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「うわぁ~」
 零れる愛らしい歓声に、その小さな身体を背中から抱き上げていたマジックは、すでに大量の鼻血を垂らしていた……。
 本日、マジック・シンタロー親子が訪れた場所は、ガンマ団の敷地の中でも一族のものにしか入ることが許されていない、プライベートエリアである。誰にも邪魔されない、二人っきりの世界を築ける場所に、それはあった。
 満開の桜の木々。
「パパ~! ピンク色がとってもきれぇ~」
「そうだね、シンちゃんv」
 艶やかな薄紅色が視界を埋め尽くすほど広がっている姿は、まさに壮観である。
(でも、君のほっぺのピンク色の方が綺麗だよ。その艶やかさにパパはクラクラさ!)
 そんな目の前の美しい光景を純粋に喜ぶ息子を前に、父親は相変わらず腐れた思考をめぐらせていた。
 しかし、同時につまらなくも感じているマジックであった。なぜなら、愛しい我が息子は、先ほどから桜の木ばかりに視線を向けているのである。自分がこんなにも傍にいるにも拘らず、先ほどから見ているのは、桜ばかり。こちらには、見向きもしてくれないのだ。
(キィーーッ! 桜ごときがッ)
 本気で桜の嫉妬しているのだから、嫉妬される桜もいい迷惑である。
 大体、ここへ来たのも息子がせがんだせいであった。
 そろそろ桜が見頃だと、使用人に聞いたらしく、久しぶりの休日にシンちゃんと二人っきりでラブラブしてすごそう★と計画していたマジックに、桜を見に行こうとねだったのだ。
 その仕草があまりにも可愛くて…可愛くて…可愛くて(以下エンドレス)仕方なかったので、つい聞き届けてしまったのは失敗だった。
(シンちゃん……パパちょっぴり寂しいよ)
 哀愁漂う背中。寂寥感漂うかすかに虚ろな表情。
 その程度で寂しがるのは人としてどうなのだろうか? と疑問を抱かないわけにはいかないが、そんなことを気にする相手ではない。
 どうすれば、その視線を自分に向けさせることが出来るのか。まったくもって大人気ないマジックは、愛息を肩の上に置きながら、そんなくだらないことをしばし思案し、そうしてイイコトを思いついた。
「あのね、シンちゃん。知ってるかい?」
「なぁに、パパ?」
 どこまでも可愛らしく尋ねかえす息子に、うっかり止まりかけていた鼻血を流しかけたが、ずずいっと吸い込んでそれを押さえつつ、マジックは愛息をそっと地面へと降ろした。それでも、シンタローの視線は桜に注がれたままである。
(クゥ~~~~~! 桜メッ!!)
 と、相変わらずの桜へのひがみは、どこからともなく取り出したハンカチの角をそっと食むことで押し流し、そうして再び何事もなかったかのように語りだした。
「この木がこんなに美しく咲くのは、人の血を吸い上げているからなんだよ」
「…ち?」
 その単語にピンとこなかったのだろう。きょとんとした顔を向けてきた息子に、マジックはにっこりと微笑んで頷いて見せた。
 目の前にある鮮やかな薄紅色に染まった花。その色に染まるのは、理由がある。
「そう、人の流した血を吸い上げることで、こんなにも綺麗なピンク色に染まるんだよ。だから桜の木にあまり傍に行ってはいけないよ。シンちゃんの血も吸われてしまうからね」
「……う、そ?」
 ようやく言葉の意味がわかったようである。先ほどまでうっとりと見つめていた桜の木を、今は不気味なものを見るように、表情を歪ませた。ちらりと桜に視線を向けるが、怖いものをみてしまったかのように、慌ててその視線を逸らし、父親へと大きな瞳を向ける。
(くすっ。もう一息だのようだな)
 怯える息子に対して、マジックは内心ほくそえみながら、腰を軽くかがめて、その耳元に囁いた。
「ホントだよ、シンちゃん。桜は、人に血を流させて、その血を吸って養分にしちゃうからね。シンちゃんは、大丈夫かなぁ?」
「やッ!」
 そういい終わった瞬間、ギュッと息子が足にすがりついてきた。そのままズボンをキツく握り締め、顔をそこに埋める。その手がぷるぷると小刻みに震えていた。
(……すっごく可愛い! OK! OK! シンちゃん★)
 思惑通りである。
 怯えながら自分に必死に縋り付く息子の愛らしさに、ますますマジックはヒートアップし、調子に乗った。
 いつもの笑顔をすっと消して、思いつめたような表情に、低めの声で息子に語る。
「だからね。そんなに桜の木を見つめていたら、シンちゃんも桜に魅入られて血を――」
「やぁ~!!」
 その言葉に、シンタローは、とたんに地面からび跳ねると、父親へとますますすがりついた。
「パパ! パパ、抱っこ、抱っこ!!」
 そうして普段は、あまり自分から抱っこをせがまないシンタローは、両腕を万歳するように持ち上げて、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。そこにいれば、桜の木の根元から死体が這い出し、足を引っ張られるのだと信じ込んでいるようで、必死である。
「抱っこなんて赤ちゃんみたいだよ? シンちゃん」
 それをわかっていても、意地悪げにそう問い返せば、シンタローの瞳には、父親だけを映していた。
「ヤダヤダ! パパぁ~~抱っこ~~~!!」
 先ほどの話がよほど怖かったのだろう。すでに大きな眼には、涙がいっぱいに浮かんでいる。うるうると潤んだ眼は、かろうじて泣く一歩手前といったところだ。ほっぺはすでに真っ赤に紅潮しており、売れた果実のような唇がへの字に曲げられていた。
(可愛い! すっごく可愛いよ、シンちゃんッッ!!!)
 すっかりこちらの思ったとおりの反応と行動してくれた愛息子に、とってもご満悦のパパである。もちろんやってることは、かなりサイテーだ。
(もうそろそろこの辺でいいかな)
 後は、ぎゅぅっと抱きしめて、「危ないから、パパからぜーッたいに離れちゃダメだよv」と教訓を付け加えれば、完璧である。もちろん、一番危険なのはその本人だが―――。
 しかし、世の中完璧には物事は進まないものである。
「大丈夫だよ、シンちゃん。パパが、ちゃんとシンちゃんを抱っこして、守って――」
「うっ……わぁ~~~~~~~ん。パパが桜に食べられてるぅ~~~~」
 しかし、行き成り息子が暴れだした。
 その手を伸ばし、抱き上げようとしたのだが、その瞬間思い切り泣き出し、その場から逃走してしまったのである。
「ええッ!? シ…シンちゃん、まって!!」
(いったいどうしたんだい、シンちゃん!………あっ)
 そこでようやくマジックは気がついた。自分の足元に溜まっている大量の血を。
 あまりの息子の可愛さに涙腺ならぬ鼻血腺が決壊してしまい、大量出血をしてしまったようである。いつものことなので、うっかり気付き損ねたのがまずかった。
「しまった……」
 先ほどの話のせいで、鼻血を流しまくるマジックを、どうやら桜に食べられていると勘違いしたようである。
「違うんだよ、シンちゃん! これはッ」
 君の愛らしさから流れ出た鼻血だよ!――と、どうしようもない最低な真実を叫んでは見たものの、それを聞いてくれる息子の姿は、そこにはなかった。
 策士策におぼれるとはまさにこのことか――。
 愛息の視線奪回はこうして大失敗のまま幕を下ろしたのだった。  
  

