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 ああ、なんたる不覚―――。

 蒲団で丸まりながらミヤギはわが身を罵った。情けなさでいっぱいになっているところに他の伊達衆が見舞いにやってきたが、連中ときたら見舞いにきたのか見物にきたのかわかりはしない。
 コージは一升瓶を持参して玉子酒を作ろうとしてくれたが玉子がなくて結局燗にした酒を自分で飲んでいるのだから世話はない。アラシヤマも一緒になってコップ酒を飲みながらミヤギの枕元に立ち、熱でうんうん唸っているミヤギを見下ろしている。
「それにしても意外ですなぁ、ミヤギはん」
「………何が……?」
「あんさんがひく風邪は夏風邪だけやとばっかり思ってたんですえ」
「………?」
 頭がボーっとするせいか、何を言われているのかさっぱりわからず不思議そうにアラシヤマのイジワルそうな顔を見上げていると、入り口から下駄が飛んできてアラシヤマの側頭部に直撃した。
「ミヤギくんをバカにするな――!」
 下駄の直撃を受けシューシューと煙を上げるアラシヤマを見て、すっかり出来上がっているコージがゲラゲラ笑う。
「おう、トットリ。遅かったのぉ。まぁ一杯やれや」
「コージ、見舞いに来て酒盛りするんじゃないっちゃ! ミヤギくんの具合が悪くなる!」
 差し出されたコップ酒をくいーっと一気に呷ってからつき返すと側頭部から煙をあげ、幽鬼のようにアラシヤマが起き上がってさっそく嫌味をいう。
「忍者はん、えろ遅おしたなぁ。あんさんはてっきり枕元で愁嘆場やとばっかり思てましたわ」
「シンタローに呼ばれてたんだっちゃ」
 横目でアラシヤマを睨みながらいうトットリをミヤギは朦朧とした意識で見上げた。
「…シンタローに……?」
「うん。ミヤギくんの任務を引き継ぐようにって」
「オラの任務……」
「もともとぼく向きの仕事だっちゃし。ミヤギくんは安心して養生するっちゃ」
「…うん。悪いべな」
 力なく笑うミヤギを安心させるかのようにトットリは満面に笑みを浮かべた。そうしてさっさと立ち上がるとコージとアラシヤマを追い出しにかかった。
「さーさー、二人とももう行くっちゃよ。ぼちぼち次の作戦の準備をせんと!」
「う~ん、そうじゃがめんどくさいのぉ」
「またすぐコージはんはそんな事を…。ちょっとは下のもんの苦労も考えたげなはれ」
 アラシヤマに小姑臭い説教をされながらコージは立ち上がると来た時と同じような賑やかさでミヤギの部屋を出て行った。そのあとをアラシヤマが続く。
「じゃあミヤギくん。お大事に」
「…おう。トットリ、あと頼むべ……」
「任せるっちゃよ!」
 トットリは胸を叩いて見せて部屋を後にした。
 さっきまで賑やかだった部屋が急に静まりかえる。静かな部屋に空調の音と自分の咳だけが虚しく響く。

――シンタローに呼ばれてたんだっちゃ。ミヤギくんの任務を引き継ぐようにって

 トットリの言葉がいつまでも耳の中で響く。
 ミヤギが遂行するはずだった任務は敵地での潜入捜査。本来なら一番の適任者であるトットリにまわされるはずの仕事だったのだが、ミヤギがどうしても自分がいくといってきかなかったのだ。初めは渋い顔をしていたシンタローだったが結局ミヤギの熱意に負け、任すことにした。


――それなのにこの体たらく……


 ミヤギは自分が情けなくて仕方がなかった。
 シンタローに認めてほしくてどんな任務も厭わなかった。誰よりもシンタローに追いつきたくてがむしゃらに走り続けた。確かに無理をしたかもしれないが、その結果がコレ―――。
 きっとシンタローは今ごろあきれているだろう。きっと役に立たないヤツ、と思っているに違いない。体調管理も出来ない無能な男だと。
 情けなさと熱からくるだるさで体も気持ちも動かない。ミヤギはベッドにうずくまっているうちに、いつのまにか眠ってしまっていた。



