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ks








ガ キ

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「お前、ガキっぽいって言われてるぞ」
 唐突に背後から投げかけられた言葉に、シンタローは、眉間のシワを一つ増やして振り返った。
「あん?」
 その先にいたのは、キンタローだった。ガンマ団本部の廊下を歩いていたところを声をかけられたのだ。
「誰が、んなこと言ってんだよ」
 総帥である自分をガキなどと称す不届き者は、激戦区へ左遷だ、と冗談にもならないことを考えているシンタローに、けれど、キンタローは相変わらず表情の乏しい顔で正直に言い放った。
「知らん。通りすがりの人間だ」
「通りすがりだぁ?」
「見覚えのない人間だったな。さっき廊下を歩いていたら耳にしたんだ。『あの人は、ガキっぽいところがある人だ』とな」
(なんだって?)
 キンタローの言葉に、シンタローは、いまだに寄せていた眉間のシワをもう一本追加した。
「それ、本当に俺のこと言ってたのか?」
 状況から言うと、その可能性は、なにやら低そうである。
 自分の名前をその会話中に言っていれば確かにそうかもしれないが、今の時点ではそうは思えない。
 キンタローが、どういうのかと思っていれば、相手は、あっさりと頷いて見せた。
「知らん。ただ、ガキっぽいと言ってたから、お前だろうと判断した」
「判断するなっ!」 
 即効に否定してやる。 
 失礼極まりない言葉である。
「お前、俺のことをそんな風に思っていたのか? つーか、ガキっていうなら、グンマの方だろうが」
 ガキと聞いて、シンタローがすぐに思いついたのは、グンマである。
 色々あって、現在マジック元総帥の長男としているグンマは、シンタローの目から見れば、十分幼稚な人間なのだ。
 が、どうやらキンタローの見解は違うようだった。
「グンマは、あれで結構しっかりしてるぞ。最近は、とくに落ち着いてきたしな」
 昔のグンマならいざしらず。確かに、最近は前のような女々しさは消え、大人の落ち着きを備えてきだした。それは、シンタローも認めている。
「まあ、そうかもしれないが……でも、な」
 だからといって、総帥の自分が『ガキっぽい』と認識されても困る。
 キンタローは、そう言う目で自分を見ていたのか、とむっとしたように少しばかり、唇をとがらせてみれば、すぐにそれを指摘された。
「そう言う風にすぐむくれたり怒ったりするのが、ガキっぽいっていうんだ」
(うっ…!)
 即座に言い放たれて、ばつの悪そうに、シンタローは、キンタローから顔を背ける。
「うるさい。だいたい、お前よりも俺の方が、大人なはずだろうが。経験値からいって」
 24年間自分の中にいた彼は、当然ながら経験したことになると乏しい。
 元来の正確なのか、わだかまりが消えた後は、大人しい様子を見せているが、中身は決して大人ではない―――とシンタローは、思っている。
「そんなお前が、俺を『ガキ』だというのはおかしいだろがっ!」
 絶対に自分が『ガキ』だとは認めない。
 頑として言い放ったシンタローに、だが、相手は柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
「そうだな。おかしいかもしれないな」
 あっさりと肯定される。だからと言って素直に喜べない。
 なぜか、言いように宥められているような気がするのだ。
 子供の意地の張り合いに、大人が寛容に受け止めているような―――そんな気分になる。
「――――なんかむかつく」
「どうかしたのか?」
「やっぱ俺って、ガキっぽいのか?」
 キンタローのように、さらりと会話を流せないところが、自分でやってるくせに、癪に障る。
 それが性分なのだといえば、それまでだが、だからといって、『ガキ』の自分を放置しているわけにはいかない。
 大人に憧れていた。
 立派な大人になりたいと思っていた。
 なのに、いまだに自分の中には『ガキ』が存在するのだ。
 それを自覚するたびに、矛盾していると思うけれど、ガキっぽく、唇を尖らせる
「かっこわりぃ」
 大人ぶっていても、所詮は『ガキ』なのだと思い知らされる。
 全然成長してない。
「そうか? 俺は、別にいいと思っているがな」
「ああ?」
「お前のガキっぽいところは、好きだぞ」
 行き成り真面目な顔で告げられたその言葉に、シンタローは、思わず顔を赤く染めた。
「お、お前はなんでそんなに恥ずかしいことをさらって言うんだよ」
 自分と同じ年でしかも男に、好きだと言われても、戸惑ってしまう。
 だが、
「大人だからかな」
 眉一つ動かすことのなくそう言った『大人』なキンタローに、顔を真っ赤にさせたままのシンタローは、恥ずかしくて、ふいっと横をむいた。
「っ! ………お前なんか、嫌いだ」
 我ながら、ずいぶんと子供っぽい言動である。
 そう思いつつも、ついついやってしまったそれに、相手の反応はどうかと盗み見してみれば、動じぬままに、シンタローに視線を向け、そうしてくるりとそのまま踵を返した。
「わかった」
 それだけ言うと、あっさりとシンタローから離れて行く。
 それに、慌てて、シンタローは声をあげた。
「ちょっとまてっ」
 呼び止めてしまってから、しまったと思うがもう遅い。相手は、止めていた足を動かし、自分の前まで、やってきた。
「なんだ?」
 気まずい思いが漂うものの、シンタローは、躊躇いがちに口を開いた。
「う、嘘だからな……さっきの言葉」
 嫌いだというのは、ただの言葉のあやだ。
 つい出てきてしまった言葉である。
 真に受けられては困るのである。
 どう、困るのかと問い返されれば答えにこまるシンタローだが、それでもそう言えば、相手は、笑いをこらえるように口元を押さえて頷いた。  
「ああ。知ってる。――――俺は、ガキの言葉を真に受けてはいない」
 その言葉に、再び顔の温度があがり、赤くなる。
「うがぁ! やっぱり、てめぇなんて、嫌いだ、大っ嫌いだっ!!」
 目の前のキンタローに蹴りをいれようとしたが、あっさりとそれはかわされた。
 その代わりに、隙をつかれて頭に触られたその手が、くしゃくしゃとシンタローの髪をかきみだした。
「ああ。俺は好きだからいいぞ」
「くっ………」
 べしっと即座にそれをはたき落としたものの、撫でられてしまったという行為はなくなりはしない。
 すっかり子供扱いされたシンタローは、思いっきりむくれた顔をして、キンタローに向かって「べー」と舌をだしてやった。
「ガキ」
「うるせぇ!」
 しっかりと開き直ってしまった総帥は、そのままドカドカと廊下を歩いていってしまう。
 その後をくつくつと笑いをこぼしつつキンタローは、ついていく。
「好きだな、やはり」
 ―――あいつをからかうのは。
 さて、どちらがガキなのか。
 本心を知れば、怒り狂うこと間違い無しのことを思いつつ、キンタローは、ゆっくりとその後を追いかけていった。

















