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 夜更けにふと目を覚ます。普段なら朝までぐっすり眠れる筈なのに珍しいな。
 そのまま眠りの淵にもう一度辿り着けそうに無いと思うと諦めて体を起こしてみる。座った状態で窓に目を向けると煌々とした月明かりが眩しい。そっか、この光で目が覚めちまったのかな?
 …って言うか、寝てた俺の顔にモロ直撃?
 ああ、俺の馬鹿!今日も早くから家事に奔走しなくちゃならないってのに何でこんな場所に布団なんか敷いたんだ俺!
 ひっそりと深い溜息を吐いてちょっぴり自己嫌悪。
 起きて家事をするにはちょっと早い、それでもすんなり眠れたとしても寝直すのにはちょっと遅いかも知れない微妙な時間。あーあ、どうしようかな。散歩のついでに朝飯の食材ゲットしてくるのも悪くないな…でも…
 「…んー…」
 静かなこの空間に突然聞こえた声にビックリして、上がりそうな声を飲み込んで声のした方を見る。シンタローさんを挟んでパプワとチャッピーが川の字で寝ている。どうやらさっきの声はシンタローさんの声だったらしい。
 ちぇ、何年もパプワ島に居て、パプワ達の世話をしてる俺の立場が無いっての。まー、シンタローさんが来る前でもそんな羨ましいシュチュエーションなんて皆無だったけどね。
 あ…目から汗が出てきたのは気のせい?気のせいだよね?
 目の端に滲んだ水分を腕で拭うと改めて3人を見る。実は不思議とこの光景が嫌じゃないんだよな。確かにちょっと寂しいかも知んねーけど、逆にこれが自然だと感じちまうからしょうがない。
 それにしても、本当に3人とも幸せそうな寝顔してんな。見てるこっちまで心が和んでくる。特にそんなシンタローさんの表情は珍しくて、もっとしっかりと見たいと思った俺は出来る限り音を立てずに布団から抜け出すとシンタローさんの頭上まで移動する。片腕づつにパプワとチャッピーを腕枕して身動きしにくいだろうに苦しげな表情すら浮かべない。流石はお姑さん、アンタは保護者の鏡だぜ。
 覗きこむようにして近づけたその表情が更に嬉しそうに緩むのが見えて、俺も何だか無性に嬉しくなった。
 シンタローさんの事だからパプワやチャッピー、それとナマモノ達(一部除く)と楽しく遊んでる夢でも見てんのかな?それともサービス様の夢?隊長の弟の事を語るシンタローさんは本当に嬉しそうに話すんだ…あ、でもやっぱりコタローの夢かな。この人って本当にどうしようもないブラコンだから。
 床に散らばる長い黒髪に手を伸ばして触れる。この人が幸せそうだったら俺も幸せって感じる気がする…
 少しの間その寝顔を独り占めしていたけど、見つめていた唇が動くのを見て首を傾げた。声は出てないから何を言ってんのか解んないけど、もしかしたらそろそろ腕枕に身体が悲鳴を上げてるのかも知れない。俺が起きる前からみてェだったし。
 そーっと細心の注意を払ってパプワとチャッピーをシンタローさんから離す。起こさないかとか、寝ぼけ眼で襲われるかもとか考えながら嫌な汗をかいたけれど、幸いにうまく移動させる事が出来たみたいだ。
 でも、すぐさま解放されたシンタローさんの腕が何かを求めるように伸ばした手にまた、冷や汗をかいた。
 うわちゃー、もしかしてパプワを移動させたのが悪かったのかな。無意識にパプワを探してるのかもしれない…余計なお世話だったのかな。それでも今更戻す訳にもいかないから彷徨う手を両手で包み込む様に引き寄せると、笑みが強くなった気がする。

 「…キンタロー…」

 一瞬、空気が凍ったのかと思った。握り返してくる手が優しくて、逆に悲しくなった。
 何でそこでお気遣い紳士の名前が出てくるんすか?
 何でコタローやパプワの夢じゃないのにそんなに幸せそうなんすか?
 もしかしてシンタローさん…お気遣い紳士の事を…?
 さっきまでの嬉しさは何処へやら、シンタローさんとは反対に凍える心。
 胸が締め付けられる感覚に思考が止まる。何も考えられなくなって…
 気が付いたら、シンタローさんにキスをしていた。思ったよりも柔らかい唇に合わせるだけのキス。
 「ん……すき、キ…タ…」
 甘い吐息と共に伸びてきた腕が俺の首筋に触れた瞬間、高揚感に背中がゾクリとした。
 夢現の状態なんだろう、とろんとした瞳で俺を見つめるシンタローさんは…本当に可愛かった。パプワやコタローに向ける優しい笑顔とはまた違って、優しい甘えを含む笑顔に魅入られると同時に、その笑顔が無条件で見られるこの場に居ない相手に嫉妬した。これ以上覚醒させない様にゆっくりと腕を背に回して抱きしめると甘えて擦り寄ってきた。
 「…側に居るから、少し眠ると良い…」
 お気遣い紳士が言いそうな言葉を耳元で囁いてやると、解ったと答えてそのまま眠りに落ちた。
 無防備な寝顔…こんなに安心しきったシンタローさんは初めて見る気がする。それだけあの人を心に住まわせている率が高いって事だ、それが悔しい。俺だってシンタローさんの事が好きなのに…
 落ちていく気分を何とか変えようと首を振り、俺にもたれかかるシンタローさんを静かに横たえてシーツを被せる。南国って言ってもやっぱ風邪を引く時は引くから気をつけねぇと。シンタローさんから離れるとパプワとチャッピーにもシーツを掛け直して、出来る限り気配を殺してパプワハウスを出る。夜明け前の薄暗い空気、幾分か涼しい風を身に浴びながら浜へと向かう。こんな塞ぎこんだ気分じゃ何をやっても駄目そう。だから、朝飯の準備をしながら気分を切り替えようと心に決めた。