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 ある日、年下のルームメイトは意思の強そうな眉をひそめて言った。
「アンタって変なヤツだよな」
 勝気な目をそらさずに言う言葉は心底理解しがたいといわんばかりだった。
「変なヤツ」
 駄目押しのようにもう一度言う。言われたコージはわけもわからずハトが豆鉄砲でも食らったような顔でぽかんと口を開けているのがだらしない。
 下から睨みつけるシンタローと、反応に困って固まってしまったコージと。傍で見るものがいたとしたら、かなりマヌケな構図だった。
「…わしは…」
 思わず呟く。
「どの辺が変かのぉ」
 決してショックを受けているわけではない。リアクションに困って思わず漏れたセリフだったのだが、それがシンタローの気に障ったらしい。額に筋を立てながら眉をひくつかせ、さらにコージを思い切り睨みつけて言う。
「どこが変かって? そりゃ全部だろ」
「全部か」
「全部だ。だいたいアンタ、俺のことどー思ってんだよ」
「どーっちゅわれても…」
 なじるようなシンタローの調子にコージが若干たじろぐ。
「フツーはよ、俺みたいなのは扱いづらいだろーが!」
「そーか?」
 風に吹かれる柳のように手ごたえの薄いコージにシンタローはイラついて噛み付く。
「あのさ、俺を誰だと思ってんだ? マジックの息子だ。総帥令息だぜ? アンタ、俺が煙たくないのかよ。鬱陶しくないのかよ」
 シンタローはまくし立てるように言い募る。
「フツーのヤツはマジックや教官へのご機嫌取りで俺にへつらうんだぜ。じゃなきゃ腫れ物扱いかどっちかだ。教官だって俺のことは扱いかねてる。当然だぜ。なんかありゃ俺が親父に告げ口すると思ってんだからな。アンタだって俺と同室で迷惑してんだろ? どーってことないって顔で泰然自若としてるくせに、腹の中じゃ俺がウザったくて仕方ね―んじゃねーの?」
 ほとんどワンブレスで言い切ったシンタローは肩で息をしながら呼吸を整えている。そんなシンタローを見てコージは、なるほど、と思った。
 確かに士官学校入学以来、シンタローの周囲にはロクなヤツがいない。たいした実力もないクセにご令息サマの学友として、ゆくゆくは楽に出世をしてやろうと目論んで見え透いたおべっかを使うヤツ。もしくはシンタローの立場をやっかんで嫉むヤツ。もしくは『君子危うきに近寄らず』を気取ってさも自分が賢しいといわんばかりに遠巻きにするヤツ。教官ですら総帥が溺愛しているシンタローの不興を買うまいとあからさまな態度をとるものも少なくない。
 この数週間でシンタローは精神的に参ってしまったのであろう。好奇の目にさらされ、いわれのない妬みを買い、初めて自分を守ってくれるもののいない生活に疲れたのかもしれない。
 ここでは誰もシンタローに救いの手を差し伸べない。
 ある程度の覚悟はしていたとしても想像以上のギャップだったのだろう。そしてそのギャップを埋められるほど、このルームメイトは精神的な強靭さを身につけてはいないのだ。
 シンタローの思わぬもろさを垣間見て、コージはほんの少しだけ嬉しくなって思わず笑ってしまった。
「なにがおかしいんだよ!」
「別になんもおかしかないがの。シンタロー」
「なんだよ!」
 笑い含みに呼びかけられてシンタローはむくれたようにそっぽを向く。
「ぬしゃあ、特別扱いされたいのか?」
「バッ……!」
 シンタローは背けた顔を真っ赤にしてコージを勢いよく仰ぎ見た。そしてコージと視線が合う。
 コージはいつものふざけたような笑みをほんの少しだけ引っ込めて、シンタローに笑いかける。
「わしはシンタローが総帥の息子じゃろーがなんだろーが、気にしたことはないぞ? シンタローはシンタローじゃけんのぉ!」
 そう言って豪快に笑い飛ばすコージを見てシンタローは呆気に取られたと同時に、いろいろと悩んだ自分が馬鹿らしくなった。

