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 ある日の午後、総帥室でアラシヤマが、
 「シンタローはーん!わてと京都に旅行に行きまへんか??今は秋やから、お寺さんとかの紅葉が綺麗どすえ??食べ物も美味しいものがたくさんありますしナ!!」
 と、京都のガイドブックを見せ、熱心にシンタローを旅行に誘っていた。
 シンタローは、
 「うーん・・・」
 と、どうしようか迷っているようであったので、アラシヤマはもう一押しと、
 「シンタローはん、わてら、心友ですやろ??一緒に旅行ぐらい」
 アラシヤマが、そう言いかけると、
 「もちろん、駄目ーッツ!!」
 と、突然、マジックが片腕に等身大シンちゃん人形を抱えたまま、バンッと総帥室のドアを開けて入ってきた。
 ツカツカと総帥机の前までマジックは歩いてくると、アラシヤマを無視して、
 「シンちゃん!下心のある野郎と2人きりで旅行になんか行っちゃ危険だヨ!それでなくてもシンちゃんはすごく可愛いんだから変な虫からは自分で身を守らないと!!」
 マジックは、そう力説したが、一方でシンタローは、
 (親父、俺の性別とか年齢とか、他にも何か色々と根本的に間違ってねぇか・・・?)
 と、遠い眼をして、マジックの言葉を聞き流していた。
 すっかり2人に存在を無視されていたアラシヤマが、おどろおどろしい空気を背後に背負い、
 「―――前総帥、もしかして、変な虫ってわてのことどすか?いくら前総帥で、シンタローはんのお父はんといえども聞き捨てなりまへんなぁ。ま、とにかくシンタローはんはわてと旅行に行きますさかいに!そうどすな?シンタローはん!?」
 「アラシヤマなんかと旅行にいかないよね?シンちゃん!?アラシヤマと何処かに行くぐらいなら、パパと温泉に行こうよ。もちろん、源泉のお湯を使った温泉だよ♪」
 「あっ、ドサクサに紛れて美味しい案を出しはりましたな!?シンタローはーん!わてもシンタローはんと2人っきりで温泉に行きとうおます!!温泉に入るときは髪型は下の位置のお団子で!!」
 「お団子か・・・。やっぱり、パパはお団子よりもバレッタで髪の毛をとめて欲しいな♪バレッタはイルカさんとかクマさんとかの形のヤツでvvv」
 「うーん、バレッタも可愛いおすけど、やっぱりお団子でっしゃろ?位置が下というのがポイントどすえ?大人の色気どす――!!」
 2人はそれぞれ何かを妄想し、鼻血を垂らしていたが、
 シンタローは、机に手をつき、突然椅子から立ち上がると、
 「テメェら、さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって・・・。出て行きやがれ――!!眼魔砲ッツ!!」
 と、2人に向かって眼魔砲を撃った。
 眼魔砲の衝撃で外開きのドアが開き、
 「シンタローはーん!!わてとの京都旅行考えといておくれやす~!」
 「シンちゃ――ん!!パパと一緒に温泉に行こうよ~」
 という言葉を残して、アラシヤマとマジックの2人の姿は完全に見えなくなった。
 シンタローはドアを思いっきり閉めると、再び何事も無かったかのように書類を読み始めた。


 「アイタタタ・・・。シンタローはんは、やっぱり容赦ないどすなぁ」
 眼魔砲で廊下まで吹き飛ばされたアラシヤマが頭をさすりながら身を起こすと、
 「だらしないぞ。アラシヤマ」
 彼の前にはマジックが立っていた。先ほどまでのふざけた雰囲気は微塵も感じられず、冷たい目つきでアラシヤマを見下ろしていた。廊下には人気はなく、辺りは静まり返っていた。
 アラシヤマは、団服の裾を払って立ち上がるとマジックに相対し、
 「前総帥、いくら自分の子どもでも私生活にまで口出しするのは、親馬鹿すぎとちゃいますか?シンタローはんはもう大人どすえ?」
 と言った。
 マジックは、1つ溜息をつくと、
 「―――アラシヤマ、シンタローに付き纏うのは、もう止めろ」
 と言い、それを聞いたアラシヤマは、
 「それは、命令どすか?マァ、ガンマ団の総帥に男の恋人がおるやなんて知れたら外聞も悪うおますし、世継の問題もありますしな」
 と、口元を歪め、皮肉っぽく言った。
 それに対しマジックは、
 「命令ではなく、忠告だ。ガンマ団は、いずれはコタローに継がせる。・・・半分はシンタローのため、半分はお前のためなんだよ、アラシヤマ。お前こそ、シンタロー1人に固執して生きるよりも、もっと他の生き方も選べるはずだ」
 と、静かに答えた。 
 マジックの声は硬質でほとんど感情が感じられなかったが、ほんの一瞬だけ、わずかに情らしきものがのぞいた。
 アラシヤマは黙ってマジックの言葉を聴いていたが、不意に彼の周りを取り巻いていた刺々しい雰囲気がスッと消え、アラシヤマは困ったようにバリバリと頭を掻いた。 
 「あ~、前総帥。わてはもう既にシンタローはんに所属しているんどす。シンタローはんはわてのものやないけど、わてはシンタローはんのものやと、わて自身が勝手に決めました。わては、シンタローはん以外、何もいりまへん」
 「―――もし、お前が死んだり、居なくなったら、シンタローはどうなる?」
 マジックが無表情にそう訊くと、アラシヤマは真摯な顔をし、
 「わては、一応ガンマ団ナンバー2で他の奴らより死なへん自信がありますし、絶対にシンタローはんのもとにかえってきます。それに、万が一わてが死んでもシンタローはんには、それを乗り越えてほしいと思います。シンタローはんやったらそうできるとわては思いますえ?」
 と答えた。
 マジックは顎に手を当て、無言で考え込んでいたが、アラシヤマを見ると、
 「一応、シンタローの周りに居ることは許すが、今日、私がそう決めたことを後悔させるような真似だけは、絶対にするなッツ!!」
 そう一喝し、その場から去っていった。
 アラシヤマはその場に立っていたが、マジックの姿が完全に見えなくなると、廊下にしゃがんで溜息をつき、
 「―――やっぱり、マジック前総帥は威圧感が違いますな。あまり敵にまわしとうないお人どす。なんや今日は、えらい疲れましたわ・・・」
 と呟いた。アラシヤマは、数秒しゃがんでいたが、不意に立ち上がると、
 「さて、シンタローはんの顔を見てから帰るとしますか。もうそろそろ、行っても怒られへん頃合でっしゃろ」
 と言うと、総帥室の前まで歩いて行き、ドアをノックした。







