あぁ、まただ。ヤツの居る方向からチリチリと焼け付くような視線を感じる。
今思えば、士官学校時代からヤツの視線を感じていた。
その頃は、恨みがましいというか、なんと言おうか、「俺の存在に気づけ」というようなもので、俺は、「言いたいことがあるんだったら、テメェで直接言いに来いよ!」と思ったのでキッパリ無視してやったが。
最近では、以前とは視線に込められたニュアンスが違ってきたように思う。
愛しむような視線、気遣うような視線、に混じって、時折、肉食動物が獲物を狙うような視線を感じる。
そんな時、俺はどうしていいのか分からない。
だから、気づかないフリをする。
この前、気づかないフリをするのが遅れてヤツと目が合ってしまった。
俺は、どうしていいのか分からず一瞬固まったが、ヤツの方がすぐに顔を伏せた。
「シ、シンタローはん。えろうすんまへん。わてのこと嫌わんといて」
「・・・・」
謝るくらいなら、最初から見んじゃねぇよ。バーカ。・・・と思ったが、
「眼魔砲」
これ位で、今回のところはナシにしてやった。
今思えば、士官学校時代からヤツの視線を感じていた。
その頃は、恨みがましいというか、なんと言おうか、「俺の存在に気づけ」というようなもので、俺は、「言いたいことがあるんだったら、テメェで直接言いに来いよ!」と思ったのでキッパリ無視してやったが。
最近では、以前とは視線に込められたニュアンスが違ってきたように思う。
愛しむような視線、気遣うような視線、に混じって、時折、肉食動物が獲物を狙うような視線を感じる。
そんな時、俺はどうしていいのか分からない。
だから、気づかないフリをする。
この前、気づかないフリをするのが遅れてヤツと目が合ってしまった。
俺は、どうしていいのか分からず一瞬固まったが、ヤツの方がすぐに顔を伏せた。
「シ、シンタローはん。えろうすんまへん。わてのこと嫌わんといて」
「・・・・」
謝るくらいなら、最初から見んじゃねぇよ。バーカ。・・・と思ったが、
「眼魔砲」
これ位で、今回のところはナシにしてやった。
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ある日の夕方、シンタローが書類の束を抱え廊下を歩いていると、
「うぎゃーッツ!!遅刻だ!遅刻だ~~!!」
と、遠くから騒々しい声が聞こえ、その直後、シンタローが曲がり角を曲がろうとすると、何かがものすごい勢いで突進してきてシンタローに、ドンッツとぶつかった。
普段のシンタローなら、もちろん避けることができたはずであるが、あいにく彼は前日寝不足気味に加え、仕事疲れで頭がボーっとしていたので、とっさの判断が遅れたのである。
お互い弾き飛ばされ、しりもちをつき、辺りには紙類と戦闘飯ごう、戦闘雨具、戦闘水筒などがバラバラと転がった。
「痛ってー・・・」
と、シンタローが顔を顰めながら身を起こすと、
「うわっ、これって、もしかして新総帥じゃん!?」
と叫ぶ声が聞こえ、
「す、すみませんでしたー!!」
と、相手は土下座していた。
シンタローが、ぶつかってきた相手を見ると、相手は士官学校支給の迷彩柄の戦闘服を着ており、大きい戦闘背のうを背負っていた。どうやら、これから戦闘訓練の演習があり、彼はそれに遅刻しそうになっていたらしい。
シンタローは、少し仕官学校時代のことを思い出し、懐かしく思った。
「ったく、気をつけろヨ。それに、いくら遅刻しそうでも廊下は走んじゃねーよ。ホラ、もういいから行けヨ。お前、遅刻しそうなんダロ?」
シンタローがそう言うと、相手はバッと身を起こし、
「新総帥にぶつかっておいて、そういうわけにもいかないっす!!」
と言って周りに散らばっていた書類を拾い集める手伝いをしようとしたが、彼が書類を拾おうと下を向いた時、自分の手首に巻いてた腕時計が目に入った。
「うわっ!!もうこんな時間!?スッゲー、ヤベぇ・・・」
と、半泣きになりそうな彼を見て、シンタローは溜め息をつき、
「戦闘演習の教官ってメチャクチャ厳しいオヤジだろ?いいから、行けって。総帥命令」
と言った。
相手は、数秒間葛藤状態であったが、どうやら心を決めたようであり、
「すみませんッツ!!それではお言葉に甘えさせていただきます!!」
と言って、彼は自分の戦闘用品をものすごい勢いで拾い集めたが、戦闘背のうを開けたときに、何か思いついたようであり、背のうの中から掌サイズの筒状のものを取り出した。
「新総帥、御詫びにならないかもしれませんが、もしよろしかったら、コレ、どうぞッツ!!出掛けに友人から貰った貰い物なんですが・・・」
彼は、シンタローに缶コーヒーを手渡した。それを受け取らないと、彼はその場を動きそうになかったので、シンタローが仕方なく缶コーヒーを受け取ると、
「それでは、失礼しまッス!!」
と、彼は敬礼をして、猛ダッシュで駆けていった。
シンタローは、散らばっている書類を拾い集めながら、
「今の士官候補生って、もしかしてあんなんばっかりか?―――先が思いやられるゼ」
と、溜め息をついた。
シンタローが総帥室に戻り、いつものように仕事をしていると、ふと、壁に掛かった時計が目に入った。
(今日の分の仕事はほとんど終わりそうだし、そろそろ休憩でもすっか・・・)
と思い、伸びをすると、机の書類の脇に置いてあった朝貰った缶コーヒーが目に入った。
(喉が乾いたし、眠気覚ましに貰い物のコーヒーでも飲むか)
と、プルトップを開け、コーヒーを一気に飲んだ。
全部飲み干した後に、
「うわっ!何だコレ?コーヒーと違わなくねぇか!?不味ッツ!!」
と、シンタローが舌先に残る不快な味に顔を顰めていると、
不意に視界がブレるような奇妙な感覚がした。
(えっ?これって、前にも似たことがあったような・・・)
シンタローの意識はブラックアウトし、彼は気を失った。
(うーん・・・)
シンタローが椅子の上で気がつくと、何故か机の引き出しが頭の上方にあった。
「ニ゛ャーッツ!!(何だこれーッツ!!)」
と、シンタローが思わず叫ぶと、猫の鳴き声が聞こえた。
(今、ものすごく近くで猫の声がしなかったか!?)
