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 六芒星の中心にGのアルファベットが印象的なガンマ団の旗がいくつもひるがえるなか、出迎えの団員達に混じってアラシヤマはぼんやりと飛空艦の方向を眺めていた。
 飛空艦のタラップから、紅い色に身を包んだ人物が降りてくる。
 (アレ?金色やなくて……黒?ああ、総帥はシンタローはんに交代したんや)
 それだけの答えをはじきだすのに、昨日までの戦闘状況の読取りに順応していた頭脳では数秒かかった。日常は、ひどく遠いものになっていたようである。
 (紅い総帥服に黒い髪。よう映えますなぁ……)
 アラシヤマは瞬きもせず、団内へと歩んでいく新総帥の後姿をみていた。


 「……キモイんだよオマエ。コソコソしてねぇで出てくんならとっとと出て来いッツ!」
 大またに、床を蹴る靴音がきこえ、それにつられアラシヤマの動悸も早くなった。
 (絶対、見つからへんはずやったのに!3秒、2秒、1秒、ああもうあかん。心臓が破裂しそうや。逃げるしかおまへん)
 ダッシュで紅い色のわきをすり抜けようとしたが、伸びてきた手に襟首をつかまれた。観念したアラシヤマはおそるおそる振り向いた。
 「―――えーと、えらいおっとろしい顔どすナ。新総帥」
 一瞬、虚をつかれたような顔をしたシンタローは、すぐにアラシヤマをつき放した。
 「テメェ、ここ数日、もの陰からさんざん人のことジロジロみてストーキングしてやがったうえ、まともに顔を合わせて最初に言うことがそれか?」
 「わぁ、ますます険しいお顔になってはりますえー!」
 「眼魔……」
 「え、ちょっと待っておくんなはれ、これには続きが」
 アラシヤマはあわてて言葉を補おうとしたが、シンタローの掌の中の光球は大きさと明るさを増すばかりである。
 「砲ッツ!!」
 シンタローはアラシヤマの状態を確認することも無く、その場を去っていった。


 瓦礫の山からひとかけらコンクリート片が転がり落ち、そのまま数十センチ先の床の上で止まった。ついでその山が一気に崩れ、白く舞い上がる粉塵の中から頭の先からずっと灰色っぽくなった人影がゆっくりと身を起こした。
 「イタタ……。頭は、うん、大丈夫どすな。でも全身打撲は確実やわ」
 ぶつぶつとそうぼやきながら瓦礫の中から抜け出し、立ち上がると服に付着したほこりをはらった。
 (――ああ、そういうことなんや)
 何が腑におちたものか、アラシヤマの顔にゆるゆると笑みがひろがった。
 「シンタローはん、かいらしおす」


 (ああ、もうコーヒー切れだったのか。ついてねぇナ)
 シンタローはデカンタを取り出し、紙製フィルタごとコーヒー殻をゴミ入れに棄てた。
 給水し、ふたたびドリッパーに挽いたコーヒー豆をセットし終え、執務室へ戻ろうとすると、
 「シンタローはーんッ!おかえりなさいっvどすえー!」
 と、突然何者かがシンタローに飛びついた。せまい場所で不意のことであったので、シンタローはうまく受身をとれず、背中を後ろにあった冷蔵庫にぶつけ、ずるずると座り込んだ。
 「痛ってえ……」
 と唸りながら目をあけると、眼前にはしまりのない笑顔のアラシヤマがいた。
 「テメー、何しやがんだ!?もう一回眼魔法くらうかコラ?」
 (何でコイツがここに!?ティラミスかチョコレートロマンスが入れたのか?……どっちにせよ、あいつら2人とも今月は減給決定、だな)
 「し、シンタローはんッツ!わてには全てお・見・通・し☆どすvあんさんにさみしい思いをさせてすみまへん。このままやとわて、心友失格どすー!」
 「いや、はなっから心友じゃねえけど。つーか、離れろ!うぜぇ」
 「またまた、そんなに照れはらんでも大丈夫どすえ?かげからこっそり視るのも奥ゆかしくてひかえめなわてとしてはけっこう好きなんどすけど。でもこれからは正面から堂々と行きますさかいに!安心しておくんなはれッツ!」
 (何で俺、給湯室の床に座って根暗な野郎に抱きしめられてんだ……?何かの呪いか?それとも、今年って厄年だっけか?)
 遠い目をして現実から逃避していたシンタローであったが、
 「やっぱり、至近距離のシンタローはんはええもんどすvわて、何か思い違いをしてたみたいやわ」
 能天気な顔をして幸せそうに自分を見ているアラシヤマを見ると、シンタローの内にはあらためて怒りがわいてきた。アラシヤマに少し違和感を感じたが、目があうと、
 (ああ、そうか)
 と、思った。
 「――オマエさぁ、やっぱ、その髪型しっくりこねぇナ」
 シンタローがそう言うと、アラシヤマは思いがけない言葉をきいておどろいたようであった。
 「えっ、そうどすかぁ!?わて、最近自分では慣れはじめてたんどすが」
 「まだ、前のがマシ」
 「しっ、シンタローはんがそう言わはるんやったら、伸ばしますけど……」
 少し長めの前髪を指先でをつまんで、アラシヤマは難しい顔をしていた。
 「髪が伸びたら伸びたでうっとーしいけど、しばらくテメーのツラなんざ見たくもねぇナ」
 シンタローはアラシヤマの肩を片手で押しのけ、
 「ま、これ幸いってとこか」
 と、小声でつぶやいた。無意識だったらしく、ほとんど声にはならなかったがアラシヤマには聞き取れたらしい。
 (また遠征へ行かはるつもりなんか?今、苦戦してるのは……、F国の内乱制圧しかおまへんな。総帥が動かずとも解決がのぞめる事態へこのお人がのりだすことに、マジック様が賛意を示すとも思えまへんけど。わても、シンタローはんに無茶されたら心臓にわるうおます)
 アラシヤマは肩を押しのけているシンタローの手をとり、そっと外した。
 「わかりました。わて、明日からF国へ行ってきますさかい、大船に乗ったつもりで待ってておくんなはれッツ!数ヵ月後には前髪も伸びてますやろ」
 「はぁ?何でいきなり話がそうなるんだよ!?」
 「せやかて、あんさんF国へ行かはるつもりやったんやろ?でも、マジック様から止められているはずどす。だから、わてが行きます」
 シンタローは図星をさされたらしく、渋い顔をした。
 「オマエ、この前遠征から還ってきたばかりだろ?」
 「あんさんがおらへんのに休みをたくさんもろても仕方おまへんし、有効利用なんどすv指揮官は、2人もいりまへん。わて一人で充分どすえ」
 シンタローは嬉しそうなアラシヤマから目をそらし、
 「テメー、馬鹿か?」
 と、ちぎり捨てるように言葉を繋いだ。
 「へ?なんでどすの?シンタローはんに必要やて思われたらうれしゅうおますえ?それだけのことどす」
 アラシヤマは、そっぽを向いているシンタローから目をそらさず、
 「絶対、 還ってきますさかいに」
 気負いもなく、ただ明確な事実を告げるような口調でそう告げた。
 不意に口調が変わり、
 「これは、新総帥やなくてシンタローはんとの個人的な約束ということにしといておくんなはれ」
 冗談のようにいって立ち上がった。
 そのまま素直に帰るかとシンタローは思ったが、何故だかアラシヤマはドアの前でもじもじしていた。何度もシンタローの方に視線を送るので、
 「用がねーなら、さっさと帰れ。いつまでもそこに立ちふさがってるとすんげー邪魔だ」
 と、シンタローが声をかけると、
 「ああああのっ、シンタローはん!もしわてが戻ってきたら、一つだけお願いがあるんどすケド……v」
 アラシヤマは壁に指で“の”の字を書いている。
 「……何だ」
 (どうせ、ロクなことじゃねーよナ。どんな無理難題をいいやがんだ?)
 と、シンタローは身構えた。
 「――おかえり、って言うてくれはります?」
 「おかえり?」
 あまりにもアラシヤマの要求が意外だったのか、シンタローは怪訝そうに聞き返した。
 「わて、心友にそう言うて迎えてもらうのが夢なんどす」
 「――まぁ、いいけど。ただし、死体にゃ言わねーぞ?言ってもどうせ聞こえねーし」
 「そこんとこはまかしておくんなはれvほな、行ってきますさかいに」
 数秒後、アラシヤマの気配が完全に消えると、シンタローはシンクにもたれ息を吐いた。
 「アイツ、とんでもねぇ馬鹿だナ」
 ふと、ほろ苦い香りがあたりにただよっていることに気づき、シンタローが目線をあげると、コーヒーメーカーのランプがオレンジ色を点し保温を知らせていた。