謝るべきことは非常にたくさんあるかと思うのですが、とりあえず、京都行きたいっす~!!
えーっと、マジシン風味ですが、このマジックさんはどちらかというとシンちゃんに対して
恋愛的な感情を抱いているというよりは、父親としての部分が大きいと思います・・・。
アラとシンちゃんのお付き合い(?)は100歩譲って認めてはいるのですが、
もし、万が一アラがシンちゃんを裏切ったら、アラを始末しようと思っています。
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 「私の息子はおまえだけだ・・・。おまえさえいればいいんだ!」
 マジックはそうシンタローに告げ、動揺したシンタローが自己卑下した言葉を勢いで言ってしまった時に、マジックは初めてシンタローを殴った。
 普段、自分に甘い父親の姿ばかりを見ていたシンタローにとって、そのことはかなりのショックであった。
 「もう、父さんなんか知るか!家出してやるッツ!!」
 そう言って、シンタローは総帥室を飛び出した。シンタローは心のどこかでマジックが追ってくるかと少し期待していたが、誰も追っては来なかった。
 シンタローは、泣きそうな顔を誰にも見られたくなかったので、1人になれる場所に行こうと思った。なるべく人に会わずに行ける人気のない場所を考えた末、結局仕官学校内図書館の裏手の階段に行くことにした。
 門は閉まっていたが、シンタローは門を乗り越えて学校内に入った。
 放課後であったせいか校内には生徒が居らず、シンタローは誰にも会わずに目的地まで辿り着くことができた。シンタローは膝を抱えて階段に座った。
 家に帰らない決意を固めたものの、シンタローにはこれと言って行く当てはなかった。叔父のサービスがいれば、もちろんサービスの所に行くのだが、あいにく彼は現在ガンマ団には居なかった。
 学校の友人の所ということも一応考えてはみたが、シンタローはその案をすぐに諦めた。学校でシンタローは多くの友人達に囲まれていたが、彼らとはその場での付き合いであり、彼には実は心を許せる相手というものはいなかった。
 父親の威光が士官学校の中でも強く、いつも良かれ悪かれ「総帥の息子」という目で見られていることは、シンタロー自身もよく分かっていた。
 シンタローが友人達に一言「泊めてほしい」と言えば、喜んで泊めてくれるのかもしれないが、マジックに睨まれるのが怖くて関わろうとしない可能性もあった。
 シンタローは、自分の心に入れた相手から裏切られることがとても怖かった。
 さっきのマジックとの事やコタローの事に加えて、現在自分が孤独で無力であると実感したシンタローの目には涙が滲み、シンタローはそれをごまかすように抱えた膝に目頭を押し付けた。