 知らなかった…何時の間にか俺の中でシンタローさんがこんなに大きな存在になっていただなんて…
 気付けなかった…あんなに魅力的な人に恋人が居ない筈がないって事を…
 忘れていた…いずれこの島を去っていってしまう人だという事…

 …ねえ、シンタローさん。今からでも、全力で頑張れば振り向いてくれる可能性はありますか?
 振り向かせる事が出来たなら、帰らずに此処に残ってくれますか?

 例え眼魔砲を撃たれたとしても、これから本気でいかせてもらいますから覚悟して下さい。
 何時か、あの笑顔を俺に向けてくれる日に向けて。
 

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私室備え付けの小さな台所に響く軽快な包丁の音。一度切る度に込める溢れんばかりの愛情…愛しい息子の為だけに作る料理…こんな至福な一時は久しぶりな気がする。
 切りたての野菜と牛肉を順に炒めてからゆっくりコトコトと煮て、数種のスパイスでじっくりと味付けをする。カレーはルーから作ると簡単だけど、たっぱり本格的にスパイスから作り始めた方が格段に味が違うからね。でもシンちゃん甘口だから林檎とハチミツも混ぜておかないとね。
 そうそう、シンちゃんはカレーハンバーグとかよりもカレーライスを好むんだよね。ふふ…子供だなぁ…幼いあの子の姿を思い浮かべて至福の一時に浸っている真に出来上がったカレーを味見する。

 うん、良い出来だ。

 満足出来る味わいに何度も頷いて火を止めて白いレースの掛かったテーブルの中央に置いた鍋敷きに乗せる。レースのテーブルクロスも鍋敷きも当然私の手作りだ、シンちゃん喜んでくれるかなー。
 「…何、好き勝手してんだよ、親父」
 「シンちゃーん!お帰り、疲れただろう?まあ、座りなさい」
 ナイスタイミングで聞こえた愛息子に満面の笑みで出迎える。真っ赤な総帥服に綺麗な黒髪を垂らせて、開かれた扉に肩肘をついて私を見る眼差し…ああ、我が息子ながら可愛いなぁ。胸がキュンキュンして、パパ病気になりそうだよ!
 …あれ?機嫌が悪そうだけど、お仕事が大変だったのかな?シンタローは頑張りすぎるから心配だよ…
 「いや、だから何で俺の留守中に勝手に俺の部屋に入って料理作ってンだって聞いてるんだよ。つか、鼻血…」
 「何でって、お仕事で疲れてるシンちゃんのためにパパがカレーを作ってあげていたに決まっているじゃないか」
 ポケットから出したハンカチで指摘された血を拭い、再びソレをしまいながら至極真面目に本当の事を答えたのに…その拳に集まる青白い光は何かなー?
 それが眼魔砲だと認知する前に息子の空いている手を取り部屋へと引き寄せると扉を閉める。その反動で凝縮されかけた氣が散った事を確認してホッと一息。ま、あれ位は楽勝で止められるだろうケド。
 「まあ、そこで座っていなさい。今、パパが用意してあげるからね」
 有無を言わせずに用意をし始めると開きかけた口を渋々と閉じたようで、不機嫌な表情はそのままに椅子に腰を掛けて準備を終えるのを待つシンタロー…ふふ、私の勝ちだね。
 追い出される心配が無くなった事だしと、シンタローと私の二人分のカレーを皿に盛り、作ってあったサラダとミネラルウォータを用意して…準備完了。
「さ、食べなさいシンタロー。お前の事だ、きちんと食事もしていないのだろう?」
 「………」
 「シンタロー…?ああ、もしかしてパパが勝手に入った事まだ怒っているのかい?それは悪かったよ」
 「…上辺だけで言われてもしょうがねーんだけど。全く親父は…まあ、カレーは美味そうだから食ってやるよ」
 視線をカレーに落として隠したつもりの笑み、見逃してないよ?また拗ねられても困るから見えない振りしてあげるけどね?本当に照れ屋さんなんだから、シンちゃんは。
 両手を合わせていただきますと食べ始める、黙々とスプーンを口に運んで食べるシンタロー…もしかして今の気分の味じゃなかったのかな…
 「味はどう?」
 「まあ、そこそこじゃねぇの?」
 適当に返答を返しただけで、そっけない態度のまま食べ続ける。途切れる会話…シンタロー?
 流石に深刻な雰囲気だ、しっかりと聞き出さないと…持ったスプーンを皿に置き、肘をテーブルについて目の前の息子を見る。その気配を不思議そうに顔を上げて私を見つめる瞳。少しの沈黙の後、ゆっくりと言葉を吐き出して…
 「ねえ、シンちゃん。パパに隠さずに話すんだよ?部屋の事は半ば強引とはいえお前は認めたろう?カレーの味も悪くはない。だったら一体何をそんなに怒ってるんだい?」
 「…そ…それは…」
 バツが悪そうに瞳を逸らして黙り込むシンタローを促す事なく、言葉が出るまで見つめて待った。
 そうすると暫くの間の後、俯いたまま声だけが返ってきた。
 「…親父、これは俺の為に作ったんだろう?グンマにゃ作ってねぇのか?」
 「シンちゃんは優しいな、大丈夫。グンちゃんやキンちゃんにはパパが別口でちゃーんと作ってあげたから」
 胸を張って自慢げに返答する。でもシンタロー?お前が言いたいのはそれじゃなさそうだけど…?
 「ふーん…無理に俺の側に居なくったって良いんだぜ?アイツの所にでも行けば?」
 「アイツって…シンちゃんは誰の事を指しているんだ。私がシンタロー以外の何かを最優先する訳が無いだろう」
 「…ジャン…」
 何処か拗ねたような表情はまだ俯かせたままで。短く出された名前に驚いて息子を凝視する。どうしてそこでその名前が出てくるのかな…?
 「親父が俺を大事にしてんのは俺がジャンと似てるからだろう?親父はアイツが好きみてーだし?ま、俺は子供じゃないんだ。反対したりはしねーケド」
 「シンタロー、ちょっと待ってくれ。何処をどうしてそんな話に発展しているんだい?」
 「アンタの誕生日の出来事があれば誰だってそう思うわい」
 きっぱりと反論するシンタロー…ああ、あの日は許してくれたみたいだったけどまだ怒ってたんだね?いや、拗ねてると言った方が正しいか。あの日からお前が遠征や何だと会う時間が無かったから気付かなかったよ。
 ゆっくりと立ち上がり息子の背後に回るとその身体を優しく腕の中につつんでやる。少し身を捩ったのみで反抗する様子が無いのを見て取ると口元に笑みを浮かべて耳元に顔を寄せて。
 「大丈夫だよ、パパはお前が一番大好きなんだからね。あの時はジャンをお前と間違わんばかりの笑顔だったからつい、ね」
 耳朶に音を立てて口付けると抱きしめる腕に力を込める。シンタローの顔は一気に真っ赤になって私を殴ろうと身を捩って解放されようとするのをそしらぬ顔で抱きしめ続ける。少し経つと諦めたのか暴れる身体は腕の中で大人しくなっていく…パパに勝つのはまだまだ先だね。
 「眼魔砲!」

