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 昼間だというのに、深く暗い森。その中をリキッドとシンタローは歩いていた。二人の背には大きな竹籠がある。
 
「こんなもんでいいだろ」
「そうッすね」
 
 脚を進める度に籠の野菜やら果物が音を立てた。
 
「じゃ、帰んぞ」
「あ、ちょっと待って下さい」
 
 そう言うや否や、リキッドは傍の樹に駆け寄ると、実を二つもぎ取った。そして、その内一つをシンタローに手渡した。
 
「これ美味しいんすよ」
 
 リキッドは手の中にある果実の朱くつるつるした皮をめくりとっていく。
 
 柔らかな香りが辺りに広がって、白い果肉からは汁が滴ってリキッドの手を濡らす。リキッドはそれを噛り、飲み込んだ。
 
 それを見届けてから漸くシンタローも果物を食べ始めた。それは桃のように甘く、林檎のようにさっぱりともしていて、けれどもどの果物とも違う味がした。
 
「確かに旨いな」
「でしょ?今度これで何か作ろっかなって思ってるんす」
 
 にこにことリキッドは笑っていた。晩のおかずや家事について話をする内に二人は果実を食べきってしまう。
 「手ぇ、べたべたになっちまったな」
「大丈夫ッすよ、この近くに湖があるんです」
 
 そこでリキッドはちらりとシンタローの眼を見た。瞳は碧く、一瞬光ったようにシンタローには見えた。
 
「で、それは何処なんだ」
「すぐですよ、行きましょう」
 
 リキッドは今来た方でも帰る方でも足を向けた。シンタローもそれに倣い、ついていく。
 
 しかし、歩けども二人は湖の「み」の字すら全く見つけられない。
 横から漂ってくるあからさまな怒りのオーラにリキッドはだんだん小さく縮こまっていく。
 
「…で、何処にあんだよその湖とやらは!」
「…す…すみません…」
「ったく、使えねぇなぁ」
 
 じろりとシンタローに睨みつけられ、リキッドは小動物のように竦み上がった。
 
「あ…あの、でもこの辺だと思うんで…手分けして探しませんか?」
「何だ、俺にたかが元ヤン風情が指図すんのか?」
「……一緒に探してやって下さい…お願いします…」
 
 頭を地面に擦り付ける、リキッドの土下座にシンタローは鼻を鳴らした。
 
「で、どっちの方なんだよ」
「じゃ…シンタローさんはあっちの方をお願いします。俺はそっちに行きますんで」
 
 シンタローはそう言われると直ぐに向きを変えて、肩を怒らせて大股で歩いていってしまう。
 
 そんな後ろ姿を見つめるリキッドの眼差しは先程の様子とは異なっていて、口角が吊り上がっていた。
 
 
   今や、シンタローは何十本の蔦によって宙に吊り上げられていた。
 
「…な…なんなんだよ…一体……ッ!」
 
 しっかりと巻き付いて構成された蔦は思った以上に頑丈で、シンタローがもがいてもびくともしない。
 
 その上、眼魔砲をぶっ放そうとするものの、突然の出来事に頭は真っ白になっていて、意識を集中させるのは困難な作業となっていた。
 
 そして、そんな囚われの身のシンタローの躯に新たな蔦が触れ始めた。
  「…やめろ…ッッ!」
 
 相手は植物で聴覚なんて存在しているかもわからなかったが、そうシンタローは叫んでいた。
 
 顔や腕を撫でていく蔦にシンタローの身体には鳥肌が立っている。
 
「……っ……!」
 
 タンクトップの脇口から蔦が入ってきて、シンタローは身を固く強張らせた。
 
 そして、調べ尽くすように蔦は彼の上半身を丹念に這っていく。
 
 蔦の表面に生えそろっている細かくて柔らかな毛がシンタローの上を何時も往復していた。
 
 ――ただそれだけであるのにも関わらず、刺激に餓えたシンタローの肉体は徐々に変化していく、本人の意思に反して。
 
「ん…っ…やめろっ!」
 
 シンタローは首を振ったが、その動きさえも顔の周囲の蔦に制限された。逃れようと身をよじっても、植物はまるで鋼鉄でできているように揺るがない。
 
「………ド……」
   出来る事は、声を出す事だけだった。
 
「…リキ…ッド……ッ!」
 
 声はかすれて甘くなっていた。
 
「リキッド……ッッ…!」
 
 すっかり形を整えた胸の飾りを繊毛が愛撫をして、シンタローは思わず吐息をもらしてしまった。羞恥でシンタローは身体が更に熱くなる。
 
 そして同じく準備が整い始めているものにも、蜂が蜜に吸い寄せられるように侵略の手がのばされていた。
 
「触るな…っ…やめろ…!」
 
 布越しの動きにさえ反応してしまう身体をシンタローは呪った。
 
「…ぅ……いや…だ…っ」
 
 いっそこのまま意識を手放してしまえば、とシンタローは思ったが彼の自尊心はそれを許さず、より一層彼を苦しめた。
 
「い…や……リキ…ッ…ド…」
 
 
 
