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「シンちゃん!!」
バァーンと扉を開けて(バァーンとかいう音を立てる扉じゃないはずだが)、マジックはシンタローの部屋に飛び込んで来た。
「大丈夫?何か欲しいモノある!?あっ、リンゴ食べる!?」
ソファーでぐったりしているシンタローに近づいて来て、毛布をかけたり水を持って来たりドタバタしている。
うるせーなぁ。アンタが静かにしてくれるのが一番助かるんだヨ、などと思ったが、頭が痛くて口を開くのも億劫なので黙っている。傍らでどこから取り出したのかリンゴとナイフを取りだしせっせとウサギリンゴを製造している。
「はい、あーん」
ガキじゃあるまいしと思いつつ、ありがたく頂戴しておく。

マジックはシンタローの顔を覗きこんで額に手をあてた。
いつまでも子ども扱いしてんじゃねーぞ、と思うシンタローだったが、彼の手の冷たさが心地良く大人しくしている。
マジックは自分が触っても大人しくしている息子を見て、本当に病気が辛いのだと感じた。
部下から連絡があったときは驚いた。会議中にシンタローが倒れたと聞いたときには。
「強がり屋さんなんだから。倒れたなんて聞いてパパビックリしちゃったよ」
言いながらマジックは長い黒髪を撫でる。


アイツらがやれ顔色が悪いだの、無理するなだの大袈裟すぎるんだよ。オレはガンマ団総帥なんだぞ。てかオレ倒れてねーし。
アンタも。泣きそうな顔してんなよ。世界最強みたいな男がよ、とシンタローは心の中で悪態をつく。

大方この子のことだから、迷惑をかけまいと無理をして会議にも出ていたのだろう。いじらしい子だ。
できることならかわってやりたい。

マジックは、そっとシンタローに口づけた。いつもより優しく、優しく。唇が熱い。
「ん…」
ぼうっとした頭で夢中で唇を貪る。いつもより短めのキス。
ふと我に返り、力無くマジックを押し返す。
「ばっ……何、してんだ…ッ!」
「キスだよ」
「そうじゃなくて……うつったら…どーすんだ…」
「いいよ、シンタローになら。
うつしたら早く治るかも」
「バカ……」
笑顔の男に何だか余計に頭痛がひどくなった気がするシンタローである。
「バカは風邪ひかないんだって」
ちげーよ。そりゃバカは風邪ひいたことにも気づかねーってイミなんだよ、とツッコむ元気もなく目を閉じる。
あー、ヤバいかも。こんなときにこいつに襲われたら。マジックならやりかねん……と思っていたので、頬に触れられビクッとする。

「パパちょっと氷とってくるね」
だがマジックはこう言うと部屋を出ていった。
雪でも降るんじゃないか、と思いながらシンタローは眠りに落ちていった。


部屋を出たマジックは鼻血を流しながら廊下を歩いていた。
シンちゃん可愛くて色っぽかったなぁ。肩で息つきながら涙目だし。頬赤いし。乱れ髪だし。素直(文句を言う元気がない、ともいう)だし。思わず襲いたくなっちゃったヨ。
でもね、今日は勘弁してあげる。病気ひどくなったら困るもんね。それに……

素直じゃないシンちゃんを押し倒して素直にさせるのが醍醐味なんだよね!興奮しちゃうよね!!

早く戻って世話してやろうと思ったがしかしその前に息子(下半身の方)の世話をするのが先だなと思うマジックであった。



―後日談―
廊下で鼻血を流して氷枕に頬ずりしながら新総帥に対する欲望を叫んでいる元総帥を多数の団員が目撃したという。









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paa



「ン……っ、う……」


 夢と現の境目が曖昧なままに瞼だけが薄く開いて、同時に手足に重たい圧迫感を感じる。
 身を起こそうとしても、何かの気配に圧されているように体はピクリとも動かない。またか、とうんざりしながら、シンタローはもう一度固く眼を瞑った。

 寝覚めの金縛りに、シンタローは免疫がある。
 八条烏丸のこの家は見かけこそ破れ家と紙一重だが、築地(ついじ)を境に強力な結界が張ってある。そのため本当に危険な妖怪の類は侵入できないし、仮に結界を破られたとしてもそれはすぐさま内部の人間に伝わるような仕組みが出来ている。
 だが、強力な妖の侵入を防ぐための結界は、いわば太い綱で編んだ網のようなものである。
 頑丈ではあるが、網の目に引っかからないほどの弱い魍魎は比較的簡単にすり抜けてしまうという難点があった。

「―――オン・シュチリ・キャラロハ・ウンケン・ソワカ」

 かろうじて動く舌で、大威徳明王の陀羅尼を唱える。陰陽術に関してはほぼ素人に近いシンタローであっても、その辺りの雑鬼の一、二匹程度なら、文言の力で撃退できる。そう、普段ならこれだけで、圧迫感は霧消するはずだった。

 だが、今回はいつものようにはいかなかった。悪鬼調伏の陀羅尼を唱えても、背中に感じる気配に微塵も変化は現れない。むしろ徐々に近づいてきているような気すらする。
 固く目を閉じながら、かつて陥ったことのない状況にシンタローは焦りを抑えきれなかった。

(消えねえ……なんでだ?!まさか、家の中にそんな厄介なヤツが―――)

 その時、背後に感じていたその重圧がううん、と唸り、寝惚けたような声を発した。



「なんどすのん、さっきから。ブツブツやかまし……」
「逝きやがれこの変態―――――――!!!」















『 Diorama / Japanesque 』  

― 弐、 二の獣、男の邸にて薬盗める小妖を退治せしこと ―















 祇園の小塚を後にした一人と一匹は朝やけの薄日の中、羅城門をくぐり、左京の南に位置するシンタローの屋敷へと戻ってきた。
 手入れが行き届いているとは言いづらい雑草だらけの庭。
 門に一歩入ったところで狐に似た妖は立ち止まり、阿呆のように口を開けて建物を見上げた。

「……見事なボロ家どすなあ……。無駄に広さだけはありそうどすけど……」
「文句あんなら帰れ。なくてもできれば帰ってほしい」

 ほとんど無色の声でそう言って、シンタローはスタスタと中に入っていく。妖はわざとらしく抜き足になりながら、そろそろとその後に続いた。
 朝露に濡れた丈の高い草を踏み分けながら、アラシヤマはふと気付いたように、目の前の男の背中に問いかける。

「そういえばあんさん、ゆうべはなしてあないなとこにいはったん」
「……探し物、してたんだよ」

 アラシヤマの何気ない問いかけに、シンタローは一瞬、息を呑んだように詰まり。それだけを短く答えた。
 特に険しい口調というわけではないが、それ以上聞かれたくはないという意思は十分に伝わってきた。気のなさそうにへえ、とだけ言って、アラシヤマは濡れ縁を上がる。
 建物の中をしばらく無言で進んで、渡殿に差し掛かった辺りで、シンタローがふああ、と大きな欠伸をした。……ねみぃ、と口を一文字に引き結びながら言う。

「わては眠たないどすえ」
「ああそーか。テメーが何十年あそこでぐーたらしてたんだか知らねーけど、とにかく俺は寝る」

 断言のような台詞に、アラシヤマは懐に手を入れながら、斜め上に視線を上げる。

「シンタロー」
「ぁン?」
「ぶぶ漬けの約束がまだどすえ」
「……」

 その言葉にシンタローは歩みを止め、億劫そうに振り返った。
 そして、アラシヤマをすり抜けてその奥を見据えているような遠い瞳で、ぼそりと呟く。

「オマエ、実は俺の幻覚だったりしねえかな。目が覚めたら消えてるとか」
「あんさん平然と酷おすな」

 むう、と顔を顰めながら、それでも要求を退けようとはしない妖に、だーもーめんどくせー、とシンタローが頭を掻きながら再び歩き始める。
 そのとき、廊下の奥に見えていた妻戸がちょうど開いた。
 一拍遅れて、奥から上擦った声が聞こえる。

「あああ、ス、スンタロー!!」
「―――お、ミヤギ」 
「よがったべ、無事に戻ってたんだべな!……って、なんだぁその変な化けモンは?!」

 シンタローに駆け寄ってきた男は、この国では珍しく、陽の光に透けるような色の髪をもっていた。目元涼しく、柳重(やなぎがさね)の直衣を身につけたその姿は、一寸見蕩れるほどの男ぶりである。
 絹のような細い髪と月に照らされた淡雪もかくやという肌の色からすると、奥州か蝦夷地か、とにかく北のほうの人間なのだろう。

「変て。失敬どすなあ、こんでもあんさんの十倍は年長なんどすえ。敬いやし」

 男は一応は妖であるアラシヤマを瞬時に認めた。へえ、それなりに霊力はあるんどすな、と感心しつつも、アラシヤマはあくまで居丈高に言う。

 くい、とその整った面貌を親指で指し示しながら、シンタローが金茶の髪の男を紹介した。

「丁度よかったぜ。コイツはミヤギ、『一応』本物の陰陽師だ。でもって俺の側仕えの一人」
 
 アラシヤマが片眉を上げてそれに応えると時をほぼ同じくして、シンタローは男に近寄り、口元に剣呑な笑みを宿した。

「―――てか、ミヤギちゃんよォ……。テメエゆうべはよくもヒトのこと見捨ててさっさと逃げ出しやがったなあああ」
「ごご、誤解だべ!スンタローがいきなり全部の亡霊引き連れて猛ダッシュすっもんで、オラには追いつけなかっただけだべ~」

 詰め寄るシンタローに、で、でも無事でよかったべな!と、ミヤギは顔の前で手を振りながら必死に弁解する。

「ホントかぁ?あと、あの護身用の符、やっぱ俺じゃほっとんど効かねーわ。まー無事だったからいいけどよ」

 ミヤギの慌てぶりが満足のいくものだったようで、シンタローはそれまでの芝居がかった表情をふっと自然のものに戻し、屈託なく笑った。

「あ。でな、ちょっと雑用頼みてーんだけど。俺今から寝るから、このアホ狐に茶と飯出してやってくんね?」
「へ?まさかコイツ、飼うつもりだべか?」

 ミヤギが目を白黒させてシンタローとアラシヤマを交互に見る。
 これでも本職の陰陽師である。見れば見るほど、妖が明らかに尋常ではない何かであることはわかる。少なくとも可愛がる性質のものではない―――外見の面だけで言っても。
 そんな妖をもてなそうとするかのようなシンタローの台詞に、ミヤギは信じられないという風な表情を作る。
 ミヤギの葛藤が伝わってきたのか、アラシヤマは腕を組みながら、わざわざ顎を上げて見下ろすような視線を秀麗な白皙に向ける。
 
「ペットやのうて、恩人どす。漬物もよろしゅう頼んますえ」
「悪ィな。どうしても手に負えなかったら起こしていーぜ」

 そしたら速攻で消してやるから、と表情も変えずに言って、がしがしと長い黒髪を掻きながらシンタローは寝所のほうへと去っていった。





 あとに残されたミヤギはしばらく胡散臭そうにアラシヤマを監察していたが、やがて諦めたように一つ息を吐いた。
 いくら自分が怪しいと感じたとしても、主であるシンタローの言いつけなら従わないわけにはいかない。
 とりあえず台所に案内するべ、と言って、アラシヤマを伴って歩き始めようとする。

 その刹那。
 それまで何もないと思われていた空間から、二人に向かって唐突に声がかけられた。

「ミヤギくん、ソイツにあんまり近づかないほうがいいっちゃよ~。せっかくの綺麗な気に、陰気が移るわや」
「トットリ」

 声は、そばの蔀戸(しとみど)の上から聞こえた。アラシヤマが面を上げてそちらを見遣ると、影から浮かび上がったかのように一匹の妖が寝そべっている。
 まだ幼さの残るその顔つきは、十四、五歳といったところだろうか。簡素な衣装はほとんど黒に近い深緑色で、額と首元に赤い布を巻いている。
 一応は人の形を取ってはいるが、その頭と尻にはアラシヤマと同じく、獣の耳と尾がのぞいていた。尤もそれは、アラシヤマのそれよりもやや堅そうな、黒と銀色の混じった毛のものだったが。
 人の重さであれば到底乗れるものではない蔀戸の上に寝そべり、尖った獣の耳をした妖は、頬杖を付くような姿勢で無遠慮にアラシヤマをねめつけている。