 ぐふっ!

 溜め無しに容赦なく打ち込まれた眼魔砲は腹部に見事にクリーンヒットしたらしく、抱きしめた腕は解け、私の身体は後ろの壁へとめり込んだ。
 シンちゃん、躊躇う事も無く撃ったね?油断した…よろつく身体を何とか支えて立ち上がると、椅子に座ったまま身体を私に向けて屈託の無い笑みを向けている。ああ…シンちゃんのその笑顔をカメラに収めたい…っ!
 「うっし、ストライク!」
 両手を握ってそんな嬉しそうにしなくたって…うう…酷いよシンちゃん…心で滝のような涙を流していると先程までの笑顔を引っ込めて真顔に戻ってしまったみたいで…ガックシ。
 「ど阿呆、何処の世界に息子に似てるからって押し倒す奴が居るんだよ」
 「居るじゃないか、此処に」
 「…も一回、眼魔砲で逝っとくか?」
 「いや、遠慮しとくよ」
 片手を上げてきっちりと断りを入れると舌打ちが聞こえた気がした…シンちゃんったら。
 「シンちゃんはシンちゃんだよ。お前が誰に似ていようがパパの心はシンタローの物だから安心しなさい」
 「…ったく、アンタは。まあ、その言葉で納得しといてやるよ」
 柔らかい笑みを口元に浮かべるとすぐに身体の向きを変えて再びカレーライスを食べ始めたシンタロー。その後姿が先程と違って美味しそうに食べてくれてるのが解るとそれ以上は何も言わず私も再び席に戻って座り直す。
 肘をついて目の前の息子を見る…うんうん、やっぱり美味しそうに食べてくれるのは嬉しいもんだね。幸せそうに見つめる私の視線に擽ったそうに笑い、空になった皿を差し出してお代わりを催促してきた。頷いてその皿を受け取ると立ち上がってジャーへと歩みだす私の背に、不意にかけられた声。
 「なあ…父さん…ジャンが好きだった…?」
 「…パパが愛したのは家族とお前の母親だけだよ」
 「そっか」
 納得がいったのかそれ以上は問うて来なかった息子に山盛りにしたご飯にカレーをかけてあげて差し出した。

 

 …シンタロー、私が否定では無く是定したらお前はどうする?
 お前が一番だという気持ちに嘘や偽りは無いけれど…シンタローがどんな顔をするのか見てみたくなった。

 

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今日は私、マジックの誕生日である。
総帥であった頃は各国の現場へと忙しく飛び回っていたものだが、最愛の息子に総帥の座を譲ってからと言うものの暇な時間が増えて仕方が無い。暇つぶしに書いた本も飛ぶように売れてサイン会に各地を回る身であってもやはり暇な時間と言うものは存在していて…本日も手空きの日であり、ほう…と深く溜息を吐く。別に己の誕生日にはこだわりは無いが…

 嗚呼、シンタロー…今年は私の誕生日を祝ってくれるのだろうか…
 嗚呼、シンちゃん…パパは寂しくて寂しくて死んでしまいそうだよ…

 だから…早くパパの所に来て、昔の様に私にとびきりの笑顔を見せておくれ…?

