちにしようと考えたのだろう。
俺と従兄弟の二人だけを始末すればいいのだから、その分待機している部下たちへと暗殺者が殺到しているに違いない。

再び、視界にきらめきが映った。
間髪いれずに意識を掌へと向ける。片方の瞳に力が漲るのを感じる。


「「眼魔砲」」


呼吸を合わせた訳でもないのに、声が重なる。
まるで双子のように、いや従兄弟は俺にとってそれ以上の絆を持った存在なのだ。
俺たち二人の体を包み込むように青白いひかりが辺りを照らす。
爆発音とともにガラスが盛大に割れる音が響いた。




  
ぱらぱらと天井のタイルが落ちてくる。室内の状況は惨々たる物だった。
同じタイミングで眼魔砲を撃ったこともあるのだろう。
あまりの衝撃に狙ってもいない左右のガラスまでもがひび割れている。
爆風によってガラスの破片もそこらじゅうに落ちていた。
上体を起こし、従兄弟を抱えなおす。
向かい合った形で俺の胸へともたれる姿勢になった従兄弟がそっと俺の頬を撫でた。

「弾、掠っただけだったな…」
銃弾は頬を掠めるだけで皮膚の下の血管までは切り裂かなかったようだ。
忘れていた頬の痛痒さが従兄弟の指によって甦ってくる。
手を伸ばし、指をそっとそこから外させる。
従兄弟の温かみが離れると、外気の冷たさを強く感じた。

「おまえに怪我がなければいい」
目の前の従兄弟の皮膚を裂いていたのなら、自分は眼魔砲の威力を容赦しなかっただろう。
隣のビルから狙った射撃犯の周囲だけでなく、ビルのすべてを瓦礫へと変えていただろうと思う。
温かな指を握り締めたまま、そう口にすると従兄弟は「馬鹿じゃねぇの」と言った。

「ガラス吹き飛んじまったな」
残念そうに従兄弟が呟いた。だが、それは仕方がないだろう。
襲撃されるまでの間、この部屋で従兄弟はしきりに展望台みたいだとはしゃいでいた。
よほどガラス張りの部屋が気に入っていたのだろうか。

「ガンマ団にも作るか?」
景色が一望できていい、と言っていた。そんなに気に入ったのならば、作らせればいいのにと思っていたのだ。
総帥である従兄弟が命じれば、すぐにでもそんな部屋はできるのだから。

「いらねぇよ」
狙われやすいし、こういうことできないだろ?

にやっと笑って従兄弟は俺の口を塞いできた。




いくらか長めのくちづけを楽しんでいると、ふいにジャケットの内側が震えた。
名残惜しげに離れ、携帯電話を取り出す。着信は部下からだった。
奇襲してきた敵は壊滅したと報告され、そちらはと振られたときには二人とも無事だとだけ言った。
従兄弟は立ち上がり、服の埃を払っていた。
部下からは、「すぐに車を回します。警察が動いたようですから」と電話越しに伝えられる。
短い通話を切り、俺も立ち上がる。
報告どおり警察が動いたようだ。遠くにサイレンとなにかをスピーカーで叫ぶ声が聞こえてくる。


「真下を歩いているヤツは何かと思っているだろうな~」
サイレンを耳にしながら従兄弟が言う。

大量のガラスが落ちてくるんだぜ?シャワーみたく。
きらきらして綺麗だっただろうな。


他愛のない彼の想像に俺は何も言わない。
ガラスのシャワーなど痛いだけだろうが、従兄弟が言うのならそれは綺麗な光景だったのだろう。
最後に部屋を振り返ると、ガラスがぽっかりとなくなってがらんどうの部屋が目についた。
どうかしたか?と怪訝そうに聞いてくる従兄弟にはなんでもないと答える。

「シンタロー、ガラスの破片に気をつけろ」

子ども扱いするなと、ふくれる従兄弟の前を俺は歩いていく。
俺が通った道ならば、安全だから。
部屋を出て、階段へと向かっていくと銃を構えた刺客が見えた。


狙うのなら、シンタローよりも俺を先に狙えばいい。俺は従兄弟のために傷つくことは厭わないのだから。■SSS.18「if」 キンタロー+コタロー「ボクでよかったの?」
会うなり、コタローはそう口にした。
いや、一族の人間だけで顔をあわせた時はそんなことをおくびにも出さなかった。
眠る前のひととき、俺が一人でいるのを見計らうようにこの子どもは話しかけてきたのだ。