 夕方になり、辺りはだんだんと薄暗くなってきた。
 アラシヤマは学生食堂から寮への帰り道、近道をしていた。その近道というのは食堂から寮までの最短距離であるが、梢の間を通り抜けるという無茶なものであったのでほとんど誰も使用していなかった。
 「よっと。ここで木立は終わりどすな。ここから寮までは後ちょっとやさかい、楽なもんやわ」
 そう言って、図書館の裏手に出たアラシヤマは木から飛び降りた。
 いつのまにか、辺りはすっかり暗くなっていた。
 (ん?何やろ?人ですやろか??全然動かへんけど・・・。まぁ、殺気は感じへんから外部からの侵入者というわけでもおまへんやろ)
 そう思ったアラシヤマが、確かめようと階段の方に向かうと、座っていた人影がバッと顔を上げた。
 「あっ、シンタローやないか。こんな所で何してますのや。アレ?もしかして泣いとったん?ええ年してみっともな~」
 アラシヤマは、シンタローからあからさまに無視するか怒って突っかかってくるかどちらかの反応が返ってくると思ったが、予想外にもそのどちらでも無かった。
 シンタローは、力なく再び膝の上に顔を伏せた。
 いつもと違う様子のシンタローの姿に焦ったアラシヤマは、
 「あ、あんさん、どないしましたん?具合でも悪いんどすか?」
 と声を掛けたがシンタローは顔を上げようともせず返事もしない。焦れたアラシヤマは、さらにシンタローに近づき無理やり顔を上げさせようとした。
 アラシヤマがシンタローの顔を無理やり上げさせると、少し離れていたときには分からなかったが、近くで見るとシンタローの頬は涙で濡れていた。
 アラシヤマはシンタローの涙を見て思わず固まってしまったが、シンタローは怒ったような顔をし、
 「触んじゃねェヨ!!とっとと、失せろ!」
 と、アラシヤマの手を振り払った。
 その対応にムッとしたアラシヤマは、
 「へェー。あんさんは他人の親切にそんな対応をするんどすか。もう、俺は知りまへんえ?」
 そう言って、その場を後にした。アラシヤマは寮の方に向かってしばらく歩いてはみたが、さっきのシンタローのことが頭から離れず、気になって仕方がない。
 「あ゛―――!!もう!なんでわてが、こんなにシンタローなんかのことを気にせなあきまへんのや!!まぁ、このままほっといても寝覚めが悪うおますし、しょうがない。戻りまひょか」
 そう言うと、アラシヤマは走ってシンタローがいる場所へと戻った。
 シンタローが居なくなっている可能性もあり、少し心配であったがシンタローはそのままさっきの場所から動いていなかった。
 「シンタロー、こんな場所にずっと居ってもしょうがないやろ。家に帰ったほうがええんとちゃうか?ホラ、これで顔拭きや」
 と言って、たまたま持っていたタオルをシンタローに差し出した。
 アラシヤマの声を聞いたシンタローは、まさかアラシヤマが戻ってくるとは思わなかったらしく、あっけにとられたような顔をしてアラシヤマを見、思わずタオルを受け取った。
 タオルを受け取ったものの、シンタローは再び俯いてしまった。
 「あんさんがこのまま帰らへんかったら、親馬鹿の理事長がえらい心配しますやろ。さっさと帰りますえ?」
 アラシヤマがそう言うと、理事長という言葉を聞いたシンタローは勢いよく顔を上げ、
 「あんなヤツ、心配なんかしてるわけねぇヨ!!」
 と吐き捨てるように言った。
 「・・・何があったんか知りまへんが、朝までここに居るわけにもいかんやろ」
 「家に帰るぐらいだったら、ここに居る!」
 「・・・しょうがないどすなぁ。なら、俺の部屋に来まへんか?」
 それを聞いたシンタローは、戸惑ったような顔をした。どうにも決めかねているようなので、アラシヤマは無理やりシンタローの腕を掴んで立ち上がらせた。
 「ホラ、とっとと行きますえ?」
 そう言ってシンタローの手を引き、アラシヤマは寮に向かった。シンタローは手を引かれるまま素直についてきた。
 (いつもこんなにしおらしかったら、可愛げがありますのになぁ・・・。って、えッ!?わて、今シンタローのことちょっと“可愛い”とか思わへんかったやろか・・・。わてはホモやおまへんし、シンタローのことを可愛いと思うやなんて、絶対何かの間違いどす~!!)
 アラシヤマが(顔には出さなかったが)心の中で色々考えている間に、2人は部屋の前に着いた(ちなみに、普通は2人で1部屋だが、アラシヤマは1年間謹慎処分であったことと特異体質のせいで1人部屋である)。
 アラシヤマがドアを開けて部屋の中に入ると、シンタローは戸口の所に立ったまま入ろうとしない。
 「遠慮せんでもええんどすえ?」
 そう声を掛けると、シンタローはオズオズと部屋の中に入ってきた。所在無さげにしているシンタローをアラシヤマはベッドに座らせ、自分は机の椅子に腰掛けた。
 「あんさん、何も食べてへんのやろ?もう食堂も炊事場も閉まってますし、カップ麺ぐらいしかないどすが、食べはる?」
シンタローは黙っていたので、アラシヤマは勝手にカップ麺を作りシンタローに押し付けた。
 シンタローが食べ終わると、アラシヤマは片付けながらシンタローの風呂をどうするか考えた。
 (うーん、共同風呂は却下どすな。シンタローは明らかに泣いてたと分かるような顔してますし。そもそも、総帥の息子がこんなとこに居るやなんてバレたら大事ですしな。まぁ、シャワーだけでもええですやろ)
 そう結論付けると、アラシヤマはシンタローに部屋のシャワーを使うように勧めた。 シンタローに着替えを渡し、アラシヤマが入れ違いに入ってシャワーを浴びて出てくると、シンタローは疲れのせいかベッドの壁際にもたれて眠そうであった。
 「眠いんどすか?眠いんやったら、ちゃんと布団の中に入って寝なはれ」
 そうアラシヤマが言うと、シンタローはモソモソと布団に入ったが、ふと気づいたように
 「オマエは?」
 と聞くと、
 「わてのことはええんどす。なんや知らんけど、あんさん疲れてるんやろ?はよ寝や」
 シンタローは、眠いながらもしばらく考えていたようであったが、
 「じゃ、一緒に寝よーぜ」
 と突然、いい案を思いついたように言った。
 アラシヤマは、非常に動揺した。
 (な、何言い出しますのん!?わて、今まで誰かと一緒に寝たことなんかおまへんで!!普通、この年にもなって男同士で一緒に寝るとかありえまへんやろ??)
 色々と心の中で葛藤があったようであるが、悩んだ末アラシヤマは結局シンタローの横に入った。シンタローはアラシヤマが悩んでいる間にすでに眠ってしまったようである。
 (普段生意気やけど、こうやって見てみると、シンタローの顔は幼いどすなぁ・・・。あれッ、また、わて、シンタローのことちょっと可愛いと思わんかったやろか!?気のせいどす、気のせい・・・)
 アラシヤマが、念仏のように「気のせい」と唱えていると、不意にシンタローが寝返りを打ち、「んー」と言いながら猫のようにアラシヤマの肩口の方に擦り寄ってきた。
 (か、可愛いおす!!って、シンタローは男でっせ――!?しっかり!負けるな、わて~!!)
 アラシヤマは結局、その夜一晩中眠れなかった。


 朝になりシンタローが起きると、すでに起きていたアラシヤマは非常に疲れた顔をしていた。
 シンタローは少し不思議に思いつつ、着替えながらアラシヤマに礼を言った。
 「ありがとナ。オマエ、案外面倒見がいいんだな。俺、弟が生まれるまで1人っ子みたいなもんだったから、なんか兄貴ができたみたいっつーか、」
 「出て行っておくんなはれ」
 「えッ?」
 「俺は、シンタローと一緒にいるとすごく疲れましたえ?もう、あんさんの面倒をみるのは懲り懲りどす」
 その言葉を聞いたシンタローは、一瞬泣きそうに顔を歪め、しかし、すぐにいつものシンタローに戻った。
 「あぁ、そーかよ。俺もオマエのことなんか大っ嫌いだ!世話かけたな!!」
 そう言うと、シンタローは振り返らずにアラシヤマの部屋の扉を思いっきり閉めて出て行った。
 残されたアラシヤマは、
 「これで良かったんどす。だって、わてはホモやないですもん・・・。シンタローはライバルなんどす」
 と言いながら、その日の授業の用意をし始めた。








