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「シンちゃん!パパ、シンちゃんがいて幸せだよッ!!」

俺がまだ小さい頃から、親父が呪文のように繰り返してきた言葉。

幸せ…

幸福…

俺は幸福なのか?

今、幸福なのだろうか?

たぶん…

いや、絶対違う。

それじゃあ、

幸福とは何か。



俺はそれを考えると、つい、今とはかけ離れた生活が幸福だと思い込んでしまう。

自分と同じ髪の色の父親と母親に囲まれて、平凡な家庭で暮らして、ありきたりな高校に通って、そしてどこにでもいるような女の子と恋愛をする。

それを強く望んだとしても、俺は罪に問われないだろう。

しかし、それさえも俺には高望み。

叶うことはないのだから。

そう、諦めていた。

しかし、コタローが生まれ俺の生活は望む方向へと急激に変わっていった。


「コタローは、全てを持って生まれてきた。シンタロー、私の言いたいことは分かるだろう?……今日からお前は、高松の養子になる。いいね?」

親父から言われたその一言で、その日から俺はガンマ団総帥マジックの息子から、マッドサイエンティスト・ドクター高松の養子となった。

出来損ないの俺からにしてみれば、あの変わった一族から離れることができる。

自分の容姿を気兼ねすることなく生活ができるということに、今までのモノ苦しい気分から解放され清々した気分だ。

望んでいた方向に、世界が進む。

嬉しかった。

ただ、弟のコタローをこの腕で抱けなかったのが心残りで…。

けど、あの一族にとっても、一族のものを受け継ぐ正当な後継者が生まれてきたことで、何も持たない俺が一族を出ることはいいことだろう。

一族の物など何一つ、持たずに生まれた俺はただの不要な物。

大好きな伯父さんと、一緒に修業し、苦しさに耐えて習得したこの眼魔砲はもう使わない。

俺は、もうあの一族ではないのだから。





「まじかよッ!?そん時コージがやらかしたのかァッ!?」

「本当だっちゃ!」

「おぬし、内緒じゃとゆうとったのにッ!!」

ガンマ団本部の廊下を、コージ、俺、トットリの三人で話ながら歩いていた。

あれ以来、俺の近況が変わってしまったせいなのか、以前にもまして話相手が増えた。このトットリ、コージもそのうちの一人だ。

他に、ミヤギって奴もいるが今は遠征中でここにはいない。

あと、三日くらいしたら帰ってこれそうだと昨晩メールが入ってきてたから、もう暫らくしたら仲間内で酒盛りなんかをして日頃の憂さ晴らしができる。

「ミヤギも、あと三日くらいで帰ってこれそうだって言ってたからな、帰ってきたら飲み会でもするかッ?」

「オウッ!!」

「賛成だっちゃわいやッ!!」

友の帰還を祝ったり、大騒ぎできたり、こんなに自由の利く生活は俺の人生で初めての経験だ。
人生が楽しいと感じれることは、あの一族の時には味わえなかった経験だ。


これが幸福なのだ。


「お、ドクターじゃ」

コージが、俺等の向かう方向から来る人影を指差す。それは、俺の父親になった、ドクター高松その人だった。

「ここにいたんですか、シンタローさん」

「義父さん。何か、俺に用?」

俺は高松の事を義父さんと呼び、義父さんは俺のことをシンタローさんと呼ぶ。

「施設内では、ドクターと呼んでください」

笑いながら言われた。

「yes shir!」

それに対して、おどけて返事を返すと、やれやれと言った表情の義父さん。

「まったく、あなたって人は…おもしろいですね。―私は今夜、総帥と話し合いがあるので遅くなります。夕飯は…できれば、シンタローさん、あなたの好きなカレーにしてもらえますか?冷めても美味しい奴をお願いしますよッ?」

優しい暖かい笑みで、今日の夕飯メニューを言われると、断れるわけがねぇ。

「まかしといてよ、義父さん」

まかせましたよと言って、義父さんは俺たちとすれ違って歩いて行った。

「僕、あんな風に笑うドクターの顔初めて見たっちゃッ!!」

「ワシもじゃッ!!」

「そうかぁ?」

大騒ぎするトットリとコージ。

それが、何故か嬉しかった。

多分、自分しか知らない、義父さんがいることが。


暗い部屋の中。

あの子がいなくなって、光が消えた部屋。

こんな暗い部屋には、幸せなど微塵の欠けらもない。

シンタロー、お前はそう言うんだろうね。

私もその意見に賛成だよ。

お前ただ一人がいないと、こんなにも寂しくて、心が寒くなるとは思わなかった。




「―以上が、一週間の報告です」

手元に置かれた種類に書かれてあることを、高松が延々と話していたがやっと終わった。

彼の報告が恨めしい。

この種類の添付されている写真には、私に一度も見せなかった表情を作るお前が、少し憎いよ。

「…ほう、随分と楽しんでいるようだね。高松」

「そんなことは…」

否定の言葉など無意味だよ。

「私には、お前があの子を手中にいれたことで、大層楽しんでいるように見えるが?それとも、私の買いかぶりかい?」

ああ、憎いよ。

高松の給料減給しよう。

ああ!そんなことしたら、高松に毎月渡している『シンちゃん養育費』を使われてしまうッ!!

う~ん。

あとで、呪いでもかけてやろうか?

まぁ、高松の気持ちも分からないわけではない。

無意識のうち、自然と曳かれていったのだろう。

私のようにね。

あの子は、そういう子だ。

「…そんなっ」

「…あと数年、あの子に低俗の幸せを味あわせるといい。偽りの幸福をね…」

シンタロー、本当の幸せはここにある。

「…はい」

私のこの手のなかに。

「さて、私は行くよ。あの子に、愚民と我ら一族との身分の違いを弁えさせないといけないからね」

だから、君は暫らく研究所にでもいるように。そう言い残して去ろうと思っていた。

「………」
だが、高松に注意しておかなければ。

勘違いをして、馬鹿な行動に出ないように釘をささないとね。

「ああ、高松。いい忘れていたことがあったよ」

「何か?」

「あの子は、外見こそ違うが青い秘石の一族だ。くれぐれも、買い被らないことだ」

「ッ!!」

ほら、やはりね。

情よりも、愛情が芽生えはじめていたか。

「それだけだ」





そう、誰が何といおうがシンタローは私の息子なのだから。

息子は一人でいい。

そして、シンタローの家族は私一人だ。




義父さんは、夜の11時を過ぎても帰ってこなかった。

総帥であるマジックへの定期報告なんて、精々小一時間あれば済むはず。

今日は会議が入っているとは何も言っていなかったし、もし緊急会議が入ったと言ってもマジックの独断で短時間に終わるのは目に見えている。

遅くなるとは言っていたが、まさかここまで遅くなるとは思ってもいなかった。

「遅いな…、先に寝よっかな」

俺は、濡れた髪からしたたる雫を乾いたタオルで雑に拭き取り、自室に向かった。

布団の中に入る。しばらくして眠りに就いた。


時計の針が、夜中の1時を指したとき、リビングの方から人の気配を感じ、目が覚めた。

訓練でそうたたき込まれていた俺は、起き上がり義父さんとは違うがどこか覚えのある気配に、頭の中で知り合いの顔とその気配を合わせてみるが、該当するものはいなかった。

ただ一人、思い当たる。

いや、ありえない。

軽く頭をふり自分の考えを否定する。

誰なのか考えながら、サイドテーブルの引き出しの中から掌サイズのナイフを取出す。

気配を消して、リビングに通じれるドア横の壁に張り付くように立ち構えた。

どうやら、リビングにいるのは一人のようだ。

しばらくして、その気配が消える。

出ていったのか確認しようと、ドアノブに手を掛けようとしたその時、急にドアが開いた。

反射的に、その相手の喉元にナイフをあてた。

「真夜中の客人に対して、不粋な挨拶だね」

「ッ!!」

そこに居たのは敵ではなく……。

「心身共に愛し合った私に対して、無礼だよ」

―そこに居たのは、黙ればナイスミドル、喋れば変態で、ぷぅと頬を膨らませてはいるが、自分を捨て高松の養子に出した張本人、ガンマ団総帥、…マジックだった。

変なこと言っているが、そこは無視ッ!!

前みたいに、眼魔砲ブッぱなせねえし。

つうか、こいつは相も変わらず真っ赤なブレザーを着て…だせぇ。

しかも、片手に俺の人形持ってるしよ。

大の大人が気持ち悪いぞ。

「…あっッ!!総帥、申し訳ございませんッ!!」

なんか色々考えていた俺は、なんとか正気に戻れた。

直ぐ様ナイフを下ろし頭を下げた。

そういえば、こんな無礼をこの男にはたらけば、謝ったとしても無事では済まない。

ああ、俺、死ぬのかな?

「シンちゃん、パパとセックスしようか?」

死んだほうがましだあぁッ!!

「そ・う・す・いッ!!何か御用ですか?御覧のと・お・り、お・と・う・さ・ん、…ドクター高松は現在不在です」

愛想のよい笑顔で、あいつの問い掛けに無視してやった。

「もう、はぐらかして。それぐらい、しっているよ」

やっぱ、あんたの陰謀かッ!!

ちなみに、義父さんの養子になってから、こいつに会う度に俺は敬語を使っている。

強要されたわけではないが、こいつの息子じゃ無くなったんだと自分に言い聞かせるため、こいつとの間を実感できるように喜んで使っている。

「今日はね、確認のためにきたんだ。…今、シンちゃんは私の息子ではないんだよ」

何を言い出すかと思えば、それかよ。

「承知しております」

業務的な答え方になってしまうが、まぁ相手は上司だしいいか。

うざいけど。

「…不本意だけどね、今は高松の息子なんだよねぇ~。あ、それだったらセックスしても親子じゃないから、いいよねッ!?」

「その通り、俺は高松の息子ですッ!!因みに、男同士は非生産的ですから、お断わりしますッ!!」

馬鹿みてぇ。

「血は繋がっているから?けど、私のここはお前の中じゃないといけないんだよッ!!」

「おめでとうございますッ!!よかったですね、総帥!勝手に秘書とやって逝っちゃってくださいッ!!」

愛想笑い、5割り増し。

「ああ、もう、シンちゃんがセクシーだから、用事を忘れるところだったよッ!!」

俺のせいにするなッ!!

つうか、股間をおったてて近寄ってくるなッ!!

「私は、今のお前を後継者とは認めん」

お、まとも!

けど、まだ立ってる。

後継者云々?

そんなこと、知ってるよ。

「喜んで、肝に命じております」

昔から、俺はあんたの子ではなかったと思ってるから、安心しろ。

「くすん、シンちゃんの意地悪。私の総帥としての用事はそれだけだ…」

そういって、あいつは去っていった。

ガッツポーズを心の中で決める俺。

その時、風がふわりとマジックからカレーの匂いがした。

「え?」

その匂いは市販のカレーではなく、団員用食堂で出されるカレーでもない。

紛れもない、俺の作ったカレーの匂いがマジックからしたのだ。

何故?

マジックが出ていくのを確認し、キッチンの方に向かった。

しかし、そこには予想していた洗ったばかりの皿やスプーン等はなかった。

やっぱ、俺の気のせい……ああ、カレーの鍋がない!

