ここ三日間ほど空は分厚い雲に覆われ、時々泣き出すような天気にあった。
今年の七夕も夜空に星を見ることは出来ないかと人々は思っていたのだが、姿が見えない陽が沈み、暗闇が訪れて数時間後、まるで誰かが取り払ったかのように空一面の雲が消えていた。星の川の美しい輝きが真っ黒な闇のヴェールを被った空を飾り立てている。
天気に関係なくここ数日、総帥室に籠もりきりだったシンタローは、読み終えた書類を置いて次の書類に手を伸ばす前に、何気なく窓から見た夜空に歓喜の吐息を洩らした。同じように室内に籠もってシンタローの傍で仕事をしていたキンタローは、突然明るくなった半身を包む空気に顔を上げる。シンタローが心で感じた素直な感想は、彼が纏う空気に直ぐ顕れるため非常に判りやすい。
「どうかしたのか?シンタロー」
キンタローの問いかけに、窓から外を見たままのシンタローが嬉しそうに答えた。
「見てみろ、キンタロー。スゲー綺麗だぞ、天の川」
キンタローは半身にそう言われて席を立ち上がった。窓へ近寄ろうとすると、椅子に座ったまま外を見ていたシンタローが勢い良く立ち上がる。突然の行動にキンタローが少し驚いた表情を向ければ、シンタローは満面の笑みを浮かべてキンタローを見た。
「ちょっと休憩にしよーゼ!こんな狭い窓から見ないで屋上に行こう、キンタロー」
キンタローが返事をする前にシンタローはその手を取って歩き出す。この黒髪の従兄弟が、唐突に何か提案をして相手の都合などお構いなしに行動するのはいつものことなので、キンタローは諦めて屋上へ連れて行かれることにした。後数歩で届いた窓から見ることが出来たはずの星をおあずけにされたのは、少しだけ残念なような気がしたキンタローだったが、同じものをこれから見に行くのだからと諦めた。
ガンマ団本部は、ここいら周辺にある他の建物に比べて著しく高い。従って、屋上に出ると、全ての建物が眼下に見えるのだ。
二人は屋上に出ると、他の何にも邪魔されることなく、空一面に広がる星の川を見ることが出来た。
ほとんど感情を露わにすることがないキンタローも、輝く星の数々に感嘆する。
「な?綺麗だろ」
「あぁ」
「全然余裕がない俺等だからな。偶にはこういう時間もいーよな」
「そうだな」
楽しそうなシンタローの声に、キンタローは短く頷くと、暫く無言で星を見続けた。
本部にいる間は常に時間と戦いながら書類に埋もれ、ここから出て遠征に行けば埃と硝煙と血と泥にまみれて戦う時を過ごし、自分達が住む場所にある自然の美しさというものを鑑賞する余裕などどこにもなかった。
シンタローが言うとおり、この様な時間は必要なものだな、とキンタローは思う。でないと、自分達は何を得るために戦い動くのか判らなくなってくる。新たに総帥となったシンタローが、この地に何を求めているのか、別れた友に彼が心の中で誓った約束を、キンタローはあらためて強く感じた。
自分の目でこの様な星を見たことなど、キンタローは殆ど無い。だが、この感覚をどこか懐かしく感じるのは、この体に染みついた記憶、シンタローがあの島で見た時に感じた感情が残っているからであろう。不愉快な感覚ではなく、ここで感じる感動を増長させるような記憶に、キンタローは心の中で嬉しくなった。それは恐らくシンタローも同じものを感じているはずだからだ。
それを期待するかの様に、キンタローは少し離れた位置で同じように無言で星を見つめていたシンタローに視線を動かした。
夜闇で辺りはよく見えないというのに、シンタローを纏う空気と表情にギクリとした。
今まであった心躍るような感覚が一気に消え失せる。その衝撃で自分が凍り付いたのがよく判った。
いつも存在感溢れる強い独特な雰囲気を持つはずのシンタローが、この時は儚く目に映った。
叶わぬ何かを想い、ただ立ち尽くしているように見える半身が星を見る目は優しいというのに、その目は星ではない何処か遠くを見ているような感じであった。
夜の闇にその身を包まれ、星の導きと共に彼の友人の幻影が見えたような気がする。
シンタローが心の中で願った声も、キンタローには聞こえた気がした。
何処か彼方へ、奪われていく。
『嫌だ…』
キンタローは不安に駆られて、シンタローの傍に近寄った。半身と星の間に立ちはだかる。
「何だよ、キンタロー」
そう言うシンタローの体を、キンタローは強く抱き締めた。
だが、いつもなら笑って腕を回してくるシンタローは、何故かこの時無反応だった。キンタローの肩越しにずっと星を見続けている。キンタローが不安を感じた『何か』に心が奪われたままであった。
「シンタロー」
「何?」
名前を呼べば声だけは直ぐに返ってくる。だが、それだけだ。
このまま『何か』に奪い取られてしまいそうに思えたキンタローは抱き締めていた体を離して、その手をシンタローの顔に添え自分の方に向かせると、視線を無理矢理合わせた。そこでようやくシンタローの真っ黒な瞳が、ゆっくりとキンタローを認識する。
「お前、何て顔してんだよ」
そう言って苦笑を浮かべるシンタローがゆっくりと背に手を回してくれると、キンタローは衝動に任せて口付けた。性急に求められて一瞬驚いた様子のシンタローだったが、特に拒むことはしないで、キンタローを受け入れた。
絡められた舌が濡れた音を響かせる。息をする間もなく深い口づけを与え続けるキンタローに、シンタローはだんだん苦しくなってきて解放を訴えたが、離してはもらえなかった。
酸欠でだんだん頭がクラクラしてくる頃にはキンタローにしがみつくしかなくなっていて、次の瞬間体がグラリと揺れた。自分の体を支えるよう腰へ回されたキンタローの手に、これは自分が倒れたのだと思ったシンタローが閉じていた目を開くと、青い双眸が真っ直ぐ見つめていた。背中に無機質な硬い感触を感じると、キンタローが自分を押し倒したことに気付く。
縋るように見つめてくる青い眼に微笑を返したシンタローだが、キンタローの後ろに見えるはずの星の川が気になって視線を動かした。
するとキンタローが直ぐに覆い被さってくる。
「ん…キン…タ……ぅ…ん…星が…見えな…」
口付けから逃れようとキンタローを腕で押し返したシンタローだったが、キンタローが抱き締める腕に余計力を込める結果になっただけであった。キンタローは拘束する力を強めてシンタローを離さない。だんだんシンタローの息が上がってきて、体に籠もった力が抜けてくるまで、その拘束は続いた。
シンタローの目にうっすら涙が浮かび、その雫が一つ頬を伝うと、キンタローは唇を離す。
涙で濡れた真っ黒な瞳がキンタローを見つめてきた。
「シンタロー、戻ろう」
キンタローは、夜空に浮かぶ星からシンタローを遠ざけたかった。否、星はどうでも良いのだ。星を見て半身が思い浮かべるものから引き離したい。それが完全な己の我が儘だと判っていても、キンタローはどうすることも出来ないほど嫌であった。
「お前、どうしたんだよ」
キンタローの呼びかけにシンタローは苦笑を浮かべた。金糸の髪に手を伸ばして頭を撫でる。
「星空の下で欲情しちゃったわけ?」
「…違う」
苦笑を笑みに変えて茶化すシンタローの台詞に、キンタローは短い返事をした。
シンタローがその『願い』を口に出してくれれば、もっと感じるものが違うのかも知れないとキンタローは思う。だが、口に出すことが出来ないことも判っている。深く、重く、大切な想いは、本人が大事にしながら心の中に沈めているのだ。
ならば、その心に繋がりを持つ自分はどうしたらいいのかと思う。
「じゃぁ…───何か見えたとか、聞こえた…とか?」
「…………ッ」
シンタローの台詞にキンタローは苦しそうに顔を歪めた。
シンタローはキンタローとの繋がりの強さから、相手に自分がこの夜空に浮かぶ星を見ながら何を思っていたかが伝わってしまったことは判った。それでもそれを言葉としては口にしない。
相手がキンタローならば、この気持ちを読みとって『それ』を知ってしまうことは構わなかったが、シンタローは自分の口から言おうとは思わなかった。
まだ、口に出しては言えない。
いつなら言えるのかと問われても判らない。だから、ただ言わないのだ。
「お前が、連れて行かれる」
「………俺はちゃんとココに居んぞ」
「ここでは嫌だ」
「………お前の傍に居んだろ?」
「シンタロー、戻ろう」
「んー、まだ、もうちょっと星を見てェんだけど…」
「嫌だ」
「…キンタロー?」
「お前を、奪われる…」
「あのなぁ、だから俺は…」
キンタローはシンタローの話を聞かず、自分が起き上がると同時に押し倒した半身を引っ張り上げて起こす。そのまま腕を引いて、下階へ戻るために強引に歩き出した。
シンタローがキンタローの腕を引いて連れて来たこの屋上だったが、今度はキンタローがシンタローの腕を引いて連れ戻していく。
大人しく腕を引かれているシンタローであったが、その顔は後ろを振り返って星を見ている。
キンタローの顔が、また胸の苦しさで歪んだ。
そのまま総帥室には戻らず、キンタローはシンタローを自分の部屋へ連れ込み、それでもまだ窓から星を見ていた半身を感情に突き動かされるまま強引に押し倒した。
「キンタロー…お前、本当にどうした?」
ベッドへ移動する余裕もなく、床の上に強い力で押し倒されたシンタローは、キンタローの様子に心配そうな声を上げた。傍にある大きな窓から月と星の明かりが射し込み二人を照らし出す。その光は、キンタローの端正な顔に深い影を作り出した。
「さぁ…どうしたんだろうな」
何が返事となる台詞か思い浮かばなかったキンタローは、それ以上何も言わずシンタローが身に付けているものを荒々しく剥ぎ取る。総帥服の赤いジャケットは、シンタローがボタンを外していたから支障がなかったのだが、その下に着ていたシャツはボタンを引きちぎられた。ボタンが床に転っていく音が冷たく響く。
「…キンタロー…?」
不安げな声を上げる唇を強引な口付けで塞ぎ、キンタローはシンタローの上に乗り上げた。舌を絡めながら露わにした上半身をその手でまさぐり、下肢を包むズボンに手を伸ばす。
だが、それを脱がそうとした瞬間、キンタローの鳩尾にシンタローの膝が思い切り入った。キンタローはその強さに咳き込んでシンタローの横に転がる。
「コラッ!!テメ、これはゴーカンって言…」
怒ったシンタローは自分が膝で蹴り上げ横に転がったキンタローの上に乗り上げた。だが、咳き込むキンタローがその顔を手で覆い、泣いていることに気付くと、怒り声が途中で消えた。
「キンタロー…」
泣き顔を隠すキンタローの手をそっとはずすと、涙を浮かべた青い眼と視線が合う。次々と溢れ出す涙が流れ落ちていく。
『さっきのが…原因か?』
屋上で星を見ていたときのことがシンタローの頭に過ぎった。自分が星を見ながら思ったことに対して、キンタローは敏感に反応を示してきた。
シンタローの感情や感覚、心などにキンタローは鋭い反応を示す。それは二人の間にある二十四年間の関係によるものなのだろうけれども、シンタローはキンタローにならそれらを気付かれても良いかと思って特に何も考えていなかった。だが今になって、それはキンタローが見たくないものまで見せてしまうことになるのだと気付いた。
先程ここの屋上で星を見ながら願ってしまったこと。それ自体は悪いことではないのだろうけれども、一緒にいた相手が悪かった。
「ゴメン…キンタロー」
そう言って、シンタローは恋人の涙に口付けを落とす。青い眼から流れ落ちていく雫を舌で拭っていく。
「キンタロー…」
シンタローは名前を呼びながら半身をそっと抱き締めた。キンタローは間近にあるシンタローの顔を引き寄せて口付けをねだる。シンタローは唇を重ねると自ら口を開き、キンタローは半身を求めて舌を絡めた。
二人の体勢が入れ替わる。キンタローは己の感情を伝えるように、シンタローを離さなかった。シンタローも又キンタローを抱き締める腕に力を込めた。
「シンタロー…嫌だ…」
唇を離したキンタローが涙を流しながら、再び訴える。その声は普段と打って変わって縋るように弱々しい響きに、シンタローの胸が痛んだ。
「ゴメンな、キンタロー」
金糸の髪に指を絡めて優しく梳きながら、シンタローは又キンタローを引き寄せた。軽い口付けを交わす。
「キンタロー、俺はお前が好きだから…」
心の奥に沈めた願いは口に出すことが出来ないけれど、はっきりと言い切れる想いは相手に伝える。
「俺が傍にいたいって思うのも、傍にいて欲しいのも、お前だけだから…」
シンタローの台詞にキンタローはゆっくりと頷きを返した。
「愛してる…お前が好きだ、キンタロー」
シンタローはそう言って、キンタローの着衣に手を伸ばした。一つ一つボタンを外していく。
キンタローはそんなシンタローの手を取って制止させた。
「シンタロー……俺は…酷い抱き方をするかも知れない…」
キンタローの台詞に一瞬目を瞠ったシンタローだったが、それに構わず乗り上げた男の服を再び脱がせていった。
「酷いのはやだけどな、痛いのも。でも、お前だから付き合う」
シンタローはそう言って笑った。
「シンタロー…」
「ほら、泣かせたし」
笑みを浮かべながら涙の後を手でなぞると、キンタローが拗ねたように顔を背けた。
シンタローはそんなキンタローにクスリと笑うと、自分が身に付けていた残りの全てを自ら脱ぎ捨てる。するとシンタローがキンタローに振り返るよりも先に、愛しき半身に背後から強い力で抱き締められた。
「シンタロー、俺はお前を離せない」
キンタローの表情は判らなかったが、シンタローは一つ息を付くと、
「…来いよ、キンタロー」
そう言って、体の力を抜いて全てを預けたのだった。
一瞬の間の後、首筋に吸い付かれて、ビクリと体が震える。後ろから抱き締めていた手が胸元へ移動すると、執拗にそこをまさぐった。
「ん…」
シンタローの口から吐息が洩れると、片方の手がゆっくりと下へ降りていく。その動作がもどかしくて、シンタローの体が震えた。
「キ…ン…タロー」
唇が触れていた首筋から背中へ移動し、更にキンタローの手が中心に絡む。ゆっくり手を動かされると、シンタローは自分がどうすればいいのか判らなくなってきた。
背後からゆっくりと攻めてくるキンタローの表情が判らなくて不安になる。
「ふぅ…ん…キン…タロ…」
甘えを含んだ声で再び名前を呼ぶと、強い力で後ろに引かれた。シンタローが「転ぶ」と思った瞬間、キンタローがしっかりその体を抱き留め、シンタローはキンタローの膝の上に座る形になった。
背後からしっかり抱き締められ、絡められる長い指に翻弄される。
「あ…は…ぁ…キ…ン……あ…」
キンタローは無言のままシンタローを追い詰めていった。キンタローが何も言わない変わりに、シンタローが必死になって半身の名前を呼ぶ。キンタローはその口元に空いている方の手を持っていき唇をなぞった。そして甘い鳴き声を上げるシンタローの口に指を差し込む。シンタローは口腔を犯してくるキンタローの指に己の舌を絡ませた。
シンタローに絡みつく指が水音を立てる。それが耳からも刺激を与えていく。
抱き締めてくるキンタローの心臓を背中で感じ、顔は見えなくとも少し早い鼓動に感情の動きを感じて、シンタローはどんどん追い上げられていった。
キンタローの手に追い詰められて白濁した液を放つと、口から指が引き抜かれ、次の瞬間視界がグルリと回った。膝と手を使ってその体を支えたシンタローは、目の前にキンタローの中心を見て驚く。だが、躊躇うことなくそれに口付けた。唇でゆっくり触れ、舌を使って丁寧に舐めていく。
シンタローはキンタローに自分の想いを伝えるように何かしたかった。
キンタローを思う気持ちに偽りはなく、それはキンタローもきちんと判っているはずである。
だが、恋愛と友情は別物だ。
キンタローを心から愛していると思うし、誰よりも好きだとシンタローは思う。男である自分が抱かれることを良しとすることが出来るのは、キンタロー意外にいない。キンタローでなければ、触れられるだけであんなにも感情が高ぶらない。非常に強い感情を抱き、キンタローが自分に対して言うように、自分も又、彼を手放すことなど出来ないと思うのだ。
だけれども、それと同じくらい大切な想いが自分の中にある。
己が感じる気持ちに優劣はつけられない。でも、再会を心から願う小さな友人。
何処にいるのかも判らなく、会うことは決して叶わない。
恐らく、再会が叶うとしても、自分はその時に会うことを躊躇ってしまうほど、大切な出会いと別れであった。総帥となることを決意したときの自分の心の支えでもあった。
『…俺は……』
心の中で呟いた瞬間、体に衝撃が走った。
いつもキンタローを受け入れている箇所に、指を入れられ、慣らすよりも激しく動かされた。内部で動き回る指に、シンタローの意識が引きずられる。
「あ…ぅ…んぁあ…ッ」
シンタローはキンタローの中心から唇を離すと、苦痛とも快感とも言えぬ声を上げた。
頭上にあるであろうキンタローの顔を必死になって見やると、悲哀に染まった青い眼が見つめている。
「キンタ……あッ…んぁああッ」
シンタローはそんなキンタローに手を伸ばそうとしたのだが、それよりも先にキンタローの指が更に奧へと入り込み激しさを増して動かされたので、悲鳴を上げて崩れ落ちた。
「ああッ…ぅあ……ん…ぁ…あ…はぁあ」
いつになく激しさを増した指で執拗に攻められて、シンタローはキンタローにしがみつく。腰に腕を回して抱きつくような形になり、荒い息を上げながら攻め立ててくる指に耐えた。
「…キ…ン…タロォ…ッ」
自分を求めて名前を呼ぶ半身を、差し入れた指で攻めることは止めずに、キンタローはもう片方の手で乱れた髪に手を伸ばすと頭を優しく撫でる。シンタローは顔を上げて涙を流しながら懇願するように首を振った。
「…や…だ…」
シンタローの真っ黒な瞳とキンタローの青い眼の視線が絡み合う。キンタローに真っ直ぐ見つめられると、シンタローの体が更に震えた。
「ゆ…びッ」
シンタローの必死な訴えに、キンタローは指を引き抜くと、ゆっくり体勢を変えていく。シンタローを仰向けにすると、再び立ち上がった中心が視界に入った。そこに指を絡めると、シンタローがまた首を横に振って嫌だと訴えた。
「シンタロー…」
キンタローが名前を呼ぶと、シンタローは半身を引き寄せようと腕を伸ばす。
「キ…ン…タ…ロ……好き…愛して…る」
「あぁ…」
シンタローの唇に優しい口付けを落とすと、足を持ち上げ、半身が望むようにその体を貫いた。
月と星が眩しい光を放ちながら窓から覗き込む中、キンタローはシンタローは離さないように激しく突き上げた。シンタローはキンタローが与える快感に理性を飛ばされて、譫言のように名前を呼び、好きだ、愛してると繰り返した。
「シンタロー…」
「…ん…」
「まだ、足りない…」
「う…ん…ぁあ…あッは…ぁッ」
「足りないんだ…」
───…お前が足りないんだ…シンタロー…好きで、離せなくて、誰も許せなくて、気が狂う…