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 木々が色づきはじめたガンマ団内の公園を横切っている最中、シンタローは突然の驟雨に見舞われた。
 (ったく、ついてねぇッ!)
 と、シンタローは思わず舌打ちをした。
 空を見上げると、雲の向こう側が明るく日が照っているもようである。しかし、頬に当たる雨粒は冷えていた。
 雨は総帥服の服地にしみこみ、ひとつぶごとに赤の色を濃くしてゆく。
 (仕方ねーか)
 どうも全身ぬれねずみ状態になってしまうと、総帥室へ戻ったのち、秘書や従兄弟から小言をいわれることが予想できた。
 シンタローは、近くに生えている黄葉が目立つ大木のもとへと走った。切れ込みの入った葉が上の梢で密に重なり合っているらしく、雨は落ちてこなかった。
 雨勢はますます強くなったが、雨の向こう側から、誰か人影が走ってくる。
 (マヌケな野郎だナ、一体どんな面してやがんだ?)
 自分のことを棚に上げ、シンタローが内心面白がっていると、相手が樹の下へ飛び込んできた。その気配は、見知った男のものであった。
 「あれ、どなたはんかいはるんどすな。すんまへん、わてもちょっと雨宿りを」
 と、相手はいいながら目に雨が入ったようで腕で顔を拭ったが、シンタローを見て非常に驚いたようであった。
 「しっ、シンタローはんー!?」
 アラシヤマは軽くパニック状態に陥ったらしく、固まっていた。
 「ついてねぇ……」
 シンタローは、気分転換にと、この道を通ってみようと思ったことが今更ながらに悔やまれた。


 「シンタローはん、これどうぞ」
 と、アラシヤマは制服のポケットからハンカチを取り出しシンタローに差し出した。アイロンをあてたものか、ハンカチにはきれいに折り目がついていた。
 「いらねぇ。どうせすぐ乾くし」
 「秋の雨って体の芯まで冷えて厄介どすえ?万一、あんさんが風邪でも引いたらわて心配で心配で遠征先でも眠れなくなりそうどす~…」
 どうもゆずる気配はないらしく、シンタローが睨んでもめずらしくアラシヤマは視線をそらさなかった。
 ふと、なんだか意地を張り通すのも面倒な気がしたので、シンタローがハンカチを受け取ると、アラシヤマは嬉しそうな表情を浮かべた。
 シンタローが髪など軽く拭いている間、アラシヤマが挙動不審であったので、
 「何だ?」
 と、聞くと、ちらっとシンタローを見たアラシヤマは、
 「―――あの、ここから出てけっていいまへんの?」
 俯いた。
 「―――テメェ、俺を何だと思ってやがんだ?」
 「それってひょっとして、一緒に雨宿りしててもええってことどすか!?」
 驚いたようにアラシヤマはシンタローをみたが、シンタローは淡々と、
 「いっとくけど、半径50センチ以内に近寄ったら眼魔砲な」
 と言った。
 「いつもより、距離が縮まってますえ~vvvシンタローはんとドキドキ☆急接近どす!」
 それでも、アラシヤマは全くめげないらしかった。


 「ほんの涙雨かと思うたのに、中々やみまへんなぁ……」
 シンタローの言いつけを守ってか、距離をとり、オークの幹にもたれたアラシヤマが呟いた。
 「晴れてたのに、急に雨ってムカツクよな」
 「わては、シンタローはんとずっと雨宿りができてうれしおすけどv」
 「……なんつーか、寒気がする」
 「ええッ!大丈夫どすかー!?風邪のひきはじめやおまへんの!?!?」
 アラシヤマは慌てて、シンタローの熱を測ろうと手を伸ばしたが、シンタローはその手を払いのけ、
 「いや、そーいうんじゃねーから」
 と、ひきつった笑顔でこたえた。