 その後。
 五体満足で戻ってきた父親を、ゾンビだと勘違いした息子は数日間必死で逃げ回り、今度は大量の涙を流すはめになったマジックであった。

 
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 窓を開けるとそこは雪景色だった。


「どうりで静かだと思った」
 自室にしている部屋の窓の向こう側の景色は、一色に染められていた。いつもならば、窓から少し離れた場所にある木々から、小鳥たちの囀る声が聞こえてくるのだが、今日はそれがなかった。雨の日にもそんな時があるが、雨音すらも聞こえずに、もしやと思いカーテンを開いてみれば、案の定である。昨晩は、星の瞬きひとつ見えない空だと思っていたが、朝が来てみれば、思わず感嘆のため息がもれるほど、雪が降り積もっていた。
 とはいえ、積もった雪を見て興奮するほど幼い感情は持ち合わさってはいない。それでも、窓の向こうの景色に、マジックは、口元がほころびていた。
 もちろん考えているのはただひとつである。
「ふふふっ…雪と戯れるシンちゃん……イイ」
 一面の銀世界から連想していき行き着く先は、満面の笑みで雪の中を転げまわる愛息の姿の妄想――もとい想像で、父親らしい(?)笑みをこぼした。
 だが、その映像を断ち切るような無粋な音が、部屋に響いた。
 ビィービィービィー。
 枕元に備え付けられている内線より呼び出しである。
(朝っぱらから何事だ)
 素敵な妄想空間から呼び戻されたマジックは、眉間に皺を寄せつつも、通話のために、赤いボタンを押した。味気ないお知らせの電子音が止まり、代わりに聞き覚えのある部下の声が聞こえてきた。
「朝早くから失礼します」
「かまわん。用件はなんだ」
 こちらの睡眠を壊したというような謝罪はなしだ。この時間には、すでに自分が目覚めていることは、側近の部下ならば知っていることである。先を促せば、あちらも心得ているもので、即座に用件を口にした。
「はい。マジック総帥がお目覚めの時刻となりましたら伝言して欲しいとご子息より言付かった言葉があり、お知らせに参りました」
「シンタローからだと! なんだ」
 シンちゃんからパパへの伝言?
 時々、時間の都合で直接会えない息子は、寂しがって部下に言葉を伝えてもらうことがある。
(だってシンちゃんってば、パパが大好きだもんね★)
 ウキウキしつつ、部下からの言葉を待っていれば、一拍置いて、その伝言の内容が伝えられた。
「はい。では、読みます―――『パパへ 今日雪が降ったの知ってる? お仕事が空いたら僕と雪だるま作ったりして遊んでね。  パパ大好きなシンタローより』――以上です」
(シ…シンちゃん。それはパパへの愛の告白と思ってもいいんだねッ!)
 そんなはずがあるわけない。が、もちろんマジックに突っ込んでくれるような親切な人はどこにもいなかった。息子の伝言にすっかり有頂天のパパである。
(朝からデートのお誘いなんて、パパ嬉しいよ★)
 さっそく先ほどの妄想が現実身を帯びてくるというものである。すでに妄想の中の息子は、さながら可愛らしい雪の精。キラキラと白銀の輝きをまといながら、満面の笑顔で父親に向かって「パパ大好きv」と言ってくれている。
 当然ながら、鼻血は流れっぱなしだった。
(今日の仕事は……ま、どうでもいいよね)
 息子よりも大事なものはない。それならば、考えるだけ無用である。
「総帥……あの……」
 トリップしまくっているため、長い沈黙があいたのだが、それに耐え切れなかったのか、躊躇いがちに部下から声がもれる。その声に、即座にマジックはガンマ団総帥の顔へと戻った。
「今日の午前中の仕事は、全てキャンセルだ。いいな」
「は、はいッ!」
 有無を言わせぬ迫力を声だけで伝える。緊張した部下の声を聞きながら、マジックは、ふと大事なことを聞き忘れたことを思い出した。
「ところで、シンタローはどこにいるんだ」
 それを知らなければ、大切な時間が減ってしまう。できた時間は、午前中まで。そのギリギリまで、愛息との雪の中での戯れについやす心意気なのだ。
「ご子息は、中庭にいらっしゃるようです」
「ご苦労」
 それだけ言うと、とっとと通信を切り、マジックはいそいそと愛息の元へ出かけるための準備をいそいそとし始めたのだった。
 




