+ 追 懐 ─ 記憶の破片 ─ +
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「ねぇ、シンちゃん。印象に残っているキスって聞かれたら、一番に頭に浮かぶの、なぁに?」
今日は日付かが変わる前に総帥室を出るゾと意気込んで、俺がキンタローと二人で仕事をしていたら、フラリとグンマが現れた。久しぶりに顔を見たなと思って声をかける前に、アイツの開口一番はそんな台詞だった。
「…オメェは何しに来たんだよ?」
仕事の邪魔をすんなという意味を込めて口にした台詞はかなり低く響く。俺の隣にいたキンタローは動作を止めて無言のままグンマに視線を向けていた。
「もう一週間以上研究室に籠もってたら疲れちゃって息抜きしに来たの…ちょっとだけ会話に付き合ってよ」
息抜きなら総帥室じゃなくて休憩室へ行けと俺は思ったが、ここんとこグンマが詰めて熱心に何かやってるのは知ってたから、頭に浮かんだ言葉は飲み込んでやった。
「会話って…で入ってくるなりいきなりそんな話題かよ…」
「さっき休憩室に寄ったら他の研究員達がそんな話で盛り上がっていたから、僕、シンちゃんに聞いてみようと思ってね」
「…何で俺なんだ?」
「シンちゃんだったら何か面白そうな話してくれそうだからさ」
グンマはこともなげにアッサリとそう言い放つ。お前の中で俺ってどういう類の人種になってんだよとか思いながらグンマを見ると、いつになく目をキラキラさせながらこっちを見ていた。俺は本気でげんなりしてくる。
ったく、面白そうな話ってなんだよ。
こいつは俺に何の期待をしてんだか。
「キンタローにでも聞けよ」
俺は突き放すようにそう言ってやった。
「キンちゃんのは予想がつくからいいよ」
「予想?」
「シンちゃんのことしか言わないでしょ」
何じゃ、そりゃッ!!
俺の突っ込みは音声となって口からは出ていかず、変わりにゴンッと激しく机に頭をぶつけた。
痛ェ。痛すぎる。頭もだけど、他にも色々。
勢い良く机にぶつけた額を掌でさすっていると、キンタローが近寄ってきて額にあった手を取られた。ぶつけたところを確認するようにマジマジと見つめてくる。
「何をやっているんだ?シンタロー」
お前もな───グンマの前で何喋ってんだよ…。
少し呆れた様子でこっちを見てくるキンタローを、俺は軽く睨んでやった。
そもそもお前、顔近い。んなに距離詰めてこなくてもいーじゃねーかよ。またグンマに何か言われんだろーが。
「ねぇねぇシンちゃん、いーじゃん、減るもんじゃないんだし」
キンタローとは反対側から傍に寄ってきたグンマが俺の腕を掴んでだだをこねる。
キンタローのこの行動とか距離に対する突っ込みはねぇーの?とか俺は思いながら、二人の従兄弟に挟まれた。何だかなぁと思いながら交互に見やると、キンタローは何考えてんだか表情からはいまいち判らなかったけど、グンマの目はいつになく輝いている。
そんなに聞きたい話かねぇ、とか思いながら、頭の中で記憶を辿ってみた。
印象に残ってるのねぇ───。
言葉を反芻させていた俺は、無意識の内にキンタローを見る。キンタローも俺をじっと見つめていたから、優しい青色と視線がぶつかった。
実はグンマに言われた瞬間、頭に浮かんだものが一つだけある。
あまりにも鮮やかに蘇ってくれた記憶だったから、正直ちょっと驚いたけど、俺にとっては大切な思い出の一つなんだなと少し照れくさく思った。
相手は勿論キンタローなんだけど、今みたいな関係になる前の話だ。
だから、所謂、恋人同士のってわけじゃねぇーけど、真っ先に思い浮かんだわけだから、今でも大切な記憶の一つとして俺の中に残っているわけだ。
あの時は───大分煮詰まってたんだよな、俺。
俺は頭の中に浮かんだワンシーンに思いをはせる。
今でも思い出すと暖かな気持ちになれて、俺の口元にはふっと笑みが浮かんだ。