「…電磁波ッッ!!」
   焦げる臭いがしたあと、シンタローは重力を感じた。
 
 そしてその身体は地面にぶつかることなく、抱き留められた。
 
「大丈夫ッすか、シンタローさん」
 
 見上げるとそこには求める人物の顔があり、シンタローの体からは力が抜けおちた。
 
「……ん……」
 
 リキッドは子供をあやすようにシンタローの背中をゆっくりと撫でている。
 
「…くすぐってぇよ…リキッド」
   シンタローの手首は今だ拘束されたままだった。
 
「じゃあ、ここならどうすか?」
 
 手は移動すると、今度はシンタローの脇腹を撫でた。ぴくんと、シンタローの身体が震える。
 
「…っ…何すんだッ…!」
 
 リキッドはシンタローを抱え上げると、先程の場所から離れた所に乱暴に下ろした。
 
 そして、白い上衣を無理矢理めくる。
 
「おいっ! やめろっ!!」
 
 リキッドが突起を摘むように指の腹で揉むと、シンタローの身体は揺れた。
 
「もうかなりイイみたいッすね、シンタローさん」
 
 より深く覆い被さられて、シンタローは直にではないにせよリキッドの熱い欲望が身体に当たっているのに気付き、そして背中を流れる冷たい汗も感じた。
 
「やめろっ、冷静になれっ!」
「俺はずっと冷静ッすよ」
 
 リキッドは微笑んでいた。しかし、見知らぬ人間のようにシンタローの目には映った。
  「やめ……っ!」
 
 硬く結ばれていた腰紐はたやすく解かれ、リキッドはシンタローの姿を露にさせた。
 
 シンタローは固く眼を閉じる。けれど突き刺さる程の視線にすら感じてしまい、羞恥はその頬を紅く染め上げた。
 
「みるな…!」
 
 リキッドは躊躇うこともなく、それに手をのばした。十分に火照らされた身体はリキッドにとても素直だった。
 
 それでも、理性はシンタローの口を借りて拒否の言葉を繰り返した。
 
「へぇ…でもここ、こんなですよ」
 
 先端から早くも溢れ出た蜜を拭うと、リキッドは自らの親指と人差し指を重ねる。離すと、糸がひいた。
 
「やだ……やめろ…っ…」
 
 リキッドは手の動きを早める。先刻前の植物とは異なる刺激にシンタローの身体はますます促進されてしまっていた。
 
「いや……だ……っ」
 
 疼き続ける所からは摩擦が与えられる度に、濡れた音がした。
 
「や…めろ…リキッドッ…!」
 
 途端にリキッドは動きを止めた。瞼を上げると、シンタローの視界は涙でぼやけていたが自分の上にいるリキッドを見て取った。
  「…シンタローさん、そんなに俺の名前呼ぶと気持ち良くなれるんすか?」
「…ちが…う…」
「違うんすか?」
 
 リキッドはシンタローの耳元に口を寄せた。
 
「さっき植物に襲われてた時だって、すごくいやらしい顔して何回も俺の事呼んでたじゃないすか」
 
 シンタローはその黒い眼を見開いた。
 そんな様子を見て、体制を直したリキッドは再び不敵に笑った。
 
「見てた……のか…?」
「ええ」
「…最初…から…?」
「そうですよ」
 
 事もなげにそう言うと、リキッドは行為を再開した。
 
「…い……や…だ…ぁ…」
 
 動きに従って、シンタローの呼吸は荒く熱くなっていく。
 
 限界が近づき、シンタローは唇を噛んだ。それだけが彼に出来た事だった。
 
「…随分溜めてたんすね」
 
 掌に零れた白濁した液を見て、リキッドは驚いたようにそう言った。対して、シンタローは乱れた呼吸を整えようと胸を上下させていた。
 
「今度は俺の番ッすね」
   リキッドの指が対象部分の周りをなぞる。
 
「いや……や…め……」
「駄目ですよ、シンタローさん」
 
 口調は優しいのに慣らす指は強引で乱暴だった。先程の液体を潤滑油代わりにしているものの、シンタローは痛みに顔をしかめている。
 
「ぃ…や……だ…」
「シンタローさん、どうして俺が蔦に襲われなかったか教えてあげますよ」
 
 指が一本増やされ、シンタローは苦しげに呻いた。
 
「さっき、果物食べましたよね。あれの香りに反応して、植物が寄って来るんすよ」
「…っ…そこ……や……っ」
 
 リキッドは的確にその弱点を探り当て、集中的に攻め立てた。
 
「…ん…っ…」
「俺は湖でちゃんと洗ってから来たんです。だから大丈夫だったんすよ」
 
 触れられていないのに、形を取り戻したものにリキッドの瞳は冷たく光った。
 
「…なん……で…」
「そんなこと、どうでもいいじゃないすか」
 
 指が抜かれた。そして、触れるか触れないかの所に準備をした状態でリキッドは諭すようにシンタローに言った。
 
「もう誰も助けてなんかくれませんよ」
 
 
   シンタローはぐったりとして、リキッドの腕の中にいた。リキッドはその黒髪をすいている。
 
「シンタローさん」
 
 名を呼んでも返事はない。
 
 彼の人は事が終わると、ショックのためかそのまま気絶した。
 
 今はただ、涙を浮かべたまま眠っている。
 
 リキッドはシンタローの両手を縛っている蔦を外した。自由になったその二つの手首には赤く痣が残っている。
 
 そしてしっかりと握られていた手を開くと、堪えようと強く力をこめていたために爪でつけてしまった傷から血が滲んでいた。
 
 リキッドがその手をとって傷を嘗めると、果実の甘い味と鉄の苦い味が広がった。
 
 満足げに笑うと、リキッドはシンタローの唇にキスをした。
 
 『きっと、この人の心にも同じように深い傷がついたのだろう』と。
 
 『そして、その痛みがこの人の中に自分の存在を刻み込むだろう』と。
 
 そう、考えながら。
 
   END


















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「お・に・い・ちゃ~んっ」
「コ・タ・ロー!」
 
 
 お互いに歩み寄り、次第にそれは走りへと変わる。
 
 
 そして、シンタローがしゃがみこむと二人は抱き合った。
 
 
「会いたかったぞー、コタロー…」
「僕もだよ…お兄ちゃん」
 
 
 ぎゅうっと、コタローはシンタローの胸に頭を押し付けた。シンタローはその金の髪を何時か優しく梳いてやる。
 
 
「お兄ちゃん」
「なんだー?」
「呼んでみただけー」
「そっかー」
 
 
 シンタローはずっとにやにや、もといにこにこしっぱなしだ。その様子からは世界を統べるガンマ団総帥の面影は全く感じとることは到底出来そうに無い。
 
 
「コタロー」
「なーにー?」
「呼んだだけー」
「もーお兄ちゃんってばー」
「ごめんごめんー」
 
 
 まだコタローはシンタローにしがみついている。
 
 
「さぁ、コタロー。もっとしっかりお兄ちゃんに顔を見せておくれ」
 
 
 そう言うと、シンタローはそっとコタローを体から離して向かい合わせる。
 
 
 