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手土産の話

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「ついて来るんじゃねぇ」
 告げられた拒絶の言葉の鋭さに、キンタローは、伸ばしかけた手を止めた。相手の肩を掴むはずだったそれは中途半端のままで存在意義を失っていれば、顎を持ち上げるようにしてこちらを睨みおろした相手に、きっぱりといわれた。
「お前は、ついて来るな。これは、俺の問題だ。お前に関係ねぇ」
 そうして即座に向けられてしまった背中に、キンタローは、ただそこに佇み、口を噤むしかなかった。




「どうしたんですか?」
「……高松」
 いつまでそうしていたのだろうか。
 前に進むこともできず、けれど後ろに下がることもできずにその場に立っていれば、背後から声をかけられた。振り返れば、自分をはじめて認めてくれた人でもある高松の姿があった。
 どう言おうかと、シンタローを見送ったまま硬直していた思考回路を回すヒマもなく、こちらの顔を見て、何かを察した高松は、いつもの白衣姿で笑顔を向け、近寄ってきた。
「随分と落ち込んでいらっしゃるみたいですが、何かありましたか?」
 あっさりと見破られたことに、別にそれを誤魔化すつもりもなく、キンタローは正直に白状した。
「先ほど、シンタローに『ついてくるな』といわれた」
「シンタロー総帥に? いったいどのような理由で」
 事情を全て知っているわけではないはずなのに、目の前に立った男は、驚いた様子も怪訝なそぶりも見せずに、柔らかな視線をこちらに向ける。
 そう言えば、自分は彼の優しい面しか見たことがないのを、今思った。この男でも、今の自分のように動揺することはあるのだろうか、とも考えたが、そらに先に進む前に、先制を打たれた。
「貴方にそんな顔をさせるなんて、シンタロー総帥も酷い方ですね」
 その言葉に、顔を顰めてしまう。
 自分の悪口は、平気なのだが、たとえ高松でも、あいつのことを悪く言われれば、気分が悪くなる。
 24年間の癖というのだろうか。
 ずっとシンタローの中で彼を見続けていたために、傷つくだろう言葉を口にして欲しくなかった。彼が、その傷をどれほそ痛みを覚え、なのに膿むほど内に溜め込んでいたのかを、他でもない自分だけが知っているのだ。
「あいつは、悪くはない。………理由もちゃんとある」
 そう非難を否定すれば、高松は、心得ているように頷いた。
「そうですか。で、理由は、どんな?」
「この間仕置きを依頼した国が、偽って敵でないものをガンマ団に仕置きさせたことがさっき発覚したと言っていた。シンタローは、そのために先ほど出かけた」
「ほぉ。それはそれは、度胸のある国で。しかし、事前調査はしっかりとしたはずでしょう」
 以前のガンマ団でもそうだったが、事前調査には、金と時間をかけて、かなり入念にされているはずである。特に、シンタローがそれを継いでからは、万が一にもこちらの過ちで相手を傷つけることがないように、それは、緻密に行われていたはずだった。
「ああ。けれど、完璧ということはない。あちらが一枚上手だったということだ」
「そうでしょうね。で、その事実を知ったシンタロー総帥が、キレてその国に殴りこみを?」
「それはないと思うが………確かに怒って、出かけていった」
「それで、貴方はここにいる、と」
「ついて来るなと言われた。俺が、研究所で仕事が残っているのをあいつは知っていたし、それに、これは自分の責任だからと――――」
 けじめをつけるのは、自分ひとりで十分だと言い切った。
 自分など必要ないというような、それに、キンタローはそれ以上追いかけることができなかった。
「それで、貴方の気持ちはどうなんですか? キンタロー様」
(俺の気持ち?)
 ああ、そうか。それは考えて見なかったな。
 そう尋ねられた、初めて自分にも思う心があることにきづいた。
 どうせ自分の気持ちなど反映されないのだと、24年間ずっとシンタローの気持ちだけを考えていたから、そうすることをつい失念していたのだ。
「キンタロー様は、それで納得してるんですか?」
 納得などしているわけがなかった。
 そうではなくて―――。
「いや。俺は………ついて行きたかったのだと思う。仕事といっても、後に回してもかまわないものだし。なによりも―――あいつの傍にいてやりたいと思った。あいつは、暴走しやすい奴だしな」
「そうですね。突っ走りすぎて、その後で後悔をたんまりするタイプですからねぇ、あの人は」
「止める人間が必要だろう」
「必要ですね。でも、貴方は行かないのですよね?」
「ついて来るなと言われたからな……」
 無意識に、シンタローの言葉に従っていたのだ。自分の意思が貫けるとは、思ってもみなかったためである。
 だが―――――今は違うのだ。自分の意思は、自分で貫ける。
 それでも………。
「あいつの邪魔はしたくない」
 自分を拒絶したシンタローの傍にいくことは躊躇われた。追い駆けていって、再び邪険に扱われるのもイヤだった。
 嫌われたくないのだ。彼だけには。
 惑うように視線を揺らせば、高松は、慈しむような眼差しでキンタローを見つめた後、その唇に笑みを浮かべてみせた。
「それならば、貴方にいいものを差し上げましょう」
「なんだこれは?」
「温泉饅頭です。ここのは美味しいですよ」
 先ほどからずっともっていた紙袋から、四角箱を取り出し、こちらに押し付けられた。
 そう言えば、高松はここ数日日本の東京で開催されていた学会に出席していたはずである。学会は一昨日で終わったはずだったが、どうやらどこかの温泉に浸かって今日、戻ってきたようだった。
「高松?」
 だが、これをどうしろというのだろうか? 
 饅頭をあげるから、今の気持ちを消化させろ、と言われてもできるものではない。
 困惑した表情を見せれば、食べたらいけませんよ、と忠告を発した
「これは、手土産です。キンタロー様は、まだご存じないかもしれませんが、他所様のお宅に行く時には、手土産が常識なんです。総帥は、どうやら忘れていったようなので、代わりに貴方が届けに行ってくださいね」