親父の跡を継いでからのことで、お世辞にも総帥業に慣れてきたとは微塵も言えないほど俺は酷い状態で、毎日の変化を追いかけていくことに精一杯だった。だけど総帥がそんなにアップアップしてたら部下に示しがつかないし、無駄な不安が広がるだけだから、表面上は体裁を取り繕って、何とかカッコだけはつくように踏ん張ってた。
自分の信念に従ってやっていきたいのに、しがらみが多すぎて上手く動くことが出来ない。
手探り状態から抜け出せなくて、そんな自分の情けなさに、足掻いて、藻掻いて、気付けば何もかもを苦しく感じることしか出来なくなっていたような気がする。
力の抜き方が判んなくて、目の前に積み上がったものは何でも難しく考えてたし、何においても自分が先陣切ってやってかなきゃなんねぇと思ってた。トップがしっかりしなきゃ団が纏まンねぇだろって言い聞かせて、とにかく気張って過ごしてた。周りが心配してくれる声は一蹴してたし、今ならそんな自分を本当にどうしもねぇーヤツだなって思えるけど、あの時の俺には無理だった。判ってる、判ってるって言いながら、誰の声も俺の中には届いていなかった。
改革なんて甘いもんじゃない。
理想と現実はギャップがあるって、よく聞く言葉だから解っていたつもりだったのに、それは本当につもりで、俺は何一つ解っちゃいない甘ちゃんだったと思った。
それでも一つ褒められるとすれば、生憎と俺は、十ある内例え十失敗したって投げ出すような根性は持ち合わせていなかったから、ちゃんとついてきてくれたヤツ等がいるんだと思う。
もっとも、それら全て、今だから思えることだけどな…───。
体を動かすことを主体とした生活を送ってきたから、頭だけを使うっていうのが悪かったのか、いつの頃からか頭が痛むようになってきていた。
放っときゃ治ンだろとか思っていたけど、悪化する一方で、それでも休む気になれなくて、毎日焦燥感ばかりが押し寄せてきた。
その時、キンタローとはまだ仕事上の良きパートナーって感じで、今みたいに特別な関係じゃなかった。
だから余計に特別なような気がして、覚えているのかも知れない。
あの日は、やっぱり朝から頭が痛くて苛ついていた。
そんな余裕がない状態で頭使っても良いアイディアが浮かぶわけもなく、それでも考えをまとめたくて、空いた時間に何となく一人になれるところを探してた。
適当にフラフラして、団の敷地内の裏手もいいところ、人工的に植えられた植物が各々存在を主張しているような少し鬱蒼とした、つまり訪れる人がほとんどいない建物の裏に辿り着いて、俺が芝生の上に転がってた時だ。
何でキンタローが俺を探し当てられたのか疑問だったけど、今思えばキンタローだから俺を見つけられたのかもしれない。
気配で誰が来たのかわかったけど、誰とも会話をしたくなかった俺は、寝たふりを決め込んだ。
言われるのは小言か心配のどっちかだろうと決めつけて、耳を塞ぐ準備まで出来ていたような気がする。
だけど、キンタローはそばに寄ってきて俺の傍に屈むと、何も言わずに安堵の息を洩らした。
ズキリと心が痛んだ。
溜息つかれた方がどれだけマシだったか。
強がって、差し伸べられる手全てをはね除けるしか出来なくて、そんな小さな自分が情けなく思えた。
でも今更起き上がることも出来なくて、早くここから消えろなんて薄情なことを考えていた。酷ェ話だ。
多分、キンタローは俺が起きていたことに気付いていたと思う。あれだけ緊張した空気を醸し出しゃ、誰だって狸寝入りにゃ気付くだろうと普段の俺なら判るはずなのにな。どんな些細なことにでも、とにかく必死だった。
目を瞑っていたからコイツがどんな顔をしながら俺を見ていたのかは今でも判らない。
キンタローは、ただ、じっと傍にいた。
いや、いてくれた、の方が正しいのかもしれない。
長い時間そうしていたのか、それとも実際には短い時間だったのか細かいところまでは判ンねぇけど、俺はキンタローが何を思ってここにいるのか全然判らなくて、色んな不安が頭の中を過ぎっていった。