捜し回っても、どこにもない。

盗られた。

カレー泥棒ッ!!

…そういえば、マジックの言葉のニュアンスが気になる。

“今”

もしかして…

まさか…


時がくれば戻ると?


体が歓喜で震えだす。


「父さん…」


本当は、あんたをこんなにも、ブン殴って、眼魔砲をブッぱなしてやりたいんだ。


俺は震える自分の体を抱き締め……られた。


「シンちゃん~、もう、意地っ張りなんだから。パパとしたいんだったら、正直に言ってよ!」

「ギャーッ!!あんた、出ていった筈じゃッ!!??」

ずるずる俺の部屋に引きずられて行くッ!!

やばいぞッ!!

このままでは、確実に掘られるッ!!

「…放せぇッ!!いやだぁッ!!」

ジタバタ暴れても、逃げれないッ!!

そうこうしている内に、ベッドの上に押し倒された。

しかも、物凄い速さで裸にされちゃうし。

親父も、やる気満々で裸になってるし。

ああ、やばいよッ!!

「シンタロー…お前を抱きたい」

「……挿入したら、ブッ殺す」

睨んでみたりしてみる、弱い俺。

「………挿入しないと、パパ、イケないよッ!!」

ああ、耳元で不吉なことを喋るなッ!!

逃げ出したい。

「今は生理中だから、やめろ」

うわぁ、だからって俺としたことがばればれな嘘をついてんなぁ。

切羽つまっているから、しかたないか。

親父はなんか、指折りで数を数え始めてるし。

まさか…

「じゃ、後十日ぐらいしたらしてもいい?パパ、シンちゃんの子供の顔みたい…」

「マジで受け取るなぁッ!!この、クソ親父ッ!!」

「ええッ!!何でッ!?パパ、シンちゃんとパパの子供作りたいんだよッ!!シンちゃんは、どうなの?イヤなの?」

って、どこ触っているんだッ!!

「…ぁッ!!」

やべ。そこ、弱いのに…。

「いい?」

乳首とケツの二点同時攻めは、反則だろッ!!

「あ…イ‥イぃ、ひゃあぁんッ、父…さん、そこイイの…」

あ、やばい。

何も、考えれねえ。

「挿入しても、いい?」

耳元の声が気持ちイイ。

「うん、イッパイほし…いの…ちょ、だい…」

「あげるよ。さぁ、力を抜いて…」



ああ、眩しい。

もう、朝?

やだ、まだ朝日はいらない。



「あっ…だめぇっも、おな…か‥イ‥パイあ…、あぁんッ!!」

「シンタロー、あとちょっとだけ…ね?」

そう言って、あんたが俺を放したことねえじゃんか。

「ほら、シンちゃん、パパを見て…いくよ…」

俺もあんたを放す気はないのかもしれない。

「っああぁッ!!」

「くっ」

何か、このぼやけた思考の時、あんたのそんな声を聞くとすっごくうれしくて、ああ、自分があんたをそんな風にさせたんだって、涙出るくらい嬉しい。

「あっ…」

あんたがそれを、俺の中から抜いた時も淋しいが嬉しいんだ。

だけど、あんたは俺を捨てたんだよね。

「シンちゃん、そろそろパパとお風呂に入ろうか?」

体がシンちゃんのでがびがびだよと、あんたは笑って俺に手を差し伸べて、優しくしすぎる。

「…っぅ」

さっきとは違う涙が溢れてきて、あんたを驚かしてしまうって知っていけど、だけど止まらないんだ。

結局、あんたは俺を捨てたんだ。

「シンちゃん、大丈夫?痛かった?」

あっちこっち触るあんたの手を、軽く自分の手で制止して俺は顔を上げた。

「総帥、満足していただけましたか?」

俺は、一般隊員だから。

総帥に対して、今までのような態度とれないだろ。

「シンちゃん…」

「…っぅ…」

ああ、もう、何だよ。

何でこんなに、涙が出るんだよ。

「ごめんね、ごめんね、シンちゃん。お願いだから、泣かないでおくれ」

優しく抱き締めんなよ。

あんたが何をしたいのか、さっぱり解んねえよ。

「二人でいるときは、パパと呼んでよ。私だってお前と離れるのは、すごく辛いんだよ」

もう少し我慢してねって、あんたはその大きな手で俺の頭を優しく撫でる。

「わかった…」

「シンちゃん」

「だから、カレー返せ」

「……」

何とも言えない沈黙が辺りを漂い始めた。

「ははは、イヤだなぁ!ダメだよ、あれはもう私のだから返さないよッ!!」

ウインクして誤魔化すなッ!!

「やっぱり、あんたが犯人かッ!!」

「パパ、知らないも~ん!」

それよりもお風呂と、暴れる俺を抱き上げて、備え付けのお風呂にむかい始めた。

「ちょっと待てよッ!!あんたと入ったら…」

「私と入ったら?」

にこやかに笑うなッ!!

「挿入ってくるだろッ!!」

「当たり前だよ!」

ああ!

やっぱりッ!!

最低ッ!!

って、あれ?

こいつ、俺は一般隊員だから総帥命令でも使って、好きなようなできるっていうのに、さっきから職権を利用しようとはしない。

あんたにとっては、俺はまだあんたの息子なんだよな?

そう思ってもいいんだよな?

「シンちゃん、どうしたの?そんなに、パパに甘えちゃって…」

少しぐらい、あんたに腕を回して甘えても…

「父さん…」

罪にはならない?

「……って、何、おっ立ててんだよッ!!」

「だって、シンちゃん、すっごく素直で可愛いんだもんッ!!」

こいつに少しぐらい、甘えようとした俺がバカだったッ!!

「いっぺん、死んでこいッ!!眼魔砲ッ!!」



ドカンッ!!





「あ…。やべ。使わないようにしてたのになぁ」



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ガンマ団本部上階にある、一族専用のバルコニーは今日も暖かい日差しを浴び、お茶を楽しむ午後のティータイムに優雅な一時を演出していた。

そんな気分を害する驚異的変なことを、シンタローの父親ことガンマ団総帥のマジックは言い出してきたのだ。

「シンちゃん、パパと結婚しないかい?」

「はっ!?」

あまりにもありえない事だったので、シンタローは持っていた胡桃入りスコーンを皿のうえに落としてしまった。

「ほら、パパとシンちゃんは毎日愛し合っているだろ?身も心も一つな二人だ…」

「眼魔砲ッ!!」

常識など皆無なマジックの発した言葉に、シンタローは顔を真っ赤に染めて眼魔砲を撃った。

「…一々、んなこと口に出して言うなーッ!!くそ親父ッ!!」

「ハハハ、照れちゃって可愛いッ!!」

悔しいぐらい無傷で帰ってきた、マジック総帥。

さすがと言うべきか、何とも難しい人である。

「パパは独身、シンちゃんも独身。ほらね、似合いの夫婦だよッ!!」

にこにこ笑いながら言うマジックに、シンタローは大きくため息をついた。

「親子で結婚はできないだろ。ばか親父」

「そんなーッ!!せっかくシンちゃんのためを思って、パパが言っているのにーッ!!馬鹿だなんてひどいよォッ!!!」

「どこが、俺のためじゃーッ!!!!」

いい年こいて泣きだす、マジック総帥。

それにキレるシンタロー。

「俺のためだったら、そのふざけた発言を取り消せぇッ!!!!」

「パパ、ふざけてなんかいないよッ!!!」

「その態度がふざけているんだよッ!!」


ドォン

遠くから聞こえる恒例となってしまった音に、秘書室の二人は溜息を吐いた。

「また、あのお二人は派手に親子喧嘩して…、バルコニーはこれで何度目の修復になるのだろう…」

ティラミスがガンマ団本部名物ともなった、親子喧嘩の爆発音にため息を吐きながら、引き出しから電卓を取り出した。

手早く、数字を打ち込む。

「今月は全壊が5回、半壊が16回…だな。…はぁ」

続いてチョコレートロマンスが、机のうえに置いてある電話の受話器を取り、ため息を吐きながら何度も押して覚えてしまったボタンを手早く押す。

「今回は…、半壊ですんでほしいな。できれば、総帥・だ・け・が・犠牲であってほしい」

「はは、いえてる…。あ、もしもしガンマ団秘書課チョコレートロマンスと申します。お世話になっております。…ええ、はい…そうなんです。申し訳ないのですが、至急お願いしたいのですが……はい、ありがとうございます。はい、はい…今回もお願いします。失礼いたします」

相手が電話を切る音を確認したチョコレートロマンスは、フックを押しそっと受話器を置く。

その音と同時に、二人揃って大きくため息を吐いた。





そんなやり取りがあったことなど、微塵の欠けらも知らない原因の二人は、バルコニーから姿を消していた。

どこにいるかといえば、二人はマジックの寝室にいた。

「ん…っ」

二人は深く口付けあっているのだが、シンタローが上でマジックが下と、ちょっといつもとは違う位置。

「シンちゃん…何か、積極的だね…」

長い口付けの後、くすくす笑いながら、頬を赤く染めるシンタローの耳元で囁く。

「うるさい…」

「だって、シンちゃんがパパを誘ったんだよ。すっごく嬉しくてね」

シンタローは恥ずかしいのか、顔をマジックの首筋に埋め込む。

「シンちゃん、パパと結婚したくないかい?」

自分を組み敷いている息子の背中を撫でながら、また同じことを言ってみると、今度は怒ることはなかった。

「…俺も、父さんと…、できることなら結婚したい…」

どこか辛そうなその声は、お互いを親子以上に愛し合ってしまった二人の辛さを表しているようにマジックの心に強く響いた。

背中を撫でていた手は、息子を力強く抱き締めていた。

その強さは、お互いの心の辛さ。

「シンタロー…」

自分を力強く抱き締める父の温もりを感じながら、目を閉じる。

「俺と、結婚してよ。父さん」

「ああ、結婚しよう」





私たちはけして、結ばれることは許されない。

しかし、親子でなかったら出会うこともなかった。

私たち親子の愛は、『禁忌』。

神からも見離された恋。

だから、誰よりも強く愛せれる。




二人に幸あらんことを…。



マジックは小さくため息を吐いた。


『この髪も、唇も、目も、指も、全て父さんのものだから』


昨晩の情事の後、シンタローが言った言葉にマジックは頭を抱えながら、考え込んでいた。


『全部、私のものなんだね?』


その言葉に、シンタローは小さく頷いてくれた。幸せそうに、微笑みながら。

本当にこのままでいいのだろうか。頭のなかに不安が過る。

確かに、結婚しようと言出したのは紛れもない、自分。

だが、息子の本当の幸せを考えた時、このままでは息子は、私たち二人は……いずれ、ぶつかってしまうだろう。

一つの大きな壁に。





部屋に帰れば、一糸まとわぬ姿で自分のベッドに寝ているであろう息子に、あのことを言えば私を嫌ってくれるだろう。

私から少しでも距離を置くことが、あの子にとっての幸せなのだ。




『何でだよ、何でコタローをッ!!』




ごめんね、シンちゃん。それが、お前の幸せのためなんだよ。

それに弱い私は、お前を愛していくかぎり、『親』と言う仮面を脱ぐことはできない。

どんなに、お前が私を『親』以上に愛し、私がお前を『子供』以上に愛したとしても…。

ごめんよ、シンタロー。

お前がどんなに私を嫌おうが、私はお前を愛してるよ。


その愛は息子以上に、そして恋人未満に。


世の中は、それ以上は、それ未満。




「総帥、シンタロー様が秘石を持って逃走しましたッ!!!」

ああ、シンタロー。
お前はそれ以上を望むのか…。

ならば、私はお前の望むままに動こう…。


「シンタロー様が南国の小島に上陸したと、報告がありましたッ!!」

「ティラミス、すぐに刺客を送りなさい。秘石を必ず取り戻せ…」

「はッ!!」



秘石なんてどうでもいい。


本当に欲しいものは・・・・・







「お帰り、坊や。パパだよ」



お前なのだから。



パプワ島で知った、俺の本当の素性。

秘石の番人の影。

…俺は、親父の息子じゃなかった。

最初っから、俺に親なんかいなかった。

あんたと結婚?