シンタローが身を起こすと、肩口から、ブカブカの総帥服が滑り落ち、黒い被毛に包まれた小さな前足が目に入った。
試しに手を振ってみると、動かしたのと同じ様に黒い猫の手も動く。
(ってことは、もしかして俺の手!?)
―――シンタローは再び意識を失った。
目が覚めると、シンタローは猛烈に怒りが湧いてきた。
(こんな変な薬を作るなんて、高松かグンマか奴らしかいねぇよナ。・・・とっとと元に戻って、とっちめてやる!!)
シンタローは椅子から身軽にトンッと飛び降り、部屋を横切ってドアを開けようとした。
しかし、ドアノブはわりと高い位置にあり、後ろ足で立ち上がり、前足でドアノブを掴もうとしても全く届かない。もし万が一ドアノブに届いたとしても、レバー式ではなく丸い形であったので、猫の手では回せない可能性があった。
シンタローは非常にムカついたが、ふと、(窓の鍵なら手が届くかもしれない)と思いついた。
軽く助走をつけて、窓際の観葉植物の脇に飛び乗ると、ドアの鍵には何とか手が届いた。苦労して前足で鍵を開け、さらに窓を開けて下を見ると、彼は高所恐怖症ではないにもかかわらず、あまりの高さに目が回りそうになった。
(このままだと、いくらなんでも下に降りられないし・・・。足掛かりになりそうなものは、っと)
シンタローが辺りを見回すと、少し離れた所に大きな木があり、その枝が総帥室の下の方までうまい具合に伸びていた。人間は無理そうであるが、猫の体重ならなんとか持ちこたえられそうであった。
シンタローは、窓からヒョイッと枝に飛び降りた。枝は少々しなったが、何とか大丈夫であった。そのままソロソロと枝を伝いながらかなり下のほうまで降りた時、シンタローは不意に足を滑らせた。
(ヤベェ。俺、こんなんで死ぬのか!?)
と、シンタローは思わず死を覚悟したが、難無く4つ足での着地に成功した。どうやら、猫であることが幸いしたようである。
そこは、ガンマ団の敷地内の公園であったので、シンタローは公園を突っ切る形でとりあえず高松の研究室に向かって走った。
空は、朝から雲行きが怪しく、シンタローが広い公園内を走っているうちに、不意に大粒の雨が降り出した。
シンタローは猫になったせいか、水に濡れるのがものすごく嫌であったので、とりあえず、雨が当たらない公園のベンチの下に避難した。
「ミァ・・・(何で俺がこんな目に・・・)」
シンタローが思わず、溜め息をもらすと、
「あれ?ガンマ団内に猫がいるなんて、珍しおすな」
そう言って、誰かがベンチの下をのぞき込んだ。
それは、コンビニ袋をぶら提げ、一見普通のシャツに見えるが悪趣味なヌード柄が散りばめられたシャツを着た、珍しく私服のアラシヤマであった。
「ニャー!ニャ――ッツ!!(アラシヤマ!俺だ俺!!)」
シンタローは必死で、アラシヤマに自分の存在を訴えたが、彼には全く伝わっていない様子であり、
「?。必死で何やら訴えてはるみたいどすけど、全然わかりまへんな・・・。はっ、もしかして、あんさん、わてのことが好きなんどすか!?なんや、それやったら、わての部屋に連れて帰ってあげますえ~」
アラシヤマは手を伸ばし、シンタローをヒョイっと抱えあげた。
「ミギャーッツ!!フギャーッツ!!ニ゛ャァーッツ!!(全然違う!!どうせ連れてくんだったら、高松の研究室まで連れてけ――!!っていうか、降ろせ――!!)」
「フフフ・・・。照れ屋さんどすなぁ」
シンタローはジタバタと、ものすごく暴れた。しかし、アラシヤマは動物の扱いに慣れているのか一向に腕の力が揺るむ様子は無く、シンタローは暴れつつもアラシヤマにお持ち帰りされてしまった。
さて、アラシヤマの部屋である。もちろん、シンタローは何度も来た事があったが、現在、彼は不本意に連れてこられたことと、雨で体がビショビショに濡れてしまったことで、非常に不機嫌であった。
「あぁ、結局濡れてしまいましたな」
片腕でコンビニ袋とシンタローを抱え、ドアの鍵を閉めているアラシヤマがシンタローに話しかけたが、シンタローは無視した。
「とりあえず、濡れてるから乾かさなあきまへんな。うーん、これだけ濡れてたらいっそのこと風呂に入れて温めた方がええんですやろか。ってことで、わてと一緒にお風呂に入りますか?」