考えをまとめるために一人ここに来たはずなのに、どんどん焦りが生じていく。
苛々した感情もつのっていった。
頭も痛かった。
耳鳴りもする。
最初から上手くいくことなんてないのは判っていたはずなのに、現実は想像以上に重くて、何もかもが嫌になりそうになって、そんな俺が一番嫌だった。
投げ出す気は毛頭ないのに、現状にしがみつくことしか出来なくなっている、余裕なんて微塵もない俺。
また頭がズキリと痛む。
負けンな。
それでも、混乱していく。
頭が痛い。
ざわつく音が耳障りだ。
キンタロー、頼むから、早く、どっか行ってくれ。
頭の中がグルグルしだして、目を瞑ったままの現状がしんどいと思いながら、キンタローの優しさすら鬱陶しく感じた。
そんなとき、一際近くにキンタローの気配を感じたと思ったら、額に一つ口付けを落とされた。
その瞬間、全ての音が止んで、頭の中に静寂が訪れた。
キンタローの唇は、結構長い時間、俺の額に触れていた。
訪れた静寂は驚いたことからかもしれなかったけど、だんだん頭の痛みが引いていくのが判って、最後はただその触れた箇所の暖かさを静かに感じていた。
キンタローが唇を離した時には、頭痛も苛々も大分納まっていて、焦りよりも冷静な思考の方が勝っていた。
横になった俺を上から覗き込んだままの姿勢でキンタローはしばらくじっとしていたが、やがて一言口を開く。
「ガンマ団はお前だけのものじゃないんだぞ」
周りが見えなくなっていた俺には十分な一言だった。
キンタローはもう一度額に口付けをくれて起き上がると「待っている」という台詞を残して戻っていった。
俺はしばらく転がったまま、キンタローの一言を真正面から受け止めて、頭の中で何度も繰り返した。
ガンマ団はお前だけのものじゃない。
俺は閉じていた目を開くと苦笑を浮かべながら「カッコ悪ィ…」と呟いて、勢い良く起き上がった。
頼る、頼らないじゃなくて、新たな組織はみんなで作り上げていくものだ。
勿論、総帥である俺にしか出来ないこともたくさんあるけれど、そういった局面で矢面に立っていけばいい。
今でも煮詰まると思い出す言葉。
思い出す記憶。
忘れない暖かな感触。
あれから周りが見えなくなることは大分なくなった、と思う。焦りがないわけじゃないけど、突っ走りがちな俺には良い薬になる言葉だった。
組織は中に属する人間がいて成り立つものだから、俺一人で気張るなって意味だったんだろうけど、俺には反論が出来ない台詞だった。何でコイツは俺が素直に聞けるような言葉が判るんだろうと、情けなくも少しだけ泣きそうになりながら、本当に素直に反省をした。
戻るときはばつが悪くてどうしようかと思ったけど、キンタローはさっきのことには一切触れてこないで業務の指示を仰いできたから、俺も普通に業務に戻れた。
今までキンタローからは色んなキスをもらったけど、あれだけは特別だと思う。
今みたいな関係になる前だから特別に思うのかな?
人の優しさに触れられたような気がして、凄く温かかった。
きっと俺は今までも、しんどい時に色んな仲間からそういう手を差し伸べられてきたんだと思う。
はね除けることしか出来なかった自分に、ただ、泣き笑いにも似た苦笑をするしか出来なかった。
印象に残っているキスは、キンタローが額にくれた一つの口付け。
今くれるような甘さを含むようなもんじゃないけど、きっとこれからも俺は絶対に忘れないと思える。
そーいや、結局、あの時はキンタローの言葉に救われたのに、礼も何も言えないまま、今に至る。
そう思いながら過去から現在へ意識を戻してキンタローをもう一度見ると、優しい青色の眼───が不機嫌を顕わにして俺を睨んでいた。
何だよ?
次いで、大きな電子音が鳴って、驚いた俺は傍にいるグンマに視線を向けた。
グンマは俺の横で携帯を構えていた。ってことは、今鳴った音って、携帯カメラか?