シンタローは一際高い啼き声を上げると、先にキンタローに屈する。勢い良く放たれた精が己の体を白く染め、収縮する内部の熱でキンタローを堕としていく。キンタローは己の想いを吐き出すように内部に熱を放った。
熱を感じて体を震わせながら荒い息をするシンタローをキンタローは腕に抱く。シンタローはそんな半身を引き寄せるように腕を回し、口付けを求めようとして、ふと窓から射し込む光に意識を奪われた。視線を動かすと、月と星が自分達を窓越しに見つめている。
キンタローはシンタローを一瞬でも奪われたくなくて、意識を奪うように口付けた。舌を絡ませ、それに反応を示すと、キンタローはシンタローの体を反転させた。
シンタローは四つ足で己の体を支える形となり、更に真正面に夜空の輝きが覗き込む窓が来る。
「…キンタロー?」
半身が何を考えているのか判らなくて、シンタローはその名を呼んだ。
「シンタロー…」
キンタローの静かな声が背後から聞こえる。
「俺はお前が好きで、離したくない…」
「それは…俺だって…」
キンタロはシンタローの返答に首を横に振った。シンタローからは見えなかったけれども。
「シンタロー…俺は…」
「ん…」
「月と星にすら嫉妬するんだ…」
シンタローが台詞の意味を理解する前に、キンタローが後ろから一気に貫く。その衝撃でシンタローは大きく目を見開いた。そのまま激しく律動され、意識が飛びそうになる。
「あ…ぅ…んあ…キン…ッ」
目を開けば輝く月と星と視線が絡み合い、耐えきれずに瞑るとこの体はキンタローだけを感じる。
「キン…タ…ロォ…」
「シンタロー…好きだ…」
シンタローを快楽へと突き落とすその動きは、キンタローの感情を表すかのように激しいのだが、その声は静かにシンタローの鼓膜を震わした。
「あ…んぁ…キン…」
「…好きなんだ、シンタロー」
「ぅあ……ぁ…あ…キ……タロ…ッ」
「愛してる…」
「ん…なの…知っ……て…る」
「シンタロー…」
「ふぅッ…俺だ…ッて…」
キンタローは更に激しく強く突き上げた。更にシンタローの中心に指を絡めて理性の一片も飛ばし、自分の感じる心を一糸纏うことなく露わにする。
「ぁああ…ッ…お…前が……好き…だ…ッ……愛してる…ッ」
シンタローの真っ黒な瞳は涙を溢れさせ、捲し立てるよう一気にそう言った台詞は、開かれたその目に映った夜空の輝きに誓うかのようであった。
そしてシンタローは耐えきれずそのままキンタローが誘う快感の渦に飲まれ、快楽の彼方へ意識を飛ばされていった。
果てると同時に意識を失い崩れ落ちるシンタローの体を、キンタローが支える。
愛しい半身の背中に、ポタリと雫が落ちた。
キンタローの青い眼から、幾粒もの涙が頬を伝い、流れ落ちていった。
空は平等にどこまでも広がっているから、そこに浮かぶ星達に、シンタローが何を願ったのかは判った。
俺は自分の心の狭さが嫌になる。だが、どうにもならない。
シンタローが心の中に思い浮かべた彼の友人が、どれだけアイツの心の支えになっているのか判るからこそ、どうにも抑えられない感情が生まれる。
普段は決して口にしない、彼の願い。
あのままその願いにシンタローが連れて行かれると思ったら、耐えられなかった。
俺が傍にいても入る隙がなかった。
あの瞬間、俺が大切に思う半身の全てを奪われた気がした。
そして夜空に美しく輝く星の川の下で、完全な敗北を味わった。
それでもお前が望むならと、今は許すことが出来ない自分の心の醜さを知った瞬間でもあった。
お前のことなど考えられず、結局は自分のためだけだ。
俺は奪い返すようにシンタローを抱き、何度も名前を呼ばせた。応えるように好きだ、愛してると言ってくれた心に偽りがないのは確かだと思う。俺を想ってくれる心も。
それでも、あの敗北を味わった瞬間に嫉妬して、何かを考える隙を与えないないように強引な快楽へ引きずり込んだ。俺のことだけを考えて欲しくて、それが無理なら何も考えて欲しくなくて、そのまま快楽の彼方へ追い詰めた。
俺に敗北を味わわせたあの輝きが憎くて、シンタローを奪い取ろうとする邪魔なものにしか思えなくて、追い詰めながらそれに向かって愛を誓わせた。
意識を手放したシンタローを腕に抱きながら、未だに納まらない感情が苦しい。
苦しい───シンタロー…
自分を落ち着かせるためにシンタローを抱き締めていたキンタローは、溜息をつくとベッドから降りた。
明るんできた空には、夜に見たような星達は見られない。渇いた喉を潤すためにミネラルウォーターを取りに行き、再びベッドルームに戻ると、シンタローが眠るベッドの端に腰を掛けて喉を潤す。冷たい水が気管を流れていき、自分の中に籠もった熱を取り去ってくれるような気がした。
キンタローは座ったままシンタローを見つめると、乱れた黒髪に手を伸ばしてゆっくりと梳いていく。
それはシンタローを心から愛しく想う、誰の目にもとても優しく映るような動きであった。本人は無自覚であったけれども。
前髪に手を伸ばしたときに、新たな涙の後に気付いた。まだ乾かぬ後は新しいものだ。
キンタローの心がズキリと痛む。
その痛みを抱えながら重い溜息を吐き出してベッドの中に戻ると、眠ったままのシンタローがキンタローに擦り寄ってくる。そっと抱き締めると、半身はそのまま腕の中で落ち着いた。
キンタローはそんなシンタローに愛しさと苦しさが同時に込み上げて、相手の負担にならない程度に抱き締める腕に力を込めた。
シンタローの目から、また雫が流れ落ちる。キンタローがそれを指で拭うと、半身は腕の中で寝言のように名前を呟いた。
「パプワ…」
シンタローは、自分がどれだけあの少年に会いたがっているか、自分の心を知らない。
だが、キンタローは知っていた。
こうやって、キンタローの腕に抱かれて眠りながら、名前を呼び涙を流すことが以前にもあったからだ。日常気軽にその名前を言ってくれれば、キンタローの胸がこんなにも痛んだりすることはないのであろう。
だが、シンタローは決してその名を口にしない。それが、小さな友人への想いの大きさと重さなのだ。
己の意志で心の奥の何処かに沈めた想いは、その意識が眠ったときにだけ浮かび上がるのだ。
「いつか…必ず会える、いや、俺が必ず会えるようにするから…」
敵わぬ想いに嫉妬する自分を必死に抑えて、キンタローはシンタローにそっと囁いた。
『それまでには、きっと、俺の心ももっと強くなっているだろうから…』
キンタローはそう願って目を閉じた。
『いや、強くなると誓うから……今はまだ───俺から奪い取らないでくれ…』
星になど願う気になれないキンタローは、夜闇を思わせるシンタローの髪に顔を埋めて、ただ、心の中で強くそう思ったのだった。
E N D …
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晴れ渡った夜空には無数の星達が輝き、真ん丸な月がぽっかりと浮かんでいた。外で鳴り響く虫の音が窓越しに聞こえてくる。実に穏やかな夜であった。
寝る前に後少しだけ書類を片付けてしまいたいと思って、自室の端末から資料に目を通していたシンタローは、他の資料に手を伸ばして思わず動作を止めた。視線の先には一つのファイルがある。
それはキンタローに任せておいたもので、一箇所確認をとりたくて持ってきたものであった。
時計を見れば日付が変わる少し前である。
誰かを訪問するには相応しい時間ではない。だが、キンタローならこの時間は悠に起きているのをシンタローは知っている。明日の業務をスムーズにこなすには、今彼の元へ行ってさっさと確認をとってしまうのが一番だ。
そう思いながらも、ファイルを見つめたままシンタローは動くことが出来なかった。
『少し前なら違ったのに…』
シンタローは、装うということを自分がするとは思ったことがなかった。
元来、喜怒哀楽がハッキリしている性格であるし、その感情を隠そうと思ったことがない。己に近しい者の前では特にそうである。
だがしかし。シンタローはここにきて、身内の前でも平然を装うというスキルを嫌でも身に付けた。そうでもしないと気付かれてしまう程に感情が膨れ上がっていた。
『いつからこんな存在になったんだろ…』
何が始まりだったのか、どれだけ考えても判らない。分岐地点はとうに過ぎていて、引き返すにも道が判らないところまで来ていた。
『俺がアイツに対して最初に抱いた感情は、恋愛じゃない。それは確かだ』
シンタローは一つ伸びをすると目を閉じる。
『でも、最初から変わらないのは、アイツは俺にとって特別な存在だってことだ』
ぶつけられる殺意すら心地よいと感じてしまうほどシンタローは待っていた。己と同等の存在。ずっと欲しかったのだ、高めあえる存在が───。
求めていたのは、単なる刺激なのかもしれない。周りと違う速度に飽き飽きしていたのだ。傲るわけではないけれども、それでも何処かにつきまとう空虚感がシンタローにはあった。
『アイツの存在が本当に嬉しかったのに………何処で俺は間違えたんだ?』
脳裏に浮かぶ、端正な顔。
宝石のような碧眼が、真っ直ぐと自分を見つめてくる。
時折向けられる微笑に、いつも心臓が跳ね上がる。
『俺はどこぞの乙女かっつーの…』
相手が男だから戸惑うのか、キンタローだから戸惑うのか、それすら判らない。
失いたくなくて、この位置から一歩も踏み出すことが出来ないままずっと立ち止まっているのだ。
現状の関係に不満だらけだというのに、拒絶されて離れていかれることが恐くて現状をぶち壊せないでいる。
『こんなに臆病な俺なんか知らねぇよ…』
シンタローは大きく息を吐き出した。深い溜息に沈んでいく。
実は、動き出せない理由は他にもあるのだ。
ここ最近、キンタローの様子が少しおかしいとシンタローは感じていた。どことなく違和感を感じる。原因が判らない上に、決定打となるものがあるわけではないから、断言は出来ないのだが以前と違う何かを感じるのだ。
『何だろう…何か距離感が…』
二人が一つの体にいたときの作用か、二人の間では物理的距離感が少しずれている部分がある。
人間には他人と向き合ったときに、侵入されたくないエリアというのが自分の周りにある。親しき仲なら別なのだろうが、不必要にそこへ入ってくる人物は不快に感じるのだ。従って、通常会話をするときなど、お互いにその一定距離を保った状態で話をしたりする。
だが、シンタローとキンタローはお互いを他人と認識出来ないのか、この距離が非常に近い。他人に指摘されるまで二人は全然気付かなかった。特にそれを不快に感じるわけでもなく、自然とその距離になるのだから、二人は特に問題とは思わずに放っておいた。
だが、最近その距離感がおかしいとシンタローは感じるのだ。
ふとした瞬間、明らかな意志を持ってその距離を広げられている。確実にキンタローが避けているのだ。
そうかと思えば、普段よりもずっと近い位置にいることもある。
明らかに避けられているのなら、自分の態度がおかしいのかと考えるのだが、そういう訳でもないから、シンタローは一体どうすればいいのか判らなかった。
『何なんだろうな…』
避けられたと感じれば心が痛み、近い距離には心臓が跳ね上がる。キンタローが完全に離れてしまうことが恐くてシンタローは動き出せないまま、相手の一挙一動に振り回されていた。
感情の種類など関係なく、キンタローが傍にいて欲しい。己の半身に離れてほしくない。
そう思いながらも、傍に行けば自分の感情が邪魔をしてシンタローは上手く振る舞えない。
「あー…もう…」
シンタローは目を瞑って俯くと、たっぷり三十秒は考えた後、勢いよく席を立った。
あれこれ考えれば考えるほど臆病になり動けなくなっていくものだ。こうして自室でウジウジしているのは性に合わない。口より先に手が出るような性格をしているシンタローだ。頭で考えるよりも行動をした方がいい。
じっくり考えて慎重になどという慣れないことをするとどつぼにはまりそうな気がして、考えることを止めた。
『まだ大丈夫だろ…多分、俺は』
何か決定打を食らったわけでもなければ、自分の感情がばれるようなヘマをしたわけでもない。
どんなに足掻いて先延ばしにしたところで、キンタローと話をしないことには仕事が片付かないのだ。自分のことを抜きにして仕事のことだけを考えると、こんな所で立ち止まっている場合ではないのである。
仕事は仕事でこなそうとシンタローは頭を切り換えて、ファイルから素早く数枚の紙を取り出し潔く部屋を出た。
キンタローの部屋の前で一呼吸置く。大丈夫だと一言自分に言い聞かせて、シンタローは目の前にあるボタンを押した。来訪を告げる機械的なベルの音が鳴り響く。少し間を置いてドアが開くと、いつも通り無表情の従兄弟が現れた。
シンタローはキンタローに促されて部屋の中へ入る。何度も訪れている部屋なのに、先程の思考の所為か僅かに緊張が走った。
『何も考えんな…』
シンタローは不自然な動作をしないように注意を払いながら、努めて明るい口調で話しかけた。
「遅くに悪ィな…起きてたよな?」
だが、キンタローからの返事がない。特に変な動作はしていないよなと考えながら、シンタローは訝しげな表情を浮かべて半身を見つめた。特に変わった様子はないのだが、少しぼうっとしているように見える。
シンタローは、キンタローが起きているつもりで部屋の中へ入ってきてしまったが、もしかしたらもう寝るところだったのかもしれない。そうだったら悪いことをしたなと思い、様子伺いに名前を呼んだ。
「キンタロー?」
「あ…あぁ」
「ボーっとしてんな。やっぱ寝るとこだった?」
「いや…違うが…」
「ふーん…まぁいいや」
実際の所どうなのか判断が付かなかったのだが、かといって深く追求することでもない。シンタローは笑みを浮かべると本題に入るべく書類を見せた。
「これ、確認したいとこがあんだけどサ」
そう言ってキンタローに近づく。書類を手渡すと、キンタローの香りが微かに鼻梁を掠めた。心臓がドクリと音を立てて跳ね上がる。
『マズイ…』
この場で余計なことは考えないようにしているはずなのに、目の前の従兄弟に心が反応を示す。僅かに近づいただけで心を顕わにしてしまいそうになる自分を必死に抑えつけた。
『俺、全然大丈夫じゃねーじゃんかヨ…』
シンタローは必死の思いで感情を抑えつけ、何とかキンタローに視線を戻した。
書類を見つめる顔が若干難しそうな顔をしている。青い双眸が手にしている紙をじっと見つめていた。
『あの青い眼に見つめられると…』
思わずそう考えて、シンタローは頭を振った。全然まともな思考にならないのだ。目の前の従兄弟に視線も思考も奪われていく。
このままジッと待っていると何かやらかすかもしれないと思ったシンタローは、キンタローからの答えを待たずに、促す意味も込めて再度話しかけた。
「説明が悪かったか?ココなんだけど…」
怪しまれないように一歩近寄る。再度キンタローの香りに酔わされそうになるのを必死に拒みながら書類を覗き込んで一文を指した。
途端に顔を背けられて、シンタローは驚く。何かまずい行動でもとってしまったのかと真っ黒な瞳を半身に向けた。
「キンタロー?」
「……………」
呼びかけに応じる様子がないキンタローを不審に思うよりも、シンタローは己の行動を省みた。ちっとも冷静でいられない今、己は普通に接したつもりでも違うのかもしれない。先程、二人の間の距離感を考えたシンタローだったが、無意識にキンタローを求めて、一歩近寄った距離が近すぎたのかもしれない。それどころか、もしかしたら以前からも怪しげな行動を自分はとっていたのかもしれないと、シンタローはそこまで考えてしまった。
「なぁ…どうかしたのか?」
気付かないでと願いながら、それ以上に、無言のまま拒絶をして欲しくない。縋るような気持ちで問いかけた声は静かに響いた。それはシンタローが想像したよりも随分と優しい声色で少し安堵する。
シンタローのその問いかけに、キンタローはゆっくりと視線を戻した。
キンタローの前では表情がストレートに出やすい自覚があるシンタローは、自分は今困ったような顔をしているんだろうなと思いながら、それでも何とか笑みを浮かべた。優しげな眼差しを何とか向けるよう努力する。
「何かあったのか?」
少しの沈黙の後、キンタローは漸く口を開く。
「すまない…何でもないんだ。その…書類は、お前に聞かれて少し調べたいことが出来たから、一度預かって明日の午前中にはもう一度届ける」
キンタローの台詞を耳にして、それが嘘だとシンタローは直ぐに判った。質問したところは調べるようなこととは無縁のところなのだから───。
「そっか、じゃ頼むな」
それでもそれを咎めることもなく、シンタローは書類を預けた。何となくだが、この場にいて欲しくないんだろうなという気持ちは察しがつく。
その後口を開かなくなってしまったキンタローに、何だか拒絶されたような気がして、シンタローは気持ちがどんどん沈んでいった。
「明日の夕方までに戻してくれれば大丈夫だからサ……おやすみ、キンタロー」
そうお決まりの台詞を残して、キンタローの部屋から出ていく。キンタローが頷く姿が見えたが、それすらどうでもよくなっていた。
沈んだ気持ちで部屋に戻りドアを閉めるとそのままもたれ掛かって天を仰ぐ。
「ダメじゃん、オレ…」
相手の態度を余裕で見ることが全く出来ていない。いつもと同じように一挙一動に振り回されているシンタローは深く溜息をつきながらその場に崩れ落ちていった。
『あー…もう……キンタロー』
次の日。シンタローが会議から戻ると、総帥室にはキンタローから書類が届けられていた。質問した部分の答えと補足説明が加えられているメモが一緒だ。
別行動も珍しくない二人であるが、これは確実に避けられたと、シンタローは直感で思った。何が理由かは判らないが、この直感は間違っていないであろうと思う。
昨日の今日で、正直言ってこれはダメージが大きかった。シンタローはこうやって避けるくらいなら何か言って欲しいのだ。あれだけ「殺す」と言って憎しみをぶつけられた仲なのだから、大抵のことは言われてもへこたれない自信がある。それよりも無言で拒絶される方がシンタローには堪えた。
『チクショー…何かあんなら言えよ、キンタロー………凹むだろーが…』
心の中で悪態をついたシンタローだが、本当に沈んでいるのがよく判る。嫌になるほど喜怒哀楽がはっきりしている性格が非常に呪わしい。
相手に抱いた恋愛感情よりも、現状の関係すら崩れてしまう方が明らかに問題だ。
こうなったら避ける理由を絶対に聞き出してやると、シンタローは自分を奮い立たせるために心の中で誓う。そして余計な思考を振り切るべく積み上がった書類に手を伸ばした。逃避する場所が仕事というのは何とも虚しい感じだが、こんな時はやることがあるだけマシだとシンタローは考えることにした。
そうして書類に集中しだしてから随分と時間が経ったと気付いた頃、シンタローは慌てて総帥室を出た。キンタローから理由を聞き出そうと考えていたのだが、時間が遅くなってしまっては意味がない。寝て逃げられたら聞くことが出来ないのだ。今日が無理なら明日にすればいいのだが、何となく勢いに乗らないと聞くことが出来ないような気がしたシンタローであった。
