ヌーシャーファリン
後ろから聞こえてくるのは鼻歌。それと同時に頭を軽く引っ張られる感触。
それを無視しながら目の前に座る男と話を続ける。
「すいませんね。せっかくの休日に」
高松の前には私服姿のシンタローが資料を持って座っていた。
「かまわねぇよ。で、これを使えば砂漠でも植物が生えると?」
「そうです。水分を吸収する物質を砂に混ぜるんです。
簡単にいえばオムツに使われているようなものですよ・・ってそのままを想像しないでくださいね?」
「一瞬しかけたけどな。で、それで何で木が育つんだ?」
「簡単なことですよ。砂よりは水を吸収する力が強いけれど木が水を吸い上げる力よりは弱いんです」
「なるほど。で、その後どうなる?」
「時間がたてば自然に分解されて土へ戻ります。2,3年といったとこですかね。環境に悪影響は一切ありません。むしろ栄養になるくらいです」
「さすがだな高松」
「光栄の極み・・ところで」
チラリ、とシンタローの後ろへと目をやる。
「よろしいのですか?」
「気にするな高松。好きにしていいって言ったのは俺だ」
「いえ何かとてもかわいらしいことに・・・いえ、なんでもありません」
ちょっとジト目になったシンタローから目をそらす。
そっと鼻血を抑えつつ話を続ける。
「実用化は?」
「経費さえいただければ」
「わかった。で、これはどっちの研究結果?」
ため息をついて肩に零れる花びらをつまむ。
シンタローの黒髪は高く結い上げられポニーテールになっていた。
そこに鼻歌交じりに花で飾り付けているのはほかならぬグンマだ。
「これは僕~vキレイでしょ?」
「キレイだけどこういうのは似合う人にあげろよ。美貌のおじ様とかさ」
「シンちゃん以上に似合う人はいないよ!ね~高松~」
「もちろんグンマ様もお似合いですがシンタロー様もお似合いです!」
「・・・高松。それはグンマの意見だからだよな?」
「いえ!それは私自身の・・いけ・・ん・・・・いえ・・なんでも・・・・」
だんだん語尾が弱まり顔色を真っ青にした高松を不思議そうに見ながらシンタローはグンマに問う。
「で、これはどんな力が?」
「別に。新種って言うだけ」
ハイ、と差し出された花を受け取る。
透けるような白い花びらが幾重にも重なった、美しい花。
「研究じゃないのか?」
「大丈夫。ちゃぁんと研究は進んでます。その途中で偶然できちゃったんだ」
「・・キレイだな」
「でしょう?いろいろ交配しているうちにできてね」
本当は水をやらなくてもしばらく持つような植物を作りたかったんだけど。
そう苦笑する気配が伝わって後ろを振り向こうとする。
けれどもグンマに制される。しぶしぶ前を向いて黙っている。
「もういいだろ?」
「好きにしていいって約束でしょ?もう少し!」
「何で俺に飾るんだよ・・ったく」
「それは――――」
・・・・だから
「あ?なんか言ったか?」
「なぁんにも」
好きなだけ飾り付け満足したグンマはお茶淹れてくるねvとその場を立ち去った。
「どうかしたのですか?」
「あ?何がだ?」
高松は鼻血を堪えながら真っ白な花のみで飾られたシンタローを見つめる。
「いつもならこんなことを許す貴方ではないでしょう?」
「ああ。ご褒美」
「ご褒美、ですか?」
「この前の研究。あれ特許取れてな。団の財源が大助かり」
「貴方達がばかみたいに眼魔砲撃たなきゃもっといいんでしょうけど」
「襲われなきゃ撃たない」
「マジック様ですか。困った人ですね」
「獅子舞もな。ところで高松」
「なんでしょう」
「何でアイツあんなに喜んでんだ?」
「え?」
「だってさっきから楽しそう・・・いや、嬉しそうかな。だから」
「そうですね。そんな感じでした」
「なんでだろうな」
「それは・・きっと」
「貴方に似合ったから」
それで充分、というように高松は微笑んだ。
その高松の目の前でシンタローは花に目を落とす。
それはあまりにも美しい花。
透き通るような、白い花。
僅かに青みがかった―――――――
「・・・・青い花にすりゃあいいじゃねぇか」
「それで似合わなかったらどうするんです?怖いでしょう?」
「・・ばかみてぇ」
「よくお似合いですよ」
「そうかぁ?よっぽどグンマの方が似合うんじゃねぇの?」
「そんなことをおっしゃらないでくださいよ」
「だってそうだろ?真っ白で・・」
表情を曇らせうつむいたシンタローに高松は優しく微笑んだ。
この前の戦闘で一般人へ被害を出した。死者は、いなかった。償うだけの償いをした。
この研究もその花が生まれた研究もその償いの一環だ。
これが完成すればあの砂漠の国はいつの日か緑に溢れた国へと変われるだろう。
それでも、彼は顔を曇らせる。
そんな事は問題ではない。
問題ではないからだ――――――――
「・・・そうですね」
お似合いですよ、などと口にしても仕方がない。
私が口にすべき事ではない。
高松は静かに目を閉じ、開け、いつもの笑みを浮かべた。
「・・・確かに似合うでしょうね。グンマ様の美しい金糸の髪に生えて」
高松はあえていつもの声でいつものような言葉をつむぐ。
シンタローはそれに感謝しながらそれにあわせるようにいつもの自分を思い出す。
「あの愛らしい笑顔に白い花・・・まるで天使のようです!」
「またはじまった」
いつもの呆れたような、苦笑交じりの自分の声が耳に届く。
いつもの自分がいることに安心しながら少し顔をあげ高松と顔を見合わせる。
高松は優しい笑みを浮かべていた。
「・・・けれど、あなたがそんな顔をなさっていてはグンマ様の顔が曇ってしまいますよ」
そっと指の背で頬を撫でる。いつもの自分を作れたと安心したシンタローの。
本当は今にも泣きそうな表情をしている・・・シンタローの。
「・・・・高松」
「どうか笑顔でいてください」
「・・・ごめん」
「ほらほら、グンマ様が戻ってきてしまいますよ?いつもの俺様な笑顔はどこへいったのですか?」
シンタローはその言葉に苦笑し少し顔を伏せ、目を閉じる。
それから顔を上げ目を開けると、はにかむように笑った。
「お茶淹れてきたよ~・・って何事!?」
床で鼻血を大量に流す高松をよけながらグンマはシンタローの元へたどり着く。
「わかんねぇんだけど突然鼻血を噴いて・・・グンマは何もしてねぇのに・・」
「・・・・・シンちゃん」
「うん?」
「高松に笑った?」
「・・・笑った・・けど?」
話しているうちに床を鼻血の海にする高松の被害にあわないように二人でイスの上に上がる。
それでもやばそうなので行儀悪いかな、といいつつグンマと共にテーブルの上へ腰掛ける。
「ダメだよ~シンちゃんの笑みは凶器なんだからね☆」
「・・・・・意味わかんねぇ」
「そのうち理解してね。僕も安心できるから」
「・・努力する」
「うん!」
うれしそうに笑ったグンマにシンタローは小さく笑む。
はらり、と花びらが肩から滑り落ちた。それをみてふとシンタローはグンマに尋ねる。
「なぁグンマ」
「なに?シンちゃんv」
「この花名前あるのか?」
「うん」
「なんて名前だ?」
その時グンマはシンタローが初めて見る表情を浮かべていた。
それはそれは愛しそうにシンタローを彩る花を見つめ微笑んだ。
「ヌーシャーファリン」
初めて聞く言葉だった。そしてそれを告げたグンマの声も。
その柔らかな響きと、その表情にシンタローは僅かに息を呑む。
まるで、自分の名を呼ばれているような気がして。
まるで、自分に微笑みかけられているような気がして。
「・・・どこの言葉だソレ」
「ペルシア語だよ☆」
いつものグンマだ、とほっとする自分を不思議に思いながらさらに尋ねる。
「意味は?」
「喜びを作る人、っていうんだ」
「喜びを・・作る?」
「つまりね」
「お前みたいだな」
「・・・え?」
シンタローは驚いた表情のグンマから照れくさそうに顔をそらす。
それでもどこか覚悟を決めたように話し出す。