「…何してんだ?」
突然鳴った音にビックリした俺は眼を瞬く。
「きゃーっシンちゃん、すっごくイーお顔!!何思い出してたの?思わず写真に収めたくなるような貴重でレアな顔してたから、僕、携帯で撮っちゃったー!」
いや、撮っちゃったって何だよ?イーお顔って、親父みてぇなこと言ってんじゃねーぞ、グンマ。
グンマは操作していた携帯をポケットにしまうと、また目を輝かせて俺に迫ってくる。
「僕の質問を考えてくれてたんだよね?誰との記憶?ねぇねぇ、シンちゃん、教えてよー!聞きたーいっ」
グンマは両手で俺の腕を掴むと、満面の笑みを浮かべながらも興味津々の呈で捲し立ててくる。
誰との記憶って…そりゃ───。
俺が口を開く前に、いつの間に背後に回ったのか、キンタローの手が伸びてきて俺の口を塞いだ。
「あ!ちょっと、キンちゃんッ」
「俺は聞きたくない」
キンタローの声はずいぶん低くて、機嫌が悪くなっているのがよく判った。
お前、何怒ってんだよ?
俺は口を塞いでくるキンタローの手を何とか引き剥がした。したら、どさくさに紛れてキンタローは両腕を絡めて緩い力で俺を抱き締めてくる。
「…キンタロー…」
俺は抗議の意味を込めて呆れた口調で名前を呼んだ。グンマが見ている前で何やってんだよ、お前は。
だけど、そんな俺の様子を二人の従兄弟はあっさり無視しやがった。
仲間はずれにすんなよ、コノヤロー。
「キンちゃん、ヤキモチ焼いたんでしょ?」
「……………」
は?ヤキモチ?
「いーじゃん。過去の話なんだからさぁ」
「過去でも何でもシンタローにあんな顔をさせたヤツの話なんて聞きたくない」
あんな顔って、どんな顔だよ?
「えー、でも、シンちゃんの過去って気になるでしょ?」
「……………俺は聞きたくない」
キンタローはもう一回そう言うと拘束する腕に力を込めてきた。
あのなぁ、キンタロー。
お前なんだけどサ、その相手。
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[BACK]
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+ Good Morning ... ? +
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シンタローは、ぱちっと目を開けた。
気分爽快、とてもスッキリした目覚めであった。
眠っていた時間は短いのだが、それは日常茶飯事あることで、その短時間の睡眠でもここ最近の中で一番深く眠れたのが体には良い作用が働いたようである。
『あー…何かよく寝たような気がする』
シンタローは寝転がった状態で、大きく伸びをした。
次の瞬間、もの凄い勢いで起き上がる。
自分がどこで寝ていたかを思い出したのだ。
そして慌ててベッドから飛び降りようとすると、隣にいる男が腕を掴んだ。
予期せぬ出来事に、シンタローは声にならない悲鳴を上げそうになった。
『お…おおおお…起きてッ』
恐る恐る振り返ると、キンタローは横になったままだが、その双眸がしっかりと開いている。お世辞にも穏やかとは言えない青い眼がシンタローを見つめていた。
『…………恐ェー…』
脅されたのにも関わらず勝手に忍び込んで寝ていたのだから、キンタローが起きる前にシンタローは目を覚まさなければならなかった。だが、実際はキンタローの方が早く目を覚ましていたのだ。
これはどう考えても非常事態である───シンタローにとっては。
恐怖を掻き立てる青い眼に見つめられて固まってしまったシンタローだったが、キンタローは寝起きが悪いことを思い出して瞬時に強行突破を決意した。
シンタローは起きて直ぐに活動を始めても大して支障は無いのだが、寝起きのキンタローはシンタローに比べて動きが随分と緩慢なのだ。
そう思い立つと、振り返った体勢を勢いよく元に戻す。そして、この場から逃げるために掴まれた腕を力任せに振り解いた。
否、振り解こうとした。
だが、キンタローが掴んでいる手に力を込めたため、シンタローは振り解くことが出来なかった。