流石に真っ赤な総帥服のまま乗り込むのは気が引けるので、一度部屋に戻って着替える。
そして昨夜と同様にキンタローの部屋の前に立つと、勢いに乗ってベルを鳴らし、相手の反応を待たず勝手に入っていった。相手が応じるのを待つ少しの時間もじっとしていたくない。どのみち二人の関係だと、シンタローが部屋に来たことはベルを鳴らさなくても気付いているのだ。僅かな時間すら相手に逃げる隙を与えてしまうような気がして、少し乱暴な動作に出たのであった。そこまで必死な自分に、シンタローは少し泣けてきた。
そうやって意気込んで乗り込んでいったシンタローだが、キンタローからの返事がないと思えばソファーの上で眠る半身の姿を見つけた。不意を付かれて一瞬固まってしまったシンタローであったが、それを上回る半身の珍しい姿を見た嬉しさから思わず微笑が浮かぶ。寝に逃げられたら困ると思ってはいたが、まさか本当に寝ているとは微塵も思っていなかったからだ。
テーブルの上に置かれたグラスには氷の破片と透明な液体が僅かに入っている。液体の正体は溶けた氷で、眠る前に何か飲んでいたのだろう。
キンタローは、脱いだジャケットをソファに投げ捨てネクタイを外し、首元を緩めた状態で横になったまま眠ってしまったようであった。何においても几帳面なキンタローのこういう姿を、シンタローは初めて見た。
足音を立てないようゆっくりと歩いてキンタローに近づく。
いつもは引き寄せられるようなブルーが飾る目は閉じられ、差し込む月明かりに照らされた金糸の髪が光を微かに反射しながら端正な顔を飾り立てている。
眠っている姿も様になる。キンタローはそういう男だ。
ただ横たわって眠っているだけなのに、シンタローはその姿から目が離せなかった。
「キンタロー…」
キンタローが眠るソファの近くで身を屈め、顔を近づけ小さな声で呼びかける。
それでも目を覚ますような気配はない。
さっきまでの勢いは何処へいったのやら、シンタローは穏やかな笑みを浮かべたまま、目の前の端正な顔をじっと見つめ続けた。キンタローが起きていたら、この様な至近距離で顔を見ることなど出来ない。閉じられた目が開かれ、青い瞳に見つめられると金縛りにあったようにその場から動けなくなるのだ。
『今ならちょっと触っても起きねぇーかな…?』
シンタローは今いる位置から動いて、キンタローの様子を窺いながらそっとソファの端に腰を掛けた。まだ覚醒はしないようである。
相手が眠っているからとはいえ、ここ最近では全くなかった穏やかな空気が流れ出す。
シンタローは己の気持ちを自覚してから、キンタローの一挙一動が気になり、表面上は体裁を取り繕いつつも、内心は荒波の様な感情に支配されていた。
だが、今はそれがない。
キンタローを想う暖かな気持ちだけが溢れ出して、眠る愛しき半身の傍に幸せな気持ちだけを感じて居ることが出来た。穏やかに眠るキンタローの顔をシンタローは飽きることなく見つめ続ける。
『相変わらず綺麗な顔をしてるよなぁー…やっぱ美形だな…』
青の一族は皆整った顔立ちだ。外見だけは「美形だ」と言い張っても周りから文句が出ることはまずないだろう。もっとも、その美をいとも簡単に消し去れるくらい中身は個性が豊かに溢れる面々ばかりなのだが…。
『惚れてもおかしくねぇーよな…』
明らかに異なる好意の種類。
誤魔化すことが出来ない、恋愛感情。
『好きだな…コイツが…』
シンタローは眠るキンタローの顔に己の顔を近づけた。間近真正面からしっかりと顔を捉える。
流石にここまで近づくと相手が目を覚ますのではないかと気付くはずなのに、近寄った際に鼻孔を擽ったキンタローの香りに酔わされた。昨日は理性で拒むことが出来たその香りに、今日は見事なまでに捕まった。
金糸に手を伸ばしそっと触れる。
更に顔を近づけて、昔の己が憧れた金色に、今の己が恋い焦がれる相手の金色に、溢れ出した感情と共にそっと口付けを落とした。
そして顔を上げると、先程まで閉じられていたブルーの目が開かれいて、真っ直ぐにシンタローを捉えていた。
『マズイ…マズイマズイ…ッ』
やってしまったと驚いたシンタローは反射的に離れようと顔を上げたが、強く腕を引かれてキンタローの上に倒れ込む。それでも尚、この場から逃げようと身を捩ったのだが、シンタローはキンタローの腕に強く抱き締められた。
「キン…ッ」
その意図が判らず半身の名前が口を衝いて出そうになったシンタローだったが、名前を呼び終える前に、キンタローの唇が重ねられた。
その瞬間、シンタローは完全に身動きをとることが出来なくなってしまった。
『何…?』
キンタローの唇が触れた瞬間、シンタローの頭の中全てが真っ白になった。現状を理解することが出来なくなった思考回路がオーバーヒートしたのだ。それでも重ねられた唇だけはリアルに感じる。
シンタローはそれからの出来事が、スローモーションで流れていくように思えた。
真っ黒な瞳が見開いて、キンタローを見つめる。
ゆっくりと起き上がったキンタローに合わせてシンタローも起きあがり、その流れのまま、今度はゆっくりとソファに押し倒された。
組み敷かれた体勢は男として屈辱なはずなのに、キンタローの顔が近づくとシンタローは驚いてその目を閉じる。そして重なる唇と強い力に再び拘束されたのであった。
『キン…タロー…』
次第に深くなる口付けと抱き締める腕から、シンタローは逃れられなかった。
キンタローの腕の中で硬直して動けなくなり、されるがままでいると口付けは次第に深くなっていく。絡められた舌から逃げようとして、シンタローはどんどん追い詰められた。何度も、何度も、息をする間も与えずに、キンタローが自分を求める姿だけを間近で感じる。
強引な口付けに冷静な思考も何もかもが吹き飛ばさてしまい、シンタローの上に乗り上げたキンタローだけをリアルに感じていると、次第に硬直していた体から力が抜けてきた。同時に目頭が熱くなっていくのが判る。
キンタローが重ねていた唇を離すと、真っ黒い瞳は涙で濡れたいた。
シンタローが現状を理解できないまま固まっていると、キンタローは昨日と同じ様な苦しそうな顔をする。
その表情に胸が痛んで、何か言おうとしたシンタローだったが、実際は声が出なかった。それよりも先にキンタローが苦しげに言葉を吐き出す。
「…好きだ、シンタロー」
今まで一度も考えたことがなかったキンタローからの告白が頭の中に響き渡っていった。
『…好…き…?』
重々しく吐き出されたその言葉だけが頭の中でぐるぐる回る。だが、その一言を理解することも今のシンタローには出来なかった。台詞という音は聞こえてくるのだが、衝撃が大きすぎて意味を理解出来ないのだ。
『キンタローが…俺を…何…?』
シンタローは大きく見開いた真っ黒な瞳でキンタローを見つめた。言葉が口から出てこない。ただ胸が熱くなった。
反応を返すことが出来ず、シンタローは呆然とキンタローを見つめ続けることしか出来なかった。相手に何を言えばいいのか、何を返せばいいのか、全く頭に浮かばない。そんなシンタローに向けられたキンタローの苦しそうな視線に更に胸が熱くなった。
その青い目には、拒絶しても離さないという激情よりも、拒絶しないでという懇願の色が表れていたからだ。
辛そうに歪められた顔と縋るような青い眼を向けてくるキンタローに、反応を返すタイミングが掴めず今だ硬直したままのシンタローだったが、再び口付けられ、その躰を包む衣服に手を掛けられると内心焦り出す。
それに構わず触れくる手に体がビクリと少し跳ねた。ボタンを外され顕わになった肌に舌が這うと、味わったことのない感覚に体だけは現実に引き戻される。
『キンタロー…』
シンタローは声を出すことが出来なくて、頭の中で半身の名前を呼んだ。相手に焦がれて胸が苦しくなる。想いを伝えたいのに声が出なくて、反応を返したいのに体が動かない。
触れてくるキンタローが心の中で押さえつけていた感情の激流が流れ込んできたような気がした。
『シンタロー…ッ』
少しずつキンタローに心を侵されていたシンタローは、半身の心が叫んだ悲哀に染まった自分の名前を、この時はしっかりと聞き取った。
その瞬間、体が動き出す。今まで全く動かなかった思考回路が再起動したかのように回転を始めた。
相手を悲しませたくない。自分の気持ちを伝えたい。
そう思った瞬間、首筋に強く吸い付かれて、シンタローは吐息を洩らす。
『コノヤロ…』
思考が働き出すと、いつものペースを取り戻すのも早かったようで、シンタローは流されて堪るかと思いながら、キンタローの背にゆっくりとその手を回した。
驚いて顔を上げたキンタローに、シンタローは恥ずかしそうな顔向けてようやく口を開いた。
「コラ…お前は好きだと言ったら直ぐに押し倒すのかヨ」
そう言って笑いながらキンタローに腕を伸ばす。するとキンタローはシンタローに引き寄せられたかのように強い力で抱き締めてきた。今度はシンタローもしっかりと抱き締め返す。
「シンタロー…」
「ビックリしてフリーズしたぞ…少しは待てよなァ」
項垂れた様子のキンタローに、シンタローはにっこりと微笑む。
「お前も俺と同じだとは思わなかった」
「同…じ…?」
シンタローの台詞にキンタローは呆然と問い返してきた。そんな金髪の従兄弟に、シンタローは微笑みを崩さぬまま言葉を続ける。
「聞き返されたら恥ずかしーだろ…ちゃんと察しろヨ」
言葉を濁してしまったシンタローに、キンタローはどんな反応を返すかと思っていると、意味はしっかり捉えたようであった。フリーズとは無縁のような従兄弟に、シンタローは内心悔しがる。自分はキンタローの告白に驚きすぎて、全く反応出来なかったのだ。
「…俺が都合良いように解釈して構わないということ…か」
「他にどう解釈すんだよ───お前が好きって言って…俺は同じって言ったんだから」
キンタローに抱き締められたまま、シンタローは照れながらそう言うと顔が少し赤くなるのを感じる。だから何処の乙女だよとシンタローが心の中で自分突っ込みをやっていると、キンタローが抱き締める腕に力を込めた。
シンタローはキンタローをあやすように抱き締めながら、金糸の髪に手を伸ばし優しく梳き、キンタローの頬に触れる。そうすると今までシンタローをきつく抱き締め、その肩に顔を埋めていたキンタローが、シンタローの手に誘われてゆっくりと顔を上げた。
それを見計らって、今度はシンタローが口付ける。一瞬驚いた様子のキンタローに内心してやったりと思ったシンタローだったが、直ぐに主導権を奪われた。それには特に反抗することもせず、再び絡めてきた舌からは逃げずに、シンタローもしっかりと絡め返す。濡れた音が互いの耳を侵していった。
口付けを交わしたまま時が流れていく。だんだんと高ぶっていく体を素直に受け入れられずに戸惑ってしまったシンタローは、それ以上キンタローを引き寄せることが出来なかった。恐らくそれに気付かぬキンタローではないのだが、だからといってシンタローを逃がすようなことはしないようだ。
「…キンタロー…」
シンタローは半身にされるがまま、上半身を完全に脱がされた時点で不安げな声を上げる。真っ黒な瞳には、懇願するような色合いが浮かんでいた。
それはそうであろう。今まで抱くことはあっても抱かれることはなかったのだ。そう考えると、初めての行為になるわけで、恐怖を感じるなという方が無理である。
ただシンタローも男だから、男の習性はよく判る。ここで「止めろ」というのがどれほど酷なことかしっかり解ってしまうため、そんなことは口が裂けても言えない。
名前を呼んだシンタローにキンタローはしっかりと視線を合わせた。
青い眼は既に欲情しているキンタローの感情を露わにしていて、シンタローを欲しているのが一目で判る。その眼に見つめられるだけで、シンタローは捕らわれて動けなくなってしまった。
『うー…っつーか、何で俺がこっち?』
心の中でそう思ったものの、声に出さなかった時点で立場が決まる。
「すまない、シンタロー…───俺は今すぐお前が欲しい」
キンタローからの止めの一言を告げられると、言葉を返す前にしっかり唇を奪われる。そのままシンタローの体に快楽へと誘う刺激が与えらていった。
この先を考えると不安と恐怖に竦みそうになるのだが、それよりもお互いが相手を想い合っているのならどちらでも問題はないのかもと、シンタローは思う。
『まぁ…コイツだから、いいか…───キンタロー』
シンタローは崖から飛び降りるような気持ちを抱えつつ、それでも半身を受け止めようと潔く目を閉じた。
今までと違った立場に体が震える。快楽を与えるのと与えられるのではこんなにも違うのかと思うくらいの緊張が走る。キンタローの手の動きに翻弄されながら、シンタローは相手の背に手を回した。ただ触れられているだけなのに、全てを引きずり出されるような感覚に陥る。快楽に目が霞んでいく。
「ん……は…ぁ…」
微かな吐息と甘い声がシンタローの口から洩れた。それは自分の声とは思いたくないほどトーンが高くて、艶を含んだ己の声に恥ずかしくなる。
だが、それを感じたのも束の間、何の前触れもなくキンタローの手がいきなり中心に触れてくる。突如として襲ったダイレクトな快感にシンタローの体が大きく仰け反った。驚いたものの制止する間もなく、身に付けていた衣服が全て剥ぎ取られる。露わになった下肢に遠慮なく伸ばされた手がシンタローを快感の虜にするかのように絡められていく。
「ぅあ…キンッ…タロ…や…ぁ…」
緊張で張り詰められていた心に、今までと違った立場で与えられる快感が負荷となって、シンタローの理性は極限まで追い詰められていた。心を縛り付ける不安と恐怖と緊張で、縋り付くように伸ばされた片方の腕は、乗り上げた半身を強く引き寄せる。だがもう片方の手は、シンタローの理性を飛ばすように絡められたキンタローの手を絡め取ろうとしていた。
そんな無意識の抵抗も虚しく、その手はキンタローの手にあっさり屈する。シンタローの手に絡められたキンタローの長い指にすら気分を高揚とさせられた。更にシンタローはキンタローのもう一方の手で容赦なく刺激を与えられた。
「あ…んぁ…ぁああッ」
与えられる快感に耐えきれなくなってシンタローは一際高い声で啼くと、絡められた手に促されるまま熱を放った。
他人の手で達せられることはこれほどの屈辱を感じるものなのかと、シンタローは僅かに残っている理性で思いながら、一方でその相手がキンタローだという現実に興奮を覚える。
シンタローが放った熱は服を着たままだったキンタローのシャツを汚した。それが己の痴態を表しているように思えて、シンタローはただ呆然と見つめるしか出来なかった。その視線を受けながら、キンタローは見せつけるように、シンタローの体液で濡れた手をペロリと舐めた。
キンタローの妖艶且つ威圧的な雰囲気にのまれて、シンタローは動けなくなる。
半身が服を脱ぎ捨てる姿に体が震えた。
自分ばかりが快楽の世界に浸っているような気がしていたシンタローだが、キンタローが己の猛りを顕わにすると相手の興奮を間近で感じることとなった。
それに少し安堵したものの、先の行為を思うと恐怖と不安に身が竦む。
どうしたらいいのか判らなくて動けずにいたシンタローはキンタローにあっさり押し倒された。さっき熱を解放したばかりの中心に再び指が絡み、シンタローが思わず吐息を洩らすと、その手がキンタローを受け入れる箇所を確かめるように伸ばされた。覚悟を決めて目を瞑ると同時に、キンタローの長い指が埋められていく。
好きという気持ちがあっても、男に抱かれるのは恐いものだとシンタローは思う。だが、それは相手にも言えることなのだろうと思った。男を抱くということも大変なことのはずだ。ろくに女も知らないで自分に囚われ続けた結果、その強い感情を持って求めてくるキンタローをシンタローは絶対に拒みたくなかった。
「はっ…ぁ…ッ」
異物感に圧迫されて、苦しさに息を吐き出す。
それを緩和させようとキンタローの指が内部を探るように動いた。欲に濡れた青い眼は鋭い輝きを放ちながら半身を見つめている。
シンタローが違和感を感じたのはその直ぐ後であった。
もっと酷い痛みや苦痛を想像していたのだが、初めてなのにあまりそれを感じない。
それどころか、最初からキンタローの手は、勝手知ったかのようにシンタローの肌の上を滑っていた。その手は抗いがたい快感を与えてくるのだ。
『コ…イツ……知って…』
シンタローの体事情を知っているとすれば、恐らく共有している記憶からであろう。それを意識してやっているのか無意識なのか、随分と手際よく刺激を与えてくれる。
おかげで、はじめは苦しそうに目を瞑って息を吐き出していたシンタローだったが、それは次第に甘さを含んだ吐息に変わっていった。
『チ…クショー…もう…ッ』
与えられた快感に耐えきれず、シンタローはのしかかってくる半身に縋るように腕を伸ばした。
高ぶった体に涙が頬を伝う。それを舐めてとられると、シンタローは堅く閉じていた目をうっすら開いた。
自分の上には欲に濡れた青い眼でシンタローを見つめるキンタローがいた。その視線に引きずられ、鋭い眼光に理性を吹き飛ばされると、シンタローは一際激しく反応を示した。
「あっ…ぁあ…ん…はぁ…キ…ン…」
このままでは耐えられないと思ったシンタローは、キンタローに限界を訴えようとしたのだが、息が上手く出来ずに言葉が途切れ途切れになる。自分だけが全てをさらけ出して、このまま手でいかされるのは嫌だった。
だが、そんな心中など露ほども知らないキンタローに、シンタローは耳を軽く咬まれる。そのまま舌で刺激を与えられると、必死になってキンタローに強くしがみついた。
『や…だ……キン…タ…ロー』
押し寄せる快感の荒波を何とか耐えたかと思った瞬間、耳に触れていた唇が直に鼓膜へ響くような低い声で囁やく。
「何だ、シンタロー」
その声で堰き止めていたものが弾け飛び、シンタローは己の意志とは無関係にドクリと再び熱を放った。
『…ひど…いッ』
気持ちが良ければいいものではないと訴えたかったシンタローだが、それよりも、自分の意志とは無関係に感じた快感と羞恥で涙が浮かんだ。衝撃が大きくて思わず顔を手で隠そうとする。だが、キンタローがそれを許してくれない。その手を掴まれて、シンタローは真上からしっかり顔を覗かれた。
シンタローの顔は羞恥で紅く染まり、真っ黒な瞳から止め処なく涙が溢れ出していた。
「キ…ン…タロー…」
涙声で半身の名前を呼ぶと、その唇に口付けが落とされる。今まで内部で動き回っていた指が引き抜かれ、どうするのかと考える前に圧倒的な質量で貫かれた。
「─────ッ!!!」
あまりの衝撃にシンタローは声にならない悲鳴を上げる。だがキンタローは行動を緩めるどころかそのまま激しく突き上げてきた。