 

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 折角の休日も無駄に出来ないといそいそとデジタルカメラを取り出して大型のテレビへと接続をする。同時に取り出した大量のDVD-RAMをセットして編集を開始する。
 『パパァ!僕、パパの事大好きだよ!』
 『父さん…その…有難う、スゲェ嬉しいよ!』
 次々に画面に現れる愛しい息子の笑顔、何度見ても良い…その笑顔をパパに滅多に向けてくれなくなったのは何時からだろうか…ああ、コタローを幽閉してからか。それ以来あの子は私の前では益々反抗ばかりするようになって…それもまた愛しかったのも事実だが。
 ああ、いけないいけない。編集する時は楽しい気持ちでしなくては後ほど見返した時にも影響が残るからね。
 首を軽く横に振ると気を取り直して編集を始める。視聴用・保存用・布教用・その他…沢山コピーも取らないとね。
 暫く編集に没頭していたが不意に聞こえたドアを叩く音。遠慮がちなそれでも特殊なそのノックの仕方をする人物は一人しか思い浮かばず、機材の電源を切って当然の嬉しさ全開の声で歓迎する。
 「シンちゃんかい?遠慮せずに入っておいで?」
 少しの間があって扉が開くとその隙間から顔を覗かせた人物…ああ、シンちゃん!パパはお前を待っていたんだよ?両腕を広げて出迎える。少し大人しい態度に私を伺う表情を浮かべながら私に近づく息子…嗚呼、その初々しく幼さを感じさせる表情もまた素敵だよ!でも折角シンちゃんの為に広げた腕に飛び込む事はなく視線を知らした息子は私の少し手前で止まり、大袈裟に溜息を吐いた。
 ええっ!?何、何だいシンちゃん!パパ、何か可笑しい事でもしたかい!?
 「マ………えーっと、父さん…鼻血…」
 その言葉と共に差し出されたティッシュの袋、ああ…可愛いシンちゃんを堪能していたから何時の間にか流れていたようだ。
 鼻血を拭き取り終えると赤く染まったティッシュをゴミ箱に捨てて、再び笑顔で出迎える。
 「シンちゃん…今日という日をお前と過ごせるだなんて嬉しいよ…さあ、パパの隣にでも座りなさい。ああ、紅茶も淹れようね。アップルティで構わないだろう?」
 「え、でも今日は父さんの誕生日だろう?俺が淹れても良いケド」
 「はは、その言葉だけでパパは充分だよ。良いから座っておいで、お前が側に居るだけで幸せなんだからね?」
 その一言にそれ以上言わず戸惑い気味にソファに腰を下ろした息子を確認すると、部屋の奥に備え付けのミニキッチンで紅茶の用意をする。お気に入りのメーカーの紅茶葉を二人分に妖精さんの分をプラスしてポットに入れてお湯を注ぐと良い香りが漂い始める。鼻歌交じりにポットとカップとソーサー、それに皿に乗せたクッキーをトレイに乗せて息子の元へと戻る。ローテーブルの上に運んできた物を並べる。良い感じに蒸した紅茶をカップに注いで息子の前へと置くとシンちゃんの隣に深々と腰を掛ける。その様子に目もくれずに両手を膝の上で組んで沈黙しているシンタロー…不意に私に向けられた顔、人懐っこい柔らかい笑顔を浮かべて一言。
 「父さん、誕生日おめでとう!俺に出来る事は少ないけれど…今日は父さんの為に何かしたいと思うんだ。何かして欲しい事あるか?」
 プシューッ!
 派手な音を立てて流れる鼻血をシンタローが慌ててタオルで拭った。
 シンちゃん…嗚呼、シンタロー!そんな無防備な笑顔でそんな無防備な言葉でパパを悶え殺す気かい?
 「わー!ちょ…ちょっとタンマ!!」
 息子の叫びに失いかけた自我を取り戻す。どうやらあまりの感動に息子をソファへと押し倒して頬擦りしていたらしい。私の下で警戒心たっぷりに私を睨み上げるシンちゃんに自我は遥か銀河の彼方へと飛ばして、シンちゃんへと手を伸ばしてゆっくりとその頬を撫でる。僅かに震える声で抗議の声を上げる息子の言葉は華麗にスルーをして額へとキスを落とす。
 「…っ!?マジック…ッ!!」
 「シンタロー、お前がいけないんだよ?お前がそんなに可愛い事をするから…」
 「誰が可愛いっ…んっ!」
 私を拒否して逃げようとした息子の唇を自分のそれで塞ぐ。尚も抵抗する彼の肩をソファへと深く押し付けると更に深く唇を奪う。自分の息子を押し倒す…常識的では有り得ないがそれ以上に愛しい存在を前に、倒錯した意識の中止める事すら諦めた。
 「シンちゃん…パパから逃げられる訳がないだろう?現役を退いてもまだ、お前よりは強いんだからね?」