そんなことできないよな?

だって、あんたは息子である俺をあいしたんだから。

だから、終止符を打とう。

それが、あんたにとっての幸せだから。





ガンマ団本部総帥室。

こんなことあんたを前にして言うことではないと思うけど、だけど言わないとこのままだから。

「俺、結局あんたの息子じゃなかったんだな」

俺の発言に、少々驚きを隠せない親父が首をかしげる。

「シンちゃん?何を言っているんだい?」

あんただって俺の言いたいことがわかるだろ?

「…俺さ、小さいころから、本当に自分はあんたの息子なのか、すげぇ悩んでいた」

またそんなこと言ってと、親父は口を挟む。

そこで俺の気を引いて、はいここでおしまいといつも通りには今日は行かないんだよ。

「ガキのころは、いつか捨てられるんじゃないかといつもビクビクしてよ、あんたに甘えたりして考えないようにしていた。
そう、思春期に入って、あんたの息子だって周りに認められたくて、頑張って頑張って、NO.1になって…。
周りの奴等に、おまえはマジックの息子だって言ってもらいたくてさ、いじめられようが何しようが頑張った。
認めてもらうためにあんたの力借りたくないからって、反発ばかりしていたあのころ、それでも俺はあんたの息子だって信じていた。
本当は、あんたに認められたくて、あんたに息子だって認められたくて、今まで頑張てたんだ。
けど、だけど、俺、結局あんたの息子じゃなかった、この一族の人間じゃなかった。あんたはそれでも、息子だって言ってくれた。けど、俺は……」

しばしの間、沈黙が辺り一帯を支配する

「どんなに、頑張って努力しても、あんたの息子にはなれないんだッ!!」

俺の言葉を何も言わずに聞いていた親父が、俺にそっと近づいてくる。

「シンタロー、そんなことはないよ。血がつながっていなくとも、私とおまえは親子だ」

頭を優しく撫でられると、すべて忘れてしまいそうになる。

パプワのことも。

あんたの息子じゃないって事実も。

「俺ずっと辛かったんだぜ?自分の素性を知りたくても、どう調べていいか分からなかった。知りたくて、教えてほしくて、そしてやっと、やっと分かったんだ…」

あの島が答えを持っていた。

「……」

親父の手が止まる。

「俺には、人間の親なんていない」

小さく震えだす親父の手。

「シンタローッ!!そんなことはない、私はお前の父親だッ!!」

ぐいっと、強い力で俺は親父に引き寄せられた。

「あんたの息子は、最初っからグンマとコタローだけだよッ!!」

その腕の中から逃げ出すために暴れる俺を、親父の腕は力を増し強く抱きしめてきた。

「はなせっ…」

「私の息子はお前だけだ、シン・・・」

親父の言葉が途中で止まる。

ふと、親父の肩越しに入り口のドアを見るとグンマが眼を大きく見開いて、俺らをみていた。

傍には、ティラミスとチョコレートロマンスがグンマの後ろに立ってこちらを見ている。

ああ、俺の言葉を待っているんだ。

親父も、グンマがいたから最後までいえなかった。

結局、俺はあんたの息子じゃねぇ。

あんたも俺だけの父親にはなれない。

否、ならない。

「親父、石が無くなった今、番人の影でもある俺がここにいる存在理由が無くなっただろ?」

笑った顔、あんたに見せるのは何年ぶりだろう?

「シンタロー」

ああ、グンマごめんな。

「逝かせてよ」

俺、たぶん最低なこと言うぜ?

「シンタロー、考え直しなさいッ!!お前は、私を愛しているんだろッ!?私の前から消えることはないッ!!…今からでも、新しい絆を作って行けばいいだろ?お前と、グンマと、私と、コタローとでッ!!」

お前の耳に残っちまうかも。

「愛?」

だから、ごめん。

「そう、二人で言い合っただろう?愛していると」

最低な俺で、ごめん。

「俺はあんたを愛していない。石から植え付けられた、番人の影としての青の一族に対する愛情ではなく、監視義務の責任概念からきていた感情を俺は“愛”と呼んでいたんだ」

マジックの眼の色が変わった。

「だから…だから、私に抱かれたのかッ!?番人の影だからかッ!?」

俺を体から少し放し、強い目で睨みつける。

「ああ、そうだ」

そんなあんたに、俺は笑顔で返す。

「…っッ!!私は、お前を24年間息子としてそれ以上に愛し、育ててきたッ!!!」

ああ、そんなにあせっているあんたを見ることなんてもうないだろうな。

「ご丁寧なことに、石は俺をあんた好みの顔に作ったんだから、愛してしまうのも仕方ねえだろ?」

そう、ジャンとそっくりに。

「違うッ!!」

そんなに強く否定されると、俺の考えに間違いないんだと確信してしまうだろ。

「違わねぇだろ?」

「……」

ああ、大当たりかよ。

ちょっと悲しいな。

アンタはそんな風にしか俺を見ていなかったなんてよ。

ああ、本当の気持ちを今知った気がした。

「もう、逝かせてくれよ…。疲れたんだよ」

引き締まった頬に、そっと触れる。

「……」

「あんたも、俺のことで長い間悩んでいたんだろ?もう、悩む必要ねぇから」

ゆっくりと唇を合わせ

「だから、さよならだ」

別れを告げた。



俺はその場から逃げるように立ち去った。

そんな俺を誰も呼び止めようとはしなかった。

それでいいんだ。

俺が嫌われてしまえば、あんたの狂った愛情は本当の息子のグンマに行くだろう。

それでいいんだよ。

長い廊下を曲がり、俺は走った。

誰から逃げるのでもなく、早くしなければという責任観念に押され走った。

「・・・・・ごめんなさい」

本当はあんなこと言いたくなかったんだ。

「俺、弱いから・・・」

逃げるための口実欲しさに、アナタにあんなことを言ってしまった。

「本当は・・・・」

本当はアンタを愛しているんだ。

真実がどんなものであろうと、この心に変わりは無い。






懐にあるひとつのカプセル。




ガンマ団すべての人間が必ずひとつ所有している、自殺用の毒の入ったカプセル。

捕虜になったときには、機密漏洩防止に自殺するためにと常備してあるもの。

本当は一族には渡されることが無いもの。

だから、ガンマ団本部に着く間に団員からこっそり拝借した。

それを取り出し、口に含む。

喉が渇いて飲みにくいなんて贅沢はいえない。

無理やり飲み込み、足を止めた。

「・・・・・ふ」

これを飲んで助かったやつなんて見たことが無い。

俺一人だけを助けるためなのか、親父からの拷問を恐れていたのか仲間と思っていた奴は捕虜になったとたんに俺の前でこれを飲み、俺だけが生き残った。

自然と笑みがこぼれた。

やっと、やっとのことで俺は―




  自分を手に入れた。








だんだんと意識が薄れていく。

ああ、そうだこんな時って昔のことが流れるって言うよな・・・

小さいころの記憶とか、そんなの全然頭の中に流れてこない。

意識的にそれはうその記憶だって抑制しているのかな。

けどさ、あれは俺の記憶であって、キンタローの記憶じゃないし。

でも、それでもあれはキンタローの体の記憶だし。

ああ、畜生!

俺、何故こんな人生なんだよ。

一度だって良いこと無かったじゃねえか。

母さんが、浮気をしたとか、出来損ないとか、親父の子供じゃねえとか。

いろんな人苦しめてきたよな。

俺って存在が。

俺が居なかったら、コタローはあんなふうにならなかったんだろうな。

それじゃ、俺って居なくて正解なんだよな。

それにしても―

「・・・・・毒効くの、遅すぎじゃねえか?」

俺の知っている限り、即効性だよな?

目の前が霞むが、これってあの眠たいっていう感じであって、死にそうって感じじゃない。

しかも、なんだろう。

騙されている気がする。

まてよ、そうかもしれない。

絶対そうだ。

逃げなきゃ。

親父が追いかけてくる。


「にげ・・・・・」


 そこで俺の意識は途切れた。



「総帥」

ティラミスが私の部屋にやってきた。

ストレッチャーに乗せられたシンタローが運び込まれる。

どうやら、シンタローがあの薬を飲んだようだ。

「本当に、これでよろしかったんですか?」

愚問を私に投げかける。

「良かったよ」

そう答えても、ティラミスは苦虫を噛み潰したような表情で私の部屋から去っていった。

おかしいと思うなら、笑うがいい。

変だと思うなら、そう思えばいい。

私はそんな風に思われようが、私自身微塵もそんなことを思ったことがないのだから。

「これからだ」

自然と笑いが漏れる。

「これからなんだよ。シンタロー」

私を包み込む椅子から立ち上がり、部屋の真ん中に置かれたストレッチャーに歩み寄る。

「お前と私は、離れてはいけないなかなのだから」

頬を撫でる。

馬鹿だよお前は。

自殺用の毒を団員から盗んだとぬか喜びをしていたが、そんなことはお見通しなんだよ。

グンマにあんなことを言っていること事態、予想の範囲内。

それに、あの睡眠薬をガンマ団内部で飲むことだって、私を愛しているお前はそうするだろうって分かっていたよ。

ほら、私たちって相思相愛だろう?