 
 シンタローの目の前には――息を荒げたリキッドの顔があった。
 
  「あ、起きちゃいましたか」
 
 
 口元のよだれを拭いながらリキッドはそう言った。
 
 
「なっ、何してんだよテメーッ!!??」
「そんなにおっきい声出さないで下さいよー。まだ真夜中なんすよ」
 
 
 勢い良く、上半身をシンタローは起こす。意識はとうに夢から現実に引きずり出されてしまっていた。
 
 
「…だから何してたんだよ」
「別に何にもしてませんよ」
 
 
 一旦、そこでリキッドは言葉をきった。
 
 
「ただ…そのなんか寝付けなくて、そしたらシンタローさんが気持ち良さそうに寝てたから…」
「で?」
「…それでシンタローさんの寝顔を見てたらついむらむらしてきちゃって…」
 
 
 リキッドは照れ笑いを浮かべている。
 
 
「つまりは夜這だろ」
「えぇ、そうですね」
 
 
 即座にシンタローの拳がリキッドに炸裂した。
 
 
「ってぇー! 何すんすかー!!」
「うるせぇっ! 急に盛ってんじゃねぇよ、馬鹿ヤンキーッ!!」
「酷いッす! そんな悪いコトしちゃうシンタローさんには…お仕置きッす!」
 
 
 言い終わるや否や、リキッドはシンタローを押し倒した。必死でもがくものの、シンタローには体勢が悪すぎた。
 
 
「ちょっ、やめろリキッドッ!」
「や、です」
「パプワ達が起きちまうだろっ!」
 
 
 再び島に戻ってきてから、やはりパプワとチャッピーとシンタローは一緒に眠るようになっていた。そして、リキッドだけがぽつねんと一人別の布団で眠る事にもなっている。
 
 
「大丈夫ッすよ、ぐっすり寝てますし」
 
 
 リキッドは口をシンタローの耳元に近付け、囁く。
 
 
「シンタローさんが声をあんまり出さなきゃいいんすよ」
 
 
 そっと耳たぶを噛まれて、シンタローは軽く震えた。
 
 
「…っそういう問題じゃねぇっっ!」
「そうすか?」
 
 
 今度は首筋にリキッドの唇の熱と柔らかさが舞い降りる。
 
 
「っう……やめろっ!」
「嫌です」
 
 
 その時突然、横で眠り込んでいたパプワが立ち上がった。思わぬ出来事に二人は固まってしまい、背中には冷たい汗が滝のごとく流れ落ちる。
 
 
「んばばーっ!」
 
 
 シンタローの上に覆いかぶさっていたリキッドは哀れ、そのまま壁に吹っ飛ばされた。
 
 
 行動をなし終えると、パプワはまた眠りへと落ちる。
 
 
 衝突のために破壊されてしまった壁の破片がぱらぱらとリキッドにかかった。
 
 
 
   さくさくと音を立てて、二人は闇に包まれた森を歩いている。
 
 
「いったぁー……、まさか寝ぼけたパプワに蹴られるなんて……」
「自業自得だろ」
 
 
 不機嫌そうにシンタローは言い捨てた。
 
 
「いい加減手ぇ離しやがれっ! 何のつもりだっ!!」
「何って、うちじゃシンタローさんは嫌なんでしょ」
 
 
 リキッドはにっこりと笑みを浮かべている。
 
 
「……何だそれは、それはつまり……」
「外でヤるって事ですよ」
 
 
 シンタローとは対称的に、リキッドの表情は相変わらずだった。
 
 
「――っ、帰るっっ!!」
「あー駄目ッすよー!」
 
 
 ぐいっと力まかせに引き寄せると、リキッドはシンタローを樹に押しあてた。
 一瞬、シンタローは顔を歪ませる。
 
 
「背中痛いと思うッすけどちょっと我慢してて下さいね」
「なっ……テメ…」
 
 
 ゆっくりと、瞳を閉じたままリキッドはシンタローに顔を寄せていく。抵抗しようとするものの、シンタローの両手は相手のによってどちらも封じられてしまっていた。
 
 
「平等院鳳凰堂極楽鳥の舞っっ!!」
 
 
 何の前触れもなく炎に包まれてしまい、リキッドは叫び声をあげた。
 その隙をついてシンタローは拘束から逃れ出る。
 
 
「わてのシンタローはんに何さらしてはるんやっ! 大丈夫でっかシンタ」
「眼魔砲ッ!」
 
 
 アラシヤマが吹き飛ばされた後には、土埃を払うシンタローと火は消えて煙が立ち上るリキッドが地面に倒れているばかりであった。
 
 
 
  「ほらもう帰んぞ」
「いやッすー! シンタローさんとヤりたいんすーっっ!!」
「駄々こねんじゃねぇよ! 大体しようにも場所がねぇだろ」
 
 
 リキッドはしばし眉を寄せる。
 
 
「…じゃあ場所があればいいんすね」
「は…?」
 
 
 きょとんとした様子のシンタローの手を掴むと、リキッドはどんどんと歩きだす。
 
 
「おい、何だよ。何処行くつもりなんだよ!」
 
 
 シンタローの問い掛けにも答えず、リキッドはただ黙々と突き進んでいく。
 
 
 そして五分程立っただろうか、漸く歩みは止まった。
 
 
「なんだ…ここは」
「隊長達が住んでたとこッす。ここなら声出しても良いし、背中も痛くないんで大丈夫ッすよ」
 
 
 嬉々としてそう言いながら、リキッドは扉を開いた。
 
 
「で、何処が大丈夫だって?」
 
 
 長く使われていなかったせいで中は少し埃っぽかった。だがそれ以前に到る所に酒瓶やらガラクタが散乱していて――文字通り足の踏み場さえもありはしない。
 
 
「――――っ、片付ければ良いんすーッッ!」
 
 
 リキッドは泣きながら、元上司&同僚の家の掃除に取り掛かる事となった…。
 
 
 
 
「ふーっ…終わったー!」
 
   始める前とは打って変わって、すっきりさっぱりと整えられた部屋がリキッドの目の前に広がっていた。
 そして晴れ晴れとした面持ちでリキッドはシンタローの方へと振り返る。
 
 
「…まあまあってとこか」
 
 
 その言葉に思わずリキッドは耳を疑ってしまった。いつもならお姑さん的厭味の一つでも飛び出してくるはずであるのに。…もしかしてこれは結構良い感じかも?
 
