気付かずにまた誰かを傷つける
砕けた夢を拾い集めて
今日もその破片に血を流しながら口づける
Doppel
Act9 hopelessness
まだ絶望する余地があったことに、誰かに縋りたくなった。
その日、その部屋の前に立った四人目の男はジャンだった。
「……意外なのが来たね?」
「い、いたんですか……」
コタローの眠っている傍らで、静かに本のページをめくっていたマジックは突然の来訪者に顔を上げる。
その顔を見て、僅かに目を見開いたが口調はいつものものだった。
「どうしたんだい、君はここに特に用なんてなさそうだが」
「あ――――、ハーレムがこっち向かってるの見てつい反射的に体が…。この部屋が一番近くにあったもので……」
「駆け込み寺じゃないんだけどね」
「すいません……」
溜息混じりなその声とは裏腹に表情は明るい。
笑いを零しながらマジックはドアに視線を向けた。
「今日はもうハーレムは来ないと思うが、通りがかったらアウトだね」
「………何でガラス張りにしてるんだか」
「相変わらずハーレムと相性悪いねぇ」
「あれだけストレートな敵意はいっそ気持ちいいですけど」
そういう顔は決して笑っていない。
何処か疲れたように白衣を揺らしてマジックにと近づく。
「どうにかしてくれません?」
「あれが言うこと聞いたらそれこそ恐いな。サービスから離れれば落ち着くんじゃないか?」
「…………それ言いますか」
「最愛の弟をどこの誰とも分からない奴に奪われたらねぇ?」
「相変わらずきつい……」
妙に楽しそうなマジックにジャンは憮然とした表情をするが、気に止める様子はなさそうだ。
雰囲気の変わったマジックに、ジャンは自分が一兵士としてガンマ団にいたころを思い出す。
あのころはまだ。
彼は生まれていなかった。
「ハーレムがいるのを知っていてそれでもサービスの傍を望んだのは君だ。少しぐらいは我慢しなさい」
「我慢ですめばいいんですけど出会ったとたん眼魔砲はもう……」
「それぐらいでくたばらないからやってるんだよ」
やはり笑いを零しながらマジックはそっと息子にと手を伸ばす。
額に掛かった前髪をサラサラと掴んで、愛おしそうにその頭を撫ぜた。
「………よく眠ってますね」
「本当に。いつ目覚めるのかわからないままもう一年を過ごしてしまった」
シンタローに総帥の座を譲ったのが去年のことだった。
ようやく一年経つという頃に嫌な騒ぎがあったものの、無事にもう一月立っている。
「研究のほうはどうなんだい?シンタローが倒れたときは忙しいって聞いたけど」
「ああ、なんとかもう少しで結果出そうです。おかげさまで」
少しマジックの言葉に刺を感じるのはジャンの気のせいではないだろう。
「…………でもあのときは高松の言うとおり俺いても何も役に立たなかったですよ…」
ばつが悪そうに髪に手を入れる様子に、マジックは苦笑する。
これはただの八つ当たりだ。
そこに気付いていないジャンはやはり甘いのだろう。
ただ自分に対して負い目を持っているだけかも知れないが。
彼が悪い事なんて、何一つ無かったのにね?
自分に正直な気持ちを言うだけでも、傷を付けてしまっていた。
「そうかな」
「そうなんですよ。大元で俺とあいつは違うから」
「こんなに似てるけどね」
コタローに向けていたその手を、そのままジャンにとうつす。
少し長めの前髪を梳いて、じっとその目を見据えた。
「同じ物ですから」
「そうだね」
「――――……似てるだけです」
「知ってる」
「一つ、聞きたかったんですけど」
淡々と喋るマジックに、ジャンは少し逡巡して、口を開いた。
マジックは目だけで先を促す。
「あいつ本当に幸せですか」
「……どの意味を取ればいいかな」
「俺とあいつが同じモノって言うところから」
「幸せの定義は私が決める事じゃないんだけど」
「…………あいつが、好きなんですよね?」
この疑問は、ガンマ団に戻ってきたときからずっと思っていたものだった。
自分のコピーとして、最も安全なマジックの息子として生まれたシンタロー。
その間のことを自分は知らない。
出会ったとき、彼はすでに肉体を失って。
そのそっくりな姿に正直驚いたものだ。
ただ違ったのはその髪の長さ。
長い黒髪を一つに束ねたシンタローは、確かに俺の分身だと思った。
けれど一つになることは出来なかった。
同じ体を共有することは出来ず、結果的にシンタローが俺の体に入ったという形で終わったのだ。
俺は新しく自分の体を手に入れて。
シンタローは俺の体……、一回死んで、修復された『ジャン』の体を使っている。
「顔も体も同じだあいつは。最初は知らなかった」
そう。
自分と対面したときに彼はすでに父親と敵対の立場だったから。
実際にシンタローは青の番人だったのだけれど。
さらに言うなら影。
俺達赤の一族を欺くためのカモフラージュ。
シンタローという立場を追うためだけにあのときは必死で。
マジックの抱くシンタローへの感情まで、考える余地もなかったのだ。
「気付かなかった。俺へ抱いていた感情と、シンタローへの感情が同じモノだなんて」
「………そうか」
「ここに来たばっかりのときは、貴方と決着が付いてなかった」
「君は死という形で私から消えたからね」
「貴方とシンタローが一緒にいる度思うんだ。ガンマ団に入って貴方に目をかけて貰っていた頃の俺が被る」
「知らなかったよね、私がそういう対象で君を見ていたことを」
「知ってたら……、あそこまで懐けませんでしたよ。気付いたときには離れるには遅かった」
「私手に入れたいものは手に入れる主義だから」
「その状態に、シンタローはそっくりだ」
「生まれたときから一緒だった。君がいない間も私はあの子に今と同じように執着していたよ?」
白衣を握りしめるジャンは俯くが、座っているマジックからはその表情はが伺える。
唇を噛みしめる様子が、本当にそっくりだ。
「…………でも、抱いたのは戻ってきてからだ」
「それがどうかしたかな」
「シンタローと……」
「あの子と?」
「俺への感情は、今は違うモノですよね?」
「試してみる?」
そういったマジックは、ジャンの無言を肯定にとって。
開いていた本をそっと閉じ、その顔を自分にとゆっくり引き寄せた。
ただ、桜の花を見せようかと思っただけだった。
「コタロー日本にいたときは良い思い出なかったろうけど、桜の花を見て綺麗っていってたし」
まだ幼い弟が幽閉される前。
たどたどしい言葉で喋った弟が、シンタローに思い出された。
デスクの上の桜を暫く黙って眺めていたが、不意に立ち上がってその桜を手に取った。
「………わりと重いな」
軽々持っていたシンタローに、最近また特訓していない自分を省みる。
「そろそろ再開しようかな、いつでも使えるようになりたいし」
拒絶反応を恐れていては力自体が使えなくなってしまう。
少しずつそれに慣らせていくことが、今のシンタローの課題だった。
弟が眠っている部屋へ進む足取りは軽く、誰に手合わせして貰おうかと考えているシンタローはすぐにコタローのいる棟へと辿り着く。
「植木鉢ってのがちょっと縁起でもないけど……、どっちかって言えば盆栽みたいだしいいよな」
部屋へ後数メートルと言うところでシンタローはしばし考えた。
特に弟は病気というわけでもないのだし。
少々殺風景なあの部屋に、これぐらいの華があって悪いことは無かろう。
そう思い直してまた足を進め始めたときだった。
ガラス越しに見える人影に、歩みは遅くなって。
父親かと思ったシンタローはゆっくりと進む。
何となくこの部屋で顔を合わすことはしていなかった。
ましてや実は職務中で。
働き過ぎだと怒っている面々は咎めることはしないだろうが、やはり自分としては気まずい。
入るのをどうしようかと思いつつも、部屋の前まで来たシンタローは。
目に入った光景に、知らず床を思いっきり蹴っていた。
桜を落とさなかったのは、よく出来たと後から思う。
けれど風に切られた花弁の一枚が。
部屋の前に落ちたことに気付くよしなどはなかった。
「――――――…あれ」
特にすることのないハーレムは、毎度毎度競馬に負けてようやく本部に帰ってきたところだった。
暇で仕方がない。
彼の部下に言わせれば仕事押し付けてるだけじゃないかと反論が来そうだがそこはそれ。
結局本部残留になりながらハーレムは気儘に日々を過ごしている。
顔でもまた見に行くかな、と甥の眠る部屋へ向かっているときだった。
角を曲がるとき誰かいると思ったのだが。
人のいない廊下にハーレムは首を傾げつつ真っ直ぐに部屋まで足を進める。
カツカツと床をならす音が廊下に響いた。
「―――――………?」
目に入ったここでは見慣れないものにハーレムは腰を曲げて指でつまんだ。
頼りない薄さを持つそれは、何でここにあるか分からない花びら。
「さくら、だっけか」
シンタローが張り切りながら作ると言っていたのを高松と一緒に聞いた気がする。
出来上がったのかとか、でもここにどうして一枚だけ落ちてるのかと思いながらハーレムは腰を上げてそのまま部屋に視線を移した。
「――――何でテメェがここにいるんだよ」
「げ、ハーレムッ!」
「こっちの台詞だ」
マジックがいるのはともかく、一緒にいる男に不快感を露わにしながらハーレムは部屋に入ってきた。
先程拾った花びらを無意識にポケットにと詰め込んでジャンにと睨みを利かす。
ジャンは後ずさりながらも同じようにハーレムを睨んだ。
「流石にハーレムもここではガンマ砲出さないようだね」
「意識ないやつ巻き込めねーだろが」
一歩部屋に踏み込んだ時点でハーレムは何処か違和感に襲われた。
何か妙な気配。
二人に特におかしいところはなく、再度首を傾げつつマジックの隣りに座る。
「どうかしたのか?」
「別に。それより本当に何でここにいるわけ?兄貴とそんな話すことあるのかテメェ」
「………ガンマ団に身を置いていたし」
「ふぅん」
自分で問うた割に興味はゼロ。
そんなハーレムにジャンは溜息を零す。
本人を目の前にお前を見掛けたから逃げ込んだとはとても言えない。
何ともなかったように会話をしているマジックを見るとまた一つ、溜息が出た。
少し乾燥していた唇に、自分が思うところは何もなかった。
サービスとはまた違う、その香りだけは好んでいたことを思い出したが。
今となっては昔を彷彿とさせる疵だろう。
無意識に唇に手をやりながら、結局マジックからの答えを得られなかったことに。
更に溜息が出た。
「辛気くせぇな溜息ばっかり。用がないんならとっとと出てけ!」
「………そうするよ」
苛立ちがこれでもかと言うぐらい伝わってくる。
これでマジックとの関係がばれていたら、どうなるんだろうと考えてジャンは背筋が冷える思いをした。
身内にはひどく甘い男だから。それに自分が関わっている人物にはどんな乱暴な態度でも
それはマジックも同じで、サービスが一番そうではないのだろうと思う。
自分の気に入った人物にはとことん甘い男ではあるが、そうでなければ彼は関わることを拒絶する。
次兄のルーザー、それにルーザーの息子だと思っていたシンタロー。
後は腐れ縁の高松。
これぐらいじゃなかろうか、彼が懇意にしていたのは。
尊敬する兄の息子で、ジャンと同じ顔だったシンタロー。
そのシンタローをサービスはとても可愛がっていたと聞く。
それは今も同じで、ジャンとしてはえらく複雑な気分である。
シンタローもとても懐いていたようで、マジックはサービスが本部により着くたび何とも言えない表情をしたと。
「――――――……」
そこまで考えて、似たような図式にジャンは顔を歪めた。
それでも度々サービスはジャンのことをシンタローに話していたようなので、そこだけが救いだろうか。
ハーレムは、シンタローのことをどう思っていたのだろう。
敵意だけをぶつけてくるこの男は、俺によく似たあの男に。
部屋を出る際視線をふっとハーレムにやって。
ハーレムが口を開く前にジャンは完全に部屋を後にした。
「―――――で、何だったわけあいつ」
「お前がもう少し態度改めればいいんじゃないか」
「いやだね」
全身で嫌いを表現している弟に、マジックは苦笑を零すしかない。
最愛の弟を奪われたと思っているこの男は、まさか長兄までそれに関わっていたなんて知ったらどうなるのかな、と何処か人事のように考える。
「なに笑ってんだよ」
「別に、早くこの子が目を覚まさないかと思ってね」
父親の顔をしたマジックに、ハーレムは僅かに口元を綻ばせたのだった。
ポケットの中の花弁が、茶色く萎れてくのには気付かなかった。
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貴方の声が聞こえないように耳を塞いだ。
Doppel
Act10 これを恋と呼ぶのなら
貴方の声が聞こえないように。
何も聞こえないように。
耳を塞いだ。
貴方の姿を見えないように。
何も見えないように。
目を塞いだ。
耳を塞ぐように。
目を塞ぐように。
心を塞ぐことが出来たら。
この傷む胸を押さえつけて。
霧深い朝を迎えて。
ああ、心を塞ぐことが出来たら。
気付いたらそこはもう総帥室で。
机の上に置かれた桜が花を散らしている。
ドクドクと耳の奥で血液の流れる音。
うるさいくらいに響くそれとともに瞼に残る残像。
荒い呼吸に、喉が渇いて。
また痛みが。
忘れていた痛みがつきつきと身体を刺した。
ひくつく喉は、もうとっくに焼き爛れて痛みなど。
麻痺していた傷がじゅくじゅくと浸蝕していく。
止まっていたぶんそれは勢いを増して。
ずるずると壁づたいにしゃがみこむ。
重力に逆らう気など起きなくて、そのまま膝に顔を埋めた。
何を期待していたのだろう。
滑稽さに涙さえ浮かんでこない。
あのとき。
あの二人の空気を知ったとき、わかったくせに。
とんだ道化だったと思い知ったのに。
なぜいまさら。
「………過去のことだと」
思ってたのだ。
今あの男の隣りにはその親友がいて。
今あの男の隣にいるのは自分だったから。
いつか。
『自分』を見てくれるのだと。
もう期待なんてしないなんて思っていて、その心の片隅で望んでいた。
愛されたい。
願ってしまった。
それはまったく手に届かないわけじゃなく目の前にちらついていたのだから。
ひとたび手を伸ばせば決して振り払われる物でもなく。
けれどそれは結局俺の向こうの誰かのためで。
それでもそのぬくもりから逃れようと出来るわけもなく。
勘違いさせないで。
その顔を向けるべきがあの男なら俺に触れないで。
いっそのこと拒絶を現してくれたら、この気持ちを切り捨てることはもっと簡単だったのに。
もしかしたらいつまでも引きずるかも知れない。
それでも。
淡い夢に浸っているよりは、前へとこの足は進める。
例えそれがどんなに遅く小さな一歩だとしても。
このまま灰色の空の下、立ち尽くしたまま動けないよりは。
そんなくだらない「if」の話し。
貴方の指が染みついたままでもう離れられるわけがないのだから。
それならば。
「誰か」
無条件に隣にいてくれる人。
それが当たり前だった彼に、いつ頃から自分は怖さを感じるようになったんだろう。
限りなく注がれるているように見える愛情に。
いつか彼は自分に厭きてしまうのではないかと。
だから強さを求めた。
彼の息子でいられるために。
No1であるために。
望んでいたのはそれだけだった。
彼の隣にいるために。
強く在ろうと、していたのに。
「過去のことだとっ……………!」
脳裏に焼き付いた一瞬の映像が。
苛んでいく。
どこまでも深い闇の一滴が。
誰かお願い。
傍にいて。
でもそれを誰に望むの?