 「そういう問題じゃないっ!大体俺は…ッ!」
 再び塞ぐ唇。しっかりと顎を押さえて、空いたもう片方の手で長い黒髪を優しく梳く…何時もと何処か違う肌触りを特に気にするでもなく暫くそうしていると突然大きな音と共に扉が開いた。何事かと唇を離して上半身を起こして入り口を見る。真っ赤な軍服に綺麗な流れる黒髪を映えさせた愛しい存在がソコに立っていた。走ってきたのか大きく息を乱して私を睨む息子…ソファから降りると内心冷や汗を流しながらもそうと悟られない様に笑みを浮かべて…
 「やあ、シンちゃん。お帰り…今日は帰れなかったんじゃないのかい?」
 「何…やってンだよ、この馬鹿親父ッ!!」
 私の問いに答える事はせず一方的に怒鳴りつける息子…嗚呼、何時もの元気が良い私のシンちゃんだ…
 嬉しさに駆け寄ったパパを遠慮なく眼魔砲を炸裂させたシンタロー…パパの部屋が破壊されちゃったよ…自業自得である事を理解していても流れる涙を溢れるさせる私の横を通り過ぎてソファへと近づくシンタロー。ソファの上では先程まで私が『シンタロー』と言っていた人物が脱力したまま腰を下ろしていて、近づく息子を見上げた。
 「……で、お前は何やってンだよ、チン」
 「だーかーら、俺はジャンだよジャン。でも悪い…助かった。そう睨むなって、マジックさんからの依頼なんだからさー。まさか押し倒されるとは思わなかったけど…」
 「…依頼?」
 「嗚呼、ジャン!それは言わない約束…ッ!」
 途中で口を挟んだ私ににこやかな笑顔を向けるとサクっと無視を決め込んで続きを話始めるジャン…くっ…裏切り者ッ!
 「お前がさ、遠征で帰ってくるのは明日の予定だったろう?だからせめて顔の似てる俺にシンタローの代わりに誕生日を過ごしてくれってたのまれた訳」
 隠す事無く話すとジャンは被っていた長髪のカツラを外し、それをソファへと置くと髪を掻き乱して立ち上がる。息子と変わらない体格、変わらない顔…いや、幾分か幼さを見せはするものの二人が並ぶとやはり似ていると実感せざるを得なかった。
 「…マジックさんが一番一緒に過ごしたかったのは俺じゃなくシンタロー…お前なんだぜ?仲直りしろよ」
 理由を聞いても押し黙ったままのシンタローの肩を軽く叩くと私には視線も向けずに部屋を出て行った。相変わらず押し黙ったままの息子…重い沈黙が漂う。シンちゃんと見間違うほどそっくりなジャンがいけないのだよ!等と責任転換してみてもこの状況は変わりそうに無い。床にひれ伏した重い身体を起こして息子へと近づく。
 「オ・ヤ・ジ!眼魔砲ッ!」
 再び撃たれた眼魔砲、二度目を受けたら流石にまずそうだ。そう思い反射的に眼魔砲で応戦する。丁度良い力加減で相殺は出来たもののやはり部屋が壊れるのには違いは無く…ティラミスやチョコレートロマンスが見れば絶叫したまま意識を手放しそうなこの部屋の状況にただ溜息を吐く。どうやらシンちゃんも同じ考えに達したらしく、にやりと笑みを浮かべると私へと身体を向けた。嗚呼、シンちゃん!ようやくパパの方を向いてくれたね!怒ってても良い、パパを見てくれるのが嬉しいんだよ!
 「…この部屋の修理代とあの二人にしかられる役は親父だけで宜しく。それで許してやるよ」
 しょうがない、と苦笑いを浮かべたシンちゃんが纏う空気は優しくなっていて…シンちゃん、もう怒ってないのかい?
 「あ、怒ってないって言えばウソだからな。今日という日を考慮して早めに片付けて即行で帰って来た俺が馬鹿みたいじゃねーかよ。アンタの誕生日だから特別に許してやるんだからな」
 そうブツブツ呟くその姿すらも愛しく、抱きしめ様とした瞬間に方向転換をしてソファへと腰を下ろしてパパを見上げる。
 「取り合えず、この用意した茶菓子を片して俺の為に暖かーい紅茶と美味い茶菓子を用意してくれよな。そうそう、俺ってば帰ったばかりで疲れてるから甘いのが良いな」
 長い髪を鬱陶しそうに後ろへと跳ねると背もたれに背中を預けてゆったりとソファへ身を沈めたシンタロー。
 「うん、任せておいて。パパはシンちゃんの頼みなら何でもござれだよ!」
 慌しくローテーブルの上を片付け始めた私にシンちゃんがとても嬉しい言葉をくれた。
 「………えーっと…プレゼントは今持ってないから明日にでも持ってきてやるよ。代わりに…今日は日付が変わるまでは側に居てやる、有りがたく思えよな?それと…誕生日、おめでとう父さん…」