と、アラシヤマがシンタローの顔をのぞき込むと、
「フギャーッツ!!(ざけんじゃねぇッツ)」
と、シンタローの猫パンチが飛んできた。
至近距離であったため、避けきれなかったアラシヤマの頬にはクッキリと3本の赤い筋がついた。
「い、痛うおす・・・。―――ハイハイ、嫌なんどすな」
シンタローは、これで風呂に入らなくていいと思い、ホッとした。
いったん風呂場の方に消えたアラシヤマであるが、タオルを持って戻ってくると、逃げようとしたシンタローを捕まえ、思いっきりタオルでゴシゴシと拭いた。
「ミギャギャーッツ!!(テメェ、何すんだ!?この野郎!!)」
とシンタローは暴れつつも必死で抗議したが、結局水気がなくなるまで拭かれ、ドライヤーで乾かされる頃にはグッタリと放心状態であった。
「ほな、わては風呂に入ってくるから、あんさんはおとなしゅうしといておくんなはれ」
そう言ってアラシヤマはいなくなったが、シンタローはもう逃げようという気力もおこらず、アラシヤマのベッドの上に飛び乗ると、そのまま丸くなって眠ってしまった。
シンタローは、ウトウトしていたが、すぐ近くに人の気配を感じ、目を開けた。
「あぁ、起こしてしまいましたか。すんまへんな」
アラシヤマはシンタローを持ち上げると、胡坐をかいた上にシンタローを置いた。
シンタローが振り向きかげんにアラシヤマの顔を見上げると、
「なんどすか?あぁ、あんさんの目はブルーやなくて灰色なんどすな。猫にしては珍しい色どすなぁ」
そう言って、アラシヤマはシンタローの頭を撫でた。シンタローは手が暖かくて気持ちよかったので、思わず目を細めた。
「そういや、あんさんの名前を聞いてませんでしたな。首輪はしてまへんが、毛並みがええから誰かの飼い猫でっしゃろ。本当の名前があるんやろうけど、あんさんがここにいる間はわてがつけた名前で呼んでもええどすか?」
シンタローは、一応、返事をしといてやるかと思い、
「ミァ。(おう)」
と答えた。
どんな名前がええですやろか、と、アラシヤマはしばらく考えていたが、不意に、
「―――シンタロー、というのはどうどすか?」
と、言ったので、シンタローは目を丸くして、アラシヤマの顔をじっと見た。
「いや、あんさんの目の色が灰色やし、なんとなくそう思っただけどす。人間の方のシンタローはんは、俺様で、凶暴で、超ブラコンどすけど、でも、とても可愛ゆうて、根っこのところで優しいんどすえ?わての一番大切な人なんどす」
少々照れたように、アラシヤマはそう言った。
途中まで聞いていたシンタローはアラシヤマを引っ掻いてやろうかと思ったが、最後の言葉を聞き、引っ掻くのを止めた。
「シンタロー」
と、アラシヤマが呼ぶと、シンタローは(呼び捨てにすんじゃねーよ。・・・今だけだからな)と思いつつも、
「ニィ(あんだよ?)」
と返事をした。
「あ、納得してくれたみたいどすな。ほな、今からあんさんはシンタローどすえ~」
アラシヤマは、嬉しそうにそう言った。アラシヤマはシンタローを抱えあげると、ゴロリと寝転がり、胸の上にシンタローを載せた。
シンタローの背を撫でつつ、
「あー。人間の方のシンタローはんにも会いとうおますなぁ・・・。今日はわては休みどしたけど、シンタローはんは今頃仕事してますやろなぁ・・・。わてら、なかなか休みが合わへんから、大変なんどすえ?仕事の邪魔したらえろう怒られますしな」
シンタローは、(そんな事、知ってる)と思いつつも、背中を撫でられているうちに眠くなったので、途中からアラシヤマが何かを言っていたがもう聞いていなかった。
「シンタロー?あれ、寝てしもうたみたいどすな。猫って暖かいどすなぁ。ついでやし、わても少し寝まひょか。シンタロー、布団に入らな風邪ひきますえー」
そう言って、アラシヤマはシンタローを抱えたまま起き上がり、モゾモゾと布団に潜り込んだ。
アラシヤマが、夜中にふと、目が覚めると、何故か隣には全裸のシンタローが眠っていた。
アラシヤマが寝ぼけた頭で、
(あれ?さっきまでシンタローが隣にいたのに、何でシンタローはんが此処に居るんやろか?マァ、ええか。どっちも可愛いことには変わりありまへんしな!)