a
   


 もう、そろそろ夜も明けようかという時刻、薄暗がりの中でアラシヤマは隣で眠っているシンタローの髪を撫でていた。シンタローも気持ちよかったのかその行為を止めさせようとはせずに、そのまま眠っていた。
 アラシヤマは、
 「 シンタローはん。あんさん、どうして髪伸ばしてますのや?切りまへんの?」
と、寝ているシンタローに戯れに話しかけた。
 シンタローは、
 「ん――」
と、生返事をしながら、アラシヤマに話しかけられたのが煩わしかったのか、タオルケットを全部自分の方へ引き寄せ、そのままタオルケットにくるまってアラシヤマに背を向け、丸まってしまった。その様子は非常に子どもっぽく、可愛かった。
 アラシヤマが面白がって、
 「シンタローはーん!どうして髪切らへんのどすかぁ?」
と、しつこく聞くと、シンタローは、
 「・・・さっきから、うるせェ。パプワが切るなって言ったからナ」
と眠そうに言うと、頭からタオルケットを被って、もう何も質問を受け付けない状態に入ってしまった。
 その答えを聞いたアラシヤマは、自分がしつこく訊いたせいであるにもかかわらず、結構なショックを受けた。
 (シ、シンタローはん?それって、「彼氏が、“髪の長い子が好みだから、切るな”って言うから伸ばしてるのvv」とか何とかいう女の子みたいどすえ??・・・シンタローはんの中では、わてより、あの秘石眼の子供の方が男として地位が上ということですやろか??そ、そんなアホな!!そやかて、前にわてがシンタローはんの髪を切ろうとしたとき、えらい怒らはったしなぁ・・・。それに、わての頼みを一度も素直にきいてくれたことはありまへんしな。まァ、意地っ張りなとこも可愛ゆうおますけどvv今日の夜も最初は素直やありまへんどしたけど、最後の方になると、悔しそうにしつつもわてに縋り付いてきましたしな!(何かを妄想中)・・・やっぱり、可愛ゆうてたまりまへんわ~vvv―――って、うっかり本題から逸れるとこどしたわ。うーん、まぁ、このまま悩んどってもしょうがないどすし、シンタローはんが起きたら聞いてみまひょか)
 アラシヤマはそう結論づけると、
 「シンタローはーん。毛布の1人占めはズルイどすえ~。わても入れておくれやす~~」
 と言いながら、タオルケットに1人くるまり向こうを向いて寝ているシンタローにくっついて、眠りについた。

 朝、シンタローが目覚めると、すでに起きていたアラシヤマが何やら深刻そうな顔をしていた。
 アラシヤマが、
 「シンタローはん、朝方のわてとの会話覚えてはります?」
 と聞いてきたが、シンタローにはアラシヤマが眠いときに何やら話しかけてきて非常にウザかった記憶しか残っていなかったので、
 「あんだよ?」
 と聞き返した。
 「あんさん、わてよりも、パプワはんの方が男として好きって言ってましたえ?」
とアラシヤマは言ったが、シンタローには全くそんなことを言った記憶はなかった。
 「そんなこと言った覚えは全くねぇゾ。本当にそう言ったのかよ?」
とシンタローが不審に思いながら聞くと、アラシヤマは、
 「正確には、パプワはんが切るなと言ったから髪を伸ばしてるって言ったんどす。わての頼みは絶対きいてくれまへんのに、どうしてあの子どもの頼みやと、素直にききはるんどすか?」
 と言った。
 シンタローは、その答えを聞いて非常に呆れた反面、悪戯心が湧いたので、こう言って浴室のほうに向かった。
 「そりゃ、お前よりもパプワの方が、ず―――っと、好きだからナ」
 (まぁ、友達としての好きだけど。それに、お前の頼みって、「シンタローはーん!新しい体位試してみまへんか?」とか「シンタローはんに似合うと思うてエプロン買うてきましたさかい、裸エプロンしてくれまへん?恋人の裸エプロンは男のロマンどすえ~!!」とかそんなのばかりじゃねぇかヨ。・・・今思い出してもムカつくゼ。マァ、即、眼魔砲してやったけどナ。)

 シンタローが浴室から部屋に戻ってくると、アラシヤマは壁際で体育座りをして落ち込んでいた。
 その様子は、茸が生えそうなほどジメジメしており、非常に鬱陶しかった。
 アラシヤマは、地の底を這うような声で、
「――――シンタローはーん。わてより、パプワはんの方が好きって本当どすかぁ?」
 と言ったが、シンタローは、落ち込んでいるアラシヤマが鬱陶しくなったので、タオルで髪を拭きながら、
 「あぁ。本当だ」
 と答え、ソファに座ってTVをつけた。
 アラシヤマはショックを受けたようでさらに落ち込んでいたが、しばらくすると立ち直ったようであり、急に立ち上がると、
 「シンタローはん!!」
 と叫んだので、アラシヤマを放っておき、TVに集中していたシンタローはビクッとした。
 「なッ、何だヨ?驚かせんじゃねーよ!」
 アラシヤマはソファに座っているシンタローの方に近づき、
 「わて、やっとわかりましたえ?いくらわてよりあの秘石眼の子どもの方が好きどしても、わては子どもには出来ん方法であんさんを夢中にさせてみせますさかい、覚悟しといておくれやす!ほな、善は急げと言いますし、さっそくvvv」
 と言って、シンタローをソファから抱え上げ、ベッドの方に運んだ。
 「ギャ――――ッツ!!降ろせ―――!!眼魔・・・」
 「おっと、今眼魔砲されたら困りますさかい」
 そう言って、アラシヤマはシンタローを抱き寄せ口付けた。
 「んっ・・・」と言って、力が抜けボンヤリしているシンタローをベッドの上に横たえ、
 「明るいどすけど、別にかまへんですやろ?あぁー、わて、一遍明るいとこでやってみたかったんどす~vvvその方が、シンタローはんの可愛えぇ顔がはっきり見えますしな!ほな、いただきますえ~」