分かれてはいけないのだから。


ね、シンタロー。



あれ、俺死んでない。



生きているって実感したのが、アンタが鼻血をたらしながら俺の人形を作っている光景を見たから。

だってよ、天国ってもっと心地のいいものだろう。

死にそびれたってがっかりした感覚と、生きていたっていう安堵感がある。

それは、アンタのことを好きだという証拠だよな。

「あ、シンちゃん起きた?」

嬉しそうに話すあんた。

「まあ・・・」

寝起きにそんな返事はおかしいって笑うかもしれないが、それしかいえない。

ひどいことを言ってしまったから。

「良かった。シンちゃん、睡眠薬飲んで寝ちゃうんだもん。私すっごく心配したんだよ!だって寝ている間に突っ込んでも何の抵抗も無いわけだし、やっぱ起きているシンちゃんに突っ込んでそれに抵抗するところがいいわけだし、寝たままのシンちゃんに突っ込めないから、2日間も私は我慢していたんだよ!」

ああ、やめて現実逃避したくなる言葉。

「うるさい」

ちょっと反抗してみる俺に、親父は可愛いと抜かしやがる。

「アンタ、結局ジャンみたいな俺を追いかけてきたんだろう?」

ちょっとひねくれたことを言うと、親父の目の色が変わった。

「ジャンジャンって、お前はサービスかい。あんな犬なんて、昔の思い出だ。今、私に必要なのはお前だけだよ」

ああ、そうなんだ。

なんとなく説得力あるな。

だってあいつは、犬だもんな。

高貴な俺様があんな犬と同じなんておかしいつーの。

それにあんなことを言ったのに、そんなに怒っていないんだ。

「私はね、お前さえ居ればいいんだよ」

「グンマは?」

ちょっと子供みたいなことを言うと、また可愛いといわれた。

「あれかい?あれは飾りだよ。妻が浮気をしていませんでしたってね・・・・」

ああ、そうなのね。

「それよりも・・・・」

俺の寝ているベッドに近づいてくるあんた。

「シンタロー、私はね独身なんだよ」

「知ってる」

そばまで寄ると、ベッドに腰かけ、俺の手をとる。

そして、そっと唇に寄せる。

「だからね、お前が私の奥さんになっておくれ。結婚しよう・・・シンタロー」

なんだか、唇にキスされるよりもドキドキする手の甲の口付け。

「おう」

そんな返事しか出来ない俺だけど、アンタはありがとうって笑ってくれた。



あのふざけたガンマ団内ツアーから一ヵ月後、俺は不快さを感じる熱気の渦に包み込まれていた。

「シロガネ君、ポスター販売のほう、お願い!」

「はい、チョコロマ先輩!!」

ピンク色の色んなものが、あたり一面に飾られている広い会場内で、俺はピンク色のハッピを着た格好でチョコレートロマンスの指示通りに、ポスター販売コーナーに走った。

会場には、むんむんとした熱気に包まれ、辺りからは男達のドブ色の声が上がるそこは、まさに地獄そのものだ。

アニキ集団の波に飲まれながらも、なんとか目的地に到着した俺は、身体面より精神面で拾うが蓄積されていくこの会場を、見回した。

・・・・・気持ち悪い。

アニキ集団の皆は、俺が準備するであろう物が気になるのか、熱い視線を送ってくる。

「早く、出さないと・・・」

大きな溜息をつきながら、すでに運ばれていたダンボールの山の中から一つを選び、丁寧に箱を開けていく。

そして、一番上に用意されていた見本用ポスターを数枚取り出し、テーブルの周りに貼り付けていく。

今回は、新作と売れ筋ポスター合わせて25種類。

25枚張り出すのも根気の要る作業だが、これを今から売りさばいていかなければならない。

「まだかーっ!!」

「早く、マジック先生のポスターが~」

アニキ達の雄叫びに心の中で舌打ちをしながら、別の箱から25種類のポスターの筒を10本ずつ出し、長テーブルの上に見本と合うように並べていった。

「おお!」

「新作だ!」

「マジック様!」

「もえ~~」

俺が張り出した新作ポスターをすばやくチェックし始めたアニキ集団に、営業スマイルで笑いかけながらてきぱきと作業をこなしていく。

しかし、あの人のどこに萌えるんだ?

わからねえ?

「ああ、俺、もう・・・だめ」

本日10人目の失神者が出てしまうこのイベントは、開催の準備に当たり地元消防署に救急車の会場での待機申請を出さなければならないといわれたときはつい笑ってしまったが、まさかあれが冗談ではないだなんてこの世の中おかしすぎる。

イベントスタッフとして借り出されるのは、今回で10回目だからポスター張り出しも慣れたもの。

だが、今日ほどの大きなイベントは初めてで、いつもはサイン会程度だった。

ティラミスは、会場内での警備を担当しているため、今このフロアにはいない。

ただ、遠くでCD・書籍コーナーを担当しているチョコレートロマンスは、俺が抜けたのが痛手だったのか、かなりてんやわんやの状態で眼があらぬ方向に行こうとしていた。

「きゃ、マジック先生」

「はやく!」

「ああ~、マジック先生!」

「早く、貴方を手に取りたい!!」

むさ苦しい空気がどっと圧力をかけ始める中、俺は準備を完了させ両手を強く打ち合わせた。

「大変お待たせしました!マジック先生新作ポスター!! 1000本中1本は直筆サイン入り!! 1本なんと5000円!!」

俺の声に、周りに集まりだしていたアニキ集団は大きな歓声を上げた。

同じポスターを、1箱分の50本買う人も中にはいるために、ダンボール全てを明け仕事のしやすいように準備をすることができないこの販売はかなり面倒だ。

それでも頑張って、俺は売りまくる。

「1本でいい?本当に?保管用は必要ない?」

そんな商売文句で売り上げを伸ばしていった俺は、何故か営業成績が秘書課でNO.1だった。

あの人にも褒められたから、まあいいけど。

生まれて始めて、自分にあった居場所を見つけられた気がした。


イベントの売り子・・・俺には、それが似合っているんだ。

そう思わなければ、この熱気もやり過ごすことなんてできない。

「シロガネ君、頑張っているね」

急に後ろから声が聞こえ、ばっと振り返ると後ろに積み上げていた段ボール箱の中からあの人が出てきた。

よく入りましたね?

いつからそこに?

それよりも、ダンボールの中身は?

まさか、空っぽ?

色々聞きたいことはあるけれど、正直この会場で今一番現れてはいけない人が目の前に出てきたことに、驚きで声も出なかった。

「おや、相変わらず君は冷静だね。何も言葉を発さない。シンちゃんなんか、いつ入った、いつからそこにいた、ダンボールの中身はなんて、ぎゃーぎゃー騒ぐのにね」

ウィンクをしながら、俺の頭をぽんぽんとあの大きな手のひらで、軽く叩かれた。

そして、体の向きを少し変えると、あの人の登場によりこれでもかと集まってきたアニキ集団に向け、軽く手を降り始めた。

「やあ、皆さんこんにちは」

周りは、アニキ集団の雄たけびで鼓膜が破れそうなほどの騒音だ。

平然と笑うあの人の姿を少し見た後、遠くにいるチョコレートロマンスを見れば、突然のあの人の頂上により回りに誰もいなくなった隙を狙ってか、ペットボトルのお茶を一気飲みしていた。

「全く、君は私にあまり興味がないようだね」

耳元でぼそりと言われた言葉身、内心驚きながらも振り返るとそこには少しいじけたような表情のあの人が、俺をあの青い瞳で見つめていた。

「い、いえ・・・」

小さく否定はしてみたものの、あの人は胡散草g手に俺を見ると、何かを思案するように顎に手を当て少し俯き加減になり、俺から視線を外した。

そんな姿も絵になるせいか、周りにいたアニキ達は一斉にカメラを構えシャッターを押しては、暑苦しいうめき声を上げている。

「あんなに、私に笑ってくれていたのに。今は、無表情だ。つまらないね、私以外の前で笑顔でいることが許せない」

視線を俺のほうに戻し、すっごく怒っていると綺麗な眉を寄せ合い表情に出されても、俺にはどうすることができない。

「驚いたかをも見てみたい。そうだね、君を驚かせるには・・・う~ん」

再び考え事をしていると、行動で示されても何と返していいのかさっぱり分からない俺は、それを無視してアニキ集団に対して「会場内での撮影は禁止しています!」と大声で注意を始めた。