「へえ……。あんさんがこの陰陽師はんの護法神どすか」
「そげだっちゃわいや。ミヤギくんに気安く触ったら承知しないっちゃよ、化け狐」
「今んとこ、わてが興味あるのはあの坊だけどすけど。そう言われると手ぇ出したくなりますなぁ」

 皮肉めいた笑いを浮かべてそう言うと、幼いながらも鋭い眼差しがアラシヤマを刺した。
 二匹の妖の間に、目に見えない火花が散る。
 その不穏な空気を破ったのは、当事者であるミヤギの小動物をたしなめるような声だった。

「トットリ、こんなでも一応、スンタローの客だべ。あんまし突っかかんじゃねえっぺよ」
「み、ミヤギくん……」
「それはそォと、頼んでた遣いはどうなってっべ?」
「あっ、ご、ゴメンだわや、今行くとこだっちゃ!」

 ぽんぽんと言葉を放られて、トットリは蔀戸の上で慌てながら居住まいを正す。心配そうな顔つきは直らなかったが、それでも課された仕事を果たそうと外の方向に目を向けた。 

「じゃあ、行ってくるっちゃけど。そいつに気ぃ許しちゃダメだっちゃよミヤギくん!なんかあったらすぐ呼ぶだわや」

 何度も重ねて念を押しながら、トットリは再び影に紛れるかのように、ふつりと姿を消す。

 アラシヤマはふぅん、と言いながら黒い妖の去った後を眺める。姿が完全に見えなくなっても、その場に妖の気は薄く残っていた。

「アレ、基は山犬の化生でっしゃろ」
「ああ、多分そうなんだべな。直接は聞いたことねえけど」

 己の護法神であるにも関わらず、その正体はさしたる大事とも思っていないらしい。ミヤギの返事は適当である。
 だが、アラシヤマはトットリの消えた後を眺めていたかと思うと、

「せやけど……」

 呟いて、軽く目を細めた。
 怪訝そうな顔で己を見るミヤギを無視して、しばらくそのまま立ち消えた妖の残滓を見据えてから、薄っすらと口の端を上げる。


「……いや、なんでもあらへん。可愛(かい)らしい子犬どすな」



『 Diorama / Japanesque 』弐、 <中編>









 台所には先客が居た。
 竈や吊るされた野菜などが目に付く薄暗い土壁の房(へや)。中心にどっかと腰を下ろしているのは、黒塗りの太刀をさげた身の丈七尺にも近い大男だった。
 その辺りに吊るされていたらしい大根を豪快に齧っていた男は、ミヤギとアラシヤマが近づいてきたことに気付くと、ニッと屈託なく破顔する。 

「ミヤギ。シンタローは戻ったんか」

 声をかけて、再び野菜を齧る。滴り落ちる汁は手首で受け止め、ぺろりと舐めた。

 邪魔だべどいてけろ、と男を押しのけながら房に入ったミヤギは、てきぱきと汲み置きの水を金物の器に移すと、湯を沸かす準備を始める。

「オメのゆってたとーり無事だったけんど……寿命が縮まったべ。ちゅうかコーズ、いいんだべかソレ。スンタローに怒鳴られても知らんべ」
「今日はまだ三度しかメシを食うとらんから、腹が減っとるんじゃ」
「まだ昼にもなってねーべ…」

 他愛ない会話をしながら、ミヤギが火をおこしている横で、男はがっちりとした顎を撫でる。短くて硬そうな黒髪に烏羽色の褐衣(かちえ)を身に着けたその男の右目には、縦一文字に古傷が走っていた。
 やがて、火を熾し終えたミヤギが、ああ、と気づいたように隣の大男を指差した。

「アラスヤマ、コイツはオラと同じで、スンタローのたちは―――近侍だァ。コーズ、こっちはなんかよぐわかんねえけど、スンタローの客みてぇなもんらしいべ」
「みたいなもん、は余計どす」
「ほうほう」

 男は、面白そうにアラシヤマを眺め回す。
 あまりにじろじろと、しかも邪気のない表情で見てくるので、さすがのアラシヤマも居心地の悪さを感じ、ふいと視線をそらした。
 そうした態度をどう感じたかはわからないが、やがて男は傷のあるほうの片目を細めると、

「トットリのヤツに、ちぃと似とるのぉ」

 とぼそりと呟いた。
 その言葉に、アラシヤマはどう反応したものかと悩む。それは人か妖かという大きすぎる区分の中で考えれば同じところに分けられるのかもしれないが。
 そんな思考が表れたアラシヤマの微妙な顔色など気にもならない様子で、その男はもう一度、今度ははっきりと妖に向かってニッと笑った。

「ま、シンタローの客ならゆっくりしてけ。ワシはコージじゃ。よろしくじゃけんのう」

 そして食べ終わった大根の尻尾の部分を房の隅にあるくず置きに放り投げる。やや瞠目して自分を見返すアラシヤマを後にして、うまかったのぉ、と独言しつつ、男は大またで台所から出て行った。
 ったく、仕方ねえっぺなコーズは。うちの食費の半分はアイツん腹ん中だべ、と、米びつの中を確認していたミヤギがぼやく。

「あんお人、わてのこと妖やてわかっててああゆうこと言わはりますのん」
「多分、気付いてねーべ」
「……自分で言うのもなんどすけどな。わて、どー見ても普通の人間やあらへんどすえ。大雑把にも程がありますやろ」
「初めてトットリ見たときもあーだったべ。コーズは」

 追い討ちのように淡々と告げられたその台詞に、アラシヤマは大仰に肩をすくめてみせた。

「なんや、ここはおかしなお人ばっかどすなぁ」
「オメにだけは言われたぐね」

 仏頂面で返すミヤギは笥(け)に冷や飯をよそい、沸いた湯を椀に移す。
 最初ぼんやりとその場に佇んでいたアラシヤマは、邪魔だべその辺座って待ってろ、とのミヤギの言葉に素直に従っていた。
 湯のなかに茶葉を数枚入れると、ミヤギはアラシヤマの前の床に台盤を置く。椀の横にはきちんと青菜の塩漬けも添えられている。
 アラシヤマは一瞬目を輝かせた後、律儀に、いただきますえ、と宣言し、両手を合わせてからさらさらと茶漬けを流し込み始めた。
 一方、主の言いつけを終えたミヤギは手持ち無沙汰そうに外を眺めている。
 物の怪であるにも関わらず妙に綺麗に箸を使いながら、アラシヤマは上目遣いにミヤギを見た。

「ところで、ゆうべあんさんらがしてはったゆう『探し物』ってなんどすのん?」
「ン?」
「鳥辺野で探すものなんてせいぜい人骨か鴉くらいでっしゃろ。しかもそんでヘマしたって、死人の追剥ぎでもやっとったんどすか」

 冗談というわけでもなさそうに言うアラシヤマに、食事中によく考えつくべなぁと呆れながらミヤギは答えた。

「そんなわけねーべ。……あん人が探してんのは薬の材料だ。昔、妖に攫われたとき以来、ずっと眠りっぱなしの弟さん起こすための」

 さらわれた、の一言に、アラシヤマの白い耳がぴこりと立つ。

「もう六年近くになっべかなぁ……。正直、あん時の状況も状況だったから、もう化生のモンになっちまってる可能性も高ぇんだけど。なんにせよずっと眠りっぱなしなんだべ」

 腕組みをしながらミヤギは説明する。小さな明り取りの窓から差し込む光が、秀麗な容貌に濃い翳を落としていた。
 それからふと気づいたように、そーいえば、と妖に向き直る。

「スンタロー、オメにはまだ話してねーんだべ?自分(ずぶん)のこと」
「ハッタリだけの暴力退魔師ゆうことは、もう、嫌ってほど知っとりますえ」
「まぁ、物の怪には関係ねぇのかもしんねけど。にしてもオメも怖いもん知らずだべな」

 何かを含んだような物言いに、アラシヤマは首を傾げつつも重ねて問うこともしなかった。
 綺麗になった椀を前に、箸を置いて両手を合わせる。

「―――ご馳走さんどした。何十年かぶりだと、人の食べ物も感慨深いもんどすな」
「そりゃよかったべ。さて」

 簡素な挨拶を交わし、腰に手を当てながら、まだ床に座ったままの妖をミヤギは見下ろす。

「オラはこれから奥で符の用意しなきゃならねんだけど。オメはどーすっべ」
「そうどすなあ。とりあえずシンタローが起きるまではヒマどすな」
「邸の中は別に好きにうろついても構わねえけど。物壊したりイタズラしたりはやめてけろ」

 それだけを言い切ると、アラシヤマを置いてさっさと邸の奥へと歩いていってしまった。
 不慣れな場所に一人残されたアラシヤマはさて、どうしますかなと呟いて、とりあえず邸の中を散策することにした。 
 ボロ家には違いないが、東の対西の対、寝殿と、造りと規模だけはいっぱしの貴族のそれである。これだけの規模の邸に、あの三人とその主人らしきシンタローしかいないというのはどうも納得が行かない気もする。使われていない房もいくつかあるようだった。
 没落したどこぞの宮様の成れの果てっちゅうところどすかな、とぼんやりと推察する。
 そしてひととおり見て廻ると、アラシヤマは気配を頼りにシンタローの元へと向かった。



 シンタローは邸の中庭に面した房で、寝具にくるまり穏やかな寝息を立てていた。
 そのすぐ傍らに膝を立てて座りながら、妖は太平楽な男の顔を眺める。

「ああー、さっさと起きへんかなあ~…退屈どす……」 

 言いながら、軽くちょっかいを出す。
 そのついでにふかふかと柔らかそうなその布団を触ってみて、アラシヤマは感心した。

「へぇ……」

 綿のつまり具合は申し分なく、表面を覆う布は絹織りである。

「貧乏家屋の割には、寝具はええもん使うとりますな」

 その感触を楽しみつつ、男の規則正しい寝息を聞いているうちに、アラシヤマの三角形の耳が、徐々に垂れてくる。終にふああ、と欠伸をもらした。

「なんや、暢気そうな顔見てたらこっちまで眠なってきましたな……わても一休みさせてもらいまひょ」

 呟きながら、笑顔でいそいそとシンタローの横に潜り込み、布団を半分奪う。かなり疲れていたのか、シンタローはかすかに身じろぎをしただけで、起きようとはしなかった。
 ほなおやすみさんどす、と誰にともなく呟いて、妖は気持ちよさそうに瞼を閉じる。

 そうして、冒頭のシンタローの怒声に繋がったわけである。





***





「そないに脅えんでもええやないどすか。別に、今すぐ取って喰おうてわけやないんどすから」
「イヤ……脅えるっつーか。純粋にキモすぎた。密度が」

 全身からぶすぶすと煙をあげているアラシヤマは、房と簀子(すのこ)の境界線で正座し、恨みがましい目で布団の上のシンタローを見つめている。
 とんでもない寝覚めを強いられたシンタローは布団の上にあぐらをかきながら、とりあえずそっからこっちには入ってくるなと物の怪に強く命じていた。

「わてが入っても気づかんでぐーすか寝てはったくせに」
「だからって人の布団に潜り込むか?!フツー」
「あんさんがあんまり気持ちよさそうに寝とるのが悪いんどすわ。それにわては一応妖どすえ。人間みたいに邪魔になることはあらへんどっしゃろ」
「妖怪っつってもテメーくらい気配の濃いヤツだと、生身の人間以上にタチがわりーんだよ。ったく、どこの子泣きジジイかと思ったぜ」
「酷ッ!これほど容姿端麗なわてを捕まえてあないなジジイ扱いどすか?!」
「鏡はそこの角にあるから突っ込んで逝け」

 あいだに二間を残したままぎゃあぎゃあと言い合いを続けているうちに、ふとシンタローが何かに気づいたように顔を上げ、アラシヤマの背後に視線を向けた。
 結界に揺らぎを感じたのだ。ミヤギ、トットリ、コージ以外の何者かが邸の中に入ってきたらしい。
 シンタローの反応を追うように、正門の方向から一人の男が草を踏み分けつつ姿を現した。