 外へ一歩踏み出れば、即座に冷気が肌を刺す。
「うぅ~~やっぱり寒いねぇ」
 厚手のシャツにセーターを着込み、さらにコートを羽織ってみたものの、重たげな灰色の雲がかかった空の下では、ぬくもりは一切期待できず、思わずその場で足ふみをした。とたんにキュッキュッとブーツの底から踏みしめられる雪の音がする。埋まった深さはおよそ5センチほど。一晩にしては、かなり降った方だった。しかし、雪を眺めたのもそれまだった。
「パ~パぁ~! こっちこっち」
 その声が聞こえたとたん、マジックの視線はただひとつを映し出す。
「シンちゃぁ~んvvv」
 今、行くよ♪
 即座に愛息子へターゲット・オンを果たしたマジックは、一直線にそちらへ向かって全力疾走で駆けていった。
 雪のための走り辛さなど、ものともしないばく進ぶりである。
 猛スピードで駆け抜けたマジックを待ち受けていたのは、冬装備にもこもこ姿が可愛らしい息子のシンタローだった。
 ちなみに身に付けている帽子・マフラー・セーター・手袋は、マジックが夜なべして作った自信作である。コンセプトは白ウサギちゃんのため、真っ白の毛糸で織られているが、手袋だけは赤い目の変わりに真っ赤である。もちろん帽子には、可愛らしいウサギ耳つきで、帽子の後方は、三つ編された細い毛糸が伸び、その先に尻尾代わりの白いボンボンがひとつついていた。
 そんなシンタローに向かって、怒涛の勢いで近づいてくる父親に、
「パパ。みてみてぇ! ほら、白兎♪」
 そう言うと、シンタローは、雪の上で、赤い手袋を目に当て、ぴょこんとその場で飛び跳ねてみせた。尻尾代わりの白い毛玉もポンと跳ねる。その瞬間。
「はうッ!!」
 その眩暈がするほどの愛らしさにしっかりとやられてしまい、思わず足元をふらつかせ、マジックは、その場に膝をついた。
 ぽとり…。
 白い雪が赤く染められる。
(いかん……シンちゃんを抱きしめる前に、すでに血が。くぅ~~~、誰だ、あんなに罪深いものを息子に作ったのはッ! 私だよ。私――グッジョブ!!)
 いい仕事してますねぇ、と自分で自分を褒め讃え、再び気力で復活したマジックは倒れる前と変わりなく――鼻血は、雪で拭って、赤く染まった雪に白い雪をかぶせ、証拠隠滅完了★――息子のシンタローに向かって歩みを進めた。
 ようやくシンタローの元にたどり着くと、相変わらず可愛らしい魅力満点な息子に、マジックは声をかけた。
「シンちゃん。寒くないかい?」
 いつから外へ出ていたのだろうか、傍にいけば、真っ赤な頬と鼻をしているのがわかった。手を伸ばして触れてみれば、かなり冷たい。
「ううん。大丈夫だよ。でも、パパのおてて暖かいねv」
「さっきまで部屋の中にいたからね」
 まさか、息子の姿に大興奮して体温が上昇しているとはいえないパパである。
 冷たくひんやりとした息子の滑らかな頬に思わず、「雪見大福みたいだね。食べちゃいたいよ、パパ」と当然のごとくお馬鹿な発言を心中でしていれば、そんな危険妄想など欠片も気付かない無邪気な天使(パパ談)であるシンタローは、頬をさするその手にくすぐったそうにしながら、言い放った。
「そっか。あのね、パパ。僕の息ね、こんなに真っ白なんだよ」
 はぁと大きく息を吐き出せば、言葉どおり大気に白い靄が生まれる。
(シンちゃんの吐息…パパ、全部吸い込んでもいいかいッ!? むしろそのお口に吸い付きたいよ!) 
 そんなことすれば、変態性がモロバレになるので、とりあえずそこら辺はグッと我慢し、それでも気付かれないように、そそっと深呼吸だけは、しっかりとやった。何分の一かはしっかりと肺に収めてみせたパパである。
「今日は、とっても寒いからね。パパの息も真っ白だよ」
 そうして、その場を――というより自分自身を――誤魔化すように、同じように白い息を吐いて見せる。が、もちろん先ほどすった愛息子の吐息とは別の息を吐き出すほどのワザは手に入れているので心配ご無用だ。
「ねえ、パパ。今日のお仕事は大丈夫?」
「大丈夫だよ。午前中は、シンちゃんと遊んでいられるからね」
 そう答えれば、パッとシンタローの顔が輝いた。嬉しそうに、帽子につけてあったウサギの耳が魅惑的に揺れる。本当に仔ウサギのように――そんなものとは比べものにならないよッ!(パパ談)――愛らしい。そんな跳ねる元気な仔ウサギを抱きしめれば、弾むような声が耳元ではじけた。
「やったーッ! 僕、パパと雪だるま作りたい。それから雪合戦もッ!」
「いいよ。ぜーんぶパパと一緒にやろうね」
 二人っきりでね★
 もちろんそれは当然のことだった。
(邪魔する奴はぶっ潰すぞぉ!)
 にこやかな笑顔を息子に向けつつ、空恐ろしいことを考えていたマジックに、これまた当然のごとく、いいタイミングで登場してくれる者がいた。
「んな、クソ寒ぃところで、何してんだよ、てめぇら」
 声をかけてきたのは、マジックの弟である、ハーレムだった。
 とたんに、腕の中にいた息子の温もりが消え去る。
「あー! ハーレム。一緒に遊ぼう」
 父親の腕から飛び出したシンタローは、すぐさま中庭に現れたハーレムに向かって駆け寄り、その腰に抱きつくようにしてせがんだ。なんだかんだいいつつ、面倒見のいいこの叔父は、シンタローにとっては、大好きな遊び相手の一人なのである。
「ハーレム叔父様といえ、クソガキ。雪遊びだぁ? まあ、少しぐらいなら付き合って……。つーか兄貴、そのポーズは――」
 なんですか?
 と、問いたいところだが、それは愚問というものである。
 生意気なところも目立つものの可愛い甥っ子の頼みに、しぶしぶながら承諾してやろうかと思っていたハーレムは、けれどすさまじい殺気に声を失った。
 気がつけば、マジックは、腕を持ち上げ、こちらに向かって手を広げている。
「ん? 挨拶のポーズだよ、ハーレム」
(どこがだよッ!!)
 どう見ても、一族必殺技の眼魔砲の構えである。しかも照準は自分だ。殺気ムンムンで、『挨拶』だの言われても信じられる馬鹿はどこにもいないだろう。
 この原因は、もちろん自分の腰にへばりついたままのシンタローである。嫉妬の炎を燃やしまくる兄を前に、ハーレムは、現実から目をそらすように、視線を空高くへと向けた。
(……相変わらず親馬鹿かよ)
 しかし、暢気にそんなこともしていられない。自分の命は、今、まさに風前の灯なのである。
 そんなことに気づかない甥っ子は、自分を逃さぬように、必死に腰にへばりついている。それが余計父親の嫉妬を煽っていることは、もちろん気づいていなかった。
「おい、ちみっこ。俺とではなくて、マジック兄貴と遊べ。な?」
 やはりまだ自分は死にたくはない。
 甥っ子の頭を帽子ごしにポンポンと叩いて、そう言えば、不満そうな顔が上を向いた。
「パパと?」
「そうだよ、シンちゃん! パパと二人で遊ぼうよ、ね?」
 その言葉に、父親も必死に自分の元へシンタローを引き寄せようと両腕広げて呼びかける。だが、そうそう上手くいくはずもなかった。
「ん~。でも、僕、ハーレムとも遊びたい!」
 とたんにその場の空気が一気に絶対零度まで下がる。
「ば、馬鹿!」
 んな、爆弾発言するんじゃねぇ。
 薄れていた殺気が再び盛り返される。ハーレムの背中は、外気気温とは逆に、すでにじっとりとした汗でぬれていた。
「シンちゃんッ!」
 パパよりも、このろくでなしのどーしようもない愚弟を選ぶっていうのかいッ!?
 どうしようもなさは、同レベルな気がするが、もちろんお互いに気付いてないところがいいところである。
(これはもう、作戦変更だな)
 シンタロー自身がこちらに来ないのならば、元凶を消すのみである)
 マジックは、にこやかに微笑むと、その顔を愚弟へと向けた。
「ハーレム。お前には、仕事が入ってなかったか?」
 訳:とっとと消え失せろ★
 にこやかに作られたまがい物の笑顔の中にある、どんよりと濁った輝きを放つ瞳が向けられる。
「そ、そうだった。忘れてたぜ」
 訳:俺も命が惜しい…。
 先ほどから止まらない脂汗。自分自身の健康のためにも、早期撤退が好ましい。
「え~~! なんだよ。もう行くの? ハーレム」
 久しぶりに会えたというのに、あまりにもそっけない叔父の態度に意気消沈すれば、ハーレムは、少し屈み込み、その背中を優しく叩いてあげた。
「悪ぃな。また今度遊んでやるよ」
 申し訳ないと思うけれど、命あっての物種。大体、生きていなければ、次に遊ぶことも出来ないのだ。
「むぅ~。約束だからね!」
 それでもしぶしぶながら、腕を放してくれた。名残惜しげに、視線を向けられる。そんなふくれっ面の甥っ子に申し訳なさを感じつつ、さらに殺気を増した眼前に戦々恐々しつつ、ハーレムは、回れ右をして遁走したのだった。
(まったく、シンちゃんになんて可愛い顔をさせるんだッ!)
 邪魔者が消え去るのを確認したマジックは、先ほどの光景に憤慨していた。
 ふくれっ面して我侭を言うなど、自分にはめったにしてくれない仕草である。いつもいい子なのは嬉しいけれど、たまには、ああいうこともして欲しいパパだ。
 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。ようやく二人っきりになったのである。
「それじゃあ、シンちゃん。パパと遊ぼうか」
「うん♪」
 仕切りなおしとばかりにそう告げる父親に、シンタローは、先ほどのやり取りも忘れて、にっこり笑って頷いた。直後、鼻血を吹き出した父親に、それも一時お預けとなったのは、当然のことであった。