 それは初めて知ったことだった。自分が世間一般常識に疎いことはわかっている。だから、高松の言葉が、嘘か本当かを判断することはできなかった。
 それでも、その言葉は、ありがたかった。
「手土産――――これが、あいつには必要なのか?」
「必要ですよ。これと―――――そして、貴方もね」
 紙袋を手渡されて、それに手土産である温泉饅頭をいれれば、準備完了とばかりにその身体をくるりと回され、背中を押さえた。進むべき方向は、シンタローが消えていったところ。
「さあ、早く行かないと間に合いませんよ。いってらっしゃい、キンタロー様」
 文字通り背中を押され、行くことになったキンタローは、足は前に進ませながらも、振り返った。
「すまない、高松」
「いいえ。当然のことをしたまでですよ」
 ひらひらと手を振られ、それに見送られながら、キンタローは、手土産を片手に前へ進む。
(まってろよ、シンタロー。お前が忘れたものは、俺が届けてやる)
 大義名分をかかげ、シンタローの元へ向かうのだった。
  





「はあ、まったく私のキンタロー様も大人になられてしまったのですね」
 その背中を見送った高松は、その場でしみじみと言葉をつむいだ。
 キンタローがここに存在しはじめたのは、まだ一年も満たないほどである。にもかかわらず、やはり血筋なのだろうか、天才的なまでの頭脳で、あっというまに世間に馴染んでしまっていた。
 もちろん未だに、一般常識に疎いところも残っているが、それもまもなくすれば、消えてなくなるだろう。
「シンタロー総帥のサポート役というポジションにつきそうなのが面白くないですが」
 キンタローならば、総帥の一歩後ろにつかなくても、別の分野でそのトップに立てるはずである。現に、今進めている研究も、今、学会で大いに注目されている分野である。彼ならば、そちら方面で、多くの人を導く存在になれるだろう。
 が――――。
「まあ、キンタロー様がそう望んでいるならば、私には何もいえませんがね」
 彼が、それを望まぬならば、自分が無理やりそちらへ誘うことはしないし、彼が望んでいるならば、それを邪魔する気はない。
 ただ、少しだけ………。
「寂しいですね」
 僅かな期間とはいえ、頭脳を使う方面を、一からレクチャーしていった高松としては、あっさりとその手からはなれてしまった存在に、少し切なさを感じてしまう。
 ふぅと溜息を零していれば、キンタローが消えた方向とは別の場所から、同じ金色の髪を輝かせる存在が、こちらに向かって駆けてきた。
「高松ーーーっ! 何してるの?」
「グンマ様~~!」
 ぱあと、高松の顔から笑みがともる。
(そうですよ、私には、まだ愛しいグンマ様がいらっしゃる。この可愛いお方は、ずっと私の傍にいてくださるはずです)
「そうですよね、グンマ様! 貴方は、私の傍から離れないですよね? ねっ」
「えーっ、無理だよ★」
「ごふっ!」
 だが、あっさりとそう返された高松は、失意のあまり、口から吐血し、目から血の涙を流しながら、地面に倒れこんだのだった。
(あんまりですよ、グンマ様………)
「だって、お風呂とかおトイレの時とか、一緒に入れ……って高松? ねえ、高松? なんで、息してないの?」
 グンマに身体をゆすられつつも、一気に大量の血を流してしまった高松の意識は遠のいていったのだった。
(グンマ様………お風呂もおトイレもグンマ様となら、私は一緒に入りま…す――――がくっ)
 