「ほう、私よりもそのむさくるしい男達のほうがいいのかい?」

横から低音ボイスが聞こえ、俺は本気であの人を怒らしたことに気がついた。

一気に会場内の気温がマイナス5度ほど下がったように感じられるほど、背筋に何か冷たいものが走っていく。

近くにあった窓ガラスにはひびが入り、天井に設置されていた蛍光灯は3本ほど割れた。

冷たい空気があたりを包み始める中、俺はゆっくりとあの人を見た。

「君は・・・・」

前髪が表情を隠しているが、長年あの人の傍にいたためか、それがどれほどの怒りなのかは身にしみて分かっているつもりだ。

レッドラインオーバーしてしまっている。

前髪の間から青い煌きは、絶対秘石眼だ。

「きゃ~、総帥時代の低音ボイス!! 」

近くにいたアニキ集団の一人がそう雄たけびを上げたのを切っ掛けに、いままで静まり返っていた会場内が耳が痛くなるほどの雄たけびで包まれた。

小さく口を動かしながら、あの人が何かを言っているのにその雄たけびで全く聞こえない。

「なんですか?聞こえません!もうすぐ開演の時間ですので、早く控え室に・・・・」

俺がその雄たけびの渦の中件名に声を上げ、時計を指差しながら開演時間が迫っていることを伝えようとしているのに、この騒音の中全く届いている気配はなかった。


「だまれっ!」

鶴の一声といっていいのだろうか。

俺は、正直、めちゃくちゃ驚いた。

いや、驚愕と言ってもいいほどだ。

あの人が、アニキ集団に黙れと、怒りの表情をあらわにして大声で一喝した。

会場内は、しんと静まり返り、聞こえるのはあの人の動くたびに僅かに聞こえる布のこすれあう音。

「・・・・・開演時間ぐらい、把握している」

驚いた。

あの騒音の中、俺の声を聞き取っていたことに驚いた。

低く響く声で言われたが、それでも読唇術と言っていいのだろうか、それに驚いてしまった。

いや、むしろ感心したといったほうが正解かもしれない。

だから、あの瓦礫の中で俺の言った言葉が分かったのかと、少し嬉しくなった。

だが、そんな考えもあの人の眼を見た瞬間綺麗に頭の中から消えてしまった。

先ほどより、冷たさを増したその瞳。

「それよりも、君は・・・・」

ついと、あの人の右手が俺の頬に触れる。

冷たい指先に、体中の熱が奪われるような錯覚に陥ってしまい、無意識に体がぶるっと震えた。

「私を、何だと思っている」

ゆっくりとその顔が近づくなか、囁かれた言葉に体が硬直して指一本動かすことができなかった。

本当に、絶体絶命なほど怒らしてしまった。

「君は私の物だというのに・・・・」

体中に感じる圧迫感に、足を一歩後ろに出そうとしたが、いつの間にか頬に触れていた右手が後頭部に回されており、後ろに逃げないように拘束されていた。

「マ、マジック様っ!!」

何とか声を出すことができたが、それも効果なんて全く期待できるものではなかった。

アニキ集団のいる前で、あの人は俺の耳に口付けを落とし、耳たぶを舐め、唇で咥えては軽く引っ張ったりと、まるであれを彷彿させる行為に、自然と俺の息が上がり始める。

「あ・・・ああっ」

腰の力が抜け、己の体を支えることができず、あの人にすがりつくように腕を伸ばせば、逞しい両腕で力強く抱きしめられた。

そして、耳が開放された後、あの唇は俺の唇と重なり合った。

「んん・・・」

鼻にかかったような声が漏れてしまうが、それを止めることが出来るのは俺ではなく、あの人だけ。

少し開いた隙間に、舌がこじ開けるように侵入してくる。

それに抵抗することなく、少しずつ開いていけばその長い舌は俺の口の中で好き勝手に動き始めた。

俺の舌に絡みついたり、歯茎の裏を触れるか触れないぐらいの力でなぞっていく。

「んあ・・・・んん」

頭がぼうっとしてきてしまい、あの人の背に自分の腕を回しながら、あの人の舌に己の舌を絡ませていく。

どれぐらい時間がたったのだろう、会場内に開演5分前のアナウンスが流れたとき、俺はあの人の唇から解放された。

「お前は、私の言うことだけ聞いていなさい」

唇を親指でなぞられるそれに、声が漏れ出てしまう。

「そう、そうやってお前はただ私だけを見ていなさい。私だけを感じる、私だけの所有物だ」




その逞しい腕の中に抱き込まれたまま、俺はその胸に頬を当てながら眼を閉じた。

回りの音が聞き取れる余裕を何とか自分の中かで作りだし、そしてゆっくりと眼を開けた。

「わかってます。俺は、あんたに拾われたんだから・・・・」

あの人の胸に両手を当て、何とか隙間を作り俺の頭上にあるあの顔を見るため、顔を上げた。

「だけど、だけど・・・・」

何故だか分からないが、目頭が熱くなっていく。

あの人に、大勢の前で口付けをされたことでもなく。

あの人に、鋭い眼差しで睨まれたことでもなく。

あの人に、抱きしめられていることでもなく。

あの人に、何度も『物』扱いされたことに対して、目頭が熱くなった。

「何故、涙を浮かべる?」

あの人が首をかしげながら、俺の頬を撫でてくる。

その手を払いのけ、驚いた表情のあの人の胸に手をあて、ぐいっと力を込めて押し、さっきよりも体を離れさせることに成功した。

「シロガ・・・」

「だけど、だけど・・・・・・・俺は、あんたのオモチャじゃねぇっ!!」


パシィン!!


<マジック様、至急舞台上手までお越しください>

館内放送であの人を呼び出すアナウンスが流れても、あの人とそしてアニキ集団も移動する気配などなかった。

皆固まったまま。

俺は、視線を床に向けていた。

「頭を冷やしなさい」

あの人の声が冷たかった。

「はい・・・」

なんとか返事を返した俺に満足したのか、あの人は先ほどとはまとっていた空気を全く違うものに変え、アニキ集団に明るい声で話しかけ始めた。

「さあ、待たせたね。みんな、会場に入ろう!」

その声に、アニキ達は乾季の雄たけびを上げ、大きな足音を立て会場の入り口に向かい始めた。

そして、俺の傍からあの人の気配が消えた。

段々と遠くなっていく気配に、俺は顔を上げることができないままでいた。

そして、あの人が会場内に入ったことを待ち望んでいた、一部のアニキ集団に俺は殴られる羽目になった。

「てめぇ、マジック様を愚弄しやがって」

「オモチャでもいいじゃねぇかっ!どうせ、使い捨ての娼夫なんだろっ!!」

「ああ、腹立たしい!! こいつが、あの人とキスしたなんてっ!!」

浴びる罵声は、あの人のファンにとっては正論なんだろう。

確かに、2月ほど前の俺なら『物』扱いでさえ喜んでいた。

たった、1月と少しの間でこんなに貧欲になっているとは思わなかった。

頭を冷やせとは、そのことなんだろう。

調子に乗っている俺に対してのお叱りって、ことなんだ。

「ははは・・・、俺って、サイテー」

自嘲的な笑い声を出した俺に、アニキ達は満足したのか、手に持っていた紙コップの飲み物とか、噛んでいたガムとか、唾とか俺に投げ飛ばした後、会場内に入っていった。

売り子をしていたチョコレートロマンスはすでに会場の中に入ったのか、ロビーに残されたのは俺だけ。

自然と涙があふれてくる。

貪欲すぎた自分への罰がやっときたということだ。

「サイテー・・・・だな」

ゆっくり立ち上がり、頭に乗っかったままのコップを落とし、髪についていたガムは近くにあったハサミで髪ごと切り落とした。

「だけど、幸せだったんだ」

俺だけをあの人は見てくれたから。

幸せだったんだ。

1月と少しの間、昔以上に幸せだった。

もう後戻りはできない。

やり直すことなんてできない。

だから、俺はハッピを脱いで近くの机の上に畳んで置いた。

「また、あそこに戻るか・・・・」

生きる意味を失ったときに、過ごしたあの場所に戻ることを決心した。

そして、防音扉から漏れるアニキ達の雄たけびを背に、俺は会場を後にするために歩き出した。




会場から少し離れた路地裏に入れば、そこはゴミと悪臭の塊。

路地の片隅には、ボロ雑巾のような布に包まった人が座っている。

そして、よどんだ瞳で俺を見上げた後、また視線をどこともいえない空中に漂わせ始めた。

その道をまっすぐ進んでいこうと足を一歩踏み出した。

少しずつ進むにつれ、悪臭と危険な匂いが濃くなっていく。

ここは表の人間が決して立ち入らない場所。

そんな所なんて、世界のどこにでもある。

一年前の俺も過ごした場所も、ここと同じところだ。

「おや、君は」

背後からどこかで聞き覚えのある声が聞こえ、操られるように振り返ると、そこにいたのは俺よりも頭半分ほど背の高い白髪の男性。

「あんたは・・・」

真っ黒なブランド物のスーツに黒いロングコートを肩に掛け、真っ白なマフラーを後ろ首から前に流すようにかけているその井出達は、誰がどういおうともマフィアのボスそのもの。

顔の皺からいって、齢50ほど。

その渋みのある男を、俺は知っている。

まさか、こんなところで会うとは思ってもいなかった。

「こんな所で出会うなんて、何たる奇跡。何たる奇遇。運命の女神も悪戯好きだということか。どうだ、私の元に戻る気はないかね?」

路地の入り口に立っていた男は、ゆっくりと歩み始め折れに近づいてくる。

この男にだけは、あまり近づきたくなかった。

逃げようかと、後ろに視線をやればいつの間にか黒ずくめの男達が俺に銃を向けていた。

動けば、撃つということか。

動くことができない俺に、その男は段々と近づいてくる。

そして肩に手をかけられ、そしてそのまま動くことのできない俺を引き寄せた。

頬がその男の胸に当たるように抱き込まれ、俺は懐かしい香水の香りに、身体の中心が熱くなるのを感じた。

「お前が出て行ってからも、香水は変えなかったよ。この香りだけで、お前は盛るからね」

頬に熱が集まる。

真っ赤になっていく顔を隠すように俯かせると、その男は俺の首筋に唇を落としてきた。

「っあぁ・・・っ!!」

人気のない道とはいえ、いつ誰が来るか分からない場所で甲高い喘ぎ声を出してしまったことに、さらに顔に熱が集まっていく。

「ほう、相変わらずいい声だな」

卑猥な笑みを浮かべているであろうその顔を、俺は見たくなかった。

「安心しろ、道は部下に塞がせた」

ただの路地裏の一本道。

その男が立っていた入り口にはすでに二人の黒いスーツを身に纏った男達がいる。

それが、こいつの部下だってのは分かる。

「私の元から出て行ったお仕置きだ。今からここでお前を抱くよ」

汚れた壁に体を押し付けられ、頬がむき出しの粗悪なつくりのコンクリート壁にあたり痛かった。

「さ、久しぶりに楽しもうか?」

「っ! イヤだ・・・・」

震え始めた体に渇をいれ、抵抗するため手を動かそうと試みるも、何故か俺の手は全く言うことを聞いてくれない。

「やめろ・・・」

男の手が、俺のシャツのボタンに伸びてくるそれさえも、拒みたい俺の意思とはまったく関係なく、身体は動いてはくれなかった。

拒みたいのに、拒もうとする命令を拒否する身体。

このまま抱かれるなんて、いやだ。

「そんなに、嫌がるな。今頃、他の男がなんだ。マジックに二度も捨てられたくせに」

その言葉に、目の前が真っ黒になった。


その行為は、不思議なものだった。

お互い、ずっと相手を見つめたまま、体に熱を与え、そして開き、受け入れ、果てた。

何故、目を閉じなかったなど、分からなかった。

ただ、あの人が見つめていて、俺が見つめ返していた。

冷たい瞳が、だんだんと熱を帯びていく様は、とても綺麗だったから。



「はぁ・・・んあ!」

「力を、抜きなさい」

厚い手が折れの太ももに触れるその感触だけで、自身を解放してしまいそうな快楽が俺を襲う。

それを何とかやり過ごしながらも、あの人の瞳を見つめ、そしてゆっくりと息を吐きながら力を抜いていった。

あの人が、俺の中に入りやすいようにと。

「いい子だ・・・・」

「そんな風・・・・に、言わないで・・・・下さい。私は、よい人ではあり・・・・ませ、ん・・・んぁっ!」

奥深く差し込まれる杭に、体を震わせながら受け入れる喜びに酔いしれながらも、何とか“シロガネ”を保つ努力をする。

一年前体をあわしていた時を、身体は覚えていた。

そして、口が発する声はあの人をある固有名詞で呼びそうになる。

気を抜けば、呼んでしまう。

だから、俺は・・・・己の手をあの人の背には回さず、己が指にその爪を食い込ませながら意識を保っている。

「何故、君はそんな嘘をつく・・・」

「さあ、何故・・・・で、しょ・・・・ああぅ」

何とか笑うように、頬の筋肉に力を込め、あの人の瞳を見つめる。

そこには、何も映っていないよいうに見えた。




「では、私はこれから夕食を作るから、君は少し寝ていなさい」

今日は疲れただろうと、やっとあの暖かい笑みが向けられ、ほっと安堵の息を小さく吐いた。

「ええ、お言葉に甘えてそうさせていただきます」

ベッドの上で軽くお辞儀をしながら、御礼の言葉もあわせて言えばあの人は、笑みをよりいっそう深めてくれた。

「できたら、呼ぶよ」

「承知しました」

節々が痛む身体を起こし、脱がされた服を羽織る。

正直、久しぶりに長時間歩いたせいで、足がだるく感じていたというのに、あの人とことが運び身体のあちらこちらから、悲鳴が上がっている。

運動不足と言っていいのだろうか。

まあ、それだというのなら自分にとってとても嫌なことだが、それも仕方が無いことだ。

シャとのボタンを全て留め終え、そして下もはきながらふと気づく。

中に出されたままだということを・・・・。

「腰が痛いし・・・・まぁ、後でシャワーを浴びればいいか・・・」


「ダメだよ、シロガネ君。私が中に出したんだから、洗ってあげるよ」

バンと開いたドアに、監視されていることを思い出した。

というより、聞き耳を立てこの言葉を待っていた可能性もある。

これでは、休めたものではない。

「マジック様、お腹がペコペコで死にそうなんです。できれば、さっさと作っていただきたいのですが」

にっこり微笑んでお願いを伝えると、あの人は何故か鼻血を垂らしながら微笑んだ。

「まっかせなさい!超特急で作ってあげるから。ふふ・・・、お腹ペコペコ・・・いいよ。すっごく!」

おっそろしい言葉を残し、あの人は部屋から出て行った。



ここは身体の悲鳴に従い、ゆっくり養生しようと身体を横にしながら息を吐く。

「ああ、今日はつか・・・・」

ちょっとまて、俺!!