「あ…んあッ…ああぁッ」
キンタローがぶつける己の猛りを内部で感じ、更に果てて直ぐに与えられた激しい刺激にシンタローの嬌声が悲鳴のように響く。
「愛してる…シンタロー」
シンタローの耳に、愛してる、と囁くキンタローの声が微かに聞こえた。
「ぁあ…ッ…ん…ぁ…ふぅ…あ…ぁ…ッ」
だがシンタローの口からは、キンタローの動きに合わせて止め処なく甘い声が洩れるだけだ。
「シンタロー…」
「あ…ん…ぅ……オレ…も…愛し…んぁああッ」
快楽に溺れながらも呼ばれた名前に、シンタローは反応を示そうとしたが、激しさを増して与え続けられる快感にどんどん追い詰められていく。耐えきれずにシンタローがまた熱を放つと、後を追って体の中に放たれた熱を感じた。
瞬間の開放感の後に訪れた怠さと余韻に浸りながら、呼吸を整えようと二人揃って荒い息をする。特にシンタローは休む間もなく刺激を与え続けられて、完全に息が上がっていた。
『苦…し…』
肩を揺らして大きく息をしていたシンタローだが、いきなりキンタローに抱き上げられて驚く。何事かと思って顔を見上げると、欲情している半身は完全に理性が飛んでしまっているように思えた。
何処へ向かうのかと思えば、ベッドルーム連れて行かれる。確かに今まで抱き合っていたソファは狭くて、窮屈な姿勢は体にかかる負荷を大きくしていた。
シンタローは口付けを受けながらゆっくりベッドに降ろされる。二人の舌が絡み合い濡れた音を立てた。キンタローから与えられた深い口づけにシンタローの意識は完全に奪われる。目の前にいる半身に与えられる全てを感じて、シンタローはキンタロー以外何も考えられなくなっていった。絡められた舌が離れていくと、快感の涙を浮かべた真っ黒な瞳が物足りなさを訴える。
朦朧とする頭でただキンタローだけを求めていたシンタローは、体を反転させられ四つん這いの姿勢にとらされた。体に力が全く入らず、シンタローの膝がガクガクと震える。オーバーヒートした思考回路では何が起きるのか全く予測できず、ただ震える体を腕で支えていたシンタローだが、それを支えるようにキンタローの腕が伸びてきたと思ったらいきなり後ろから貫かれた。
「ッあああぁ───ッ!!!」
予想外の刺激でスパークした体は大きな衝撃を受け、シンタローは悲鳴を上げた。
キンタローに貫かれながらも再び囁かれた愛の言葉にはもう反応を返せなかった。
「キン…タ…ロッ…はッ…ぁあ…もう…んぁッ…無…理だ…ッて」
「俺はまだ…お前が足りない」
快楽に溺れた体は直ぐにでも達してしまいそうだった。足りないと言って求め続ける半身に身も心も捕らわれる。
「んぅ…はッ…キン…ッ」
体勢を保てずに崩れ落ちそうになったシンタローの体をキンタローの腕が支えたが、容赦なく突き上げてくる半身は、いとも簡単にシンタローを限界まで追い詰める。
部屋の静寂が、荒い息づかいと、甘い啼き声と、濡れた音だけに支配されていく。
キンタローの欲望の全てをぶつけられたシンタローは為す術もなく、ただただ半身にその身を食らわれ続けたのであった。
最初に押し倒されたソファからベッドへ連れていかれ、その後も容赦なく快楽へ追い詰められたシンタローは、物の見事にキンタローの腕の中でぐったりしていた。補佐官の欲望の前では、現ガンマ団総帥ですら全く歯が立たなかったようである。
『コ…コイツ…鬼だッ』
息が上がったまま未だに呼吸が整わないシンタローは暫く動くことが出来なかった。散々啼かされたおかげて喉がいがらっぽい。それを気遣ってか、キンタローが持ってきてくれたミネラルウォーターをそっと渡してくれる。恵みの水だと思いながら、シンタローはありがたく受け取った。
喉を潤したくてシンタローはキャップを外そうとしたのだが、全く力が入らない。
『マジかよ…』
士官学生時代、過酷な訓練を受けた後、この様に水を飲むことするままならない状態になったことがあるシンタローだったが、まさか抱かれた後にペットボトルすら開けられない状態になるとは思ってもみなかった。
これでは流石に男としてのプライドがずたずたである。逆の立場って辛いんだ、と本気で思ってしまったほどだ。
シンタローがペットボトルのキャップに苦戦をしていると、それを見かねたキンタローが横から手を伸ばした。
半身に奪われたペットボトルの行方を目で追ってみると、キンタローがキャップを外してシンタローの口元に宛ってくれる。口を開けるとゆっくりと傾けられたボトルから少しずつ水が流れ込んでくる。飲ませてもらう姿を情けないと思いつつ、シンタローはありがたく水を飲み込んだ。
カラカラに乾いた喉を水で潤していたシンタローだが、満足したところで首を振る。キンタローはペットボトルをシンタローの口元から離し、キャップを締めてボトルをベッドサイドに置いた。水のおかげで少し人心地がついたシンタローだったが、直ぐさまもう一度キンタローに緩い力で抱き締められた。乱れた漆黒の長い髪にキンタローの長い指が絡められる。そのまま髪を梳いていくキンタローの指が、シンタローには心地よかった。
心地よさに身を任せ暫く大人しくしていたシンタローであったが、情事直後よりは幾分マシになってきたと思ったところで口を開く。
「お前…ヒド…ここ…まで…やんなくっ…たって…」
弱々しく掠れた声での抗議になって、ますます撃沈しそうになったシンタローであった。
『あり得ねぇー…』
別に怒っているわけではなかったのだが、キンタローへの訴えは半分以上が甘えた声になってしまい、ますます追い打ちをかけられら。めり込んでしまいそうなシンタローだったが、キンタローが相手だから良いんだと強引に自分を納得させる。先程は快楽に溺れて上手く焦点が定まらなくなっていた黒い眼は、いつも通りの鋭い輝きを取り戻してきていた。シンタローは傍にいる半身の顔をじっと見つめる。
「…すまなかった…シンタロー…」
そんなシンタローにキンタローが殊勝な態度で謝る。先程の欲に濡れた状態と打って変わった姿にシンタローは内心苦笑する。怒っているわけではないのだからそれ以上は咎めもせずに、髪に触れてくるキンタローの手を心地良く感じながら目を閉じた。
「何かさ…展開が…早ェと思うんだけど…」
キンタローでもあんなに余裕がなくなるのかと思うと、シンタローは少し安心した気持ちになった。自分だけが惚れているわけではない。キンタローがシンタローを求め、そのまま自分に溺れていったのが抱かれながらよく判った。その場の主導権を握り、シンタローを快楽へどんどん追い詰めていったにも関わらず、実際は自分よりも余裕がなかったキンタローが愛しく思える。
言葉を切った箇所が悪かったようで、シンタローの台詞にキンタローが何とも言えない空気を醸し出している。そんなキンタローにシンタローは思わず笑みを洩らした。
「怒ってる訳じゃねぇーから、気にすんな。まどろっこしいのは嫌いなんだ。欲しいもんには速攻勝負って態度は嫌いじゃねェヨ───まぁ、お前と俺だから言えることだけどさ」
キンタロー以外なら即眼魔砲である。ここでわざわざ例を挙げなくても彼方へ飛ばされていった見本は周りにいる。
そんなシンタローの台詞を聞いたからか、キンタローの端正な顔に苦笑が浮かんだ。シンタローはそんな半身を目にして何だかよく判らずに、きょとんとした顔をする。
「いや…お前次第で随分と違うものだな…と思って」
「…………?」
「先程まで、随分と暗い気持ちで沈んでいたからな」
「何で?」
「決まっているだろう。お前が欲しかったからだ、シンタロー」
キンタローがそんな台詞を真顔で言うものだから、シンタローも思わず素直な反応を返してしまった。顔がうっすら紅く染まったのが自分でも判る。そんな半身をどう思ったのか、キンタローが抱き締める腕に力を込めた。恥ずかしさのあまり視線を逸らそうとしたシンタローだったが、キンタローの青い双眸にしっかりと視線を合わせられる。逃げ道を失ったシンタローに、キンタローは淡々とした口調で想いを告げる。
「受け入れてもらえるとは到底思わなかった。だが、抑えつければつけるほど、お前を思う気持ちはどんどん制御を失っていく…どうすれば良いか判らなくて、どうにも出来ないと思っていたんだ。お前のことが好きで、好きで、狂いそうなほど好きで…」
相手がシンタローの場合、いやに熱帯びて語るよりも淡々とした口調の方が大人しく聞いてもらえる確率が高い。
だがしかし。
キンタローが言った台詞は少しばかりストレート過ぎて、更に大人しく聞くには長かったようであった。
「わ…解ったッ!!解ったから…もう…それ以上言うなッ!!」
聞いている途中で恥ずかしさの頂点を極めたシンタローは、顔を真っ赤に染めて台詞を途中で遮った。見事なまでに羞恥の渦に飲み込まれたシンタローは、キンタローの腕から逃れようと試みたが、体勢を変えられ再び組み敷かれた。逃亡に失敗した上、青い眼に真上から真っ直ぐ覗き込まれて、更にどぎまぎしてしまう。
『この男はどーしてこーなんだよッ!!』
心の中で悪態をついたが、何か言えば倍になって恥ずかしい台詞を返されそうな気がして何も言えない。
「………シンタロー、そんなに恥ずかしがることか?」
「あ…当たり前だろ!!」
「ふむ…。なら、次からはもう少し考えるか」
「考えるって…?」
「お前を抱いているときなら聞いてくれるのだろう?」
「~~~~~ッ!!!」
「さっきは大人しく聞いていたじゃないか。失敗したな、欲に負けて言い足りなかった…」
先手を打ったはずだったのだが、何も言わなくても恥ずかしい台詞を思い切り返されたガンマ団新総帥は、本日何度目になるか判らない撃沈を味わった。
本気で残念がっているキンタローに、シンタローは言葉がない。またもや余りの衝撃に涙目になったシンタローは抗議の意味を込めてそのまま半身を睨んだ。涙目で睨んでも逆効果だということを判っているのか否か…。
『ストレートに言い過ぎなんだよ、バカヤロー!!さっきは大人しく聞いてただぁ?───…あぁ、聞いてたよ…ッ』
自分も必死に何か言ったような気がするのだが、はっきり言って覚えていない。キンタローの台詞すらうろ覚えのシンタローだ。あれだけ余裕がない中での出来事を事細かに覚えているのは無理であった。
それでもキンタローの強い感情に引き寄せられて、シンタローも心を顕わにした記憶はある。
『だけどそれをいちいち指摘すんなっつーの!!デリカシーの欠片もねぇヤツ!!』
キンタローの場合、言葉一つ一つに相手をからかう意志は全くない。意見を述べるのと同じ様な感覚で台詞を口にするからある意味質が悪い。それにいつも振り回されるシンタローなのだ。
心の中で罵倒をしていると、キンタローが唇を重ねてきた。これに便乗してうやむやにしてしまおうとシンタローはキンタローの首に手を回す。
これ幸いと相手の要求に乗ったシンタローはキンタローからの恥ずかしい台詞を封じることには成功したのだが、その口付けで再び体に熱が宿っていくの感じる。
『あんだけやられたのに懲りてねぇーな、俺の体は…』
本格的にやばくなる前に逃げ出さなくてはと内心焦れば、キンタローが唇を離した。
『もしかして……コイツも同じこと考えたのかな?』
そう思った瞬間、何となくおかしくなってこっそりと笑ってしまったシンタローである。
常に冷静沈着だと思っていた従兄弟は、シンタローに関してだけ余裕がなくなる。端正な顔が歪められ、その感情を間近に感じることが出来たのが、非常に嬉しかった。総帥と補佐の関係、信頼する相棒としての関係、従兄弟としての関係、そこでは見られなかったキンタローの激しい感情。
『そーいや、結構感情が激しいヤツだったんだよな』
殺してやると唸りながら執拗に追い回してきた時のキンタローを思い出す。あの時も、物騒な感情を微塵も隠そうとはせず、殺気立って追いかけてきた。感情の種類は全く異なるのだが、今日感じたキンタローの激情も昔を思わせるほど強かった。この男にそこまで想われるのは悪くない、と思ったシンタローである。
『悪くない───じゃねぇな…どうしようもないくらい、スゲェ嬉しい』
自分が惚れた相手、ましてや男と両想いになれる確率は、低いなんてものではない。
この幸運に心から感謝をしながら、その想いがどれだけ嬉しかったか上手く想いを告げられないシンタローは更に少しだけキンタローに身を寄せる。半身は当然のようにその体を抱き締めてくれた。それに自然と微笑が浮かぶ。
キンタローとの間に、新たに加わった関係が、これから起こる出来事を楽しみに思わせる。
恋心。恋い慕う心が囚われた相手に捕らわれた。
その奧にある『愛』を見つけて、二人の『道』がまた一つ重なっていく。
ENDLESS LOVE is ...
良く晴れた日の夜であった。
窓から差し込む月明かりが部屋の中を照らして、明かりを消しても完全な暗闇が訪れない。外では様々な虫の音が鳴り響いている。誰が見ても穏やかな夜だという日だ。
キンタローは自室のソファーに座りながらぼんやりと俯いていた。いつもなら部屋に戻れば着替えを素早く済ませ、脱いだスーツも跡がつかないようにきちんとハンガーに掛ける。
だが、今はその動作も億劫で、脱ぎ捨てたジャケットはソファの背にかけられたままだった。
どこにいても考えるのは黒髪の従兄弟のことで、いい加減、己の思考回路に嫌気がさしてくる。あまり表情が露わにならない人間で良かったと、最近はよく思う。
もし、感情がストレートに出ていたら、とても顔を合わせることなど出来ない。
自分がどんな感情を抱いて傍にいるのか相手に知られるのが恐い。正確には、知られることが恐いのではなくて、それによって拒絶されることがキンタローは恐かった。
やっと得た感情で、殺意しかぶつけられなかった頃と、今は違う。
己ですら持て余す強い感情───殺意をやっとコントロールできるようになった頃には、既に始まっていた。いつがスタートだったのかは判らない。
周囲に慣れていくに連れて、キンタローは様々なものに対して好意というものを持てるようになった。初めての感覚に戸惑いを感じたが、決して不快なものではない。そして、そう感じる心から周囲への興味が広がっていったのだ。
色んな感覚をリアルに感じられることが単純に嬉しかったのである。ここで感じた喜怒哀楽は全てキンタローのものなのだ。
『なのに、何故、アイツにだけは好意の種類が違ってしまったのだろうか…』
キンタローはどれだけ考えても答えを出せなかった。今はそれがとても苦しい。考えれば考えるほど、胸が締め付けられて息が出来なくなる。他の誰に抱く感情よりも温かく感じられるのに、それが時折切なくて苦しいものに変わる。隣りにいて、全面的に寄せられる無防備な信頼が、とても嬉しく思えるのに、何故か辛くも感じられた。
かといって、己の位置を誰にも譲ることなど考えられず、抑えられない感情と理性の狭間を、キンタローはずっと彷徨っていた。
『何故このような感情を抱くようになったのだろう…』
何度投げかけたか判らない自問自答を頭の中で繰り返す。
心底殺したい相手だった。
強い憎悪の感情しか抱けなかった相手なのだ。
何がきっかけで好きになったのか判らない。
気付いたときには遅かった。
今はシンタローが欲しくて仕方がない。強い独占欲が己の中で蠢いていて、どうすることも出来ない。この感情で相手を潰してしまいそうで、壊してしまいそうで、今の位置から動くことが恐い。
ただ、一緒にいたい、ではすまない感情。
己の中に根付いた感情は、そんな生やさしいものではない。
生々しくどす黒い独占欲にまみれ狂気を含みながらも、初めて抱いた恋心。
『苦しいものだな…』
何故、好きな人を想うだけなのに、こんなにも苦しみが伴うのかが判らない。シンタローを想う時間を幸福に思えたら良いのに、現実の感情は欲を伴い微塵も綺麗なものではなかった。
黒い瞳に他の者を映すのが我慢できない。
自分以外の者に笑いかけることが許せない。
何処かに閉じ込めて、ずっと二人で居られたら─────。
そんな思考にいたって、キンタローの秀麗な顔に自嘲の笑みが浮かぶ。あまりにも非現実的な考えに、己は狂っているのではないかと思った。
『大体から…アイツを閉じ込めて俺はどうする気なんだ』
シンタローは誰かに飼われるような性質ではない。閉じ込めておくことなど出来ない。
彼は『自由』と『希望』なのだ。
彼に似合うのは、暗く閉ざされた狭い地下室ではなく、輝く陽光を全身に浴びることが出来る真っ青な空と海と大地だ。繋がれた鎖よりも、大きな翼が似合う。
キンタローが一番好きなシンタローは『そこ』に存在するのだ。
青の一族の中にいながら、異なった容姿でしがらみを断ち切る美しい刃であり、それでもその刃は傷つけるために在るわけではなく、皆を包み込む暖かな希望を生み出す。
『アイツが好きだ…』
そう心の中で想いを吐き出して、現実には重々しい溜息が一つもれた。
目を瞑れば脳裏に浮かぶのは黒髪の従兄弟の笑顔。見惚れるような笑顔で「キンタロー」と呼びかける彼の声が鮮明に蘇る。
『好きで…好きで……気が狂いそうだ』
自分の感情を押しつけて、そのまま腕の中に閉じ込められたなら、とそんな思考がキンタローの頭の中でグルグル回る。相手を困らせたいわけではないのに、思考回路がどんどんマイナスへと向かっていく。
狂気じみた時を共に過ごしたいわけではない。
それでも、止まらない感情。狂おしいほど愛しい存在。
『シンタロー…俺は…』
キンタローは再び一度溜息をつく。
独占欲に溺れそうになり、必死で藻掻き苦しむ。それでも沈んでいく気持ちに押し潰されそうになったとき、訪問者を告げる機械的な音がした。意識が一気に現実に引き戻された。
「遅くに悪ィな…起きてたよな?」
深夜に訪れたシンタローを部屋に招き入れたものの、キンタローは半身の姿を目の当たりにして思考回路が上手く働かなかった。
目に見えない繋がりがあるため、普段なら相手の動向に必ず気付く。だからシンタローが姿を現す前にここへ来ることに気付くことが出来るのだ。
だがしかし、今まで深く沈んだ気持ちに囚われていて、キンタローは全く気付かなかった。
予想もしなかった突然の来訪に、ただ驚き、自制することにのみ神経を使う。おかげでシンタローが話しかけてくる台詞は全くキンタローの頭に入らなかった。想い人の声だけが、静かに頭の中で響いていく。
「キンタロー?」
訝しげな顔を向けられて、キンタローは何とか返事をする。
「あ…あぁ」
「ボーっとしてんな。やっぱ寝るとこだった?」
「いや…違うが…」
「ふーん…まぁいいや」
そういって笑みを浮かべたシンタローに、キンタローの胸が締め付けられる。この男の笑った顔が好きなのに、どうしても苦しい。
シンタローに触れたくて、思わず伸ばしかけた手をキンタローは必死になって留める。強く握られた拳から感覚がだんだん抜けていき、そうすることで何とか自分を制することが出来た。
「これ、確認したいとこがあんだけどサ」
そんな様子に気付かないシンタローは、キンタローに近寄ると持ってきた書類を手渡した。