『 Diorama / Japanesque 』弐、 <後編>









「高松」
「ああ、どうも。先だってのご報告をお持ちしましたよ」


 縁側に現れたのは白い袍(ほう)を身に着けた壮年の男だった。
 シンタローは妖の襟首を掴んで房の中に放り投げると、大人しくしてろと目で厳命して、自身は入れ替わりに簀子縁に出る。

「珍しいな、アンタがここまで足運んでくるなんて」
「東の市にちょっとした用がありましてね。ついでです」

 言いながら、医師らしき男は縁によいしょと腰を下ろした。傍らに、持っていた小さな包みを置く。そしてその横にしゃがみこんだシンタローに、懐から出した数枚の紙の束を渡した。
 ぱらぱらと紙をめくってから、シンタローが問いかける。

「んで、コタローの様子は……」
「相変わらずですねぇ。手は尽くしているんですが、一向に目覚める気配が無い」
 
 アンタよっぽどトラウマになるようなことしたんじゃないですか、といかがわしいものでも見るような目つきで医師はシンタローを見る。
 返事代わりに殴ろうとしたシンタローの拳は、しかしひょいとかわされてしまった。この医師はどこからどう見ても狂的偏執的研究愛好者の癖に、腹が立つことに武にもそれなりに長けているらしい。
 面白くねえなとしかめ面を作ったシンタローは、その時ふと医師の傍らに置かれている袋に目を留める。それに気づいた医師は、袋を取り上げてシンタローによく見えるようにした。

「市で手に入れた枸杞(くこ)の実ですよ。薬の調合に使いたかったんですが、今の時期ここらでは手に入らないもので。南から来る薬種の行商を待っていたんです」

 割といけますよ、食べてみます?と巾着状の袋を目の前に軽く掲げながら、口元に笑みを浮かべて高松は説明する。
 そのとき。

「―――危ねぇッ!」
「……おっと」

 庭先からふらりと小さな影が現れたかと思うと、その影が一直線に高松の真横を駆け抜け、その手に提げられていた袋を奪っていった。

 咄嗟に身を引いたらしい本人に怪我はなかったが、薬を持っていた方の衣服の袖はざくりと切れている。どうやら鎌鼬に属する何からしい。
 
「オヤオヤ……」

 切れた袖を見て、口元の笑みは消さずに医師は嘆息する。
 犯人が実体のある動物でないことは、駆け抜けた疾風がそのまま築地の外へと飛び去ろうとしたことで明らかだった。
 小さな獣の姿をした妖はしかし、外に身を投げ出そうとした瞬間、何かにぶつかったように一度地に落ちる。どうやら結界の隙間から迷い込んだ小妖らしいが、意思を持って結界を潜り抜けることは叶わないようだ。そのことに気づくと、小妖は身を翻して屋根の上へと飛び上がり、そこで身を潜めた。
 男二人は眉を顰めながら屋根を見上げる。

「困りましたねぇ。アレを返してもらわないことには、寮の仕事が滞ってしまう」

 困っている割には緊迫感に欠けた声で医師はそう呟く。
 だが、実際のところ困るのは典薬頭(てんやくのかみ)である高松本人以上にその部下と、治療を待っている患者達であるということを知っているシンタローは、それほど暢気に構えているわけにもいかなかった。

「あれじゃ、こっから直接は狙えねーな……高松」
「なんです?」
「ちょっと、あっち側まわって見張っててくんね?俺はこっち側から見張る」
「いいですよ」

 医師は顎に手を当てたまま、悠々と歩き出し家屋の反対側へと向かう。
 その姿が見えなくなったところで、シンタローが房の中に声をかけた。

「おい、アラシヤマ」

 客のせいで邪魔者扱いされ、挙句自身の存在すら忘れかけられていたアラシヤマは、房内で完全に不貞腐れていた。
 どんな悪戯を仕掛けてやろうかと考えていたところに声をかけられ、億劫そうに顔を出す。

「……なんどす?お客さんのいはるところに出てったらまずいんちゃいますのん」
「緊急事態だ。ちょっと、屋根にいるアレ炙り出せ」
「ホンマ他力本願どすな!あんさん」

 血管でも浮き立たせそうな顔色で、口元を引きつらせて笑顔になっている妖に、シンタローは笑顔を返し、すっと片腕を上げる。

「やるの?やらねーの?」
「……あーもー惚れ惚れするほど俺様ですわ……」

 ぶつぶつと不平を漏らしながらも、それでもアラシヤマは庭先に出、屋根の上を見上げた。
 目視できるところに小妖の姿は無かったが、気配としては大体屋根の中央辺りにいるらしい。

「殺すなヨ。脅して逃げ出させるだけでいい」
「へえへえ」
 
 ったく、なんでこんな雑魚にわての火を…とぼやきつつ、アラシヤマは目を細め、狙いを定めると片手を空に向かって振りかざした。
 指先から幾筋かの小さな炎が放たれる。炎は放物線を描いて、小妖がいるとおぼしきあたりに落ち、周囲に広がった。

 炎に怯えた妖が、屋根から屋根へ飛び移る。

 その瞬間を狙ってシンタローが右手から力を放った。横を掠めていった破邪の力に、妖は態勢を崩し、犬歯のようなものの並ぶ口元から袋を取り落とす。
 西の対と寝殿を繋ぐ渡殿辺りに落ちたそれを、シンタローは駆け寄って拾い上げた。袋の口は開いておらず、被害は無いようだ。

「よっし、無事だな……ン?」

 小妖はそのままどこかへ逃げ去っていた。また何かの拍子に結界の隙間から表に出られることもあるだろう、とそれ以後のことはシンタローの頭から消える。
 否、それよりも気にすべきことが目前に迫っていたのだ。
 袋を片手に、シンタローは呆然と屋根を見上げる。アラシヤマが軽い足取りでひょいひょいと、その傍らに歩み寄ってきた。
 目線を上に向けたまま、低い、搾り出すような声でシンタローが問いかける。

「……オマエが使ってんのって、鬼火じゃねーの」
「どっちも使えますえ。現世の火も」
「じゃあ、今目の前で庇(ひさし)に火が移ってんのも、気のせいじゃなくて」
「燃えてますな」
「って家に火ぃついてんじゃねーかこのどすえええ!!」

 中庭にこだまするシンタローの絶叫。
 ぐしゃぐしゃと片手で髪をかきむしりながら、もう片方の手でアラシヤマの単の襟をつかむ。

「借家なんだヨこの家は……さっさと消せバカ狐!」
「面倒どすなあ。せっかくどすからこれを機に建て直しをお奨めしますえ。わての部屋は縦横最低二十間で」
「テメ、後でぜってーシメる。てかまだ中にミヤギとコージいるんじゃねーか?!」

 その事実に気づき、家屋だけの話ではなく本当に洒落にならないのではと思いかけ、シンタローが駆け出そうとしたその時。
 アラシヤマの人より優れた聴力を持つ耳に、声が届いた。

「―――天変地異、ゲタ占いの術」

 ほんの微か、耳に届いたのは囁くような低声。
 その声と同時に、アラシヤマが起こした炎の上に唐突に雨が降り始める。
 空に雲は殆ど見えない。その雨は、アラシヤマから見れば明らかに濃い妖力を漂わせていた。

「雨……?」

 顔に勢いのある水滴を受けながらも、ほっとした表情で、シンタローは空を見上げる。

 誰の仕業かは、アラシヤマにはなんとなくわかっているような気がした。
 三秒数えてから、ばっと勢いよく顔を上げる。その一瞬、視界の隅を黒い影が横切る。
 その影は確かに見覚えのある山犬の気を発してはいたが、けして幼い子供のそれには見えなかった。

(―――なんや、アレも色々事情がありそうどすなぁ)

 ざああ、と、局地的に雨が降る。
 それはアラシヤマの炎をかすかに残っていた妖怪の気ごと消して、潮がひくように止んだ。





 雨が上がって少しして、高松がシンタローの元に戻ってきた。

「取り戻してくださったんですね、どうも。―――それにしても狐の嫁入りみたいな雨でしたねえ」

 飄々と言い、簡単な礼を口にしながらシンタローから袋を受け取る。自身はどうやら軒先で雨宿りでもしていたらしく、僅かも濡れてはいない。
 そして憮然とした表情で佇むずぶ濡れのシンタローに、ところで、と笑いかけた。

「そちらは?初めて拝見するお顔ですが」
「え?―――あ、ああ、コレな……」

 シンタローの傍らにはアラシヤマがいる。隠れていろと言うのを忘れていた。それでも霊感の全くない人間であれば問題はなかったのだろうが。
 この男も「視える」人間なのだ、と今更ながらに思い出し、シンタローはさてどう誤魔化したものかと引きつった笑顔を浮かべたまま頬の辺りを掻く。
 まさかうっかり封印を解いてしまった物の怪であるなどとは言えない。しかしシンタローの陰陽の技の程を知っている高松に向かって、今更式神とも言えなかった。
 だが、そんなことを思いながらうううと唸っていたシンタローに、医師は口の端を上げながら言った。 

「助かりましたよ。お友だちですか?」
「……ン。まぁ……そんなところだ」

 説明をするのも面倒で、とりあえずシンタローは高松の誤解に乗ることにする。妖と友達というのもおかしな話で、実際そのつもりもさらさら無かったが、かといって他に形容の仕様もない。
 妥協策としての肯定。
 だがそれを背後で耳にしたアラシヤマは、その瞬間直立し、耳と尻尾をぴんと立てた。

(とっ……友達……っ?!)

 シンタローの返答に愉快そうに唇をゆがめてから、ではまた、何かありましたら。とそれだけを言って高松は邸から去っていった。
 それを見送りながら、背中に感じたどうしようもない悪寒に、シンタローはゆっくりと振り向く。 
 そこにはハァハァと荒い呼吸を抑えきれず、じっとりと絡みつくような視線で自分を眺めている妖の姿があった。

「あああの、し、シンタロー……はん」
「あァん?なんだよ急に、気味わりーな」

 あからさまに不審なその様子と唐突に敬称付けで呼ばれたことに、眉を顰めながら見やれば、狐に似た化生は白い面を紅潮させ、もじもじと両手の指を動かしている。

「わ、わて、気付かんどしたけど、あんさんの友達やったんどすな……?」
「―――はァ?!」

 奇怪としか思えないその表情と行動以上に、妖がおずおずと、しかしはっきりと口にしたその言葉に、シンタローは面食らって目を丸くする。

「そ、そら友達のためどしたら、手ぇのひとつもふたつも貸すのは仕方あらへんどすなぁ!」
「ちょッ……寄るな頬染めるなウザい!あれはあの場をやり過ごすための……」
「友達……友情……!!……なんてええ響きなんでっしゃろ……」
「聞けよ。ヒトの話」

 俺……もしかしてとんでもねーこと言っちまったんじゃねーか?というシンタローの懸念は妖のその様子を眺めていれば、疑念といういうよりはもはや確信だった。
 だがその中でも浮かんだ一つの期待に、シンタローはそれを口にする。

「ああ。でもじゃあ、足だの手だの食らうって話は」
「それはそれ、これはこれどすわ」
「え?じゃあ俺友達扱いされた上にソレ?何その事態悪化の一途」

 遠い目をしながら口元だけに笑みを貼り付けたシンタローの表情とは裏腹に、ウキウキと周囲の空気すら桃色に染めそうな雰囲気で、アラシヤマは言う。

「ほな、長い付き合いになることどすし、わての分の房と布団の用意もお願いしますえ~v」
「……なんで、テメーを、そこまで、歓待しなきゃ、いけねーんだよッ!!」
「別にわては構いまへんけどなぁ。親友と毎晩一つ布団で語り明かすゆうのも乙なもんどすわ」
「それだけはヤメろ、マジで。てか勝手に親友に格上げしてんじゃねー…」

 シンタローの言葉を東風もいいところで流しながら、あーお友達って素敵どすなあ!とどこまでも浮かれる妖の姿。
 すっかり居座るつもりらしきその物の怪に、シンタローは呆れを通り越して絶望に浸る。



 夕餉の席での邸の主人とその客人らしき妖の明暗の差はあまりにあからさまで。
 ミヤギ、コージの両名は怪訝そうに首をかしげ、トットリは大きな眼の上にある眉を片方浮かせた後、気付かれないようにこそりと嘆息した。