そんなこと言ったら、またあの人が来るじゃないか。

ここで疲れたと声に出せば、あの人の耳筒抜け。

自分が監視対象に置かれているということを忘れ、つい口に出してしまおうとするなんて、なんて愚かでバカなのだろう。

もしも口に出してしまえば最後、それを聞きつけたあの人はマッサージをすると提案をしてきて、いまだ痛みが治まらない胃痛を酷くさせるんだ。

どんなに言っていないと訴えても、先ほどの勢いでは「証拠はこれだ!!」と、盗聴器の意味を全く消してしまう行動にでるだろう。

面倒には巻き込まれたくない。

「つかれた」と、そんな簡単な一言でさえあの人に聞かれたくは無かった。

つうか、もう色々疲れ要素を増やしたくないし。

ただ、体は疲れていても、心は疲れていない。

充実している感じはある。

だが、ストレスのせいか胃はキリキリ痛む一方だが・・・・。

今は俺の発する一言で、あの人に気を使って欲しくはない気持ちがある。

自分を守るためというわけではあるが、それでもあの人にはジャンがいるわけで、常に俺のことを気にさせるのは、ただ邪魔をしているだけだ。

でも、何も言葉を発さないのは、些か怪しすぎる。

ここを自分の家だと思って、何か言葉を出さなければ。

『あんのクソ親父、俺を散々振り回しやがって。

んだよ、あの旗は!!

どっかの老人会の浅草旅行ご一行様か?

だけどよ。まあ、いい息抜きだったな』

そんな言葉しか出てこない。

それはシンタローとして、よく使い慣れた言葉でそんな言葉を使ってしまうことが、いやだ。

自分は、シロガネなのだから。

確かに突っ込みどころ満載の一日だったが、だからと言ってあの口調をそのまま使うということは今の俺として、あってはならないと心の声が叫んでいる。

シンタローとしてではなく、あの人が名づけてくれたシロガネという人物として、あの人に接したい、支えたい、傍にいたいと、そう願う自分がいる。

そして、シロガネという人物を、演じようと考えている愚かな自分がここにいる。

考えろ、

演じろ、

そして、言葉に出せ。

あの人の望むシロガネは、どんな奴だ?

シンタローは自分の中から消し去れ。

シロガネになれ。



程なくして、シロガネとしての言葉が見つかった。

頭の中でその言葉が浮かんだと同時に、口から自然と出ていた。

「マジック様、本日はありがとうございました。できれば、胃薬の量を減らしたいので過剰なスキンシップや、本日私の部屋でおこなったことは今後一切しないで下さい」

それは、シロガネを作り上げるために必要な要素。

感情を殺し、自分の立場をわきまえる。

それは、シロガネにとって真実(あたりまえ)で。

シンタローにとって、嘘(いつわり)だった。

「って、なにそれ!シロガネ君、私はね!!」

お玉を持って、ドアを開けたあの人ににっこりと微笑み「お腹がすきました。早くしていただけませんか?」と、冷たく言い放ち追い出した。

少しだけ悲しそうな表情をしていたが、もう心が痛いとは思わなかった。

自然に出たその言葉に、やっと自分の中からシンタローが消えた気がした。

だから、正直嬉しかったのだ。

この瞬間が。

やっと、シロガネを形にできたこの瞬間が。



続く




反省
ああああああ、だめ。

可笑しなほうこうに進んでる。

軌道修正がかけにくい・・・。


原文は以下の通りでした-----
部屋の前であの人と別れ、俺は自室に入ると一つ軽く溜息をつき、そのまま自分のベッドへダイブした。

「・・・・つか・・・・」

そこであることを思い出し、声を出すことを止めた。

なんて愚かなのだろう。

自分が監視体制に置かれているということを、思い出してしまうとは。

ここで疲れたと声に出せば、あの人の耳にはいってしまう。

何故だろう。

「つかれた」と、そんな簡単な一言でさえあの人に聞かれたくは無かった。

体は疲れていても、心は疲れていない。

だから、あの人に気を使って欲しくはない。

でも、自室に入らず何も言葉を発さないのは、些か怪しすぎる。

ここを自分の家だと思って、何か言葉を出さなければ。

『あんの親父、俺を振り回して』

『んだよ、あの旗は』

『まあ、いい息抜きだったな』

そんな言葉しか出てこない。

それはシンタローとして、よく使い慣れた言葉。

そんな言葉を使ってしまうことが、いやだ。

確かに突っ込みどころ満載の一日だったが、だからと言ってあの口調をそのまま使うということは俺として、あってはならないと心の声が叫んでいる。

シンタローとしてではなく、あの人が名づけてくれたシロガネという人物として、あの人に接したい、支えたい、傍にいたいと、そう願う自分がいる。

そして、シロガネという人物を、演じようと考えている愚かな自分がここにいる。

考えろ、

演じろ、

そして、言葉に出せ。

あの人の中のシロガネは、どんな奴だ?

シンタローは自分の中から消し去れ。

シロガネになれ。



程なくして、シロガネとしての言葉が見つかった。

頭の中でその言葉が浮かんだと同時に、口から自然と出ていた。

「マジック様、本日はありがとうございました。ああ、頭の中が渦を巻いてしまっている。覚えることがたくさんありますね」

それは、シロガネにとって真実で。

シンタローにとって、嘘だった。

もう、心が痛いとは思わなかった。

自然に出たその言葉に、やっと自分の中からシンタローが消えた気がした。

だから、正直嬉しかったのだ。

この瞬間が。

やっと、シロガネが生まれたこの瞬間が。


「さ、シロガネ君。お待たせしたね」

その声に、まず先に動いたのは聴覚で、その次が収穫だった。

部屋の芳香剤として置かれていたアップル系ハーブのほのかな香りではなく、食欲をそそる美味しそうな匂いが頭の覚醒を促した。

そして、ゆっくりと瞼を上げればそこには、眩しいほどの太陽が・・・・・

「マジック様・・・・・顔、近すぎです」

覚醒し始めた頭が、考えることもなく自然とその言葉を出したことに、心中少々驚きながらも目の前の、ニコニコスマイルで花を飛び散らかしているあの人に対し、わざとらしく小さな溜息を一つ吐いた。

「溜息吐くと、幸せが逃げちゃうよ」

頬を少し膨らませながら、まるで小さな子供に言い聞かせるように話す声色はとても優しく、睡魔を呼び寄せる音に感じられた。

「溜息を吐いたくらいで、マジック様が作ったカレーが逃げてしまうのですか?」

再び瞼が閉じてしまったことは自分でも分かっていたが、この仲良し瞼を引き離す方法など俺は知らない。

「ああ、逃げるよ。そりゃ、もんのすっごく速く」

寝ぼけた人に対して、まじめに返事を返すことをせず、少し面白おかしく脚色してそれは返ってきた。

「じゃあ、見てみたいものですね。お鍋に足の生えたその、生き物・・・・・んん・・・」

一瞬タンノの姿が垣間見えたその瞬間、唇に当てられた冷たいものに眠気が一気に吹き飛んだ。

「・・・・・それは、とても面白いかもしれないね」

小さな笑い声に、仲良し瞼を引き剥がす。

「そうですね、ああ、それじゃそれも幸せになってしまいますね」

目の前には先ほどと変わらない眩しい太陽があり、とても温かい笑顔で俺を見ていた。

その隙間、約5センチ・・・・

「ああ、そうだね」

あの人を見つめていると、だんだん目が痛くなりかけたので、再び仲良し瞼を戻してやった。

そして、また唇にあたる冷たい感触。

今度は、口の中にぬるりとした物が入ってくる。

それに、舌で応える。

「んんん・・・・ふんぅ・・・・、じゃ、いったい何が逃げるんでしょうね?」

口付けをしながら、一体何の会話をしているのか、自分でも段々分からなくなってきてしまった。

溜息から逃げる幸せの種類討論なんて、今までしたことがない。

親が子供の質問に答えているような、そんな暖かいもののように感じられるそれが、とても新鮮だった。



「そうだね、それは・・・・君かもしれない」



「逃げませんよ」

この人は、俺を“幸せ”そのものだという。

それは全くの逆だ。

「ああ、逃げないことだ」

命令口調ではあるが、それは冷たくない。

「私の幸せは、マジック様、貴方なのですから。だから、溜息を吐いたくらいで貴方に逃げられてしまうことが、私にとって“不幸”そのものです」

これは、ただの『願望』だ。

当たり前のものが無くなったあの瞬間、俺は本当の“不幸”を知った。

“幸せ”があの人だったから、それを失ってしまうと自然と“不幸”になった俺。

だから、あの人を『溜息』ぐらいで失いたくない。

まるで、子供だ。

親がいなくなって欲しくないから、色々な質問をして対策をとろうとする、小さな子供そのものだ。

「では、二人で逃げよう。誰もいない、どこかに」

額になにかやわらかく少し冷たいものが触れ、そしてすぐに離れていった。

それは、懐かしい感覚。

あの人に、子供のころよくしてもらったもの。



「子ども扱いですか?」

「ふふ、さあね?」

「どういうおつもりで?」

「さあ?」

額の口付けに対し、不満げに理由を聞いてみたが肩をすくめながらはぐらかすあの人に、俺は小さく溜息を吐いた。

眠気など当の昔に消えてしまったことに対し、図られたことを確信した。

「もう、眠くないだろう?」

確定付けるその言葉に、俺は頷き身体を起こした。

「おかげさまで」

嫌味のつもりで吐き出した言葉に、あの人は嬉しそうに笑い返してきた。

「そうかい、それはよかったね」

たまにはこんな目覚めもいいのかもしれない、そんな考えが頭の中を過ぎる。


『ほら、起きなさい』

『るせー、寝かせろ』

『ふふ・・・、かわいいね。私の愛しい人』

『うお、こら!くすぐって!!』

『おはようのキスは、お気に召さなかったかい?』


「シロガネ君?」

名前を呼ばれ、シロガネとしての意識が戻ってきたとき、自分があの人の服の袖を力いっぱい握り締めていたことに気がついた。

これはシンタローだったころ、あの人が毎朝口付けで俺を起こしてくれるときに、無意識にしていた甘えの行動。

シンタローを消し、シロガネで生きると覚悟を決めた今でも無意識のうちにしてしまった自分の未練がましさに、少々あきれながらも「すいません」と小さな声で謝罪し、その手を離した。

「いや、いいよ」

少しつらそうな笑顔になってしまったあの人が、俺が袖を掴んでいたほうの手で頭を軽く撫でてきた。

「すがりつくような、そんな君の行動がとても悲しく思ってしまったよ」

その言葉に首を傾げると、あの人は撫でていた手を後頭部に回し、そのまま俺を自分のほうへ少々強引ながらも引き寄せてきた。

何の抵抗もできないまま、もう片方の手が俺の背中に回り、あの人の胸の中にすっぽりと納まるように抱きしめられた。

「え?」

「大丈夫だよ。私が、いるよ」

頭上から落ちてくるあの人の声。

「私がいるよ」

どこか悲しさを含んだその声。

「私では、ダメなのかい?」

話が読めず、俺は顔を上げあの人の顔を間近で見つめた。

「意味が、わかりません」

俺が何とか絞り出した声に対し、「ごめん」と謝罪の声が返ってきた。

少々驚きながらも、あの人に抱きしめられたままその続きを聞くため、何も言わなかった。

「君は、親の愛情が足りていないんだろう。だから、すがるような、離れて欲しくないから袖を握って離れないようにする行動をとったんだろう」

いっている意味はなんとなく分かるが、それが何故俺に当てはまるのかわからない。

眉間に皺を寄せた瞬間、何故かそこに口付けを落とされた。

「っ!!」

「ほら、そんなところに皺を寄せると、幸せが逃げてしまうよ」

また、幸せ討論か?