 その後、アラシヤマはシンタローに1ヶ月間無視されていたらしいが、周囲の人々は「またか・・・」と思い、誰もその理由を知りたいとは思わなかったそうな。


 ☆おまけ☆

 アラ:「シンタローはーん。ちなみに、髪を伸ばし始めたのはどうしてどすか?」
 シン:「あぁ。いろいろあるけど、サービス叔父さんに憧れてっつーか。叔父さんも“シンタロー     は髪を伸ばしても似合うね”って言ってくれたし」
 アラ:「(そういや、シンタローはんはサービスはんにえろう弱いどすしな)わてと、サービスはん     では、どっちが好・・・」
 シン:「美貌のおじ様!!」
 アラ:「ま、まだ最後まで言ってないですやん!!それに、そないにキッパリ断言しはらんでも・     ・・(泣)」
 シン:「美貌のおじ様ったら、美貌のおじ様ッツ!!あッ、この前みたいなことしやがったら許さ     ねェからナ!!そういや、依頼の中に1年ぐらいかかる遠征の任務があったしちょうどい     いかも・・・」
 アラ:「そ、そないに殺生な――!!そんなに長い間あんさんのそばを離れるやなんて、それだけ     は勘弁しておくれやす・・・(泣)」








aa
 

「シンタローはーん!!あんさんの心友が来ましたえ~vvv」
 ある日のお昼過ぎ、俺とシンタローさんが昼食後の皿洗いをしている時に、PAPUWAハウスの玄関口でアラシヤマの声がした。何の用事かは知らないが、とりあえずウマ子やキムラではなかったので、正直俺はホッとした。
 「チッ。ったく、ウッセーな」
 舌打ちをしながら、俺様なお舅さんは洗い物の手を止め、エプロンで手を拭きつつ玄関の方へと向かった。
 玄関のほうからは、
 「シンタローはん!いつ見てもエプロン姿、可愛いおす――!!今度、わてにもその姿で、」
 アラシヤマが何か言いかける声が聞こえたが、間髪を入れずに
 「眼魔砲」
 ・・・何か、爆発音が聞こえ、その後すぐにシンタローさんが戻ってきた。
 俺は、(あっ、いつものことだけどお花を供えに行かないとー!!)と思ったので、
 「えーっと、この前カムイ用に買ってきた仏壇花(お得セット100円)の残りは、どこへ置いたっけ・・・」
 と、残り物の仏壇花を探したが、食器を洗っていたシンタローさんが、
 「コラ、家政夫。まだ、全部洗い終わってねェだろーが。どこへ行くつもりだ?―――アラシヤマのことならほっとけ」
 と言ったので、俺は(まぁ、いいか)と思い、皿洗いに戻った。
 しばらく2人で無言で皿を洗っていたが、どうにも沈黙に耐え切れず、俺は常々気になっていた事があったので、この際シンタローさんに聞いてみる事にした。
 「あのー、シンタローさん。なんで、アラシヤマの時は体術で応戦せずにいつも眼魔砲なんすか?」
 俺がそう聞くと、シンタローさんは
 「面倒い」
 ―――即答であった。
 しかし、どうにもその答えに納得出来なかったので、俺は食い下がった。
 「いや、でも、眼魔砲を撃つのも、エネルギーがいるっしょ?俺のプラズマはかなりエネルギーを喰いますよ。それより、体術の方が効率がいいんじゃ・・・」
 俺は答えが返ってくるとは期待していなかったが、シンタローさんは洗い物の手を止め、
 「ん――・・・」
 と、顎に手を当てて考え込んだ。
 しばらくそうしていたが、シンタローさんはふと、何かを思い出したようでとても嫌そうな顔をした。
 「・・・マァ、アイツも一応ガンマ団NO.2だからナ。スッゲー、ムカつくけど、体術だと3回に1回ぐらいはきかねぇ時があるし。ホラ、接近戦だと敵と距離をとるにこしたことはねぇだろ?それに、アイツはめったなことでは死なねぇし」
 「確かに、敵とは距離をとって攻撃できた方がいいと思いますけど、って、アラシヤマはただのストーカーで別に敵じゃないんじゃ・・・。―――いくらアラシヤマが丈夫だといっても、一応人間だし、あまり眼魔砲をやり過ぎると死ぬんじゃないすか?」
 俺がそう言うとシンタローさんは、笑顔になり、
 「何?今、何か言ったか?」
 と、有無を言わさない口調でそう言った。
 そして洗い物に戻ったが、これ以上何かを聞けるような雰囲気ではなかった。
俺は、アラシヤマが普段俺様なお舅さんに、あんな顔をさせたということに興味があり、2人の間に何があったかちょっと知りたかったが、今度は自分が眼魔砲をされると嫌なので、黙って洗い物に専念した。
 結局、その日1日俺はシンタローさんに無視され、さらに、夕食の味付けが不味いと言って鬼姑にえらく怒られたが、(これって、絶対八つ当たりだ・・・)とかなり理不尽な気がした。







「人の恋路を邪魔するやつは~」という昔からのことわざ(?)がありますよね。
全然、恋路には見えないかもしれませんが・・・。
k







+ 虜 +

--------------------------------------------------------------------------------

 優しい、穏やか、慈しむ、懐かしむ───笑顔。
 先程シンタローが浮かべた微笑は、一体どれにあてはまるのだろうか───。


 グンマに言われたとおり、過去が気にならないわけではない。
 過去どころか今現在だって俺は気になる。
 今の表情は誰を想ってのものだったのか。
 何を想ったときにお前がそんな顔をするのか。
 自分以外のものを思うときの彼の優しさを感じる瞬間は好きだが、それと同じくらい憤りを感じてしまう。
 ただの嫉妬だと判っていても、感情がコントロール出来ない時もあるんだ。

「お前だよ、キンタロー」

 頭の中であらぬ考え事をしながらも今日の業務をきっちりと終えた俺は、笑いを堪えたシンタローの声で我に返る。いやに近くで彼の声がすると思ったら、いつの間にか腕でしっかり捕まえていた。
 あまりの至近距離に俺が驚きながら慌てて離すと、シンタローは堪えきれずに吹き出した。