「…よかったとは」
どういうことだ、と口にする前に子どもはまっすぐに見つめたままもう一度問いを発した。

「パパが助けたのがボクでよかったの?お兄ちゃんじゃなくてさ」
お兄ちゃんと、ここにはいない従兄弟のことを言及した時、子どもの瞳は揺れていた。



「シンタローは…よかったと思っているだろうな」
グンマも伯父も、とわずかに視線を落として口にするとコタローは些か強い口調で再び問うた。

「あなたはよかったの?」
「ああ」
シンタローがよかれと思ったことだから。
彼が選ばれていたのなら、きっと誰もが傷つくことになっただろうから。

伯父は後悔を、シンタローは罪悪感を、グンマは愛情のもたらす理不尽さによって。


「お前はどうなんだ」

「どうって?ボクは…パパがボクを優先したのは嬉しかったけれど、でも…」
お兄ちゃんはボクのせいで、と揺れた目で語った。

「シンタローは大丈夫だ。アイツは何度でも生き返る。島で仲良くやってるさ」
心にもない言葉を安心させるように口にするとコタローはほっとしたような顔をした。




「…ねえ」
「なんだ?」
「ボクの力が安定したら迎えに行こうね」
お兄ちゃんを、と少し照れた顔で口にすると「オヤスミっ」とぱたぱたと足音を立ててコタローは帰った。






よかったかだって?

そんなことを俺に聞かないでくれ。
どうしてそんな残酷な質問を口にするんだ。



あのとき、俺が先に行かなければシンタローではなく俺が島へと取り残されたかもしれない。
そうなっていれば、きっと皆幸せだった。単なる従兄弟の俺を迎えに行くのは焦らなくてもいい。

父と二人の兄に囲まれて、おまえはもっと幸せを感じたはずだ。
友との別れも消し飛ぶくらいに、家族から愛情をもらえただろう。




きっと、今頃幸せな家族ができていたんだ。あのとき、俺が先に行かなければ。
  ■SSS.19「ねえ、どうして?」 コタロー×リキッド今日もリキッドは肉料理を一品作る。
昨日もお肉だったのにな。
「ボク今日、お魚食べたい」と言うとちゃんと釣ってきてあると言われた。


じゃあ、それは?
アイツの分なの、と聞こうと思ったけどやめた。

鼻歌を歌いながら包丁を握るリキッドは楽しそうで。


ねえ、そんなにあのおじさんが来るのが待ち遠しいの?
あのヒト、ごはん食べに来るだけなのに。


なんか、やだなあ。



あ、いいにおいがしてきた。なんだろ?コーン?甘いにおいだ。

リキッドがカップを棚から出す。


そっか、今日はスープ作ったんだ。

コトコトと鍋の音が部屋に鳴る。
パプワくんとチャッピーとボクは大人しく席に着く。
食卓には部屋の人数分よりも多い食器が出ていた。



まだかなあ。



「お待ちどうさま~。ほらほら、できたぞ」
パプワもロタローも茶碗寄越せ、お盆に乗せていたおかず類と交換するべくリキッドが手を出した。
二人揃って茶碗を渡すとすぐによそって返してくれる。
リキッドがいつもの位置に座った。


「「「いただきます」」」
わぁう、とチャッピーの声も続く。


スープを一口飲むとコーンの甘さが口に広がった。クルトンはちょっぴり固くてしょっぱい。
でも、とってもおいしい。

おいしいな。リキッドのごはん。


「おいしいね、パプワくん」
「ん」

おいしいなあ。とっても幸せ。この時間が長く続けばいいのに。

でもダメ。さっきから遠くでどたどた響いてた音がどんどん近づいて来る。
アイツの足音だ。
いつもいつもごはん時にやってくる、あのおじさん。
リキッドが「ハーレム」って呼ばずに「隊長」って呼んでる人。

あ~あ。今日も来たのかよ。


「お~い。リッちゃん、メシ食わせろ」
「はいはい。隊長の分もできてますよ」

リキッドが立ち上がってさっき作っていた肉料理をコトっと食卓に置く。
ハーレムのための料理。レンズ豆とお肉のかたまりを煮込んだ料理。


なんか、やだなあ。このおじさんの食器もいつの間にか決まっていたし。
なんか、おもしろくない。

どうして毎日この人来るの?
どうして毎日リキッドはおじさんの分も作るの?