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それは漠々とした

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「眠れないのか?」
「キンタロー……」
 ベッドの上に腰掛けていたシンタローだが、顔を上げるとそこには従兄のキンタローの姿があった。心配げに眉をしかめているのが薄暗い明かりしか灯されてない部屋の中で見受けられる。
 許可なく自室に入ってきた相手だが、それを咎めることはしなかった。それよりも、その表情を見たとたん、申し訳ない思いにかられた。
 キンタローに、そんな顔をさせたくはないのだ。だが、いつも自分はそんな顔をさせている気がしていた。
 それは、自分が弱いせいだ。
 それが情けなくて、くしゃりと髪をかきあげると、ポンと頭に手を置かれた。
「明日出発だ。その前にゆっくり休息をとれと言ったのは、お前だろう。そのお前がいつまでも起きているのでは、部下に示しがつかないだろうが」
「んなの、分かるわけねぇだろ」
 少しばかり強がってそう言えば、口の端で苦笑を作られた。
 目の隈を隠すことぐらい、ガンマ団総帥になってから覚えてしまった。相手に、自分の体調の変化を気取られないようにする術などいくつも知っている。
 一睡せずとも、足取りさえしっかりさせておけば、自分が徹夜していることなど、気付かれることはないだろう。ただ一人を除いて――――。
 その相手も、こちらが不利になるようなことは絶対にしないという確信があるから、たとえバレたとしても気にすることはない。
 ただ、黙って体調を崩すようなことを、させる人間でもなかった。
「ああ、分からないかもしれないがな、それでも寝不足で頭の回転が鈍った状態で出られてもこちらが困る。いいから寝ろ」
「………眠れねぇんだよ」
 強い口調で、諭されるが、それで、「おやすみなさい」と寝れれば、いつまでもここで目を開けている必要などなかった。
 眠れねぇとつげて、顔をあげれば、薄闇の中の僅かな明かりを吸収して、清浄さを感じさせる柔らかな青い光を揺らすキンタローの瞳にぶつかった。
「どうしてだ?」
 疑問の言葉を口にしつつ、しょうがないな、という表情を浮かべたキンタローの身体がそのまま傾いてくる。ふわりと彼の髪が頬に触れる感触と同時に、その身体を抱きしめられた。包み込むように回されたその腕に、その暖かさにほっと息をつく。
 部屋でずっと一人、思い悩んでいたことをほんの少しだけ、忘れることができた。 
「明日の出発が、怖いのか?」
 そう尋ねられた言葉に、かすかに目を見張った。
 何も事情を知らないはずなのに、的確に告げられた言葉に、シンタローは、自分の全体重を相手に預けた。甘えるように、その額を相手の肩に擦り付ける。
 他の者ならば、こんな風にできなかった。
 プライドが邪魔をして、無防備としかいえないこんな行動をとることは出来ない。けれど、キンタローは別格だった。
 自分の全てを―――24年間を知っている彼に、今更取り繕うことは何もない。だから、こうして遠慮なく甘えて見せれば、相手は、鷹揚にそれを抱きとめてくれた。
「違う……いや、そうかもしれない……でも、やっぱりそうじゃなくて……」
 本当のところ、どうなのかわからなかった。
 怖いという気持ちがあるのは、確かである。それを考えると、時折手が震えることもある。
 だけど、それだけではないのだ。
 あの島にいけるのだと判った途端に自分の中にわけの判らないもやもやが生まれ、それがなんなのか、わからずにいた。
「なにを恐れてるんだ?」
 恐れている―――。
 そうなのかもしれない。
 怖いというよりは恐れが近いのかもしれない。不安と心配もないまぜになったそれに、自分は怯えているのだ。
「シンタロー、言え。言えば少しは楽になる」
 促すその声に、シンタローは、口を開けた。けれどそこから声は出てこなかった。言葉にすることが、まだ躊躇われるのだ。
 喘ぐように空気を吸い込めば、ぽんぽんとそれを宥めるように背中を叩かれた。
 その行動に、かぁと頬に熱と赤味が灯る
 それは、前に自分が、キンタロー自身にしてあげたことだった。こちらに戻ってから、やはり24年間の空白は、ストレスをためたようで、しばらく不安定になっていたキンタローをよく自分がこうやって宥めていたのだ。
 それが、今日は立場が逆になっていた。
「シンタロー、大丈夫だから」
 そうしっかりとした口調で告げられて、ようやくすぅっと息を綺麗に吸い込むことができた。そのまま勢いに載せるように声を発する。
 自分の内に秘めたままだった思いを形にした。
「―――キンタロー、俺はまだあの島に別れを告げていないんだ」
 明日、自分はここを旅立つ。その目的地は、かつて自分が暮らしていたパプワ島だった。以前のパプワ島とは違うみたいだが、それでも、彼がいる場所は、いつだってそう呼ばれる場所なのである。
 そこに、明日自分は向かうのだ。
 『さよなら』を告げそこねた島に。
「けど次は? 次にあの島へと戻った時、俺はどうするんだ?」
 …………それが分からなかった。
 分からなくて、答えが見えなくて、だから苦しかった。
 答えが見つかるのが怖くて、答えが出ることを恐れていて、だから怯えていた。
 キンタローの胸に額を押し付け、苦しげに言葉を吐く。
 あの島へ再び行くことを夢見ていたのは、自分だ。
 なのに、現実になると尻込みしそうになっている自分が信じられなかった。
 まだ、なのだ。
 まだ、何も見つけてない。
 まだ、何も掴んでいない。
 あの島へ行く時には、完璧な大人になって、堂々と胸を張って、おとずれるつもりだった。
 それなのに、中途半端なままで、自分は再びあの島を踏むことになるのである。 
「だが、コタローを取り戻すんだろう」
「ああ……そうだ」
 そう。あの島へ行くのは、コタローがいる。
 目覚めたコタローを連れ戻すために、自分は、そこに向かわなければいけなかった。
 大切な弟だ。眠っている間、目覚めた時には、ずっと一緒にいると、何度も誓ったのに、いざそうなった時には、自分の傍には、弟はいない。
 だからこそ、会いにいかなければいけなかった。自分自身が、大事な弟を連れ戻しにいかなければいかないのである。
 そのはずなのに――――。
「コタローは大事だ。コタローに、会いたい。けど、それと同じくらいに、俺は、パプワ達に、会いたいんだっ!」
 それが悪いことであるはずがない。
 あの島へ行くのだ。
 ついでだからと、パプワ達に挨拶するぐらい、なんでもない。
「でも………俺は、わずかな間だったとはいえ、あの島の住民だった。あの島が、俺の家だった」
「そうだったな」
 シンタローを抱きしめたまま、キンタローは遠くに思いをはせるように目を閉じた。
 シンタローの目を通して見たパプワ島。そして、シンタローの身体を奪った後におとずれたパプワ島。
 その中で、目の前の彼は、今まで見たことのないぐらい、様々な表情と感情を外に出し、ぶつけていた。ずっと中に押し殺していた感情も、そこでは、浄化されたように消え、あるいは躊躇いなく表に露にさせていた。
 彼にとっては、特別で大切な島である、そしてそこに住む少年が、シンタローにとって、弟のコタローとは別の重みをもった存在だった。
「キンタロー………俺は、後悔してない。総帥に………ガンマ団総帥になることを」
 それは自分の意思だった。
 マジックに言われたからでも、周りの人間に後押しされたからでもない。
 自分が決めて、自分が選んだ道だ。
「だから、俺はもう、あの島で暮らすことは二度とできない」
 ガンマ団総帥である限り、パプワ島の住民になれはしない。ならばもう、自分は二度とそこで「ただいま」という言葉を口にすることなどできないだろう。
 そして、再びその地を離れる時は、今度こそ言わなければいけないのだ。あの言葉を。
 『さよなら』ってあいつに告げなければいけないんだ。
 それが、怖かった。
 そうすることで、全てにおいて決別してしまう気がするのだ。けれど、自分はそんなことはちっとも望んでいないのである。
 理性と感情は別物だというが、その通りだ。分かっていても、受け入れられない感情があった。
 そのジレンマに、身体がバラバラに崩されていきそうな感覚を覚える。
(どうすればいい?)
 そう尋ねることが愚問でしかなくて、だからこそ、その言葉を必死に飲み込んでいたシンタローに、キンタローが告げた。
「お前が、それが嫌だというのならば、俺は、反対はしないからな」
「キンタロー?」
 顔を上げれば、穏やかな目をしたキンタローがそこにいた。自分の弱さを諌めるわけでもなく、自分の愚かさを嘲るわけでもなく、ただ、自分を見守るような視線がそこにあった。
「ガンマ団総帥という地位にこだわるな。途中で投げ出すことを薦めているわけではない。だがな、無理やりお前に総帥をやらせるような者は、誰もいないだろう。俺もそうだ。俺は、お前の望むことに手を貸す。お前が決めたことをすればいい」
 耳朶を打つその言葉に、シンタローは、何度も頷いた。
「ああ、ああ、そうだよな」
 まずは決めなければいけないんだな。
 自分がどんな未来を選択するか、まずそれが先だ。でなければ、前に進むこともできない。 
「わかったよ」
「そうか。では、気がすんだな。もう寝ろ」
「そうするよ」
 自分が望む未来を選べるように、道を誤ることのない様に、まずはしっかりと休息をとるべきである。
 こちらが納得すれば、あっさりとその身体を解放された。そのままシンタローはベッドの上に横たわった。いまだにその場にキンタローの姿がある。たぶん寝付くまでそこにいるつもりだろう。そうして欲しかったから、何も言わずにただ、眠ろうと考えたが、それでも、これだけは口にしたかった。
「ありがとう、な」
「どういたしまして。―――おやすみ、シンタロー」
 返された言葉の暖かさに安堵するように長い息を吐いて、シンタローはようやく目を閉じられた。

