「いつも笑っててくれて・・・すげぇ助かっているんだ」
「・・シン、ちゃん?」
「お前がいつも変わらないでいてくれるから・・俺も、いつもの俺を取り戻せてる」
「・・シンちゃん」
「お前が笑顔で出迎えてくれるとほっとする。帰って来たって・・思う」
「・・・それ」
「ウソじゃないぞ?」
「でも」
「ご褒美でもないからな?ただ、いつもは照れくさくて言えないから・・」
そらしていた顔をグンマへと戻す。
それはいつものシンタローの笑顔。
でもグンマが大好きな、とびっきりの、やさしいやさしい笑顔。
少し、頬が赤い。
「いつもサンキュ。グンマ」
「っ!」
グンマは最早耐え切れずシンタローに抱きついた。
花がきちんと飾り付けられていなかったのかその衝撃でパラパラと零れ落ちる。
それが金色の髪の上に散らばりなんて美しいのだろうとシンタローは思った。
「シンちゃん大好き!」
「ああそうかい」
「本当だよ!一番大好き!でもシンちゃん間違ってる!!」
がば!とグンマは体を離しシンタローを見据える。
その瞳は美しい青に輝いていた。
「僕の「喜びを作る人」はシンちゃんなんだからね!だからこの花はシンちゃんに捧げる花なんだからね!!!」
「・・・・ごめん」
「シンちゃん」
グンマはあの笑みを浮かべていた。
愛しそうに、今度はシンタローを見つめて。
「愛しているよ・・シンちゃん」
そう呟いて再びシンタローに抱きついた。今度は、そっとやさしく。
シンタローは呆気にとられたがすぐに苦笑してグンマを抱き返す。
その言葉になんと返していいか分からなかった。ただ小さく。
「・・うん」
とだけ、返して肩の上に頭を乗せる。
その返事も可笑しいかな?と思ったがまぁいいや、とそのまま目を閉じる。
そのまま二人でキンタローとティラミスとチョコレートロマンスが救出にくるまでよりそっていた。
床で瀕死の高松をすっかり忘れて。
後ろから聞こえてくるのは鼻歌。それと同時に頭を軽く引っ張られる感触。
それを無視しながら目の前に座る男と話を続ける。
「すいませんね。せっかくの休日に」
高松の前には私服姿のシンタローが資料を持って座っていた。
「かまわねぇよ。で、これを使えば砂漠でも植物が生えると?」
「そうです。水分を吸収する物質を砂に混ぜるんです。
簡単にいえばオムツに使われているようなものですよ・・ってそのままを想像しないでくださいね?」
「一瞬しかけたけどな。で、それで何で木が育つんだ?」
「簡単なことですよ。砂よりは水を吸収する力が強いけれど木が水を吸い上げる力よりは弱いんです」
「なるほど。で、その後どうなる?」
「時間がたてば自然に分解されて土へ戻ります。2,3年といったとこですかね。環境に悪影響は一切ありません。むしろ栄養になるくらいです」
「さすがだな高松」
「光栄の極み・・ところで」
チラリ、とシンタローの後ろへと目をやる。
「よろしいのですか?」
「気にするな高松。好きにしていいって言ったのは俺だ」
「いえ何かとてもかわいらしいことに・・・いえ、なんでもありません」
ちょっとジト目になったシンタローから目をそらす。
そっと鼻血を抑えつつ話を続ける。
「実用化は?」
「経費さえいただければ」
「わかった。で、これはどっちの研究結果?」
ため息をついて肩に零れる花びらをつまむ。
シンタローの黒髪は高く結い上げられポニーテールになっていた。
そこに鼻歌交じりに花で飾り付けているのはほかならぬグンマだ。
「これは僕~vキレイでしょ?」
「キレイだけどこういうのは似合う人にあげろよ。美貌のおじ様とかさ」
「シンちゃん以上に似合う人はいないよ!ね~高松~」
「もちろんグンマ様もお似合いですがシンタロー様もお似合いです!」
「・・・高松。それはグンマの意見だからだよな?」
「いえ!それは私自身の・・いけ・・ん・・・・いえ・・なんでも・・・・」
だんだん語尾が弱まり顔色を真っ青にした高松を不思議そうに見ながらシンタローはグンマに問う。
「で、これはどんな力が?」
「別に。新種って言うだけ」
ハイ、と差し出された花を受け取る。
透けるような白い花びらが幾重にも重なった、美しい花。
「研究じゃないのか?」
「大丈夫。ちゃぁんと研究は進んでます。その途中で偶然できちゃったんだ」
「・・キレイだな」
「でしょう?いろいろ交配しているうちにできてね」
本当は水をやらなくてもしばらく持つような植物を作りたかったんだけど。
そう苦笑する気配が伝わって後ろを振り向こうとする。
けれどもグンマに制される。しぶしぶ前を向いて黙っている。
「もういいだろ?」
「好きにしていいって約束でしょ?もう少し!」
「何で俺に飾るんだよ・・ったく」
「それは――――」
・・・・だから
「あ?なんか言ったか?」
「なぁんにも」
好きなだけ飾り付け満足したグンマはお茶淹れてくるねvとその場を立ち去った。
「どうかしたのですか?」
「あ?何がだ?」
高松は鼻血を堪えながら真っ白な花のみで飾られたシンタローを見つめる。
「いつもならこんなことを許す貴方ではないでしょう?」
「ああ。ご褒美」
「ご褒美、ですか?」
「この前の研究。あれ特許取れてな。団の財源が大助かり」
「貴方達がばかみたいに眼魔砲撃たなきゃもっといいんでしょうけど」
「襲われなきゃ撃たない」
「マジック様ですか。困った人ですね」
「獅子舞もな。ところで高松」
「なんでしょう」
「何でアイツあんなに喜んでんだ?」
「え?」
「だってさっきから楽しそう・・・いや、嬉しそうかな。だから」
「そうですね。そんな感じでした」
「なんでだろうな」
「それは・・きっと」
「貴方に似合ったから」
それで充分、というように高松は微笑んだ。
その高松の目の前でシンタローは花に目を落とす。
それはあまりにも美しい花。
透き通るような、白い花。
僅かに青みがかった―――――――
「・・・・青い花にすりゃあいいじゃねぇか」
「それで似合わなかったらどうするんです?怖いでしょう?」
「・・ばかみてぇ」
「よくお似合いですよ」
「そうかぁ?よっぽどグンマの方が似合うんじゃねぇの?」
「そんなことをおっしゃらないでくださいよ」
「だってそうだろ?真っ白で・・」
表情を曇らせうつむいたシンタローに高松は優しく微笑んだ。
この前の戦闘で一般人へ被害を出した。死者は、いなかった。償うだけの償いをした。
この研究もその花が生まれた研究もその償いの一環だ。
これが完成すればあの砂漠の国はいつの日か緑に溢れた国へと変われるだろう。
それでも、彼は顔を曇らせる。
そんな事は問題ではない。
問題ではないからだ――――――――
「・・・そうですね」
お似合いですよ、などと口にしても仕方がない。
私が口にすべき事ではない。
高松は静かに目を閉じ、開け、いつもの笑みを浮かべた。
「・・・確かに似合うでしょうね。グンマ様の美しい金糸の髪に生えて」
高松はあえていつもの声でいつものような言葉をつむぐ。
シンタローはそれに感謝しながらそれにあわせるようにいつもの自分を思い出す。
「あの愛らしい笑顔に白い花・・・まるで天使のようです!」
「またはじまった」
いつもの呆れたような、苦笑交じりの自分の声が耳に届く。
いつもの自分がいることに安心しながら少し顔をあげ高松と顔を見合わせる。
高松は優しい笑みを浮かべていた。
「・・・けれど、あなたがそんな顔をなさっていてはグンマ様の顔が曇ってしまいますよ」
そっと指の背で頬を撫でる。いつもの自分を作れたと安心したシンタローの。
本当は今にも泣きそうな表情をしている・・・シンタローの。
「・・・・高松」
「どうか笑顔でいてください」
「・・・ごめん」
「ほらほら、グンマ様が戻ってきてしまいますよ?いつもの俺様な笑顔はどこへいったのですか?」
シンタローはその言葉に苦笑し少し顔を伏せ、目を閉じる。