<了>














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一度憑いたら離れません。







<こちらは拙小説「Diorama / Japanesque」に関するご注意です>






当小説はパプワのキャラクターを好き勝手に配役したパラレル小説です。
時代設定は一応平安としております。所謂なんちゃって平安です。
どうか色々と心の許容量の多い方のみお読みいただければと存じます。

地名や単語などでワケがわからんとお思いになられることがあったら、
どうぞどんどん読み飛ばしてください。
本筋にはさほど関係はないかと思われます。
近日中に一応簡単な解説ページは作ります。
漢字のルビなどもあまりにも不親切な内容ですので…。

カップリングの前提は例の如くアラシン、トリミヤです。尤も×色は薄いかと。
その他今後の展開によってもしかすると色々出てくるかもしれません。

連載形式ですが、基本的に1話完結です。
何話続くかはわかりませんが、今のところ3話までは続く予定です。
広げた風呂敷がどこまで畳めるかはわかりません。
気と筆の赴くままにてろてろと更新していきます。

やっちまった感溢れる平安陰陽?パラレルではありますが、
しばしの間お付き合い願えれば、この上ない幸せでございます。







 時は中世。
 帝の号令の下に都が京に遷され、早くも二十年ほどが過ぎていた。 
 闇が深く、それらの中に潜む「あやしのもの」が、まだ人のすぐ傍に在った時代である。
 殿上人から市井の民人に至るまで、何らかの怪異の噂を聞かぬ日はない。
 「祀り」や「呪い」、或いは加持祈祷。そうした神妖との接触が日常の中に行われていた時代でもある。


 二十年前の遷都にも様々な理由はあった。だがその最たるものは、帝への呪詛と噂された数々の奇異(あさまし)事を避けるためということである。
 今上帝が今の地位に就くために、若き日より多くの政敵を闇に葬ってきたことは、大内裏の事情に多少通ずる者であれば誰もが知っている公然の秘密である。
 二十と数年前、今上帝に世継ぎが産まれ、その前途をめぐって朝廷には様々な謀略が渦巻いていた。遷都を行う前の長岡の都では、内裏の陰惨な色は今よりも尚濃かったのである。
 そのゆえか、長岡では目には見えない「何か」によって、しばしば人死にが出るほどの事故が起きていた。
 大内裏で衛侍の上に急に梁(はり)が落ちてきたり、真昼、火の気のない後宮で何故か御簾が燃え上がったり。そうした事故が、事故と片付けられないほどに頻発したのだ。
 夜な夜な内裏から男の呻き声が聞こえる、あれは数年前に死んだあの貴族の今上帝への怨嗟の声に違いあるまい―――そうした噂がまことしやかに流れる時勢だったのである。


 それら怨霊の力を、更に言ってしまえばそうした噂自体を押し込めるために建設されたのが今の都だった。
 新しい国の中枢として選ばれた京の都は、四方を山々に囲まれた天然の霊地である。
 淀川水系の東縁にあたる盆地には、琵琶湖を水源とする宇治川のほか、桂川、木津川などの複数の河川が周辺山系より流れ込んでいる。宇治川・桂川・木津川の3つの河川は京で合流し、淀川となる。
 ただでさえ霊の溜まりやすい盆地にこれだけの水系が集まっていれば、その道に詳しいものでなくとも、そこに何らかの怪しの力を感じざるを得ない。
 さらに都には、様々な霊的守護が施されている。碁盤の目状に作られた都がそれ自体巨大な結界となっていることは有名であるし、周辺の山中には四神の統べる東西南北、そして艮の方角を要所に、霊験あらたかな僧をあまた擁する王城鎮護の寺が置かれている。
 また、大内裏にはそれら「神妖の類」に対応するための陰陽寮が設置され、常時数十人の陰陽博士、陰陽師たちが勤めていた。陰陽寮の主たる仕事は星読や卜占、加持祈祷によって政を補佐することだが、退魔、怨霊調伏もまた、彼らの欠くべからざる仕事であった。



 と、朝廷はそういった情勢の下にあったのだが、それはこの物語においては瑣末な話である。



 とまれ、「現し世に在らざる物」が、まだまだ巷間の闇の至るところに跋扈しており。

 ―――水に魚、地中に蟲、闇には怪が棲む。いずれ人の立ち入るべき処に非ず。

 そういう時代の話である。















『 Diorama / Japanesque 』  

― 壱、 或殿上人祇園の小塚にて妖と出逢うこと ―















 都の羅城門を出て東北の方向、鴨川を渡ってしばらく進んだ寂しい小道を、一人の男が駆けている。
 すっきりとした長身に茜色の狩衣(かりぎぬ)を身につけた男の、年の頃は二十三、四。
 烏帽子はどこかで落としたか、或いは邪魔になって捨てたかしたのであろう。被ってはおらず、後ろでゆるく一つに括った長い黒髪が、風に煽られて波打っている。
 真っ直ぐな太い眉に、黒目のはっきりとした大きな目。すっと通った涼しげな鼻梁。
 そこには意志の強さと溢れんばかりの活力、そしてそれすらも魅力としている僅かな驕慢の色がある。
 だが、常には不敵な面構えをしているその男は、今はただひたすらに闇に目を凝らし、無心で走り続けていた。
 
 羅城門からはもう大分離れ、辺りは鬱蒼とした木々に囲まれている。このまま行けば祇園社の裏手にでも抜けることだろう。
 頭上には煌と輝く上弦の月が現れていた。
 その光と、同じく天を彩る星々の明かりによって、かろうじて足元だけは確認できる。だが目先の一寸すら確かではない状況を、全速力で疾駆するというのはかなりの難行だった。
 冷たい夜気の中、時に木の根に足をとられそうになりながら、男は走り続ける。
 否、足を取ろうとするものは木の根や砂利石の類だけではなかった。
 闇の中にだけ現れる、本来そこには存在しないはずの倒木や水溜り。影だけの手。天から降る長い長い帯に、奇怪な魚、蝸牛の霊……。
 確かに目には映る。だが、それが現実に「ない」ということも、過去の経験から男はよく理解している。
 なのですべてを無視して踏み過ぎていくのだが、鬱陶しいことは鬱陶しい。それでも、男は足を止めるわけにはいかなかった。
   
 男が駆けるその十間(約二十メートル)ほど後ろを、まるで何かの波のように、一群の影がざわめきながら追っていく。
 ざわめきは遠い宴席のそれのようでもあり、獣たちが喚いているようでもあり、また無数の虫の羽音のようでもあった。そのざわめきと共に、突風でも吹き過ぎているかの如く、木々が梢を揺らし、その葉を散らす。

 やがて男は袂(たもと)から一枚の符を取り出すと、よく通る低声で真言を唱え始めた。

「ナウマク・サラバタタギャーテイビヤク・サラバボッケイビヤク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケン・ギャキ・ギャキ・サラバビギナン・ウン・タラタ・カン・マン」

 もう随分な距離を全速力で駆け続けているはずなのに、男の呼気はさほど乱れてはいない。
 駆ける速度は緩めないまま、左手で剣印を結ぶ。

「謹んで奉る不動明王、黄地仇なす妖魅悪鬼速やかに冥府が果てまで退けんと、そは宝剣の御力顕し給うよう、畏み畏み申す―――」

 そして唱え終わると同時にばっと振り向き、振り向きざま影たちに、右手で符を放った。
 

 符から光が顕現し、闇を一閃する。その光を浴びた影たちの一部が四散し、ざわめきを止める。
 夜の林に、むしろ恐ろしいような静寂が戻る。


 だがそれは一瞬のこと。
 男の気迫に動きを止めていた影たちは、すぐにまた形を取り戻して男を追い始めた。
 男も、やれやれとでもいうように一つだけため息をつき、くるりと回れ右をして再び駆け出す。

「―――クソ、やっぱほとんど効かねーじゃねーか。あの顔だけ野郎、覚えてやがれ」

 苦虫を噛み潰した表情でそう呟いて、男は更に林の奥へと入り込んでいく。
 しかし、いくら体力には自信があるとは言え、いつまでもこうして鬼ごっこを続けているわけにもいかない。さてどうしたものかと考えながら走っていた男は、そのときふとその状況にそぐわない甘い匂いが鼻腔をくすぐるのを感じた。

(ン?…梅の香……?)

 今は如月。先日ようやく立春を迎えたばかりで、梅の時期にはまだ早い。宮中にある梅の木もまだ、早咲きの枝にようやく蕾の予兆が見えるくらいだ。
 だが、はじめは微かだった香りは林の奥へ行けば行くほど確かに強まっていく。
 梅林でもあるのか、と周囲を軽く見渡すが、少なくとも視界に入る範囲ではそれらしき木は見当たらなかった。

 香りに気をとられて足元がおろそかになっていたのだろう。
 男は、駆ける速度のまま何かの硬いものを思い切り蹴飛ばして、前方につんのめった。
 また妖の目晦ましかと思って油断していたのだが、どうやら今回の障害物は実体を持っていたらしい。
 蹴飛ばしたのは、古ぼけた大きな木簡だった。
 闇の中に目を凝らせば、僅かに盛り上がった土山の上に、白々と、まるで光っているようにも見えるすべらかで大きな石が置かれている。
 男が蹴飛ばしたのはその前に立てかけられていたもののようだった。 

(―――やべ、なんかの塚だったのか?コレ)

 男は慌てて前方に飛んだ木簡を追い、それを拾い上げる。
 風雨に曝され泥まみれになっている木の板には、どこの術式かはわからないが梵字で文言が書かれていた。文言の一番下には、そこだけ漢字で「嵐山」の二文字が見える。
 その雰囲気から察するに、どうやらかなり昔に、何らかの妖を封じ込めた塚だったらしい。
 霊験あらたかそうな札を蹴飛ばしてしまったことは暗中の不可抗力としても、さすがにそのまま放置していくわけにもいかない。せめて元あったところに戻しといたほうがいいよな―――と男がその板を手にして振り返った瞬間。

 ピシッ、という乾いた音が木々の間に響いた。

 見れば、木簡の中央に大きな裂傷が出来ている。
 だが、先刻耳を打ったのは朽ちかけていた木切れが発した音というよりは、まるでそこにあった硬質な「何か」にひび割れが起こったかのような、夜気を裂く鮮明な音だった。 
 男が嫌な予感に顔を顰めたのとほぼ同時に。
 むせ返るような花の香りと共に、背筋を冷やすような妖気が塚から湧き上がってきた。
 霧とも煙ともつかない白い靄が、辺りに立ち込めていく。男は追われているという立場すら一瞬忘れ、ただそこに立ち尽くして目を凝らす。



 そして靄の中心に忽然と現れたのは、一体の、人の形をした妖(あやかし)の姿だった。


『 Diorama / Japanesque 』壱、 <後編>






 妖は、黒い単(ひとえ)を身にまとい、塚の上に悠然と腰をかけている。強い梅の香りは靄と共に薄れ、空中を仄かに漂う程度になっていた。
 単の裾や襟元から覗く肌の色は、抜けるほど、白い。
 薄手の単の上に、無造作に羽織っている布にも似た、蒼白とも言っていいような色だった。
 襟足が短く、前髪だけが顔半分を覆うように伸びている髪は、今しがたどこぞで濡れてきたような漆黒。
 そしてそこには、人の耳の代わりに狐のような大きな白い獣の耳が生えている。
 妖の姿の後ろからは、長くふさふさとした白い毛の尾が揺れているのも見えた。

 年を経て力を得た白狐の妖か、と男は瞬時に考える。
 だがそう断定するには、それが発する妖気の中には人、獣、器物を問わず、あまりに種々雑多な気が合わさっているようだった。
 これほどまでにおかしな妖を男はこれまで見たことがない。だがなんにせよ、一筋縄ではいかなそうな古い妖であることは間違いがなかった。