『お前は何時から起きてんだよ…』
シンタローは奈落の底へ落ちた気分になった。これはとても寝起きの力ではない。
青い眼が無言でシンタローを見つめているのが視線でよく判る。この痛いほどに突き刺さる感じは、こんな早朝から秘石眼が光っているのだろうかと考えてしまうほど強烈であった。
あっさり逃亡に失敗したのだが、シンタローは恐ろしくてもう一度振り返ることが出来ない。キンタローに背を向けて再び固まってしまった。
「シンタロー」
しばらく無言の時が流れていたのだが、その沈黙を先に破ったのはキンタローだ。背を向けたまま固まっている半身の名前を呼ぶ。
『声が地を這ってマス…』
これまた穏やかではない声で名前を呼ばれて、シンタローは泣きそうな心を顕わにしながらゆっくりと振り返った。言葉に詰まったままのシンタローを見ると、キンタローは溜息を吐く。
「出て行かなくていい。疲れているだろう…このままもう少し横になってろ」
有り難いお許しの台詞は一際低い声で告げられた。
せっかくのお許しも地を這っていたら再び横になる気にはなれない。
「いや、もう随分としっかり寝させていただきました」
変な語調になりながらもシンタローはキンタローからの有り難い申し出を断ろうとしたのだが、青い眼が嶮しい光を湛えて、顔が恐怖に引きつる。
また無言で見つめられたシンタローは、根負けをして、縮こまりながら再度横になった。
とりあえず目を瞑ってみたものの、まだ凝視されているような感覚が残る。
一度瞑った目を開くと、間近で恐怖の青い眼がまだシンタローを見つめていた。
『恐ェ…』
居心地の悪さに何か言おうかと思ったシンタローだが、この様なキンタローに言える言葉は何もない。
諦めて目を瞑り、無かったことにしようと努めた。
しかし、横にいる半身を包む物騒な気配は一向に消える様子はなく、更に突き刺さるように凝視されている視線もそのままだ。
『………休めねぇーよ、キンタロー…』
自業自得の結果なのだが、後どれだけの時間この恐怖の空間にいなければならないのかと、絶望に埋もれながらシンタローは頭の中で考えたのであった。
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[BACK]
ある日の夕方、ガンマ団の敷地内の公園を、赤ん坊のコタローを連れたシンタローが散歩していた。
アラシヤマは、
「ライバルの動向を把握しておくことも、訓練のうちの1つどすえ!!」
とかいうよく分からない理由で、本日もシンタローをストーキング(・・・)していた。
シンタローはアラシヤマに見られている事には全く気付かず、コタローを肩に乗せるように前から抱っこして歩いていたが、しばらくすると公園のベンチに座った。
アラシヤマが木の陰からコッソリと見ていると、シンタローはジタバタと動くコタローを両手で持ち、自分の体から少し離してコタローと視線を合わせた。
シンタローは溜め息をつき、
「コタローはこんなに可愛いのに、なんで親父は全然可愛がんねぇのかな。この可愛さが分かんねェなんて、目が腐ってんじゃねぇの?なァ、コタロー?」
そう言われても、まだ乳児であるコタローに言葉の意味が理解できるはずはなく、コタローは、「アー」とか「ウー」とか言いながら、シンタローの少し伸びかけた髪の毛や耳を触ろうとして小さな手をシンタローの方に伸ばした。
その仕草に、シンタローは、
「かっ、可愛い!!」
と言ってギュッとコタローを抱きしめた。すると、驚いたのかコタローは突然大声で泣き出した。
ものすごい大音量で泣く赤ん坊に、シンタローはオロオロし、“高い高い”をしたり、“いないいないばぁ”をして苦労してあやしているとコタローは泣き止み、泣き疲れたせいか眠ってしまった。
シンタローは非常にグッタリした様子で、
「子育てって大変だゼ・・・」
と、溜め息をついたが、それでも腕の中で眠っている小さな赤ん坊を見て、
「・・・母さんは死んじゃったけど、でも、俺が母さんの分までお前のことが大好きだからな。父さんも、忙しいからなかなかお前に会いにこれねぇけど、絶対お前のことが大好きなはずだ。だから、安心して大きくなれヨ」