あ~あ。今日もやっぱり来たし。明日も来るんだろうな…。
やだなあ。なんで毎日来るんだよ。


あ、リキッドのヤツ…このお魚焦げてるじゃん。
おじさん用のお肉はほろほろ蕩けていて失敗なんてしていないのに。


「やっぱオマエのメシが一番だな」

そりゃそうだよ。リキッドのごはんはおいしいよ。
ボクのお魚だって焦げててもおいしいもん。
でも、なんでアンタ毎日来るの。


「ねえ?」

ん?なんだ、と肉にかぶりつきながらハーレムがボクを見る。


「ううん。なんでもない」


やっぱり言えない。
だって、ハーレムがおいしそうにご飯を食べているのを見るリキッドはうれしそうで…。


でも、やっぱり……。

ねえ?なんでアンタ毎日来るの。■SSS.21「ライオンと魔女」 サービス+シンタロー「それでね、おじさん」

私の愛しい甥っ子はハーレムから受けた手荒いスキンシップを一生懸命訴えてくる。
まったく、アイツも困ったヤツだ。子ども相手に本気になることもないだろうに。

「ホントやんなっちゃうよ!すぐぶつし。パパやおじさんと違って獅子舞みたいだしさ」
「獅子舞?」
「うん。そう思わない?ハーレムおじさんと一緒にいたお兄ちゃんたちがこっそり話してたよ。
獅子舞に似てるよね。髪の毛もぼわぼわだし、がーっと口開けるしさ」
  
くすくすと笑いながらシンタローが言う。

驚いた。
子どもの頃から双子の兄のことは「ナマハゲ」と呼んでからかったりしていたが。
獅子舞、ね。言いえて妙だな。  
アイツの部下も面白いことを言う。

「たしかに似ているな」
紅茶に口をつけながら、同意すると甥はそうでしょ、と身を乗り出してきた。
「ああ、シンタロー。そんなに乗り出すんじゃない。お茶がこぼれてしまうよ」
「わ、ごめんなさい」
ぺこり、と首を下げて甥は再び大人しく席に着いた。
兄ではなくともその可愛らしい様子には思わず笑みがこぼれる。

「ふふ。それじゃあ、シンタローは獅子舞が嫌いかなのか?」
正月に見たんだろう、マジック兄さんが撮った写真を見せてもらったよ、と付け加えると彼はパッと顔を輝かせた。

「うん。パパがね。獅子舞呼んでくれたんだ。それでさ、おひねりあげたんだよ。獅子舞が口でくわえてくれた」
「ああ、写真で見たよ。グンマは泣き出していたね」
「グンマは泣き虫だから。僕は平気だったけどさ!」
得意げにシンタローは言った。

「獅子舞を見てハーレムを思い出したのかもしれないね。
グンマはこの前ハーレムにさんざんからかわれたと高松が言っていたよ」

十年来の友人は苦々しく私に話してくれた。
アナタからも言っておいてくださいよ、と眉間に皺を寄せていたが今更止められるような男でない。
甥っ子たちを苛めれば保護者が黙っていないのは重々承知だろうに帰るたびにちょっかいを出しているのだ。
シンタローは私の言葉に頷いた。

「うん。ハーレムおじさん、グンマの服が女みたいだって髪の毛引っ張ったりしたんだよ。
グンマのヤツびいびい泣いてさ、高松が飛んできたもん」
「ハーレムは高松に嫌味を言われただろうね」
「うん。ねちねちいろんなコト言われてたよ。あとさ、高松にヘンなお薬注射されてた 」
「ふ~ん」
なにを打ったんだ、高松のヤツ。

「でも次の日には相変わらず乱暴だったけどね。ホント、おじさんとは双子に見えないよ。ガサツだしさ」
「よく言われるよ」
「お正月だってお酒飲んでイビキかいててさ、パパに怒られたんだよ」
「マジック兄さんに?」
「うん。僕のお肉も勝手に食べたんだ」
「ああ、なるほどね」

長兄はこの子を溺愛しているし、どうせ酔ったアイツはこの子やグンマをさんざんからかったんだろう。
毎年毎年、懲りないヤツだ。

「まあ、楽しい正月だったならいいじゃないか」
「おじさんもいたらもっと楽しかったよ」
「そうは言われても私も都合があるからね」

あまりここには戻ってこないことにしている。
ここは、本部はあまりにも過去の記憶を意識させる。
兄弟の間に過去に起こったことを。
青春時代に起こったこと、死んだジャンのことを……。