 



















 今日は五月五日。端午の節句。こどもの日である。
「ふふふっ。今日という日を一年待ちかねたよ、パパは!」
 なにやら怪しげな含み笑いを零し、(きっといらぬ)野望に激しく燃えているマジックだが、それはいつものことのため、午前中に終えた仕事を片付けるためにいた秘書の面々は、遠くからそっと見守ってあげていた。触らぬ神にたたりなし、という言葉はここでは健在なのである。
 そんな秘書官らの健気な行動を他所に、すでにテンションは上向きっぱなしのマジックは、いそいそと帰宅の用意をはじめていた。
「ふん。ふふふ~ん♪」
 今日は、くどいようだがこどもの日である。だから、当然仕事も半日で終えた。本当は、一日中お休みにしておきたかったのだが、仕事の都合上そうもできずに、泣く泣く半日出勤である。
 普通の会社社員なら、この仕打ちに社長を呪って呪い殺してしまえばいいのだが、生憎トップは自分である。当然殺すわけにはいかないし、文句も言えるはずがなく。「マジちゃんったら、頑張りやさんね」と、自分で自分を褒めてあげつつ、誤魔化しつつ、仕事を終えた。
 それでも、そんな欺瞞に満ちた、苦痛の時間はもう終わりである。
 午後からは愛する息子と楽しく過ごす時間だ。

「シンちゃ~んv パパと一緒に菖蒲湯にはいろっか★」
 さっそく愛息子のいる部屋にすっ飛んで行ったマジックは、ドアを全開にあけると同時にそう誘い文句を告げた。
 午前中はずっとその台詞が渦巻いていたのだ。
 とうとう言えたそのことに感激しつつ、マジックは両手を広げた。
(さあ、カモン!シンちゃん。パパと一緒にバスルームへGO!だよ)
 そうして親子で仲良しバスタイム★
 最近ちょっと大きくなってきた息子とは、仕事の忙しさもあいまって、一緒に入る機会が減ってきたが、今日は別である。
 これもこどもの日だからこその醍醐味だ(違うけど)
 しかし、部屋でプラモデルを作っていた息子の言葉は、そっけなかった。
「グンマと入ったから。僕、入んない」
 ……………え?
「い、いいい今なんて言ったシンちゃん?」
 この年で難聴になったのだろうか。今、妙な言葉になって耳に入ってきた気がする。
 マジックは、ぐりぐりと小指を耳の穴につっこみ、簡単耳掃除を行ってから、もう一度尋ねた。
「パパ、聞こえなかったからもう一度言ってくれるかな?」 
 その言葉に愛息は、素直にさきほどよりも大きな声で言ってあげた。
「だからね。さっきグンマが来て『高松が菖蒲湯を入れたから、一緒に入ろうよ』、っていったから入ってきたの」
「高松と?」
「高松もいたよ」
 なんの躊躇いもなくそう告げるシンタローを前に、マジックはガーンと大きな文字を背負い、重苦しい背景をバックに、がっくりと両膝を折って床につけた。
 前のめりになった身体を両腕で支える。それが、ぷるぷると震えていた。
(な、何てことだ。シンちゃんとバスタイム……それが、それが出来ないなんてッッッ)
 床についた手を握り締める。強く、強くだ。
 どうしようもない怒りがふつふつと身体の奥底から湧き上がってくるのを、マジックはまざまざと感じた。
「一年に一度の私の楽しみを。しかも……しかも、高松なんぞに奪われるとは…………この恨み末代までたたってやるぅぅぅ~~~~~~!」
 許さんッ!
 行き成り仁王立ちしたマジックは、血の涙をだらだらと流していた。
 その形相はまさに悪鬼。
 そうしてクワッと開いた口からは、呪詛の言葉が縦糸に水のごとく零れ落ちてきた。
 一体いつ、そういうものを覚えてきたのかわからないが、呪うとなれば、余念はない。さすがはマジック総帥! と部下達に崇め奉られる存在である(違うけど)
「パパ? パパ? パパぁー!」
 シンタローの呼びかけにも答えずに、マジックは一心不乱に高松を呪っていた。