 グンマが来てから業務が脱線してしまい、結局日付が変わっても総帥室で仕事をしていた俺とシンタローは、予定から一時間遅れでやっと仕事を切り上げることが出来た。
 そして総帥室から出ていこうというときに、俺は無意識の内にシンタローの腕を掴んでいたようだ。
「お前、俺の腕掴みながら難しい顔してずっと固まってるし、何事かと思ったんだけど……ビンゴだろ?」
 シンタローは目元に笑みを湛えながら、俺が考えていたことなどお見通しだと言わんばかりの得意げな表情を浮かべている。
「ビンゴと言われても…」
「誤魔化すなよ。どーせ、さっきのグンマの話が気になってんだろ?」
 俺は誤魔化したつもりなどなかったが、楽しそうな声でそういうシンタローから視線を逸らした。
 指摘は正しい。
 お前の口から聞きたくないのに、その心の中は気になる。
 と、そこまで考えてから俺はもう一度シンタローを見た。
「お前……さっき俺と言ったか…ッ?!」
 少し声を荒立てて問い返すと、シンタローは声を上げて笑い出した。
 何がおかしかったのか俺には判らなかったが、笑ったままのシンタローにむっとして、先程離した彼の腕をもう一度掴んだ。俺の問いに答えろと眼で訴えながらじっと見つめていると、笑いながら姿勢を崩していたシンタローは、俺の視線に気付き顔を上げてこちらの方を向く。目にうっすら涙を浮かべながら尚もおかしそうにしていた。
「何がおかしい?」
「お前…反応…遅ェーよ」
 笑いながら途切れ途切れに台詞を言うと、シンタローは直前までの笑みとは打って変わって柔らかな笑顔を浮かべて、空いているもう片方の手で俺の頭を撫でた。
「本当、時々可愛い反応すんよな、キンタローって」
 俺の反応のどこが可愛いんだと反論しようとしたが、目の前にあるシンタローの笑顔にのまれた。
 俺はいつだってシンタローの豊かな表情には敵わない。
 ひとを射抜くような鋭い視線を向けてくる闇色の眼が、何故こんなにも暖かさを感じるものに変わるのだろう。
 いつもの難しい顔が、どうしてこんなにも見惚れるような笑顔に変わるのだろう。
 俺はしばらくの間、目の前の笑顔を見つめながら大人しく頭を撫でられていたのだが、あまりにも長く見つめすぎたのか、シンタローが視線を少し泳がせて離れていった。それに合わせて、俺も、再度掴んだ手を離した。
 視線だけは逸らさず、俺は青い眼にシンタローの姿を映し続けていると、彼は少し離れた位置からこちらを向き照れたような笑みを浮かべた。
 そういうお前の方が可愛い反応をしていると、俺は思うんだが…───。
「あー…まぁ、そういうわけだ」
「…どういうわけだ?」
「だから、お前ってのは本当って話だよ」
 だからと言われても直前の話とは繋がっていなかったのだが、俺が突っ込むべきところはそこではなかった。
「俺には身に覚えがない」
 素直な感想をはっきり述べると、シンタローは悪戯な笑みを浮かべた。
「キスの?」
「それはたっぷり身に覚えがある。俺が言いたいのはそこではない」
 俺の台詞に、またシンタローは笑った。
 自分の行動を振り返り、それを一言で表せば、穏やかとは無縁だと言い切ることが出来る。
 俺は感情を抑えられずに口付けることが多いから、シンタローが浮かべた表情を思うと、相手が俺だとは到底思えなかった。
「シンタロー…ふざけている場合ではない。お前にとってはただの記憶の一片かもしれないが、俺にとってはそうではないかもしれないんだ。いいか、お前は軽い気持ちで浮かべただけの記憶かもしれないが、俺にとってお前との記憶は…」
「軽い気持ちじゃねーって」
 俺の台詞を遮るように口を挟んだシンタローに、俺はドキリとした。
 彼は口元に笑みを浮かべたままであったが、俺に向けた視線には今までとは違う何かが込められている。
「…シンタロー?」
 その視線の意味を知りたくて、俺は名前を呼ぶことで問いかけた。
 だがシンタローは無言のまま俺から視線を外すと、くるりと背を向けて窓越しに外を見る。
 それから少しだけ、沈黙が流れた。


 お前は、今、何を思う?