 
「かなり贔屓目に見てだけどな」
「……そ…そッすか…」
 
 
 渇いた、力の無い笑いがリキッドの口から漏れた。
 
 
「はー…なんか疲れた…」
 
 
 ごろんとリキッドはソファに横たわった。スプリングが小さく軋んだ音を立てる。
 
 
「眠いのか?」
「いや……そんなこと…」
 
 
 否定してはいるものの、蒼い瞳は虚ろで瞼が重そうに見える。
 
 
「ほらそんな眠そうな面しやがって」
「す…すみません…」
「寝れば良いだろ」
「……じゃあ…お言葉に甘えて……ちょっとしたら…起きるんで…そしたら……」
 
 
 最後の方の言葉は寝言に近く、そのまま意味をとれずに崩れ落ちていった。
 次第に吐息は深く安定したものになっていき、リキッドはただ眠った。
 
 
 眠るリキッドを月明かりのもとで、シンタローはぼんやりと眺めていた。馬鹿な奴だ、なんて考えながら。
 
 
 そして先程彼によってたたまれた毛布をかけてやって、シンタローは出ていった。
 
 
 
   リキッドは今日何時目かの欠伸をした。
 
 
「あーあ、せっかくのチャンスだったのになぁ」
 
 
 あの後、リキッドは眠り続けて気付いたのは朝食の時間であった。もっとも、用意は先に帰ったシンタローがしておいたおかげでその事に関しては助かったのだが。
 
 
「…ま、過ぎたこと言っても仕方ねぇや。とりあえずやれることやっとくか」
 
 
 今日の家事は一通り済ませてきてあった。そして今、リキッドはお掃除道具一式を持ってシシマイハウスへと向かっている。
 その目的は暗かったために見逃してしまったと思われる汚れを除去しきることであった。
 
 
「…ちゃんとやったらシンタローさん褒めてくれるかな」
 
 
 足どりも軽く、リキッドは鼻歌混じりですらある。
 
 
 湧き出る妄想に胸を高鳴らせながら、リキッドはシシマイハウスの中へと入った。
 
 
 途端にリキッドは違和感を覚えた。昨日の夜にはもっと全体的にむさ苦しさを漂わせていたはずなのに、今ではカーテンや壁紙などが可愛らしいものへと取り替えられてしまっているのだ。
 
 
 リキッドが首を傾げていたその時、雄々しい地響きが近付いてきた。
 
 
「も…もしや……」
 
 
 意に反して、リキッドは金縛りにかかったかのように体を動かすことが出来なかった。
 
 
 そして、やはり予想通りに彼女はそこにやってきた。
 
 
「リッちゃーんッ!」
「ウ……ウマ子ぉ……!!??」
 
 
 驚きのあまり、リキッドは開いた口が閉じられない。
 
 
「なななな…!」
「まったくこんな所をこっそりウマ子とのために用意してくれるなんて…わしは猛烈に感動しとるけん!」
「ちょ、な、だ、誰がんなこと…」
「ガンマ団新総帥じゃけんのう」
「え」
 
 
 最大級の衝撃がリキッドを貫いた。
 
 
「そんなぁ…」
 
 
 がっくりとリキッドはうなだれた。はらはらと涙が落ちていく。
 
 
「リッちゃん…」
 
 
 その声に反応して身を震わせたリキッドは哀れな犬以外、何にも見えなかった。
 
 
「幸せにしたるけんのうー!」
「い、いやだあぁあ!」
 
 
 リキッドの声が響いた後、森はまたいつもの様に静かになった。
 
 
         End
 
 














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「じゃ、散歩行ってくるな」
 
 そう言って戸を開けたシンタローの方に、リキッドは食器を洗う手を止めて向き直った。
 
「いってらっしゃいッす、シンタローさん」
 
 ぱたんと閉まった音がしてから、リキッドは仕事を再開する。
 けれど、その表情は何処か淋しげであった。
 
 するとその時、再び背後の扉が開いた。
 
「忘れ物でもしたんすか、シンタローさん?」
 くるりと振り返ったリキッドの様子は、まるで飼い主の帰宅を喜ぶ犬を思わせた。
 しかし。
 
「残念やったな、シンタローはんやのうて」
「ア、アラシヤマッ!」
 
 愛しい人と勘違いしてしまい、苛立ちと羞恥で顔を赤く染めたままリキッドは突然の訪問者を睨んだ。
 
「何の用だよ」
「勝負どす、リキッド!」
「勝負ぅ?」
 
 リキッドは首を傾げた。
 
「そうどす」
「何でまた。コタローなら帰っちまったじゃねぇか」
「ちゃいますわ、今回はシンタローはんを賭けてどす!」
 
 そう言って、アラシヤマは手を前に突き出してリキッドの顔面を指差した。
 
「シ、シンタローさんを?」
「そうどす。どちらがよりシンタローはんに似つかわしいかって事ですわ」
 
 アラシヤマは少し口の端を持ち上げた。
 
「まぁ、何処の馬の骨とも知らんようなヤンキーなんかよりはこの気品漂うわてに決まってはるんやけど」
「あぁ?」
 
 リキッドの眉が逆八の字となりつつある。
 
「んな事やってみなきゃわかんねぇだろ!」
「ほな、勝負するって事やな」
「いーぜ、やってやろうじゃねぇか!」
 
 二人の周りを炎と電磁波が見事に包み上げていた。
 
「あぁっ!シンタローさんをめぐって勝負だなんてぇ~!!」
「アタシ達を忘れちゃわないでよね~!」
 
「平等院鳳凰堂極楽鳥の舞っ!!!!」
「電磁波ー!!!!」
「あ~れ~~ぇぇ~~」
 
 いつの間にか乱入していたタンノとイトウは青空へと高く吹っ飛ばされていった。
 
「さて、邪魔者もいなくはったことやしそろそろ始めよか」
「あぁそうだな、じゃあ俺が勝ったらもうシンタローさんのストーカーはやめろよ」
「だったらわてが勝ったらパプワハウスから出てってもらうで」
 
 二人はそうして、しばらく睨み合っていた。漫画的表現を許すのならその目と目の間には火花が飛んでいただろう。
 
 
 