それから顔を上げ目を開けると、はにかむように笑った。
「お茶淹れてきたよ~・・って何事!?」
床で鼻血を大量に流す高松をよけながらグンマはシンタローの元へたどり着く。
「わかんねぇんだけど突然鼻血を噴いて・・・グンマは何もしてねぇのに・・」
「・・・・・シンちゃん」
「うん?」
「高松に笑った?」
「・・・笑った・・けど?」
話しているうちに床を鼻血の海にする高松の被害にあわないように二人でイスの上に上がる。
それでもやばそうなので行儀悪いかな、といいつつグンマと共にテーブルの上へ腰掛ける。
「ダメだよ~シンちゃんの笑みは凶器なんだからね☆」
「・・・・・意味わかんねぇ」
「そのうち理解してね。僕も安心できるから」
「・・努力する」
「うん!」
うれしそうに笑ったグンマにシンタローは小さく笑む。
はらり、と花びらが肩から滑り落ちた。それをみてふとシンタローはグンマに尋ねる。
「なぁグンマ」
「なに?シンちゃんv」
「この花名前あるのか?」
「うん」
「なんて名前だ?」
その時グンマはシンタローが初めて見る表情を浮かべていた。
それはそれは愛しそうにシンタローを彩る花を見つめ微笑んだ。
「ヌーシャーファリン」
初めて聞く言葉だった。そしてそれを告げたグンマの声も。
その柔らかな響きと、その表情にシンタローは僅かに息を呑む。
まるで、自分の名を呼ばれているような気がして。
まるで、自分に微笑みかけられているような気がして。
「・・・どこの言葉だソレ」
「ペルシア語だよ☆」
いつものグンマだ、とほっとする自分を不思議に思いながらさらに尋ねる。
「意味は?」
「喜びを作る人、っていうんだ」
「喜びを・・作る?」
「つまりね」
「お前みたいだな」
「・・・え?」
シンタローは驚いた表情のグンマから照れくさそうに顔をそらす。
それでもどこか覚悟を決めたように話し出す。
「いつも笑っててくれて・・・すげぇ助かっているんだ」
「・・シン、ちゃん?」
「お前がいつも変わらないでいてくれるから・・俺も、いつもの俺を取り戻せてる」
「・・シンちゃん」
「お前が笑顔で出迎えてくれるとほっとする。帰って来たって・・思う」
「・・・それ」
「ウソじゃないぞ?」
「でも」
「ご褒美でもないからな?ただ、いつもは照れくさくて言えないから・・」
そらしていた顔をグンマへと戻す。
それはいつものシンタローの笑顔。
でもグンマが大好きな、とびっきりの、やさしいやさしい笑顔。
少し、頬が赤い。
「いつもサンキュ。グンマ」
「っ!」
グンマは最早耐え切れずシンタローに抱きついた。
花がきちんと飾り付けられていなかったのかその衝撃でパラパラと零れ落ちる。
それが金色の髪の上に散らばりなんて美しいのだろうとシンタローは思った。
「シンちゃん大好き!」
「ああそうかい」
「本当だよ!一番大好き!でもシンちゃん間違ってる!!」
がば!とグンマは体を離しシンタローを見据える。
その瞳は美しい青に輝いていた。
「僕の「喜びを作る人」はシンちゃんなんだからね!だからこの花はシンちゃんに捧げる花なんだからね!!!」
「・・・・ごめん」
「シンちゃん」
グンマはあの笑みを浮かべていた。
愛しそうに、今度はシンタローを見つめて。
「愛しているよ・・シンちゃん」
そう呟いて再びシンタローに抱きついた。今度は、そっとやさしく。
シンタローは呆気にとられたがすぐに苦笑してグンマを抱き返す。
その言葉になんと返していいか分からなかった。ただ小さく。
「・・うん」
とだけ、返して肩の上に頭を乗せる。
その返事も可笑しいかな?と思ったがまぁいいや、とそのまま目を閉じる。
そのまま二人でキンタローとティラミスとチョコレートロマンスが救出にくるまでよりそっていた。
床で瀕死の高松をすっかり忘れて。
PR
ぬくもり
ぼんやりとしたまま手を握ったり開いたりする息子の姿を目にして私はどこかで目にしたと首をひねる。
どこかで、そう・・・ずっと前に一度だけ。あれはどこだった?
「・・親父?どうした?」
「え?」
気がつけば目の前に愛しい息子が立っていた。
「どうかしたのか?考え込んでるけど」
「それは私の台詞だよシンちゃん。さっきからずっとぼんやりしてて」
そう問いかければ愛息子は手のひらに目を落とした。
やはり、その姿に見覚えがある。
「なんかさ・・」
「うん」
「物足りなくて・・さ」
その言葉に、やっと思い出した。
返して、小さく呟いた声が大きく聞こえた。
部屋に入ればじっと手を見つめる彼女がいた。
細く白い手を開いたり閉じたりする。
「どうしたんだ?」
「・・・物足りないの。ぬくもりがない。重さが・・ない」
「シンちゃんのことかい?」
「・・返して」
その声は小さかった。それでもあまりにもはっきりと耳に届いた。
「どうしてこんなことを?」
涙目で美しい妻は私を見上げた。
「君のためだ。君は体が弱いんだ。あの子は高松やベビーシッターに任せるから・・・」
「違うわマジック。子供がいるからこそ母親は強くあれるのよ。それを奪うなんて酷いわ」
「しかし・・」
「お願い。シンタローを返して。お乳が出るうちに。私がぬくもりを忘れてしまう前に」
お願い・・返して。
「親父?」
突然黙り込んだマジックをシンタローは覗き込む。
マジックは声をかけられてやっと苦笑した。
「シンちゃんお母さんしてたんだね」
「は?」
「シンちゃんママと同じこというんだもん」
「は?」
「昔シンちゃんとママほんの少しの間離れて暮らしてた事があるって知ってた?」
「ああ。高松に聞いたけど俺一度母さんから引き離されたって」
「人聞きの悪い!母さんの療養のためにしばらく高松に預けたんだよ」
そこでふっとマジックは真面目な顔になった。
「でも足りない、そう言っていた。シンちゃんと同じようにね」
「・・・うん。わかるよ」
手に目を落とす。毎日のように抱き上げ、共に眠りぬくもりと重さを感じていた。
それが突然なくなった。当たり前だと思っていたものがなくなった。
「あんなに邪魔だと思ったのに」
昇ってくる子供。抱き上げてとせがむ犬。肩や背中にくっついてくる動物達。
あたたかなぬくもり。心地よい重さ。
「夜中に目が覚める」
シンタローが泣いている声が聞こえるの。
「無意識にあのぬくもりを探している」
あのぬくもりを探してしまうの。
「・・・・俺は「友達」だけど、母さんは・・もっと辛かったのかな」
幼い頃の記憶で彼女はいつも自分を抱きしめ「愛している」を繰り返していた気がする。
もう二度と離れたりしないと微笑んでいた。
いつもいつも元気な姿を見せてくれていた。
「・・・そうだね。私も随分反省したよ。だから実質離れていたのは二週間ほどだったんだけどね」
「・・・母さん・・元気になった?」
「コタローを産んでからは少し寝込む事が多くなったけれどそれまでずっと元気だったろう?」
「うん」
「そういうものなのだそうだよ。母親というのはね」
「そっか」
「それよりシンちゃん」
「うん?」
「シンちゃんがとても辛い事は知っているよ」
そっと、いつものように飛びついてくるのではなく。そっとそっと抱きしめてくる手。
「友達だったんだろう?」
「・・・父さん」
「シンタローをシンタローとしてしか見ない、初めての存在だったんだろう?」
「・・・うん」
「それがもういないことを何度も何度も認識してしまうのは、辛い事だ」
「親父も経験あるのか?」
「ママだよ。今も辛いさ」
「うそだ・・はなれてたのに」
「生きていてくれる――――それだけでよかった・・・それが全てだったよ」
ポンポン、と優しく背を叩かれる。
「シンちゃんは生きているから大丈夫。また会えるね」
そういえばこんなことは久しぶりだった。
この存在に「父親」として慰められるなんて。
「今は・・足りないかもしれないけど」
この人はこんなにもあたたかい人だった?