紙を受け取った際に、シンタローの香りがキンタローを惑わす。
彼にそんな気はないんだと、キンタローは必死になって自分に言い聞かせ、受け取った書類に意識を集中させようと努める。だが、紙面上の文字列もなかなか頭に入ってこない。普段なら即答できるようなことでも、なかなか答えが口から出てこないのだ。
『駄目だ…集中しろ』
このままではシンタローに怪しまれる。読み慣れているはずの書類を何度も目で追い、シンタローの質問と共に頭の中で考えるのだが一向に答えが出てこない。どうしたって傍にいるシンタローに意識を奪われていく。
「説明が悪かったか?ココなんだけど…」
いつもなら質問にはすらすら答えるキンタローが一向に口を開かないので、シンタローは疑問に思ったのであろう。一歩近寄って書類を覗き込み、指を伸ばして一文を指した。目と鼻の先の漆黒の髪にキンタローの心臓が高鳴る。
言葉を続けようとしたシンタローからキンタローは思わず顔を背けた。このままでは本当に腕の中に捕らえて離せなくなる。
今まで書類を見ていたはずのキンタローが、いきなり顔を背けたので、シンタローは驚いた表情を向ける。そんなキンタローに、何事かと真っ黒な瞳が見つめてきた。
「キンタロー?」
「……………」
呼びかけにも声が出せない。シンタローを一秒だって見ていられない。視線を合わせたら逸らせなくなる。
それなのに───。
「なぁ…どうかしたのか?」
キンタローの動作を訝しがるよりも、心配したような静かな声で問われて、思わず振り向いてしまう。困ったような笑みを浮かべたシンタローが、優しげな眼差しでキンタローを見つめていた。
「何かあったのか?」
あるにはあるのだが、キンタローはそれを言うことが出来ない。
お前が好きだ。
お前を離したくない。
お前を───。
頭に浮かんだ言葉と想いは、心の底に沈めて、静かに口を開いた。
「すまない…何でもないんだ。その…書類は、お前に聞かれて少し調べたいことが出来たから、一度預かって明日の午前中にはもう一度届ける」
調べることなどないのだが、早く一人になりたくてキンタローは嘘をついた。シンタローは黙って聞きながらその姿を見つめていたが「そっか、じゃ頼むな」と言って、書類を預けた。
再び黙り込んでしまったキンタローに、話しかける隙がなく感じたのだろう。普段なら雑談をしていくシンタローは他の話を振る様子もなくドアへと向かう。
「明日の夕方までに戻してくれれば大丈夫だからサ……おやすみ、キンタロー」
キンタローはその言葉にも何も返せず、小さく頷くことしか出来なかった。それでもシンタローは笑みを残して自室へと立ち去った。
去り際の笑顔の中に浮かんだ少し悲しそうな表情に、キンタローは気付けなかった。
ドアを閉めるとその場に崩れ落ちる。音を立てて書類が床に散らばった。握りしめていた手には、うっすらと血が滲んでいる。
『シンタロー…』
キンタローは心の中で、愛しい半身の名前を呼んだ。
次の日、キンタローはシンタローを避けるように、本人が総帥室にいない時間を狙って書類を届けた。質問への回答と簡単なメモ書きを置いて部屋を出る。
お互いにそれぞれの仕事があるわけだから、別段珍しい行動でもない。普段からよくある。
ただ、昨晩の件があるために、若干後ろめたさを感じていたキンタローであった。
それでも一日は淡々と過ぎていく。特に外へ出る用事もなく、研究室に籠もろうかとも考えたキンタローだが、仕事に全く身が入っていないのがよく判る。仕事の進みが悪いどころではなく、全く進まない。無意味に広げられた資料の数々と電源だけが入れられたパソコン。昼間に入れたはずのコーヒーが未だになみなみと残っている有様だ。
キンタローは諦めて、幾つかの論文を片手に、自室へと引き上げた。
部屋に戻ると、せっかく持ってきた論文を机の上に放り出す。昨日と同様にジャケットを脱ぎ捨てると、棚からアルコールの瓶を取り出した。グラスに氷を入れ、半分くらいまで琥珀色の液体を注ぐ。それを一気に飲み干すと流れ込む液体に焼けるような感覚を感じた。そしてソファに深く沈む。
キンタローはこれ以上何も考えたくなくて、このまま酔いつぶれてしまいたかった。
静かに目を瞑ると、やはり浮かぶのは黒髪の従兄弟。昨晩この部屋で向けられた困ったような優しげな眼差しがリアルに蘇る。間近に迫った漆黒の髪を思うと、また胸が締め付けられた。
心が赴くままに、この想いの全てを吐き出して、この腕で抱き締め口付けを交わし、望むがままに求められたら少しは楽になれるのだろうか。
自分の欲望を思うと、シンタローの涙が浮かぶ。絶対に手は出せないのだ。それでも望む心は止められない。必死に制御しようと試みるのに、だんだんとキンタローのコントロールから離れていっている。
長い間目を瞑っていたキンタローだが、溜息をつきながら目を開いた。
気が紛れるかと思って飲んだアルコールは、どうやら悪い方へ入ったようだ。
グラスに半分だったが、アルコール度数が高いだけに素面とは違う。だが、酔うには全然足りない量だ。酒に強いのも困ったものだなと思ったが、キンタローはこれ以上飲む気にはなれなかった。一瓶空けてしまえば流石につぶれるだろうと思いはしたが、アルコールを飲みたい気分でもなくなった。
これからもずっとこのままでいられるわけがない。そんな自信はキンタローにない。親しくなり始めた頃、まだ恋心を抱く前のように接することはきっともう出来なくなっているのだ。
だが、ここから動くこともまた、出来るわけがない。玉砕覚悟で想いを伝える勇気もないのだ。
どうするのがいいのか答えが見つけ出せないまま、かなりの時が流れている。
以前の自分がどう接していたか判らなくなるほど溢れ出した想いを抱えて、それでも『この場所』で立ち尽くしたまま、自分の欲望に押し潰されそうになる。
『俺は…こんなに臆病な人間だったのか…?』
あれだけこの世から消し去ってしまいたいと思った人物へ抱く感情とは到底思えない恋心。
目をつぶり、現実から遠のいていく意識の中で、愛しき存在だけがキンタローの頭の中に浮かぶ。無意識に追い求め続ける姿だ。
そうしてどれだけの時間が経っただろうか。
夢現の状態でソファに横たわっていたとき、半身が近づいてくる感覚が突然襲った。
そう感じた瞬間機械的なベル音が鳴り響き、返事をする間もなく、部屋の中にシンタローが入って来たのだった。
常に共に在ったのだから、どれだけ距離を置こうとも相手の動向が判ってしまうものなのだと気付いたのはいつの頃だっただろうかとキンタローは思った。
突然シンタローが入ってきたことに起き上がろうと思ったキンタローだが、その瞬間、シンタローへの想いが再び溢れだした。
『このままではマズイな…』
先程飲んだアルコールの所為で理性のタガが外れかかっている。頭の中に浮かぶ思考でそう思えた。そんな時に、この様な薄暗い自室にてシンタローと二人きりになってまともな対応が出来るとは思えなかった。昨日の二の舞なのは確実である。いや、それよりもっと悪いかもしれない。
欲望が赴くままに追い詰めて、腕に捉え押し倒し、泣き叫ばれても求め続けそうなエゴイスト。そんな己の姿が頭の中で映像となり、僅かに残っている理性が鎖となってキンタローを縛り付けた。
『ここで動いてしまったら…きっと全てが終わってしまう…』
目を閉じたまま無反応を決め込んだキンタローの心情など判らないシンタローは、無防備のまま黄金の獣に近づく。
眠っているように見えるキンタローの姿を目に留めて、シンタローが微笑を浮かべたのが空気の流れで判った。シンタローに限ってそこまで判ってしまう繋がりの強さを今は呪うしかない。
「キンタロー…」
シンタローはキンタローが眠るソファの近くで身を屈め、顔を近づけ小さな声で呼びかける。近づいた気配に、キンタローの心臓がドクドクと大きく脈打った。
至近距離で顔を見つめたまま微笑を浮かべているシンタローに『早く去ってくれ』とキンタローは心の中で祈る。
だが、その祈りも虚しく、シンタローが今の位置から動いたかと思うと、従兄弟はキンタローの様子を窺いながらそっとソファの端に腰を掛けたのだった。
シンタローが持ち得る穏やかで暖かな空気に包まれる。
キンタローの理性はもう限界であった。手を伸ばせば、確実に捕らえられる距離にシンタローがいるのだ。
眠っているものだと思っているシンタローは、キンタローの顔に己の顔を近づけた。
それは眠り続ける彼の弟にするのと同じ仕草なのであろう。間近真正面からしっかりと顔を捉え、金糸の髪に手を伸ばしてそっと触れる。
特別な意味はないはずなのに、特別に思えて仕方がない。
そうしてシンタローは更に顔を近づけて、キンタローの髪にそっと口付けを落とした。
その瞬間、キンタローの中の何かが崩れた。それは理性という名の鎖か。それとも自制という名の心の壁か───。
己の意志でずっと閉ざしていたブルーの目を開き、真っ直ぐにシンタローを捉える。
突然起きたように見えたキンタローに驚いたシンタローは、反射的に離れようと顔を上げた。だが、キンタローは逃がさないようにその腕を強く引く。その勢いでシンタローの体がキンタローの上に倒れ込んだ。
キンタローの突然の行動に心底驚いたのであろう。シンタローは言葉も出さずに逃げようと身を捩る。しかし、そんなシンタローをキンタローは強い力で抱き締めた。
「キン…ッ」
そして何か言おうとしたシンタローの顔に手を伸ばす。
『こんな俺に気付かず近づいたお前が悪いんだ…シンタロー…』
心の中で言い訳をして、その唇に己の唇を合わせた。
『もう…戻れない』
真っ黒な瞳が見開かれ、キンタローを見つめる。唇が触れたまま、青と黒の視線が絡み合った。
キンタローはゆっくりと起き上がり、それに合わせてシンタローも起きあがる。そしてその流れのまま、今度はゆっくりとシンタローをソファに押し倒した。
組み敷かれた体勢は男として屈辱であろう。シンタローのような男には特にそうだ。それを解っていても、逃がすつもりのないキンタローは己の下に獲物を収めた。
硬直しているシンタローは抵抗をしないというよりも動けないのだろう。驚愕して固まっているのがよく判る。キンタローの顔が近づくとシンタローは反射的にその目を閉じた。
キンタローは再び唇を重ねて強い力で愛しき半身の体を拘束した。
例え硬直して動けないだけだとしても、大人しく腕の中に納まっているシンタローに欲望は膨れ上がり、口付けは次第に深くなる。唇を割って入ると逃げようとする舌に己の舌を絡ませた。
何度も。何度も。息をする間も与えずに───。
無抵抗のまま動けずにいるシンタローから漸く力が抜けてきたという頃に、キンタローは重ねていた唇を離し、涙で濡れた黒い瞳に見つめられながら、深く深く沈ませた心の内を吐き出した。
「…好きだ、シンタロー」
ただ一言。たった一言なのに、それでもその言葉は重すぎて、キンタローには抱えきれなかったのだ。
シンタローはキンタローを見つめたまま何も答えない。言葉を失っているようであった。
当たり前だろう、とキンタローは思う。突然従兄弟に押し倒され、訳が判らないまま口付けらたかと思えば、挙げ句男からの告白だ。普通の人間なら固まって当然なのだ。嫌悪の目で見られ、拒絶されてもおかしくない。
シンタローはノーマルだ。それは共有している記憶から、キンタローは嫌と言うほど判っていた。
キンタローも男が好きなわけではない。だが、シンタローだけは違った。
『別に…答えが欲しかったわけではないんだ…』
ただキンタローを見つめているシンタローに焦がれて、苦しそうな視線を返す。
その青い目には、拒絶しても離さないという激情よりも、拒絶しないでという懇願の色が表れていた。キンタローは辛そうに歪められた顔と縋るような青い眼を向け、シンタローの反応を待たずに再び口付けた。そのままシンタローの躰を包む衣服に手を掛ける。キンタローの手が触れるとビクッと体が少し跳ねる。それに構わずボタンを外し前をはだけさせると、表情を隠すように唇を移動させながら舌を這わせた。
『もう止まれない…』
キンタローの言葉にシンタローからの答えはないが、触れるとその体からは反応が返ってくる。こんな感情で無理矢理抱きたくないと思いながらも、溢れ出した心は止められない。この従兄弟を自分の欲望の慰みものにしたくはないのに、キンタローは引き下がることが出来なかった。
キンタローが心の中で押さえつけていた感情が激しさを増して溢れ出して止まらない。後悔すると判っていても、シンタローに触れることを止めることが出来ない。キンタローは激しい感情の波に飲まれて、少しずつシンタローを犯していく。
『シンタロー…ッ』
キンタローの心の中で砕け散った理性の破片が、愛しき半身の名前と一緒に悲哀の叫びをあげた。
そうして首筋に強く吸い付くと、シンタローの唇から吐息が洩れる。それと同時に、キンタローの背にゆっくりとその手が添えられた。
驚いて顔を上げると、少し上気したシンタローが、恥ずかしそうな顔をキンタローに向けている。
「コラ…お前は好きだと言ったら直ぐに押し倒すのかヨ」
そう言って、笑うとキンタローに腕を伸ばす。キンタローは感情の赴くまま、シンタローに抱きついた。キツク抱き締めると、今度はきちんと抱き締め返してくる。
「シンタロー…」
「ビックリしてフリーズしたぞ…少しは待てよなァ」
シンタローの台詞にキンタローは何も返せずにいると、にっこりと微笑まれた。
「お前も俺と同じだとは思わなかった」
「同…じ…?」
キンタローはその台詞に呆然と問い返す。そんな金髪の従兄弟に、シンタローは微笑みを崩さぬまま言葉を続けた。
「聞き返された恥ずかしーだろ…ちゃんと察しろヨ」
「…俺が都合良いように解釈して構わないということ…か」
「他にどう解釈すんだよ───お前が好きって言って…俺は同じって言ったんだから」
キンタローに抱き締められたまま、シンタローはそう言って照れたように少し顔を赤らめた。そんなシンタローが愛おしくて仕方がない。離すことが出来ない。
キンタローをあやすように抱き締めていたシンタローが、金糸の髪に手を伸ばし優しく梳く。その手を心地よく感じていると次はキンタローの頬に触れてきた。今までシンタローをきつく抱き締め、その肩に顔を埋めていたキンタローだが、触れられた手に誘われてゆっくりと視線を合わせる。
そうすると、今度はシンタローから口付けてきた。一瞬驚いたキンタローだが、すぐに主導権を奪う。先程と同じように絡めた舌から逃げられることはなくシンタローもしっかりと絡め返してきた。濡れた音が互いの耳を侵していく。
口付けを交わしたまま長いときが流れた。そうして体は高ぶっているはずなのに、それを素直に受け入れられずに戸惑うシンタローは、それ以上キンタローを求めてこようとはしない。キンタローはシンタローの心情を察しはしたが、だからといってやっと捕まえた獲物を逃がすようなことをするつもりはない。
「…キンタロー…」
シンタローの上半身を完全に露わにすると、半身は不安げな声を上げきた。
キンタローは名前を呼ばれて視線を合わせる。声と同様に不安が顕れた黒い瞳がじっとキンタローを見つめていた。相手の気持ちは解るのだが、ここで引き返せというのは酷な話である。沈めていた気持ちが溢れ出した今、体中がシンタローを欲して熱を宿しているのだ。
シンタローも男の習性としてそれを解っているから、止めろとは言えないのである。
「すまない、シンタロー…───俺は今すぐお前が欲しい」
言い訳も何も出来ないと思ったキンタローは、潔く一言だけ謝ると、唇を重ねながらその体に手を這わせて、シンタローに刺激を与えていった。
快楽を与えるのと与えられるのでは根本的に違うのであろう。キンタローの手の動きに合わせて、シンタローの体が快感に震えていく。慣れぬ感覚と不安のせいか、シンタローは縋り付くようにキンタローの背に手を回した。
常に威風堂々としていて、意志の強い目を向けるシンタローが、救いを求めるように弱々しく抱きついてくる。そんな半身が愛おしくて、キンタローはシンタローにどんどん溺れていった。
「ん……は…ぁ…」
重ねていた唇を離すと、微かな吐息と甘い声が洩れる。それがシンタローのものだと考えただけでキンタローの脳髄に刺激が響き渡った。本能を制御していた理性はどんどん効かなくなっていく。
中心に手を伸ばすと、ダイレクトな快感にシンタローの体が大きく跳ね上がった。キンタローは邪魔な衣服を全て剥ぎ取り、露わになった下肢に遠慮なく手を伸ばす。
「ぅあ…キンッ…タロ…や…ぁ…」
抱かれるということへの緊張とそれを上回る程に与えられた快楽で、シンタローは半ば訳が判らなくなっているようだった。キンタローに縋り付いた腕の片方は乗り上げた体を強く引き寄せるのだが、もう片方の手は己に触れてくるキンタローの手を邪魔するように伸ばされた。
その手にシンタローの体液で濡れた己の手を絡めると、キンタローはもう一方の手で容赦なく行為を続ける。
そして間もなくシンタローは一際高い声で啼くと、キンタローの手にされるがまま熱を放った。
己の体を汚すのはいいとしても、服を着たままだったキンタローのシャツにも白濁した液が付く。少し放心状態のシンタローの目の前で、キンタローは見せつけるようにその手に付いた液体をペロリと舐めた。呆然と見つめてくる従兄弟の視線を受けながら、キンタローは漸く身に付けていたものを脱ぎ捨てた。
露わになったキンタローの猛りを目の当たりにして、シンタローは若干腰が引ける。
キンタローはそんなシンタローに再び手を伸ばすと、有無を言わさず押し倒した。そして熱を解放したばかりの中心に再度手を絡め、次に放たれた体液で濡れた手を埋めていく。
シンタローは異物感に圧迫されて苦しそうに息を吐き出したが、それでもキンタローを拒むようなことは一切しなかった。
この余裕がない状況で拒否するような台詞を言わない気遣いを嬉しく思う。そして、ただひたすら耐える愛しき半身の姿に、キンタローは痛みではなくもっと快楽を与えたいと思った。
初めて触れた体の内部を探るように指が動く。キンタローの青い眼は欲に濡れながらも、獲物を狙う獣さながら、シンタローの変化を見逃さないようにと鋭い輝きを放っている。
最初、目を瞑って苦しそうに息を吐き出していたシンタローだったが、それは次第に甘さを含んだ吐息に代わる。快楽に震え、キンタローに縋るかのように伸ばされた腕が、のしかかる従兄弟の背に弱々しく回された。
一滴の涙が頬を伝うと、キンタローはそれを舐めてとる。するとシンタローの黒い瞳がうっすらと開かれた。
そして、キンタローの青い眼と視線が絡み合った瞬間、シンタローは今までになく激しく反応を返した。
キンタローの動き全てに声を上げる。
「あっ…ぁあ…ん…はぁ…キ…ン…」