 妖がゆっくりと顔を上げ、髪の切れ間から覗く鋭い片目で、男を見やる。

「フフ……長かった……長かったどすなァ……やっと表に出ることができましたえ―――って、あ痛っ!な、ななな、何どすの?!」

 だが口元に不敵な笑みを浮かべながらゆらりと顔を上げたその妖は。
 次の瞬間、背後から怒涛のように押し寄せてきた魑魅魍魎の類に一斉に踏み越えられて、勢いよく大地に口付けた。
 正面から来たその勢いを、男は半身をずらしてひょい、と避ける。そしてこめかみの辺りを掻きながら、無数の足跡をその背中一面につけた妖を、ほんの少しだけ憐れむような目で見下ろした。
 妖はしばらくその姿勢のままわなわなと震えていたが、やがてこんのぉぉぉと言いながら起き上がり。人には理解できない言葉で影に向かって何かを怒鳴りつけた。
 その声に、周囲にいた小鬼たちが弾かれたように飛ぶ。
 妖の迫力に怯んだのか、魍魎達は駆けるのを止め、妖と男とを遠巻きに囲み、ざわめきながら様子を窺い始める。 
 妖を中心に三間ほどを半径とした円の、内側にいるのは男だけである。
 土ぼこりにまみれた衣服をばたばたとはたいてから、妖はじっとりとした視線を男に送った。

「……最低の寝覚めや。何なんどす、あん細かいの」
「鳥辺野(とりべの)で眠ってた、死霊のみなさんじゃねえかな」

 世にも恨めしそうな表情で発される妖の問いかけに、男は前方を見据えたまま淡々と答える。

「へえ、鳥辺野……って、なんどすのその他人事みたいな言い方は!あんさんがわざわざ引き連れてきたんでっしゃろ!」
「好きで連れてきたワケじゃねーよ」

 ぎゃーぎゃーと喚く妖の声を指で耳をふさいで遮断しながら、男は事態の冷静な認識に勤しんだ。

 どうやら自分はここに封じられていた狐だかなんだかの妖を、うっかり起こしてしまったようだ。
 この妖はどこか、いやかなり全面的に間抜けでかつタチが悪そうだが、妖力はそれなりに強そうである。
 そして正に今、自分は数多の死霊に追われており、結構な窮地に立たされている身だったりする。

 まだ手に持ったままだった木簡の表に目をやり、そこにある嵐山の文字を確認して、男は妖に声をかけた。

「おい、アラシヤマ」
「……気安ぅヒトの名前口にせんでもらえます?」

 妖は眉根を寄せ、座りなおした塚の上から見下ろすように男に目を向ける。
 それでも、不承不承というように、なんどすの?と問い返した。

「テメ、封じられてたってことはそれなりに力のある妖怪なんだろ?」
「それなり、言うのは失敬どすな。あんさん一人食らうくらいやったら、一瞬どすえ」
「ちょっと手ぇ貸せよ。こいつら追っ払うのに」

 何気なく言われたその言葉に、アラシヤマという名の妖は見えている片目を思わず丸くした。目前の男が表情も変えずにのたまったあまりに予想外の要請に、危うく石の上からずり落ちそうになる。

「はぁ?あんさん、陰陽の理を操るお人どっしゃろ?こんくらい、わての力なんて借りんと、ちょちょいとやってまいなはれ」
「……。それができたら、一見の妖なんぞに頼るわけねーだろ」

 まるでスネたような口調で言い放たれた、男のその言葉。
 二人の間に沈黙が張り詰める。
 せ、と妖が、薄い羅紗にも似た白布を羽織った肩を震わせた。

「せやかてさっきあんさんナウマクなんたらてカッコつけてゆうてはったやろ!わて塚ん中から見てたんどすえ!」
「ばーろーあんなクソ長い真言アンチョコ無しで言えるワケねーだろーが元からハッタリだ!」
「逆ギレ?!」

 目を吊り上げながら自分を見る妖に、だーかーら、と言いながら男はぐしゃぐしゃと黒い前髪を掻き乱す。

「俺は、テメーの想像してるよーな陰陽師じゃねえんだよ。一応視えることは視えるけど、マトモに勉強したわけじゃねぇから式も術もほとんど使えねーし」
「情けないこと言わはりまんなぁ……」

 眉尻を下げながらアラシヤマは嘆息する。その表情には、自分を封じていた術を破ったのだからさぞ力の強い陰陽師かと思ったら、とんだ期待はずれだった。そんな侮蔑の色が露わである。
 だがすぐにケケケと笑ったかと思うと、せやけど、と底意地の悪そうに言った。

「わて、弱いお人には興味あらへんのや。運が悪うおしたな、わてはもうここからおさらばしますさかい、さっさととり殺され―――」
 
 その瞬間、アラシヤマの左面をかすめて、稲妻にも似たとてつもない破邪の力が後方へと飛んでいった。
 アラシヤマの背後の木々から一斉に鴉が飛び立ち、夜空を旋回しながらギャアギャアと啼きたてる。

 それは何気なくアラシヤマに向けられた、男の片手から放たれたものだった。

 アラシヤマは口元にうすら笑いを貼り付けたまま、凍りついたように固まっている。その顔のすぐ横で、パチ、と小さな雷がはじけた。

「―――できんのは、問答無用で吹っ飛ばすのくらいか……」
「……そら、あんさん……反則どすえ……」

 淡々とそう言い放つ男に、妖はひくり、と唇の端を引きつらせた。

「陰陽師でもないくせに、退魔の術だけは達者ゆうことどすか。嫌な性分の人と会ってもうたなあ……。でも、そないな真似できるんやったら」
「ちょっと事情があってな。無闇に消したく、ねーんだ」

 妖の声を遮るように、きっぱりした口調で男が言った。影の群れをまっすぐに見据えながら、最初にヘマして怒らせたのはこっちだしな、とぼそりと付け加える。
 言葉を止められたアラシヤマは、そんな男を眺めながら呆れたように肩をすくめた。

「あんさん自分の命が危ないゆうのに、消さず追っ払う方法探そう思て鳥辺野からここまで走ってきましたん?そらえろうご苦労なことで」

 男は口を一文字に引き結んだまま、妖の言葉を聞いている。反論をしないところを見ると、自分でもそれなりの自覚はあるらしい。
 アラシヤマは目を細めて、じっと男を凝視する。
 しばらくそうして男を、否、男が身にまとう何らかの力を目を眇めて眺めていたアラシヤマは、やがて、ハン、と投げやりな声を出した。

「人の癖に、化生のもんに情けかけるなんて甘いことやっとるから、つけ込まれやすいんどすな……ま、仕方あらへん、今回だけは助けたげまひょ。よぉ見たら、なぁんかおもろい気ぃ持ってはるみたいやし」

 そう言いながら、アラシヤマは塚の上に立ち上がると、ぴょん、ぴょん、とまるで体重を感じさせない動きで塚と男の肩を跳ね、その目前に降りる。そして男を背に庇うように直立すると、周囲を囲む死霊たちを視線だけでゆっくりと見渡した。

 ざわり、と反面を覆う黒髪が逆立つ。
 同様に、大地から風でも巻き起こっているかのように、アラシヤマが纏う黒の単もその裾を揺らした。
 ゆるやかに目の高さまで上げられた爪の長い右手には、橙色の鬼火がまるで生き物のように絡みついている。

 男の目の前で、アラシヤマが炎を纏った右腕を一振りする。
 瞬間、二人の周囲に僅かな空間を残して、辺りに無数の火柱が噴きあがった。

 あまりに不穏な妖の力。それを男は間近で見、―――こりゃ、大分マズいモン掘り起こしちまったかもな……と一瞬だけ後悔する。
 しかし今更引き返すことは出来ない。嬉々として炎の影をその面に映す妖に向かって、男は大声で怒鳴りつけた。
 
「焼き尽くすんじゃねーぞ!追っ払うだけでいいんだからな」

 久々に現世で炎をふるうことができたアラシヤマは、しかしあからさまに物足りないという顔である。

「……わかってますけど。よぉまぁこの状況で我が儘言わはるわ」 
 
 それでも派手な炎の柱は、殆ど脅しが目的であったらしい。無理やり消滅させられる断末魔の声はなく、辺りに集まっていた幽鬼たちはただ一目散に逃げていく。
 やがて炎の柱が一本、また一本と闇に紛れていき、その最後の一本が消え去ったとき、そこにはもう、死霊たちの気配はなかった。
 辺りはしんと静まり返っている。静寂の中、黒い単の背中が力を抜いたのが男の目にもわかった。
 腰に手を当てながら、得意げな顔をしたアラシヤマが男を振り返る。

「全部追っ払ったったわ。これで、文句ないでっしゃろ」
「ああ」 

 それまでの淀んだ空気は完全に霧消しており、代わりに身を研ぐように清冽な夜気だけがそこにあった。
 風の流れが正しく直され、同時に息を潜ませていた周囲の動物たちが、また安らいで呼吸を始めたことを感じる。どうやら、この妖の力は結構なものであったらしい。
 そんなことを呆れたような感心したような心持で思っていた男に、アラシヤマはちろりと赤い舌を見せながら笑いかけた。

「せやったら―――」
 
 男の姿を細い目で眺めながら、黒髪の妖は舌なめずりをする。

「おあしをいただきまひょか。まさか化生のモンに頼みごとしといて、タダで済むなんて思うとりまへんよなぁ……?」
「……」
「わては、高」
「眼魔砲」

 いんどすえぇぇという続きは途中から悲鳴に転じ、哀しく木々の間にこだました。

「なんかできるもんなら、してみろヨ」
「くっ……あんさんのそれ、ほんま卑怯技どすえ?!」

 地に両膝を着き、先の毛の焦げた耳を抑えながら、半分涙目になっているアラシヤマはキッと男を睨みつける。
 不敵な面構えを取り戻した男は、腕組みをしながらそんな獣の妖を見下ろした。

「諦めとけって。アイツら追っ払ってもらったのには礼言うけど、腕だの足だの食われてやるわけにゃいかねーんだ」

 さばさばとそう言って、片眉を上げる。
 だが妖は相当しつこいタチらしい。容易には諦めがつかないようで、あくまで男に喰らい付いてくる。

「人間なんかにタダで手ぇ貸したなんて、わてのプライドが許さんわ」
「じゃあ、今度酒でも持ってきてやる。それでチャラにしろ」
「酒は…嫌いやおまへんけど。あんさんから貰いたいのはそんなんとちゃうんどす」

 そしてしばらくの間、アラシヤマは眉間に皺を寄せながらブツブツと一人で何かを呟いていた。
 が、やがて、何かを思いついたように眉根を解いたかと思うと、ニヤリと男に笑いかける。

「ほな、しゃあないどすな。塚戻るわけにもいかへんし……、代わりに何もらうか決まるまで、あんさんに憑いてくことにしまひょ」
「げっ……」

 今度は男のほうが、あからさまな不快の色をその顔に上す番だった。
 酸欠の鯉か鮒よろしく口をぱくぱくと動かした後。ようやく発することが出来た声は、悲鳴と罵声が入り混じったものだった。

「憑いてきてどーすんだよ」
「さあて、とりあえず都の観光もしたいどすし、内裏がどないなってるのかも気になりますな。それにあんさん割とおいしそ……やのうて面白そうな精気持ってはるさかい」
「……ちょっとでも怪しいことしやがったら、ぶっ飛ばすぞ。てか来んな、マジで」
「今ここで何かもらえるんどしたらそうしますけど?あんさんの手足でも目玉でも」

 心底愉快そうに、だがどこか皮肉めいた冷笑を含んだ笑顔で、妖はのらりくらりとそうのたまう。
 男はそれに対してまだ何らかの抗議を行おうとしたが―――どっと降るように湧いてきた疲労感に、ただ首を振ってため息をついた。

「なんか、相手すんのもめんどくさくなってきた。とりあえず眠ぃからもう帰るぜ」
「そうそう、人間諦めが肝心なときもありますえ。ほな、これからよろしゅうにな、えーと」
「……シンタロー」

 自分の性分をすっかり棚に上げながらそう言う妖に、男はげんなりと肩を落として名を名乗る。
 妖は至って上機嫌らしい。赤い唇を歪めて、ニィ、と笑う。

「シンタロー。じゃあ家帰ったらまずはぶぶ漬けでも出してもらいまひょか」
「着いたら即寝るに決まってんだろうが」
「ぬくい茶なんて何十年ぶりでっしゃろなぁ。あー楽しみどすわ」
「テメエ……このデカい耳は飾りかコスプレか?!」
「あだだ痛い痛い痛いどす!動物の耳と尻尾に悪戯したらあかんて小さい頃お母はんに習わんかったんどすか?!」