「真っ白だな…………」
ただっぴろいそこは真っ白で。
どこまで続くかと思うようなその寂しい場所に。
片割れはいた。
「今日は追い返さないんだな」
「……………………」
子どものように膝を抱えて。
小さく、隅(そうこの広く白い空間でそこは確かに隅だった)で。
顔を埋めて。
赤い総帥服ではなく、あの島にいた頃の格好で。
けれどその長い髪は下ろしたまま。
微動だにせずに、閉じこもっていた。
「いいのか俺がここにいても?」
話しかけても何の反応もない。
まるで自分などここにはいないように。
肯定されないのはしっていたが。
まさか否定すらされないなんて。
「影は影らしくそのままでいればいい」
この体。
この男の邪魔さえ入らなければ使うことぐらいわけはない。
例え相容れないものだとしても。
隣りに立って見下ろせば。
あのときは酷く邪魔だったこの存在が。
いかに頼りないものなのかとおもう。
「もらうぞ」
今ならとても簡単だ。
しかし、この言葉に男はようやく反応した。
「……………………」
ふるふると、頭を左右に振ってようやく否定の意を示す。
黒い髪が、さらさらと肩を流れた。
「ならなんで俺をここに呼んだ?」
「……………………」
聞き分けのない子どものように。
ただ首を左右に振るだけ。
拉致が開かない。
ひとつ息を吐いて今日のところは去るかと動いたときだった。
つん、とズボンの裾が引かれる感覚。
振り向けばいつの間にか手が、小さく布を掴んでいた。
「…………調子の狂う」
そしてまたひとつ息を吐いて。
その手が離れるまで仕方なくそこに佇んでいた。
「シンタロー」
「ハーレム、どうした」
不意にこの部屋に訪れた叔父の姿に、シンタローは僅かに表情を変えた。
彼をあまり知らない人にとっては、分からないぐらいのものだがハーレムには十分なものだ。
「んな意外な顔するなよ」
「意外だからな」
白衣の裾を揺らしながらシンタローがハーレムにと近づいた。
少し居心地の悪そうなハーレムは、辺りに視線を彷徨わせている。
「何のようだ?誰か探しているのか」
「……いや、あ、でも確かに探してるって言うか…」
歯切れの悪い口調。
いつも自信たっぷりなこの叔父のそんな態度に、シンタローは気付かれぬ程度に眉を上げた。
シンタローが一日の大半を過ごすここは彼専用のラボ。
この部屋には似たような目的の者がよく出入りをする。
そしてそれはこの叔父が苦手としている男も含まれていて。
避けるためか滅多にここには近寄らない。
「お前サクラ、っての作ってたよな」
「サクラ?……ああ、桜。もう出来上がったぞ、見たかったのか」
不慣れなイントネーションで発せられた言葉は、また意外な物だった。
ハーレムという男と桜が結びつかなかったせいもある。
『原色』のイメージなこの男には大輪や、その存在を確実にアピールしているものがよく似合う。
無論桜もその存在感は見事な物ではあるが、やはり淡さや儚さという物からは切り離せないだろう。
「…………でもあいつには似合うんだよな」
どこまでもその存在を示しているのに。
どこか危うげなその感じが、似ているのだろうか。
「なんだって?」
「ああ………見たいならシンタローのところへ行けばあるぞ。また作ろうとは思ってるけどな」
「シンタローのとこ?」
「昨日渡してきたばっかりだ。まだ咲いてる」
ポツリと零した言葉に、ハーレムが訝しげに問うてくるのにシンタローはさらりと返す。
棚を覗いて桜の苗木を出そうとしていたシンタローはだから気付かなかった。
シンタローと口にしたとき、ハーレムの顔が大きく歪んだのを。
茶色く、しなびれた花弁にそっと、指を這わす。
「………一つしか作ってないのか?」
「ああ。けどかなり喜ばれたから、また作るかと思って」
「真っ直ぐ、シンタローにやったわけ?」
「…………そうだが、そんなに見たかったのか?」
やけに食いついてくるハーレムに、シンタローは振り返って訝しげな視線を投げかけた。
そもそも桜という花自体、よく知らないのに。
何処か違和感を覚える。
そんなシンタローの胸中を察したのだろう。
ハーレムはその視線を受け流して、踵を返した。
「ちょっと興味があったからな、それだけだ」
そう言って部屋を出ていったハーレムの姿が見えなくなっても、ずっとその空間を見据えたままだったシンタローの瞳から。
ツ、と一筋頬を流れる物があった。
「あの男なら、大丈夫だよな………」
何処か警鐘を鳴らす胸の裡。
これは自分の傷みではなく。
「………少しぐらい、頼ってくれても良いんだがな」
ほんの僅かに共有する物を。
和らげる術を、知りたかった。
「あの馬鹿がっ………………!!」
シンタローのラボから出たハーレムは、まわりに当たり散らすことだけはなかったがその纏っている空気は張りつめていて。
駆け足寸前のその歩みに苛立ちをぶつけている。
シンタローの部屋から総帥室までの道のりに、コタローの部屋はない。
だから桜を渡しに行ったシンタローがその花びらを落とすはずはないのだ。
もしかしたらくっついた花弁を落としたのかも知れない。
しかしあの様子からして昨日はコタローのところに寄りついてはいないだろう。
可能性は渡されたシンタロー。
桜を見せにいったのか、それともくっつけたまま部屋に行ったか。
どちらでも構いやしないが、昨日の自分の感覚は正しかったのだ。
誰かいたと思ったのにいなかった。
落ちていた一枚の花弁。
部屋にいたのは兄と赤の番人。
その流れていた空気。
何故あの男が立ち去らねばならなかったのか。
部屋に入っていないことぐらい、兄の様子で分かる。
入るのを躊躇してしまうような。
近づいてきた己の気配もわからないような。
何かがあの二人にあったとしか。
ああそう考えれば全てのピースが上手く組み合わさってしまうではないか。
この一年間感じていた違和感。
「なんでだ………!?」
何故またお前が。
きつく唇を噛みしめながら。
ハーレムは辿り着いた総帥室のドアを荒々しく開け放った。
「……そろそろドアのパスワードかえなきゃなぁ」
「俺は今そんなくだらないこと話す気はねぇ」
デスクの上の桜が、傾き始めた陽にさらされながらまたいくつか花弁を落とす。
ポケットに入れられたままの、もうすでに何だったのか分からない茶色い染み。
「くだらないとは思わないけど?」
「うるせぇ。そんなことはどうでもいい、俺は確かめに来たんだよ」
己のいつにない真剣な声音に、ぴくりとその肩が震えて深い溜息が耳に付いた。
どうやら話を聞く姿勢をとることにしたらしい。
こちらに背を向けたままの甥に近づいて、椅子を回転させれば知らない色と目があった。
「お前その色なんだよ!?」
「………あーあ、ばれちゃったね。今取っちゃってたからこっち向いてたのに」
「茶化すな!俺の質問に答えろ!!」
「だって見たとおりだから。時々なるんだ」
淡々と語るシンタローはあくまで笑っている。
その空々しい笑顔が、酷く腹ただしい。
「その紫に、なんもなくていきなりなるってのか?」
「この体だからね。力使ったりするとなるんだ、俺の青の番人としての意識と赤の番人の体が反応して、なのかな。その辺は俺もよく知らない」
みんなにばれると面倒だから黒のカラーコンタクトで誤魔化してたんだけど。
そういってまた笑う男を殴り飛ばしたいのは間違っていないだろう。
そんな秘密を抱えていたのか。
きっとここ最近の事じゃない。
帰ってきてから、すぐ異変はあったのではないだろうか。
誰にも言わず。
頼りもしないで。
何故笑う?
「嘘言うんじゃねぇ」
「言ってない」
「少なくとも時々じゃない。それ、固定してその色だろう」
「……………………」
「力の使用とかもっともらしいこといったがお前ここ1ヶ月はデスクワークだけだからな、昨日だって特に何があったわけでもないし?」
これで傷ついた表情のひとつでもすれば、わかりやすいのに。
「兄貴だって、ぶっ倒れてから相当気にしてるからな。簡単にはでかけられないだろう?」
「……あんたが変な具合に口出して俺の仕事取るしね」
「お前がここにいろって言ったんだ。動き回るぐらいさせろ」
わざと選ぶ言葉はこの男に傷をつけることばかり。
表情を変えろ。
その内心を見せろ。
みっともなく泣けばいいのに。
「………なぁお前このままでいいわけ?」
「なにが?」
「とぼけるつもりか。俺は知ってる」
「なにを」
「お前昨日、コタローのところにまた行ったろ」
この花を持って。
指さす桜に、ほんの少しだけ瞳が揺れた。
「……………俺昨日朝行ったのに?」
「だから再度行っただろって言ってるんだよ。しかも、二度目は部屋には入らずにな」
言いきる言葉にシンタローは、いっそう笑いを深めた。
それは自嘲の笑みだったのか。
「……そこまで分かってるなら聞かなくてもいいじゃない?」
「俺は推測で話すの好きじゃないんだよ」
「断言してるくせに」
「お前のくさい芝居はもう見たくない」
「…………やだねこれだから無駄に年食ってると。変に勘が鋭くて」
「そんなわかりやすい挑発には乗らないぞ。俺は」
吸い込まれそうに透き通ったアメジストが、俺をピタリと見据えた。
射抜くようなその瞳は何の感情も表していないのに。
表情だけはひどく優しく、笑った。
「騙されてくれないの?」
「騙されて欲しいのか?」
「問いを問いで返すかな」
「嘘ばっか吐くからだ」
「ついてるつもりはないけど、」
「話さずにそのまま溜め込んで、どうするんだよ。俺が何にも分かってねぇと思ったのか?確信できたのは今日だったけどな。島から帰ってきたときから、様子が変なのぐらいは気づける」
気付いていないのは。
あの男だけなのではと思う。
「兄貴と、ジャンに。お前は何を見た」
気を抜けば今にも怒鳴り散らしてしまいそうだ。
でもまだ。
聞きたいことを全部聞き出さなければ、何の解決にもなりやしない。
薄々は分かってるが、そのことをこの男の口から言わせたい。
「何も。俺はあの二人に何も見てないよ」
「聞き方が悪かったか?昨日、お前はコタローの部屋の入り口で、兄貴とジャンが、何をしているのを見た?」
一言一言句切って。
言い聞かせるように確認する。
何もなくて入らずに去るものか。
「キスしてたよ。昨日はね、邪魔しちゃ悪いかなぁって去ったんだけど?」
「いい加減そのバレバレな嘘は止めたらどうだ?話が進まないから」
さらっと答えたシンタローは、冷静そのもので。
その冷静さがかえってこの男がそのことに対して気を病んでいるだろう事が、わかる。
「………他に何が聞きたいの?」
「お前、兄貴の寝たよな。こっち帰ってきてすぐに」
とうとう身を委ねたのかと、すぐにその空気は分かった。
纏った空気が変わって。
そのときは……、不穏は感じなかったのに。
「そうだよ」
「ジャンと兄貴はいつからあの関係だ」
「それは本人に聞いてよ。詳しくは知らない」
「知らないんじゃなくて知りたくないんだろ」
だってそうだろう。
普通仮にも好きな奴の(そうでもなければ素直にやらせるはずもないし島でのこの男にマジックの一方通行でもなかったのだと実感した物だ)そんな関係など。
「あ………そうか」
そう考えて。
すとんと胸に落ちた。
どうして気付かなかったのだろう。
聞けるはずもないじゃないか。
だってマジックはシンタローがジャンと自分の関係を知ってるなんて事知らないのだから。
だってマジックが言うはずもない。
同じ顔のあの男にも手を出してるなんて。
…………あれ?
何処か間違えている。
そんな違和感が俺を覆っている。
何が違うんだ。
マジックとシンタローは出来上がっていて、でもってマジックはジャンとも関係を持っていて。
シンタローは昨日マジックとジャンのキス現場を目撃して、多分逃げ出した。
でもこの様子からして相当前から知ってたんだよな?
島から帰ってきたときから様子は変で。
でも関係持ったばかりのときはそうでもなくて。
色んな事がいっぺんにありすぎたからおかしいのかとも。
けど。
どういうことだ?
マジックは、シンタローと、ジャンと。
「順番が違うんだ………」
それは、ひどくやるせない。
マジックは、シンタローと寝たのが先なんじゃない。
ジャンと関係を持っていたのが先で。
そういえば今ジャンはサービスと。
いや学生時代からそんな感じは。
けどジャンとの関係がシンタローの前だとするとそれはジャンが学生時代だから。
その再会はあの島で。
島でシンタローはジャンで。
でも違ってたんだけど。
でもこいつさっきなんて言ってた?
体は赤の番人って言ってたよな?
それはつまり俺もとっくに承知の通りジャンの体と言うことで。
島から帰ってきたシンタローを抱いたのはもう逃がさないためだと思ってたけど。
マジックのあの異様な執着は。
いや、でもその兄の口からきちんと俺は聞いている。
確かめた。
それに俺は安堵した。
でも。
シンタローはどうしてジャンとの関係を知った?
「お前、馬鹿だろう………!!」
何で、笑っていられるんだよ。
何で、マジックの傍に居続けるんだよ。
同じ顔で、同じ体のお前。
関係がジャンが先だと言うことは。
それは。
そんな笑った顔なんて、見たくねぇよ。
もうすでに歪みまくって何を見ているのかわからないんだけど。
「ハーレム……」
「何でお前はそんなに馬鹿なんだ!?」
悔しくてこぼれ落ちる涙は止まる術を知らない。
ああみっともない。
何で俺が泣かなくちゃいけないんだよ。
あまりにこの甥が馬鹿で。哀れで。愚かで。
………………愛しすぎて。
しかも肝心の兄はこのことを知っちゃいない。
「いつからだ………!!」
「………何が?」
「いつから、お前はマジックとジャンの間柄を知ったんだッ…!!」
「………ここ帰ってきて、マジックに抱かれて、少し後かな。体の違和感は感じてたけどね」
はぐらかすことも無言も許さない声音に、シンタローは少し間をおいたが素直に答えた。
やっぱり正しいじゃないか。
俺の感は。
一年間。
こいつは何を思って過ごしてきたんだ。
「殴ってくる……」
「え?」
「一発殴らなきゃ気がすまねえ」
一発ですむかわかんないけどな。
そういって踵を返そうとすれば、今日初めて。
感情を表面に出した声が耳に届いた。
「嫌だ!!」
「…………何言ってんだテメェ」
いっそ悲壮なその声。
何を嫌だと、この馬鹿は言うのでしょう。
「気付いたんだろ?マジックは俺が知ってることを知らない。俺はこれからもそれを言うつもりはない。だからあんたも何もするな」
「それはテメェの都合だ。俺の知ったことか」
「俺は、あんたが思ってるよりよっぽどあの男が好きだよ。多分、今のこのバランスが崩れたら俺はここにいられなくなる……それは嫌だから、だから……」
ああ兄貴も上手く教育したもんだ。
あんた一人でこの、今のガンマ団をまとめ上げている男は簡単に揺れてしまう。
さっきまで落ち着いていたのに、こんなにも狼狽える。
こいつのまわりはいつだって多くの人がいるのに。
誰だって手を差し伸べることを厭いやしないのに。
むしろ伸ばされることを望んでいるのに。
この男の求める手は、ただひとりか。
「ふざけんな」
「………巫山戯てない」
「俺はあいつを殴りたい。けどお前はそれを止める。俺はそんなお前の元にいられるほどお人好しじゃねぇんだよ!!」
知ってしまったんだから、見て見ぬ振りが出来るほど器用さを持ち合わせてはいなく。
このまま居続けていては、絶対に無理だ。
「今日限りで、俺はガンマ団を止める」
「…………元々、俺が無理に引き留めてたんだしな」
「餞別として何も言わないででってやるよ。ただすれ違いでもした場合の保証はねぇ」
「……ハーレム」
頼むから、気付けよ。
お前の視野はそんなに狭かったか?
「最後に言っておく」
「………………」
「結局お前は、俺のことをまったく信頼してねぇんだよな。俺だけじゃなくって他の奴に関しても自分から壁作ってるし………お前にとって俺等って、何だったんだろうな」
本当、情けないね。
自分の半分ほどしか生きてない不器用な男の一人も、手助けすることすら出来やしない。
お前のその心遣いに、涙が止まらないよ。
「ハ―レムっ………!!」
出ていこうとした背中に、思わず声をかけた。
その音は我ながらひどく情けないもので。
しかしそれ以上言葉は続かない。
違う。
否定の言葉が喉に絡み付く。
それを俺に言う権利は。
だってどう思っていようと選ぶ結果は彼の言うとおりなのだから。
そして男は振り返ることももう口を開くこともなく、部屋をあとにした。
「――――――――……っ」
叫ぶ声は、届かない。
言葉になり切れないものが、胸を張り裂こうとしてる。
でもだからと言って、何故彼に縋ることが出来る?
これ以上誰に弱さを許せる?
ひとりで立つことが出来なくなってしまうの。
いつかおいていかれるひがくるから。
だから。
ねぇ、貴方は本当になにを俺に求めていた?
力なく、窓にと寄りかかる。
傾いた陽が部屋を赤く染めて。
もう疲れたんだ一人舞台は。
そう感じたら急に目の前がぼやけてきた。
何であんたが泣いてくれたんだろうね。
もう十分にお人好しだよ。
それを返すことの出来ない俺は、やっぱり相当馬鹿なんだろうね。
淡い色の花が、赤く反射しながらはらはらと散っていく様をぼんやりと見やる。
…………昔撮った写真を思い出した。
無造作に、けれど確実に手の届く位置に置いてある本を取りだし、また窓にと寄りかかって。
古ぼけた本に挟んであるそれは、一番あの男に似ていた。
何も知らなかったこの頃の笑顔が。
ぱたぱたと写真に落ちる染み。
何でこんなに苦しいんだろう。
自分で選んでる道なのに、体の中の軋みは増えていくばかりで。
音がするんだ。
いっそのことなりふり構わず欲しがれれば良かったのだろうか。
想うほどに揺れて、泣き乱れて叫ぶことができれば。
………等の昔に求めることは、諦めていたけど。
唯一望んだのは貴方の隣にいること。
この現状を壊すことが怖くて。
結局また誰か傷付けた。
手探りで探すものに捕われすぎて。
「ごめんな…、さ……ごめ、んなさい…ごめんなさい、ごめんなさっ………!!」
誰に許しを乞うてるのだろうか。
身を屈め、泣きじゃくる様は幼い子どものようで。
蒸せながら紡ぐ言葉は壊れたスピ―カ―みたいに繰り返される。
なによりも怖いことはここにいられなくなること。
そう怖いんだ。
彼よりもあの人を選んだ、それだけのこと。
だって知ってる事実を突き付けて。
いらないと、あのときみたいに背を向けられたら。
ぽっかりと空いた胸に風が吹く。
一度否定された事実はいまだに根深く。
不安定な足元は今にも崩れ落ちそうなんだ。
「ごめんなさい………………」
口をついで出るのは嗚咽と贖罪の言葉。
そのずるい自分の声も聞きたくなくて。
耳を塞げば。
確かな鼓動だけが、響いた。
「……………………………………」
気付いていない。
淡い金髪。
多分誰よりも近いその存在。
黙って側によれば、青い瞳がこちらを向いた。
石膏のような冷たい色は、触ればひやりとして。
「あんたが温かくなくて良かった」
「………馬鹿な男だ」
「うん。だからあげない」
今日は何度馬鹿と言われたことだろう。
自嘲気味に笑いながら、それでもいいのだ。
失くしたくはないから。
この感情を何と呼ぼうか?