「え~。う~ん。じゃあ、おじさん、お願い。来年はおじさんも来てよ!」
「考えておくよ」
 
ちぇ~、と甥は不満をこぼした。
私がこう口にするとき、たいてい望みが叶えられないのを分かってるからだろう。
ジュースの入ったコップから取り出したストローを小さく横に振りながら、甥は口を尖らせていた。



「そういえば、シンタロー」
「な~に?」
「シンタローはハーレムがライオンに似てると思うかい?」
「ライオン?」
「ああ、獅子舞…獅子はライオンだろう」
「う~ん。ハーレムおじさんは髪の毛もぼわぼわだし、大きい口でがーっと煩くするし、お肉も好きだけど…」
「似ていない、か」
「うん。ライオンとはちょっと違うかな」
「そうか」
ため息のような笑い声をこぼすとシンタローは怪訝そうに私を見る。
「どうかしたの?」

「ああ、実はね。おまえの死んだおじい様はライオンみたいな人だったんだよ」
笑いながらカップをソーサーに置く。
シンタローはストローを口にしたまま、目をまるくしていた。

「ライオンみたいだったの?それってハーレムおじさんよりおっきくて、うるさくて、怖かったの?」
「いや。怖くはなかったさ。
もっとも、私もハーレムも小さかったから叱られたことがなかっただけかもしれないけどね」
「え~。でもライオンみたいって……。パパは叱られたことあるのかなぁ」
ホントに怖くなかったの?とシンタローは尋ねる。
「マジック兄さんはどうだろうね。でも、怖くはなかったよ。滅多に帰ってこなかったから会うのがうれしかった。
大きくて、あたたかい腕で抱きしめてくれた。シンタローも兄さんが抱きしめてもらうだろう」
それと同じだよ、と言うとシンタローはよかったと口にした。

「よかった?」
「うん。パパもおじさんもおじいちゃんが怖い人だったらかわいそうだよ。
あ~あ。僕も会ってみたかったな。ライオンみたいだけどパパみたいに優しいひとなんだよね。」
「……そうだな」
この子を溺愛する長兄とは違った父親であったけれど。
父は、私たち4人を深く愛していた。

「ねえ、おじさん。おじいちゃんってパパみたいに遠くにお仕事しに行ってたの?」
「ああ、そうだよ。兄さんの方が本部にいるのが多いけどね。兄さんはシンタローといつも一緒にいるしね」
「うん!パパは今日も僕の好きなカレーを作ってくれるんだ」
「そうか。それはよかったね」

甥は満面の笑顔を浮かべた。
それから、「そうだ!」といいことを思いついたとばかりに私を見る。
「パパの作るカレーはおいしいんだよ。そうだ!おじさんも一緒に食べようよ。
いつもね、いっぱい作るとグンマと高松も呼ぶんだよ」

ねえ、いいでしょ、おじさん。
たまには皆でご飯食べたいんだ、とシンタローがねだる。
そのかわいらしい様子に、兄ではないが顔をほころばせながら、
「ああ、いいよ。たまには兄さんの料理も食べたいからね」
と言うと甥は歓声を上げた。





食事が終わり、しばらくするとシンタローは兄の膝で舟をこぎ始めた。
少し前にグンマは高松に連れられて帰ってしまっている。
グンマの前では、リードを取りたがり、背伸びをしているこの子もやはり子どもなのだ。
こっくりこっくり、揺れて、仕方がないといった表情の兄が抱きとめていた。

いつだったか、亡き父の部下は私達兄弟が父に抱きしめられている様を犬の親子に喩えていた。
いつだったか、兄は亡き父のことをライオンのようだったと評した。

目の前の兄と甥も同じ。


起きていたときは、甥はきゃんきゃんと吠える子犬のように私や兄に纏わりついていた。
兄と甥はじゃれ合い、駆け回る犬の親子のように仲良くしていた。

そして今。
部下の前ではライオンのように厳しい顔つきを見せる兄は目を細めている。
甥の黒髪をやさしく撫でて愛おしんでいる。
まるで、ライオンが仔をやさしく毛づくろいしているようだ。

シンタローがもぞもぞと兄の膝で動いた。
「眠いんだろう」と兄がやさしく囁く。
もぞもぞと動いていた甥は、目を擦り、こくりと頷いた。
「それじゃあ、もうオヤスミしようね」と兄が甥を抱き上げる。

シンタローを寝かしつけてくる、と私に言い、兄は抱っこしたまま部屋を出て行く。
立ち上がり、私の前を横切る時、の金色の髪がストーブの灯でちらちらと輝いた。
それは一瞬だけ揺らめいて、まるでライオンの鬣のように見えた。