キンタローを呼ぼうとしたようだが、息が上手くできないようで途切れ途切れになった。そんなシンタローの耳元に唇を寄せると耳を軽く咬む。悪戯心を起こして、そのまま舌で刺激するとシンタローは耐えきれずにぎゅっと目を瞑り、キンタローに強くしがみつく。快感に震えるその姿に満足をして、キンタローは耳に唇で触れながら、直に鼓膜へ響くような低い声で返事を囁いた。
「何だ、シンタロー」
耳に響いたその声で、シンタローは己の意志とは無関係にドクリと再び熱を放った。
まさか声だけでイクとは本人も思っていなかったのだろう。己の痴態にシンタローの顔が真っ赤になった。涙を浮かべてその顔を手で覆おうとしたが、キンタローはそれを許さずその手を掴んで真上から顔を覗き込む。
青い眼で見つめたシンタローは、真っ黒な瞳から止め処なく涙が溢れ出し、羞恥でその顔が紅く染まっていた。
「キ…ン…タロー…」
己を呼ぶ涙声とその姿に煽られて耐えられなくなったキンタローは、シンタローが名前を呼んだ意味も聞かぬまま、その唇に一度口付けを落とすと、指を引き抜き一気に貫いた。
「─────ッ!!!」
その衝撃にシンタローの口から声にならない悲鳴が上がる。だがキンタローはそれに構わず激しく攻め立てる。
「あ…んあッ…ああぁッ」
果てて直ぐに与えられる激しい刺激にシンタローは悲鳴のような嬌声を上げた。キンタローはそれに構わず己の猛りをぶつける。
「愛してる…シンタロー」
「ぁあ…ッ…ん…ぁ…ふぅ…あ…ぁ…ッ」
キンタローの動きに合わせて、シンタローの口から止め処なく甘い声が洩れた。
「シンタロー…」
「あ…ん…ぅ……オレ…も…愛し…んぁああッ」
休む間もなく快感を与え続け、キンタローは直ぐさま獲物を追い詰めていく。シンタローがまた熱を放つと、内部の収縮に耐えきれずキンタローも後を追った。
二人揃って荒い息をする。
『足りない…』
キンタローは、呼吸を整えようと大きく息をしていたシンタローに手を伸ばして、その体を抱き上げる。そして自分のベッドルームに連れていった。当たり前だが、どう考えてもこのままソファでは狭いのだ。
キンタローはシンタローをベッドに降ろしながら口付けた。絡み合う舌が水音を立てる。
絡められた舌に翻弄され、キスに夢中になっているシンタローからキンタローが唇を離すと、物足りなさそうな黒い瞳が見つめてきた。
キンタローはそんなシンタローに手を伸ばして体を反転させる。四つん這いの姿勢にさせたが、既に体に力が入らないシンタローの膝はガクガクと震えていた。先程キンタローの熱を受け止めた箇所は濡れたままだ。
自分の体勢を上手く保てないシンタローに構わず、キンタローは後ろから再び貫く。
「ッあああぁ───ッ!!!」
いきなりくるとは思っていなかったシンタローは、突然の衝撃に悲鳴を上げた。
「シンタロー…愛している…」
「キン…タ…ロッ…はッ…ぁあ…もう…んぁッ…無…理だ…ッて」
「俺はまだ…お前が足りない」
「んぅ…はッ…キン…ッ」
キンタローは崩れ落ちそうになるシンタローの体を支えるように手を伸ばしたが、それでも容赦なく攻め立てる体勢は変わらない。
荒い息づかいと、甘い啼き声と、濡れた音だけが、部屋の静寂を支配していった。
それからキンタローは己の欲望が果てるまで、シンタローを求め続けた───。
狭いソファからベッドへ移動し、その後もなかなか離してもらえなかったシンタローは、キンタローの腕に抱かれながらぐったりしている。強靱な肉体と溢れんばかりの体力を誇る現ガンマ団総帥も、補佐官の欲望を全て受け止めて、流石に精根尽き果てたようであった。
まだ少し苦しそうに息をしているシンタローに、キンタローは先程持ってきたミネラルウォーターを渡した。大人しく受け取ったシンタローだったが、キャップに手を掛けたものの開けることが出来ない。
『…………やりすぎた』
キンタローはペットボトルをシンタローから取り上げてもう一度自分の手に戻すと、キャップを外しシンタローの口にあてた。ボトルをゆっくり傾けると、シンタローはそれに合わせて少しずつ流れてくる液体を飲み込む。されるがまま腕の中で大人しくしているシンタローにキンタローは愛しさが込み上げてきた。
『…………可愛い』
シンタローが首を振って満足の意を示すと、キンタローはキャップを締めてボトルをベッドサイドに置く。それからもう一度緩い力で抱き締め、今は乱れている漆黒の長い髪を指で梳いていった。
しばらく大人しくしていたシンタローだが、水を飲んでようやく一息つけたらしい。まだ苦しそうだが、やっと口を開いた。
「お前…ヒド…ここ…まで…やんなくっ…たって…」
掠れた声で抗議を訴えたものの、半分以上は甘えた声なので怒っているわけではない。だが、先程は快楽に濡れて焦点が定まらなくなっていた黒い眼は、いつも通りの鋭い輝きを取り戻してきている。
「…すまなかった…シンタロー…」
キンタローが殊勝な態度で謝ると、シンタローはそれ以上咎めてはこなかった。髪に触れるキンタローの手を心地よさそうに目を閉じた。
「何かさ…展開が…早ェと思うんだけど…」
それにも反論が出来ないキンタローだった。我慢が出来ず、早々に手を出した自覚はたっぷりある。
何て答えればいいのか判らないキンタローの空気を感じ取ると、ようやく余裕が出てきたのか、シンタローはふっと笑みを洩らす。
「怒ってる訳じゃねぇーから…気にすんな。まどろっこしいのは嫌いなんだ。欲しいもんには速攻勝負って態度は嫌いじゃねェヨ。まぁ、お前と俺だから言えることだけどさ」
そう言って笑ってくれるシンタローを、やはり好きだ、とキンタローは思った。
あれ程悩んで下降していた気持ちが、一気に上昇して、晴れ晴れとした気持ちになっているのがよく判る。相手次第でここまで変わるものかと、キンタローは思わず苦笑した。
それを見たシンタローが、きょとんとした顔をして見つめてくる。
「いや…お前次第で随分と違うものだな…と思って」
「…………?」
「先程まで、随分と暗い気持ちで沈んでいたからな」
「何で?」
「決まっているだろう。お前が欲しかったからだ、シンタロー」
キンタローが真顔で言うと、シンタローの顔が薄紅色に染まる。素直に反応を返してくれるシンタローが可愛くて、キンタローは抱き締める腕に力を込めた。シンタローに視線を合わせて、淡々と想いを告げていく。
「受け入れてもらえるとは到底思わなかった。だが、抑えつければつけるほど、お前を思う気持ちはどんどん制御を失っていく…どうすれば良いか判らなくて、どうにも出来ないと思っていたんだ。お前のことが好きで、好きで、狂いそうなほど好きで…」
「わ…解ったッ!!解ったから…もう…それ以上言うなッ!!」
これ以上ないほど顔を真っ赤に染めたシンタローは、恥ずかしさの余りキンタローの腕から逃れようとしている。しかし逃がすつもりのないキンタローは、体勢を変えて再び組み敷くと、真上から覗き込んだ。
「………シンタロー、そんなに恥ずかしがることか?」
「あ…当たり前だろ!!」
「ふむ…。なら、次からはもう少し考えるか」
「考えるって…?」
「お前を抱いているときなら聞いてくれるのだろう?」
「~~~~~ッ!!!」
「さっきは大人しく聞いていたじゃないか。失敗したな、欲に負けて言い足りなかった…」
キンタローは本気で残念に思ったのだが、その台詞にシンタローは二の句が継げない様子である。涙混じりの目で睨んでいる。もっとも、そんな目で睨んでも全くもって迫力がないのだが…。
『関係が変わると見える姿も変わるものなんだな───こんな反応は全て可愛く見えるぞ、シンタロー』
声に出すと怒られるのでこっそり心の中で呟いた。自分と同じ体格の男を捕まえて可愛く見えるときたものだから、正に恋は思案の外だとキンタローは思う。
そして言葉を探しているシンタローをこのまま封じてしまおうと唇を重ねる。失敗すれば確実に罵詈雑言の嵐となるのだが、もくろみは成功したようである。抵抗されることなく、シンタローの腕がキンタローの首に回った。
そのまましばらく口付け合っていると、だんだん体に熱が宿っていくのを感じる。
『さっきあれほど無茶をさせて悪かったと思ったのに……俺も懲りないものだな』
さすがにこれ以上シンタローに負荷をかけられないと思ったキンタローは、収拾がつかなくなる前に唇を離した。目先の欲に負けないよう、これから先のことに目を向ける。
これからは『恋人』として、今まで見たことがないシンタローを見ることが出来るのだと思うと、キンタローは嬉しいと同時に期待と喜びで胸が弾んだ。新たな日常が加わるのだ。
『また新しい自分を見ることもあるのだろうな』
片想いをしていたときも、新しい自分を見つけた。
初めて抱いた恋心に振り回され苦しんだ。己の中に蠢く暗くて汚い感情を初めて知った。あまり良いものではなかったのだが、それも含めて自分なのだとキンタローは今ならそう思える。
相手を想う切ない気持ちとまた同じくらい暖かな気持ちもこれで知ったのだから───。
恋心。恋い慕う心が愛を手に入れ変化した。
二人の『恋愛』事情はきっとこれからも変化していく。
ENDLESS LOVE is ...
光り輝くように綺麗な金色と宝石のような輝きの青色。
手に入らない宝物のような思いで見てきた、髪と眼。
昔はそれでウジウジしていることもあったような気がするが、今となってはどうでもいいことだ。
そうシンタローは思っているのだが、それでも金色の髪と青い眼につい反応をしてしまうことが偶にある。
『気にしているわけじゃねぇけど…気になんだよなぁ…』
シンタローは目の前にいる涼しげな顔をした金髪碧眼の恋人を見ながらそう思った。
世間一般で恋人同士である二人が、空いた時間を一緒に過ごすのは珍しいことではない、というより普通だ。
これはシンタローとキンタローも同じである。
二人には、完全なる休みという日は滅多にないのだが、少しでも自由に使える時間が出来ると、食事を一緒にとったり、他愛もない会話を楽しんだり、手合わせをしたりと二人の時間を楽しむ。夜に互いの部屋を行ったり来たりしてよろしくやることもしばしばだ。
よくグンマに「また仲間はずれにしたーッ」と拗ねられるのだが、仲が良い従兄弟と過ごす時間と恋人同士の時間は全く別物なのだから仕方がない、ということにしている。
そして、この二人の場合、仕事上の関係でも行動を共にすることは珍しいことではない。ガンマ団の新しきトップとそれを補佐する者なのだから、仕事上の絡みは、プライベートよりも遙かに多いと言っても過言ではない。
この日も例にもれず、シンタローとキンタローは一日ずっと行動を共にしていた。
いつも通り予定が詰まっている日であった。
朝一で目を通さねばならない書類の束、昼過ぎに呼ばれている会合があり、その前に一度支部へ立ち寄りたい。更に会合の後、本部へ戻りその頃には届いているはずの書類に急いで目を通して、そのまま夕方からの会議へ出席だ。移動時間も端末からデータを呼び出し報告書に目を通さなければ、仕事が追いつかない状態である。
一度遠征に出てしまうとなかなか戻ってこない二人なだけに、本部にいる間は、こういった予定が次から次へと舞い込んでくる。書類や会議は別として、会合や会食はひっきりなしに呼ばれるのだ。
朝から細かい文字を目で追うのはいまだに億劫だ、と思いながら、シンタローは紙の束を机の上に置いた。嫌だからと言って読まないわけにはいかないので、こういうものは集中してさっさと片付けるに限るのだ。今日はこれよりも気が滅入る会合が昼に待っているのだから、こんなところで既に疲れている場合ではない。
読み終えた書類をまとめて置くと、視界の端に、窓から入り込む陽光を反射する何かが映る。それは確認するまでもなく、半身の金色の髪の毛が眩しく輝いている証拠であった。
キンタローに視線を向けると、黙々と書類を読み進めているところである。ちらりと見た限り、残すところ後数ページのようだ。
ひとまず自分の仕事を終えたシンタローは、最初キンタロー髪の毛を見つめていたが、だんだんとその思考が半身そのものに奪われていった。
キンタローが大人しく書類を読んでいる姿は正に『出来る男』を思わせて、それだけで格好良く目に映る。ビジネス雑誌の表紙を飾りそうな絵になっているのだ。
『まぁ、随分と化けたもんだよな…』
凶暴で手を付けられないキンタローを知っているだけに、この様に紳士的な姿を目にすると、シンタローは何となくおかしくなってしまう。シンタローも社交の場では上品に振る舞ったりするが、この男の化けっぷりには到底敵わないと思うのだ。
「シンタロー」
ふいに声を掛けられて、シンタローの意識が現実に戻る。
「ん?」
視線をそのまま返事を返すと、キンタローはシンタローの方を向かずに言葉を続けた。
「さっきから何を見ている?」
「…へ?」
キンタローの質問にシンタローは間抜けな声を出す。
最後の一枚を読み終えたキンタローは、書類を丁寧に整えると、青い眼をシンタローに向けた。
「お前の視線だけはよく判る」
「……………」
「何を見ていたんだ?」
「……………なんでもねぇよ」
一言で言えば「見惚れていました」というわけなのだが、陽も昇りきっていない午前中から総帥室でシンタローがそんな言葉など口に出来るはずがない。キンタローならばそういった台詞がサラリと出てくるのだが、シンタローはそうもいかない。
質問に答えず視線を逸らすと、微かに笑う気配を感じた。
今キンタローの方を向けば、微笑というレアな表情の半身を目にすることが出来る。だがしかし、視線があった瞬間、流れからいって自分が赤面する羽目になるのだ。
「クソ…可愛くねぇー…」
シンタローは小さな声で悪態をつき、キンタローへ視線は向けず「終わったんなら行くぞ」と促して、総帥室を出ていった。背後でしっかりと笑う気配を感じたが、シンタローは無視を決め込んで歩いていった。
本部を出てから支部へ立ち寄るまでは順調だったのだが、その後の会合はシンタローにとって、この上なく非常に疲れるものであった。
昼間に出席した会合は、同業者同士のものだ。
こんな陽が高い内に揃いも揃って暇なもんだとシンタローは思うのだが、実際に手足となって動くのはその下の者達である。案外、こういった荒事を生業とする組織以外でも、上というのは時間があるものなのかもしれない。全員がと言うわけではないが、報告書しか読まずに、現場の実態が上に届かないというのはよく聞く話だ。
現ガンマ団トップのシンタローはどうかといえば、現場にはいる。従って、実状がどうであるかきちんと把握しているところは、下で働く者達にとって非常に有り難い。それは有り難いのだが、シンタローは大将であるにも関わらず、先陣切って突っ走る。難解であればあるほどスピードが速い上、皆が無理だと悲鳴をあげるような所も一人で突き進んでしまう。それは非常に有り難くない話だ。周囲の者は心臓がいくつあっても足りないと思うのだが、それで勝利を収めるのだから文句を言っても聞かない。無能とは違うのだろうが、これはこれで問題な上司なのであった。
シンタローが揃いも揃ってと思った会合だが、内容自体は有益なものである。
同業者同士馴れ合うわけではないのだが、やはりギブアンドテイクで、どの時代も情報交換は必要なのだ。ガンマ団総帥の立場からしても、シンタローはそれを解っているからきちんと出席する。一団体として、周囲との繋がりもきちんと作っておかなければならないのだ。
だがしかし。互いの立場を理解し、礼儀を守った上での会話なら問題はないのだが、人が集まるとはみ出る者は何処にでもいるものだ。
この会合も同じで、有益な会話の分だけ、無益な関わり合いも生じた。今回は新参者も多かったからかもしれない。見慣れない顔をいくつも見た。
利益のみを考えて人や組織と付き合うわけではないのだが、こうも相手が露骨だと「無駄だ」と切り捨ててしまいたくなるのだ。
相手の邪な思惑をを上手く会話でかわすことが出来ればいいのだが、シンタローはどうしても拳が出そうになってしまう。自分の短気は考えものだよなと思うのだが、ガンマ団総帥としてこれでも充分我慢している方なのである。
こんな総帥をキンタローが補佐して、これといったもめ事も起こらず和やかに時間が過ぎていくのだが、シンタローとしては、それはそれで微妙な気持ちなのであった。
『いつの間にこんな会話術を身に付けたんだか…』
キンタローは総帥に付き従う基本姿勢を崩さない。場の流れから二人別々になることもあるのだが、最終的には必ず傍にいる。
『随分とまぁ…優秀に育ったもんだ…』
キンタローの会話を聞きながら、シンタローも社交用の穏やかな笑みを浮かべた。
キンタローが傍を離れると、ふとした瞬間目が追ってしまう。
人の合間を縫って視線が重なった瞬間、微かな笑みを目元に浮かべられ、思わず心臓が跳ね上がった。
『本当にまぁ…随分格好良く育ったもんだナ…』
心の中で溜息をついたシンタローだった。
無事に会合も終わり、後は本部に戻って書類と会議だけだと、ホテルを出てから用意された車に乗り込もうとしたシンタローだが、肩を掴まれて振り返る。
己の背後には無表情のキンタローがいた。
「俺が運転する。少し時間に余裕があるから寄りたいところがある」
「寄りたいところ?何処だよ?」
「………ついて来い」
そう一言残してキンタローは歩いていってしまう。
シンタローは運転手に軽く挨拶をしてチップだけ渡すと、慌ててキンタローを追いかけた。
ホテルの裏手に回ると、何時の間に用意したのか一台の車の前でキンタローが待っている。レンタルなのだろうが、ネイビーブルーのそれはキンタローによく似合っているように思えた。
唐突な行動に文句の一つでも言ってやろうかと思っていたシンタローだが、その立ち姿に気がそがれてしまう。思わず下を向いて苦笑してしまった。
「カッコイーじゃねぇか」
文句を言うのは諦めて、少し離れた位置からしげしげと見つめながらシンタローは素直な感想を口にした。対するキンタローは表情一つ変えずに答える。
「車がか?」
「…さぁな───この車はお前が選んだの?」
「いや。そこのレンタカーのものなんだが…」
そう言ってキンタローが向けた視線の先を見ると一軒のレンタカーが見えた。この様なホテルの裏通りとは随分と変なところにあるように思えたが、廃れているようには見えないのでそこそこ利用者がいるようである。
「スピードが出るものを頼むと言ったらこれになったんだ」
店員がキンタローを見てこれを選んでくれたのかなと思いながら、次の瞬間今の台詞に聞き流せない一言があったことに気付く。
「キンタロー…スピードって何だ?」
「……………」
シンタローの質問には答えずにキンタローはさっさと運転席に乗り込んでしまう。
何か良からぬ事を考えているなと思ったシンタローだが、乗る以外に他ない。ここから車で本部へ戻るには結構な時間が掛かる。シンタローは、直ぐ傍にあった自動販売機で缶コーヒーを二つ買って、仕方なく助手席に乗り込んだ。