 アラシヤマの白い耳をギュウウと遠慮のない力で引っ張ってから、シンタローは何かを思い切るように一つ大きな息を吐き。勢いよく踵を返した。
 そしてそのまま、来た道を戻り始める。その後を妖が、耳を押さえながらほたほたとついていく。
 

 気付けば夜に浮いていた冷気が凝って、下生えの草々に無数の白露が留まっている。
 黎明の薄い光の中。奇妙な二人連れの影が、都に向かって歩き出した。

















<了>















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書いてる本人が一番楽しいアラシン平安パラレル開幕です。


paa
<こちらは拙小説「華埠暁嵐抄」に関するご注意です>






当小説はパプワのキャラクターを好き勝手に配役したパラレル小説です。
時代設定は特になく、舞台はどこかの国のチャイナタウンです。
どうか色々と心の許容量の多い方のみお読みいただければと存じます。

地名や単語などでワケがわからんとお思いになられることがあったら、
どうぞどんどん読み飛ばしてください。
本筋にはさほど関係はないかと思われます。

カップリングの前提は例の如くアラシンです。尤も×色は薄いかと。
その他今後の展開によってもしかすると色々出てくるかもしれません。

ちょこちょこと書き足していく形式で書いております、
どのくらい続くかはわかりませんが、大体3か4辺りで完結すると思います。
気と筆の赴くままにてろてろと更新していきます。


またもや書いてる当人が楽しいばかりのアラシンパラレルですが、
しばしの間お付き合い願えれば、この上ない幸せでございます。







 昼過ぎからたちこめ始めた重く暗い雲から、ぽつり、と落ちた水滴は、ある一枚の古びた看板の隅に当たった。
 


 半ば朽ちかけながらもまだ、目に痛いほどのけばけばしい色彩を誇るその看板。
 書かれているのは「中薬商店」の四文字だけで、屋号も何もつけられてはいない。
 街の中心部にも程々に近く、だが主なストリートからは若干外れた場所にある小さな路地裏の漢方薬店である。
 そのおどろおどろしい佇まいを見れば、よほど昔からその店がそこに存在していたことは間違いがないだろう。
 だが、これだけコミュニティーの付き合いの密なチャイナタウンとしては稀有なことに。
 周辺に住む誰一人として、その店の主人の本名を知る者はいなかった。わかっているのは、当代の主人が意外なほど若いということだけだ。





 主は、その日ずっと、どんよりと曇った空を店の二階から眺めていた。
 建物そのものは鉄筋の三階建てのビルである。だが内装は完全な中華嗜好であり、居住部分である二階の部屋には、紫檀と象牙で造られた抽斗や卓子などが無造作に置かれている。
 主が腰をかけているのは、窓際に置かれているやたらと凝った螺鈿細工の小卓だった。
 手元に置いているのは古ぼけた青銅製の風水盤。
 盤の上に指を滑らせながら、窓の外の風景とそれを見比べる。

「七赤金星と六白金星……丙丁の気のめぐり合わせ……」 

 長く伸びた前髪の切れ間から半分だけ現れているその顔は、京劇の花衫のように整っている。
 だが、それのもつ空気にはどこか、馴れ合えない陰気な冷たさも含まれていた。
 やがて、ぽつり、とその一滴が空から落ちてきて、かと思うと水滴はすぐに激しい夕立へと変貌した。
 全ての音を呑み込むように降る雨に、男は楽しそうに目を細める。

「―――嵐が、来ますなあ」


 呟いた口元には、うっすらと、しかし隠し切れない笑みが浮かんでいた。




















『 華埠暁嵐抄 』




















 しっかりと鶏ガラからとった透明なスープは、この界隈では珍しく薄味なのにコクがある。
 麺はどちらかといえば細め。上には海老と青梗菜、薄い皮のワンタンがコレでもかというほど乗っていて、ボリュームも十分。
 画竜点睛とばかりに胡麻油がほどよく効いていて、これで4ドルというのだから、ついつい通いたくもなるというものだ。

「親父、また美味くなったんじゃねーの、コレ」

 湯気の立つその汁を啜りながらそう言うと、店の主である禿頭の親父はカウンターの内側から身を乗り出して、満足そうににんまりと笑った。

「わかるか。ちょっといい鶏が見つかってな……」

 そして滔々と料理についての薀蓄を垂れ始める。自分もそれなりに料理をする方なので、こういう情報は有難い。三日に一度は店に来ているので、ここの親父ともすっかりもう顔なじみだ。
 鶏ガラを取るときのコツは、麺に使う粉の配合比は、など本来なら門外不出の秘伝だろうに披露してくれる。そんな店主の話を興味深く聞いていたその時、唐突に、ガシャーンととんでもない音が店の入り口からした。
 次いで、誰のともわからない上ずった悲鳴が聞こえる。

「ケンカだ―――――!!」

 見れば入り口、ドア脇のガラスは無残にも砕けている。店内には割れたガラスの破片が散乱し、その上には無法な侵入者らしきパイプ椅子が転がっていた。
 主がやれやれと言うようにため息をつく。幸いにして付近の席に人はいなかったが、これでは修理代だけでも結構な額になりそうだ。
 尤も、こうした騒ぎはこのお世辞にも治安のよいとはいえないチャイナタウンの中央路に面した店として、避けがたい運命の一つではある。
 主も慣れてはいるので取り立てて大騒ぎをしたりはしない。とはいえ自分の店を壊されて愉快という人間はいないだろう。

「んじゃ、ご馳走さん」

 ちょうど料理が食べ終わったので、俺は代金をカウンターに置いて腰を上げた。

「おう、また来いよ」

 出しなに、親父は片眉を上げて俺を見た。それに軽く笑い返して、表に出る。
 中央路では数人の若いチンピラたちが殴りあったり物を投げあったりと元気に抗争中だった。本当ならば路を通りたいのだろう一般人たちは困り顔のまま、はるか遠くで人だかりを作っている。
 ぶつかりあっている人数は両陣営合わせて十人程度。刃物を持っているのも何人かはいるが、銃器はどちらも用意していないようだった。
 渦中にのこのこと現れた男に、全員がいっせいに殺気の篭った視線を投げかける。ギラギラと、笑えるくらい好戦的で野卑な眼だ。
 両方の首領格らしき、とりわけ目つきの悪い二人の男が一歩前に進み出る。

「―――そこのガタイのいい兄ちゃん、どきな、邪魔だぜ」

 あまりにも捻りのないお約束の台詞に、苦笑どころか力が抜けた。今時B級映画の悪役でも吐かねーだろ、ソレは。
 返事をするのも面倒で、とりあえず二人いっぺんに蹴り飛ばす。

 別に命までとるつもりはないので手加減はしたが、予想以上に簡単に二人は地面に伸びてしまった。それまで後ろに控えていた下っ端達が、一斉にこちらに向かって身構える。
 履き慣れたカンフーシューズの先をとんとんと軽く地に打ちつけながら、そいつらにざっと眼を渡らせた。

「てめーら、どこの堂(そしき)が後ろについてんのか知らねーけどさ」

 どうやらあれだけ騒いでた割に、俺に対しては共同戦線を張るつもりらしい。不仲な二国を協調させるには共通の敵を作るのが一番だってのは、情けない話だが一抹の真理を含んでいる。
 ずらりと並んだ男達の足が、一斉に地を蹴った。もちろん、こちらもこれだけ挑発しといて退くつもりはない。

「ドンパチやんなら、一般の店に迷惑かけンなよ―――なッ!」





 大体五分とちょっとでその場は収まりがついた。
 それまで遠巻きに騒ぎを見ていた連中が最初どよめき、やがて歓声を上げる。とはいえ、そこに留まっていればやがて「どうしようもない事情があって」遅れてきた警官達に、うるさく事情を聞かれるだろう。そんなのは真っ平御免だし、俺としては美味いメシを出す店の主の溜飲を多少なりとも下げられればそれでいい。
 人が集まってくる前に近くの小さな路地に飛び込む。そしてそのまま人目につかないよう裏道を通りながら、行き着けのバーへと駆け出した。










***










 カラン、と鐘を鳴らしながら木製のドアを開けると、店の中にいた三人が一斉にこちらを振り返った。カウンターの中にいる店長と、その対面に座る金髪と黒髪の二人連れだ。
 に、と笑いながら金髪の方が乾杯でもするかのように飲んでいたアイスティーのグラスを掲げる。

「さっきの中央路での騒ぎ。見てたっぺよ、スンタロー」
「ミヤギ」
「大活躍だったっちゃね」
「―――に、トットリもか。見てたんなら手伝えよ、てめーら」

 苦虫を噛み潰したようになっているだろう表情を自覚しながら、俺は手前に座っている黒髪の男―――トットリの隣に腰をかけた。店長に珈琲一つ、と注文する。

「一介の下っ端記者に妙な期待しねぇでけろ。それに手伝おう思ったときにはもう終わっとったべな」
「僕も、仕事中によそのことに手ぇ出すわけにはいかんわや。助けが必要な状況だったんならともかく」

 西洋人みたいにやたら綺麗な顔をしたミヤギは、目が覚めるような鮮藍色のチャイナを着ていた。トットリは黒地に藍色のラインが入った動きやすそうな簡素な中国服である。
 地元民で、時折ミヤギなど街の外から来る人間の案内屋もやっているトットリはともかく、一応は一般企業に勤めているミヤギは昼間はスーツ姿のことが多い。珍しいこともあるもんだと思って、ついじろじろと見てしまう。

「で、その記者さんは?いーのかよ、真昼間からこんなトコいて」
「こういうとこの情報集めんのも大事な取材だっぺ。そういうスンタローこそ」
「オレはお仕事自体、募集中なの。てことでココ、おごって」
「え……ミヤギくんの財布に縋るなんてどんだけ困ってるんだわいや……」
「なーんか言うたべかァ?トットリ」
「なななんでもないっちゃ!」

 笑いながら流す視線は、顔立ちが整ってるだけにその迫力もなかなかなもので。
 睨まれたトットリはあああと言いながら固まっている。こうしたやり取りにももうすっかり慣れてしまった。これでも何だかんだいってこいつらは仲がいい。相性が合うんだかなんだか知らないが、驚くほどに。

「まあでも、ほいじゃったらちょうどよかったのぉ、シンタロー」

 それまでほとんど喋らずにグラスを磨いたり珈琲を淹れたりしていた、やたらガタイのいい店長が、縦一直線に傷のある片目を眇めながら暢気な声で言った。

「?ンだよ、コージ」
「だべ!奢るよりもっといいことがあるべ!仕事の情報だァ」

 出費から逃れたいのかそれとも本気でそう思っているのかは判断がつかないが、とにかく勢い込んでミヤギがこちらに身を乗り出してくる。トットリの頭をぎゅう、とカウンターに押し付けながら。

「青龍堂から、古美術取引の護衛の仕事があるんだっぺ。一日で済むし、報酬は三千ドル」
「三千?!そりゃ盗品ダロ?」
「違うらしいべ。ただ、なんか他からも狙われてる品らしくて、腕の立つ護衛探してるんだと。しかも元々雇ってた護衛が襲撃されたからってんで、取引は明後日」
「へーえ……」

 ミヤギが目を輝かせながら語るその内容は、確かにそれだけの価値はある。取引が始まる前からもう負傷者が数名、ということは、かなりヤバイ相手らしいが、それにしても一日で三千はあまりにオイシイ。二か月分の家賃水道代電気代ガス代全部払ってもまだ余裕ができる。
 そんなことを頭の中で皮算用をしているうちに、ふと別の、だが根本的な疑問がわいた。

「でも、そんな条件いーんなら、なんでテメーで引き受けねーの」

 ミヤギは本職の新聞記者ではあるのだが、書いているのは哀しいほど零細の地元タブロイド紙だ。
 いつも筆は剣よりも強しだのなんだのと言っているが、拾ってきたネタによってその多寡が決まるという涙ぐましい給与体系の下に働いているため、ネタがないときには時折副業として何でも屋らしきこともやっている。言ってみれば半分同業者みたいなものである。
 だが、俺のその言葉を聞いたミヤギはみるみる顔色を土気色にすると、遠い眼をし始めた。