ずいぶん甘いライオンだけれど、ね。■SSS.22「ホンネとタテマエ」 キンタロー×シンタロー  DO本ネタです労働者の実情を知ることは、経営者にとって必要なことだ。
とくに従兄弟が後を継いでからは、ガンマ団の方針は百八十度転換している。
不満を持つ人間がいてもおかしくない。
  
ここらへんでガス抜きがてら調査することにした。
ここで出た意見を全部とはいえないものの参考にし、多少改善すればいいだろう。
シンタローを脅かすような輩が出てこられては困る。

早速、簡単な(3問しかないからどんな馬鹿でも飽きずに答えられるだろう)アンケートを作成し、各課に配布した。
表向きはガンマ団の現状を世間にアピールするためだ、と説明しておいた。
匿名だし、本音で書いてくれとも伝えてある。
どのような結果が出るのだろうか。楽しみだ。



***



あらかじめ期間は1週間とした。
遠征や出張に出ているものもいるし、すぐ書いて出せといったところで聞くようなやつはそんなにいない。
週の半ばからちらほらと提出されていたがそれらは机の上に放って置いた。
こういうのは一気に片付けた方がいい。
最終日の今日はすべての団員のものが揃っている。
さすがにガンマ団の団員全員だけあって量は多いが、徹夜すれば何とかなるだろう。
パソコンの画面は立ち上がった。はじめるか。





いつのまにか朝が明け、太陽のひかりが部屋に差し込んでくる。
一睡もしていない眼には、ちかちかと感じた。
淹れなおしたコーヒーに口をつけるものの、思考はクリアにならない。
戯れに叔父が置きっ放しにしていた煙草を手に取ったが、やめた。
ライターに火を灯した時、あの忌々しい根暗男を思い出したためだ。

いつのまにかスクリーンセーバーが作動していた画面を元に戻すとカラフルなグラフがパッと現れる。
その色とディスプレイのひかりも目にちかちかと沁みた。

設問は3つ設けた。円グラフが2つ、棒グラフが1つ結果として表示されている。
そしてそれらには無視できない回答があった。


改善すべきところ        ……「総帥が全然本部にもどらない」12.7%

これは、まあいい。
組織の長たる総帥は本部でどっしりと構えることも必要だ。
シンタローの遠征は伯父貴よりも頻繁だから、そう感じる団員も多いのだろう。


ガンマ団についての見解    ……「総帥がカッコイイ」23.7%

……。
シンタローは仕官学校時代から目立っていた。
この結果は、腕っ節が強いだけでなく、友人も多いし、後輩の面倒を見ていたからだろう。 
従兄弟の同窓も多くガンマ団で活躍している。
その積み重ねがこれなんだろう。


ガンマ団の美点         ……「総帥がシンタローさんであること」255人

……。
…………。
これも設問2と同じだろう。
だが……。

255人もの人間がシンタローに心酔してるのはいい。
組織が改革されていく中、彼を支える者は必要だ。
だが、あの根暗と同じ嗜好…いや思考の持ち主が潜在してることも言える。
そのうち、功を立てたら側近に取り立てるようアピールするものが出てくるに違いない。
昇進や待遇の要求は当然だが、これに関しては不快だ。
シンタロー直属のあの4人のように彼のすぐ傍で活躍できるのは名誉なことだろう。
そうなったら、あいつらのようにシンタローのために体を張って働いてくれるに違いない。
だが、それは喜ばしいことであると同時にあの根暗のように俺がシンタローに近づくのを邪魔をするヤツが増えるとも言える。
そうなったら、今より腹立たしく感じるだろう。
あの根暗一人ならあしらうのも簡単だが、徒党を組まれるとなると……。

ふむ。なるべく早めに手を打たないと。
シンタローに反旗を翻すような輩はいないようだが、これもある意味で困る。どうすればいいか…。
  



***



いくら考えてもいい案が思いつかない。
睡眠不足でクリアーでない思考では、ますます苛立ちが募るばかりだった。
おまけに部屋に差し込む明るい日差しも気に障る。
ディスプレイに反射して眼が痛くなった。
ちらつく窓からのひかりに焦れてカーテンを閉めようと立ち上がる。
すると、研究室の隅に貼られたガンマ団入団案内のポスターが目に入った。