 俺はシンタローの背中に流れ落ちる漆黒の髪を見つめながら、次の言葉を待った。
「良い天気だな」
「真夜中だぞ」
「天気に昼夜は関係ねーだろ。晴れてンと月かと星が綺麗に見えンだよ」
「月とか星?」
「そうそう。だから…───偶には月夜のデートとかどーよ?」
 そんな誘いを俺が断るわけもなく、頷くことで了承すると、シンタローがまた笑った。
 そして直ぐに二人揃って、今日の用は済んだ総帥室を後にした。
 シンタローに続いて建物から外へ出ると、先程彼が言ったとおり、真っ黒に染まった空には丸い大きな月が浮かんでいた。はっきりとした黄色が印象的な月だった。頭上から放たれる光は優しく感じる。深夜一時過ぎの外は真っ暗だと思っていたのだが、月の光は想像以上に明るい。
 総帥室を出てから一言も言葉を交わすことなく敷地内をかなりの距離歩くと、植物が鬱蒼と群をなしている場所に辿り着く。
 ガンマ団本部敷地内のいくつかの場所には、こうやって人工的に植えられた植物があったな、と思いながら闇に沈んだ緑に眼を向けていると、シンタローが立ち止まった。
 ふっと天を仰ぎ、降り注ぐ月明かりを浴びると、夜闇の中でも彼の表情がはっきりと浮かび上がる。
 描かれた光と闇のコントラストに俺の胸は締め付けられた。
 その顔に浮かんだ穏やかで優しい表情を見て切なくなった。
 今、お前は誰を想っているのだろうな、シンタロー。
 シンタローが想いをはせる誰かを考えると、俺の心は締め上げられるように苦しくなった。
 どんなときでも自分だけを想ってほしいというのは、俺の我が儘だ。
 俺は、何故こんなにも欲深いのだろう。それが、ひとの性というものなのだろうか。
 傍にいれば、触れたくなる。
 触れてしまうと、欲しくなる。
 願いが一つ叶えば、そこからまた一つ願いが産み落とされていくという、抜け出すことが出来ないループ。
 はじめは、近付くことが、ただ楽しかったんだ。
 俺の傍にいてくれるシンタローの気持ちを疑ったこともない。
 だが。
 何かが苦しい。
 感情は理屈でないと判っているはずなのだが、好きだという気持ちも膨れ上がると辛くなる一方だ。
 俺はだんだん自分の感情を抑えることが出来なくなり、シンタローの傍に一歩近寄った。自分に意識を向けたくて、何かを掴み取るように手を伸ばす。
「お前、覚えてねぇ?ココ」
 目の前の体を引き寄せて力任せに抱き締める前に、シンタローが俺を振り返った。
 またやってしまうところだったと、シンタローに関して理性がきかない自分を少しだけ呪った。
「…ここ?」
 会話をするには少し近い距離にいる俺に対して、シンタローは何も言わなかった。
 気付いているのだろうな、お前は。
「そ。俺が腐ってた時なんだけど…」
「……覚えていない」
「やっぱなぁー…」
 シンタローはまた柔らかな笑みを浮かべる。
 笑み、と一言で表せばそれだけで終わってしまうのだが、シンタローが浮かべるものは種類が豊かだ。
 だから直ぐに俺の意識はシンタローが浮かべる表情に奪われた。
「さっき、ここでのことを思い出してたんだ」
「……ここで何かあったのか?」
「お前が恐ェ顔しながらずっと拘ってるから、話の種に連れてきてやったんじゃねーか」
 少し乱暴な言い種だが、笑みを含んだシンタローの言葉は優しく響いた。
「俺が総帥になってまだ日が浅い頃の話だから、もちろんお前との関係も今みてぇーなのじゃなかったけどな」
 言葉を続けるシンタローの雰囲気が暖かくて、彼の優しさに触れるたび、俺の中の幼い感情は宥められ、また荒立てられる。穏やかな気持ちと荒々しい感情が混在して、心が締め上げられるように苦しくなっていく。
「どーした?キンタロー」
 苦しくて、シンタローの言葉を聞きながらも俺が目を閉じると、お互いに手を伸ばせば触れられる距離にいたため、シンタローが優しく俺の髪を梳いてくれた。
 お前はそうやって俺に穏やかな感情を向けてくれるのに、俺はなかなかお前に対して冷静になれない。
 触れる指が心地よくて目を閉じたまま、俺は小さな声で返事をする。
「何でもない…」
「そーか?」
 シンタローはそれ以上特に何も言わず、そのまま何度か俺の髪を梳くと手を離した。
 シンタローが好きだ。
 俺はそう思いながら、一呼吸置いて目を開く。
 そして、心の中とは違う、会話の中で疑問に思ったことを口にした。
「俺と今のような関係ではなかったのに、俺達はキスをしたのか?」
「お前がココにくれたんだよ」
 シンタローの台詞にどこかと思えば、その指は額を指していた。
「まぁ、それだけが印象強かったってわけじゃねーんだけどな。そん時にくれた一言と一緒に覚えてンだ。痛いところ突かれたし………覚えてねぇ?」
 シンタローの額への口付け。
 覚えていないかと問われて、俺は記憶の糸を手繰り寄せようとして、案外あっさりその記憶に辿り着いた。
 眼を閉じて横になっていたシンタローに一つ口付けを落とした。
「あれは………ここだったのか?」
 俺が周囲を見回しながら呟いた言葉にシンタローは少し呆れた顔をした。
「何で全然場所を覚えてねぇーんだよ…」
「俺はお前だけを追いかけているから、周りの記憶が残らないときがある」
「何だよ、それ。じゃぁ、どーやっていつも俺ンとこに来てンだよ?」
「判らない。でも俺はお前の所には行ける」
「ったく、訳判ンねーぞ、キンタロー」
 そういうシンタローの声は楽しそうだった。
「まぁ、とにかく、あの時はお前に救われたから…」
 シンタローが続けた台詞に俺は首を横に振った。
「買い被りすぎだ…」
 記憶の破片を一つ見つけたら、残りを思い出すのは簡単だった。
 あの時のシンタローを一人にしたくなかったというよりも、お前を見ている俺が言いようのない不安に駆られて傍から離れたくなかった。
 見つけたお前は目を閉じても尚、辛そうに、苦しそうに、眉を顰めていたから、それが和らぐことを願いながら口付けた。だが途中から、頭の中を占領しているものと自分をすり替えられたらいいのにと思っていた。
 ガンマ団はお前だけのものじゃない───こんな巨大な組織の何もかもを一人で背負うなと心底思いながらも、傍に俺が居るのに、お前の眼に映らないのが嫌で思わずこぼれ落ちた言葉だ。
 全てが、俺のためなんだ。
「そーかな?でもあの時の俺はお前に助けられたのも事実だぞ」
「お前のためというよりも俺のためだぞ。全然、優しくない…」
 俺がそう吐き出したら、シンタローは宥めるような微笑を向ける。
「いーんだよ。原動力なんてそんなもんだろ?全部他人のためだなんて、動く方が辛くなんだから。結果として相手が救われてりゃ万事オッケーだと思う。難しく考えなんよ」
 シンタローは言葉を続けながらゆっくりと足を動かし、近くに植えられていた木に背を預けた。自然光を避けた彼の表情が判らなくなる。
「でも、お前にぐらいは優しくありたい…」
「そう思ってくれるだけで十分だよ、キンタロー」
 言葉だけが優しく響いた。