愚かで、自分勝手で、未発達なこの想いを。
「恋という感情ではないのか?」
不可解そうに、ダイレクトに伝わっただろう感覚の答えを男が口にする。
多分この男は理解できないとでも言いたいのだろう。
恋というカテゴリに当てはめるためには足りない部分もあるし、溢れてしまう部分もいっぱいあってやはり恋とは呼べないのだろうけど。
もし。
これを恋と呼ぶのなら。
もう二度と恋なんて物は、要らない。
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PR
何をするのでもなく。
何を望むのでもなく。
ただ傍にいられたら。
Doppel
Act7 imitationreplica
ここはひどく寂しくてなんだか寒い。
誰かが呼ぶ声を頼りに。
手を伸ばした。
「おうグンマ博士やないか、久しぶりやのぅ」
「コージくん!」
何をするでもなくひとり廊下を歩いていたコージ。
予定よりもだいぶ手こずってしまった遠征からようやく帰還したばかりだった。
得意でもない提出書類を何とか書き上げて、休憩がてらの散歩。
そこを白衣を着た金髪が駆けていくのを見てコージは気楽に声をかけた。
「………急いどるのか?」
しかし、返ってきたのはいつものほわんとした口調ではなく何処か切羽詰まった感じの声だった。
足を止めるのももどかしそうな様子にコージはグンマの背中を押す。
「走りながらでも話聞かせてくれるか?」
「あ、え、でも」
「今暇人でなぁ、聞いて良ければ付き合いたいんじゃ」
遠慮がちに、それでも走り始めたグンマにやはり急いでいたことが分かる。
グンマが慌てることなどあまりない。
珍しい事態に、正直言って好奇心が沸いた。
そんな気持ちは次の瞬間には吹き飛んでしまったのだけれど。
「シンちゃんが、大変なんだよっ………!!」
「―――――シンタローがか?」
グンマの口から出た名前にコージは顔を固くした。
そんなコージにグンマは続ける。
「うんっ、遠征先で予測してなかった事態が起きて」
「シンタローの方か……」
続けられた遠征という言葉に、コージの脳裏には長い黒髪が思い出された。
グンマから出る『シンタロー』の名前は二人の従兄。
金髪と黒髪の対照的な従兄はグンマにとってとても特別だ。
一緒にいるのは「シンタロー」の方が多いが、それでも話しに出る頻度は十分同じで。
「とりあえずは無事らしいけど倒れたって聞いたから……」
「それは――――……」
一大事だ。
シンタローが倒れるだなんて、今までありそうでなかったのに。
決して人前で倒れることはないと、確信していた。
団員の目の前で総帥が倒れる。
それは彼にとってマイナスだ。
ひとりで背負おうと。
新しいガンマ団のことで、あの男の手を煩わせたくはないと気を張っている男だから。
心配させまいという生ぬるい感情ではないということしか分からない。
でもそんなシンタローが倒れてしまったと言うことは。
「詳しい事態は?」
「入ってきてない!僕が頼まれたのは飛空鑑の破損部の修理と、分析」
「分析?」
「なんかのエネルギー波を受けたらしくて、残留波があるかもしれないって」
「よく無事で……」
「シンちゃんが………」
気付かぬうちにコージの走るスピードは上がっていたらしい。
それに合わせながら走っていたグンマの口調は不意に途切れた。
「シンタローが?」
「………シンちゃんが、シンちゃんに何かあったかもって」
「―――――……?」
「だから詳しく聞いたら、倒れたってだけっ、」
コージからグンマを気遣う言葉は出ない。
それどころかなおスピードを上げるコージに、、グンマも必死に付いてくる。
「で、博士の方は準備できたんかっ?」
「うん!もう指示は出来たし向かえる準備はっ、だいじょぶっ」
「もうシンタロー達は来るんだな!?」
「さっき、船は確認できたって………」
それから二人に言葉はなく、黙って走り続けていた。
グンマの苦しそうな呼吸を背にコージは速さを緩めない。
正直、よく付いてこれる物だと思う。
――――――それほど、心配なのだろう。
あの、影を見せなくなった従兄が。
「何があった………?」
話してもらえないのは重々承知で。
その姿を見る度、力の無さというものを痛感するのは自分勝手な感情で。
それでも。
少しは頼って欲しいと思うのは。
自分だけじゃないのだ。
カンッ!!
薄暗い廊下を終えれば出口はすぐそこで。
重苦しいブーツで思いっきり床を蹴る。
一歩外へ踏み出せば強い風が長い髪の毛を浚う。
耳に響く重低音に舞う砂埃。
開けた視界に飛び込んできたのは。
しっかりと自分の足で立っている男だった。
「もう到着する頃か……」
ふっと覚醒した。
ひどく長い間眠っていた気がする。
意識はしっかりしているのだがいかんせん体が付いてこない。
身体中を纏っている倦怠感に眉を顰めた。
「前よりはましだけど……」
一つ寝返りをうてば、長い髪が微かな音を立てて流れた。
くすぐったい感触に口だけで笑う。
何を求めていたのだろう。
暗い部屋の中、伸ばされた腕がいやにはっきりと見えた。
掴みたかったものは何?
虚空を握りしめて、返ってくるのは掌に立てた爪の感触だけ。
「どうやったら戻るかな………」
アメジストの色を抱えて、小さく溜息を付いた。
「シンタロー総帥大丈夫なんか……?」
「あ――、ワリィ情けないとこみせちまって。休ませて貰ったしもう平気だよ」
心配そうに傍らで佇むどん太に、シンタローは苦笑で答える。
いくら使い慣れなかったとはいえ、倒れてしまったのはまずかったと今更ながらに思う。
「その上撤退だもんなぁ……」
「死傷者無かっただけでも十分ばい!情報収集が足りなかったのは儂等のミス……」
シンタローがかくっと肩を落とせば、それ以上にどん太が泣きそうになる。
教訓にすればよいと、内心では考えているのだが落ち込むものは落ち込むのだ。
けれど総帥に就任して高々一年。
完璧にやれると思う方が、一笑されるのだろう。
「オーケー出したのは結局俺だからさ、気に病むなよ」
くしゃっとその癖のある髪を掻き回せば複雑な顔でどん太は、けれど黙って髪の毛をされるがままになっている。
「また大変なのはお前等なんだし。落ち込むよりそっち覚悟しといてくれな」
そんなことをぽつぽつと話していれば、いつの間にか目の前のドアが開いていた。
「本部に到着いたしました、総帥」
「………シンちゃん」
降り立ったその姿に今すぐ走り寄りたい衝動に駆られる。
けれど隣のコージが微動だにしない様子に、グンマは足を運びかねていた。
出迎える団員はまばらとはいえ居る。
整列した一番最後に少し離れて立っているグンマとコージは、シンタローが少しずつ近づいてくるのを黙って待っていた。
「――――――――――……、」
「博士なら、行っても良いと思うがの」
「コージくんは?」
「儂は駄目じゃ」
落ち着かない様子のグンマに、コージが声をかけた。
予想していた言葉にコージはさらりと答える。
飄々とした表情は陰を落としてはいない。
けれど返した言葉にグンマが顔を歪めるのを見て、それは苦笑に変わった。
「なんで?コージくんは、シンちゃんと仲良いしそんな……」
「この場であいつとワシはあくまで『総帥』と『部下』。そのスタンスを崩すことはできん」
「でも今は……」
グンマの言いたいことはよく分かる。
倒れただなんて思わせない足取りで歩いてくる様は堂々としていた。
しかし傍についているどん太の表情が、それが本当にそうなのか怪しいものにしていた。
ただ心配しているだけなのかも知れない。
―――――けれど。
あの男の振る舞いを鵜呑みに出来るほど、短い付き合いではない。
「ああだからじゃ、」
「―――――……?」
「意識がなければ……そうだったらお呼びがかかっとるかもしれんが、ああしてシンタローはひとりで歩いとる」
「―――……うん」
「あそこにいるのは『シンタロー』じゃなくて『総帥』なんじゃ」
「総帥としての役割を全うしている男に、手助けをしたらその行動を踏みにじることになる」
大丈夫かだなんて、その手を取ってしまったら。
それは彼の立場を低めてしまうのだ。
周りにいるのが身内だけならいざ知らず。
ここは彼が統括するべき『ガンマ団』なのだ。
「わしはな」
と、グンマの顔をのぞき込んだコージの顔は満面の笑みだった。
泣きそうな顔のグンマの頭を、くしゃりと撫でる。
「博士は従兄だし、誰も気にすることはないから構わんで――…」
「ううん、駄目」
背中を軽く押して、促そうとするコージの手をやんわりと外したグンマは首を横に振った。
「僕も、自分の役割やらなくちゃ」
シンタローがそこまで来る前に、グンマは自分の仕事へと向かったのだった。
「――――――……あの馬鹿が、」
グンマとコージの様子を黙って伺っていたシンタローは、そのまま視線を移して誰にも分からないほどに小さく呟いた。
「泣きたいなら泣け」
作り損なった笑顔を見るぐらいなら、そのほうが何倍もマシだ。
それを許さない立場にいることを知っているから言えないけれど。
「――――――……よかった」
何とか事なきを得て。
失態は痛いものだったが、これもこれからの糧にすればいい。
この失敗を引きずって悪影響を及ぼすことはさせぬよう。
「ハーレムが特選部隊連れて偵察行った言うし、とりあえず今回の偵察メンバーは休ませて…」
やるべき事を整理しつつ部屋にと向かう。
執務室ではなく、自部屋である。
一回モニター室へは連絡を取りに行ったのだが、そのまま強制的に休むように云われてしまった。
無論今回は流石にそのつもりだったのだけれど。
集中できないで無理に仕事をしてもミスをするだけだ。
不安定な状態だから、なおのこと。
「あ――……影響力強すぎ……」
早くひとりになりたい。
部屋に行ったらすぐにティラミス達に指示だけ出して。
とにかく『この』状態に慣れたい。
ざわざわと落ち着かない空気が、気持ち悪くて。
ひとりに。
「―――――――はっ、」
ドアを背にしたまま、それでも閉じた空間になんとか息を付けた。
酷く寒いのに、伝い落ちる汗は後を絶たなくて。
べた付く空気に、生理的に涙が浮かぶ。
寒い。
無意識に伸ばした腕は、また虚空を。
「寒いの?」
不意に掴まれたその掌を。
離すことは出来ないのだと、思った。
「………何で……」
「目の前で倒れたんだ、心配しないわけないだろう」
やんわりと包まれた手から伝わってくる体温が心地よい。
冷えきっていたのだと、今更ながらに自覚した。
「気配殺してんなよ……」
「それほど疲労してるんだよ」
シンタローが。
掴まれた腕をそのまま引き寄せられて、胸に抱え込まれる形になる。
耳元にそっと吹き込まれた名がひどくくすぐったい。
…………実感する。
「外傷はないようだね」
「ちょっと疲れただけだよ、……初めて使ってみたから」
ジャンの力を。
それだけでもないけど。
両方とも口に乗せるのは憚られて、そのまま言葉を切る。
握った手から自然と力が抜けたが、離される様子はなかった。
どうしてなんだろう。
なんでこうやって。
貴方はここにいる?
「あんまり一人で居ると、嫌なこと考えるだろう」
「――――……あんたも覚えがある?」
「まぁね」
繋いだ手はそのままに、もう片方でゆっくりとシンタローの背を撫でる。
微かに伝わってくる鼓動の振動に眠気が誘われる。
温かくて、気持ちが良くて。
握り返したくなってしまう。
「でもやっぱり煮詰まったりするんだよ」
「……ふぅん」
「そんなときにね」
お前が居てくれて、すごく救われたんだ。
「そっか」
本当にひとりでいたいときもあるけど。
「今のシンタローは、ひとりにさせておけないかなって」
なんで、わかるんだろう。
ひとりで居なきゃいけないと思うのに。
ひとりで居るのは酷く怖くて。
本当は誰かに。
ただ傍にいて欲しくて。
何で傍にいてくれるの?