白い歯を見せて笑うコージを真ん中にミヤギ、アラシヤマが写っている。
誰が貼ったんだ、と苛立ったが、ポスターに写っているのがシンタローでなくてよかった、と思いなおし剥がすのは自制した。
にっこり笑って手を差し出すシンタローが入団を呼びかけるようなものだったら世界各地から集まってしまっただろう。
それこそ彼の信奉者は255人できかなくなる。 
カーテンを閉ざした後、ゆっくりと読んでみることにした。
  


そして、そこには俺の求めていた答えがあった。



◆勤務地/世界中:上司の胸一つで決まります。
  


これだ、と思った。
目障りなヤツは上司が遠征に召集すればいいのだ。
この場合の上司は俺だ。シンタローは細部は俺に任すことが多い。
シンタローに近づくヤツ、とくに根暗予備軍はこの手で行こう。
シンタローに信頼されていると思わせつつ、接触は低くすればいいのだ。
彼らはシンタローのため、ひいてはガンマ団のために働く。
シンタローはそれに満足する。
俺はシンタローの誰よりも傍で彼を支えることが出来る。

よし。この手で行こう。
それなら現時点での信奉者を確認しておく必要があるな。
まだ先のことだと思っているわけには行かない。
あの根暗男だってもともとはシンタローとは犬猿の中だったのだ。
備えあれば憂いなしだろう。


……。
しまった。匿名が仇となった。
提出日時と大まかな課しか分からない。

だが、まあいい。
それでもだいたいは把握できる。
これから台頭してきたらシンタローと俺にとって有益な人材か、シンタロー個人を崇拝するヤツかを見極めればいいだけだ。


よし、これでいこう。
ディスプレイの電源を落とし、朝食に向かうことにした。
爽やかな朝だ。 きっとシンタローが作るメシはいつもどおりうまい。←SSS Top
km

独り言


ぱさりと音を立てて書類が落ちた。
思わず、その報告をもたらした従兄弟を睨んでしまうほど、それは強烈だった。
しかしキンタローはそんな視線をものともせずに、平然と落ちた書類を拾い上げるとシンタローに手渡す。
「少し落ち着け」
低い声は常ならばシンタローに冷静さを取り戻させてくれるのだが、今回はそうもいかない。
移動中の戦艦内で本部から送られてきた書類を裁いている最中で、概ね指示を出し終えほっと一息を着いた際にまるでついでのように告げられたこと。
「…落ち着いて、いられるかよ」
渇望していた、片時も忘れたことなど無い、願い。
キンタローもそのことを知っているはずだ。
徐々に感情が湧き上がって来た。
4年間。
その間、一体どれだけ弟が眼を覚ますことを望んでいたか…
遠征で離れることが多くとも、いつも弟の様子に気配っていたというのに、こんな報告を聞いて落ち着いてなどいられるわけが無い。
「どこに行ったんだよ!」
机を叩く鈍い音が部屋に響く。
最近の本部から届くコタローの様態は安定しているというものばかりで安心していたのだが、まさか数ヶ月前に眼を覚ましていて、クルーザーに乗ってどこかに行ってしまったという。
調査隊としてコタローが眠りについた原因を知り、尚且つ信用の置ける伊達衆が選ばれたというがそれもずいぶん前のことだという。
4人揃って向かったというのに、こんなに時間が掛かるというのはいくらなんでもおかしいはずだ。
「…くそっ!」
「八つ当たりはそろそろ辞めておけ」
机を叩いた振動で転げ落ちそうになったコップを拾うと、キンタローは伝えていなかったもう一つの事実を告げた。
「コタローがの居場所はわかっている」
「どこだ!」
どこまでも冷静な声は、珍しく口に出すことを躊躇う。
しかし、早く知りたいという思いに駆られているシンタローに隠しておくわけには行かないと思い、その重い口を開いた。
「クルーザーは大渦に飲まれたが、その際に追跡したヘリがこんなものを見ている」
胸ポケットから一枚の写真を提示する。それは、本部が必死になって隠そうとしたものをなんとか入手したものだ。
黒い魚の群れ。それは色は違えとシンタローにとってなじみの深い種類だった。
「足が…」
「ああ。これが伊達衆が選ばれた本当の理由だろう」
黒い魚ならば世界中に存在するだろうが、足の生えた魚などあの島を除いて存在するわけが無い。ご丁寧にもどの魚も網タイツを履いていて、思わず何の知識も無くこの魚が群れている光景を眼にした団員達に同情してしまう。
「コタローは大渦に飲まれたらしいが、アラシヤマ達につけたカメラによるとその大渦を抜けたところに島があるらしい」
何かを近づかせないかのように広がる大渦。
そしてその中へ向かったっきり戻ってこない仲間と、大切な者。
まるで、それは。