「かわりに私が毎日添い寝を――――――――――」
眼魔砲!
「どうしたのシンちゃん」
「ん。途中まではとってもいい話だったんだけどな」
「ふぅん。そういえばシンちゃん夜眠れないんだって?」
「ちょっとな」
「抱き枕はどう?」
いそいそと差し出した抱き枕を二つ渡す。
「嫌味か?グンマ」
「僕が添い寝する?」
「聞いてたのか」
「で、どうする?これを使う?」
グンマが持っているのは抱き枕というよりぬいぐるみ。
それもあの子供と犬にそっくりな。
「・・・使わないよ」
「じゃ僕と一緒に寝る?」
「キンタローも一緒に雑魚寝なら」
「え~ダメだよキンちゃんむっつりだもん」
「なんじゃそりゃ」
「でも、じゃあどうするの?」
「慣れるよ。慣れてみせるさ」
「・・・・・無理しなくてもいいじゃない。さみしいならさみしいで」
「だからだよ」
シンタローは微笑んだ。
「慣れるまで何度もさみしいと思うよ。哀しいと思うよ。泣くときだってあるだろう。それでいい」
代用品はいらない。
我慢したりしない。
なんどもなんども。
くりかえしくりかえし。
さみしいよ、と彼を思い出し。
かなしいよ、と彼を思い出し。
涙を流して、彼の言葉を思いだそう。
「それでいいんだ」
「でも」
「いつか慣れるさ。それまではそれでいい」
「慣れなかったら?」
「一生そのままかもナ」
あの日、あの人の背中を見た。喪服に身を包んだ父の背中を。
母を愛した父はまっすぐ立っていた。それでもどこか支えを失っているように見えた。
きっとあの日から今日まで彼は哀しみをもったままなのだろう。
「一度俺ばかり飾らないで母さんを飾ったらどうなのか、と苛立ち紛れに言ったことがあった」
「へ?マジックおじ・・お父様の事?」
「そうだ。アイツは笑って「愛してるのはシンタローなの!」とかいっていたけど」
「で、眼魔砲?」
「撃とうかと思ったけど・・・アイツそのあと」
それに飾らなくったって奥さんの事は何一つ忘れたりしないんだよ!
なんたって私にとってこの世で唯一の愛した女性(ひと)なんだからね!
「ふざけた口調だったけど、きっと本心だ」
「・・・シンちゃん」
「無理して風化しなくていいのさ。大事な思い出だ」
辛くとも哀しくともそこには喜びも愛しさもつまっている。
自然と薄れゆくまでは全て心が感じるままに。
「・・・シンちゃん!」
「うわ!なんだよ!急に大声出すなよ」
「僕とも思い出つくろうね!?」
「あぁ?」
「僕と、キンちゃんと、シンちゃんで!思い出いっぱいいっぱい作ろうね!」
「・・・グンマ」
「ね!?」
「・・・・・・・・・・そうだな」
くしゃり、とグンマの髪をかき回しシンタローは微笑んだ。
「で、このぬいぐるみどうするよ」
「ん~・・もう少し小さいサイズなら飾ってくれる?」
「・・・・おう」
「じゃリサイクルするから!待っててね!」
「・・・おう!」
「キンちゃんとこいく?」
「そうだな」
「いこう!」
「いこう」
「で、マジック叔父貴は?」
「ティラミスあたりがひろってるさ」
「そうだな」
--------------------------------------------------------------------------------
またしてもパプシンは譲れない(笑)
気がつけばパプワとグンマがお株を取ってました。
グンマがシンタローと寝たがっているのは下心です(待て)
パパがシンタロー愛なのはもちろんですけどママをものごっつい愛してたらいいな、と。
すっごい仲のいいバカップル夫婦だったらいいな、と。
でもママンの性格はきっとハーレムと仲良かったり高松と仲良かったりマジックを手玉に取れるくらいだといい。
この後シンタローの部屋にはパプワとチャッピーのぬいぐるみが置かれるのです。
のちにコタローを筆頭に家族のぬいぐるみがいつのまにか置かれているのです(パパお手製)
ぼんやりとしたまま手を握ったり開いたりする息子の姿を目にして私はどこかで目にしたと首をひねる。
どこかで、そう・・・ずっと前に一度だけ。あれはどこだった?
「・・親父?どうした?」
「え?」
気がつけば目の前に愛しい息子が立っていた。
「どうかしたのか?考え込んでるけど」
「それは私の台詞だよシンちゃん。さっきからずっとぼんやりしてて」
そう問いかければ愛息子は手のひらに目を落とした。
やはり、その姿に見覚えがある。
「なんかさ・・」
「うん」
「物足りなくて・・さ」
その言葉に、やっと思い出した。
返して、小さく呟いた声が大きく聞こえた。
部屋に入ればじっと手を見つめる彼女がいた。
細く白い手を開いたり閉じたりする。
「どうしたんだ?」
「・・・物足りないの。ぬくもりがない。重さが・・ない」
「シンちゃんのことかい?」
「・・返して」
その声は小さかった。それでもあまりにもはっきりと耳に届いた。
「どうしてこんなことを?」
涙目で美しい妻は私を見上げた。
「君のためだ。君は体が弱いんだ。あの子は高松やベビーシッターに任せるから・・・」
「違うわマジック。子供がいるからこそ母親は強くあれるのよ。それを奪うなんて酷いわ」
「しかし・・」
「お願い。シンタローを返して。お乳が出るうちに。私がぬくもりを忘れてしまう前に」
お願い・・返して。
「親父?」
突然黙り込んだマジックをシンタローは覗き込む。
マジックは声をかけられてやっと苦笑した。
「シンちゃんお母さんしてたんだね」
「は?」
「シンちゃんママと同じこというんだもん」
「は?」
「昔シンちゃんとママほんの少しの間離れて暮らしてた事があるって知ってた?」
「ああ。高松に聞いたけど俺一度母さんから引き離されたって」
「人聞きの悪い!母さんの療養のためにしばらく高松に預けたんだよ」
そこでふっとマジックは真面目な顔になった。
「でも足りない、そう言っていた。シンちゃんと同じようにね」
「・・・うん。わかるよ」
手に目を落とす。毎日のように抱き上げ、共に眠りぬくもりと重さを感じていた。
それが突然なくなった。当たり前だと思っていたものがなくなった。
「あんなに邪魔だと思ったのに」
昇ってくる子供。抱き上げてとせがむ犬。肩や背中にくっついてくる動物達。
あたたかなぬくもり。心地よい重さ。
「夜中に目が覚める」
シンタローが泣いている声が聞こえるの。
「無意識にあのぬくもりを探している」
あのぬくもりを探してしまうの。
「・・・・俺は「友達」だけど、母さんは・・もっと辛かったのかな」
幼い頃の記憶で彼女はいつも自分を抱きしめ「愛している」を繰り返していた気がする。
もう二度と離れたりしないと微笑んでいた。
いつもいつも元気な姿を見せてくれていた。
「・・・そうだね。私も随分反省したよ。だから実質離れていたのは二週間ほどだったんだけどね」
「・・・母さん・・元気になった?」
「コタローを産んでからは少し寝込む事が多くなったけれどそれまでずっと元気だったろう?」
「うん」
「そういうものなのだそうだよ。母親というのはね」
「そっか」
「それよりシンちゃん」
「うん?」
「シンちゃんがとても辛い事は知っているよ」
そっと、いつものように飛びついてくるのではなく。そっとそっと抱きしめてくる手。
「友達だったんだろう?」
「・・・父さん」
「シンタローをシンタローとしてしか見ない、初めての存在だったんだろう?」
「・・・うん」
「それがもういないことを何度も何度も認識してしまうのは、辛い事だ」
「親父も経験あるのか?」
「ママだよ。今も辛いさ」
「うそだ・・はなれてたのに」
「生きていてくれる――――それだけでよかった・・・それが全てだったよ」
ポンポン、と優しく背を叩かれる。
「シンちゃんは生きているから大丈夫。また会えるね」
そういえばこんなことは久しぶりだった。
この存在に「父親」として慰められるなんて。
「今は・・足りないかもしれないけど」
この人はこんなにもあたたかい人だった?