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帰 還

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「まだ、着かねえのかよっ!」
 ガンッ!!
 怒鳴り声とともに、凄まじい音が、艦内に響き渡った。
「あ、あの……ま、まままだ、到着には数日かかりますが」
 可哀想なほど汗を流しつつ、精一杯の勇気を振り絞ってそう告げたのは、先ほど音が聞こえてきたその隣で、舵を握る青年である。ちらりと横に視線を流し、そこにいまだに置かれている足を見る。それだけでも圧倒的な存在感である。だが、さすがにその先を見るほどの度胸は、その青年にはなかった。
「あぁん? 数日だと? んなに、待ってられっかよ。一日でつけ、一日で。それ以上は許さん」
「そ、そそんなことは無理です。無理です、出来ません」
 傲慢なほどの高圧的な態度と声音で、無理難題をおしつけられた青年は、すでに涙を流していた。
 今現在、この飛空艦の最高時速でもって、前進中である。それでも、やはり到着するには、数日間必要だった。
 今回の遠征に、行きだけでも一週間かけたのである。すでに893国をたってから、数日後の出来事とはいえ、それでも行きの工程の半数の日数しかたっていない状況で、明日に到着というのは、無茶な話だった。
「チッ」
 ガンガンガンッ!!
 無理だと断言した青年のその言葉に、舌打とともに足を置いていたそれを、再び足蹴にする。
「うわぁ~! 壊れる…壊れる時…壊れたらどうしよう……」
 真っ青な顔で、妙な三段活用をしつつそう呟く青年は、けれど、それをやめるように注意することは、当然ながらできなかった。
 もちrん艦内には、他の人間もいるのだが、それでも誰も何もいえないまま、しばらく艦内の機体を蹴る音だけが聞こえてきた、が、不意にその音が止まった。その足が、機体を蹴れずに空中を蹴った。
 原因は、背後から近づいた人物によるものだった。
「あん? 何すんだ、キンタロー」
「やめろ、シンタロー。艦が壊れる」
 場違いなほど落ちついた声。
 それは、シンタローの肩をがっしりと掴んでいる青年から発せられたものだった。空振りの原因は、その手で、行き成りその身体を後ろに引っ張られたためであった。
「なんだよ、キンタロー。その手をはなしやがれっ」
 振り返れば、そこには従兄弟のキンタローが無表情で立っていた。しかし、伸ばされた手は、シンタローの肩にきつくくいこみ、暴れることを禁じていた。
「足蹴りをやめるなら、離す。苛立つのは、わかるが、それはやめろ。後々修理するのが大変だ。お前がやってくればいいが、無理だろう?」
「………わーったよ」
 まっすぐに視線を向けられ、重々しくそういわれればかなりの説得力はある。
 確かにこの艦が壊れてしまえば、困るのはこっちである。
 素直に、あげられたままだった足を床に下ろすと、シンタローは、掴まれていた手を無理やりはがした。キンタローも、すんなりとその手を肩から下ろす。
 自由の身となったシンタローは、ばつが悪そうに、くしゃりとその長い髪をかき上げるように乱すと、そのまま、数歩下がり、専用の椅子に腰をおろし、蹴りをかましていた足をその場で組んだ。
「あー、ちくしょう」
 ガシガシと再び髪をかきみだす。
 苛立ちは少しも収まってはいない。それどころか、さらに湧き上ってくるようだった。
 その後ろにキンタローは、立った。そうして、苦い表情を見せる従兄弟を見下ろした。
「落ち着け、シンタロー」
「これが、落ち着いていられるかっ!! コタローが。俺のコタローが、あそこから逃げ出して行方知れずになっているんだぞっ」
 その報告が入ったのは、つい一時間ほど前である。
 正確には、正式な手続きによって報告された情報ではなかった。
 シンタローの乗る、この艦体のみ、常に本部からの情報を得るために、本部の通信回路を合わせており、内部情報も、傍受できるようにしていたのである。
 正式な報告は、まだこちらには届いていない。
 そのため、詳しいことはわからないが、それでも、元総帥の息子であり、現総帥の弟であるコタローが、なぜか長きに渡って原因不明の眠りについていたにもかかわらず急に目覚め、本部から飛び出していったことは、知ることはできた。
 そして、シンタローには、それで十分だった。
 とりあえず、怒りを爆発させるのは、である。
「コタローを逃がしやがって。役立たずの人間どもめ。つーか、あいつは殺す。ぜってーに、あの親父はぶっ殺す。完膚亡きまでに叩き潰し、ぐっちゃぐちゃのミンチにして、海にばら撒いて、魚のエサにしてやる……それから―――」
 ぶつぶつぶつと呪詛まがいの言葉を吐き出すシンタロー。その眼光は、にごった鈍い光を宿しており、口元はなぜか笑みを浮かべている。
 その本気ともつかない呪詛の言葉を、誰にぶつけられているのか、ここにいる者達は、皆わかっている。
 時折、「お気の毒に」とか「大丈夫だろうか」という優しい言葉が聞こえてくるが、その行動を起こすだろう本人を止める言葉を吐く無謀者はいなかった。
 ここで、その言葉を出せば、即座に、先ほどの呟かれた言葉を自分たちが実行されるのは、間違いないのだ。
 だが、唯一、今の彼に話しかけられるキンタローは、聞こえてはないだろう、その耳に、ぽつりと言葉をおとしてやった。
「あーシンタロー……。とりあえず命は一つだけだから、大事にしてやれ」
 が、もちろん返事はない。