「ふふふふ・・・・。まったく、ああ、何故なのだろうね」

俺が目をぱちくりさせながら、不思議そうにあの人の顔をみていると、笑われてしまった。

からかっているのだと思い、恨めしそうにその課を見上げれば、あの人はとても愛おしいものを見つめるかのように、俺を見る。

その目は、良く知っている。

ジャンに向けていた、あの目だ。

「君が愛しい。ジャンよりも・・・・、君を愛している。こんなに愛した人を見つけたのは、生まれて始めてだよ」

これは、愛の告白?

「ああ、恥ずかしいね。もういい大人が、こんな子供のような告白だなんて・・・・」

苦笑する姿も、どこか幸せそうに微笑んでいて・・・・かっこいい・・・・。

いや、そうじゃなくて。

俺が今、考えるべきことは?

そう、現状の把握だ。

今、何をされた?

愛の告白だ。

・・・・・それって、マジ?

冗談・・・だろ?

「ご冗談を・・・・」

口に出せば、あの人はとても悲しい表情になってしまった。

「本当だよ、こんなに愛しく思うのに。どうしたら、お前は信じてくれる?宝石かい?それとも町かい?もしかして、世界?」

つらつたとあげられた、恋人に贈るプレゼントにしては大きなものに、首を大きく横に振りながら「いりません!」と断った。

「じゃあ、どうしたら信じてくれる?」

そう聞かれても、何も答えが出てこない。

どうしたらいいのか聞きたいのは、こっちのほうなのに。


昔のように、何も疑いを持たずこの言葉を信じていたときのように、このままあの人の言葉を信じ暮らしていくことが、幸せだと思う。

温かい胸に抱きしめられ、あの人と共にシロガネとして同じ道を共に歩き、生きていくことが俺の望む幸せだろう。

でも、あいつがいる。

ジャンがいる。

今、あの人の横にはジャンがいる。

俺がどんなに努力しても、到底敵うことのできないあいつがいる。

だから、俺は“オリジナル”負けた過去をどんなにしても、拭うことができない。

恐いんだ。

もう、負けることも、裏切られることも、そして自分を見失うことが。

「その感情は、もしかしたら、勘違いかもしれませんよ?」

わざと俯き、自分の表情が見えないようにする。

「どういう、意味かね?」

少しだけこわばった様子の声に、静かに眼を閉じた。

「その感情は、“父性感情”ではないのでしょうか?」

お願いだ、もう傷つきたくないんだ。

「疑っているのかい?」

その質問に頷いた。

「バカだね」

身体に回された腕に力がこめられる。

「愚か過ぎるよ・・・・・・・君も、私も」

頭に暖かい感触。

ああ、口付けられている。

「ジャンに顔が似ているから、私が君を愛したというのかい? それは違う。全く違う。私は君の中身を愛したんだ、君にそんな勘違いをさせてしまうなんて・・・・・なんて私は、愚かなんだろう」

反則だ。

そんなことすんな。

そんなこと言うな。

もう、喋るなよ。

「愛してる、君だけを。これまでも、そしてこれからも」

そんな言葉を聴いてしまったら、もう首を横に振ることなんてできない。

「それでも、私を疑うかい?」

俺に選択肢なんて残されていない。

もう、あの人の描いた道の上を進むしかない。

だから、俺は小さく首を左右に振る。

「ありがとう、私を信じてくれて。本当にありがとう」

目頭が、熱くなってくる。

睫毛をじわりと濡らしていく雫が、ゆっくりと頬を伝い始める。

「さあ、私の告白の返事をくれないかい?」

頬に大きな暖かい手が触れ、促されるように顔を上げると、俺の視界に広がる幸せそうに頬えもあの人。

もう、答えなんて緒分かりきっているのに、俺にそれを催促する悪い奴。

だから、俺は答えてあげる。

「一生、マジック様にお供させていただきます」

「ああ、君の全ては私のものだよ」

「はい」

あの人は満足そうに頷くと、その顔をゆっくりと近づけてきた。

そして、俺は静かに瞼を閉じた。

唇に重ねられた、少し冷たくそして熱い唇が啄ばむような口付けを繰り返す。

その熱と、甘さに、酔いしれながらあの人の背に腕を回した。


頭のどこかで、冷めてしまっただろうカレーに対して少し罪悪感にとらわれながら。


どんなに考え、悩んでも仕方が無い。

この生活を招いたのは俺自身であり、選んだのも俺自身だ。

暗い考えを吹っ切るように顔を上げるのと同時に、誰かの足音が聞こえた。

あわてて振り向けば、あの人が行った方角とは反対の方向から2人の幹部服に身を包んだ若い男がやってきた。

その顔には見覚えがあった。

懐かしい、顔だ。

「あ、噂のっ!!」

ミヤギとコージが、俺を指差しながら進めてた歩みを止めた。

俺とまで距離は、ほんの2mぐらいだ。

声まで懐かしさを感じるなんて、たった1年という時間は人をそんなに弱くさせてしまうのだろうか。

「なんとなく、シンタローに似とるのう」

コージが腕を組みながら、俺の顔を眉を寄せながら見てくるが2mの距離はそのままだ。

ああ、そうか。

こいつらにとっては、俺は初対面になってしまうんだ。

多分、知らない相手と言うことで、警戒しているんだろう。

「始めまして、シロガネとも――――」

自己紹介のため、改めて二人に向きなおり綺麗な姿勢をつくりお辞儀をしながら、挨拶の言葉を出すと同時に、俺の左側の窓に大きなひびが入った。

「っ!」

何が起きたか状況判断をする間もなく、無意識ながらも体が脳が発した警報に瞬時に動き外から死角になる壁に身を投じた。

そして、状況を確認しようとした時、大きな騒音が響き渡った。

「なんじゃ!?」

コージたちも同じように壁に背をつけ、制服の中から短銃を取り出しながら、次々とやってくる騒音に片耳を塞ぎながら窓に打ち込まれる弾丸に、眉間の皺を深くしていた。

この基地は何かがあってもいいように、全ての窓は防弾ガラスになっているはずだ。

それをも傷をつけてしまう銃弾に、背筋に嫌なものが伝う。

「やっこさんも、考えとるのう。防弾ガラスに対向して、マシンガンを用意してくるとは」

「コージ、どうするっぺ?」

コージとミヤギが打開策を話し始めたが、それでは遅い。

マシンガンを持ち込んでいるということは、ここの窓が防弾ガラスだとしっていることだ。

防弾ガラスだといっても、次々と打ち込まれ弾丸に対して何時まで持つか分からない。

そのうち、窓ガラスが全て砕け散った時、攻撃をしてくる敵はミサイルか、もしくは手榴弾の用意をしている可能性は十分ある。

「銃を貸せっ!」

コージを睨みつけながら、その手に持っている小銃を投げよこすように叫ぶように言うと、ミヤギは鳩が豆鉄砲食らったような表情で俺を見た。

だが、コージは何かを感じ取ったのかニヤリと笑うと、その手にあった銃を床の上に置くと、俺のほうに滑らすようにしてよこしてくれた。

「な、なんで渡したんだべ?」

「何するか、楽しみじゃからのう!」

二人が何かを言い合うのをよそに、俺は久しぶりに手にした銃を握り締め、左手で安全装置を外した。

それと同時に、窓が全て砕け落ちる音が廊下中に響き渡った。

そして、俺はそれを合図に壁から窓のあったそこに立ち、構えた。

少し離れた建物の上に、人影がある。

今まさに、次の武器を用意しているその動きに俺は迷わず引き金を引いた。

軽い音が一回。

武器を用意していた男の右腕に、俺の放った鉛球が直撃した感触が感じられる。

人影は右腕を押さえ、蹲った。

あれで用意しようとしていたであろう、ミサイルもしくは手榴弾での追撃は不可能だろう。

「内部事情しっとる人間だべ」

静かになった廊下に、ミヤギの声がやけに響く。

「ああ、しかもこいつを狙とったのう」

コージの声に、ミヤギが小さく頷いた。

確かにあの攻撃は、どう考えても俺を狙っていた。

俺を殺そうとする考えを持つものは、誰だ?




今俺にある情報だけでは、犯人の特定なんてできない。

これ以上考えても堂々巡りなだけだ。

解決しないことを悩んでも仕方が無かったので、一度頭の中からその問題をシャットアウトさせる。

そして、その時始めて気づいたが俺は未だに、コージの銃を右手に握ったままだった。

「あ、すいません。先ほどは、銃をお貸し頂きどうもありがとうございました」

それをコージに返しながらお礼を言うと、コージは眉間の皺をそのままにして俺の顔をじっと睨みつけてきた。

「あの、何か?」

「なんじゃ、なんじゃ! 辛苦くさい顔じゃのう!」

その言われた言葉に、唖然としながらも銃は出された手のひらの上に乗せた。

「なんとなく、シンタローに似とると思うとったが、全然違う人間じゃのうっ!!」

どこか怒ったような雰囲気で俺の顔を睨んだまま、「そうじゃろ?」と後ろのミヤギにそれを投げかけた。

急に話を振られたミヤギは、目を大きく開けたまま質問の内容を理解していなかった。

「あ、え・・・・・・・・・どういみかわからんっぺ?」

「なんじゃ、いいのは顔だけか?」

天然のボケに突っ込みを入れるコージ。

ああ、懐かしい。

言葉の流れ。

その、リズム。

懐かしい。

仲間で、親友だった男達。

「邪魔が入ってしまいましたが、改めて自己紹介をさせていただきます」

こいつらにとって、俺はただの新人団員。

シロガネとして、昔のような関係に戻れるとは想像できないが、それでもまずは自己紹介しかないだろう。

ただでさえ、襲撃があった後。

何者か分からない男がこんなところにいたら、こいつらは永遠に心を閉ざしたままだ。

「始めまして、シロガネと申します。以後、よろしくお願い申し上げます」

体をそちらに向け、深々と頭を下げ挨拶をする。

胸の奥が、少し痛んだ。

今までこいつらに頭を下げたことなんて、無かった。

友人から、他人になってしまったこの現状はおれ自身が作り上げてしまったもの。

だから、どんなに苦しくてもあの人の傍にいるため我慢をしなければ。

顔を上げれば、急に自己紹介をし始めたことで、二人は狐につままれたようなそんな表情でそこに立っていた。

そして、1分ぐらいたってやっと二人は動き始めた。

「うわ!似た顔で、おっそろしいことぬかしとるべ!!」

「うぬぬぬ・・・、しかし、まったく生気のない顔しとるのう」

何か恐ろしいものでも見るかのように、鳥肌を立てながら二人は俺を指差しながら震えていた。

ちょっと、コージの言葉が気になるがそこは無視しよう。

「顔はにとるが中身が全然違っちょる」

その言葉に、ミヤギも大きく頷いていた。

「そうだべ。シンタローは頭をさげるぐらいなら、相手に土下座を無理やりさせるのが好きな男だべ」

ミヤギの言葉に、今度はコージが大きく頷く。

そこまで言われるほど、昔の俺は酷かったっけ?