「かわりに私が毎日添い寝を――――――――――」
眼魔砲!
「どうしたのシンちゃん」
「ん。途中まではとってもいい話だったんだけどな」
「ふぅん。そういえばシンちゃん夜眠れないんだって?」
「ちょっとな」
「抱き枕はどう?」
いそいそと差し出した抱き枕を二つ渡す。
「嫌味か?グンマ」
「僕が添い寝する?」
「聞いてたのか」
「で、どうする?これを使う?」
グンマが持っているのは抱き枕というよりぬいぐるみ。
それもあの子供と犬にそっくりな。
「・・・使わないよ」
「じゃ僕と一緒に寝る?」
「キンタローも一緒に雑魚寝なら」
「え~ダメだよキンちゃんむっつりだもん」
「なんじゃそりゃ」
「でも、じゃあどうするの?」
「慣れるよ。慣れてみせるさ」
「・・・・・無理しなくてもいいじゃない。さみしいならさみしいで」
「だからだよ」
シンタローは微笑んだ。
「慣れるまで何度もさみしいと思うよ。哀しいと思うよ。泣くときだってあるだろう。それでいい」
代用品はいらない。
我慢したりしない。
なんどもなんども。
くりかえしくりかえし。
さみしいよ、と彼を思い出し。
かなしいよ、と彼を思い出し。
涙を流して、彼の言葉を思いだそう。
「それでいいんだ」
「でも」
「いつか慣れるさ。それまではそれでいい」
「慣れなかったら?」
「一生そのままかもナ」
あの日、あの人の背中を見た。喪服に身を包んだ父の背中を。
母を愛した父はまっすぐ立っていた。それでもどこか支えを失っているように見えた。
きっとあの日から今日まで彼は哀しみをもったままなのだろう。
「一度俺ばかり飾らないで母さんを飾ったらどうなのか、と苛立ち紛れに言ったことがあった」
「へ?マジックおじ・・お父様の事?」
「そうだ。アイツは笑って「愛してるのはシンタローなの!」とかいっていたけど」
「で、眼魔砲?」
「撃とうかと思ったけど・・・アイツそのあと」
それに飾らなくったって奥さんの事は何一つ忘れたりしないんだよ!
なんたって私にとってこの世で唯一の愛した女性(ひと)なんだからね!
「ふざけた口調だったけど、きっと本心だ」
「・・・シンちゃん」
「無理して風化しなくていいのさ。大事な思い出だ」
辛くとも哀しくともそこには喜びも愛しさもつまっている。
自然と薄れゆくまでは全て心が感じるままに。
「・・・シンちゃん!」
「うわ!なんだよ!急に大声出すなよ」
「僕とも思い出つくろうね!?」
「あぁ?」
「僕と、キンちゃんと、シンちゃんで!思い出いっぱいいっぱい作ろうね!」
「・・・グンマ」
「ね!?」
「・・・・・・・・・・そうだな」
くしゃり、とグンマの髪をかき回しシンタローは微笑んだ。
「で、このぬいぐるみどうするよ」
「ん~・・もう少し小さいサイズなら飾ってくれる?」
「・・・・おう」
「じゃリサイクルするから!待っててね!」
「・・・おう!」
「キンちゃんとこいく?」
「そうだな」
「いこう!」
「いこう」
「で、マジック叔父貴は?」
「ティラミスあたりがひろってるさ」
「そうだな」
--------------------------------------------------------------------------------
またしてもパプシンは譲れない(笑)
気がつけばパプワとグンマがお株を取ってました。
グンマがシンタローと寝たがっているのは下心です(待て)
パパがシンタロー愛なのはもちろんですけどママをものごっつい愛してたらいいな、と。
すっごい仲のいいバカップル夫婦だったらいいな、と。
でもママンの性格はきっとハーレムと仲良かったり高松と仲良かったりマジックを手玉に取れるくらいだといい。
この後シンタローの部屋にはパプワとチャッピーのぬいぐるみが置かれるのです。
のちにコタローを筆頭に家族のぬいぐるみがいつのまにか置かれているのです(パパお手製)
いまもどこかで
いかにも今回も空振りです!という世界にたどり着き、ちみっ子は外へ遊びに出かけ大人たちは家の仕事を片付ける事にした。
俺は一緒に行けばいいのに、と思いもしたが後で怒られるよりは指導を受けながら仕事をしたほうがいいと考え直した。
なにせこのお姑さんの家事能力はただものではないのだから。
「今日は時間もありますし手間かけたものでもつくりますか?」
「そうだな」
「和食なんかいいかもしれませんね~」
ああ見えてパプワは和食派だ。どうやら母親に日本人を持つシンタローさんが和食をよく作っていたかららしい。
しかも美味。初めてこの人の煮物を口にしたときの衝撃はわすれねぇ・・!そう心の誓うほどだ。
そこでふと返事が返ってこないことに気がついて洗濯物を干す手を止めた。
シンタローさんはシーツを手にしたままぼんやりと空を見上げていた。
きっとまたあちら側のことを思っているんだろうな、と思う。
ここにいるときぐらい忘れたらいいのに。
あのお気遣い紳士なら必ず彼を迎えに来るだろうに。
「シンタローさん」
「ん?」
「ここ、嫌いなわけじゃないんですよね」
「あぁ?」
なにバカな事言ってんだ?という目を向けられたが俺はどうしても聞きたくて口を開いた。
「いえ、そのちゃんと分かってるんです。この島も、島の仲間も大好きだって。
本当はタンノやイトウみたいなナマモノだって嫌いなんかじゃない。
ただああかまってくるからああ返しているだけで」
つまり一種のコミュニケーション。アラシヤマに対してもそうだ、と思う。
「パプワも・・・何にも変えがたい存在だって」
それはつまり親友と呼べる関係なんだろう、と思う。
遠くにあってもパプワの心は彼の元へ在ったように思えた。
一日に一度は今の彼のように空を見上げていたのだ。
「でもシンタローさん島に残ってから早く迎えにこいってばっかで・・・・。
そりゃあ総帥として責任あるだろうし、やらなくちゃいけないことがあるのは分かっています。
でも今は迎えにくるまでいっそ向こうのことは忘れて―――――」
「それだけはできねぇな」
そうきっぱり返され俺は思わずシンタローさんを睨んだ。
この人は今までパプワがどれほど我慢してきたか知らないんだ。
どれほど「ここにいろ」ってわがままを言えなくて苦しいか。
それでも貴方の望みを最優先にしている事も知らないで!