勘違いしそうになる。
貴方が好きだ。
失くすのはもう小さなものだって嫌で。
一欠けの氷が溶けていく感触に溺れそうだ。
「私はここにいるから」
「今はゆっくり休みなさい」
抱えた黒がまた色を変える。
蒼の濃いアメジスト。
閉じた瞳に落とされた唇に、また、泣きたくなってしまった。
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まだここにいること
意味があるというのなら
足跡を残しながら進んでいこう
Doppel
Act8 徒然
この色を隠し通せる自信はない。
毎朝の習慣。
鏡を覗いて自分と向き合う。
姿を見せなくなったあの色を求めて、深呼吸をする。
そして今日も。
作り損なった顔で、黒のカラーコンタクトを手にするのだ。
「おはようコタロー」
眠り続ける弟に朝の挨拶。
いつまでこの状態なのか誰にも分からない。
目覚めてくれることを望みながら、この部屋にと足を運ぶ。
その青い瞳が見られることを祈って、金色の髪をそっと梳いた。
マジックとよく似た、強い金色。
兄のグンマは柔らかな金色を持っていて、その従兄は薄目の淡い色。
彼らの持つ色はそれぞれとても似合っている。
今日はまだ誰の気配もないこの部屋。
艶だけはやたらとでてきた己の漆黒の髪に手をあてながら窓を開けた。
珍しく雲の切れ間から姿を見せる青空に、気分が少し軽くなる。
早朝の冷たい風が部屋に入り込み、こもった空気を切り裂いた。
「はやく、甘えられると良いな」
抱き締めて貰ったその温度を、忘れないでいて。
「じゃあ俺はそろそろ仕事行くから、」
元気でな、と窓を閉めたときだった。
ドアが開いて、鮮やかな金色が目に入った。
「珍しいね」
「……そうでもねぇけどな」
ここで会うには思いがけない人物に、シンタローは少し驚いたがすぐに笑顔を浮かべた。
確かに、この男はとても弟を可愛がっていたように思う。
「そうだったね。コタローには優しかった」
「ああ?」
「あ、あとシンタローにも」
意地悪そうな笑みを浮かべるシンタローに、ハーレムは眉を寄せた。
「てめ俺がいつ優しくなかったってんだよ」
「小さい子どもを本気で泣かせたのはどこのどいつだよ」
「泣かしてねぇよ」
「グンマだグンマ。泣き止ませるのいつも大変だったんだぜ?」
「それはあいつが泣き虫なだけだ!」
「怒鳴るな、コタローが居るんだから」
ハーレムが拳を震わせても、シンタローは事もなさげに流す。
シンタローの言葉に不承不承ながらもハーレムは何とか怒りを抑え、けれどやり場のないそれに荒々しく息を吐いた。
「怒ると血圧上がるよ?」
「誰のせいだッ!」
「自業自得」
くすくす笑いながらしれっと返す。
完全に面白がっている男にやはり拳が上がりかけたハーレムだったが、愛おしそうに弟の髪を梳く様子に何も出来なくなってしまった。
「じゃあ俺仕事行くから」
「……俺のどこが優しくないってんだよな」
言うだけ言って、ドアにと向かう男の背中にポツリと零せばその足が止まって。
「そうだね、あんたは確かに優しい」
ドアの向こうにその姿が消えても、残された言葉に。
ハーレムはしばし固まったままだった。
「…………何してるんだハーレム」
「あ、いや」
音を立てて開いたドアに、ようやくハーレムは我にと返った。
随分とぼーっとしてしまっていたらしい。
訝しげに声をかけるマジックに、慌てて声を出した。
「不意打ちってのはないよな……」
「何言ってるんだ?」
「こっちのはなしッ」
いつものように軽く口に乗せた言葉にあんな風に返されてどうしろというのだ。
その言葉も言葉だが、少し振り返った際に見せたその表情が。
ひどく優しげな笑みとは裏腹の黒く濡れた瞳が。
何かを訴えかけていたようで、脳裏から離れない。
マジックはと言えば、そんな弟の様子をやはり訝しそうに見ていたが一つ首を傾げると息子にと視線を移した。
まだ眠りから覚めない。
閉じこめていたものを一気の放出した反動に、幼い体は耐えることが出来ずにこうして意識を閉じている。
さらりとした金髪にそっと手をやってなにやら考え込んでいるハーレムを横目で見やる。
この部屋に入ったときに完全に硬直していた弟は何とも言えず不機嫌な顔をしていた。
何があったのかと声をかければ、ほっとしたのもつかの間苛立ち紛れに長い髪を掻き回し、やり場のない怒りをぶつけていた。
そんなことをして居るぐらいならこの部屋にいて欲しくはないのだが。
「ハーレム」
「ああ?」
「ここに来ると途中シンタローに会ったんだが」
ここにいたのか?と続けて問えばどこか申し訳なさそうな、けれど苛立ちが混じった口調で返事が来る。
「いたけど、それがどうかしたかよ」
「ここでは頻繁に会うのか?」
「別に……、ここで会ったのは初めてだよ」
「そうか」
「それがどうかしたのか」
どうかしたと言えば自分の態度なんだろうけれど。
口にした途端墓穴を掘ったと思ったがもう遅い。
シンタローとここで会っていて、どうもおかしい己の態度。
勘ぐるなという方が無理だが、痛くない腹を探られたくもなく。
「なんかいやに楽しそうだったから。私もここで顔を合わせたことはないし」
「嘘だろ?マジで?」
「こんな事で嘘を付いても仕方なかろう」
正直マジックの言葉に本気でハーレムは驚いた。
忙しいあの男はそれでもこの部屋に来る時間を何とか作りだしているし(大半がただでさえない睡眠時間を削る、だ)毎日ここに顔を出しに来ているこの兄。
そうでなくとも会っていそうな二人が、この部屋で顔を見たことがないとは。
「………すげー意外」
「私もだ」
「おい」
何のためにここに来て居るんだとと叫びたくなるが、自分でも愚問だと思ったので寸でで止めた。
混ぜ返すような口調とは裏腹にその表情は固いもので声をかけるのが躊躇われたせいもある。
「楽しそうだったんだよ」
「――……さっきも聞いた」
「笑ってた」
「良いじゃねぇか別に」
不意に紡がれたマジックの言葉は話題を戻すもので。
けれど単語単語で続けられる言葉に、ハーレムは真意を測りかねる。
それどころか。
「……ただからかってたのかあの野郎…」
出るときはあんな危うげな空気を持たせていたくせに。
楽しそうだったとはどういうことだ。
「――――わかんねぇなもう」
「なにが」
「こっちの話し」
「――――――……」
話そうとしないことを無理に聞き出そうとは思わない。
どうせ口を開きはしないことは知っている。
「笑ってる顔しか、みてないな………」
その笑顔は本物なのだろうけれど。
素直に幸せな気分になれないのは、何故なんだろう。
「あー……なんとか一息付ける」
シンタローのデスクの上には山のような書類の束。
目を通さなければならない書類は減ることを知らず、今日もその文字を追うので時間をとられていた。
時計で時刻を確認すればとうに昼の時間は過ぎて、ため息をひとつ付く。
体を動かすのならともかく、デスクワークは肩が凝って仕方ない。
一日訓練場にいた方がよっぽど楽だと思いながら、ぱきぱきと体を伸ばした。
休憩がてらお茶でも飲もうかと席を立とうとしたときに、ドアがノックされ返事をする前に開かれた。
「そろそろ厭きる頃だろうと思ってな」
「もうとっくに厭きてるよ」
書類整関係は。
軽口を叩きながら姿を見せたのは白衣を纏った従兄だった。
右手にお茶の載せたトレイを持っている。
「昼、まだだろう。またグンマがぼやいてたぞ」
「……そういや一緒に食おうっていっつも言われてるなぁ……」
時間が空けばと毎度同じ返事を返すシンタローに、グンマが不機嫌そうな表情をしたのは記憶に新しい。
「おにぎりと緑茶持ってきたぞ」
「――――……シンタローが作ったのか?」
「違う」
目の前の従兄には不釣り合いな三角形に握られたご飯と急須と湯飲み。何故かデザートに団子まで付いていた。
以前シンタローが興味があると言って作った料理は、とてもじゃないか食べられたものではなかった。
化学の実験と同じようなものだとレシピ通りに作っていたのが何でああなるのか。
それがまだ記憶に新しいシンタローは恐る恐る伺いながらデスクの上を片づける。
書類を脇にのけると目の前にトレイ(お盆という方が正しいかも知れない)が置かれ、緑茶の香りが鼻を擽る。
「ミヤギ達が、花見の季節だからと言ってな」
「あー、そういえば季節だよなぁ」
目の前に置かれた日本食に手を合わせるシンタローは心から嬉しそうだ。
激職だが単調な毎日の中、このようなことはなかなかに幸せである。
「気分だけでもってか?」
「ああ、そう思って」
どんっと重々しい音を立ててデスクの上に乗せられたものに、シンタローは目を見開いた。
「これ、」
「小さいがな、成功したから差し入れだ」
ただでさえ本部に閉じこもりっきりなシンタローが、花を目にすることは少ない。
それをまさかここでお目にかかれようとは。
小さいながらも立派なその花。
この場所では見ることは敵うまいと思っていたのに。
「桜だ」
「ああ」
満開の桜が、デスクの上で咲き誇っている。
独特の甘い香りが届いて、シンタローは目を細めた。
「すげー……」
「苗木が手に入ればそう面倒でもなかった。本当ならもっと大きいものの方が良かったのだろうが」
「いや、十分。むしろこんなサイズにする方が大変なのによくできたな」
「ミヤギとかが割と詳しくて」
「あー、そうかも」
小さな笑いを零しながらシンタローはそっと花に手を伸ばす。
薄紅の花弁が、つっとその手を滑った。
「気に入ったか?」
「おう、ありがとな」
視線を桜に注いだまま、やんわりと触れる。
満足げなシンタローに知らずシンタローからも笑みが浮かんだ。
「じゃあ俺も少しばかり花見をするかな」
「付き合ってくれるの?」
「ひとりのご飯じゃ侘びしいだろう」
「まぁな」
言うが早いがシンタローはどこからかまた一つお盆をとりだして。
空の湯飲みにお茶を注ぎながら団子を口に放り込む。
「今度はお前が作れよ」
「お前が作ったんじゃないクセに…確かに前は良く作ってたけどな…、じゃ、グンマにお詫びもかねて今度はみんなで花見しようぜ」
「それは楽しみだ」
それがなるべく早く出来ることを望みながら。
みんなの中に弟が含まれることを、祈った。
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長くなりすぎたのでここらでちょきん。
だからちょっと短めですか。
平和にお花見。この二人は本当良いですな。
さぁ前回の予告は嘘(ハーレム独断場)ですが、次回も違います(元々一話の予定でしたので)
さぁ次へとお進み下さいな。
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柵を求めているのは自分自身。
動きがとれないように理由を付けて。
本当は動きたくないだけなんだ。
Doppel
Act5 fasypain
あれから一年。
年月の経つのはひどく早い。
映る景色が赤くとも青くとも。
その度に気にするほどの感情はもうない。
ただ体の何処かで音がするだけだ。
割り切れるほど強くはないけれど。
24年間何万何十万と繰り返されてきた言葉。
それを簡単に否定できるほどの事実が自分の中に育っていて。
それが形となって現れたのは一年前。
けれどその存在は自分を癒してくれた。
信じきれなかった言葉はそれを機に変わるかと思ったけれども。
新たな事実にやはり簡単に否定された。
だからそんな偽りは欲しくない。
囁かれるたびに又一つ音がする。
愛してるよ
ここに繋ぎ止めるに、十分な言葉。
「ハーレム本当に駄目か?」
「……………………………」
契約期間。
ハーレムとの最初の約束は一年間だった。
いてくれる間に出来るだけのことはやろうと、実行してきたつもりではあるがいざ時期が来るとまだいて貰いたい。
我が儘を承知で問えば、返ってくるのは沈黙で。
一蹴されるとばかり思っていたシンタローは少なからず驚いた。
「………暫く考えさせろ」
「え、マジ!?」
「…………出てくのも楽なんだけどな」
ハーレムの答えに本当に意外な顔をする甥に、そんななら最初から聞くなと悪態付いてやりたくなるが内心に押し留めた。
自分がどんな顔をしているのか分かっているのか。
そんな顔をされて振ってしまったら何とも後味の悪い。
「俺の偉大さが分かったようだからいてやっても悪くはない」
「…………すげー尊大……」
「なにかいったか?」
「別に。もう耄碌しちゃった?」
「………テメェ……」
人が下手に出てやればつけあがりやがって。
どの辺が下手に出ているかは謎であるが、それでもハーレムが譲歩していることに代わりはない。
「なぁハーレム」
「ンだよ」
しかし、怒鳴ろうとした矢先に何とも頼りのない声が名前を呼ぶ。
すっかり毒気の抜かれたハーレムはやり場のない怒りを持て余す。
何をこんなにこの甥は不安定なのだろう。
総帥室のデスクの上。
そこに腰掛けながらハーレムはシンタローの顔を観察しようとするが、生憎シンタローは窓辺へと椅子を回転させた。
晴天の少ないこの国は、今日も曇り空だ。
厚い雲に覆われた空を仰いで、シンタローは口を閉ざした。
「やっぱいーや」
「……そーかよ」
やりにくくて仕方がないハーレムは、突っかかることもせずにデスクから腰を浮かせた。
軽い音を立ててしまったドアと去った気配にシンタローは小さく溜息を付いた。
あの男はもう気付いているかも知れない。
なんだかんだで一番人の心配をしている。
シンタローの様子がおかしいことは承知だろうが、踏み込んでは来ないことに感謝していた。
だからハーレムの存在が必要だった。
彼の力もそうだが、何よりもいい緩衝剤。
「………利用してるんだよな、結局」
逃げ道なのだハーレムは。
総帥という立場が関係なく、上からシンタローを見据えられる人物。
そんな人物は数少なくてその中でもハーレムは恰好だった。
精神の拠と言えばまだ聞こえは良いけれど。
「何でこんなに好きなのかなぁ?」
誰に聞かせるでもなくシンタローは声に出す。
離れられれば一番楽だ。
誰にも迷惑をかけることなく日々を過ごせる。
こんな呵責も必要ない。
「愛してる」
痛みにも似た切なさが胸に落ちる。
デスクの上に突っ伏せば長い黒髪が広がった。
自ら進んでその言葉に捕らわれる。
この苦しみから逃れるには離れるしかないと知りながら、それが出来ずにいる想い故の自責。
不変な物は要らないと思いながら変わることは恐れるその矛盾。
「――――――――遠征の準備しよ」
堂々巡りをする考えを断ち切るかのように顔を上げたシンタローは、総帥の表情に戻っていた。
「え?あいつ何処に遠征行ったって?」
「だからA国のT地区。遠征っていっても今回は割と期間も短いし、偵察に近いけどね」
あまり情報の入ってこない小さな国。
マジックの言葉を聞いたハーレムは目に見えて顔色を変えた。
「どうした?」
「そこ……この前ロッド達が行ってきたんだ」
この前と言っても2ヶ月ほど前にもなるだろうか。
大した噂は聞かなかったがそれでも耳に入ったこともあった。
「物資もないし信憑性も薄かったが………今シンタローが行くと刺激するかも知れない」
ガンマ団の名は全世界に轟いている。
情報が入りづらい国にも名前くらいは知られているだろう。
「なにがある」
マジックもハーレムの真剣な様子に表情を変えた。
少ない言葉の中に言いたいことの予想は大体付く。
「最新のレーザー砲を研究しているって話しだ。もしまだ今のガンマ団のことを知らなかったら」
新生ガンマ団。
誕生して一年経った。
けれどまだ僅か一年の話しで、内部ですら新しい内容に慣れきってはいない。
それが他国、しかも情報が入るのが遅い国ともなると。
「――――――恰好の的だな」
ガンマ団に恨みを持っている国、組織なんて数えたらキリがない。
ガンマ団を攻撃したからと言って賞賛されはすれ責められることはまずないだろう。
「噂が噂ですんでればいいんだけどな!」
「至急連絡を取ろう」
慌ただしく部屋を出ていきながら、ハーレムは嫌な予感が広がるのを抑えられなかった。
「シンタロー総帥、緊急連絡入っとるったい!」
「緊急?ガンマ団の方で問題でもおきたのか?」
ハッチから出ていたシンタローに慌てた声が届く。
閑散とした、何もない土地をぼんやりと眺めていたシンタローはその切羽詰まった声に、急いで通信室のモニターへと足を向ける。
切り替えたモニターには、マジックとハーレムの姿が映った。
「何かそっちで問題でもあったか?」
この二人が揃っていてそれはないと思いながらもシンタローはマイクに向かって問いを発した。
マジックとハーレムの真剣な声が、部屋に響く。
『こっちには何も問題ない。ハーレムからその国について嫌な話を聞いてな』
『あくまで噂の範疇は越えてない。けど念のため連絡しておこうと――――』
ハーレムの言葉は急に鳴り響いた機械音によって遮られた。
レーダーが察知したエネルギー。
それは間違いなくシンタロー達にと向かっている。
「総帥!!巨大なレーザー砲です!!」
「……まずい……!!」
別のモニターを一目見たシンタローは通信機を投げ捨て又急いでハッチにと出た。
目に届いた光。
今からエンジンをフルにしても逃れられまい。
「駄目だこれじゃ……俺しか………」
装備してある武器では歯が立たない。
かといってシンタローのガンマ砲でも迎え撃てるかどうか。
それに主流波をどうにかしようとも余波が残る。
船を捨てても構いやしないがそれでも逃げ延びれないのは明らかだ。
ふとシンタローの頭をよぎったのはいまだ使ったことのないジャンの力。
守備範囲の広い、あれなら。
「今使わないんでいつ使うってんだよなぁ!?」
乱れる精神を集中させる。
イメージをしろ。
ジャンが使える力が俺に使えないはずはない。