 雨の筋は先程より細くなり、黄色い葉先から落ちる雫の間隔もゆっくりとしたものとなった。
 手を払われてからずっとアラシヤマはだまっており、シンタローも特に話すこともなく雨音のみがあたりに満ちていた。
 不意に、アラシヤマの声がした。ずっと黙っていたからなのか、少し声がかすれていた。
 「シンタローはん、わてなぁ、いつかシンタローはんのdestinationの1つになってみせますえ?」
 雨音のせいで、アラシヤマの声は聞き取りにくかった。
 「はぁ?何いってんのオマエ?」
 「つまり、新総帥が遠征から帰ってきはりますやろ?そして『会いたかったぜ、アラシヤマ…!』とわての腕の中に飛び込むという寸法どす!」
 さきほどまでとは違う、笑いを含んだ声音であった。
 「……百億年たってもありえねぇナ、それ」
 そっけなく、シンタローがそう返すと、
 「ひどうおます~!」
 と、アラシヤマはしばらくぶつぶつ言っていたが、
 「あの、シンタローはん!」
 真面目な声でシンタローに呼びかけたきり、言葉がとだえた。


 「何?何かあんならとっとと言えヨ!」
 シンタローが、少しいらだった調子で続きを促すと、思いもかけず真摯な声が返ってきた。
 「わて、明日から遠征行ってきますけど、誰も死なせまへんから。大船に乗ったつもりで待ってておくれやす」
 「……んな約束、」
 「無理やおまへん」 
 大人が子どもをさとすように、きっぱりとアラシヤマは断言した。シンタローが何も言わいままでいると、慌てたように、
 「ホラ、わてってガンマ団ナンバー2どすさかい!」
 と、道化たように言った。
 (コイツは大馬鹿で、……嫌いだ)
 シンタローは、また強くなった雨の中へ、踏み出した。
 「あの、濡れますえ?」
 背後から慌てたような声がと気配がしたが、無視した。









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 「気を付け!!」
 と、厳しい掛け声が士官候補生達へと向けて放たれた。
 疲労の色が濃く顔に滲んだ若者達は慌てて背筋を伸ばす。彼らは皆、戦闘服に身を包み、踵をくっつけた両足を少し開いた型で立っていた。
 「整列、休め!」
 の声に、いっせいに彼らは両腕を後ろへと回した。前に立った教官が鋭い目つきで一瞥したが、まずまず、といった評価だったのか口を開いた。
 「今のままでは、全員が任務偵察や後方撹乱において生き残れない。こちらが無手で敵は武装している中、たとえ一人になっても任務は完遂しなければならないことはわかっているな?各自今回の訓練を反省し、次の訓練までに反省点を改善しておくように」
 そう言って、全体を見渡した。
 先程まで、ガンマ団内の林の中では徒手格闘訓練が行われていた。射撃や野戦訓練、レンジャー訓練は体験済みの士官候補生達であったが、教官が仮想敵となる格闘訓練はまだ経験していなかった。生徒同士での型稽古とは格段に違って脱臼や骨折などの怪我も多く、何より精神的なダメージが大きかった。
 特に、野外における格闘実践訓練の教官は一切の容赦がないことで有名である。その中でも、この教官に当たったものは相当に運が悪いと生徒達の間ではささやかれていた。
 「敬礼!」
  いっせいに、生徒達の右腕が上がった。
 「直れ!!」
 号令の後、教官が訓練の終了を告げその場を立ち去ると、皆ほっと息を吐いた。緊張の糸が切れたのか、その場にへたり込む生徒もいた。


 (おかしおす……)
 先程の野外格闘訓練実習の担当教官であったアラシヤマはゆっくりとした足取りで歩いていた。
 (どうして、誰ッ一人!「アラシヤマ教官ー!お誕生日おめでとうございまーすv」って追いかけて来ぉへんのどすか!?なんでッツ!!
 わての予定どしたら、
 『どうしたんだ、お前ら!?』
 「俺達生徒一同、尊敬する強くてカッコイイアラシヤマ教官のお誕生日をお祝いしたくって!あっちでパーティーの準備をしているんです!」
 『お前らの気持ちは嬉しいが……』
 「わかりました。今から大切な方と過ごされるんですね。お気になさらないでください」
 『いや、やはりせっかく準備をしてくれた可愛い教え子達の気持ちは無下にはできん!』
 「ええっ、でも……なぁ?」
 「そうですよ!俺達のことはかまいません!待っているお方の所へ行ってあげてください!」
 『心配ない、約束は夜からだ』
 「「「「「教官ッ……!!!!」」」」
 『お前らッ…!!』
 って、こうなるはずどしたのに……!!)
 アラシヤマはしばらくその場に立ち止まってみたが、しかしいっこうに誰もやってくる気配はない。数分後、何やら陰気な様子でブツブツとつぶやき始めた。
 「――もしかして、あえてわざと無視!?ほぉ、ええ根性してますナ?あいつら全員、藁人形確定どす。いや、それよりも次から体力づくりの訓練メニューを強化して共通語レポートの提出分量を2倍にすれば一石二鳥どすー!わてって、なんて生徒想いの先生でっしゃろv」
 アラシヤマがほくそ笑んでいると、背後から