それらを全部ぶちまけようとした。けど、シンタローさんはつらそうな表情で立っていた。
「シンタローさん・・」
「・・・ここは、聖域だ。あの世界とは違う。唯一の聖域だ」
意図がつかめなくていぶかしがるが口を挟まないほうがよさそうなので黙って続きを促した。
「けど、「外」は違うんだ。今でもどこかで争いが起きている。俺もがんばっているけどそう簡単にはいかない。
「外」を「島」と同じにしたい。でもそれは無理だ。どうあがいてもそこには違いがあるからだ。
国と国では様々な違いがあり対立がある。それはいかなる犯罪すら正当化してしまう力がある」
国境の外へいかれれば手が出せず、外交的措置のために犯罪者を逃がさなければならない。
「だから国ではないガンマ団という存在が今必要なんだ。何者にも縛られない存在が」
ゆるやかな変化を見せてきた今だからこそ。
「だから俺は帰らなくちゃいけないんだ。できうるかぎり、早く」
「・・でも!せめてパプワと一緒にいる時くらい!」
「忘れたのかリキッド」
俺をまっすぐに見据えたシンタローさんに驚いた。
一瞬前までいたそこにいたシンタローさんではなく、ガンマ団総帥の顔があった。
「いまもどこかで、パプワほどの子供達が、母親のことを呼びながら死んでいる」
その言葉に、シンタローさんの声以外聞こえなくなった。
「俺だってここにずっといたい。昔ならまだ俺はあの家族になろうとしている彼らを信じてこっちにこれた。
けど今の俺はそれはできない。ここにいたいなんて俺のわがままを通せない。
俺は、あの犠牲を捨ててここにくることはできないんだ」
その言葉に何一つ返せなかった。
俺だって見てきた。でも俺とは違う。
俺は破壊するためにそこにいた。殲滅するためにそこにいた。
彼は平和にするためにそこにいて、そのたびにその犠牲を見た。
血のにじむ大地を。引き裂かれた空を。「ママ」と叫ぶ子供達を。
そんな人に俺は、何を言ったのだろう。
気付けばうつむいていた。ここから逃げ出したいくらいだった。
そんな俺の頭にポン、と暖かい手が乗せられた。
「けど、お前の言う事ももっともだ」
「へ?」
髪をかきまわされながら顔を上げると困ったように笑うシンタローさんがいた。
「確かにパプワの前では控えるべきかもな。アイツにゃ我慢させてばっかりだし・・」
「・・知って・・?」
曖昧に笑うその笑顔にシンタローさんはきっと俺以上にパプワを知っているんだと思った。
そして俺以上に、せめて傍にいるときは笑顔でいて欲しいと願っているんだ。
「・・・・・・・・シンタローさん」
「ん?」
「きっと、皆向こうでがんばってますよ」
「そんなの分かってる」
「ええ。だから心配しないで・・・安心して待っていませんか?」
「――――――――――」
その言葉にふたたびポン、と手が置かれ――――力が込められた。
「ぬぅおおおおお!頭が割れるように痛い!」
「えらそうなことをいうからだヤンキー。ったく――――――――――サンキュな」
幻聴だと思った。
たぶん頭蓋骨にヒビがはいったんじゃないんだろうか。
けど幻聴じゃないことを示すように言葉が続いた。
「しかたねぇからお前の食いたいもんつくってやるよ」
「へ?」
見ればシンタローさんはすでに洗濯を再開している。皺一つなくシーツが干されていく。
その耳が少し赤い。照れくさいんだ、と思ったらこっちも照れくさくなった。
「で、何が食いたいんだ?」
「そうですね~じゃあ・・」
「僕はだしまき卵に炊き込みご飯。大根の味噌汁。豚のしょうが焼き。ロールキャベツや鳥のから揚げもいいな。あとは芋の煮っ転がしに・・・」
「まてちみっ子」
いつのまにかシンタローさんの背中によじ登っているパプワ。
「食べたいのか?パプワ」
「いえお義母様。そんなうれしそうに対応なさってますけど私の食べたいものじゃ・・・」
「食べたいゾ。シンタローが作るならナ。だしまきはシンタローのが一番だ!」
「ちょっと無視しないで二人とも」
「そっか。いいぜ?夕飯につくろうな」
「わーい。それはそうと昼飯はまだか家政夫」
ヤキモチですか?シンタローさんと仲良くしてそのうえご飯まで作ってもらえるということに対して。
いいですよどうせ俺は永遠に下っ端人生なんでしょうよ・・・。
俺がいそいそと洗濯籠を片付け中に入ろうとすると再び名前を呼ばれた。
「リキッド」
「なんでしょうかお義母様」
「で、何が食いたいんだ?昼食に作ってやるよ」
自分でも顔が輝いたのが分かった。
「は、はい!じゃあこの前作ってもらったオムライスが食べたいです!」
「ああ、あれ。気に入ったのか?」
「めちゃくちゃうまかったです!」
「そっか」
それは珍しく、素直にうれしそうな笑顔を見せたシンタローさんに思わず心をときめかした。
シンタローさんはパプワを優しく地面に降ろすと部屋の中に入っていく。
その後姿を思わずうっとりと見つめていると後ろからぼそり、と。
「・・・・・・・・・チャッピー。餌」
いつもの「カプ」ではなく「ガブリ」という生々しい音がしたのは気のせいだと思いたい。
頭には痛々しい包帯が巻かれたが昼と夜にシンタローさんのおいしいご飯を食べれたのでよしとしよう。
あれ以来シンタローさんはパプワといる時間が増えた。
そしてその間はシンタローさんはパプワとちゃんと接している。
誰もいないときや、家事の途中ふと空を見上げているときはあるがそれはしかないことなのだろう。
しかし、だ。
「おいしいか?」
「うむ」
「ほらご飯粒ついてる」
「うむ。すまんな」
「おかわりは?」
「いるゾ」
「そっか。デザートもあるからなv」
「それは楽しみだナ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
最近の食事で毎回毎回いちゃつくのはやめてくださいご主人様。
俺にはハート乱舞してるのが見えるんです!
そのご飯粒はわざとじゃないんですか?俺のときはきれいにお食べになっていたでしょう?
シンタローさんも当たり前みたいに世話やくし!
新婚家庭にお邪魔した友人みたいな気分です!
「早く来てくださいお気遣い紳士・・・」
「チャッピー」
「おきゃ―――――――――――――――――!」
「あ~も~!床汚すなよヤンキー。後で掃除しろよ~」
--------------------------------------------------------------------------------
当初と予定が狂いまくった小説です。
パプシンは譲れない。
家政夫は不幸なのも譲れない(ここは譲ってもいいと思う)
最初はリキッドがパプワを心配して、シンタローさんに言って余計なお世話だといわれながらも礼を言われて手料理ご馳走、だったんですけど。
突然真剣にシンタローがやっていることを考えたら途中に重い話をいれることに。
どうしても「この惑星じゃ 今も子供らが 虫けらみたいに「ママ」と叫んで死んでゆく」って歌詞が頭から離れなくて。
がんばれ総帥!全て終わったらパプワの元へ帰って来てね!
いかにも今回も空振りです!という世界にたどり着き、ちみっ子は外へ遊びに出かけ大人たちは家の仕事を片付ける事にした。
俺は一緒に行けばいいのに、と思いもしたが後で怒られるよりは指導を受けながら仕事をしたほうがいいと考え直した。
なにせこのお姑さんの家事能力はただものではないのだから。
「今日は時間もありますし手間かけたものでもつくりますか?」
「そうだな」
「和食なんかいいかもしれませんね~」
ああ見えてパプワは和食派だ。どうやら母親に日本人を持つシンタローさんが和食をよく作っていたかららしい。
しかも美味。初めてこの人の煮物を口にしたときの衝撃はわすれねぇ・・!そう心の誓うほどだ。
そこでふと返事が返ってこないことに気がついて洗濯物を干す手を止めた。
シンタローさんはシーツを手にしたままぼんやりと空を見上げていた。
きっとまたあちら側のことを思っているんだろうな、と思う。
ここにいるときぐらい忘れたらいいのに。
あのお気遣い紳士なら必ず彼を迎えに来るだろうに。
「シンタローさん」
「ん?」
「ここ、嫌いなわけじゃないんですよね」
「あぁ?」
なにバカな事言ってんだ?という目を向けられたが俺はどうしても聞きたくて口を開いた。
「いえ、そのちゃんと分かってるんです。この島も、島の仲間も大好きだって。
本当はタンノやイトウみたいなナマモノだって嫌いなんかじゃない。
ただああかまってくるからああ返しているだけで」
つまり一種のコミュニケーション。アラシヤマに対してもそうだ、と思う。
「パプワも・・・何にも変えがたい存在だって」
それはつまり親友と呼べる関係なんだろう、と思う。
遠くにあってもパプワの心は彼の元へ在ったように思えた。
一日に一度は今の彼のように空を見上げていたのだ。
「でもシンタローさん島に残ってから早く迎えにこいってばっかで・・・・。
そりゃあ総帥として責任あるだろうし、やらなくちゃいけないことがあるのは分かっています。
でも今は迎えにくるまでいっそ向こうのことは忘れて―――――」
「それだけはできねぇな」
そうきっぱり返され俺は思わずシンタローさんを睨んだ。
この人は今までパプワがどれほど我慢してきたか知らないんだ。
どれほど「ここにいろ」ってわがままを言えなくて苦しいか。
それでも貴方の望みを最優先にしている事も知らないで!