 シンちゃん!!ありがとう…やっぱり顔が似て様が誰だろうがパパはお前に言われるのが一番嬉しいみたいだよ…
 愛してるよ私の可愛いシンタロー…紅茶を用意したらパパと沢山語り合おうね。

k
星の光も弱まる程の月明かりが眩しい夜に俺とキンタローは公園へと訪れた。仕事で訪れた知らない地で見つけた綺麗な桜の木。後で見に来ようと思ってチェックだけに留めた昼間とは違い、月の光に照らされた桜は何とも言えずに幻想的だった。舞い散る花びらが更に現実ではないような錯覚にさせ…暫くの間お互いが沈黙しながら桜の木を見上げていた。
 「綺麗なものだな」
 やがて聞こえた感嘆の声、口元に笑みを浮かべながら桜から従兄弟へと視線を移す。枝と花の間をすり抜ける月光に目を細めて見上げる表情は一見、何時もの無愛想だけど何処か嬉しそうに見えた。
 「ああ…咲き始めや満開も良いケド、桜は散り際が一番映える。もの悲しいけどな」
 「散った際の花弁は片付けるのは大事だぞ」
 ガクッ…
 こんな綺麗な景色をそんな一言で台無しにする阿呆がまさか身内にいようとは思わなかったぜ。眼魔砲を撃ちたい気持ちを抑えて取りあえず反論を試みる。
 「…情緒溢れる日本人の心を理解する努力くらいしてみせろよ」
 「生憎と、俺は英国人でな」
 「血筋はどうであろうと育ったのは日本だっつー事、綺麗に流してんなよ」
 チッ、生意気にも言い返してきやがった。しかも俺の触れたくないワードまでキッチリ出しやがって…このタイミングじゃワザとって訳でもなさそうだから怒るに怒れやしねェ。
 血筋…今の所そう呼べる者は俺と同じ顔をしたチンだけだ。それすらも怪しいものだし凄く認めたくもないが事実は事実。

 ちょっと切ない…

 いやいや、落ち着け俺。気持ちを落ち着かせようと何度か大きく呼吸をした後に再び見上げた桜…本当に綺麗だな。何か異次元へ誘われてる感じがする。あー、神隠しにあう時ってこんな気持ちなのかな…と無意味に考えてみた。
 「人間の養分を吸収して妖艶に咲き誇る花…か。こんな見事な咲き方をすりゃ、そんな記述があったって納得出来るよな」
 「…それはただの迷信ではないのか?」
 「そうとは限らねぇぜ?人だけにゃ限定しねーケド、屍には養分が沢山詰まってっから植物にはまたとないご馳走だろーし。一説には、伸ばした枝で獲物を捕らえて生きたまま養分を吸収するって言われてンな」
 敢えてキンタローの方を見る事無く他愛の無い話をする。話が逸れるなら内容なんてどうでも良かった。幾分怪談めいた言葉を出して横目で相手の様子を見ようとしたその時に、いきなり強い風が通り抜けた。その風は舞い散る薄いピンクの花弁と俺の長い黒髪を舞い上げて抜け去った。多分キンタローも花弁まみれだろう。
 …おい、風がいきなり吹き荒れるってのはアリか?おかげで俺の髪に桜の花弁が巻き込まれちまった。コレはコレで情緒があるが、どうせならコタローみたいな可愛い子でこういう姿を見たかったぜ。俺やキンタローじゃ、花まみれでも様になんねーっての。
 「シンタロー…ッ!!」
 「ン?」
 名を呼ばれて何事かと思ったが視線は桜へと向けたままで、間髪入れずに背後から伸びてきたキンタローの腕が俺を捕らえた。緩い力で抱きしめられるのに驚きはしたが拒絶するのもなんだと思って、そのままの状態で問いかける。
 「…ンだよ、どうかしたかよ?」
 返事の変わりに抱きしめてくる腕に力がこもった気がする。その腕に手を添えて、落ち着かせる為に2度程叩いてやるも返事は無くて。
 「おい、キンタロー。お前、いい加減………ッ!?」
 待ってみても返事が無い事に焦れて振り返った矢先に重ねられた唇…重ねるだけのそれでも力強いキスに反応が遅れた。そして気が付いたら俺の背中は桜の木に押し付けられていて、急な出来事についてうまく働かない思考は再び重ねられた唇を受け入れた。
 「…っ…ん……っ!は…っ、いい加減にしやがれ!」
 「……シンタロー…」
 何度もされたキスの所為か乱れる息の中どうにかキンタローの肩に手を置いて、腕を伸ばして少しの距離を取って叫んでみた。純粋に乱れる思考と呼吸を整えたい無意識な欲求からの行動だったんだが、俺に拒否されたとでも思ったのか伏せた瞳に戸惑いの色が浮かんでいた。もう一度近づいたキンタローの顔に身構えたが今度は軽く触れるかどうかのキスをするだけで、強張る身体を正面から優しく抱きしめられていた。
 「…ばーか、またしょうもねェ事でも考えてンだろ」

 キンタローは何かの拍子によく不安げになる。しっかりして来たようでもまだ、何処か不安定な所があって…まあ『キンタロー』として生きた時間はまだ少ないの言葉じゃ済まない程に短いんだからしょうがねェとかは思うケド…その度に俺が消えそうだとか感じるってのはどうかと思うんだよな。今回も間違いなくその類だよな、ったく…ホントにしょうがねー奴。