と、納得し、
「シンタローはーん、裸でわてのベッドに来るやなんて、もしかして夜のお誘いどすか??嬉しおすけど、今は残念ながら眠うてたまりまへんので、朝になったらお相手しますから、待ってておくれやす~」
そう言って、アラシヤマはシンタローの隣に潜り込むと、再び眠ってしまった。
す、す、すみません・・・!!
素敵サイト様方の素敵猫シンちゃんを見ていて、わ、私も、1度やってみたかったんですー(土下座)。
あっ、ちなみに、この猫シンちゃんは、完璧な猫です。
このままでは、美味しい状況であるにも関わらず、アラが超へタレですね☆でも、朝になると・・・(死)。
多々ツッコミ所はあると思うのですが、もしかすると後にこっそりと設定などをUPするやもしれません・・・。
+ When He Wake Up ... +
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素晴らしいと言うか何と言うか。
シンタローが眠りに落ちると直ぐにキンタローが目を覚ました。
それはそれは、スイッチのオンオフのように見事な切り替わりっぷりであった。
もっとも、この場合に限っては二人がかみ合っているのかいないのか、捉えようによって変わるのだが…。
ふわりとした暖かな空気に誘われて意識が現実へ戻ったキンタローは、目が覚めた瞬間、腕に抱いているものを投げ飛ばしそうになった。
実際にはしなかったが、気持ち良さそうに眠るシンタローを穴が空くほど凝視する。
あまりにも驚きすぎて固まってしまい、動くことが出来なかった。
『何故ここに居るんだ…』
顔を見たら即座に逃げ出すよう恐く脅したつもりだったのだが、全く効果が見られないシンタローを見て、流石のキンタローも存分に固まった後、脱力してしまった。
『お前は、俺を試しているのか?シンタロー…』
こんな間近で無防備な寝顔を見せられて、一体俺にどうしろというのだ、とげんなりしてくる。
そしてそう思いながらも、シンタローを離せず腕に抱いたままでいる己の欲求に対して非常に素直な自分自身にも同様の気持ちになった。
シンタローが自ら腕に収まりに来るはずがないことはキンタローも判る。
ベッドの端に潜り込んだのはシンタローの意志だろうが、その体を引き寄せたのは自分だろうと思った。
恋人同士の甘い時間ではなく、友人関係のようにもっとライトに飲んで喋って酔い潰れて寝てしまう、という自由気ままに気楽な時間を二人で過ごすことがある。こういう時の会話は、仕事の話と違って砕けた内容が主になるのだが、さすがに相手のシモネタをえぐるような会話はしない(自分達のことになってしまうので)ものの、団内の噂話や他人の色んな事情など下世話なものとか、適当な会話を楽しみながら酒を飲むのだ。
そのまま酔い潰れて朝を迎えるというお決まりのパターンなのだが、目が覚めるとキンタローの腕の中には決まってシンタローがいるのだ。昨夜はそう言う時間を過ごした記憶がないのだが、とキンタローは思うが、自分が抱き寄せたのだろうなということは、記憶が飛んでいても予測が付いた。
今回も例にもれずそういう結果なのだろうと言うことは判るのだが、やはり納得がいかないキンタローである。こちらの事情も少しは考えてもらいたいものだ、とキンタローは思った。
「襲うぞ、シンタロー」
率直な感想を声に出してみたが、相手に目覚める気配はない。
キンタローは起こすべきか否かと考えながら、シンタローの頬を痛まない程度に軽くつねってみる。
そして離すと、相手は起きるどころからすり寄ってきた。
己の失敗にキンタローはどんどん逃げ場が無くなっていく。
『猫みたいだな…』
キンタローはいつだか街角で見かけた野良猫を思い出した。
真っ黒な毛並みと気高い雰囲気がシンタローを連想させて思わず手を伸ばしのだが、触ろうとした瞬間逃げられた。次にまたその猫を見かけた時は日向で眠そうにしていた。再び手を伸ばすと、この時はゴロゴロと喉を鳴らしてきた。
ぐっすり眠っているシンタローの顔をよく見れば、疲労が色濃くあらわれている。
支部で起きたトラブルの処理で、ここのところずっと時間に追われていたのだ。体は疲れているだろうに、それでもここに来たのは眠れなかったのだろうとキンタローは察した。
寝床を探して自分の所へやって来るのは、嬉しいと言えば嬉しいのだが、やはりキンタローにも色々と事情がある。疲れているシンタローをぐっすり眠らせてやりたいと思う反面、自分の都合も大分切羽詰まっていたりする。
『こういう時、人間は感情が絡むから不便だな…』
さて、どうしたものかとキンタローは考える。
『全く…今度は俺が寝られないじゃないか…』
そう思いながらも、控え膳はそのままにして、キンタローは目を瞑って眠る努力をしてみる。
だがやはり、シンタローを腕に抱いたままだと理性に自信がなかったので、そっと体を離した。
これで何とか強引にでも眠りにつければ幸いと思ったキンタローだったのだが、体を離した途端、シンタローがすり寄ってきた。半身の香りがキンタローの鼻梁を擽る。
『……シンタローッ!!』
新総帥からの安眠妨害を直撃した補佐官は、またもや間近に愛しの恋人を感じながら、理性と本能の戦いを繰り広げる羽目になった。
おかげで、柔らかなベッドで眠るには不似合いなほど、キンタローを纏う空気がどんどん嶮しいものに変わっていったのである。