走り出しは穏やかなものだったが、大きな道に出ると、周りにあまり車がないのをいいことにキンタローはどんどん加速していく。シンタローもスピードを出す方だから文句は言わなかったが、キンタローらしくない運転だ。
チラリと横を見ると明らかに不機嫌な紳士がいる。
『さっきまで普通だったと思うんだけど……やっぱ何かあったかな?』
先程の会合を思い出してそう思う。始終穏やかそうに見えたキンタローだが、内面は自分と良く似たものを持つのをシンタローは知っている。
暫く黙って横で大人しくしていたシンタローだが、周りに車が一台も見えなくなると買ってきたコーヒーを飲みながら口を開いた。
「───で、キンタロー。どこに寄るつもりだって?」
キンタローの台詞はあの場を難なく立ち去る為の口実だと判っていたが、シンタローはあえて口にしてみる。何と返してくるかと思えば、
「ただの口実だ」
と不機嫌な声が戻ってきた。声のトーンが随分と低い。
機嫌の悪さがよく判ったシンタローはいたずらに刺激しないよう、率直に疑問を口にした。
「何をそんなに怒ってんだヨ?」
シンタローの指摘で更に気配が嶮しくなる。返答は返らずに暫く黙りかなと思ったシンタローだが、車の中は二人きりだ。特に気を遣う必要もないと思ったのか、キンタローは直ぐに応えた。
「不穏な輩が多すぎる…」
キンタローの唸り声に『やっぱりさっきの会合で何かあったんだな』と思いながら会話を続ける。
「まぁ、同業者、やってることがやってることだし…」
「それじゃない」
シンタローの台詞を不機嫌な声が遮った。あからさまに不機嫌な声だったが、シンタローは特に腹を立てることもなく、じゃぁどれだよと疑問に思いながらキンタローを見る。声は荒々しい響きもち、雰囲気は物騒なものなのに、運転をしている所為でそれが表だって出てこない。機嫌の悪さからいって実際は物騒な猛獣なのであろうが、理性が保たれているおかげで、少し危険な香りをさせる程度に留まっている。不謹慎にも少し見惚れてしまったシンタローだ。
もっとも、それは慣れているシンタローだからであって、他の者ではそんな呑気に捉えられないだろうが───。
運転をしているから視線は合わないが、シンタローが見ていることは判っているはずだ。視線で促されたキンタローは言葉を続ける。
「お前に対して邪な感情を抱く者が多い」
「あー…まぁ、ガンマ団総帥だからな。俺に取り入って甘い汁を吸いたいヤツが出てくるのは仕方ねぇだろ…」
シンタローは総帥になった時、組織の大きさと影響力をあらためて実感した。周りの者が向ける視線が今までと明らかに違うのだ。
反吐が出るほど媚びを売られたり、陥れてやろうと常にぎらついた目を向けられ、己の傘下に入れようと立ちふさがられたり、思惑は様々だが決して友好的でも穏やかなものでもなかった。
シンタローも大人しくそんなものに負けるような性格ではないから、話し合いという名目で、表では穏便に、裏では手荒にかわしている。
「それも違う」
キンタローからまたもや否定の台詞を返されて、シンタローは首を傾げた。
他にこの補佐官を怒らせるようなこととは一体なんだ───。
「じゃ、何だよ?」
そう言うシンタローの台詞に、キンタローはいきなり車を止めた。突然の行動にシンタローはキンタローを凝視する。荒々しく止まった車に真っ黒な瞳が驚きで見開かれた。
「何してんだ?」
シンタローの台詞にキンタローが振り向く。青い眼に激しい感情が表れていた。
「何故、お前は解らないんだ」
「だから何が?」
「こういうことだ」
キンタローはそういって身を乗り出す。反射的に逃れようとしたシンタローを押さえつけて荒々しく口付けた。
『どういうことだーーーッ?!』
シンタローの心の叫びは届かず、激しい口付けはそれだけでは済まなくなる程長く続けられた。解放を望んでも強い力で押さえつけられる。
「キ…ン…」
何とか押しのけようと腕に力を込めたシンタローだが、こうなってしまうとキンタローは梃子でも動かない。気が済むまでシンタローを離さないのだ。こんなところでいいようにされて堪るかと、暫く暴れて抵抗を試みたシンタローだが、結局無駄な足掻きに終わったのであった。
再び走り出し車の中でシンタローはぐったりしている。
その横でいまだに不機嫌なキンタローがハンドルを握っていた。
「何故こうもお前は男を引きつけるんだ…」
不機嫌極まりない声でキンタローは独り言のように呟く。
『お前以外にもこういうこと考えてる男がいんのかよ…』
立ち直れなくなりそうなガンマ団総帥であった。
本部へ戻り、その後の予定はスムーズに流れた。予定通りに届いていた書類に目を通して、時間が掛かると思っていた会議も早々に終わった。
そうして総帥室へ戻ろうとしているところに、一つ急な面会を求められた。何事かと思えばただの会食なのだが、声を掛けてきたのはシンタローが総帥となってから親しく付き合わせてもらっている国の元首だ。彼とは友好的な関係を築けているが、その周りはそうでもない。先のことを考えると顔は出しておきたい。ガンマ団の立場を思って声を掛けてくれて元首に感謝をすると、シンタローはキンタローを連れ立って再び本部を出た。
昼間の会合の件もあって、少し身構えていたシンタローだが、会食は非常に穏やかな雰囲気のもと、のんびりと時間が流れた。元首にあらためて感謝の挨拶を述べ、更にその周りの者と次への繋がりを作ってその場を後にする。
そうして再び総帥室へ戻ってきたときには、後二時間もしない内に日付が変わるであろうという頃であった。途中、若干予期せぬ出来事もあったが、二人にとっては総合していつも通りに流れた日常だった。
そしてその流れのまま、再び書類と向き合おうとして、二人とも流石に大分疲れていることに気付いく。
体力的にというよりは、精神的にといったところだ。それは恐らく、昼間の会合と先程の会食で人疲れをしているように思われた。
先程の会食は特に疲れるような出来事もなかったはずなのだが、万事荒事を得意とする集団なだけに、社交の場は気を遣いすぎて精神力を随分とすり減らすようだ。高級ホテルに寝泊まりする者と野営になれている者とでは決定的に相容れない部分があるのだろう。
シンタローもキンタローもやることは山のようにある。
だが、こんな日にはのんびりした休息の時間が必要だなと思った二人は、急ぎの書類だけさっさと片付け、早々に総帥室を後にした。
遅い時間だが、体を思い切り動かしたかった二人はトレーニングルームで競い合いながら汗を流す。全力でぶつかっても力負けしない相手はこういうとき非常に有り難い。とても良い気晴らしになるのだ。
そしてその後自室に戻りシャワーを浴びて心身共にさっぱりすると、二人はまた一緒にいた。
約束をしていたわけではないが、気が休める場所に落ち着こうとすると、自然と二人は一緒になるのだ。仕事もプライベートも常に一緒となると嫌になりそうなものだが、この二人にとって互いの半身だけは別であった。
これは二人の間では不思議なことではない。一つの体に一緒にいた24年間がそういう作用を起こすのか、横にいても他人がいる感覚にはならないのだ。
そんなわけで、今は二人揃ってシンタローの部屋にいる。
特に何を喋るわけでもなく二人とも無言なのだが、手を伸ばせば届く範囲に揃って座っていた。キンタローもシンタローも雑誌を読んでいる。当たり前だが種類はもちろん異なる。キンタローが手にしているものは最新号の科学雑誌で、シンタローは季節料理を特集した雑誌だ。
適度な距離を心地よく感じながら雑誌を捲っていたシンタローだが、視界の端に入る金色が気になって顔を上げた。今は落ち着きを取り戻したキンタローの端正な横顔が目に映る。
隣にいて、別にコンプレックスを感じていたわけではないのだが、今日は何故かキンタローを目で追っていたような気がする。たまたまそう言う気分なのか、焦がれてやまなかった金と青にシンタローの真っ黒な眼は引きつけられる。そしてそれ以上に、キンタロー自身に視線を奪われた。一体自分の目は何を追っているのか判らなくなる。
シンタローはふと思い立って居住まいを正し、まじまじとキンタローを見つめた。
『やっぱ綺麗な金色だよなー…』
そう思いながら少し眩しそうに目を細める。横顔だと、青い眼をしっかり確認できないのが残念だ。そんなことを考えながらキンタローを見つめていると、シンタローの視線に気付いた半身が振り向いた。
綺麗なブルーがシンタローを見つめる。
『眼も綺麗だなー…何か青い宝石みてぇだな…』
黙って見惚れていると、だんだん青と金しか目に入らなくなり───気付けばキンタローの後ろに天井が見えたシンタローだった。押し倒されたことに漸く気づき慌て出す。
「な…何だヨッ?!キンタロー」
「いや、お前が横で正座をしながら無言のまま俺を見つめているから……てっきり誘っているのかと思ったんだが…」
「どんな誘い方だよバカタレッ!!」
「違うのか?ずいぶん可愛い誘い方をしているものだと思って、これは期待を裏切らずに俺も応えなくてはと考えたのだが…」
「何の期待だッ!!」
突っ込みと共に蹴り飛ばそうとしたシンタローだが、上手くかわされ完全に組み敷かれた。
軽くじゃれ合いながらキンタローはそのまま口付けようと近づいた。だが、目を見開いたままのシンタローに目と鼻の距離で抗議する。
「目を閉じろ…」
「んー…だって綺麗だからサ、見てたいじゃん」
「………………何の話だ、シンタロー」
会話が繋がらないと思ったら、シンタローの手がキンタローの頭に伸びる。金糸の髪に指を絡めながら、キンタローの眼と髪を交互に見つめた。
「綺麗なブルーと金だよな」
一体先程から何を見ているのかと思っていたキンタローだが、この台詞でようやく納得がいった。そういえば、今日は一日シンタローの視線を感じていたように思う。
キンタローの髪を指で何度も梳きながらシンタローは微笑を浮かべる。
「ちいせぇ頃スゲェー憧れてて、欲しかったなぁ…って思ってサ」
そう言いながら幼き日の自分を思う。
今となれば何であんなに憧れたんだかと思うのだが、それも幼いが故のことだったのだろう。周りが持つものと同じものが欲しかったのだ。今は見てくれなどどうでもいいと思えるのだが、それでも当時を思い出すと必死だった自分に少し切なくなる。
そんな心情を知ってか否か、シンタローを見つめていたキンタローが口を開く。
「欲しいならやるぞ」
キンタローは自分の髪に指を絡めていたシンタローの手を取って口付ける。
「やるって?」
それから、疑問に眼を瞬かせたシンタローの目蓋へ口付けを落とした。次に頬へ移動する。そして、くすぐったそうに眼を細めたシンタローにしっかり視線を合わせるとシンタローの疑問に答えるように自分自身を指さした。
シンタローが意味を理解するまで、一瞬の間が空いた───。
実際、こんな仕草が様になるような男は、そうはいないだろう。まるで映画のワンシーンのようだ。
いつもは恥ずかしさの余りキンタローの言動に文句ばかりのシンタローも、そんなキンタローに見惚れて固まってしまった。頭の中が真っ白になり、鼓動が早くなる。
薄紅に染まったシンタローの頬を優しく手で触れ、それから今度はキンタローが漆黒の髪に指を絡めた。
「勿論、俺ももらうが…」
キンタローの長い指から流れ落ちるシンタローの髪にゆっくりと口付けを落とす。
「そういう意味じゃ…」
キンタローの台詞に否定の言葉を投げつけようとしたシンタローだが、その台詞は弱々しく響く。
目の前にいるキンタローの全ての動作から、シンタローは目を離せずにいた。
青い眼が臥せられる瞬間。
愛しげに口付けを落とす瞬間。
そして、その眼が再びシンタローへ向けられる瞬間───。
自分ばかりが惚れていると思ってしまうほどに跳ね上がった心臓がおさまらない。自分の上に乗り上げ、それでもいつもと変わらず涼しげな表情のキンタローから目が離せない。見つめてくる青い眼から視線を逸らすこともシンタローは出来なかった。
『あー…チクショー…カッコイーじゃねーか、コノヤロー』
いい男だ、と溜息が出るほど心の中で認めた後、シンタローはキンタローの首に腕を絡めようとしたが、それよりも先に唇を奪われた。
昼間の車の中と違って邪魔する理性は何処にもない。
逃げる間もなくあっさり舌を絡め取られ、己に乗り上げた半身が自分を求めて本性を現し、荒々しい獣にだんだんと変わる姿を見て、このままこの男に食われてしまいたいと、シンタローは心の中で思った───。
手に入らない宝物のような思いで見てきた、髪と眼。
昔はそれでウジウジしていることもあったような気がするが、今となってはどうでもいいことだ。
そうシンタローは思っているのだが、それでも金色の髪と青い眼につい反応をしてしまうことが偶にある。
『気にしているわけじゃねぇけど…気になんだよなぁ…』
シンタローは目の前にいる涼しげな顔をした金髪碧眼の恋人を見ながらそう思った。
世間一般で恋人同士である二人が、空いた時間を一緒に過ごすのは珍しいことではない、というより普通だ。
これはシンタローとキンタローも同じである。
二人には、完全なる休みという日は滅多にないのだが、少しでも自由に使える時間が出来ると、食事を一緒にとったり、他愛もない会話を楽しんだり、手合わせをしたりと二人の時間を楽しむ。夜に互いの部屋を行ったり来たりしてよろしくやることもしばしばだ。
よくグンマに「また仲間はずれにしたーッ」と拗ねられるのだが、仲が良い従兄弟と過ごす時間と恋人同士の時間は全く別物なのだから仕方がない、ということにしている。
そして、この二人の場合、仕事上の関係でも行動を共にすることは珍しいことではない。ガンマ団の新しきトップとそれを補佐する者なのだから、仕事上の絡みは、プライベートよりも遙かに多いと言っても過言ではない。
この日も例にもれず、シンタローとキンタローは一日ずっと行動を共にしていた。
いつも通り予定が詰まっている日であった。
朝一で目を通さねばならない書類の束、昼過ぎに呼ばれている会合があり、その前に一度支部へ立ち寄りたい。更に会合の後、本部へ戻りその頃には届いているはずの書類に急いで目を通して、そのまま夕方からの会議へ出席だ。移動時間も端末からデータを呼び出し報告書に目を通さなければ、仕事が追いつかない状態である。
一度遠征に出てしまうとなかなか戻ってこない二人なだけに、本部にいる間は、こういった予定が次から次へと舞い込んでくる。書類や会議は別として、会合や会食はひっきりなしに呼ばれるのだ。
朝から細かい文字を目で追うのはいまだに億劫だ、と思いながら、シンタローは紙の束を机の上に置いた。嫌だからと言って読まないわけにはいかないので、こういうものは集中してさっさと片付けるに限るのだ。今日はこれよりも気が滅入る会合が昼に待っているのだから、こんなところで既に疲れている場合ではない。
読み終えた書類をまとめて置くと、視界の端に、窓から入り込む陽光を反射する何かが映る。それは確認するまでもなく、半身の金色の髪の毛が眩しく輝いている証拠であった。
キンタローに視線を向けると、黙々と書類を読み進めているところである。ちらりと見た限り、残すところ後数ページのようだ。
ひとまず自分の仕事を終えたシンタローは、最初キンタロー髪の毛を見つめていたが、だんだんとその思考が半身そのものに奪われていった。
キンタローが大人しく書類を読んでいる姿は正に『出来る男』を思わせて、それだけで格好良く目に映る。ビジネス雑誌の表紙を飾りそうな絵になっているのだ。
『まぁ、随分と化けたもんだよな…』
凶暴で手を付けられないキンタローを知っているだけに、この様に紳士的な姿を目にすると、シンタローは何となくおかしくなってしまう。シンタローも社交の場では上品に振る舞ったりするが、この男の化けっぷりには到底敵わないと思うのだ。
「シンタロー」
ふいに声を掛けられて、シンタローの意識が現実に戻る。
「ん?」
視線をそのまま返事を返すと、キンタローはシンタローの方を向かずに言葉を続けた。
「さっきから何を見ている?」
「…へ?」
キンタローの質問にシンタローは間抜けな声を出す。
最後の一枚を読み終えたキンタローは、書類を丁寧に整えると、青い眼をシンタローに向けた。
「お前の視線だけはよく判る」
「……………」
「何を見ていたんだ?」
「……………なんでもねぇよ」
一言で言えば「見惚れていました」というわけなのだが、陽も昇りきっていない午前中から総帥室でシンタローがそんな言葉など口に出来るはずがない。キンタローならばそういった台詞がサラリと出てくるのだが、シンタローはそうもいかない。
質問に答えず視線を逸らすと、微かに笑う気配を感じた。
今キンタローの方を向けば、微笑というレアな表情の半身を目にすることが出来る。だがしかし、視線があった瞬間、流れからいって自分が赤面する羽目になるのだ。
「クソ…可愛くねぇー…」
シンタローは小さな声で悪態をつき、キンタローへ視線は向けず「終わったんなら行くぞ」と促して、総帥室を出ていった。背後でしっかりと笑う気配を感じたが、シンタローは無視を決め込んで歩いていった。
本部を出てから支部へ立ち寄るまでは順調だったのだが、その後の会合はシンタローにとって、この上なく非常に疲れるものであった。
昼間に出席した会合は、同業者同士のものだ。
こんな陽が高い内に揃いも揃って暇なもんだとシンタローは思うのだが、実際に手足となって動くのはその下の者達である。案外、こういった荒事を生業とする組織以外でも、上というのは時間があるものなのかもしれない。全員がと言うわけではないが、報告書しか読まずに、現場の実態が上に届かないというのはよく聞く話だ。
現ガンマ団トップのシンタローはどうかといえば、現場にはいる。従って、実状がどうであるかきちんと把握しているところは、下で働く者達にとって非常に有り難い。それは有り難いのだが、シンタローは大将であるにも関わらず、先陣切って突っ走る。難解であればあるほどスピードが速い上、皆が無理だと悲鳴をあげるような所も一人で突き進んでしまう。それは非常に有り難くない話だ。周囲の者は心臓がいくつあっても足りないと思うのだが、それで勝利を収めるのだから文句を言っても聞かない。無能とは違うのだろうが、これはこれで問題な上司なのであった。
シンタローが揃いも揃ってと思った会合だが、内容自体は有益なものである。
同業者同士馴れ合うわけではないのだが、やはりギブアンドテイクで、どの時代も情報交換は必要なのだ。ガンマ団総帥の立場からしても、シンタローはそれを解っているからきちんと出席する。一団体として、周囲との繋がりもきちんと作っておかなければならないのだ。
だがしかし。互いの立場を理解し、礼儀を守った上での会話なら問題はないのだが、人が集まるとはみ出る者は何処にでもいるものだ。
この会合も同じで、有益な会話の分だけ、無益な関わり合いも生じた。今回は新参者も多かったからかもしれない。見慣れない顔をいくつも見た。