俺自身が使ったことはなくとも、この体は覚えているはずだ。
少しずつ、掌に溜まっていく力を感じ取りながらシンタローはなお神経を張った。
まだ、まだ足りない。
この船全体をおおえるくらいのシールドを。
ジャンですらこの広範囲はやったことがないかも知れない。
けれど自分は。
「青と赤の産物だ、両方使わせろってんだ――――――――――!!」
力の半減ではなく増幅を。
迫り来るエネルギーを感じ取りながら一気に集中を高めて。
一気に放出した。
辺り一面を、強い衝撃が包み込んだ。
「オイ!シンタロー!!」
「……駄目だ通信が途切れた……」
モニターに映るのはサンド状の灰色。
ザーッと言うノイズが空しく響く。
一足遅かった。
焦ったシンタローが通信室を出ていく姿を見送ることしかできなかった。
「途切れたのはただ向こうが取り込み中だからならいいんだが……」
「威力の程が私たちには分からない……ただ急すぎた。あの子一人ならかわせるかも知れないが……」
苛立ちを隠しもせずに乱暴に髪の毛を掻きむしる。
通信が復活するのをただただ待つしかできない。
もし、もし通信が復活しなければ。
最悪の事態を予想して、背中を汗が伝った。
「―――――クソっ!!」
「落ち着けよ兄貴!あんたらしくもねぇ。もう一隊偵察をおくるか?」
「いや、逆にシンタローの足手まといになる……待つしかないだろう」
やりきれない感情をどうにかして落ち着かせようとしているが上手くいかない。
本部の通信室を意味もなく歩き回るマジックにハーレムは眉を顰めた。
「―――――なぁ兄貴、」
「なんだ」
こんな時に、言わなくて良いかも知れない。
けれどこんな時だからこそ、言いたい。
「あんた、シンタローのこと好きだよな?」
ハーレムのいきなりの脈絡のない問いに、マジックはその整った顔を歪ませた。
「いきなり何を言い出すんだ」
怒りを顕わにしたマジックに、ハーレムは臆することせず真っ直ぐにその瞳を見返した。
「答えろよ」
「――――――当たり前だろう……そんな言葉では足りないがな」
いつになく真剣な眼差しのハーレム。
その視線に呑み込まれるような錯覚を覚えながらマジックは言葉を返した。
一体、何だというのだろう。
「―――――――なら、いい」
マジックの答えを聞くとハーレムは何事もなかったようにふいっと視線を外した。
わけのわからないハーレムに、マジックは何か問おうとして、中断させた。
「総帥!!通信が復活いたしました!!」
マジックとハーレムは勢いよくモニターを振り返った。
まだ何も映らないモニターに、ゆっくりと通信が入ってきた―――――――。
--------------------------------------------------------------------------------
埋もれる足取り
倒れそうになるのを
貴方は許さない
Doppel
Act6 いつでも景色の片隅には
「………エンジン全開ッ、急いでここから離れろっ………」
「総帥!!」
ふらふらした足取りで中に倒れ込むように戻ってきたシンタローは、それだけを言うと近寄ってきたどん太にぐらりと身体を傾けた。
「シンタロー総帥ッ!」
「………みんな無事みたいだな……」
辺りを見渡し最後にモニターを伺おうとして、そのままシンタローは床に伏した。
どん太が慌ててその身体を抱え直す。
「機体の損傷は!?」
「少し外壁にダメージがあるぐらいです!行けます!!」
言うが早いが鑑は動き出す。
その振動を遠く身体に感じながら、シンタローは沈んでいく意識を手放した。
「シンタロー!」
「…………無事、か」
慌ただしい飛空鑑内の様子がモニターに映し出され、マジックとハーレムはようやく一心地付いた。
とりあえずは無事らしい。
いつ次の襲撃が来るかわからないため、一時撤退のようだがおそらくは本部に戻ってくるだろう。
肝心のシンタローが気を失ってしまっている。
「出迎える準備しないと」
「グンマに連絡を入れてくれ、機体の修理。残留波が残っていたらそれも分析したいからその準備も」
「シンタローを見せないと……」
「ああ、高松………いやジャンを呼んで置いてくれ」
団員達に指示を下すマジックとハーレム。
しかしマジックの言葉にハーレムは難色を示した。
「何でジャンなんだよ」
「ジャンが、一番分かるだろうあの子のこと」
「…………あんた馬鹿か?」
返ってきた答えにハーレムは思わず言葉を零した。
勿論マジックが聞き流すはずもなく。
「どういうことだ」
明らかに癇に障った様子でマジックはハーレムを見据えた。
ハーレムはちりっとした感覚を覚えながらも、それが何かは明確には分からずひとまず団員達に念を押して置いた。
「グンマ達に連絡を忘れるな、俺達は高松のところにいるから戻ってきたらすぐ連絡を入れろ」
了解の返事を背に、マジックの腕を引きながらモニター室を出た。
マジックはモニターの様子が気になるようだったが見ているだけでは何もならない。
ハーレムのことも気に掛かるのだろう。
すぐに連れ立って、医療室への道を歩き始めた。
「ハーレム、」
「あそこじゃあれ以上話しできねぇだろうが」
「それは分かってるが」
硬質な床を足早に進みながらマジックは眉間にしわを寄せる。
どうも要領を得ないハーレムに、苛立ちを覚えた。
しかし、そんなマジックを気にした様子もなくハーレムは廊下を突き進む。
ここで話す気はない態度を示す弟にマジックもそれ以上は問わず黙って足を進めていった。
シンタロー達が戻ってくるのに全力であってもすぐには帰ってこられない。
高松のところへ居ってからでも遅くはないだろう。
艦のなかでも出来ることなど休ませておくぐらいだ。
またどうすることも出来ない事実に歯痒さを感じながら、無事だけを祈った。
ふわふわとした不安定な足下。
生ぬるい空気の中、不意に酷く冷たい存在が感じ取れる。
「………来たんだ?」
「ご挨拶だな」
夢と夢の狭間。
微睡みの中はとても心地よくて、身体は泥のように動かなかったから目を閉じたままでいたかったけれど。
ひやりとした頬の感覚に目を開けた。
そこには予想したとおりの顔。
「あげないよ」
真っ直ぐに射抜いてくるその視線。
深い蒼が体中を舐めるように這い回る。
「貴様には荷が重いんじゃないのか?」
「お前は俺以上に荷が重いだろう」
この、赤の番人の体は。
「そうでもないさ」
俺の台詞を、青の番人は簡単に否定する。
「嫌いなんだろう?」
「でも捨てる気はない」
俺も男の台詞は否定しない。
思うとおりに動かない、あの男の記憶が残っているこの身体は決して居心地の良いモノではない。
それでも。
「俺はあの人の傍にいたい」
ゆらっとその姿が一瞬ブれた。
目を細めて、愉快そうに笑う。
「それがお前の選ぶ道か」
「お前には関係ない」
ククッと僅かに肩を震わせて、その姿は急激に薄れていく。
「私もまだ本調子ではない。今日はもう引くとしよう」
「二度とくんな」
「そうはいかない、私も体は欲しい」
青の秘石は、今のところ自由に動けないからね。
暗に体を造り出すことが出来ないと言いながら、その青い目が俺を捕らえる。
「変化が起こっているようだから私でも使い易いだろう」
消えかかった指が、俺の目元をふっとなぜた。
「紫。わかりやすい色だね」
最後にそう残して、消えていった。
「紫なんだ」
確かに、わかりやすかった。
辺り一面を、強い衝撃が包み込んだ。
「おやお揃いで」
「シンタローがぶっ倒れたんだ」
「単刀直入すぎますハーレムいくらあんたの頭がど単細胞だとしても省かれまくっちゃ何の準備したらいいか分からないでしょ」
音高々に部屋に入ってきた人物達に驚きもせず、部屋の主は座っていた椅子をくるりと回転させハーレムにぴしっとペンをつきだした。
「力の使いすぎだろう」
と、高松の言葉に返すように聞こえる涼やかな声はハーレムの物でもマジックの物でもない。
「今さっきグンマに連絡が入ってな、大体の状況は聞いてきた」
「早いな…」
「なんとなく、妙な予感はしてた」
そう言ってひょいっとハーレム、マジックの後ろから顔を覗かせたのはシンタローだった。
その行動の速さは少し異様なくらいだ。
自分たちが見てきたことをすでに知って、追いついている。
更にシンタローの言葉にハーレムとマジックは眉を顰めた。
「妙……?」
「ああ……少し引っかかる物があってな」
「で、総帥……シンタロー様はどうされたんです?」
ひとり状況把握がしっかり出来ていない高松は、ハーレムとマジックの不機嫌そうな顔を物ともせずにシンタローにと問いかけた。
シンタローにまだ何か聞きたそうな二人に問いかけたって満足な答えは得られるまい。
そんな高松にシンタローは適切に口を開く。
「オーバーワークだ。慣れていない力を無理に引き出したんだろう、体の方が力の強さに耐えきれなくて電源を切った。そんなとこだ」
「と言うことは秘石関係なワケですね?」
「でもあの力は俺も知ってる」
ジャンに聞いた方が早いかと内心思った高松は、シンタローの台詞にその考えを中断させられる。
「青の力だと、思う」
それだけでもないけどな、とシンタローは考え込むように目を閉じる。
眉間にしわを寄せて悩む様は在りし日のルーザーを思わせて。
その場の三人は誰とも無く黙り込んでしまった。
「………うん、あれだ」
「あれ………?」
「島で、俺とシンタローが二人だけで対峙したときのあの感じ」
「もしかして、私が貴方を迎えに行ったときのですか」
幼い子どものように自分の感情を振り回し叫んでいたルーザーの残した男。
確かに、彼は生まれたてだった。
初めて味わったのは言い様もない敗北感で。
その様を見て高松は思わず涙してしまったのを覚えている。
高松の言葉の頷いてシンタローは続けた。
「あのとき感じた悪寒と、似てた」
「悪寒って……」
「まだ不確かだから何とも言えないがな」
言うだけ言って、シンタローは口を閉ざした。
肝心の聞きたいことは聞けず、シンタローが何を根拠にソレを言いだしたのかわからないままになる。
無理に聞いても答えてくれないことはわかるし、シンタローはその手の冗談を言う人間ではないだろう。
聞き出すことは諦め、マジックは本題にと戻した。
「そう言うわけだドクター、あの子を休ませる準備をしたいんだが…」
「……うーん、本当に寝かせるだけ、しか出来ないですよ?」
トントンとペンで机を叩きながら、シンタローの言葉を反芻していた高松はマジックの要求にそう返す。
「……秘石関連ならジャンに聞くのが一番良いとは思うんですけど」
「「駄目だ」」
揃った声に、高松は思わず続けようとした言葉を呑み込んだ。
「呼ぶ必要は、ないだろう?」
「俺もそう思う」
二人してそう言うもので、多少呆気にとられながらも高松は面白そうにそっと口端を上げた。
「……まぁ私も特に呼ぼうとは思っていなかったですけど」
「ドクター?」
マジックだけが、訝しげに声を上げる。
シンタローに向けていた椅子をマジックにと回転させ高松は口を開いた。
「元々エネルギー切れなら安静にさせておくだけですし、今回はシンタロー様の話からしてもジャンの出番はないんですよ。確かに彼は赤の番人で、シンタロー様の体を誰よりも知る人物。倒れたならジャンに相談するのが得策です」
「………なんかやな言い方だな」
ハーレムの言葉を高松は聞き流して。
ますます眉間にしわを寄せるマジックに対して続ける。
「でもこれが青の石も関わってくるなら別です。赤と青、同じな様でいてベクトルは全く逆を向いている。あの石に関してはとても興味深かったですけれどまぁ調べることも出来ませんでしたし、私が多く語ることも出来ませんが」
「ジャンは青の方の考えを、理解することは出来ないでしょう」
「……背中合わせ、何だな」
「おや、ハーレムにしては良い表現ですね」
「てめ人が真面目に言ってんのに」
高松が言い放った言葉を受けてハーレムはポツリと零す。
聞き逃すはずもない高松はその言葉に頷いてさらに言葉を続ける。
「とても近いようでいて、その実決して見ることが出来ない。あの二人はそんな感じですねぇ……結局別個なんですよ」
いかに同じモノから出来てると言ってもね?
ばさばさと近くの書類をせわしくなくめくりながら高松は三人を順に見やった。
書類に目を戻すとある一点で目を留めそれを抜き出した。
「それに今ジャンが手がけている研究、良いとこらしくて滅多なことで呼び出さないよう言われてるんですよ……、勿論シンタロー様のことがどうでもいいわけじゃありませんよ?」
「何も出来ないの、呼んでも仕方ないしな」
「それは俺達も同じことだけど」
高松の言葉をフォローする形でハーレム、シンタローが続けた。
その言葉にマジックは微かに唇を噛みしめる。
結局は別個なのだ。
高松の言葉が、嫌に頭に巡る。
「そう言うわけで準備するのはあなた達ですね」
「………………は?」
高松の言葉に間の抜けた声を出すハーレム。
そんなハーレムに高松は大きく深く息を吐き出した。
「………別にあなたには特に望んでないですけど」
「テメェはっ………!!」
明らかに馬鹿にしたような高松にハーレムはこめかみに青筋が浮かぶのを自覚する。
しかしそんなハーレムの様も高松にとってはいつものことで。
掴みかかってきそうな勢いのハーレムをさらっと横に流してシンタローの傍にと立つ。
「シンタロー様に私が言うのもおこがましいですけどね」
くすっと笑いながらそっとその薄い金色の髪を梳く。
シンタローは嫌がるでもなく、されるがままにされている。
「休ませるだけって言っても、精神的負荷がかかっていては本当の意味での休息ではないですからね」
ただでさえ、肉体の方は負担掛かってるでしょ?
「…………リラックスさせろと?」
「至難の業でしょ」
確かに。
高松の言うとおりだった。
今のあの男をしっかりと休ませるのは容易いことではない。
普通に睡眠をとることですら良しとしていないのはここにいる誰もが知っている。
見かねて度々忠告をしてもそれを聞く男ではないし、ますますそれを隠す術を覚えてしまう。
心配させてしまうのを嫌がって。
「体の方が動かないんだから、これを機にしっかりと休ませてくださいね?」
「…………………」
「私ではそれは出来ないですからね、あなた方が一番適任でしょう」
だから。と、高松は真っ直ぐハーレムに向かって指を差す。
「たまにはわかりやすい態度で接しなさい」
「だっ!!なっ!!!何言ってやがる!!」
「いじめる愛情表現なんて貴方いくつなんですか」
「テメェとおなじ年だ同期の桜ッ!!」
「―――――、連絡が来たぞ」
二人の漫才を黙って見ていたシンタローは、不意にデスクの上にある内線が赤く点滅しているのを見て口を開いた。
一回高松に視線を送ってからそのままボタンを押した。
「何だ?」
『シンタロー様ですか?その場にマジック様とハーレム様は……』
「ああ、いる。高松もだ。戻ってきたのか?」
用件を伝えられる前にシンタローが問う。
少し慌てたような声は、それを肯定した。
『は、はい!もうすぐ着陸いたします!』
「わかった」
誰が、とは言わなくともわかる。
言葉少なにシンタローは内線を切ってドアにと向かった。
「俺は様子を見に行くが、あんたはどうする?」
廊下に足を踏み出す前にシンタローは振り返り、言葉を発した。
その視線は真っ直ぐマジックにと向かっている。
「私は―――――……、」
先程までならすぐにシンタローの元へと向かっていただろう。
けれど冷静に考えてみればそれは彼の立場を悪くしてしまうのではないだろうか。
いくら不意打ちの事態があったとはいえ、予定よりも早い帰還。
しかもそれは決して良い方向でではなく。
それを父親とは言え元総帥が向かえに出てくるというのは。
基本的に幹部には好意的な団員が多い。
しかしそうでない団員が居ることも事実なのだ。
いますぐ自分の目でその安否を確かめたい。
それは結局マジック自身の感情だ。
彼自身を考慮するべきなら。
「部屋で待っている。チョコレートロマンス達に指示も出しておきたいしな」
遠征扱い中な為、ある程度指示はだしてあるだろうが見直してしておいた方がいい。
後で滞った仕事の処理に追われるのはシンタローだ。
自分がやったと知れば、それはまた彼に影を落とすのだろうけれど。
「そうか」
そう残すとシンタローは、すぐにその場を去っていった。
その背中を完全に見送ってから、マジックも動く気配を見せる。
「さて、と……私も行くかな。ハーレムはどうするんだ?」
「俺?特選部隊動かそうかなって」
マジックの問いかけにハーレムは軽く答えるが、その内容は十分重いものだった。
「あそこにはもう一回行かなきゃいけねーだろ。なるべく早い方が良いだろうし」
「………また勝手に動かすのか」
「仕方ないだろこの場合は。なるべく半壊にしとくし」
やはり物騒なことを簡単に口にするが、その表情は硬い。
マジックは暫く考えていたが、やがて諦めたように溜息を付いた。
「………通信は切るなよ、常時繋げとくんだ」
「分かってる」
了承の返事に、ハーレムはひらひらと手を振りながらドアへと向かい、マジックもそれに続く。
「じゃあな高松。お前も程々にしとけよ」
「あなたにだけは言われたくないですね」
減らず口をたたく同期を見送って。
高松は元の通り静かになった部屋で、ひとつ息を付いた。
「難しい人達ですねぇ」
その呟きを耳にしたものは、いなかった。
--------------------------------------------------------------------------------
また間があいてしまいました~。
ドッペル6、とりあえず話し進めとけでした(爆)。
高松が異様にでばっちゃって、もうひとり出したい贔屓キャラが出る前に話を切りました。
だって長くなっちゃったんだもん!