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[BACK]
+ Run a risk ... +
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『あー…寝らんねぇー…』
ベッドに入ってから右にゴロゴロ、左にゴロゴロ。
シンタローは何度転がったか判らないほど、ベッドの上を回転しながら移動していた。彼が使っているキングサイズのベッドは、一人で寝ればそれなりに移動できるスペースができるのだ。
ベッドに入って一体どれだけの時間が経ったのだろうか。
体は疲れているはずなのに眠れない。
その理由は本人も判っていた。
ここのところずっと仕事以外でキンタローと一緒にいた記憶がない。
キンタローとは毎日顔を合わせている。
それだけでなく会話も交わしている。
しかし、その会話内容は百パーセント仕事に関するもので、ガンマ団総帥であるシンタローは、とにかく仕事づくしの生活を送っていた。原因は大分前に発生した支部でのトラブルで、シンタローがその対応に追われるのと同時に二人の生活時間が完全にずれてしまったのだ。
おかげで二人揃ってプライベートな時間を作るということも不可能になってしまった。
仕事最優先のシンタローであるから、それはそれで仕方がないとしっかり諦めがついている。
だがしかし。
キンタローと中途半端な状態で一緒にいるため、シンタローに余計な不満が溜まっていってるのも事実だったりする。それは一層のこと顔を見ない方がまだマシなのではないかと思うほどであった。
そんな日々を送っていたシンタローだが、本日はめでたく普段に比べて早い時間に仕事から解放された。
人と会う約束があったのだが、先方が突然のトラブルに見舞われて急に都合が悪くなり、恐縮しきった姿で連絡をしてきたのが予定の時間の二時間ほど前であった。どこもトラブルは突然にやってくるものだなと思いながら、勿論了承した。相手方には申し訳ないが、ラッキーと思ってしまったシンタローである。
突然のキャンセルで予定外に体が空いたシンタローは、他の仕事を済ませてしまおうかとも考えたのだが、それよりも僅かでいいからキンタローと一緒にいたいと思って、早々に引き上げた。
ここで気分転換しないとさすがに爆発しそうだと思ったからだ。
そうしてキンタローの様子伺いに部屋を訪れてみれば、シンタローの姿を認めるなり「寝ろ」の一言で一蹴されたのである。あまりの対応に腹が立ったシンタローは反抗しようとしたのだが、キンタローはそんな余地を微塵も与えずに台詞を続ける。
「体が資本だと俺に言ったのはどこの誰だ?ここのところ度を超えて不規則な生活を送っていたのはお前の方なんだぞ。少しでも時間が出来たのなら何が最善か考えろ。こんなところで総帥が倒れたら話にならない」
お説ごもっともな正論をハッキリした口調で言われてシンタローは言葉に詰まった。
キンタローの冷たく素っ気ない台詞と態度に『思ってるのは自分だけかよ…』と気持ちがどんどん下降する。
しょぼくれた顔をして一歩近付こうとしたら、それすら拒否された。
「キンタロー…」
これには流石に傷ついたシンタローだが、次の台詞で固まった。
「いいか、お前だけが不満だと思うな。確実に俺の方が不満が溜まっているに決まっているだろう。今俺に近寄って見ろ…シンタロー、お前がどんなに泣き叫んでも離さないからな。オフが出来るまで不用意に近寄るな。判ったら部屋へ戻って寝ろ」
地を這うような脅しがかった低い声でそういうキンタローの眼が鋭く光っている。
「………失礼しましたー…」
身の安全確保のために、シンタローは思わず縮こまりながら、背を向けることなく部屋から出ていった。
『や…やる…アイツは確実にやる…』
シンタローのことをきちんと想っていてくれたと考えて良いものか悩むような台詞であったが、それよりもあの状態のキンタローが恐い。絶対に相手は出来ないと思って、シンタローは恐怖におののきながら部屋へ戻った。
そして、体力回復に努めようと大人しくベッドに入ったのだが、冒頭に戻るわけである。
寝られないと思いながら転がっていたシンタローだが、突然何か思いついたように起き上がった。
『さすがにもうキンタローも寝てんだろ…』
シンタローはベッドから降りるとそのまま部屋を出た。
そして隣接しているキンタローの部屋まで真っ直ぐ向かう。
普段ならば礼儀を守ってきちんと来訪を告げてから入るのだが、この時はフリーパスで侵入可能なのをいいことにこっそりと部屋の中へ忍び込んだ。
あんな脅し(キンタローは本気なのだが)を食らったというのに全く懲りていないというか何というか───。
キンタローの部屋の明かりは全て消えていた。
ベッドルームをそっと覗くと既に眠りについたキンタローが目に入る。シンタローはそのままベッドの傍に近寄り、じっとキンタローを見つめた。
『んー…多分熟睡してんな』
しばらくキンタローの様子を窺って、相手がしっかり眠りについているのを確認すると、シンタローはベッドに潜り込んだ。これまたタイミング良くキンタローが少しばかり端に寄って寝ていてくれたので、シンタローが潜り込むスペースが楽に確保できたというわけである。
普段のシンタローならば、ここまで熱心にキンタローの傍にいようとはしない。