 シンタローはシンタロー。

 子供の頃から言われていた言葉だった。一族とは明らかに異質な自分を嘆くシンタローに、父が、叔父達が、ことあるごとにいっていた言葉。そんな言葉はただ自分を傷つけないための言葉だと思っていた。自分を慰めるための言葉だと感じていた。そのことを言われるたびにひどく悲しい思いがした。それを押し隠してさも納得したようなふりをして無理に笑ったこともあった。
 それなのに、まったく同じ言葉を投げかけられて、不思議と心が軽くなる。いままで実感していたしこりが溶けていくような気さえした。
 シンタローはまじまじとコージを見上げる。
 少なくとも馬鹿口を開けて笑うこの男はその場しのぎの慰めやごまかしのためではなく、本気でそう思っているのだ。シンタローはシンタローである、と。
 嬉しさと戸惑いに困惑しながらシンタローは呟いた。
「やっぱり変な奴……」
「そうかのぉ?」
「あぁ。変なヤツだよ」
 そう言いながらやっと何かが吹っ切れたように笑うシンタローを見て、コージもつられて笑った。
「さーて、それじゃわしは行くかのぉ」
「なんか用事があったのか?」
「この間、演習をサボったのがバレての。お説教じゃ」
「俺が教官にとりなしてやろうか?」
「…格好つけた手前、断っとかんといかんじゃろ」
「そーいうと思ったぜ。オマエならな!」
 コージの肩をしたたか叩くとシンタローは肩越しに手を振りながら廊下の向うへ走りながら消えていった。
 教官室へ向かいながらコージは思った。
 シンタローは今の時点で十分強い。同期の中では一番の強さだろう。今日、一つわだかまりが解けたことで、また一つ強さの階段を上った。おそらく彼は士官学校を一番の成績で卒業し、やがて眼魔団で最強の男になるだろう。
 だが今のままではおそらくそれまでだ。
 もしシンタローが真実の強さを求めるのなら、シンタローが本当の意味でシンタローにならなければいけないだろう。

 もし、シンタローがシンタローになることが出来たら?

 そのときを想像するだけで、コージはたまらなく楽しくなった。それだけで心が沸き立つ思いがした―――。



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 まったくなんだってんだ。朝っぱらからいつにもまして激しいストーキング。声をかけてきたかと思ったら、やたらどもってもじもじして結局は
「なんでもありまへん」
 ってなんじゃそらぁ!だったら初めっから声をかけてくるんじゃねぇ!
 憮然としながら洗濯カゴを家の中に放り込んでパプワとチャッピーに声をかける。
「おーい、ぼちぼちいくぞー!」
 秋晴れの中、チャッピーに乗ったパプワが俺を先導して森へ向かう。当然俺はその後をついて歩くわけなのだが…。
 こっそり後をつけているつもりなのか、やっぱりアイツもついてきている。振り返ると木や物陰にさっと隠れる。数歩歩いて振り返るとやっぱり隠れる。
 あれで尾行しているつもりなのかね?バレバレだっつの。いっそうもう、「だるまさんがころんだ」といってやりたいくらいだ。
 俺が後ろに気を取られているとパプワたちはずんずん先を歩いて気がつけば遠くで俺を振り返っている。
「シンタロー、早く来い。置いていくぞ!」
「ああ!」
 ちらりと後ろを気にしながら収穫用のカゴを担ぎなおしてパプワたちのところへ走っていく。当然その後をアイツもついてくるわけで……。