と言い、とても優しい笑みを浮かべた。そして、小さい声で子守歌を歌った。
今までにシンタローのそんな笑顔を見た事がなかったアラシヤマは、非常に衝撃を受け、そのままヨロヨロと寮に戻ってベッドに寝転んだ。
手を組んだ上に頭をのせ、寝そべって天井をぼーっと見上げながら、アラシヤマは自分が何に対してそんなに衝撃を受けたのか考えてみたが、結局何も分からなかった。
しばらく考えていると、ふと、
(そういえば、この前の暗殺任務で入った家の壁に掛かっていた、聖母子像みたいどすな。シンタローは男やし、別に女っぽいわけでもないけど)
と、なんとなく思った。
その時何かが分かりかけたような気もしたが、すぐにその感じは拡散し、アラシヤマはいつの間にか眠ってしまった。
仕官学校時代ですがアラがストーカーです。
しかも、“アラシン”と言ってもいいものかどうか・・・。すいません。
コンコン。と、総帥室のドアがノックされ、キンタローとグンマが珍しく揃いで入ってきた。
しばらく2人は居心地が悪そうにし、お互いの顔を見て何かを押し付けあっているようであったが、結局はグンマの方が口を開いた。
「シンちゃん、落ち着いて聞いてね。あのね、アラシヤマ君が亡くなったんだ」
シンタローは、一瞬何を言われたのか分からない顔をし、
「ハハッ。お前ら、いくらアラシヤマが嫌いだからってナ、そんな冗談はよくないゼ」
と言った。
「違うのッツ!冗談じゃないんだよッツ。シンちゃんが信じたくない気持ちはすごくわかるけど、ほんとのことなんだ・・・」
そう言うと、グンマは下を向きそれっきり何も言わなかった。
「グンマの言うことは本当だ。遺体の損傷が激しかったので、戦場で荼毘にふされたそうだ」
キンタローがそう言うと、シンタローは呆然とした顔をし、
「お前ら、すまねぇけど、もう帰ってくれ」
と言った。2人はシンタローの気持ちを思いやり、総帥室を後にした。
翌日、2人が総帥室を訪ねると、シンタローが案外元気そうであったので2人はホッとした。
「シンちゃん、大丈夫?」
「へ?何が?」
「えッツ?何がって、アラシヤマ君のことだよ!?」
「アラシヤマがどうしたんだよ?そういや、アイツ、遠征が終わったはずなのに報告に来ねェナ。どこで油売ってんだか。来たら締め上げてやろう」
「何言ってんだよ、シンちゃんッツ!!アラシヤマくんは、」
グンマが言葉を続けようとすると、キンタローがそれを遮った。
「どうも、シンタローの様子がおかしい。今は、それ以上何も言うな」
「だってッツ!」
「シンタロー、邪魔したな。また来るからあまり総帥業を頑張りすぎるなよ」
そう言うと、キンタローはグンマを引きずって総帥室を出て行った。
「おかしなヤツラだな。ったく、一体何だってんだよ」
そう言ってシンタローは、再び書類に目を落とした。
グンマとキンタローは、まず高松にシンタローの様子がおかしいということを相談し、高松はマジックやサービスにそのことを伝えた。
数日後、サービスと高松がシンタローの元を訪れた。
「アレッ?美貌のおじ様ッvv・・・と、変態ドクター。どうしたんだヨ?2人揃って」
「何なんですか、変態ドクターって。失敬な」
「それはどうでもいいけど、シンタロー。少し聞きたいんだが、アラシヤマが亡くなったことは分かっているかい?」
そうサービスが聞くと、シンタローは良く分からないような顔をし、
「えッ?アラシヤマって誰だよ?おじさんの知り合い?」
と言った。
サービスと高松は顔を見合わせ、
「何でもないんだよ。もし思い出したようだったら、いつでも私の所にきておくれ」
そうサービスは言って、高松を促し2人は総帥室を後にした。
高松とサービスは廊下を歩きながら、
「高松、どう思う?」
「やっぱり、ショックが大きすぎて一時的に記憶障害が起こっているんじゃないですかね。この前グンマ様とキンタロー様が行った時にはまだアラシヤマ君のことは覚えていたみたいですから。数日経っても彼が現れないので、脳が防衛反応として辻褄を合わせるために彼の存在を“無かった事”にしたんじゃないでしょうか」