つーことで次はもう少し早いアップです。
何か色々出てきましたねぇ。
シンちゃんの出番すくねー。マジック総帥なんだか孤立してますか?(うわ)
色々書くと余計墓穴掘るのでこの辺で。
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力の代償。
不安定な精神と器。
求めてしまうほどに大事なモノを見失うなら
ほんの一瞬の隙も見せないように。
Doppel
Act3 rain or shine
「―――――――――ガンマ砲ッ!!」
あたりに響く破壊音。
以前の彼よりも数段威力は上だ。
3ヶ月前のことなど、嘘のよう。
実際、誰にも気付かれなかった。
丁度その時期は己が実戦に出かけることなどはなかったし、訓練室を締め切りにすることなど容易だ。
就任してからは初めてといってよい前線。
総帥が自ら前線で体を張るなどと普通ならあまりないだろう。
しかし下手に団員に任すよりもこちらのほうが早くすむ。
新生ガンマ団。
以前と180度中身が違うわけではないが、それでもいきなりの変化に不満を持つ者も出てくるだろう。
そういう点で、今まではコージ達四人等に主に動いて貰っていた。
一番信頼できる仲間。
気兼ねなく問題点を話し合える。
無論実力もトップクラス。
なんだかんだ言ってマジックの直属の部下であったのだ。
その四人が遠征で出払って、予定よりも今回は手こずっているらしくなかなか戻ってこなかった。
一応そのことを考慮に入れ予定を組んでいるものの、どうしても時間的にあまり余裕はない。
いつもは誰かが本部に残留しているのだが、良くないことは重なるらしい。
依頼の日程が迫り、戻る見込みも一向にない。
割と名の知れた組織なので四人の誰かに行ってもらいたかったのだが無い物ねだりは仕様もなく。
こうして、自ら前線に立つことになった。
大体の仕事は片づけてきたし、ティラミスやチョコレートロマンスももう要領は分かっているだろう。
元々総帥付きの二人であるし仕事内容自体はあまり変わっていない。
「…………これじゃハーレムのこといえねーなぁ……」
ガンマ砲の衝撃で辺りを覆っていた煙がようやく落ち着き、その威力の程が目に映る。
ここに来るのは別に自分でなくとも良かった。
ガンマ団内で、あの四人以上の力の持ち主。
特選部隊。
その名の通り、ガンマ団内でも選りすぐりの実力者達。
なにしろ部隊にはあのアラシヤマの師匠までいたりする。
アラシヤマの実力は四人の中でもトップなのだから特選部隊の戦闘力は言うまでもない。
隊長を筆頭にして、半端なレベルではなかった。
普通ならこの部隊に出てもらうのだろう。
しかし、部隊メンバーはともかくその隊長が問題だった。
「………やっぱ気に入らないのか……」
新生ガンマ団に不満を持っている者。
名をあげるとしたら一番始めに出てくる男。
ハーレム。
なかなかに厄介な男である。
その力の程は自身がよく知っているが、強大すぎるのも考え物だ。
必要以上に破壊を起こす。
新生の主旨は何度も説明したのにどうしても聞いてもらえない。
特選部隊が出ると近隣への被害も大きくなってしまうのだ。
そうして現在、こうしてここに立っている。
慣れも出てきたので丁度良いだろう。
そう思っていたのだが実際自分の結果を見てしまうと、ハーレムに頼んでも代わりはないかも知れない。
「――――――でもハーレムはコントロールできるんだから、やっぱり違うよな」
力を使いこなせない、自分とはワケが違った。
でもそれも無理に引き留めてしまった自分が悪いのかと思うと、やりきれない。
一箇所に留まっているのは性に合わない。
そう言って世界中を回るはずだったハーレムにガンマ団の残留を頼んだ。
もう少しだけそれを待ってくれないかと。
きちんと基礎が出来上がるまでいてくれないかと言いだしたのは自分だった。
一年間。
新組織としての確立するまでの期間としては短い時間ではあったが、元々出ていこうとした人物を縛るのだからそれでも長いのかもしれない。
最初は良かった。
嫌そうに渋顔をして見せたがそれでもあっさりと承諾してくれたし、なんだかんだと後ろ盾もしてくれていた。
いつからだろうか。
妙に突っかかってくるようになったのは。
まだたったの3ヶ月。
それしかたっていないのに。
「―――――――難しいね」
小さく呟いて、空を仰ぐ。
同じ空。
厚い雲に覆われた、重たい空。
『総帥!降伏の連絡が入りました!』
耳に付けたイヤホンから、通信が入った。
その声に短く返事をしてハッチにと踵を返す。
目が熱い。
力はまた使いこなせなくて、けれど体の痛みはほとんどなかった。
全く痛まないわけはないが、耐えられないほどでもない。
そのかわりに。
「じゃあ俺は休憩室にいるから、何かあったらそっちに直接連絡入れてくれ」
『分かりました』
モニター室には戻らず、一人休憩室に向かいながら通信のスイッチをきる。
疲れたわけではない。
一発ガンマ砲を放ってきただけだ。
それでも一人になりたかった。
一人になる必要があった。
小さな休憩スペース。
もうしけ程度の小さなベッドにどさりと倒れ込む。
固い感触が跳ね返って、仰向けに両腕を顔で交差させた。
目を閉じればその熱がさらに感じられる。
じんわりとした痛みに、涙まで出そうで。
「………………………嫌いだ」
こんな身体。
要らない。
要らない要らないこんな躯。
口に広がる苦味。
こみ上げてくる吐き気を抑えている内に、到着の連絡が入った。
「ドクター、睡眠薬くれねーか?」
「またですか?最近多いですよ、効きづらくなってるんじゃありませんか」
帰還して一番始めに向かったのは医務室だった。
書類はもう書き上げたし、あとはチョコレートロマンス達に任して今日は終わりにしてしまった。
「だって深く眠りて―し。短いなら深いほうがいいだろ?」
シンタローの言葉にこの医務室の担当者、高松が呆れた顔をしつつも椅子から立ち上がり、薬剤の棚から一つ瓶を取りだしてきた。
デスクの上にのせ、引き出しから小さめの空き瓶に中身を移動させる。
カラカラという乾燥した音が、実は密かに気に入りだったりする。
無機質で、あまり響かない音はすんなりと耳に入って染み渡る。
少しぼんやりしていたのだろう。
目の前に出された、薬の詰まった小瓶に一瞬反応が遅れてしまった。
「………びっくりした」
「人にモノを頼んでるときにぼけっとしない!駄目ですよこんなコトぐらいで驚いちゃあ」
「ワリィ」
素直に謝り、瓶を受け取った。
それを確認すると高松は続けて口を開く。
「一言言っておきますけど、短い睡眠時間なら浅い方が良いんですよ。浅い眠りなら3、4時間で平気って人は割といます」
「へぇ……そうなんだ。気を付けるよ」
「そうして下さい。グンマ様も心配なさってましたよ、貴方が最近寝てないようだって」
「だからこうして貰いに来てるんじゃないか」
「…………疲れてるんならなくとも眠れると思うんですけど」
「何か最近妙に目が冴えてなー……、神経高ぶってるのかもね」
その言葉に高松はやはり難色を示した。
何か言いたそうな顔をしているが、シンタロー結局言うことを聞かないということは承知しているのだろう。
ひとつため息を付いてびしっとシンタローを指さした。
「2週間分ですからね。半月経つまで次は渡しませんよ、頼りすぎは良くありません」
「了解」
返事だけは素直なシンタローに、高松はそれ以上何も言うことはせず薬を棚にしまいながら辺りのものを簡単に整える。
白衣まで脱いだ高松に、シンタローは疑問を投げかける。
「あれ……珍しいな。もしかしてどっか出かけるのか?」
鞄まで取りだしてきた高松に、流石にそれぐらいは察しが付く。
しかしまだ正午を回ってまもない時間だ。
出不精にはいるだろう高松が出かけることは滅多にない。
その言葉に高松は少し驚いた顔を見せ、一瞬間をおいて口を開いた。
「ああ、今日は―――――――」
「シンちゃん久しぶりーっv」
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!?」
高松の言葉は、突然現れた人物によって遮られた。
その人物に腰にしがみつかれたシンタローは躍起になって腕を外そうとしているがびくとも動かない。
「はーなーせーぇッ!!………くぅっ、何でこんなに丈夫なんだッ」
「嫌だよvまだまだ鍛え方が甘いねシンちゃん♪」
「……………元総帥が常人を遙かに逸脱してるんだと思いますけど」
「何か言ったかい高松?」
「いーえ」
鋭い眼光を向けられた高松は、素知らぬ顔でその言葉を流す。
音も立てずに医務室に入ってきた人物こそ元ガンマ団総帥、マジックであった。
何しにここに来たのかと思うくらい、息子に密着して離れずに二人の世界を作り上げている。
「っていうか何しにきたんだよ!?高松に用事あったんだろッ!」
「ああそうそう。すまなかったね高松、ここは他の人に任せるから行って良いよ。グンマ達も後から追いかけるそうだ」
「わかりました、では失礼しますね」
軽くマジックとシンタローの二人に会釈した高松は言葉短く医務室を去っていった。
マジックの言葉を聞いたシンタローは、先程の高松への問いをそのままマジックに問いかける。
「高松どこに出かけるか知ってるのか?それにグンマ達もって……」
「あれ、聞いてなかったかい?私も今まで行ってきてたんだけど」
いまだ腰に抱きつかれたままのシンタローは、首を回してマジックの服装を確認する。
いつもの服ではなく、渋めの色合いのかっちりとした服。
引退してからこのような服はあまり着ることもなかったのだが。
神経を落ち着かせてみれば、微かに花の芳香が鼻を擽った。
「今日はね、ルーザーの命日なんだよ」
「…………………そっか。どうりで叔父さんもいないわけだ」
ルーザー。
シンタローが目にしたことがあるのは3ヶ月前にあの島で。
その人のことは話しですらほとんど聞いたことはなかったけれど、特別なんだろうということはよくわかった。
「そうだね、あの子はルーザーのことをとても慕っていたから」
「じゃ、ハーレムもいねぇな…………」
「多分ね」
いやに気になる花の香り。
カサブランカだろうか、移り香の筈なのにその匂いに頭がくらりとする。
どんな顔で行ってきたのだろう。
真白いカサブランカ。
マジックにとても映えるだろうその花。
少し寂しげだと感じるのは己の気のせいだろうか?
けれど、実際シンタローにとっては関わりのない人物だったためか、何の感慨もわいてこない。
今気になるのは間近の男の存在。
不意打ちに思い切り心臓が跳ねた。
現在だって妙に早い鼓動がばれないか、嫌な汗が背中を伝う。
「…………いー加減に離せよ。仕事あるんだから」
「シンちゃんは今日はもうオフだってティラミスから聞いたよ?」
「の、つもりだったけどみんな出揃っていないじゃねーか。コージ達も遠征から戻ってきてないんじゃ俺が休むわけにもいかないだろうが」
「まぁそうだけど………そう言う台詞はね?」
「あっ!?」
「こういうモノに頼らなくなってから言いましょう」
シンタローが持っていた薬の小瓶。
マジックはソレを目聡く見つけて簡単に手から奪う。
しゃらしゃらと音をならしながら楽しそうに微笑んだ。
この男に言われると、何も言い返せないことが歯痒くて仕方ない。
「………悪かったな」
「責めてないよ、何しろやってることが違うんだから。一から始めるその大変さは私にはなかったからね……でも」
そこで言葉を切って、マジックは真っ直ぐにシンタローを見据えた。
その視線を感じながらも向き合うことは出来なくて。
わざとずらしたままの視線に、マジックの次の行動に反応が遅れた。
「…………ッ!!お、降ろせよっ!!」
「だーめだよ、こうでもしないと逃げそうだからね」
「手でも何でも掴んでりゃいいだろうがッ!子どもじゃねぇんだし………!!」
マジックの肩と抱き上げられたシンタローは顔を真っ赤にして、慌ててその背中を掴んだ。
大きく動こうとするとバランスを崩してしまうのだが、がっちり掴まれた両足は固定されたままだ。
本当にこれが五十台になろうとする男の力だろうか。
ひとつため息を付いて、シンタローは抵抗するのを諦める。
密着した体から香る花の移り香。
先程よりも強く鼻に付くその香りに、目眩を起こしそうになる。
「私にとって君はいつまでも子どもだよ」
―――――――どうして、こう言うことをストレートに言えるのだろう。
深い意味はないのかも知れない。
けれどシンタローにとっては重い言葉だった。
いくつも本心を隠し、騙しているクセにその中に外さない本心。
だから、ソレに溺れたくなってしまうのだ。
「眠れないなら私が眠らせてあげよう♪子守は得意だからね!」
「子守ってなぁ……」
悪態を付こうとして止めた。
言うだけ無駄だ。
甘えてしまおうか。
浸ってしまおうか。
だって今目の前にいるのは『自分』なのだから――――――――。
そう、マジックに体重を預けてしまおうとしたときだった。
「あれ……お取り込み中?」
やはり相容れられないモノなの?
体の奥深く、警鐘が鳴る。
引き出したばかりの力。
傍にいるのは青の一族秘石眼の男と、赤の秘石の番人。
瞳の奥が。
熱かった。
医務室のドアが開き、シンタローは入ってきた人物と視線がバッチリと合う。
寸分変わらぬ同じ顔。
違うものと言えば髪の長さだけ。
高松が留守なんだ、こいつが来るのは当たり前か。
そう思ったのは目が冷めてからだった。
「お疲れさま、じゃあ高松が戻るまで頼むよ」
「了解。でも邪魔じゃないんすか逆に」
「いや別に良いよ、これから移動するところだったし」
「あ、そーなんすか。シンタローはもう今日オフ?」
「うん。最近デスクワークばかりのところに珍しく遠征だったからね、少し休ませないと」
「そーいや顔色なんか悪いぞ?平気かよ……?」
マジックの言葉にジャンがシンタローの顔をのぞき込む。
長い髪が、その表情を隠しているためよく分からなかったが常より確かに蒼い。
「え?さっきまで疲れてはいるようだけど、普通だったのに」
ジャンのその言葉に、今度はマジックがシンタローの顔をのぞき込もうと両足を押さえていた腕の力を緩める。
重力に従い、シンタローの上半身は抱え上げられていた肩から落ちてくる。
軽く音を立て、床に足を置いたシンタローはそれでもマジックに寄りかかったままだ。
「おい、シンタローどうした!」
「シンタロー!?」
きつくマジックの服を掴んだまま、その顔を肩に埋めたまま上げようとしない。
荒くなる呼吸を無理に止めようとしているせいで咽せそうになっている。
不規則な息づかいにマジックは様子を確認しようとするが、シンタローは動かない。
マジックの肩により掛かったまま、微かに震えている。
「シンタロー!堪えるな!!息つまっぞ!!」
明らかにおかしいシンタローの様子。
咽せながら、何とか呼吸をしているようだがこのままでは上手く空気を吸えない。
急な変わり様に手の出しようが分からない。
「シンタロー!!」
糸の切れた人形のように、シンタローの体が傾いだ。
遠くなる二人の声。
何を言っているのか、自分の血流が激しすぎて聞こえない。
耳の奥でうるさいほどに鳴っている。
目の奥が酷く熱い。
噴き出る汗に、酸素が足りない。
体の熱が一気に上昇する。
声が出ない。
とっくに麻痺してしまったはずの、焼けた喉が痛みを訴え始める。
空気の流れにすら体中に電流が走り、意識は朦朧として。
一層強い花の香。
甘すぎるそれがいやにまとわりついて。
傍にすら居られないの?
反発しあう2つの力。
共に行けるのはどちらなの。
自分の名を呼ぶ二人の声が、ひどく心地よく。
最後に耳に届いたのは、窓を叩く水音だった。
--------------------------------------------------------------------------------
夢を見た。
遠い記憶。
俺のものではない、この体の記憶。
Doppel
Act4 共有するもの
眼前に広がる風景は戦場。
目の前で倒れているのは、まだ幼さの残る顔をした叔父で。
夢というにはリアルすぎるそれに、けれど全く覚えのない情景。
動こうとしてもいうことを聞かない体に、ようやくこれがこの体の記憶なのだと理解した。
コマ送りに場面が飛ぶ。
負け戦だろうか。
辺りは燦然とし、ガンマ団の団員は叔父以外見当たらなかった。
叔父に昔聞いたことを思い出す。
初陣と、殺してしまった親友のために抉ったその右目。
悲しんでくれたのは次兄だけだったと。
そう言っていたことが脳裏によみがえる。
届かない手を懸命に伸ばせば人の足音が耳に入った。
振り向けばそこにいたのはその次兄で。
一度見ただけのときと全く変わりのない男が俺に手を伸ばす。
「あなたは、サービスの兄さんの」
ルーザー。
弟に近付くな………。
そう言いながら、身動きのとれない俺に手をかける。
口に入れられた指の力はひどく強い。
憎悪に満ちた目。
青い瞳に映る俺のいや、ジャンの顔。
その瞳の中に違うものが見えて。
いや、兄弟に。
私の兄弟に金輪際近付くな。
善悪の区別がなかったというこの男は。
このときの感情をなんと言うのか知らなかったのだろうか。
熱い衝撃に意識が一気に浮上する。
ゆるゆると重い瞼をあければ薄い月明かりが目にしみた。
見慣れた部屋に鼻をくすぐった香水。
「あんたも好きだったのか」
頬を伝う濡れた感触。
俺もあんな瞳をしているのだろうか。
拭うこともせず、ふと視線を動かせば鏡が目に入った。
そこに映った青い瞳は先ほどの男の目にそっくりだった。
「泣いてるのか?」
ふと引っ掛かった感覚に、不意に手がぶれ試験管から薬品が零れた。
チリっと手を焼く痛みに眉を顰める。
「シンちゃん!大丈夫!?」
「ああ、少しかかっただけだ」
水で流しながら心配そうに覗き込むグンマに軽くほほ笑んで返すがその表情は晴れない。
すっと伸びた指が目元をなぞった。
「………どうした?」
「シンちゃん、泣きそうだから………、なにかあったの?」
心配そうな表情。
それを向けられるべきなのは。
「いや俺は何も・・」
俺じゃない。
これは、この傷みは。
きょとんとしたグンマに、大丈夫だとうなづいて空を、彼のいるだろう部屋の方向を仰いだ。
「泣いてるのか?シンタロー」
「………倒れたんだっけ俺……」
掠れた声。
けれど喉の痛みはなく、過剰反応を起こしていた体も通常状態にと戻っている。
寝汗は酷かったが気分は悪くなかった。
「うわ……とまんねぇ……」
意思に関係なく、零れ続けるそれ。
目が覚めたとき泣いているのに気付いたがどうも止まる様子はない。
目が熱いのと関係あるのかと思いつつ、起きあがってベッドから抜けだし鏡台の前にと立った。
この黒髪には不釣り合いな、蒼い瞳がそこには映る。
「………にあわねー……」
グンマのような明るい空色でも、マジックのように深い蒼でもない。
何処か陰りのある暗い青かと思えば、次の瞬間は透明な透き通る青にも見えて。
「一番近いの、ルーザーの目かな」
ルーザー。
特に思い入れのある人物でもないのに。
今は何故かこんなにも近しい思いを抱いてしまうのは。
「やっぱ同類だからかねぇ」
自嘲気味に口を歪めながらベッドにと戻る。
微かに体温が残っていた枕元に、少し前まで人がいたことを知る。
「……いてくれたのかな」
この部屋は彼のものだし。
目も、青いのは多分彼に反応したのだろう。
俺の傍にいてくれたことに少し胸の支えがとれた気がした。
ちょっとまずかったとは思うけれど。
目の前で倒れて、しかも不自然すぎる。
ただの過労だと思ってくれればいいのだが。
それにしたとしても、たびたび皆から受けていた忠告もあるのだしあまり喜ばしいことでもないが。
特に彼には、仕事に没頭していたことも事実だがなるべく会わないようにしていたから。
ただでさえ顔を合わせる機会は少なかった。
遠征前に、一言だけ言われた。
思えばここ1ヶ月でしたまともな会話はそれぐらいな気がする。
島から帰ってきてからも、数える程度しか顔は合わせていない。
今日のは本当に不意打ちで。
これぐらいですんだのはむしろ幸運かも知れない。
上半身を倒しながらまた鏡にと視線を向ける。
不安定な体はいつからか、その拒絶を瞳にと表すようになった。
気付いたのは力が元通りになってからだった。
「赤と青の秘石ってそんなに仲わりーのか?」
少しくらい優しくしろってんだ。
この体で、俺がその力を使おうとすると現れる。
「秘石な事は変わりないんだからよ……」
精神の動揺でも現れるそれは、本当にそれだけか怪しくて。
何処か引っかかりを感じている。
「まさか……………な」
ボロボロと零れる涙。
泣きたいときには出ないクセに、こう言うときばかり。
やっぱり嫌いだ。
こんな身体。
捨てられないんだけど。
「………………会いたい」
そう届いたら、馬鹿にされるだろうか。
「大人ってのは弱いな…………」
弱いクセにそれを隠そうとするから。
君のために強く在りたい。
そう思うことが弱いのだと、笑われるだろうか。
俺は俺だと、泣くのが何が悪いと。
「…………なぁ……」
まだその名前を口にするには、自分が情けなさ過ぎて。
ただ、涙が止まらなかった。
「心配されっかな」
ガンマ団本部の廊下を歩きながらシンタローは一人ごちる。
あのままあの部屋にいたらいつ部屋の主が戻ってくるかわからない。
静かに部屋を抜け出して、ガンマ団にと戻り総帥室で書類を捌いていた。
朝方まで仕事をこなし、夜が明け始めたところで仮眠でもするかと部屋を出た。
「シンタロー」
「お、珍しいな一人か?」
不意に背後から声をかけられて、振り向けばそこにはシンタローの姿があった。
いつもグンマと一緒なので一人の姿は割と違和感がある。
こんな朝早くから居る方が変なのかもしれないが、研究者な二人は時間帯に無頓着であった。
話しかけられたことも特になく、思えば帰ってきてから二人だけで対面するのはこれが初めてかも知れない。
「…………………………」
そして、話しのとっかかりが何もないことにシンタローはまた初めて気付いた。
島であったときは思いっきり敵対視されていたし。
それっきりまともに話したことなぞない。
なんだか気まずくなってしまったシンタローに気付いているのか、シンタローはあの表情があまり変わらない顔でシンタローにと近づいてきた。
「シンタロー」
「…なんだ?」
真剣な声音にシンタローも自然気を引き締める。
なにか大事でも起こったのだろうか。
「今暇か?」
「はい?」
予想と違ったシンタローの言葉に、シンタローは思わず間の抜けた声を出す。
しかしシンタローは特に気に止めた様子もなく、又同じ問いを口にした。
「暇か?」
「………仮眠しようかと思ってけど」
「そうか、良しつきあえ」
「はぁ!?ちょっ、待てって!!」
いきなり腕を引っ張って歩き出すシンタローにシンタローは慌てた声を出す。
しかしそんなシンタローの声にもシンタローは全くお構いなしで。
スタスタと歩を進めていく。
「仮眠取るって言っただろ!?」
「仮眠なら寝なくても良いだろう。俺も研究に集中すると3日くらい平気で寝ない」
「………あのなぁ……」
「いいから付き合え」
「…………どこにだよ」
どうも話しが噛み合わない。
おまけにどんな論理を持っているんだか知らないが、きちんと睡眠と言えば良かったのだろうか。
シンタローはそんなことを思いながら、仮眠を諦める事にして口を開いた。
「特訓」
「はい?」
またもや意外な答えに、間の抜けた声を出しながらシンタローは廊下を引っ張られていったのだった。
「組み手で良いよな?」
「ああ」
「じゃ、ガンマ砲などはなしって事で」
ヒュッ。
軽く床を蹴って間合いを詰める。
手始めに出した蹴りはブロックされ、間合いを取ろうとする前に鋭い突きが来た。
その突きを逆に掴み、こちらに引き寄せる形で間合いを詰め突きを繰り出す。
しかしそれは寸でのところで交わされ、振り上げられた足に崩された。
重い痛みに、掴んでいる腕の力が緩み外される。
遠く取られた距離に二人は体勢を元に戻す。
「研究ばっかの割にはやるじゃん」
「お前もデスクワークばかりだから鈍ってると思った」
「………そこ狙ってたわけ?」
「いやそう言うわけでは……」
「………まぁべつにいいけどっよッ!」
ガッ!!