 「…キンタロー、前に俺が言った事を覚えているか?」
 「……?」
 再びの沈黙…コイツ、覚えていないのか?ヒントも与えずに悟れというのは酷いとは思うが、ピンとも来ない目の前の男が腹立だしくて…離れようと身体を捩らせたが力で抑え付けられた。
 チクショー、俺とキンタローの力はほぼ互角。なら今の体勢は多いに不利だ。
 「シンタロー…頼む、俺から離れるな」
 何処か縋るようなその言葉に逃れようと動かした身体を止めて、自由にならない腕をどうにか動かして背中を擦ってやる。それでも切なげな空気も俺を捕らえる腕の力も緩む気配が無くて…
 「…俺は居なくならない。不安ならしっかり捕まえておけって言っただろーが!」
思わずぽろりと漏らした回答。口に出した瞬間に恥ずかしくなって、視線を合わさないように俯く。何で俺がこんな事言わないといけないんだよッ!駄目だ…頬が火照って来た…
 「だが俺はまだ、お前を捕まえる事が出来ないでいる…」

 …は?何言ってンだ、コイツ。
 一年以上も俺の傍らに居たお前が本当に気付いてないのか?大体好きでもねェ奴に、幾ら強引にとはいえキスなんかさせっかよ!させたとしても即眼魔砲決定だっつーの。
 …俺はお前の事が…

 そこでふと気が付いた。
 ………そういやキンタローが俺を好きだと言ってくれる時はあっても俺がそうと言った事は無かったような気がする…
 「シンタロー?」
 一気に脱力した俺に心配げに聞いてきたキンタローに何でも無いと首を横に振る。
 あー…だから捕まえきれてないだなんて思うのか?にしたって、少し位は態度で察しやがれ。
 言いたい事は山ほどある気もするが苛立ちと焦れったい気持ちでうまく纏まらねェ。でも代わりに…
 「…ッ、シンタロー!?」
 ほんの一瞬の隙をついて俺を拘束していた腕を振り払って、その場を離れるでもなく伸ばした腕を首に絡めて唇を奪う。驚いているキンタローに何も言わずに離れるとすぐさま背を向ける。
 触れるか触れないかの軽いキス、それでもかなりの勇気が要った…って、俺はどこぞの乙女か。
 「シン…」
 「あー…五月蝿ェよ!人の名前を安売りバーゲンセールの商品みたく連呼してンじゃねーヨ!」
 火照った頬を誤魔化すように両頬をペチペチと叩く、痛い位に叩くのは今は気持ちが良い気がする。なのにキンタローはその手を遮り俺の頬に触れてきた、背中から伸びた掌を振り払い損ねて、そっと頬を滑る指先の感触に更に加速して熱を帯びた。
 「…すまない、別にそんなつもりは無かったんだが…それとシンタロー、さっきのはどういう…」
 「…ちったぁ自分で考えやがれ」
 気持ちの良いキンタローの指を振り払い振り返ると挑戦的に笑ってみせた。少なくとも俺的にはであって成功したかどうかの自信はねェ。
 また吹き抜ける風、でも今度は髪を揺らす程度の強さだった。キンタローはその風に浮いた髪の一束に指を絡めて、それにキスをした。直接された訳でもないのに髪の一筋一筋に神経が通ったみたいにくすぐったくて、恥ずかしかった…
 「…少なくとも、今は俺がお前を捕まえていても良いと言うことか?」
 「さあな…」
 視線を逸らし曖昧に答える。俺は狡い…
 「シンタロー…」
 「…ンだよ」
 「俺はお前が好きだ」
 「知ってる」
 「そしてお前は俺が好きだ、間違っているか?」
 「一々確認するな、今更だろーが!」
 「そうだとは思ったんだが確信が無かったんだ」
 「………何時、気付いた?」
 「お前が総帥になってすぐ位…か?」
 「俺に聞くな。それと自意識過剰だ、阿呆。そん時は従兄弟としてしか見てなかったっつーの」
 …鋭い…あながち嘘じゃねぇケド、解ってて解らない振りをしてたのが悔しくて誤魔化した。
 「今はどうなんだ?」
 「………」
 「お前の口から聞きたい」
 …言えと言われて言うとその言葉が軽く思えて嫌だ。
 「お前が自発的に言う男なら俺だって今、此処で無理に聞きはしない。いいか、そもそもお前が心に留めず言っていれば俺もあんな無理強いしたキスなど…」
 「だーッ!二度も言わんでよし、勝手に人の心を読むな!そんで思い出させんな!」
 「俺は思い出してほしかったんだがな」
 …おい、さっきまでの不安げなお前は何処に消えたよ。確証を得ただけでなんでそんなに強気なんだ、ゲンキンな奴。
 黙ったまま俺の言葉を待つキンタロー。視線を逸らしても尚感じる気配に深々と溜息を吐いた。
 「…あー、もう!滅多に言わねぇからよーく聞いとけよ!俺は…」
 頭をガシガシと掻き乱すと意を決してキンタローの首に腕を回して耳元へと囁く。小さく、それでも確実に相手に届くように告げた俺の本心…これが恋だか愛だかは解らないけれど、大事だと思うのは真実だから…
言った直後にまた抱きしめられた。力強く包み込みような抱擁に静かに目を閉じて、俺もそっと抱き返した。
 「シンタロー、俺はお前が安心して頼れる男になる。必ずお前を護る…ずっとお前の側に居るさ」
 付け足された言葉に俺は頷いて心の中で思った…俺もお前を護るから、お前だけは俺の側に居ろ…
 暫くの間、時間を忘れてお互いを抱きしめていた。
 時折舞い散る桜の花弁が綺麗だと思った…