「・・・それだけ、シンタローにとってアラシヤマの存在は大きかったということか。いずれにせよ、この状態がいい状態だとは思えないな。どうすればいいと思う?」
「今の彼の逃避行動も、彼にとって意味のあることでしょうしね。無理矢理思い出させないほうがいいんじゃないでしょうか。しばらくは様子を見て、もし彼が安定したようであれば、おいおい思い出させるということで」
「やはり、そうするしかないのか・・・」
沈鬱な顔をしたサービスは、ため息をついた。
さらにその数日後、マーカーがシンタローの元を訪ねてきた。
マーカーが、総帥室の前まで来ると、ドアの横にはグンマが立っていた。どこか、悲しそうな顔をして俯いていたので思わずマーカーが、
「どうなされたのですか?」
と聞くと、
「・・・確か、マーカーさんはアラシヤマ君の師匠だったよね?シンちゃんが変なんだッツ!僕、死んだ人のことを悪く言うのは嫌だけど、やっぱりアラシヤマ君のことが嫌いだよ。だって、シンちゃんの心を半分連れていっちゃったんだもんッツ!!」
そう言うと、グンマは廊下を走っていった。
「?」
マーカーには、彼が何を伝えたかったのかがよく分からなかったが、とりあえずドアをノックした。
「ったく、うっせーなぁ。グンマかよ?勝手に入ったらいいだろーが」
そう言って、シンタローは自らドアを開けたが、マーカーを見ると目を丸くし、思いっきりドアを閉めようとした。
が、マーカーはそうはさせなかった。
「お話があるんです。入れてください」
「俺にはねぇよ。帰ってくれ!!」
「なら、実力行使でいきますよ?」
マーカーはそう言うと、思いっきりドアをひき開けた。力負けしたシンタローは、床に尻餅をついた。
マーカーは、1つため息をつくと、シンタローに手を差し伸べ、シンタローを助け起こした。
シンタローは、マーカーの手を振り払うと、
「一体、何なんだよ!?特選部隊のアンタが俺に用事があるなんて、ありえねぇんじゃねぇの?」
と、語気荒く言ったが、それに対してマーカーは静かに、
「アラシヤマのことです」
と、一言だけ言った。
一瞬、瞳を揺らしたシンタローであったが、すぐに元の表情に戻り、
「誰だよソレ。何のことだか分かんねぇナ」
と答えた。
マーカーは、思いっきりシンタローの頬を殴った。不意に殴られたシンタローは思わず床に座り込んだ。
「あの馬鹿弟子は、こんな男に惚れ抜いて死んだのか。全く、失望した」
そう言って、座っているシンタローを見下ろし1つ溜息をつくと、マーカーもしゃがんでシンタローに目線を合わせた。そして、服のポケットから何か封筒のようなものを取り出し、シンタローに渡した。
「あの馬鹿弟子から、貴方に宛てての手紙です。万が一の時には貴方に渡すように頼まれました」
そして、もう1つ小さい袋のようなものをシンタローに手渡した。
「ヤツの遺骨の一部です。これは、ヤツが特に何か言ったわけではありませんが、私が貴方に渡すのが筋かと思って勝手にしたことです」
シンタローは震える手でそれらを受け取ると、ギュッと胸に抱きしめ、嗚咽し始めた。
マーカーは立ち上がり、
「・・・あの馬鹿弟子は、貴方にそんなに思っていただけて、幸せだったと思いますよ。殴ったりしてすみませんでした」
そう言うと、静かに部屋から出て行った。
「アラシヤマ、アラシ・・・」
シンタローは床に座ったまま泣きながら、涙でぼやけた視界で封筒を開けようとした。開けてみると、そこには手紙が入っており、「シンタローはんへ」という言葉から始まっていた。
「シンタローはんへ