「もう、パパったら! 僕、グンマのとこに遊び行っておくね」
 それをしばらく見物していたシンタローだが、5分もすれば飽きてきた。
 こういう父親を見るのが初めてならば、あともう5分ぐらいは我慢して見れたかもしれないが、『いつもじゃないけど、たまにあるんです、こんなパパ』が日常なシンタローは、回りに散らかしていたプラモデルを手早く片付けると、立ち上がった。
 本当は、部屋でプラモデル作りを続けたいけれど、父親のせいで怨念がいたるところに漂う部屋に、これ以上いたくもないのである。
「パパ。ちゃんと後で、この部屋をお祓いしておいてね」
 そうでないと、父親の呪詛のおかげで、他の妙なものもよってきそうで怖いのである。お祓いをしてもらわない限りは、絶対にこの部屋には戻って来ないぞ! と決めたシンタローは、部屋を出ていこうとしたが、それを止められた。
「シンちゃん!」
 肩をがっちりとマジックにつかまれる。
 すでにその顔に、血の涙の後はなかった。血まみれの顔を綺麗にするというワザは、シンタローが生まれた時から、身につけたワザである。すでにプロ級。神業的まで磨き上げられたそれに、血のあとは欠片も残された無かった。
 それはそれとして、マジックは息子の肩を抱いたまま、言った。
「まだ、パパとやることがあるでしょ」
 まだ、先ほどの恨みを引きずっているのか、筋肉がひきつれたような笑みを浮かべる父親に、けれど、毎度のことだと、平然とそれを見返した息子は、可愛く小首を傾げてみせた。
「なぁ~に? パパ」
 やることはあるといわれても、こちらは心当たりは無い。
 きょとんとした顔を思わずしてしまえば、
「はぅッ! シンちゃん、ラブリ~ぃv」
 それにあっさりと悩殺された父親は、ボタボタと今度は鼻から血を流しだした。
 至近距離での流血。しかし、そんなことで動じるお子様ではなかった。
「パパ…鼻血ふいて。僕の部屋汚さないで」
 注目するのは、そこである。
 さきほどからこの父親は、息子の部屋でろくなことをしていない。行き成り血の涙を流すわ、呪詛を呟くわ、怨念を振りまくわ、あげくの果てに鼻血で床を汚し始めた。
 こどもの日だし、新しい部屋でもねだろうかな、とちらりと考えたりしている、ちゃっかりものの息子を前に、父親は、取り出したハンカチーフを鼻に押し当てた。
「おっと、ごめんごめん、シンちゃんv」
 それを鼻に詰め込む。それでようやく血を止めた。
 物凄く間抜け面になっているのだが、だが、やはりこれも見慣れた光景で、シンタローは笑うこともせずに、改めて自分の父親を見上げた。
「で、なに? パパ」
 そう尋ねるシンタローに、マジックは別の場所から、また布を取り出した。
「これを見てごらん。シンちゃん! 『ぴらりん♪』」
 自分で妙な効果音を出して、内ポケットから取り出したのは、赤い布だった。だが、それはけっして、おのれの鼻血で染め上げたものではない。
 ちゃんと染物屋さんが染めた赤い布である。
「さ、シンちゃん。今日は『こどもの日』だからねv パパに、これを着て見せてくれるかな♪」
「これ?」
 ひらひらと揺れる、大きな赤い布切れを受け取ったシンタローは、それを広げてみた。
 ひし形のような形のそれは、上部には、首にかけるようなヒモが、そして左右の角にも、それぞれ長い紐がついていた。
 なによりも特徴的なのは、その中央部には特徴的な文字『金』のひともじ。
「……パパ、これって」
 ぱっと見たところ服とは言えないそれは、けれどれっきとした由緒正しい服である。
 すでに蕩けきった顔で、マジックはそのただの布としか思えぬ服を息子に押し付けた。
「そっv キンタローさんだよ。さ、シンちゃん。パパにその逞しい姿を見せてちょうだい♪」
「う、うん……」
 気は進まないけれど、大好きなパパの頼みなら断れない。
 もう5月とはいえまだ半袖には少し早いこの季節。半袖どころか、後ろの布さえないこの服を着るのは、季節柄どうかと思うのだが、一応室内温度は、調節されているために、しばらくの間ならば、その服でも風邪引く問題はない。
 シンタローは、キンタローのコスプレをするために、ぽちぽちとシャツの前ボタンをマジックの前で、はずしだした。

(シンちゃんのストリップショー……)
 それを素晴しく怪しい目つきで鑑賞しているのが、父親である。
 その全てを目に焼き付ける!という勢いで舐めるように見ていたマジックは、そのために忍び寄る危険に気付けなかった。
 ひらり…。
 シャツのボタンが全て取れ、上着が脱がれる。そこから露になる魅惑の白い肌。胸元の桜色をした―――。
「ッッッッ!」
 ハンカチーフはすでに真っ赤に染め上げられ、それすらも一緒に噴出しかけたその時、
「やれやれ。またかい、兄さん―――眼魔砲ッ!」 
 とっても投げやりで、だが威力は抜群のそれが、放たれたのだった。

 ドゴォーーン!!

 いつもならば、こんな攻撃さらりと交わすガンマ団総帥だが、今回は、完璧に油断していた。
 ど真ん中ヒット。
 爆音を当りに轟かせながら、それは部屋を突き破って行った。
 
「あ! サービスおじさん!」 
 立ち込める煙。
 だが、それも薄れてくると、部屋に一人存在していたシンタローは、にぱっと笑顔を浮かべてドアにいた人物に向かって駆け寄っていった。
 視界が戻ってくるとドアの前に佇んでいる美貌の叔父の顔がはっきりと見える。
 その前に聞こえてきた声から、来ていたのはわかっていたけれど、やはり顔が見れると嬉しかった。傍までいくと、そこで足を止めて、見上げる。
「どこへ行ってたの?」
 シンタローは、そう尋ねた。
 いつもふらりと一人どこかへ出かけていっているサービスだが、こどもの日には、シンタローのためか、ガンマ団に戻ってくるのである。だが、一度シンタローに挨拶に来た後、この叔父は、今まで姿を消していたのだ。
 それで、どこにいたのかと尋ねると、サービスは、気だるげに視線を揺らしこたえた。
「ん? 高松のとこだよ。でも、行き成りあいつが口から血を噴出してのた打ち回りだしたからね。服が汚れる前に、こっちに戻ってきたんだよ」
「ふ~ん。―――パパの呪いってちゃんときいていたんだ」
 どうやらマジックの呪いはしっかりと高松へと届いていたようだった。
「そんなことはどうでもいいから、シンタロー。さ、風邪をひくから、服はちゃんと着てようね」
「でも、パパが、これにお着替えしなさいって」
 シンタローは、手にもっていたキンタローの服をサービスに見せた。とたんに、その柳眉が顰められる。
「あの馬鹿親め…」
 邪な思いをもって可愛いシンタローにこんな裸同然の服を着せようとしたマジックを罵りつつ、サービスは、そんな暗黒場面は欠片も見せずに、にこりと綺麗に微笑むと、シンタローの手からそれを取り上げた。
「でも、シンタロー。そのパパがいないなら、これは無駄だろ?」
「あ、そっか」
 その言葉に、シンタローは、ぽんと手を叩いた。
 サービスの言うとおりである。この部屋にはもうマジックは存在していなかった。
 パパは、さきほど、この美貌の叔父が放った眼魔砲によって、どこかへと吹き飛ばされてしまったのだ。
 部屋にはぽっかりと大きな穴だけが開いている。そこから吹き込む風は、風邪をひきそうなくらい冷たかった。
「くしゅん」
 思わずくしゃみが出てしまえば、優雅に、けれど素早くサービスが動いた。
「ほら、これを着なさい」
 床に落ちていたシャツを拾われ、シンタローの肩に乗せられる。
「うん」
 シンタローは、それを急いで身につけた。きっちりとボタンを上まで留められのを確認すると、サービスは、甥っ子の小さな肩に手を置いた。
「さ、むこうで柏餅が用意されていたから、食べに行こうね」
「はぁーい!」
 そう促され、シンタローはいい子の返事をして、サービスとともに部屋を後にしたのだった。