  「てな訳で、シンタローはんっ!」
「俺かアラシヤマか、選んで下さいッす!」
 
 突然目の前にアラシヤマとリキッドが現れ、シンタローは数回瞬いた。
 そして、無言のまま踵を返す。
 
「あーシンタローさんっっ!」
「待っておくんなましっ!」
「ひっついてくんじゃねぇっ!なんなんだよ、一体っ!!」
 
 必死で足にしがみついた二人を払いのけようとシンタローは試みるが、離れる気配は微塵も感じられなかった。
 
「だーかーらー、どっちがよりシンタローさんに相応しいか決めて下さい!」
「何で」
「それが勝負方法だからどす!」
「はぁ?」
 
 少し眉根を寄せたままのシンタローから離れると、目の前に二人は立ち並んだ。
 
「ほないきまっせ!シンタローはん、これ見てくれなはれ!」
「あぁん?」
 
 見ると、アラシヤマの手にはどこから取り出したのか―おそらくアラシヤマの手製であろう―コタローの人形が握られていた。
 
「はあぁっ!コ、コタローッ!!」
「ふ、わての勝ちでんな」
 
 人形に釘付けになっているシンタローに満足したように、アラシヤマはほくそ笑んだ。
 
「……シンタローさんっ!こっち見て下さい、こっちっ!!」
「……?」
 
 リキッドはズボンのポケットから写真の束を取り出す。そこには全部コタローが映っていた。
 
「ああぁっ!そっちにもコタローがあぁっっ!!」
 
 落胆した様子のアラシヤマを、今度はリキッドが笑う番だった。
 
「勝負は最後までわかんねぇんだよっ!」
「ちっ…」
 
 舌打ちするとアラシヤマはシンタローの方を向いた。
 
「さぁ、シンタローはん選んでくれなはれっ!」
「俺ッすか?それともアラシヤマッすか??」
 
 ずいっと詰め寄る二人にシンタローは後ずさってしまい、ついには背中に樹を感じた。
 そして目の前にはコタロー人形とコタローの写真が突き付けられる。
 
「ほらシンタローはん、コタローはんどすえ~」
「あぁ…コタロー…」
「シンタローさん、こっちだってコタローですよ」
「こっちにもコタロー……」
「ほらほらシンタローはんっ!」
「シンタローさんってば!」
「あぁああぁ~~~っっ!俺はどうしたら…!!」
 
 シンタローはそのまま座りこんで、膝に頭を埋めてしまった。その上に覆いかぶさるようにリキッドとアラシヤマは覗き込む。
 
 
 
 
「お兄ちゃんっ!」
「っ!?」
「お兄ちゃんってば!」
「コ、コタローっ!!」
 
 伏せていた顔を上げると、シンタローは即座に立ち上がり二人を押し退けた。そして、一目散に声のした方へと走る。
 
 
 果たして、そこには一人の金髪碧眼の少年が立っていた。
 
「コタローーッッッ!!!!」
「お兄ちゃんっ」
 
 ぎゅうぅっとシンタローはコタローを抱きしめた。
 
「やっぱり生きてるのの方が良いなぁ…」
「苦しいよぉ、お兄ちゃんー」
「あぁごめんなー、コタロー」
 
 置いてかれた二人は漸くシンタローに追い付き、そしてその光景をぽかんとしたまま突っ立って見ている。
 
「ああぁ…シンタローはん…」
「……にしてもなんでコタローがいるんだ?」
 
 
 その時突然、まるで玉子の殻が割れるような―どこか不吉な―音が響いた。
 そして、コタローの姿は崩れていき………。
 
「また同じ手にひっかかるとは、本当にどーしよーもないブラコンだな」
「パ…パプ……ワ…」
 
 哀れ、シンタローは目を白黒させていた。
 
「腹がへったぞ!」
「……は…はぁ…」
 
 衝撃が大きすぎたのか、シンタローは気の抜けたような返事をした。
 
「チャッピー」
「痛ーーっ!許して下さい、御主人様ーーー!!!!」
「なら早くおやつの用意をせんかいっ」
「はいーっ!急いで作らさせていただきますーー!!」
 
 そう言うや否や、シンタローはパプワハウスへと駆けていった。その後に続くように、パプワはチャッピーに乗っていってしまう。
 
 
 