こいつらが、勝手に話に色を添えて大きくしているような気もする。

「ああ、シンタローはドSじゃけんのう!」

なんだか、そのやり取りをする二人の光景が、面白くてつい顔の筋肉が緩んでしまった。

「お!なんじゃ、笑えるのか!」

「うん、笑ったほうがええべ。なんか、辛気臭い顔しとったから人形かとおもっとったべ」

先ほどまでは少しピリピリとした空気だったというのに、和やかな空気が緩やかに流れ始めていた。

「はい、ありがと・・・」

二人の言葉に、お礼を言おうとしたその時、後方からなにやら大きな音がものすごいスピードで近づいてきた。

それは大勢の足音のようで、音の数から考えてざっと10人ほど。

もしや拘束されるのではと、危機感を感じながら向かってくる人たちを確認するべく、振り返ってみるとものすごい形相のあの人が10人ほどの部下を引き連れ、こちらに向かってきているところだった。

「マジック様、お帰りなさいませ。お早いお戻りで」

小さくお辞儀をしようとすると、あっという間に目の前に到着したあの人が右手を少し上げ、その行動を制止してきた。

「この惨状を説明したまえっ!!」



足元に散らばるガラスの破片と大量の鉛玉、ガラスの無くなった窓サッシ、そしてコージとミヤギに、俺。

「向かいビルの屋上より、銃弾を打ち込まれました」

あの人は俺から視線を外すと、その向かいのビルの屋上に視線をやった。

「3人ほど、あそこに行け。多分逃げているだろうが、薬莢などは残っているはずだ。徹底的に調べろ」

低く冷たいあの声で、後ろに控えていた部下に指示を出す。

少し体が震える。

「それで、君たちはただ打ち込まれるだけだったのか?」

俺の後ろにいるミヤギ達に、ゆっくりと怪しく光る青い瞳を向ける。

「あ、えっと、その・・・・」

嘘が下手なミヤギが、しどろもどろで状況を説明しようとするが、まさかコージの銃を俺が借りて撃ったなんて、腐っても幹部の立場である以上口が裂けても言えないだろう。

「嘘を言っても、すぐにばれる。シロガネ君、説明をなさい」

その命令に、小さく頷き「私が銃を借り、1発撃ちました」と応えた。

後ろで、「なんで・・・」と小さく叫ぶ声が聞こえたが、今の俺に嘘なんてつくことができない。

俺はすでに、監視体制の中に入っているのだから。

「シロガネ君!君の立場と言うものが、分かっていないのか!」

ものすごい剣幕で言われた言葉に、どんな意味が含まれているのか悟った俺は、己の浅はかな行動を呪った。

信頼を作り上げたいというのに、これでは主のいないところで重要幹部の者と話しているなんて、スパイがするような行動だ。

「申し訳ございませんでした」

深々と頭を下げると、あの人は俺から視線を逸らし近くにいたコージ達に去るように命令をした。

それに対し、何か物言いたげな二人は少しの間何も行動を起こさなかったが、あの人から再度下された命令に敬礼をし、その場を足早に去っていった。


「全く、危機感と言うものが無いのか。幹部と言うのに」

「マジック様、申し訳ございません。私が・・・・」

再度、頭を下げようとしたがそれはあの人の手が俺の肩に置かれたため、できなかった。

「君は、ジャンになんてまったく似ていない。だから、あの二人の言ったことは気にしなくていいよ」

そして、肩に置かれていた手で俺の頭を撫で始めた。

「怪我は、していないようだね」

よかったと、優しい囁きのその声。

「君は、どんなことがあっても私の前だけでは笑っていなさい。あの瓦礫で私達が会話をしたときのように、君は私の・前・だ・け・笑っていなさい。そして、私のそばにずっといるんだよ」

恐る恐る顔を上げると、あの人は笑っていた。

とても暖かい笑みで。

「ただし、他の者の前では一切笑ってはいけないし、私以外の人と会話なんてもってのほかだよ!」

今はシンタローでもなく秘書職の自分が、どんな席で笑おうが会話しても関係ないはず。

交渉に支障をきたす場面など無いはずなのに、何故不用意に笑ってはいけないのか。

それに、どうしてもコミュニケーションなどとるためには会話が必要だ。

「会話だけは許していただけませんか?」

「やだ」

子供みたいに口先を尖らせながら、俺のほうではない明後日の方向に視線をやるあの人。

「君も、わかるだろう?」

その言葉が一体何を意味しているのか、さっぱり分からなかった。



その後、襲撃の犯人は血痕だけを残して消えていたと、あの人へ報告が入った。

横でそれを聞きながら、僅かな血液だけでも現場に残してしまえば、犯人が誰か特定されてしまうことを知っての犯行なのではないだろうか。

ガンマ団内部で襲撃をすると言うことは、並大抵ではない。

死ぬ覚悟が必要だ。

今頃どこかで自害しているのではないかと、そんな考えが頭の中を過ぎる。

「ああ、分かった。高松に血液の鑑定を至急行うように・・・・」

あの人の後ろにいた部下達は、廊下の掃除をしながら鑑識も同時に行っている。

何もすることがなく、ただ立ったままの俺の肩にあの人の手が置かれた。

「さあ、行こうか? ちょっと羽目をはずした愚か者のせいで、大幅に予定が狂ってしまった。まあ、少ししか案内できないがね」

今から内緒の悪戯でもする子供のように笑いながら、ウィンクを投げてくるあの人。

その提案に拒否できるわけもなく、「お願いします」と頭を下げようとしたがまだ肩に置かれていた手が、それを止める。

「お辞儀は、・・・・今しないで欲しいな。できれば、ベッドの上で生まれたての姿で『お願いします』って頭を下げてくれると、すっごくいいんだよね。だから、私に対してのお辞儀はベッドの上だけでしなさい」

いい大人が小首を傾げながら、お願いして欲しくなかった。

「生まれたての姿といわれますが、どのような常識を覆しても生後間もないころに戻ることはできません。付け加えて、ベッドの上で特にお願いする用件もありませんので、それはできかねます」

ぴしゃりと言い切ると、あの人は胸ポケットから白いレースのハンカチを取り出した。

想像はできるが、何をするのか待っていると、さも演技だといわんばかりにそれを目元にあて、おんおんと泣き始めた。

周りにいる部下たちも、仕事の手を止め俺を同情の目で見つめてくる。

その視線が、すっごくイヤだった。

さっさと、この状況を打開しなくては。

「早く案内していただけませんか?それとも、その嘘泣きでお忙しいのでしたらドクターに頼んで、別の日に、ドクターと二人っきりで案内してもらいますが?」

ピクリと肩を揺らしたかと思うと、がばっと、大きな音をたて俺の両肩にその手を置き、あの人は首を大げさにぶんぶんと横に振った。

もろ、演技なんですが?

「ダメダメダメっ!! そんなことしたら、どっかの悪いおじさんが善人そうな笑顔で近づいて色々物をくれて、心許したときにどっかに連れ去られ、24時間監視ビデオの回っている部屋に監禁させられちゃうんだよっ!!そして、セクハラまがいなことを言われ続けて・・・・無理やりキスされて、ベッドに押し倒して・・・・犯されるんだよ!!」

「・・・・・・・」

何も言葉が出なかった。

それ半分は、あんたが今やってんじゃんかっ!?って、叫びたかった。

「さ、分かっただろ。世の中ってとっても恐ろしいんだよ。だから、私と一緒に回ろうね?」

有無言わさず、俺の右手を掴むとスタスタと歩き始めた。

引きずられるようにして、俺はその場所から離れることになった。

哀れみの目で、俺を見送る奴らが嫌だった。



必要最低限の案内が終わると、自室まであの人が送ってくれた。

というより、一緒に入ってきた。

「じゃあ、私はこれから夕食を作るから、君は少し寝てなさい」

今日は疲れただろうと、暖かい笑みが向けられる。

「いえ、マジック様も同じようにお疲れでしょう。私だけ休むなんて・・・・」

「じゃ、二人で少し寝ちゃおうか?」

ウキウキとバックにそんな言葉が見えるほどの笑顔で、俺の腰に腕を回してくる。

「結構です!」

「まあまあ、そう硬くならずに」

力強く引き寄せられた腰に上半身もついてきてしまうものだから、否応無しにあの人に密着してしまう。

「私のここは、もう硬いけどね☆」

下を指差され、ついなんとなく下を向いた俺がバカだった。

お山が一つ・・・・。
                                                                         
「ふふ・・・、見てしまったね?見られたからには、逃がさないよ!」

ドナドナド~ナドオ~ナ~♪

そんな嫌な曲が頭の中を流れていく。

「ちょ・・・・待ってください!」

「イヤだ」

ぴしゃりと言い切られ、俺は何とかこの状況を打破しようと考える。

だが、そんなことをしている間にも段々と寝室のドアが近づいてくる。

「あ、あの、その・・・・貴方には、ジャン様がいらっしゃるじゃないですか!?」

寝室のドアに段々と近づいていたその足が、ぴたりと止まった。

「私に誰がいるって?」

湿度が急に下がり始め、背筋をぞっとさせるほど低くそして冷たい声が耳に届いた。

「ジャン様が・・・・っ!!」

ぐいっと自分の視線が上に向いたことに、驚きながら目を見開いていると、あの人が冷たい瞳で俺を見ていた。

顎にかかる圧迫感に、空いているほうの手で俺の顎を掴んでいることが分かったが、何故そんなに冷たい顔をしているのか分からなかった。

「マジ・・・・」

「誰が、誰を側に置くと君は聞いたんだ? 私は、君を側に置くと言った。ジャンではない、君をだ」

段々とその表情が怒りで歪んでいく。

どうすれば、怒りを静めることができるんだろう?

全くいい打開策なんて浮かぶことなく、俺はただ固まったままだった。

「言葉では覚えられないのかい?なら、体なら・・・・・・」

唇に触れた冷たい感触。

思考は停止したままで、それが何か考えることができない。

「ん・・・・っふんっ!!」

そして、俺の口の中に入ってきた熱いものに、止まっていた俺の思考は一気に動き出した。

懐かしいその感触、そして食いつくほどの激しい口付け。

一体誰が、誰にしているなんて考えないでも分かる。

眉間に皺を寄せ、俺の目をじっと睨みつけたままあの人は俺に口付けをしていた。

何故か俺も、瞼を閉じることができずあの人の目を見つめていた。


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