鈍い音。
ガードはされてしまったが、ダメージはあるだろう。
しかしそんなことは微塵も見せず負けじと蹴りが入ってくる。
次々と出される攻撃をお互いに交わしながら、しかし着実に相手にダメージを与えていく。
15分ほども経ったであろうか。
お互いに短期決着型である。
あまり長い時間では、体力が持たないわけではないが集中力が途切れる。
使う技が技だからなのだが、今回はそれを使っていないとは言え組み手は瞬発力がいる。
伝う汗が床を叩く。
互いににらみ合いながらいつ仕掛けるか軽く床を踏みならして。
大分息の荒い二人は同時に床を蹴った。
「………参った」
長い黒髪を束ねていたゴムは切れてしまったが、シンタローの繰り出した蹴りは相手の首もとギリギリで止められており、まともに懐に入られてしまったシンタローは届きはしたものの致命傷にならなかった突きを広げて降参の声を上げた。
「やっぱりお前の方が上か…………」
「いや力的には互角だろ。ただ俺の方が圧倒的に実戦の数が多いってだけ」
「そういうものか」
「そうだよ、実戦と訓練じゃやっぱちがうからな」
シンタローは床に座り込みながら、ばらけた髪を高めの位置で一つに束ねる。
差し出されたドリンクを受け取りながら、シンタローの言葉に笑って見せた。
「しかし前にも負けたしな、やはり悔しい」
「んー……でもあれ途中までお前の方が優勢だったろ?しかも勝ったとはいえ俺だけの力じゃねーしなぁ……」
「秘石か?」
「秘石って言うかアスって言うか」
言いにくそうに口ごもるシンタローに対しシンタローはスパッと言葉を吐く。
そんなシンタローにシンタローは調子を崩しながら困ったように缶を煽った。
「それもお前自身の力といえば力だろう?」
「そうかねぇ……あのままいってたらお前殺してただろうし。それは俺の意志じゃないからやっぱ違うような」
「そう言えばそうだったな」
「……わすれんなよ、割と重大だろ?」
「今げんにこうしてここにいるしな、あまりこだわっていない」
「そ、か」
何とはなしに二人して黙ってしまう。
ストレートなシンタローの言葉は飾り気がないぶん、本当のことしかない。
気温が上がり始める時間帯。
暑さがじっとりと身体にまとわりつく。
「べとべとで気持ち悪、早く風呂はいらないとなー」
「でもこの時間ここのシャワー室って電源落としてないか、確か経費削減で」
「いや上のシャワーブースは24時間体制だよ、俺みたいのいるからそうしちゃった~」
「お前それ職権乱用じゃないか……?」
「総帥だし?」
からからと笑うシンタローに、シンタローはすっと腕を伸ばす。
額に張り付いている黒髪を梳いてやると少し驚いたようなシンタローの顔。
「………邪魔じゃないか?」
「髪か?」
「ああ」
「切ったほうがいい?」
にっこり笑ったシンタローに、シンタローはまた妙な引っかかりを感じた。
「いや、お前が邪魔じゃないなら別に……」
「ま、邪魔って思うことも結構あるけどさ」
「なら」
「ジャンと見分けつかなくってもいいわけ?」
それに長いの気に入ってるしな。
笑みを崩さないシンタロー。
その顔にシンタローは少し眉を顰めた。
「ああそう言えば……」
同じ顔だったな、と今更のように言うシンタローに、シンタローは思わず脱力した。
「……お前、俺よりあいつの方が合う回数多いんじゃねぇの?」
「そうだが印象はお前の方が強い」
印象が強いというか。
なんだか釈然としない物を感じながら、高くなってきた日に目を細めてシンタローは立ち上がった。
「シャワー浴びるわ……」
「ああ、俺も行く」
『シンタロー』
シャワーブースの戸を開けながら重なった声に思わず顔を見合わせる。
「………ややこしいよな実際」
「別に俺は構わないが……」
「どうせならお前、高松命名のキンタローでどうよ?」
「それはイヤだ」
キッパリと主張するシンタローに、シンタローは苦笑を禁じ得ない。
「ま、そうだよな」
そう言ってシャワー室へ入ろうとすると、シンタローがその肩を掴んだ。
どうした、問おうとした言葉はシンタローの真剣な表情に呑み込まれて。
「分かるぞ」
「え?」
「髪を切ったって、俺はお前が分かる」
「でも似合ってるし確かに切るのは勿体ないな」
微かに笑って、シンタローは先にシャワーブースへと入っていった。
ざーっと聞こえてくる水音に、残されたシンタローはずるずると壁伝いにしゃがみ込んだ。
シンタローの言葉に顔は真っ赤だろう。
「…………初めてかも」
この髪を、褒められたのは。
それに。
「あーもう、俺のこと嫌いだったクセに」
勿論その理由は自分がよく知っているが。
こうでも言わないと顔の火照りはとれそうにもなく。
また目の奥が熱くなる。
けれどこれは、いままでのようなものじゃなくて。
「………馬鹿じゃねーの」
男を褒めてどうするよ。
いま鏡を見たら真っ赤な目をしてるんだろうなと思っても、ぼやける視界をどうにかしようとは思わなかった。
--------------------------------------------------------------------------------
ややこしいわ。
やはりシンタローさん(黒)とシンタローさん(白)を同時に出すのは難しかったですか。
シンタローがシンタローでってどっちがどっちだよッ。
一応区別は付くかなーと……、思って、いるんですが……。
ルー兄再び登場。
シンタローさん(白)も予定通り出ました。
シンタローさんとシンタローさんって同じ体にいたわけだから双子見たく考えても良いかなーってずっと思ってたんですがどうですか駄目ですか。
そしてもってシンタローさんは目が青くなるらしいです。
ラストにちょこっとありましたが赤くもなるようです。(これは意味合い少し違うけれど)
さんざん勿体ぶってた捏造部分ですがいざ書いてみたら勿体ぶる必要…あったのか。
一通り出したい人物は出したかな……サービス叔父は名前しか出てないが。
ハーレムさん出番ですよー(多分)。
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焼け付く喉。
叫びを上げる躯。
それでも声が届くことはない。
Doppel
Act1 rejection
「う゛ぇっ………ぐ、うぁ……っ」
コポリと鈍い音を立てながら、逆流してくる胃の内容物。
もうどれくらい吐瀉物を睨んでいただろうか。
生理的な涙で蛇口から流れ出ている水と、自分が吐いている物の区別が付かなくなる。
もう空っぽと言わんばかりに胃は熱く、それでも止まらない嘔吐感に段々と痛みすらも鈍くなってきた。
出てくるのはもう黄色い胃液ばかり。
「………………苦、」
何とも言えない苦みが、口の中を支配している。
痺れた舌はその苦みすら感じ取りにくいようだが。
焼け付いて、痙攣を繰り返している喉にそっと手を当てて口を濯いだ。
ねばねばした感覚が何とも言えず気持ち悪い。
蛇口をひねったままに、壁に体重を預けてそのまま床に座り込んだ。
不愉快に冷たい壁が体温を容赦なく奪っていく。
どうしようもない虚脱感を抱えながらまだ燻っている嘔吐感を騙し騙し体を休める。
眠れない。
体は睡眠を欲しているだろうに、精神が言うことを聞かないのだ。
泥のように動こうとしない体に精神は冴え渡って。
長い夜に余計なことばかり考えてしまう。
深夜と言うにも随分と遅く、しかし夜明けにもまだ遠い。
外には風の音もなく、部屋に響いてる水音だけが耳に届く。
「―――――――――ッ!!」
また込み上げてきた嘔吐感に必死で立ち上がり洗面台にしがみついた。
気持ち悪い。
それだけが感じる唯一のことで、空っぽの胃から胃液だけを吐き出した。
もう胃液すらも出ないのだろうか。
嘔吐感と反比例して、何も出てこない喉から急に何かが迫り上がってきた。
ボタボタボタボタボタッ。
「――――――――――けふっ……!!」
夥しい血液に、洗面台はあっという間に真っ赤に染まり上がった。
きつい酸は、喉をとうとう焼き切ったらしい。
流れてくる血液に上手く酸素が吸えなくて酸欠状態に陥った。
点滅する視界。
霞む意識。
あの2人がまた、目の前をちらついた。
「……………………なんだよ」
「いんや」
「別に、だっちゃ」
ガンマ団内の一室。
団員達のトレーニングルームで久しぶりに訓練でもしようかとジャンが入っていくと、そこには先客が居た。
「あ、チン」
「チンだべ」
「違うっていっとーろにッ!!」
目があった途端その物言いで、流石に辟易する。
「………お前等忙しいじゃねーの?二人揃ってなんでこんなトコに」
「三人だべ」
「だっちゃ、そこにアラシヤマもおるだっちゃ」
二人揃って指を差し示したトコには確かにアラシヤマ。
部屋の隅に体育座りしたままなにやら重々しい雰囲気を一人醸しだしている。
「………いる意味あるのか?」
『さぁ?』
ふたり見事にハモってさらりと流す。
確かに関わりたくない気持ちはわかる、が。
「アラシヤマもいるなんて……引継とか、いいのかよ?」
ジャンの台詞に、ミヤギとトットリは二人顔を合わせてジャンに向き直った。
アラシヤマ、ミヤギトットリの三人はマジックの直属の部下だった。
島から帰ってきた今、マジックは引退宣言をし全てをシンタローに引き継がせることを告げている。
その準備にシンタローは最近やたらと忙しそうで、顔を合わせていない。
となると、当然ミヤギ達も忙しいと思っていたのだが。
「僕ら直属だったし」
「ああ、それがシンタローに代わるだけだべな?」
「むしろ下に付く部隊とか考えるのが大変そうで」
「ソレは俺等の仕事違うからな、逆に暇なんだべなー」
「完全に引き継ぎ終わるまで宙ぶらりんだっちゃ」
なー、と仲良く頷きあっている。
「暇だから体だけでも動かさんと鈍るだっちゃ」
「だべだべ。―――――チンは何のようだべ」
「……………ここに来る目的はお前等と同じように訓練だと思うが?」
名前の訂正は諦めて、がっくりと肩を落としながら理由を述べる。
「アラシヤマみたいのもおるっちゃ」
「………一緒にするなよ」
にこやかに厳しいことを言う童顔の青年にさらに脱力しながらジャンは来る時間間違ったかと思う。
しかし今更帰るもシャクであるし。
というか。
「お前等俺のこと嫌いだろ……?」
「――――――――…」
「――――――……?」
「いや考え込まれるのも微妙なんだが」
すっぱり言ってくれた方がまだいい。
ジャンの問いに、ミヤギトットリの二人は何故か考え込んで。
二人揃ってぽんっと手を打った。
「だって考えたこと無いんだべ?」
「だっちゃ。結構どうでもいがったから……」
ザク。
またなにげに酷いトットリ。
どうでもいいというか無関心が一番人として辛い物ではないかと思う。
執着されていないと言うことだし。
嫌いならまだマイナスとは言え関心を持たれているだけマシだ。
内心深く溜息を付きながら、ジャンは気を取り直して体を動かすことにした。
付き合っていても何の得にもならない。(言いだしたのは自分であるが)
まずは軽くほぐすかと、ストレッチをはじめてみれば妙に気になる2つの視線。
無視して続ければいいのだが、一回気になると気になり続けてしまう。
「何だよ」
「いんや」
「別に」
軽く睨んでみても素知らぬ顔。
不躾な視線を構わず送ってくる。
額に青筋が浮かぶのを誰が止められようか。
「あのなぁ!」
「うーん、見れば見るほど似てるべなって」
「全く同じだっちゃね」
誰に。なんて聞かなくともよく分かる。
「本当におめぇさんはシンタローに似てるなぁ」
ミヤギの台詞にトットリは頷いて。
その言葉にジャンは僅か眉を寄せる。
「あのなぁ、俺があいつに似てるんじゃ無くて、あいつが俺に似てるんだよ」
その台詞にきょとんとする二人。
そんな二人にジャンは続ける。
「あいつは俺に似せて作られたんだから、そっくりで当たり前なんだよ」
「お前等も聞いてただろうが……」
言いにくそうにするジャンに、ミヤギとトットリはしれっと口を開く。
「そりゃあ知っとるけどなぁ」
「あんま関係ないっちゃ」
「正直チンのことは多分嫌いではねぇけど………」
「僕らにはシンタローの方が長いつき合いだっちゃ」
『な』
「多分て何だよ…………」
揃う二人にジャンは深く溜息を付く。
シンタローと唯一違う、短い髪の毛に手を入れ乱暴に掻き回す。
「これからのつき合いだべ!あんま気にするでねぇよ!!」
「ミヤギくんの言うとおりだっちゃ!!」
「…………ありがとよ」
カラカラ笑う二人に、ジャンはそれだけをようやく口にする。
思えば自分もあまり意識したことがない二人だったが、こうしてみるとかなりすごいものを持っていると思う。
確かになし崩しとは言え、あの島で随分と生活していた二人なのだ。
最後にはあの島の生物たちとも馴染んでいたようだし。
なんだかどっと疲れたジャンには、もう体を動かそうと言う気はない。
また一つ、大きく溜息を付いて。
「――――――…戻るわ」
「なんだもう行くんか?」
「何しに来たかわからないっちゃね~」
それに何か言う気力もなくジャンは、片手を軽く上げてどこかくたびれた様子で去っていった。
ミヤギとトットリの二人は、休憩も十分取ったことだしまた訓練を開始しようかと意識を切り替えようとしたときだった。
「あん人も気にしてはるようですな」
『うっわぁ!!』
いつの間に後ろに来ていたのか、ぽそりと呟かれた声に二人は叫びの声を上げる。
「あ、アラシヤマ………」
「いたんだっちゃね……」
早い鼓動を刻む心臓を落ち着かせながら、二人はアラシヤマの視線を辿りそれがジャンの消えていったドアだと知る。
「そういや……ちょっと意外だっちゃ」
「んだ」
先程のアラシヤマの言葉がジャンを指していることに気付き、自分たちと話していたときのジャンを思いおこす。
シンタローに似ていると言ったときの彼。
それと分からぬようのつもりだったろうが、確かに眉を顰めたことぐらい二人にも分かった。
「まぁ似とるのは顔だけやんな?」
「そうどすな」
「っちゃ」
ミヤギの言葉に頷くアラシヤマとトットリ。
少し引っかかることはあったけれど。
「――――――ま、とりあえずシンタローの足引っ張らないように頑張るべか!」
「忙しいっちゃからね~」
島から帰ってきてから本当にろくにあっていない。
遠目で見掛けるぐらいで、言葉を交わすことも少なかった。
「組み手やるっちゃ?」
「そうだべな……けどどうせだから…アラシヤマ!」
「なんどす?」
「おめさん俺等に技放ってくれ。どうせ暇なんだべ?俺等は良い訓練になるし、アラシヤマは技の練習になるし。どうだべトットリ」
「頭良いっちゃなー!ミヤギくん!!」
「まぁ………別に構わないどす」
アラシヤマのその言葉に二人は苦笑をしながら中央にと走っていく。
ノリが悪いだかなんだかアラシヤマの耳に届くが二人は小声のつもりらしい。
「よし!アラシヤマ!!」
「来いっちゃ!!」
構えを取ってアラシヤマの技を迎え撃つ準備をした二人に、アラシヤマもゆっくりと近づいていく。
色々気に掛かることは有るのだけれど。
いまは、強くなろうとしている二人に手を貸すのも良い。
それは己自身と、彼の為なのだろうから。
「あん人が気にしてはるんどす………」
誰にも聞こえないほどの声で呟いて。
「はないきまっせ!」
炎を、その体から生み出した。
月が昇ってから幾時間。
もうすっかり人気のない訓練場に彼はいた。
普通なら電気も落ちて鍵も掛かっているその部屋だが別段気にすることはない。
マスターキーは持っているし電気がないのがどれほどの不都合だというのだろう。
長い黒髪を高く結わえ、部屋の中心にと足を進めてみれば床には無数の染み。
「………………?」
暗くてくてわかりにくいが、しゃがんで目を凝らしてみるとそれは焼けこげだった。
手をそっと這わせてみれば、指先が黒く染まる。
青白い月明かりと、その黒い炭が相まって決して白いという部類には入らないだろう手が白く見えた。
まるで自分の腕ではないようだ。
そう。
本当に他人の手を見ているかのようで。
そう思った途端、体が動かなくなる。
小指一つさえ、その先が動かない。
まるで血の通わないように。
ゼンマイの切れた人形のように。
意思の利かない躯。
動けと脳は、意識はありったけ命令を出しているのに、神経という神経が繋がらない。
どこで伝達は拒絶されているんだろう。
そんなことをぼんやりと頭の片隅で考えている。
ツゥッと、額から頬にかけて汗が一筋、流れ落ちた。
ポタリと汗が床に落ちた音を耳が拾う。
「―――――――――っはぁ」
音を認識したと同時に、体中が一気に弛緩する。
凍り付いて全く動かなかったそれは痙攣するかのように震え、力の抜けた足が膝を折る。
床にへたり込んだままに左手で胸元を押さえ込んだ。
うるさいほどに音を立てている心臓。
荒く肩で呼吸を繰り返す。
呼吸の仕方さえ、忘れていた。
「―――――――ちっくしょ、」
幾筋も流れ落ちていく汗を拭いながら散漫する意識を高める。
耳元に聞こえる早鐘の音。
時間がたつほどに規則正しく、緩やかになっていくその音に合わせつつ右手に力を集中させる。
高まっていく力。
ソレを一気に。
「眼魔砲ッ!!」
鈍い爆発音。
放出されたのは期待したとおりの物なんかではなく。
閃光ばかりが目に眩しい、威力などはよっぽど自分の拳の方が強いだろう。
「――――――まじかよ……」
それはほぼ予想していたことなのだけれど。
実際目の当たりにすればショックは大きい。
自分が誇れる、唯一の技。
なくしただなんて考えたくない。
「―――――――っ」
急激に痛みを訴えはじめた身体を押さえ込み、小さく身体を丸めて座り込んでいた体勢から横になる。
締め付けられるような心臓の苦しさに息さえも詰まる。
じっとりと体中から噴き出る汗は気持ち悪くまとわりつき、不快感を増させた。
荒い息を吐きながら、高い天井を見上げ、視線をそのまま窓の外にと移す。
見えるのはか細い、爪で引っ掻いたような青白い月。
意識が下降していくのを感じながら、けれどそれに抗うかのように拳を握る。
「―――――――上等……」
影のおまえならともかく
青の番人の本体にとって、
「影でも変わりないみたいだぜ………?」
島での言葉が思い出される。
『自分』というモノを意識した途端この有様はあんまりじゃないか?