 暗闇に紛れてしまったシンタローの顔が見えなくて、俺は傍へ寄ろうとしたのだが制止された。
「そこにいろよ」
「何故だ?」
「キレイだから」
「……………?」
 シンタローの台詞の意味が判らず、だが俺は言われたとおりにその場から動かなかった。
 彼の眼が俺を映していることが判ったから、何となく動くことが出来なくなったのだ。
「こんな機械ばっかのとこでも、少し自然を感じられると見えるものが違ってくるよな。お前の金髪が月明かりを反射してキラキラしてる。肌も白いから闇の中に何か浮かび上がるようで、ちょっと幻想的」
「それは男が貰っても嬉しい賛辞じゃない」
「でも褒めてんだから有り難く受け取っておけよ」
 楽しそうに言葉を口にするシンタローに、同じ台詞を返そうとした。
 先刻この場所に二人で来たとき、月光下のお前が俺の眼にはどの様に映ったか。
 お前は時々、俺の心臓を強く締め上げて苦しくなるほど、ドキリと感じさせるような表情をする。
 そういうときは、何故こんなにもお前のことが好きなのだろうな、と俺は思う。
 何度口にしても伝え足りない。
 お前が好きだ、シンタロー。
 俺はこんなにも簡単に全てをお前に奪われる。
 だけど、お前は───。
「あン時の俺はさ、そんな日常のふとした瞬間にも眼を向けらンなくて、とにかくしんどかった」
 会話をするよりも自分の感情に捕らわれて、シンタローに焦がれる気持ちで言葉が喉に詰まった俺よりも先に、シンタローは静かな口調で話し出した。
 淡々とした口調がまるで他人の過去を語るようで、俺には辛く聞こえる。
「…シンタロー…」
「でも、何か、お前の言葉は素直に入ってきたんだよな……優しい言葉は縋るよりも突っぱねちまう性格だからかな?お前が自分のためだって言った行動が、俺にとっては楽だったよ」
 返す言葉が見つけられずに、俺はシンタローの言葉を黙って聞くことしか出来なかった。
 気の利いた言葉一つもかけることが出来ない。
「俺がピリピリしてたからだろうけど、誰も俺のことを面と向かって怒らなかったしな。お前が咎めるような口調で言った一言が、救いになった」
 それは俺が傍にいるというのにそれすら気付いてくれず、全然こっちを見ないお前に対して意図せず責めるような口調になってしまった過ぎない。
「トップがしっかり方針を決めねぇとガンマ団全体の足元がぐらつくからダメなんだけど、それでガチガチにしちまうと俺の独擅場になっちまうから、それもまたダメなんだ。周りに頼り切りでも困るし、一人突っ走り続けるだけでも迷惑だしな。その辺の匙加減が全然判ンなくて、今だって手探りなところがあんだけど…」
 それでもお前は寄りかかることなく立ち続けている。
「サンキューな。ずっと礼を言いそびれてたんだけど…」
 本当に、礼など言われるようなことは、何一つしていない。
 黙ってシンタローの台詞を聞いていた俺は、ゆっくりと足を動かして傍へ近寄った。
「あ、動くなって言ったのに」
 シンタローの言葉は無視をして、ただ彼を抱き締めたくて傍へ寄ったのだが、そこで躊躇いが生じて俺の手は彷徨い、シンタローが背を預けている太い木の幹に触れた。
 暗がりの中、シンタローの表情を確かめるように、お互いの吐息がかかる距離まで顔を近づける。
 シンタローは文句を言って離れていくかと思ったのだが、何も言わず大人しくその場に留まっていた。
 俺が腕で作った意味を為さない檻の中に、今は自分の意志で留まっているだけなのだろう。
「俺は礼を言われるようなことをしていない」
 そう言って唇に触れそうになったが、触れるよりも先にシンタローが言葉を口にした。
「言葉は受け取り側によっても意味を変えるからいーんだよ。俺がありがとうっつってんだから、それでいーじゃねーか」
 シンタローの手が俺の髪に触れて、くしゃりと撫でた。
「独占欲が含まれた言葉でも?」
「あぁ」
「俺の我が儘しかなくてもか?」
「あぁ」
「俺の…」
「しつこいぞ!俺が良いって言ったら良いんだよ!」
 シンタローは少し乱暴な口調で言い捨てると、俺が抱き締めるよりも先に腕から逃れていった。
 位置が入れ替わって、先程シンタローに動くなと言われたところに彼が立つ。
 降り注ぐ月の光を浴びる彼は、そのコントラストが少し神秘的だった。
 漆黒の長い髪は夜闇に溶け込んでいくかと思われたのだが、月明かりのおかげで周囲と隔絶されている。
 意志の強い眼が夜空を見上げてそこに浮かんだ月を見つめると、その立ち姿に俺は魅了された。
「…キレイだな」
 俺が同じ感想を述べると、シンタローは露骨に嫌そうな顔をする。
「先程、お前が俺に寄越した感想と同じ言葉だぞ」
 そのように指摘すると反論出来なかったのか彼は何も言葉を口にしなかったが、そのかわりに背を向けられた。シンタローの広い背中に流れ落ちる漆黒の髪すら俺の眼には眩しく映る。
 何も言わずに歩き出してしまったシンタローの後を追いかけるように、俺は続いた。
「シンタロー…俺はお前が好きだ」
「…あぁ」
 思わずこぼれ落ちた台詞は、シンタローの耳に届けばそれで良いと思っていたのだが、珍しく返事が戻される。それに対して、また俺は言葉を続けた。
「片時も離したくないと思うくらい、俺はお前に惚れているんだ」
「そうだな…」
「お前が俺以外の誰かを思い浮かべるのが我慢出来なくなる」
「あぁ…」
「誰かと過ごした時間にすら嫉妬する」
「…うん」
「時折、苦しくなるくらい、俺はお前に溺れている」
「…知ってる」
「俺はお前が…」
 言葉を口にすればするほど想いが募っていき、歯止めが利かなくなりそうで俺は口を閉じた。あまり言葉にしてもシンタローが嫌がる。
 だがこの時は、突然黙り込んだ俺を不審に思ったのか、シンタローが振り返った。
「もう終わりかよ?」
 悪戯な笑みを浮かべながらそう言われた俺は、少し驚いて数回瞬きをしてから、シンタローに言葉を返した。
「言われるのは好きじゃないだろう?」
「そーだけど…───偶には聞きたい、お前の声が」


 それから建物の中へ入るまで、ただ俺は一方的な想いを静かに綴った。
 シンタローはその一つ一つに頷きを返してくれて、それが嬉しかった。
 その後、俺達の間に訪れた沈黙で行き場のない想いが膨れ上がり、苦しくなった。
 お前がどう思おうと、俺はシンタローを離さない。
 部屋へ戻った別れ際、シンタローを強く抱き締めて、俺は有無を言わさず部屋に引き込んだ。
 そして俺は感情を押し付けるように手荒く抱いた。
 次の日、目が覚めると、シンタローに抱き締められて眠る俺が居た。
 縋り付くように伸ばされたお前の腕は、今俺を優しく抱き締める。
 そんなお前の傍にいて、一体、何が不安で苦しいのか、俺自身もよく判らない。

 鬱血の痕が目立つ彼の胸に、俺は少し泣きたい気持ちになりながら、そっと顔を埋めた。


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