 その場に取り残されたのは大人二人だけ。
 
「…………っ、こうなったら闘ってきめますえー!」
「へ、望むとこだよ!シンタローさんは絶対に渡さ」
 
 ガサリと葉を揺らす音に二人は固まった。
 
「ウ……ウマ子……」
「御法度ーーーーッッッッ!!!!!!」
 
 二つの悲鳴の後には、もはや何の音も存在しなかった。
 
   終
 
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「よし…っと」
 
 軽く音を立てて書類の束を揃えると、シンタローは顔を上げた。
 
「もう良いぞチョコレートロマンス、ティラミス」
「はい、わかりました」
「シンタロー様は?」
 
 尋ねるティラミスをシンタローは椅子に座ったまま、言った。
 
「俺はもう少しやったら休む」
「そうですか…ではお先に失礼します」
 
 扉が閉められるのを確認すると、シンタローはまた新たな書類を手にとった。
 
 時は流れて、きりのついたところでシンタローは腕に嵌められた銀の時計を見る。針は日付が変わってしまったのを示していた。
 
 軽くのびをすると机の上を片して、新総帥は部屋をあとにする。しんと静まり返った廊下は薄暗く冷え切った中に、革靴の底が奏でる硬い音だけが響き渡っていく。
 
 そして、ある部屋の前に着くと足音はぴたりと止んだ。シンタローは指紋照合センサーに自らの人差し指を滑らす。間もなくして電子音が鳴り、戸のロックが解除された。

 内に踏み入れると、そこには一人の少年が眠っていた。
 
「コタロー…」
 
 そうシンタローは呟いた。
 
「コタロー、お兄ちゃんだぞー」
 
 優しく弟に呼び掛けるシンタローの声からは、いつもの厳しいガンマ団総帥の様子は微塵も感じられない。
 
「ごめんなー、遅くなっちまって」
 
 そっと、シンタローはコタローの髪に手を差し入れた。
 
 それでも少年は起きる気配を少しも見せない。
 
「…コタローは本当に美人だなー」
 
 指先から零れる髪はまるで金の糸のようだった。
 
「ママに似たのかな…?将来は叔父さんみたいな美人になるかもな~」
「その叔父さんってのは俺の事か~?」
「違えよ!サービス叔父さんの事だ…よ!!??」
 
 突然の声にシンタローが勢いよく振り返ると、そこには。
「…何であんたがここにいんだよ?」
「ん~?眠り姫を見に来たんだよ」
 
 ハーレムは部屋の壁に上半身を後ろにもたれさせて、腕をくんで立っていた。その口元にはチャシャ猫を思わせる、にやにやとした笑みを浮かべている。
 
「案外、キスの一つでもすりゃ目ぇ覚ますかもな」
「っ!テメー、コタローに変な事しやがったらぶっ殺すからなっ!!」
 
 シンタローは力強く握った拳を震わせる。
 
「する訳ねぇだろ、どっかのブラコンじゃあるまいし」
「あんだと~?」
 
 怒りに任せてシンタローは立ち上がろうとした。
 
 しかしすぐにその考えを打ち消すと、浮かせた腰を落とす。
 
「…いつまでいる気なんだよ」
「お前と飲みにきたんだよ」
 
 思いがけない言葉に、シンタローはハーレムの方へと顔を向ける。
 
「俺はあんたと飲む気なんてねぇよ。早く帰れ」
「あーそー」
 
 そう言うとハーレムはブラウスの胸ポケットから箱を取り出し、一本くわえる。
 
「おいっ!」
「ん~?」
 
 シンタローの制する声を無視して、ハーレムはジッポーで火を燈した。
 
「煙草やめろよっ!コタローの肺が汚れるだろー!!」
「あぁん?」
 
 それでもどこ吹く風という様子で、ハーレムは深く吸って煙をはく。
 
「ーっ、わーったよわーった!行けば良いんだろっ!」
「よーし、んじゃ行くとするかぁ」
 
 と、ハーレムはひょいとシンタローを抱え上げた。
 
「なっ!おろせっ!!」
 
 肩にタオルをかけるかのようにシンタローは持ち上げられて、ただ足をばたつかせるだけの抵抗しかできないでいた。
 
「あぁ~コタロォ~~!」
 
 シンタローののばした手も空しく、目の前で無情にも自動扉は音を立てずにしまった。
 
「…コタロー…」
「ぎゃあぎゃあうっせえなあ。早く行くぞ」
「いーからおろせー!」
「着いたらおろしてやるよ」
 
 それでもシンタローは暴れるのをやめず、ハーレムはそれを気にもとめる事なく歩いてゆく。時間のせいで人っ子一人いない通路にシンタローは少しだけほっとしていた。こんな姿、部下に見せられる訳がない。
 
「ほら、着いたぜ」
 開いた部屋の天井からはまばゆいばかりのシャンデリア、それから床には真紅の絨毯が広げられている。ここは特別な一部の客人にのみ使用される応接室となっていた。
 
 そしてハーレムは乱暴に甥っ子を上質な黒革張りのソファにおろした。
 
「もっとそっとおろせねぇのか」
「ァん?別に良いだろ、早く酒持ってこいよ」
「ったく…アル中が」
 
 さっと身体を起こすと、シンタローは隣にある台所へと向かった。そこには食料や酒類が納められている倉庫への通路がある。
 
 しばらくして後、シンタローは両手で盆を持って戻ってきた。
 
「あんだよ、そりゃ」
 
 ハーレムは苦虫を潰したような顔をして、吸っていた煙草を噛んだ。
 
「見りゃわかんだろ」
 
 ソファの前にある机に、盆は置かれた。その上には白い陶器でできたポットとカップが二組、あとは砂糖壷とミルクが。
 
「茶じゃねぇか」
「誰もあんたと酒飲むなんて言ってねぇだろ」
 
 そう言いながら、シンタローは紅茶をつぐと叔父の前に差し出した。
 
「酒出せよ、酒!」
「オッサンが3億返したら出してやっても良いけどな」
 
 半分ぐらいになった煙草を硝子の灰皿に押し潰すかのようにハーレムは炎を消すと、きまり悪そうな表情を浮かべて砂糖を茶の中にさらさらと落としこんでいった。
 
「…だったら茶請けとしてスコーンくらいあっても良いんじゃねぇかぁ?」
「…確かにそれはそうだな」
 
 そして、シンタローは踵を返すと再び台所へと向かった。
 
「ジャムとかクリームとか忘れないで持ってこいよ」
「わーてるよ」
 
 くるくると針は時計盤をまわり、男二人きりという奇妙な真夜中のお茶会にようやく終焉が訪れようとしていた。
「やっぱりオメーの作るもんは美味いなぁ。兄貴譲りか?」
「サービス叔父さんのおかげだよ」
 