 

kk
-ふいに倒れる身体 いきなり引かれる腕-

 気が付けば抱かかえられるように己の頭は従兄弟の腕中にあった。頬に触れる胸からは定期的なリズムで心地良い音が響く。
 何事かと顔を上げ様とするものの、相手の腕にこもる力がそれを許さない。
 こんな態度を取るのは大抵が照れ隠しであって、今回も間違いないだろう。
 「シンタロー…?」
 このままではラチがあきそうにない。仕方が無いので俺から問うと意外な言葉が返ってきた。
 「…お前、さっき泣きそうだっただろう…?」
 「なっ…」
 本当に驚いた…図星だったから…

 舞い散る花びらの中に佇むシンタロー。
 赤い服に映える長い黒髪を流して…そして掌に収まる薄ピンクの花びら…
 その情景が余りにも綺麗で…綺麗過ぎて…

 そのままアイツが消えるかと思った。その瞬間心が痛くて、泣きそうだと思った。

 -そして今に至る-

 「…なんでお前がそんな哀しそうに俺を見たのかは知らねーケド…俺の胸位は貸してやっから、一人で泣くんじゃねーよ」
 「…シンタ……」
 その一言に、また泣きそうになる。
 お前は狡い。お前は頼んでも弱みを見せる事など無い癖に…
 そう言葉にしたいのを唇を噛み締めて飲み込む。その様子が解ったのだろうか、シンタローは深々と息を吐いた。
 「俺が甘えさせるのはお前とコタローだけ。俺が甘えるのはお前とサービス叔父さんだけなんだよ」
 「え?」
 小さくてもはっきりと聞こえた言葉に疑問で応え、腕が緩んだのを感じると顔を上げて従兄弟を見る。
 俺を放した手で乱暴に髪を掻き上げて、照れた様子でそっぽを向いていた。
 「あー…うん、何だ。そういう事だ、そんでさっきの言葉は忘れろ」
 「シンタロー…」
 「……ンだよ」
 「お前はマジック叔父貴には十分甘えているし、俺には甘えて無いと思うんだが…?」
 素直な感想を投げかけた瞬間に照れていた表情が固まり、次いで顔を俺に向けて睨みだした。
 …俺は言葉を選び損ねたかのか…?何を怒っているんだ?
 シンタローの痛い程の視線を浴びて、ただ訳の解らないままに見つめ返すしかなかった。
 「…キンタロー」
 長い沈黙の後、ようやく口を開いた。それが嬉しくて一歩踏み寄った瞬間、渾身の力で頭上から殴られた。
 「シ…シンタロー…ッ!?」
 反射的に殴り返す事はしなかったが、反動で無様にも地へと突っ伏した。その際、先程幻想的に見せた花びらがふわりと舞った。
 ずくずくと痛む頭上に手を置きながら、上半身を起こすとシンタローを見上げる。相手も見下ろすように俺を見ていて、合った視線はまたすぐに逸らされてしまった。俺は一体何をしたんだろうか…?
 「親父に甘えてるように見えるンなら、一回眼科に行って来いよ。良い医者を紹介してやる」
 きぱりと断言するとくるりと踵を返して向けられた背に視線を送る。
 良い医者なら高松が居る…という言葉を飲み込んで相手の言葉の続きを待つ、程なくして聞こえた声。
 「…それに俺はとっくに頼りきって甘えてるんだよ、お前に。少しは自覚しろよな」
 余りに小さな声、それでもその言葉は耳に届いた。きっと真っ赤になっているであろう表情のシンタローを思い浮かべれば自然と笑みが零れる。その所為か不機嫌な声で、柄にでも無い事をするんじゃなかったとかもう二度としないとかブツブツと言っている。それがまた微笑ましかった。
 「…お前が消えそうだと思った。俺の側から居なくなるんじゃないかと不安だった…」
 己の唐突な自白にシンタローが振り返る。その動きに合わせて流れる結わえられていない髪に付く花びら。シンタローによく映える…
 すくっと立ち上がりズボンの泥を払うとそのままシンタローをそっと抱きしめる。戸惑いながらも抵抗はしなかった…それがまた嬉しかった。
 「でもお前は俺の心に気付いた…お前は居なくならないよな?」
 我ながらおかしな事を聞いていると自覚はあったが、聞かずには居られなかった。伸びてきたシンタローの手が俺の髪をくしゃりと撫でると、俺の胸を押して離れる。離したくは無かったが逆らう事無く腕から開放する。シンタローは可笑しそうに笑いだして。
 「バーカ、居なくなって欲しくなかったら、俺をしっかりと捕まえとけヨ」
 「シンタロー、それはどういう…」
 「あ、そろそろ休憩も終わりだな。時間が経つのが早いってのもなんだよなー」
 腕時計を確認してみるとまだ終わりには時間がある。確信犯的に誤魔化したのが解るからそれ以上は何も聞けず、代わりに苦笑いを浮かべた。
 「…そうだな、少々早い気もするが行くか」
 促すように歩き出すと話を逸らせる事に成功した所為か、満足げに頷いたシンタローが横に並んで歩き始める。
 先程の温もり、安心出来る音、声…

 -何時かは俺だけのものになるのだろうか…-
 

 

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