それは想いの違いからと言うわけではなく、単にキンタローの方から傍にいてくれるからだ。
だが二人の間にあるいつの間にか築かれていた関係が何かの拍子で崩れると、羞恥心の固まりのような男のシンタローでも自ら相手に近寄っていくようで、この時も、好きな相手を想えば僅かな時間でも一緒にいたくなるという、ごく自然な欲求に従って動いたのである。
シンタローは己の直ぐ横にキンタローを感じると、やっと満足する。
『ま、寝てんなら大事にはいたらねーだろ』
何とも安易な考えであるが、シンタローはこれで自分も寝られるだろうと思って体の力を抜いて目を瞑った。
するとキンタローがシンタローに身を寄せてくる。
『ゲ…ッ』
半身が目を覚ましたのかと思って、シンタローの体は力を抜いたそばから再度緊張が走った。恐る恐るゆっくり顔を向けると、キンタローの眼は閉じられたままである。
「…………?」
何事かと思って硬直しながらその行方を見守っていたシンタローだが、キンタローは手を伸ばしてより一層シンタローに近付いてくる。寝ぼけているのか何なのかシンタローはさっぱり判らず内心焦った。ここで目を覚まされたら奈落の底へ超特急便で連れて行かれることが決定しているのだ。
シンタローが硬直したまま動けずにいると、キンタローはベッドの上に散らばった漆黒の髪に顔を寄せる。
その仕草はシンタローの長い髪に顔を埋めているようにも見えた。
『……コイツ…何してんだ?』
シンタローが何事かと思っていると、次の瞬間キンタローにしっかり抱き寄せられた。
『やっぱ、起きて…ッ』
だが、焦ったシンタローの心とは正反対に、先程よりもずっと近い位置にある半身の顔は穏やかに眠るものであった。青い双眸は閉じられたままである。
「…………?」
怪訝な顔をしながらキンタローの寝顔を見つめていたシンタローだが、暫くしてからその行動を理解した。
実はシンタローがキンタローと一緒に寝ると、必ず今と同じ様な状態で目が覚める。
半身が横にいる時は抱き寄せるというプログラムが組み込まれているかのように、必ずシンタローはキンタローの腕の中で眼が覚めるのだ。
『匂いで認識してたのかよ…』
これには思わず微笑を浮かべたシンタローだ。
眠っているキンタローが動物のような仕草で近寄ってきていたのかと思うとその行動が可愛くて仕方がない。
『いつもこんなんだったら可愛いのに…』
目を覚ますと猛獣なのを知っているだけに、そのギャップがおかしかった。
もっとも猛獣も大人しく眠っているときは可愛いものなのかもしれないが…。
なんだかとても得した気分になったシンタローは、キンタローの腕に抱かれながら、気分上々で眠りについたのであった。
--------------------------------------------------------------------------------
[BACK]
年が明けて翌年の朝を迎えた。俺は今とても清々しい気持ちでいる。
これから「二人」で初日の出というものを見に行こうというところであった。
横にいる「愛しき想い人」の姿を目にして、俺は緩みそうになる顔を何とか引き締めた。
年の終わりに玉砕覚悟で想いを告げた。
シンタローには何でこんなギリギリにと言われたが、俺の方も色々と切羽詰まっていたんだ。
とにかく、ただ募った想いを伝えたかった。
年が変わる前に決着を…というのは俺の我が儘だったが───。
つい手を伸ばして引き寄せそうになるのを何とか踏みとどまって、俺は静かにシンタローを見つめる。
俺の視線に気付いたのかシンタローの黒い眼がこちらを向き、気恥ずかしそうな顔をしてまた逸らされた。
あぁ、だめかもれしない。俺は我慢できるのだろうか。
まるで中毒者のようにシンタローに引かれていく。俺の頭の中はシンタローでいっぱいだ。
今からこれでは一年もたないかもしれないと思いながら、俺は青い眼にシンタローの姿を映し続けた。
一瞬、一瞬、その姿を逃さずに焼き付けていたい。
そう思って見つめていたのだが、恥ずかしさが頂点に達したのかシンタローの鋭い視線に睨まれた。
「いつまで見てんだよ」
「気が済むまでずっとだ」
今の感想を正直に答えたら、鋭い視線は変わらないままシンタローの頬にうっすら赤みが差した。
何故お前はそんなに可愛い反応を示すんだ、シンタロー。
俺の浮かれ具合も相当なものだなと思うが、そうさせるシンタローもかなりのものだと思う。
シンタローにはまたそっぽを向かれたが、俺の視線は固定されたまま暫くの間その姿を焼き付けていた。
真冬の寒さが身に染みる中、日付が変わったことを告げるために俺の腕時計からアラーム音が鳴り響いた。
俺達の間にあった無言の隔壁が電子音によって壊される。
嫌ならば拒めと先に言っておいた───リミットは日付が変わるまでだ、とも。
黙ったまま俺を見つめるシンタローは、俺が想いを告げたときよりも落ち着きを取り戻したように思えたから、混乱のまま時だけが流れたわけではなさそうだった。
沈黙の時間はそれなりに長さがあったと俺には思える。
全てに置いて急いで迫った気もしたが、だからと言って俺の要求に流されるような男でもない、シンタローは。
間近で俺と見つめ合う状態にあったシンタローだが、日付が変わっても動かないことに焦がれて、俺はそっと相手を腕に納めた。こうすることで再び想いを告げるようにしっかりと抱き締める。