いつかの自分。



「シンタロー?」
肩を掴む手に思考の海から意識を引き戻す。
顔を上げれば、心配そうに覗き込むキンタローの顔があった。
説明を続けていたが、何も反応を返さないことを不可解に思い、ふと見やればいつの間にか椅子に座り込んでいた。ただじぃっと床を見つめる姿が、小刻みに震える肩が、シンタローの心情を表していた。
見上げる顔には不安と哀しみが浮かんでいる。
「言え」
そのまま肩を引き寄せて抱きしめると背中をゆっくりと撫ぜてやる。
遅かれ早かれ、この話をしないわけにはいけなかったと言い聞かせたが、それでもシンタローにこんな顔をさせるつもりはなかった。
「…何をだよ」
安定している声は、今のシンタローを表しているようだった。
未だ震えの収まらぬ体に、はっきりとした声。
何もかも隠してしまうつもりなのだ。いつものように。
「一人で抱えるな。何のために俺がここにいる」
すこし力を込められて、背中に手を回すがそのまま、戸惑うかのように彷徨う。
言いたい言葉はたくさんあった。
この四年間の思いは、あの島への気持ちはどんなに言葉を尽くしても語れない。
どれだけの時間、そうしていたのかわからない。
震えが止まり、何も語るつもりが無いのかとキンタローが離れようとしたときだった。
物凄い力が背中に掛かった。
それは抱き締めるではなく、逃がさぬように捕らえられているようだ。
「お前は、俺だよな」
力強い、どこか切羽詰ったような声に思わず首を縦に振る。必死に何かに縋るような声。
「だから、これを聞いているのは俺だけだよな」
「…ずいぶん大きな独り言だな」
抱き締められた意図を正しく理解して、もう一度その背中に手を回す。茶化して見せるが、それでも真剣に受け止めた。
「うっせぇよ」
幾分、力を弱めたシンタローはそれでも相手がわかってくれたことに安堵する。
息を整えながら、どの言葉を紡ごうかと必死に逡巡する。
「俺は、怖いんだ」
力が弱まった分、声も弱弱しくなった気がした。
「コタローは昔のことを、怒ってんのか」
助けることが出来ずに、挙句この4年間眠っていた。
誰もいない、あの部屋で目覚めたコタローが何を思って飛び出したのか。
「迎えに行ったやつらも、俺から離反するのかもしれない」
かつてあの島で、シンタローとマジックが敵対したように。



何よりも、怖いことがある。



「パプワに、逢えるのか」




シンタローはその言葉を最後に黙り込んだ。
キンタローも何も言わずにその体を抱き締める。
二つの意味を持ったその言葉に、シンタローは揺れている。

パプワに逢ってよいものか思い悩む気持ちと、逢ってくれるのだろうかという恐怖。


もう一度、力強く抱き締められたかと思うと、同じように唐突に離された。
「早く帰って、詳しい事情を確かめる」
もう、そこには不安の色は無い。
「いいんだな」
「当たり前だろ?うだうだ言っても、仕方がねぇんだからな」
向かうかどうかは、まだ踏ん切りはつかないが。
「また、あの島が舞台だってことは変わらないんだからな」
覚悟を決めたシンタローにキンタローは黙って頷く。
記念にと、先程提示した写真を机の上に置いていくとあの島へと向かうための理論を組み立てるために自室へと向かった。
盛大に響く紙を破る音を聞きながら。




kk,

ところで


喧嘩してから早くも二週間が経とうとしている。
その間、会話はおろか顔を合わせていない。
これは意図してではなく、例えば運悪く学会があったり、支部へ視察に行ったりと互いの仕事の為であった。
しかし、まったくの偶然であるかといえばそうではない。
視察の予定はもっと先だったのに、切羽詰まった仕事がないからと強引に進め、もともと行くつもりのなかった学会に参加した。
大喧嘩ではなくささいな言い争いだったのに、ほんの少し避けてしまったことから、顔を合わせることが気まずく感じてしまう。
それでも偶然に会うかも知れないという不安を抱えながら、平静を装っていた。
しかし、あっけなく時間は過ぎていく。
顔を合わせないようにするのがこんなにも簡単だとは、思ってもいなかった。
例えば屋敷にいる時間など、ずらそうと思えば互いにいくらでもずらせるし、なにより二人とも研究室や総帥室に仮眠スペースを設けてある。
二三日帰らなくとも不都合などはない。
一方は司令塔の最上階、一方は奥まったところにある研究棟。
結局毎日のように顔をあわせるなど出来ていた今までが、どれだけ意図して作られたものであったのかわかっただけだ。