 一方、吹き飛ばされたマジックはというと。
「そうすーい! こいのぼりの真似は、危ないからやめてくださぁ~い!!」
「誰が、こいのぼりの真似なぞするか! サービスにここまで吹き飛ばされたのだ!! 早く助けんかぁ~!」
 眼魔砲で吹き飛ばされ、外へと放り出されたマジックだが、しかし、しっかりと生きていた。
 愛息のために立てたこいのぼりのポールにしがみついたマジックは、大きな真鯉よりも逞しく、父をアピールしていたのだった。













ttt








思ひ出アルバム3

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「行けません! お待ちください」
 扉の向こう側が騒がしい。
「何かあったのかな?」
 時刻は五時。
 そろそろ仕事に一区切りをつけ、可愛い息子のために夕飯を作りにいかねばならぬ時間だ。仕事をしつつも今日の献立を考えていたマジックは、総帥席から扉の方へと視線を向けた。
「駄目です、シンタロー様っ!!」
「シンちゃん!?」
 その言葉を耳にしたとたん、マジックは超特急で扉の前に移動すると、バン! と両手でそれを押し広げた。



「シンちゃん!」
「あっ、パパぁ」
 扉の少し前で、ガンマ団団員の一人に抱きとめられていたシンタローが、扉を開けて出てきた父親の姿を見ると、にぱぁと愛らしい天使の笑顔を浮かべる。
 ガンマ団総帥の顔などあっさりと脱ぎ捨てたマジックは、蕩ける笑顔をシンタローに向けた。だが、即座に顔を引き締めると、自分の息子に許可無く触れている団員を睨みつける。
「それで、君は私の息子に何をしているんだい」
 返答しだいでは即刻死刑、といわんばかりのその表情に、団員の顔は引き攣った。
「あ、あの、わたしは…」
 震える団員の手が、シンタローから離れる。そのとたんシンタローは一直線に父親の元に駆け寄ってきた。そのまま両手を広げて万歳するようにしてぴたりとマジックに抱きついた。
「ああっ!」
 その団員の悲鳴じみた声が聞こえるが、もちろんマジックの耳にはそれは遮断された。
「シンちゃ~んvvv 元気にしてたかい?」
「うん!」
「…………あの、総帥」
「なんだ」
 親子の語らいを邪魔する団員に、睨みつけるが、その団員が、こちらを指した。
「制服が」
「おやっ…」
 自分の姿を省みると土の上に転んだように汚れた自分の姿があった。
「あっ、ごめんなさい、パパ。僕、パパのお洋服汚しちゃった」
 その言葉を聞く前から、犯人は誰だか即座に気づいた。息子は、ものの見事に泥んこ状態だった。いったい何をしていたのか、手や顔はもちろん向き出しの腕や足まで泥がこびりついている。もちろん服は、洗濯機にいれれば泥水ができそうなほどの凄まじい汚れ具合だ。
「なるほど」
 これでは部下も制止させたくなるのもわかる。
「パパ、ごめんなさい」
「いいんだよ、シンちゃん。どうせこれは、クリーニングに出すもんだしね」
 シュンと萎れた表情になった息子に、マジックは優しい笑顔を向け、頬についた泥を手で撫でる様に落とした。
 もっともこれだけ泥をつけられれば、クリーニングでどれだけ綺麗になるかはわからないが、その時は、捨てればいい。替えなのはいくらでもあるのだ。
「あの……」
 まだ、先ほどの部下がそこに情けない面で立っている。
 彼も悪気があってシンタローを制止させたわけではなかったのだ。ただ、こちらを思っての行動だろう。息子の手前でもあるし、きつく咎めるわけにはいかなかった。
 マジックは、軽くそれに向かって手を振った。
「かまわん、気にするな。行け」
「はっ。失礼しました」
 その言葉に、頭を下げると逃げるに行ってしまった。が、そこまでマジックは見てはいなかった。すでにその視線は、泥だらけの天使ちゃんに奪われ中である。
「今日もいっぱい遊んでたみたいだね、シンちゃん」
「うんっ。今日は、ずーっとお外にいたの」
「それじゃあお腹がすいただろ。パパと一緒にご飯食べに帰ろうねv」
「はーいっ!」
 良い子のお返事とともに、ぎゅっと首に抱きついてきてくれた息子に、あっさりそのまま昇天しそうになったマジックだが、土俵際の粘りを見せて、そこはぐぐっと耐えて見せた。 
「パパ、それでね。明日、ヒマ?」
「どうしたんだい?」
「あのね。僕と外でお散歩して欲しいの。ダメ?」
 きゅるんと黒目がちの瞳を揺らし、おねだりをする息子に、先ほど昇天行きを拒んだマジックだが、またしてもふわふわと天へ登りかける。
(ああ…迎えの天使が見えるよシンちゃん………って、シンちゃんと一緒じゃなきゃ、パパはどこにも行きたくないよっっっ!!!)
 勝手にこちらに呼び寄せた天使を邪険に追い返したマジックは、再び地上へと舞い戻り、愛しの息子を抱きしめた。
「いいよ、シンちゃん。明日はパパとお散歩しようねv」
「ありがとう! パパ大好きv」
 チュッv
 食べちゃいたいぐらいの愛らしい唇が可愛らしい音を立てて、マジックのホッペにキス一つ落とす。
(ああ………パパ…ちょっと天使さんと一緒に上に行ってるよ、シンちゃん………)
 器用にも息子を抱いたままマジックパパは、しばらく天国の花畑にまで少しお出かけしに逝った。








 その次の日。


「パパ~! こっちだよ~v」
「あははっ。待てぇ~、シンちゃん♪」
 無邪気な笑顔を振りまき、前を走るシンタローにマジックは、捕まえようと手を伸ばす。だが、するりと上手く抜けられてしまった。
(チィィ! …シンちゃんって意外にすばしっこいな)
 捕まえたv と言って、ギュゥ~と抱きしめようとした目論見はまんまと外れてしまった。
 それでも、またしばらく緑萌える野原に駆け回る可愛い息子の姿を見れるのだから、ヨシッ! と力拳を握り締める。
 結局、シンタローがいれば、なんだっていいのだ。現金パパである。
「こっちだってば、パパ!」
「まてまてぇ~」
 そうして再び追いかけっこは再開された。
 今日は、昨日の約束をはたすために、午後からの仕事を全て中断させ、息子との散歩に時間をあてていた。
 そのおかげで、シンタローが眠りについてからは、今日中に仕上げねばならぬ書類と格闘するはめになるが、もちろん後悔などない。
 飛び跳ねる仔ウサギのような息子を見られただけで、その価値はあるのだ。
(だが、次こそは捕まえてみせるよっ!!)
 実は結構本気で息子と追いかけっこをしているマジックだった。
「こっち! こっちだよ」
「はははっ。シンちゃんは速いなー」
「ここまでおいでー」
 小さな背中を見つめつつ、マジックは、再びシンタローを捕まえようと手を伸ばした。
 ぴょん!
 同時にシンタローが大きく飛び跳ねた。もっとも幼い子のジャンプ力だ、少し足を伸ばせば、すぐに捕まえられる。
 マジックはそうふんで、シンタローに手を伸ばしつつ、大きく足を踏み出した。
 だが。
「はっ」
 ずぼっ!
 耳を疑うような地面を踏みしめる音。
 ぽっかりと口を開いた地面。
 同時に、万有引力にしたがって下降する体。
「おお゛ッ!!!!」
 マジックは、間一髪で、その落とし穴の縁に腕をかけて、落下を防いだ。
 下を見れば、信じられないものの存在に、くらりと眩暈がする。

 ジャキーン!!