気に入らなければ反撃に出るだろうと思ったから、その点だけは気が楽だった。
雰囲気にのまれて自分の意志に反することをするようなやつではない。
嫌ならば、蹴り飛ばすか殴り倒すかしてくるはずだ、絶対に。
だから、大人しく俺に抱き締められているシンタローが、凄く意外だった。
「…シンタロー?」
俺から行動を起こしておいて、現状を疑うかのように思わず名前を口にしてしまう。
大人しく腕に納まっていたシンタローは何かを考える様に眼を閉じて、しばらくジッとしていたのだが、再び眼を開くと間近に迫っている俺の顔をゆっくりと見つめた。
澄んだ黒い眼にドキリとする。
彼の真面目な顔に心臓が締め上げられるほど苦しくなり、これから断罪を受けるかのような鋭い緊張が走った。
結局俺は、覚悟を決めているといっても、口だけのものなんだ。
嫌なら拒めと平然としながら言っても、それは俺が望んでいる結果じゃない。
シンタローと一緒にいたい───もっと深い繋がりを持って。
好きなんだ、お前のことが。
理屈で割り切れない感情を、俺はお前を想う気持ちでやっと知ったんだ、シンタロー。
それにはとても時間がかかったけれど。
今、お前を好きだと想う気持ちに偽りはない。
シンタローは沈黙を保ったまま俺に抱き締められていた。
反撃に出る様子は彼から窺えず、だから余計にこの体を解放する気にはなれなかったが、沈黙が意味するところが判らなくて不安だけが渦巻く暗雲となり心の中で膨張していく。
もう一度彼の名を口にしようとしたが、声が掠れて出なかった。
緊張で微かに震える自分に気付かされる。
恐怖に似た何かを感じて、俺はシンタローを抱き締める腕に縋るように力を込めた。
やはり伝えるべきではなかったのかもしれないと、ここにきて少し後悔の念を覚えた。
僅かな時間だというのに、相手を待つ時間がこの上なく辛い。
受け入れてもらえるという自惚れがあったわけではないが、頭の中で考えていたものよりも現実は恐怖心を煽り立てる。シンタローを腕に抱いても拒まれなかった事実より、相手の返答を待つこの時間の方が、俺には遙かに重くのし掛かってきた。
それでも何とか耐えながら現状に留まっていられるのは、拒絶が窺えず、嫌悪する色合いも見られない彼の真っ黒な眼が俺を見つめているからだ。
何も言えなくて、だが彼をこの腕から離すことはもっと出来なくて、シンタローと一緒にいられるこの時間がこのまま止まってしまえばいいと心の何処かで願いながら、現状に感じる不安と恐怖が雁字搦めに俺を縛り付けて、動くことが出来なかった。
「ずいぶん強気な態度で迫ってきたのに、どーした?キンタロー」
きっと俺は酷く顔を歪ませていたのだと思う。
シンタローがいつもと変わらず強気な笑みを湛えて告げた一言が、絆しになっていた緊張を解き放った。
「沈黙は肯定にとるんじゃなかったのかよ?」
そう言って笑うシンタローの真意が掴めなくて、途方に暮れながら俺は一言もらした。
「現実はそんなに甘くなかった」
「…だろうな」
俺が動けなくなっていた理由などお見通しだったようで、その顔に浮かべられていた笑みが柔らかなものに変わった。シンタローの表情につられて俺の強張っていた顔から力が抜ける。
「よく聞けよ、キンタロー」
シンタローの声色が優しくて、俺はその言葉にゆっくりと頷いた。
「俺はな、お前のことをそういう対象で見たことが一度もねェーんだ」
シンタローの台詞を大人しく聞こうとして、だがこれを聞いただけで気持ちがいとも簡単に落胆した。
それが直ぐに伝わったのだろう。シンタローに軽く睨まれる。
「コラッオメェちゃんと聞けって前置きをしただろーが」
「…聞いてるぞ」
俺が何とか返事をすると、シンタローが俺の背中に腕を回して抱き締める。
「シ…シンタロー…?」
動揺がありありと顕れた声で名前を呼ぶと、シンタローは俺を抱き締める腕に力を込めた。
「お前が暗ェ雰囲気を醸し出すからだろ」
「それは…」
「凄ェ心拍数だな、ドキドキいってんのが伝わってくる」
「………当たり前だ」
軽い笑みを含んだ声が聞こえてきたが、俺は小さな声で呟きをもらすとシンタローの肩に顔を埋めた。
背中に回されていたシンタローの片手が俺の頭に移動をして優しく髪を梳く。
その手を心地よく感じながら、俺は眼を閉じた。
「お前がギリギリんなって迫ってくるから、さっき一所懸命振り返ってみたんだけどな、今までのお前といた時間を、さ」
シンタローに抱き締められ、あやす様に俺の髪に触れる手を感じながら、そうしてようやく彼の言葉をきちんと聞ける自分に困惑を禁じ得なかった。
これで彼に拒まれたら、俺は立ち直れない。
自分の情けなさに溜息をつきたくなったが、それを何とか飲み込んで、シンタローの声に耳を傾けた。
結論から言えば、お前を離したくないと思った、俺の傍から。
エゴかもしれねぇーけど、傍にいてほしいって思う。
それからな、お前のことをそういった対象で見たことねぇーって言ったけど、こうやってお前に抱き締められて嫌じゃねぇーことには…さっき気付かされたんだ───抱き締め返したいって思ったのも、事実だな。
だからきっと───。
俺はお前を受け入れると思う。
だけど、このままいくのは流されたような気がして癪だから、ちょっとぐらい待てよ?