 「アラシヤマ教官」

 と、呼びかけられた。その、よくとおる聞きなじんだ声に、
 (きたッ!って、ええっ?この声って、もしかしなくても……、でっしゃろ?)
 おそるおそる、アラシヤマが振り返ると、そこには戦闘服姿のシンタローが立っていた。
 「なぁーに、間抜けなツラしてやがんだ、テメェ?バっカみてぇ!それに、一人で根暗にブツブツ言いながら歩いてっとすげぇキモイ」
 腕組みをしてそっけなくそう言うシンタローに向かって、
 「シンタローはーん!わての大切な人は誓ってあんさんだけどすえー!!」
 と、叫んだアラシヤマはものすごい勢いで駆け寄り、抱きつこうとしたが、かるくかわされた。
 「シンタローはーん……」
 「うるせぇ」
 「――そない、不機嫌そうな顔をしはらんでもええですやん」
 恨めしそうにシンタローを見たアラシヤマであったが、シンタローに睨まれ、肩をおとしてうつむいた。
 「テメェがうぜぇからだ」
 「さっきのは心友同士の軽いスキンシップをはかろうとしただけどすえ……!?さけるやなんてひどうおす~!!」
 顔を上げたアラシヤマと片方のみ視線がぶつかったシンタローは、手のひらの上に光球を形成しはじめた。
 「ええっ!?いきなり眼魔砲どすかぁ!?シンタローはんったら愛情表現が過激なんやからぁvそういや、何であんさん、総帥服やおまへんの…?」
 今まさに眼魔砲を撃とうとしていたシンタローであったが、真顔で自分を見ているアラシヤマを見て、
 「――ああ、これ。別にテメェには関係ねぇし、どーでもいいダロ?」
 面白くなさそうに答えると、手の中の光球を瞬時に消した。
 「――あんさん、わてが教官に不適格かどうか視察に来てはった、というわけやナ。どうりで全然気配が感じられへんかったわけや。流石はシンタローはんどす」
 アラシヤマの顔から波が引くように感情が失せ、低くそう言った。
 「どこの老いぼれネズミが足掻いているんか、は分かってます」
 「殺すんじゃねーぞ?あれだって、一応ガンマ団の人間なんだし」
 「いやどすなぁ、シンタローはん。殺すつもりならとっくの昔に殺してますえ?ただ、わてが許せへんのは、あんなネズミごときが、わざわざシンタローはんを煩わせたことどす」
 「お前は、教官からははずさせねぇ」
 シンタローはため息をつくと、片手を伸ばし、アラシヤマの頬を思いっきり引っ張った。
 「物騒な顔してんじゃねーヨ」
 「いひゃい!いひょうおひゃすえー!ひんはろーはん!」
 「勘違いすんな、お前の訓練を見に来たのは偶々気が向いたからだ」
 すぐに手を離したシンタローをちらっと見たアラシヤマは、
 「シンタローはん、えっらい嘘が下手どすナ……」
 と言って溜息をついて肩を落としてしゃがみ込んだ。
 「わて、めちゃくちゃ格好悪うおます~」
 「安心しろ!俺はテメェを格好いいと思ったことは一度もねーから」
 「ひどうおます、ひどうおます~…。わてはシンタローはんのことを1日50回は格好ええと思うてますえー!あ、ちなみにあと50回は可愛ええなぁと。実は他にもいろいろあるんどすけど……」
 シンタローは片足を上げると、しゃがんだままのアラシヤマを蹴り飛ばした。
 「超ウゼぇ。やっぱやめっかな……」
 「何をどすか?」
  地面に転がったままアラシヤマがそう聞くと、
 「体がなまってもなんだし、久々にテメーと格闘訓練をしようかと思ったんだけど、やっぱ、キンタローにつきあってもらうわ」
 シンタローはあっさりと踵を返し、歩き出した。
 「し、シンタローはんッツ!待っておくんなはれッ!わてがやりますー!!」
 慌ててアラシヤマは飛び起き、シンタローの後を追った。


 「別に、俺は外でもよかったんだけど……」
 「外やったら人目につきますやん?ここやったら邪魔は入らへんかと思いまして。わて、勝負に水をさされるんが大嫌いなんどす」
 「まぁ、何でもいいけどよ」
 シンタローは、長い髪をまとめながら板張りの道場の床を見渡した。
 「ルールはどないしはります?」
 「んー、技・武器の使用はナシ、徒手のみっつーことで。あとは、どっちかが3秒以上床に倒れたらその時点で終了」
 「了解どす」


 先程から数十分以上攻防を演じているが、なかなか決着がつかなかった。
 シンタローもアラシヤマも、少なからず体の各所にダメージをうけ、息も乱れがちになっていた。
 「そろそろ白黒着けよーぜ?」
 シンタローがそう言うと、アラシヤマは上着を脱ぎ捨て、両手を軽く握り、構え直した。シンタローも上着を脱ぎ捨て、床を蹴った。
 シンタローは、後ろ足の踵を上げ、腰を押し出した上げ蹴りをはなった。しかし、アラシヤマはわずかに身を引きながら、足を左掌ですくい上げた。バランスを崩したシンタローをそのまま床に押さえ込もうとしたが、シンタローは数度転がって避け、体勢を立て直した。
 「ほな、こっちから行きますえ」
 と、アラシヤマは直突きに転じ、シンタローの右面から攻撃を仕掛けたが、シンタローは左掌で拳を上方へと受け流しながら左方に体をさばき、右胴に直突きを入れた。
 「てめぇ、わざと避けなかったのかよ?」
 手ごたえは充分あったものの、背後からアラシヤマに組み付かれた。アラシヤマはシンタローの首に腕を巻きつけ、そのまま足を蹴り落として床に叩きつけるつもりらしい。
 「シンタローはんと密着どす~vvv」
 と、ふざけた調子で言うアラシヤマの脇腹めがけてヒジ打ちを叩き込み、少し体が離れた瞬間、後ろに踵を蹴りあげ金的を狙った。
 が、すんでのところで、アラシヤマはシンタローから腕を放し、飛び退った。
 「……あんさん、えげつない攻撃しはりますなぁ」
 「実戦にえげつないもクソもあっかよ?」
 「そらそうどすナ」
 「しゃべり過ぎだ」 
  シンタローは一気に間合いを詰めると、左からの横打ちと見せかけ、突き蹴りを見舞った。
 次の瞬間、アラシヤマの体は道場の端まで吹き飛んだ。
 「1、2、3、……終了ッ!テメェ、とっとと起きろヨ!」
 シンタローがそう声を書けたが、アラシヤマの体はピクリとも動かない。
 (――まさか、気ぃ失ってんのか?)
 アラシヤマの傍まで行き、足に蹴りを入れてみたがやはり目を閉じたままであった。
 もしや打ち所でも悪かったのか、と傍らに屈んで呼吸を確かめようとすると、いきなり腕を引かれ、シンタローはアラシヤマの上に倒れこんだ。
 「てっめぇ……」
 至近距離から、アラシヤマを睨みつけると、
 「せやかて、戦ってるときのシンタローはん、綺麗で色っぽうおますもん」
 アラシヤマは片腕でシンタローの頭を引き寄せ、口付けた。
 「昔は、全然色っぽいとは思わへんかったのになぁ……。わても大人になったんでっしゃろか?」
 「死ね」
 口を拭って立ち上がろうとしているシンタローを寝転がったまま目で追いながら、アラシヤマは、 
 「シンタローはん、今日はわて、誕生日なんどす」
 と言った。
 「え?オマエ、今日って誕生日なの?」
 シンタローは目を丸くして、アラシヤマを見下ろした。
 「へぇ、今日どす」
 アラシヤマは身を起こし、座った。
 「ふーん、そうなんだ」
 「ええっ!?大心友の誕生日を忘れてはって、それだけどすかー!?」
 「忘れる以前に、そもそもテメェの誕生日なんざ知らねぇし……」
 「わっ、わては、シンタローはんのスリーサイズ、身長・体重・血液型、チャームポイント、夜の寝言までバッチリどすのにー!!」
 「眼魔砲ッツ!!」
 道場の壁に大きく穴が開き、アラシヤマの姿も見えなくなった。
 シンタローは、髪を結んでいる紐をほどき、
 「あー、あの野郎、すっげぇムカツク!」
 と言った。