 そのシンタローの言葉にハーレムは眉をしかめた。
 
「もう良いだろ、早く帰れよ」
「ん~、まだ足んねぇなぁ」
「まだなんかあんのか?」
 
 呆れたような顔をするシンタローの前にハーレムは顔を近づけた。
 
「酒のかわりにオメーで酔わせてくれねぇか、シンタロー?」
「はぁ?何言って」
 
 言葉は途中で遮られた。
 
「…っ…!」
 
 その身体を押し退けようとするものの、シンタローの力以上にハーレムの力はそれを上回っていた。
 
「……ふ……っ」
 
 無理矢理入り込んできた舌が口の内を荒らしてゆく。シンタローにとってそれは、甘くそして何処か苦く感じられた。
 
 十分に堪能されてからシンタローは解放された。
 そして潤み始めた眼でハーレムを睨む。
 
「…なにすんだよ」
「何ってキスだろ」
「そーゆうこと言ってんじゃねぇよ!」
 
 顔を真っ赤に染めるとシンタローは俯いてしまった。
 
「なに、もしかして久しぶりだから照れてんのかぁ~?」
「うっせーな、馬鹿」
 
 怒りの所為もあり、シンタローはますます熱く顔を火照らせた。
 
「シンタロー」
 
 耳元で名を呼ばれて、シンタローはぴくりと身体を震わせた。
 
「ぃや…だっ!」
 
 ハーレムから身体を離して、ソファに深く座り直すとシンタローは先程の耳を手首で擦った。
 
「本当にオメーは感じ易いんだな」
 
 野卑な口調で告げられる台詞に、シンタローはそっぽを向いた。
 
「なぁ」
 
 そう言うとハーレムはシンタローの隣に腰かけた。逃れようとするものの腰にまわされた叔父の手によって、動きは妨げられる。
 
「たまってるんだろ?」
「………なっ…」
 
 そのシンタローの表情の変化にハーレムは口元を吊り上げる。
 
「それとも誰かに処理してもらってたのかぁ?」
 
 ハーレムは意地悪く笑っていた。しかしその蒼の瞳は冷たく光をたたえている。
 
「んな訳ねぇだろっ!」
 
 シンタローは余計に怒ってしまい、叔父から距離を置こうとする。
 けれど、逆にハーレムは甥っ子を腕の中に納めた。
 
「離せよっ!」
「いやだ」
 
 そのままソファに押し倒されて、シンタローは身体を堅くした。
 
「やめんかオッサン!俺は明日も仕事があるんだっ!!」
「どーせ欲求不満だったら苛々して仕事なんかできねぇよ」
 
 首筋に沿って唇を落とされると、ハーレムの下でシンタローはくすぐったそうに首を竦めた。
 
「もうやめろ…っ」
「きこえねぇなぁ」
「や…めろっ!」
 
 慣れた手つきで赤い総帥服をハーレムが脱がせていくと、白い胸があらわにされた。
 
「痩せたんじゃねぇか?」
 
 ゆっくりとその肌を指がなぶっていき、シンタローは甘い吐息を漏らした。
 
「っ…さわ…んな…」
「なんだってぇ?」
 
 弱点を余す事なくなぞり、ハーレムはシンタローを玩ぶ。
 
「…やめ…」
「触られるだけなのにもうこんなになってんぞ」
「……っ!」
 
 悲しいまでに身体は正直で、シンタローは羞恥で染まった顔を手で覆った。
 
 しかし、その両手はすぐに外されてハーレムによってベルトで縛り上げられた。
 
「だめじゃねぇか、折角すげぇ良い顔してんのに」
「……うっせえよ、とれよこれ!」
「すんだらな」
 
 碧い目が細められた。どんな風に今の姿が相手に映っているか知りたくなくて、シンタローは堅く瞳を閉じた。
 
 すると、なにかとろりとした冷たいものがシンタローの身体に零れた。
 
「わりぃな、汚しちまって」

 見ると、ハーレムの手には先程のスコーン用にともってきたクリームの容器が空となって握られていた。
 
「ちゃあんときれいにしてやんねぇとなあ」
 
 そう言うや否や、ハーレムはシンタローの肌を濡らした白濁したクリームを舐め始める。
 
「…っう……やめ……っ」
「あー甘いなー」
 
 生暖かい舌が与える愛撫はどうしようもなく、シンタローを追い詰めてゆく。
 
「ーっ!そんなとこ…ついてねぇ…」
 
 両手の自由が奪われた今、シンタローの肢体はハーレムのなすがままだった。
 
「…っ……や……だ…っ」
 
 シンタローは首をふった。
 
 そのとたん突然思いがけない事が起こった。今まで覆いかぶさっていた黄金の髪と重さが離れていったのだった。
 
「……?」
 
 急に放置されてしまったシンタローは、体に残る変に疼く熱に耐える事しか出来なかった。
 
 すると今度は、ハーレムはシンタローを仰向けの格好から俯せへとひっくり返した。
 
「欲しくてしょうがねぇんだろ?」
 
 何を、と問う前にシンタローの口に何かが押し込まれる。
 
「…ふ…っ……ん…」
 
 甘い。
 正体はハーレムの指だった。器を拭ったのかクリームの味が広がる。
 
「…ん…はぁ……」
 
 口の中を指が荒々しく掻き回し、シンタローは軽く噎せた。
 
「噛むんじゃねぇぞ。こっちも可愛がってやるからな」
 
 空いた手が下へと降りた。シンタローは身体をひくつかせる。
 
「ぁ…く……っ!」
 
 直に触れられて嬉しいのか、露が潤みつつあった。そんな自分がシンタローは恨めしかった。
 
「ま、こんなとこにしとくか」
 
 指が去って、同時にもう片手も離れていく。
 
 シンタローは乱れてしまった呼吸を整えようと試みた。しかし。
 
「…痛……っ……!」
 
 異物が内でうごめいた。
 
「ゆび……やめ……ろ…」
 
 シンタローの声は掠れている。
 
「ぅ……っ」
 
 増えた指にシンタローの肢体は揺れた。
 
「ァん?ならさねぇで入れて欲しいのか?」
 
 また一本追加された。シンタローの膝はがくがくと壊れそうに震えている。
 
「や……だ…」
「やじゃねぇだろ、ここが良いんだろ…?」
「ぁ……んっ……」
 
 一層濡れてゆく。
「もっと強烈なヤツ、ぶちこんでやろうか…?」
 
 シンタローは力無く頭を振る。
 
「っあぁ…!!」
 
 黒の瞳から雫が溢れた。
 
「そう簡単にはイかせてやんねぇよ」
 
 先程とは打って変わって、ハーレムは緩慢に指を泳がせる。
 
「腰振れてるぜ」
 
 腰をなでる手にすらシンタローの吐息は熱くなる。
 
 けれど、それは決定的なものではなかった。
 
「挿れて欲しいんだろう?」
 
 シンタローは―――、こくんと小さくだが頷いた。
 
「そーかそーか…」
 
 ハーレムはニヤリと笑う。
 
「素直じゃねぇのも良いけど、素直なお前も可愛くて好きだぜシンタロー」
 
 拗ねたみたいな顔をしてシンタローは横を向いた。
 
「……あんたなんか好きじゃねぇよ」
「クソガキが」
 
 ハーレムは指を抜いた。
 そしてベルトを外してやる。もう暴れないのがわかっていたからだ。
 
「いくぜ」
 
 そのままのバックの姿勢のまま。
 
「あ……つぅ……」
「もっと力抜けよ」
 
 打ち付けられる激しい行為に、シンタローは両手を強く握り締める。
 
 けれど態度自体はさっきよりも、ずっとずっと優しい。
 
「ハー…レム……もぅ……」
「もう少し我慢しろよ…一緒にイってやるから」
 
 二人の身体は発熱したみたいに熱くなっていて溶けてしまいそうだった。
 
「ハ……レ…ム……」
 
 自らを求める声に、ハーレムは動きをより早くした。
 
 室内はソファのスプリングが軋む音と行為自身の音と喘ぐ声で満たされていた。
 
 そして滴はシンタローの頬に跡を残し、流れ落ちた。


「…ったく」
 
 小さく舌打ちすると、ハーレムは己の腕の中で眠っているシンタローを見る。
 
「終わってすぐ寝やがって」
 
 安らかに眠るシンタローの瞼の下には隈があった。
 
 そのまま、ハーレムはシンタローの長い黒髪をすいてゆく。自分のとちがってもっと滑らかなそれの感触を楽しみながら。
 
「シーンーちゃーん!」
 
 突然音を立てて扉が開き、驚いてハーレムはそちらを見やった。
 
「あ、兄貴………」
「ハーレム!私のシンちゃんを見なかった……か…」
 
 言葉は途切れた。
 
 マジックは視界に飛び込んで来たもの―上半身裸の弟と彼に抱き抱えられて眠っている息子の目もあてられない姿にわなわなと体を震わせる。その手は青く光っていた。
 
 
 