 どう言う風に殺してやろうか、という想像で夢中なシンタローに、キンタローは、どこか遠くに視線を向けつつ溜息をついていると、その後ろから、誰かが近づいてきた。
「あの……キンタロー様。このことは本部に報告するべきでしょうか」
 振り返れば、そこには本部との通信を担当している部下である。
 こそこそと耳打ちするようにささやかれたキンタローは、しかし、その部下に首をかしげてみせた。
「何をだ?」
「総帥が、すでにコタロー様が逃げ出したことを知っていることをです」
「ああ……そうか」
 その説明に、キンタローは頷いた。
 この状況は、異常である。
 本部に前もって知らせるべきだろうか、と考えるのも無理なかった。
 しかし、本部からの報告はまだないのだ。
 そして、たぶん向こうも報告する気はないような気がした。
 コタローが逃げ出したことを報告した場合、シンタローが、どういう反応を示すかは、叔父貴―――マジックならば、十分わかっているはずである。とすれば、現在、内密にコタローの捜索をしているに違いなかった。 
 シンタローが帰りつくまでにはまだ、わずかだが時間が残っているのだ。その間に、コタローを連れ戻そうとしているに違いない。
 だとすれば、この状況を知らせるのは得策ではない。
「報告するな」
「えっ? いいんですか?」
 きっぱりとそう言い放ったキンタローに、以外な顔をされるが、キンタローは撤回する気はなかった。
「ああ。それに、万が一、あれに逃げられたら、本部崩壊だけではすまされそうにないからな」
 あれ、とは当然マジックのことだ。
 シンタローの帰還までに、コタローが見つからなかった場合、その怒りを恐れてマジックに逃げられては困るのだ。
 怒りの矛先は、一人に向けられた方が被害が少ない。
 キンタローは、素早くそう計算した。
 マジックがいない場合、それを探すために、内部を破壊しまくるシンタローの姿を想像するのは、容易かったのである。
「はあ」
 いまいちわかってない顔を見せつつ、頷き下がった部下を見送り、キンタローは、とりあえずは、大人しく座っているシンタローを眺めた。
 ぶつぶつと呟かれる呪詛は、顔をひきつりたくなるほどエグイものに変わっている。
 とりあえず、今のところ大人しいが、何かあれば、暴れだすに違いない。
「まったく。やっかいなことになったもんだな」
 どうも自分には、損な役回りしか回ってこないような気がする。がだ、それも仕方なかった。それが自分の選んだ道である。
「さてどうするか………」
 シンタローの宥め役を引き受けるのは、自分しかいないのである。ここにいる者のでは、今のシンタローは手に負えはしない。
「この借りはいつか返してもらうぞ」
 誰からか、は明確にせず、そうぼやいたキンタローは、とりあえず異様な緊張感に包まれた艦内を元に戻すために、元凶をどう移動させるかに、頭を振る回転させ始めた。















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夏の一日

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「シンちゃ~ん! 花火しよう」
 そういいながら、ひょっこりと総帥部屋に顔を出したのは、元従兄弟で今は兄弟になったグンマだった。
「花火だぁ?」
 時刻は夕刻。西向きの窓からは、朱色の光が透けている。
 シンタローが、開いていたノートパソコンの画面越しに、にこにこ笑いながら近づいてきたグンマに視線を向けると、
「うん。花火だよ。ほら、これ」
 そう言いつつ、グンマが掲げて見せたのは、お子様用の手持ち花火セットだった。
 色鮮やかで綺麗だが、大の大人がやるような花火ではない。
「んな、ちゃちいもんをやるのか?」
「だってこれしかないんだもん。これも、もらいもんだし。でも、いいでしょ? ねえ、シンちゃん一緒にやってよ」
 すでに机越しに目の前に来ていたグンマは、ねだる様子で、両手を組んで小首を傾げて見せる。
 だが、高松あたりには通用するだろうそのポーズも、生憎こちらでは通用しない。
「俺は忙しいんだよ。んなもんは、高松とやればいいだろう。あいつなら喜んで付き合うぞ」
 『グンマ様命』の変態科学者、ドクター高松ならば、グンマが、「一緒に花火しよっv」と言えば二つ返事で応えてくれるはずである。
 シンタローは、はずしていた視線を再びパソコンの画面に向けると、途中だった書類作成に取り掛かる。
 しかし、グンマはとたんに組んでいた両手をほどくと、バンと机の上を叩いて見せた。
「ダメっ! 僕は、シンちゃんとやりたいんだもん。やろっ? これくらいの量なら三十分もかからないし」
 その言動に、シンタローは、キーボードを叩く手をしばし止めた。 強情でしつこいのは、いつものことだが、それでも、ここまで自分に我侭を言うのも、珍しい。
「だから、お願い。シンちゃ~ん」
「はぁ、わかったよ」
 そんなグンマに、シンタローは観念したように、腰をあげた。
 息抜きだと思えば、それぐらいの時間はかまわないだろ。
「三十分だな。それぐらいなら、付き合ってやる」
 そう口にすれば、とたんに、万歳するように両手をあげた。
「うわーい、やったっ!! じゃあ、一時間後ね」
「今からじゃないのか?」
「だって、まだ暗くないもん。だから、一時間後。本部の裏庭でまってるからね!」
 大喜びでその場に跳ね回ったグンマは、そのままシンタローに抱きつくと、にっこりと微笑んだ。
「約束だよv」
 その二十歳をとおに過ぎたとは思えぬ無邪気な様子に苦笑しつつ、シンタローは頷いて見せた。
「ああ、ちゃんと行ってやるよ」
 