せめて。
俺がちゃんと、自分の口でお前のことを好きって言えるくらいに自覚を持つまでは───。
最後の台詞が耳に届く前に、俺は埋めた顔を上げて少し泣きそうな顔をしながらシンタローを見つめた。そんな俺にシンタローは微笑を浮かべる。
「ま、そんな遠い先の話じゃねぇーと思うけど……………これでいいか?キンタロー」
台詞の最後を括る俺の名前は、今まで聞いたこともないくらい優しい響きを持っていて、俺はただシンタローが愛しくて、頷きを返しながらまた抱き締めた。
そんな俺にシンタローが笑ったような気がしたが、色々な感情が混ざってあまりよく覚えていない。
シンタローは俺の気が済むまで体を預けていてくれて、俺は深夜真冬の寒さも忘れ、その体を抱き締め続けていたと思う。俺の背中に回されたシンタローの腕を感じながら、安心感に似た暖かな感情に支配されていった。
受け入れられたのとは少し違うのだろうけど、俺は現状に十分満足していた。
何故ならば、想いを告げた今でもシンタローが俺の傍にいる。
俺の気持ちをきちんと正面から捉えてもらえた。
今の俺の望みは、そんなことで満足できてしまうほどのものだったんだと、今になって気付いた。
「あれ?シンちゃんとキンちゃん、お出かけ?」
聞き覚えのある高い声が響いて、俺は意識を現実に戻した。
「グンマ、お前この時間まで起きてたのか?」
シンタローが返した台詞が次いで耳に届く。外へ向かう俺達とは反対方向、つまり部屋へ戻ろうというもう一人の従兄弟の姿が眼に映った。
「うん、何か気付いたらこんな時間になってた。もう限界だから寝るけど…シンちゃん達はどこに行くの?」
「初詣といきたかったんだけど、ここにゃ神社はねぇーからな。初日の出くらいは見れっかなと思って、車飛ばして一番近い海まで行こうかと思ってサ」
「そっかぁ~」
シンタローの台詞に返事しながらグンマは眠そうに欠伸をした。ふらふらしている従兄弟が倒れそうに見えて、シンタローが体を支えようかと手を伸ばしたのだが「大丈夫だよ~」と返されて、手を引っ込める。
「じゃぁいってらっしゃ~い。初デート楽しんできてね~」
グンマはもう一度欠伸をすると手をヒラヒラ振りながら部屋へと歩いていく。
俺は黙ってその後ろ姿を見送っていたのだが、シンタローの視線に気付いて彼の方を向いた。
「何か…アイツ…デート…とか言ってたけど…?」
耳を疑うように俺に質問してきたシンタローはグンマの台詞に衝撃を受けたのか眼を大きく見開いている。
俺は何食わぬ顔をしながらシンタローの手を取り、エレベータの前まで引きずるように歩いていった。
実は、グンマには随分前からシンタローに対する俺の気持ちはばれているんだ。
俺の中で起きたシンタローに対する感情の変化が何なのかよく判らなくて、身近で比べる対象がグンマしかいなかったから、従兄弟同士感じるものの違いを比較していたら、あっさり気付かれてしまった。
横で喚くように何か言っているシンタローの台詞は聞こえないふりをして、エレベータが到着すると手を握り締めたまま乗り込んだ。
「なぁ、キンタローッ答えろッ」
尚も大きな声を上げて迫るシンタローを黙らせようと俺は繋いだ手を引っ張ってその体を引き寄せた。
体が傾き俺の方に倒れ込むシンタローを抱き留め、はね除けられることを想定しながら口付けようと更に引き寄せたら、あっさり相手の唇に接触を果たしてしまった。
驚いた俺は、自ら仕掛けておいて、体を引いてしまう。
「お前なら…簡単に避けるか…はね除けてくると思ったんだが…」
「……………お前には……ガ…ガードが甘ェって……………覚えとけ……ッ」
エレベータが着いた先に誰も居なかったことに感謝しよう。
俺とシンタローは顔を赤くしながら狭い箱から降りた。
そして恥ずかしさから不自然なほど離れてぎくしゃくしながら歩いていたのだが、駐車場に着く頃には、また寄り添うように肩を並べて歩いていた。
From ... COUNT DOWN(20071231)