 翌日、ハーレムを含む特戦部隊はガンマ団から離脱させられた。(元総帥権限で)
         終
 














R
「こんなもんでいいだろ」
 
 そう言うと、シンタローはリキッドの右腕に巻いた包帯を結んだ。
 
「どうも」
 
 シンタローは顔をしかめる。
 
「…何、人の顔見てニヤニヤしてんだよ」
「だって」
 
 そしてますますリキッドは笑顔となった、一方シンタローとは対称的に。
 
「シンタローさんが無事だったから」
「…」
 
 ひょいと手をのばすと、まるで小さな子供を褒める時の様にシンタローはリキッドの頭を撫でた。
 
「…こぶはできてねぇみたいだな」
「違うっす!頭うった訳じゃないっす!!」
「…そーみたいだな。ま、何でも良いんだけどな、別に」
 
 シンタローはベッドに腰掛けたまま辺りを見渡す。
 
 この部屋はシンタロー達が今宵泊まるためにあてられたものの一部屋である。
 
「パプワ達はもう寝ちまったし」
 
 と、シンタローは隣の部屋の方向を見遣る、欠伸を一つしながら。
 
「俺達も寝るか」
 
 立ち上がって隣のベッドに行こうとした途端に、腕を強くシンタローは掴まれた。
 
「何すんだよ」
「…シンタローさん」
 
 見上げてくる碧の瞳があんまりに真っ直ぐで、思わずシンタローは横を向いた。
 
「座ってくれませんか?」
「…話なら明日にしろよ」
「今したいんです」
 
 ため息を一つつくと、渋々シンタローは再びリキッドの隣に座った。それと同時に腕も自由となる。
 
「で?」
「シンタローさん」
 
 大きく、まるで足先まで詰め込むかのようにリキッドは深く息を吸い込んだ後、漸く次の言葉を発音した。
 
「…好きです」
 
 二つばかしシンタローは瞬きをした。
 
 対してリキッドは機械人形の様に睫毛すらもちらとも動かす事はない。ただ僅かに頬が朱に染まっただけだった。
 
「な…に冗談」
「冗談なんかじゃないです」
 
 リキッドの表情はこの上なく真剣そのものだった。シンタローはたじろぎ、その塲から離れようとした。
 
 しかし一瞬早く、リキッドはシンタローをベッドの上に押し倒す。
 
「っ!」
「シンタローさん…愛してます」
 
 耳元で囁かれる低くて甘い台詞にシンタローの身体はぞくりとした。
 
「やめろっ!リキッドっ!!」
 
 先刻の試合でかなり傷ついていたはずなのに、シンタローはリキッドを押し退ける事が出来ず…ただもがいた。
 
「大丈夫ですよ…何もしませんから」
 
 と言うものの、リキッドが力を緩める様子は見られない。
 
「…早くどけ!」
「俺ね、シンタローさん。凄く怖かったんす」
「何が」
「凄く…凄く…怖かったんです」
 
「貴方を失う事が」
 
 リキッドはシンタローの胸に頭を押し付けていた。そして…震えていた。
 
「…怖かった…ん…です…」
 
 シンタローは抵抗をやめた。
 
「だから…言っておかなきゃって…思って…」
 
 力の緩んだ拘束を抜け出して、シンタローの右手はリキッドに向けられた。
 
 そしてちゃんと整えられたその髪をぐしゃぐしゃに乱す。
 
「!何すんすか……」
「ばーか!」
 
 いきなりこけにされて、リキッドは顔をあげた。その瞳は微かに充血している。
 
「俺がそんな簡単に死ぬ訳ねぇだろ。お前は自分の心配だけしてればいーんだよ!!」
「…そんな言い方ないじゃないすかー」
 
 唇をリキッドは尖らせる。けれどその口調はどこか嬉しそうな響きが混じっていた。
 
「あーうっせえなあ」
 
 ぐいとリキッドを押し退けると、シンタローはやっともう一つのベッドに移った。
 
「早く寝るぞ」
「はい。…でも、あの…」
 
 返事が、と呟いた声はとても小さかったにも関わらずシンタローの耳にはきちんと届けられていた。
 
「何、ききたいの」
「あ、いや、えと…その」
「さっきの毅然とした態度はどーしたんだよ」
 
 そうシンタローに言われても、一度緩んだ糸は戻らず…。
 
「う…ごめんなさい…」
「まったく」


 ごろりとリキッドに背を向けて、シンタローは横たわった。しょうがなくリキッドも横になる、愛しき人を眺めたまま。
 
「明かり消すぞ」
 
 ふぅ、と蝋燭の火が消されて暗闇が部屋に充満する。ただ物影だけがぼんやりと見分けられる程度だった。
 
「…」
 
 柔らかなシィツに包まれたベッドは大変に寝心地が良くて、いつもの煎餅布団とは比べものにならなかった。
 
 そして程なくして、リキッドは睡魔に襲われていく。
 
「リキッド…?」
「…は…い…?」
「…眠いのか?」
「……そ…なこと…な…い……で…」
 
 瞼が重く…リキッドには感じられた。
 
「……きの事だけどな」
 
 声が遠くなっていく…。 
「……?」
 
 何と言ったか尋ねる言葉も意味を為さずに闇に溶ける。
 
「……ッド、俺は……」

 
 薄れゆく意識の中で、リキッドは微笑んだ。
 
 その伝えられた想いがただの夢なのか現実なのかわからないまま。



          終




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