それらを全部ぶちまけようとした。けど、シンタローさんはつらそうな表情で立っていた。
「シンタローさん・・」
「・・・ここは、聖域だ。あの世界とは違う。唯一の聖域だ」
意図がつかめなくていぶかしがるが口を挟まないほうがよさそうなので黙って続きを促した。
「けど、「外」は違うんだ。今でもどこかで争いが起きている。俺もがんばっているけどそう簡単にはいかない。
「外」を「島」と同じにしたい。でもそれは無理だ。どうあがいてもそこには違いがあるからだ。
国と国では様々な違いがあり対立がある。それはいかなる犯罪すら正当化してしまう力がある」
国境の外へいかれれば手が出せず、外交的措置のために犯罪者を逃がさなければならない。
「だから国ではないガンマ団という存在が今必要なんだ。何者にも縛られない存在が」
ゆるやかな変化を見せてきた今だからこそ。
「だから俺は帰らなくちゃいけないんだ。できうるかぎり、早く」
「・・でも!せめてパプワと一緒にいる時くらい!」
「忘れたのかリキッド」
俺をまっすぐに見据えたシンタローさんに驚いた。
一瞬前までいたそこにいたシンタローさんではなく、ガンマ団総帥の顔があった。
「いまもどこかで、パプワほどの子供達が、母親のことを呼びながら死んでいる」
その言葉に、シンタローさんの声以外聞こえなくなった。
「俺だってここにずっといたい。昔ならまだ俺はあの家族になろうとしている彼らを信じてこっちにこれた。
けど今の俺はそれはできない。ここにいたいなんて俺のわがままを通せない。
俺は、あの犠牲を捨ててここにくることはできないんだ」
その言葉に何一つ返せなかった。
俺だって見てきた。でも俺とは違う。
俺は破壊するためにそこにいた。殲滅するためにそこにいた。
彼は平和にするためにそこにいて、そのたびにその犠牲を見た。
血のにじむ大地を。引き裂かれた空を。「ママ」と叫ぶ子供達を。
そんな人に俺は、何を言ったのだろう。
気付けばうつむいていた。ここから逃げ出したいくらいだった。
そんな俺の頭にポン、と暖かい手が乗せられた。
「けど、お前の言う事ももっともだ」
「へ?」
髪をかきまわされながら顔を上げると困ったように笑うシンタローさんがいた。
「確かにパプワの前では控えるべきかもな。アイツにゃ我慢させてばっかりだし・・」
「・・知って・・?」
曖昧に笑うその笑顔にシンタローさんはきっと俺以上にパプワを知っているんだと思った。
そして俺以上に、せめて傍にいるときは笑顔でいて欲しいと願っているんだ。
「・・・・・・・・シンタローさん」
「ん?」
「きっと、皆向こうでがんばってますよ」
「そんなの分かってる」
「ええ。だから心配しないで・・・安心して待っていませんか?」
「――――――――――」
その言葉にふたたびポン、と手が置かれ――――力が込められた。
「ぬぅおおおおお!頭が割れるように痛い!」
「えらそうなことをいうからだヤンキー。ったく――――――――――サンキュな」
幻聴だと思った。
たぶん頭蓋骨にヒビがはいったんじゃないんだろうか。
けど幻聴じゃないことを示すように言葉が続いた。
「しかたねぇからお前の食いたいもんつくってやるよ」
「へ?」
見ればシンタローさんはすでに洗濯を再開している。皺一つなくシーツが干されていく。
その耳が少し赤い。照れくさいんだ、と思ったらこっちも照れくさくなった。
「で、何が食いたいんだ?」
「そうですね~じゃあ・・」
「僕はだしまき卵に炊き込みご飯。大根の味噌汁。豚のしょうが焼き。ロールキャベツや鳥のから揚げもいいな。あとは芋の煮っ転がしに・・・」
「まてちみっ子」
いつのまにかシンタローさんの背中によじ登っているパプワ。
「食べたいのか?パプワ」
「いえお義母様。そんなうれしそうに対応なさってますけど私の食べたいものじゃ・・・」
「食べたいゾ。シンタローが作るならナ。だしまきはシンタローのが一番だ!」
「ちょっと無視しないで二人とも」
「そっか。いいぜ?夕飯につくろうな」
「わーい。それはそうと昼飯はまだか家政夫」
ヤキモチですか?シンタローさんと仲良くしてそのうえご飯まで作ってもらえるということに対して。
いいですよどうせ俺は永遠に下っ端人生なんでしょうよ・・・。
俺がいそいそと洗濯籠を片付け中に入ろうとすると再び名前を呼ばれた。
「リキッド」
「なんでしょうかお義母様」
「で、何が食いたいんだ?昼食に作ってやるよ」
自分でも顔が輝いたのが分かった。
「は、はい!じゃあこの前作ってもらったオムライスが食べたいです!」
「ああ、あれ。気に入ったのか?」
「めちゃくちゃうまかったです!」
「そっか」
それは珍しく、素直にうれしそうな笑顔を見せたシンタローさんに思わず心をときめかした。
シンタローさんはパプワを優しく地面に降ろすと部屋の中に入っていく。
その後姿を思わずうっとりと見つめていると後ろからぼそり、と。
「・・・・・・・・・チャッピー。餌」
いつもの「カプ」ではなく「ガブリ」という生々しい音がしたのは気のせいだと思いたい。
頭には痛々しい包帯が巻かれたが昼と夜にシンタローさんのおいしいご飯を食べれたのでよしとしよう。
あれ以来シンタローさんはパプワといる時間が増えた。
そしてその間はシンタローさんはパプワとちゃんと接している。
誰もいないときや、家事の途中ふと空を見上げているときはあるがそれはしかないことなのだろう。
しかし、だ。
「おいしいか?」
「うむ」
「ほらご飯粒ついてる」
「うむ。すまんな」
「おかわりは?」
「いるゾ」
「そっか。デザートもあるからなv」
「それは楽しみだナ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
最近の食事で毎回毎回いちゃつくのはやめてくださいご主人様。
俺にはハート乱舞してるのが見えるんです!
そのご飯粒はわざとじゃないんですか?俺のときはきれいにお食べになっていたでしょう?
シンタローさんも当たり前みたいに世話やくし!
新婚家庭にお邪魔した友人みたいな気分です!
「早く来てくださいお気遣い紳士・・・」
「チャッピー」
「おきゃ―――――――――――――――――!」
「あ~も~!床汚すなよヤンキー。後で掃除しろよ~」
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当初と予定が狂いまくった小説です。
パプシンは譲れない。
家政夫は不幸なのも譲れない(ここは譲ってもいいと思う)
最初はリキッドがパプワを心配して、シンタローさんに言って余計なお世話だといわれながらも礼を言われて手料理ご馳走、だったんですけど。
突然真剣にシンタローがやっていることを考えたら途中に重い話をいれることに。
どうしても「この惑星じゃ 今も子供らが 虫けらみたいに「ママ」と叫んで死んでゆく」って歌詞が頭から離れなくて。
がんばれ総帥!全て終わったらパプワの元へ帰って来てね!