 



「なんだ、お前も呼ばれていたのか」
 約束の場所に行けば、すでに先客がいた。
「ああ」
 短く答えたのは、グンマと同じシンタローにとっては従兄弟にあたるキンタローである。
 とはいえ、ただたんに従兄弟とだけは、言い切れない間柄だが、そこら辺の確執は、すでにほとんど消え去っているといってもよかった。
「お前も結構ヒマ人なんだなぁ」
「ヒマなわけない。忙しいが、グンマの頼みだ。聞かぬわけにはいかないだろう」
 その言葉に、シンタローは口元に小さな笑みを刻んだ。 
 この従兄弟は、なぜかグンマには弱いのだ。初対面では、あれほど反発しあっていたのが、嘘のようである。
「まあ、いいさ。こんなもんとっとと終わらせて、お互い仕事に戻ろうぜ」
「そうだな」
 ちょうどグンマもこちらにやってきた。
「遅いぞ」
「ごめーん。高松に花火のことがバレて、ついてこないでって説得するのに時間かかっちゃった」 
 てへっと可愛らしく舌を出してみせるグンマに、シンタローは肩をすくめた。
「一緒にくればよかったじゃねぇかよ」
 高松一人増えたぐらいで、別に支障はないはずである。
 しかし、シンタローの言葉に、グンマはらしくなく目じりを持ち上げ、抗議した。
「ダメだよぉ! 今日は、三人だけの花火なの。だから、高松はいらないのっ」
 高松がその場でいたら、この世を儚み自殺してしまいそうなことを言い放ったグンマに、別に気にするわけでもなく、当然の疑問をシンタローは口にした。
「なんで三人なんだよ」
「だって、僕達――――ああっ、キンちゃん、まだ、ダメ。一人でやらないでよ」
 理由を言おうとしたグンマだが、その横で、興味本位からか、グンマが持ってきた手持ち花火セットの袋を破きだした従兄弟に、慌てて取り上げた。
「まってまって!」
「キンタロー、まて。まだ、花火する準備がととのってねぇから」
 シンタローも、それをとめる。
 理由は、聞きそびれたが、とりあえず花火を先にしても、支障はない。
「水汲んでくるからな」
 そう言って、シンタローは、グンマがもってきたバケツを手に、近場の蛇口へと向かった。花火をする前の基本である。
「駄目だよ、キンちゃん。花火は、火を使うから、最初に水とか用意しなきゃ駄目なの」
「そうなのか?」
「そうなの!」
 その背後で、二人の会話が聞こえてくる。
 花火と言うものを知っていっても、実際に体験するのは始めてのキンタローに、グンマは、大人ぶった様子で、説明している。
 マジックの息子だと知り、コタローの兄となったグンマは、めっきり兄貴面するようになった。時には、自分よりも経験値の低いキンタローにも、兄のように接する時がある。
 苦笑をするほどの幼い兄っぷりだが、キンタローは別に迷惑がっている様子見せてないので、シンタローもそれは、微笑ましい光景としてみているだけだった。
「ほら、水の準備はできたぞ」 
 バケツに8分目ほど水を入れたそれを二人の前に置いた。
「うわぁい。じゃあ、ろうそくに火をつけるね」
 セット花火の中に一緒に入っていた小さなろうそくをグンマは手にとった。
「マッチは?」
 それに火をつけてやろうとシンタローは、そう申し出たが、そのとたんグンマは、何かに気づいたように、ろうそくをもった手で、ポンと手を打った。
「あっ、忘れた」
「オイオイ」
 肝心なことをすっかり忘れる癖は、いまだに直ってないようである。
「どうするんだよ」
 火がなくては花火はできない。
「えーっとね、眼魔砲で何とかならない?」 
「なるかっ、ボケ!」
「ふえぇーん。ちょっといってみただけじゃないか。シンちゃんの怒りんぼぉ」
 お決まりのようにボケるグンマに、律儀に突っ込みをいれれば、相手は、すぐにキンタローに泣きついた。
「シンタロー。グンマを苛めるな」
「こんなん、苛めのうちにはいんねぇよ。チッ、仕方ねえな。火、とってくるわ」
 面倒だが仕方ない。こんなところで時間をとっているわけにもいかないのだ。
 息抜きかわりにここに来たが、仕事はまだ残っているのである。
「あんさん方、そこで何しとるんどす?」
 その声が聞こえてきたのは、本部の二階からだった。
 上を見上げれば、窓からアラシヤマが顔を覗かせていた。
「ちょうどいい。アラシヤマ。火をくれ、火」
 ナイスタイミングというものである。
「はあ?」
 突然そう言われたところで、アラシヤマには、何をすべきか判断できるはずもなく、間抜けな顔をさらすしかない。
「花火するのに、火がいるんだよ。いいから、とっととライターでもいいから放りなげろ」
「ああ、花火どすか。それやったら、これでええどすか?」
 そう言うと、アラシヤマが、外に向かって手を開いた。
「あん?」
 何をする気かと思えば、アラシヤマのの手から、炎の形をした蝶が飛び出してきた。
 ひらりひらりと闇夜を舞いつつシンタローの元へとやってくる。
「すっご~い。綺麗だね」
「器用なもんだ」
 関心する二人の前で、炎の蝶は迷うことなく手元にやってきた。
 どうやら、アラシヤマの特異体質から生み出されたもののようである。
「それでよろしいでっか?」
 近くによってきたそれにろうそくの芯を近づけると、ポッと勢いよく燃えだす。
 用事が済んだ蝶は、バケツの水を掬って消してやった。
「おう。サンキュ。じゃあな」
「えっ? それでおしまいですのん?」
 どうやら、この輪の中に入れてもらおうと密かに望んでいたよだが、それは却下だった。
「わりいな。グンマは俺達三人しか参加を認めてねえんだよ。お前はとっとと仕事に励め」
「………殺生どすなぁ」
 はっきりきっぱり言い放てば、恨みがましい視線を向け、涙を流しつつも、アラシヤマは素直にさっていった。
 これで用意は万全である。
「それじゃあ、花火を始めようね!」
 グンマの掛け声とともに、花火は煌びやかな光を放ち出した。