「オラは……明後日までに一面連載用のネタ集めがあるんだっぺ……」
「一面?この前の大誤報の始末はちゃんとついたんだな」
「縁起でもねーこと思い出させねえでけろ。アレだって、ちょっとした手違いさえなけりゃ世紀の大スクープだったんだべ!」
「はーいハイハイ。ま、そういうコトならお言葉に甘えさせてもらうゼ、窓口はいつものトコでいーんだな?」

 青龍堂ならこれまでにも何度か仕事を請け負ったことがある。このチャイナタウンを牛耳る二大勢力の片方で、バックにはかなりデカい財閥が控えているという噂もあり、金払いはかなりいい。
 そうと決まれば善は急げだ。珈琲を飲み干して席を立ちかかった。その時。

 あ、とミヤギが慌てたように言い、何かを察したトットリが俺のタンクトップの裾を掴んだ。

 危うくその場でつんのめりそうになったが、なんとか踏みとどまって振り向く。するとミヤギが少しだけバツの悪そうな顔で笑っていた。

「ちょい待つべ、スンタロー。一つ条件があったの忘れてたべな」
「?」
「これ、一人じゃできねえ仕事なんだべ」
「は?!なんだそりゃ」
「請け負う時は最低二人以上って条件がついてんだっぺ。安全策のつもりだか、なんでかはわがんね」

 肩を竦めながらミヤギは言う。

「ミヤギ…はダメなんだよな。トットリも」
「だべなぁ」
「僕ぁこの三日間はミヤギ君の手伝いだっちゃ」
「コージは……店あけるわけにはいかねーか」
「すまんが、そうじゃのォ」
「うー……」

 その場に居る面々を順繰りに眺めてみても、どうにかなりそうなヤツはいなかった。
 と、なると。
 選択肢は一つしか残ってはいない。

「……あー……仕方ねぇナ。かーなーり気が進まねーけど、アイツに頼むか……」
「「アイツ?」」
 
 ミヤギとトットリが綺麗にハモって聞き返してくる。
 好奇心に満ちた目は敢えて見ないようにして、答えた。


「陰気で根性悪でキモくて全体的に関わりたくない。けど、腕はそこそこ立つヤツの心当たりが、ある」









 バーを出たその足で、目的の店に向かった。
 一度中央路に戻ってから、また裏道をいくつか抜けて、小さな雑居住宅が並ぶ一画に出る。その中にぽつんとある漢方薬店。けばけばしくはあるものの、風雨の力によって全体的に黒ずみ、既に風景の一部となっている看板の下にあるドアを開けた。
 瞬間、ふ、と甘苦いような薫りが鼻につく。
 無数の缶とひたすらに怪しい何かの根やら干物やらの瓶詰めが並んでいる薄暗い一階に、店主の姿はなかった。カウンターの奥までずかずかと入り込むと、そこにある細い階段を登り、もう一枚の扉を蹴飛ばさんばかりの適当さで開ける。
 二階は、ワンフロアが全て広い居住空間となっている。磨きこまれた紫檀と鉄と漆の黒に象牙の白がアクセントとなっているそこ、古い家具たちの間に紛れ込むように店の主は居た。
 表はすでに日が傾き始めている。淦と橙の中間のような光が、複雑な文様の透かし彫りになった窓を通して室内に射し込んでいた。

「おこしやすぅ、シンタローはんv」

 奥の小卓に軽く腰を凭れさせるようにして表を眺めていたらしき主が、にっこり―――否、にやりと笑って言う。相変わらず妙なイントネーションだ。それに笑い返すことすらせずに、とりあえず部屋の中央まで行き、そこにある大きめの卓についた。
 顔の片側を長い前髪で覆っている主の今日の服装は、漆黒の地にド派手な真紅の牡丹が刺繍された、ややゆとりのあるチャイナ服。服地も刺繍の質もかなりいいものなんだろうが、着ている人間がよくないのか、なんとはなしに胡散臭い。
 薄笑いのままいそいそと寄ってくる主と目を合わせないようにして、片手を振りながら言った。
 
「茶とか、別にいらねーからな。さっき飲んできたばっかだし、用件終わりゃさっさと出るし」
「相変わらずつれないお人どすなあ。ま、お相伴と思って一杯くらい飲んでっておくれやす」
「……変なモン、入れんなヨ」
「イヤどすわぁ、この前のまだ根に持ってはりますの」

 こちらの意向を殆ど無視して、主は茶を淹れ始める。大丈夫どす、今回のは台湾から取り寄せた白毫烏龍茶、その名も東方美人どすえ~、とムカつくオーバーアクションをしながら。
 事前に温めてあったらしき小ぶりな茶壷に葉を入れ、かなり高い位置から湯を注ぎ込んだ。
 差し出された小さな白磁の器を受け取って一口飲んだところで、主が「で?」と、続ける。

「今日のご用はなんどす?朋友の絆をより深める親睦会のお誘いどしたら、今すぐ市内の一流ホテル予約してきますけど」 
「オマエ宇宙から変な電波受信してんじゃねーのか。仕事だ、仕事」

 ウキウキと胸の前で両手を合わせながら言う男が、徐々に、しかし確実に近づいてくるのが本気でウザい。座ったまま足でそれ以上寄らない様に遠ざけながら言うと、髪に隠れていない方の眉が僅かに上がった。

「わてにお声がけがあるのは久々どすなあ。そない手間のかかる仕事なんどすか?」
「よくわかんねーけど、一人じゃ受けられない依頼なんだと」

 茶をもう一口すすりながら、ミヤギから聞いた話をそのまま伝える。男はとりあえず隣の椅子に腰をかけ、卓の上に肘をつきながらこちらの話をじっと聞いていた。
 どこで焚いているのか、相変わらず部屋の中には強い香の匂いが漂い続けている。
 十分足らずで話を一区切りつけると、男は数秒中空に視線をさまよわせてから、ぼそりと言った。

「別にあんさんにケチつけるわけやないんどすけどな。さすがにちょお……怪しいんちゃいます?」

 ぽりぽりと頬の辺りを掻きつつ、存外言いたいことは割とはっきり言うその男を、若干苦い思いで見返す。

「胡散クセーのは百も承知だ……が。背に腹は変えられねー」
「せやから、わてんとこ越してきはったら生活費はタダどすえて、何度も言うてるやないどすか」
「それだけはイヤだから必死で仕事探してんダロ」
「もう、ほんまシャイなんどすから……」
「違ーーーう」

 いちいち相手にしていたら負けだと思う。それでもこの男と対話していると段々と目が虚ろになる。
 こればかりは意識してのものではないのでどうしようもない。

「ま……どうせ、ヒマしてんだろ?」

 目を逸らしながら茶をもう一口あおると、主は心外だというように口を一文字に引き結んだ。

「ヒマなんてあらしまへんわ、毎日きちんと店番しとります」
「客なんて滅多にこねークセに」
「ウチは一見さんお断り、上客以外相手にせえへん主義なんどす!……ただ、せっかくのあんさんからのお誘い、断るわけにはいきまへん……しゃあない、お付き合いしまひょ」

 上目遣いにじっとりとこちらを見てから、ひとつ息を吐く。
 その恩着せがましい態度がやや癪に障ったが、そうとなれば話は早いほうがいい。湯飲みはすでに空になっていた。男にちょうど聞こえないくらいの小声でごっそさん、と呟いて、立ち上がる。

「じゃ、早いとこ向かおうぜ。他の希望者に決まっちまう前に契約しとかねーとな」
「あんさんどしたら、行けば仕事は廻されると思いますけどな」 

 男と連れ立って店を出ると表はもう大分薄暗くなっており、東のほうの空はすでに深い藍色に染まっていた。



 

 青龍堂への仕事の仲介者―――エージェントと呼ぶにはあまりに格好がラフすぎる―――がいる酒場は、ちょうど開店直後で客が入り始めた頃だった。
 重低音の響く店内にまだ酔いの匂いは強くないが、それでもお世辞にもガラのいいとはいえない男たちやそれらが連れてきているのだろうきわどい服装の女たちが数名、すでに夜の始まりの杯を掲げている。
 目的の男は店の奥のカウンターでマスターと会話をしていたが、近くに寄ると軽くおどけたように目を大きくして、体ごとこちらを向いた。

「仕事の話、聞いたんだけど。骨董品護衛の」

 顔見知りとはいえ、挨拶を交し合うような仲ではない。座っている男を見下ろすようにしながら、用件だけを短く言う。

「骨董品?ああ……、受けるのか?」
「あの条件がホントなら」

 素っ気無く言うと、仲介屋はにんまりと笑って、手に持つグラスから洋酒らしきものを一口あおった。

「一日、取引の護衛で三千ドルだ。ただし腕利きでなくては困る……まあ、オマエさんなら心配ないとは思うがな」
「怪我人が出てんだろ?事前に五百。成功後に二千五百」
「ふむ。相方はそっちの連れか?」

 グラスを持ったほうの手で、男が後ろにいる薬屋を指差す。相方、という響きに今更ながら嫌な感じがしたが、否定するわけにもいかず頷く。
 男はへーえと顎を撫でながら薬屋をしばらく眺めていたが、薬屋のほうは人が大勢いる場所が苦手なのか落ち着かない様子で両手を組んでは放してを繰り返しており、仲介屋には目もくれなかった。その様子に肩を竦めながら、仲介屋はもう一度視線を自分に戻す。

「オマエさん、相変わらずどこの堂にも属していないのか?」
「まァな。色々、めんどくせーし」
「そっちの派手なのか暗いのかよくわからん兄さんはどうなんだ」

 薬屋と会話をするのは諦めたようで、こちらに向かってだけ話す。派手なのは外側で暗いのが中身なのだ、と教えてやろうかと思ったがやめておいた。一見ではそこまではわからずとにかく渾然一体としたワケのわからない雰囲気だけが伝わるのだろう。
 肩越しに右手の親指で薬屋を指しながら言う。

「コイツも堂には入ってない。どころか友人すらいない」

 さほど大声で言ったつもりはなかったが、それでも耳ざとく聞きつけた後ろの男が「酷ッ!最近はそないなことあらへんのどすえ?!トージくんとか……」などと抗議をしてきた。無視して「少なくとも人間じゃ居ないから大丈夫だ」と念を押す。
 仲介屋は憐れむような微低温の目をして陰気な男を見やると、わかった、それならお前さんたちに任せよう、とやや後ずさりながら頷いた。










***










 薬屋との付き合いは、かれこれもう三年以上になるだろうか。このチャイナタウンに引っ越してきて少し経ったくらいの時に会って、以来それほど頻繁にでもないが、なんとなく付き合いが続いている。





 初めて会ったときには、横殴りの雨が降っていた。
 十二月の霙交じりの雨はひたすらに冷たく、全速力で駆け続けて酷使された心臓は今にも破れるんじゃないかというほど強く鼓動を打っているのに、体の芯がすぅっと冷え始めていくような感覚だった。
 右肩からは結構な量の血が流れ続けていた。
 雨水と血に塗れて衣服はもうぐちゃぐちゃだった。


 二十人近い数の男たちに、追われていた。それもかなり腕に自信のありそうなヤツばかりに。


 街の中で始めた何でも屋がそこそこ軌道に乗ってきて、割とデカい仕事も廻されるようになってきた頃の話だ。
 多少、油断し始めていた時期だったのは否定できない。仕事でポカをやらかしたこともなければ、割とよく吹っ掛けられたケンカでも負けたことがなかった。大抵のことは銃も使わずに済ませられたし、街の生活にも大分慣れてきていた。


 すべて後からわかったことだが、そのとき請け負った仕事は、かなりヤバい口の話だったらしい。
 単なる取引の代行人と言われて請けたその仕事。指定された倉庫に行って戸口を開けた瞬間、少なくとも片手の指以上の数の銃口が火を噴いた。
 入る前に少しだけ嫌な予感がしていて(こういう勘は割とよく当たる。特に悪い時の場合は)、戸を開けた瞬間とっさに身をかがめたので致命傷になるような銃弾は浴びずに済んだ。それでも一発が右肩をかすった。かなり深く、肉をえぐられた。
 痛みを感じるヒマすらなく、身を屈めたまま踵を返してひたすらに駆け出した。
 後ろから怒声が聞こえてきて、男達が追ってきた。どうやら詐欺犯の身代わりにされたらしかったが、誤解を解くだけの話を聞くほどの耳を相手が持っているとはとても思えなかった。