 底にたまった暗闇に見え辛いが、なにやら先の鋭いものが覗けた。
 そこはただの落とし穴ではなかった。背よりも深い穴の中に、上を鋭く尖らせた竹やりが無数に突き出ている。落ちれば、素敵に串刺し状態だ。
(こ…これは、あの…………)
「やーいやーい、ひっかかった、ひっかかったv」
 穴の外で、無邪気に喜ぶ息子に、マジックは精一杯の笑顔を向けた。
 うっかりあの世へと行くかもしれない状況だったが、そんなことは毎回のこと(シンちゃんの愛らしさのおかげで)なので、今更である。
「ベトコン戦法パンジステークを仕込むなんて…。や、やるなぁ、シンちゃん」
(って、一体誰に教わったのっ、シンちゃん!!)
 それはベトナム戦争でゲリラ達が行っていた罠の一つだ。
 けれど、これで昨日の泥だらけの原因が分かった。この穴を掘っていたために、あれだけの泥んこ状態になったのだ。
 昨日散歩に行こうと誘ったのも、この罠をためしたかったからだろう。
(それにパパを選んでくれたのは………パパが好きだからだよね?)
 ちょっぴり息子を疑ってしまう一瞬である。
 とりあえず、よっこらせっと親父臭い掛け声とともに、落とし穴からよじ登ると、得意顔の息子を抱き上げてあげた。
「ははは。パパ、あやうく死に掛けちゃったよ」
「ごめんね、パパ!」
 無垢な笑顔が自分の頬に摺り寄せてくれる。
(シンちゃん………大好きだよっ!!!!!)
 それだけで、先ほどのうっかりご臨終もありえた恐怖も霧散する。お手軽パパだ。
「それにしても、よくこんなものが作れたね、シンちゃん。誰から教えてもらったのなぁ?」
 こんな戦法を息子に教えた覚えはないし、教えさせろと指示したこともない。
「ハーレムだよ」
「…ほぉう。あいつか」
 あっさりと白状してくれたシンタローに、マジックは微笑みを浮かべつつ、その裏で、愚弟の顔を思い浮かべ、即座に眼魔砲で粉砕させた。
(後で、マジに眼魔砲2、3発食らわせとかないといけないねぇ。あのやんちゃ坊主には。ははははっ)
 息子の所業は、あっさり許せても、それに関連した弟の行動には、手厳しいマジックである。大人のようで大人気ないのが彼なのだ。
「うんv 事前に罠をしかけて、相手を誘い込めば、僕みたいに力がなくても敵にやられないんだって!」
「そうか。でもね、シンちゃんの敵は、パパの敵だよ。そんな輩がいれば、パパが全部殺してあげるからね」
 不穏な言葉を笑顔で、さらりと告げる。
「ん~…でも、パパ忙しいもん。僕だってパパに守られてるばかりじゃダメなんだよ! ハーレム叔父さんも言ってたもん。自分でやれることはやれって」
(余計なことを……)
 そんなことをすれば、早くに自立心が養われて、シンちゃんが親離れしてしまうじゃないか。
 完璧に親失格な考えをしっかりしつつ、マジックは、シンタローの頬に自分の頬をあててスリスリした。 
「シンちゃんは、パパから離れたいのかな?」
「違うよ! パパと離れ離れになるのはイヤっ」
 ぎゅぅ~と力いっぱい抱きついてきてくれる息子に、うっかり鼻血を出してしまったが、気づかれる前に、すすっとハンカチでそれを拭い取る。手馴れた作業は、わずか一秒の出来事である。
(シンちゃん。パパも一生シンちゃんを離さないからねっっっ!!!)
 余計なことに決意を固めたマジックである。
「ねえ、パパ」
 抱き上げていたシンタローが、顔をこちらに向ける。
「ん? なんだい?」
 ずいっと間近によってくる顔。それが、にこっとお日様が雲の合間から顔を覗かせたような笑顔に変わった。
「パパ大好きv」
(最高だよ…グッジョブ! シンちゃん)
 天下無敵のエンジェルスマイルに、伝家の宝刀匹敵する言葉。

 ぷっつん。

 あっさりとマジックの理性の糸を断ち切った。
「あれ? なんの音?」
 そんなシンタローの疑問を掻き消し、マジックは、真剣な顔で、息子に囁いた。
「シンタロー、今すぐ、パパと結婚―――」
 しよう!
 と、プロポーズの言葉は、けれど不意の人物の登場で遮られた。
「おっ、何してんだ? お前ら」
「眼魔砲」 

 ドゴンッ!

「のお゛っ!? 行き成りなにするんだよ、兄貴っ」
 マジックたちの前方で爆発音が鳴り響く。もちろんそれはマジックの仕業だった。
 狙いは、突然に現れた獅子舞である。
「はっはっはっ。ハーレムの肩にハエが止まっていたので、殺してやろうと思ったんだよ」
「嘘つけ!」
 危うく命をとられそうになったハーレムは、力一杯突っ込みを入れた。
(まったくしぶとい奴め)
 せっかくの一世一代の告白場面を―――間違ってます、マジックさん―――ジャマされた当然の報いとして、眼魔砲をぶちかましてみたが、惜しいことに間一髪で交わされてしまった。
 やれやれと溜息をついていれば、その隙に、シンタローが腕の中から飛び降りた。
「ハーレムッ!」
「シンちゃんっ」
 連れ戻そうにも、それよりも先にシンタローは、その場にしゃがみこんだハーレムの前にいた。
「よぉ、元気かガキんちょ」
 ぽんと頭に手が乗せられ、くしゃくしゃと髪をかき回される。
 それを嬉しげに受けながら、シンタローは、ハーレムを見上げ、自慢げに言った。
「あのね。僕、ちゃんと叔父さんの言うとおり罠作ってみたよ。そしたらね、パパがちゃんとひかかってくれたの♪」
 その言葉に、一気にハーレムの顔が蒼ざめ始めた。
「お前…まさか、あれを兄貴で試したのか?」
 その言葉に、シンタローは得意げに頷いて見せた。
「うん! だって、僕の知ってる中では一番パパが強いんだもん」
(冗談じゃねぇ!)
 ハーレムが、あの罠を教えたのは、ちょっとした遊び心からだ。ハーレムもシンタローの年齢のころ、兄貴達に教わったことを、この甥に、暇つぶしで教えてあげただけである。
 しかし、まさかそれを自分の父親に使うとは、ハーレムの計算外である。 
(このままここにいれば殺られる)
 すでに、マジックがいながら、シンタローがこちらへと駆け寄ってきたことに、内心嫉妬の嵐のはずである。神経をとがらせれば、殺気すら感じられる。
「…………悪ぃ。俺、用事を思い出したからかえるわ」
 ハーレムは、そそくさと立ち上がると後退した。
 背中は向けない。向けたとたん、攻撃をしかけられる恐れがあるからだ。
「えーっ、次の罠教えてくれるんじゃなかったの?」
 けれど、シンタローは、素早くハーレムの足にすがりついた。
「次に会った時に教えてくれるっていったじゃんか。約束守ってよ」
「なしだ、なしっ! 離しやがれ、シンタロー」
 このまま足蹴にしてとんずらしたいが、万が一シンタローにケガでもさせれば、地獄のはてまで追いかけられて、何倍…いや何百倍の復讐をされることは必須である。
 どうにかして、ここは穏便にさらなければいけなかった。
 だが、事態がそれほど簡単に終えるわけが無かった。
 足にしがみついたままのシンタロー。そうして、目の前にいたマジックが、明らかに偽りの笑みをその顔にはりつけ、こちらに向かって歩き始めた。
「ははははっ。ハーレム。ちょっと話があるから待ちなさい」
「嫌だっ」
 ブンブンと横へと大きく首を振って拒絶を示す。
 だが、長男にそんなものが通用するはずが無かった。
 さきほどよりもスピードアップした歩みが、こちらへの距離を縮める。
「いいからこっちに来―――ぬおおお゛っ!!」
 だが、不意にマジックは前につんのめり、その刹那。