「ほんと、今更」
自嘲気味に笑いながら、ゆっくりと目を閉じて遠のく意識をそのまま受け入れた。
赤と青。
相容れられないのなら呑み込まれていくのはどっちだろうね?
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一人じゃ味わうことの出来ない痛みを抱えて。
それでも愛することしか出来ずに、この手を伸ばした。
お願いだから。
今更離さないで。
Doppel
Act2 貴方を呼ぶ声は風に攫われて
島から帰ってきてはや3ヶ月。
島で過ごしたことは未だ色鮮やかだが、とても遠い。
自分ですらそう思う毎日なのだから、一番深く関わっていたあの男の心情はどうなのだろう?
会議に出るときぐらいは身だしなみをきちんとしろと言われていたのでしめていた第一ボタンを、ようやくのことで外す。
どうもここは堅苦しくて仕方がない。
島生活は性にあっていたようで、なおさらだ。
ばたばたしていた時期も過ぎ、ようやく慣れが見られるようになったころだった。
少しではあるが感じていた違和感。
忙しいせいかとも思いそこまで気には止めていなかったものの、最近は流石に目に留まってしまう。
自分が気付く位なのだからとっくに気付いているだろう人物が頭に思い浮かぶ。
けれどその人も忙しいのだろうか。
どうもコンタクトを取っているようには見られなかったので。
妙にピリピリしている男をすれ違いざまに、拉致をしてみた。
「……………コージッ!!いきなりなに考えてんだよっ!!」
ずるずると力任せに引きずられて新ガンマ団現総帥シンタローは屋上にと拉致られた。
ガタイはシンタロー以上で、毎日訓練実戦があるコージ。
今のところ毎日デスクワークが主なシンタローが不意を突かれて勝てるわけもない。
屋上に猫の子よろしく放り出されてうっかり受け身を取り損ねたシンタローは、鈍い音を立てた頭をさすりながらここに連れてきた張本人、コージを睨み付けた。
しかし当の本人は何処を吹く風とやらで、楽しそうに笑っている。
「良い風やのぅ~」
「人の話を聞けぇッ!!」
強い風がその黒い髪を攫って。
シンタローが出口にと向かおうとすれば裾を掴んで離さない手。
睨み付けても何の悪びれもない笑顔に。
シンタローは毒気を抜かれコージの隣にと座り込んだ。
そんなシンタローにコージはいっそう満足げな顔でふとなにやらシンタローに差し出した。
「……なんだよ?」
「一杯どうだ?」
「アホかーーーーッ!!一応職務中だ図にのんなッ!!!」
まるでシンタローを怒らせるのが楽しいようにコージは笑っている。
やり場のない怒り。
フェンスを背にして大きく溜息を付きながらシンタローはなにやらぶつぶつ言っている。
横目でちらりと見やりながらコージは内心ほっとする。
うん。この方が全然良い。
「ちゃんと寝とるのか?男前が台無しじゃ」
わしには負けるけどな、と豪快に笑いながらシンタローの目の下をそっと撫ぜた。
見掛けるたびに消えてはいない隈。
激務だろう言うことは容易く分かるがそれでも体調管理も仕事の内。
総帥が過労で倒れただなんて笑いごとにもなりやしない。
「どっかの誰かさんのせいで今日は確実に寝不足だろうな」
ちょっと耳に痛い。
が、手伝えるとも気軽にいうことも出来ずに。
「そやのぅチョコレートロマンスあたりに頼んどくか?」
「最終的には俺が目を通さなきゃいけないんだからかわんねーよ」
「じゃあ総帥はどうや。多分頼まずとも手伝ってくれそうじゃけんのぅ」
長い月日で上手になったのは嘘をつくこと。
垣間見えた彼の動揺には気付かない振りをした。
「やだよ。父さんに頼るのだけはごめんだね」
「後が怖いけぇの。どんな見返り要求されるか見物じゃ」
「………だから頼らないっての」
年を取るほど人間は、隠すことを覚えていくけれど。
それが上手くいかないほど、
なにがあったかなんて聞けるはずもなくて。
また、気付かない振りをした。
感じた違和感は。
「アラシヤマとか。ああいう地味で単調な作業はピッタリじゃないかのう」
「あいつは見た目に反して派手好きだし、逆に仕事進まないから嫌だ」
確かに。
シンタローがアラシヤマに個人的に仕事を頼むなんてしたら、感動のあまりおそらく仕事にならない。
ミヤギとトットリの二人はあまり向いていなさそうだし、多分逃げるのも上手い。
こう考えるとなんだか。
「部下に恵まれとらんのうシンタロー!!」
「テメェがその筆頭だぼけぇッ!!」
小気味いい音が屋上に響いた。
頭をさすっているコージに対し、シンタローは声もなく拳をふるわせていた。
「……石頭……ッ」
「貴重な脳細胞を破壊せんでくれや、お主も大概馬鹿力じゃけん」
「お前にだけは言われたくねーよッ……たっく、」
組んだ腕に埋めている顔を、風が浚った。
その風に誘われるように空を仰げば。
己の心情を表すかの様な厚い雲に覆われた灰色の空。
思えば、いつも見上げていたのはこの空だった。
なのに今期待したのはあの空。
見上げればそこは、
いつも眩しいブルーに吸い込まれそうで。
「また忘れそうだ……」
その呟きは風に攫われて。
「シンタロー?」
「あ、ワリィぼうっとしてた」
コージの呼ぶ声にシンタローは我に返った。
誤魔化すかのように立ち上がり、そしてまた空を仰いだ。
目に映る灰色。
視線を動かせば、コージの黒い瞳が目に映った。
「………あんまり気ぃはりすぎるのも考え物じゃの?」
「…………え?」
まるで子どもにするかのように頭をポンポンと軽く叩かれて、シンタローは思わず赤面してしまう。
妙に気恥ずかしい。
シンタローが見上げる人物というのも珍しく、狼狽えて視線を外そうとすると逆に足をかがめて身長をあわせてきた。
「あんまり頼りにならんけぇども、少しは分散させぇよ」
「…………頼りにはしてる」
シンタローの言葉に、コージはなおもその頭を撫ぜて。
視線を下げたシンタローは、けれどその手を払おうとはしなかった。
顔に血が上るのを自覚してはいるのだけれど。
自分のより一回りほど大きいその掌がなんだかとても心地よくて。
自然と肩の力が緩まるのを見て、コージは満足そうに目を細めた。
「……………チョコレートロマンスの声がする」
「ティラミスの声もしとるのぅ」
微かだが確かに二人の声がする。
その声にシンタローは慌ててコージからその身を離した。
「うわっ!やべぇあの二人怒らすと大変なんだよなぁ~」
「怖いか?」
「いや泣く。怒鳴られた方がマシ」
それは確かに。
その言葉にコージは納得しながら、出口にと身を翻すシンタローを見送る。
なんとなくわかった。
思ったよりも大丈夫そうだと思えるのは、彼の嘘?
「コージッ!」
「なんじゃ?」
出口のところで顔だけ出したシンタローが、コージの名前を呼ぶ。
口を開きかけては閉じ、逡巡しながら結局何も言わずに姿を消した。
と、思ったのだが。
「ありがとな!」
その声が耳に届くと共に、すさまじい勢いで階段を駆け下りていく音。
「素直なんだかそうでないんだかわからん奴じゃの」
「随分と仲良いなお前ら」
「そうかのう、まぁそうじゃろ。ところで特選部隊隊長さんがこんなところでサボっててもいいんか?」
「その言葉そっくり返すぜ」
急に降ってきた声にコージは驚くこともなく、向き直った。
鮮やかな、クセの強い金髪。
歪められた口元には煙草が銜えられている。
ハーレム。
青の一族、四兄弟の三男。
「気付いてたのか?」
「いや別に。ただなんとなく……」
「それを気付いてるっていわねーか?」
自分相手でも全く物怖じしないコージに、愉快そうに口元を上げる。
コージの隣にと近寄ってくると、同じようにフェンスに背中を預けた。
「わしのは漠然しすぎじゃ、それにシンタローが気付いてなかったのにわしがきづくってのも」
「あー……、あれね。あの甥っ子はいま駄目だね。不安定すぎるっての」
コージの言葉を途中で遮り、目を細めて煙が流れるのを追う。
ハーレムの言葉にコージは肯定しなかったが、否定もしなかった。
そんなコージにハーレムは淡々と続けた。
「なんつーかあのときと雰囲気似てるんだよなぁ……、前より年食った分だけ質が悪い」
「………幽閉騒ぎの?」
「ああ。あんときはまだ表に出してたからな」
弟を幽閉されてから笑わなくなった彼。
それはまだいい。
感情を表に出してもらえればこちらとしても対応の仕様がある。
けれどそれすら隠す術を覚えてしまった。
一体何を隠しているのか、もしかしたら隠していることなど無いのかも知れないけれど何処かぎこちない。
「………………………………………」
「なんだよ?」
顔に注がれる視線にハーレムはコージを見やった。
コージは何故か一人で納得しながら、満面の笑みを浮かべた。
「いや~、やっぱなんやかんやいっとってもあんたが一番人を気にかけとるなぁと思ったんじゃ。島では最悪だったけどな。でもそれも今考えると立場違うんじゃ、当たり前やのう!」
がははははははと豪快な笑い。
面と向かって言われたことなど無い台詞に、ハーレムは呆気にとられた。
「主のようなのがいるならシンタローも何とか安心じゃ、」
「…………俺はお前見たいのがいるのがある意味救いだと思うぜ……」
そこがシンタローも気を許せるところなのだろう。
先程の風景。
あんなに素直な彼はなかなか見られた物ではない。
「そーいやお前シンタローより年上だったな?」
「おう、四つ程じゃ」
「あーそうか、ソレもあるワケね」
一人納得しているハーレムに、コージは訝しげな視線を送る。
「あいつ絶対年上好きだからな、甘え下手だから甘やかしてくれる奴に弱い」
「そういや総帥も溺愛っぷりで見事に甘やかしてたのう……」
「つーかあいつを甘やかしてたのは兄貴だけだよ、ま、あとサービスもか。ちっせぇころはともかく……まぁそれでもどうかわからねえけど……手の抜きかたってやつを知らなかったなとにかく」
最後の方は小さくなって、やっと聞き取れるほどだった。
この男らしくない、歯切れの悪い口調に口に出すことを悩んだのだろう。
結局肝心なところは言っていない気がする。
そういえば。
先程の彼は。
「……………総帥は弟に付きっきりなのかのぅ」
「毎日顔見に行ってもなけりゃ今度こそ父親失格だろ。ま、元々身内には甘いしな」
身内だけともいう。
島での一件でようやくあの二人はスタートラインに戻った。
色々課題はあるけれど、最後の最後で通じる物はあっただろう。
そう、願っている。
「シンタローのこと、一番気にかけてるのはあん人じゃけん…………」
「………気付いてるだろ?あの二人の関係も第三者としては口出せねーからな。兄貴の執着は本当にすげぇからな……」
フィルターギリギリまで吸った煙草を地面に落とし靴先で火を踏み消した。
か細い煙は、上るかと思うとあっという間に風に蹴散らされて。
「兄貴のことだなんか考えてるだろ」
「まぁ……そうじゃろな」
「さーてと俺もそろそろ戻るかね、ちょっとここは風が強すぎる」
そう言って、コージの言葉も待たずさっさと歩き出すハーレムの背をコージも追った。
先程のハーレムの言葉。
そう言っている割には不機嫌そうな表情は元々の物なのだろうか。
流石につき合いが浅くてよく分からない。
最後にふと見上げた空は、今にも雨が降り出しそうだった。
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コージさんえっらい難しい……。
書きやすいかと思ったけどこの人の口調もなかなかまた難しいんですけど!!(泣)
うふふ……エセ方言……。
周りの人達その2ッ!
コージ&ハーレム。また珍しい取り合わせだなオイ。
次はシンタローさんとシンタローさんです。おそらく……。
今回少ないシンタロさん。
ポエ夢も少な目でしたね!!(ポエ夢言うな)
次はまたシンタローさんの心情を書いていきたいと。
真打ちですよ真打ちッ!
予定としては某小鳥の人もちらりと。(タイムリー)(これアップ時点で6月12日)
さ、来月までどれだけ話し進むかな。
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