「で、なんで三人なんだよ」
 パチパチパチとシンタローの手元で跳ねるのは、線香花火だ。
 もう色鮮やかな手持ち花火は尽きて、残っているのはそれだけだった。
「ん~とね、思い出づくりをするためだよ。――凄いねぇ、シンちゃんの玉って大きい」
 グンマの手にも線香花火がついている。
 ただ、こちらは常に揺ら揺らと揺らしているために、先頭にある玉の寿命が短い。
「あっ……あ~あ」
 そうこう言っているうちに、グンマの手から、まだ小さな玉がぽとりと落ちた。地面にポッと熱が灯るが、すぐに冷やされ闇に消える。
 それを名残惜しげに見つめていたグンマに、シンタローは、新しいのを手渡した。
「ばーか。じっともってろよ。――――んで、思い出作りだと?」
「そう、思い出作りだよ。って、キンちゃん、いつまで持ってるの? それ、玉が落ちたら終わりだよ」
 キンタローの方は、線香花火はすでに終わっていた。終わっていたのにもかかわらず、まだ、持っている。
「そうなのか? じっと持っておけといわれたから、またこうしていれば、火花が散ると思っていたが」
「それはないよ。はいっ」
 シンタローから回された、新しい線香花火をキンタローにも手渡し、再び三人で、パチパチと小さな音と明かりを囲む。
「思い出づくりで、花火なのか?」
 シンタローの線香花火も先ほど落ちた。
 新しいの手に、再び先ほど途絶えた話題をふった。
「うん。夏だもん。夏といったら花火でしょ? 僕とシンちゃんと二人っきりで花火した時があったじゃない」
「ああ、そう言えば」
 いつも過保護な大人達がついて回る中で、二人っきりで花火をしたのは小学校6年生の頃である。
 こっそりと二人で、花火を持ち寄って、大人のいない場所で、花火をしたのだ。
「あの時さ、すっごくドキドキしてさ、楽しかったよね」
「そうだな」
 大人たちには内緒でやった花火。
 バレた時には、やはりこっぴどく怒られたのだが、それでも楽しい思い出の一つだった。
「だからね。キンちゃんともやりたかったの」
「俺とか?」
「三人だけの花火の思い出を作りたかったの。内緒というわけには、いかなかったけどね。でも、三人だけの。三人のみの思い出が欲しかったの」
 一言で言い表せられないほど運命の中で、その人生を大きく変えられた三人だからこそ、繋がれた絆。
 けれど、三人に共通してあるのは辛い過去や苦しい思い出しかこめられてない。
 だから、楽しい思い出も欲しかったのだとグンマは言うのだ。
「しっかしなぁ、グンマ」
「なあに? シンちゃん」
「大の大人が集まって、こうやって線香花火をするのが楽しいことか?」
「えぇえええ!! 楽しくなかったの? シンちゃん」
「いやっ…楽しい…つーか、さあ」
 いい気晴らしにはなったが、子供の頃のような無邪気な楽しさは、当然ながらない。
「俺は楽しかったぞ」
 しかし、至極真面目にそう告げたキンタローに、グンマも手を叩いて喜んだ。
「だよねぇv キンちゃん♪」
 ……………確かに、この二人ならば、無邪気に楽しめただろう。
「シンちゃんも、楽しかったよねぇ?」
 再度尋ねるグンマに、こうなれば否とは言えなかった。
「まあ……楽しかったかな」
 嘘ではない。
 昔のようなドキドキするような楽しさはないが、なんとなく和むというか、気分転換ぐらいには楽しめた。
「うわぁ~い。じゃあ、今度は海水浴いってスイカ割りしようね♪ 三人でっ!」
「まだ、やんのかよ」
 次の予定を口にしたグンマに、呆れるしかないシンタローだが、それはすでに決定事項のようだった。
「次の日曜日に皆で行こうねぇv」
「楽しみだな」
「そうだよね、キンちゃん♪ シンちゃんも楽しみにしててね」
 にっこり楽しげに言われてしまえば、断れるわけがない。
「はーい、はいはい。楽しみにしておきますよ」
(まっ、いいか)
 たまには、三人で出かけるのも、いいかもしれない。
 いい気分転換、気晴らしになってくれるだろう。

 まだまだ夏は、始まったばかり、今年はどんな夏になるのやら。 




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 2003.9.2

 この話は、まだ初夏の時期に書いた話なのです。
 完成してなかったから、ずっとお蔵入りになってただけです。
 なので、もう夏は終わってるなじゃねぇか! というツッコミはなしにしてください(笑)













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