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 散歩から帰ってきたパプワとチャッピーがパプワハウスに戻ると、
 「ちょっと、ほんのちょっとだけッツ!言葉をいいまちがえただけどすのに……」
 しっかりと閉ざされた入り口の傍で体育座りをしてぶつぶつ独り言を呟いている男がいた。
 アラシヤマであったが、パプワとチャッピーが戸口に近づくと1人と1匹に気づいた様子でようやく目を上げ、
 「ああ、パプワはん、チャッピーはん、おかえりやす~…」
 と、陰気な調子でぼそぼそとあいさつした。
 「ただいま」
 「わう!」
 家の中に入るとシンタローが洗い物をしていた。
 「ただいま、シンタロー。客だぞ!」
 「――客って、外にいる根暗のことか?あんなの客なんかじゃねぇ。放っておきなさい!」
 振り向きもせず、シンタローは皿を洗う手を止めない。
 いつのまにやら、窓口からそっと中の様子をうかがっていたアラシヤマは、みるからに肩を落としたようである。
 パプワはとことこ、と入り口に戻り、ほどなくして冷や汗をたくさん流している男を連れてきた。
 「パプワ、何でそんな変態野郎を家に入れんだヨ?」
 「客だからだ」
 じろり、とシンタローがパプワとアラシヤマをにらむと、アラシヤマはあわてて逃げようとしたが子どもがズボンの布地をつかんだので立ち止まった。
 「あのー、パプワはん。離しておくれやす。わて、やっぱり今日は帰りますさかい」
 相手はスーパーちみっこではあるものの、子どもの手を邪険に振り払うことにためらいがあるらしく、アラシヤマは困ったようにそう言った。
 「そういや、何しにきたんだアラシヤマ?」
 子どもが手を離し、男を見上げると、
 「ああああのっ、わてはっ、海へ行きまへんかってシンタローはんを誘いにきたんどす!さっきのは、バカンスの間違いどすえー!」
 アラシヤマは恥ずかしげにチラチラとシンタローの方を何度も見ながら、照れた様子である。シンタローはそんな男の様子にさらに苛立ったようであり、片掌にエネルギーをあつめ、光球を形成しはじめた。
 「眼魔…」
 「じゃあ、そのバカンスとやらに行ってこい」
 「「えっ?」」
 驚いた2対の視線が子どもに集まった。
 「つまり、シンタローとアラシヤマが一緒に遊びに行くということだろう?ぼくはかまわんゾ」
 「ほんまどすか~!?」
 「何でだヨ!?さっきからお前ら、なんであの野郎の肩を持つんだ?」
 大喜びしているアラシヤマとは対照的に、シンタローの表情は苦りきったままである。
 パプワとチャッピーは顔を見合わせ、
 「アラシヤマはお帰りってぼくらにいったけど、シンタローはいわなかったからナ」
 「わう!わうっ!」
 そう言った。シンタローは一瞬言葉につまったが、
 「そんなこと、……でもねぇか?」
 と、肩を落としてため息をついた。
 「わぁーったよ、俺の負けだ。ったく、とんだ罰ゲームだぜ!」
 「ただし、皿を全部洗い終わってからだからナ!」
 「はーい、はいはい」
 「シ、シンタローはんッ!早う終わるように、わてにも手つだわせて」
 おたまが正確にとんできて、アラシヤマの額にヒットした。
 「うるせぇ。テメーは外に出てろ!!」
 額をさすりながらそれでも嬉しそうに外へと出て行くアラシヤマと、険しい表情で洗い物に戻るシンタローを見て、
 「大人同士の友達づきあいはいろいろめんどうだよナ、チャッピー」
 「バウッ!」
 不思議そうに呟いた子どもに同感するように、犬は大きくうなづいた。