今、あんさんがこれを読んでいるということは、わてはもうこの世におらへんということでんな。わて、あんさんを置いて先に死ぬつもりは更々なかったんどすが、どうもしくじってしまったみたいどす。ほんまに堪忍してや。わて、今まで生きてきた中で、シンタローはんと過ごせた時間が一番幸せどした。今までちゃんと言葉で言えへんかったけど、意地っ張りで、可愛いあんさんを愛しています。わて、前までは死ぬときはあんさんを道連れにしてでも一緒に死にたいと思ってましたが、今は違います。わてに何があっても、あんさんには生きていてほしいんどす。シンタローはんやったら、わて以上に大事にしてくれる人達が周りにたくさんいるはずどす。あぁー、なんや、書いていて嫌になってきましたわ。やっぱり、わて以上にあんさんを愛している人はいまへんな!これは自信をもって言えることどすえ?でも、死んでしまったら、もうあんさんのことを大切にすることができまへんさかい、やっぱりわてのことをすっぱり忘れておくんなはれ。
アラシヤマ」
「何なんだよ!勝手に1人で自己完結してんじゃねぇよ!!俺、オマエに好きとか愛しているとか言ったことなかったダロ?お前ばっかり一方的に言ったまま逝くなんて、そんなのずりィよ!!」
シンタローは号泣した。
アラシヤマさん&シンタローさん、ほんまにごめんなさい(謝)!私自身、死にネタはあまり好きではないので、 これには続きがあります。よろしければこちらにどうぞ~。→
材料を調達に出かけた際、俺は、アラシヤマが食事をしている場面にたまたま出くわした。
「あっ、シンタローはーん!!一緒に食べはりません??」
別にどうでも良かったが、どんなものを食べているのかちょっと見てやろうと思って鍋の中をのぞくと、
・・・何とも、得体のしれない嫌な感じの状態になっており、原材料が何なのかさえ分からなかった。
「・・・アラシヤマ。これ、何だ?」
「えっ?見てわからしまへんか??もう、シンタローはんはご冗談がお好きどすなぁvvまぁ、そんなところもかわいおすけど。これは、昔山で修行をしてた時に師匠から習った料理どす。“男の手料理”ってやつでっしゃろか。慣れたらなかなかの味どすえ~」
そう言って、アラシヤマが持っていたお椀をこちらに差し出すので、流れ上仕方なく受け取り、箸を付けてみた。
「※?@!?#%¥??~!?!?」
(え、えらくマズイ・・・。コイツよくこんなもの食えるなぁ。しかも、これがなかなかの味!?・・・ありえねェ。コイツって実は、暗殺よりも野戦向きなんじゃねぇの?うーん、育てられた環境って怖いゼ。なんか、コイツのことちょっとだけかわいそうになってきたかも・・・)
あまりの不味さのせいか、一瞬の間に、シンタローは本当に色々なことを思ってしまった。
「・・・アラシヤマ。まだ、材料余ってるか?」
「えっ!?シンタローはんがわてのために料理を作ってくれはりますのん?う、嬉しおす~~vv材料は、そこの籠の中にありますえ~」
「あまりにもおまえの料理が不味かったから、俺が口直ししたいだけだ。別に、お前のためじゃねェよ」
「ふふふ・・・。シンタローはんはテレ屋さんどすなぁ」
「黙ってろ。もう、作ってやらねェぞ」
「わかりましたえ~。あぁー、わては世界一の幸せもんどす~~vv」
そう言ってアラシヤマはそれ以降黙ったが、俺の一挙一動をジッと見ているので、どうにもやりにくくて仕方がない。
「ジロジロ見てんじゃねェよ」
「あっ、すんまへん。ただ、誰かがわてのためだけに料理を作ってくれるのは初めてなんで、つい、見てしもうて。わて、お母はんのことはあまり覚えてないんどすけど、もしかしたらお母はんってこんな感じかなと思いまして。昔、師匠と修行してたときは交替で作ってましたが、ホラ、師匠はどうも“お母はん”という感じやおまへんやろ?」
・・・どうして、俺だと“お母はん”って感じなんだよ!とか、色々ツッコミたい点はあったが、あまりにもアラシヤマが幸せそうだったので、今回は何も言わないでおいた。
「ホラ、とっとと食え」
「お、美味しゅうおす~!!さすがはシンタローはん!!」
そう言って、アラシヤマはガツガツと俺の作った料理を食べていた。コイツは、あの厳しそうな師匠に躾けられたのだろうか、箸の持ち方や食べ方は意外だがきちんとしている。
・・・まぁ、美味いといわれて作った方も悪い気はしない。もし、コイツがあんな不味そうな料理を作っているのを見かけたら、また作ってやってもいいかなと少しだけ思ったが、コイツに言うと調子に乗りそうなので言わないでおこう。