利益のみを考えて人や組織と付き合うわけではないのだが、こうも相手が露骨だと「無駄だ」と切り捨ててしまいたくなるのだ。
相手の邪な思惑をを上手く会話でかわすことが出来ればいいのだが、シンタローはどうしても拳が出そうになってしまう。自分の短気は考えものだよなと思うのだが、ガンマ団総帥としてこれでも充分我慢している方なのである。
こんな総帥をキンタローが補佐して、これといったもめ事も起こらず和やかに時間が過ぎていくのだが、シンタローとしては、それはそれで微妙な気持ちなのであった。
『いつの間にこんな会話術を身に付けたんだか…』
キンタローは総帥に付き従う基本姿勢を崩さない。場の流れから二人別々になることもあるのだが、最終的には必ず傍にいる。
『随分とまぁ…優秀に育ったもんだ…』
キンタローの会話を聞きながら、シンタローも社交用の穏やかな笑みを浮かべた。
キンタローが傍を離れると、ふとした瞬間目が追ってしまう。
人の合間を縫って視線が重なった瞬間、微かな笑みを目元に浮かべられ、思わず心臓が跳ね上がった。
『本当にまぁ…随分格好良く育ったもんだナ…』
心の中で溜息をついたシンタローだった。
無事に会合も終わり、後は本部に戻って書類と会議だけだと、ホテルを出てから用意された車に乗り込もうとしたシンタローだが、肩を掴まれて振り返る。
己の背後には無表情のキンタローがいた。
「俺が運転する。少し時間に余裕があるから寄りたいところがある」
「寄りたいところ?何処だよ?」
「………ついて来い」
そう一言残してキンタローは歩いていってしまう。
シンタローは運転手に軽く挨拶をしてチップだけ渡すと、慌ててキンタローを追いかけた。
ホテルの裏手に回ると、何時の間に用意したのか一台の車の前でキンタローが待っている。レンタルなのだろうが、ネイビーブルーのそれはキンタローによく似合っているように思えた。
唐突な行動に文句の一つでも言ってやろうかと思っていたシンタローだが、その立ち姿に気がそがれてしまう。思わず下を向いて苦笑してしまった。
「カッコイーじゃねぇか」
文句を言うのは諦めて、少し離れた位置からしげしげと見つめながらシンタローは素直な感想を口にした。対するキンタローは表情一つ変えずに答える。
「車がか?」
「…さぁな───この車はお前が選んだの?」
「いや。そこのレンタカーのものなんだが…」
そう言ってキンタローが向けた視線の先を見ると一軒のレンタカーが見えた。この様なホテルの裏通りとは随分と変なところにあるように思えたが、廃れているようには見えないのでそこそこ利用者がいるようである。
「スピードが出るものを頼むと言ったらこれになったんだ」
店員がキンタローを見てこれを選んでくれたのかなと思いながら、次の瞬間今の台詞に聞き流せない一言があったことに気付く。
「キンタロー…スピードって何だ?」
「……………」
シンタローの質問には答えずにキンタローはさっさと運転席に乗り込んでしまう。
何か良からぬ事を考えているなと思ったシンタローだが、乗る以外に他ない。ここから車で本部へ戻るには結構な時間が掛かる。シンタローは、直ぐ傍にあった自動販売機で缶コーヒーを二つ買って、仕方なく助手席に乗り込んだ。
走り出しは穏やかなものだったが、大きな道に出ると、周りにあまり車がないのをいいことにキンタローはどんどん加速していく。シンタローもスピードを出す方だから文句は言わなかったが、キンタローらしくない運転だ。
チラリと横を見ると明らかに不機嫌な紳士がいる。
『さっきまで普通だったと思うんだけど……やっぱ何かあったかな?』
先程の会合を思い出してそう思う。始終穏やかそうに見えたキンタローだが、内面は自分と良く似たものを持つのをシンタローは知っている。
暫く黙って横で大人しくしていたシンタローだが、周りに車が一台も見えなくなると買ってきたコーヒーを飲みながら口を開いた。
「───で、キンタロー。どこに寄るつもりだって?」
キンタローの台詞はあの場を難なく立ち去る為の口実だと判っていたが、シンタローはあえて口にしてみる。何と返してくるかと思えば、
「ただの口実だ」
と不機嫌な声が戻ってきた。声のトーンが随分と低い。
機嫌の悪さがよく判ったシンタローはいたずらに刺激しないよう、率直に疑問を口にした。
「何をそんなに怒ってんだヨ?」
シンタローの指摘で更に気配が嶮しくなる。返答は返らずに暫く黙りかなと思ったシンタローだが、車の中は二人きりだ。特に気を遣う必要もないと思ったのか、キンタローは直ぐに応えた。
「不穏な輩が多すぎる…」
キンタローの唸り声に『やっぱりさっきの会合で何かあったんだな』と思いながら会話を続ける。
「まぁ、同業者、やってることがやってることだし…」
「それじゃない」
シンタローの台詞を不機嫌な声が遮った。あからさまに不機嫌な声だったが、シンタローは特に腹を立てることもなく、じゃぁどれだよと疑問に思いながらキンタローを見る。声は荒々しい響きもち、雰囲気は物騒なものなのに、運転をしている所為でそれが表だって出てこない。機嫌の悪さからいって実際は物騒な猛獣なのであろうが、理性が保たれているおかげで、少し危険な香りをさせる程度に留まっている。不謹慎にも少し見惚れてしまったシンタローだ。
もっとも、それは慣れているシンタローだからであって、他の者ではそんな呑気に捉えられないだろうが───。
運転をしているから視線は合わないが、シンタローが見ていることは判っているはずだ。視線で促されたキンタローは言葉を続ける。
「お前に対して邪な感情を抱く者が多い」
「あー…まぁ、ガンマ団総帥だからな。俺に取り入って甘い汁を吸いたいヤツが出てくるのは仕方ねぇだろ…」
シンタローは総帥になった時、組織の大きさと影響力をあらためて実感した。周りの者が向ける視線が今までと明らかに違うのだ。
反吐が出るほど媚びを売られたり、陥れてやろうと常にぎらついた目を向けられ、己の傘下に入れようと立ちふさがられたり、思惑は様々だが決して友好的でも穏やかなものでもなかった。
シンタローも大人しくそんなものに負けるような性格ではないから、話し合いという名目で、表では穏便に、裏では手荒にかわしている。
「それも違う」
キンタローからまたもや否定の台詞を返されて、シンタローは首を傾げた。
他にこの補佐官を怒らせるようなこととは一体なんだ───。
「じゃ、何だよ?」
そう言うシンタローの台詞に、キンタローはいきなり車を止めた。突然の行動にシンタローはキンタローを凝視する。荒々しく止まった車に真っ黒な瞳が驚きで見開かれた。
「何してんだ?」
シンタローの台詞にキンタローが振り向く。青い眼に激しい感情が表れていた。
「何故、お前は解らないんだ」
「だから何が?」
「こういうことだ」
キンタローはそういって身を乗り出す。反射的に逃れようとしたシンタローを押さえつけて荒々しく口付けた。
『どういうことだーーーッ?!』
シンタローの心の叫びは届かず、激しい口付けはそれだけでは済まなくなる程長く続けられた。解放を望んでも強い力で押さえつけられる。
「キ…ン…」
何とか押しのけようと腕に力を込めたシンタローだが、こうなってしまうとキンタローは梃子でも動かない。気が済むまでシンタローを離さないのだ。こんなところでいいようにされて堪るかと、暫く暴れて抵抗を試みたシンタローだが、結局無駄な足掻きに終わったのであった。
再び走り出し車の中でシンタローはぐったりしている。
その横でいまだに不機嫌なキンタローがハンドルを握っていた。
「何故こうもお前は男を引きつけるんだ…」
不機嫌極まりない声でキンタローは独り言のように呟く。
『お前以外にもこういうこと考えてる男がいんのかよ…』
立ち直れなくなりそうなガンマ団総帥であった。
本部へ戻り、その後の予定はスムーズに流れた。予定通りに届いていた書類に目を通して、時間が掛かると思っていた会議も早々に終わった。
そうして総帥室へ戻ろうとしているところに、一つ急な面会を求められた。何事かと思えばただの会食なのだが、声を掛けてきたのはシンタローが総帥となってから親しく付き合わせてもらっている国の元首だ。彼とは友好的な関係を築けているが、その周りはそうでもない。先のことを考えると顔は出しておきたい。ガンマ団の立場を思って声を掛けてくれて元首に感謝をすると、シンタローはキンタローを連れ立って再び本部を出た。
昼間の会合の件もあって、少し身構えていたシンタローだが、会食は非常に穏やかな雰囲気のもと、のんびりと時間が流れた。元首にあらためて感謝の挨拶を述べ、更にその周りの者と次への繋がりを作ってその場を後にする。
そうして再び総帥室へ戻ってきたときには、後二時間もしない内に日付が変わるであろうという頃であった。途中、若干予期せぬ出来事もあったが、二人にとっては総合していつも通りに流れた日常だった。
そしてその流れのまま、再び書類と向き合おうとして、二人とも流石に大分疲れていることに気付いく。
体力的にというよりは、精神的にといったところだ。それは恐らく、昼間の会合と先程の会食で人疲れをしているように思われた。
先程の会食は特に疲れるような出来事もなかったはずなのだが、万事荒事を得意とする集団なだけに、社交の場は気を遣いすぎて精神力を随分とすり減らすようだ。高級ホテルに寝泊まりする者と野営になれている者とでは決定的に相容れない部分があるのだろう。
シンタローもキンタローもやることは山のようにある。
だが、こんな日にはのんびりした休息の時間が必要だなと思った二人は、急ぎの書類だけさっさと片付け、早々に総帥室を後にした。
遅い時間だが、体を思い切り動かしたかった二人はトレーニングルームで競い合いながら汗を流す。全力でぶつかっても力負けしない相手はこういうとき非常に有り難い。とても良い気晴らしになるのだ。
そしてその後自室に戻りシャワーを浴びて心身共にさっぱりすると、二人はまた一緒にいた。
約束をしていたわけではないが、気が休める場所に落ち着こうとすると、自然と二人は一緒になるのだ。仕事もプライベートも常に一緒となると嫌になりそうなものだが、この二人にとって互いの半身だけは別であった。
これは二人の間では不思議なことではない。一つの体に一緒にいた24年間がそういう作用を起こすのか、横にいても他人がいる感覚にはならないのだ。
そんなわけで、今は二人揃ってシンタローの部屋にいる。
特に何を喋るわけでもなく二人とも無言なのだが、手を伸ばせば届く範囲に揃って座っていた。キンタローもシンタローも雑誌を読んでいる。当たり前だが種類はもちろん異なる。キンタローが手にしているものは最新号の科学雑誌で、シンタローは季節料理を特集した雑誌だ。
適度な距離を心地よく感じながら雑誌を捲っていたシンタローだが、視界の端に入る金色が気になって顔を上げた。今は落ち着きを取り戻したキンタローの端正な横顔が目に映る。
隣にいて、別にコンプレックスを感じていたわけではないのだが、今日は何故かキンタローを目で追っていたような気がする。たまたまそう言う気分なのか、焦がれてやまなかった金と青にシンタローの真っ黒な眼は引きつけられる。そしてそれ以上に、キンタロー自身に視線を奪われた。一体自分の目は何を追っているのか判らなくなる。
シンタローはふと思い立って居住まいを正し、まじまじとキンタローを見つめた。
『やっぱ綺麗な金色だよなー…』
そう思いながら少し眩しそうに目を細める。横顔だと、青い眼をしっかり確認できないのが残念だ。そんなことを考えながらキンタローを見つめていると、シンタローの視線に気付いた半身が振り向いた。
綺麗なブルーがシンタローを見つめる。
『眼も綺麗だなー…何か青い宝石みてぇだな…』
黙って見惚れていると、だんだん青と金しか目に入らなくなり───気付けばキンタローの後ろに天井が見えたシンタローだった。押し倒されたことに漸く気づき慌て出す。
「な…何だヨッ?!キンタロー」
「いや、お前が横で正座をしながら無言のまま俺を見つめているから……てっきり誘っているのかと思ったんだが…」
「どんな誘い方だよバカタレッ!!」
「違うのか?ずいぶん可愛い誘い方をしているものだと思って、これは期待を裏切らずに俺も応えなくてはと考えたのだが…」
「何の期待だッ!!」
突っ込みと共に蹴り飛ばそうとしたシンタローだが、上手くかわされ完全に組み敷かれた。
軽くじゃれ合いながらキンタローはそのまま口付けようと近づいた。だが、目を見開いたままのシンタローに目と鼻の距離で抗議する。
「目を閉じろ…」
「んー…だって綺麗だからサ、見てたいじゃん」
「………………何の話だ、シンタロー」
会話が繋がらないと思ったら、シンタローの手がキンタローの頭に伸びる。金糸の髪に指を絡めながら、キンタローの眼と髪を交互に見つめた。
「綺麗なブルーと金だよな」
一体先程から何を見ているのかと思っていたキンタローだが、この台詞でようやく納得がいった。そういえば、今日は一日シンタローの視線を感じていたように思う。
キンタローの髪を指で何度も梳きながらシンタローは微笑を浮かべる。
「ちいせぇ頃スゲェー憧れてて、欲しかったなぁ…って思ってサ」
そう言いながら幼き日の自分を思う。
今となれば何であんなに憧れたんだかと思うのだが、それも幼いが故のことだったのだろう。周りが持つものと同じものが欲しかったのだ。今は見てくれなどどうでもいいと思えるのだが、それでも当時を思い出すと必死だった自分に少し切なくなる。
そんな心情を知ってか否か、シンタローを見つめていたキンタローが口を開く。
「欲しいならやるぞ」
キンタローは自分の髪に指を絡めていたシンタローの手を取って口付ける。
「やるって?」
それから、疑問に眼を瞬かせたシンタローの目蓋へ口付けを落とした。次に頬へ移動する。そして、くすぐったそうに眼を細めたシンタローにしっかり視線を合わせるとシンタローの疑問に答えるように自分自身を指さした。
シンタローが意味を理解するまで、一瞬の間が空いた───。
実際、こんな仕草が様になるような男は、そうはいないだろう。まるで映画のワンシーンのようだ。
いつもは恥ずかしさの余りキンタローの言動に文句ばかりのシンタローも、そんなキンタローに見惚れて固まってしまった。頭の中が真っ白になり、鼓動が早くなる。
薄紅に染まったシンタローの頬を優しく手で触れ、それから今度はキンタローが漆黒の髪に指を絡めた。
「勿論、俺ももらうが…」
キンタローの長い指から流れ落ちるシンタローの髪にゆっくりと口付けを落とす。
「そういう意味じゃ…」
キンタローの台詞に否定の言葉を投げつけようとしたシンタローだが、その台詞は弱々しく響く。
目の前にいるキンタローの全ての動作から、シンタローは目を離せずにいた。
青い眼が臥せられる瞬間。
愛しげに口付けを落とす瞬間。
そして、その眼が再びシンタローへ向けられる瞬間───。
自分ばかりが惚れていると思ってしまうほどに跳ね上がった心臓がおさまらない。自分の上に乗り上げ、それでもいつもと変わらず涼しげな表情のキンタローから目が離せない。見つめてくる青い眼から視線を逸らすこともシンタローは出来なかった。
『あー…チクショー…カッコイーじゃねーか、コノヤロー』
いい男だ、と溜息が出るほど心の中で認めた後、シンタローはキンタローの首に腕を絡めようとしたが、それよりも先に唇を奪われた。
昼間の車の中と違って邪魔する理性は何処にもない。
逃げる間もなくあっさり舌を絡め取られ、己に乗り上げた半身が自分を求めて本性を現し、荒々しい獣にだんだんと変わる姿を見て、このままこの男に食われてしまいたいと、シンタローは心の中で思った───。
アラシヤマは、1人で発声練習をしていた。
「シ、シ、シ、シンタロー・・・はん」
「あぁー、今まで普通に呼び捨てにしとりましたのに、何で急に呼び捨てにできへんようになったんやろか??」
「も、もう一回言ってみまひょ。シン、シン・・・、シンタロー!!・・・はん」
「や、やっぱり駄目どす~~。わて、どないなってしもうたんやろ?友達になるって、その人のことを考えただけで、こないに心臓がドキドキして飛び出しそうになるものやろか。友達って苦しおすなぁ・・・」
「あれ?でも、わて、テヅカ君の時は、考えたり名前を呼ぶだけでこんなに胸が苦しくなることはおまへんでしたなぁ?何が違うんでっしゃろか?」
しばらく、アラシヤマは考えていたが、
「・・・考えてもわからしまへんわ。とりあえず、今わてが言えるのは、『シンタローはん!バーニング・ラーブ!!』ということだけどす・・・」
「あっ、そうや!わてはもしかしたら人よりシャイなんかもしれへんどすな。だから、お友達なんていう一歩進んだ関係になったら戸惑ってしまうんどすな!!なんや、そうでしたんか!ほな、明日からまた『シンタローはん、バーニング・ラブvvv』で、シンタローはんとの熱い友情を育みまひょか♪」
何やらスッキリしたらしいアラシヤマ氏が、浮かれながらジャングルの向こう側に消えてゆくのを木陰から見ていたモノが2名(というか2匹?)。
「やーねー。あれって完全にホ○よね」
「そうよねー。あぁっ、またシンタローさんに関する恋のライバルが増えちゃったワ!」
「頑張りましょうね!イトウくん!!」
「そうね!タンノくん!!」
「シ、シ、シ、シンタロー・・・はん」
「あぁー、今まで普通に呼び捨てにしとりましたのに、何で急に呼び捨てにできへんようになったんやろか??」
「も、もう一回言ってみまひょ。シン、シン・・・、シンタロー!!・・・はん」
「や、やっぱり駄目どす~~。わて、どないなってしもうたんやろ?友達になるって、その人のことを考えただけで、こないに心臓がドキドキして飛び出しそうになるものやろか。友達って苦しおすなぁ・・・」
「あれ?でも、わて、テヅカ君の時は、考えたり名前を呼ぶだけでこんなに胸が苦しくなることはおまへんでしたなぁ?何が違うんでっしゃろか?」
しばらく、アラシヤマは考えていたが、
「・・・考えてもわからしまへんわ。とりあえず、今わてが言えるのは、『シンタローはん!バーニング・ラーブ!!』ということだけどす・・・」
「あっ、そうや!わてはもしかしたら人よりシャイなんかもしれへんどすな。だから、お友達なんていう一歩進んだ関係になったら戸惑ってしまうんどすな!!なんや、そうでしたんか!ほな、明日からまた『シンタローはん、バーニング・ラブvvv』で、シンタローはんとの熱い友情を育みまひょか♪」
何やらスッキリしたらしいアラシヤマ氏が、浮かれながらジャングルの向こう側に消えてゆくのを木陰から見ていたモノが2名(というか2匹?)。
「やーねー。あれって完全にホ○よね」
「そうよねー。あぁっ、またシンタローさんに関する恋のライバルが増えちゃったワ!」
「頑張りましょうね!イトウくん!!」
「そうね!タンノくん!!」