 「ったく!クソいまいましいったらありゃしねぇッツ!!」
 「シンタローはーんっ!待っておくれやすぅ~vvv」
 白い砂と砂利が混じった道を大またに歩いていくシンタローの背を、アラシヤマは嬉しげに追いかけていた。
 (なんてったって、シンタローはんはわてのことが好きどすから!わてにはバッチリわかってます!お花占いは間違いおまへんえ~vvv)
 いきなり、シンタローは立ち止まり、
 「あのなぁッ!」
 と振り返り、アラシヤマを睨みつけた。
 「えっ、なんどすかぁvvv」
 「言っとくが、コレは罰ゲームなんだからナ!海へ着いたら俺はすぐに引き返すぞ!」
 「ええ~、わてはシンタローはんと一緒に波打ち際を走りながら水を掛け合って心友同士のコミュニケーションを深めたり、砂のお城をつくったりして色々遊ぼうかと思うてましたのに……」
 不満そうなアラシヤマの言葉を無視し、シンタローが道を曲がると、今までの草いきれに満ちた森の風景とは一転し、眼下にはクリーム色の砂浜と珊瑚礁の海が広がっていた。明るい碧やブルー、濃い群青など多様な色を映す海は、以前のパプワ島と全く変わらない様子であり、シンタローは思わず立ちすくんだが、
 「シンタローはん?」
 いつの間にやら傍まで来ていたアラシヤマが不審そうに問う声で、我に返った。
 「……やっぱ、気がかわった」
 じっと片目でシンタローを見つめるアラシヤマはほんの一瞬だけなんともいいようのない表情をした。しかし、すぐに彼なりの笑顔になり、
 「えっ、ほんまどすかぁ!?うれしおますー!ほなシンタローはん、砂のお城を作ったあとはお互い反対側からトンネルを掘っていって途中で“あっ、トンネル開通―!”って二人でやってみまへん??」
 「何言ってんのオマエ?俺はそこの木の陰で昼寝すっから、全部テメー1人でやれば?」
 「1人で、どすか……?無理どす」
 なんだか非常にガッカリした様子のアラシヤマを無視し、シンタローは砂の上に大きく影を落とす樹下にさっさと寝転んだ。木の生えている場所は傾斜がついているので、仰向けに寝転んでも海が見えた。
 先程、アラシヤマは
 「プランDに変更どすえー!」
 などと言ってシンタローの隣に寝転ぼうとしたが、眼魔砲で追い払うと落下した先でいじけて1人で砂の城を本当につくりはじめたので、そのまま放っておいた。いったんつくり始めると、アラシヤマは黙々と砂を形づくる作業に熱中している。
 (あいつ、暑くねーのかな?まぁ、変態だしナ!)
 そう結論付けると、シンタローはアラシヤマから視線を逸らした。
 かるく目を閉じるといろいろ気がかりなことばかり浮かんでしまう思考をストップするため、ふたたび目を開け、ただただ明るい海をながめていたがシンタローはいつのまにやら眠りに落ちた。
 
 
 どれだけ時間が経ったものか、小さく
 「シンタローはん」
 と遠慮がちに呼ぶ声がした。
 「あ、起きはった?ついに、できましたえー!見ておくんなはれッツ」
 シンタローはどうやら夢も見なかったらしい。うれしそうなアラシヤマの後をぼんやりとついていくと、2メートル四方の砂でできた建物のミニチュアがあった。器用にも、細部までよくできている。
 「……城にはみえねーけど」
 「さすがはシンタローはん!ええとこに気がつかはりましたわ…!」
 「つーか、これって家?」
 「そうなんどすッ!シンタローはんとわての、夢のスウィート・ホーム設計図どすえー!!」
 「えいっ!」
 グシャリ、とシンタローが足で砂製建物の一部を踏み潰すと、アラシヤマは固まっていた。
 「……シンタローはんとわてのっ、愛の巣がー!!」
 と、アラシヤマが叫んだので、
 「うるせえっ!」
 シンタローはアラシヤマを殴った。
 「んな気色の悪ぃもんつくんなッ!それにどーせ、潮が満ちてきたら崩れるもんダロ!?だったら今踏み潰そうがどーしよーが同じじゃねーか!?」
 「そういう問題やあらしまへんもんっ!」
 などと言って崩れた箇所をいじましく直そうとしているアラシヤマを置いてシンタローは帰ろうとしたが、ふと、少し離れた波うち際に描かれていた地図らしき絵に目を留めた。地図は、波にさらわれ四分の一ほどが消えかかっていた。
 「オマエ、これ…」
 「あっ、シンタローはんっ!そっちは見んといておくれやす!!」
 アラシヤマはシンタローの方へ駆け寄ると、すごい勢いで腕を引っ張った。少しよろけて驚いたように自分を見たシンタローの表情をみとめて、彼は自分のとった行動を後悔したような顔つきになった。
 「パプワ島、か?」
 と聞くと、アラシヤマはしばらく黙りこくっていたが、頷いた。
 「別に隠す必要はねーだろ?3次元で計測できねーらしーけど、よく書けていると思うぜ?」
 シンタローが不審げにそう訪ねると、アラシヤマは何か迷っているようであったが、口を開いた。
 「……これって、斥候を想定して描いたんどす」
 俯いて、顔をあげない。
 「今度、パプワ島の地図を描いて見せてやったら、パプワ達も喜ぶんじゃねーの?」
 「―――シンタローはんっ、でもわては!」
 何か言いたそうなアラシヤマを浜辺にのこし、シンタローは帰路についた。









as









 「シンちゃーんッツ!いったいどこへいっちゃったんだいっ!? パパのところへ戻っておいで~!!一緒にビデオの続きを観ようヨー!!」
 遠くの方でかすかに聞こえる声にしばらく耳を澄ませ、
 (やっと撒いたか…)
 声がだんだん遠ざかっていくことを確認し、廊下の壁に背をはりつけたままシンタローはひとまずほっと息をついた。


 朝の目覚めはシンタローからすれば、サイアク、であった。
 目が覚めると、何故か、隣にはマジックが添い寝をしている状況で、自分をみつめていた。
 「うーん、シンちゃんはいくつになっても可愛いねぇ」
 とマジックはにこにこと微笑んでいる。
 シンタローが状況を把握できないままぼんやりと彼を見上げ、視線が合うと、
 「ハッピーバースデー☆シンタローvvv」
 マジックは軽くキスをした。
 「何すんじゃぁあああ!このクソオヤジッ!!」
 起き上がりざま、思いっきり繰り出した右ストレートであったが、マジックはさすがといっていいものか吹き飛ばされたりはしなかった。ベッドから落ちそうにはなったがどうにかふみとどまり、シンタローの両肩をガシッと掴むと、
 「ええっ!?シンちゃん、予定ではここで『ありがとうvパパ大好きっvv』って思いっきり抱きついてくれるはずだったのにー!?なんでッツ」
 と叫んだ。シンタローは肩にくいこんだ指の強さと声の大きさに顔を顰めた。
 「うるせぇッツ!!脳ミソ沸いてやがんのかテメェ!?つーか、どっからどうやって入ってきやがった!?!?」
 「それはまぁ、ヒ・ミ・ツだヨ☆そうだねぇ、パパの愛のパワーとでも言っておこうかなvあれ、どうしたのシンちゃん?もしかして、うれしくて照れちゃったのかい??」
 俯いてしまったシンタローの顔をマジックが覗き込むと、その瞬間、
 「眼魔砲ッツ!!」
 青白い閃光が室内いっぱいに炸裂した。