   *    *    *




 森につくとさっそくパプワが手近な木に二足歩行で登っていく。まったく物理学を徹底無視したお子様め! 一気にてっぺんまで上りきるとよく熟れた梨をもいでは下で待ち受ける俺に投げてくる。次々と投げられる梨を掴んでは背中に背負ったカゴに入れていく。カゴが半分ほど埋まった所でパプワに声をかけた。
「おーい、もう十分だ! 降りてこいよ!」
「うむ」
 登った時と同じように身軽に物理学もニュートンの法則も無視して木から降りてくる。その手には最後にもいだであろう梨が一つ。足元までやってきたパプワが背伸びをしながらそれを俺に差し出した。
「たくさん採れたな! ナニを作るんだ?」
「そうだな、そのまま食ってもうまいけど…。タルトでも作るか?」
「わーい! タルトタルト!」
 チャッピーと二人で小躍りする姿を微笑ましく見ながら、最後に受け取った梨をまじまじと見る。
 今日採った中では一番よく熟れている梨。みずみずしく、甘い匂いがする。
「なぁ、パプワ」
「なんだ?」
「これ、俺がもらってもいいか?」
「かまわんが、どうするんだ?」
 パプワの問いに俺は答えず振り向きざまに振りかぶって見え見えに隠れているヤツに放り投げる。
「わ、わわわ!」
 慌てて受け止めたアラシヤマに指差しながら言ってやる。
「食えよ」
「……は?」
「誕生日なんだろ、今日。プレゼント代わりにくれてやる」
「シ……シンタローはん……!」
 感極まってウルウルするアラシヤマをよそ目に、パプワとチャッピーを促してパプワハウスへ戻っていった。




 その後、トットリの調べによると、その日もらった梨をアラシヤマは後生大事に持っていて結局食べなかったらしい。その梨の行く末は…恐ろしくて聞けなかった……。







END。。。。。






『君からの贈り物』












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アラシヤマ氏お誕生日記念SSでございます。お誕生日記念なんですが……。
もっとアラシヤマ氏が報われている話を書こうと思っていたはずなんですがねー(遠い目)

私にしては珍しく、一人称で話が進みました。本当はもっと短くしようと思っていた名残です。アラシヤマの話のはずなのになぜかパプワくんが出てくるし…。
そんなわけで時間軸は南国です。
PAPUWAのアラシヤマならもっと強烈にアピールしていることでしょう!控えめなので南国アラシヤマです。
……というか、アラシヤマ氏は本当に書くのが難しい……。
もうちょっと修行をしよう、と思ってみたりして……。思うだけだったりして……。(コラ!)




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 手をいっぱいいっぱい開いてあのひとに差し伸ばす。大好きなあのひとに届くように、うんとうんと背伸びして。そうしたらあのひとはやさしく笑ってこう言った―――。




    *    *    *




 目の前には怪しく輝く青い玉。一族の家宝だ、いずれお前が継ぐものだ、と言われ続けたそれを見ても何の感銘も受けない。それどころか憎しみで体のシンが灼き切れてしまいそうだ。
「こんなモノのために……!」
 床に叩きつけ粉々にしてしまいたい衝動を堪え、シンタローは青い玉をバッグにぞんざいに放りこみ、長居は無用とばかりに踵を返した。
 秘石が盗まれたことはセキュリティシステムによってすぐに知れるだろう。だがシンタローにとって勝手を知り尽くした場所だ。逃走経路は幾通りもシュミレーションしていた。
 走って走って、逃げて逃げて通りかかった一部屋に飛び込んで追っ手をやり過ごす。
 壁に背を預けて荒い息を整え、しばし休息を取った。
 全ては計画通り。何もかもシンタローの思惑通りに進んでいる。シンタローはこみ上げて来るなにかを必死で抑えた。そうでなければ大声で笑い出してしまいそうだ。

 ザマァミロ――

 奪われた痛みを、悲しみをとくと味わうがいい。胸の中で毒づきながら手をかざして見た。

――シンタローの手は、まるでもみじみたいだね

 やさしい声を思い出す。
 そうして手を引かれ、母と三人で紅く色づく山を見にいった。
 滲む視界に手を引かれ振り返る子供がオーバーラップする。
 愛らしい笑みは失われ、戸惑いと悲しみに満ちて。
 差し伸べられていた手は、今は力なく垂れている。

 何が違うというのだ。あの時の子供と、あの、子供と。
 同じように、それ以上に愛情をかけて育つのだと信じていた。
 与えられた以上のものを、あの子に与えてあげたかった。
 なのに――――。