長閑なりしは櫻の下
打ち合わせていた場所に予定よりも早く着いた為か。
人の気配は周囲には無い。
待つしかない無いな。
軽い吐息を洩らし、側にあるベンチに座る。
造り付けのベンチらしく、辺りに点在しているそれら。けれど、やはり人影は無い。
この時期、日本はどこもかしこも花見で盛り上がるが、そういった風習の無い地域では当然の風景、なのだろう。
まして、一般人は立ち働いている時間帯、だ。
だが。
桜が咲いてるのに誰も居ないってのも不思議な感じだよな。
何処を見ても風が吹く度に、はらはら行き過る花弁の渦の直中にあるのは唯1人だけなのだ、としみじみ浸りつつ、見上げれば散っても尚美しい花の群れが在る。
音も無く、風に因って舞い落ちる花。
春特有の、柔らかな青空を背景に、終焉など無いような乱舞。
ずっと見ていると引き込まれそうな舞い。
不図、幽かな音に視線を下へと向ければ、地に落ちた花びらが風に押しやられている様が在る。
パラパラ。パラパラ。
降り落ちる際には音はしないのに。
風が引き摺っているのか。
雨音に似た音と、微温湯のような日差し。そして、心地よい風。
えも言えぬ安堵感がひたひたと胸に広がる。
そして、自然と瞼は落ちて…………
鈍い、重量のある物体が止まる独特の音が間近でしたのを機に、シンタローは目を開けた。
「シンタロー、待たせたな」
車体から身体を出しているのは従兄弟。
「こんな所でピックアップとは感心せんぞ」
単独行動は控えろ、と言っているだろうが。
顔を合わすなり説教めいた言葉が降ってきた。
別に俺が指示して此処にした訳ではない。
まぁ、ゾロゾロ周囲に人集りがあるのを厭ったのは確か、だが。
………何だって、こいつに迎えに来させるかな、アイツ等も。
父親の代からの、有能な秘書官二人の顔を思い出して数秒で自説を打ち消す。
「何事も無いとは思うが、それでも考えられる限りの事態を俺が予想して来てみればこれだ」
俺であればどんな自体だろうと対処出来るだろう、俺が来てやった………
何か一人で延々と喋っていそうな従兄弟を尻目に、ベンチから腰を上げ、車の助手席へ乗り込む。
「おい、お前は後ろだ」
険しい表情で言う相手を無視し、シートベルトを着装。
「………今回だけだぞ」
仕方が無い、とばかりに溜息を吐いて運転席に座ったキンタローからは、表情に反して柔らかい気配が漂っている。
穏やかな昼下がり。
口論をするには平和すぎる。
序に、どっか寄って行きたい位だな。
久し振りにブラつきたい。
そんな思いが表情に出ていたのか。
キンタローから向けられる視線を嫌に感じる。
「…………何だよ」
「いや」
珍しくも言葉を探す風に暫し黙り込み、
「まるで桜の精、みたいだな」
そうしていると。
やおら返されたのは、笑みと共に漏れた言葉。
言われて初めて髪や肩に手を遣れば、柔らかな感触が幾つもある。
男に対して、そんな表現ってのは考えものだ。
環境が環境だけに。
冷や汗を垂らして内心でブツブツ呟いているシンタローを知らず、キンタローは不思議そうに彼を見ているのだった。
嗚呼、長閑なりしは櫻の下。
くのいちDebut 引越し サカイ アルバイト SEO対策
夜も更け、闇ばかりが視界を支配する時間。
静かな部屋は耳を突くほど静かで、濡れた音を余計に際だたせる。
それが嫌で裸の身体をよじれば、胸の辺りを彷徨っていた唇が咎めるように乳首を噛んで、思わず声を上げてしまう。
上にのしかかっている男が、少し笑んだ。
「ぅッ……ん…」
口に含んだ突起を押しつぶすように舌で嬲られて、声が出そうになったのを唇を噛んで耐える。そうすると、呻き声にも似た音が洩れた。
その声に満足したのか、片方だけだった愛撫が手を加えることで二つに変わる。
舌で潰され、指で摘まれて、背中の骨の辺りを這い昇ってくる快感に、身体のふるえが止まらない。……止められない。
「アッ……! おじ、さ…ん……」
「なんだ、シンタロー。これだけで感じているのか?」
軽く吸い上げられて悲鳴を上げると、おじさんが笑いながらそう言った。口に含んだまま喋られると、振動が伝わってきて快感が増した。
「しゃべん、ないで……っ」
「……ここを、もうこんなにしてるのに?」
「ああッ……! ん……ぁ」
「気持ちいいんだろう」
おじさんのあいてる手が下半身に伸びて、不意打ちに声が抑えられなかった。
ゆっくりとそこを揉まれて、その上乳首も弄られたままで、頭が混濁してくる。
「ぅ、ん……ッ、は……」
押し殺すように息をついて、唇を噛みしめる。
始めのうちは声は出さない。
おじさんがそれを求めているのを知っているから。
いつからだろう。おじさんが俺を通して他の誰かを見ていることに気付いたのは。
隻眼の蒼い瞳は、いつだって遠くを見ている。
「んん……」
降りてきた唇が、ヘソの辺りを舐めてくる。次に来る快楽を期待する身体は正直で、おじさんの手に握られたそれが小さく震える。
枕に結んだままの髪を押し付けて、快感の波に耐える。
髪を解かないのも、おじさんが望んだことだった。
言葉に出して言われたことはないけど、髪を解いたときも、耐えるということを知らなくて始めから大きな声を上げてしまったときも、おじさんは少し嫌そうに目を眇めた。
普通の人間ならば、わからないようなその変化。けど、俺にはわかった。
誰よりも好きな人だったからこそ。
だからこそ、おじさんが自分を通した誰かを見ていることを知っていても、抱かれる。
たとえおじさんが俺を見ていなくても、明確な繋がりが欲しかった。
「感じているのか?」
だから、演じ続ける。
おじさんが見ている”誰か”を。
「あ…! お…じさ……」
”誰か”は呼んでいるだろう、おじさんの名前は呼ばない。
それだけは、自分の自尊心を満たすために残した。残さないと、自分の心が崩れてしまうような気がした。
「……もっと感じるんだ、シンタロー……」
「あああッ……!!」
おじさんの合図のような囁きに、神経が焼き切れる。抑えていた声が溢れ出す。
口に含まれ、形を辿るように舐め上げられる。それまでの愛撫で勃ち上がりかけていたものに、その刺激は強すぎた。ビクビクとおじさんの口の中のものが震えて、恥ずかしさに腕で顔を覆った。
見えなくなった視界で、おじさんの笑った気配を感じ取る。そしてその瞬間、先端を舌で強く刺激されて、身体が激しく痙攣した。
「あ、ぅああ……ッ!」
射精した後の力の抜けた身体を、おじさんに抱き寄せられる。
抵抗も享受もない。
おじさんは俺の出したものを指に絡めると、もっと奥へと指を進ませる。次の行為を感じて身体が少しこわばる。
自分のためにもおじさんのためにも、力を抜いた方がいいことはわかっているけど、こういうのはリクツじゃない。反射ってヤツだ。
予想通りナカに入ってきたおじさんの細く長い濡れた指に痛みを感じる。この異物感はそうそう慣れるものでもなくて、無理矢理二本に増やされた指に、息が詰まった。
「辛いか、シンタロー」
汗で額に張り付いた俺の髪を掻き上げながらおじさんが訊いてくる。
返事もままならなくて首を縦に振るだけで答えると、ナカに入った指はそのままに、あいているおじさんのもう片方の手が、勃ち上がりきった俺のものに指を絡めた。
激しく扱かれると、身体の強ばりが抜ける。その隙をついて、おじさんの指がもう一本中に入り込んでくる。
俺よりも俺の身体を知っている指が、一番感じる場所を掠って、身体が悲鳴を上げる。それを聞くと、おじさんの指はいっそうそこを強くさすってきて、凄まじい快楽に頭が殴られたようにクラクラした。
そうしているうちに、いつの間にかおじさんの指は抜けていて、代わりに熱い塊が押し付けられた。
自分を狂わせる熱。
灼熱のそれを求めるために、おじさんの首に腕を回してしがみつくと、一気に中に入り込んできたそれに貫かれた。
揺すぶられ、快楽の光がフラッシュのように点滅する中、意識が沈没していく。
白い光に呑み込まれる寸前、髪に隠されたおじさんのくぼんだ目から血の涙が見えたような気がした。
あの見えない目で”誰か”を見ているのだろうか。
そんなことを思いながら、今日も”誰か”を演じ続ける。
end...
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