 結局、すぐに眼魔砲のダメージから立ち直ったマジックと彼手作りの誕生日ケーキを食べた後、『シンちゃんv成長記録ビデオ(愛蔵版)』を観ながら過ごしていた。もちろん、自らすすんで観たいというわけではなかったが、
 「私はね、シンタロー、お前が私の家族になって本当に嬉しかったんだよ」
 真剣な声音のマジックに見つめられ、
 「だから、思い出のひとつひとつを残しておきたかったんだ。それを今から一緒に観ようよ」
 と言われると、思わずうなずいていた。
 「あっ、ここでシンちゃんが『パパーv』って走ってきて、転んじゃうんだよ!ひざ小僧をすりむいて泣きそうになるシンちゃんと『大丈夫かい?』と私が優しく声をかけたとたん思わず泣き出しちゃうシンちゃんがとーっても!可愛いからしっかりみててネv」
 「はーいはいはい。」
 (同じ場面を何度も巻き戻しすんなよ。さっきから全然進んでねぇじゃねーか…。美少年な俺様はともかく、親父の説明がいちいち超ウゼぇ…)
 最初は懐かしい思いで観ていたが、だんだんげんなりとしだしたシンタローは、マジックがビデオの続きをとりにいった隙をつき、
 (じょーだんじゃねぇ)
 逃げ出した。


 (どーすっかな…)
 先ほどの騒動を思い起こしながら、もう一度深く息を吐くと、今度は
 「シンタローは~ん!どこにいはりますの~?」
 とそれほど遠くないところから足音と聞きなれた声が聞こえた。それにともない、陰気な気配もだんだんと近づいてくる。
 (そういや、あの根暗もいたんだったナ…。やべぇ、この先行き止まりか?)
 どうするか、と逃げ道を探して辺りを見回したところ、ドアから金色の頭がヒョッコリのぞき、
 「あっ、やっぱりシンちゃんだー!お誕生日おめでとうッツvvvよかったら、僕達がかくまってあげるヨ?」
 と言った。
 グンマの後につづき今は使われていない研究室に入ると、中ではキンタローがソファに座っていた。キンタローは相変わらず真面目な表情を崩さなかったが、シンタローを見ると開口一番に
 「シンタロー、今日はお前の誕生日だな。おめでとう」
 と言った。
 「サンキュ。お前も誕生日おめでとな、キンタロー」
 そういうと、シンタローはドサリとキンタローの向かいに腰を下ろした。
 「シンちゃーん!この部屋、小型磁場装置でシールドを張ったからしばらく大丈夫だヨv」
 「まさか、お前が作ったもんじゃねーだろーナ?」
 少々疑わしげにシンタローがグンマを見上げると、
 「えーっ、ひっどーい!シンちゃん!まぁ、キンちゃんが作ったんだけどさ」
 グンマは頬をふくらまし部屋の奥へといったん姿を消したが、後ろ手に何かを隠しながらすぐに戻ってきた。そして顔を輝かせ、
 「二人とも、お誕生日おめでとうッツ!!」
 といった。
 グンマがテーブルの上に置いたものをみて、シンタローとキンタローは顔を見合わせた。
 「ケーキ、か?」
 「ケーキ、だろう。まず、土台のスポンジは水色に着色されたバタークリームでコーティングされている。そしてその上にはマジパンでつくられたと思しき緑色の水草と黄色いアヒルが3羽、そしてピンクのチョコレートペンシルで『シンちゃん&キンちゃんHAPPY☆BIRTHDAYv』と書いてあるが…」
 (いや、そういう問題じゃねーダロ?食えんのかコレ?お前は平気なのかよ…)
 あまりにもカラフルな色彩にあふれたケーキをもう一度見て、シンタローはキンタローの方を見た。しかし、キンタローはいつもどおりの平静な表情のままであった。
 「ケーキだよぉ~!!僕の誕生日はシンちゃんとキンちゃんが美味しいケーキをつくってくれたから、今度は僕が作ったんだ!上手に出来たでしょvvv」
 グンマはニコニコと笑顔で、ケーキを切り分けた。
 「はいv喧嘩にならないように、ちゃんとアヒルさんたちも1人一匹ずついるからネv」
 無言でシンタローは差し出された小皿を受け取り、「いただきます」と一口ほおばると、何故かバタークリームが塩味、そしてスポンジは固くてかなり甘かった。
 「このケーキ、おいしくないヨー!」
 グンマが泣きそうに顔をしかめた。
 「お前、ちゃんと分量を計ったのか?それにクリームは砂糖と塩を間違ってんぞ?…まぁ、食えねーことはねぇけどナ」
 「俺は甘すぎるよりもまだこっちの方がいい」
 とシンタローとキンタローがそれぞれいうと、
 「キンちゃんもシンちゃんもありがとうッ!ねぇねぇ、せっかく3人いるんだし、後でトランプをしようよっvvv」
 グンマの表情が明るくなった。


 「なんで俺が大貧民なんだヨ?馬鹿グンマに負けるなんて、ったく信じらんねぇ」
 グンマは先ほど「今日は僕がお昼ご飯を買ってきてあげるね~♪」といって部屋から出て行った。シンタローは手に持ったカードをテーブルの上に投げ出した。
 「お前、ホント器用だナ」
 シンタローはソファに寝転び、キンタローがトランプを繰る様子を眺めていた。
 「よくわからないが、そうなのか?」
 キンタローの手の内で下から上へと移動するカードの流れをなんとはなしに見ていると、 
 「獲物を狙う猫に似ているな」
 シンタローを見てキンタローは少し笑ったようであった。
 「なんだソレ。それにしても、アヒルだか何だかグンマのセンスは相変わらずよくわかんねーナ」
 「そういうな。俺は嬉しかったぞ」
 そういってキンタローは箱にカードを収めた。
 「…何かお前本気で欲しいもんとかあるか?」
 シンタローが声をかけると彼は何やら考え込んでしまった。
 「……本気で欲しいもの。あるにはあるが、俺が自分で手に入れないと意味がない、と思う」
 (コイツの欲しいものって、一体何なんだ?)
 ソファの上であれこれ考えてみたが、らちがあかない。じっと見られている気がしたので居心地が悪くなり、起き上がった。
 「他には、何かねーの?」
 と聞いた。
 「そうだな」
 キンタローは目をしばたたかせた。
 「料理をつくってくれ」
 「おう、いいゼ。何が食いてーんだ?」
 「お前が作ってくれるものなら、何でもいい」
 「あれが好きとかこれが嫌いとかねーのかよ?」
 「好き…。好きという感情は難しい。だが、お前の作る料理はみんな好きだ」
 シンタローは率直な言葉に目を丸くしたが、ニカッと笑い、
 「期待してろヨ」
 といった。
 