 気がつけば、かざした手で目元を覆っていた。悲しいのでもない、悔しいのでもない、まして憤りでもない。ただもう、そうせずにはいられなかった。
 だが、長くこうしているわけにはいかない。シンタローはスイッチを切り替えると逃走を再開する。
 あたりを見渡してすばやく部屋を出ると目的の場所へと走った。そこはメンテナンス用通路の入り口で一般の団員にはあまり知られていない。もちろん鍵はかかっているがあらかじめ極秘に鍵を複製しておいた。ここを通れば裏口まで一直線。




 何とか追っ手に見つかることなくボートを隠している場所の真上までやってきた。あとはこの崖を降りていくだけなのだが――。
「いたぞー! シンタローだ!!」
 手に手に武器を持ち、必死の形相で追ってくる団員達を見て、不敵な笑みを浮かべながら崖を蹴った。
「あばよ!」
 海へ落下していくほんの短い間。シンタローの胸によぎった寂寥感。


 あのやまを、あのてを、あのことばを、そしてあのよろこびを。


――なぁ、アンタは忘れてしまったんだな…







END。。。。。






『もみじのて』











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今回は0話の蛇足ということで…。

だそく 【蛇足】<
余分なもの。不要のもの。なくてもよいもの。

うん、まさにそんな感じですね……。

シンタローはパパの事が大好きだったんですよー。いくつになっても大好きだったんですよーというお話。
家族が大好きなシンタローさん。
パパと、シンタローと、コタローと、三人でささやかに暮らしていくだけできっと幸せだったのだろう、と。
パパと、シンタローと、コタローと、三人で美しい思い出を作っていきたかったんだろう、と。
そんなふうに思ってみただけなんですが、いかがでしょうか?(って聞かれてもねぇ…/笑)




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]