 バコーンッ!

「「あっ」」
 シンタローとハーレムが同時に声をあげた。
「ベトコン戦法スパイクボール……」
 ぼそっともらしたハーレムの言葉に、シンタローは、こくりと縦に頷いた。
 これもまたハーレムに教わったトラップだ。
 マジックの足が、低く貼られた細い糸にひっかかると同時に、どこからともなく飛んできたスパイクボールが、勢い良くマジックの頬にヒットしていった。 
 トゲのついた大きな泥の塊をしなる枝の先に作り上げ、ひっぱられた糸に連動するようにしかけられていたのだ。
 思い切りそれがぶつかったマジックの身体は、軽く空を舞った。
「………お前、あれもつくってたのか」
「うん、凄いね。パパ、二つともひっかかってくれたよv」
 笑顔で答えてくれるが、教えた方としては、出来のいい生徒を褒める―――わけには、当然いかなかった。いかんせん、トラップをひっかけた相手が悪すぎる。
 ギクシャクと体を動かし回れ右をしたハーレムは、遥か前方を見据えた。
「俺は知らん!! じゃあなっ!」
 長居は無用だ。
 運がいいのか悪いのか、敵は倒れてくれたのだ、この隙に逃亡することが正しい。三十六計逃げるが勝ちだ。
「あっ、まってよ。ハーレム」
 だが、諦めの悪いシンタローは、新しい罠を教えてもらおうと、叔父の後をついていく。
「ついてくんな」
「イヤだっ」
 逃げるハーレムに追いかけるシンタロー。それが永遠続けられ、結果、広い原っぱの中、ぽつんと残されたのは、だらだらと顔という顔から血を流すマジックのみ。
 ひゅる~りと通り過ぎる風が、じんじんと痛みを覚える頬を心地よく冷やしていった。
「つーか、誰も助けてくれんのか…………がくっ」
 ちょっぴり目から血以外の液体を流しつつ、マジックは柔らかかな草の上で、意識を手放した。


 
 











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思ひ出アルバム2

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「パパーv」

 とてとてとてと駆け寄ってきた愛息に、厳しい顔つきで仕事をこなしてマジックは、けれど即座に相好をくずして、その場にしゃがみこんだ。
 近づいてきた息子と同じ目線になるようにだ。 

「なんだい、シンちゃん?」

 悩殺必須の満面の笑顔で駆け寄ってきた可愛い息子に、鼻血を噴出す一歩手前のマジックは、それでも気力体力時の運を駆使して、父親面を息子に見せた。

「どうかしたのかなぁ?」
 
「あのね、はいっ」

 父親の前で立ち止まったシンタローは、ここまで転ばずに、両手でもっていた物を差し出した。

「これ、パパにあげるねv」

「おや、美味しそうなリンゴだね。どうしたんだい?」

 シンタローが手にしていたのは、熟れ頃の真っ赤なりんごであった。
 おやつにしては、まだ少し早い時刻。なぜ、息子がそんなものを自分の元に持ってきたのかわからずにそう尋ねれば、シンタローは、照れくさそうに笑みを浮かべながら、父親の手に、それを落とした。

「ん~とね、お仕事頑張ってるパパのためにね、僕もらってきたの。食べてくれる?」

 重たい荷物を父親に手渡したシンタローは、自由になった両手を前に組み、くいっと小首を傾げてみせてくれる。
 その愛らしい動作は、くらくらと貧血を起こさせるぐらいの威力をもっていたもので、

(グッ! シンちゃんナイス表情だよ。パパは、ノックアウトだね★ 青いリンゴはすっぱいけれど、シンちゃんなら、いつでも食べごろOKだよ!!)

 なにがOKなのか、常識人にはさっぱり分からないが(腐女子は除く)、そんな願望とも本望ともつかぬ思いが脳裏にひしめきあう中、マジックは、そのリンゴを口元に運んだ。

「ありがとう、シンちゃんvvv いただきまーす!」

 シャクッ。
 小気味良い音が響き、マジックの口の中に、甘酸っぱい果肉の味が広がる。
 だが、しかし。

「………………ぐっ………こ、これは」

 二口目を口に運ぼうとしたその瞬間、ころん、とマジックの手から食べかけのリンゴが転げ落ちた。
 異変を感じた時にはすでにとき遅し、マジックは、そのまま両膝をついて、地面に両手をつけた。

(このリンゴは……)

「どうしたの、パパ?」

「シ、シンちゃん、これ誰からもらったの?」

 崩れ落ちそうになる体をひっしにこらえ、シンタローに顔を向けると、状況をまったく把握してないシンタローは、きょとんとした顔で、けれど正直に答えた。 

「高松からだよ。今度グンマと幼稚園で『白雪姫』やるっていったら、高松がリンゴをいっぱい作ってくれたから、それをもらったの♪」

(犯人はあいつか…)

 真相は解明された。だからといって、状況は好転するどころか悪化するばかりである。

「高松………マジに毒リンゴ作ったな……………がくっ」

 最後の気力を振り絞り、そう告げると、マジックは昏倒したのだった。









 それから一時間後。

「……………何をしている?」

「貴方の検死ですが?」

 仮死状態から目覚めたマジックの前に、検死解剖をいそいそと行う高松とばっちりと目があったのだった。 

 その後一ヶ月集中治療室入りを果たした高松がいたとかいなかったか…………。
 














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