 奴らもきっと、雇われ者だったのだと思う。それほど統制が取れているようには見えなかったが、腕はムカつくくらいに立った。
 そして何より頭数が多かった。
 仕事の内容は「そこに現れたものを殺せ」といったようなものだったのだろう。
 今更作った死体の数にこだわりはなさそうな奴らばかりだった。



 ばしゃばしゃと水を跳ね上げながら、深更の街をひたすらに駆けた。できれば広途(おおどおり)の方に抜けたかったが、数の上で圧倒的に有利な相手に、路はことごとく先回りされた。
 気づけば細い路へ、細い路へと追い込まれていた。
 走り続けて、行き着いた先は小さな路地の行き止まりだった。


 辺りに並ぶ小汚い雑居住宅はいずれも、揉め事に巻き込まれるのだけは死んでもゴメンだといわんばかりに堅く戸を閉ざしており、夜はひたすらに静まりかえっていた。
 引き返さなくては、と思ったのと同時に、複数人の足音が近づいてきた。
 肩に負った傷さえなければなんとかなったかもしれない、とは思ったが、そんなことを言ったところで後の祭りで。
 ああ、こりゃマジで殺されるかもしれねーな。そんなことを、ふと思った。


 せめて遠くから蜂の巣にされるのだけは免れようと、足音のほうに自分からもう一度駆ける。そして、奴らがこちらを認識するのと同時に、攻撃をしかけた。とにかく動き回って、相手の持つ銃を叩き落とすことに専念する。
 最初に現れた三人組はなんとかしのぎ、このままなら何とかなるかもしれない、とほんの僅かな希望が湧いてきたところで、増援の足音が聞こえた。
 夜の中にはやはり、自分たちのたてている靴音以外は何もない。そして肩の傷と、そのほかに負った複数の傷から流れ出す血の量は結構なもので、頭は徐々にその機能を低下させてきていた。
 次がきたら、凌ぎきれる自信はなかった。


 だが、来るかと身構えていた増援のヤツらが、自分の前に姿を見せることはなかった。


 代わりに、その少し後に現れたのは、比較的背の高い一人の男。男は濡れて色味が不鮮明になっているにもかかわらず、その悪趣味さをしっかりと主張しているド派手な柄な中国服を身にまとっていた。
 顔の右半分を、長い前髪で覆っており、その先端からは雨水が滴り落ちていた。


 二十歳を過ぎたくらいの年恰好の男は、にぃ、と口の片端を上げ、そして自分のほうへとゆっくりと近づいてきた。
 自分を追ってきた奴らは一様に黒を基調とした服装をしていた。なので、おそらく一味ではないのだろうと予想はついた。ただその歩き方を見れば、戦闘においてド素人とも思えずに。
 頭はもう大分ぼんやりとしてきたが、警戒だけは解かずに気力で男を睨み付けた。
 しかし、その視線に対して、男は。
 とてもじゃないが女らしいとは言えない体格の身をくねらせ、頬をやや紅潮させたかと思うと、

「そ、そない熱っぽい目で見んといておくれやす。照れますえ……」

 そう、のたまった。



「……は?」

 あまりに状況にそぐわないその仕草と言葉に、その時の自分はこの上ないというくらい怪訝な顔をしていたと思う。
 だが男はそんな自分の表情には構わず間近まで歩いてくると、血の流れている右肩を見て僅か眉をひそめた。

「あんさん、ひどい怪我どすなぁ。それ、ほっといたら腐りますえ」
「……」

 痛ましそうな声で言う男にも、だがけして油断は出来なかった。男との面識はまるでない。ここで登場する理由もさっぱり見当がつかない。
 男は腕を組みながら、大きくひとつため息をついた。

「そない警戒せんでも、わては敵やあらへんどすえ。あんさんを追うて来たらしい奴らは、向こうできちんとのしときましたし」
「……なん、なんだよ。テメェ」
「そこの角で商いしとるもんどすわ」
「んな、コト、聞いてねー……んだよ」
「多勢に無勢やったら無勢の方手助けしたくなるんは人情いうもんでっしゃろ。何より夜更けにあない往来でバタバタ騒がれてたら、安眠妨害もええとこどすわ」

 わざとらしく肩をすくめながら男は言う。その言葉はあまりに信憑性に欠けていた。
 このチャイナタウンで、わざわざ自分から面倒を買って出るような、よく言えば義侠心のある、悪く言えば警戒心の薄い性格のやつは長生きは出来ない。
 男自身の顔色は、本心からそう言っているようでもあり、またわかりやすく嘘をついているようにも見えた。なんにせよ失血で頭がぐらぐらして思考がうまくまとまらなかった。

「信用するもしないもあんさんの勝手どすけどな。ここにじっとしてても状況がよくなることはまずあらへんと思いますえ。わての店は薬を扱うてます。せめて消毒と止血くらいさせなはれ」

 信用はできない、信用などできるわけがない。見るからに胡散臭い。
 そう思いながらも、徐々に意識が薄れてきた。足元には雨と血が混ざり合って薄紅色の水溜りができていた。

「肩貸しますから、そこまでちょいと歩いておくれやす」

 意識を失いかけてほとんど朦朧としながら、それでも男に引きずられるように店に連れて行かれた。
 そして二階にある寝台に横にさせられた瞬間、ふっと世界が暗転した。
 




 目を覚ました時、肩や全身の傷はきちんと手当がなされており。

 非常に不本意ながら(というのは後々ことあるごとに思うことになるだが)、自分は男に借りを作ってしまった。
 




 薬屋の店主とはそれ以来の付き合いである。
 
 いまだに、あの時薬屋がどうして自分を助けたのかはわからない。その一件の後、借りは返す、とそれだけは強く言ったのだが。その台詞を聞いた男はしばらく何かを考え込んでいたかと思うと、急に指をもじもじとさせて「ほな、これから時々店に遊びに来ておくれやす」とだけ、言った。
 付き合えば付き合うほど男の変人ぶりもわかってきたし、基本陰険ネクラで友達は皆無、そのくせ友情やら親友やらという言葉に過敏反応するといった人となりもわかってきたが、それでも腐れ縁というべきか、なんとなく付き合いは続いている。
 
 ただ、それだけの年月の付き合いながら、薬屋の本名だけはまだ聞いたことがない。
 助けられた翌日に一応は尋ねたが、好きに呼んでくれればいい、と言われ、その後もオイとか薬屋とかで済ませている。


ss
チームサンタ(シンタロー・マジック)


「シンちゃん、お髭は付けちゃ駄目だよ。
せっかくの可愛いお顔が隠れてしまうのはパパ許さないよ!!」

「っるっせぇ~!!黙ってろ!!動かすのは口じゃね~!!手だ!!」

「シ・・・シンちゃん・・・だ・い・た・ん」ジョバ~~

「うお!!何を想像してやがる!!(知りたくないが)
黙って料理を作り続けろと言ってるんだ!!鼻血をどうにかしろ!!
料理につけやがったら二度とてめぇ~には手伝わせないぞっ!」

「なに!?それは困る。せっかくのシンちゃんとの共同作業だからね。
共同作業・・・良い響きだ。共同作業にもいろいろあるからね。
愛には共同作業がつきものなんだよ~。ふふふ」ジョジョバ~~

「てめぇ~!!もうどっか行け!!冬眠・・・いや春夏秋冬眠しとけ!!」

「シンちゃん・・・一年中パパと一緒に寝たいんだね?」ジョジョジョバ~~

「・・・・・・・・・」シンタローは耐えた。そして自分の忍耐力を称えた。
襲い来る疲労感を少しでも軽減させようとマジックを無視しながら
手作りお菓子の数々を生み出し続けることに決めた。

「あ、そうそう、帽子はちゃんとかぶってね。可愛いお顔も隠れないから。」

「ぬぅわんで俺があんな浮かれ赤帽子をかぶらなければならね~んだ!!
サンタの衣装なんて必要ねぇ。普段着のままでじゅうぶんだろ。
だいたいプレゼントを配る時は皆が寝静まってる時だ。服なんて誰も見ね~よ。」

「パパは見るよ!!シンちゃんがサンタ衣装であろうがなかろうが
パパの寝室に忍び込んでくるシンちゃんにパパは眠ってる場合じゃないからね。」

「ニヤニヤしながら鼻血たらしてんじゃね~!!」

「想像するくらい良いじゃないか!パパはシンちゃんと一緒にサンタ組だから
『寝室に忍び込んで来てくれるシンちゃん体験』ができないんだよ。
本当はパパだってシンちゃんに忍び込んできてほしいよ!

だけどプレゼント配る相手はガンマ団の中でも並みの連中じゃないから、
気配を気取られないようにするのは大変なので、パパに手伝ってほしいという
シンちゃんのたってのお願いを断れるわけがないからね。」

シンタローからお願いされるということはレアな体験なので
マジックは口では文句らしいセリフを言っているものの
全身からピンクな空気をほとばしらせている。

それを見たシンタローは思った。マジックをサンタ組に入れておいて正解だったと。
そう、シンタローはマジックをサンタ組に入れることで、夜中にマジックの部屋へ
自分から忍び込むという危険な行為を回避することに成功したのである。

マジックはマジックで、皆の部屋に忍び込んだシンタローがその部屋主に
捕らえられてあんなことやそんなことをされては一大事!!
パパが可愛いシンちゃんを守らなければ!!とばかりに張り切っている。

そんなお互いの思惑にそれぞれが気づくこともなく2人は作業を続けている。

「ありがとう。シンちゃん。」突然マジックが真剣な顔で呟いた。

「なんだよいきなり・・・?」怪訝そうにシンタローが聞く。

「パパを頼ってくれて、ありがとう。」

「ケッ」照れくさそうに顔を背けるシンタロー。

「パパは『寝室に忍び込んで来てくれるシンちゃん体験』はできないけど
『シンちゃんの寝室に忍び込むサンタパパ』は何度も体験してるから我慢するよ。」

「なにっ!?」ぎょっとしてこちらをむくシンタロー。

「もちろん忍び込むだけなんて勿体無いことはしていないよ?
可愛いシンちゃんが目の前で無邪気に眠っているというのに
プレゼントを置いてくるだけなんてパパができると思うかい?」
フフンとほくそ笑みながら鼻血をたらすマジック。

「思う!!というか思いたい!!プレゼントを置いただけだと
そう言ってくれ・・・。俺のお願いは断れないんだろ・・・?」

「シンちゃんのお願いは断りたくないけど・・・・
パパ嘘つくなんて悪い子になりたくないから正直に言うよ。
シンちゃんのほっぺにスリスリして額やほっぺやあちこちにチュ~して
一緒のお布団に入り込んで添い寝してから・・・」

「それ以上何も言うな。俺、立ち直れなくなりそうだから。」
それって子供の頃の話だよな?と聞きたい気持ちと聞いてはいけない予感に
額からは嫌な汗、目から大量の涙をながすシンタロー。

「ところでシンちゃん?お菓子はそんなに必要なのかい?
もうずいぶん作ったのでじゅうぶんじゃないのかい?」

「駄目だ。グンマのやつが、出来れば何度も見たくない柄の
バカでかい靴下を用意してやがった。しかもみんなのぶんまでな。
その靴下いっぱいにお菓子を入れてもらうとほざいてやがった。

キンタローもサンタのことを興味深そうに聞いてきたし
密かに期待してる感じだったからな。こんなもんじゃ全然足りね~。
・・・ということで口を動かす前に手を動かしとけ!」

「シンちゃん・・・だ・い・た・ん」

「てめぇ~は今すぐ眠りやがれ!!」ちゅど~~ん

「シンちゃ~ん!!おやすみのチュ~~~」という
マジックのセリフが遠のいて行くのを感じながら
まだ終わらぬお菓子作りにせいをだすシンタローだった。

この時シンタローは思った。マジックをサンタ組に入れたのは不正解だったと。
最初から1人で準備するべきだったという後悔を胸に秘めお菓子作りは続く。
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