 夜中に喉の渇きを覚えたキンタローは部屋に備え付けの冷蔵庫を開けたが、あいにく中に飲み物は入っていなかった。どうしようか一瞬迷ったが、ないとわかるとよけいに喉が乾き、結局ダイニングに飲み物を求めに行くことにした。
 生あくびをしながら誰もいないであろうドアを開けると、意外なことにそこにはシンタローがいた。奥のキッチンにはマジックもいて、後はもう寝るだけだというのに忙しく料理を作っている。
「おう、キンタロー。どうした?」
「いや、喉が渇いたのだが…」
 状況が把握できずにぼうっと立ち尽くすキンタローにシンタローが笑いかけると、とにかく座るように促された。ダイニングの自分の席につくとマジックがミネラルウォーターの入ったグラスを持ってきてくれる。
「ごめんね~。せわしないことしてて」
「いや」
 マジックはニッコリ笑うと鍋の火加減を見にキッチンに戻った。ダイニングのテーブルではシンタローがホイッパーを片手に何かを懸命に混ぜている。
「それは、何をしているんだ?」
 好奇心にかられて聞いてみるとシンタローは手を休めることなく、ケーキを作っているのだ、と応えて言った。
「こんな時間にか?」
「ああ。明日はグンマの誕生日だからな」
「誕生日だとケーキを作るのか?」
「そういうわけじゃないけどよ。久しぶりに誕生祝でもしてやろうかと思ってよ」
「シンちゃんってばひどいんだよ」
 料理の仕込みをしているのだろうか、マジックが包丁を片手に話に混じってきた。
「パパにも内緒で誕生パーティしようとしてたんだよ! ハーレムが連絡くれなかったらパパなんにも知らないところだったよ」
 そうなのか?とキンタローが見ると、シンタローは苦笑しながら手を止めた。
「だってよ、ケーキと簡単な料理ぐらいしか用意するつもりなかったんだよ」
「でもそれじゃ寂しいでしょ~。久しぶりだし」
「久しぶり、とは?」
「二人が士官学校に入るまでは毎年してたんだけどね」
「10代も後半になった男が誕生パーティなんて普通しねーよ」
 どこか恥ずかしそうに言い捨てて再びホイッパーを動かしだす。
「誕生日とはパーティをするものなのか」
 素直なキンタローの言葉にマジックとシンタローが顔を見合わせる。これは話の仕方が拙かったか、とお互いに反省した。キンタローはまだ体こそシンタローと変わらないが、小さな子供と同じなのだ。
「何かおかしなことを言ったか?」
 不思議そうに首を傾げるキンタローにマジックは目元を和ませ、かつてシンタローにそうしていたように優しい口調で言う。
「おかしくはないよ。確かに誕生日にパーティをするからね。でも、誕生日はパーティをする日じゃないんだよ」
「では、どういう日なんだ?」
「生まれてきたことを感謝する日さ。キミがこの世に生を受けて、生まれてきてくれてありがとう、と。そして祝うんだ」
「祝う…」
「そう。その形がパーティだったり、プレゼントだったりするだけだよ」
 なるほど、とキンタローは思った。それはとても温かい風習のように思える。そしてそんなふうに祝ってもらえるグンマが、正直言って羨ましかった。だからつい口に出たのかもしれない。
「俺にもあるのだろうか、そんな日が…」
「もちろんあるとも! シンちゃんと同じ24日さ!」
「お前の時も俺がケーキ作ってやるよ」
「だーめ! シンちゃんのお祝いもするんだから」
「俺はいいよ」
「ダメダメ!」
 テレて笑うシンタローにいつもどおり我を張るマジック。初めはコミュニケーションでもそのうち押し問答になり、やがて親子喧嘩に発展する。今回も険悪なムードになりそうなところを察したキンタローがさりげなく制止をかけた。
「マジック」
「ん? なに、キンちゃん」
「焦げ臭い」
「…あ! お鍋を火にかけっぱなし!」
 慌ててキッチンに戻るマジックにシンタローが、バーカ、とからかいながら舌を出す。そんな姿を見て、仲のいい親子だ、と思うが口にはしない。シンタローがムキになって怒るからだ。
 改めて作業に戻るシンタローにキンタローがたずねた。
「俺も何か手伝うか?」
「いや、手は足りているから。もう休め」
「だが」
「そうだな、明日起きたら部屋の飾り付けを手伝ってくれよ。そこまではたぶん手がまわらねーから」
「わかった」
 素直にひとつうなずくとグラスに残ったミネラルウォーターを飲み干して席を立った。ダイニングを出て行こうとしたその時、ふと思い立ってドアの前で振り返った。
「シンタロー。ひとつ聞きたいのだが」
「なんだ?」
「グンマに内緒でパーティをすると言っていたが、今夜グンマがダイニングに来たらどうするつもりだったんだ?」
 例えば今の自分のように、喉が乾いた、という理由で偶然ダイニングに姿をあらわすということもあるかもしれないだろうに。
「ありえねぇよ」
「その根拠は?」
「晩飯に一服盛ったからな。昼までぐっすりだ」
 まったく、あきれてものも言えない。自分がされたら烈火の如く怒るくせに、人にはしれっとやってのける。所詮シンタローも一族ということか。
 目を丸くして言葉もないキンタローにシンタローはにやりと笑うと、まるで追い払うように手を振った。
「ホレホレ。さっさと寝た寝た! 計画を知ったからにはお前にも一枚かんでもらうぜ。明日は準備にたたき起こすからな!」
「了解した」
 肩をすくめて喉で笑うとダイニングを後にした。


 自室に戻る足取りが妙に軽く感じられる。なんだか意味もなくそわそわしているが、決してその感じが不快ではない。
 明日は早く起きてシンタローとマジックを手伝わなければ。準備の手伝いというよりは、つまらないことですぐに口論を始め作業がお留守になりがちな二人の監視役かもしれないが、それはそれでまた楽しさを感じる。
 そういえばマジックが誕生の感謝を表すことにプレゼントを贈るといっていた。なにか用意をしたほうがいいだろうか。グンマは一体何を喜んでくれるだろう。

 キミがいるということを、キミの生誕を
 言祝ぎ、そして慶ぶという行為。
 なんとすばらしいことであろうか。

 キンタローはベッドにもぐりこみながら、温かいものを胸に感じる。

 キミがある、すばらしき記念。
 キミが生まれた、良き日。
 この喜びを伝えたいから――。



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