 「ただいま~vサンドイッチ買ってきたよv夕方からパーティーだし軽めにしておいたほうがいいと思って」
 グンマはパンや菓子などが入った大袋をテーブルに置き、ガサガサと中身を取り出しながら、
 「あ、そうそう、シンちゃん。アラシヤマ君が探してたヨ~」
 とシンタローにいった。
 「ああ゛?アラシヤマだぁ?」
 「うん。なんかね、必死みたいだったから、ここにいるって言っちゃったv」
 「てめー、余計なこと言うなヨ!」
 思いっきり顔を顰めたシンタローをしばらくながめ、グンマはひとこと、
 「シンちゃん、大人げないヨ?」
 と言った。
 「あんだと?ケンカ売ってやがんのか、テメェ!?殴るぞ!」
 「落ち着け、シンタロー!」
 「いいよ、キンちゃん。あのね、アラシヤマ君もシンちゃんの誕生日をお祝いしたいんだと僕は思うよ?」
 「―――別に、俺はあんなヤツなんてどーだっていいし」
 「今日はシンちゃんを大好きな人たちにとっては特別な日なんだ。絶対会わないつもりだったら仕方ないけど、意地をはってもしょうがないじゃない」
 グンマはシンタローから目をそらさなかった。とうとう、シンタローの方が目をそらした。
 「グンマ、シンタローを追い詰めるな。シンタローはアラシヤマが嫌いなんだろう?それなら俺は会わなくてもいいと思う」
 「キンちゃん、そういうことじゃないんだ」
 「だがな」
 グンマはかぶりを振った。黙って二人の会話をきいていたシンタローが
 「帰るわ」
 そういって立ち上がった。キンタローは心配そうにシンタローを見たが、グンマは笑顔で
 「じゃあまた夕方会おうね、シンちゃん」
 バイバイ、と手を振った。
 

 シンタローが廊下に出ると、曲がり角からおずおずとアラシヤマが姿をあらわした。
 「シンタローはーん!やっと、見つけましたえ~」
 嬉しそうに駆け寄るアラシヤマにシンタローがそっぽを向くと、アラシヤマは
 「お、怒ってはりますの?」
 と言って数メートル手前で立ち止まった。
 「ああああのっ、これだけは、今日あんさんに伝えたかったんどす。お、お誕生日、おめでとうございますっ、シンタローはん!」
 いつも図々しい根暗男が、緊張しているのかうつむきかげんで途切れ途切れにいう言葉を、シンタローは黙って聞いていた。
 「―――ああ」
 「あ、あの、眼魔砲は…?」
 「別に。今はそんな気分じゃねーし」
 廊下の真ん中に立っているアラシヤマの横をシンタローはすり抜けようとしたが、腕を掴まれた。
 自然、シンタローはアラシヤマを振り返って睨みつけたが、覚悟を決めたのかアラシヤマは、
 「ちゃんと、あんさんの顔を見ていうてもよろしおますか?わては、シンタローはんが今ここにいることに感謝どす」
 そういうと、シンタローの躯を抱きよせた。
 「やっぱり、言葉だけやと伝えきれまへん」
 抵抗は、なかった。


 「えーっと、お取り込み中のところ悪いんだけど」
 音もなく開いた扉から、グンマがひょっこり顔を出した瞬間、ガツッと何かを思いっきり殴ったような鈍い音がし、ついで
 「眼魔砲ッ!」
 辺りに爆音が響いた。
 「あれ、シンちゃん?さっきまで、アラシヤマ君がいなかった?」
 「さあ?そんなのぜんっぜん!しんねーケド?」
 行き止まりになっている壁の方から、ボロボロの人影が起き上がり、
 「し、シンタローはん。あんさんシャイどすなぁ…。べつに恥ずかしがることあらしま」
 いい終わらないうちに、バタリと倒れた。グンマはアラシヤマの様子をとくに気にするでもなく、
 「アラシヤマ君、さっきはお菓子をたくさんありがとー!」
 と笑顔でいった。
 「菓子って何のことだ?」
 「え?あのね、シンちゃんの居場所を教えたらお菓子をくれるってアラシヤマ君がいったからv」
 「ぐ、グンマはんッ。それって別に、今言わんでもええこととちゃいます…?あんたはん、超タイミングが悪うおますえ~!? 」
 「テメェは黙ってろ。で、菓子をもらったから、お前はコイツに教えた、と?」
 「んーと、ちょっと違うけど?ま、いいや☆じゃあ、おじゃましましたvごゆっくりどうぞ」
 そういうと、グンマは扉を閉めた。
 「―――せっかくええ雰囲気やったのにぶち壊しどす。さすが馬鹿息子やわ…」
 シンタローはつかつかと歩み寄り、床に座ってぶつぶつひとりごちているアラシヤマの胸倉をつかみあげた。
 「―――どうもグンマがやけにテメェの肩をもつと思ったら、菓子で買収してやがったのか…」
 「えっ!?あの、シンタローはん?何のことどすか??まったくの誤解どすえ~!!」
 「問答無用。眼魔砲ッツ!!」
 アラシヤマを置き去りにし、シンタローは角を曲がった。
 (―――ったく、どいつもこいつも。まぁ、気分転換にコタローの顔でも見に行くとすっか!)
 歩きながら、腕をあげて思いっきりのびをすると、なんとなく心も軽くなったような気がした。


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