たかが二週間、されど二週間


それくらい顔を合わせなかった事など、沢山ある。
きっとこれからもそうだろう。
しかし、それは逢おうとすれば、だ。
どこかで逢うだろうという淡い期待は無くなった。
相手に会おうという意志がどれほど無意識下で働いていたのかも解った。


だから



「悪かった」
「すまない」



どんなに言い訳を凝らしたとしても、最後に行きつく場所はただひとつ。

話を聞いてくれて、そばにいるのが当たり前。
ふとしたときに、誰もいないのは虚しくて。



「結局、簡単なことだったんだな」
「全くだ」


もう、くだらないことで離れないように。


「ところで、何が原因だったんだっけ?」



]
さあ

時間は絶え間なく流れていて、止まる事がない。
だから、これは区切り。


その上着に袖を通すと鏡で己の姿を確認する。
「うわー」
お世辞にも似合っているとはいえない、深紅の制服。
唯一、総帥のみ纏う事の出来る服。
鏡の中の自分を見て溜め息を吐くとあちこちを確認し始める。
丈などで問題ないことを確認すると、もう一度鏡の中の自分を鑑みる。
そこでふと、髪を縛っていた布を解く。ぱさりと静かに音を立てながら髪が広がっていく。
一族では、ありえない漆黒の髪と瞳。
ちぐはぐな赤と黒。
それは自分の様であり、またこれからのガンマ団を表しているようでもあった。
どこか違和感のある、まるで幻。
それでも、自分が選んだのは、父親を越えたいからではなく。
軽いノックと共に、人が入ってくる。
こちらの返事も聞かずにはいってくるのは数人。
「ようやく、着たんだね」
あの島から帰ってきてすぐに引退を宣言した、マジック。
彼は、実の息子のグンマでなく、キンタローでもなく、シンタローに跡を継がせることを団全体に伝え、そのまま隠居生活を送っている。
「やっぱり似合わねぇよ」
突然の引退に混乱した団内に、シンタローが今までの方針を変えると言い出し、さらに追い討ちを掛けた。
そして、その言葉が公布されて以来、各地に散らばっていた軍隊は帰国し、明日の就任式を固唾を呑んで見守っている。
「まあ、私も最初はそうだったよ」
くすくすと笑いながらマジックはシンタローの後ろに立つ。
鏡越しにシンタローの姿を見るとそっと頭を撫でた。
「これからが、大変だぞ」
「ああ」
シンタローも後ろを向かずに鏡に向かって頷く。
口で言うのはたやすいが、実際に行うのは難しい。
これからは、依頼を受ける、という形でガンマ団は力を行使していく。
弱きを守るための力として。
今までのように、ただ暴れるだけではいけない。それを納得しない者がどれだけいることか。
そこでふと、シンタローは自分の背がマジックと大差ないことに気が付く。
慌てて振り返ると、そこにはマジックの瞳が近くに在った。
「どうかしたのかい?」
「…いや、これからなんだな、と思っただけだよ」
何故か急に、父親が身近なものと感じた。
冷徹であり、一生敵わないのではないかと思っていた、父親。
そんな、彼でもきっとこうして不安に思ったことがあるのではないか。
なぜかそんなことが頭に浮かんだ。
「頑張りなさい、きっとシンちゃんなら出来るよ」
それが、きつく大変なことであろうとも。
赤い服に畏怖と嫌悪の念。
それは団内だけでなく、各国にあるだろう。
その種をまいたのはマジック本人であり、そのことが少しばかし心に引っかかっていた。
「パパも好き勝手やってきたからね。シンちゃんもおもっきりやりなさい」
それでも、シンタローなら何とかできるのではないかと思ってしまうのは親の欲目であり。
「好き勝手言うなよな」
苦笑いをするその顔を見て笑うと、もう一度頭を撫でる。背中を押すように強く、そして優しく。
「大丈夫だよ、きっとね」
シンタローはもう、自分の背中を見ていない。前を見ているのだから。
そう、マジックは感じていた。あの島で、総てのものが変わったから。
もう、雛は親鳥の元には返ってこない。
それでも、きっとマジックは子供のことを考えずにはいられなかった。
「何があろうとも、パパはシンちゃんの味方だよ」
「へいへい」
聞き飽きた台詞は、とても暖かく。





雛は巣立っていくように

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